○送信したニュースレター2014年(No.21〜No.47)

ニュースレターNo.47(2014年12月22日送信)

長野県サービス産業振興戦略たたき台(第1回検討会資料)の課題
―――長野県総合5か年計画の政策推進基本方針からあまりに外れた
           「たたき台」の提示に大きな不安を抱いたため―――

【はじめに】
〇長野県が現在策定を進めている「長野県サービス産業振興戦略」に関しては、
ニュースレターNo.35(平成26年7月5日送信)で、そのビジョン、シナリオ、
プログラムの在り方等について検討・提言している。
 長野県のホームページに、「長野県サービス産業振興戦略」の第1回検討会議
(平成26年10月17日開催)の提出資料である「長野県サービス産業振興戦略たた
き台」が公開されているので、正式に策定される際には、真に戦略的で優位性の
あるものとなることを期待して、たたき台の課題等について検討することにした
次第である。

【たたき台における「サービス産業振興の意義」について】
○長野県のサービス産業振興の意義については、
@モノづくり産業と並ぶ「成長の双発エンジン」の振興
A「貢献」と「自立」の経済構造への展開の推進
の2つを位置づけている。そして、わざわざ「貢献」と「自立」の意味を解説
している。
※@については、「サービス産業の振興とモノづくり産業の振興を本県経済成
長の双発エンジンとする。」と表現した方が分かりやすいのではないか。モノ
づくり産業とサービス産業それぞれの振興は、「成長の双発エンジン」という
表現には馴染まないので。
Aについては、長野県総合5か年計画の政策推進基本方針の第1「『貢献』と
『自立』の経済構造への転換」との整合の視点から、「展開」は「転換」の間
違いと思われる。

○その「貢献」と「自立」の意味の解説は、知事が第2回長野県産業イノベー
ション推進本部会議(平成25年7月17日開催)の資料「『産業イノベーション推
進本部の進め方』阿部守一」の中での、知事の解説からは、全く外れた解説にな
ってしまっている。
 県組織内で、総合5か年計画の政策推進基本方針の第1「『貢献』と『自立』
の経済構造への転換」という重要事項について、その解釈が統一・徹底されて
いないことがここでも明らかにされてしまっている。

○たたき台では、「貢献」とは、「県内に存在する多様な『価値』を、県外に
提供して、『外貨』『外需』を獲得すること」と解説している。しかし、知事の
解説を引用して簡単に言えば、「貢献」とは、「産業界が、産学官民連携によっ
て地域課題の解決方策(新製品・新サービス)を創出・供給し、地域課題を解決
すること」ということになる。
 地域課題の抽出・特定とその解決ということが重要であると知事は強調して
いるのに、全く無視した勝手な解釈をしている。それが県組織内で堂々と許さ
れていることが信じられないのである。

○また、たたき台では、「自立」とは、「県内の資源を地域内で循環させ、地
域に活力を与えること」と解説している。これも知事の解説からは大きく外れ
ている。知事の解説に基づけば、「自立」とは「創出した地域課題の解決方策
をビジネスモデル化し、同様の課題に悩む県外・海外にも供給して、地域産業
が持続的に発展していけるようになること」ということになるはずである。

○このように、県の政策推進の基本方針の意味を正確に捉えないままに、県の
重要な地域産業政策である、サービス産業振興戦略の策定に取組んでいる県組
織があることが見過ごされていることに、大きな衝撃を受けたのである。
 長野県の現状の地域産業政策の策定体制は、他の政策課題への取組み方を見
ても、論理性を欠き混乱していると言われても仕方がない状況になっているの
である。

【たたき台における「サービス産業振興の成果・目的」について】
○「サービス産業振興の成果・目的」については、「最終的な成果・目的は、
『経済の活性化』と『県民のしあわせ向上』」としていることには賛同できる。
 私もニュースレターNo.35において、サービス産業の「めざす姿(ビジョン)」
については、「県内サービス産業が、県内の住民や事業所等の潜在的・顕在的
ニーズに応えるサービスの提供(有望市場分野への展開)を通して、住民生活
の物的・質的豊かさの向上や事業所等の生産性向上等に貢献するとともに、経
営的に自立・発展できるビジネスモデルを構築・展開できる産業になっている
こと」という全く同じ主旨の提示をしている。

○あとは、そのビジョンの具現化のためのシナリオ、プログラムについて、ど
のように正式な戦略の中に提示して行くかが重要課題となるのである。

【たたき台における「重点分野の設定」について】
○たたき台では、本県の「強み」や今後の本県の「目指す姿」に鑑み、「情報
サービス(IT)」、「ヘルスケア(健康関連)」、「スモールビジネス」を重
点分野として振興するとしている。
 しかし、たたき台で提示されている本県の「強み」は、豊かな生活環境、高
速交通網の発達、潜在力のある観光資源、健康長寿日本一、女性や高齢者の就
業率の高さ、首都圏における拠点整備、田舎暮らし希望地域1位を列挙してい
るのみで、重点3分野選定の論理的根拠が見えてこない。

○今後の本県の「目指す姿」に鑑みて、重点3分野を選定したと言うが、その
「目指す姿」についての説明はどこにもなく、やはり重点3分野選定の論理的
根拠が見えてこない。
 しかも、重点3分野それぞれの定義がなされておらず、どのような産業や企
業を具体的にイメージして良いのか、的確な判断ができない。振興対象の産業
分野を的確に把握できなければ、必要な産業振興施策を具体的に企画・実施化
することは当然できないことになる。

○また、当然、サービス産業振興戦略においては、重点3分野それぞれについ
て、どのような産業に振興するのか「目指す姿」(ビジョン)を提示しなけれ
ばならなくなる。そのためにも、3分野それぞれの定義が不可欠なる。
 かつて信州ブランド戦略の策定において、「信州ブランド」とは何かを明確
に定義することを怠り、全く論理性を欠く、具体的に活用できないような戦略
としてしまったという苦い経験を無駄にしないで欲しいのである。(ニュース
レターNo.4、No.30で信州ブランド戦略の根本的課題を指摘している。)

【たたき台における「サービス産業の振興を図る上で考えられる手法」について】
○たたき台には、具体的な振興手法として、情報発信、セミナー、相談対応、
資金調達、インキュベーション、ハンズオン支援、人材育成・確保、連携づく
り、販路開拓、再チャレンジ支援という、従来型の支援方策をあまり整理しな
いままに列挙している。
 ニュースレターNo.35でも指摘したが、他県等に比して優位性のあるサービス
産業振興戦略を策定することが、優位性のあるサービス産業の振興につながる
のである。既に全国的に当たり前になっている従来型の支援方策を並べるだけ
では、優位性あるサービス産業振興戦略にはなりえないのである。

〇ニュースレターNo.35では、サービス産業振興手法については、様々な業種業
態のサービス産業分野の企業が、県内の住民や事業所等の潜在的・顕在的ニー
ズを効率よく把握し、それに応える新サービスを産学官連携によって開発・普
及・ビジネスモデル化するという一連の活動の活性化に資する「仕掛け」を整
備し、その「仕掛け」を活発に稼働させることがエッセンスとなることを提示
している。

〇そして、どのような「仕掛け」を整備すべきかの方向性を示してくれている
のが、長野県中小企業振興条例なのである。
 中小企業振興条例においては、「県の責務」について、「県は、特に産業イ
ノベーションの創出(新たな製品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を
生み出し、経済社会の大きな変化を創出することをいう。)が図られることに
留意し、中小企業の振興に関する施策を総合的に策定し、実施するものとする。」
と規定されている。
 すなわち、県としては、サービス産業振興戦略の策定においては、県内サー
ビス産業による新たなサービスの開発等を通じて、新たな価値を生み出し、経
済社会の大きな変化を創出することに資する戦略としなければならないことに
なるのである。

○中小企業振興条例が規定する「経済社会の大きな変化を創出すること」とは、
もう少し具体的に言えば、「地域社会が抱える様々な課題を解決し、より豊か
な地域社会や住民生活を実現すること」ということになるだろう。
 したがって、整備すべき「仕掛け」とは、県内サービス産業が、解決すべき
地域課題を抽出・特定し、その解決方策としての新サービスを開発し、その新
サービスを供給することによって地域課題の解決に貢献するビジネスモデルを
構築し、それを県内外に広く展開し、持続的に発展できるようになることに資
する「仕掛け」ということになるのである。

〇その「仕掛け」の新規性・優位性の確保の決め手等については、ニュースレ
ターNo.35でその概要を説明している。
 今回のニュースレターは、たたき台の課題についての議論を主目的としてい
るので、これ以上、整備すべき「仕掛け」についての具体的議論はしないこと
にする。

【むすびに】
○「長野県サービス産業振興戦略たたき台」を見てみると、長野県のサービス
産業振興のビジョン、シナリオ、プログラムに関する県組織内での議論が、ま
だまだ表面的で、論理的に深くなされてはいないことが良く理解できる。
 今後、たたき台をベースに、サービス産業関係団体の意見を聞くだけではな
く、サービス産業振興分野の政策論の専門家の方々の参画も得て、如何にした
ら政策的「優位性」を確保できるのか、を重点テーマとする議論をしていただ
くことを期待したい。


ニュースレターNo.46(2014年12月11日送信)

長野県産業イノベーション推進本部によるレタス収穫省力化機器の研究開発
―――過去の失敗を繰返さないようにするために―――

【はじめに】
〇去る11月28日付けの信濃毎日新聞が、長野県産業イノベーション推進本部
が、11月27日に、来年度からレタス収穫省力化機器の研究開発等に取組む「タ
スクフォース」を設置することを決定したと報じていた。
 レタス収穫省力化機器については、15年程前に、長野県テクノ財団が、長
野県の農業関係試験研究機関を主体とする研究開発チーム(他に農機メーカ
ー、農協等が参画)による、レタスの刈取りから、切口の洗浄、箱詰めに至
る一連の作業を省力化(一部自動化)する、自走式の機器の研究開発に、多
額の金銭的支援(JSTのRSP事業を活用)を行い、レタス畑で試作機の評価を
実施する段階にまでは到達できたが、信頼性、操作性等のいわゆるユーザビ
リティに係る課題を解決できず、実際にレタス栽培農家に普及できる段階
(製品化)には至らなかったことを、非常に残念に思っていた。

○今回、県として、レタス収穫省力化機器の製品化に、再度取組んでくれる
とのことに大いに期待したい。しかし、過去の経緯を踏まえて、これから投
入する資金(税金等)を無駄にしないような、論理的・戦略的な取組みをさ
れることも併せて期待したい。

  〇県が、埋もれてしまっていた過去の産学官連携研究開発テーマである、レ
タス収穫省力化機器の研究開発・製品化に再度取組むというような、従来な
らあり得ないような決定をした背景には、知事等に対する、レタス栽培の利
害関係者(市町村、業界団体等)からのかなり強力な要望(その更に後ろに
は、個々のレタス栽培農家の切実な思い)があったことが推測される。

○県としては、その要望に応え、レタス栽培農家の収穫作業における労働軽
減(地域課題の解決)の実現を最優先する立場から、以下の研究開発工程を
できる限り公開して進め、より多くの産学官の英知を結集でき、より早期に
必要な機器を具現化できるようにすることを目指すべきことになる。

@ 過去の試作機を製品化・普及できなかった原因を徹底分析し、まず、そ
の原因分析の精度、的確性(その原因となった課題を解決できれば、試作機
はレタス栽培農家に確実に普及する製品となるのか等)について評価すること。
 この原因分析・評価によって、レタス栽培農家が真に求める、具現化でき
れば確実に栽培現場の課題を解決でき、栽培現場に普及されうる機器の「仕
様」を決定できるのである。

A 原因分析・評価、「仕様」の決定が済んだら、その「仕様」の具現化の
ために解決すべき技術課題を明らかにすること。

B その技術課題の解決方策(技術シーズ等)の探索・評価・特定に取組む
こと。

C その技術課題の解決方策を提供できる研究機関・企業等を含む、最適な
研究開発体制を構築すること。
 この場合、最終的に機器を製品として製造・供給(ビジネス化)すること
になる農機メーカーの技術者をリーダーとする、研究開発体制の運営に責任
を持つ「主体」を明確化することが重要となる。
 当該「主体」が、最適な研究開発体制にするために必要な産学官の構成メ
ンバーの編成や、必要な研究開発資金の調達等に責任を持つことになる。

〇以下では、レタス栽培農家の収穫作業における労働軽減を最優先する視点
から、前記の@からCの研究開発工程について、具体的に議論を展開するこ
とにしたい。
 いずれにしても、@からCに係る作業を一貫して主導する、最適な「主体」
をまず明確にすることが必要になる。その「主体」については、提案公募制
度への申請者の資格要件に適合し易い法人であること等も考慮して、県組織
ではなく、レタス栽培農家サイドの業界団体、あるいは、農機メーカーサイ
ドの業界団体等、研究開発成果であるレタス収穫省力化機器のレタス栽培現
地への導入を、ビジネスベースで効果的に推進できる団体を「主体」とすべ
きである。
 もちろん県組織が、その「主体]と緊密に連携して活動すべきことは言うま
でもないことである。

【@ 過去の失敗の原因分析と「仕様」の提示の在り方】
〇レタス栽培農家の収穫作業の労働軽減を目指すのであれば、その収穫作業
の全工程を分析し、栽培農家が最も労働軽減を求めている工程を抽出し、ま
ず、その工程の労働軽減方策を開発・普及することを最優先するアプローチ
が重要となる。
 また、レタス栽培農家のニーズに的確に応えるという研究開発目的の原点
に立ち戻り、従来の試作機の収穫方式に囚われず、前述の収穫作業工程の分
析から、最も適した(ユーザビリティに優れた)方式を選定することを前提
として、「仕様」を再検討すべきであろう。例えば、自走式の収穫機器では
なく、パワーアシストスーツのような機器の方が適する収穫作業工程もある
かもしれないのである。

○すなわち、過去から積み上げられてきた研究開発成果に、全く新たな視点
も追加して、従来のレタス収穫省力化機器の「仕様」について再検討するこ
とから始めることが、真に必要とされる機器の具現化への近道となると考え
られるのである。

〇その「仕様」の再検討においては、今回の研究開発が、県の産業イノベー
ション推進本部が主導するプロジェクトであることから、県の総合5か年計画
の期間中(平成29年度まで)に具現化することを重視し、レタス栽培農家が課
題解決を求める全てに応えるものではなく、優先度の高い課題の解決に特化し
て、計画期間中に具現化できる「仕様」とすべきである。

〇農家から求められる全ての要求に応える理想的かつ総合的な「仕様」の具
現化に固執して、いつまでたっても農家の課題が少しも解決できないようで
は、総合5か年計画の政策推進基本方針の第1「『貢献』と『自立』の経済構
造への転換」を推進するために設置された産業イノベーション推進本部の、
代表的なプロジェクト失敗事例という、不名誉な記録が残されてしまうこと
になるからである。

〇レタス収穫省力化機器の研究開発については、今日までどの程度フォロー
してきているのか分からないが、いずれにしても、既に15年以上の歳月をか
けて県主導で取組んできた、地域課題解決のための研究開発テーマであると
言えることからも、総合5か年計画の期間中での具現化という条件を付ける
ことは、地域課題解決方策の早期創出・普及という県の本来的責務を果たす
上で、極めて合理的な研究開発手法と言えるのではないだろうか。

【A 「仕様」具現化のための技術課題の提示の在り方】
〇原因分析・評価、「仕様」の決定が済んだら、その「仕様」の具現化のた
めに解決すべき技術課題を明らかにし、その技術課題の解決方策(技術シー
ズ等)を探索することになる。
 具体的には、その技術課題の解決にビジネス面で、あるいは学術面で関心
のある産学官のメンバーからなる「研究会」を「主体」の中に組織して、技
術課題の解決方策の探索・評価等に取組むことになる。
 その解決方策創出の技術的困難性が高いほど、特許等での技術独占の可能
性も高まり、ビジネスとしての魅力も増えることになるが、決められた期間
内での実現可能性とのバランスをとることが重要となる。

【B 技術課題の解決方策の特定と研究開発計画の作成】
〇解決すべき技術課題の解決方策を特定することができたら、「研究会」が
中心となって、その解決方策を創出・活用し、最終目的であるレタス収穫省
力化機器を具現化するための研究開発計画を作成することになる。
 また、提案公募制度での資金獲得を目指す場合には、最適な制度を選定の
上で、提案書(申請書)を作成することになる。

【C 「仕様」を具現化できる研究開発体制の構築方策】
〇最終的には、開発したレタス収穫省力化機器を、農機メーカーがビジネス
としてレタス栽培農家に供給し、農家の課題解決と農機メーカーの新事業に
よる発展とを整合しなければならない。
 そのための第一段階として、レタス収穫省力化機器については、15年以上
にわたる県主導の研究開発に協力・連携して取組んできても、未だにビジネ
ス化できないことに疲れ切っているであろう農機メーカー等産業界に対して、
再度その研究開発・事業化に本気で取組む動機づけを、長野県産業イノベー
ション推進本部として提供できるか否かが、本プロジェクトの成功・失敗を
決定づけることになる。

〇すなわち、同本部から、農機メーカー等産業界に対して、本プロジェクト
が、産業界の社会的価値創活動と経済的価値創造活動との整合を高度に達成
できるものであること、今回のプロジェクトの研究開発計画は、過去からの
経緯を踏まえた成功の確度が極めて高いものになることなどを、論理的・戦
略的に説明ができるか否かが重要となるのである。

【むすびに】
〇長野県産業イノベーション推進本部が、レタス収穫省力化機器等の特定の
機器の研究開発を、直接目的として掲げるタスクフォースを設置することは、
初めてのことと思われる。その積極的かつ明確な取組み姿勢に期待したい。

〇特に、レタス収穫省力化機器については、既に15年以上にわたる研究開発
成果の積み上げのあるテーマである。
 産業イノベーション推進本部による、最適な「主体」を拠点とする産学官
連携研究開発体制の再構築をベースとした、的確なタスクフォース運営によ
って、その成果として誇れるレタス収穫省力化機器がレタス栽培現場に実際
に普及し、栽培農家が抱える切実な課題が、早期に解決されることを期待し
たい。

○長野県のプレスリリースによると、県は12月24日に、レタス収穫省力化機
器等の研究開発への大学・企業からの技術提案を求める「多分野連携マッチ
ングフォーラム」を開催する。
 研究開発の第一歩の踏み出し方としては、前述した通り、農機メーカー等
産業界に対して、レタス収穫省力化機器の研究開発への参画の動機づけを、
論理的に提供できるようにすることを最優先すべきと考える。全てはそこか
ら始まるのである。


ニュースレターNo.45(2014年11月22日送信)

ポルトガルのプラスチック射出成形用金型製造企業集積クラスターの成長戦略
―――長野県における業種特化型地域クラスター形成戦略の参考として―――

【はじめに】
〇ポルトガルの地方都市マリナ・グランデ(人口約3.8万人)を中心とするプ
ラスチック射出成形用金型製造企業の集積地域(ポルトガルエンジニアリング
&ツーリングクラスター。以下「E&Tクラスター」という。)を先月訪問し、そ
の中核的産業支援機関であるPOOL-NETと、長野県の産学官との今後の連携の
在り方について話し合う機会を持った。
 その際に、E&Tクラスターの比較的小規模な中小企業が、海外の大手自動車メ
ーカー等に、プラスチック射出成形用金型を直接輸出できる技術力を有し、E&T
クラスターとして政府に認定された2009年から2013年までに、金型の輸出額を
80%増大させたことに驚かされた。

○E&Tクラスターの成長戦略が内包する産業振興に係る「仕掛け」は、本県の
プラスチック成形関連産業のみならず、他の地域産業の国際競争力の強化にも
資するものであると考え、POOL-NETから収集した情報等を参考にして、その
「仕掛け」について分析し、本県の今後の地域クラスター形成戦略にどのよう
に応用していくべきかについて、検討してみることにした次第である。

【E&Tクラスターの概要】
○ポルトガルの人口は、約1,040万人で日本の1/10程度、GDPは、1,660億ユ
ーロ(約23兆円)で日本の1/25程度である。
 また、産業構造(GVA(Gross Value Added)ベース)は、74.4%がサービス
業、23.2%が工業、建設、エネルギー・水で、2.4%が農業、林業、漁業となっ
ている。日本の産業構造に類似しているが、日本の場合には、工業だけで20%
程度あり、より工業特化型の産業構造になっている。
 そのような日本に比して工業規模が非常に小さいポルトガルにおいて、なぜ、
国際競争力の高いプラスチック射出成形用金型を製造・輸出できる、E&Tクラ
スターを形成することができたのだろうか。

〇ポルトガルの金型製造業の誕生は、18世紀から、マリナ・グランデとオリベ
イラ・デ・アゼメイス(人口約6.8万人、マリナ・グランデから約150km)に集
積していたガラス産業へ、松等の木材を利用した木型を供給する産業が興った
ことによる。プラスチック用金型の製造は、1940年代から始まっている。
 その後、プラスチック用金型製造業は、輸出に特化し、サプライヤー、顧客、
訓練・技術センター、大学等との広範なネットワーク形成の下に、高度な技術
力、ノウ・ハウを蓄積してきている。

〇現在のポルトガルの金型製造企業は、全体で450社、従業員数8,000人で、ほ
とんどが小規模な企業である。その60%はマリナ・グランデに、20%はオリベ
イラ・デ・アゼメイスに集積しているとのことである。
 製造されるプラスチック用金型の90%は輸出され、その用途の70%は自動車
で、日本を含む世界の自動車メーカーが、その金型を購入しているのである。
なぜ、そのような小規模な企業が、世界中の大手自動車メーカーから金型を直
接受注できるようになったのか、非常に興味深いところである。

〇多くの国の自動車、電気・通信、家庭用品、パッケージング分野の産業が、
主要な国際的ブランド製品の製造のために、ポルトガルの金型を益々多く選択
するようになっている。
 輸出先は、24%がスペイン、20%がドイツ、16%がフランス、5%がポーラ
ンド、4%がアメリカとなっている。

○E&Tクラスター企業と取引のある主要メーカーには、GM、メルセデス、オペル、
フォルクスワーゲン、ルノー、BMW、PSA・プジョーシトロエン、日産、ヒュー
レットパッカード、IBM、GE、ノキア、タッパーウェアなど、日本でも良く知ら
れる多数の有名企業が含まれている。

  【E&Tクラスターの中核的産業支援機関POOL-NETの概要】
〇2008年10月、E&Tクラスターの中核的産業支援機関として、POOL-NET
(Portuguese Tooling Network)が設立された。
 2009年7月、マリナ・グランデを中心とするプラスチック射出成形用金型製
造企業の集積が、政府に正式にE&Tクラスターとして認定された。

〇EUにおいては、クラスターとして認定されると、その中核的産業支援機関に
は、国等から人件費を含む活動費の約半分が補助される。あとの半分は、その
中核的産業支援機関の会員からの会費等で賄っているのである。その補助金も
減少傾向にある中、会員を増やすために、地域企業のニーズに応える質の高い
支援事業の企画・実施化に、日夜大変な努力をしているのである。
 低金利のため基金運用益が減少している長野県テクノ財団としては、最も見
習わなければならない経営姿勢であると反省させられた。

〇POOL-NETは、金型製造企業、関連技術の大学・研究所・訓練所等(70〜80企
業・機関)で構成される会員組織であり、関係技術分野は、デザイン&エンジ
ニアリングから、ツーリング、プラスチック製品まで、プラスチックをキーワ
ードに広範囲にわたっている。
 その主な任務は、会員と金型製造企業を支援する業界団体・技術支援機関や、
大学・研究機関等との連携をコーディネートすることである。すなわち、POOL-
NETは、長野県テクノ財団と同様、そのクラスターにおける産学官連携支援拠
点としての役割を担っているのである。

【E&Tクラスターの成長戦略】
〇E&Tクラスターの目標市場としては、自動車、電子機器、医療機器、航空宇
宙、エネルギー・環境、パッケージングを設定し、「単に金型を売るのではな
く、コンセプトを売る」として、プラスチック製品のデザインから最終製品ま
での一連の工程を顧客に提供することを目指している。

  〇海外の産学官に対して、連携や投資を求める技術分野としては、バイオマテ
リアル、コンポジットなどの材料技術から、エコデザインなどのプラスチック
製品設計・デザイン技術、表面加工、マイクロ放電加工、ハイスピードミリン
グなどの金型製造関連技術、ラピッドマニュファクチャリング、パウダー・イ
ンジェクション・モールディング、マイクロマニュファクチャリング、エコプ
ロダクションなどのプラスチック射出成形関連技術・装置に至るまでの広範な
分野を提示し、国際的産学官連携による、E&Tクラスターの総合的な技術力高度
化に積極的に取組んでいる。

〇海外の地域クラスターの中核的産業支援機関との連携を主要な手段として、
E&Tクラスター企業と海外の地域クラスター企業等とのWin-Winの連携構築を目
指し、使節団や専門家の交流、ビジネスネットワークの形成・拡大、大学や企
業の人的交流、相互のサプライチェーンへの参入促進、経済情報や市場データ
の交換、経済やビジネス活動に係る出版物・雑誌・法令の交換、見本市・展示
会・セミナー等の相互開催・参加などが具体的に計画・実施されている。

【E&Tクラスターのキーパートナー】
〇E&Tクラスターの会員企業の専門技術の修得訓練、新技術や新ビジネスの開
発などにおけるキーパートナーとして、以下のような機関が整備されており、
緊密な連携事業を実施している。
@ CEFAMOL:1969年設立(所在地:マリナ・グランデ)。ポルトガルの金型
製造産業の協議会。会員企業130社。
A CENTIMFE:1991年設立(所在地:マリナ・グランデ)。金型製造、専門
ツーリングなどプラスチック関連産業のための技術支援センター。200以上の
企業・研究所等の会員組織。企業と科学技術コミュニティとのつなぎ役として
も活動。
B OPEN:2002年設立(所在地:マリナ・グランデ)。雇用を創造するための
ビジネスインキュベーター。
C PIEP:2001年設立(所在地:ブラガ、ミーニョ大学構内)。民間運営の非
営利の研究開発機関。国内主要プラスチック企業、ミーニョ大学、政府の支援
を受けて設置。ポリマー関連産業を対象に、技術相談、材料開発、製造技術開
発、材料試験サービス等を実施。

【POOL-NET会員企業の概要】
〇E&Tクラスター企業の状況等を把握するため、POOL-NETの代表や役員の企業
3社を見学させていただいた。3社とも1970年代から1980年代に設立された比
較的若い企業で、プラスチック射出成形用金型の製造を中心として、以下のよ
うな技術・工程分野別の企業をグループとして経営していた。
@ 金型の製造(大型・中型・小型で別会社にしている場合もあった。)
A 製造した金型によるプラスチック製品の試作と生産
B 新材料や新成形技術による革新的プラスチック製品の開発・生産

〇どの企業も、製造品の90%以上は輸出で、顧客には、海外の大手自動車メー
カーや電機メーカーが名を連ね、日本のホンダ、トヨタ、スズキ、小糸製作所、
パナソニックなど多くの日本企業と取引している企業もあった。

【E&Tクラスターの優位性】
〇ここで、フルセット型のプラスチック関連産業からなるE&Tクラスターの優
位性を以下のように整理し、長野県の地域クラスター形成戦略への応用に関す
る議論の準備をしておきたい。
〈同業種集積の地理的優位性〉
@ 150km程度の比較的狭い範囲に、ポルトガルの金型製造企業の80%が集積
しており、同業種集積のメリット(クラスター内外にわたるバリューチェーン
の形成、技術支援センター等共用設備の効率的利用等における優位性)を享受
しやすいこと。

〈優位性ある特定技術を核とするフルセット型事業展開〉
A プラスチック用金型の製造技術を基盤として、プラスチック製品の製造に
至るまでの事業をフルセット型で拡大をするという産業成長過程を経てきたこ
とから、プラスチック製品の製造工程のみを集積(例えば、射出成形用金型は
外注し、射出成形機による量産にのみ特化)してきたクラスターが直面してい
る、国際的コスト競争の泥沼化に陥ることなく、プラスチック材料技術、デザ
イン技術、加工技術等に至る、一連の工程の中で、それぞれの企業が優位性の
あるビジネス分野を創出・強化し、顧客に高品質のサービスを提供するビジネ
スモデルが可能となっていること。

〈業種特化型の高度な技術支援体制の整備〉
B E&Tクラスター企業の技術課題の解決を支援する技術支援センターの設置、
新規プラスチック材料から、プラスチック射出成形技術(成形装置等を含む。)
の研究開発に至る、プラスチック関連産業の技術支援ニーズに総合的に応える、
民営の学術的研究開発拠点の近隣国立大学内への設置など、E&Tクラスター企
業の日常的な技術課題の解決から、新技術・新製品の研究開発までを総合的に
支援できる体制が高度に整備されていること。

〈業種特化型の中核的産業支援機関が主導する成長戦略の策定〉
C 中核的産業支援機関であるPOOL-NETが主導し、エンジニアリング&ツーリ
ングは、プラスチック製品開発・製造におけるインフラ的産業分野であり、か
つ、知識・資本集約的産業分野であるとして、E&Tクラスターが目指す方向を
明確化していること。
 そして、その目指す方向を具現化するためには、関連する様々な高度専門技
術を有する多元的・総合的産業として発展することの必要性を明確化し、具体
的な事業の企画・実施化に取組んでいること。

【長野県の地域クラスター形成戦略への応用】
〈「同業種集積の地理的優位性」に関して〉
○E&Tクラスターの地理的規模から見ると、長野県内における同業種集積であ
れば、同様の地理的優位性を享受できるだろう。もちろん、県内の更に狭い地
域での集積(例えば、長野地域、上田・佐久地域、松本地域、諏訪地域、伊那
地域など)であれば、更に地理的優位性のメリットを活かした、効果的な地域
クラスター形成戦略の策定・実施化が可能となるだろう。

〇長野県の現在の地域クラスター形成戦略は、メディカル関連機器とか航空機
部品とか、特定の製品分野を選定し、地域企業が蓄積して来ている様々な優れ
た工業技術を用い、その製品分野に新たに進出することによる地域産業の発展
を目指すものとなっている。
 この戦略の場合には、目指す製品分野に必要な技術レベル・分野と、現状の
県内企業の技術レベル・分野とのギャップ解消が、多くの企業の共通的課題と
なる。特に技術分野は、非常に多岐にわたるため、具体的対応が困難な課題と
なる。

○したがって、このような戦略だけではなく、一定数以上の地域企業が蓄積し
て来ている、優位性ある工業技術を選定・特定し、その特定された工業技術を
ベースにして、付加価値の高い製品を製造・販売できるようにすることを目指
す戦略も必要になるのである。
 具体的には、同業種の企業集団(組合、工業会等)による、当該企業集団が
共通的に保有する技術をベースとする、新たな成長戦略の策定とその効果的実
施化が必要になるのである。

〈「優位性ある特定技術を核とするフルセット型事業展開」に関して〉
〇長野県のプラスチック関係企業も、プラスチック製品製造・販売に係る全工
程(材料→製造技術・装置・工具→最終製品まで)の中で、どの工程で国際競
争力を確保すべきかを展望し、必要な技術力の強化に注力する成長戦略を策定・
実施化することが必要になる。したがって、本県において、プラスチック関連
産業のクラスター形成戦略を策定する場合においては、E&Tクラスターと同様、
個々の企業の独創的な成長戦略に資する、一連の工程に関連する技術の多元的
な展開を目指すことが必要になろう。
 このプラスチック関連産業のクラスター形成戦略に係る基本的な考え方は、
他の業種のクラスター形成戦略にも共通するものである。

〈「業種特化型の高度な技術支援体制の整備」に関して〉
〇長野県内の工業技術総合センターや信州大学等においては、E&Tクラスター
の技術支援センターや大学が、射出成形機まで据え付けて、プラスチック関連
産業の現場ニーズに的確に応えられる研究・評価・人材育成等に取組んでいる
ような、業種特化型の技術支援体制を高度に整備することは、現状においては
不可能であろう。人的・資金的制約から、業種共通的な技術支援体制の整備が
優先されているのが現状なのである。

○しかしながら、特定技術の新製品分野への応用展開のために、どのような研
究・評価・人材育成体制を整備すべきかについて、関係業界団体を中心に産学
官で検討し、それを具現化していかなければ、EUの特定業種の振興に特化した
クラスター形成戦略には勝てないことになってしまう。
 関係の産学官の英知を結集して解決しなければならない課題である。

〈「業種特化型の中核的産業支援機関が主導する成長戦略の策定」に関して〉
〇E&Tクラスターの事例を参考にして、長野県のプラスチック関連産業が発展し
ていくためには、例えば、その中核的産業支援機関である長野県プラスチック
工業会が主導して、プラスチック材料からデザイン、プラスチック成形技術、
製品評価等に至るまでの、様々な技術分野の高度化に、産学官連携で取組むた
めの戦略を策定し、その効果的な実施化に取組まなければならない。

○プラスチック関係技術以外の特定技術に注目し、業種特化型の産業振興を目
指す場合にも、当該業種の中核的産業支援機関(組合、工業会等)が主導して、
当該特定技術の新たな製品分野への活用の幅を拡大すること、その具現化に必
要な新たな先端技術を修得すること、それらをベースに市場ニーズに応える新
技術・新製品を創出できる産学官連携体制を構築すること、などについて具体
的に提示する戦略の策定・実施化が必要になるのである。

  【おわりに】
○ポルトガルのE&Tクラスターの取組みとその成果を目の当たりにして、日本
における事業協同組合等の同業種の集団による、新たな成長分野開拓(技術の
多元的な展開、新たなバリューチェーンの形成・拡大等を含む。)の可能性と、
その可能性を具現化するための新たな地域クラスター形成戦略の策定・実施化
の必要性(有効性)を強く認識させられた。
 今後、この認識に基づき、特定の業種・技術等を設定し、具体的に戦略を検
討・提言することにも取組みたいので、皆様方には、ご助言等をお願いしたい。


ニュースレターNo.44(2014年11月9日送信)

優位性のある地域産業政策の策定を可能とする「環境」の整備

【はじめに】
〇長野県が、他県等に比して優位性を有する地域産業政策を策定・実施化でき
るようになるためには、どのようにすれば良いのか。私が地域産業政策に携わ
るようになってから、30年近くにわたって、常に悩んできた課題である。
 この課題の根本的な解決のためには、長野県の地域産業政策の策定に係る
「環境」にも注目することが必要で、その「環境」が抱える以下の3つ問題の
解決が、有効であることについては、ニュースレターで何度か述べてきている。
すなわち、長野県では、
@ 高度専門性を有する地域産業政策の策定主体(組織)が存在しないこと
A 地域産業政策の問題点等を指摘してくれる研究者等が存在しないこと
B 地域産業政策の高度化のためのオープンな議論の場が存在しないこと
への解決方策が必要になるのである。

〇過日参加したあるシンポジウムでは、科学技術によるイノベーションを実現
するためには、自然科学と人文社会科学との統合化が不可欠であることが提言
されていた。
 前述の長野県の地域産業政策の策定に係る「環境」の問題の解決を図るとい
うことは、正に、長野県の地域産業政策の策定・実施化の過程の中に、その人
文社会科学分野の英知が統合化(導入・活用)されうる「環境」を整備すること
に相当する部分が多いのではないかと考えるのである。

【「環境」が整備されないために長野県地域産業が受けてきた不利益】
〇長野県の地域産業政策は、従来から、政策策定主体である県組織の外からの、
高度専門性を有する厳しい評価や的確な助言を受けることができる「環境」に
は置かれて来なかったのである。
 言い換えると、不幸にして、県組織は、その地域産業政策の策定能力が、よ
り高いレベルに到達できるように鍛えられる「環境」に置かれて来なかったと
いうことである。

〇したがって、たとえ県組織の「思い込み」によって策定された実効性のない
地域産業政策であっても、外部からの修正圧力がかからないため、その政策に
定められた計画期間が過ぎるまでは、存在し続けることができるという状態が
続いて来ているのである。
 すなわち、長野県の地域産業は、その実効性のない地域産業政策の存在期間
には、実効性のある新たな産業振興施策が実施化されないため、本来なら実現
できたであろう発展の機会を失うという不利益を被って来たとも言えるのである。

〇例えば、現在の長野県科学技術産業振興指針(計画期間:平成22年度〜平成31
年度)は、既に何度も指摘してきているように、基本目標(目指す姿)を「安全・
安心な健康長寿社会」としながら、その実現への道筋が全く提示されていないこ
となど、根本的な「欠陥」を有するものになっている。
 そして、その「欠陥」ゆえに、「安全・安心な健康長寿社会」を実現するた
めに解決すべき課題の抽出・特定、その課題の解決方策を創出するための研究
開発等に、今まで全く取組まれて来なかったのである。

〇しかし、幸運にも、たまたま、「長野県科学技術産業振興懇談会」(長野県
科学技術産業振興指針の策定委員会に相当するもの)の一人の委員が、この指
針の実効性等に不安を感じたこともあってか、懇談会の場で「世の中の変化が
激しい中、10年間も指針を見直さずにいることはありえない。」という主旨の、
極めて常識的な発言をされたことによって、当該指針に「平成26年度を目途に
見直し」と記載されることになったのである。それに従って、県としてはあま
り気が進まないようではあるが、今年度見直し作業が始まっているのである。

〇この見直し作業が無ければ、この長野県科学技術産業振興指針は、基本目標
(目指す姿)を提示しただけの、実効性のない指針のまま、あと5年間も存続
し続けるところだったのである。
 今回の抜本的な見直し作業によって、実効性のある指針に生まれ変わり、長
野県において「科学技術による豊かな地域社会の形成」への取組みが真に活性
化することを期待したい。

〇私が望むことはただ一つ。長野県の地域産業政策が他県等に比して優位性を
常に維持し高度化していってくれることである。なぜならば、私の信念が「優
位性ある『地域産業政策』なくして、優位性ある『地域産業集積(地域クラス
ター)』の形成なし」だからである。
 したがって、長野県の地域産業政策の策定担当部署には、論理的で優位性の
ある地域産業政策を策定・実施化できる機能を整備し、それを順次高度化して
いってくれることを期待することになる。
 そのことが実現することを願って、前述した、長野県の地域産業政策の策定
に係る「環境」が抱えている、3つの根本的問題への対応の在り方について、
以下で議論したい。

【高度専門性を有する地域産業政策の策定主体が存在しないことへの対応】
〇現状の長野県の人事制度等の下では、県組織内に、高度専門性を有する地域
産業政策の策定主体(組織)を整備することは不可能と考えることについては、
ニュースレターNo.1「地域産業政策研究所の必要性」(平成25年4月3日送信)や
No.42「地方創生の『フロントランナー』になることの意義とその戦略」(平成
26年10月13日送信)などで取上げている。そこでは、以下のような課題の提起
を行っている。

〇地域産業政策の策定作業においては、地域産業の潜在的・顕在的強みを評価
し、地域産業の発展方向について各論的にあるいは総論的に展望することにな
る。そして、この作業には、極めて専門的かつ高度な知識を幅広く有すること
が政策策定主体(通常は県や市町村等)に求められる。
 しかし、その政策策定主体が、例えば、2〜3年毎に人事異動で政策立案ス
タッフが入れ替わり、しかも、そのスタッフが全く産業政策と関係の無い部署
から異動してくることが多々あるような組織では、政策上での優位性形成の主
導を期待することは不可能に近い。

〇通常、県等においては、地域産業政策を策定する際には、産学官からそれぞ
れの分野で専門家といえる方々を策定委員会メンバーとして、その意見等を参
考にして政策を取りまとめる。専門家の方々は、それぞれの視点から様々な意
見等を述べられるが、それを反映させて「政策という形」にまとめ上げるのは、
事務局の職員である。
地域産業政策策定に関する知識も経験も少ない職員に対して、「政策自体の
優位性が重要であること」を十分認識し、それを政策策定に具体的に反映する
ことを期待することは、あまりに酷である。
 ※このことは、例えば、前述の「長野県科学技術産業振興指針」については、
 各分野の錚々たる方々が、策定委員会の場で、委員として多くの有益な意見
 等を述べられたにもかかわらず、事務局が、それを反映した論理的な指針に
 具現化できなかったことからも理解できる。

〇以上のような問題の存在は、地域産業振興に関連する長野県の様々な行政計
画の中の重点施策(例えば、産業立地、創業支援、人材育成、環境保全、健康
増進、観光振興等に関する主要事業等)について、内外の他地域に比して、ど
のような優位性や独創性を持たせようとしているのか、というような視点から
チェックしていただければ、少なからず理解していただけるのではないだろうか。

