○送信したニュースレター2015年(No.48〜No.74)

ニュースレターNo.74(2015年12月26日送信)

長野県内5地域での新たな地域クラスター形成戦略策定への取組みの必要性
―――「長野県テクノハイランド構想」策定時の「熱気」の再現を―――

【はじめに】
〇伊那谷(飯田地域〜駒ヶ根地域〜伊那地域)における産学官連携による地域産
業振興への取組みの在り方に関して、その地域の産学官の関係者で意見交換する
ある会議の場で、飯田市に所在する製造業の経営者の方が、「この地域の製造業
は、グローバルな競争環境の中で非常に厳しい状況にある。伊那谷の地域振興の
ためには、雇用の重要な場である地域の製造業が、この地域で生産活動を継続し、
雇用の場を提供し続けられるよう、更に国際競争力を高めていかなければならな
い。そのための新たな対応策を、地域の産学官の英知を結集して策定し実施して
いかなければならない。」という主旨の発言をされた。

〇私は、この発言を聞き、企業経営者の方が、その地域の製造業全体の持続的発
展のために、新たな政策的対応等が必要である旨を真剣にアピールされたことに
敬意を表し、直ちに以下のような主旨の発言をさせていただいた。
 「もう30年以上も過去のことになるが、長野県では、この伊那谷を含む県内5地
域(伊那テクノバレー地域、善光寺バレー地域、浅間テクノポリス地域、アルプ
スハイランド地域、諏訪テクノレイクサイド地域)で、長野県の政策的主導の下
に、それぞれの地域の産学官連携組織が、それぞれの技術・産業集積等の地域資
源を活用して高度技術集積都市の形成を目指す産業振興構想(その全体を『長野
県テクノハイランド構想』と称した。)を策定し、その実施に取組んできた歴史
を有している。しかも、その構想の具現化推進拠点としての、長野県テクノ財団
の前身の長野県テクノハイランド開発機構を設立するために、地域の市町村、企
業等が多額の寄附までされたのである。あの当時のような取組み、今流に言えば、
県内5地域での産学官の熱い思いを注ぎ込んだ地域クラスター形成戦略の策定・
実施化が、正に今求められているのである。現在、飯田地域を中心に取組まれて
いる航空機関連産業の集積・高度化を目指す戦略が、かつてのテクノハイランド
構想(伊那テクノバレー地域構想)に相当するものであり、県内における先進的
な地域クラスター形成戦略の典型と言えるものである。」

〇この経営者の方は、私の発言を受け、更なる同調を期待して、出席していた数
人の行政関係者にも発言を求めたが、残念ながら、地域クラスターの形成・高度
化に係る政策的対応の必要性に言及した人は一人もいなかった。
 この会議の場では、伊那テクノバレー地域(飯田地域〜駒ヶ根地域〜伊那地域)
で、新たな地域クラスター形成戦略の策定に向けて、一致団結して活動しようと
いうような、一定の方向性を打ち出すことはできなかったのである。

【地域クラスター形成戦略の必要性に関する議論の活性化】
〇長野県の製造業の振興に係る戦略としては、来年度に改訂予定の「長野県もの
づくり産業振興戦略プラン」や、現在策定作業中の「長野県科学技術振興指針
(仮称)」などがある。しかし、それらは、県内の製造業の振興に関するビジョ
ン・シナリオ・プログラムを論理的に提示はしているが、県内の各地域の産学官
の意向を反映した、製造業振興のための(各地域クラスターの形成・高度化のた
めの)ビジョン・シナリオ・プログラムにはなっていないのである。
 すなわち、長野県の広域市町村圏に係る地域クラスター形成戦略については、
30年以上昔に一度策定されて以来、今日まで、その見直しを含めて全く策定され
ていないのである。

〇伊那テクノバレー地域の中で、特に飯田地域が、地域クラスター形成戦略の策
定・実施化に非常に積極的に取組んでいる。その戦略は、集積を目指す産業とし
て、航空機関連産業やメディカル関連産業等を提示している。これが、その戦略
の「ビジョン」に相当するものである。
 また、飯田地域は、それらの産業の振興を加速する(「ビジョン」を実現する)
ために、地域企業の技術力高度化を支援する組織等で構成する「知の拠点」を形
成することにしている。これは、その戦略の「シナリオ」に相当するものである。
 そして、その「シナリオ」の推進のための具体的施策としては、地域の産業支
援機関である(公財)南信州・飯田産業センター(飯田EMCセンター等を含む。)
の機能強化や、航空機産業関係の信州大学共同研究講座の設置などに取組むこと
にしている。これが、その戦略の「プログラム」と言えるものである。

○要するに、飯田地域は、単に国際的競争力を有する航空機関連やメディカル関
連の企業を誘致するという、「企業誘致型の戦略」だけではなく、既存の地域企
業の技術力の高度化や新分野への展開を促進する戦略の策定・実施化に力を入れ
る、いわゆる「内発型の戦略」に真剣に取組んでいるのである。

〇飯田地域の取組みは、集積を目指す産業(ビジョン)を具体的に提示するもの
であって、一般住民にも理解しやすいものである。また、一般住民に夢と希望を
抱かせうるものとなっている。
 飯田地域以外の地域の産学官のリーダーの方々にも、一般住民に夢と希望を抱
かせるような、当該地域の地域クラスター形成戦略のビジョンについて、一般住
民の前で大いに語っていただきたいのである。そして、当該地域の産学官の方々
には、そのビジョン実現のためのシナリオやプログラムの在り方について、大い
に論理的議論を展開し、その有効性や重要性を広くアピールしていただきたいの
である。

【もう一つの先進的地域である諏訪テクノレイクサイド地域への期待】
○地方創生に係る「諏訪市まち・ひと・しごと創生総合戦略」(案)の中では、
諏訪地域では民間企業や市民のレベルで、その所属する市町村の枠を超えた経済
圏・生活圏が形成されており、同一経済圏・生活圏をなす市町村との連携を一層
推進することによって、地域間競争に勝ち抜き、「選ばれる地域」になることを
目指すべき旨が明示されている。
 すなわち、諏訪テクノレイクサイド地域は、広域市町村圏での地域クラスター
形成戦略の策定・実施化の前提条件が非常に整っている地域なのである。

〇今回の地方創生に係る地方版総合戦略については、全国の各市町村が個別に総
合戦略を策定することになっている。しかし、全国的に地域の実態は、諏訪市の
総合戦略に記載の通り、当該市町村を含む広域経済圏・生活圏を前提とした戦略
の策定でなければ意味がない分野が多々存在しているのである。

○諏訪市には、その総合戦略に記載の通り、諏訪テクノレイクサイド地域のオピ
ニオンリーダーとして、当該地域での「しごとづくり」に資する新たな地域クラ
スター形成戦略の策定を主導していただきたいのである。
 諏訪テクノレイクサイド地域では、既に「諏訪圏工業メッセ」のような近隣市
町村連携型の大型プロジェクトを実施し、大きな成果を上げてきている。「諏訪
圏工業メッセ」の持続・高度化のためにも(老朽化した現メッセ会場の代替施設
の確保等のためにも)、同メッセが果たすべき新たな役割を位置付ける、新たな
地域クラスター形成戦略の策定に、当該地域の産学官連携組織が真剣かつ速やか
に取組むべき時期となっているのではないだろうか。

【むすびに】
○長野県内では、飯田地域が、地域クラスター形成戦略の策定・実施化に先進的
に取組んでいる。国・県・市等からの資金的支援も得て(もちろんリニア新幹線
の開通もひかえて)、その活動は、益々活性化し拡大化して行く様相を呈している。

○長野県内の他の地域においても、飯田地域との連携と競争を前提として、それ
ぞれ優位性を有する産業集積を形成するための地域クラスター形成戦略の策定・
実施化に取組むべきことは当然であろう。
 したがって、飯田地域の取組みを見て、「我が地域でも、飯田地域に負けずに
新たな地域クラスター形成戦略の策定・実施化に取組まなければならない。」と
感じている各界のリーダーは多いものと推測できる。それらのリーダーの方々に、
まず、新たな地域クラスター形成戦略が必要な旨を「声」に出していただきたい
のである。「声」が上がらない限り、何も始まらないのである。


ニュースレターNo.73(2015年11月26日送信)

「長野県廃棄物処理計画(第4期)」の課題
―――優位性を有する長野県環境保全システムの構築に向けて―――

【はじめに】
〇「長野県廃棄物処理計画(第4期)」(素案)(以下、「本計画」という。)に
ついては、平成27年11月18日から12月17日までパブリックコメントが実施されている。

 「本計画」を読み始めてすぐに気づくことだが、「本計画」には、本来あるべき
「策定趣旨(策定の目的)」が記載されていない。「計画の位置付け」は記載され
ており、「本計画」が、環境基本法、循環型社会形成推進基本法、廃棄物処理法に
基づく計画として位置づけられることと、長野県総合5か年計画と長野県環境基本
計画を上位計画とする、個別計画としても位置付けられることが記載されているの
みである。
 すなわち、「本計画」の他の法律等との関連性は説明されていても、「本計画」
が何を実現するために策定されるものなのか、というような肝心要なことについて、
最初に明確に説明されていないという、読む人(一般県民等)に対して不親切な体
系・構成・内容になってしまっているのである。

〇「策定趣旨(策定の目的)」の明確な説明はなされていないが、「基本目標」と
して、「もったいない」の気持ちを大切にして、廃棄物の排出抑制、再使用等の取
組を進め、ごみの減量日本一を目指すことが記載されている。

〇その上で、この「基本目標」の達成との関連性は説明されていないが、長野県の
「目指す循環型社会の姿」が提示されている。
 その「目指す循環型社会の姿」には、「県は、循環型社会、低炭素社会及び自然
共生社会の実現を目指す取組を総合的に展開し、自然との共生を図りながら、人間
社会における炭素を含めた物質を自然の許容する範囲で循環させることにより、持
続的に成長・発展する社会の実現を目指します。」と記載されている。この文章に
よれば、「物質を自然の許容する範囲で循環させること」の主体(文章の主語)は
県になっている。県は、本当にその役割を果たす決意があるのだろうか。その役割
を果たすことができると考えているのだろうか。

〇いずれにしても、「本計画」に、一応、実現を目指す姿(ビジョン)が提示され
ていることを確認できたので、ビジョン、シナリオ、プログラムのそれぞれが論理
的に提示され、かつ、それぞれが論理的に関連付けられているか、というような視
点から、「本計画」の全体的な論理性や有用性等をチェックし、その問題点を抽出・
提示していきたい。

※参考:ビジョン、シナリオ、プログラムの説明
・ビジョン:「本計画」が実現を目指す理想的な姿
・シナリオ:ビジョン実現のために解決しなければならない課題とその課題の解決
     方策を創出する道筋
・プログラム:シナリオを着実に推進するために必要な各種の施策

【「本計画」のビジョンの問題点】
〇「本計画」のビジョンは、前述のように、「県は、循環型社会、低炭素社会及び
自然共生社会の実現を目指す取組を総合的に展開し、自然との共生を図りながら、
人間社会における炭素を含めた物質を自然の許容する範囲で循環させることにより、
持続的に成長・発展する社会の実現を目指します。」となっている。
 このビジョンを実現するために、必要なシナリオとプログラムを「本計画」に的
確かつ効果的に組込んでいくためには、まず、「本計画」における「自然の許容す
る範囲」とは何なのか、を明確にしておくことが求められる。

〇すなわち、「本計画」を策定し、県が主導して具体的に実施化していく上では、
県における「自然の許容する範囲」とその許容する範囲を超過する物質や活動等に
ついて、定性的にあるいは定量的に把握・評価できるようにすることが、まず最初
に必要になるからである。
 その把握・評価ができなければ、「物質を自然の許容する範囲で循環させること」
を実現するために必要な、シナリオとプログラムの策定・実施化と、その政策的効
果の評価が不可能になるからである。

〇このように、「本計画」のビジョンの中に、実態の把握・評価や、ビジョン実現
のためのシナリオ・プログラムの政策的効果の評価が極めて困難な「物質を自然の
許容する範囲で循環させること」などということに、県が主体として取組むことを
安易に提示してしまったことは、政策論的には非常に大きなミスと言えるだろう。
 私としては、「住民生活や産業活動とそれぞれの環境保全活動とが、自律的に高
度に調和する『長野県環境保全システムの構築』によって、持続的に成長・発展す
る地域社会の実現を目指す。」というような、各主体の連携活動を重視したビジョ
ンとすべきであったと思うが、いかがだろうか。

〇なお、「物質を自然の許容する範囲で循環させること」への対応策を検討する場
合においては、本県だけの「自然の許容する範囲」を想定するだけで良いのか、と
いうことにも留意すべきことになる。すなわち、本県から排出された廃棄物が他県
で処理され、他県の「自然の許容する範囲」の超過に加担することにならないよう
にする対策も当然必要になるということである。
 このことは、法令に定められている排出事業者処理責任の原則と同様、「排出県」
処理責任の原則として、県は、県内で排出される廃棄物の処理によって、他県の環
境に負荷をかけない(県内で排出された廃棄物は、原則的に県内で全量処理する)
ように努力する一定の義務を負うべきと考えるが、「本計画」には、このようなこ
とに関する記載は全く無い。

〇いずれにしても、「本計画」のビジョンが前述のように提示されてしまっている
以上は、このビジョンの実現に資するシナリオ、プログラムが、論理的かつ効果的
に提示されているかどうかという視点から検討を進めることにしたい。

【「本計画」のシナリオの問題点】
〇「本計画」では、長野県における一般廃棄物と産業廃棄物の排出量や処理量の現
状と今後の動向を提示し、その上で、将来的に「達成を目指すべき排出抑制量、処
理量等」の提示がなされている。しかし、そのような数値的な提示があるだけで、
「物質を自然の許容する範囲で循環させること」という「本計画」のビジョンを実
現するために解決すべき課題や、その課題を解決する方策を創出する道筋(シナリ
オ)の提示は全くなされていない。

〇また、この「達成を目指すべき排出抑制量、処理量等」の値が、「本計画」のビ
ジョンである「物質を自然の許容する範囲で循環させること」とどのように関連付
けて算出したものなのかの説明は全くなされていない。すなわち、廃棄物処理の現
状が、長野県の「自然の許容する範囲」を超過しているから、超過しないようにす
るために達成目標値を設定するのか、超過していないが、より環境保全レベルを高
度化するために達成目標値を設定するのか、などが全く不明確なのである。

〇例えば、ある産業廃棄物の排出・処理の現状が、既に「自然の許容する範囲」を
超えているとなれば、県内の産学官は、直ちに県の政策的主導の下に、その対策に
真剣に取組まなければならないことになる。しかし、「本計画」には、県内の産学
官が一体となって、優先的に取組むべき廃棄物対策、あるいは廃棄物対策に係る最
重要課題等についての提示が全くなされていないのである。
 漠然とした極一般的な廃棄物対策の羅列的な提示になっており、環境保全への貢
献に意欲のある、県内の産学官の方々が、一致団結して直ちに解決方策の創出に取
組むことを動機付けるような、具体的課題等の提示は全くなされていないのである。
 長野県内には、県の主導の下に、産学官が一体となって、緊急的かつ優先的に解
決に取組むべき、廃棄物対策に係る重要課題は本当に無いということなのだろうか。

【「本計画」のプログラムの問題点】
〇「本計画」のプログラムとしては、「廃棄物の排出抑制・再使用等の推進」とし
て、一般廃棄物と産業廃棄物についての、排出抑制(リデュース)、使用済み製品
の再使用(リユース)、適正な再生利用(リサイクル)などについて、様々な具体
的な施策が提示されている。
 しかし、「本計画」のシナリオ(特に重点的・優先的に取組むべきシナリオ)が
提示されていないため(長野県内での一般廃棄物と産業廃棄物のリデュース・リユ
ース・リサイクルにおける、個別具体的な社会的課題、経済的課題、技術的課題等
が具体的に提示されていないため)、当然の帰結として、従来からの一般的な施策
(法令によって義務付けられた使用済み製品のリサイクル等や、様々な県民・事業
者等による自主的なリサイクル活動等を含む。)を継続する旨を提示するだけにな
ってしまっている。

〇いずれにしても、前述したような「本計画」のビジョンを提示した以上は、「自
然の許容する範囲」を定性的にあるいは定量的に把握・評価する手法、その許容す
る範囲を超過する廃棄物の低環境負荷型の処理方法、現状では長野県内で処理でき
ずに他県等の「自然の許容する範囲」の超過に加担してしまっている廃棄物の県内
での処理方法など、企画・実施化すべきプログラムは様々にあるはずである。

〇既存の各種取組みの継続や、法令に基づき当然実施すべき取組みの羅列に止まら
ず、長野県の廃棄物処理に係る地域課題の具体的かつ的確な把握に基づき、その解
決方策が、長野県の環境保全に資するのみならず、他県、他国等の環境保全にも資
するものとなるような、戦略的なプログラムの企画・実施化に取組んでいただくこ
とを期待したい。
 また、このことが、「本計画」の上位計画である「長野県総合5か年計画」の第
一のビジョンである、「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」の実現に直接的
に資することになることに、「本計画」の策定担当部署に気づいて欲しいのである。

【むすびに】
〇前回のニュースレターでも述べたが、現在、長野県では、全庁的な取組みとして、
先進的科学技術を活用して地域課題(当然、廃棄物の資源化、適正処理等に係る課
題も含まれている。)を解決する方策の創出を目指す、「長野県科学技術振興指針
〜豊かな地域社会の実現を目指して〜」(仮称)の策定作業が進められている。

〇この振興指針においては、環境分野での「目指す姿」(ビジョン)を「資源の消
費抑制や有効活用が進み、廃棄物の環境への負荷が軽減された循環型社会の実現」
として、そのビジョン実現のために解決すべき課題とその課題の解決方策の創出へ
の道筋(シナリオ)、そのシナリオの推進に必要な各種施策(プログラム)を、そ
れぞれ分かり易く関連付けして提示している。

○「本計画」の策定担当部署の方々は、1年以上にわたる、「長野県科学技術振興
指針〜豊かな地域社会の実現を目指して〜」(仮称)の策定作業にも参画し、構想、
指針、計画等の論理的策定手法をじっくり学べたはずである。したがって、その経
験や成果を活かして、「本計画」も論理的で一般県民に理解しやすい体系・構成・
内容となるよう、必要な修正等を加えていただくことを期待したいのである。


ニュースレターNo.72(2015年11月19日送信)

「長野県『水循環・資源循環のみち2015』構想〜持続可能な生活排水対策ビジョン〜」の課題
―――構想の中に位置付けられた「バイオマス利活用プラン2015」の形式論的課題に焦点を絞って―――

【はじめに】
〇改訂版の「長野県『水循環・資源循環のみち2015』構想〜持続可能な生活排水対
策ビジョン〜」(以下、「循環構想」という。)については、平成27年11月17日か
ら12月18日までパブリックコメントが実施されている。
 この「循環構想」の策定趣旨には、生活排水施設(下水道施設、農業集落排水施
設、浄化槽等)を整備し、それを適切に管理・運営・継続できるようにすることと、
生活排水処理汚泥の利活用等による循環型社会の構築に資することという、2つの
目的のために策定する旨が記載されている。

〇しかしながら、「循環構想」の中の、生活排水処理汚泥の利活用等による循環型
社会の構築に係る部分を一読していただければ、構想として有すべき論理的構成
(ビジョン・シナリオ・プログラムという構想の論理的展開)を著しく欠いている
こと、言い換えると、形式論的課題を多く抱える構想(本質論的課題を議論する以
前のレベルの構想。県や市町村の生活排水対策担当者が、具体的業務推進の「バイ
ブル」として活用できるレベルには達していない構想)になってしまっていること
に、多くの人は気づくだろう。

〇したがって、「循環構想」の策定担当部署の方々に、「循環構想」における循環
型社会の構築に係る部分が、如何に論理性を欠いているのかを理解していただき、
長野県として他県等に誇れる、知事が目指す「フロントランナー長野」に相応しい、
「循環構想」へブラシュアップしていただくことを期待して、今回のニュースレタ
ーのテーマとした次第である。当然、このニュースレターでの指摘事項等について
は、パブリックコメントに提出するつもりである。

〇ここでの検討の進め方としては、通常レベルの構想が有すべき論理的・一般的構
成要素である、
 @ 構想が実現を目指す理想的な「目指す姿」(ビジョン)
 A そのビジョン実現のために解決しなければならない課題とその課題の解決へ
 の道筋(シナリオ)
 B そのシナリオを着実に推進するために必要な各種施策(プログラム)
という3つの視点から、「循環構想」の中に位置付けられた「バイオマス利活用プ
ラン2015」(以下、「バイオマスプラン」という。)に焦点を絞って検討し、具体
的に課題を指摘していくことにしたい。

【「循環構想」が実現を目指す理想的な「目指す姿」(ビジョン)】
〇「循環構想」の中の「バイオマスプラン」のビジョンは、明確には提示されてい
ない。敢えてビジョンに相当する事項を抽出するとすれば、長野県全体での「バイ
オマス利活用率の達成目標値」を挙げることができるだろう。2014年に92.7%であ
る利活用率を、2020年には97.0%に向上させようという、達成目標値が提示されて
いるのである。
 ここでのバイオマスとは、生活排水処理後に発生する汚泥(下水道汚泥、農業集
落排水汚泥、し尿・浄化槽汚泥)を資源として捉えた場合の用語である。現状では、
その汚泥は、県内で毎年約9万トンが発生しているとのことである。

〇これらの汚泥については、バイオマスとして利活用されない分は、焼却後に埋立
処分されている。しかし、焼却灰等の埋立処分は、地下水汚染等の環境汚染リスク
が高く、埋立処分場の設置は、近隣住民等の反対等から非常に困難な状況にある。
 そこで、現状埋立処分に回されている汚泥のバイオマスとしての利活用の増大を
目指すことが、どうしても必要になるのである。

【ビジョン実現のために解決すべき課題とその課題の解決への道筋(シナリオ)】
〇「バイオマスプラン」においては、生活排水汚泥の目標利活用率が達成された状
態という、ビジョンを実現するために解決すべき具体的課題の提示はなされていない。
 生活排水汚泥の利活用率を増大するために解決すべき、社会的課題、経済的課題、
技術的課題等を抽出・特定できれば、その課題の解決に向けた取組みの具体的方向
性を提示でき、その方向性への動きを加速することに資する各種施策(プログラム)
の企画・実施化も可能となるのである。しかしながら、「バイオマスプラン」にお
いては、その課題の特定・提示が全くなされていないのである。
 ただ、「埋立処分から利活用への転換」という主旨の記述が繰り返されているの
みなのである。

〇汚泥の利活用については、前述した通り、県内では既に92,7%が農地利用、セメ
ント原料、路盤材等に利活用されており、非常に高い利活用率を達成しているので
ある。
 なぜ、それら既存の用途で100%利活用されえないのか。その原因が明らかになれ
ば、その原因を解消する方策の創出に取組むべきことになる。また、現状の用途で
は既に量的に飽和状態にあって、新規の用途を開拓しなければならないのであれば、
その新規用途開発のための調査研究等に取組むべきことになる。
 このような極当たり前の問題意識や論理的展開が、なぜ、「バイオマスプラン」
に提示されていないのか、不思議でならない。

【シナリオを着実に推進するために必要な各種施策(プログラム)】
〇「バイオマスプラン」においては、シナリオを明確に提示できないために、当然
の帰結として、そのシナリオの着実な推進に必要な各種施策(プログラム)も提示
できないでいる。
 プログラムと言える事項としては、「バイオマスプラン」の中に以下の3つが提
示されているが、これについては何の解説もされておらず、理解が困難になっている。
 @汚泥の利活用状況に係るデーターベースの提供
  ※何を目的として、どのようなデータをだれに提供するのか。
 A汚泥の利活用拡大の支援
  ※どのような分野での利活用を、どのようにして拡大しようとしているのか。
 Bリン回収など、新たな利活用技術の情報提供
  ※何故、リン回収技術に関する情報提供が特に必要なのか。その情報を誰に提
  供すべきなのか。

〇ビジョン(バイオマスの利活用率の向上)の実現のために解決すべき課題等の提
示が全くないため、この3つのプログラムが、ビジョン実現に、どのようにして、
どのような直接的効果を発揮するのかが全く不明確なのである。
 要するに、なぜ、この3つのプログラムを提示する必要があるのかの論理的説明
が全くなされていないのである。生活排水対策に携わる人々に対して、このプログ
ラムに取組む動機づけが提示されていないのである。

【むすびに】
〇この「循環構想」が、策定趣旨に記載の通り、生活排水施設(下水道施設、農業
集落排水施設、浄化槽等)を整備し、それを適切に管理・運営・継続することの方
に、より重点を置いていることは良く理解できる。しかし、排水処理汚泥をバイオ
マスとして利活用し、循環型社会を構築することも目指すのであれば、そのことに
真剣かつ戦略的に取組むことを論理的にアピールする内容にして欲しいのである。
現状では、あまりにずさんで手抜きの構想と言われても仕方がない完成度なのである。

○現在、長野県では、全庁的な取組みとして、先進的科学技術を活用して地域課題
(当然、地域環境保全上の課題も含まれている。)を解決する方策の創出を目指す、
「長野県科学技術振興指針〜豊かな地域社会の実現を目指して〜」(仮称)の策定
作業が進められている。
 この振興指針(現時点での案)の、資源循環型社会の実現に関する部分について
は、以下のように、ビジョン、シナリオ、プログラムが、論理的関連性を持って分
かり易く提示されている。
 @ 目指す姿(ビジョン)
  資源の消費抑制や有効活用が進み、廃棄物の環境への負荷が軽減された循環型
 社会の実現

 A ビジョン実現のために解決すべき課題
 ・3R(リデュース・リユース・リサイクル)への県民・事業者の意識の向上と
 行動への動機付けが必要であること
 ・廃棄物の有効活用(リサイクル等)や適正処理のための技術開発が必要である
 こと

 B 課題解決の道筋(シナリオ)
 ・県民・事業者の3Rに対する意識の向上と実践の促進に資する各種支援施策を
 企画・実施化すること
 ・廃棄物の有効利用や適正処理のための技術開発を促進すること
 ・廃棄物の適正なリサイクル等の徹底を図ること
 ・リサイクル等が困難な廃棄物について、適正処理の確保を促進すること

 C シナリオ推進に必要な各種施策(プログラム)
 ・3Rへの取組促進に資する、企業ニーズに応じたきめ細やかな技術支援
 ・廃棄物の最終処分量削減のための、各主体への情報提供(セミナー等の開催)
 ・最終処分量の削減のために優先的に減量化すべき廃棄物の抽出・特定
 ・優先的に減量化すべき廃棄物の発生抑制や資源化方策の研究開発 etc.

○「長野県科学技術振興指針〜豊かな地域社会の実現を目指して〜」(仮称)の策
定作業においては、廃棄物の資源化等による循環型社会の実現を目指す県の担当部
署は、前述のように、論理的に構想を策定できる能力を十分に発揮している。それ
なのに何故、「循環構想」の「バイオマスプラン」の策定においては、その優れた
構想策定能力を発揮できずに、本質論的課題以前の形式論的課題を多く有するまま
の形で、パブリックコメントを実施するようなことをしてしまったのだろうか。不
思議でならない。


ニュースレターNo.71(2015年10月25日送信)

長野県の地方創生のための新たな国際戦略の策定・実施化への期待
―――長野県版総合戦略に提示された国際的共創・連携等に関する優れた政策姿勢を具現化していただくことを期待して―――

【はじめに】
〇地方創生に係る長野県版総合戦略の抱える、様々な深刻な課題については、ニュ
ースレターNo.69(9月22日送信)で指摘した。そして、その指摘事項については全
て、長野県版総合戦略のパブリックコメントに意見等として提出した。
 10月22日に総合戦略が正式に策定され、その意見等に対する県の見解も明らかに
されたので、今回のニュースレターでは、パブコメを経てもなお深刻な課題として
放置されたままになっている、長野県の地方創生のための国際戦略(特に国際的共
創・連携等)に関する課題に焦点を絞って議論することにした。

【国際的共創・連携等に関して、パブコメへ提出した私の意見等の全文】
○知事署名入りの前文に「世界とも共創・連携を進め、ともに課題を解決し、相互
に価値を高め合う関係をつくることも重要です。」とされているが、「V地方創生
の基本方針」、「W基本目標」、「X施策展開」の中に、それに対応する具体的施
策等が明確に提示されていない。

○この総合戦略においては、
@「共創・連携」とは、具体的にどのようなことを意味するのか。
A「ともに課題を解決」とは、具体的にどのようなことを意味するのか。
B「相互に価値を高め合う関係」とは、具体的にどのようなことを意味するのか。
 県は、それぞれについて、具体的にどのような施策によって、どのように取組ん
でいくのか。総合戦略の中に簡潔かつ論理的に提示願いたい。

○世界との共創・連携等は、地方創生にとって非常に重要なことなので、一般県民
が具体的にイメージできるような記載・説明が、「V地方創生の基本方針」、「W
基本目標」、「X施策展開」の中で論理的になされるべきではないのか。

【私の意見等に対する県の回答の全文】
〇県の回答の全文は、「ご意見の趣旨は、『V 信州創生の基本方針 6 大都市・
海外との未来志向の連携』に記載しています。」という極めて簡単なものであった。

〇私の「意見の趣旨」は、長野県にとっての世界との「共創・連携」、「ともに課
題を解決」、「相互に価値を高め合う関係」とは、具体的にどのようなことを意味
しているのかを説明して欲しいということと、そのことにどのように取組んでいく
のかを、総合戦略の中に簡潔かつ論理的に提示して欲しいということであった。
 しかし、県の回答で「意見の趣旨」が記載されているという箇所には、全く「意
見の趣旨」に対応する記載は無いのである。

【「V 信州創生の基本方針 6 大都市・海外との未来志向の連携」の国際的共
創・連携等に関する記載事項】
〇この箇所の中で、長野県の国際的共創・連携等に関する事項が記載されている部
分を抜粋すると、以下の通りとなる。
<信州らしさを伸ばす突破策>
 大都市や海外では、長野県で既に進行している少子高齢化の課題に直面している
ことから、長野県での課題解決の知見を共有するとともに、経済・文化面での交流
を拡大することにより、学校交流や海外行政機関との連携など大都市・海外との互
恵関係を構築します。

〇海外ではどこでも少子高齢化の課題に直面しているという印象を与えるなど、非
論理的な文章表現・内容になっていることは別として、要するに、長野県版総合戦
略の中で、国際的共創・連携等に関する事項は、これだけしか記載されていないと
いうことである。
 大都市と海外の課題の間に存在する差異、大都市と海外との連携では異なる手法
が必要になることなどに関して、論理的に整理することもなく混同して説明してい
ることから、総合戦略の前文で知事が重要と指摘している、国際的共創・連携等の
意義を的確に把握できないために、真剣に取組もうという意思も非常に希薄である
ことが推測できる記載内容になってしまっているのである。

〇長野県の地域社会が生き残っていくためには、産業活動分野をはじめとして、国
際的共創・連携等が不可欠であり、実際に様々な分野でグローバルな産学官共創・
連携活動が展開され始めているにもかかわらず、具体的施策が提示されるべき「X
施策展開」に、国際的共創・連携等に係る施策が何も提示されていないという異常
な総合戦略となってしまっているのである。

〇しかし、長野県版総合戦略が正式に策定されてしまった以上は、その問題点を指
摘することではなく、長野県が、その総合戦略の中で、<信州らしさを伸ばす突破策>
として実施する旨を明記(県民に約束)している、国際的共創・連携等に係る事項
を、具体的にどのように効果的に企画・実施化していくべきかについて議論するこ
とが、より県民益に適うことと考える。

〇前述の<信州らしさを伸ばす突破策>の国際的共創・連携等に関する部分をより具
体的に整理すると、以下のように記載することができるだろう。
@ 長野県は、長野県が有する「少子高齢化の課題解決の知見」を、少子高齢化へ
の対策を必要としている「海外の特定地域」(具体的には「海外の特定行政機関」)
と共有することによって、その特定地域の課題解決に貢献する。
A 「海外の特定地域」の少子高齢化の課題解決に貢献する「道筋」として、少子
高齢化の課題解決に資する経済・文化面での交流拡大事業を「海外の特定行政機関」
と連携して企画・実施化し、「海外の特定地域」との互恵関係を構築してゆく。

〇このように<信州らしさを伸ばす突破策>には、極めて抽象的な「道筋」しか記載
されていない。長野県は、この抽象的「道筋」だけを拠り所にして、5年間の戦略
期間の中で、前述の@とAをどのように具体的に推進しようと考えているのだろう
か。
 長野県国際戦略の見直しに着手さえできない状況下で、国際的共創・連携等に係
る具体的な事業の企画・実施化にどのように取組んで行こうとしているのだろうか。
 以下で、このような課題への対応策等について議論を進めたい。

【課題T:如何にして長野県は、「少子高齢化の課題解決の知見」を保有・提供で
きるようになれるのか】
〇<信州らしさを伸ばす突破策>には、長野県が有する「少子高齢化の課題解決の知
見」を海外の特定地域と共有すると記載されているが、簡単にその「知見」を有す
ることはできない。長野県が、「海外の特定地域」の少子高齢化対策に資する「知
見」を有するためには、県組織単独の活動ではなく、広域的な産学官連携による調
査研究活動などによって、自然科学的に、あるいは社会科学的に、非常に高い障壁
を超える努力をしなければならない。

〇長野県版総合戦略の中に、「少子高齢化の課題解決の知見」を獲得するための具
体的取組みを提示できないでいる状況下では、国際的共創・連携等については、非
常に安易な記載(約束)となってしまっていると言わざるをえないだろう。
 長野県が求めるべき「少子高齢化の課題解決の知見」とは、具体的にどのような
「知見」を指すのかという入口の議論から始めて、その「知見」獲得のためのビジ
ョン・シナリオ・プログラムを改めて策定することが必要となっている。

【課題U:如何にして長野県は、互恵関係を構築すべき「海外の特定地域」や「海
外の特定行政機関」を選定することができるのか】
〇長野県との連携の下に、少子高齢化の課題解決に取組もうという意思を有する
「海外の特定地域」や「海外の特定行政機関」をどのようにしたら選定できるのだ
ろうか。
 いくら何でも、長野県に対して、少子高齢化で困っているので助けて欲しい、協
力して欲しいと、海外のどこかの地域・機関等が意思表示してくれるのを待ってい
れば良いと考えているわけではないだろう。

〇長野県サイドから能動的に連携相手を選定する方策の具体的事例について、以下
に提案してみたい。いずれにしても長野県が、ある程度の「少子高齢化の課題解決
の知見」(連携相手としての魅力)を有していることが前提となる。
 まず第1には、少子高齢化対策に困っている海外の特定地域を探索するために有
効な国際的イベントを開催することが考えられるだろう。
 効果的な少子高齢化対策の探索・実施化のために、国際的な連携を視野に入れて
いる、海外の地方政府や公的機関に呼びかけて、長野県内で、長野県が有する「少
子高齢化の課題解決の知見」の国際的活用方策や、国際的連携によるその「知見」
の更なる高度化方策等について議論する「少子高齢化地域対策に関する国際的共創・
連携シンポジウム」(仮称)を開催することなどが考えられるだろう。

〇第2には、そのようなイベントの継続開催等を通して、長野県との連携によって
少子高齢化対策の創出・展開に取組もうという意思を有する、海外の地方政府や公
的機関を発掘できたら、具体的な連携事業を円滑に展開できるようにするために必
要な基本的事項を取り決める「連携協定」を締結することになるだろう。

〇そして第3に、その「連携協定」に基づき、両地域の少子高齢化の課題解決によ
る、質的に豊かな住民生活の維持・発展というゴールを目指した、具体的な「共創・
連携活動」の企画・実施化への取組みに着手することになるのである。

【課題V:少子高齢化の課題解決に資する経済・文化交流事業を、長野県組織のど
の部署がどのように主導するのか】
〇このように国際的共創・連携等の活動は、中長期的なスケジュールで戦略的に企
画・実施化されなければならない。また、実際の活動の推進においては、語学力を
含め、国際的連携事業の企画・運営等に係る経験・知識が豊富なスタッフからなる
「特別チームの設置」も必要になる。

〇したがって、2〜3年で人事異動があるような県組織では、必要な人材も育成で
きないし、海外の公的機関等との人的信頼関係の構築も困難となる。少なくとも、
日常的に海外の地方政府機関の担当者等と、少子高齢化対策に関する情報交換をメ
ール等で実施できるような、人的ネットワークを含む基盤的体制の整備だけは、速
やかに着手することが必要になる。
 このように、国際的共創・連携等の活動の実施体制の組織化については、ヒト・
モノ・カネの視点から、高度な創意工夫が必要となる。長野県組織のどの部署がそ
れをどのように主導するのだろうか。それが決まれば初めて、県組織以外の多くの
公的機関(大学等を含む)も積極的に協力できるようになるのである。

【むすびに】
〇長野県版総合戦略の中で実施を約束した、少子高齢化の課題解決に資する、経済・
文化面での交流拡大による、「海外の特定地域」との互恵関係の構築という、政策
姿勢としては優れていても、極めて抽象的な国際的共創・連携等に係る「道筋」の
今後の具体的推進の在り方については、正に「長野県国際戦略の見直し」作業の中
で検討されるべきことである。
 速やかに見直し作業に着手しないと、地方創生のフロントランナーを目指す長野
県の総合戦略の推進スケジュールに、国際戦略という非常に先進的かつ重要な分野
での大きな「遅延」をもたらすことになってしまうだろう。

〇また、「海外の特定地域」の課題の抽出、その課題の解決方策の創出・普及・事
業化等に、その地方政府や公的機関と共創・連携等で取組む場合の地域課題につい
ては、長野県版総合戦略のように少子高齢化というキーワードに捉われ過ぎること
なく、地域住民の健康・福祉、地域の環境保全や防災など、幅広い地域課題分野の
中から抽出・特定すべきであろう。
 どのような地域課題解決活動も、直接的に、あるいは、間接的に、少子高齢化対
策としての効果をもたらしうるからである。


ニュースレターNo.70(2015年10月10日送信)

「コネクターハブ企業」を核とする地域産業振興戦略の在り方

【はじめに】
○最近よく耳にするようになった用語である「コネクターハブ企業」(後で詳しく
定義する)の育成・集積を重視した地域産業振興戦略の策定について、多くの示唆
を与えてくれる講演会に出席する機会に恵まれた。
 地域の「コネクターハブ企業」が、その地域の産業・経済の持続的発展に極めて
重要な役割を果たしてきており、したがって、@既に「コネクターハブ企業」にな
っている地域中核企業の更なる発展への支援、A地域企業の「コネクターハブ企業」
への育成、B新たな「コネクターハブ企業」の誘致などが、地域産業振興戦略の重
要な要素になるということである。

○そこで、「コネクターハブ企業」を核とする地域産業振興戦略を策定することに
なった場合には、具体的にどのような体系・構成の戦略とすべきなのか、いろいろ
な視点から考えてみた。しかし、残念ながら、現時点では、様々な戦略の体系・構
成が断片的に思い浮かぶだけで、論理的で一貫性のある戦略の体系・構成として提
示できる段階には至っていない。

○しかし、地域産業振興戦略の中での「コネクターハブ企業」の位置づけについて
は、既存の「コネクターハブ企業」の活用を重視するのか、あるいは、新たな「コ
ネクターハブ企業」の創出を重視するのか、という政策的視点の区分によって、以
下のように大きく二つの形に分類できる。
@既存の「コネクターハブ企業」の有する技術力や、地域内外とのネットワーク力
の活用を前提にした地域産業振興戦略
A既存の「コネクターハブ企業」の活用ではなく、新たな「コネクターハブ企業」
の育成・誘致など、「コネクターハブ企業」の集積増大を促進するための地域産業
振興戦略

○いずれにしても、「コネクターハブ企業」を核とする地域産業振興戦略の基本的
な体系・構成の在り方等について、自らの考え方を整理しておくことが、今後の地
域産業振興戦略の策定に関する調査研究や議論において必ず役立つと考え、今回の
ニュースレターのテーマとした次第である。

【「コネクターハブ企業」の定義】
○講演会の資料を参考にすると、「コネクターハブ企業」については、以下のよう
に定義・解釈することができる。
@地域の中で取引が集中し(ハブ)、かつ、地域外との取引を行っている(コネク
ター)企業である。地域内の複数の企業から仕入れ、付加価値を高め、地域外へ販
売している。企業間取引を通して、地域外から資金を獲得し、地域に資金を配分す
る中心的な役割を担っている。
Aこのような企業が、地域外への販売活動を活性化させることで、資金は取引先で
ある地域内の中小企業・小規模事業者に流れて行く。仕入、販売も地域内で行う
「地域型」経済活動を活性化させることにより、地域内での資金が更に循環するよ
うになっていく。
B地方創生においては、如何にして地域経済を活性化するかが大きな課題となって
おり、この課題を解決する鍵を握るのが、「コネクターハブ企業」であると言える。

○また、「コネクターハブ企業」とは、他企業等との関係に関して、「信頼に基づ
く密な協働関係」と「遠い存在との緩やかな協力関係」の両方をバランスよく実現
している企業とも言える旨を講師は解説していた。
 すなわち、このような企業は、取引関係においては、地域内から多くの原料・部
品を調達し、地域外の大規模市場や海外市場への高度な販売力を有し、研究開発に
おいては、様々な外部資源を活用して、国際市場競争力のある新製品・新ビジネス
を創出できる、イノベーション志向の企業体質を有しているというのである。

【既存の「コネクターハブ企業」を活用した新たな地域クラスター形成戦略】
○最近の国の地域産業政策においては、既に「クラスターハブ企業」の域に達して
いる地域中核企業への集中的支援によって、その地域中核企業による他の地域企業
への経済的・技術的波及効果を更に拡大し、その地域の産業・経済の発展を促すと
いうストーリーを重要視している。
 このような国の政策姿勢は、例えば、経済産業省の外郭団体である産業技術総合
研究所が、技術移転したい地域企業として、最初から地域中核企業に焦点を絞り、
具体的な支援対象企業の選定について、地域サイドに強く協力を求めてきているこ
とにも如実に表れている。

○また、その講演会では、特定の産業分野に焦点を絞った地域産業集積形成戦略
(地域クラスター形成戦略)の策定における、形成を目指す産業分野(ビジョン)
の選定・設定に関しては、
@地域内の多くの中小企業等とのネットワーク密度が特に高い「コネクターハブ
企業」の属する産業分野と関連性の高い産業分野
A「コネクターハブ企業」が、現状では取引関係の乏しい産業分野(異業種分野)
との連携(新たなネットワークの構築。発想のジャンプ)によって、創出可能な
新産業分野

などの産業分野を視野に入れて、トップダウンで選定・設定すべきものと指摘され
ている。

【新たな「コネクターハブ企業」の創出・集積増大のための地域クラスター形成戦略】
○既にいくつもの「コネクターハブ企業」を有する地域クラスターは、そのクラス
ターの更なる発展のために、その「コネクターハブ企業」が有する技術力やネット
ワーク力を活用することができ、新たな地域クラスター形成戦略の策定・実施化に
おいて、他地域に比して非常に有利な位置に立っていることになる。

○しかし、産業政策論的な視点からすれば、「コネクターハブ企業」は本来的には、
新たな産業分野の企業集積の増大を目指す、地域クラスター形成戦略の成果として
生まれるものである。そうでなければ、地方創生における地方版総合戦略の中の
「しごとづくり」に係る戦略の中に、「コネクターハブ企業」を核とする地域産業
振興戦略を組込むことができるのは、既に「コネクターハブ企業」を有する市町村
だけになってしまう。

〇「コネクターハブ企業」を持たない多くの市町村にとっては、「しごとづくり」
のために、周辺市町村との広域連携(広域経済圏の形成)によって、新たな「コネ
クターハブ企業」の創出・集積増大を目指す、地域クラスター形成戦略の策定・実
施化が必要になっているのである。

○それでは、新たな「コネクターハブ企業」創出(ビジョン)の実現を目指す地域
クラスター形成戦略は、どのようにして策定すべきなのだろうか。
 その有力な手法としては、現在進められている「長野県科学技術産業振興指針」
の抜本的見直し作業の手法(振興指針をビジョン・シナリオ・プログラムからなる
体系・構成に再編すること)を提案することができる。

○見直し後の「長野県科学技術産業振興指針」の体系・構成は、現在見直し作業が
進行中ではあるが、以下のような形(流れ)に整理されることになっている。
@科学技術の活用によって実現を目指す「総括的めざす姿」(総括的ビジョン)の
設定
 総括的ビジョン:「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」
 ↓
A総括的ビジョンの実現に、効果的かつ具体的に取組めるようにするための「各論
的めざす姿」(各論的ビジョン)の設定
 各論的ビジョン:「防災面」、「健康・福祉面」、「環境保全面」等での各論的
ビジョンの設定
 例えば、「防災面」の各論的ビジョンとしては、「インフラ施設の老朽化による
事故等が発生しない、安心して暮らせる地域社会の実現」、etc.
 「健康・福祉面」の各論的ビジョンとしては、「全国トップレベルの健康長寿の
将来にわたる承継、発展の実現」、etc.
 「環境保全面」の各論的ビジョンとしては、「良好な水・大気環境が保全された
地域社会の実現」、etc.
 ↓
B各論的ビジョンを実現するために解決しなければない課題の抽出・特定と、その
課題を解決する道筋(シナリオ)の提示
 ↓
Cそのシナリオを的確に推進するために必要な具体的施策(プログラム)の提示

○すなわち、地域住民生活の質的向上や、地域産業の高付加価値化等を実現するた
めに、解決しなければならない課題を把握し、その解決方策を創出し、その解決方
策の提供をビジネスモデル化することができるような地域企業(社会的価値と経済
的価値の両方を創造できる地域企業)の創出・育成に資する体系・構成を有する、
新たな「長野県科学技術産業振興指針」が、正に「コネクターハブ企業」の創出・
集積増大に資する地域クラスター形成戦略となりうるのである。

【むすびに】
○見直し後の新たな「長野県科学技術産業振興指針」においては、各論的ビジョン
の実現のためのシナリオとプログラムについて、正に「発想のジャンプ」によって、
非常に挑戦的で困難性の高い内容も積極的に提示されようとしている。地方創生に
おいてフロントランナーになろうとする長野県に相応しい先進的内容の指針として、
全く新しく生まれ変わろうとしているのである。

〇したがって、この新たな振興指針の具体的推進においては、必然的に、非常に技
術的困難性の高い研究開発プロジェクトを企画・実施化することが必要になる。す
なわち、従来からの産学官連携ネットワークの域を超えて、新しい異分野の「知」
も活用できる、イノベーション志向の広域的な産学官連携ネットワークの拡充強化
と、その効果的活用が必要となるのである。

○そして、このような取組を円滑に推進するためには、「コネクターハブ企業」の
有する「知」の広域的ネットワークを地域企業が共用できる、産学官連携研究開発
プロジェクトの企画・運営への支援など、地域の産学官連携支援機関も、更に高度
なコーディネート機能を発揮できるようなることを求められているのである。


ニュースレターNo.69(2015年9月22日送信)

地方創生に係る長野県版総合戦略(案)の抱える深刻な課題
―――「本質論的課題」以前の「形式論的課題」を中心として―――

【はじめに】
○長野県では、9月16日から10月15日まで、地方創生に係る長野県版総合戦略である
「長野県人口定着・確かな暮らし実現総合戦略」の(案)へのパブコメの募集が行わ
れている。
 私は、長野県の総合戦略策定作業の途中経過等から、その体系・構成が論理的欠陥
を有するものとなるのではないかと推測し、ニュースレターで幾度もその旨を訴え、
合わせて、戦略が論理的展開を貫けるようにするための手法も提案してきた。しかし、
残念ながら、私の恐れが、かなり的中したと言える総合戦略(案)になってしまって
いる。

〇10月末日を総合戦略の策定期限としているのに、パブコメの募集期限が10月15日で
あることから、長野県は、たとえパブコメによって本格的に見直し・修正すべき事態
となっても、小手先の手直しだけで、何とか切り抜けようと考えていることが推測で
きる。
 このような長野県の「パブコメの重要性(一般県民等の意見を尊重することの重要
性)」に対する基本的認識の低さについては、今春、「長野県ICT利活用戦略(案)の
パブコメ」において、「パブコメに寄せられた意見に対する県の対応等を公表する前
に、同戦略の正式決定を発表」してしまったり、「寄せられた意見を、答えやすくす
るために都合よく編集(場合によっては削除)」してしまったりする失態をおかして
しまったところに現れている旨を、ニュースレターで指摘したことがあった。しかし、
実情はあまり改善されていないようである。

〇したがって、私や他の多くの方々が、真剣に考えて提出する意見について、県がど
こまで尊重し真摯に対応するのか、非常に疑問・不安ではあるが、既にいくつかの項
目について意見を提出してある。

 皆様方にもパブコメへの積極的な意見提出をお願いしたいので、その際の参考にし
ていただけるよう、私のパブコメへの提出意見の主旨等を以下に整理してみたい。

【長野県版総合戦略の問題点@:体系・構成が論理性を欠いていること】
○この総合戦略のような、様々な地域振興のための戦略の策定において、その体系・
構成の論理性(一般県民が理解しやすい簡潔なストーリー性など)を確保するために
有効な手法が、「ビジョン・シナリオ・プログラムからなる体系・構成」の徹底であ
ることは、既に幾度も述べてきている。また、「ビジョン・シナリオ・プログラムか
らなる体系・構成」を徹底することによって、関係者が実際に現場で活用できる戦略
(策定した後、お蔵入りにならない戦略)を策定することができるのである。

〇したがって、戦略策定作業の最初に、以下の体系・構成とすることを関係者で確認・
徹底しておくことが、非常に重要となるのである。
@ その戦略によって実現を目指す姿(ビジョン)の提示
A そのビジョンを実現するために解決すべき課題の抽出・特定と、その課題の解決
への道筋(シナリオ)の提示
B そのシナリオを的確かつ効果的に推進するために必要な各種施策(プログラム)
の提示

○この総合戦略は、前述のような論理的体系・構成にすべきことの徹底を怠ったため
に、一般県民にとって、非常に分かりづらい体系・構成・内容になってしまっている。
 そのことは、総合戦略の「概要版」において、総合戦略の体系・構成・内容を、一
般県民が理解しやすいように、論理的かつ簡潔に整理・説明できないでいることから
も明らかである。

〇また、この総合戦略を更に難解なものにしてしまっている原因として、@長期的ス
パンで実現を目指す「未来の姿」(ビジョン)と、その実現のための施策「信州らし
さを伸ばす突破策」(プログラム)の提示からなる「長期的スパンの取組み」と、A
「今後5年間で実現を目指す姿」(中・短期的ビジョン)と、その実現のための施策
「施策展開」(中・短期的プログラム)の提示からなる「中・短期的スパンの取組み」
との両方に同時に取組むこととされているにもかかわらず、「長期的スパンの取組み」
と「中・短期的スパンの取組み」との関係性(役割・機能分担等)が、論理的かつ明確
に区別・整理されずに、かなり混同されていることを挙げることができる。

〇更に、ビジョンとして記載すべき事項、シナリオとして記載すべき事項、プログラ
ムとして記載すべき事項、それぞれの違い(区別して記載することの意義)が十分に
理解されておらず、記載事項がかなり混同されていることも、総合戦略を難解にして
いる原因として挙げることができるだろう。

○例えば、「V 地方創生の基本方針」の「3 活力と循環の信州経済の創出」の中
では、実現を目指す「未来の姿」(ビジョン)として「付加価値の高い製品・技術・
サービスで、長野県の企業が国内外の域外需要を取り込み、県民の暮らしを支えてい
ます。」が提示されている。しかし、そのビジョンを実現するために解決しなければ
ならない具体的課題の提示がないままに、ビジョン実現のための施策(プログラム)
である「信州らしさを伸ばす突破策」の中に、「企業の成長を支援する体制の構築な
どによる価格決定力のある製造業への転換、日本一創業しやすい県づくりを促進しま
す。」が提示されている。

〇しかし、プログラムの「価格決定力のある製造業への転換」は、ビジョンの「付加
価値の高い製品・技術・サービスを提供できるようになること」と同義(同じことを
言い替えたに過ぎない)であり、いわばビジョンの提示を繰り返しているに過ぎず、
ビジョンを実現するための本来あるべきプログラムの提示にはなっていないのである。
 このように総合戦略の中には、ビジョン、シナリオ、プログラムの違い、区分する
ことの意義が十分に理解されていないために、論理的破綻を起こし、実際に現場で具
体的プログラムの企画・実施化の「バイブル」として活用できない部分が多々あるの
である。

【長野県版総合戦略の問題点A−1:産業振興における極端な内向き志向】
○総合戦略の「しごとづくり」に相当する部分での、実現を目指す「未来の姿」(ビ
ジョン)を「付加価値の高い製品・技術・サービスで、長野県の企業が国内外の域外
需要を取り込み、県民の暮らしを支えています。」とし、その実現のために今後5年
間に取組む「基本目標」(中・短期的ビジョン)を、「地域の資源・人材を活かした
産業構造を構築することにより、仕事と収入を確保します。」としている。

○「付加価値の高い製品・技術・サービス」で、「国内外の域外需要の取り込み」を
実現するために、最初の5年間に最優先で実現を目指す中・短期的ビジョンが、なぜ
「地域の資源・人材を活かした産業構造の構築」のような内向き志向のビジョンにな
るのか。
 国内外の需要を取り込める「付加価値の高い製品・技術・サービス」の創出活動を
活性化するためには、よりグローバルな政策的視点に立った、中・短期的ビジョンを
設定する必要があるのではないのか。そして、そのビジョンの実現のために、国際的
広域展開型の各種プログラムを整備する必要があるのではないのか。

○国の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」も、その「V.今後の施策の方向」、「2
政策パッケージ(1)地域産業の競争力強化(業種横断的取組み)B新事業・新産業
と雇用を生み出す地域イノベーションの推進」において、「効果的な地域イノベーショ
ンの創出、さらには地域経済を担う中核企業の創出のためには、これまでの地域クラ
スター政策の反省点を踏まえ、以下の三つの取組が必要である。」として、その一つ
で「地域内に閉じがちで域外との連携が不十分だった反省を踏まえ、全国の資源を総
動員して積極的に活用する。」としている。
 長野県の総合戦略の中・短期的ビジョンは、これに全く逆行しているのである。長
野県と国との間で、政策的重要度(何に最優先で政策的に取組むべきかの判断基準)
に関する認識に、なぜこのような大きなズレが生じているのだろうか。

【長野県版総合戦略の問題点A―2:なぜ今、あえて地域の資源・人材に拘るのか】
○現状においても、長野県産業は、地域資源(ヒト・モノ・カネ・技術等)を最大限
に活かして産業活動を展開している。それなのに、なぜ今、地域資源の活用を、わざ
わざ政策的最重要課題として提起しているのか。総合戦略の中で、その理由を分かり
易く説明することが求められる。

○そもそも総合戦略の中で使用する用語「地域の資源」の定義は何か。本来、「地域
の資源」とは、地域のヒト・モノ・カネ・技術等、産業振興に活用できるソフト・ハ
ードの全てを含むべきと考えるが、この総合戦略では、「地域の資源」については、
人材を含まず、農林水産物等を示すような、非常に狭義に解釈して使用しているよう
に見える。

○知事は、前文で、国際的な共創・連携が重要と指摘している。前述のように、国も、
地域に対して、「地域内に閉じがちで域外との連携が不十分だった反省を踏まえ、全
国の資源を総動員して積極的に活用する。」ことを求めている。
 地域に固執することなく、全国のみならず全世界の資源(ヒト・モノ・カネ・技術
等)を活用しなければ地域も生き残れない時代に、何故、そこまで地域の資源・人材
の活用に拘るのか。地域の人材も枯渇(減少)して行くことを総合戦略自体が認め、
それを前提として、県外からの高度専門人材等の誘致を重要施策として提示している。
総合戦略の中で、論理的破綻を起こしている。

〇県外の高度専門人材等が、県内に移転してくる前段として、まず、県内の企業・大
学等と県外の高度専門人材等との間での研究開発やビジネスでの連携活動の活性化が
必要となる。したがって、「地域の資源・人材を活かした産業構造」ではなく、「地
域外の資源・人材をも効果的に活かした産業構造」の構築を目指すべきなのである。
 長野県は、根本的な政策理念の変更を必要としているのではないか。

【長野県版総合戦略の問題点B:実際には評価できない目標設定になっていること】
○そもそも5年間での達成目標に「地域の資源・人材を活かした産業構造を構築」、
すなわち「産業構造の転換」を目指すことを設定すること自体に問題(無理)がある。
 5年間での目標達成であれば、もっと実現可能性の高い目標(実現の程度を把握・
評価できる目標)を設定すべきである。

○総合戦略では、5年後に「地域の資源・人材を活かした産業構造を構築」ができた
かどうかを評価する指標として、「労働生産性」と「就業率」を設定しているが、そ
れで本当に、産業構造が、より「地域の資源・人材を活かした」ものに変化したこと
を評価・確認することができると考えているのか。あるいは、実際に、どのような手
法で達成度を把握しようと考えているのか。県としての本心をお聞きしたいところで
ある。

【長野県版総合戦略の問題点C:世界との共創・連携等に係る施策等が欠如】
○知事署名入りの前文に「世界とも共創・連携を進め、ともに課題を解決し、相互に
価値を高め合う関係をつくることも重要です。」とされているが、「V 地方創生の
基本方針」、「W 基本目標」、「X 施策展開」の中に、その政策理念に対応する
具体的施策等が明確に提示されていない。

○長野県は、1年以上前から、県の国際戦略が重要なので従来の国際戦略は見直すと
しながら、実際には何もして来なかった。したがって、その反省も込めて、この総合
戦略においては、特に県内産業の振興(しごとづくり)という視点から、
 @「共創・連携」とは、具体的にどのようなことを意味するのか。
 A 「ともに課題を解決」とは、具体的にどのようなことを意味するのか。
 B 「相互に価値を高め合う関係」とは、具体的にどのようなことを意味するのか。
それぞれについて、その意味を明確に説明した上で、具体的にどのような施策によって、
どのように取組んでいくのかを、論理的かつ簡潔に提示しなければならない。