〇このようなことから、地域産業の発展に資する新規で独創的な仕掛け・仕組
みを内包する地域産業政策を策定し、世界経済の中で比較優位な地域産業集積
を形成していくためには、有能な専任スタッフからなる高度専門性と学術的バ
ックボーンも有する「地域産業政策研究所」のような機関が必要になると言わ
ざるをえなくなる。優位性ある「地域産業政策研究所」を有する地域が、新た
な地域産業集積形成においても優位性を確保できるのである。

〇しかし、長野県においては、直ちに「地域産業政策研究所」を設置すること
は不可能なことから、ニュースレターNo.42では、既存の県組織で地域産業政
策の策定に取組む場合には、少なくとも、政策策定の思考順序を「ビジョン→
シナリオ→プログラム」とすることを徹底し、政策の構成においても、この順
序を基本体系とすべきことを提起している。
 また、ニュースレターNo.15「優位性ある『学』なくして優位性ある地域産
業政策なし」(平成25年10月6日送信)では、県内唯一の総合大学である信州
大学との緊密な連携によって、長野県の地域産業政策策定能力の不足部分を補
完することが可能となることも提起してきている。

【地域産業政策の問題点等を指摘してくれる研究者等が存在しないことへの
対応】
〇長野県内の大学等において、地域産業政策に関連する分野を研究テーマとし
ている研究者がおられれば、県の地域産業政策の論理性や優位性が高度化でき
るよう、積極的に意見・助言等を発信していただきたい。私のような経験と直
感だけで県の地域産業政策の在り方について言及するのではなく、学術的な理
論展開によって、県の地域産業政策の論理性や優位性の確実な高度化に貢献し
ていただきたいのである。

〇県内外の地域産業政策に係る大学等の研究者に、長野県の地域産業政策の論
理性や優位性の高度化のための作業に参画してもらえるようにする一つの方策
として、以下の事業を提案したい。
 長野県の地域産業政策(様々な指針、戦略等が含まれる。)の中から自由に
特定の政策を選定し、その政策目的達成のための改善方策等(政策そのものの
修正、政策具現化のための各種施策の拡充強化等)を提案する論文を、全国の
大学等の研究者を対象に公募するのである。当然、魅力的な額の懸賞金を提示
することが必要になる。

〇しかし、それによって、長野県としては、地域産業政策の高度化の具体的方
策について有益な知見等を得ることができるだけでなく、長野県の地域産業政
策の高度化に支援していただける、学術分野の人材を発掘でき、そのネットワ
ークを形成することもできるのである。
 その結果として、長野県の地域産業政策の策定機能が高度化し、それによっ
て、長野県の地域産業の発展が加速される可能性が高まることを考えれば、高
額の懸賞金への支出も、費用対効果が大きいと言えるのである。

〇この他にも、長野県の地域産業政策の策定担当部署が、政策策定のために委
員会等を設置する場合には、政策対象とする産業分野の経営者、関係団体の役
員、関係技術分野の大学等の研究者など、従来からの利害関係者中心の委員構
成から脱して、当該政策対象分野の政策論を専門とする大学等の研究者も委員
に加えて、政策自体が、他県等に比して論理性や優位性において優れた形で策
定されるよう配慮すべきであろう。

〇いずれにしても、県としては、高度化したい地域産業政策分野に係る、政策
論を専門的に研究している大学等の研究者を探し出し、その研究者らに政策策
定やその改善に参画してもらえるような人的ネットワークを形成し、その活用
によって、現状の停滞している政策レベルから脱出できるようにすることに取
組むべきなのである。

【地域産業政策の高度化のためのオープンな議論の場が存在しないことへの
対応】
〇私がこの「オープンな議論の場」に期待する機能は、議論対象とする、長野
県として高度化すべき特定の地域産業政策について、そのビジョン、シナリオ、
プログラムの優位性等について様々な角度から議論し、当該政策の見直し・改
善に資することである。
 したがって、その議論への参加者としては、当該政策分野に関して政策論的
に高度専門性を有する人、当該政策に基づく各種の産業振興施策を利用した経
験(あるいは、これから利用したいという期待)から、その施策の有効性等を
評価できる人、類似政策分野で既に先進的な取組みをしている他県等の政策策
定担当者など、当該政策の策定から実施化に至る各過程における課題の指摘や、
その解決方策を提案できる産学官の関係者ということになる。

〇この「オープンな議論の場」を具体的にイメージしていただけるよう、事例
として、科学技術の振興・活用を組込んだ地域産業政策の在り方を議論するた
めの、「長野県地域科学技術政策フォーラム」というイベントを提示してみたい。
 このような新たな視点から地域産業政策の在り方を議論するイベントを毎年
継続的に開催することによって、長野県は、県内のみならず、県外、更には海
外の地域産業政策の高度化にも貢献できる「地域産業政策論のメッカ」として
の「地位」を確立することができるようになるだろう。

事業の名称   長野県地域科学技術政策フォーラム
 ・・・科学技術による豊かな地域社会の形成を目指して・・・
プログラム
 @基調講演
  地域科学技術政策の地域産業振興における意義と具体的役割
  (政策理念の共有を目指す。)
  優位性を有する地域科学技術政策の策定・実施化の在り方
  (政策策定・実施化テクニックの高度化を目指す。)
 A分科会(直面する行政課題の解決のための地域科学技術政策の在り方を探る。
      先進事例の研究も含む。)
  第1分科会 県民の健康増進のための地域科学技術政策
  第2分科会 県土の環境保全のための地域科学技術政策
  第3分科会 科学技術による県民福祉向上と地域産業振興を整合させる
        仕掛け
 B交流会
  地域科学技術政策の高度化のための、産学官の新たな人的ネットワーク形成
  のきっかけ作り

【おわりに】
〇最初に述べた、科学技術によるイノベーションを実現するためには、自然科
学と人文社会科学との統合化が不可欠であるということは、長野県が優位性を
有する地域産業政策(科学技術によるイノベーションのバイブルとなるもの)を
策定できるようになるための「環境」の整備に関して言えば、地域産業政策の
策定・実施化への人文社会科学分野の研究者の参画(統合化)を促進する「仕
掛け」の構築が不可欠になるということに他ならない。
 長野県の産学官の皆様による、このような視点からの地域産業政策の策定に
係る「環境」の整備への取組みの活性化を期待したい。


ニュースレターNo.43(2014年10月25日送信)

第2期長野県科学技術産業振興指針の見直しの在り方

―――地域課題の抽出・特定作業の進め方―――

【はじめに】
〇長野県は、第2期長野県科学技術産業振興指針を計画期間(平成22年度〜
平成31年度)の中間となる今年度、当該指針に「平成26年度を目途に見直し」
と記載されている通り、既に見直し作業に着手しているが、見直しのベクト
ルが明確に定まらず、作業は停滞しているようである。

〇この指針については、基本目標(目指す姿)を「安全・安心な健康長寿社会」
としながら、その実現への道筋が全く提示されていないことなど、根本的な「欠
陥」を有するものになってしまっていることは、今まで何回も指摘してきた。
見直し作業の担当部署においても、この「欠陥」については気づいてくれてい
るようであるが、この「欠陥」への対応の仕方を決定できないでいることが、
見直し作業の遅れに繋がっているのかもしれない。

〇この指針の「欠陥」をもう少し具体的に説明すれば、以下の事項が指針から
完全に欠落しているということである。
@長野県が目指す姿として、指針が基本目標とした「安全・安心な健康長寿社
会」を実現するために、解決しなければならない地域課題を抽出・特定すること
Aその地域課題を解決する方策の創出のための研究開発テーマとその研究開発
推進体制の在り方を提示すること
Bその研究開発成果である地域課題の解決方策を地域社会に普及(実装)し、
地域社会の課題を解決する仕組みを提示すること
Cその解決方策の普及をビジネスモデル化し、類似の課題に悩む他地域にも提
供することなどによって、新産業分野を創出し地域産業の持続的発展に貢献で
きるようにする仕掛けを提示すること

〇したがって、今回の指針の見直しにおいては、小手先の見直しではなく、前
述の根本的な「欠陥」をなくす徹底的な見直しを是非お願いしたい。
 徹底的な見直しができるか否かは、上記@に示す、目指す姿である「安全・
安心な健康長寿社会」を実現するために解決しなければならない具体的な地域
課題を抽出・特定することができるか否かにかかっている。@なくして、Aか
らCはあり得ないからである。
 以下で、この地域課題の抽出・特定の手法等に焦点を絞って議論を展開したい。

【地域課題の抽出・特定への取組みに関する県組織の深刻な問題】
〇長野県の地域課題の抽出・特定については、既に昨年の7月の第2回長野県産
業イノベーション推進本部会議で、知事が、長野県総合5か年計画の政策推進基
本方針の第1「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」の具現化のためには、
まず、世界的視点で地域課題の洗い出しに真剣に取組むべきであると、県幹部
に対し知事名の書面によって明確に指示している。
 この指示通りに、当該推進本部が主導し、県幹部が必死に地域課題の抽出・
特定作業に取組んでいれば、今頃は、既に様々な行政分野での地域課題が抽出・
特定されており、どのように長野県科学技術産業振興指針の見直し作業を進め
るべきかに悩むことなく、見直しのベクトルは速やかに定まり、見直し作業は
順調に進んでいたはずである。

〇しかしながら、先の9月県議会における、ある議員の「知事の指示による課
題の洗い出しの状況はいかがか。海外の課題はともかく、私たちにより身近な
県土の環境保全や県民の健康増進など県民生活の質的向上のために解決すべき
課題として、どのようなものが把握されているのか。」という主旨の質問に対
して、答弁内容は、以前から信州大学主導で取組まれている世界の水問題の解
決のための研究開発活動等の事例を説明するだけで、知事の指示に基づき、県
組織が主体的に、県民生活の質的向上のために解決すべき地域課題の洗い出し
に取組んできた経過や成果を説明するものでは全くなかった。
すなわち、知事の指示に基づく具体的な地域課題の洗い出し作業は行われてい
なかったことを推測させる答弁になってしまっていたのである。
 このように、産業イノベーション推進本部を中心とする地域産業政策の策定
体制における、いわゆる指揮命令系統が破綻してしまっているように見えるこ
とに対して、私としてはある種の危機感を覚えるのである。

〇県組織への危機感を訴えるだけでは、長野県科学技術産業振興指針による豊
かな地域社会の形成(現指針では「安全・安心な健康長寿社会」の形成)への
取組み方の改善を期待することはできない。そこで今回のニュースレターでは、
県組織が本来実施すべき地域課題の抽出・特定に取組むことになった場合には、
どのような手法によるべきなのかについて検討し、県組織が指針の徹底した見
直しに本気で取組めるようにすることに、少しでも貢献しようと考えた次第で
ある。

【地域課題の抽出・特定手法@=地域課題に係る議論を始める前の確認事項】
〇地域課題の抽出・特定とは、目指す姿(ビジョン)を実現するために解決す
べき課題を抽出・特定することであるので、その抽出・特定のための議論の参
加者の中では、そのビジョンを正確かつ具体的に(例えば、ビジョンに関連す
るある事項について、現在の状態をどのような状態に改善することを目指すの
か、などについて)認識・共有しておくことがまず必要になる。その後に、そ
のビジョンを実現するために解決すべき地域課題にはどのようなものがあるの
かの議論へ進むのである。

〇「安全・安心な健康長寿社会」をビジョンとするのであれば、その実現の妨
げとなっている、県民の健康増進に係る行政分野での地域課題を抽出・特定し
ようとする場合には、それを主導する責務を第一義的に有するのは、当然のこ
とながら当該行政分野の担当部署となる。その担当部署の本庁あるいは現地機
関の職員は、日常業務を通して、県民の健康増進の障害になっている様々な地
域課題を経験的に把握しているはずなのである。

〇その地域課題については、大きく二つに分類できるだろう。
@当該担当者が、通常の事務処理マニュアル等の範疇で工夫すれば、解決方策
を見出し提示できると考えられる地域課題
A通常の事務処理マニュアル等の範疇では解決方策が見出せず、全く新たな解
決方策の創出が必要になると考えられる地域課題
 その全く新たな解決方策も、制度的(社会科学的)見直しで創出できると考
えられるものと、科学技術(自然科学的知見を含む)を活用しなければ創出で
きないと考えられるものとの大きく二つに分類できるだろう。

〇長野県科学技術産業振興指針では、当然、科学技術を活用しなければ解決方
策を創出できない地域課題を重点的に扱うことになる。
 しかし、地域課題の抽出・特定のための実際の議論においては、難しい分類
論にはこだわらず、とにかく現状において解決方策が見つからず困っている具
体的な地域課題を、幅広く自由に提案してもらえるようにすることが合理的手
法となろう。

【地域課題の抽出・特定手法A=地域課題の提案・議論を活性化する「ルール」
と「新組織」の必要性】
〇例えば、県民の健康増進に関する行政分野の代表的行政計画である「信州保
健医療総合計画〜「健康長寿」世界一を目指して〜」の中のどこにも、担当部
署が抽出・把握した、県民の健康増進の障害となっている具体的な地域課題が
提示されていない。地域課題を科学技術によって解決するという発想も全く提
示されていないのである。

〇なぜ、そうなってしまうのか。一つの原因については推測できる。すなわち、
県組織の職員が、日常業務を通して地域課題を具体的に把握していたとしても、
それを行政目的達成のために解決すべきものとして、行政計画等の中に明確に
提示したら、その職員(あるいは、その職員が所属する部署)が、その解決へ
の道筋を提示することも要求されるかもしれないという「恐れ」から、地域課
題の提示ができないでいるということがあるのではないだろうか。
 地域課題を把握すべき立場にある職員が、把握した地域課題を提示したら、
その解決方策についても提示することを求められるのは、ある意味当然のこと
である。しかし、通常の事務処理マニュアル等の範疇を超えて、地域課題の解
決方策を見出すことには、非常に大きな困難性が伴うことから、その「恐れ」
を持つことは自然なことであり、責められるべきものではない。

〇しかし、このままでは、長野県組織においては、いつまでたっても地域課題
の抽出・特定の作業が進まないことになる。
 そこで、地域科学技術政策の範疇において、地域課題を抽出・特定するため
の議論をする場合には、地域課題を提案する職員やその所属する部署には、そ
の課題の解決方策の提示まで求めるようなことは絶対にしないという「ルール」
を徹底した上で、地域課題の抽出・特定作業を実施するという手法を提起した
いのである。

〇すなわち、ある行政分野における地域課題の抽出・特定は、当該行政分野を
所管する部署が主導するが、その解決方策の内、科学技術を活用した解決方策
の創出を主導することは、県組織(行政分野)横断型プロジェクトの企画・実
施化を担当する「新組織」の責務とするのである。
 県組織内の様々な行政部署が、この「新組織」が前述の責務を的確に果たす
ことを確認できれば、当該行政部署が把握している様々な地域課題を、この
「新組織」に対して、積極的に提示できるようになるだろう。

○なお、この「新組織」の整備は、長野県組織が、科学技術を活用した県組織
(行政分野)横断型プロジェクトの企画・実施化を効果的に推進できるように
するためには、避けて通れない課題である。しかし、その整備は、今年度中の
科学技術産業振興指針の見直し作業には間に合わない。
 したがって、この「新組織」の役割については、当面は指針見直しの事務局
が担うこととし、見直し作業の中で、「新組織」の在り方等についても具体的
な検討を行い、その結果を見直しされる指針の中に明確に記載して、新年度以
降早期に「新組織」を整備すべきことになる。

【地域課題の抽出・特定手法B=種々雑多な地域課題を整理する手法】
〇様々な行政部署から寄せられる種々雑多な地域課題を整理(集約・体系化)
する手法の一つとしては、科学技術を活用してその解決方策を創出(研究開発)
するという視点から、研究開発テーマとして分類・整理する手法を提案するこ
とができる。もちろん、その作業を主導する役割を担うのも「新組織」になる。
 そして、その「新組織」は、地域社会への福祉的あるいは経済的な影響の大
きさ等を尺度として、実施すべき研究開発テーマに優先順位を付けなければな
らない。

〇更に、「新組織」には、マンパワー的に限りのある県組織や、資金的に制約
の多い県予算の枠を超えて、必要な人材や資金を調達した上で推進すべき、優
先順位の高い研究開発テーマに係る産学官連携プロジェクトの企画・実施化機
能を有することが求められるのである。

【おわりに】
〇長野県の科学技術産業振興指針に相当する、神奈川県の科学技術政策大綱に
おいては、県の役割を「科学技術の成果を産業や県民生活に結びつける活動を
強化すること」と明確にしており、特に「生活の質の向上を実感できる科学技
術活動の展開」においては、環境や健康等の分野での地域課題を解決するため
の方策の創出を目指す、研究開発テーマが具体的に提示されている。このこと
は、長野県が見習うべき初歩的事項である。

〇今回の長野県科学技術産業振興指針の見直しは、長野県の地域科学技術政策、
すなわち、「科学技術による豊かな地域社会の形成」の具現化のための政策の
策定とその実施化に係る、現状の様々な県組織の課題を解決できる絶好のチャ
ンスとなるのである。関係者による真剣な議論と徹底した見直しをお願いしたい。


ニュースレターNo.42(2014年10月13日送信)

地方創生の「フロントランナー」になることの意義とその戦略

―――地域産業政策を「フロントランナー」型にするという視点から―――

【はじめに】
○長野県の阿部知事は、9月県議会の所信表明演説の中で「長野県こそが、地
方創生の『フロントランナー』にならなければならない」と主張している。地
方創生とは、一般的には、地方が直面している人口減少、少子高齢化などの深
刻な課題を解決し持続できる地方を創造することと言われている。

○長野県が、地方創生の「フロントランナー」になるということは、地方創生
を実現するために必要な取組みにおいて、他県等に比して、独創性や新規性、
すなわち優位性を有する「フロントランナー」型の先進的な取組みをするとい
うことである。
 したがって、地域産業政策に焦点を当てた場合には、地域産業政策自体が、
キャッチアップ型(先進県等の事例を模倣する型)ではなく、他県等に比して
優位性を有する「フロントランナー」型になることが求められるのである。
 今回のニュースレターにおいては、長野県のいわゆるGDPの3割程度を稼
ぎ出す重要産業である製造業に焦点を絞って、地方創生に必要な本県の経済的
基盤を維持・発展させていくために不可欠な地域産業政策について議論を展開
してみたい。

○地域産業政策の視点からは、地方創生を実現するためには、当然、地方の経
済的基盤の強化、具体的には地域産業の活性化、雇用機会の拡大などを図らな
ければならない。
 知事の所信表明演説の「政策推進の方向性」の第3「環境・経済県づくり」
では、成長期待分野への中小企業の参入や、新規創業の促進、中小企業の受注
拡大、県民による県産品の消費拡大という、従来からの全国共通的事項(キー
ワード)を掲げたのみで、「フロントランナー」に相応しい優位性のある地域
産業政策の方向性(具体的な政策理念やキーワードなど)は、まだ示されてい
ない。

○長野県総合5か年計画の政策推進の基本方針の一丁目一番地の「『貢献』と
『自立』の経済構造への転換」は、「フロントランナー」型の地域産業政策理
念として相応しいものと考えるが、残念ながら、知事の所信表明演説の中では、
知事自身がその旨を認識・評価していることは窺えなかった。
 また、所信表明演説がなされた9月県議会において、ある議員が、この地域
産業政策理念についての知事自身の認識・評価について質問したが、なぜか、
知事は、この政策理念は「世の中の課題解決に取組むことによって、産業を元
気にしていこうという趣旨である」というような曖昧な表現をするなど、自分
自身の認識・評価についての論理的な説明を避けていた。

【「フロントランナー」としての戦略】
○長野県が、地域産業振興において「フロントランナー」になるということは、
まずは、県職員が地域産業振興に取組む際のバイブルとなる、県の地域産業政
策自体が「フロントランナー」型にならなければならないということである。
より具体的に言えば、県内企業による国際競争力を有する新技術・新製品の研
究開発と、その成果の早期事業化を促進することに資する地域産業政策におい
て、他県等に比して優位性を有することが必要になるということである。

○更に突っ込んで言えば、下記の@とAのアプローチによる新技術・新製品の
研究開発とその成果の早期事業化を、他県等に比して優位性を有する政策的
「仕掛け」によって促進することが必要になるのである。
@行政主導型の研究開発の活性化への政策的「仕掛け」
 地域課題(行政課題)を解決する方策を創出するための、産学官連携による
研究開発とその成果の早期事業化(ビジネスモデル化)による地域産業の持続
的発展を目指すこと。
A企業の独自性を尊重した研究開発の活性化への政策的「仕掛け」
 県内企業それぞれの経営ビジョン実現のための、新技術・新製品の研究開発
とその 成果の早期事業化(ビジネスモデル化)による当該企業の持続的発展
を目指すこと。

○以下で、@とAの他県等に比して優位性を有する政策的「仕掛け」とは、如
何にしたら構築できるのかについて、下記の2つの視点から議論を深めたい。
第1の視点:地域産業政策の策定機能(体制)における優位性の確保
第2の視点:策定された地域産業政策の推進機能(体制)における優位性の確保

 第2の視点については、長野県組織の地域産業振興施策の企画・実施化の現
状を見ていると、「政策理念を具体的な施策に体化できる機能(体制)」と言
い換えても良いのかもしれない。

【地域産業政策の策定機能(体制)における優位性の確保】
○地域産業政策の策定機能(体制)における優位性とは、他県等に比して優位
性を有する「フロントランナー」型の地域産業政策を策定できる機能(体制)
を保有していることである。
 このような機能(体制)を保有するためには、当たり前のことだが、地域産
業政策の策定能力に優れた人材で構成される政策策定組織を、県組織の中に整
備しなければならない。しかし、現状の県組織においては、その人材育成・確
保システムや人事異動システムなどから、その当たり前のことを期待すること
が極めて困難な状況になっているのである。

○例えば、地域産業政策の策定の経験が全く無いような人が、地域産業政策策
定部署の責任者として配置されることが、人事異動で多々あるような状況下で
は、優位性のある地域産業政策の策定機能(体制)の整備は不可能ということ
である。
 したがって、真に「フロントランナー」型の地域産業政策の策定機能(体制)
を整備するためには、県の通常の人事システム等とは異なり、高度専門性を有
する人材を長期間にわたり継続的に配置・育成できるシステムを有する「地域
産業政策研究所」のような組織が必要になるのである。

○知事が、長野県を地方創生における「フロントランナー」にすることを目指
すと明言した以上は、資金的・人的制約等の面から、県が「地域産業政策研究
所」のような専門組織を設置できない場合にあっても、既存の県組織で「フロ
ントランナー」型の地域産業政策の策定に、最大限のエネルギーを傾注して取
組まなければならないことは当然のことである。

○その場合に、最も重視すべき基本的事項は、政策策定の思考順序については、
「ビジョン→シナリオ→プログラム」とすることを徹底すべきということであ
る。すなわち、政策の在り方については、この順序で議論し、この順序を政策
の基本体系としなければならないということである。
 現状の長野県産業イノベーション推進本部の議論を議事録で見ていると、い
きなり個別の施策(プログラム)についての議論に入っていることが目立つ。
長野県として、そのプログラムによって、どのような優位性のある地域産業像
(ビジョン)を具現化しようとしているのか見えてこないのである。

【策定された地域産業政策の推進機能(体制)における優位性の確保】
○長野県総合5か年計画の政策推進の基本方針の一丁目一番地の「『貢献』と
『自立』の経済構造への転換」のような、「フロントランナー」型の政策理念
と言えるものを掲げることができても、その政策理念を具現化するための具体
的な施策(プログラム)を企画・実施化できない現状を如何にしたら改善でき
るのだろうか。

○地域産業政策の推進機能(体制)における優位性とは、政策理念を具現化す
るための具体的な施策を企画・実施化することに関する優位性のこととも言え
るのである。
 この優位性を確保するためには、まず第1に、その政策理念の真の意味・意
義を施策の企画・実施化を担当する職員たちが、深く理解できるようにしなけ
ればならないということである。
 そして、第2に、その政策理念の真の意味・意義を、いわば「尺度」として、
個々の施策の善し悪しを評価しながら、最適な施策の企画・実施化へ導くマネ
ジメント機能を整備しなければならないということである。

○限られた財源の中で、政策理念の真の意味・意義を具現化することに直結す
る施策の企画・実施化を最優先できるようにするマネジメント機能が、現状の
長野県組織の中には整備されているとは思われないのである。
 なぜならば、繰り返しになるが、長野県総合5か年計画の政策推進の基本方
針「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」の下に、既に掲げられ、あるい
は現在検討されている各種の施策の内容が、その基本方針の真の意味・意義を
理解し、その具現化を論理的にあるいは戦略的に目指すものになっているとは
どうしても考えられないからである。

【おわりに】
○長野県組織においては、知事が主張する「長野県こそが、地方創生の『フロ
ントランナー』にならなければならない」ということは如何なることなのかを
真摯に考えてほしいのである。政策理念としての言葉の重みを的確に認識して
ほしいのである。
 すなわち、知事が、長野県を地方創生の「フロントランナー」にすることを
目指すと明言した以上は、県組織としては、地方創生を具現化するために必要
な関係行政分野での具体的事業の企画・実施化のバイブルとなる各種政策を、
「フロントランナー」型に転換していかなければならないということを十分に
認識してほしいのである。

○そして、長野県組織においては、ただ認識するだけではなく、行動に移し結
果を出していかなければならないのである。
 この「フロントランナー」という言葉を知事が発したことが、単なるキャッ
チフレーズに終わることなく、県組織の各種政策の策定・実施化への取組みが、
「フロントランナー」に相応しい、他県等に比して優位性を有するものに高度
化していく契機となってくれることを望みたいのである。


ニュースレターNo.41(2014年9月23日送信)

長野県のものづくり中小企業の国際展開を支援する戦略の在り方

―――国際的産学官連携による新技術・新製品の研究開発・
           早期事業化のための効果的・基盤的支援体制 ―――

【はじめに】
○長野県産業イノベーション推進本部会議の今年度のスケジュールには、長野
県の国際戦略の見直しが位置づけられている。現状の国際戦略においては、
「具体的推進体制の在り方及び立ち上げを今後検討」とされていることから、
見直し作業においては、当然、構築すべき具体的推進体制が議論され、最適な
推進体制の提示を目指すことになると思われる。
 ※戦略の推進体制の在り方を提示できないで後送りにする戦略などは、戦略
と言える代物ではないと言いたいが、ここではその件には触れない。

○現在の長野県の国際戦略は、第一次産業から第三次産業までの全産業を対象
にしているので、ここでは、ものづくり産業に属する県内中小企業の国際展開
への支援体制の在り方に焦点を絞り、具体的な議論をしてみたい。
 そして、議論をより論理的に展開するため、中小企業の海外展開への支援目
的を、便宜上以下の二つに分けることにしたい。

@ 中小企業の国際競争力を有する優れた技術・製品を海外市場に売込むこと
への支援(海外に「売る」ことへの支援)
A 中小企業が、国際競争力を有する新技術・新製品を効果的に研究開発・早
期事業化するために実施する国際的産学官連携活動への支援(海外に「売る」
ことができる新技術・新製品を「創出」することへの支援)

○@の「売る」ことへの支援については、県内中小企業の販路開拓支援をミッ
ションとしている長野県中小企業振興センター(マーケティング支援センター)
が既に取組んでいる、国内外の国際的展示会への出展支援等の既存事業の拡充
強化で当面は対応できるだろう。
 国際戦略として、より深く議論する必要があるのは、その手法がまだ確立・
定着していない、Aの新技術・新製品の「創出」に関する支援体制の在り方で
ある。

○Aの新技術・新製品の「創出」に関する支援、すなわち、新技術・新製品の
研究開発とその成果の早期事業化への支援については、基本的にどのように事
業を実施すべきなのだろうか。
 例えば、県内中小企業が、その新技術・新製品の研究開発において、目指す
新技術・新製品を具現化するために必要な技術シーズを、国内の大学・企業等
から得ることができない場合には、当然、国外の大学・企業等にもその技術シ
ーズを求めるべきことになる。この中小企業単独では困難な、国外の大学・企
業等が有する技術シーズの探索・活用への支援が必要になる。

○また、県内中小企業が、その研究開発成果の早期事業化を、資金力、技術力、
営業力等の面から、単独では実現できず、事業化での連携先を探す場合で、最
適な連携先(当該研究開発成果を事業化する価値があると高く評価してくれる
企業等)を国内で見つけることができない場合にあっては、当然、国外にも連
携先を求めるべきことになる。この中小企業単独では困難な、国外での事業化
連携先の探索への支援が必要になるのである。

○このような、県内中小企業が、国外での技術シーズや事業化連携先の探索等
を実施する場合に支援することを任務としているのが、長野県の国際的産学官
連携支援機関として県の産業政策に位置づけられている長野県テクノ財団(以
下、「テクノ財団」と言う。)なのである。

【中小企業の国際的産学官連携活動への基盤的支援体制】
○テクノ財団が、県内中小企業が取組む、新技術・新製品の研究開発やその成
果の早期事業化に必要な、海外の大学や企業等との連携を支援する基盤的体制
とは、如何にしたら構築できるのか。
 その一つの基本的かつ現実的な方策が、県内ものづくり産業の潜在的・顕在
的技術ニーズ分野において、独創性や優位性を有する、海外の特定の高度技術
集積地域(地域クラスター)の中核的な産業支援機関との緊密な協力関係を構
築し維持していくこと(国際的な産学官連携支援ネットワークを構築・維持し
ていくこと)になるのである。

○具体的には、例えば、県内中小企業からテクノ財団に、特定の技術を有する
海外の大学や企業等に関する情報を収集したい旨の相談があった場合に、テク
ノ財団が依頼すれば情報収集に協力することなどを約した連携協定を締結して
いる、海外の地域クラスターの中核的産業支援機関(「窓口」)の中から最適
の「窓口」を選定し、その「窓口」にその旨を依頼すれば、その「窓口」と協
力関係にある他の地域クラスターの中核的産業支援機関にまで広げて情報収集
してもらうことが可能となる、国際的産学官連携支援ネットワークを構築・維
持していくということになるのである。
 このことは、連携協定を締結する、海外の地域クラスターの中核的産業支援
機関の側からすれば、テクノ財団が、当該支援機関の日本国内での技術シーズ
や事業化連携先の探索等の活動への支援「窓口」として、十分に機能すること
を期待していることを意味しているのである。

○このような連携協定を締結した産業支援機関(「窓口」)を、各国の高度技
術集積地域に数多く配置することが理想的ではあるが、テクノ財団の人的・資
金的制約からそれは不可能となる。したがって、県内中小企業の潜在的・顕在
的技術ニーズに対応できそうな海外の技術力に優れた地域クラスターの中から、
テクノ財団との協力関係の構築に積極的な地域クラスターの中核的産業支援機
関を選定し、実際にそれぞれの機関と具体的な連携事業を実施できる程度の数
の範囲内で、連携協定を締結することが必要になる。いわば、少数精鋭による
国際的産学官連携支援ネットワークの形成である。
 ※現在、テクノ財団が連携協定を締結しているのは、EU7か国の8産業支援機
関である。

○海外の地域クラスターの中核的産業支援機関が、テクノ財団との協力関係の
構築に積極的になるのは、当該地域クラスターの企業等の潜在的・顕在的技術
ニーズに応えるための日本国内での活動を、テクノ財団が支援してくれること
を期待できると判断した場合になるのである。
 したがって、テクノ財団としては、県内企業のニーズに基づき、テクノ財団
から海外の連携協定締結産業支援機関に実施を働きかける国際的産学官連携活
動だけではなく、海外の連携協定締結産業支援機関からの実施依頼に基づく国
際的産学官連携活動にもタイムリーに対応できるように、常に人的・資金的措
置を講じておくことが必要になるのである。

○具体的にどのような基盤的支援体制をテクノ財団に整備しておけばよいのか。
基盤的支援体制の構成要素として、最低限必要なものについて、現在の整備状
況等を参考にして、以下にできるだけ具体的に整理してみたい。

[連携協定締結産業支援機関とのネットワークを構築・維持するための体制]
@ 日常的に英語によるメール・電話で事務的な照会・回答ができる体制
A テクノ財団の情報提供活動(活用を期待する研究開発成果等の技術情報、
国際的イベント開催情報の提供等)を日常的に把握してもらえるようにするた
めの、英語によるホームページの管理、英語によるメルマガの送信等を実施で
きる体制 etc.
  ※現状においては、人的・資金的制約から、Aが最も不十分な状況にある。

[ネットワークを相互に有効活用できるようにするための体制]
B 依頼に基づき、技術シーズの探索・選定、連携企業・大学等の探索・選定
等の専門的コーディネート活動を実施できる体制
C 新規の連携事業について、face to faceで、あるいはネットを介して協議
し、協議結果に基づき連携事業を企画・運営できる体制 etc.

【基盤的支援体制の下で実施すべき具体的連携事業】
○県内中小企業の新技術・新製品の研究開発やその成果の早期事業化に資する
国際的産学官連携活動を活性化するために、連携協定締結産業支援機関との協
力関係構築の下に、テクノ財団は具体的にどのような事業をなすべきか。現時
点で考えられる事業を以下に整理してみたい。

[日常的に継続実施すべき通常事業]
@ 技術シーズ・ニーズ情報を交換するための事業(メルマガ、情報誌の交換等)
A 個別案件の照会・回答(依頼に基づく技術や企業・大学等の調査等)etc.
 ※前述した現状の体制不備のために、@が最も不十分な状況にある。

[年度事業計画の協議によって企画・実施化すべき特別事業]
B 日本あるいは連携協定締結産業支援機関の国内で開催される国際的展示会
の場を活用した、県内産学官チームによる、必要な技術シーズや研究開発・事
業化連携先の探索等に加え、
 ・産業支援機関とのface to face の情報交換・協議等
 ・産業支援機関の地域クラスターに出向き、県内中小企業が応用先を求める
 研究開発成果の展示・発表、県内中小企業が必要とする技術シーズや、研究
 開発・事業化の連携先の探索等
を実施するなど、できるだけ経費をかけずに、国際的な技術・産業動向調査、
技術シーズ・ニーズのマッチング、連携先の探索、産業支援機関とのface to
face の情報交換等の、それぞれ関連性の高い活動が、総合的かつ効果的に実
施できるような合理的事業を企画・実施化していくことが不可欠となる。

【おわりに】
○これから実施される長野県国際戦略の見直し作業の中で、県内中小企業の新
技術・新製品の研究開発・早期事業化のための国際的産学官連携活動に対する、
長野県の地域産業政策としての支援の在り方について、様々に議論されること
になろう。その議論の論理的展開を通して、テクノ財団が、長野県における国
際的産学官連携支援拠点として拡充強化すべき役割、その役割を果たすために
整備・維持すべき基盤的体制、その体制下で実施すべき具体的事業などが明確
化され、それらが、見直された新たな国際戦略によってオーソライズされるこ
とを期待したい。

○国際戦略の見直し作業の中に、テクノ財団の考え方が的確に反映されるよう、
財団サイドから県に対して、必要な提案等をしていかなければならない。その
ためにも、テクノ財団の国際的産学官連携支援機能をより高度化するために留
意すべき事項について、皆様方からアドバイス等をいただければ幸いである。


ニュースレターNo.40(2014年9月3日送信)

長野県がオーソライズした「科学技術による豊かな地域社会の形成」への戦略
の必要性

―――産学官連携研究開発プロジェクトへの外部資金導入のための
           提案書(事業計画)作成の拠り所として―――
【はじめに】
○国等の産学官連携研究開発プロジェクトに係る提案公募制度においては、豊
かな地域社会の具現化のために解決すべき課題の解決方策を、大学等の有する
先端的科学技術を活用して産学官連携で研究開発し、その成果によって地域課
題を解決するとともに、その解決方策を、国際的市場競争力を有するビジネス
モデルとして内外に展開し、地域産業の持続的発展を実現することを目指す地
域の挑戦的取組みを支援するプログラムが整備されて来ている。
 例えば、文部科学省は、平成27年度予算の概算要求に「広域地域イノベーショ
ン共創プログラム」という大型の提案公募事業(1件当り:約6億円/年×5年)
を盛り込んでいる。

  ○このような提案公募型の支援プログラムを長野県で活用しようとしても、従
来から幾度も指摘してきているように、そもそも県の地域課題の解決に取組む
際のバイブルとなるべき「長野県科学技術産業振興指針」をはじめとする、各
種の行政計画等の中に地域課題の特定さえもなされていなかったり、「長野県
総合5か年計画」の政策推進基本方針の一丁目一番地に「『貢献』と『自立』の
経済構造への転換」という時代の要請にマッチした素晴らしい政策理念を掲げ
ながら、それを具現化すべき産業イノベーション推進本部の取組みにおいては、
スケジュールに明記されている「地域課題の洗い出し」さえも未だになされて
いなかったりと、県として何を研究開発テーマにして良いのか全く見当がつか
ず、とても提案書の作成作業に着手できるような状況にはない。

○このままでは、長野県として、外部資金を活用した産学官連携による地域先
導型の研究開発を通した地域産業の振興などの、大規模かつ効果的な政策的対
応ができずに、地域産業の新たな発展への絶好のチャンスを逃してしまうよう
な事態に陥る可能性が高いのである。

○しかしながら、幸いなことに、問題のある「長野県科学技術産業振興指針」
は、今年度中に見直されることになっている。この見直し作業の過程で、前回
のニュースレターで提示した、「科学技術による豊かな地域社会の形成」への
科学技術を活用したアプローチ手法が同指針に組込まれ、長野県が具現化を目
指すビジョンの設定や、その具現化への効果的な道筋の提示等が論理的になさ
れた、他県等に比して優位性を有する指針に生まれ変わることを期待したい。
とにかく、まずは長野県によってオーソライズされた、科学技術によって解決
すべき地域課題の抽出・特定が必要になるのである。

※参考:ニュースレターNo.39で提示した、「科学技術による豊かな地域社会の
    形成」への行政の基本的なアプローチ手法

@ ビジョンの設定
実現(到達)したい地域社会の理想的状態を具体的に設定

A 課題の特定
ビジョンを実現するために解決しなければならない具体的課題の抽出・特定

B 科学技術による課題解決方策の創出・普及
課題解決方策の創出のための産学官連携による研究開発、研究開発成果(課題
解決方策)の普及・課題解決・ビジネスモデル化

C 「地域社会の課題解決」と「地域産業の振興」との整合
地域内外への課題解決ビジネスモデルの展開による地域産業の持続的発展

○以下で、長野県の政策策定部署の担当者の方々の参考にもなることを考慮し
て、「科学技術による豊かな地域社会の形成」への戦略の策定において必要に
なる、地域課題の抽出・特定や、その地域課題の解決方策創出のための研究開
発の企画・実施化への、具体的かつ現実的な取組手法について検討・整理して
みたい。

【地域課題の抽出・特定の在り方】
○ここでは参考事例として、長野県による産業廃棄物の適正処理に関する地域
課題の抽出・特定の手法について検討してみたい。
 この場合に第1の担当者は、県組織の中で、産業廃棄物処理業の許認可等を
所管する環境保全担当部署の職員になる。
 当該職員は、産業廃棄物の適正処理を確保するために、処理業者の産業廃棄
物処理現場や、製造業者等の産業廃棄物排出現場に立入検査等を実施している。
その中で、処理業者の処理現場では、処理施設の稼働上の課題、例えば、騒音、
ばい煙、悪臭等の周辺環境への影響、処理残渣の適正処理、処理コストの低減
(処理能力の向上)等、処理業者が直面している様々な課題を把握しているは
ずである。また、製造業者等の現場においては、産業廃棄物の排出量の減量化・
再資源化、処理(委託)コストの低減等、製造業者等が直面している様々な課
題を把握しているはずである。
 これらの産業廃棄物に関する課題を放置しておくと、廃棄物の不正処理(不
法投棄等を含む。)や廃棄物処理過程からの環境汚染の拡大など、県土の環境
保全に係る重大な問題の発生に至る可能性が高まるのである。

○環境保全担当部署の職員が、処理業者や製造業者等との緊密なコミュニケー
ションと目利きによって、それらの様々な課題の中から、重大な環境汚染に至
る可能性の高い課題であって、科学技術の活用によって解決すべき課題を抽出・
特定できる能力を有しているか否かが、非常に重要なポイントになるのである。
 この課題の抽出・特定を実施し、速やかに対処できる課題は別として、中長
期的に取組むべき解決困難性の高い課題について、環境保全関係の行政計画の
中に、解決すべき重要課題として提示する対応レベルまでは、環境保全担当部
署に責任をもって遂行していただくことを期待したい。

○この環境保全担当部署の職員の、ある程度の目利きによって抽出・特定され
た課題を、事業化の可能性等も考慮し、最適な産学官連携研究開発体制による
研究開発の計画策定作業へステップアップさせるのは、科学技術・産業振興担
当部署の職員の役割となる。当然、研究開発計画の策定作業は、必要な研究開
発資金の導入計画と整合しなければならないことになる。
 このことについては、以下で詳しく検討するが、このような環境保全担当部
署と科学技術・産業振興担当部署の両部署にまたがる作業工程の全体について、
俯瞰的にマネジメントできる「司令塔」が県組織内にどうしても必要になるの
である。