【長野県版総合戦略の問題点D:今後5年間に取組む経済構造の転換とは何か】
○「基本目標B:地域の資源・人材を活かした産業構造を構築することにより、仕事
と収入を確保します。」の達成に向けた、今後5年間の「施策の基本的方向」と「具
体的な施策展開」の目的として、「経済構造の転換」と「経済の自立的発展を支える
担い手の確保」が掲げられている。

〇「地域の資源・人材を活かした産業構造の構築」(中・短期的ビジョン)を今後5
年間で実現するための施策(中・短期的プログラム)として、「経済構造の転換」
(中・短期的ビジョン)の実現を目指すとは、どのようなことなのだろうか。前述し
た、ビジョン、シナリオ、プログラムを区別できないことによる論理的破綻の事例の
一つと言える。
 また、「経済構造の転換」が、5年間で実現を目指すべきものではないことは誰の
目にも明らかであるが、ここではその議論はしない。
 しかし、いずれにしても、長野県の現状の経済構造をどのような経済構造へ転換す
ることを目指すのか。実現を目指す中・短期的ビジョンがまず具体的に提示されなけ
れば、それを実現するための施策(中・短期的プログラム)の企画・実施化をするこ
とはできないはずである。

【長野県版総合戦略の問題点E:加工食品輸出増に資する具体的施策の提示】
○「(1)経済構造の転換」、「ア 県内産業の競争力強化」、「具体的な施策展開」
の「(ア)県内企業の国内外市場、成長期待分野への展開支援」における「重要業績
評価指標(KPI)」に、様々な輸出品の中から、特に加工食品を抽出し、「加工食品の
輸出額」として提示している。
 しかし、そのKPI達成のための「具体的な施策展開」の場所(「県内企業の国内外市
場、成長期待分野への展開支援」や「新技術・新製品の開発促進」)には、加工食品
の国外市場、成長期待分野への展開を支援する具体的施策は提示されていない。これ
では、加工食品のKPIを達成するための、県として具体的活動を実施することができず、
期間内での目標達成も危ぶまれることになる。

○現状の加工食品を宣伝活動等で海外に売り込むことは当然として、単に商品イメー
ジ(豊かな自然、健康長寿などに基づく)だけではなく、本質的な優位性(例えば機
能性など)によって、海外で売れる(海外市場で競争力を有する)新規加工食品の、
産業界での創出活動を活性化することに資する、効果的かつ具体的な施策の提示が必
要なのである。

【長野県版総合戦略の問題点F:中小企業振興条例の「県の責務」を果たすべきこと】
○総合戦略の「V 信州創生の基本方針」、「W 基本目標」、「X 施策展開」の
中では、県内中小企業の振興に係る事項が多々出てくる。しかし、長野県における中
小企業振興に関する法的規範である「長野県中小企業振興条例」に定められた「県の
責務」を果たそうとする姿勢が全く現れていない。

○条例で定められた「県の責務」とは、「県は、特に産業イノベーションの創出が図
られることに留意して、中小企業の振興に関する施策を総合的に策定し、及び実施す
るものとする。」ということである。そして、産業イノベーションとは、「新たな製
品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を生み出し、経済社会の大きな変化を創
出することをいう。」と定義されている。

○言い替えると、長野県は、「新たな製品又はサービスの開発等を通じて、経済社会
の課題を解決し、質的に豊かな経済社会の創出に貢献できるようにすること(経済的
価値の創造と社会的価値の創造とを整合させること=貢献と自立の経済構造への転換)」
に配慮して、中小企業振興施策を策定しなければならないということである。総合戦
略の中では、その「県の責務」を果たそうとしている姿勢が全く見えてこない。

〇総合戦略においては、「V 信州創生の基本方針」の「4 信州創生を担う人材の
確保・育成」や、「X 施策展開」の「2 社会増への転換」・「(2)イノベーシ
ョンを誘発する企業・研究人材の誘致」・「イ高度専門人材の誘致」などの中に、「イ
ノベーション」という用語が使われているが、「長野県中小企業振興条例」の「産業
イノベーション」とは、全く異なる定義をしている。中小企業振興条例の産業イノベ
ーションの定義は、経済社会に大きな変化を創出すること(経済社会の課題を解決し、
質的に豊かな経済社会を創出すること)まで含むが、総合戦略でのイノベーションの
定義は、そこまでのレベルを含まない低次元の定義となっている。
 中小企業振興の法的規範である「長野県中小企業振興条例」の「産業イノベーショ
ンの定義」を優先すべきと考える。

【むすびに】
〇長野県版総合戦略の策定担当部署の中には、今回の総合戦略(案)の全体を何度も
繰り返し読み込み、その論理的展開に矛盾はないか、一般県民が理解しにくい表現は
ないか、などについて真剣にチェックした職員は何人いたのだろうか。また、その全
体を読み込んだ職員による、総合戦略(案)の論理的欠陥の有無などに関する議論は
どの程度行われたのだろうか。

〇ここで指摘してきた、総合戦略(案)のいわば形式論的問題は、複数人の真剣な読
み込みで気づき修正できるレベルのものである。
 この総合戦略(案)(概要版を含めて)を読むことによって、県が正式に公表する
総合戦略(案)が、本来到達しているべき「完成度」に関する県の担当部署の認識の
低さ・甘さや、その「完成度」をチェックすべき県の体制の機能不全などが垣間見え、
フロントランナーを目指す長野県が、本当にそれに相応しい、他県等に比して優位性
を有する政策の策定・実施化ができるのか、不安を覚えたのは私だけではないだろう。


ニュースレターNo.68(2015年9月13日送信)

健康づくり県民運動「信州ACEプロジェクト」とは何なのか
―――メタボ気味のB君のプロジェクトに対する不満と不信感を解消するために―――

【はじめに】
○最近体重が5kgも増え、人間ドックで高血圧と高脂血症であると診断されショック
を受けたメタボ気味のB君は、長野県の広報誌等で良く目にする、県が大々的にPRして
いる健康づくり県民運動である「信州ACEプロジェクト」に参加すれば、少しはメタボ
を解消し健康を改善できるのではないかと期待感を抱いた。そこで、さっそく長野県
のホームページを開いてみた。

〇まず、そのトップページの最も目立つ場所に、大きく「世界一の健康長寿を目指す。
信州ACEプロジェクト」というバナー(リンクの画面)があることから、同プロジェ
クトが県の最重要プロジェクトであることが良く分かり、B君の「信州ACEプロジェク
ト」への期待は益々高まったのである。そして、すぐにそこをクリックした。
 しかし、現れた画面には、最初のバナーとほとんど同じ画面の下に、「新着情報」、
「健康づくりトピックス」、「県が主催するスポーツ関連イベントの情報」等の一般
的な情報しか掲載されておらず、どこにもB君が取組むべき健康増進プログラムの具体
的提示が全くなされていないことにがっくりし、B君は、自分の期待が甘かったことを
直感してしまったのである。

〇それでもB君は、その画面から「信州ACEプロジェクト」は、「Action(体を動かす)」、
「Check(健診を受ける)」、「Eat(健康に食べる)」から構成されていることが何と
なく理解できたので、何とか気を取り直し、まずは、高血圧と高脂血症から抜け出す
ことに資する運動に取組みたいという強い思いから、「Action(体を動かす)」をク
リックしてみた。
 するとそこには、「Actionで生活習慣病の予防ができ、階段利用や徒歩運動・散歩
や掃除など、少し意識して体を動かすことで効果が期待できる。」というような、B君
にとって至極当然の内容の記載があるのみだった。
 具体的にどのような運動をどの程度(時間、回数など)日々実施すれば良いのかな
ど、直ちに最適な運動に着手することに資する具体的アドバイスを期待していたB君は、
非常にがっかりしたのである。

〇更にいろいろホームページの中を探しても、県内のウォーキングコースの紹介や歩
く時の注意事項等が掲載されているだけで、B君が最も知りたかった、高血圧と高脂血
症を改善・予防するために実施すべき、具体的な「運動の方法」を見出すことができ
なかったのである。
 B君は、「これでは、県民一人ひとりが、自分の健康増進・維持という目標の達成の
ために実施すべき科学的な『運動の方法』が全くわからず、極めて不親切だ。」と、県
に対する強い不満・不信感・失望感を私にぶつけてきたのだった。
 以下では、B君が関心を持った「信州ACEプロジェクト」の「Action(体を動かす)」
の本来的在り方について議論し、B君の県への不信感等の払拭に資する方策の提案に努
めてみたい。

【「信州ACEプロジェクト」の課題@:優位性ある運動プログラムの提示】
〇B君だけでなく、ほとんどの県民は、高血圧や高脂血症など生活習慣病の改善・予防
に運動が効果的であることは十分に理解している。要は、どのような運動をどのように
日々行えば最も効果を上げられるのかを知りたがっているのである。
 それを具体的に提示もせずに、ただ念仏のように「Action!Action!」と県が叫んで
も、個々の県民は、具体的かつ日常的にどのように運動して良いのか分からない。した
がって、このままでは、「信州ACEプロジェクト」の目的である「生活習慣病の予防によ
る世界一の健康長寿の実現」への取組みは、県民に広く浸透することは期待できないの
である。県民に広く浸透しにくいということは、「信州ACEプロジェクト」の目的を達成
しにくいということになるのである。

〇B君を含め一般県民それぞれが、自分に適したどのような運動をどのように実施すれば
良いのかを理解・納得し、直ちに着手できるように、具体的な運動プログラムの提示が
必要なのである。しかも、「最高品質の行政サービス」の提供を県民に約束している長
野県としては、その運動プログラムを、他県等に比してより効果の高い、優位性を有す
る最高品質ものとして提供できるように、最大限の努力をしなければならないことは明
らかなのである。

〇もし長野県として、県民に対して最高品質の運動プログラムを直ちに提供できないの
なら、長野県には、少なくとも、優位性ある新たな運動プログラムの創出・提供への大
まかな道筋を提示することぐらいは、「信州ACEプロジェクト」の中で責任を持って実施
してもらいたいものである。

【「信州ACEプロジェクト」の課題A:運動効果を容易に把握できるツールの提供】
〇B君は、「信州ACEプロジェクト」に期待することをあきらめたかのように、今度は、
自分に必要な日々の目標運動量等を提示するとともに、その目標運動量等の日々の達成
度を把握でき、自分で日々の運動の質・量をコントロールできるようにするツールが欲
しいと訴えてきた。それに対して、私は、目標運動量等の達成度を日々把握できるだけ
でなく、B君の日々の運動が血圧や血中の脂質量の低下へどのように影響しているのかを
日々チェックできるようなツールがあれば、もっと、目標運動量等の達成に取組む意欲
が高まるのではないかと提案すると、ある健康保険組合の職員でもあるB君は、そこまで
対応できるツールが普及すれば、組合員の医療費は大幅に削減できることになるだろう
と目を輝かせた。

〇B君が欲しがっているような、自分の日々の目標運動量等の達成度管理や、その医学
的効果の日々の把握ができるようなツールが具現化されれば、B君のみならず、同様な
健康上の課題を有する人々の運動意欲を高め、結果として生活習慣病患者の数の減少に
大きく貢献でき、「信州ACEプロジェクト」の目的である「世界一の健康長寿」の実現
への着実な近道が開かれることになるのである。

【「信州ACEプロジェクト」の課題B:県民の健康増進と県内産業の発展との整合】
〇生活習慣病の改善・予防は、全国的にも世界的にも非常に大きな課題である。した
がって、前述のツールのような生活習慣病の改善・予防に資するソフト・ハードの市
場規模は、国内外で非常に大きく、かつ、持続的に拡大していく可能性が高いことから、
産業界にとっては非常に魅力のある市場分野となるのである。

〇その魅力のある市場分野に、県内企業が参入するためには、例えば、前述のような
非常に技術的困難性の高いツールの創出に取組まなければならない。そのツールの創
出への技術的ハードルが高ければ高いほど(技術的な市場参入障壁が高ければ高いほ
ど)、技術力の高い研究開発型の県内企業は、そこに大きな独占的ビジネスチャンス
を見出し、広域的な産学官連携(最も効果的な研究開発推進体制の構築など)によって、
積極的に研究開発に取組むことになる。

〇もし、「信州ACEプロジェクト」を推進する県の健康増進担当部署から県内企業に対
して、前述のツールに求められる機能等を含む、いわゆる「仕様」が医学的視点等から
論理的に提示されれば、県内企業による当該ツール創出への研究開発活動は大きく加速
されることになるだろう。
 ただし、そのような「仕様」の提示をするためには、健康増進担当部署サイドでの、
様々な運動とその健康増進効果等に関する高度で詳細な調査研究がなされなければなら
ないだろう。健康増進担当部署サイドに、そこまでの調査研究に対する強い使命感と高
度な調査研究企画・運営能力があるか否かが、県内企業の健康増進分野(有望市場分野)
への参入速度に大きく影響を及ぼすことになるのである。

〇すなわち、長野県民の健康増進と県内産業の発展との整合(Win‐Winの関係)を実現
するためには、長野県の健康増進担当部署と産業振興担当部署が緊密に連携し、「信州
ACEプロジェクト」の健康増進効果を最大限に高めるツールの、県内企業による創出・
提供活動を加速することに資する政策的措置を速やかに講ずることが必要になるので
ある。

【むすびに】
〇長野県は、その地域イノベーション戦略の中で、「大学等の研究成果(技術シーズ)
志向型の研究開発促進戦略」と「健康・福祉現場の課題解決ニーズ志向型の研究開発
促進戦略」の両輪駆動によって、県民の健康増進と県内産業の発展との効果的整合を
通して、地域イノベーションの創出を加速する旨を提唱している。

〇シーズ志向型、ニーズ志向型、いずれの型の研究開発活動も、県内外の大学・研究
所等の先端的研究成果(技術シーズ)と県内企業の優れた超精密技術等との融合(産学
官連携研究開発コンソーシアムの形成)によって、初めて、その成果の早期具現化に
期待できるようになるのである。
 そして、その産学官連携研究開発コンソーシアムの中に、長野県の健康増進担当部
署が本格的に参画できるようになれば、長野県の地域イノベーションの創出の「仕掛け」
の中のニーズ志向型の部分が格段と高度化でき、他県等に比して大きく優位性を有す
る地域イノベーション創出システムが構築できることを、関係の皆様に強く訴えたい
のである。


ニュースレターNo.67(2015年8月29日送信)

長野県の健康関連産業振興における政策的弱点

【はじめに】
○ここで議論する健康関連産業については、県民の健康増進に資するソフト・ハー
ドを提供する産業と定義する。したがって、当該産業に属する企業は、健康関連企
業ということになる。
 その健康関連産業が、県内で発展することに資する施策の基本的構成は、以下の
ように大きく分類・整理できるだろう。
@健康関連企業が、健康増進に関する顕在的あるいは潜在的な県民ニーズや行政ニ
ーズを把握できるようにすることへの支援
A健康関連企業が取組む、把握した健康増進ニーズに応える(健康増進に係る課題
の解決に資する)ソフト・ハードの開発への支援
B健康関連企業によって開発されたソフト・ハードの評価・普及・事業化への支援

○長野県の最大の政策的弱点(政策的に深刻な課題)は、その健康増進担当部署が、
上記の@〜Bの支援の推進に参画することに対して、極めて消極的である(その必
要性を認識できないでいる)ことである。県民の健康増進上の課題に関する情報の
把握・提供、その課題の解決に必要なソフト・ハードに求められる仕様(機能等)
の提案、開発されたソフト・ハードの評価・試行、優れた機能を有する新規ソフト・
ハードの県民への普及などの活動においては、本来的には、県の健康増進担当部署
がリーダーシップを発揮することが期待される。しかし、現状では全く動く気配が
ないのである。

【県の健康増進担当部署の政策的消極性1:ACEプロジェクトへの取組み姿勢】
○長野県が、世界一の健康長寿を目指して、現在最も力を入れて取組んでいるのが、
健康づくり県民運動「信州ACEプロジェクト」である。Action(体を動かす)、Check
(診断を受ける)、Eat(健康に食べる)によって、健康の維持・改善を図ろうとい
う取組みである。

〇県の健康増進担当部署は、そのACEプロジェクトを県民運動として、広く深く県
内に浸透させるために、関係機関等による推進ネットワークを立ち上げるなど努力
はしている。しかし、健康増進担当部署は、県民運動として活発化させるPR的施策
への取組みが全てと認識し、ACEプロジェクトで提供される個別の健康増進プログラ
ムの科学的効能を格段と向上させるための研究開発等の、科学的取組みの必要性
(重要性)には気づいていない。その研究開発等には、他県等の誰かが取組み、そ
の成果は提供してもらえるものと考えているようである。これが、健康増進施策の
先進県との決定的違いの一つなのである。

○例えば、ACEプロジェクトを成功に導く上で重要な役割を果たす、科学技術や産
業技術に期待される役割としては、以下のようなことが考えられる。
@楽しみながら運動ができ、ほんの少しであってもその効果を実感できるツールの
開発
A楽しみながら食生活を改善でき、ほんの少しであってもその効果を実感できるツ
ールの開発
B個人個人の健康診断データを、個人個人の運動や食生活改善に効果的に活用でき
るツールの開発 等

○上記の@〜Bのツールが、実際に開発され普及すれば、ACEプロジェクトは、更
に効果的に展開できるようになることは、県の健康増進担当部署も理解できるはず
であるが、なぜか、このような産業界の活動に参画あるいは支援等をしようとしな
いのである。

【県の健康増進当部署の政策的消極性2:健康長寿要因の調査・研究への取組み姿勢】
〇長野県は、「信州保健医療総合計画」の中で、健康長寿の要因を調査・分析し、
その結果を施策に反映えすると宣言している。そして、その調査・分析によって、
長野県の健康長寿の要因は、県民の健康意識が高いことや、地域医療保健活動が活
発なことなどであると結論付けている。
 この結論付けをもって、健康長寿要因の調査・分析は終了で、更に踏み込んだ調
査・分析は実施しないとのことである。

○今回の調査・分析で結論付けらたことは、既に県内では常識になっていることで
ある。多くの県民や企業等は、この調査・分析には、既に常識になっている、いわ
ば社会科学的要因の再確認ではなくて、人体に直接的に関わる、生理学的要因、更
に言えば、健康長寿決定因子の抽出・特定のような、新たな知見の獲得を期待して
いたことだろう。
 それが、極めて困難なことは誰もが理解できるだろう。しかし、その困難性に挑
戦しようとする、積極的な姿勢が全く見えないことに失望している人も多いと思わ
れる。

〇「日本一の短命県」と言われる青森県が、その汚名を返上したいという知事の熱
い思いの下に、弘前大学と連携して、長年にわたって蓄積されてきた、県内外の健
康診断情報(ビッグデータ)を活用し、アルツハイマー型認知症の発症前に発症し
そうな人を抽出できる因子を特定し、その因子を有する人に必要な予防措置を講ず
ることができるようにする手法の研究開発に取組んでいる。
 当然、この研究開発成果は、青森県に止まらず、全世界の人々の健康増進に大き
く貢献するとともに、青森県の健康関連産業には、研究開発成果の産業応用を通じ
て、膨大な利益をもたらすことになることも織り込み済みであろう。

○長野県でも、健康増進担当部署が主導し、青森県のような先進的な研究開発手法
を活用し、健康長寿決定因子の抽出・特定、その健康長寿決定因子の体内増大に資
する運動や食事に関連するソフト・ハードの創出・普及・事業化等に挑戦して欲し
いのである。
 まずは、青森県のような先進的取組み事例を広く調査し、長野県に適合する(応
用可能な)取組みを推進している大学、研究所、中核的産業支援機関等との情報交
換など、初歩的な調査研究活動から着手することを提案したい。

【県の健康増進担当部署の政策的消極性3:先進的健康増進手法創出への取組み姿勢】
○長野県の健康増進担当部署の挑戦的姿勢の欠如の原因を探る上で参考になるのが、
過去に私が聞いた健康増進担当課の責任者のある言葉である。その主旨は、「長野
県の健康増進担当部署は、新たな健康増進用のソフト・ハードの研究開発に取組む
ようなことは全く考えていない。既にどこかで開発され、その安全性や効果が全国
的に確認・実証されたものを導入すれば良いのである」というものであった。

○確かに、この政策的姿勢は、県民の安心・安全確保という視点からは、堅実で優
れたものと言えるのかもしれない。しかし、長野県知事は、「長野県は地方創生に
おいてフロントランナーになる」、「どの都道府県でもやっているような施策では
意味が無い」、「県民には最高品質の行政サービスを提供する」というような、他県等
を先導する、あるいは、他県等に対して明らかな優位性を有するような先進的な政
策的姿勢を貫く旨を宣言している。
 その宣言を具現化するためには、前述の健康増進担当部署のような、新規性や困
難性への挑戦を避けるような政策的姿勢は許されないのである。

【むすびに】
○県の健康増進担当部署と産業振興担当部署との効果的連携の先進事例は、三重県
の取組みの中に見出すことができる。三重県では、健康増進担当部署に「ライフイ
ノベーション課」を設置し、「みえメディカルバレー構想」を推進している。
 この構想の基本理念は、競争力のある「医療・健康・福祉産業の振興」に取組み、
「活力ある地域づくり」と「県民の健康と福祉の向上」を目指すことである。
 このことからも、三重県の「県民の健康と福祉の向上」に資する施策への取組み
姿勢が、長野県に比して如何に積極的で戦略的であるかが理解できるだろう。

○健康関連企業による県民の健康増進ニーズ把握への支援、そのニーズに応えるソ
フト・ハードの企画・設計への支援、開発されたソフト・ハードの評価・普及への
支援など、健康関連産業振興施策の極めて重要な中核部分を担うことには、産業振
興担当部署より健康増進担当部署の方が適していることは明らかなのである。三重
県は、この当然の論理に従って施策展開をしているに過ぎない。施策展開における
フロントランナーを目指す長野県にできないはずがないのである。


ニュースレターNo.66(2015年8月7日送信)

県版総合戦略と市町村版総合戦略の優位性ある連携・役割分担の確保
―――県は「地方創生のフロントランナー」に相応しい、県版総合戦略の
策定と市町村版総合戦略策定への的確な支援ができるのか―――

【はじめに】
○平成27年8月3日付け信濃毎日新聞に、「人口減対策 県の役割重く」という大見
出しの下に、「地方版総合戦略づくりをめぐっては、政府主導の手法に疑問が強い
上、策定に関わる人員不足、本年度末とされる策定期間の短さ、不透明な財源への
不安が市町村に広がっている。地方の自主性を発揮するためには、小規模自治体を
支援し、市町村の広域連携を促す立場にある県の役割が大きい。」と掲載されていた。
 要するに、地方版総合戦略の策定に関する市町村の不安や悩みが解消されるため
には、県の支援が不可欠である旨が指摘されているのである。

〇また、その記事によると、県は、県版総合戦略に盛り込む具体的施策を探るため
に、地方事務所ごとに10回の市町村長等との意見交換会を開催している。南佐久郡
の会場で、川上村長が、小規模の町村では単独での保育士や保健師の人材確保が難
しいので、広域の人材バンクを作ってみてはいかが、と提案すると、知事は「大賛
成。総合戦略に書き込みたい。」と即答したとのことである。
 このことは、長野県の県版総合戦略策定手法の「受動的側面」を象徴する事例と
して捉えることができる。

【県版総合戦略の「受動的策定手法」と「能動的策定手法」】
○長野県は、「人口定着・豊かな暮らしの実現に向けた施策展開の方向性(中間と
りまとめ)」に記載するように、「地方創生のフロントランナー」になることを宣
言している。また、知事は「どの都道府県でもやっているような内容を上回る施策
を打ち出さねば意味が無い。」とまで語り、その姿勢を鮮明にしている。

〇フロントランナーに相応しい、他県等に対する優位性を有する総合戦略を策定す
るためには、「受動的策定手法」だけではなく、県が市町村に対して強力なリーダ
ーシップを発揮(全県的にあるいは広域的に実現すべきビジョン、ビジョン実現へ
のシナリオ、シナリオ推進に必要な各種プログラムの提示と、それへの参画要請な
ど)する「能動的策定手法」が不可欠になることは明らかであろう。
 以下に、その2つの策定手法の違いを整理しておきたい。
@ 受動的策定手法
  市町村が、その人口減対策として自ら実施するよりも県が実施した方が合理的
 であるとして、県に要望した施策を取捨選択し、県版総合戦略の中に位置付ける。
A 能動的策定手法
  県が、県全体の発展方向を見据え、その発展を関係市町村との連携の下に実現
 するために、県が主導する人口減対策(県版総合戦略に位置付け)に、関係市町
 村が参画するように動機づけ、関係市町村の総合戦略の中にその役割分担を位置
 付けさせる。

○知事が川上村長の提案を受け入れたというのは、正に@の策定手法に相当するも
のである。そして、Aの策定手法の一環としてなされたと言えるのが、意見交換会
の場での「県版総合戦略の重点検討7項目」の提示であろう。しかし、この検討項
目の整理の仕方等には、形式論的にも本質論的にも大きな課題が内在している。そ
れについては以下で議論したい。

【「県版総合戦略の重点検討7項目」の形式論的課題】
○「県版総合戦略の重点検討7項目」は、総合戦略のビジョンに相当するもの、ビ
ジョン具現化のためのシナリオや個別・具体的プログラムに相当するものなど、種々
雑多な項目を含み、論理的に整理・構成されているとは言い難い代物である。

○例えば、ビジョンに相当する項目については、総合戦略策定作業の初期段階で検
討すべきであり、ビジョン具現化のためのシナリオや個別・具体的なプログラムに
相当する項目については、ビジョンがしっかり固まってから検討すべきことになる。
 したがって、総合戦略策定に係る、県と市町村との連携・協力のための作業につ
いても、ビジョン、シナリオ、プログラムの中の何を対象にするのかによって、全
く異なる対応が求められることになる。非常に扱いにくい検討項目リストというこ
とになる。

※参考
 「県版総合戦略の重点検討7項目」の各項目に、ビジョン、シナリオ、プログラ
 ムの何に相当するのかを付記したもの
@ 新たな暮らし方・働き方の創造
・農業で自給し自分の好きな仕事と両立させる「半農半X」など新しい働き方を可
能とする地域づくり(ビジョンに相当)
・女性が妊娠・出産・子育てを経ても望んだ就労機会に恵まれる社会づくり(ビジ
ョンに相当)
A 未来を担う人材の確保・養成
・技能職種の人材育成を進める「信州マイスター制度」の創設(プログラムに相当)
・首都圏の大企業などの技術者や経営幹部の県内中小企業への誘致(プログラムに相当)
B 結婚・出産・子育て安心県づくり
・県と市町村の連携による「子育て支援戦略」の推進(シナリオに相当)
・出産や子育てと仕事の両立を推進する企業を認証する制度の普及(プログラムに相当)
C 地域内経済循環システムの構築
・県産木材の利活用の最大化(シナリオに相当)
・官民が連携して観光振興に取り組む新組織の立ち上げ(プログラムに相当)
D 大都市との共創・連携・相互補完
・二地域居住の促進(シナリオに相当)
・長野県の強みを生かした企業の本社機能・研究所、政府関係機関の誘致(プログラム
に相当)
E 賑わいのある快適なまち・むらづくり
・人口減少が進んだ過疎地域でも暮らし続けられるよう、生活サービス機能を集約
し、交流を生み出す「小さな拠点」の形成支援(シナリオに相当)
・都市部の高齢者を受け入れる長野県版のモデルの構築(シナリオに相当)
F 暮らしを支える医療・介護体制の強化
・安心して暮らし続けることができる医療介護圏域づくりの推進(ビジョンに相当)
・県と市町村が連携して保健福祉人材を確保(シナリオに相当)

〇県版総合戦略とは、正に人口減対策に係る戦略なのである。人口減対策には、社
会減対策と自然減対策がある。したがって、「県版総合戦略の重点検討7項目」と
は、社会減対策あるいは自然減対策としての効果的な施策の企画・実施化のために
検討すべき項目ということになる。
 しかし、実際の「県版総合戦略の重点検討7項目」は、社会減対策としての施策
の企画・実施化のための検討項目なのか、自然減対策としての施策の企画・実施化
のための検討項目なのか、あるいは、社会減対策も自然減対策も失敗した場合の最
悪の事態への対策のための検討項目なのか、項目設定の視点が不明確なままに整理
されてしまっているのである。

○また、検討項目の整理の在り方については、県版総合戦略策定作業の川上から川
下への視点で区分・整理すると、以下のようになるだろう。
@県が、その提示したい地方創生に係るビジョンを市町村と共有し、その具現化の
ためのシナリオ、プログラムの策定・実施化についても、市町村との連携・共同に
よって取組めるようにするために検討すべき項目
A県が、既に市町村と共有している地方創生に係るビジョンの具現化に向けて、県
が描くシナリオへの市町村の参画を促すために検討すべき項目
B既に市町村の参画の意思を確認しているシナリオの的確な推進に必要な、個別・
具体的なプログラムの市町村の利用を促すために検討すべき項目

 以上を参考にした重点検討7項目の再整理が必要になろう。この再整理作業が、
県版総合戦略の論理性の確保に大きく貢献することになるのである。

【「県版総合戦略の重点検討7項目」の本質論的課題】
○「県版総合戦略の重点検討7項目」の本質論的課題とは、検討項目が、総合戦略
のビジョン、シナリオ、プログラムを、他県等に比して優位性を有するものにする
ことに資するレベルに達しているのか、ということである。
 残念ながら、この項目一覧の中からは、他県等に誇れる「地方創生のフロントラ
ンナー」に相応しい、優位性ある施策の提示を期待させるような検討項目は見出せ
ない。

○既存施策の積上げや市町村からの要望を基にする、いわゆる「受動的策定手法」
には、「地方創生のフロントランナー」に相応しい他県等に誇れる優位性のある施
策の創出を期待することはできない。長野県が苦手としている「能動的策定手法」
に重点を置く、挑戦的な戦略策定姿勢への大胆な転換が不可欠となる。
 今後の関係者間での議論によって、知事が語るような「どの都道府県でもやって
いるような内容を上回る施策」が、県版総合戦略の中に多数位置付けられることを
期待したい。

【県版総合戦略と市町村版総合戦略の役割分担を調整するシステムの必要性】
○例えば、A市版総合戦略の「しごとづくり」のための産業振興ビジョンを具現化
するために必要な個別・具体的プログラムについては、県版総合戦略の中に位置付
けた方が良いもの、A市版総合戦略の中に位置付けた方が良いもの、県版とA市版
の両方の総合戦略にそれぞれの役割分担を位置付けた方が良いものなどが出てくる
だろう。

○県版とA市版の両方の総合戦略の策定作業に参画し、それぞれの役割分担を両方
の総合戦略の中に、的確に配分・位置づける重要作業は、だれが責任を持って担当
すべきなのだろうか。あるいは、どのような「調整システム」を構築・運営すれば、
県版とA市版の総合戦略は、効果的に機能する役割分担を明確に位置づけた形で策
定されうるのだろうか。

○この「調整システム」が無いままに、県と市町村がそれぞれの思いで総合戦略を
勝手に策定しあえば、本来的には県版総合戦略と市町村版総合戦略は、相互に相乗
的あるいは補完的な役割分担機能を発揮できるように策定されるべきであるにもか
かわらず、不必要な重複部分が多かったり、あるいは肝心な施策が脱落したりした、
非合理的で機能しにくい総合戦略が多数生まれることになってしまうだろう。

○このような事態を避けるためには、地方版総合戦略の策定に係る県の的確なリー
ダーシップが発揮されること、より具体的には、県が能動的策定手法を重視して県
版総合戦略を策定することが、どうしても必要になるのである。
 例えば、県の強力なリーダーシップ(全県的にあるいは広域的に実現すべきビジ
ョン、ビジョン実現へのシナリオ、シナリオ推進に必要な各種プログラムの提示と、
それへの参画要請など)への市町村の反論・要望等に対して、県がきめ細やかに対
応すれば、結果として、県版と市町村版の総合戦略の調整が合理的に図られること
になるのである。

【むすびに】
○8月6日開催の「人口定着・確かな暮らし実現会議」(会長:知事)で、県版総合
戦略である「長野県人口定着・確かな暮らし実現総合戦略」の骨子(案)が公表さ
れた。前述した「県版総合戦略の重点検討7項目」の課題をそのまま引きずり、
「中間報告」と変わらず、形式論的にも本質論的にも、大きな課題を抱えたままの
ものであった。
 形式論的課題:論理性を欠き、無理に複雑化したような理解しにくい体系・構成 etc.
 本質論的課題:「地方創生のフロントランナー」に相応しい、他県等に対する優
        位性はどこにあるのか不明 etc.