【地域課題解決方策の研究開発の企画・実施化の在り方】
○ここからは、科学技術・産業振興担当部署が主導すべき作業について述べて
みたい。まず、産業廃棄物処理業者や製造業者等が抱える産業廃棄物処理に関
する技術的課題について、既存技術の導入によって、速やかな解決が期待でき
る課題であるのか、新たな解決方策の創出が必要で中長期的に取組むべき課題
であるのか、を環境保全担当部署の協力を得て、科学技術・産業振興担当部署
の職員が、現場調査等を通して判断することが必要になる。
 既存技術の導入によって解決できる課題については、工業技術総合センター
等の技術支援機関が、必要な技術情報の提供や専門家(機関)・企業の紹介等
で対応できるだろう。

○新たな解決方策の創出が必要な課題と判断された場合には、新たに創出され
る解決方策は、他の処理業者や製造業者等も抱える課題の解決方策としても有
効で、広く普及する可能性(事業化できる可能性)を有しているのか否か、を
判断することになる。そして、地域産業振興の視点からは、波及効果や事業化
の可能性の高い解決方策についての研究開発を優先すべきということになる。
(もちろん住民生活に重大・深刻な影響をもたらしている課題の解決について
は、事業化の可能性の有無にかかわらず、環境保全と安全確保の視点から、県
の速やかな意思決定によって取組むべきことは当然のことでる。)

○研究開発テーマが決定したら、どのような研究開発体制の下で実施すべきか、
必要な研究開発資金はどのような提案公募制度を活用して調達すべきかについ
て検討することになる。(研究開発資金の調達については、長野県が、単独で
手当てすることが不可能なことは明らかであるため、県は、国等に対して、資
金調達に活用できる制度の照会や、新制度の創設要請等をすべきことになる。)

○資金調達方策の検討と並行して、課題解決方策の創出のために最適な研究開
発体制の構築を進めなければならない。関連する課題の解決方策の研究開発に、
既に取組んでいる大学・企業等の状況も調査し、また、そことの連携も図りな
がら、長野県としての研究開発の企画・実施化に必要な大学・企業等に対して、
研究開発への参画を依頼することになる。
 その場合において、長野県の研究開発テーマの選定が、県がオーソライズし
た行政計画等に基づくものであること(当該研究開発の推進は県の強い意思に
基づくものであること)を確認できること、すなわち、社会的価値の創造と、
経済的価値の創造の整合の可能性が高いものであることを確認できることが、
当該大学・企業等の参画への動機づけに大きな役割を果たすのである。

○また、提案公募制度への提案書(事業計画)の審査においても、その事業計
画が、県がオーソライズした行政計画等に基づくものであることが確認されれ
ば、研究開発から事業化に至るまでの一連の活動が、県の強力なバックアップ
によって推進され、事業目的・目標の達成の確度が高い事業計画であると評価
され、採択の確率が高まるのである。

【事業化を担う地域企業の選定・参画の重要性】
○地域課題の解決方策(新製品・新サービス等)を実際に地域に普及(供給)
する役割を担うのは、地域企業となる。すなわち、地域課題の解決方策を創出・
普及することによって地域課題を解決する地域貢献と、その事業化・ビジネス
モデル化による地域産業の持続的発展とを整合する活動の「主役」は地域企業
なのである。

○したがって、地域課題解決方策の普及(供給)を担うことになる企業につい
ては、当該方策の創出のための産学官連携研究開発プロジェクトの事業計画の
策定段階から参画し、実現性の高い事業計画にすることに貢献してもらうこと
が不可欠となる。
 地域課題解決方策の創出のために必要な技術力・生産力と、その解決方策を
市場競争力を備えた新製品・新サービスとして事業化することへの強い意欲を
有する地域企業を選定し、参画してもらえるか否かが、事業目的の達成の成否
を決定づけるのである。

【おわりに】
○地域課題解決型の産学官連携研究開発プロジェクトの事業計画の評価におい
ては、もちろん参画する大学の研究者(研究業績)の優位性は重要となるが、
研究開発によって解決すべき地域課題の特定(研究開発テーマの選定)、研究
開発による地域課題解決方策の創出から、課題解決方策の普及・ビジネスモデ
ル化に至るまでの道筋を描いた、長野県の「科学技術による豊かな地域社会の
形成」への戦略(ビジョン・シナリオ・プログラム)自体が、他県等に比して
優位性を有していると評価されることが、採択の確率を高めるための重要な要
素になるのである。

○すなわち、「科学技術による豊かな地域社会の形成」への取組みのための外
部資金獲得競争においては、戦略(政策)策定能力に優れた県等のみが勝者と
なれるのである。言い換えると、戦略(政策)策定能力に劣る県等においては、
「科学技術による豊かな地域社会の形成」に取組むことが、資金的に非常に困
難になってしまうということなのである。

○したがって、当面の長野県の重要課題は、「長野県科学技術産業振興指針」
の見直し作業の中で、文部科学省の新年度の大型提案公募事業である「広域地
域イノベーション共創プログラム」への提案書作成の拠り所(根拠)となる、
「科学技術による豊かな地域社会の形成」への戦略(ビジョン、シナリオ、プ
ログラム)に相当するものをできるだけ速やかに策定すべきことになる。


ニュースレターNo.39(2014年8月26日送信)

「科学技術による豊かな地域社会の形成」に関する長野県の政策論的課題

【はじめに】
○「科学技術による豊かな地域社会の形成」、すなわち、科学技術の活用によ
って、質的により豊かな地域社会を形成するためには、科学技術による「地域
社会の課題解決」と「地域産業の振興」とを整合させることが不可欠であると
いう考え方は、地域産業政策の策定に関してある程度の経験を有する人々の間
では、通常の知識・認識となっている。
 また、産学官連携研究開発プロジェクトに係る国等の提案公募制度において
も、このような考え方をベースにしたプログラムが増えて来ている。

○長野県においては、「科学技術による豊かな地域社会の形成」の具現化のた
めに、「長野県科学技術産業振興指針(期間:平成22年度から31年度)」が策
定されているが、同指針は、豊かな地域社会の形成(同指針では、より具体的
に「安全・安心な健康長寿社会」の形成を目指すとされている。)のために解
決すべき課題の抽出・特定、その課題の解決方策の創出、創出された解決方策
の普及等による豊かな地域社会の実現に至るまでの道筋を全く提示できていな
いなど、根本的な「欠陥」を有するものとなってしまっていることは、繰り返
し指摘してきている。
 しかし幸運なことにも、その指針が、今年度中に見直されること(同指針に
「平成26年度を目途に見直し」と記載)になっており、その見直しの成果に大
いに期待しているところである。

【「科学技術による豊かな地域社会の形成」への行政の一般的手法とそれに取
組めない長野県】
○「科学技術による豊かな地域社会の形成」への行政の一般的なアプローチ手
法としては、以下のような段階を踏むことになる。
@ ビジョンの設定
 実現(到達)したい地域社会の理想的状態を具体的に設定
A 課題の特定
 ビジョンを実現するために解決しなければならない具体的課題の抽出・特定
B 科学技術による課題解決方策の創出・普及
 課題解決方策の創出のための産学官連携による研究開発、研究開発成果(課
題解決 方策)の普及・課題解決・ビジネスモデル化
C 「地域社会の課題解決」と「地域産業の振興」との整合
 地域内外への課題解決ビジネスモデルの展開による地域産業の持続的発展

○長野県の政策策定部署においては、なぜか科学技術を活用する政策展開の重
要性への認識が極めて低い。このことは、「長野県科学技術産業振興指針」は
もとより、県土の環境保全や県民の健康増進等に係る各種行政計画の内容には、
前述のようなビジョンの設定に始まり、課題の特定、課題解決方策の創出・普
及等に至る、一般的・基本的政策手法が全く組込まれていないことからも明ら
かである。

  【行政サイドが主導する意義と主導できない長野県】
○豊かな地域社会を形成する上で障害となる課題を抽出・特定し、それを解決
することは、行政の本来的な責務である。そして、その責務を遂行するための
ツールとして科学技術を活用しようとするのは、政策策定部署にいる者にとっ
ては、極めて常識的な発想のはずである。
 しかし、長野県の政策策定部署は、なぜかその常識的なことを政策の中に論
理的に位置付けることができないでいるのである。

○また、科学技術を活用して特定の地域課題を解決しようという行政の強い意
思を産業界が確認できれば、産業界はそこに、産業界としての地域貢献活動と
経済的価値創造活動とを整合できる可能性を見出すことができる。そして、そ
のことによって、行政と産業界の連携による地域課題の解決への効果的取組み
が可能となり、活性化するのである。
 すなわち、長野県の政策策定部署の適切な科学技術活用政策の策定によって、
「地域社会の課題解決」と「地域産業の振興」とが経済的合理性の下に整合で
きる道筋が開けるのに、政策策定部署は、なぜかその道筋を開くための政策的
対応に取組めないでいるのである。

【科学技術による産業イノベーションとそれを主導できない長野県】
○長野県は、産業イノベーションの創出が政策的に重要である旨を明確にして
いる。しかし、その産業イノベーションの創出の意義が、正に「科学技術によ
る豊かな地域社会の形成」に相当するものであることは、県組織の中で十分に
は認識されていないようである。

○長野県の産業イノベーションの定義については、長野県中小企業振興条例の
中で、「新たな製品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を生み出し、経
済社会の大きな変化を創出することをいう。」としている。この定義をもう少
し具体的に解説すれば、「地域社会の経済的・社会的課題を解決できる新製品・
新サービスの開発・提供という産業活動を通して、産業界として経済的価値を
創出・獲得するとともに、その産業活動によって、地域社会をより豊かな方向
へ経済的・社会的に大きく変革することをいう。」ということになるだろう。

○このように、長野県の地域産業政策においては、単に地域産業の発展のみを
目指すのではなく、地域産業の経済的活動が、地域社会の課題解決を通して、
より豊かな地域社会の形成をも目指すべきことを、政策理念として、条例の中
に明確に規定していることは、他県等に誇れるものとして評価できるだろう。

○そして、更に評価すべきことは、長野県中小企業振興条例において、「県の
責務」として、「特に産業イノベーションの創出が図られることに留意して、
・・・中小企業の振興に関する施策を総合的に策定し、及び実施するものとす
る。」と具体的に規定していることである。
 産業イノベーションの創出を図ること(産業イノベーションの創出を促進す
る仕掛け・仕組み)を、中小企業振興施策の中に組込むことを、期限付きの一
般的な産業振興戦略の中にではなく、法的規範である条例の中に位置づけ、県
民に対して広く明確に約束したことに、長野県としての産業イノベーション創
出への取組み意欲・意思の強固さを確認できるのである。

○その「県の責務」として、中小企業振興施策の策定・実施を通して、産業イ
ノベーションの創出に具体的に取組むための手法としては、正に「科学技術に
よる豊かな地域社会の形成」への行政の一般的アプローチ手法を活用すべきこ
とは明らかなのである。
 しかし、長野県の政策策定部署は、条例に規定までした、産業イノベーショ
ンに係る「県の責務」について、なぜか科学技術を活用してそれを果たそうと
していないのである。条例案を真剣に練り上げた政策策定部署が、なぜ条例が
真に意味するところを理解できないのか、不思議でならない。

【「長野県総合5か年計画」の「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」を
具現化できない長野県】
○「長野県総合5か年計画」の政策推進基本方針の一丁目一番地に位置づけら
れた「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」とは、地域社会の課題を解決
する地域貢献と、その課題解決方策をビジネスモデル化し広く展開することに
よる地域産業の振興とを整合させることを意味している。すなわち、「『貢献』
と『自立』の経済構造への転換」と「科学技術による豊かな地域社会の形成」
とは同じ趣旨なのである。

○したがって、「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」の具現化には、「科
学技術による豊かな地域社会の形成」への行政の一般的アプローチ手法を、主
要な手段の一つとして活用すべきことは明らかなのである。
 しかし、長野県の政策策定部署は、なぜかそのことが理解できず、「長野県
総合5か年計画」の具現化への取組みに的確性を欠いたままでいるのである。
 熟慮の結果として、「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」を政策推進
基本方針の一丁目一番地に位置付けた政策策定部署が、なぜそれが真に意味す
るところを理解できないのか、その具現化に最善の策を活用して取組もうとし
ないのか、不思議でならない。

【「科学技術による豊かな地域社会の形成」に取組める長野県とするために】
○長野県が「科学技術による豊かな地域社会の形成」への行政の一般的アプロ
ーチ手法を活用できるようにするためには、担当職員等の意識改革は当然のこ
ととして、とりあえず、以下の@からBの課題に取組むことが必要であろう。
@各種行政計画の見直し
「長野県科学技術産業振興指針」はもとより、県土の環境保全や県民の健康増
進等に係る各種行政計画の中に、「科学技術による豊かな地域社会の形成」へ
の行政の一般的アプローチ手法を組込めるよう見直すことである。

A地域課題の解決方策を創出する研究開発プロジェクトの企画・実施化
科学技術の活用に係る先進県等の事例から、長野県においても速やかに取組む
べきことが明白であるにもかかわらず、未だに取組めていない産学官連携研究
開発プロジェクトに取組めるような企画・実施化体制を構築することである。
例えば、県民の健康増進に係る課題を新規食品の開発・提供によって解決する
ことを目指す産学官連携研究開発プロジェクトや、県土の環境保全のために、
処理困難な廃棄物の再利用を事業化できる方策を創出するための産学官連携研
究開発プロジェクト、などを効果的に企画・実施化できる体制を整備すること
である。

B行政組織(分野)横断型の施策の企画・実施化拠点(司令塔)の設置
「科学技術による豊かな地域社会の形成」のためには、様々な行政分野にまた
がる政策的対応を縦横無尽に駆使できるようにしなければならない。また、「科
学技術による豊かな地域社会の形成」への行政の一般的アプローチ手法の活用
についても、様々な分野の行政計画の策定・実施化の中に、円滑かつ効果的に
組込めるようにすることが必要になる。
これを可能とするためには、行政組織(分野)横断型の施策の企画・実施化を
主導する権限を有する拠点(司令塔)を、県組織内に設置し効果的に稼働させ
ることが不可欠となるのである。

【おわりに】
○今回のニュースレターでは、長野県の「科学技術による豊かな地域社会の形
成」への政策的対応が、様々な行政組織(分野)において非常に遅れている現
実を、できるだけ簡潔に説明することに焦点を絞った。したがって、その遅れ
を挽回するための方策については、視点を提起する程度になってしまい、具体
的な議論はできなかった。

○これから本格化する「長野県科学技術産業振興指針」の見直し作業の中で、
「科学技術による豊かな地域社会の形成」への取組みに係る、現状の県組織等
が抱える深刻な課題についての認識が深まり、長野県が具現化を目指す的確な
ビジョンの設定や、その具現化への効果的な道筋の提示等が、論理的になされ
た指針に生まれ変わることを期待したい。

○また、長野県が、産学官連携研究開発プロジェクトに係る国等の提案公募制
度を活用(外部資金を導入)する事業の提案者として名を連ねる場合に、県が、
「科学技術による豊かな地域社会の形成」へのビジョンや、そのビジョン具現
化への道筋を的確に定めた行政計画等を持っていないと、研究開発テーマの選
定等の根拠の説明に説得力を欠くことになり、非常に不利な立場に追いやられ
る可能性が高いことを、県の科学技術・産業振興担当部署には十分に認識した
上で適切な対応をお願いしたい。


ニュースレターNo.38(2014年8月10日送信)

長野県の食品工業振興戦略の在り方
―――未だに戦略策定できないことへの関係者としての
                      反省の意を込めて―――

【はじめに】
○長野県においては、重点事業として長野県工業技術総合センター食品技術部
門の技術支援機能の拡充強化に取組んでいる。しかし、その取組みが、本県食
品工業の抱えるどのような潜在的・顕在的課題の解決のために、どのような具
体的な解決方策を企画・実施化しようとしているのか、言い換えると、どのよ
うな食品工業振興戦略を、食品技術部門を拠点として、どのように具現化しよ
うとしているのか、についての明確な説明は、まだまだ先になるようである。
 そこで、今回のニュースレターでは、少し先行して、食品工業の振興に先進
的に取組んでいる北海道の事例を参考にして、本県の食品工業振興戦略の在り
方について議論してみたい。

○具体的には、食品関連産業(農林水産物の生産から加工、流通、消費までに
係る全産業)の振興を「重点的な取組み分野」として位置づけている、「北海
道科学技術振興戦略(H20〜H24年度)」と「新北海道科学技術振興戦略(H25〜
H29年度)」の中の、特に食品工業に直接関係する事項を参考にさせていただ
きながら議論を進めることにしたい。

【北海道の食品工業振興に関する戦略:[1]取組むべき課題の提示】
○北海道では食品工業の振興のために、取組むべき課題として、以下の3点を
提示している。
@食品の安心・安全への消費者の不安解消
 食品の安全性への信頼を揺るがす事件・事故の多発に由来する、消費者の不
安を解消するための高度な生産管理技術の開発・実用化が求められている。
A食品の高付加価値化・差別化
 付加価値率の低い北海道食品工業の経営基盤の強化のためには、食品の高付
加価値化・差別化に取組む必要がある。その具現化手法として、原材料となる
農林水産物の健康増進への効果やそのエビデンス(科学的根拠)を明らかにし、
それを応用した機能性食品等の開発を活性化することが求められている。
B食品残渣等の有効活用
 農林水産物の選別残渣や加工残渣等の未利用資源の有効活用により、産業廃
棄物等に由来する環境問題の解決と、新たな高付加価値食品の創出とを整合さ
せることが求められている。

【北海道の食品工業振興に関する戦略:[2]課題解決のための研究開発】
○北海道では前述の@〜Bの課題を解決するため、以下のような研究開発に取
組んでいる。
@食品の安心・安全への消費者の不安解消のための研究開発
 有害物質等の分析・検出技術の高度化・迅速化に関する研究開発 etc.
A食品の高付加価値化・差別化のための研究開発
 北海道産の農林水産物が含有する機能性成分の探索・評価に関する研究開発
 機能性が確認された成分を応用した新規機能性食品に関する研究開発 etc.
 ※機能性成分の評価技術の高度化については、北海道産の農林水産物自体の
 高付加価値化をももたらすため特に重視している。
B食品残渣等の有効活用のための研究開発
 機能性成分の探索・抽出・精製・加工等の高付加価値化技術に関する研究開
発 etc.

【北海道の食品工業振興に関する戦略:[3]研究開発推進体制の整備】
○研究開発推進体制の整備については、北海道庁が道内の市町村、大学等と緊
密に連携して取組んでいる。その中で特に重視しているのが、食品の機能性成
分の分析・評価拠点の整備・拡充である。食品の高付加価値化・差別化を食品
の機能性によって確保しようとする場合、その分析・評価が最も重要な基盤的
工程となることから、当然の戦略推進方針と言える。

○北海道内には、既に、大学、病院、公的研究機関等が連携し、市民ボランテ
ィアの協力の下、ヒト介入試験システムが構築されるなど、様々な科学的視点
からの機能性成分の分析・評価に対応できる複数の拠点が既に整備されている。

【長野県では食品工業振興戦略が策定されたことが無かった理由の分析】
○長野県の食品工業は、工業出荷額の10%以上を占める重要産業であり、歴史
的にも様々な優れた食品製造技術を蓄積してきており、新規高付加価値食品の
開発、製造工程の改善・高度化等に関しては、高い潜在的能力を有していると
思われる。しかしながら、長野県においては、食品工業振興戦略と呼べるもの
が、地域産業政策等の中に位置づけられることは、今まで(少なくとも約40年
間)全く無かったのである。その理由については、長野県の食品工業関係者
(産学官)の食品工業の技術革新の必要性への意識の高まりが、ずっと不十分
であったということを挙げることができるのではないだろうか。そして、その
背景の一つとしては、電気機械分野の工業においては、その空洞化への危機感
から、技術革新による国際競争力の強化に必死に取組まなければならないとい
う意識が強く共有されてきたが、内需志向の強い県内食品工業にあっては、そ
のような危機感・意識の共有には至らなかったことを挙げることができるだろう。

○より具体的に言えば、長野県の食品工業の高付加価値化を実現するためには、
他県等の同業他社の追随を許さない新規かつ高度な技術革新が必要であり、そ
の技術革新のためには、先端的科学技術の導入が不可欠であるという認識と、
その先端的科学技術をツールとして技術革新を具現化しようという熱意が、食
品工業に係る産学官の関係者の中で強く共有されることが無かったということ
になる。したがって、食品工業における新規かつ高度な技術革新を促進するた
めに必要な政策的対応の道筋を示すべき、食品工業振興戦略を策定しようとい
う機運も、関係者の間で高まることは無かったと言えるのである。

【長野県の地域産業政策策定サイドの課題】
○世界人口は増大し、日本は少子高齢化が進展する中で、日本国内の食品市場
動向等を中長期的に展望すれば、食品消費量の減少、消費者の安心・安全・健
康志向の一層の増大、輸入原材料の価格高騰等による製造コストの増大、これ
に伴う食品企業間での生き残り競争の激化等が想定できることから、地域の食
品企業の中には、強い技術革新志向を有し、新技術・新製品の研究開発に取組
もうとしているところも多々あるはずである。
 しかし、個別企業が、それぞれ強い技術革新志向を有しているだけでは、そ
の具現化はなかなか難しい。個別企業の技術革新志向の具現化(新技術・新製
品の研究開発の効果的展開、研究開発成果の早期事業化)を加速するためには、
個別企業の枠を超えた(オープンイノベーション的な)、地域内外にわたる産
学官連携による取組みの活性化が必要になる。
 そして、このような認識を共有する産学官からなる連携体(コンソーシアム)
を組織化し、競争的資金も獲得して、地域先導型の研究開発プロジェクトの企
画・実施化を主導できる「リーダー」の存在が、どうしても必要となるのであ
る。したがって、地域の中核的食品企業を「リーダー」とする、産学官連携体
の研究開発活動の活性化等に資する政策的対応が求められているのである。

○前述したような、長野県の食品工業における技術革新への意識・意欲が、全
体的には高まらない状況下にあっても、長野県の地域産業政策策定サイドとし
ては、日本の食品市場動向等も勘案して、新規高付加価値食品に関する産学官
連携による地域先導型研究開発の必要性への、食品工業関係者(産学官)の意
識を高めること(啓発)に努め、その具現化の道筋(政策的対応)などを提示
する食品工業振興戦略の策定に、もっと真剣に取組むべきであったと言えるの
である。
 残念ながら、地域産業の発展方向とその具現化への道筋を示すべき長野県の
地域産業政策が、食品工業については、その役割をほとんど果たすことができ
なかったことが、長野県の食品工業振興施策と北海道の同施策との間に、埋め
ることが極めて困難なほどの、質・量両面での大きな差を築いてしまっている
と言えるのではないだろうか。

【長野県の食品工業振興戦略の在り方(総論)】
○長野県の食品工業の持続的発展のためには、前述のような政策面での、北海
道への大きな遅れを放置すべきでない(差の一層の拡大を防止すべき)ことか
ら、食品工業関係者(産学官)の食品工業振興戦略策定の必要性への意識の高
まり不足という難題を何とか解決しつつ、速やかに食品工業振興戦略の策定・
実施化に着手すべきことは明らかである。
 その場合に、戦略によって解決すべき食品工業振興に係る課題の設定につい
ては、北海道の課題が、全国共通的な課題であるため、長野県が設定する課題
も、総論的にはそれとほぼ同じ主旨になることが想定される。しかし、その課
題を解決するための各論的・具体的方策については、北海道あるいは他県等に
対して、確実に新規性・優位性を確保できるものとしなければならない。

○なぜならば、既に北海道等の先進地域が研究開発に取組んでいる課題解決方
策については、当然、特許出願等で同方策の占有化が図られていることが想定
できるからである。また、北海道等の取組みに対して、明確な新規性・優位性
を説明できないような取組みについては、国等の提案公募制度の活用は不可能
となるからである。

○このように食品工業振興については、既に全国的に活発な取組みが推進され
ている中、長野県が、新たな食品工業振興戦略の策定・実施化に着手すること
になった場合には、「後発組」という不利な立場を克服するための大きな努力
が求められることを十分認識し、必要な対策を大胆かつ積極的に講じていくこ
とが重要となろう。

【長野県の食品工業振興戦略の在り方(各論)】
○長野県の食品工業振興戦略の中で提示すべき、具体的な研究開発テーマやそ
の推進体制の整備の中には、どのような新規性・独創性を組込み、戦略として
の優位性を確保すべきであろうか。まず以下の@からBに、研究開発テーマの
選定等に係る基本的視点について、思いつくままに提示してみたい。
@食品の安心・安全への消費者の不安解消のための研究開発
 食品の安心・安全の確保への対応策としては、生産管理が重要となることか
ら、北海道と同様、有害物質等(有害化学物質、病原性微生物、アレルゲン等)
の分析・検出技術など、生産管理上で必要な技術の高度化が主要テーマになろ
う。具体的には、地域の食品工業の生産現場が抱える、安心・安全確保への生
産管理上の解決困難課題を抽出・特定し、その解決方策の研究開発に取組むこ
とから着手すべきことになる。
 この研究開発によって、長野県の食品工業が獲得を目指すべき新規性・独創
性は、県内に高度に集積された超精密技術等が在って初めて可能となる、分析・
検出装置の小型軽量化、低価格化、高精度化等によって具現化される、県外の
同業他社に対して優位性を有する、安心・安全確保用の高度生産管理システム
の中に組込まれることとなろう。

A食品の高付加価値化・差別化のための研究開発
 北海道等とは異なる長野県特産の原材料(農産物、自生植物等)の活用を目
指すことは当然として、食品の機能性を高付加価値化の手段としようとするの
であれば、長野県の場合においても、北海道と同様に、機能性成分の探索・評
価技術の高度化と、その高度化された技術を食品企業が応用できるように支援
する体制の整備が不可欠となる。この基盤的整備ができて初めて、食品企業に
よる新規機能性食品の研究開発が、効果的に企画・実施化できるようになるの
である。
 そして、県民の健康増進上の課題の解決に資する新規機能性食品(必要な機
能性成分を十分に富化した食品、あるいは不必要な成分を確実に除去した食品
など)をデザインし、その具現化のための研究開発に産学官が連携して取組む
のである。
 長年にわたり長野県民の健康増進活動に取組んで来ている、県内の医療・保
健関係機関等に蓄積されている、高度な医学的知見に基づき、更なる健康増進
に資する新規機能性食品を科学的にデザインする(県民の健康増進のために必
要な新規食品の仕様を提示する)という、現場ニーズ志向型の新規食品開発シ
ステムを産学官連携により構築することの中に、長野県としての優位性を確立
することを提案したい。

B食品残渣等の有効活用のための研究開発
 長野県内で発生している様々な食品残渣等の中で、環境面あるいは処理コス
ト面などから、早期の新規処理技術の確立が求められている食品残渣等を特定
し、その有効利用技術、あるいは、処理コスト低減化技術に関する研究開発に
着手することから始めるべきであろう。
 既に産学官連携によって研究開発に取組まれて来ている、農産物加工残渣の
有効活用技術の事業化が、なかなか円滑に進まない原因を精査し直し、更なる
事業化コストの低減、付加価値の向上等に必要な技術改善に積極的に取組むこ
とも必要であろう。

○前述した新規の生産管理技術や機能性食品等に関する、研究開発の推進体制
の整備については、既に他県等の先進地域に集積されている、優れた食品関連
の科学的知見を効果的に活用するための、広域的な産学官連携を主要な手段と
することを前提として、県組織や産業支援機関等が研究開発の企画・実施化等
において果たすべき役割、その役割を十分に果たせるようにするために拡充強
化すべき支援機能等を明確化し、それを具現化する方策までを食品工業振興戦
略の中で提示することが重要となる。

○この研究開発推進体制の具現化において特に重視すべきことは、食品工業振
興戦略に位置づけられた全ての研究開発について、その企画・運営から成果の
早期事業化に至るまでの全工程の進捗状況を俯瞰的にチェックし、各研究開発
テーマの間の関連性にも十分配慮しながら、広域的な産学官連携の下に、総合
的かつ合理的に研究開発活動が展開できるように、マネジメントする司令塔機
能(権限)を有する拠点を設置することである。

【おわりに】
○長野県においては、国際競争力を有する地域産業集積(地域クラスター)の
形成のために、従来から国の提案公募制度を活用して、電気機械分野の様々な
大型の産学官連携研究開発プロジェクトを展開してきている。それを可能とし
てきているのは、長野県として、電気機械分野の工業振興に係る、他県等に比
して優位性(例えば、信州大学の最先端の素材技術等と県内企業の超精密技術
等の融合によって確保できる優位性など)を有する、論理的な戦略を策定する
ことができたからに他ならない。

○したがって、電気機械分野の工業振興の場合と同様に、長野県の主導による、
食品工業振興戦略の策定・実施化を通して、食品工業の振興を目指す産学官連
携活動が、戦略的に活性化していくことを期待したい。
 なお、その戦略の策定においては、北海道等の先進的取組みの成果を可能な
限り活用(先進地域との広域的産学官連携など)させていただく中で、長野県
としての優位性・独創性を確保できる、新技術・新製品の研究開発テーマと、
当該テーマの効果的研究開発推進体制の構築等について、具体的に提示できる
ようにすることが肝要であることを、最後にもう一度述べておきたい。


ニュースレターNo.37(2014年7月27日送信)

長野県の新県立大学によるイノベーション創出人材の育成に期待
―――イノベーション創出人材の育成を「願望」ではなく「約束」に
                できるような戦略的取組みを期待―――

【はじめに】
○EU各国・地域の地域産業政策に関わる人々が、毎年10月頃ブリュッセルに
集まり数日間にわたって、地域産業の振興方策等について議論するイベント
「OPEN DAYS」の昨年の報告書を見ていたら、EUにおいても、日本と同様に、
産学官連携による研究開発活動は活発化しているが、その成果としてのイノ
ベーションが創出されていないことを問題視する旨の記述がいくつかあるこ
とに気づいた。
 また、イノベーションを活性化するためには、そのプレイヤーとしての、
あるいは、そのフィールドとしての、地域が果たす役割の重要性も議論され
ているようである。

〇地域におけるイノベーションとは、具体的に言えば、地域の住民生活や産
業活動における顕在的・潜在的課題の解決方策を創出し、住民生活の質的向
上や産業活動の生産性向上等に顕著な改善や革新をもたらすことと言えるだ
ろう。どのようにしたらイノベーションの創出を活性化できるのかを考えて
いた時に、長野県が平成29年4月の開学を目指している新県立大学が、地域に
イノベーションを創出する人材の育成を目的としていることを思い出した。

〇そこで改めて「新県立大学基本方針」を見てみると、確かにその最初に、
「長野県は、グローバルな視野を持ちビジネスや地域社会にイノベーション
を創出していく自立した人材を育成し、長野県の発展に貢献するため、新県
立大学基本構想に基づいて新しい県立大学を設置します。・・・」と記載さ
れているのである。
 そして、「新県立大学基本構想」の「6地域貢献 ○グローバル社会にお
ける地域課題の解決」の箇所には、以下のような記載もある。
 「グローバル社会においては、地域の様々な事象が世界と緊密に結びつき、
地域課題の多くは、地球規模の課題でもあり、国境を越えて知の共有、連携
を図ることが、地域課題の解決に有効となる。そのため、『グローバルビジ
ネス創出センター(仮称)』を設置し、国内外の大学と連携するなどにより、
地域・企業・自治体と共に学生が、海外の地域の調査研究、同様の課題を持
つ海外の地域との課題解決共同プロジェクト、国際会議の誘致等の取組みを
通じて、地域課題の発見・解決を行う。・・・」

【基本構想・方針通り新県立大学は地域イノベーションを主導できるのか】
〇上記基本構想の記述の「学生」を「県職員」に置き換えただけで、新たな
長野県の地域産業政策の基本方針の一つとして位置づけられるべきものとな
る。これだけの基本構想を描ける長野県が、なぜ、私がニュースレターで今
まで何回も指摘してきたように、各種行政計画等において、地域課題の特定
とその解決方策の創出・普及への道筋を描けないでいるのか不思議でならない。

〇また、「長野県総合5か年計画」の政策推進基本方針の一丁目一番地に掲
げられている「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」の意味が、世界や
地域の課題の解決方策を創出・普及し、その課題を解決する「貢献」と、そ
の課題解決方策を事業化(ビジネスモデル化)し内外に展開することによって、
地域産業が持続的に発展できるようになる「自立」とが整合する経済構造へ
転換していくことであること、そして、まずは県が中心になって地域課題の
発掘に取組むべきことなどを、知事自らが県幹部に対して明確に説明してい
るにもかかわらず、現状の県組織が、その取組みに未だに具体的に着手でき
ないでいるのはなぜなのだろうか。

〇「長野県総合5か年計画」(各論としての各種行政計画を含む。)の趣旨
に適合した、基本的な取組みに着手できないでいる主要原因は、端的に言え
ば、県組織において、様々な行政分野における地域課題の抽出・特定とその
解決方策の創出をリードできる人材で構成される、必要な行政組織(分野)
横断型事業の企画・実施化をリードできる体制を整備・稼働できないでいる
ことと言えるだろう。
 したがって、理論的には、「新県立大学基本構想」の「6地域貢献 ○グ
ローバル社会における地域課題の解決」の中の、「グローバルビジネス創出
センター(仮称)」を「新たな県組織」に、「学生」を「県職員」に置き換え、
県組織内でそれを具現化すれば、現状の県組織が抱える政策策定・実施化上
の深刻な問題はほとんど解決されることになるのである。
 もちろんその「県職員」には、間に合い次第、新県立大学で育成されたイ
ノベーション創出人材を配置すべきこととなるだろう。

〇しかし、理論的には簡単そうに見えることが、現実的には、現状の県組織
では、何故かなかなかうまくいかないのである。
 すなわち、現状の県組織は、様々な大学・学部で高度な専門教育を受けた
有能な職員を数多く擁しているにもかかわらず、課題発掘やその解決方策の
創出に取組むことの重要性を十分に認識できず、したがって、必要な能力を
有する人材を育成・確保することや、必要な体制を整備・稼働することに着
手することさえできないでいるのである。

○それなのに、なぜ、新県立大学においては、イノベーション創出人材の育
成や、「グローバルビジネス創出センター(仮称)」による、地域課題の解
決のための産学官連携プロジェクトの企画・運営など、現状の県組織が全く
できないでいることができるようになるのだろうか。以下で詳しく検討して
みたい。

【「新県立大学基本構想」の課題@:イノベーション創出人材の育成】
〇現在、我が国の科学技術政策や産業政策については、産学官連携による研
究開発活動は活発になっているのに、その成果としてのイノベーションの創
出(新たな社会的価値の創出)がなかなか実現しないことに対して、如何な
る方策を講ずるべきかが重要課題となっている。そして、イノベーション創
出に不可欠の作業である、解決すべき課題の抽出・特定、特定された課題の
解決方策の開発から、開発された課題解決方策の普及・ビジネスモデル化に
至るまでの各工程の効果的推進を可能とする政策的「仕掛け」の在り方につ
いても、確立された理論や手法があるわけではなく、様々に研究や試行がな
されている状況にある。

〇そのようなイノベーションを創出できる理論や手法が確立されていない状
況下で、どのようにして、「新県立大学基本方針」の記載通りに、新県立大
学は、イノベーションを創出する人材を育成できるのか。そもそも必要な具
体的カリキュラムを開発・実施化できるのか。
 地域課題の発掘・特定や解決方策の普及(制度改革を含む。)に必要な基
礎的知識については、いわゆる文系の科目の中で、その多くを修得できるだ
ろう。しかし、課題解決方策の開発(新技術・新製品・新サービスの開発等
が伴う。)に関しては、当然ICTはもちろん幅広い科学技術や産業技術につい
ての知識や、産学官連携による研究開発計画を策定する手法の修得などが必
要になる。すなわち、本当にイノベーションを創出する人材を育成するため
には、文系、理系両方の知識を幅広く修得し、それを応用できる力を身につ
けることに結びつく、新たなカリキュラムの開発・実施化が必要になるので
ある。
 したがって、カリキュラムの開発・実施化については、技術的にも資金的
にも非常に困難になるだけでなく、そのカリキュラムを課せられることに耐
え、文系・理系の関係分野の基礎知識をきちんと吸収し、その応用力まで修
得できる、オールラウンドな能力を有する受験生がどれほど新県立大学に来
てくれるのかという、大学経営上の根本的な課題にも直面することになるの
である。

〇すなわち、「イノベーションを創出する人材を育成します。」と受験生を
含む社会に対して、安易に「約束」できる段階には至っていない(現実に入
学してくる学生の能力に適合しかつ実効性の高いカリキュラムの開発等、事
前に解決すべき困難な課題が山積している)ということなのである。
 イノベーション創出人材の育成については、現時点では新県立大学サイド
の「願望」と言わざるを得ない状況であるにもかかわらず、受験生を含む社
会が、実現できる「約束」であるかのように思い込んでしまうような事態に
なることは避けるべきであろう。

【「新県立大学基本構想」の課題A:イノベーション推進拠点の整備】
〇新県立大学に設置される、地域のイノベーション推進拠点、すなわち「グ
ローバルビジネス創出センター(仮称)」は、学生の教育の場として位置づ
けられている。イノベーション創出に取組む主体(主役)は学生である旨が
明記されている。イノベーションとは何か、どうすればイノベーションを創
出できるのか、などに関する基礎知識を修得中の学生を中心とする同センタ
ーが、県組織でさえ全く主導できないでいる、地域課題の解決によるイノベ
ーションの創出のための産学官連携プロジェクトの企画・実施化を主導する
という基本構想には無理があることは明らかであろう。
 実際には、他の機関が主導する産学官連携プロジェクトに、同センターの
専任教官が参画し、教育効果に配慮しながら、学生たちにその専任教官の手
伝いをさせるという形態が中心になろう。

〇それでも、同センターが地域のイノベーション創出に本気で取組もうとす
るのであれば、同センターには、以下のような機能を整備することが最低限
必要になる。
@ 内外の地域課題を抽出・特定し、その課題解決方策を技術的・システム
的な面から具体的に構想できる機能
A その構想を具現化できる技術・システム等を創出するための研究開発プ
ロジェクトを企画できる機能
B その企画の実施化のために競争的資金を獲得できるレベルの提案書を作
成できる機能
C 研究開発プロジェクトの推進を研究面、資金面、事業化面等で進捗管理
できる機能 etc.