○私は、長野県が、様々な政策分野で、日本一になる(あるいは、世界一になる)
と宣言する挑戦的姿勢を高く評価している一人である。しかし、残念ながら、長野
県には、その宣言を本当に実現するために不可欠な「論理的取組み」への積極性
(熱意)と専門性(知恵)の両方が不足している。その結果として、心地よい「政
策的キャッチフレーズ」だけが先走る状況が続いているのである。

○例えば、「論理的取組み」をするためには、そのバイブルとなる論理的戦略(ビ
ジョン、シナリオ、プログラム)を策定しなければならない。しかし、現状の長野
県については、その論理的戦略を策定するために必要な能力を十分に有していると
は言えないことを、今までのニュースレターの中で、様々な事例を通して何回も指
摘してきている。
 そこで、ここでは、今すぐにでも金をかけずに取り組める、長野県職員の戦略策
定能力を高めるための一つの手法を提案したい。

〇長野県の様々な行政分野の策定済みの戦略が、形式論的にも本質論的にも多くの
問題を抱えるために、有効に活用されないままに放置されている現状がある。これ
らの「問題を抱えた戦略」は、長野県職員の戦略策定能力向上のための研修会等の
「教科書」としての高い利用価値を有している。なぜならば、「問題を抱えた戦略」
の問題の中味を詳しく学ぶことによって、「問題を抱えた戦略」、すなわち、「有
効に活用できないような戦略」を策定しないようにする能力を養うことができるか
らである。
 「問題を抱えた戦略」を人目につかないようにそっと倉庫に眠らせおきたい気持
ちも理解できるが、せっかく苦労して策定した戦略である。職員の人材育成用の
「教科書」として日の目を見させ、有効に活用することをお勧めしたい。


ニュースレターNo.65(2015年7月20日送信)

「地方創生」における国と地方自治体の「しごとづくり」戦略の在り方
―――国庫補助金導入「モデルケースづくり」を真に地域産業活性化に資するものとするために―――

【はじめに】
○過日、経営感覚に優れた地方自治体の首長の主導による新ビジネス創出の先進事
例の紹介等を通じた、「地方創生」における「しごとづくり」の在り方を議論する
シンポジウムを聴講した。そこで紹介された先進事例は、国によって選定された33
件の「地域活性化モデルケース」の中で、地方自治体と企業の緊密な連携による地
域再生のための取組みとして、国が特に高い評価を与えているものであった。

〇残念ながら、その33件の中に入っている長野県塩尻市の「森林資源の循環活用に
よる持続可能な田園都市づくり計画」の紹介はなかった。塩尻市の事例が紹介され
なかった理由については、その「地域活性化モデルケース」選定の申請書に相当す
る「地域再生計画」に目を通していただければ、直ちに推測できるだろう。
 すなわち、塩尻市の事例は、シンポジウムで紹介された各事例に比して、計画の
企画・実施化における首長の主導性・積極性が弱く、ビジネスプランの独創性や優
位性、当該自治体内の産業・経済への波及効果等においてもアピール性が低いもの
であることが良く理解できるからである。このことについては、後ほど触れてみたい。

【公正な市場競争環境の下での「しごとづくり」促進の必要性】
○このシンポジウムで紹介された、民間企業経験を有するなど経営感覚に優れた首
長のリーダーシップによって策定された「地域再生計画」による「しごとづくり」の
体系・骨格は、その自治体の地域資源(農林水産物が中心)を有効かつ高付加価値
型に活用する新ビジネス分野を特定・提示し、その創出のプレーヤーとなる、民間
企業等の事業主体が、市場競争力の高い事業活動を展開することに資する、支援ツ
ール(ソフト・ハード)を整備するというものである。その支援ツールを如何にし
て、他地域に比して独創性や優位性を有するものにすることができるか否かが、「地
域再生計画」の具現化の決め手になるのである。
 したがって、「地域再生計画」を主導する首長の政策策定・実施化手腕と、同計
画のプレーヤーである企業経営者の経営手腕の両方が、独創性、先見性、戦略性等
において突出し、かつ、それが効果的に連携・融合できることが、同計画の目的・
目標の達成を加速する主要因となるのである。

〇「地域再生計画」によって、創出を目指す「しごと」とは、地方自治体・企業の
連携による意欲的なビジネス(農業や漁業の6次産業化、林業・林産業システムの高
度化など)ではあるが、そのビジネスに参画する企業の設備投資等には、多額の国
庫補助金や自治体からの人的・資金的支援が投入されており、通常の市場競争環境
の中で、自己資金や金融機関からの融資のみで、新規創業を目指す起業家や新事業
分野への参入を目指す中小企業にとっては、直接的には、有用な参考事例とはなり
えないものであった。

○また、多額の補助金を得て生産体制等を整備してスタートした、地方自治体・企
業の共同経営体は、行政によって、その活動の市場競争力を高めることに資する様々
な支援ツールを整備・提供してもらえることなど、一般の民間企業に比して、いわ
ゆる公営企業的な優位性を有しており、他の民間企業による類似産業分野への参入
障壁になるなど、民業圧迫の性格をも有するものとなりうるのである。

○「地域活性化モデルケース」については、多くの民間企業の経営者等から見れば、
首長に働きかけ、地方自治体の地域再生計画等の地域振興計画の中に、自社の新規
事業立上げを地域振興事業(補助対象事業)として位置付けてさえもらえれば、多
額の国庫補助金のみならず地方自治体の人的・資金的支援も取り込むことができる
事例ということになり、公正な市場競争環境の下での健全な企業活動の活性化には、
「モラルハザード」的な悪影響を与えてしまうかもしれない側面も有していると言
えるのである。
※このシンポジウムでは、あえて補助金を一切もらわないで推進されている、ある
地域での小水力発電の事業化計画の存在も紹介されていた。

○国や地方自治体の地域振興施策として、「しごとづくり」の一つの「モデルケース
づくり」に膨大な人的・資金的支援を集中投下するのであれば、活発で公正な市場
競争の中で、地域再生に資する新ビジネスが次々と生まれるような、活気ある環境
づくり(政策的仕掛けづくり)を目指す事業こそ、その支援対象とすべきではない
だろうか。

【2つの林業・林産業システム高度化への取組みの比較:北海道下川町の場合
=林業・林産業クラスター形成戦略】
○そのシンポジウムでは、林業・林産業システムの高度化への取組みとして、北海
道下川町(人口3500人)の「森林資源を最大効率で活用できる林業・林産業システ
ムの構築」について、町長から概要の説明があった。一本の木(幹、枝葉、樹皮等
の全て)を、製材製品、木質ペレット、アロマオイル等の様々な製品製造から、最
終残渣の熱電併給システムの燃料化等に至るまで徹底的に使い尽くす、いわゆる木
質バイオマスの超高度なカスケード利用を極めようとする先進的な取組みである。
※木質バイオマスのカスケード利用
 木材から得られる産物は極めて多様。見栄えのする建築部材や家具材を筆頭に、
各種の構造材、紙パルプやボード類、ペレット類、燃料用の製材残渣などに至るま
で、合理的な順序で一本の木の全体を最後まで使い尽くす手法。欧州の先進的な木
材産業は、このカスケード利用によって高い生産性を確保している。

○下川町の取組みをビジョン、シナリオ、プログラムの形に私なりに整理してみる。
・ビジョン(目指す姿)
 森林総合産業の構築による林業・林産業の経済的自立=森林未来都市の実現
 ※森林面積=町面積(東京23区と同等)の88%

・シナリオ(ビジョン実現への道筋)
 新たな林業・林産業システムの構築と最適化
 コスト削減と高付加価値化による収益性の確保
 林業・林産業によって自立・自律する発展基盤の整備

・プログラム(シナリオを的確に推進することに資する具体的施策)
 高性能林業機械の導入や高密度路網整備等による施業効率の飛躍的向上
 木材の用途拡大(より高度なカスケード利用の徹底)
 ICT活用等による加工・流通コストの削減と高付加価値化
 小規模分散型再生可能エネルギー供給システムの整備
 研究開発・教育研修・インキュベーション拠点の構築

〇下川町の「地域再生計画」には、林業・林産業に係る非常に多くの取組むべき製品
分野や事業分野が具体的に提示されている。言い替えれば、同町の計画は、地域の起
業家や中小企業等に対して、林業・林産業に係る新製品・新事業分野への参入の道筋
を提示するものであるとも言えるのである。すなわち、本計画は、下川町を中心とす
る新たな林業・林産業クラスター形成戦略とも言うべきものなのである。

  【2つの林業・林産業システム高度化への取組みの比較:長野県塩尻市の場合
  =木材加工企業1社の新分野進出支援戦略】
  ○塩尻市の取組み(「信州F・POWERプロジェクト」という)は、森林資源の循環活用
を通して、森林の再生と再生可能エネルギーの普及を図ることを目的としている。具
体的には、市内に民間企業1社の集中型木材加工施設を整備し、木材の需要拡大と県
産材の普及を図るとともに、間伐材や製材残渣を燃料とする木質バイオマス発電所を
併設し、木質バイオマスを無駄なく活用する仕組みを構築することで、再生可能エネ
ルギーによる地域循環型社会の形成を目指すものである。しかし、下川町の場合のよ
うな、広範な製品・事業分野にわたる徹底したカスケード利用(林業・林産業の生産
性向上のための通常の手法)によって、新たな林業・林産業クラスターの形成を目指
すようなものにはなっていない。

○塩尻市の取組みについて、その「地域再生計画」を参考にして、ビジョン、シナリ
オ、プログラムの形に私なりに整理してみる。
・ビジョン(目指す姿)
 森林の再生と林業・木材産業の振興、再生可能エネルギーの先駆的利用による豊か
な暮らしの実現
 ※森林面積=市面積(下川町の45%)の75.6% 下川町の森林面積の38%

・シナリオ(ビジョン実現への道筋)
 木質バイオマスを活用した地域エネルギーによる持続可能なまちづくり
 木質バイオマスを活用した新産業創出による地域活性化

・プログラム(シナリオを的確に推進することに資する具体的施策)
 木質ペレット燃料の生産と公共施設への先行導入による民間への普及加速
 木質ペレット燃料の生産と農業分野(施設園芸等)への普及による経営の安定化
 集中型木材加工施設と木質バイオマス発電所と連携した地域ビジネスの創出

〇「地域再生計画」のビジョン、シナリオ、プログラムからは、下川町と塩尻市の間
には、政策的理念における大きな差異は無いように見えるが、計画の具体的内容にお
いては、一つ決定的な差異がある。
 下川町の「地域再生計画」に参画するプレーヤーは、製品分野や事業分野毎に複数
の企業等が想定されているが、塩尻市の「地域再生計画」のプレーヤーは、木材加工
企業1社のみということである。
 言い替えると、下川町の計画は、林業・林産業を総合的に振興(林業・林産業クラ
スターを形成)しようとするものであるため、その計画の具現化には必然的に様々な
業種・事業分野のプレーヤーが必要になり、多くの起業家や中小企業等に参画の機会
を提供するものになっている。
 しかし、塩尻市の計画は、特定の民間企業1社による木材加工と木質バイオマス発
電の事業の持続・発展を目指すことに特化したものであるため、他の起業家や中小企
業等の林業・林産業関連分野への新規参入を促進するものにはなっていないのである。

○また、下川町の場合は、同町内の木質バイオマスの循環型活用を前提とするもので、
植林から伐採、搬出、製材、販路拡大等に至る全工程を、同町(町内企業を含む)が
マネジメントを主導できる林業・林産業システムになっている。したがって、今後の
木質バイオマスに係る経済的・社会的環境の変化に対して、下川町長のリーダーシッ
プの下に臨機応変に対応し、持続的に成長していけるビジネスモデルになっていると
言える。

〇しかし、塩尻市の場合は、木材加工や木質バイオマス発電の施設規模が大型のため、
原木調達範囲を「主に50km圏内」(塩尻市は東西18km、南北38kmと細長い地形)と計
画に記載するなど、事業活動範囲を塩尻市圏外にまで広めており、塩尻市内での森林
資源の循環活用をベースとしたものにはなっていない。他の自治体の木質バイオマス
の循環利用に関する戦略(例えば、隣接自治体において、新たな木質バイオマスの循
環型・高付加価値型活用プロジェクトがスタートすることも考えられる。)によって
様々な影響を被るという、不確定要素の多いものになっているのである。
 すなわち、塩尻市の取組みは、塩尻市長が、その経営手腕やリーダーシップを発揮
しにくい要素を多く含むものとなってしまっているのである。

○新聞報道によると、「信州F・POWERプロジェクト」の全事業費は、当初計画の109億
円から126億円に膨らんだが、企業等からの出資により、国庫補助金は当初計画の35億
円から25億円に減らせる見込みとのことである。
 しかし、塩尻市にとっては、多額の国庫補助金が投入される最重要プロジェクトで
あることには変わりはないはずであるが、同市の「地域再生計画」を見る限り、「信
州F.POWERプロジェクト」を手段として、木質バイオマスの循環活用による新たな持続
可能なまちづくりを、本気になって主導しようという強固な意思や積極的姿勢が伝わっ
てこない。塩尻市の主要産業である製造業との連携など、より大きな経済的波及効果
を期待できる取組みが具体的に含まれていないこともその原因かもしれない。
 いずれにしても、塩尻市が「信州F.POWERプロジェクト」の所期の目的・目標を達
成できるように、その効果的な進捗管理に手腕を発揮していただくことを期待したい。

【むすびに】
○「地域再生計画」において、下川町と塩尻市の取組み姿勢の根本的な差異はどこか
ら生まれてきているのだろうか。その解答は、「地域再生計画」の策定に際して、地
域再生、すなわち、地域が生き残るための「しごとづくり」を目指して、自治体とし
て優先的に何にどのように取組むべきなのか、という視点からの議論が十分になされ
たのか否か、ということをチェックするだけで、比較的容易に得ることができると思
われる。

〇塩尻市の市内総生産の50%が製造業によるものであり、林業については、農林水産
業全体でも1%に過ぎないのである。したがって、塩尻市の「しごとづくり」に係る戦
略について、シンポジウムで紹介された先進事例の地方自治体のように、市長の主導
の下に、市内の産学官の関係者で十分な議論が尽くされていれば、製造業と全く具体
的な関連性のない計画などが策定されることなどありえないことは、私以外の多くの
方々も思い当たるところであろう。

〇地方自治体による「しごとづくり」への取組みの在り方を議論するシンポジウムを
聴講して、「地域再生計画」等の地域振興戦略を策定する際には、自治体として実現
を目指す姿(ビジョン)、ビジョン実現のために解決すべき課題の抽出・特定とその
解決への道筋(シナリオ)、シナリオを的確に推進するための各種施策(プログラム)
の企画・実施化という、基本的手法でじっくり取組むことの重要性を再認識した次第
である。
 塩尻市には、この基本的手法によって、農・林・工の連携など新たなプログラムの
追加等によって、「地域再生計画」を見直し・ブラシュアップして行っていただくこ
とを期待したい。


ニュースレターNo.64(2015年7月11日送信)

健やかに老いることのできる地域社会の実現
―――青森県の「寿命革命」への挑戦を参考にすべきこと―――

【はじめに】
〇過日、「日本一の短命県」と言われる青森県において、文部科学省からの多額の助
成と、県の全面的な支援も得て、弘前大学を拠点として推進されている、健やかに老
いることができる地域社会を実現するための大型産学官連携プロジェクト(平成25年
度〜33年度)についての説明を聞く機会に恵まれた。

〇このプロジェクトでは、主に認知症をキーワードとする多種多様な産学官共同研究
開発が推進されているが、プロジェクトのビジョン、シナリオ、プログラムをできる限り
簡潔に整理すると、以下のようになるだろう。
・ビジョン(目指す姿)
健やかに老いることができる地域社会の実現
より具体的に言えば、認知症にならずに健やかに老後の生活を全うできる地域社会の
実現ということになる。
・シナリオ(ビジョン実現のために解決すべき課題の解決など、ビジョン実現への道筋)
今後増加すると予測される認知症の発症を抑制するために、認知症の予兆を早期に発
見し、適切な予防措置を講ずる手法を研究開発し、その成果を効果的に普及すること
・プログラム(シナリオを的確に推進することに資する具体的施策)
@認知症の予兆の発見手法の創出
 弘前市岩木地区で10年間蓄積してきた、住民1人当り600項目にわたる健康関連デー
タと、福岡県久山町で50年以上にわたって蓄積してきた疫学調査データ(追跡率97%)
等のいわゆるビッグデータを活用して、認知症の未病段階での予兆の早期発見(診断)
手法を創出するための研究開発の実施
A認知症の予防方法の創出
 認知症の予防(認知症特有の診断項目の改善)に資する、先端的科学技術を活用し
た「運動プログラム」や「食事プログラム」などの研究開発の実施
B認知症の予防方法の効果的普及手法の創出
 健康改善への意識の低い人(開発された健康改善プログラムに真剣に取組んでくれ
ない人)の意識を高める(行動を変容させる)ことに資する(例えば、楽しみながら
健康改善に取組み効果を実感できるような)各種ツールの研究開発の実施 など

〇長野県は、「日本一の長寿県」であると誇っているが、「健やかに老いる」点では
日本一ではない。したがって、青森県のような取組みは、長野県においても本来的に
は実施されるべきもの言える。
 また、長野県においては、「日本一の長寿県」になっていることの科学的根拠の把
握・実証は未だになされていない。この把握・実証は非常に困難性の高いものである
が、青森県が取組んでいるビッグデータの活用などは、有効な手法になるのではない
だろうか。

〇長野県が今後、「健やかに老いることができる地域社会」の実現のために、新たに
科学的に高度な取組みに着手しようとする場合には、その基本戦略としては、以下の
ような二つの方向に整理・分類することが現実的であろう。
@青森県と連携し、認知症の予兆発見手法の創出等の促進に貢献するとともに、その
成果の長野県への効果的かつ早期の導入・普及を目指す。
A長野県の産学官の英知を結集すれば、青森県より優れた取組みの企画・実施化が可
能と見込める場合には、独自の取組みによって、青森県より優れた認知症の予兆発見
手法等を、より速やかに創出し、世界的な課題の解決に貢献するとともに、そのビジ
ネスモデル化によって、長野県民生活の質的向上と長野県産業の優位性ある持続的発
展を目指す。

【長野県の今後の基本戦略@=青森県との連携】
〇この場合、長野県として最初に取組むべきことは、青森県の取組み内容について、
学術的に、あるいはビジネス的に詳細に調査し、その目指す成果が実現可能性の高い
ものであるのか、また、その目指す成果は、長野県の「健康長寿増進を目指す政策」
や「地域産業の持続的発展を目指す政策」の推進に大きく資するものであるのか、な
どについて確認・評価することである。

〇もし、青森県の取組みが、長野県民の健康長寿増進や、県内産業の持続的発展のた
めに、長野県が従来から実施してきている政策的取組みに比して、優位性が格段に高
いものと判断できた場合には、青森県の取組みの成果を直接的かつ速やかに享受でき
るようにするために、長野県の産学官の、青森県の取組みへの参画を政策的に企画・
実施化すべきということになる。

〇しかし、長野県の産学官が、青森県の取組みへ参画できるようにするためには、高
いハードルを超えなければならない。すなわち、長野県の産学官の参画が、青森県の
取組みのより効果的な推進に大きく資するものでなければならないということである。
 したがって、長野県の産学官は、青森県の取組みの効果的推進に資する新たな研究
開発テーマの提案等、長野県の参画受入を動機付けるような、科学技術的にあるいは
ビジネス的に高度で独創的な提案を青森県に対してしなければならないのである。こ
れができなければ、実効性のある青森県との連携は不可能となるのである。

〇長野県の産学官の参画・貢献によって、青森県の取組みの成果がより早期に、より
高度に得られることになれば、長野県の産学官は、その貢献度に応じて、新たに創出
された社会的あるいは経済的な付加価値の分配を受けることもできるだろう。

【長野県の今後の基本戦略A=青森県より優れた取組みの企画・実施化】
〇青森県の取組みは、世界の健康長寿(医療・介護等に係る社会保障費の大幅な削減)
の実現に、認知症予防の面から大きく貢献でき、正に社会的価値の創造と経済的価値
の創造を整合できる、新たな一大産業分野の創出に結び付く可能性の高いものである。
そして、その取組みが順調に進めば、その成長性の高い新産業分野の中核的集積拠点
が、青森県内に形成されることになるのである。

〇もし、青森県の取組み内容の詳細な調査・分析に基づき、長野県の産学官を中心と
して、グローバルな規模で英知を結集する産学官連携体制を構築することによって、
青森県の取組みに勝るプロジェクトの企画・実施化が可能と少しでも見込める場合
(あるいは、青森県の手法とは異なる長野県独自の手法によって、同様の成果を得ら
れると少しでも見込める場合)には、それに果敢に挑戦すべきなのである。

〇長野県のプロジェクトが、認知症予防に関して、青森県の取組みより優れた成果を
創出(あるいは、青森県と同等の成果であってもより早期に創出)できた場合には、
長野県は、認知症予防に係る研究開発やビジネスにおける優位性を有する世界的集積
拠点として、県民生活の質的向上と県内産業の持続的発展をより強力に加速できるよ
うになるからである。

【むすびに】
〇長野県には、「日本一の長寿県」であることを単に誇るだけではなく、健康寿命の
面でも日本一になるように、青森県を含む他県等による、健康寿命延伸を目指す先進
的な取組みを科学的に調査・評価し、それを参考にして、長野県民の健康増進や長野
県産業の持続的発展に真に資する、新たな科学的取組みに積極的かつ戦略的に挑戦し
て行って欲しいのである。

〇その挑戦的取組み手法としては、前述したように、@先行している先進的取組みへ
の参画、A先進的取組みのコンペチタ―としての新プロジェクトの企画・実施化の二
つが想定できる。しかし、いずれの場合にあっても、長野県の産学官の英知を結集し
た、新規性や独創性に優れた研究開発テーマの提案等ができるか否かが決め手となる。
 長野県には、県民の健康寿命延伸に取組む産学官の方々が、より挑戦的な科学的取
組みに着手できるようにする「政策的主導」が、強く求められているのではないだろ
うか。


ニュースレターNo.63(2015年6月27日送信)

「地方創生」に資する科学技術イノベーションの推進について
―――地域における公設試と産総研の連携による自律的な科学技術イノベーション推進体制の構築―――

【はじめに】
○平成27年6月19日に閣議決定された「科学技術イノベーション総合戦略2015」(以下、
「科学技術総合戦略」という。)の第2章には、「『地方創生』に資する科学技術イ
ノベーションの推進」が掲げられ、「地域が持つ強みを活かして、イノベーションの
核となる事業や企業を育てることで、地域の活力を再生する。その際に、地域におい
て産学官金が連携して自律的に科学技術イノベーション活動を展開する仕組みが構築
されることを目指す。」というような主旨が記載されている。

○そして、そのための「重点的取組」として、以下のような記載もある。
@全国レベルで革新的技術シーズを事業化につなぐ「橋渡し」機能、マッチング機能
の強化の取組みを推進するために、地域の試験研究機関(公設試)と産業技術総合研
究所(産総研)の連携を強化し、地域の中小企業の研究機能の一部を担える仕組みを
構築することを目指す。
A地域の中核企業等による地域経済・産業の活性化を実現するため、高い技術力等の
潜在力を有する中堅・中小企業を発掘し、研究開発戦略の策定から製品開発、標準化、
販路開拓、海外展開等への一貫した支援を行い、地域の中核企業への成長を促す。

【公設試と産総研の連携体制構築に係る課題】
○科学技術総合戦略には、公設試と産総研の連携体制を具体的にどのような形で整備
し稼働させるのかに関する、基本的考え方等についての記載は全く無い。今後の課題
ということなのだろう。
 いずれにしても、その構築すべき連携体制は、科学技術総合戦略の政策分野「『地
方創生』に資する科学技術イノベーションの推進」の趣旨からして、地域における自
律的な科学技術イノベーション活動の展開に資するものでなければならないはずで
ある。

○しかし、公設試と産総研の新たな連携体制の構築については、昨年から、産総研が
その職員を公設試に送り込み、公設試を産総研の傘下に位置付けてしまうことをイメ
ージさせるような、かなり中央集権的で「乱暴」な構想も国サイドから一方的に提示
されていた経緯がある。
 地域における自律的な科学技術イノベーション活動の仕組みづくりというよりは、
産総研主導(産総研が地域で活躍し易くするため)の仕組みづくりになってしまって
いるとして、公設試サイドが、国が提唱する構想に不満や不安を感じ、非協力的な姿
勢になってしまっているのが実情と言えるだろう。
 長野県の公設試である、長野県工業技術総合センター(工技センター)も産総研の
姿勢に強い不信感を抱いているようである。

○公設試サイドから、産総研に不信感を抱くことなく、主体的に率先して産総研と連
携したくなるような仕組みとはどうあるべきか。私案を以下に提示してみたい。

【公設試と産総研の連携体制構築の在り方に関する私案】
○連携の形態としては、公設試主導の連携と産総研主導の連携との二つに大きく区分
することができるだろう。しかし、科学技術総合戦略が提唱する、地域における自律
的な科学技術イノベーションを活性化する仕組みづくりの視点からは、まず最初に、
公設試主導の(公設試を主役とし産総研を脇役とする)連携体制の構築を考えなけれ
ばならないことになる。

○具体的には、公設試サイドが既に強く抱いてしまっている、産総研への不信感を払
拭するためにも、公設試から産総研との連携を望むという意思表示をした場合に初め
て、両機関が連携できるようになる仕組みを最初にスタートさせるべきであろう。
 例えば、公設試が主導する地域中小企業との共同研究開発案件において、活用すべ
き技術シーズが不足し、また、公設試の人的・資金的な力のみでは、研究開発目的の
具現化が困難になっている場合に、公設試が産総研に支援を要請し、事業化への展望
等の視点からの産総研の目利きをクリアできれば、最適な技術シーズの提供、必要な
技術力を有する職員の派遣、共同研究開発に要する費用の一部の助成等をパッケージ
として提供してもらえるような仕組みづくりを期待したい。
 要するに、産総研サイドからの押し付けではなく、公設試サイドからの産総研への
自発的な連携要請を強く動機づける仕組みの創設が必要なのである。

【潜在力を有する中堅・中小企業の発掘に係る課題】
○科学技術総合戦略には、公設試の有する企業情報を活用して潜在力を有する中堅・
中小企業を発掘し、大企業を含む産学官連携によって、その中堅・中小企業の技術を
事業化に結び付けることを想定している旨の記載がある。しかし、公設試が有する企
業情報は機密事項を含み、産総研等に対して簡単に明らかにすることなどできないこ
とは常識である。
 産総研としては、そのような公設試が有する企業情報に安易に頼るのではなく、潜
在力を有する中堅・中小企業の全てに対して、産総研の集中的支援を受けられるチャ
ンスを平等に提供するという視点から、具体的にどのような手法によって支援対象を
発掘・選定すべきなのか。また、選定した中堅・中小企業に対して、どのようなプロ
グラムで支援すべきなのか。これらの課題への解答といえるような記載は、科学技術
総合戦略の中には全く見出せない。これも今後の課題ということなのだろう。

○潜在力を有する中堅・中小企業の選定等については、産総研サイドから漏れ聞こえ
てくるところによれば、産総研は、公設試サイドが、産総研が支援すべき潜在力のあ
る企業を選定・推薦してくれるのを待ち、選定・推薦がなされた場合に、その企業に
対して、どのような支援ができるのかについての検討に着手する、という「待ちの姿
勢」でいるようなのである。すなわち、自ら汗をかいて、自らの目利きと責任によっ
て、支援対象企業を選定する意思は無いようなのである。

○このように、産総研が、自ら支援すべき企業の選定を自らは実施せず、公設試サイ
ドに任せきりにすることを当然のように考えている姿勢に、公設試サイドが反発し、
それによって公設試と産総研の効果的な連携体制の構築作業が滞っていることは、当
然の帰結と言えるだろう。

○支援対象とすべき企業をどのように発掘・選定すべきなのか。支援対象企業の発掘・
選定という初期段階から、公設試と産総研が効果的に連携できるようにするにはどう
すべきなのか。これに関する私案を以下に提示してみたい。

【潜在力を有する中堅・中小企業の発掘の在り方に関する私案】
○この場合の主役は、あくまで中堅・中小企業であり、その企業を支援する産総研と
公設試は脇役のはずである。主役の意向が重要なのである。産総研がいくら企業に「支
援させてほしい」とラブコールを送っても、企業が振り向いてくれなければ、産総研
の「思い」は成就できない。
 したがって、企業サイドから産総研の支援を求める、主体的な意思表示を促す仕組
みづくりが、潜在力を有し支援対象に相応しい企業の発掘のための合理的手法となる
のである。

○企業が主体的に、産総研に支援を求めるように動機づけるためには、産総研の支援
プログラム(支援メニュー)に魅力が無ければならない。具体的には、企業が産総研
の支援を受けて実施したい研究開発プロジェクトに対する、産総研の人的・資金的支
援(産総研による企業の研究開発機能の一部代替など)の内容に魅力が無ければなら
ないということである。

〇地域の中堅・中小企業が、公設試による総合的事前チェックを経て産総研に提案し
た研究開発計画について、産総研の目利き力によって、経済的・技術的波及効果等の
視点から、産総研として全面的に支援すべきと判断した案件については、研究開発実
施場所(企業所在地等)での活動に対して、産総研が、相当程度の人的・資金的サー
ビスを提供する、新たな支援制度の創設が必要となろう。「産総研に来たら支援して
やる。」というスタンスでは、地域企業への貢献度を高めることは不可能なのである。

○いずれにしても、産総研に支援を求める企業の中から、潜在力があって支援し甲斐
がある企業(産総研の技術シーズと高度にマッチングできる研究開発案件など)を、
産総研の優れた目利き力で選定することが重要ポイントになるのである。この重要ポ
イントを他人任せにするということは、料理人が料理の素材の調達を他人任せにする
ということに例えられる。優れた料理人なら、素材の調達は決して他人任せにはせず、
必ず自分の目で確認するはずである。産総研には、優れた「技術の料理人」であって
ほしいのである。

【むすびに】
○公設試と産総研の緊密な連携によって、革新的技術シーズを事業化につなぐ「橋渡
し」機能、マッチング機能が、全国規模でフル稼働することによって、国際的に市場
競争力を有する様々な新製品の創出活動が活性化することに、非常に大きな期待を寄
せている。ただ、経済産業省や産総研の担当者の方々には、政策の策定やそれに基づ
く各種支援プログラムの整備等においては、地域の主体性、すなわち、地域の公設試
や産業支援機関の自律的支援機能の高度化に真に資するか否かを、政策や支援プログ
ラム等の「評価の尺度」として重視していただくことを是非お願いしたいのである。

○工技センターにおいても、産総研への不信感をただ募らせるだけではなく、工技セ
ンターの技術支援メニューを、更に県内企業に貢献できるレベルへ高度化することに
資する産総研との新たな連携の在り方を模索し、その結果を産総研へ積極的に提案す
るような、前向きな取組みをしていただくことを期待したい。そのような工技センタ
ーの積極的かつ戦略的な取組みに対しては、当然、県内の産業支援機関は、全面的に
協力することになるだろう。


ニュースレターNo.62(2015年6月18日送信)

長野県内の自治体版「まち・ひと・しごと創生総合戦略」策定の課題
―――「長野県テクノハイランド構想」策定・実施化手法を範とすべきこと―――

【はじめに】
○平成27年6月12日付け信濃毎日新聞の1面に、県内市町村の多くが、今年度中に
策定しなければならない「地方版総合戦略」の策定作業や、その実施化に必要な財
源・時間・人手の確保などへの懸念を有し、政府主導の「創生」に戸惑っている旨
が大きく報道されていた。

○この新聞報道が示すように、全国の全ての市町村に対して、独創的で優位性のあ
る人口減少対策を含む総合戦略を、それぞれ単独で策定・実施化させようとするこ
と自体に無理があることは、国の担当者自身が良く分かっていたことと考えられる。
 したがって、総合戦略策定が困難な市町村には、国の職員を派遣することによっ
て支援することなど、「言い訳」的な対応策を講じているのである。

○派遣される市町村の実情を熟知していない国の職員が、独創的で優位性を有する
総合戦略の策定を主導できるとは考えられない。そもそも全ての市町村を平等に支
援すべき国の職員が、ある市町村に対して、他の市町村に比して独創的で優位性の
ある総合戦略(他の市町村を打ち負かすことができる総合戦略)を策定できるよう
に支援するということ自体に矛盾があるのである。

  【地域産業振興戦略を市町村毎に策定することの不合理】
○長野県内の各市町村が策定すべき総合戦略を構成する各論的戦略としては、県が
既に提起している県の総合戦略の各論的戦略を参考にすれば、概ね@人口の自然減
の抑制への戦略、A人口の社会増への戦略、B仕事と収入の確保への戦略、C人口
減少下での地域活力確保への戦略というようなことになろう。

○この各論的戦略の中で、全市町村の総合戦略に共通的に不可欠な「B仕事と収入
の確保への戦略」すなわち「地域産業振興戦略」については、複数の市町村が含ま
れる一定の地域経済圏を単位として策定することが現実的であることから、各市町
村がそれぞれ単独で総合戦略を策定することには合理性を見出せない。

〇地域経済圏に含まれる市町村が連携して(あるいは、地域経済圏の中核的な市町
村が主導して)、人口減少抑制のための「地域産業振興戦略」を策定し、それを核
とする総合戦略を策定することが合理的手法となるのである。
 具体的には、各市町村は、その属する地域経済圏の地域産業振興戦略を共通の各
論的戦略として位置づけ、その具現化への関係市町村が連携した取組みや、市町村
単独の取組みなどを、総合戦略の中に提示すべきことになるのである。

○いずれにしても、自らが属する地域経済圏の地域産業振興戦略を各論的戦略とす
る、総合戦略を策定しなければならない状況となった場合に、戸惑うことなく「待
ってました!」とばかりにその策定に着手できる市町村とは、日頃から、その地域
経済圏の地域産業振興の在り方等について構想する訓練を受けている市町村という
ことになるだろう。しかも、今回は、戦略を策定すれば交付金という「おまけ」ま
で付いてくるので、張り切らないではいられないということになる。

【地域経済圏における地域産業振興戦略策定の状況】
○長野県内で、今、地域経済圏の中核的市町村が主導して、地域産業振興戦略を策
定し、実施化に取組んでいる事例を挙げよと言われれば、直ちに、飯田市や産業界
のオピニオン・リーダーが主導する、飯田地域での航空宇宙産業クラスター形成な
どへの取組みを思いつく。
 飯田地域では、飯田市長を理事長とする「公益財団法人南信州・飯田産業センタ
ー」を拠点として、中京圏が主導する「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特
区」への参画や、健康長寿社会を支える新産業の創出を目指す「飯田メディカルバ
イオクラスター」形成事業など、新産業クラスターの形成に積極的に取組んでいる。
 このように長野県内で、市や産業界のオピニオン・リーダーが主導して、新産業
クラスター形成戦略を策定し、国や県等からの多額の資金的支援も引出し、積極的
にその具現化に取組んでいるのは、現状では飯田地域のみと言っても良いだろう。

○しかし、長野県においては、今から30年以上も昔の1984年3月に、長野県や地域
の中核企業の経営者がオピニオン・リーダーとなって、地域経済圏を単位とする県
内の5圏域(善光寺バレー圏域、浅間テクノポリス圏域、アルプスハイランド圏域、
諏訪テクノレイクサイド圏域、伊那テクノバレー圏域)における、産業、学術、住
空間、すなわち産学住が有機的に結合された高度技術都市圏づくりを提唱する「長
野県テクノハイランド構想」を策定しているのである。
 そして、長野県、市町村、産業界の緊密な連携によって、その5圏域での構想具
現化のための事業に取組む専門機関として、地域の企業や市町村等からの寄付を基
本財産とする財団法人の設立まで成し遂げているのである。それが現在の公益財団
法人長野県テクノ財団である。

○30年以上前の「長野県テクノハイランド構想」の策定以降、長野県では、産学官
が一体となって、5圏域での「産学住が有機的に結合された高度技術都市圏づくり」
を目指すような、新規かつ大規模な地域振興構想の策定に取組まれることは全くな
かった。
※長野県が、「長野県テクノハイランド構想」をいつまで継続させ、その成果等を
どのように総括したのかについては明らかにされていない。しかし、同構想に基づ
き創設された財団法人の、圏域毎に設置された地域センターを拠点として、産学官
連携による新技術・新製品の研究開発活動が、広く全県にわたって活性化するなど、
大きな成果を上げていることは事実である。

〇「長野県テクノハイランド構想」の策定・実施化に当たっては、圏域毎に産学官
からなる「推進協議会」を設置し、圏域の市町村も一丸となって、主体的に構想の
具現化に取組んでいた。
 その取組み体制が、「長野県テクノハイランド構想」の後継構想としての各圏域
の新たな地域産業振興戦略の、策定・実施化の基盤的取組み体制として継続して機
能さえしていれば、今回の総合戦略の策定は、各圏域の地域産業振興戦略を強化す
る絶好のチャンスとして歓迎されることになっただろう。市町村が、交付金をもら
うために、仕方なく総合戦略を策定するというような事態には、決して陥らなかっ
たと考えられるのである。

【長野県における地域産業振興戦略の策定・実施化の在り方】
○総合戦略の策定を義務付けられた市町村の戸惑いは、「長野県テクノハイランド
構想」の策定以降、各市町村が、その属する圏域内の産学官の緊密な連携の下に、
主体的に、「産学住が有機的に結合された高度技術都市圏づくり」のような、新た
な構想を策定する作業に取組むことを怠ってきたことに大きく由来すると言えるだ
ろう。

〇「長野県テクノハイランド構想」の策定作業を通して、地域産業振興戦略の策定
手法等を身に付けた市町村職員は既に皆退職してしまい、自らが属する地域経済圏
を対象にした地域産業振興戦略の策定・実施化を実地に経験し、関連知識も身に付
けた市町村職員は、現時点では、飯田市の職員以外にはいないと言っても過言では
ないのかもしれない。

○残念ながら、今回の総合戦略策定には間に合わないが、今回の苦い経験を糧にし
て、各市町村には、その属する地域経済圏の地域産業振興戦略を如何にして策定し、
実施化していくべきかについて、地域経済圏の産学官の関係者で深く議論し、具体
的な地域産業振興戦略にまとめ上げ、それに係るPDCAを回していく作業に、定常的
に取組む「仕掛け」を構築していただくことを期待したい。
 この定常的な作業を通して、各市町村職員の地域産業振興戦略の策定能力が向上
するとともに、その戦略の具現化に必要な各種施策を、地域経済圏の市町村の緊密
な連携の下に企画し、飯田市のように外部資金も導入して、効果的に実施化できる
ようになるのである。

○要するに、長野県は、地域産業振興戦略の基本的な策定スタイルとして、30年以
上前の「長野県テクノハイランド構想」の策定スタイルを準用すべきなのである。
 長野県が主導して、県内の各地域経済圏の産学官が主体的に、その経済圏の地域
産業振興戦略(地域クラスター形成戦略)の策定・実施化に、積極的かつ定常的に
取組めるようにすることに資する、新たな「政策的仕掛け」を構築すべきというこ
とになるのである。

【むすびに】
○今回の県内市町村における総合戦略策定に係る「騒動」は、各市町村の地域産業
振興戦略の策定機能や、地域経済圏毎の主体的な地域産業振興戦略の策定体制が未
整備であることなどの、様々な基盤的な行政課題の存在を明らかにするという、大
きなプラス効果をもたらしている。

○しかし、現状においては、「長野県テクノハイランド構想」の策定・実施化手法
を範とする、長野県の総体としての地域産業振興戦略の新たな策定システムの構築
という重要課題への具体的対応は、宿題として残しておいて、各市町村が期限まで
に、それなりに有効で実際に活用できる総合戦略を策定できるよう、各市町村が抱
える総合戦略策定に係る深刻な課題の解決に向けて、県の積極的なハンズオン型支
援が、最優先で強力に展開されることをお願いしたい。


ニュースレターNo.61(2015年6月8日送信)

長野県版「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の策定の在り方(第4報)
―――総合戦略のビジョンは定量的に設定されるべきこと―――

【はじめに】
○長野県の「人口定着・確かな暮らしの実現に向けた施策展開の方向性(中間取
りまとめ)」(以下、「中間取りまとめ」という。)によると、今年度中に策定
される長野県版「まち・ひと・しごと創生総合戦略」、すなわち、「長野県人口
定着・確かな暮らし実現総合戦略」(対象期間:平成27年度〜31年度)(以下、
「長野県版総合戦略」という。)は、「人口減少の抑制」と「人口減少を踏まえ
た地域社会の維持・活性化」を策定趣旨としている。

○長野県は、「長野県版総合戦略」策定の重要な参考資料として、県の人口の将
来展望(総人口や生産年齢人口の減少動向など)を定量的(数量的)に提示して
いる。例えば、県の総人口は、2010年の215万人から2040年の166万人へ49万人減
少し、生産年齢人口は、2010年の128万人から2040年の85万人へ43万人減少すると
いう。
 このように人口の減少動向が定量的に提示されている以上は、長野県が実現を
目指す理想的・将来的な「人口」を実現していくために、この減少動向をどの程
度、どのように抑制していくのかについて、定量的に提示することが、当然求め
られることになる。

【総合戦略のビジョンは定量的であるべきこと:策定趣旨の第1に関して】
○「長野県版総合戦略」の策定趣旨の第1「人口減少の抑制」の具現化への戦略
を具体的に検討する際には、人口をどの程度抑制することを目指すのかについて、
定量的に議論し、その結果を「定量的ビジョン(目指す姿)」として提示しなけ
ればならない。
 そうしなければ、「長野県版総合戦略」に基づく「人口減少の抑制」のための
政策的対応の効果を評価し、必要な改善措置を講じるなど、いわゆるPDCAを回し
ていくことができなくなる。

○その「定量的ビジョン」については、例えば、2040年時点においても、現状の
長野県民1人当り所得を維持できるようにするために必要な生産年齢人口と、そ
れを確保できる長野県の全体的人口構造等から、理論的に設定することができる
のかもしれない。
 この「人口」に係る「定量的ビジョン」を設定し、その実現に効果的に取組め
るか否かが、長野県の将来的存立の有無に大きく影響することになる。したがっ
て、経済統計等の専門家の方々も参画する議論を通して、是非明確な「人口」に
係る「定量的ビジョン」を県民に対して提示していただくことを期待したい。
 全県民が、その「定量的ビジョン」の実現なくして、長野県の将来は無いとい
う「危機意識」を共有できるようにすることが重要なのである。

【総合戦略のビジョンは定量的であるべきこと:策定趣旨の第2に関して】
○「長野県版総合戦略」の策定趣旨の第2「人口減少を踏まえた地域社会の維持・
活性化」については、前述のような人口減少の下で、どのような「定量的ビジョ
ン」を提示できるのだろうか。
 例えば、現状の長野県民1人当り所得を、推定通りの2040年の生産年齢人口の
下においても確保できるようにするために必要な、一定の労働生産性を維持でき
る地域産業集積の形成を、「定量的ビジョン」として設定することができるかも
しれない。
 この場合には、ビジョン具現化のシナリオを提示するために、必要な技術革新
や産業構造の転換等についての、有識者による論理的な議論が必要になるだろう。

○いずれにしても、「定量的ビジョン」を明確に設定して初めて、その実現への
シナリオやプログラムについての論理的な議論ができるようになるのである。現
状の「長野県版総合戦略」についての様々な場での議論については、新聞報道等
を見る限り、従来から良く見られる「ビジョンなきシナリオ・プログラムの議論」
になっているようである。

【「中間取りまとめ」における「長野県版総合戦略」の課題】
○「中間取りまとめ」によれば、「長野県版総合戦略」の策定趣旨である「人口
減少の抑制」と「人口減少を踏まえた地域社会の維持・活性化」の具現化のため
のビジョン、シナリオ、プログラムが組込まれるべき戦略については、以下のよ
うに整理できるだろう。

 @「人口減少の抑制」のための戦略
  「みんなで支える子育て安心戦略〜自然減の抑制〜」
  「未来を担う人材定着戦略〜社会増への転換〜」
 A「人口減少を踏まえた地域社会の維持・活性化」のための戦略
  「経済自立戦略〜仕事と収入の確保〜」(以下、「経済自立戦略」という。)
  「確かな暮らし実現戦略〜人口減少下での地域の活力確保〜」

○まず、策定趣旨の第1「人口減少の抑制」の具現化への戦略である、「みんな
で支える子育て安心戦略〜自然減の抑制〜」と「未来を担う人材定着戦略〜社会
増への転換〜」における、実現を目指す人口関連ビジョンについては、長野県の
人口の将来展望が、既に定量的に提示されていることから、具体的に、どの程度
の規模の人口を維持するために、どの程度の人口の自然増が必要か、どの程度の
県内への移住者増が必要か、などに関する定量的議論に基づく「定量的ビジョン」
として設定されることになるだろう。
 そうであれば、その人口関連「定量的ビジョン」を前提とする、策定趣旨の第
2「人口減少を踏まえた地域社会の維持・活性化」の具現化への戦略の一つであ
る「経済自立戦略」のビジョンについても、必要な経済規模や労働生産性等に係
る「定量的ビジョン」を設定しなければならなくなるだろう。

【評価すべき「中間取りまとめ」の「志」の高さ】
○「中間取りまとめ」では、前述の@とAの戦略それぞれについて、まだ具体的
な「定量的ビジョン」は設定されていない。具現化を目指すビジョンを定量的に
提示しないままに、シナリオとプログラムに関連しそうなキーワードが漠然と列
挙されているだけである。戦略の基本的骨格さえも、まだまだ不完全な状況にあ
るのである。

○しかし、「中間取りまとめ」の前文では、「地方創生のフロントランナーとな
るべく、『人口減少の抑制』と『人口減少を踏まえた地域社会の維持・活性化』
に向けた施策の具体化を進めます。」と高らかに宣言している。この主旨は、「と
りあえず、『志』の高さだけは評価しておいていただきたい。必ず今年度中に、
フロントランナーに相応しい、他県等に比して優位性(差別性)を有する戦略を
策定するのでご期待ください。」ということであると解釈できるだろう。

【「経済自立戦略」の在り方】
○「長野県版総合戦略」の各論的戦略の一つである「経済自立戦略」によって、
「長野県版総合戦略」の策定趣旨の一つである「人口減少を踏まえた地域社会の
維持・活性化」の具現化に大きく貢献できるようにするためには、具体的にどの
ような手法で取組めば良いのだろうか。

○戦略策定に関して、どのように取組んだら良いのか分からない時には、オーソ
ドックスな戦略策定手法を採用すべきことになる。すなわち、「経済自立戦略」
のビジョン、シナリオ、プログラムを順次論理的に検討・設定していけば良いの
である。

○また、「人口減少を踏まえた地域社会の維持・活性化」を可能とする「経済自
立戦略」の基本的理念としては、人口減少の下においても、現状の長野県民1人
当り所得を維持することができる、県内就業者1人当りGDP、すなわち、労働生産
性の維持・向上を掲げることができるだろう。
 農林水産業、製造業、サービス産業等それぞれについて、労働生産性の維持・
向上に関する「定量的ビジョン」をどのように設定するのか。産業構造をそのま
まにして労働生産性の維持・向上方策を議論するのか、それとも労働生産性の大
きな向上を期待できる産業分野へのシフト(産業構造の転換)にまで踏込んで議
論するのか。

○今年度中の策定という時間的制約を考えれば、産業構造の転換にまで踏込んだ
議論をすることには大きな困難を伴うだろう。各産業分野が目指すべき労働生産
性の維持・向上を、「定量的ビジョン」として設定することに取組むことで精一
杯であろう。

〇次回以降のニュースレターにおいて、長野県の製造業の労働生産性を維持・向
上させるための戦略(例えば、持続的イノベーションと破壊的イノベーションに
よる労働生産性の維持・向上など)ついて、具体的に議論を展開していくことに
したい。

【むすびに】
○一定の規模・構成等からなる長野県人口の将来的維持を可能とする、「長野県
版総合戦略」の在り方について考え始めると、あまりに多種多様な課題の関連性
等を整理した上で、その課題の効果的解決のために、あまりに複雑な政策的措置
を講じていかなければならないことに気付かされ、途方に暮れてしまうのである。

〇ただ、明らかなことは、長野県人口の減少動向が定量的に提示されている以上
は、人口に係る将来ビジョンも、当然、県民に対して定量的に提示され、「危機
意識」の共有の下に、県民が一丸となって、ビジョンの実現に向けて、PDCAを回
しながら活動しなければならないということである。

○戦略策定に参画している有識者の方々には、以上のことをご理解いただき、戦
略の最終仕上げに取組んでいただくことを期待したい。


ニュースレターNo.60(2015年5月23日送信)

新たな長野県イノベーション創出システムの構築(No.2)
―――「リビング・ラボ」を活用した「コトづくり」の活性化―――

【はじめに】
○ニュースレターNo.58(2015年4月17日送信)「新たな長野県イノベーション創
出システムの構築」において、「長野県の地域産業(主に製造業を前提)が、厳
しい国際的競争環境の中で、持続的に発展していくためには、より多くの地域企
業が、その市場競争力の維持・強化の源泉となるイノベーションを創出し続けて
いけるようになることが不可欠となる。したがって、地域産業政策の立場からは、
地域企業のイノベーション創出活動を総合的に支援するシステム(長野県イノベ
ーション創出システム)の整備・高度化が重要な政策課題となる。」旨を述べた。

○そして、このことに関しての今後の議論の論理的展開を可能とするために、
「長野県イノベーション創出システムの概念」や「イノベーション創出の定義」
を規定した。
※1 長野県イノベーション創出システムの概念
   県内企業のイノベーション創出活動(新製品・新サービスの研究開発等)、
  その活動を支援する大学・試験研究機関・産業支援機関等のハードインフラ、
  その活動を支援する各種の政策的支援メニュー等のソフトインフラなどで構
  成される、イノベーション創出に資する県全体のシステム
※2 イノベーション創出の定義
   長野県中小企業振興条例の産業イノベーション創出の定義(条例第3条第
  2項)「新たな製品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を生み出し、
  経済社会の大きな変化を創出することをいう。」を準用

○その上で、「長野県イノベーション創出システム」の構築とその効果的稼働を
実現するために、同システムに組込むべき、独創性や優位性を有する政策的「仕
掛け」として、以下の三つについて議論を展開すべきとした。
 @先端的科学技術を活用した新製品・新サービスの研究開発・早期事業化を可
 能とする産学官連携を促進する政策的「仕掛け」
 A地域を拠点とする新たなグローバル高付加価値型生産システムの構築を促進
 する政策的「仕掛け」
 B新製品・新サービスによる地域課題の解決をビジネスモデル化することに資
 する、新たな課題解決型バリューチェーンの構築を促進する政策的「仕掛け」

○この中から、今回は、優れた技術力を長年にわたって蓄積し、高精度・高品質
の製品を低コストで製造できる長野県の地域企業にとっても、また、様々な視点
から地域産業政策を策定・実施化してきた長野県にとっても、経験が非常に乏し
いBの新たな課題解決型バリューチェーンの構築を促進する政策的「仕掛け」の
在り方について、「リビング・ラボ」や「コトづくり」の視点も取り入れて議論
を展開することにする。

※1 リビング・ラボ
   住民(ユーザー)、企業(多業種)、行政、大学等、地域の多様な利害関
  係者が参画し、課題に応じた「検討→開発→評価」を繰返しながら、課題解
  決のためのモノやサービスあるいは行政施策等を共創していく地域社会のソ
  フトインフラ
※2 コトづくり
   単に優れた品質や機能の製品を作るだけでなく、コンセプトやストーリー、
  ユーザーの体験満足度など、高い付加価値が組込まれた製品を作ること

【長野県の現状の「地域イノベーション戦略」の課題】
○長野県の現状の地域産業政策の中の「地域イノベーション戦略」においては、
従来からの「技術シーズ志向の産学官連携システム」に、「市場ニーズ志向の製
品具現化促進システム」を加え、シーズ・アプローチとニーズ・アプローチの両
輪駆動による産学官連携システムへ大幅に発展させることにより、「次世代産業
の核となるスーパーモジュール供給拠点」の形成を目指すことを基本戦略とし、
県内企業、信州大学、長野県(工業技術総合センター等)、長野県テクノ財団等
がプレーヤーとなって、様々な産学官連携活動を展開している。

○その「市場ニーズ志向の製品具現化促進システム」については、特に「医療・
健康機器分野へのスーパーモジュールの応用展開」によって、他県等に比して優
位性を有する、国際競争力のあるメディカル機器産業集積地域の形成を目指して、
県内企業による医療機関等の現場課題の把握、課題解決方策の研究開発、研究開
発成果の早期事業化・市場開拓等への支援に、信州大学、長野県、長野県テクノ
財団等が連携して取組んでいる。
 医療機関等の現場課題を把握し、その課題を解決する機器等の開発に県内企業
の技術力を結び付けるコーディネート活動は、長野県テクノ財団の専任コーディ
ネーターチームが担当している。

○このように、長野県の場合には、県内企業による医療・健康関連の課題解決型
研究開発の活性化への政策的「仕掛け」としては、医療機関等の現場課題の把握
等を対象にしたものに限られており、一般県民の抱える医療・健康上の課題の抽
出・特定等にまで対象を広げたものにはなっていない。
 また、その医療・健康関連の政策的「仕掛け」においては、社会実装への支援
など、いわゆる「出口」段階での支援システムが不足しており、実効性のある政
策的「仕掛け」と言えるレベルには達していないのである。

○ましてや、医療・健康分野以外の分野(例えば、教育分野等)の課題も抽出・
特定し、その課題解決ニーズを県内企業の技術力に結び付け、その社会実装に至
るまでを一貫して支援できるような、高度かつ総合的な政策的「仕掛け」はまだ
全く整備されていないのである。

【「地域イノベーション」を加速する政策的「仕掛け」としての「リビング・ラボ」】
○地域企業が、地域課題を解決できる新製品・新サービスを創出し、その普及を
ビジネスモデル化し、持続的に発展できるようになること(地域イノベーション)
を効果的に支援できる、政策的「仕掛け」を内包する地域産業振興戦略を策定す
るためには、@地域が目指すべき理想的な姿(ビジョン)の設定、Aそのビジョ
ンを実現するために解決しなければならない地域課題の抽出・特定、Bその地域
課題の解決方策を創出する道筋(シナリオ)の提示、Cそのシナリオを効果的に
推進するために必要な各種施策(プログラム)の企画、の順に作業を進めること
が合理的手法となる。