〇当然、以上のような、社会科学や自然科学の幅広い分野の知見を必要とす
る機能の全てを、新県立大学単独で保有することは不可能になる。例えば、
様々な技術分野の知見が必要になる研究開発プロジェクトの企画・実施化の
場合には、他の大学、研究機関、産業支援機関等との連携(場合によっては
グローバルな規模での産学官連携)で補完することが不可欠となるのである。
 すなわち、同センターには、学生を指導する専任教官以外にも、当該プロ
ジェクトに係る上記@〜C等の工程をグローバルな産学官連携によって効果
的に推進できる経験豊かなコーディネータ等、相当人数のプロフェッショナ
ル集団の整備が必要になるのである。

〇いずれにしても、同センターについては、長野県の地域産業政策の策定・
実施化機能の論理的高度化に資することが期待できるため、人的・資金的制
約を乗り越えて、基本構想を具現化できる機能を十分に備える形で設置して
いただくことをお願いしたい。

【おわりに】
〇イノベーションの創出に関する通常の知識を有する人々が、長野県の「新
県立大学基本方針」を読めば、そのほとんどの人々は、長野県は本当に4年
間の大学教育で「イノベーションを創出する人材」を育成できると信じてい
るのかと、若干あきれ顔で批判的な感想を口にするだろう。
 しかし、長野県民としては、新県立大学には、通常の知識を有する人々で
は思いつかないような、新規性・独創性にあふれた高度な人材育成カリキュ
ラムを開発・実施化し、そのような批判的な感想を持った人々が、さすがは
長野県と脱帽することになるような、人材育成上での先進的成果を上げてい
ただくことをお願いしたい。


ニュースレターNo.36(2014年7月12日送信)

科学技術による豊かな地域社会の形成に果たすべき「県の役割」とは何か
   ―――「神奈川県科学技術政策大綱」を参考にすれば、
      長野県の科学技術政策の根本的課題が見えてくること―――

【はじめに】
○ニュースレターNo.2(平成25年4月11日送信)「科学技術の振興による豊かな
地域社会の形成」において、今回のテーマに関する議論については既に着手し
ている。
 そこでは、豊かな地域社会の形成への一つのアプローチ手法として、目標と
する豊かな地域社会像(ビジョン)の実現の障害となっている様々な課題を特
定し、その課題を科学技術によって解決していくという取組みが重要であり、
地域社会の課題の解決に科学技術を有効に活用することと地域産業の振興とを
整合させることが、科学技術による豊かな地域社会の形成を経済的合理性(市
場原理)の下で、持続的に実現していくためには不可欠であることを述べた。

○そして、長野県においては、科学技術による製造業、農業、林業等の産業振
興や、環境保全・健康増進等を通して、豊かな地域社会を形成することに長野
県が取組む際のバイブルとして、「長野県科学技術産業振興指針(平成22年3月)」
が、科学技術基本法第4条(地方公共団体の責務)の規定に基づき策定されて
いるが、その指針には重大な「欠陥」があることを詳しく説明した。

○すなわち、本県の指針では、「安全・安心な健康長寿社会の実現」を基本目
標とはしているものの、その目標達成のために、具体的にどのような課題をど
のように解決しなければならないのかというような、その目標達成のための方
策(仕掛け・仕組みなど)について全く記載されていないなど、その指針はバ
イブルとして活用できるレベルには、ほど遠い状況にあることを説明したので
ある。

○ニュースレターNo.2においても少し紹介したが、「神奈川県科学技術政策大綱」
(計画期間:平成24年度〜平成28年度)が、長野県の各種行政分野の政策策定
部署が特に苦手としている(全く着手できないでいる)、科学技術を「県民生
活の質的向上」の実現に結びつけるという、科学技術政策の根幹的事項に関す
る初心者向け「参考書」として非常に有用であるので、そのポイントを紹介し
つつ、長野県の科学技術政策を「県民生活の質的向上」に結びつけることがで
きるようにする方策について、更に議論を展開することにした次第である。

【「神奈川県科学技術政策大綱」の重要ポイント】
○「神奈川県科学技術政策大綱」は、非常にシンプルな体系・構成になってい
るが、長野県の場合には不明確になっている「県の役割」については、極めて
明確に位置づけている。
 すなわち、巻頭の神奈川知事の挨拶において、科学技術の成果を産業や県民
生活に結びつけるのが「県の役割」であることを明言し、その後に、「産業・
経済の一層の発展」、「県民生活の質的向上」、「科学技術人材の輩出」につ
いて、それぞれ具体的な「施策例」(課題解決方策の研究開発テーマ等)まで
を提示しているのである。

  (参考)同大綱6ページの「2県の役割等」、「(1)県の役割」、「ア「科学技術」
と産業・県民生活をつなげる」には、以下のように記載されている。
 「科学技術は、将来の社会づくりの道を拓くものであり、県は、大学や国、
県、企業等の研究機関と連携を図りながら、産業・県民生活のニーズを捉え、
各機関がこれまで蓄積し、あるいは新たに創出する「知」を結集して、産業・
県民生活につなげていきます。」

○このように「神奈川県科学技術政策大綱」は、「長野県科学技術産業振興指針」
に比して、政策理念の面でも、政策策定手法の面でも、格段に優れていること
は明らかである。しかし、地域科学技術政策のより一層の高度化を目指す一人
の研究者としては、「神奈川県科学技術政策大綱」を、地域科学技術政策の初
心者向け「参考書」には最適としたが、中・上級者向け「参考書」としては推薦
できなかった理由を、「県民生活の質的向上」の分野に焦点を絞って、以下の
ように説明させていただきたい。

〇同大綱は、県が、「県民生活の質的向上」を具現化するために解決すべき地域
課題を選定し、その具体的解決方策の研究開発を主導することを明記している。
しかし、地域課題の解決に県主導の取組みだけではなく、広く県内外の産・学・
官の参画も得て、より効果的に地域課題の解決方策を創出・普及していくこと
に資する「仕掛け」の提示はなされていない。

○広く県内外の意欲ある産・学・官の参画も得て、地域課題の解決方策の創出・
普及をより効果的に展開できるようにするためには、同大綱において、もう少
し具体的な地域課題の提示や、産・学・官が当該地域課題の解決方策の研究開
発等に取組むことを望む場合に活用できる支援プログラムの整備などを含む、
「県民生活の質的向上」に必要な研究開発活動等の活性化に資する「仕掛け」を
提示することが不可欠になるということである。

〇また、研究開発成果の早期普及・ビジネスモデル化による、地域課題の早期
解決と地域産業の持続的発展との整合への「仕掛け」の提示もなされていない。
すなわち、同大綱が目指す、科学技術による「産業・経済の一層の発展」と「県
民生活の質的向上」を整合させる「仕掛け」が提示されていないのである。神奈
川県のような地域科学技術政策の「超上級者」には、その「仕掛け」(新規性、
独創性、優位性のある「仕掛け」)の提示までを期待したくなるのである。

○いずれにしても、「長野県科学技術産業振興指針」はもとより、県土の環境
保全や県民の健康増進等に係る各種行政計画の中で、解決すべき具体的な地域
課題を抽出・特定できないような政策策定レベルの長野県にとっては、同大綱
は、極めて有益な「参考書」になるのである。
 以下でも、長野県の各種行政計画では全く目にすることがない、科学技術を
「県民生活の質的向上」に結びつける政策(県の役割、施策内容等)に焦点を
絞り議論を進めたい。

【科学技術を「県民生活の質的向上」に結びつけること】
○「神奈川県科学技術政策大綱」においては、基本目標の一つとして「生活の質
の向上を実感できるよう、科学技術を社会に活用する」を掲げ、「県民が生きて
いて良かったと実感できる地域社会にするために、科学技術を県民生活の質的
向上のための課題解決や、安全で安心なより良い生活環境づくりの実現に活用
する取組みを強化します。」という「県の責務」を明確に記載している。

○そして、「施策例」の「生活の質の向上を実感できる科学技術活動の展開」に
おいては、例えば、「超高齢社会に寄与する研究・モニタリング活動の推進」の
分野では、「診断・治療などの医療技術の革新」のために、「がんの早期発見に
つながる血中がん細胞の検出・同定技術の研究及び測定機器等の開発」、「食品
に含まれる発がん性物質検出法の研究開発」などに取組むことにしている。
 また、「自然・生活環境の保全など県民生活につなげる活動の推進」の分野で
は、「循環型社会に向けた技術開発」のために、「廃棄物処理施設及び最終処分
場の環境汚染対策など廃棄物適正処理技術の研究」、「食品廃棄物の堆肥化や飼
料化など未利用資源を活用する技術の開発」などに取組むことにしている。

○長野県の場合には、各種行政計画の中で「県民生活の質的向上」のために解決
すべき地域の具体的課題を抽出・特定し、その解決方策を研究開発するところ
までを「県の役割(責務)」として明確に位置づけている事例は全く無いと言って
良いだろう。このような政策策定への取組み(認識、意欲、手法等)のレベル差
は、どこから生まれてくるのだろうか。何が原因なのだろうか。

【長野県の科学技術政策策定機能の高度化方策】
〇長野県と神奈川県の科学技術政策の根本的なレベル差の原因は、端的に言え
ば、長野県の科学技術政策の策定機能(能力)が、神奈川県に対して格段に劣
っているためということになる。
 そもそも、「県民生活の質的向上」に対して果たすべき「県の役割(責務)」
の重大性についての認識が、神奈川県に比して極めて低いと言われても仕方が
ない状況なのである。
 繰り返しになるが、「県民生活の質的向上」を目指す各種行政計画の中に、
その障害となる具体的な地域課題を抽出・特定することさえもできないでいる
こと(抽出・特定する必要がないと考えているのか。必要があると認識してい
るが、何らかの理由でできないでいるのか。)が「大問題」なのである。そして、
その「大問題」が存在していることの重大性を認識できないために、それを改
善する方向に全く機能できないでいる県組織に、根源的な問題があるのである。

〇それでは長野県としては、前述の「大問題」を解消するためにどうすれば良
いのか。過日、県の幹部の方と意見交換する機会があった課題でもあるが、
残念ながら、県の現状の各種行政計画が抱える「大問題」をあまり重大とは
認識されていないせいか、議論を深化・進展させることができなかった課題
でもある。
 しかし、長野県の政策策定・実施化機能が、やがては改善・高度化される
ことを期待して、ここでは、科学技術による「県民生活の質的向上」という
視点から、長野県が速やかに取組むべき事項を以下に整理しておきたい。

○第1には、地域科学技術政策(「県民生活の質的向上」を目指し、科学技術
を活用するための政策)における、県が果たすべき役割(解決すべき課題を特
定し、その解決方策を創出・普及すること)の重要性についての認識を、県組
織内に徹底させることである。
 第2には、担当職員には、その認識を科学技術政策の中に具体的に反映でき
るように、科学技術政策の策定の在り方に関する基礎的知識や策定手法を修得
してもらうことである。
 そして第3には、科学技術政策の策定に必要な、行政組織横断型(行政分野
横断型)の業務を主導する権限を有する組織(体制)を整備し、そのトップには、
その任務を的確に遂行できる能力を有する人材を据えるということである。全
ては「人」で決まるのである。

○第1から第3についての具体的な取組事項については、必要に応じて別途詳
細に検討し、提案等させていただくことにしたい。

【おわりに】
○長野県のホームページで公開されている「長野県産業イノベーション推進本部
会議」の議事録、会議資料等を見させて頂くと、相変わらず、新規性、独創性、
優位性を有する産業イノベーション戦略を策定・実施化しようという意欲(意思)
が全く感じられない状況にある。そもそも最終的に、産業イノベーションに係
る何を実現しようとして活動しているのか。資料にある「活動スケジュール」を
見てもよく分からないのである。「ビジョン」、「シナリオ」、「プログラム」
という基本的な思考順序から外れてしまっているからだろうか。

○「長野県産業イノベーション推進本部会議」については、日本経済新聞(平成
25年10月17日付け長野経済面)の「部局横断の新組織 迷走」という記事を読ん
で以来、単なる調整型機能を脱し、行政組織横断型(行政分野横断型)で俯瞰的
な強いリーダーシップ機能を発揮していただくことをずっと期待してきたが、残
念ながら未だに何の変化も無いようである。

○長野県の政策策定・実施化機能に関する私の問題意識(危機感)が、県の関係
者の方々にご理解いただけないのは、ひとえに私の力量不足のせいである。更に
説得力のある論理的な提言ができるよう、勉強を積み重ねていかなければならな
いことを再認識した次第である。
 皆様方の更なるご指導等をお願い申し上げます。


ニュースレターNo.35(2014年7月5日送信)

策定予定の「長野県サービス産業振興戦略」への期待
 ―――科学的知見に基づく新サービスの「仕様」提示機能の重要性―――

【はじめに】
〇ある会議の席で、今年度新設された長野県の「サービス産業振興室」の方か
ら、同室では「長野県サービス産業振興戦略」を策定する予定であることをお
聞きした。
 これから基礎調査を実施して、県内サービス産業の現状と課題等を把握し、
それを基に有望市場分野、振興施策、推進体制等について検討するとのことで
ある。

〇サービス産業については、一律の定義は存在せず、その振興施策を考える場
合等においては、一般的に、いわゆる第3次産業を対象とし、日本標準産業分
類の大分類の中から、「情報通信業」、「運輸業」、「卸売・小売業」、「不
動産業」、「飲食店、宿泊業」、「医療・福祉」、「生活関連サービス業・娯
楽業」、「教育、学習支援業」、「サービス業(他に分類されないもの)」な
どを選定する場合が多いようである。
 サービス産業振興戦略の策定に当たっては、その対象とするサービス産業の
構成業種を曖昧にしないで、明確に定義しておくことが必要になる。定義が明
確にされていないと、サービス産業に対する効果的な支援方策について、具体
的かつ的確に検討できなくなるなど、戦略策定作業において致命的な支障が生
ずるからである。
※参考:「サービス業(他に分類されないもの)」には、廃棄物処理業、自動
    車整備業、機械等修理業、職業紹介・労働者派遣業などが含まれる。

〇いずれにしても、非常に多種多様な業種業態のサービス産業を対象とするこ
とになるサービス産業振興戦略については、どのような「振興」のイメージを
描き、その具現化のために、どのような施策体系や構成で策定すれば実効性が
高まるのか。どのようにしたら他県等に比して優位性あるいは独創性のある戦
略を策定することができるのか。非常に興味深いテーマであるため、今回のニ
ュースレターで、一つの「解」を得ることに挑戦することにした次第である。

【中小企業振興条例(平成26年3月制定)の趣旨に沿った戦略策定の必要性】
○サービス産業振興戦略が支援対象とするサービス産業に含まれる業種が明確
に定義されれば、次に支援対象企業は、中小企業とするのか、大企業も含める
のかを決定することになる。支援対象企業に大企業も含める場合には、国・県
等の既存の中小企業支援施策を利用できない大企業に対する、新たな支援施策
・体制の整備も含めて、戦略の策定に取組むことが必要なるからである。
 いずれにしても、企業数では中小企業が圧倒的に多いことから、長野県の中
小企業振興の法的規範である、中小企業振興条例の趣旨を尊重したサービス産
業振興戦略にしなくてはならないことは明らかであろう。

○中小企業振興条例において、「県の責務」については、「県は、特に産業イ
ノベーションの創出(新たな製品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を
生み出し、経済社会の大きな変化を創出することをいう。)が図られることに
留意し、中小企業の振興に関する施策を総合的に策定し、実施するものとす
る。」という主旨が規定されている。
 当然、サービス産業振興戦略の策定においても、県内サービス産業による新
たなサービスの開発等を通じて、新たな価値を生み出し、経済社会の大きな変
化を創出することに資する戦略としなければならないことになる。

○中小企業振興条例が規定する「経済社会の大きな変化を創出すること」とは、
もう少し具体的に言えば、「地域社会が抱える様々な課題を解決し、より豊か
な地域社会や住民生活を実現すること」ということになるだろう。
 したがって、策定すべきサービス産業振興戦略とは、県内サービス産業が、
解決すべき地域課題を抽出・特定し、その解決方策としての新サービスを開発
し、その新サービスを普及することによって地域課題の解決に貢献するビジネ
スモデルを構築し、それを県内外に広く展開し、持続的に発展できるようにな
ることに資する戦略ということになるのである。

○サービス産業に対する一般的・全国共通的な政策的支援メニュー(例えば、
中小企業の資金調達、技術導入、経営革新、人材育成・確保への支援制度など)
は、既に多種多様に整備されている。したがって、ここで長野県が新たにサー
ビス産業振興戦略を策定する意義は、県内サービス産業が、中小企業振興条例
に規定する産業イノベーションを具現化し、持続的に発展していくことに真に
資する「新たな支援施策・体制」を盛り込んだ、他県等に比して優位性を有す
る戦略を策定し、県内サービス産業が、他県等のサービス産業に比して、より
効果的に有望市場分野への展開に取組めるようにすることにあるのである。

【サービス産業振興戦略の構成の在り方:「ビジョン」について】
○サービス産業振興戦略の構成については、当然、「ビジョン」、「シナリオ」、
「プログラム」という基本的構成を採用すべきであろう。その場合には、多種
多様な業種業態毎に「ビジョン」、「シナリオ」、「プログラム」を検討・提
示することは不可能なことから、県内サービス産業に共通的な「ビジョン」を
設定し、その「ビジョン」具現化への道筋を示す「シナリオ」と、その「シナ
リオ」を円滑に推進するための具体的ツールである各種「プログラム」を整備
することになる。
 したがって、戦略策定担当部署には、様々な戦略構成要素を取捨選択し、あ
るいはブラシュアップして、一つの論理的な体系・構成にまとめ上げるという、
高度な「戦略策定技術」が求められることになる。

○まずは、サービス産業振興戦略が対象とする様々な業種に共通の「ビジョン」
を設定することが必要になる。
 サービス産業振興戦略が具現化を目指す、県内サービス産業に係る業種に共
通的な「ビジョン」としては、以下のような「県内サービス産業が到達すべき
姿」を設定することができるだろう。
・県内サービス産業が、県内の住民や事業所等の潜在的・顕在的ニーズに応え
るサービスの提供(有望市場分野への展開)を通して、住民生活の物的・質的
豊かさの向上や事業所等の生産性向上等に貢献するとともに、経営的に自立・
発展できるビジネスモデルを構築・展開できる産業になっていること
・県内サービス産業が、前記のビジネスモデルを県外にも積極的に展開し、持
続 的・拡大的に発展していける産業になっていること

【サービス産業振興戦略の構成の在り方:「シナリオ」について】
○サービス産業振興戦略には、「県内サービス産業が到達すべき姿」(「ビジ
ョン」)を具現化するための「シナリオ」(道筋)を提示することが求められる。
 「シナリオ」については、サービス産業分野の各企業の従来からの既存事業
を維持していくことに資する「シナリオ」も重要であるが、設定した「ビジョン」
の具現化のためには、企業が、新たな事業分野に進出し、事業規模を拡大して
いくことに資する「シナリオ」の方をより重視しなければならない。

○その重視すべき「シナリオ」については、様々な業種業態のサービス産業分
野の企業が、県内の住民や事業所等の潜在的・顕在的ニーズを効率よく把握し、
それに応える新サービスを産学官連携によって開発・普及・ビジネスモデル化
するという一連の活動の活性化に資する「仕掛け」を整備し、その「仕掛け」
を活発に稼働させることが、そのエッセンスとなるだろう。
 そして、その「仕掛け」については、県や市町村の行政サービスの開発・提
供活動との連携によって構築する「仕掛け」と、行政では把握できない(把握
対象としない)ニーズ情報を把握・活用するための、サービス産業が業界独自
で整備すべき「仕掛け」との2つに区分することができるだろう。

○ここでは、県や市町村の行政サービス開発・提供活動との連携によって新た
に整備すべき「仕掛け」について検討してみたい。その「仕掛け」としては、
以下のような@〜Dの機能を有することが必要になろう。そして、これらの機
能を整備し順次稼働させることが、「ビジョン」具現化のための「シナリオ」
の第1工程から第5工程へ順次進んでいくことに相当するのである。
@(第1工程)県や市町村による地域課題の抽出・特定活動の活性化
A(第2工程)当該地域課題に関する情報の県内サービス産業との共有化(有
望市場分野選定の参考になるニーズ情報の提供)
B(第3工程)関係市町村を含む産学官連携による当該地域課題の解決方策
(新サービス)の研究開発の企画・実施化への支援
C(第4工程)研究開発された新サービスの当該市町村地域での普及・ビジネ
スモデル化への支援
D(第5工程)当該ビジネスモデルの県内他地域や県外への展開支援

○この「シナリオ」の@〜Dの各工程が、着実に推進されるために必要な各種
の「プログラム」を整備し、その「プログラム」を活用した、産学官連携によ
る新サービスの研究開発・普及・ビジネスモデル化への活動が効果的に推進さ
れるよう、総合的に支援できる体制を整備することが不可欠となる。
 他県等に比して優位性を有するサービス産業振興戦略とするためには、他県
等に比して優位性を有する、新サービスに対するニーズ把握から新サービスの
研究開発・普及・ビジネスモデル化に至る一連の工程への総合的支援施策・体
制の整備を具体的に提起できなければならない。この総合的支援施策・体制の
整備の在り方は、戦略自体の優位性のレベルを決定し、その結果として、戦略
具現化の速度や規模・程度等を決定づける最重要課題になるのである。

【サービス産業振興戦略の構成の在り方:「プログラム」について】
○次に、前述の「シナリオ」の@〜Dの各工程を円滑に推進できるようにする
ための各種「プログラム」の整備について検討してみたい。
 その各種「プログラム」については、県や産業支援機関が従来から提供して
いる資金調達、技術導入、経営改革、人材育成・確保等の面での、様々な支援
メニューを活用できる。
 したがって、以下では、従来の支援メニューに無い、新たに整備すべき「プ
ログラム」に焦点を絞って、「シナリオ」の各工程と関連づけながら検討する
ことにしたい。

シナリオ@:県や市町村による地域課題の抽出・特定活動の活性化
シナリオA:当該地域課題に関する情報の県内サービス産業との共有化(有望
     市場分野選定の参考になるニーズ情報の提供)
   ↓
プログラム@A:県や市町村は、各種行政計画において地域課題を積極的に提
       示するようにするとともに、住民からの苦情・相談対応、各種
       調査・行政指導等の日常的業務で把握した地域課題をサービス
       産業界に提示する「仕掛け」を構築する。
        県や市町村は、その地域課題の解決方策(新サービス)に求
       められる、いわゆる「仕様」(必要な機能・品質等)について、
       科学(社会科学も含む)的知見に基づき提示できる体制を整備する。

シナリオB:関係市町村を含む産学官連携による当該地域課題の解決方策(新
     サービス)の研究開発の企画・実施化への支援
    ↓
プログラムB:県や市町村は、解決の緊急性など重要度の高い地域課題の解決
      方策(新サービス)の研究開発には、人的・資金的に支援できる
      政策的支援メニューを整備する。また、その支援メニューの中に
      は、研究開発された新サービスの試行・評価への支援も含める。

シナリオC:研究開発成果である新サービスの当該市町村地域での普及・ビジ
     ネスモデル化への支援
シナリオD:当該ビジネスモデルの県内他地域や県外への展開支援
    ↓
プログラムCD:県や市町村は、その新サービスの地域住民や事業所等による
       活用を促進する施策を講ずる。(説明会の開催、広報での紹介等)
        県や市町村は、その新サービスの県内他地域や県外での活用
       拡大を促進する施策を講ずる。(全国的・国際的展示会への出展
       支援等)

【新サービスの研究開発・普及・ビジネスモデル化への総合的支援体制の整備】
○サービス産業に属する企業が日常的に直面する経営課題等についての相談に
応じ、その解決に必要な支援メニューの活用等についてアドバイスできる窓口
機能(「受動的支援機能」)については、従来からの各種産業支援機関の相談
窓口で十分対応できるだろう。しかし、新サービスの研究開発・普及・ビジネ
スモデル化への活動を活性化するためには、以下のような新たな「能動的支援
機能」の整備が必要になる。

〇その「能動的支援機能」を整備するためには、サービス産業に対する従来か
らの支援体制の中に、少なくとも新たに以下の4つの支援機能を含ませなけれ
ばならないだろう。
@ 県内の住民や事業所等のサービス産業に対する潜在的・顕在的ニーズ情報
を収集・提供できる機能
A そのニーズ情報に応える新サービスの「仕様」について、科学的知見に基
づき調査研究し提示できる機能
B そのニーズ情報や「仕様」に基づき、新サービスの研究開発・普及・ビジ
ネスモデル化を目指す個々の企業の活動を総合的に支援できる機能
C 解決の緊急性など重要度の高い地域課題の解決方策(新サービス)を産学
官連携によって研究開発し、その成果である新サービスの早期普及・ビジネス
モデル化を目指す地域先導型プロジェクトの企画・実施化を主導できる機能

〇新サービスの開発には、新サービス提供のツールとしての新技術の開発が必
要になる場合が多々あることが想定できる。その技術面での支援は、長野県工
業技術総合センター(工技センター)が、あらゆる相談に対応できるだろう。
工技センターとの緊密な連携の下に、前述の4つの新規支援機能を有し、県内
企業の新サービスの研究開発・普及・ビジネスモデル化に対して、総合的に支
援を実施する拠点をどのように整備すべきかが、非常に困難性の高い検討課題
となるのである。

〇従来からの産業支援機関の全てに、その「能動的支援機能」を整備すること
は不可能であることから、全く新規に当該支援機能を有する支援拠点を整備す
べきか、特定の既存産業支援機関の中に当該支援拠点を整備すべきか、など様々
な対応策が検討されることになろう。

【戦略の優位性確保の決め手として新たに整備すべき支援機能の提案】
〇非常に多種多様な業種業態のサービス産業を対象とするサービス産業振興戦
略の、他県等に対する優位性確保の決め手になる戦略要素を提示すべく様々に
検討してきた。そして、県内サービス産業が、県内の住民や事業所等の潜在的・
顕在的ニーズに応える新サービスの開発・提供を通して、住民生活の物的・質
的豊かさの向上や事業所等の生産性向上等に貢献できるビジネスモデルを構築・
展開できるように、総合的に支援できる体制(「能動的支援機能」を有する、
サービス産業振興戦略の推進拠点)の整備を具体的に提示できるか否かが、戦
略の優位性確保の決め手になることを明らかにしてきた。

〇その優位性確保の決め手の中でも、特にその重要性を強調したいのが、「新
サービスの『仕様』について科学的知見に基づき調査研究し提示できる機能」の
整備である。地域課題(新サービスへのニーズ)を提起する住民等は、自らが
その課題から受ける苦痛、不安等について感ずるままに述べ、その課題を解決
してくれる新サービス(ソフト・ハード)が欲しいという要望を提起する。
 そして、その要望を聞いた産業界は、蓄積してきた知識や技術力を最大限に
活用して、その要望に応える(その課題を解決できる)新サービスの開発に取
組もうとする。

〇この一見合理的に見える、住民等の新サービスへのニーズと、産業界が有す
る新サービス開発力とのマッチングシステムには、多くの場合、重大な欠陥が
あるように思われる。それは、新サービスが真に必要としている「仕様」を科学
的知見に基づき調査研究し明確に提示できる機能(課題解決が相当程度具現化
でき、住民等が満足でき、その普及を行政にも動機づけることができるような
新サービスの「仕様」を提示できる機能)が、ニーズ・シーズのマッチングシ
ステムの中から欠落している場合が多いということである。

○解決を目指す課題分野に係る高度で専門的な知見が必要になる、新サービス
の「仕様」の調査研究・提示を、一般の住民等に期待することはできないし、
必要な専門的知見を十分には有していないサービス産業に属する中小企業等に
任せることも合理的ではない。
 目指すべき「仕様」が不明確なままに、供給サイドの一方的の思い込みで、
新サービスの開発に取組んでも、優れた知識や技術力の無駄遣いになる場合が
多いのである。
 これから整備に取組むことになる、新サービスの研究開発・普及・ビジネス
モデル化への総合的支援体制の中に、「仕様」の作成に関して、どのような支
援機能をどのように位置づけるべきかが、極めて重要な検討課題になるのである。

【おわりに】
〇長野県の「サービス産業振興室」が主導する、産学官の専門家の方々が参画
するサービス産業振興戦略策定作業の過程において、優位性のある総合的支援
施策・体制の整備の在り方について徹底的に議論され、その成果が戦略の中に
的確かつ具体的に提起され、他県等に比して優位性のある新戦略となることを
期待したい。

〇最後に思いついたことだが、県民の健康増進や県土の環境保全等の分野で、
既に県や市町村によって把握されている地域課題の中から、早期解決の必要性
の高い課題を選定し、その解決方策(新サービス)の研究開発・普及・ビジネ
スモデル化への取組みを「特別プロジェクト」として、サービス産業振興戦略
の中に位置づけ、実施化することを提案したい。
 「シナリオ」の所で示したように、県内サービス産業との地域課題に関する
情報共有の工程から、順次工程をステップアップしていき、最終的に県内サー
ビス産業による地域課題の解決と、県内サービス産業の振興とを整合させると
いう、「ビジョン」具現化のモデル事業として(サービス産業振興戦略の策定
意義とその活用方法の具体的説明ツールとして)、「特別プロジェクト」の設
定・実施化の意義は非常に大きいと言えるのである。


ニュースレターNo.34(2014年6月24日送信)

「長野県行政・財政改革方針」の「最高品質の行政サービス」とは何か
        ―――その「中間評価」に向けて―――

【はじめに】
○「長野県行政・財政改革方針(2012年3月策定。推進期間5か年)」は、県組
織の「使命・目的(ミッション)」として、「最高品質の行政サービスを提供
し、ふるさと長野県の発展と県民の幸福の実現に貢献します。」と高らかに宣
言している。そして、「最高品質の行政サービス」を提供するために、「具体
的な取組内容」として、「県民参加と協働の推進」、「人材マネジメント改革」、
「行政経営システム改革」、「財政構造改革」、「地方分権改革」を掲げ、「本
気の改革」に取組んでいくとしている。

○「長野県行政・財政改革方針」が公表された時に、県組織のミッションとし
て「最高品質の行政サービス」の提供を目指すと、その表紙にまで記して、県
組織が「最高品質」に拘り、それを追求することを殊更にアピールしているこ
とについて、なぜか違和感を覚えた。
 その原因としては、
@ 「最高品質の行政サービス」とは(特に「最高品質」とは)何か、が説明
されておらず、概念的に理解できなかったこと
A 行政部門はもともと過剰や無駄を生み出しやすい体質(高コスト体質)を
有している。行政サービスの利用者である一般県民等が求める以上の「品質」
に拘ることに繋がる「最高品質」という発想は、行政部門の高コスト化に拍車
をかけるものではないかと危惧したこと
B 行政サービスの「最高品質」を実現・維持するためには、行政サービスの
品質管理が不可欠となるはずだが、品質管理システムの構築について何も提起
されていなかったこと
C 行政サービスには、個々の県民が日常生活で直面する個々の課題の解決へ
の支援もあれば、地域社会の中長期的課題(地域の住民や事業者等にとっての
共通的・将来的な地域課題)の解決への支援もあるなど多種多様であるが、方
針ではどのような行政サービスを想定しているのか良く分からなかったこと
D そのように多種多様な行政サービスを「最高品質」にするためのツールで
あるはずの「具体的な取組内容」が、どのように「最高品質」へ導いていくの
か理解できなかったこと
などを挙げることができるだろう。

〇その違和感を覚えた原因の詳しい検討については、今まで放置したままにな
っていたが、「長野県行政・財政改革方針」の推進期間5年間の内の2年が経
過し、いわゆる「中間評価」の時期になってきたことから、行政・財政改革の
素人の素朴な問題提起であっても、行政サービスの高度化に少しは役に立てる
のではないかと考え、以下で議論を展開してみることにした次第である。

【「最高品質の行政サービス」の定義が無いことによる不都合(方針の遂行状
況についての「中間評価」もできないこと)】
○「最高品質の行政サービス」を提供できるようにするためのツールである「具
体的な取組内容」については、多種多様かつ大量に列挙され詳細に記載されて
いるが、それらのツールを駆使して具現化する「最高品質の行政サービス」と
は何か、その「姿」を良く理解できるような解説はどこにもなされていない。
 すなわち、「長野県行政・財政改革方針」においては、県組織のミッション
として目指すべき「最高品質の行政サービス」の定義が全くなされていないの
である。(特に「最高品質」の定義が重要と考える。)
 したがって、「最高品質の行政サービス」については、県組織内はもちろん
のこと、県組織外の人々の間においても、心地よい響きは感じとれても、具体
的にどのようなものなのか、認識されていないということになるのである。

○「最高品質」を目指すのであれば、既にメニュー化され提供されている行政
サービスについて、「最高品質」なのか否かを評価し、「最高品質」になるよ
うに改善し、「最高品質」を維持していく活動(例えば、品質管理等)に取組
むことが必要になるが、どのように取組まれているのだろうか。
 「長野県行政・財政改革方針」が策定されて既に2年が経過し、いわゆる「中
間評価」をすべき時期になっているが、どの程度の行政サービスが既に「最高
品質」になっているのだろうか。そして、この方針の進捗状況について「中間
評価」をする予定はあるのだろうか。予定がある場合には、どのように「中間
評価」を実施するのだろうか。
 このまま「中間評価」を実施する場合には、「最高品質の行政サービス」を
提供できているか否かの評価ではなく、「最高品質の行政サービス」を提供す
るためのツール自体の評価しかできないという、本末転倒の「中間評価」にな
ってしまうことが想定されるのである。

○いずれにしても、県組織内の各職員が、自分が担当する行政分野の行政サー
ビスを「最高品質」にするために、「具体的な取組内容」をどのように活用す
れば良いのか理解できないなど、「本気」で取組むべき方向が定まらない状況
がずっと続いていくことを「中間評価」によって中断させることが必要なので
ある。そのためには、個々の職員が、「本気」で開発・提供に取組むべき行政
サービスの具体像を把握でき、自らがとるべき行動ベクトルを確認できる「長
野県行政・財政改革方針」に改善することが必要になるのである。

【「県民の意見・苦情に応えること」と「最高品質の行政サービス」の関係】
〇県組織の職員は、県民の意見・苦情に耳を傾け、それに応える行政サービス
を提供すれば良いというような主旨が記載されているが、県民個々の意見・苦
情に対して、既存のメニューにある行政サービスで直ちに対応できる場合もあ
れば、新たな行政サービスを開発しなければ対応できない場合もある。また、
地域の住民や事業者等に共通的・将来的な地域課題の解決に、中長期的に取組
まなければならない場合もあるはずである。

〇それぞれの場合に必要な行政サービスを的確に開発・提供できるようにする
「仕掛け」を県組織内に構築することが必要になるが、その「仕掛け」に、多
種多様な行政サービスの全てを「最高品質」にする機能を持たせようと考えた
途端、「最高品質」を具体的にイメージできないことから、その「仕掛け」も
イメージできなくなってしまうのである。
 解決すべき地域課題を速やかかつ効果的に解決できる行政サービス(利用者
が満足できる行政サービス)を開発・提供できるようにすることが重要なので
あって、行政サービスの「品質」という概念、ましてや「最高品質」というよ
うな概念には捉われるべきではないと言えるのではないだろうか。

【「最高品質」の評価・判定】
○更に問題となるのは、行政サービスが「最高品質」であることを誰が評価・
判定するのか、実際に評価・判定できるのかということである。
 当然、行政サービスを受ける側である一般県民や県内事業者等によって、「最
高品質」であるか否かが評価・判定されなければならないことになる。しかし、
例えば、既にメニュー化されている行政サービスの中からいくつかを抽出し、
それを利用している一般県民等に対して、その行政サービスが「最高品質」な
のか否かを評価・判定してくれと頼んでも、それに正確に応えてくれることは
期待できないだろう。行政サービスの利用者が評価できるのは、その行政サー
ビスが自らの課題の解決に役立ったか否かについてである。

○行政サービスを「最高品質」にするために品質管理するという発想は、行政
サービスの供給者である県組織から出たものであって、行政サービスの利用者
である一般県民等から出たものではないだろう。すなわち、行政サービスの供
給者が、そのサービスを「最高品質」にしようとする取組みは、行政サービス
の利用者である一般県民等の視点に立った取組みになっていないということな
のである。

○第2回長野県産業イノベーション推進本部会議(平成25年7月17日)で、知事
自らが、現状の産業界の取組むべき課題として、「商品・サービスの開発を、
供給者視点から需要者視点に転換すること」を提起しているが、このことは、
正に県組織が行政サービスの供給者として、その開発と提供に関して取組むべ
き課題でもあるのである。
 そして、県組織が、行政サービス供給者としての視点からではなく、サービ
スを受ける側の一般県民等の視点から、「最高品質の行政サービス」を開発・
提供できるようにするためには、同じく知事が「産業界の商品・サービス開発
を、供給者視点から需要者視点に転換するためには、地域課題の解決に役立つ
商品・サービスを開発することが必要。そのためには、まず地域課題の探索・
特定に取組むべき」という主旨の指摘をしていることを、「最高品質の行政サ
ービス」の開発・提供にも当然適用すべきということになるのである。

○県組織としては、行政サービスへの潜在的・顕在的ニーズ、すなわち、地域
課題を探索・特定することに取組み、その課題を速やかかつ効果的に解決でき
る行政サービスを開発・提供することに「本気」で取組むことが重要なのであ
って、その行政サービスを「最高品質」にするための品質管理・評価手法の開
発・運用の在り方等についてまで悩むことは、県組織の限りある資源や時間の
無駄遣いになってしまうということなのである。

【「最高品質の行政サービス」の開発・提供のためのバイブルの必要性】
○もし「最高品質の行政サービス」を提供しなければならないことになれば、
個別・具体的な行政サービスを「最高品質」を有するものとして開発・提供す
る活動のバイブルとなる、様々な行政計画自体も「最高品質」を有するものに
する必要があるという視点を、行政計画の策定・実施化を主導する部署には持
っていただくことを期待したい。
 ある特定の行政サービスを全国一番の品質、すなわち「最高品質」にするこ
とは、他県等と類似の当該行政サービスの開発・提供の「仕掛け」では実現で
きない。「仕掛け」自体が「最高品質」にならなければならない。その「仕掛
け」を提示する行政計画が、すなわち「最高品質」の行政計画なのである。

〇特に、地域の住民や事業者等にとって共通的・将来的な地域課題の解決への
中長期的取組みを支援する行政サービスの開発・提供など、高度な政策的判断
に基づく活動が県組織に求められる案件については、当該案件に対する県組織
としての基本的な取組姿勢(行政サービスを開発・提供する方針・体制等)を
明確にした行政計画がないと、現場の職員が速やかかつ効果的に対応すること
が困難になってしまう。
 しかも、その地域課題の解決のために開発・提供する行政サービスを「最高
品質」にするためには、「最高品質」にできる新規かつ独創的な「仕掛け」を
提示する行政計画、すなわち、「最高品質」の行政計画が必要になるのである。

○しかし、このように、現場の職員の活動のバイブルとして機能する行政計画
の役割の重要性を認識し、地域の中長期的課題の解決方策(新規かつ独創的な
行政サービスの開発・提供等)を創出・実施化するための「仕掛け」を提示す
る行政計画の策定に真剣に取組めば取組むほど、行政サービスにおける「最高
品質」という概念が、地域課題の解決に資する行政計画を策定することの足を
引っ張る、極めて問題のある概念であることに気づくことになるだろう。

○「長野県行政・財政改革方針」の策定作業においても、最初に、様々な行政
分野の地域課題の探索・特定、その課題の解決方策の創出・普及等に資する県
組織内外の活動を活性化する政策的「仕掛け」の在り方について真摯に議論し、
その後に、その「仕掛け」の構築や稼働に必要な「具体的な取組内容」を検討
するというような経過をたどっていれば、「最高品質の行政サービス」という
ような概念が入り込む余地は生まれて来なかったのではないだろうか。

【「最高品質の行政サービス」の定義(解釈)の明確化の在り方】
○「最高品質」という言葉に問題があるからと言って、いまさら「長野県行政・
財政改革方針」の表紙に掲げられた最重要フレーズを修正することなどできな
いだろう。しかし、そのフレーズの修正はしなくても、「最高品質の行政サー
ビス」の定義(解釈)を改めて明確化することによって、この方針の意義を県
組織内に徹底し、真に有効活用できるように「具体的な取組内容」を改善して
いくことはできるだろう。

○前述のように、行政サービスが「最高品質」であるか否かを評価・判定する
のは、それを利用する一般県民や事業者等になる。それらの人々は、直面して
いる地域課題を速やかかつ効果的に解決してくれることを行政サービスに期待
するのであって、行政サービスの「品質」が「最高」であるのか「普通」であ
るのかなどはどうでも良いことなのである。したがって、行政サービスに「品
質」というような不明瞭な概念を持込むより、簡単明瞭に、その行政サービス
が地域課題をどの程度解決できるのか(その行政サービスの利用者にどの程度
満足してもらえるのか)を、行政サービスの評価・判定基準にすべきというこ
とになろう。

○以上のことから、「最高品質の行政サービス」の定義については、「地域課
題を速やかかつ効果的に解決できる行政サービス」とすべきだろう。もう少し
「最高品質」にこだわれば、「他県等にも共通(類似)する地域課題を、他県
等に比してより速やかかつ効果的に解決できる行政サービス」、すなわち「他
県等に比して優位性を有する行政サービス」と定義することもできるだろう。

○いずれにしても、県組織の様々な行政分野の職員が、この「最高品質の行政
サービス」の提供に本気で取組めるようにするためには、知事が指摘している
ように、まず、それぞれの行政分野の地域課題を探索・特定し、その解決方策
を創出し、それを広く普及していくことを可能とする、他県等に比して優位性
を有する「仕掛け」を構築することが必要になる。
 そのような優位性を有する地域課題の特定・解決の「仕掛け」を提示するこ
とが、行政サービスの開発・提供に取組む職員のバイブルとなる行政計画の本
来の役割なのである。

【おわりに】
○「長野県行政・財政改革方針」における「最高品質の行政サービス」の定義
(解釈)を明確化できれば、次に、「具体的な取組内容」の各項目が、その定
義に合致した「最高品質の行政サービス」の開発・提供に直接的・効果的に資
する「仕掛け」を提起できていない現状をどのように改善すべきか、議論を発
展させていくことが必要になろう。

○「具体的な取組内容」の各項目それぞれは、長野県行政の高度化に不可欠の
重要項目であるが、「最高品質の行政サービス」の開発・提供に直結する戦略
性を有していないことが問題なのである。
 また、「長野県行政・財政改革方針」が、本来設定すべき「目指す姿(ビジ
ョン)」は、「県職員が高い志と仕事への情熱を持って活躍できるようにする
こと」ではなくて、たとえ県職員は活躍できなくても、「一般県民等が満足で
きる行政サービスを利用できるようにすること」なのである。