○このような地域産業振興戦略を策定することから、その実施化に至るまでの全
ての作業工程に、地域の利害関係者が効果的に関与できるようにすることが、地
域産業振興戦略の策定効果(ビジョンを実現できる可能性)を高める上で極めて
有効な手法になる。
 すなわち、地域が目指す姿を実現するために解決しなければならない地域課題
の抽出・特定の段階から、その課題の解決方策を利用することになる地域住民や
地域企業、その解決方策を開発・提供することになる地域企業等が参画すること
によって、地域住民や地域企業が真に必要としている地域課題の解決方策の創出・
ビジネスモデル化への取組みが合目的的となり、解決方策の創出・普及に要する
時間の大幅な短縮が期待できるのである。
 このような取組みを実際に可能とする政策的「仕掛け」が、行政主導型(政策
誘導型、行政課題解決型)の「リビング・ラボ」になるのである。すなわち、
「長野県地域イノベーション創出システム」の機能を高度化するためには、「リ
ビング・ラボ」が不可欠になるのである。

【「県民生活の質的向上」と「県内産業の振興」を整合する政策的「仕掛け」と
しての「リビング・ラボ」の在り方】
○世界には、特に欧州を中心に、様々な形態の先進的な「リビング・ラボ」が存
在している。長野県内では、松本市において、市民の健康増進と地域産業の振興
の整合を目指す「リビング・ラボ」(テストベッド的な機能が強い)が活動して
いる。
 ※テストベッド
  開発された新製品・新サービスをユーザーが実際に使用・評価し、その結果
 を開発サイドにフィードバックする実験的な環境やシステム

〇今回のニュースレターにおいては、健康増進だけでなく環境保全等を含む様々
な分野に関して、県民が抱える課題の解決方策を創出し「県民生活の質的向上」
を実現するための活動と、その解決方策の普及をビジネスモデル化し「県内産業
の振興」を実現するための活動を整合させるために、以下のような機能を有する
「リビング・ラボ」を行政主導で整備すべきことを提案したい。(ここでは、行
政主導の「リビング・ラボ」の重要ポイントだけを提示し、運営体制を含む具体
的システム等の在り方については、別途検討し提示できるようにしたい。)

@ 行政主導の「リビング・ラボ」の主要な構成メンバーは、以下のようになる。
・解決すべき行政課題(様々な地域課題を整理し特定された、解決ニーズの大
  きな地域課題)を提示する行政機関
 ・提示された行政課題の解決方策を創出・提供する研究開発型の地域企業グル
  ープ
 ・創出された課題解決方策を試行・評価するユーザーとしての地域住民グループ
 ・その他の関係企業・機関等
 そして、この「リビング・ラボ」の活動の流れは概ね以下のようになる。

A 行政機関が、健康増進や環境保全等に関して県民が抱える課題を行政課題と
 して整理・特定して、「リビング・ラボ」の構成メンバーである地域企業グル
 ープ(必要に応じて大学、産業支援機関等も参画する)に提示する。

B 解決優先度の高い行政課題については、行政機関が、その必要とする課題解
 決方策の「仕様」を、「リビング・ラボ」の協力も得て調査研究し、地域企業
 グループに提示する。この「仕様」は、真に行政機関が必要としている課題解
 決方策が、どのようなものであるかを地域企業グループに的確に伝え、地域企
 業グループが、それに的確に応える課題解決方策を早期に開発・提供できるよ
 うにするための重要なツールとなるのである。

C 地域企業グループ(実際にはグループ内の単独企業や異業種企業の連携体な
 ど)は、行政課題解決方策の研究開発計画を行政機関に提案し、行政機関に採
 択された場合に研究開発に着手する。行政機関は、その採択した研究開発計画
 の実施に対しては、研究開発費用への助成、研究開発への公設試による技術支
 援、創出された課題解決方策の評価・実験的社会実装・ビジネスモデル化等へ
 の支援を行い、行政課題の早期解決を図る。

【むすびに】
〇最後に、行政課題解決型の「リビング・ラボ」を行政主導で整備することの意
義を再確認しておきたい。
 行政サイド(県や市町村)は、幅広い行政分野での日常的業務を通して、地域
住民や地域企業等が直面している様々な課題を把握している。しかし、行政サイ
ドは、現状では、その様々な課題を整理し行政課題として明確化し、その解決方
策を創出し、行政課題の解決に結びつけるというような合理的な行政手法(シス
テム)を有していない。今まで何度も繰り返し述べてきたが、県の各種の行政計
画においては、多くの場合、地域課題の抽出・特定さえもなされていないのである。

○このような状況下で、現状では放置されている、健康増進や環境保全、あるい
は各種の産業振興等における多くの解決すべき潜在的あるいは顕在的な課題の解
決に、科学技術や工業技術を活用して取組むべきことを行政サイドが自覚できた
にも係らず、その課題の解決方策創出への道筋(シナリオ)、シナリオの効果的
推進に必要な各種施策(プログラム)を独力では構想・実施化することが困難な
場合には、行政課題解決型の「リビング・ラボ」の整備・活用を、速やかに実施
可能な行政手法として提案できるのである。

○この「リビング・ラボ」については、その使命や運営手法を十分に理解した有
能なリーダーが一人いれば、必要な人的体制の整備には外部人材(様々な既存の
人的ネットワークを含む)を活用することなどによって、極めて低コストで構築・
運営できるのである。

〇とにかく、行政サイドにおいては、解決優先度の高い行政課題について、その
行政分野に特化した「リビング・ラボ」を整備・活用して、解決方策の創出・評
価から社会実装に至るまでの一連の活動に取組んでみてほしい。そして、その活
動から得られる成功や失敗の体験が、「リビング・ラボ」参画者の間で共有され
ることによって、行政主導ではない運営形態の専門性の高い「リビング・ラボ」
が様々に誕生し、地域企業の「コトづくり」活動が広く活性化していくことを期
待したい。


ニュースレターNo.59(2015年5月5日送信)

国の産業政策動向に対応した長野県工業技術総合センターの新展開への期待
―――中小企業の「技術の診療所」を基盤とした新たな「立ち位置」の確保――

【はじめに】
○長野県工業技術総合センター(工技センター)は、県内中小企業が日常的に直
面する技術課題の解決に親身になって支援する、「技術の診療所」あるいは「技
術の駆込み寺」として、地域産業の振興に歴史的に多大の貢献をして来ている。
 具体的には、工技センターは、中小企業独自では手が届かない技術課題解決用
の高額な分析・測定機器や、その的確な操作等のための専門技術者(現状では、
工技センターの4技術部門に約100人)を、効果的に整備・配置することによって、
中小企業のための、広範な技術分野にわたる技術支援サービスの提供を可能とし
て来ているのである。

○経済産業省の外郭団体である国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)
は、我が国最大級の公的研究機関として、日本の産業・社会に役立つ技術の創出
とその実用化や、革新的な技術シーズを事業化するための「橋渡し」機能の発揮
に注力して来ている。
 そのための体制として、全国10か所の研究拠点に約2000人の研究者を配置し、
国家戦略等に基づき、研究開発に取組んでいる。

○そして、産総研は、平成27年度からスタートした第4期の基本方針の一つの柱
(地域イノベーションの推進)において、都道府県に所在する公設試験研究機関
(公設試。長野県では工技センターのこと)に産総研の職員を配置することなど
によって、産総研でブラシュアップされた技術シーズを、公設試を地方拠点とし
て産業界に「橋渡し」する体制を整備・駆動しようとしている。

〇より具体的には、この産総研の動きは、特定の地域企業が取組む、特定の新技
術・新製品の研究開発に必要な技術シーズについて、産総研と全国の公設試が連
携して供給できるようにする、全国的システムを構築することを目指していると
も言える。

〇この動きは、一見すると従来からの都道府県等の地域産業政策に新たな広域的
「仕掛け」を組込む、地域産業政策の高度化に資するものとして評価できるよう
に思われるが、あくまで国の視点(中央集権的視点)からの「仕掛け」、産総研
の一方的意思によって構想され、駆動する「仕掛け」の整備と言える。すなわち、
この「仕掛け」は、かえって公設試の自主的活動の強化や円滑化への、大きな障
害になる恐れがあると言えるのである。

〇しかし、国は、産総研の動きとは反対に、地域自らが、地域イノベーションの
創出活動を活性化する「仕掛け」を内包する地域産業政策を策定・実施化してい
けるようになることが、本来あるべき姿であって、国はその地域の自主的な取組
みを支援する立場(いわば「裏方」)であるべき旨も、様々な機会に提示している。
 したがって、産総研としては、地域の公設試それぞれのミッションの独自性を
十分に理解・尊重した上で、産総研と公設試のミッションの整合に資する協力体
制を、ケースバイケースで柔軟に構築していくことが必要になろう。

【産総研の戦略の、産総研にとってのメリットと課題】
〇この産総研の動きは、最少のコストで全国各地域の公設試を現地機関化し、産
総研の活動領域の拡大(地域企業との共同研究開発における産総研の技術シーズ
や人材の活用機会の拡大など)をしようとするもので、産総研にとっては、その
活動に対する産学官民の評価を格段に高めるというような、大きなメリットをも
たらすことが期待できるのである。

○このような産総研の動きの背景には、全国各地域の大学が、既にグローバルな
視点から、当該地域の産業振興への貢献機能の強化(産学連携専任部署の整備、
地域産業振興事業を実施する団体の設立など。産総研が目指す技術シーズの「橋
渡し」機能も当然含む)をしつつある中で、このままでは、産総研は、その役割
を大学と差別化することによって、存在意義を際立たせることが困難になってし
まうという危機感があるのかもしれない。

  ○産総研は、通商産業省・工業技術院の研究機関であった時代から、「産業技術
連携推進会議」という形で、全国の公設試を技術分野毎や所在地域毎に組織化し、
公設試の技術力の高度化等を支援してきている。したがって、今回の産総研の動
きの背景には、産総研の公設試への支援の経緯・経験から、「全国の公設試は、
産総研を頂点とする組織に従来から位置づけられていて、産総研の言うことは何
でも良く聞いてくれる。」というような「錯覚」に、産総研が陥っていることが
あるのかもしれない。

〇このようなことから、産総研の技術シーズの「橋渡し」機能の、全国規模での
整備の成否は、産総研が、それぞれの公設試の主体性を尊重し、公設試の属する
都道府県の地域産業政策に基づく独自の活動の効果的推進を支援する、「裏方」
としての役割に徹することができるか否かにかかっているとも言えるだろう。

【産総研の戦略の、長野県の産学官連携支援システムにとってのメリットと課題】
〇長野県では、県の地域産業政策において、県内企業のグローバルな規模での産
学官連携への支援拠点として、公益財団法人長野県テクノ財団が位置づけられて
いる。そして、テクノ財団では、県内企業の技術ニーズに応じて(県内企業のメ
リットを最重要視する立場から)、信州大学等の県内大学のみならず、県外、海
外の大学等と県内企業との最適な連携の支援に取組んでいる。

○テクノ財団の本部事務局が入居している工技センターに、産総研の職員が配置
され、産総研の地方拠点・窓口が、想定通り機能すれば、そこを通して、産総研
のみならず全国の公設試との同財団の人的ネットワークが強化されることになり、
県内企業の技術ニーズに適合する技術シーズ提供機能等が格段に強化されうるこ
とになる。

〇しかし、実際には、このような産総研の地方拠点・窓口が、想定通りの機能を
発揮できるようにするためには、事前に課題を全て抽出・解決しておくことなど、
周到な準備作業が必要になる。
 現状においては、配置される産総研の職員が、県内企業の技術ニーズに対応す
るために、最適な産総研の部署や他県の公設試等をどのように抽出・選定し、ど
のようにして「橋渡し」(最適な産学官連携体制の構築など)をするのか、が具
体的にイメージしにくいのである。
 言葉で大筋を説明することは簡単であるが、効果的実践には、産総研、信州大
学、工技センター、テクノ財団等の関係機関の間での役割分担など、まだまだ事
前に検討・解決しておかなければならない課題が山積しているのである。

【産総研の戦略の、工技センターにとってのメリットと課題】
〇工技センターが、産総研の地方拠点・窓口としての役割を担うことによって、
工技センターの機器整備、職員の技術研修等への国の支援増が期待でき、工技セ
ンターの技術支援機能の高度化には、一定の効果が得られるのかもしれない。
 しかし、産総研の地方拠点・窓口としての業務への対応(例えば、産総研が仲
介する他県企業への技術支援サービス業務の増大等)によって、県内企業のため
の「技術の診療所」、「駆け込み寺」としての機能が低下することが懸念される。

○県内企業が製造する材料・部品・装置の性能評価のためには、様々な分析・測
定機器によるデータ収集・解析が必要になる。一つの分析・測定機器を的確に操
作し、トレーサビリティのある信頼できるデータを収集できるようになるだけで
も、優れた指導者の下での、集中的な研修と熟練のための長期間にわたる実践が
必要になる。ましてや、技術課題解決(課題発生の原因を特定することなどを含
む)のために、データを高度に解析・解釈できるようになるためには、更に経験
を積むことが求められる。

〇現状の工技センターの職員は、人員削減・人事異動等の人的制約から、十分な
専門的指導も受けられないままに、複数の機器の操作を担当させられ、毎年導入
される新規機器の操作への熟練も課されるという、非常に厳しい状況下に置かれ
ているという話も聞く。
 その上に、産総研の組織に組込まれることになれば、県内企業の技術ニーズに
応える日常的業務以外に相当の時間を割かなければならなくなり、工技センター
職員の分析・測定機器の操作熟練のための時間は更に不足し、県内企業への技術
支援サービスの質が大きく低下していくことが懸念されるのである。

【地域産業政策における工技センターの役割の見直し・明確化の必要性】
○今回の産総研による全国の公設試の下部組織化(産総研の地方進出)の動き、
信州大学等の県内中小企業への技術支援サービス機能強化の動き、国が主導する
公設試の機器の広域的利用(他県の公設試との共用化など)の動きなどから、か
つては工技センターの「独占市場」であった県内中小企業への技術支援サービス
分野において、今や様々な「競合」が生まれつつある。

  〇国の産業政策動向からは、このような大学、産総研、県外公設試、工技センタ
ー等の間での「競合」の更なる拡大が想定できる。したがって、工技センターと
しては、その動きを先取りし、「競合」を「連携」に転換し、県内企業の技術支
援ニーズに適合した技術支援サービスを、より効果的に提供できるようにするた
めに、現状の役割を見直し、新たな役割や立ち位置を明確化すべき時期になって
いるのではないだろうか。

【工技センターの立ち位置に係る一つの視点――人的体制の整備の在り方――】
○現状の工技センターは、人的・資金的に非常に厳しい制約の下にある。工技セ
ンターの限りある人的・資金的資源を効果的に活用するためには、県の地域産業
政策の具現化に必要な業務に特化するなど、担当する技術支援サービス分野を可
能な限り絞り込む必要がある。
 また、高度化する県内企業の技術支援ニーズに応えるためには、職員それぞれ
が、担当する分析・測定分野に係る専門知識・技術・技能を更に深化させること
が不可欠となることから、技術支援サービス分野の絞り込みは、政策的にも合理
的対応と言える。

〇このことをもう少し具体的に言えば、工技センターは、分析・測定機器の操作
やデータ収集・解析に関して、A分析装置、B測定装置、C計測装置のどれでも
平均レベルで操作等ができる職員ではなく、A分析装置しか操作等ができなくて
も、超一流レベルで操作等ができる職員を育成・配置すべきということである。

〇県内企業も、工技センターが、全ての分析・測定技術分野に、超一流レベルで
対応できる職員を揃えることが不可能であることは理解している。もし、県内企
業が、工技センターにはいない、B測定装置を超一流レベルで操作等ができる職
員を必要とする場合には、その職員を有している近隣県の公設試等を利用しても
らえばよいのである。
 万が一にも、工技センターに分析・測定技術に関して平均レベルの職員しかい
なくなれば(他県の公設試に対する技術的優位性が無くなれば)、県内企業は、
超一流レベルの職員(信頼性の高い分析・測定技術を有する職員)を求めて県外
の公設試に向かい、やがて工技センターには見向きもしなくなるだろう。

〇また、工技センターが、特定の分析・測定技術分野で超一流レベルの職員を有
することが、他県の公設試や企業が、工技センターとの広域的連携体制(補完的
連携体制)の構築を望む動機づけともなるのである。
 工技センターが、他県の産学官連携プロジェクトへの補完的参画を望まれるよ
うになれば、工技センターを通して、そのプロジェクトへの県内企業の参画の機
会も拡大し、県内企業の広域的産学官連携を通した広域的ビジネス展開に、大い
に貢献できるようになるのである。

【工技センターの役割の見直し・明確化のための議論の進め方】
○工技センターの役割の見直し・明確化については、以下のような論点・順序で
議論を進め、目指すべき工技センターの役割とその具現化方策を明確化すること
に取組むことが合理的であろう。

@県内企業の技術課題の解決について、様々な形で技術支援できる公的機関であ
る、大学、産総研、他県の公設試、工技センター、テクノ財団等の中で、工技セ
ンターに最適な役割、工技センターでなければできない役割とは何か。
※工技センターが自ら望む役割ではなく、工技センターが産学官から望まれる役
割(他の機関と差別化できる役割、競合しない役割など)とは何か、を客観的視
点から議論することが必要になる。

Aその工技センターの役割をより効果的に果たせるようにするための方策とは何か。
※@とAについては、既に若干触れたが、具体的には今後のニュースレターの中
で議論していきたい。

○現在見直し中の「長野県科学技術産業振興指針」、平成28年度中の見直しが予
定されている「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」など、県の地域産業政策
の策定作業の中で、新たな県内産業の展開方向を政策的に特定し、その方向への
展開速度を加速する工技センターの役割と、その役割を効果的に果せるようにす
るために整備すべきソフト・ハード機能について、十分に議論がなされ、その結
果が、地域産業政策の中に具体的かつ明確に提示されることを期待したい。

〇当然、その地域産業政策においては、政策目的の具現化を目指し、工技センタ
ーがその使命を最大限に果たすことができるようにするために必要な、大学、産
総研、他県の公設試、テクノ財団等との役割分担、連携の在り方を明示すること
が必要になる。

【むすびに】
○長野県の地域産業政策の基本的な政策理念「『貢献』と『自立』の経済構造へ
の転換」を具現化するには、「県民生活の質的向上」と「地域産業の振興」とを
実現・整合するために、解決しなければならない地域課題の抽出・特定、その地
域課題の解決シナリオ(道筋)の設定、そのシナリオの効果的推進に必要な各種
プログラム(具体的な施策)の企画・実施化という、合理的手順による取組みが
必要になる。

○その取組みの中では、科学技術や工業技術を活用した、地域課題の解決方策の
創出に必要な、人材や機器を有する唯一の県組織である工技センターの果たすべ
き役割が、非常に重要になる。
 従来からの「地域産業の振興」の拠点としての工技センターの在り方に加え、
「県民生活の質的向上」の拠点としての工技センターの在り方についても議論し、
工技センターの新たな役割や立ち位置を、具体的かつ明確に提示できる地域産業
政策の策定・実施化が求められているのである。


ニュースレターNo.58(2015年4月17日送信)

新たな長野県イノベーション創出システムの構築

【はじめに】
○長野県の地域産業(ここでの議論では主に製造業を前提とする)が、厳しい国
際的競争環境の中で、持続的に発展していくためには、より多くの地域企業が、
その市場競争力の維持・強化の源泉となるイノベーションを創出し続けていける
ようになることが不可欠となる。
 したがって、地域産業政策の立場からは、地域企業のイノベーション創出活動
を総合的に支援するシステム(長野県イノベーション創出システム)の整備・高
度化が重要な政策課題となる。
 ※長野県イノベーション創出システムの概念
  県内企業のイノベーション創出活動(新製品・新サービスの研究開発等)、
  その活動を支援する大学・試験研究機関・産業支援機関等のハードインフラ、
  その活動を支援する各種の政策的支援メニュー等のソフトインフラなどで構
  成される、イノベーション創出に資する県全体のシステム

○地域企業によるイノベーション創出に関して、実りある有意義な議論ができる
ようにするためには、事前にイノベーション創出の定義を明確にしておくことが
必要となる。ここでの議論におけるイノベーション創出の定義については、長野
県中小企業振興条例が規定する「産業イノベーション創出」の定義を準用し、単
に新製品・新サービスを創出することではなく、創出した新製品・新サービスの
供給によって、経済・社会的課題を解決し、経済・社会をより良い方向に大きく
変革させることまでを含むことをその定義としたい。
 ※長野県中小企業振興条例の産業イノベーション創出の定義(条例第3条第2項)
  新たな製品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を生み出し、経済社会
  の大きな変化を創出することをいう。

【中小企業を主役とする長野県イノベーション創出システム構築の意義】
○地域企業がイノベーションを創出するためには、先端的科学技術を活用するこ
とが必要になる。先端的科学技術を活用する新規市場は、多くの場合、当初はそ
の市場規模が小さく、大企業が進出を目指す規模には程遠いことから、中小企業
が主導権を握り易い市場分野になると言われている。したがって、ほとんどが中
小企業である長野県において、中小企業によるイノベーション創出活動を支援す
ることは、地域産業政策の視点からのみならず、国レベルでの産業政策の視点か
らも政策的合理性を有することになる。

○また、先端的科学技術の活用については、大企業のような「自前主義」で対応
できない中小企業にとっては、必然的に産学官連携(オープンイノベーション)
に頼らざるをえなくなる。すなわち、機密性の保持、知財の共有などに係る様々
な課題を内包し、取組みに躊躇している企業もまだまだ多いオープンイノベーシ
ョンの有効性を中小企業が立証し、中小企業が、オープンイノベーションの効果
的拡大を先導することを期待できるのである。
 ※オープンイノベーションとは、自社技術だけでなく大学や他社などが持つ技
  術やアイデアを組み合わせ、革新的な製品開発やビジネスモデル構築などに
  繋げるイノベーションの方法論

○以上のことから、長野県の地域産業政策の優位性を確保するために、中小企業
を主役とする長野県イノベーション創出システムの在り方について議論すること
の意義を確認できるのである。

【これから策定される国の第5期科学技術基本計画との整合性】
○平成28年度からスタートする、現在策定中の国の第5期科学技術基本計画につ
いては、以下の事項を3本柱とする方向で策定が進められているという。
@大変革時代を先取りする(未来の産業創造・社会変革に向けた取組)
A経済・社会的な課題の解決に向けて先手を打つ(経済・社会的課題への対応)
B不確実な変化に対応し、挑戦を可能とするポテンシャルを徹底的に強化する
(基盤的な力の育成・強化)

○そして、この3本柱の下に、地域での内発的・自律的イノベーションを加速す
るために、地域自らが科学技術イノベーション創出に向けた戦略を策定し、イノ
ベーション創出システムを構築して、地域がイノベーションの戦略的拠点として
機能することを促すとしているのである。
 本来的には、長野県が、その生き残りをかけて、誰の支援も無くても自力で取
組まなければならない、長野県イノベーション創出システムの構築に対して、国
もバックアップするという「追い風」が吹いているのである。長野県には、この
「追い風」を効果的に活用して、長野県イノベーション創出システム構築に積極
的に取組むことを期待したい。

【長野県イノベーション創出システムの在り方に関する議論のテーマ】
○長野県イノベーション創出システムの在り方に関する様々なテーマについて議
論する際の基本的・共通的視点として、@長野県イノベーション創出システムに
参画するプレーヤーは誰なのか、A個々のプレーヤーの果たすべき役割・機能は
何なのか、Bその役割・機能を最大限に果たせるようにする支援メニューはどう
あるべきなのか、の3点を提起しておきたい。
 そして、これら3点の視点からの真剣な議論を通して、長野県イノベーション創
出システムの効果的稼働を実現する、独創性や優位性を有する政策的「仕掛け」
を見出すことが可能となるのである。

○以上を前提とした上で、具体的に議論を展開していく際には、第1に、先端的
科学技術を活用した新製品・新サービスの研究開発・早期事業化を可能とする産
学官連携を促進する政策的「仕掛け」を、長野県イノベーション創出システムの
中にどのように組込むべきか、を議論のテーマとして設定することが必要なる。

○第2には、ドイツが進めるIndustrie4.0のようなIoT等を活用した統合管理型生
産システムなど、地域を拠点とする新たなグローバル高付加価値型生産システム
の構築を促進する政策的「仕掛け」を、長野県イノベーション創出システムの中
にどのように組込むべきか、を議論のテーマとして設定することが必要になる。
 ※IoT(Internet of Things)とは、コンピュータなどの情報・通信機器だけで
  なく、世の中に存在する様々なモノに通信機能を持たせ、インターネットに
  接続して相互に通信することにより、自動認識や自動制御、遠隔計測などを
  行うこと

○そして、第3には、新製品・新サービスによる経済・社会的課題解決をビジネス
モデル化することに資する、新たな課題解決型バリューチェーン(製造業とサー
ビス業の異業種企業連携など)の構築を促進する政策的「仕掛け」を、長野県イ
ノベーション創出システムの中にどのように組込むべきか、を議論のテーマとし
て設定することが必要なる。

○以上の3つのテーマそれぞれについて、議論の視点や展開方向等を以下に提示し、
それに関する皆様方からのご意見等を参考にさせていただき、次回以降のニュー
スレターで本格的に議論を展開することにしたい。

【産学官連携を促進する新たな政策的「仕掛け」】
○産学官連携の促進方策に関しては、企業サイドからは、大学や公的研究機関が、
産業ニーズや社会ニーズを踏まえ実用化(社会実装)まで展望した研究を企画・
実施化することや、その研究成果を企業が理解・応用し易い形でプレゼンテーシ
ョンすることなどに係る要望が出されるだろう。
 また、大学や公的研究機関サイドからは、産業界や行政機関が、自力では解決
方策を見出せず、その解決方策の創出に関して、同サイドに支援・協力を求める
具体的課題を提示することなどに係る要望が出されるだろう。

○すなわち、産学官の関係者間での深い信頼関係の構築に基づき、機密性が保持
された状況下で、技術ニーズと技術シーズに関するオープンで活発な情報交換が
なされる場が、多種多様な産業・技術分野や行政分野で生まれるようになること
に資する政策的「仕掛け」が求められているのである。

【グローバル高付加価値型生産システム構築を促進する新たな政策的「仕掛け」】
○多くの地域企業が、地域での生き残り戦略として、より多くの付加価値を確保
できるようにするため、グローバルに生産体制を展開することを志向し、その一
層の高度化に取組んでいる。そして、当該地域において、当該企業の中枢的機能
(経営・研究開発・試作機能、高付加価値部品・製品の生産機能、人材育成機能等)
を維持・強化するため、様々なハード・ソフト分野への投資を蓄積させてきている。

○地域にとっては、グローバル生産体制からの利益還流によって、その中枢的拠
点としての地域企業が、「働く場所」として持続・発展していくことが、地域の
存続に不可欠であることは明らかである。
 地域企業が、当該地域において中枢的拠点を持続・発展させることができる、
グローバル高付加価値型生産システムの構築を促進することに資する政策的「仕
掛け」が求められているのである。

【課題解決型バリューチェーン構築を促進する新たな政策的「仕掛け」】
○地域においては、少子高齢化・人口減少、それに由来する地域経済・社会の疲
弊など、様々な構造的な課題を抱えている。地域企業にとっては、それらの課題
の解決に資する様々なツールを創出・提供することは、地域の課題解決に貢献で
きるとともに、新市場分野を開拓し、持続的に成長していくための新たな経営戦
略を具現化することにも繋がる。

○優れた技術力を長年にわたって蓄積し、高精度・高品質の製品を低コストで製
造できる地域企業であっても、地域課題を把握し、その課題解決方策の創出・提
供のビジネスモデル化(いわば、「ものづくり」から「ことづくり」への展開と
言えるかもしれない)に取組むことは、従来経験したことのない活動領域になる
だろう。その自社では対応できない活動領域を補完してもらえる合理的手法が、
地域のサービス産業等の異業種企業との連携になるのである。
 創出・提供を目指す地域課題解決方策の優位性あるビジネスモデル化に資する、
合目的的な異業種企業連携の構築を促進する政策的「仕掛け」が求められている
のである。

【むすびに】
○長野県中小企業振興条例では、特に産業イノベーションの創出が図られること
に留意して、中小企業の振興に関する施策を総合的に策定・実施することを「県
の責務」としている。また、長野県総合5か年計画の政策推進の基本方針の第1で
は、「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」を掲げている。
 すなわち、長野県の地域産業振興に係る政策理念は、単に経済活動の活性化を
目指すのではなく、経済活動による経済・社会の変革をも目指しているのである。

○長野県には、地域産業振興に係る政策理念においては、既にトップランナーで
あることを認識していただき、その政策理念の具現化への取組みにおいてもトッ
プランナーになることを真剣に目指し、具体的活動に速やかに着手していただく
ことを期待したい。


ニュースレターNo.57(2015年4月3日送信)