ニュースレターNo.33(2014年6月8日送信)

新たな政策理念による地域産業政策の高度化への道筋

【はじめに】
○「長野県総合5か年計画」の「政策推進の基本方針」の一丁目一番地に位置づ
けられた「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」については、長野県産業イ
ノベーション推進本部会議で知事自らが、署名入りメモまで配布してその意味を
解説したにもかかわらず、その真の意味や重要性が、県組織内で正確に把握され
ず、具体的な新規事業の企画等に全く反映されていない現状を憂い、その解決方
策等についてニュースレター等で様々に提言してきた。

○しかし、憂慮すべき現状への大きな失望感が先行してしまったせいか、「『貢
献』と『自立』の経済構造への転換」の具現化のためには、その真の意味・重要
性が、県組織内に留まらず、広く県内外の産学官の関係者の間で高度に認識・共
有され、多くの方々からの協力を得られるようにしなければならない、という基
本的な政策推進の視点を欠いた提言になってしまっていた。

〇「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」の意味については、知事の解説を
私なりに要約すれば、県が主導して県内のみならず海外の地域課題をも把握・提
起し、県内企業が、その課題を解決できる新技術・新製品を産学官連携によって
創出し、その新技術・新製品を用いて地域課題を解決するビジネスモデルにより、
内外の新市場を開拓していく活動の活性化を通して、県内産業構造を自立的に発
展できる方向へ転換していくということになるだろう。

○このように、県の総合計画の推進基本方針に、県内外の地域課題の解決による
地域住民福祉の向上と、県内産業の発展とを整合させるというような戦略を、明
確に位置づけている県は他にないと思われる。従って、長野県の取組みは、地域
産業政策の優位性の高度化を目指す新たな挑戦として誇るべきことと考える。

【「地域産業政策の先進県長野」への期待】
○この長野県の政策推進の方向性は、県内外の多くの自治体で、地域産業政策の
策定・実施化に携わる人々の共鳴・賛同を得られるものであろう。
 したがって、長野県には、既に外見的には「地域産業政策の先進県長野」とし
て走り出している現実を重く受け止め、今後県内外の多くの自治体関係者から、
大きく注目や期待をされても恥ずかしくないように、政策先進県としての誇りを
持って、その果たすべき役割を全うしていただくことを期待したい。

○「政策推進の基本方針」である「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」の
具現化に向けて、政策先進県として既に走り出しているにもかかわらず、県組織
として的確な行動がとられていない現状に鑑み、速やかに始めなければならない
議論のテーマとして、以下の二つを設定したい。
 第1のテーマとしては、「この基本方針を長野県の地域産業政策の新たな政策
理念とすることによって、如何にしたら、地域産業政策の優位性を高度化し、地
域クラスターの優位性をも確保することができるのか。そして、如何にしたら、
その取組みを新たな『地域産業政策・策定理論』の確立へ昇華できるのか。」を
設定したい。このテーマについての、県内外の産学官の有識者の議論や共同研究
を通して、理論と実践の両面から、「地域産業政策の先進県長野」の地位を確立
するのである。

〇第2のテーマとしては、長野県組織の現状に鑑み、「如何にしたら、この政策
理念が県組織内で正確に理解されていない現状を打開し、県組織が主導し産学官
連携によって、その具現化に速やかに、かつ効果的に取組んでいくことができる
ようになるのか。」を設定せざるを得ないだろう。
 個人的には第1のテーマの方に非常に関心があるが、長野県にとって速やかに
対応しなければならない、第2のテーマを優先せざるを得ないだろう。

○したがって、今回のニュースレターでは、第2のテーマに焦点を当て、長野県
として未だに我々に提示できないでいる、新たな政策理念、あるいは新たな政策
ビジョンとも言える「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」を具現化するた
めのシナリオと、その効果的推進に必要なプログラムについての議論に特化する
ことにしたい。

【「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」を具現化するためのシナリオ】
○第1段階:「政策推進の基本方針」である「『貢献』と『自立』の経済構造へ
      の転換」の意味・重要性についての、県組織内での認識の共有化
   ↓
 第2段階:@「政策推進の基本方針」の意味・重要性についての、県内外の産
       学官関係者の間での認識の共有化
      A長野県を、この政策理念に基づく地域産業政策の研究と実践のメ
       ッカ(地域産業政策論のメッカ)とすることへの挑戦
   ↓
 第3段階:@「政策推進の基本方針」の各種行政計画への具体的組込み(地域
       課題の特定、その解決方策の提示等)
      A世界の地域課題の特定等については、「長野県国際戦略」への具
       体的組込みで対応(国際戦略の趣旨である「特定の国・地域との
       互恵的関係性の構築」の具現化方策として)
   ↓
 第4段階:県内外の産学官関係者に対して、県として、内外の解決すべき地域
      課題を特定・提示し、その解決方策を提案してくれることを要請す
      る「アピール」の実施
   ↓
 第5段階:その提案に基づく、広域的な産学官連携による具体的研究開発プロ
      ジェクトの企画・実施化と、その成果の早期普及(ビジネスモデル
      化)活動の活性化

○以下では、現状では全く着手される気配のない、シナリオの第1段階から第3
段階の着実な推進のために必要な、プログラムの在り方について議論してみたい。

【シナリオの「第1段階」のために必要なプログラム】
○職員の政策策定能力を高めるための研修プログラムの企画・実施化
 その研修プログラムにおいては、「政策推進の基本方針」の政策理念としての
意味や重要性を、全職員が理解できるようにすることを第1の目的とする。
 そして、この「政策推進の基本方針」を具現化するためには、産業政策のみな
らず、県土の環境保全や県民の健康増進等に係る各種の行政計画の中に、この政
策理念が組込まれなければならないこと、すなわち、行政計画においては、本来
的に地域課題の抽出・特定や、その課題を解決するための方策の提示がなされな
ければならないことを理解できるようにすることを第2の目的とする。
 そして、現状の行政計画においては、地域課題の抽出・特定や、その課題を解
決するための方策の提示等については極めて不完全なレベルにあることを良く理
解し、それを改善するための具体的作業に着手できるレベルの知識・意識・技術
を修得することを第3の目的(最終目的)とする。

〇すなわち、第1から第3の目的に沿って、行政計画は一般的にビジョン、シナ
リオ、プログラムによって構成されるべきことや、計画目的を達成するための合
理的な目標設定の在り方など、行政計画の策定に関する基礎知識を修得した上で、
現状の行政計画の改善を遂行できるリーダー的人材の育成を目指すのである。

【シナリオの「第2段階」@のために必要なプログラム】
○この政策理念への共鳴・賛同者を増やすためのイベントの実施
 「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」の政策理念としての重要性への県
内外の産学官関係者の理解を深め、その重要性についての認識を共有し、その政
策理念の具現化への協働を動機づけることに資する、イベントを継続的に実施す
るのである。

○イベントの具体的形式としては、長野県が提唱する「『貢献』と『自立』の経
済構造への転換」の視点から、地域産業政策の優位性を高度化することに共鳴・
賛同してくれる自治体関係者、大学等の学術関係者等を集めた、地域産業政策の
優位性高度化を推進する具体的方策について、論理的に議論するフォーラムの開
催を提案したい。

○このフォーラムを通して、長野県が提唱する「『貢献』と『自立』の経済構造
への転換」という政策理念の、地域産業政策の優位性高度化に果たす意義や重要
性が理論的に確認され、それに基づく実際の地域産業政策の策定・実施化方策の
在り方が、具体的に明らかにされていくのである。
 このことによって、長野県をはじめ地域産業政策の優位性高度化方策を模索し
ている自治体は、独力では思いつかなかった、当該自治体の実情に最適な、独創
的で効果的な地域産業政策の策定・実施化方策を探り当てるチャンスに恵まれる
のである。

〇また、志を同じくする地方自治体同士の連携(互いの弱みを補完し合い、互い
の強みを相乗的に更に強化するための連携)によって、全国的に地域産業政策の
優位性高度化への取組みが活性化し、より効果的に地域産業政策が策定・実施化
されるようになり、それぞれの地域産業の国際競争力強化が促進されるのである。
すなわち、我が国の地域クラスター全体の国際的な産業競争力の強化が実現でき
るのである。

【シナリオの「第2段階」Aのために必要なプログラム】
○「地域産業政策論のメッカ」運営プロジェクトの立上げ
 長野県が、前述のフォーラムを継続的に開催することによって、長野県をこの
政策理念に基づく地域産業政策の調査研究や情報交流の拠点として位置づけるこ
とができるようになるだろう。すなわち、地域産業政策の優位性高度化を目指す
のであれば、長野県のフォーラムに参加すべきということが、産学官の関係者の
間で常識として通用するようになるのである。

〇このことによって、長野県の地域クラスターが有する従来からの優位性、すな
わち、@超精密技術等の高度技術産業集積が形成されていること(第1の優位性)
と、A信州大学を中心に先端素材技術など高度な技術シーズを蓄積していること
(第2の優位性)とを合わせた「技術的優位性」に加え、B「地域産業政策論の
メッカ」として、新規かつ高度な地域産業政策の策定・実施化に貢献できる「仕
掛け」を有しているという第3の優位性、すなわち「政策的優位性」を新たに保
有できるようになるのである。

〇長野県が、この第3の優位性(政策的優位性)すなわち「地域産業政策論のメ
ッカ」としての地位を確固たるものとするためには、信州大学はもちろん、地域
産業政策の研究と実践に熱心な県外の大学を含む産学官の関係機関の中からベス
トメンバーを選定し、「地域産業政策論のメッカ」運営プロジェクトを立上げ、
継続する必要がある。

〇このプロジェクトは、フォーラムでの議論から明らかにされた様々な課題の解
決方策について調査研究し、参加者に還元するなど、フォーラムのフォローアッ
プを使命とするのである。
 このプロジェクトは、長野県の地域産業政策の高度化のみならず、国内の多く
の自治体の地域産業政策の高度化に効果的に貢献できるものであり、地域産業の
振興を通して、日本産業全体の発展を目指すものであるため、当然国も連携・支
援すべきプロジェクトになると考える。

【シナリオの「第3段階」@のために必要なプログラム】
○政策理念の各種行政計画への具体的組込みを主導する「権限」の確立
 政策理念の各種行政計画への組込みによって、県土の環境保全や県民の健康増
進等の様々な分野での地域課題の抽出・特定がなされ、その地域課題の解決方策
の企画・実施化に資する産学官連携活動の活性化が促進されるのである。
 そのためには、新たな政策理念を各種行政計画に組込む作業を主導する「権限」
を有する、組織横断型の政策推進体制を県組織内に整備し、その「権限」が効果
的に機能できるシステムを構築することが必要になる。

【シナリオの「第3段階」Aのために必要なプログラム】
○政策理念の「長野県国際戦略(平成24年4月)」への具体的組込み
 「長野県国際戦略」は、特定の国・地域を対象として、分野横断的に継続的な
関係性(Win―Winの関係性)の構築を目指しているが、その具体的な事業の企画・
実施化体制の整備など、戦略の核となる部分は、今後の検討課題として残された
ままになっている。
したがって、この事業の企画・実施化体制が速やかに整備され、対象国・地域
が直面している地域課題を調査・選定し、当該対象国・地域の自治体や産業支援
機関等との緊密な連携による、当該地域課題の解決方策の創出を目的とした研究
開発プロジェクトの企画・実施化活動が、活性化することに資するプログラムの
整備を期待したい。

【おわりに】
○今回も含め、今までのニュースレターでは、長野県の地域産業政策に関する様々
な課題とその解決方策について提起してきている。それは、地域産業政策の策定・
実施化に携わる方々が、日頃見過ごしてしまっていることの重大さに早く気づい
て欲しい、という強い思いからの行動とも言える。
 今回のニュースレターのテーマも、非常に優れた新規政策理念である「『貢献』
と『自立』の経済構造への転換」を、長野県の政策推進のバイブルである「長野
県総合5か年計画」の「政策推進の基本方針」の一丁目一番地に掲げるという、
他県に対して誇るべき取組みをしているにもかかわらず、計画の策定・実施化に
携わる方々が、そのことの重大さ(価値の大きさ)を十分に認識できずに、非常
にもったいない対応しかできていない実情に早く気づいて欲しいという強い思い
から取上げたものである。

〇このような地域産業政策に関する様々な課題が生じている背景には、政策策定・
実施化に携わる方々の意識の中に、他県に対して優位性のある政策、あるいは完
成度の高い政策を策定しなければならないという動機づけが十分になされていな
いことがあるように思われる。もちろん、その動機づけが完璧になされても、政
策策定に必要な「技術」がなければ、その動機づけを政策に具現化することはで
きないことになる。

○また、非常に完成度の低い地域産業政策に属する文書類が、厳密なチェックを
受けないままに、知事の記者会見の場等で公表されてしまうというような、長野
県の産業政策策定体制(この場合には、長野県の政策策定機能への信頼性を確保
するためのリスク管理体制と言っても良いかもしれない。)が抱えている重大問
題についても、早く気づき対処して欲しい。

〇ニュースレターで提起してきたような課題については、県組織内で誰も気づい
ていないことなどありえないだろう。県組織内には、事の重大さに気づいている
人は、何人もいるはずなのに、改善されていかないところに根本的問題があるの
ではないだろうか。


ニュースレターNo.32(2014年5月28日送信)

地域産業政策の重要課題としての「資源循環型地域クラスター」の形成

【はじめに】
〇もう30年くらい前になるが、長野県庁で産業廃棄物処理業の許認可事務を担当
していた頃、長野県内5圏域に、それぞれ特長を有する高度技術集積都市の形成
を目指す「長野県テクノハイランド構想」が策定され、その具現化に向けた活動
が始まっていた。そして、同構想の県内関係者への説明会の場で、「同構想にお
いては、モノを生産する動脈産業のハイテク化のみ提唱している。地域産業の将
来的に安定した成長を確保するためには、動脈産業と、そこから発生する廃棄物
を処理する静脈産業との効率的な連携、適切な分業体制を構築することを同構想
の中に位置づけるべきではないのか。」と勇気を出して発言したが、説明者と全
く議論がかみ合わなかったことが、未だに忘れられない。

〇優位性を有する地域産業集積(地域クラスター)を形成するためには、企業が
自ら処理できない廃棄物を適切に処理してくれる静脈産業等で構成される、資源
循環システムが不可欠であるにもかかわらず、地域産業振興の議論においては、
未だにその重要性を認識した上での議論がなされていないのである。
 なお、地域クラスターの優位性確保に資する資源循環システムとなれば、その
クラスターから排出される産業廃棄物の全てをクラスター内で有効活用や最終処
分(埋立)でき、クラスター外の環境に負荷を強いることが無いような、実現困
難性は高くても理想的なシステムの構築を目指すべきであろう。

〇このような高度な資源循環システムを有する地域クラスター、すなわち「資源
循環型地域クラスター」を具現化するためには、クラスター内における静脈産業
の技術高度化など様々な政策的対応が必要になる。
 ここでは、過去の経験を踏まえて、静脈産業の中の産業廃棄物処理産業に焦点
を当てて議論を展開してみたい。

【産業廃棄物処理産業の振興に関する諸課題】
〇産業廃棄物処理業の許認可事務を担当していた頃に有していた、産業廃棄物の
処理に関する問題意識を以下に整理してみたい。(現在も、状況にあまり変化が
無いように思われる。)
@長野県内から排出される産業廃棄物を市場原理の下で適切に処理し、県土の環
境保全を確保するためには、高度な技術力を有し健全な経営体質の産業廃棄物処
理産業の存在が不可欠であること。しかも、県内企業から排出される様々な種類・
量・特性の産業廃棄物に対応できる、様々な高度処理技術を有する処理業者で構
成される産業廃棄物処理産業が必要であること。

A長野県内から排出される産業廃棄物は、全て県内で処理(再資源化等の有効利
用、それがどうしてもできない廃棄物のみ最終処分(埋立))するようにして、
他県等の環境保全にできるだけ負担をかけないようにすること。そのためには、
廃棄物を有効利用、減量化、無害化等をする、いわゆる中間処理業者の技術力高
度化が非常に重要であること。

B産業廃棄物処理業者による適正処理(環境を汚染しない合法的処理)を確保す
るために実施される、処理業者に対する立入検査等の厳しい指導監督に、当該処
理業者が十分に応えることができるようにするためには、当該処理業者が、必要
な人的体制や施設等を整備できるような経営状況を維持できることが不可欠であ
ること。(ある処理業者が、大量の廃油入りドラム缶を野積みしたまま倒産し、
長年にわたって、そこから漏れた廃油が周辺環境を汚染した事例を思い出す。)

C要するに、産業廃棄物の視点から県土の環境保全を確保するためには、県内の
産業廃棄物処理産業の健全な発展が不可欠であり、そのための政策的対応が重要
になること。

Dしかし、産業廃棄物処理業の許認可事務を担当する行政セクションは、処理業
者が許可された通り適正に処理業務を実施するよう指導監督し、不適正な事項を
確認した場合には、厳正に行政処分等を実施する立場にあるため、処理業者の技
術力高度化や経営基盤の強化への政策的支援を並行して実施することは困難とな
り、それについては、科学技術・産業振興を担当する行政セクションに頼らざる
を得ない状況にあること。

E産業廃棄物処理業の許認可事務を担当する行政セクションは、立入検査等で、
処理業者の技術分野や経営分野での課題を詳細に把握しているが、科学技術・産
業振興担当の行政セクションには、その情報が伝わらないこと。すなわち、許認
可事務担当の行政セクションと科学技術・産業振興担当の行政セクションとの連
携システムが整備されていないことが、産業廃棄物処理産業の振興を地域産業政
策の中に位置づけられないでいる大きな原因であること。

【産業廃棄物に関する行政計画の課題】
〇長野県の産業廃棄物の処理に関係する行政計画である「第三次長野県環境基本
計画(平成25年〜29年)」やその各論的位置づけの「長野県廃棄物処理計画(平
成23年〜27年)」においては、産業廃棄物の排出抑制や再資源化の必要性を提起
しているだけで、その具現化のために解決すべき地域特有の課題の特定・提示や、
その課題を解決するための技術開発への取組み等、具体的な計画推進の道筋が全
く示されていない。一般的(全国共通的)な課題について、関係法令の遵守の徹
底等によって解決していくべきことを提起しているにすぎない。

〇他県の産業廃棄物の処理に関係する行政計画を眺めてみると、当該県で具体的
に処理が困難となっている産業廃棄物の処理技術の開発を、公設試験研究機関の
研究開発テーマに設定したり、産業廃棄物の減量化や再資源化に取組む事業者の
技術開発に助成する制度を設けたりするなど、産業廃棄物に係る地域課題の解決
の重要性を強く認識し、本気でその解決に取組んでいる県が存在していることが
良く分かるのである。

【地域産業政策の優位性確保方策としての「産業廃棄物処理産業振興戦略」】
〇前述のように、「資源循環型社会の構築」という政策目標の下に、産業廃棄物
の排出抑制、再資源化等のための研究開発への政策的支援など、先進的な取組み
をしている他県においても、地域産業政策の中に、県内地域クラスターの真の優
位性を確立する方策として、そのクラスター内(クラスター外になった場合でも
その県内)に、クラスター内で発生した産業廃棄物の全てを処理(有効活用や最
終処分)できる完全処理システムを構築するために、産業廃棄物処理産業が果た
すべき役割を明確に位置づけ、その具現化のための政策的「仕掛け」を提示する
レベルまでには達していないのである。

〇言い換えると、当該地域クラスター内で発生する全ての産業廃棄物を当該県内
で完全処理できるシステムの姿(ビジョン)を提示し、その具現化を目指す、地
域産業政策の各論としての「産業廃棄物処理産業振興戦略」は、まだどこにも存
在していないのである。

○長野県内の地域クラスターから排出される全ての産業廃棄物を、県内で完全処
理できるシステムを有する「資源循環型地域クラスター」を形成することによって、
山紫水明のイメージのみに依存するのではなく、高度な科学技術によって裏打ち
された、自県のみならず他県の自然環境にも負荷をかけない、絶対的優位性を有
する「環境立県長野」が実現できるのである。
 このことは、長野県の産業立地環境としてのブランド力を圧倒的に高め、企業
誘致における絶対的優位性を有する「営業ツール」ともなるのである。

【「産業廃棄物処理産業振興戦略」の在り方】
〇長野県における「産業廃棄物処理産業振興戦略」の策定に資することを目的と
して、戦略を構成すべき「ビジョン」、「シナリオ」、「プログラム」のそれぞ
れの在り方について、以下で議論をしてみたい。

〇具現化を目指す「ビジョン」としては、動脈産業と静脈産業の連携体制の構築
の下に、地域クラスターから排出される産業廃棄物を県内で全て処理(有効活用
や最終処分)できるシステムを有する「資源循環型地域クラスター」とすべきで
あろう。

〇そして、その「ビジョン」具現化のための「シナリオ」を構想する前段として、
長野県が定期的に実施している「長野県産業廃棄物実態調査」等を通じて、県内
地域クラスターから排出されている産業廃棄物の内、県内に処理できる業者が存
在しないために、県外の処理業者に委託するなど、他県の環境保全に負担を強い
ている産業廃棄物にはどのようなものがあるのかなどを把握し、県内において、
全ての産業廃棄物の処理を実現するために解決すべき技術的課題を明確化するこ
とがまず必要になる。

〇「ビジョン」具現化のために解決すべき課題が明確になったところで、その課
題を解決する道筋(段取り)を提示すべき「シナリオ」の構成としては、以下の
ようなものになるだろう。
@県内地域クラスターから排出される様々な産業廃棄物とその処理に最適な県内
処理業者とのマッチングシステムの構築
A県内地域クラスターから排出される様々な産業廃棄物の適切な処理に不足する
処理技術の育成・高度化
B有効活用されないままに最終処分されている産業廃棄物の新たな有効活用技術
の開発 など。

〇「プログラム」としては、「ビジョン」具現化のために設定された「シナリオ」
のそれぞれが、円滑に推進されるようにするための各種の支援メニューを用意す
ることが必要になる。
 特に考慮すべき重要課題となるのが、不足している産業廃棄物処理技術の育成・
高度化と、最終処分量の削減に資する有効活用技術の開発である。この重要課題
の解決に資する具体的な研究開発テーマを設定し、そのテーマに最適な産業廃棄
物処理業者を含む産学官連携体制による研究開発プロジェクトが、活発に企画・
実施化されることを促進する支援メニューの整備が不可欠となる。

【参考にすべき先進県の取組みと、それを超えて長野県が取組むべきこと】
○岡山県では、平成13年に「岡山県循環型社会形成推進条例」を策定し、その一
環として、平成14年から、発生量・最終処分量が特に多い産業廃棄物(汚泥、鉱
さい、ばいじん・燃え殻)を循環資源として指定し、「循環型産業クラスター形
成促進事業」として、資源化を促進する上での課題、その課題を解決する方策な
ど明確化し、必要な研究開発や設備整備に助成している。

〇岡山県の取組みの優れた点は、最終処分に回る産業廃棄物の減量化に焦点を絞
っていることである。最終処分については、いくら合法的方法で埋立をしても、
常に施設の劣化、自然災害等による地下水汚染のリスクを背負っている。しかも、
国土の狭い日本においては、リスクを最小限にできる埋立適地は極めて少なく、
近い将来限界に達することは明らかである。したがって、特に有害物資を含む産
業廃棄物の最終処分量の減量化に資する技術の研究開発は、産業廃棄物対策の中
で、最も重視すべき政策事項なのである。
 岡山県方式の、科学技術を活用した静脈産業の振興を通して、資源循環型社会
の形成を目指す取組みは、長野県としても参考にすべきなのである。

○しかし、先進県岡山においても、静脈産業の振興を通して(市場原理、経済的
合理性の下で)、資源循環型の社会を形成するという視点は有していても、静脈
産業の振興を、岡山県の地域クラスターの優位性確保に資する方向に展開すると
いうような視点には立っていない。すなわち、岡山県の地域クラスターの優位性
を高度化するために必要な資源循環システムの在るべき姿(ビジョン)を設定・
提示し、その構築を目指すというような地域産業振興戦略的視点に立つまでには
至っていないのである。
 ここに、長野県が策定すべき「資源循環型地域クラスター」を具現化する戦略、
すなわち「産業廃棄物処理産業振興戦略」の他県に対する独創性・優位性がある
のである。

【おわりに】
○産業廃棄物の理想的な処理についての政策的対応のレベルについては、以下の
ように3つに区分できるだろう。
@産業廃棄物処理業者への法令遵守の徹底(指導監督)によって、産業廃棄物の
有効活用等の促進を目指すレベル(現在の長野県のレベル)
A指導監督に加えて、産業廃棄物処理業者の技術力高度化など、産業廃棄物処理
産業の振興によって、産業廃棄物の有効活用等の促進を目指すレベル(岡山県等
の先進県のレベル)
B産業廃棄物の有効活用等を可能とする、産業廃棄物処理産業主導型の産業廃棄
物完全処理システムを地域クラスターの成長エンジン、地域クラスターの優位性
確保の手段として位置付け、その具現化を目指すレベル(全国で初めて長野県が
取組むべきレベル)

○産業廃棄物処理産業の振興への政策的対応については、岡山県等の先進県に大
きく後れをとっている長野県が、それを挽回し、「資源循環型地域クラスター」
形成のための「産業廃棄物処理産業振興戦略」を策定するためには、政策策定担
当セクションの意識改革をはじめとする、多くの課題の解決を必要とするだろう。
 しかし、そのような高い困難性に挑戦することなくして、優位性のある地域産
業政策の策定による、優位性のある地域クラスターの形成は実現できないのである。


ニュースレターNo.31(2014年5月15日送信)

「地域課題の解決拠点」としての長野県工業技術総合センターへの期待

【はじめに】
○科学技術による豊かな地域社会の形成への行政による基本的アプローチ手法と
は、以下のようになるだろう。
 @ビジョンの設定
  具現化を目指す豊かな地域社会の理想像(ビジョン)の設定
 A課題の特定
  そのビジョン実現の障害となっている様々な課題の抽出・特定
 B課題解決方策の創出・普及
  その課題を科学技術によって解決する方策を創出するための産学官連携によ
 る研究開発とその成果の早期事業化・普及(ビジネスモデル化)
 C「地域社会の課題解決」と「地域産業の振興」との整合
  ・課題解決方策をビジネスモデル化し、地域内外へビジネス展開することに
  よる地域産業の持続的発展
  ・科学技術による豊かな地域社会の形成を、経済的合理性(市場原理)の下
  で実現できる地域システムの確立

○長野県の各種行政計画については、前述のような基本的手法を取り入れ、豊か
な地域社会の形成に資する、本来的な行政計画に改善されるべきことを、度々ニ
ュースレターにおいて提言してきている。
 なぜならば、例えば、県土の環境保全に関する行政計画を見れば、全国共通的
な環境課題の提示はなされていても、県内各地域が実際に直面している、その地
域特有の課題を抽出・特定しようとしていないことが良く分かるからである。
 しかも、全国共通的な課題を提示した場合であっても、その解決方策としては、
いわゆる関係法令遵守の徹底など、行政指導等での対応を想定しているだけで、
科学技術の応用によって具体的かつ根本的な解決方策を創出・普及しようとする
姿勢は全く見えてこないのである。

○このように、長野県においては、地域社会の課題を科学技術によって解決する
ための政策的対応は全くなされてこなかったと言えるのである。したがって、
「『地域社会の課題解決』と『地域産業の振興』との整合」を具現化するための
政策を策定するレベルにも当然達していなかったのである。

〇しかしながら、平成25年に策定された「長野県総合5か年計画」の政策推進の基
本方針の第1に、「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」が位置付けられたこ
とによって、状況が少しずつ変わる兆しが見えて来たのである。

【「長野県総合5か年計画」具現化への期待と県組織の構造的課題】
○「長野県総合5か年計画」の「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」とは、
「科学技術による『地域社会の課題解決』と『地域産業の振興』との整合」と本
質的に同じであることを県としての共通認識としたことが、平成25年7月17日の第
2回長野県産業イノベーション推進本部会議で、知事自らが説明した、署名入り
資料「産業イノベーション推進本部の進め方」によって確認できる。(末尾に参
考資料として掲載)

○しかしながら、長野県の平成26年度主要事業の一覧表のタイトルとして、基本
方針「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」を大きく掲げながら、地域課題
の特定から、その解決方策の創出・普及に至るまでを展望した事業が、全くその
一覧表に含まれていないことから、この考え方が政策策定担当者等に未だに徹底
されていないことが窺えるのである。

○また、このことは、政策策定担当者等の認識だけの問題ではなく、現状の県の
組織・体制の中に、必要な組織横断的な事業の企画・実施化を俯瞰的かつ強力に
主導する統括的権限が確立されていないこと(確立されていたとしても、それが
効果的に機能していないこと)を推測させるのである。もし、その統括的権限が
効果的に機能していれば、あのようなタイトルと中味が全く整合していない、平
成26年度主要事業一覧表が公表されることなど無かったであろう。

○組織横断的な事業の企画・実施化を俯瞰的かつ強力に主導する統括的権限をど
の組織の誰に与え、どのように稼働させるべきかの議論は別として、その統括的
権限の下で実施する、「科学技術による地域課題の解決方策の創出(研究開発)」
という特定分野を主導する権限については、工業技術総合センター(工技センタ
ー)に与え、同センターを「地域課題の解決拠点」として新たに位置づけることが、
前述した県組織の構造的課題を解決する近道となることを、県土の環境保全に係
る行政計画の課題と関連付けながら提案していきたい。

【行政計画の課題@――解決すべき地域課題が特定されていないこと――】
○環境保全分野の行政セクションにおいては、排水、ばい煙、廃棄物等に係る法
令の遵守を徹底するための各種事業所への立入検査や、住民からの環境悪化等に
係る苦情への対応等を通じて、県内の環境保全のために解決すべき様々な課題を
把握しているはずである。
 そして、その解決方策としては、「法令遵守の徹底」で対応できる分野と、「先
端的科学技術を応用した研究開発」が伴わないと対応できない分野とがあること
も十分承知しているはずである。

○それなのになぜ、環境保全関係の行政計画の中に、「先端的科学技術を応用し
た研究開発」(具体的には新たな公害防止技術や廃棄物再利用技術などの創出)
によって解決すべき、地域の環境課題が抽出・特定されていないのだろうか。
 もし、その背景に、環境保全関係の行政セクションの責務には、環境保全に必
要な「先端的科学技術を応用した研究開発」までは含まれず、それは、科学技術・
産業振興関係の行政セクションの責務だという考え方があったとしたら、正に縦
割り行政の弊害の典型事例となってしまう。

○このようなセクショナリズムが、地域の環境課題の早期解決を阻むことがない
ようにするためには、環境保全関係の行政セクションにおいては、「法令遵守の
徹底」で解決すべき地域環境課題だけではなく、「先端的科学技術を応用した研
究開発」によって解決すべき地域環境課題を抽出・特定することも、その責務と
することを明確化しておくことが必要になる。
 そして、その地域環境課題の解決方策の創出・普及によって、実際にその課題
を解決できるまでに必要となる各種事業の企画・実施化についても、当該行政セ
クションが主導すべきことを県組織内において明確にルール化しておくことが必
要になる。当然、他の行政セクションから必要な協力を得られる体制(システム)
を整備しておくことが、その前提となる。

○この体制(システム)の整備の一環として、工技センターを課題解決のための
「先端的科学技術を応用した研究開発」の企画・実施化を主導する拠点として位
置づけるのである。
 環境保全関係の行政セクションには環境保全研究所があるが、同研究所は、環
境分野のデータ観測等の調査研究を主体としており、新技術・新製品の研究開発
の企画・実施化に直接関係する業務を担当して来ていない。したがって、同研究
所は、工技センターの主導で研究開発された新たな環境課題解決方策の現場での
効果を評価する役割などを担うことになろう。

○工技センターの参画によって、環境保全関係の行政セクションは、「科学技術
による課題解決方策の創出(研究開発)」という、当該行政セクションが最も不
得手とする分野を主導する責務から逃れることができ、工技センターとの連携の
下に、解決すべき地域環境課題の抽出・特定と、その解決に必要な「先端的科学
技術を応用した研究開発」テーマの提案に積極的に取組めるようになるのである。

【行政計画の課題A――課題解決方策の研究開発・普及推進体制が構築されてい
ないこと――】
○工技センターは、様々な技術課題に対応できる技術分野別組織(4つの技術部
門)と、その組織を横断的に連携・稼働できる体制(技術部門間の総合調整機能
を担う技術連携部門)を有している。そして、同センターは、科学技術・産業振
興を担当する行政セクションに所属する機関でもある。
 したがって、様々な技術的視点から、環境課題の具体的解決方策についての研
究開発計画の策定・実施化と、その成果の早期事業化・普及(ビジネスモデル化)
を主導するのに最も適した県機関なのである。

○具体的には、工技センターは、「地域課題の解決拠点」として、研究開発成果
の事業化・普及(ビジネスモデル化)を担うことになる企業等を含む、最適な産
学官連携研究開発体制による研究開発の企画・実施化から、ビジネスモデル化ま
での活動を一貫して主導する、総合調整機能を担うことになる。

○工技センターが「地域課題の解決拠点」になることによって、実際に機能する、
地域課題の解決方策の研究開発・普及推進体制が初めて県組織内に構築できるよ
うになる。
 すなわち、工技センターが、地域課題解決型の「産学官連携研究開発プロジェ
クト」の企画・実施化から、その成果の早期事業化・普及(ビジネスモデル化)
までの活動を一貫して主導する責務を担うことによって、同プロジェクトに参画、
あるいは協力する県内企業が、その研究開発から事業化までの一連の活動におい
て直面する様々な技術課題に対して、最適な産学官連携体制による支援を受ける
ことができるようになり、県内企業の取組みの円滑化・スピードアップ化が図れ
るのである。
 その結果、「科学技術による『地域社会の課題解決』と『地域産業の振興』と
の整合」が加速されるのである。

【行政計画の課題B――課題解決方策の創出・普及の円滑化のための「俯瞰的マ
ネジメント機能」が整備されていないこと――】
○科学技術による地域課題の解決方策の創出・普及を目指す「産学官連携研究開
発プロジェクト」の円滑な遂行を可能とするためには、当該プロジェクトの全工
程の進捗状況を常に把握し、各工程において必要な支援策を適宜的確に当該プロ
ジェクトに対して提供できる「俯瞰的マネジメント機能」を工技センターが有す
ることが必要になる。

○この「俯瞰的マネジメント機能」を担える能力は、工技センターにおいて、
「産学官連携研究開発プロジェクト」への「ワン・オブ・ゼム」での参画をいく
ら経験しても育成されるものではない。現状の工技センターが最も不得手とする
機能である。真の「地域課題の解決拠点」となるためには、この弱点を工技セン
ター自らが克服する努力をすることが不可欠となる。例えば、総合調整機能を担
う技術連携部門に配属される職員については、事前に、「産学官連携研究開発プ
ロジェクト」の企画・実施化のノウ・ハウを産業支援機関等で学ばせるとともに、
当該産業支援機関等との緊密な連携の下に、事業に取組むことなどが有効と思わ
れる。
 しかし、当面の現実的対応としては、技術連携部門に、「産学官連携研究開発
プロジェクト」の企画・実施化を主導した経験を有する外部人材を配置するなど
の対策を講ずることが必要になろう。

【おわりに】
○科学技術を活用した地域課題の解決方策の創出・普及には、様々な分野の地域
課題の抽出・特定を担当する行政セクションと、科学技術による地域課題解決方
策の創出・普及(ビジネスモデル化)を担当する行政セクションとの緊密な連携
が必要になる。
 この考え方は、従来から長野県の政策策定担当者の間で理解はされていたと思
われるが、実際に行政計画の策定やその実施化において、具現化されることは無
かった。

○工技センターを、科学技術による地域課題の解決方策の研究開発を通した、異
なる行政セクション間の連携の要、すなわち「地域課題の解決拠点」として位置
づけることが、縦割り行政の弊害を解消し、「『貢献』と『自立』の経済構造へ
の転換」の具現化に資する、最も現実的で効果的な政策的対応になると思われる。
 前述の知事署名入り資料「産業イノベーション推進本部の進め方」にも、「・
・・課題を発見したのちに、課題ごとに『産学官民のコンソーシアムを形成』し、
具体的な取組み(技術開発やサービスの仕組みづくりなど)を進める。この際、
県関係の『試験研究機関等を活用』していく。・・・」と記されているのである。

○もちろん、工技センターを組織論的に「地域課題の解決拠点」として位置づけ
るだけではなく、「地域課題の解決拠点」が持つべき機能を明確化し、現状の工
技センターに不足する機能については拡充強化していく政策的対応も重要となる
のである。

【参考資料】
 産業イノベーション推進本部の進め方 阿部守一
   (第2回長野県産業イノベーション推進本部会議資料 H25.7.17)

(課題と方向性)
 長野県だけに限らず日本産業の最大の課題は、「需要者視点の商品・サービス
開発力が弱い」ことにある。ものづくりを筆頭に、これまでのやり方は「供給者
視点の商品・サービス開発」。日本にありがちなほとんど使われない機能満載の
高額な家電製品というのは、その典型。したがって「産業界の商品・サービス開
発を、供給者視点から需要者視点に転換する」ことが必要。
 例えて言えば、これまでは「大量に生産された靴に、使う人の足のサイズを合
わせる」やり方でも靴が売れていた時代。しかし、それは「供給過少・需要過大」
であったためで、そもそも供給される商品・サービスの絶対量が不足していたので、
何でも作れば売れたため。しかし、今は「供給過大・需要過少」が常態化していて、
商品・サービスが厳しく選別される時代。
 こうした「供給過大・需要過少」状態で商品・サービスを売るには、次の選択肢
があると考える。
 1 価格を下げる
 2 国内外の潜在需要に対応した商品・サービスを売る
 3 公共需要を作り出し、それに対応した商品・サービスを売る

 「1」及び「3」も重要だが、以上のうち「2」が「産業界の商品・サービス
開発を、供給者視点から需要者視点に転換する」ということ。(これこそがしあ
わせ信州創造プランのいう「貢献」の経済構造。)そして、これを促進する政策
を検討するのが、産業イノベーション推進本部の主たる役割。

(産業イノベーション推進本部で行うべきこと)
 では、「産業界の商品・サービス開発を、供給者視点から需要者視点に転換す
る」ためには何をなすべきか。基本は、「地域、世の中の課題解決に取り組む→
課題解決に役立つ商品・サービスを開発する」こと。「地域、世の中の課題解決
に取り組む」真剣な過程を経て、はじめてイノベーション(課題解決に役立つ=
潜在需要に対応した商品・サービスの開発)が起きる。したがって、まず行わな
ければならないことは、「課題の洗い出し」。それも商品・サービスあるいは技
術のないことが、解決のボトルネックになっている地域の課題、世界の課題の発掘。
 例えば、地球温暖化防止の視点では、高性能で低コストの省エネ建材。日本の
窓サッシの最高級品が、ドイツでは販売禁止レベルという話も聞く。また、化学
物質規制が厳しい国に対する環境配慮型製品の提供など。
 なお、課題の選別には「プロの目」が必要で、不十分な知識の県職員だけでせ
ず、その分野の目利きをいれることが必要。
 そして、課題を発見したのちに、課題ごとに「産学官民のコンソーシアムを形
成」し、具体的な取組み(技術開発やサービスの仕組みづくりなど)を進める。
この際、県関係の「試験研究機関等を活用」していく。
 また、開発した商品・サービス・技術を普及するためには、現場の技術者や職
人、専門スタッフへの教育が不可欠で、「人材育成の仕組みづくり」も重要。工
科短大や技術専門校などの県の人材育成機関の活用や県全体の高等教育機関と
の連携を検討。

(課題の例)
 課題の例としては、これまでの行政のアプローチとは異なるが、次のようなも
のが考えられるのではないか。
 ・小規模、抵コストでも高い収入を安定的に得られる農業経営の実現
 ・低コストで安定的に生産できる林業経営の実現
 ・大幅な省資源、省エネ型の工場の実現
 ・過疎地における低コストで収益性の高い医療・福祉サービスの実現

(結び)
 地域や世界の課題に対して、長野県の官民の総力をあげて本気で解決策を模索
することで、イノベーションが起き、経済構造の転換につながる。産業イノベー
ション推進本部と銘打った基本を踏まえた取組みが必要。


ニュースレターNo.30(2014年4月29日送信)

信州ブランド戦略(行動計画編)の課題とその解決方策

【はじめに】
○長野県は、平成25年3月に策定した「信州ブランド戦略(コンセプト編)」と
対をなす「信州ブランド戦略(行動計画編)」(どういう訳かパワーポイント版
のみ作成し、パブコメ募集も無しという、「コンセプト編」に比してあまりに
粗略な扱い)を策定し、知事が平成26年3月26日の記者会見の場で公表した。
 「コンセプト編」については、ニュースレターNo.4(「比較優位性を有する信
州ブランド戦略の策定」2013.5.3送信)で取上げ、それが抱える多くの課題を整
理している。

○「コンセプト編」では、「行動計画編」を「産学官の役割分担と連携の下、県
民を挙げて取り組む具体的方策について定める」ものと位置付けていたため、信
州ブランド戦略具現化のための新たな産学官連携による推進体制の構築や、その
体制で取組む新たな具体的支援プログラムの整備などが提起されることを期待し
ていた。
 しかし、「信州ブランド」の定義や、戦略が対象とする「地域資源」を不明確
なままにするなど、「コンセプト編」には根本的な課題が様々に含まれていたこ
とから、それらの課題を放置したままでは、「行動計画編」の策定に、大きな困
難が伴うことは、当初から想定できていた。

○その困難を克服し、他県等に対する優位性を有する「行動計画編」が策定され
ることを期待していたが、県組織や関係団体等の既存の物産振興に関する事業等
を羅列する程度のものになってしまったのである。
 どのような経過があったのか良く分からないが、策定された「行動計画編」に
おいては、その位置付けが「産学官の役割分担と連携の下、県民を挙げて取り組
む具体的方策について定める」計画から、「県、関係機関、市町村、企業の取組
を総合的にまとめ、共有する」ための資料集に変わってしまったのである。

○しかも、「行動計画編」は、その趣旨が、事業主体としての県、関係団体、市
町村、企業が連携してブランド力の向上に取組むためのものとなっているが、パ
ワーポイント版のみで作成され、キーワードの羅列になっている部分が多かった
り、ブランド力の向上に直接関係しない事項が精査されないままに記載されてい
たりすることなどから、各事業主体がこれを見て、各事業主体のブランド力向上
に資する事業の計画策定・実施化に、具体的に反映させることは非常に困難にな
っているのである。
 各事業主体のブランド力向上を目的とする事業の企画・実施化の指針となる「行
動計画編」の策定を期待していた人々は、大いに失望しているものと推察できる
のである。

○このようなことから、「行動計画編」が多くの問題点を抱えていることは、改
めて議論するまでもなく一目瞭然であるが、ニュースレターNo.4で「コンセプト
編」を取上げたことの「けじめ」として、「コンセプト編」との関連性の下に、
「行動計画編」の問題点について整理しておくことにした次第である。
 そして、ただ単に問題点を整理するだけではなく、それらの問題点を克服し、
他県等に比して優位性があり、かつ論理的な信州ブランド戦略であると評価され
るようにするための、信州ブランド戦略の構成の一つの在り方についても提起す
ることにした。

【「コンセプト編」が抱える重要課題】
○「行動計画編」の課題についての議論に入る前段として、ニュースレターNo.4
で整理した「コンセプト編」が抱える重要課題について、以下で再度簡単に述べ
ておきたい。
 「コンセプト編」は、今回策定された「行動計画編」の内容を方向付けるもの
であり、今後の本県の産学官の関係者が連携して取組む、本県の様々な「地域資
源」のブランド力を高めるための活動のいわば「バイブル」となるべき極めて重
要なものである。しかしながら、「コンセプト編」には、その記載内容の展開に
論理性を欠くなど、根本的な課題が多く含まれていた。その内の3つの重要課題
を以下に示す。

○課題の第1は、「信州ブランド」という言葉が、「コンセプト編」の中で頻繁
に使われているにもかかわらず、その定義が明確になされていないということで
ある。県内に存在する「個々のブランド」の統一ブランドとして、特定の呼称・
マーク等を設定することを想定しているのか、単に「個々のブランド」の総体を
表現するために代名詞的に使用しているのか、判然としないままにしているので
ある。

○課題の第2は、「コンセプト編」が対象とする(ブランド化を目指す)「地域
資源」には、どのようなものが含まれるのかについての定義(限定)も明確にな
されていないことである。ただ、「長野県の目指すブランド戦略は、県内の工業
製品、伝統工芸品、農産物、文化財、地域そのものなど、・・・・」との記載が
あり、県内の全ての「地域資源」と呼べるものを対象としていると解釈できるの
である。
 「コンセプト編」で、対象とする「地域資源」の定義(限定)を怠ったことに
よって、「行動計画編」が、対象とする「地域資源」を不明確にしたままで議論
されるという不幸な結果を招いてしまったのである。

○例えば、ブランド化する「地域資源」の発掘・ブラシュアップへの具体的な支
援体制の構築について検討する際に、対象とする「地域資源」の種類が不明確な
ため、どのような発掘手法やブラッシュアップ手法を提供すれば、「地域資源」
のブランド化を効果的に実現できるのか、という極めて基本的な課題についての
議論さえ、まともにできなかったのではないかと思われるのである。

○課題の第3は、「コンセプト編」が、ブランド化の対象とする「地域資源」を
限定しないことから、「コンセプト編」がその必要性を提起している、ブランド
力の維持・向上のために不可欠の、品質保証(担保)の仕組みの構築について検
討することも困難にしてしまっていることである。
 例えば、一般消費者に販売される物品と文化財等唯一無二の物の両方に共通す
る、品質保証(担保)の仕組みはあり得ないのである。いったいどのようにして
仕組みを構想したら良いのだろうか。

【「行動計画編」が抱える重要課題】
○「行動計画編」の趣旨は、ブランドづくりに必要な@「品質向上・開発支援」、
A「戦略的なマーケティングの展開」、B「発信力の強化」について、県、関係
団体、市町村、企業の取組を総合的にまとめ、共有することにより、各事業主体
が連携してブランド力向上に取組むためのものとしている。

○そして、最初の@「品質向上・開発支援」については、「支援組織の強化」等
によって取組むことにしている。しかし、「支援組織の強化」の目標に「専門的
支援体制」の構築を位置づけているにも係らず、その支援体制が持つべき支援機
能とはどのようなものか、というような基本的事項を提示すること無しに、ただ
単に、現状の工業製品や農産物の品質向上や販路開拓支援を実施している機関名
を列挙しているだけなのである。

○「支援組織の強化」について検討する前に、信州ブランド戦略の具現化のため
に必要な「支援機能」の在り方についての議論がなされるべきことは当然のこと
である。その議論があって初めて、既存組織の支援機能の強化や、新たな支援機
能を有する新組織の設置の必要性等についての検討ができ、目標とする「専門的
支援体制」の構築ができるのである。

○A「戦略的なマーケティングの展開」には、「マーケティング推進体制の整備」
や「品質保証制度の活用」等によって取組むことにしている。
 しかし、「マーケティング推進体制の整備」については、県庁組織にマーケティ
ング担当部長を配置し、既存の関連しそうな事業を選定し、その実施に協力する
程度のことで対応しようと考えているようである。
 また、「品質保証制度の活用」については、「品質を保証(明示)する制度」
の構築を目標としているにもかかわらず、県が事務局を務める、日本酒・焼酎、
ワイン、米を対象にした「長野県原産地呼称管理制度」や「信州産シカ肉認定制度」、
あるいは、民間団体の観光土産品の適正表示を推進する事業など、既存の関連事
業によって対応することしか提示していないのである。

○信州ブランド戦略の具現化のために必要な「品質保証制度」とは如何なるもの
にすべきなのかの議論も無いままに、既存の品質保証に関連する事業を列挙する
だけで足りるとしていることからは、真に信州ブランドづくりに取組もうとする
意欲は感じられない。そして、現状の制度で対応できない分野は、業界や地域の
主導に任せるとの姿勢が、その意欲の無さを更に明確化しているのである。

○B「発信力の強化」については、「足元にある価値の再発見」という、ブラン
ド化の対象となりうる「地域資源」の「発掘」と、信州ブランドの「発信」とを
混同しているような、意味の良くわからないことが記載してあったり、「戦略的
な発信の展開」と言いながら、通常の情報発信の事例を列挙してあったりするだ
けなのである。
 新たな信州ブランド戦略の具現化のために必要な「発信力」とはどのようなも
のにすべきなのか、というような基本的事項についての議論に基づく、新たに整
備すべき発信機能の提示は全くなされていないのである。

【「完成度」の高い戦略策定への使命感不足による残念な結末】
〇以上で述べてきた、「行動計画編」が抱える重要課題、すなわち、「品質向上・
開発支援」に必要な「支援機能」を提示できなかったことや、「品質保証制度」や
「発信力」の在るべき姿を提示できなかったことなどは、当然の帰結と言えるの
である。すなわち、「コンセプト編」でブランド化の対象とする「地域資源」を
限定しなかったために、「支援機能」、「品質保証制度」、「発信力」などにつ
いて具体的に踏み込んだ検討ができなかったことが推測できるからである。

〇こうなることは、「コンセプト編」が不完全で論理性を欠く形でまとめられた
時点で想定できたにもかかわらず、「行動計画編」の策定過程で、必要な措置を
講ずることを怠ったことに加え、戦略策定主体に「完成度」の高い戦略を策定す
ることへの使命感や意欲が不足していたことが重なって、非常に残念な結末にな
ってしまったと言えるのではないだろうか。

【論理的で優位性を有する信州ブランド戦略の構成の一つの在り方】
〇信州ブランド戦略においてはなされなかった「信州ブランド」の定義と、当該
戦略が対象とする「地域資源」の定義(限定)をしない限り、信州ブランド戦略
に関する具体的議論を展開することはできない。
 そこで、まず「信州ブランド」の定義については、ニューレターNo.4で提案し
た通り、長野県内に存在する「地域資源」の内、優れた品質を有するものの「統一
ブランド」とする手法が考えられる。より具体的には、「信州ブランド」とは、
「宝石」と称するにふさわしい、県内各地の優れた品質を有する「地域資源」が
沢山入った「宝石箱」の名称のことと定義するのである。

○また、「信州ブランド」が対象とする「地域資源」の定義(限定)については、
工業製品、農林水産物などの内、一般消費者に広く販売されるものにすべきと考
える。最初は、明確に限定できる範囲でスタートすることが、信州ブランド戦略
の具現化(成功)の近道と考えるからである。

○その定義に基づくと、信州ブランド戦略においては、大きく3つの戦略が必要
になることが分かる。
 その第1は、新たな「宝石」候補としての「地域資源」を発掘し、その「地域
資源」を、優れた品質に基づくブランド力を有する本物の「宝石」に育て上げる
ことや、既存の「宝石」のブランド力に更に磨きをかけることに資する戦略である。
 第2は、「宝石」の市場拡大の重要なツールとなる、「宝石」の品質を保証(担保)
する「仕掛け」を構築するための戦略である。
 第3は、優れた「宝石」が沢山入っている「宝石箱」のイメージアップ・差別化
をする戦略である。「宝石箱」のイメージアップ・差別化が、それぞれの「宝石」
のイメージアップ・差別化につながり、それぞれの「宝石」のブラシュアップが、
「宝石箱」の更なるブランド力向上に繋がるという「好循環」を形成することを
目指すのである。

○以上のことから明らかなように、「宝石」が他県等と類似のありふれた「地域
資源」であっては、「宝石箱」の魅力・価値は下がってしまう。また、そんな
「宝石箱」では、県民の誇りや愛着を育めない。
 したがって、まず最初に、前述の第1と第2に示す、他県等に比して優位性を
有する「宝石」を創出する「仕掛け」と、「宝石」の品質を保証(担保)する
「仕掛け」が必要になる。この2つの「仕掛け」については、対象とする「地域
資源」によっては、既存の制度や体制等を活用できるが、新たに対象とする「地
域資源」への対応に合わせて、大幅に改善等をしなければならないだろう。
 既存の制度や体制等で対応できない種類の「地域資源」の品質の向上や保証
(担保)については、どのような「仕掛け」で具現化していくべきか、という大
きな課題が残っている。信州ブランド戦略が対象とする「地域資源」が明確化さ
れた時点で、検討すべき課題となる。

○そして、信州ブランド戦略によって、新たに整備しなければならない最も重要
な「仕掛け」が、前述の第3に示すように、「宝石箱」に入れるべき「宝石」を
選定し、「宝石箱」のブランド力を維持・向上させることを推進する「仕掛け」
なのである。

○このような、「地域資源」のブランド力向上のために新たに整備すべき「仕掛
け」の在り方というような基本的課題について、信州ブランド戦略の策定作業に
おいて、関係者の間で十分に議論されなかったことが推測できる、信州ブランド
戦略になってしまったことが残念でならない。

【おわりに】
○長野県が初めて信州ブランド戦略を策定し、新たなブランド戦略を展開してい
くことを知った時、ブランド戦略という新たな視点から、新たな産業振興施策が
展開されることに、非常に大きな期待を寄せた。しかし、実際に策定された信州
ブランド戦略は、その期待を大きく裏切るものとなってしまった。このように感
じているのは私だけなのであろうか。

○少なくとも、長野県の地域産業政策の策定関連部署の中には、私と同様なこと
を感じた方々が少なからずいたはずである。それにもかかわらず、「ずさん」と
いうような印象を持たれかねない危険性を有するものを、知事の記者会見の場で
公表させてしまうところに、長野県の地域産業政策策定機能の根本的な課題が内
在しているのではないかと危惧するのである。

○例えば、信州ブランド戦略の策定過程の全体を俯瞰し、戦略としての「完成度」
(例えば、戦略としての論理性や優位性の確保等)を評価し、必要な修正を主導
できる権限が確立・機能していなかったことが窺えるのである。戦略策定に関与
した関連部署の人々は、戦略全体としての「完成度」ではなく、自らの担当業務
に支障が生じないような戦略にすることの方に、その優秀な頭脳を活用したので
はないかと推測させるような結果となっているのである。


ニュースレターNo.29(2014年4月11日送信)

長野県の地域クラスター形成戦略の優位性高度化のために
―――長野県工業技術総合センターの新たな技術支援機能への期待―――

【はじめに】
○優位性のある地域クラスターの形成に不可欠なオープンイノベーションにおい
て、中小企業に期待される役割に関する新しい視点を与えてくれる文献(末尾に
参考文献として掲載)に出会った。その文献の視点に立てば、産学官連携を主要
な手段とする、長野県の現状の地域クラスター形成戦略の優位性の更なる高度化
に資する、具体的な方策を見出せるのではないかと思いつき、検討してみること
にした次第である。

【オープンイノベーションにおける中小企業の新たな役割・位置付け】
○具体的な検討に入る前に、ここでの検討における視点や論点を提供してくれる、
その文献の要点を私なりにまとめておくことにする。
 日本企業が技術的に世界のフロンティアに立ち、追い上げられる立場になった
ことから、自ら新しい技術を切り開き、新たなビジネスモデルを構築していかな
ければならない状況になっている。このような状況への対応策としては、大学で
創出される科学的知見を活用するためのオープンイノベーション戦略が有効とな
る。
 企業のオープンイノベーション戦略の具体的展開においては、科学的知見を活
用した新技術・新製品を具現化し市場開拓していくために必要な全ての段階を、
たとえ大企業であっても企業単独で担当すべきではない。科学的知見を技術プラ
ットフォーム(製品・技術群)へ持ち上げる「サイエンスイノベーション」の段
階と、その後に、顧客である一般消費者や企業とのインタラクションによって顧
客サービスを向上させ市場を大規模化していく「ビジネスイノベーション」の段
階という、大きく2つの段階に区分し、それぞれを分業体制で進めることが合理
的な戦略になる。
 したがって、地域産業政策の策定サイドにおいても、政策的支援の在り方を考
える際には、同様に「サイエンスイノベーション」と、その上の段階の「ビジネ
スイノベーション」の2段階に分けて考えることが合理的手法となる。

○以上のように考える背景には、先端的な科学的知見を活用して研究開発する新
技術・新製品の市場は、初期段階においては規模が小さいことから、大企業の経
営陣はあまり関心を寄せず、結果として、多くの有能な研究開発人材を擁する大
企業より、中小企業に適した市場分野になっていることがある。したがって、
「オープンイノベーション」の重要性への認識と具体的活動が益々増大していく
状況下、「サイエンスイノベーション」の段階における、中小企業の活躍には更
に期待できるのである。実際に産学官連携によって大きな成果を上げている中小
企業も多いのである。

〇本来的には、アメリカの場合のように、科学的知見の創出現場に近い大学発ベ
ンチャーが「サイエンスイノベーション」を担い、一定の成果を上げたところで、
「ビジネスイノベーション」を担う大企業に、その成果を譲渡するというような
ビジネスモデルが合理的だが、日本の実態は、アメリカとは異なり、多くの場合、
研究開発型中小企業が、その役割を担っているという。
 このような見方は、長野県内の多くの研究開発型中小企業の積極的な産学官連
携による研究開発活動を承知している者にとっては、納得のできる論理である。

【長野県の地域クラスター形成戦略の特長・優位性】
○長野県の地域クラスター形成戦略の特長・優位性は、一言でいえば、中小企業
を主体とする長野県産業の国際的優位性を有する超精密技術と、大学の先端的技
術シーズとの融合によって、国際競争力のある最終製品に不可欠なスーパーモジ
ュールを、「組合せ型(モジュール型)技術」ではなく、新興国が真似しにくい
「摺り合わせ型技術」で研究開発・供給できる、産業集積を形成することを基本
戦略としていることである。(あるセミナーでの法政大学学事顧問の清成忠男氏
のコメントを引用)

○もちろん、県内には、中小企業であっても、優れた最終製品を製造し、内外で
高い市場占有率を確保している企業がいくつもあるが、世界市場で優位性のある
最終製品の機能発現を決定づける、スーパーモジュールの研究開発・供給拠点の
形成を目指すことを、地域クラスター形成戦略の根本に据えることに、産学官の
中核的機関の間でコンセンサスが得られているのである。
 そして、実際に、そのコンセンサスに基づき、優位性を有するスーパーモジュ
ールを創出し事業化するための、様々な提案公募制度活用型の産学官連携プロジ
ェクトが、県内を拠点として企画・実施化されているのである。

○長野県の地域クラスター形成戦略の特長・優位性について、更に詳しく分析す
ると、以下のようになる。
 長野県の研究開発型中小企業が、それぞれの経営資源の規模や質に適した「サ
イエンスイノベーション」に特化し、最終製品メーカーへのスーパーモジュール
のいわゆる「売り切り型」のビジネスモデルでの優位性を確保する段階から、最
終製品メーカーとのインタラクションによって当該スーパーモジュールの品質・
価値を高めて市場規模を拡大していくという「ビジネスイノベーション」への展
開を、「ビジネスイノベーション」を得意とする大企業へ事業譲渡することなど
無しに、当該研究開発型中小企業の身の丈に合ったビジネスモデル、すなわち、
「信州型サイエンスイノベーション」によって実現し、グローバルニッチ市場で
成長していくことを促進する「仕掛け」(様々な支援プログラムで構成)が、従
来から地域クラスター形成戦略の中に位置付けられて来ているのである。

○実際に、県内の中核的な研究開発型中小企業が「信州型サイエンスイノベーシ
ョン」によって、機能面で国際競争力を有するスーパーモジュールを研究開発し、
当該モジュール分野において、国内外の市場で独占的に事業展開している事例が
いくつもある。
 県内の地域クラスターの持続的発展を確保するためには、より多くの研究開発
型中小企業が、前述の中核的な研究開発型中小企業のように、「信州型サイエン
スイノベーション」によって、特定のモジュール分野(グローバルニッチ市場)
において、市場独占的な事業展開ができるようになることに資する、新たな「仕
掛け」が必要になっているのである。

【「信州型サイエンスイノベーション」促進のための「仕掛け」の在り方】
〇従来からの「信州型サイエンスイノベーション」への研究開発型中小企業の取
組みを支援する「仕掛け」は、大きく4つの工程の支援プログラムからなる。
 その第1工程は、研究開発型中小企業が、応用可能な県内外の大学の先端的技
術シーズを探索・選定できる機会・場を提供することである。
 第2工程は、探索・選定された特定の技術シーズの応用方策、事業化戦略等に
ついて、産学官連携で詳細に調査する活動への支援である。
 第3工程は、その調査に基づく、新規性・優位性を有する新技術・新製品の産
学官連携研究開発活動への支援である。
 そして、第4工程は、その研究開発成果である新技術・新製品の早期事業化へ
の支援となる。この工程が、「サイエンスイノベーション」の段階から「ビジネ
スイノベーション」の段階への展開支援に相当するのである。

〇この4つの工程でのプレーヤーとしては、技術シーズを提供する「大学」と、
技術シーズを応用して新技術・新製品を創出し事業化する「中小企業」、そして、
その「大学」と「中小企業」との効果的連携の総合調整機能を担う「産業支援機
関」を挙げることができる。実際に、様々な具体的な産学官連携研究開発活動の
中で、その3者の役割分担は明確に位置づけられ、それぞれ不可欠のプレーヤー
となっているのである。

○しかし、産学官連携の重要性が叫ばれるずっと以前から、県内中小企業が直面
する技術課題の解決に対して、様々な技術支援サービスを提供し、県内中小企業
の発展に多大の貢献をしてきている長野県工業技術総合センター(以下、「工技
センター」という。)は、どういう訳か、産学官連携研究開発に関連する活動、
すなわち、前述の4工程の中での不可欠のプレーヤーとしては、明確に位置づけ
られないままになっているのである。
 言い方を変えれば、工技センターは、県内中小企業の「信州型サイエンスイノ
ベーション」の活性化に、高度に貢献できる潜在的機能を有していながら、それ
を顕在化し、県内中小企業が利用しやすい形の技術支援機能としてアピールでき
ないままでいるのではないかということである。

○工技センターが、県内中小企業から受託し分析・測定したデータが、当該中小
企業が取組む産学官連携研究開発に使われ、工技センターが、当該産学官連携研
究開発に参画している自覚も無いままに、結果として、当該産学官連携研究開発
に貢献していたというような事例は多々あるにちがいない。
 しかし、長野県の優位性のある地域クラスターの形成を、「信州型サイエンス
イノベーション」の活性化によって加速するための新規方策としては、工技セン
ターが前述のようなレベルの受動的支援に留まるのではなく、県内中小企業によ
る特定の産学官連携研究開発の企画から成果の事業化に至るまでの一連の工程に
おいて、他の参画者では対応できない役割を、主導的に担う不可欠のプレーヤー
として活動できるようにすることが、最も合理的で即効的と言えるのではないか
と考えるに至ったのである。

【「信州型サイエンスイノベーション」に資する工技センターの新支援機能】
○工技センターのような公設の技術支援機関のミッションについては、研究開発
活動に特化したもの、分析・測定等のサービス提供活動に特化したもの、その中
間のものまで、都道府県によって多種多様である。
 本県の工技センターのミッションは、中小企業の身近な「技術課題の診療所」
あるいは「技術課題の駆け込み寺」であり、中小企業の日常的に発生する技術課
題の解決のために、分析・測定業務や共同研究の受託、保有機器の貸出など総合
的な技術支援サービスを提供しているのである。

〇したがって、県内中小企業にとっては、直面する技術課題の解決に必要な分析・
測定等を実施する設備や人材を自ら整備できない場合に、それを補うために、工
技センターの分析・測定設備や分析・測定技術者を、あたかも自社の設備や技術
者であるかのように(工技センターを自社の研究室であるかのように)、効果的
に活用することが、理想的な工技センターの活用方法となるのである。

  ○以上のことを前提として、国際競争力を有する地域クラスターの持続的発展に
必要な「信州型サイエンスイノベーション」の活性化のため、工技センターが新
たに整備すべき技術支援機能の在り方について、前述の「信州型サイエンスイノ
ベーション」活性化への4つの支援工程毎に検討を深めてみたい。

【第1工程:技術シーズ探索・選定における新支援機能の在り方】
〇県内中小企業が、スーパーモジュールの創出に向けて応用してみたいとする先
端的技術シーズ(論文、特許明細書等の形で提供される)の評価に対する支援で
ある。当該企業が、その技術シーズの応用を決定する前に明確化しておきたい様々
な事項への対応を支援するのである。例えば、技術的に難解な部分の解説、論文
のデータの再現・確認、他の類似技術シーズとの優位性の比較など、当該企業の
技術者では対応できない部分の補完的支援である。

【第2工程:特定技術シーズの応用方策の調査活動への新支援機能の在り方】
〇選定した技術シーズをスーパーモジュールに応用するための研究開発に着手す
る前に実施しておくべき準備作業(予備実験、研究開発計画の策定等)における、
当該企業の技術者では対応できない分野への支援である。
 研究開発計画の策定においては、参画する大学が、企業に期待する研究開発課
題の内、当該企業の設備や技術者では対応できない分野を、工技センターが替わ
って担当するなど、当該企業の技術力不足によって、効果的な研究開発計画を策
定することができなくなるようなことが無いよう支援するのである。

【第3工程:新技術・新製品の研究開発活動への新支援機能の在り方】
〇県内中小企業と大学の共同研究開発において、当該企業が分担する研究開発の
遂行に必要な技術力(設備と技術者)を、当該企業のみでは確保できない場合に、
工技センターの技術者が、当該企業の技術者としての立場から参画し、工技セン
ターの設備を活用して、共同研究開発の効果的な遂行を支援するのである。

【第4工程:研究開発成果の早期事業化への新支援機能の在り方】
〇研究開発成果であるスーパーモジュールの事業化のために、最終製品メーカー
との連携による実用化研究開発に取組む場合への技術補完的支援、海外メーカー
との取引において遵守する必要がある現地の法的規制・規格に関する情報提供、
それに適応できるようにするための改良等に関する技術支援などをするのである。

○以上のような、第1工程から第4工程までの各工程における、工技センターに
対する、顕在的あるいは潜在的な技術支援ニーズについては、現状の工技センタ
ーの技術支援メニューや組織・体制のままでは、十分に応えられないであろう。
 県内中小企業にとって、研究開発型に移行し、産学官連携によるオープンイノ
ベーション戦略を策定し具現化していくことが、経営上の重要課題となっている
現状に対応した、工技センターの新たな技術支援メニューの創出と、その効果的
運用に向けた速やかな取組みが必要になっているのである。

【おわりに】
〇いずれにしても、工技センターは、県内中小企業の「信州型サイエンスイノベ
ーション」の展開においては、当該中小企業が、技術シーズを提供してくれる大
学や、「ビジネスイノベーション」に協力してくれる大企業と、技術面では対等
で効果的な連携ができるよう、当該中小企業の設備・人材の不足部分を補う補完
的役割を担うことを、工技センターのミッション(ミッションが定められた技術
支援戦略)の中に明確に位置付けることが必要になる。

○工技センターが、そのミッション具現化のために必要な組織・体制を整備し、
従来からの技術支援メニューの域を超えて、前述の4つの支援工程、すなわち、
特定の中小企業による技術シーズの探索・選定から、その技術シーズを応用した
新技術・新製品の研究開発・事業化に至るまでの工程を一貫して、当該企業と一
体になって、当該企業の目的達成に貢献するという、新たな技術支援メニューを
提供できるようにすることが必要なのである。
 そのことによって、「信州型サイエンスイノベーション」における工技センタ
ーのプレーヤーとしての役割を、大学や他の技術支援機関と明確に差別化し、工
技センターでなければ担当できない技術支援機能によって、優位性のある地域ク
ラスターの形成促進に大きく貢献する、不可欠の技術支援拠点として、工技セン
ターが益々活躍されることを期待したいのである。

【参考文献】
(独法)経済産業研究所 ファカルティフェロー 元橋一之
コラム:第391回 日本の産業競争力再生に向けて:サイエンス経済に向けたオー
プンイノベーションの推進 2014.3.11


ニュースレターNo.28(2014年3月21日送信)

長野県総合5か年計画に整合した地域産業振興事業の在り方

【はじめに】
〇2011年に策定された国の第4期科学技術基本計画においては、「技術に勝って
事業に負ける」現状を打開すべく、社会的課題を解決することを「アウトカム」
とする、「課題解決型」の研究開発の重要性が提唱されている。
 例えば、「4.第4期科学技術基本計画の理念」の箇所に、「・・・我が国と
しては、新たな価値の創造に向けて、我が国や世界が直面する課題を特定した上
で、課題達成のために科学技術を戦略的に活用し、その成果の社会への還元を一
層促進する・・・」とあるように、多くの箇所に「課題解決型」の科学技術政策
の必要性が提起されている。

〇同様の認識は、2013年に策定された長野県総合5か年計画の「今後5年間の政
策推進の基本方針」の中の「基本方針1」の「『貢献』と『自立』の経済構造へ
の転換」に反映されている。
 この基本方針への長野県の具体的な取組み方については、ニュースレターNo.17
(「長野県産業イノベーション推進本部の課題」2013.11.1送信)で記載したように、
第2回長野県産業イノベーション推進本部会議(2013.7.17)において、知事自ら
が、署名入り資料(「産業イノベーション推進本部の進め方」)を配布し、「産
業界の商品・サービス開発を『供給者視点』から『需要者視点』に転換する」と
いうことが、「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」に相当し、その具現化
に取組むべきであると明言している。更に具体的に、基本は、「地域、世の中の
課題解決に取り組む→課題解決に役立つ商品・サービスを開発する」こととし、
まず行わなければならないことは、「課題の洗い出し」、地域の課題、世界の課
題の発掘であると強調している。そして、課題を発掘した後に、課題ごとに「産
学官民のコンソーシアムを形成」し、具体的な取り組み(技術開発やサービスの
仕組みづくりなど)を進めるべきであるとしているのである。

〇更に、知事の署名入り資料の「結び」には、「地域や世界の課題に対して、長
野県の官民の総力をあげて『本気』で解決策を模索することで、イノベーション
が起き、経済構造の転換につながる。産業イノベーション推進本部と銘打った基
本を踏まえた取組みが必要。」とまで表明しているのである。
 この知事の力強い意思表明に、長野県が、地域産業の持続的発展のために、新
たな優位性を有する地域産業振興事業を企画・実施化してくれるはずであると、
平成26年度予算編成に大きな期待を寄せた産学官の関係者は多かったのではない
だろうか。

(参考)上記については、第2回長野県産業イノベーション推進本部会議の資料P9
〜P11を参照願います。
 ホームページアドレス
http://www.pref.nagano.lg.jp/sansei/sangyo/shokogyo/shisaku/innovation/documents/2_shiryou.pdf

○しかしながら、平成26年度の長野県の主要事業の公表資料を見ると、最初に「政
策推進の基本方針1」の「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」を大きく掲
げながら、その下に、その具現化を目指す、新たな優位性を有する事業が全く提
示されていないという、公表資料の記載内容に全く整合性が無いままに公表され
てしまっているような状況にあり、期待を裏切られたと感じているのは私だけで
はないであろう。

(参考)上記については、平成26年度当初予算案のポイントのP3〜P4を参照願います。
 ホームページアドレス
http://www.pref.nagano.lg.jp/zaisei/kensei/soshiki/yosan/h26/documents/26point.pdf

○例えば、より詳細な資料によると、新規事業として「現場課題解決型医療・福祉
機器開発支援事業」という、それらしい名称の補助事業が計画されているが、実際
は、医療・福祉機器の試作・開発費に限って200万円以下の補助をするもので、従
来からの補助事業と何ら変わりのないものである。
 知事が、「まず行わなければならない」とあれほど明確に指示した、「課題の洗
い出し」段階への産学官の取組みを活性化・円滑化することに資する事業は、なぜ
か新年度主要事業として全く計画されていない。その当然の帰結として、課題解決
に取組む「産学官民のコンソーシアム」の形成・活動に資する事業も計画されてい
ないのである。

○長野県が、前述のような長野県産業イノベーション推進本部会議での知事の強力
なリーダーシップに基づき、「本気」で「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」
を地域産業振興の主要な手段として位置付け、優位性のある政策的支援を推進して
いく強い意思があったならば、平成26年度当初予算の中に盛り込んだであろう新規
事業の企画・実施化の在り方について、以下で検討してみたい。

【長野県総合5か年計画の具現化に必要な地域産業振興事業】
○「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」を具現化するためには、知事が説明
している通り、まず、グローバルな視点・規模での産学官連携によって、地域や世
界の課題を発掘し、その課題の解決方策を研究開発し、その成果を社会実装(ビジ
ネスモデル化)して、実際に課題を解決するに至るまでの一連の工程をステップア
ップしていくことに資する、様々な支援施策を企画・実施化することが必要になる。

○しかしながら、長野県の平成26年度主要事業等に関する資料を見てみると、県内
企業による新技術・新製品の研究開発活動を技術的・資金的に支援する、一般的な
事業は従来通りある程度整備されているが、研究開発の最初の段階、すなわち、知
事がその必要性を強調する、地域や世界の課題を発掘し、その課題の解決方策の実
現に必要な活動を、産学官の英知を結集して、具体的な研究開発計画にまとめ上げ
るという、非常に重要な段階への支援施策は、具体的事業として提示されていない。

○また、研究開発の最初の段階である、研究開発計画の策定作業においては、研究
開発課題(社会的課題の解決方策)の設定(発想)にいくら独創性があったとして
も、その解決方策に科学技術的な新規性・優位性を的確に組込むことができなけれ
ば、その後の段階をいくら手厚く支援したとしても、課題解決方策を、世界的市場
競争力を有する市場独占的なビジネスモデルとして確立することはできない。すな
わち、県内の地域社会での課題解決モデルを普遍化し、広く内外の地域社会の課題
解決に貢献することを通して、地域産業を発展させていくという、「『貢献』と
『自立』の経済構造への転換」の具現化は不可能になるのである。

【社会的課題の把握や研究開発計画への反映に資する政策的支援】
○地域の様々な社会的課題を解決することを行政課題として把握し、その解決方策
の具現化への道筋を盛り込んだ、各種の行政計画を策定・実施化する責務を有する、
長野県や市町村等の行政セクションにとっては、産業界や大学等に対して、先端的
科学技術を応用した当該行政課題の解決方策を創出し、新たなビジネスモデルとし
て提供してくれることを要請することが、合理的な行政推進手法となることをまず
再認識することが必要であろう。

○現状の長野県の、例えば、県土の環境保全や県民の健康増進等に関する行政計画
を見てみると、解決すべき課題の提示はある程度なされていても、その解決方策を
科学技術の活用によって具現化しようという意思は極めて希薄であることが分かる。
 県土の環境保全や県民の健康増進等のために、解決しなければならない多くの課
題を十分に把握している行政セクションが、その課題の解決に科学技術を活用しよ
うという意思を前面に出せないでいることが不思議でならない。
 当該行政セクションが、科学技術の活用による社会的課題の解決方策の具現化
(ビジネスモデル化)を促進することを責務としている行政セクションに対して、
一言「助けて欲しい。」と協力要請すれば済むことが、なぜ実行されないのだろ
うか。

○例えば、環境保全行政セクションが、科学技術・産業行政セクションに対して、
「助けて欲しい。」と協力要請すべき社会的課題の事例としては、ニュースレタ
ーNo.12(「科学技術による地域環境課題の解決と地域産業振興との整合」2013.8
.24送信)で紹介した、県内自治体のゴミ焼却施設から排出される焼却灰の処理問
題を挙げることができるだろう。
 いくつかの自治体では、焼却灰の県内の処分場が近々満杯になり、県外に処分先
を探さなければならないという、非常に切羽詰まった状況に直面している。処分場
がいつか満杯になるのは分かり切ったことで、埋立てという処分方法から有効利用
など別の方法へ脱却できなければ、この厳しい状況は半永久的に続くことになる。
焼却灰の様々な有効利用方法は開発されているようであるが、真にこの問題を解決
できる方策はまだ無いということである。

○地域社会の行政課題を把握しその解決を図るべき行政セクションと、科学技術を
活用したビジネスモデルとして行政課題の解決方策を産業化・普及することを促進
すべき行政セクションとの、緊密な連携体制を構築することの潜在的必要性が、や
っと顕在的必要性として明確化されてきている。
 長野県においては、このような状況を的確に認識し、それを反映した行政計画の
策定とその効果的な実施化を可能にできる体制の整備を速やかに実行していただく
ことを期待したい。

【社会的課題解決型研究開発計画への新規性・優位性の組込みに資する政策的支援】
○先端的科学技術を応用して解決すべき社会的課題が特定され、その解決方策に求
められる、いわゆる「仕様」が明確になった段階以降において、初めて、従来から
ある研究開発への補助事業等が有効に活用されうることになる。
 その「仕様」を提示する責務を有するのは、当然、地域社会の行政課題を把握し、
その解決を図るべき行政セクションということになる。

○研究開発の成果である課題解決方策に対して、特許等で独占的使用権を確保する
ために不可欠な新規性や、一定規模の市場占有に不可欠な機能やコスト面での優位
性などを付与できるようにするためには、実現困難性が高い理想的な「仕様」の実
現を目指す研究開発計画を広く公募し、新規性・優位性によって国際的な市場競争
力の確保が期待できる研究開発計画を選定し、重点的に支援することが効果的な政
策推進手法となろう。

【新規性・優位性のある社会的課題解決型研究開発の活性化推進体制の構築】
○県内の中小企業等が産学官連携によって、地域や世界の課題を発掘し、その課題
の解決方策を研究開発し、その成果を社会実装(ビジネスモデル化)し、実際に課
題を解決するに至るまでの各工程を着実にステップアップしていくためには、各工
程における中小企業等の活動を支援できる専門機関(専門家)が必要になる。
 しかし、各工程における、産学官連携による具体的な取組みへの支援を担当でき
る専門機関(専門家)は、その求められる高度な専門性等から当然工程によって異
なるであろうし、全てを県内で調達することも困難であろう。したがって、様々な
専門機関(専門家)相互の連携・役割分担等が効果的に進まず、研究開発計画の最
終目的の達成への活動が、円滑に企画・実施化できなくなることも想定できる。

○中小企業等の産学官連携による、社会的課題の解決方策の創出活動が効果的に推
進されるようにするためには、社会的課題の選定から課題解決方策の研究開発、研
究開発成果のビジネスモデル化に至る工程全体を俯瞰し、研究開発計画の最終目的
達成に向けて、様々な専門機関(専門家)からの支援の連携・役割分担を的確にマ
ネジメントできる、中核的な産学官連携支援機関がどうしても必要になる。

○しかしながら、長野県の新年度主要事業を概観する限りにおいては、そのような
大局的な視点・認識の下に、必要な施策を講じようとする姿勢は全く見えて来ない。
 このままでは、「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」を具現化することに
よる、本県産業の持続的発展を実現することはできないであろう。

【おわりに】
○長野県産業イノベーション推進本部会議の場で、知事が示した地域産業政策の基
本的な方向性・コンセプトを、具体的な地域産業振興事業に体化するという、行政
組織として極めて当たり前の事業企画作業が円滑になされていないことが推測され、
そこにある種の危機感を覚えるのは私だけなのであろうか。
 長野県の地域産業政策の基本的な方向性・コンセプトの下に、政策策定担当部署
がリーダーシップを発揮して、組織横断的に、かつ、産学官の効果的な連携によって、
新規性・優位性を有する、様々な具体的な地域産業振興事業が、速やかに企画・実
施化されていくようになることを期待したい。


ニュースレターNo.27(2014年3月15日送信)

「無いものねだり」をしない新たな地域クラスター形成戦略

【はじめに】
○最近、国内外の著名な先進的地域クラスター(シリコンバレー、オースチン、シアト
ル、ケンブリッジ、神戸市など)の成功(企業集積、雇用機会の拡大等)への「仕掛け」
について議論する、いくつかのセミナー等に参加する機会に恵まれた。

○海外の著名な先進的地域クラスターの成功への「仕掛け」としては、例えば、シリコ
ンバレーにおける優秀な技術系移民の大量流入とベンチャーキャピタルによる豊富な資
金・ノウハウの提供システム、オースチンにおける地域大企業からのスピンオフの連鎖、
シアトルにおける優秀な情報技術者を惹きつける都市政策と文化芸術政策、ケンブリッ
ジにおける技術コンサルタントによるマーケット・オリエンテッドな研究開発支援シス
テムなど、長野県として直ちには整備できないものがほとんどである。

○特にベンチャー企業の創出については、当該地域クラスターの大企業がインキュベー
タ的役割を果たしている事例が多い。例えば、オースチンのIBM、シアトルのボーイ
ングやマイクロソフトなどの大企業は、人材の宝庫である上に、意図しなくても結果と
して、起業を成功に結び付けることに役立つ様々な知識・技術を修得させるインキュベ
ータ的役割を果たし、多くのスピンオフの輩出に貢献している。
 また、当該地域クラスターの大企業等においては、実績や信用力に欠けるベンチャー
企業であっても、優れた製品を製造さえすれば買い上げるなど、ベンチャー企業に協力
的な起業環境が形成されているという。ベンチャー企業の真の実力より、いわゆる氏素
性を重視しがちな日本の企業風土とは大いに異なっているようである。