「長野県ICT利活用戦略(案)」の修正を目指した「活動」の失敗報告
――― 反省を今後の「活動」に活かすために ―――

【はじめに】
○長野県では、平成27年2月16日から3月17日まで、「長野県ICT利活用戦略
(案)」(以下、ICT戦略という。)に対する意見募集(パブリックコメン
ト)を行った。
 ※ICT:information & communication technology のこと
 私は、3月上旬にこれを知り、一読して直ぐにICT戦略の公文書としての
論理性の無さ(完成度のあまりの低さ)に気付いた。
 すなわち、ICT戦略の「策定趣旨」は、「ICT利活用の取組の方向性を
明確にし、『長野県総合5か年計画』に掲げた数値目標の達成につなげること」
である旨が明記されているにもかかわらず、「数値目標」は全く記載されず、
「ICT利活用の方向性」もほとんど記載されていないなど、その「策定趣旨」
からあまりにかけ離れた内容になってしまっていたのである。
 ※戦略の完成度:戦略のビジョン、シナリオ、プログラムが理路整然と構成
 されていること。その上で、そのビジョン、シナリオ、プログラムの中味が
 独創性や優位性を有し、戦略策定趣旨を具現化できるレベルに達している
 こと、etc.
 ※ニュースレターNo.53、No.54、No.56を参照願います。

○県組織が、修正することなど全く必要のない素晴らしい出来栄えと思い込ん
でいるICT戦略を、一県民が修正させることなど不可能ではないかとは思っ
たが、パブリックコメントという県民参加型の政策策定システムが、正常に機
能(県民から寄せられた意見を誠実に検討し、それに基づく修正もいとわない
ことなど)さえしてくれれば何とかなるのではと期待して、修正を目指す「活
動」を開始することにした次第である。

○一県民が、ICT戦略策定担当部署を訪問し、同戦略を修正すべきといくら
持論を展開しても、まともな対応は期待できないだろう。しかし、パブリック
コメントに意見を提出すれば、担当部署は、その意見への対応を公表しなけれ
ばならなくなるため、質問の仕方によっては、同戦略を修正させることができ
るかもしれない、と考えたのである。

○いずれにしても、結果として、ICT戦略に一文字の修正もさせることがで
きず、私の「活動」は完全に失敗した。
 しかし、地域産業政策の研究をライフワークとする者としては、この経験を
無駄にせず、反省すべき点等を整理・記録し、今後、より高度な政策提言を効
果的に実施することに活かすべきと考えた次第である。

【「活動」の反省すべき点】
○反省すべき点は、私が、ICT戦略策定担当部署の策定スケジュールを事前
に把握していなかった(把握しようとしなかった)ことの一点に尽きる。
 担当部署においては、平成27年4月1日からICT戦略を正式にスタートさせ
ること、そのためには3月27日の部局長会議で了承を得なければならないこと、
を前提にした上で、パブリックコメントの締切日を3月17日に設定していたので
ある。(この期間設定では、寄せられた多くの意見を解釈・整理し、必要に応
じて意見提出者に真意等を確認して、それぞれの意見に対する回答案の作成と、
それと並行する修正作業とを全て完了することは不可能)

〇要するに、担当部署においては、当初から、寄せられた意見によって、IC
T戦略を修正することなど全く想定していなかったのである。(このことは、
パブリックコメント締切り後の、ICT戦略策定の責任者と言える方との意見
交換の場でも確認している。)
 このことを見抜けないままに、修正がありうることを安易に期待して、オー
ソドックスに「活動」を開始したことを反省しなければならないのである。
 結果として、私の「活動」は、全く戦略的とは言えない恥ずかしいものにな
ってしまったのである。

○ICT戦略の策定スケジュールを把握していれば、担当部署が、ICT戦略
を完成度の高いものにすることを重要視していないことも良く理解できたはず
なのである。(真剣に完成度の高いものを目指していれば、第三者の意見に基
づく修正作業を策定スケジュールの中に位置づけるはずなので)

〇担当部署においては、パブリックコメントでICT戦略に論理的欠陥がある
旨を指摘された場合に、たとえそれを認めても、それを承知した上で今後活動
していく旨を答えれば、ICT戦略自体を修正することは必要ないという程度
の認識であったことが、今回ホームページに公表された「長野県ICT利活用
戦略(案)に対してお寄せいただいたご意見の内容と長野県の考え方」を見て
も良く理解できるのである。
 このような認識の人々には、ICT戦略の戦略としての完成度を高めるため
の活動の価値について、理解・認識してもらうことを期待することはできない
のである。

○要するに、策定スケジュールを正確に把握できていたら、先ず、パブリック
コメントの意義を軽視している担当部署の姿勢(理不尽なスケジュール設定を
含めて)を正すことに焦点を絞り込み、寄せられた意見によっては、検討期間
を延長してでも必要な修正をするという旨の言質を引出すことを目指す「活動」
に、より多くの時間をかけて粘り強く取組むことができたのである。

○その後に、担当部署に対して、ICT戦略を、その策定趣旨の実現に向けて
真に機能する戦略とするためには、完成度が高く、現場の人々が、ICTを利
活用した具体的事業を企画・実施化する際の「バイブル」として、実際に使用
できるものにすべきことを訴えて行けば良かったのである。
 そうしていれば、たとえICT戦略の修正は実現できなかったとしても、担
当部署のパブリックコメントの意義に対する認識や取組み姿勢等を改めさせる
ことはできたかもしれないのである。すなわち、私の今回の「活動」にも、少
しは「成果」を見出すことができたかもしれないのである。

【反省から生まれた新たな研究テーマ】
○今回の「活動」の失敗については、ニュースレターをお送りしている有識者
の皆様に対して、戦略策定に係る本質論的議論ではない、形式論的議論の必要
性・重要性について具体的かつ論理的に説明できず、十分にご理解いただけな
かったこともその背景にあると言えるだろう。
 言い換えれば、有識者の皆様に対して、ICT戦略の形式論的欠陥が、戦略
としての本質論的欠陥に結びついていることを明確に説明することができなか
ったことが、失敗の背景にあると言えるということである。
 ※戦略の形式論的議論:戦略のビジョン、シナリオ、プログラムが理路整然
 と構成されているか。読む人が理解し易い構成・内容、文脈展開になってい
 るか、などに関する議論
 ※戦略の本質論的議論:戦略のビジョン、シナリオ、プログラムの中味が独
 創性や優位性を有し、実際に戦略策定趣旨を具現化できるレベルに達してい
 るか、などに関する議論

○すなわち、今回の失敗を通して、ICT戦略など、県の産業振興戦略の策定
において、その完成度を確保するためには、まず形式論的議論から入ることが、
必要かつ重要であることを、全ての人々に対して明確に説明できるようにする
ことが、新たな研究テーマとして私に課せられていることを認識したのである。

〇形式論的に優れた戦略の策定を目指すことが、実際に策定効果を発揮できる
(策定趣旨を具現化できる)、本質論的、戦略論的に優れた戦略を策定する近
道になることを、如何にしたら分かり易く明確に説明できるのか、ということ
である。
 皆様方には、この新たな研究テーマに関して、何らかの示唆を得られるよう
な資料等について、ご教示等いただければ幸いである。

【むすびに】
○今後も引続き、「優位性ある地域産業政策なくして、優位性ある地域産業集
積なし」の信念の下、パブリックコメント等の県民参加ツールを活用し、県の
地域産業政策が、他県等に比して高い独創性や優位性を有するもの(「フロン
トランナー長野」に相応しいもの)になるよう、積極的に「活動」していくつ
もりである。

○また、その「活動」が独善的なものにならないよう、ニュースレター等を活
用して、自分の提案・主張等に対する、有識者の皆様からの客観的評価を常に
得ることに努めて参りたいので、引続きご指導等をお願い申し上げる次第で
ある。


ニュースレターNo.56(2015年3月28日送信)

「長野県ICT利活用戦略(案)」の根本的課題(第3報)
―――パブリックコメントへの意見と県の誠実な対応への期待―――

【はじめに】
○長野県では、平成27年2月16日から3月17日まで、「長野県ICT利活用戦
略(案)」(以下、ICT戦略という。)に対する意見募集(パブリックコ
メント)を行った。※ICT:information & communication technology
 県のホームページの意見募集の欄の前文には、ICT戦略の「策定趣旨」
は、「ICT利活用の取組の方向性を明確にし、『長野県総合5か年計画』に
掲げた数値目標の達成につなげること」である旨が明記されている。
 しかし、ICT戦略は、「数値目標」を全く記載せず、「ICT利活用の
方向性」もほとんど記載しないなど、その「策定趣旨」からあまりにかけ離
れた内容になってしまっていたため、担当部署の皆様に、「策定趣旨」に整
合した内容に修正する動機づけを提供することを目的として、様々な視点か
ら意見を提出した。

〇その提出した意見のポイント(今後公表される県の回答との関連性を分析・
評価しやすくするために、提出意見を要点毎に分解した形で提示)と県の回
答のチェックポイントを以下に提示し、皆様方に、関心を持って県の回答内
容をチェックしていただき、戦略(案)が、その真の使命を果たせるレベル
に改善されるよう、皆様方のご支援・ご協力を賜りたいと考えた次第である。

○なお、パブリックコメント終了後にたまたまお会いした、ICT戦略担当
部署の責任者の方との意見交換の経過から、担当部署は当初から、どのよう
な意見が提出されようと一切修正しないという方針であることが分かったた
め、県の回答のチェックポイントについては、そのことを前提として提示し
ている。

【提出意見1:ICT戦略に「数値目標」を提示すべきこと】
〇ICT戦略の「策定趣旨」が、「長野県総合5か年計画」の「数値目標」の
達成であるのに、その「数値目標」がICT戦略に全く提示されていないため、
それについての修正を含めて以下の意見を提出した。
@達成を目指す「数値目標」をICT戦略に具体的に提示(記載)すべきこと。

A「数値目標」達成のための「ICT利活用の方向性」を明確化できるよう、
「ICT利活用の方向性」という「章」、「節」等を設けるべきこと。
B産業振興に資する、他県等に比して高い独創性や優位性を有する「ICT
の利活用の方向性」を提示すべきこと。
C「数値目標」の達成を目指すのならその「数値目標」を、「地域課題」の解決
を目指すのならその「地域課題」を明確に提示するなど、一般県民に分かり易
い体系・構成へ修正すべきこと。

【提出意見1に対する県の回答のチェックポイント】
〇県の回答について最も注目すべき事項は、上記の「数値目標」を提示すべき
という指摘に対して、県がどのような理由(根拠)でそれを拒否するかである。
担当部署の責任者の方との意見交換の中では、5か年計画が公表になってから
長期間を経ているので県民が十分承知済みだからと言っていたが、まさかその
まま文章として公表することはないだろう。
 あるいは、ICT利活用に積極的に取組んだ結果として、「数値目標」が達
成されることを単に期待しているに過ぎないとして、「数値目標」達成の「策
定趣旨」における位置づけをぼやかそうとすることも想定できる。しかし、
「策定趣旨」の内容を修正することは、ICT戦略策定の目的の変更に相当す
ることから、極めて困難であろう。
 結論的には、ICT戦略策定目的の修正なくして、達成を目指す「数値目標」
を全く掲載しないで済ませることの必然性について、論理的に説明をすること
は不可能と言えるだろう。

【提出意見2:ICT戦略に「ICT利活用の方向性」を提示すべきこと】
〇ICT戦略の「策定趣旨」が、「長野県総合5か年計画」の「数値目標」達
成のために、「ICT利活用の方向性」を示すことであるのに、それがICT
戦略にはほとんど提示されていない。論理的に自己矛盾した内容になっている
ため、「ICT×産業振興」に焦点を当て、以下の意見を提出した。
@「ICT企業の誘致」にICTを利活用するとしながら、ICTをどのよう
に利活用するのかに関する記載は全く無いこと。
A「新たなビジネスモデルの創出」にICTを利活用するとしながら、ICT
をどのように利活用するのかに関する記載は全く無いこと。
B「創業支援」にICTを利活用するとしながら、ICTをどのように利活用
するのかに関する記載は全く無いこと。
C産業振興におけるICT戦略としては、産業サイド(県内企業等)と戦略策
定サイド(県や産業支援機関等)それぞれでのICTの利活用の在り方等を提
示すべきこと。
D戦略の構成として、ICTの理想的な利活用の在り方を提示し、それを実現
するために必要な各種施策も整備・提示すべきこと。
E「ICT×産業振興」の「平成27年度の取組」は2事業のみで、極めて不十
分であること。
F「フロントランナー長野」に相応しい、他県等に比して高い独創性や優位性
を有するICT戦略にすべきこと。
G以上から、ICT戦略を根本的に見直すべきこと。

【提出意見2に対する県の回答のチェックポイント】
〇県の回答について最も注目すべき事項は、ICT戦略の「策定趣旨」が「I
CT利活用の方向性」を示すことであるのに、それが示されていないという指
摘を県が正しく理解できているのか、ということである。
 例えば、ICT企業の経営・技術面への支援を実施することなどを提示して
も、「ICT利活用の方向性」を示していることにはならないということが理
解できているのか、ということである。
 ICT企業の活動環境を整備し、ICT企業がそれを効果的に活用して、ど
のような地域課題を、どのようにICTを利活用して解決し、それをどのよう
にビジネスモデル化していくのかの道筋を示すことが、「ICT利活用の方向
性」を示すことになることを理解できているのか、ということである。

○理解できていると回答すれば、必然的に大幅な修正が必要になる。そこで、
例えば、ICT企業の経営・技術面への支援内容を提示することが、ICT企
業や支援機関が選択すべき「ICT利活用の方向性」を提示することに相当す
るという「こじつけ」的な説明をするか、「取組の柱」等に記載済みの字句を
組合せて、「ICT利活用の方向性」らしき記載もされているという、やはり
「こじつけ」的な説明をするか、いずれかを選択せざるを得なくなるのである。

【提出意見3:「策定趣旨」実現のための具体的事業の内容を説明すべきこと】
〇ICT戦略の「策定趣旨」を実現するための具体的事業である「平成27年度
の取組」については、事業名の羅列のみで、その目的・内容等の説明が全くさ
れていない。これでは、「平成27年度の取組」について意見を述べることもで
きないので、産業振興の課題に焦点を当てて以下の意見を提出した。
@「数値目標」を達成するために、どのようなICTの利活用方法が有効なの
かの提示がされていないこと。
A「平成27年度の取組」に提示されている具体的事業のみでは、「策定趣旨」
実現には極めて不十分であること。
B提示されている具体的事業の目的や内容等が全く説明されていないので、
県民が意見を述べられないこと。
C「数値目標」の達成に貢献する県民にとって、読みやすい、理解しやすいも
のにしようという配慮に全く欠けていること。
D「平成27年度の取組」について意見を求めたいのであれば、県民が理解し
やすい形に作成し直し、再度、意見を求めるべきこと。
E以上から、ICT戦略を根本的に見直すべきこと。

【提出意見3に対する県の回答のチェックポイント】
〇県の回答について最も注目すべき事項は、「策定趣旨」実現のための具体的
事業である「平成27年度の取組」に関して意見を募集しているのに、事業の目
的、内容等について全く説明していないことについて、県はどのように言い訳
するのか、ということである。
 「平成27年度の取組」は、意見を募集して検討することに値するほど重要事
項ではないので、事業名のみの提示にしたと回答するのだろうか。それとも、
事業の目的、内容等については今後詰めるので、事業名のみの掲載となったと
回答するのだろうか。
 担当部署が、県民に意見を募るということの重要性をしっかり認識し、真剣
にパブリックコメントに耐えうる(相応しい)ICT戦略にしようと努力した
のか、という極めて基本的な姿勢を問われているのである。

【提出意見4:県民が理解しやすい論理的体系・構成へ修正すべきこと】
〇ICT戦略の「策定趣旨」は、ICT利活用によって「数値目標」を達成す
ること、と極めて明解であるが、県民にとって非常に分かりにくい構成・内容
になってしまっている。そこで、ICT戦略の産業振興に関する部分に焦点を
当てて、県民にとって理解しやすい単純明解な構成・内容に修正すべきとして、
以下の意見を提出した。
@達成を目指す「数値目標」毎に、どのようにICTを利活用してそれを達成
していくのかについて、具体的道筋(シナリオ)と、そのシナリオを円滑かつ
的確に推進するために必要な各種の施策(プログラム)を提示するオーソドッ
クスな形へ修正すべきこと。(県民が理解し易い形に修正すべきこと。)
AICT戦略の「策定趣旨」と、それを具現化するための「基本方針」、「取
組の柱」、「平成27年度の取組」の内容が整合していない。戦略の内部で自己
矛盾を抱えたものになってしまっているので、修正すべきこと。

  【提出意見4に対する県の回答のチェックポイント】
〇県の回答について最も注目すべき事項は、「数値目標」の達成を目指すので
あれば、「数値目標」毎に達成シナリオ等を提示すべきであるという「正論」
に対して、そうできなかった、あるいは、そうしなかった理由を論理的に説明
ができるのか、ということである。
 すなわち、「数値目標」実現ためのICTの利活用方策について、県民に分
かりやすく説明できるのか、説明する意思があるのか、ということを問われて
いるのである。

【提出意見5:中小企業振興条例を遵守するICT戦略とすべきこと】
○ICT利活用による産業振興とは、長野県の場合、ICT利活用による中小
企業振興という側面が重要となる。したがって、中小企業振興条例に規定され
た「県の責務」を果たすICT戦略となるよう、以下の意見を提出した。
※県の責務:県は、特に産業イノベーションの創出(新たな製品又はサービス
の開発等を通じて新たな価値を生み出し、経済社会の大きな変化を創出するこ
とをいう。)が図られることに留意し、中小企業の振興に関する施策を総合的
に策定し、実施するものとする。

@条例を遵守し、県内中小企業の産業イノベーションの創出に資する「ICT
利活用の方向性」を明確に提示する、構成・内容にすべきこと。
Aより具体的には、県内中小企業が、解決すべき地域課題を抽出・特定し、そ
の解決方策としての新サービス・新製品を開発し、それを供給することによっ
て地域課題の解決に貢献できるビジネスモデルを構築し、それを県内外に広く
展開し、持続的に発展できるようになることに資する、「ICT利活用の方向
性」を提示する構成・内容に修正されなければならないこと。

【提出意見5に対する県の回答のチェックポイント】
〇県の回答について最も注目すべき事項は、ICT戦略担当部署が、中小企業
振興条例に規定された「県の責務」を認識した上で、ICT戦略を策定したの
か、ということである。認識した上で策定したのなら、それが、ICT戦略の
中にどのように反映されているのか、を説明しなければならない。それができ
なければ、法的規範に定められた「県の責務」を果たせるICT戦略になるよ
う、必要な修正をしなければならないことになる。

  ○ICT戦略において「県の責務」を果たしていると言えるためには、産業イ
ノベーションの創出に資する「ICT利活用の方向性」を提示しなければなら
ないことになる。記載済みの字句の組合せのみで、「県の責務」を果たしてい
ることを論理的に説明することは不可能であろう。

  【提出意見6:ICT利活用によって解決すべき地域課題を設定し直すべきこと】
○「基本方針」で、長野県が抱える課題の代表事例として、少子高齢化、防災・
減災、地域コミュニティーの維持を提示しているにもかかわらず、重点的に取
組むべき5分野に、少子高齢化対策と地域コミュニティー維持対策が含まれて
いない。含めるよう修正すべきである。

【提出意見6に対する県の回答のチェックポイント】
〇県の回答について最も注目すべき事項は、県の代表的課題である少子高齢化、
地域コミュニティー維持への対応策としてのICT利活用については、取組む
べき5分野である産業振興、人材育成、観光、安全・安心、行政サービスに含ま
れている、と回答できるかということである。
 それができなければ、なぜ、少子高齢化と地域コミュニティー維持を外した
かを説明しなければならなくなる。

〇修正なしで済ませるためには、「取組の柱」等の中に、少子高齢化とコミュ
ニティー維持に対する「ICT利活用の方向性」が記載済みであることを説明
しなければならない。記載された字句の並び替えや組合せによって、「こじつ
け」的に説明しようとしても、それは不可能であろう。そもそもどのような課
題についても、まともには「ICT利活用の方向性」は記載されていないので
あるから。

【提出意見7:行政事務でのICT利活用への住民ニーズを提示すべきこと】
○「基本方針」には、住民の利便性の更なる向上のため、ICTを利活用して
行政事務の改善・効率化を図る旨が記載されている。しかし、どこにも、どの
ような住民の利便性を向上しようとするのか記載されていないので、以下の意
見を提出した。
@不必要なICT設備投資を避けるためにも、ICT利活用によって、具体的
にどのような住民の利便性向上(住民ニーズへの対応)を実現しようとするの
か明示すべきこと。
A行政サービスの現場で、担当者がICT利活用の高度化のために実際に利用
できる内容に修正すべきこと。

【提出意見7に対する県の回答のチェックポイント】
〇県の回答について最も注目すべき事項は、県は、ICT利活用によって対応
すべき、具体的な住民ニーズ(行政事務に係る地域課題)を把握した上で、行
政事務の改善・効率化の必要性を提唱しているのか、ということである。行政
サービスにICTを利活用すれば、何かいいことが起こりそうという程度での
考えではないはずである。
 修正なしで済ませるためには、「取組の柱」等の中に、行政事務に係る住民
の具体的ニーズが提示されていることを説明しなければならないが、それは不
可能であろう。

【提出意見8:山岳高原観光振興でのICT利活用の方向性を提示すべきこと】
○「基本方針」には、山岳高原観光の魅力を更に高め、信州ブランド力の向上
を図るために、ICTを利活用する旨が記載されている。しかし、山岳遭難防
止対策への利活用以外、何も記載されていないので、以下の意見を提出した。
@山岳高原観光振興のためのICT利活用分野は、遭難防止対策だけではない。
本県の山岳高原観光の魅力の発信等、新たな「ICT利活用の方向性」を提示
すべきこと。
A山岳高原への誘客促進にICTを利活用したい現場の人々が、実際に利用し
やすいICT戦略になるよう、内容を修正すべきこと。

【提出意見8に対する県の回答のチェックポイント】
〇県の回答について最も注目すべき事項は、山岳高原観光振興のためのICT
利活用として、遭難防止対策以外には取組む必要はないのか、という問いに対
してどう回答しているかである。当然、遭難防止対策以外にもICTを利活用
すべきことは明らかであるが、それを認めると修正しなければならなくなる。

○「外国人誘客の促進」のための「ICT利活用の方向性」については、一般
的事項が若干記載されている。しかし、「山岳高原観光スタイルの発信」に、
それを単純に援用するだけではよしとはされない。
 修正なしで済ませるためには、「取組の柱」等の中に、少なくとも一つは、
遭難防止対策以外での、山岳高原観光振興に資する「ICT利活用の方向性」
が提示されていることを説明しなければならないが、それは不可能であろう。

【むすびに】
〇県のICT戦略担当部署が、私の提出した質問に対して、県組織の他の部署
のパブリックコメントへの対応のように、真正面から一つひとつ丁寧に真剣に
回答しようとすれば、ICT戦略に何らかの修正を加えなければならなくなる。

〇担当部署が、ICT戦略を修正しないで済むような回答をするためには、提
出された質問を要約等の名の下に「改ざん」するような対応をせざるを得なく
なる。
 しかし、担当部署の皆様には、真に県民生活の質的向上と県内産業の発展に
資するICT戦略にすべきことを決して忘れず、提出された意見への対応に、
誠実に真剣に取組んでいただくことを期待する。

○県が中心になって、自由闊達に政策論を戦わせることができる「場」を設け
ることが、県の地域産業政策が、独創性や優位性を有する、より高度なレベル
へ到達できる近道になること、そして、パブリックコメントは、その「場」の
役割を担える一つの重要な手法であることをご理解いただきたいのである。


ニュースレターNo.55(2015年3月23日送信)

「長野県サービス産業振興戦略(案)」の課題
―――サービス産業振興に係る県の「哲学」を県民に分かりやすく発信できるようにするために―――

【はじめに】
〇「長野県サービス産業振興戦略(案)」(以下、戦略(案)という。)が、長
野県のホームページに掲載されている。まだまだ不完全で、「案」というより
「たたき台」と言った方が相応しいレベル(誤字脱字もある有り様)である。今
後どのような手続を経て、正式な戦略へとブラッシュアップされていくのか非常
に心配である。
 長野県のサービス産業振興戦略の在り方については、ニュースレターNo.35
(2014.7.5送信)とNo.47(2014.12.22送信)でも提言しているので、それを基に、
以下で戦略(案)の課題等について議論してみたい。

〇戦略(案)を見て、すぐに気づく課題は、本県サービス産業(戦略(案)では、
第三次産業と定義)に属する企業のほとんどが中小企業であるにもかかわらず、
本県の中小企業振興の法的規範である「長野県中小企業振興条例」の制定趣旨を
尊重した戦略(案)にしようという姿勢が、戦略(案)の構成・内容からは全く
伝わってこないことである。まず、この点から議論したい。

【中小企業振興条例に規定された「県の責務」を果たすべきこと】
○中小企業振興条例においては、「県の責務」について、「県は、特に産業イノ
ベーションの創出(新たな製品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を生み
出し、経済社会の大きな変化を創出することをいう。)が図られることに留意し、
中小企業の振興に関する施策を総合的に策定し、実施するものとする。」という
旨が規定されている。
 したがって、当然、戦略(案)については、県内サービス産業による産業イノ
ベーションの創出(新たなサービスの開発等を通じて、新たな価値を生み出し、
経済社会の大きな変化を創出すること)に資する構成・内容になっていなければ
ならないことになる。

○中小企業振興条例が規定する「経済社会の大きな変化を創出すること」とは、
もう少し具体的に言えば、「地域社会が抱える様々な課題を解決し、より豊かな
地域社会や住民生活を実現すること」ということになるだろう。
 したがって、戦略(案)は、県内サービス産業が、解決すべき地域課題を抽出・
特定し、その解決方策としての新サービスを開発し、その新サービスを供給する
ことによって地域課題の解決に貢献するビジネスモデルを構築し、それを県内外
に広く展開し、持続的に発展できるようになることに資する戦略となるよう、検
討・修正がなされなければならないということになる。

○戦略(案)の「第1章 策定の趣旨等 1−1はじめに」においては、策定の
趣旨(目的)として、サービス産業の振興を通じて、「長野県総合5か年計画」
に掲げる「豊かなライフスタイルを実現する信州」、「誰にでも居場所と出番が
ある信州」、「健康長寿世界一の信州」の実現を目指す旨が提示されている。
(なぜか、同じく「長野県総合5か年計画」が実現を目指す「世界に貢献する信
州」と「一人ひとりの力を引き出す教育県信州」は外されている。)
 したがって、戦略(案)としては、県内サービス産業による、その策定趣旨
(目的)を実現するために解決すべき地域課題の抽出・特定から、その解決方策
としての新サービスを県内外に広く供給するビジネスモデルの構築・展開に至る
までの活動に対して、一貫して効果的に支援できる政策的「仕掛け」を提示しな
ければならないことになる。

【戦略(案)の在るべき構成】
〇ニュースレターNo.35で述べたように、サービス産業振興戦略の構成について
は、「ビジョン」、「シナリオ」、「プログラム」という基本的構成とすること
が、県民にとって論理的で分かりやすい戦略とするために採用すべき通常の手法
と言える。
 このことと、前述した中小企業振興条例に規定された「県の責務」の視点から
は、戦略(案)の策定趣旨(目的)を実現するために解決すべき地域課題の抽出・
特定が、戦略策定・実施化における非常に重要なプロセスになることが理解いた
だけるだろう。すなわち、どのような地域課題を抽出・特定するかが、その後の
プロセス(地域課題の解決方策の創出、解決方策のビジネスモデル化等の重要な
活動)の優位性を決定づけるのである。この基本的事項を重要視していないこと
が、戦略(案)の根本的課題と言えるのかもしれない。

〇そこで、「長野県総合5か年計画」が掲げる「健康長寿世界一の信州」の実現
を目指す場合を事例として、本来在るべき戦略(案)の構成を以下に提示したい。

1 ビジョン(目指す姿)の提示
@ 他県等に比して、県民の健康維持・増進において優位性を有する信州(社会
的ビジョン)
A 他県等に比して、健康維持・増進関連産業(ヘルスケア産業)の振興におい
て優位性を有する信州(経済的ビジョン)
B @とAの整合が実現している信州
2 シナリオの提示
@ ビジョンを実現するために解決すべき地域課題の抽出・特定
A その地域課題を解決する道筋(シナリオ)の提示
 解決方策をどのように創出するのか。創出された解決方策をどのように普及し、
課題を解決するのか。それを如何にビジネスモデル化するのか。すなわち、ビジ
ョン@とAの実現をどのように整合し、社会的にも経済的にも豊かな長野県を実
現するのか、に係る道筋(シナリオ)を提示する。
3 プログラムの提示
 シナリオの的確かつ効果的な推進に資する各種施策(プログラム)の提示

 以下では、ここで提示した本来的に在るべき戦略構成の視点から、戦略(案)
について議論を展開することにしたい。

【戦略(案)の構成@:ビジョン】
〇サービス産業は、非常に多種多様な業種業態で構成されるため、業種業態毎に
「ビジョン」、「シナリオ」、「プログラム」を検討・提示することは不可能と
なる。したがって、政策的には、県内サービス産業に共通的な「ビジョン」を設
定し、その「ビジョン」具現化への道筋を示す「シナリオ」と、その「シナリオ」
を円滑に推進するための具体的ツールである各種「プログラム」を提示すべきこ
とになる。