○国内においては、進出企業数や雇用者数を順調に伸ばしている地域クラスターの代表
格として、神戸医療産業クラスターを挙げることができる。このクラスターは、199
5年1月に発生した阪神・淡路大震災の復興事業ということで国の大きな支援を得てス
タートし、国等の研究機関を多数誘致でき、様々な大型の産学官連携プロジェクトも実
施できたことが、今日の多数の企業等の誘致・集積(2013年11月末現在の実績で、
261社の誘致、5800人の雇用)につながっている。要するに、企業等に進出を動
機づけるに足る機能を有する研究機関や研究プロジェクト等が整備されているのである。

○今回のニュースレターでは、著名な先進的地域クラスターの特長的・共通的な成功へ
の「仕掛け」である「インキュベータ機能を担う大企業」と「企業を惹きつける研究機
関等」に着目し、長野県では、その存在が極めて少ない現状を前提とした、その代替的
機能の整備を含む、新たな優位性のある地域クラスター形成戦略の在り方について検討
したい。

【成功への「仕掛け」確保のための基本的な地域クラスター形成戦略の在り方】
○ここで最初に確認しておかなければならないことは、中小企業を主体とする長野県の
地域クラスターが発展していくためには、新興国の追随を許さない、先端的科学技術を
応用した新技術・新製品を創出し続けなければならないということである。そのための
重要な手段が、オープンイノベーション、すなわち、産学官連携による新技術・新製品
の研究開発活動ということになる。
 この認識を、地域クラスター成功への優位性ある「仕掛け」について議論する際の前
提とすべきなのである。

○長野県の地域クラスターが、その不足している、成功への「仕掛け」を可能な限り整
備するために実施すべき現実的・基本的方策としては、内外の他の地域クラスターとの
相互補完的連携(共存共栄的連携)によるオープンイノベーションの活性化を第一に掲
げることができるだろう。当然、相互補完的連携先の地域クラスターとは、本県の地域
クラスターと同様の悩みを有する地域クラスター、他の地域クラスターとの相互補完的
連携なくしては持続的発展が望めないという危機感を持っている地域クラスター、すな
わち、相互補完的連携を動機づけられた地域クラスターということになる。

○本県の地域クラスターとしては、相互補完的連携を動機づけられた他の地域クラスタ
ーとの共存共栄的連携によるオープンイノベーションの活性化をベースとして、地域ク
ラスターの発展に有効な「インキュベータ機能を担う大企業」や「企業を惹きつける研
究機関等」の代わりに、どのような独創的で優位性のある、成功への「仕掛け」の整備
を重点的に狙うべきなのだろうか。以下で検討を進めたい。

  【「インキュベータ機能を担う大企業」が存在していないことへの対応】
○長野県においては、起業予備軍を育成する大企業や、起業家に資金だけでなく経営ノ
ウハウまで提供するベンチャーキャピタルなど、起業活動が活発な地域クラスターに存
在する、いわゆる「起業促進装置」(ハード、ソフト)は無いに等しい。したがって、
現状のままでは、起業による地域産業の発展にはあまり多くは期待できない。
 また、「起業促進装置」が無いに等しい状況下では、起業への政策的支援の効果にも
あまり期待できないため、起業支援に係る政策の重要度(優先順位)も低くならざるを
得ない。

〇長野県の起業支援システムの根本的な問題点については、ニュースレターNo.14
(「ものづくり分野の創業支援戦略」2013.9.21送信)で検討している。長野県は、「日
本一創業しやすい環境づくり」を推進することを宣言しているが、それは単なる「願望」
に過ぎないことを、産業振興施策に関わる多くの人々は十分に承知しているだろう。
 本当に「日本一創業しやすい環境づくり」を実現しようとするのであれば、創業の動
機づけの段階から、創業が軌道に乗って更に成長を狙える段階に至るまでの各段階を、
切れ目なく一貫して支援できるプログラムの整備が必要になる。しかも、各段階を対象
とする支援プログラムが、質的にも量的にも他地域に比して優位性を有することが必要
になるが、それを実現することは、現状の長野県においては、人的にも資金的にも、ま
た、産業・市場規模からも、ほとんど不可能であろう。長野県には、「日本一」などと
いう「無い物ねだり」をすること(キャッチフレーズ等に不必要にこだわること)を止
め、長野県独特の現実的で優位性のある、創業環境づくりに地道に取組んでいただくこ
とを期待したい。

○それでは、起業の活性化の代わりに、どのような政策的支援に重点的に力を入れるこ
とが、地域産業の発展に効果的に繋がるのだろうか。起業にあまり期待できないとなれ
ば、当然のことながら、重要な政策的支援としては、県内の中核的企業の企業内起業
(新分野進出のための新事業部門の立上げ等)を活性化するための各種支援プログラム
の整備・提供ということになるだろう。

○県内の中核的企業の多くは、既に、進出すべき新たな事業分野を見定めるための活動
を活発化させている。このような各企業の活動をより実り多いものとするための政策的
支援としては、各企業による新分野進出戦略策定に必要な情報収集から、当該新分野進
出戦略に基づく新技術・新製品の研究開発、その研究開発成果の早期事業化に至るまで
の一連の過程の、円滑かつ効果的な推進に資する、各種支援プログラムを整備・提供す
ることになる。
 現状において、既に様々な支援プログラムが整備・提供されているが、どのような点
を改善すべきなのだろうか。

【既存支援プログラム改善の視点1:情報収集への支援】
○県内企業による新分野進出戦略の策定に必要な情報収集への支援プログラムの改善の
重要な視点は、以下の通りである。
まず、県内には蓄積されていない技術分野の、新規性・優位性のある技術シーズを高度
に蓄積している、国内外の地域クラスターとの相互補完的連携により、県内企業が、有
用な技術シーズを効果的に探索・選定できる「仕掛け」を構築することに取組むことで
ある。県内に無い新たな産業分野を振興するためには、県内に蓄積されていない技術分
野の、新規技術シーズの応用活動を活性化することが効果的と考えられるからである。

○国内外の他の地域クラスターに対して、県内地域クラスターとの相互補完的連携をよ
り強く動機づけるためには、共存共栄的効果が期待できる具体的な連携スキームを提示
することが必要になる。
例えば、連携先の地域クラスターからの県内地域クラスターへの新規技術シーズの提供
が、特許権等の実施許諾契約の締結というような形をとることは当然として、更に具体
的に、原材料、部品、装置等の物品の供給を伴うように仕組むことができれば、連携先
の地域クラスターが享受できる経済的メリットが、より明確になるので、そのクラスタ
ーからの新規技術シーズに係る情報提供活動は、自律的に活性化していくことが期待で
きるのである。

【既存支援プログラム改善の視点2:研究開発への支援】
○産学官連携による新技術・新製品の研究開発への支援プログラムの改善の重要な視点
は、以下の通りである。
 まず、前述の通り、国内外の地域クラスターとの相互補完的連携によって、本県の地
域クラスターには蓄積されていない技術分野の、新規性・優位性のある技術シーズを活
用しやすくすることが必要になる。それができると、本県の地域クラスター内の企業の
新技術・新製品の研究開発においては、連携相手の地域クラスター内の企業・大学等の
技術シーズを不可欠の要素とする、相互補完的連携をベースにした「共同研究開発コン
ソーシアム」の創出を促進できるようになる。

○このような「共同研究開発コンソーシアム」は、どちらの地域クラスターの発展にも
貢献することから、どちらの地域クラスターの研究開発支援プログラムも容易に利用で
きるようにする、制度面での整備が必要になる。すなわち、各地域クラスターにおいて
は、当該地域クラスターの産業発展に資する「共同研究開発コンソーシアム」の活動で
あれば、当該コンソーシアムの「主役」が他の地域クラスターの企業等であって、自ら
の地域クラスターの企業は「脇役」であっても、「主役」が、各種支援プログラムを利
用できるような制度設計をすることが必要になるのである。
 すなわち、「この支援制度の申請者は、県内に事業所を有する者に限る。」というよ
うな制度設計をしていて良い状況ではなくなって来ているのである。

【既存支援プログラム改善の視点3:研究開発成果の早期事業化への支援】
○研究開発成果の早期事業化への支援プログラムの改善の重要な視点は、以下の通りで
ある。
 研究開発成果の早期事業化を促進するためには、内外の国際的展示会への出展支援が
効果的と言える。国際的展示会への出展は、出展会場内という限られた狭い空間の中で、
内外の多くの潜在的な連携・取引企業等と接触できるため、非常に効率的に、連携・取
引先の探索活動ができるのである。
 また、自社の技術・製品に関連する他社の技術・製品の動向も具体的に調査でき、自
社技術・製品の改善、新技術・新製品の研究開発等に有益な情報を効率的に収集できる
のである。すなわち、国際的展示会への出展は、企業にとっても、産業支援機関にとっ
ても、非常に費用対効果が高い事業となるのである。

○更に出展効果を高めるためには、出展企業が、出展ブースで来訪者を待つという「受
動的な活動」だけではなく、出展他社に研究開発成果を売込みに行ったり、関連技術・
製品分野の出展ブースをこまめに回り、その世界的動向を把握するための調査活動をし
たりする、「能動的な活動」もできるようにする必要がある。
 それを可能とするためには、出展企業あるいは出展企業グループのリーダーが中心と
なって、事前に出展戦略を策定し、それに基づき効率的な行動ができるように、人的体
制の整備やタイムスケジュールの作成、出展他社の展示内容等の事前調査に基づく調査
項目リストの作成など、創意工夫による万全の準備活動が重要になる。
 出展に不慣れな企業等が、以上のような活動に円滑に取組めるようにする政策的支援
が必要になるのである。

【「企業を惹きつける研究機関等」が不足していることへの対応】
○現在、長野県内においては、工学系の総合的研究機関に相当するのは信州大学のみで
ある。従って、とるべき政策的対応としては、@信州大学の県内企業に対する技術シー
ズ提供機能を高度化すること、A現状の信州大学ではカバーしきれない技術分野の技術
シーズを県内企業に対し、より効果的に提供できる新たなシステムを構築すること、の
2点に絞ることができるだろう。

○信州大学においては、既に、材料技術分野で国際的に優位性を有する研究成果を蓄積
して来ており、多額の競争的資金も得て、大きな市場獲得も期待できる、産学官連携に
よる大型の先端的研究開発プロジェクトに積極的に取組んでいる。特定の技術分野での
技術シーズ提供機能は、非常に高度化されて来ているのである。

○したがって、ここでは、現状の信州大学ではカバーしきれない技術分野での、優位性
のある技術シーズを県内企業に提供する新たなシステムの構築を検討課題としたい。
 その課題を解決する方策の第1としては、信州大学が、信州大学の優位性のある技術
シーズをベースに、信州大学を拠点とする、産学官連携による大型の先端的研究開発プ
ロジェクトを企画する場合においては、できるだけ、信州大学には蓄積されていない技
術分野で優れた技術シーズを有する大学・企業等を広く参画させ、結果として、県内企
業に幅広い産業応用可能な新規技術シーズを提供できるようにする、戦略的な取組みを
することが効果的と考えられる。

〇ニュースレターNo.26(「『アクア・イノベーション拠点』を核とする地域クラスター
形成戦略」2014.3.4送信)で提案したように、信州大学に結集した県外の錚々たる企業、
研究機関等が取組む、革新的「造水・水循環システム」の研究開発の成果が、県内企業
に技術的・経済的に波及する「仕掛け」を長野県が信州大学に働きかけて構築すること
が、「企業を惹きつける研究機関等」の代替機能の整備の重要な先進的事例になるだろう。

○第2には、前述の「既存の支援プログラムの改善の視点1:情報収集への支援」のと
ころで検討していることである。すなわち、県内には蓄積されていない技術分野の、新
規性・優位性のある技術シーズを高度に蓄積している、国内外の地域クラスターとの相
互補完的連携により、県内企業が、有用な技術シーズを効果的に探索・選定できる「仕
掛け」を構築することに取組むことを基本的な活動方針とすべきということである。
 具体的にどのような支援プログラムで構成される「仕掛け」にすべきか、今後の戦略
的な検討が必要になる。

【おわりに】
○現在、日本再興戦略(平成25年6月閣議決定)を国と地域が一体となって具体的に
実行していくために、国主導で地域別(経済産業局単位)の戦略の策定が進められてい
る。その地域別戦略が目指す有望産業の振興を具現化するための施策の中に、各地域の
特長的な地域クラスターが、それぞれグローバルな相互補完的な産学官連携を主要な手
段として、独創的で優位性のある地域クラスター形成戦略を策定し、効果的に実施化し
て行く取組みを活性化することに資する、新たな支援プログラムを盛り込んでいただく
ことを期待したい。


ニュースレターNo.26(2014年3月4日送信)

「アクア・イノベーション拠点」を核とする地域クラスター形成戦略

【はじめに】
○2014年2月3日に長野市において、信州大学の主催で、革新的「造水・水循環シ
ステム」の実用化をオールジャパンの研究開発体制で目指す、「アクア・イノベーショ
ン拠点」のキックオフ・シンポジウムが開催された。
 国からの支援を得て、信州大学工学部内に専用の研究棟(地上7階、地下1階、延床
面積1万u)を建設し、「アンダーワンルーフ」で、我が国の錚々たる有力企業・大学・
研究機関の研究者が、9年間にわたり研究開発活動を展開するもので、いわば、「造水・
水循環システム」に関する、我が国最強の「国立研究所」が設立されることに相当する
ものである。

○「アクア・イノベーション拠点」の事業推進体制は、日立製作所、東レ、昭和電工、
信州大学、物質・材料研究機構、そして長野県をコアメンバー(この他にも連携機関と
して、国内屈指の大学、研究機関、企業等が多数参画)として構成され、ナノカーボン
技術をベースにして高品質でロバストな分離膜を開発し、それを応用した、良質な水を
低コストで得られる、革新的な造水・水循環プラントとして社会実装することを目指し
ている。

○従来から、長野県経営者協会等は、長野県の産業振興のために、「国立研究所」等の
研究機関を誘致すべきことを提言してきているが、正にこの「アクア・イノベーション
拠点」は、その研究機関と言えるものである。
 経営者協会等の研究機関誘致の目的である県内産業振興は、優れた研究機関が県内に
存在しているだけでは実現できない。その研究機関の研究活動と県内企業の新技術・新
製品開発活動とが、Win-Winの連携をしていくことが必要なのである。
 研究機関の誘致が実現した今、今度は、そのWin-Winの連携の道筋を描くことが、経営
者協会等を含む、県内の産学官の関係者に強く求められているのである。

○長野県知事は、平成26年2月県議会における知事の議案説明において、「国家プロ
ジェクト『アクア・イノベーション拠点』に県も参画し、世界的課題である水不足の解
消に貢献する技術開発・ビジネス化を進めてまいります。」と明言している。したがっ
て、本拠点の活動が、県内産業の発展にも結びつくようにする戦略の策定とその効果的
実施化を、長野県が的確に主導することへの期待は高まるのである。

【「アクア・イノベーション拠点」の使命】
○世界的な人口増加の中で、生活、食糧生産、工業などに必要な水の安定確保が、地球
規模での最重要課題になっている。このような状況に鑑み、「アクア・イノベーション
拠点」は、その解決手段としての革新的「造水・水循環システム」を創出し、地球規模
での豊かな生活環境の実現に貢献するとともに、水問題の解決に係る膨大な水ビジネス
市場において、日本産業が優位性ある地位を占めることを目指すものである。

○したがって、この拠点は、長野県産業の発展のために研究開発に取組む訳ではない。
革新的「造水・水循環システム」の創出によって、日本の水ビジネス関連産業の国際競
争力を格段に強化することを通して、日本産業の持続的発展の実現を目指すものである。
 この拠点の研究開発活動を、長野県産業の発展に効果的に結びつけていくためには、
県内企業が何らかの形で、拠点の研究開発活動に参画・貢献できる、独創的な「仕掛け」
を構築することが必要になるのである。

【「アクア・イノベーション拠点」の地域産業振興戦略への位置づけ】
○長野県の地域産業振興戦略においては、当然のことながら、従来からずっと、県内企
業を「主役」として位置づけて来ている。
 すなわち、長野県の地域産業振興戦略策定・実施化担当部署は、産学官連携分野にお
いては、県内企業による県内外の大学等の技術シーズを活用した、国際競争力を有する
新技術・新製品の研究開発の活性化と、その成果の早期事業化を目的とするプロジェク
トの企画・実施化業務しか経験して来なかったと言えるのである。

○「アクア・イノベーション拠点」での研究開発と、その成果の早期事業化に係る活動
の「主役」は、県内企業ではなく、県外の錚々たる有力企業・大学・研究機関なのであ
る。しかし、たとえ県内企業が「主役」ではなくとも、県内企業をこの拠点の研究開発
に不可欠の「名脇役」として位置づけ、「主役」との名コンビによって、水ビジネス関
連産業という新分野への県内産業の展開を加速する、地域産業振興戦略の策定・実施化
も長野県の責務になるのである。

〇すなわち、長野県としては、この拠点での研究開発活動に「アンダーワンルーフ」の
形では参画しない県内企業が、当該研究開発活動の目的達成に貢献できる、独創的な
「仕掛け」を構築し、その「仕掛け」を県内産業の水ビジネス関連産業分野への新たな
展開を加速するエンジンとする、新たな地域産業振興戦略である「アクア・イノベーシ
ョンクラスター形成戦略」の策定と、その効果的な実施化に取組まなければならない。
長野県においては、今まで経験の無かった、新たな地域産業振興戦略分野に取組むこと
になるという覚悟の下に、この「アクア・イノベーション拠点」に係る事業の共同事業
者に名を連ねたことは、2月県議会における知事の議案説明からも明らかであろう。

【「アクア・イノベーションクラスター形成戦略」策定の進め方】
〇長野県は、地域産業振興戦略の策定・実施化主体としての責務を果たすために、産学
官の関係者による「アクア・イノベーションクラスター形成戦略」の策定と、その効果
的実施化を主導しなければならない。
 そのためには、アクア・イノベーションクラスター形成へ向けての活動に係る産学官の
ベクトル合わせや、戦略策定・実施化のための新たな産学官連携体制の構築などにまず
着手することが必要になる。

〇その上で、「アクア・イノベーションクラスター形成戦略」策定への具体的作業とし
ては、最初に、この拠点を核にした目指すべき新たな産業集積像(ビジョン)を設定し
なければならない。そして、そのビジョン具現化のための道筋(シナリオ)を描き、そ
のシナリオ通りにビジョン具現化に向けて、一歩一歩着実に進むために実施すべき施策
(プログラム)を企画しなければならない。

○長野県が主導して、長野県の経済団体を含む産学官の関係機関が、そのビジョン・シ
ナリオ・プログラムについて、速やかに議論を開始し、その結果を「アクア・イノベー
ションクラスター形成戦略」としてまとめ上げることが必要になっているのである。

【「アクア・イノベーションクラスター形成戦略」策定への視点】
〇戦略策定において、特に留意すべき視点としては、第1に、県内の高度な技術集積(企
業集積)を本拠点の研究開発活動の「試作工場」として関連づけすることなどによって、
拠点の研究開発の円滑な推進に貢献するとともに、その研究開発成果の県内企業への技
術的・経済的波及を具現化することができる「仕掛け」を構築することが必要になると
いうことである。
 目標とする機能を発揮できる造水・水循環プラントを構成する各種装置を、高度な理
論・計算に基づき設計できたとしても、その装置が非常に微細で複雑な機構を有するよ
うな場合には、超精密技術が無ければ、設計通りに装置を具現化することはできない。
すなわち、目指すプラントは実現できないのである。
 県内に蓄積されている高度な技術集積(企業集積)が、必ず必要になるのである。

〇第2には、本拠点での研究開発に参画する、県外の有力企業・研究機関等の個々の研
究者(本拠点事業の真の「主役」)の円滑な研究開発活動をサポートする、様々な支援
プログラムを提供するとともに、企業・研究機関等が研究開発活動の円滑化・高度化の
ために、本拠点に入りきれない機能を整備する場所(事務所・研究所等)を信州大学工
学部周辺に確保しようとする場合に、必要な便宜供与ができる「仕掛け」を構築するこ
とが必要になるということである。
 研究者の活動を支援する「仕掛け」の中には、当然、研究開発活動を技術的にサポー
トできる長野県工業技術総合センターや、新たに必要となる企業・大学等との連携をコ
ーディネートできる産業支援機関等の機能が組込まれることになろう。
 また、信州大学工学部周辺における、参画企業・研究機関等の研究開発機能整備のた
めの場所の確保への便宜供与については、長野市の協力が不可欠となろう。

○県外企業・研究機関等から本拠点へ派遣される研究者による、本拠点や周辺地域の「造
水・水循環システム」の研究開発環境としての適否に関する評価が、当該県外企業・研
究機関等の本拠点周辺への本格的進出(事務所・研究所等の設置等)決定の決め手にな
るのである。
 個々の研究者の円滑な研究開発活動をサポートすることには、研究開発の成功という
直接的効果を超えて、県内産業集積の高度化促進への波及効果をももたらすという、非
常に大きな政策的意義があるのである。

〇第3には、「造水・水循環システム」研究開発の成果としてのプラントの最終組立場
所は県外になったとしても、9年間にわたる本プロジェクトの知的蓄積を活用して、ア
クア・イノベーションクラスターが内包すべき優位性ある機能として、「造水・水循環
システム」に係る研究開発・試作機能、重要部品・装置供給機能を選定して、その機能
の集積を促進する「仕掛け」を構築することが必要になるということである。
 このアクア・イノベーションクラスターが内包すべき機能が、すなわち、長野県が形
成を目指すべき産学官の集積像(ビジョン)の重要な構成要素になるのである。ビジョ
ンを明確に設定することによって、その具現化のための「仕掛け」(シナリオ・プログ
ラム等)についての具体的議論ができるのである。

  【おわりに】
○アクア・イノベーションクラスター形成の具現化については、「アクア・イノベーシ
ョン拠点」が、当初の研究開発計画やマイルストーンの通りに、9年間にわたり研究開
発活動を順調に展開し、その目的を達成できることが大前提となる。万が一にも、研究
開発期間の途中で進捗に問題が生じたり、最終的に当初目的を達成できなくなったりす
ることなど絶対に無いように、参画機関や連携・支援機関には、一丸となって最大限の
努力をしていただかなければならない。

○本拠点事業のコアメンバーである長野県は、拠点での研究開発活動には直接参画はし
ないが、政策的視点から、信州大学・企業等の研究開発参画機関では対応しにくい、研
究開発推進上の様々な課題の解決に的確に対応し、本拠点活動の円滑化や目的達成に
側面的に貢献するという、重要な任務を果たすことを期待されているはずである。

○現時点では、それが具体的にどのような任務になるのか想定しにくいが、例えば、長
野県の担当者が、本拠点の管理的業務部門に参画し、「アンダーワンルーフ」の一員に
なることなどによって、研究開発活動に係る大小様々な課題の発生に対して、タイムリ
ーかつ的確に対応策を講ずることができる、任務推進体制を構築することができるだろう。
 このような長野県としての本拠点活動への具体的な参画の在り方を明確化し、速やか
に実施化することが求められているのである。


ニュースレターNo.25(2014年2月15日送信)

長野県の中小企業振興条例への期待

【はじめに】
〇長野県は、中小企業振興に関し「基本理念」を定め、「県の責務」等を明らかにして、
中小企業振興に関する「施策の基本となる事項」を規定することによって、「総合的な
中小企業の振興」を図るために、新たに中小企業振興条例を制定しようとしている。
(以上、第1条の条例の目的を引用)
 中小企業振興施策の高度化に資する、真に役立つ中小企業振興条例とするために、留
意しておいた方が良いと思われる基本的事項から検討を始めたい。

〇本来的には、中小企業振興条例の必要性は、中小企業振興施策の在り方を検討する中
から導き出されるべきものであろう。
 知事の選挙公約によって、条例制定が既定路線であったとしても、現状の中小企業振
興施策の課題を明らかにして、今後の中小企業振興施策の在り方を総合的に議論し、実
際に理想的な中小企業振興施策を策定し、効果的に実施化するという一連の流れの中か
ら、施策の策定・実施化の規範となる条例の必要性、条例として定めるべき事項等が明
確化されていくというのが通常あるべき姿であろう。
 顕在的・潜在的に必要とされている中小企業振興施策について十分に検討した後でな
ければ、顕在的・潜在的に必要とされている中小企業振興施策の策定・実施化に資する、
規範的機能を有する条例を制定することは不可能なのである。

○ただし、県議会サイドが、知事サイドに対して、新たな特定の支援機能を盛り込んだ
中小企業振興施策の策定・実施化を強く望み、その策定・実施化の担保を得ておきたい
というようなことから、議員提案という形で条例が制定される場合には、その意義は大
きい。

○また、一般的に、中小企業振興施策の在り方を検討する場合には、@個別の中小企業
者に対して直接支援する施策と、A中小企業の活動を活性化する「仕掛け」(ソフト・
ハードのインフラ)を高度化する施策の二つに分けて検討することが、合理的手法にな
ろう。
 したがって、中小企業振興条例の「基本理念」や「施策の基本となる事項」を検討す
る場合にも、前述のような視点を持つことが、個別具体的な施策を策定・実施化する際
の規範としての機能を十分に発揮できる条例とすることに資するのである。

○例えば、商業(主に小売業)を対象にした場合には、個別の商店の固有の経営に対す
る支援施策と、個別の商店の「集客装置」としての機能も有する、「商業集積(商店街、
ショッピングモール等)の形成」や「訪れたくなる街づくり」を促進・高度化すること
に資する施策に分けて検討することができるだろう。

○製造業を対象にした場合、前述のAの中小企業の活動を活性化する「仕掛け」に係る
施策としては、例えば、大学等の「知の拠点」を核として、産学官連携によって、中小
企業者が継続的に新技術・新製品の研究開発に挑戦できる「仕掛け」が整備された、地
域クラスターの形成を促進する施策などが考えられる。
 中小企業者が利用できる技術シーズを提供し、その応用研究を支援してくれる大学・
支援機関等が存在し、その応用研究を資金的に支援するプログラムも整備されている必
要があるのである。いわゆる、地域クラスターが自律的に拡大再生産していけるように
する「仕掛け」づくりのための施策である。

〇以上のような、中小企業振興条例についての根源的な議論はここまでとして、以下で
は条例案の内容について具体的かつ詳細に検討してみたい。

【中小企業振興条例が対象とする中小企業者】
○条例案では、対象とする中小企業者を、中小企業基本法の中小企業者の定義と同様と
している。したがって、業種としては、製造業、建設業、運輸業、卸売業、小売業、サ
ービス業、その他の業種ということになり、要するに全ての業種の中小企業者を対象に
することになる。

○しかしながら、条例案の「基本理念」や「施策の基本となる事項」に関する内容が、
全ての業種の中小企業の振興を前提とするようにはなっていない。
 建設産業、観光産業、農林水産業、地場産業などを担う中小企業の振興というような
曖昧な表現も使い、全業種をカバーしようと努力していることは理解できるが、それぞ
れの業種特性に適合した「施策の基本となる事項」(例えば、当該業種に係る新たな振
興施策の策定・実施化の方向性等)を示せないままになってしまっている。すなわち、
条例の制定によって、当該業種に係る従来からの中小企業振興施策に、新たな要素が加
わることを期待できるような内容にはなっていなのである。

〇もともと全業種の中小企業の振興を対象とした実効性ある条例を制定することなど、
理念的内容に徹する条例の場合は別として、ほとんど不可能なのである。したがって、
施策の策定・実施化に関して、真に実効性のある条例を制定したいのであれば、初めか
ら、条例が対象とする業種を明確に特定しておくべきなのである。例えば、工業振興条
例、商工業振興条例などを制定している地方自治体もある。

〇この条例案が、真に対象としたい業種が不明確であるという問題は置いておいて、こ
こでは検討を進めるために、対象業種の中から製造業、商業(小売業、卸売業)、サー
ビス業を選び、これらの業種について、条例の目的である、中小企業振興に関する「施
策の基本となる事項」を定めることが、「第1章 総則」の「基本理念」や、「第2章
基本的施策」の中に適切に具体化されているのか、についてチェックすることにしたい。

【商業の振興に関する「施策の基本となる事項」】
〇業種共通的事項(企業経営に対する一般的支援メニューの列挙など)は除き、商業の
振興に関する事項としては、第19条(商業・サービス業等の振興)において、「商店
街に対する支援」を中心とすることしか定められていない。
 県内各地域の商店街が消滅しつつあり、大型商業施設が地域の小売業の機能を肩代わ
りしつつある状況の中で、今や、商業の振興は、商店街振興を中心になされるべきもの
ではない。第19条においては、地域社会に果たす役割の重要性から、主に商店街への
支援を通して商業を振興すべきとしているが、現実的には、地域社会では、大型商業施
設の方が地域住民生活の維持に重要な役割を果たしているのである。

○地域社会で既に重要な役割を果たしている大型商業施設の存在を前提にした、新たな
個店の成長ビジョンにも基づいた、革新的な商業振興施策が必要であるにも係わらず、
その方向性が打ち出されていない。商業振興に対する、的確な現状認識の下での論理的
な取組みの道筋が見えてこないのである。

【サービス業の振興に関する「施策の基本となる事項」】
〇業種共通的な事項は除き、サービス業の振興に関する事項としては、第19条(商業
・サービス業等の振興)が設けられているが、前述のように商店街に対する支援が例示
されているだけで、サービス業に対する支援事例については何の記載もない。産業規模
からも長野県経済の発展のためには、サービス業の振興が不可欠であることは明らかで
あるにも係わらず、条例において、本県のサービス業の振興のための優位性ある施策方
針を打ち出そうとしないのはどうしてなのだろうか。

【製造業の振興に関する「施策の基本となる事項」:産業イノベーション】
○第3条(基本理念)で、「産業イノベーション」の促進を基本理念の一つに位置付け、
その重要性を提起している。更に、第4条(県の責務)においても、「特に産業イノベ
ーションの創出が図られることに留意して」とその重要性を重ねて強調している。
 この「産業イノベーション」の条例案における定義は、第3条第2項で、「新たな製
品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を生み出し、経済社会の大きな変化を創出
することをいう。」としている。すなわち、条例案においては、中小企業の技術革新と
いう意味をはるかに超えた、中小企業の技術革新によって、経済社会に大きな変化を創
出することまで含めて、中小企業振興施策を策定・実施化すべきことを規定しているの
である。

○しかし、条例案の中には、中小企業振興施策の総合的な策定・実施化において留意す
べきとしている「産業イノベーション」について、どのように実現していくべきかにつ
いての記載は全くない。

○条例が定義する「産業イノベーション」を実現するためには、経済社会が抱える課題
を把握し、その課題を解決する新製品・新サービスを企画し、その具現化に必要な研究
開発計画を策定し、必要な人的体制の整備と資金確保によって、研究開発に取組み、研
究開発成果である新製品・新サービスを社会実装するまでの一連の活動が必要になるの
である。
 この一連の活動が効果的に推進されるようにする道筋だけは、条例に規定しなければ、
「県の責務」(特に産業イノベーションの創出が図られることに留意し中小企業振興施
策を総合的に策定・実施)を的確に果たしていくことはできないであろう。

【製造業の振興に関する「施策の基本となる事項」:生産体制のグローバル化】
〇県内の多くの中小企業は、自ら海外メーカーへの提案営業や海外現地生産、あるいは
国際競争力を有する自社製品を有するメーカーへの転身など、地域ものづくり産業のグ
ローバル化の進展に対応した、独自の経営・生産体制の構築に取組まなければならない
状況になって来ている。

〇したがって、地域の中小企業が、特定の海外市場(海外企業)のニーズに的確に応え、
世界に誇れる固有技術力を、同業他社に対する優位性を有する新技術・新製品に体化し、
一歩一歩着実にグローバルな経営戦略を展開していけるようになることに資する、具体
的な支援施策が必要になっているのである。

○しかし、条例案の「基本理念」や「第2章 基本的施策」においては、前述のような
中小企業のグローバル化への支援ニーズに応える内容は全く盛り込まれていないのであ
る。これからの中小企業振興には欠かせない、グローバル化という重要な視点が欠落し
ているのである。
※中小企業のグローバル化への支援の在り方については、ニュースレターNo.22
「下請型中小企業の未来を切り開くグローバル化への政策的支援の在り方――現地の
産業支援機関との連携強化の重要性――」を参照願います。

【製造業の振興に関する「施策の基本となる事項」:人材育成】
○優位性を有する産業人材の集積が、優位性を有する中小企業の集積、すなわち、拡大
再生産できる地域クラスターの形成を促進するのである。したがって、地域クラスター
の成長エンジンとなる中小企業の人材育成については、当然、県等の行政組織やその事
業の枠にとらわれることなく、県内に存在する最大・最高の産業人材育成・供給拠点で
ある大学等の役割も明確に位置付けた、総合的な中小企業の人材育成の仕組みが整備さ
れなければならないはずである。

○しかしながら、条例案の「基本理念」においては、「中小企業を担う人材の育成及び
確保」に留意すべきとの記載はあるが、優位性ある人材育成のための戦略的方向性は示
されていない。また、「第2章 基本的施策」においては、「第5節 雇用機会の確保
等」が設けられ、第24条(人材の育成及び確保)が規定されているが、長野県の職業
能力開発計画の域を脱しきれない内容になっている。真に求められている中小企業人材
の育成の在り方について、産学官の関係者による議論の深化が必要であろう。
※中小企業の人材育成の在り方については、ニュースレターNo.8「優位性を有する
産業人材育成戦略――優位性を有する戦略策定・実施化のための新たな産学官連携――」
を参照願います。

【製造業の振興に関する「施策の基本となる事項」:地場産業の振興】
○「第2章 基本的施策」、「第3節 地域に根ざした産業の振興等」の第20条(地
場産業の振興)において、食品、伝統的工芸品等の振興を図るとしている。地場産業の
定義はしないままに、安易に食品産業を取上げ、伝統的工芸品産業のような伝統的加工
技術を継承することを基盤とし、製品の多様化によって生き残ろうとしている産業(伝
統的加工技術を変更すれば、国や県の伝統的工芸品としての指定から外されてしまう)
と、先端的科学技術を応用し技術革新によって成長しようとしている中小企業が多い食
品産業とを、地場産業として一括りにして同列に扱うことには、食品産業の振興施策の
策定・実施化を間違った方向に誘導する危険性が内在していると言わざるを得ない。

○日本社会の高齢化・人口減少の進展から、食品の市場規模が縮小傾向にある反面、新
興国等の食品市場では、安全性の高い高品質・高機能の食品へのニーズが高まっている
という状況を踏まえて、長野県としての新たな地域食品産業の振興戦略(ビジョンとそ
の具現化のためのプログラム等)の策定・実施化を視野に入れた条例としていただくこ
とを期待したい。
※地域食品産業の振興戦略については、ニュースレターNo.16「新規高付加価値食
品の地域先導型研究開発プロジェクトの企画・実施化」を参照願います。

【おわりに】
○中小企業振興条例案が、2月県議会で十分に審議され、単に現状の施策の内容やその
推進体制について整理するレベルから脱して、新たな優位性のある中小企業振興施策の
策定・実施化を、効果的に推進するための「バイブル」と言えるようなものとして制定
されることを期待したい。

〇すなわち、中小企業振興条例が、新たな中小企業振興施策の策定・実施化の方向性を
的確に指し示し、その規範としての機能によって、その方向性の具現化を促進するとい
う実効性を有するものとして制定されることを期待したいのである。


ニュースレターNo.24(2014年2月2日送信)

長野県による健康長寿を推進する専門部署新設への期待
――健康長寿に資する産学官連携プロジェクトの企画・実施化機能の強化――

【はじめに】
○新聞報道(信濃毎日新聞2014.1.7の1面と2面に大きく掲載)によると、長野県は、
2014年度、県民の健康づくり対策の専門部署となる「健康増進課」を新設すると
いう。企業、地域、学校などと連携して食生活改善や運動の普及などに取組む。具体的
には、学校での食育、地域での運動ボランティア増員、企業での社員に対する健康増進
の啓発、飲食店における健康メニューづくりへの支援などに取組むとのことである。

○県民の健康増進のためには、長年継続している既存の手法に依存する施策のみでは
なく、新たな科学的知見の活用を目指すべきことや、その活用が、産業界との連携に
よる経済的合理性の下で普及できるようにすることの重要性などについて、ニュース
レターNo.11(住民健康増進計画と地域産業振興戦略との整合2013.8.10)で提案している。

○ニュースレターNo.11で提案した事項をベースに、新年度に設置される、県民の「健
康づくり対策」の専門部署「健康増進課」に期待する機能や施策について整理すること
を通して、健康長寿の維持・発展のために、長野県として更に取組むべき事項を明確
にしてみたい。

〇「信州保健医療総合計画」(平成25年度〜29年度)の第3編「目指すべき姿」の
最初に、「健康長寿世界一の信州を目指す」ことを高らかに宣言し、「健康長寿を実現
してきた長野県の地域特性や要因について科学的知見に基づく調査・分析を加え、その
結果を反映した健康づくり施策を展開する」と記載している。したがって、「健康増進
課」のミッションは、長野県の健康長寿の原因を解明し、解明結果を活かした、健康長
寿を維持・発展させることに資する「健康づくり施策」を企画・実施化することと言え
るのではないだろうか。

【健康長寿の原因の解明】
〇長野県は、プロポーザル方式で、健康長寿の原因の解明のための研究を研究機関等
に委託して実施する。しかし、その研究内容は、平成27年3月下旬までに「健康長寿
の要因を記述疫学的(資料収集やヒアリング等による)に分析」するものである。記述
疫学は、仮説を記述するものであり、仮説を分析、検証し、実験等で確かめ、実際に
「健康づくり施策」に論理的に反映できるようにするまでには、更に相当の年月と費用
を必要とするだろう。また、そもそも実際に具体的な施策に活かせる研究結果が出せ
るのかどうかも、かなり不明確なのである。
 いずれにしても、最終的な研究結果が出るのをのんびり待っている訳にはいかない。
「健康増進課」に速やかに取組んでいただくことを期待する、新たな「健康づくり施策」
について検討してみたい。

○なお、検討に当たっては、当然のことながら、「健康増進課」は、長野県民の健康
増進のために、単に従来からの施策を維持・継続するだけではなく、新規かつ独創的
な(他県等に対して優位性を有する)「健康づくり施策」を積極的に企画・実施化し
ていく使命を有していることを前提とする。

【科学技術活用の意義】
○「信州保健医療総合計画」に「科学的知見に基づく」との記載があるように、計画の
目標である健康長寿世界一を達成するためには、その手段としては、当然、健康増進
に資する科学的知見の活用が不可欠となる。
 そして、科学的知見を活用する実際の健康増進活動においては、健康増進に資する
科学的知見を県民が活用し易い「形」にしたものが必要になる。
 すなわち、その「形」が科学技術(具体的には健康増進活動に用いるソフト・ハード
など)であり、より一層の県民の健康増進のためには、より一層の科学技術の高度化と、
その成果の県民への効果的提供を如何に実現していくのかが重要課題となるのである。

○その重要課題の解決のために、「健康増進課」は具体的に何をすべきなのか。「健康
増進課」が既に取組むことにしている、脳卒中予防のための塩分摂取量のコントロール
の問題など、疫学的研究の結果を待つまでもなく、県民の健康増進のために解決すべ
き具体的課題は山積しているのである。

○いくつかの先進的な県等においては、その県等の健康増進の障害になっている課題
を特定し、その課題の解決のために、健康増進を担当する部署と科学技術・産業振興
を担当する部署とが連携して、必要な科学技術の研究開発と、その成果の効果的な県
民への提供システムの構築等に、産学官連携プロジェクトを企画し積極的に取組んで
いる。
 以下で、長野県が、健康長寿の維持・発展のために、新規性・優位性のある取組み
をしようとする場合に参考にしていただきたい、いくつかの方策を提案してみたい。

【「健康増進ニーズ情報」の産学官での共有】
○長野県民の健康増進の障害になっている課題の選定については、例えば、特定の疾
病の罹患率が他県等に比して高いことなど、県民の健康に直接的に関係する課題や、
県民の健康増進に取組む様々な機関における職員の肉体的・精神的負担の軽減方策な
ど、県民の健康を支える「仕掛け」(ソフト・ハードのインフラ)の整備に関する課題
など、様々な課題を想定できる。

○それらの課題を効果的に解決していくためには、産学官連携による研究開発とその
成果の早期事業化等の取組みが有効となる。
 県民の健康増進に資する産学官連携研究開発プロジェクトを次々と企画・実施化し、
その恩恵を広く県民に普及できるようにするシステムの構築の第一段階として、県民
の健康上の課題や、県民の健康増進を推進する機関・システム等の課題などに関する
情報(以下「健康増進ニーズ情報」という)を産学官で共有できる場を設営することが
重要となる。その情報共有拠点機能を担う最適な機関が、県組織の中で「健康増進ニー
ズ情報」への最短距離に位置する「健康増進課」なのである。

【活用すべき科学技術の探索・創出】
○「健康増進ニーズ情報」に基づき、当該健康増進に係る課題の解決に資する科学技術
(例えば、運動器具等のハードや、運動・食事メニュー等のソフト)を県民に提供する
施策を企画・実施化する場合を想定してみよう。
 その場合には、まず、費用対効果の視点も持って、健康増進に特定の効果を期待で
きるツールとして活用できる科学技術(既存のソフト・ハード、すなわち、使おうと思
えば、今すぐ手に入るもの)にはどのようなものがあるのかを探索することが必要に
なる。
 そして、ニーズに適合する科学技術があれば、その導入・活用・普及方法を検討す
るというのが、最初に採用すべきアプローチ手法であろう。

〇しかし、必要とする科学技術を自ら見つけ出すことができない場合には、当然、そ
の科学技術の提案を広く公募する手法をとることが考えられる。しかも、その場合に
は、「健康増進課」は、自ら有する高度な医学的専門性等から、必要な科学技術につい
ての「仕様」を精密に提示できるだろう。この「仕様」の提示については、従来から、
科学技術の産業応用のための研究開発プロジェクトの企画・実施化を担当してきた、
科学技術・産業振興担当部署では、医学的専門性等の不足から的確には対応できない
のである。
 ここに、「健康増進ニーズ情報」に基づく科学技術の探索・創出を、科学技術・産業
振興担当部署ではなく、健康増進担当部署すなわち「健康増進課」が仕切る意義がある
のである。

〇また、この必要な科学技術についての「仕様」の提示が、健康増進に資する科学技術
を提供しようとする関連大学・企業等にとっては、極めて重要な「研究開発ニーズ情報」
となるのである。
 また、新たに健康増進分野に進出しようとしている企業にとっては、具体的な新市
場進出戦略策定に係る重要な参考資料ともなるのである。

○前術のような探索努力にもかかわらず、「仕様」に適合する既存のソフト・ハードが
全く見つからない場合、あるいは、機能的あるいは価格的に不満足なものしかない場
合には、「健康増進課」は、そこで諦めることなく、関連産業界に対して「仕様」を再
度提示し、開発・製造・供給してくれることを期待する手法(例えば、プロポーザル方式
による研究開発委託等)をとるべきであろう。それが、県民の健康増進を使命とする
「健康増進課」がとるべき合理的手法と言えるのである。

【活用すべき科学技術の効果等の検証】
○健康増進に資する科学技術の探索の結果、「仕様」に適合しそうなものが見つかった
場合、例えそれが関連法規等によって認可等されたものであっても、「健康増進課」が、
導入・活用・普及させようと判断する前には、効果等を科学的に検証しておくことが
必要になるだろう。
 当然、その検証方法は、健康増進に関する多くの専門家によって、「その検証方法で
効果が確認されたのであれば問題なし」と評価されるような、すなわち、学会等でもオ
ーソライズされたものでなければならない。

○このようなことから、「健康増進課」には、常に、科学的な効果検証の実施化能力が
問われることになる。「健康増進課」において、その能力を十分に確保できない場合に
は、その能力を補完できる、大学の医学部等を含む産学官連携体制を構築し活用でき
るようにしておくことが、重要な方策となろう。
 「健康増進課」に、「県民に最高レベルの行政サービスを提供したい。」という情熱
さえあれば、自らの能力の限界にとらわれ、挑戦的活動への取組みに躊躇するような
ことも無くなり、新たな産学官連携による取組みの企画・実施化に踏み出すことがで
きるだろう。

○このようにしてオーソライズされた方法での、健康増進に資する科学技術の検証結
果は、当該科学技術を商品として提供しようとする企業の事業の質的改善・高度化に
大きく貢献することになる。
 すなわち、この検証結果は、当該企業の着実な事業拡大を通して、県民の健康増進
を市場原理の下で実現することに繋がっていくのである。

【活用すべき科学技術の創出と経済的合理性の下での普及】
○健康増進に資する高度な科学技術の恩恵を、県民が経済的合理性の下に広く享受で
きるようにするためには、新たなビジネスモデルの構築など、関連産業・大学等との
連携した活動が不可欠となるにもかかわらず、「信州保健医療総合計画」の「施策の展開」
に関するどこの箇所を探しても、科学技術の活用や関連産業・大学等との連携等に関
する記載はない。

○長野県が、県民の健康増進に資する科学技術と民間企業の経済的合理性の活用によ
って、健康長寿を維持・発展させようとする場合においては、「健康増進課」が拠点
機能を発揮し、大学、企業、産業支援機関等からなるコンソーシアム(知事が言う「産
学官民のコンソーシアム」に相当)を形成して、必要とされる具体的な科学技術の研究
開発とその成果の早期事業化に積極的に取組むことが必要になるのである。
 「健康増進課」が、そのような、県民が活用すべき科学技術の創出に係る業務に対応
できる機能(例えば、産学官連携コーディネート機能など)を整備することによって、
初めて、長野県民の健康増進と関連産業との成長とが整合された経済的発展基盤が形
成できるのである。

【おわりに】
〇従来からの、科学技術・産業振興担当部署が主導する健康増進に資する新技術・新
製品創出のための産学官連携研究開発推進システムからは、県民の健康増進上の課題
の解決に直結する新技術・新製品がなかなか具現化しにくい状況が続いて来ている。
その大きな理由は、研究開発を目指す新技術・新製品の「仕様」が、「健康増進ニーズ
情報」を的確に反映したものになっていなかったことなど、研究開発の成果を活用する
「健康増進活動の現場」の参画が極めて不十分であったことによると言える。

〇科学技術・産業振興担当部署と「健康増進活動の現場」との連携を緊密化するという
重要な機能(コーディネート機能)を担えるのが「健康増進課」なのである。
 「健康増進課」の的確なコーディネート機能によって、科学技術を活用した県民の健
康増進と地域産業の発展とを整合させるという視点からの産学官連携プロジェクトの
企画・実施化が、従来に比して高度に活性化されうるのである。
 このようにして、「健康増進課」が、長野県の「健康づくり施策」の先導役として、
産学官の関係機関等を新たな施策ステージへ導いてくれることを期待したいのである。


ニュースレターNo.23(2014年1月18日送信)

長野県の「山岳高原を活かした世界水準の滞在型観光地づくり」への取組み
 ―――「世界水準」への論理的な戦略策定・具現化を求めて―――

【はじめに――議論の前提が曖昧であること――】
〇長野県では、平成25年度事業として「山岳高原を活かした世界水準の滞在型観光
地づくり」に取組んでいる。今年度の具体的な取組み内容としては、「世界水準」の
山岳高原観光地の形成実現のために、誰がいつ何をすべきかを明らかにし、その形成
を進めるための構想を策定することとしている。

○前述の取組み内容からは、世界に数多ある人気の高い山岳高原観光地の中で、優位
性を有する観光地づくりに取組むという、非常に大胆で挑戦的なプロジェクトである
との印象を受けたが、冷静になってみると、その取組みには曖昧な点がいくつか見つ
かり、その成果に期待して良いのか、不安になってきたのである。

〇曖昧な点の第一は、そもそも「山岳高原」とはどのような意味なのか、ということ
である。「山岳」と「高原」の両方を含むということなのか。「山岳」とは、高く険
しい山々が集まった所という意味であり、「高原」とは、高度が相対的に大きく起伏
の小さい土地の広がりという意味である。両者は全く異なる地理的状態・環境にある
のである。したがって、「山岳」と「高原」とを一体として(同一視して)、滞在型
観光地を形成する戦略を論じることは、あまりに乱暴で、非常に困難なのである。
 曖昧な点の第二は、「世界水準」とはどのような意味なのか、ということである。
世界中の滞在型観光地の中で平均的レベルという意味なのか。あるいは、世界中の滞
在型観光地の中でトップレベルという意味なのか。長野県が観光戦略として取組むの
だから、当然、世界の中でトップレベルになることを目指すものと思われるが、はっ
きりしない。
 以上の2点については、公開されている資料の中でも明確にされていないのである。

〇登山やトレッキングの経験のない私にとっての、日本の「山岳」観光地のイメージ
は、第一に、宿泊施設がとても快適とは言えない状態になっているということである。
避難小屋としての責務があり、訪れる登山客はすべて受け入れるとの理由から、雑魚
寝や質素な食事は当たり前にしているとの話を聞いたことがある。また、環境保全に
係る規制等から、トイレ・シャワーなどの衛生施設の機能も不十分になっているよう
である。

〇しかし、かつてテレビ番組で紹介された欧州の著名な「山岳」観光地の宿泊施設は、
3000メートル級の高山にありながら、都市のホテルと同水準のサービス提供機能
を整備し、快適な宿泊環境を提供していた。また、そこまでのアクセスは、ケーブル
カーやゴンドラリフトを利用でき、高齢者でも気軽に到達できるようになっていた。

【「山岳高原を活かした世界水準の滞在型観光地づくり研究会」の活動内容】
〇前述のような差が、なぜ生じてきているのかについての検討は別にして、「世界水
準」と聞いて、すぐに宿泊施設もアクセスも、世界トップレベルにすることが含まれ
るに違いないと推測し、長野県のホームページで、「山岳高原を活かした世界水準の
滞在型観光地づくり研究会」の活動内容を覗いてみた次第である。

〇長野県が、世界水準の滞在型観光地づくりを目指すということは、その戦略を策定
し、それを効果的に実施化することが求められるということである。長野県では、研
究会での検討を通して、その戦略を「山岳高原を活かした世界水準の滞在型観光地づ
くり構想」という形でまとめることにしている。

〇いずれにしても、形成を目指す世界水準の滞在型観光地とはどのような観光地なの
かというビジョンを明確にして、そのビジョンの具現化に資する具体的なプログラム
が必要になるのである。
 そこで、そのビジョンとビジョン具現化のためのプログラムは的確に定められよう
としているのか、という視点から、この研究会の活動内容をチェックすることから検
討を開始してみたい。

〇なお、ここでは、論点をできるだけ明確にするために、「山岳高原」とは、主に
「山岳」を中心にイメージし、「世界水準」とは、「世界の中でトップレベル」であ
ることにして、検討を進めたい。

【「山岳高原を活かした世界水準の滞在型観光地」の定義】
〇第1回研究会(平成25年7月4日)では、さっそく、「長野県が目指すべき『世
界水準の滞在型』山岳高原観光地」の定義について検討されている。前述の通り、
「山岳高原」と「世界水準」についての定義はされないままに、「長野県が目指すべ
き『世界水準の滞在型』山岳高原観光地」を一括りにした定義が検討されている。

〇この定義が、戦略の構成要素となる、長野県が形成を目指すべき山岳高原観光地の
姿(ビジョン)に相当するものになると考えられる。いろいろ検討されたようだが、
結論的には、「長野県が目指すべき『世界水準の滞在型』山岳高原観光地」が全部あ
るいは一部満たすべき要件を列挙して、これを定義としている。要件を全部満たすも
のを「長野県が目指すべき『世界水準の滞在型』山岳高原観光地」として定義するの
であれば、定義することの意義を理解できるが、多くの要件を列挙して、その一部を
満たしているものも定義に当てはまるというようにすることは、要するに明確な定義
はしないということと同じことである。

〇このようにして、長野県の「山岳高原を活かした世界水準の滞在型観光地づくり研
究会」の取組みは、検討のベースとなる用語の定義を曖昧にしてしまったために、そ
の検討結果も曖昧なものにならざるを得ないだろう、というような危惧を抱かせる形
でスタートしてしまったのである。

(参考)「山岳高原を活かした『世界水準の滞在型』観光地」の定義
    以下の要件を全部または一部満たしていることが必要である。
@ コアなる価値の存在
・長野県の山岳高原地域の恒久的な個性に根ざした“独自の価値”を有している。
・“独自の価値”を伝える象徴的な自然資源がある。
・地域が“独自の価値”に対して、独自の強いこだわり/愛着を持っている。
・“独自の価値”が観光客に伝わる/体感される形になっている。
A 市場における存在感(高い認知度)
・“独自の価値”が当該地域はもちろん国内及び広く世界中に認知されている。
B 長期滞在を可能にする環境が整備されていること
・宿泊施設やまちの状況が来訪者の長期滞在を可能とする形で整備されている。
・長期滞在を可能とする観光コンテンツの充実、滞在型プログラムの提供、広域での
情報提供等がなされている。
C クオリティの維持・向上につながるマネジメント体制
・地域が主体的に“独自の価値”やそこへのこだわりを維持していける。
・“独自の価値”を活かし、長期滞在が可能な環境整備(宿泊施設、コンテンツ、
プログラム等の面で)を継続的に行い、その発展に取り組める。

〇なぜ、前述の定義の全部または一部を満たせば、「世界水準」の観光地になること
ができるのか全く理解できない。「世界水準」の山岳高原観光地の定義であるのに、
「世界水準」に到達するために満たすべき、それぞれの要件が、「世界水準」との関
連性を持たせた形で説明されていないことに根本的な問題があるのである。
 「世界水準」の観光地形成を目指すという、極めて高い戦略性を求められるテーマ
設定であるのに、これでは、それにふさわしい議論になりえないのは当然の帰結であ
る。

〇また、定義の中で何度も繰り返し用いられ、後で議論される構想の構成要素として
のビジョンや方針においてもキーワードとなる、「独自の価値」について、当該地域
の恒久的な要素や価値に根ざしたものとしているだけで、明確に定義していない。
 当該地域の自然環境を指しているように思われるが、当該地域の恒久的な要素や価
値に根ざして、今後の努力によって創出される、観光地としての新たな価値も重要で
ある。しかし、その位置付けが不明確なのである。

【「山岳高原を活かした世界水準の滞在型観光地」のビジョン】
〇第4回研究会(平成25年11月7日)において、前述の定義をどのように扱って
ビジョンをまとめたのかは不明であるが、長野県が目指すべき「山岳高原を活かした
世界水準の滞在型観光地」の姿として、ビジョンをまとめている。

〇そのビジョンの第一に、山岳高原が持つ「独自の価値」が、国内外の多くの人によ
って、他地域と差別化されていることという主旨が提起されている。当該観光地の
「独自の価値」が、他の観光地に対して優位性を有していることを、ビジョンの重要
要素にしているのである。
 しかし、ビジョンのそれぞれの項目に、「世界水準」との関連性が説明されていな
いので、それぞれの項目が、どのような状態になれば「世界水準」を達成したことに
なるのか不明確で、ビジョンとして極めて不完全なものになっていると言わざるを得
ない。

○また、当然のことながら、優位性のある「独自の価値」を形成することが必要にな
るのに、「独自の価値」が定義されていないため、ビジョン実現のための方策につい
ての議論も曖昧なままに進められているようである。

(参考)目指すべき「山岳高原を活かした世界水準の滞在型観光地」の姿
・長野県の山岳高原が持つ「独自の価値」が、国内外の多くの人に他地域と差別化さ
れたものとして認められ、強いこだわり/愛着を持たれるようになっている。
・長野県が、国内外から「長期滞在して山岳高原を楽しめる地域」だと認知されている。
・長野県の山岳高原において、交通・宿泊・現地観光等の面において、世界中の観光
客が訪問/滞在しやすい環境が整っている。
・スノーリゾートやトレッキング等の山岳高原を活用したプログラムが、広域・高水準
のものとして提供され、観光客の長期滞在化・満足度の向上を促している。
・長野県の山岳高原が持つ「独自の価値」を、県内のそれぞれの地域が自覚し、これら
を自立的・継続的に磨き、マネジメントしていく体制が整っている。

【ビジョンを具現化するためのプログラム】
〇第4回研究会では、ビジョンを実現するために実施すべき事項を「方針」として検
討している。

(参考)方針
@ 価値の把握
・「独自の価値」のコンセプト化
A 運営体制の構築
・地域主体による「独自の価値」の磨き上げ
・適切なマーケティング
B 統一的な仕組み・環境の整備
・環境保全と民間活力の協調
・広い範囲で共通した仕組み作り
・山岳高原におけるアクセス整備
C 観光客ニーズに即した商品化・滞在環境の整備
・暮らしへの誇りを活かした観光客の受け入れ
・高水準のプログラムの整備
・ユニバーサルな環境整備

〇長野県、市町村、民間事業者など関係者が以上の事項に取組むべきという「方針」
は理解できるが、現状の「山岳高原」観光地が、「世界水準」に至る道筋は良く見え
ない。要するに、「世界水準」を目指すという、従来の戦略では実現することが困難
な高い目標を達成するために必要な、新規かつ独創的で優位性を有する戦略を策定し、
その戦略の具現化のために、効果あるプログラムを企画・実施化しようというベクト
ルが見えてこないのである。

○例えば、「独自の価値」をどのようにコンセプト化し、磨き上げていけば、「世界
水準」の「独自の価値」になり、「世界水準」の観光地になるのか。その道筋が全く
示されていないのである。

 要するに、戦略的検討がなされていないのである。したがって、実効性のある構想
にはなりえないのではないかという不安が大きくなるのである。

【おわりに】
○第5回研究会(平成25年12月19日)において、「山岳高原を活かした世界水
準の滞在型観光地づくり構想」の「たたき台」が示され、今後、有識者の意見等を参
考にして、正式に策定されることになった。
 ここでは、その「たたき台」についてのコメントは控えるが、第1回研究会(平成
25年7月4日)の「資料1」で確認されている、「『世界水準』の山岳高原観光地
の形成実現のために、誰がいつ何をすべきかを明らかにし、その形成を進めるための
構想を策定する」という、当初に確認されている取組みの趣旨に整合した成果として、
優れた構想が策定されることを期待したい。

○そのためにも、関係者の皆様には、用語の定義を明確にするなど、基本的事項を重
視・尊重した、論理的な手法によって、優位性を有する構想が策定されるよう、真剣
に議論していただくことをお願いしたい。


ニュースレターNo.22(2014年1月13日送信)

下請型中小企業の未来を切り開くグローバル化への政策的支援の在り方
 ―――現地の産業支援機関との連携強化の重要性―――

【はじめに】
〇製造業においては、グローバル市場の中で競争力を発揮できない企業は生き残れな
い時代になっていると言われて久しい。この間、地域企業の多くを占める下請型中小
企業は、国際競争力を有する固有技術を保有し、その技術で具現化できる部品・製品
を国内メーカーに提案するという「生き残り戦略」の高度化に努めてきた。
 しかし、歴史的円高の継続を契機として、取引先国内メーカーの海外展開が更に加
速され、下請型中小企業といえども、国際競争力を有する自社技術・製品を携えて、
自ら海外市場(海外企業)への提案営業、海外現地生産・販売、アフターサービス提
供等を実施できるような企業への転身など、地域ものづくり産業の構造的グローバル
化の進展に対応した、独自の経営・生産体制の構築に取組まなければならない状況が
続いている。

○しかし、地域の下請型中小企業には、多くの場合、グローバル戦略を策定し具現化
できるような人材はほとんどいないというのが実情であろう。このような企業につい
ては、一般的に企業のグローバル化の成功のためには不可欠と言われている、経営ト
ップのリーダーシップ、それに基づく経営資源配分のプライオリティの最適化などを
論ずる以前に、現状の経営資源を基本として、グローバル化へ経営転換するために更
に必要となる、経営資源を補完することに資する政策的支援が求められている。

〇技術的視点から言えば、地域の下請型中小企業が、特定の海外市場(海外企業)の
ニーズに的確に応え、世界に誇れる固有技術力を、同業他社に対する優位性を有する
新技術・新製品に体化し、一歩一歩着実にグローバルな経営戦略を展開していけるよ
うになることに資する、具体的な支援プログラムが必要になっているということである。

【地域産業政策策定サイドが持つべき新たな視点】
〇地域としては、その地域内の下請型中小企業には、グローバル市場でどんどん稼い
でもらい、その利潤を地域に循環させ、地域の事業拠点での雇用は維持・拡大してい
ってもらわなければ、経済的基盤を失うことになる。
 したがって、地域にとっては、下請型中小企業が、「その地域に経済的メリットを
もたらすような、グローバルなビジネスモデルを構築」できるか否かが、極めて重要
な課題となっている。この課題に対する効果的な支援体制、その体制の下で実施する
具体的支援プログラム等に関する、産学官による論理的で戦略的な議論が必要になっ
ている。

〇長野県の地域産業政策策定サイドには、前述のような、下請型中小企業のグローバ
ルなビジネスモデルの構築への支援方策に関する議論等を通して、下請型中小企業が、
そのグローバル化をレベルアップしていく、一つひとつの段階に応じた、効果的な支
援プログラムを企画・実施化していくことが求められている。
 しかしながら、現状の地域産業政策策定サイドについては、下請型中小企業が目指
すべきグローバルな経営・生産体制の具現化への支援方策など、重要課題への対応を
放置したまま、下請型中小企業の海外展示会への出展支援など、従来型の各論的な支
援プログラムの企画・実施化に精一杯な状況になっているように見える。

〇地域の経済的基盤の維持のためには、地域の下請型中小企業が、「その地域に経済
的メリットをもたらすような、グローバルなビジネスモデル(グローバルな規模での
研究開発・製造・販売・アフターサービスまでの一貫体制)を構築」できるようにす
るという、総合的・体系的視点からの支援プログラムの企画・実施化に早急に取組む
べきことが重要課題であることが、地域産業政策策定サイドにおいては十分に認識さ
れていないように見えることに大きな不安を感じる。

○今回のニュースレターでは、総合的・体系的視点から支援プログラムを企画・実施
化することに資することを目的として、従来からの支援プログラムに新たな要素を加
え、それを高度化するために必要になる基本的事項ついて検討してみたい。
 なお、ここでは、分かりやすく検討を進めるために、下請型中小企業が、研究開発
型に転換することを目指し、新技術・新製品の研究開発に取組む段階に達した状態以
降からの段階的な支援の在り方を検討することにしたい。
 下請型中小企業が研究開発型に転換することを目指し、新技術・新製品の研究開発
に取組む段階に至るまでの、前半の支援プログラムについては、別の機会に検討する
ことにしたい。

【海外企業との取引(海外市場開拓)の「きっかけ」作りへの支援(第一段階)】
○これは、企業の海外展開への従来型の(初歩的な)支援である。すなわち、下請型
中小企業が、国内の技術的ネットワークを活用して(産学官連携によって)研究開発
した、技術的に国際的優位性を有する新技術・新製品を海外市場に売込むことに資す
る「きっかけ」を提供しようとするものである。
 研究開発した新技術・新製品を海外の国際的展示会へ出展することや、海外の特定
メーカーへの技術提案としてアピールできる場を設営することなどが、従来から実施
してきているオーソドックスな支援プログラムになろう。

〇国際的展示会への出展は、不特定多数の海外企業への売込みの「きっかけ」作りに
資するだけでなく、海外の同業他社の類似技術・製品のレベル、新分野進出の参考に
なる新技術・新製品の動向を調査できるなど、非常に多くのメリットを得ることがで
きる。
 また、海外メーカーへの技術提案の場を設営することは、当該メーカーの技術ニー
ズ(要求技術レベルなど)を具体的に把握でき、事業化に結び付きやすい技術高度化
目標を合理的に設定でき、利益を生む可能性の高い技術力を効率的に強化していくこ
とに資するのである。
 このことは、海外メーカーからの技術課題の提示に対して、その解決方策を提案す
るという、グローバルな規模での技術課題とその解決方策の「キャッチボール」から
なる、自社の技術高度化を促進する新たな「学習システム」の構築を可能にするので
ある。

【海外企業・大学等との連携の「きっかけ」作りへの支援(第二段階)】
○これは、下請型中小企業のより高度な戦略的な海外展開への支援である。第一段階
の支援によって得た情報や人的ネットワークを活用して、狙いを定めた特定の海外市
場(海外企業)のニーズに的確に対応できる、新技術・新製品を効率よく具現化でき
るようにすることへの支援である。
 具体的には、当該ニーズ情報を提供してくれる現地企業(ニーズに応える製品を具
現化できれば購入・販売してくれる企業等)、大学等(必要な技術シーズの提供や、
市場進出に必要な評価等をしてくれる大学等)を含む、グローバルな技術的ネットワ
ークを形成して(グローバルな産学官連携によって)、研究開発できるようになるた
めの「きっかけ」作りを支援する各種プログラムを提供するものである。この支援に
よって、下請型中小企業が、より速やかに当該海外市場に進出することが可能となる
のである。

〇具体的に、どのような支援プログラムが必要になるのか。ここでは、まず、効果的
な支援プログラムを企画・実施化するために必要になる新たな「仕掛け」について検
討してみたい。

〇この段階からの支援プログラムを効果あるものにするためには、県内の産業支援機
関による支援プログラムを充実する視点だけではなく、進出しようとする現地の産業
支援機関の支援をも得られるようにする視点も必要になる。県内の産業支援機関では
カバーしきれない分野を現地の産業支援機関にカバーしてもらうという、新たな「仕
掛け」が必要になるということである。

〇このことは決して難しいことではない。例えば、県内中小企業が、国際的優位性を
有する新製品を創出するために、必要不可欠な技術シーズ(部品、加工技術等)を提
供してくれる海外企業、当該新製品の市場展開に必要な性能評価等を担当してくれる
県内大学等からなるコンソーシアムを構成して研究開発に取組もうとする場合には、
県内の産業支援機関であれば、当然、その取組みの円滑な推進のために様々な支援を
積極的に行うことになろう。同様のことを海外の産業支援機関に期待するというだけ
のことなのである。

〇このようなことから、グローバルな規模での産学官共同研究開発コンソーシアムの
形成・実施化を円滑かつ効果的に推進することを可能にするためには、関係する県内
の産業支援機関と、海外のコンソーシアム構成企業、大学等が所在する地域の産業支
援機関とが、互いの地域産業の振興のために協力し合うことを確認する、いわゆる連
携協定を締結するような関係を事前に構築しておくことが有効な「仕掛け」として必
要になるのである。
 県内中小企業のグローバル展開を効果的に支援できるように、県内の産業支援機関
を窓口として、海外の産業支援機関から様々な支援を受けられる、グローバルな産業
支援機関ネットワークを形成しておくということである。

【グローバルな研究開発・製造・販売・アフターサービスまでの一貫体制構築への支
援(第三段階)】
〇これは、第一段階の支援によって、特定の海外メーカーへの、国際的優位性を有す
る技術力による製品の単発的な納品が完了し、継続的な納品への展開が課題となる状
態以降の、あるいは、第二段階の支援によって、当該海外市場(海外企業)への、国
際的産学官共同研究開発の成果である新製品の単発的な納品が完了し、継続的な納品
が課題となる状態以降の、その納品する製品を合理的・継続的に製造・販売・アフタ
ーサービスができる、グローバルな経営・生産体制を構築することに対する必要な支
援プログラムを提供するものである。

〇通常、製品を提供した後には、メインテナンス等のアフターサービスが必要になる
し、顧客の要望に応じた改善・改良等にも速やかに対応できる体制を整備することが
求められる。このような体制を整備できないと、当該海外市場でのビジネスは維持・
継続できないということになる。少なくてもメインテナンス体制を整備することは、
当面の最低限の条件として求められるだろう。

〇下請型中小企業が、売れ始めてまだ利益もそれほど上がらない製品のメインテナン
スのために、海外に自ら事務所を開設することは、コスト面等から非常に困難であろ
う。しかし、メインテナンスができる体制を整備しなければ、販路拡大は期待できな
い。これが、国際的優位性を有する新技術・新製品を有する下請型中小企業の海外市
場展開における最初の「難問」になるのである。
 この「難問」を解決して初めて、狙う市場近くに、研究開発・製造・販売・アフタ
ーサービスまでの一貫体制を構築することを構想できる段階に至るのである。

〇この下請型中小企業の海外市場展開における最初の「難問」の解決に対して、どの
ような支援プログラムを提供すれば良いのだろうか。常識的には、まず、メインテナ
ンスを含む代理店機能の設置への支援が必要になろう。
 代理店機能を引受けてくれる企業等の探索・選定、更により高度な体制としての研
究開発や製造等の機能の整備についても、相互の地域企業の活動を支援することを約
した連携協定を締結している産業支援機関が、重要な役割を果たしてくれることが期
待できるのである。

○なお、現地での経営・生産体制の整備に対して、現地の産業支援機関から、より多
くの支援を受けやすくするためには、当該経営・生産体制の整備が、現地企業等の深
い関与を必要とし、当該現地企業等の発展にも大きく貢献するものであることを論理
的にアピールできることが、非常に重要となることに留意すべきであろう。

【おわりに】
〇下請型中小企業が、研究開発型中小企業に転換し、ニッチ市場において国際的に高
いシェアを確保できるような新技術・新製品を創出することに資する支援プログラム
が重点的に企画・実施化されているのが現状であろう。
 しかし、創出された新技術・新製品が有している、「国際的に高いシェアを確保で
きる可能性」を具現化するためには、当該中小企業が、国際的にビジネス展開できる、
研究開発・製造・販売・アフターサービスまでの一貫した経営・生産体制を円滑に構
築することに資する、新たな支援プログラムが既に強く求められているのである。

〇その新たな支援プログラムの具体的な企画・実施化は、長野県等の地域産業政策策
定サイドに期待することになる。その際には、効果的な支援プログラムの企画・実施
化を促進する「仕掛け」としての、海外の先進的地域クラスターの中核機関(産業支
援機関)との連携の重要性を十分に認識し、その「仕掛け」が実際に稼働できるよう
な政策的支援を具現化していただくことを期待したい。


ニュースレターNo.21(2014年1月1日送信)

長野県の「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」への参画
―――長野県が決定した下伊那地域のみの参画への対応―――

【はじめに】
〇愛知県が主導している「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」(愛知県、
岐阜県、三重県の計44市町村にある航空宇宙関連企業の敷地などが特区の対象
区域。アジア最大・最強の航空宇宙産業クラスター形成を目指す)に、長野県(県、
企業、企業が所在する市町村)が参画する見通しとなった。
 この特区は、「総合特区制度」の中の「国際戦略総合特区」として指定されてお
り、我が国の経済成長のエンジンとなる産業・機能の集積拠点の形成を目指して
いる。

〇長野県は、「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」において、航空宇宙産業分
野を目指すべき有望産業分野の一つとして定め、県内企業の参入を政策的に支援し
ている。
 例えば、飯田市周辺では、国、長野県、飯田市等の支援を得て、「飯田航空宇宙
プロジェクト」が、航空機関連部品(特殊工程を含む)の地域内での生産機能の強
化を目指す活動を展開している。
 このような県内地域が、特区の対象区域になって、規制や税制等の面での優遇措
置を活用できれば、その活動がより活性化することが期待される。

〇今回のニュースレターでは、長野県の特区参画に関する検討課題の提起、その課
題の解決のための戦略や具体的プログラムの骨格の提案をし、次回以降のニュース
レターで、それらに関するより具体的な検討・提案をすることにしたい。

【特区参画の本質的なメリット】
〇長野県にとっての特区参画のメリットは、長野県内企業が、特区制度に伴う、規
制の特例措置、税制・金融上の支援措置などの様々な支援メニューの利用が可能に
なることである。しかし、支援メニューは、企業が航空宇宙産業分野への参入のた
めに新たな経営戦略を策定し、それを実施化する際に利用して初めて役立つもので
ある。したがって、特区参画が、企業の新たな経営戦略の策定・実施化に資するも
のであるか否かが、本質的に重要なことなのである。
 以下で、この特区参画の本質的なメリットとは何かについて考えてみたい。

○第1のメリットは、「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」が展開する、
航空宇宙分野の幅広い産業活動(材料を含む研究開発から設計・開発、飛行試験、
製造・販売、保守管理までの一貫した活動)の中に、言い換えれば、特区のバリュ
ーチェーンの中に、長野県企業が組み込まれることによって、長野県企業の航空宇
宙産業分野への参入規模が格段に増大する可能性が高まるということである。

○第2のメリットは、国際的に展開する「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成
特区」の活動に組み込まれることによって、長野県企業は、当該クラスターでの活
動を通して、世界の航空宇宙産業分野における技術動向、生産動向等をより容易に
正確に把握できるようになるということである。
 すなわち、特区参画によって得られる確度の高い情報によって、成功確率の高い
経営戦略を策定・実施化できるようになるということである。

〇そして第3のメリットは、長野県という行政サイドのメリットである。すなわち、
長野県は、「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」を構成する他県等との
相互補完的連携の下に、長野県内での航空宇宙産業クラスター(航空宇宙関連部品
の製造企業や研究機関等の集積)の形成に必要な、県単独では策定・実施化できな
いような産業振興戦略を、効果的に策定・実施化できるようになるということで
ある。

【特区参画によって形成する長野県クラスターのビジョン】
〇長野県の企業や自治体が、「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」に参
画することによって得られるメリットについては前述した通りであるが、長野県の
企業や自治体の参画が、「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」の国際競
争力の強化のために、具体的にどのようなメリットを提供できるのだろうか。この
メリットを説明できなければ、総合特区制度の趣旨からの、長野県が参画する必要
性・意義は無いということになってしまう。
 言い換えれば、特区にメリットを提供できる、長野県の航空宇宙産業クラスター
とは、どのような機能を有するクラスターであるべきなのかについて、具体的に提
示するビジョンがまず求められるということである。

〇長野県の航空宇宙産業クラスターのビジョンを具体的に検討するためには、その
地理的範囲を特定することが重要課題となる。このことについては、長野県が、既
に下伊那地域のみに限定し、参画企業を公募した結果、35社が参画する意向を示
している。
 なぜ、下伊那地域に限定したのか理由は分からないが、このままいくと下伊那地
域のみが、「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」に属することになる。

〇長野県は、下伊那地域にどのような国際的優位性を有する航空宇宙産業クラスタ
ーを形成することを目指すのか。それとの合理的な連携関係の下に、その他の県内
地域には、どのような国際的優位性を有する航空宇宙産業クラスターを配置・形成
することを目指すのだろうか。そのビジョンが未だ提示されていない。

〇長野県が、従来から「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」の下に取組んで来
ている、県内全域で航空宇宙産業を振興しようという戦略とどのように整合を図り
つつ、県内にどのような航空宇宙産業クラスターを配置・形成するビジョンを描く
のかが注目される。
 ビジョンが定まらないと、当然、ビジョンを具現化するための航空宇宙産業クラ
スター形成戦略(戦略具現化のためのプログラムを含む)の策定作業に着手できな
いことになってしまう。

【ビジョンを具現化するためのクラスター形成戦略】
〇長野県の航空宇宙産業クラスターのビジョンの具体的かつ詳細な検討については、
今後の県の取組みに委ねるとして、ここで航空宇宙産業クラスター形成戦略の骨格
を検討するための前提として、下伊那地域が「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター
形成特区」に組込まれることによって得られるメリット(成果)を、県内他地域に
も波及させて、県内産業全体の成長に貢献できるようにする「仕掛け」を内包する
産業集積を形成することを「仮のビジョン(ビジョンの重要な要素)」とすること
にしたい。

○この「仮のビジョン(ビジョンの重要な要素)」を前提とすれば、愛知県等の各
県内の航空宇宙産業クラスターと長野県下伊那地域の航空宇宙産業クラスターの相
互補完的連携(Win―Winの連携)によって形成される、すなわち、それらクラスタ
ーの総体としての「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」の国際競争力の
強化に至る道筋の中で、長野県下伊那地域のみならず、長野県全域の企業、大学等
の研究機関、自治体等が果たすべき役割を明確化した、長野県としての航空宇宙産
業クラスター形成戦略が求められることになる。

○より具体的には、長野県内の航空宇宙産業クラスターが、「アジアNo.1航空宇宙
産業クラスター形成特区」が目指す、国際競争力のある、材料を含む研究開発から
設計・開発、飛行試験、製造・販売、保守管理までの一貫体制の構築の中で、どの
ような「不可欠の役割」を担うかを明確化し、その「不可欠の役割」を具現化し、
高度化させていくことに資する戦略が必要になるのである。
 この「不可欠の役割」を担うことができて、初めて「アジアNo.1航空宇宙産業ク
ラスター形成特区」を構成する、他県の航空宇宙産業クラスターとの相互補完的連
携体制(Win―Winの連携体制)を構築することが可能となるのである。

〇長野県内には、それぞれ独創的な超精密加工技術を有する企業が多数集積してお
り、その技術を活用して、航空機関連部品分野に既に参入している企業も多数ある。
また、信州大学は、航空宇宙産業分野で活用できる、国際的優位性を有する様々な
先端材料技術を蓄積している。
 このような優位性をベースとすれば、「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成
特区」の国際競争力強化に貢献できる、長野県としての「不可欠の役割」を産学官
連携によって企画・実施化することは困難なことではない。

〇すなわち、長野県は、「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」の活動の
成果を、特区対象区域にない県内企業等へも技術的に、あるいは経済的に波及させ
る「仕掛け」とともに、長野県内の企業、大学等が、特区の国際競争力強化に具体
的に貢献できる「仕掛け」をも構築することを、長野県の航空宇宙産業クラスター
形成戦略の中に合理的に位置づけることができるのである。

〇長野県が、「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」を構成する他県等に
対して、戦略策定能力、戦略具現化のためのプログラムの企画・実施化能力、それ
に必要な資金の調達能力などを十分に発揮し、特区形成の促進に「不可欠の存在」
として、大きく貢献できることを明確にアピールしていただくことを期待したい。
 このことが、下伊那地域のみならず県内全域の企業に、特区との連携による航空
宇宙産業分野進出への強い動機づけを提供することに繋がるのである。

【特区の活動が長野県全域に波及することに資するプログラム】
〇「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」への長野県下伊那地域の参画が、
長野県のそれ以外の地域の企業等への技術的、あるいは経済的な波及効果をもたら
すことによって、長野県産業全体の発展を促進する「仕掛け」を内包することを特
長とする戦略の具現化のための具体的プログラムとは、どのようなものにすべきで
あろうか。

○特区が目指す、国際競争力のある研究開発から保守管理までを含む一貫体制の構
築については、特区内の産学官が有する技術力のみで実現できるとは考えにくい。
特区以外の産学官を巻き込んだ広域的な産学官連携なくしては実現できない分野が
必ずあるはずである。より具体的に言えば、現在の特区を形成している愛知県、岐
阜県、三重県それぞれの航空宇宙産業クラスターが、それらの総体としての特区の
国際競争力の強化のために果たすべき役割(顕在的あるいは潜在的に期待される役
割)を遂行するためには、それぞれの航空宇宙産業クラスター内に存在する技術力
だけでは対応できず、他地域の技術力との連携によって対応しなければならない分
野が必ずあるはずである。

○例えば、航空機に不可欠の蓄電池については、発熱等による事故の防止が大きな
問題になっているが、信州大学工学部・繊維学部と県内企業等の共同研究体が取り
組んでいる、次世代蓄電池の開発(放熱絶縁材料、難燃絶縁材料の開発を含む)な
どの成果は、航空機用の蓄電池の機能や安全性を格段に向上させる新規技術として、
特区で製造される航空機の国際競争力の強化に大きく貢献できるだろう。
 この他にも、長野県内企業の有する超精密加工技術は、現状の特区内では確保で
きない技術分野を補完するものとして、様々な製造工程の改善・高度化等で幅広く
貢献できるはずである。
 このような長野県内の産学官が有する「貢献力」を、特区を構成する各県のクラスタ
ーが抱える具体的課題の解決に、円滑かつ効果的に結びつけることができる「仕掛
け」を構築することが、長野県に求められているということである。

○すなわち、長野県の航空宇宙産業クラスター形成戦略を具現化するためのプログ
ラムとしては、他県の特区構成クラスターの技術ニーズを的確に把握し、その技術
ニーズと長野県内全域の産学官が有する技術シーズとのマッチングを円滑かつ効果
的に実施できる「仕掛け」を構築し、その「仕掛け」を機能させることに資するプ
ログラムを最優先すべきであるということなのである。
 このプログラムの速やかな企画・実施化が、特区参画による長野県産業全体の発
展を実現するためには不可欠なのである。

【おわりに】
〇長野県が、愛知県主導の「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」に、長
野県内(形式的には下伊那地域、実質的には県内全域)の産学官が参画できる道筋
を切り開いたことは、長野県産業の今後の発展に対して大きな貢献をしてくれるも
のと期待できる。
 あとは、長野県が、下伊那地域のみの特区参画を、長野県産業全体の発展に資す
るものとするために必要な、長野県航空宇宙産業クラスター形成戦略(その具現化
のためのプログラムを含む)を速やかに策定し、それを効果的に実施化できるか否
かにかかっている。産学官関係者の積極的な対応に期待したい。