  ○そのような視点から、構成・内容的に混沌としている現状の戦略(案)の中か
ら、「ビジョン」、「シナリオ」、「プログラム」に相当する事項を抽出し、体
系的に整理し直し、戦略(案)の課題について具体的に議論することにしたい。
最初に、「ビジョン」に相当する事項を抽出すると以下のように整理できるだろう。

〇戦略(案)においては、「総論的ビジョン」として、「長野県総合5か年計画」
に掲げる「豊かなライフスタイルを実現する信州」、「誰にでも居場所と出番が
ある信州」、「健康長寿世界一の信州」という、本県が目指す姿の実現に取組む
旨が明記されている。
 その次に、「各論的ビジョン」として、以下の3つが提示されている。(戦略
(案)では「目指すべき姿」として提示されているが、表現上の稚拙さは、今後
必ず修正されなければならないだろう。)
@ 長野県を、尖った人材・尖ったIT企業が集まる場所に。そして信州をITバレ
ーに
A 将来の医療・介護費支出から、現在の「健康投資」へのシフト(行動変容)
B 意ある芽、小さな芽を育て、「居場所と出番」を、そして、「地域のつなが
り」を作る

〇いずれにしても、戦略(案)の「ビジョン」については、「総論的ビジョン」
と「各論的ビジョン」の関係を明確に説明できるようにするとともに、より論理
的で分かりやすい構成へ、また、より洗練された、真の意味が正確に県民に伝わ
る表現へと修正すべきである。

【戦略(案)の構成A:シナリオ】
○戦略(案)には、前述の「各論的ビジョン」それぞれについて、それを実現す
るための「シナリオ」(道筋)を提示することが、当然求められる。戦略(案)
の「シナリオ」に相当する事項を抽出・整理すると、
 第1のシナリオは、「各論的ビジョン」それぞれに対応する、「情報技術」、
「ヘルスケア健康関連」、「スモールビジネス」を、重点的に取組む3つの方向
性(重点軸)とし、サービス産業の活動領域を拡大することによって、「各論的
ビジョン」それぞれの具現化を図ること、ということになる。

〇第2のシナリオは、3つの重点軸への具体的・共通的取組み(3つの「各論的ビ
ジョン」実現への具体的・共通的「シナリオ」と言える)として、「@サービス
産業及び他産業に刺激を与え、A最初の一歩を作り出すとともに、B活動の環境
整備を行うこと」ということになる。非常に抽象的な表現で分かりづらいが、戦
略(案)では、この@からBを「戦術」として位置づけている。

○以下では、「各論的ビジョン」の中から「将来の医療・介護費支出から、現在
の『健康投資』へのシフト(行動変容)」を選び出し、それに焦点を絞り込み、
より具体的に深く議論できるようにしたい。

〇その「将来の医療・介護費支出から、現状の『健康投資』へのシフト(行動変
容)」を実現するための、個別的「シナリオ」については、なぜか具体的・共通
的「シナリオ」と整合した形での提示をせず、「振興の視点」として、以下のAか
らDの項目を思いつくままに羅列しているのである。
[振興の視点]
A 「健康」イメージを訴求した観光産業の展開
B 食と農業との連携
C 信州ACEプロジェクトとの連動 ※A:Action、C:Check、E:Eat
D 周辺サービスの増加による医療・介護分野の補完

○なぜ、「どのように産業界を刺激すべきなのか。どのように産業界が最初の一
歩を踏み出せるようにすべきなのか。どのような産業活動の環境を整備すべきな
のか。」という具体的・共通的「シナリオ」の視点から、「振興の視点」を具体
的に提示しようとしないのか。このAからDの「振興の視点」は、具体的・共通的
「シナリオ」の下に位置付けられる、個別的「シナリオ」としての論理性を全く
有さない、思いつきの羅列と言われても仕方がないような構成・内容になってし
まっているのである。

【シナリオの課題:健康増進に係る地域課題が抽出・提示されていないこと】
〇具体的・共通的「シナリオ」の@からBの3つの視点は、サービス産業振興の
政策的「仕掛け」に係る事項である。サービス産業が、その政策的「仕掛け」を
活用して、新サービスを開発・供給することによって解決すべき、地域課題の抽
出・提示については、極めて不十分と言わざるを得ない。

○戦略(案)においては、地域課題としては、ヘルスケア(健康)に対する県民
の意識が十分でないこと、ヘルスツーリズム等の市場への認知度が低いこと、の
2点が抽出・提示されているが、「将来の医療・介護費支出から、現在の『健康
投資』へのシフト(行動変容)」を実現するために解決すべき地域課題としては、
更に提示すべき本質的な重要課題があるはずである。すなわち、県民のヘルスケ
アへの意識や、ヘルスツーリズムへの認知度を高めた上で、どのような地域課題
を解決すべきなのか、といういわば「本題」が提示されていないのである。

〇例えば、「健康投資」へのシフトを県民に動機付けるためには、県民がどうし
ても解決したいと望んでいる、健康増進に係る課題を解決できる、高品質で信頼
性の高いサービス(「健康投資」したくなるサービス)が、サービス産業によっ
て県民に提供されるようにならなければならない。そのためには、サービス産業
が、その解決への県民ニーズの高い、健康増進に係る地域課題を把握することが、
まず最初に必要になるのである。
 したがって、戦略(案)には、県民ニーズの高い健康増進に係る地域課題の抽
出・提示、あるいは、その抽出・提示がどうしても困難な場合には、県民ニーズ
の高い地域課題の抽出・特定に資する政策的「仕掛け」の提示が求められるので
ある。

【戦略(案)の構成B:プログラム】
〇戦略(案)では、「各論的ビジョン」実現への「シナリオ」を推進するために
必要な「プログラム」を「振興策」として提示している。しかし、その内容の重
点は、今後活動が始まる長野県の「次世代ヘルスケア産業協議会」(以下、「ヘ
ルスケア協議会」という。)の活動に委ねることになっている。
 戦略(案)では、「ビジョン」実現のための「シナリオ」まで提示しながら、
その「シナリオ」の推進に必要な「プログラム」については、「ヘルスケア協議
会」の今後の活動に委ねるというのでは、戦略(案)が、戦略としての体をなさ
ず、戦略として機能しない、全く不完全なものになっていることを意味している
のである。

〇本来的には、戦略(案)が、長野県としてのヘルスケア産業振興の「ビジョン」、
「シナリオ」、「プログラム」を明確に提示する、いわばヘルスケア産業振興の
バイブルとして、「ヘルスケア協議会」の活動を方向付け、先導する機能を担わ
なければならないはずなのである。
 言い方を替えれば、「ヘルスケア協議会」は、「長野県サービス産業振興戦略」
の「ヘルスケア産業振興戦略に係る部分」に基づき、活動しなければならないは
ずなのである。本末転倒な戦略(案)になってしまっているのである。

【むすびに】
〇国は、平成27年度事業として、各県等に「ヘルスケア協議会」を設置させ、日
本の健康長寿をキーワードとするヘルスケア産業振興事業に一斉に取組ませ、競
わせようとして、助成制度も用意している。
 長野県の「ヘルスケア協議会」には、「フロントランナー長野」に相応しい、
他県等に比して高い独創性や優位性を有する事業、他県等を先導するような事業
を企画・提案・実施化することを期待したい。

〇このような期待に、長野県の「ヘルスケア協議会」が十分に応えることができ
るようにするためにも、その活動のバイブルとなる「長野県サービス産業振興戦
略」が速やかに正式に策定・実施化されるよう、この戦略(案)についての真剣
な検討・修正を心から望む次第である。

〇また、「安心・安全な健康長寿社会」の実現を、その総括的な「めざす姿」(ビ
ジョン)に位置付けている「長野県科学技術産業振興指針」については、現在抜
本的な見直し作業が進められている。
 その作業がかなり遅れているようで非常に心配だが、この指針も「ヘルスケア
協議会」の活動の在り方を、先端的科学技術活用の視点から大きく規定すること
になるはずである。見直し作業のスピードアップを期待したい。

○いずれにしても、長野県の「ヘルスケア協議会」の活動を他県等に比して優位
性を有するものとするためには、その活動の在り方を規定することになる「長野
県サービス産業振興戦略」と「長野県科学技術産業振興指針」が、他県等に比し
て優位性を有するものとして、また、実際に現場で担当者が活用しやすいものと
して、速やかに策定されなければならないのである。


ニュースレターNo.54(2015年3月8日送信)

「長野県ICT利活用戦略(案)」の根本的課題(第2報)
―――フロントランナー長野に相応しい戦略になることを願って―――

【はじめに】
○長野県では、平成27年3月17日まで、「長野県ICT利活用戦略(案)」
(以下、ICT戦略という。)に対する意見募集(パブリックコメント)を行
っている。※ICTとは、information & communication technology のこと
 そして、そのICT戦略の「策定趣旨」は、長野県におけるICT利活用の
取組の方向性を明確にすることによって、長野県総合5か年計画に掲げた
「数値目標」を達成することである旨が明記されている。

〇したがって、ICT戦略のビジョン、シナリオ、プログラムの全ては、当然
のことながら、「数値目標」の達成に照準を合わせるべきことになる。
 この明確な視点から、如何にしたらパブリックコメント中のICT戦略を、
その「策定趣旨」(策定目的)の具現化に資するものに修正できるのか、に
ついて以下で議論を進めたい。

【ICT戦略の論理的な体系・構成等】
〇ICT戦略の策定目的が、総合5か年計画に掲げられた「数値目標」の達成で
あるとしたら、この戦略のビジョンは、正に、策定目的の具現化、すなわち
「『数値目標』が達成された状態の長野県」を実現すること、ということになる。
 したがって、ICT戦略の体系・構成等については、最初にその定まったビ
ジョンを提示し、次に、そのビジョンを実現するための道筋(シナリオ)、そ
のシナリオを効果的に推進するために必要な各種の施策(プログラム)を提示
することが、戦略論的にオーソドックスで、誰にも理解されやすい戦略とする
ことに資することになる。
 今回、あえて通常の戦略の体系・構成等から外れた形にしようとしている県
の意図が、良く理解できないのである。

〇また、このICT戦略においては、「数値目標」を達成するというビジョン
は一応提示されているが、達成を目指す「数値目標」が、具体的にどのような
数値なのかが全く説明されていないという、奇妙なことが起こっているのである。
 総合5か年計画に掲げられている全ての「数値目標」の実現を目指すのか、そ
れともその中から、特に重要な「数値目標」を選択して、その実現をビジョンと
するのかについても、全く説明されていないのである。

〇「数値目標」の達成をICT戦略の目的としながら、その戦略の中に、達成
を目指す「数値目標」が全く記載されていないというようなことは、通常の戦
略においては考えられないことなのである。
 すなわち、このICT戦略については、「数値目標」達成のための各種施策
の策定・実施化の拠り所、いわば「バイブル」として、実際に使っていこうと
いう意思のある者が策定しているとは、全く思えないような内容になってしま
っているのである。

【ICT戦略の課題の体系的整理】
〇このICT戦略は、前述の課題を含めて、以下のように整理できる根本的課
題を有しているため、現状の内容のままでは、戦略の策定目的を達成できるも
のとして機能することは期待できないのである。
課題1:ビジョン(「数値目標」の達成)は設定されているが、どの「数値目標」
の達成を目指すのか、具体的に提示されていないこと。
課題2:達成を目指す「数値目標」が特定されていないため、それぞれの「数
値目標」毎に異なるであろう、その達成への道筋(シナリオ)を描くことがで
きないこと。
課題3:それぞれのシナリオ毎に、その効果的な推進に必要な施策(プログラ
ム)は異なることになるので、シナリオが定まらない以上、プログラムの検討・
整備もできないこと。

〇以上は、ICT戦略を一目見て、直感的に思いつくレベルの課題に過ぎない。
 この課題の視点から、現状のICT戦略の体系・構成等に係る具体的課題に
ついて、私なりに詳細に指摘することもできるが、ここでは省略する。今回の
ニュースレターの趣旨は、ICT戦略の策定に係っている方々に、この戦略に
は根本的で重大な課題があることを認識していただき、より専門的で論理的な
課題の抽出・整理と、それに基づく戦略の本格的な見直し作業に繋がっていく
「きかっけ」を提供することにあるからである。

【むすびに】
〇繰り返しになるが、このICT戦略を、「数値目標」の達成のために、実際
に使用する者の立場に立って一読すれば、如何に使い勝手が悪く、不親切なも
のになっているかに直ぐに気づくだろう。それは、私以外の県職員を含む多く
の人々が、既に、この戦略の本質的な課題に気づいていることを意味している。
その人々には、その思いを率直に発信していただき、有意義なICT戦略の見
直しができるようになることを期待している。

〇また、「数値目標」の達成のために活動するのは、県職員だけではなく、広
く県内外の産・学・官・民の様々な人々である。その人々にとっても分かりや
すい、使いやすいICT戦略でなければならないという認識を持って、更には、
「フロントランナー長野」に相応しいものを策定するという熱い思いも抱いて、
見直し作業に取組んでいただくことを切にお願いしたい。


ニュースレターNo.53(2015年3月7日送信)

「長野県ICT利活用戦略(案)」の根本的課題
―――フロントランナー長野に相応しい戦略になることを願って―――

【はじめに】
○長野県では、平成27年3月17日まで、長野県が抱える様々な課題の解決に
ICT(information & communication technology)を利活用する取組の方向
性を提示することを策定目的とする、「長野県ICT利活用戦略(案)」(以
下、ICT戦略という。)に対する意見募集(パブリックコメント)を行っている。

○ICT戦略の「策定趣旨」には、長野県におけるICT利活用の取組の方向
性を明確化することによって、長野県総合5か年計画に掲げた「数値目標」を達
成することに資するために策定する旨が記載されている。
 そして、「基本方針」には、産業振興、ICT人材育成、観光・ブランド振
興、県民生活の安全・安心確保、行政サービスの改善・効率化を課題として、こ
れらの課題の解決のためにICTを利活用した取組を推進すると明記されている。

〇しかし、「数値目標」の内容と、その達成方策を提示する「基本方針」や「取
組の柱」との関係(例えば、「基本方針」や「取組の柱」の中のどの取組によっ
て、どの「数値目標」の達成がどのように促進されるのか、など)についての
説明は全く無く、「左手にICT戦略を持って、右手で、総合5か年計画の『数
値目標』に係るページをめくりながら、読んでください。」というような、読
む者にとって非常に分かりにくい、不親切なものとなってしまっている。

○例えば、総合5か年計画の産業振興に係る「数値目標」としては、以下の項
目が掲げられている。
 @「一人当たりの県民所得の全国順位」について、平成21年度13位を平成29
 年度に 10位以内とすること。
 A「創業支援資金利用件数」について、平成23年度376件を平成25年度から
 平成29年度までの累計で2,400件(年度平均480件)とすること。
 B「企業誘致件数」について、平成23年度34件を平成25年度から平成29年度
 までの累計で200件(年度平均40件)とすること。

 しかし、ICT戦略を読む限り、これらの「数値目標」を達成するために、
どのようなICTの利活用方法が有効なのかの提示はされていないし、県とし
て本気で提示しようとしていう意思を持っているようにも見えない。
 また、特にICTの利活用に取組まなければならないとしながら、なぜ、
ICT戦略の「平成27年度の取組」に提示されている具体的事業が非常に手薄
なのか。良く理解できないのである。

○しかも、提示されている具体的事業の目的や内容等が全く記載されていない
ので、その事業が、どのようにして「数値目標」の達成に、特別の効果を発揮
するのか、理解しがたいのである。
 「策定趣旨」や「基本方針」には、それなりの記載はされているが、ICT
戦略の全体を見ると、「数値目標」の達成を促進することに資するICTの利
活用方法を、本気で創出・提示しようという、長野県としての意思(意気込み)
が伝わって来ない内容になってしまっていることが、よく理解できるのである。
 以下では、産業振興に関する部分に焦点を絞って、もう少し議論を進めたい。

【パブリックコメントへの送信内容】
○ICTを利活用した産業振興(ICT戦略の「取組の柱」では、「ICT×
産業振興」と記載されている。)については、どういう訳か、産業振興のため
のICTの利活用の在り方等について全く記載されていないため、以下のよう
にパブリックコメントへ送信させていただいた。
 「この戦略の策定趣旨や基本方針を見る限り、この戦略は、長野県の抱える
課題の解決のツールとしてICTをどのように利活用すべきか、その方向(方
針)等を定めるものと言える。しかし、『ICT×産業振興』においては、情
報サービス産業の振興、ICT企業・人材の誘致、創業支援、新たなビジネス
モデルの創出、ICTエンジニアの育成などを課題として設定しながら、P11
〜P13の「取組の柱」には、それらの課題の解決のために、ICTをどのよ
うに利活用すべきか、全く記載されていない。要するに、策定趣旨や基本方針
に整合した記載内容になっていない。論理的に自己矛盾した戦略になってしま
っているのである。速やかに修正すべきである。そして、その修正においては、
阿部知事がよく使うフレーズ『長野県はフロントランナーになる』にふさわし
い戦略とするために、他県等に比して独創性や優位性を有する、ICT利活用
方法等を提示すべきである。」

〇この他、「数値目標」の内容と、その達成方策を提示する「基本方針」や
「取組の柱」との関係を分かりやすく説明すべきこと、長野県としてのICT
利活用の取組への本気度が伝わってくるような内容に修正すべきこと、などい
くつかの点についてもパブリックコメントへ送信させていただいている。

【戦略の論理的課題の例示】
○「基本方針」においては、ICT企業の誘致を課題の一つとし、その課題の
解決のためにICTを利活用した取組を推進すると記載している。しかし、そ
の取組内容を具体的に記載する「取組の柱」の「ICT企業の戦略的誘致」の
箇所においては、サテライトオフィスの環境整備、ICT企業と地域企業との
連携形成、地域全体の活性化に繋がる取組を支援する旨の記載があるのみで、
ICTをどのように利活用するのかに関する記載は全く無い。

○同じく、具体的取組を記載する「取組の柱」の「ビジネスモデルの創出」の
箇所においても、アプリケーション・サービスの開発促進に資するイベントの
開催等に取組む旨の記載があるのみで、「ビジネスモデルの創出」のために、
どのようにICTを利活用すべきかに関する記載は全く無い。

○また、同様に具体的取組を記載する「取組の柱」の「ICT企業の創業支援」
の箇所においても、新たな資金調達方法の活用支援、民間コワーキングスペー
スの取組との連携を図るなどの記載があるのみで、創業支援のためのICTの
利活用の在り方等についての記載は全く無いのである。

○本来的には、ICT戦略の「策定趣旨」や「基本方針」に整合する「取組」
の内容とすれば、「ICT企業の戦略的誘致」、「ビジネスモデルの創出」、
「ICT企業の創業支援」という、県として設定した政策課題の解決のために、
どのようなICT活用型の取組を実施すべきか、について少なくとも基本的考
え方だけでも提示すべきなのである。

【戦略の論理的課題の解決方策=産業サイドと産業支援サイドのICT利活用
 方策の提示】
○産業振興のためのICT利活用の内容については、基本的には、産業サイド
(県内企業等)でのICTの利活用と、産業支援サイド(県や産業支援機関等)
でのICTの利活用との両方における、産業振興に資するICTの独創的で優
位性を有する利活用方策の在り方等を提示すべきことになる。

○したがって、基本的な戦略構成とすれば、産業振興という政策課題の解決の
ために、産業サイドや産業支援サイドが実施すべき、ICTの独創的で優位性
を有する利活用の在り方を提示して、その両サイドが、そのようなICT利活
用を実施できるようにするために必要な、具体的な各種施策も整備・提示する
ということになる。

○ICT戦略の「平成27年度の取組」の「ICT×産業振興」の箇所には、
「クラウドファンディング活用によるビジネス創出支援事業」と「まちなか・
おためしラボ」の2事業が記載(事業名のみで目的、内容、効果等は不明)さ
れているのみで、これだけでは戦略の「策定趣旨」や「基本目標」に十分に応
える取組を、本気で実施しようとしているとは考えられない。
 また、フロントランナーを目指す長野県に相応しい、他県等に比して独創的
で優位性を有する戦略を策定・実施化しようという意思(熱意)も全く伝わっ
て来ない。

【むすびに】
○なぜ、有能な県組織が、このICT戦略に対して、パブリックコメントに耐
えうるもの(値するもの)として「合格点」を与えてしまったのか良く理解で
きない。「数値目標」の達成に貢献するのは、産・学・官・民の全ての県民で
あるのに、パブリックコメントにかけられたICT戦略は、県民が読みやすい、
理解しやすいものにしようという配慮に全く欠けたものになってしまっている。
 もしかしたら、県組織は、無意識のうちに県民の政策的見識への畏敬の念を
忘れ、パブリックコメントにかけるICT戦略の事前評価を、客観的に厳しい
評価基準に基づき実施することを怠ってしまったのかもしれない。

○長野県が、本当にフロントランナーを目指すのであれば、他県等がお手本に
したくなるような、論理的で理解し易い構成・内容の、より「質」の高いもの
を県民に提示することに、もっと留意されることを期待したい。
 これからパブリックコメントが実施されるであろう「長野県サービス産業振
興戦略」については、フロントランナーに相応しいものとして、その案が公表
されることを切に願っている。


ニュースレターNo.52(2015年3月1日送信)

オーストリア・リンツを拠点とするプラスチッククラスター形成戦略
―――長野県の地域産業振興戦略への応用のために―――

【はじめに】
○オーストリアのオーバーエスターライヒ州(アッパーオーストリア)は、州
都リンツ(人口20万人)を中心とする、オーストリア有数の工業集積地域であ
る。この州の人口は140万人、広さは12,000平方km(長野県は人口210万人、広
さ13,500平方kmでほぼ同規模)である。
 そして、その州の地域産業振興戦略については、@プラスチック、A自動車、
B資源・エネルギーの効率化、C人的資源、D情報技術、E環境技術、F家具・
木材、Gメカトロニクス、H健康技術、Iエコエネルギー、J食品、Kロジス
ティクス、という産業・技術に係る12の分野毎に、クラスター戦略を策定し、
それぞれの分野のイノベーションに果敢に挑戦している。

〇我々が訪問した中核的産業支援機関「クラスターランド」が、@からHまで
のクラスター戦略を統括している。今回は、@のプラスチッククラスター形成
戦略に的を絞り、具体的な取り組み状況等について調査を行った。

〇通常のEUのクラスター戦略は、特定の技術・産業分野の企業集積をベース
にしたもの(例えば、その地域にプラスチック製品製造企業が多数集積してい
れば、プラスチック工業の持続的発展を目指す戦略に特化するなど)がほとん
どである。しかし、オーバーエスターライヒ州においては、特定分野特化型の
クラスター戦略とは全く異なり、12分野という、現時点で取組むべき、全ての
技術・産業に係る分野の振興に一斉に挑戦するという、膨大な人的・資金的資
源を必要とする、大規模で全方位的な戦略が推進されているのである。

〇今回はプラスチッククラスター形成戦略に焦点を絞った調査であったために、
時間的制約もあり、残念ながら、なぜ、オーバーエスターライヒ州では、その
ような大規模で全方位的な地域産業振興戦略が策定され、その推進が可能とな
っているのかについて、真の理由・背景等を明らかにすることはできなかった。
 以下では、「クラスターランド」が推進するプラスチッククラスター形成戦
略の優位性や、長野県の地域産業振興戦略の策定・実施化に応用すべき事項等
について整理してみたい。

【プラスチッククラスター形成戦略のビジョン】
〇地域産業振興戦略の基本的構成については、ビジョン、シナリオ、プログラ
ムとすべきことを、従来から繰り返しニュースレターで提言してきている。「ク
ラスターランド」が推進するプラスチッククラスター形成戦略は、正にその形
で構成されている。
 すなわち、まず最初にビジョンとして、「ヨーロッパで最も競争力のあるプ
ラスチック産業集積地域として認知されること」を掲げているのである。

〇特定の産業分野で最も競争力のある産業集積地域の形成を目指すとして、実
現できるか否かに係らず、一方的に宣言(旗印的に提示)する形式のビジョン
を掲げる地域産業振興戦略は、日本においても良く目にする。
 しかし、「クラスターランド」の戦略ビジョンは、最も競争力があると「認
知されること」という、ビジョンの達成状況を後で評価されうる形で設定され
ていることが、日本でよく見られる単なる旗印的ビジョンとは大いに異なる点
である。

〇難しい調査・分析はしなくても、例えば10年後に、ヨーロッパの産学官の関
係者に、「今ヨーロッパで最も競争力のあるプラスチッククラスターはどこか。」
とアンケート調査さえすれば、そのプラスチッククラスター形成戦略のビジョ
ン達成状況についての評価はできるのである。
 成功・失敗の評価を明確になされることを恐れて、曖昧なビジョンの設定に
終始しがちな我々の政策策定姿勢について、大いに反省させられた次第である。

〇また、そのプラスチッククラスター形成戦略は、そのビジョンを設定した根
拠として、以下の強み・優位性を提示し、ビジョン実現への自信をもアピール
している。
@ プラスチック関連産業のバリューチェーンを有していること
※プラスチックの原料から、それを利用した部品・製品に至るまで、あるいは
その製造に必要な機械装置やプラスチック製品のリサイクル等に至るまで、様
々な関連技術・サービスを提供できる企業が存在している。しかも、リンツは
内陸都市ではあるが、ドナウ川による水上輸送を利用して、日本では臨海部に
しか存在しないような化学プラントも立地している。
A バリューチェーンを構成しているそれぞれの企業は、それぞれ特異的で優
位性のある(ニッチトップになれる)技術力を有していること
B 世界的な技術リーダーとして革新的製品を開発・供給している企業も既に
存在していること
C プラスチック関連分野の研究開発や教育・訓練のための最適なインフラを
有していること

【プラスチッククラスター形成戦略のシナリオ】
〇「クラスターランド」は、ビジョンを実現する道筋(シナリオ)を、そのミ
ッションとして明確に位置づけている。すなわち、プラスチック関連産業の総
体的バリューチェーン(395の企業・研究機関等が有料会員として登録)の中で、
会員企業等に対する緊密なコーディネート活動によって、会員企業間の連携(そ
れぞれの「強み」の持寄りによる新技術研究開発など)を活性化することを通し
て、ビジョンである「ヨーロッパで最も競争力のあるプラスチック産業集積地
域として認知されること」を実現するというシナリオをミッションにしている
のである。

〇通常は、ビジョン実現のために解決すべき課題を抽出・特定し、その課題を
解決する道筋を提示したものがシナリオになる。しかし、「クラスターランド」
の場合には、課題ではなく、ビジョン実現に係る現状の強み・優位性を抽出・
特定し、それを更に高度に活用すること、特に、バリューチェーンを構成する
企業それぞれの強みの連携による相乗効果を発揮させることが、ビジョン実現
への最重要シナリオになるとしているのである。

【プラスチッククラスター形成戦略のプログラム】
〇「クラスターランド」は、ビジョン実現のためのシナリオを的確に推進でき
るようにするために必要な具体的方策(プログラム)として、以下のような会
員企業等に対するサービスを整備している。
@ 会員企業同士が知り合うことに資する企業情報の提供
  ウェブサイト、ニュースレター、サービスカタログ等による情報提供。
A 先端的技術情報など必要な「知識」の提供
  国際的な技術・産業動向を把握するための国際会議の開催、特定の技術分
 野を深く学ぶためのセミナー・ワークショップ等の開催。
B 会員企業等の連携による研究開発プロジェクトの立上げ、運営への支援
  研究開発チームの編成、資金調達、研究開発プロジェクトの運営等に至る
 一連の工程への支援。
※どのようにしてテーマ設定(研究開発の企画、計画の策定等)をするのかに
ついての明確な説明は無かった。このテーマ設定が、プロジェクトの最も重要
なプロセスと言え、もし、「クラスターランド」が、最適なテーマ設定手法の
ノウハウを有しているとすれば、それは「クラスターランド」の産業支援機関
としての優位性を決定づけることになる。
C 研究開発成果など新技術・新製品の市場開拓への支援
  記者会見、イベント開催など多くの機会を活用してPR。
D 国際的事業展開への支援
  ヨーロッパの他のプラスチッククラスターとの連携、EUプロジェクトや
 国際的展示会などを活用して国際市場への進出を支援。

【長野県の産業振興戦略に応用すべき事項】
〇「クラスターランド」が推進するプラスチッククラスター形成戦略には、長
野県の地域産業振興戦略における重要なキーワードである「産学官連携」とい
う用語や理念は特にアピールされていない。大学・研究所等の先端的知見を活
用することは当然の前提として、企業間連携を最も重要な戦略要素として位置
づけているのだろう。
 企業間連携については、我々も従来から、産学官連携の中には産産連携も含
まれるとして重要視して来ている。例えば、長野県に多い部品製造企業が取組
む、新規部品の研究開発プロジェクトにおいては、その新規部品を使うことに
なる最終製品製造企業を含む企業間連携が、研究開発成果の早期事業化には不
可欠であることは、研究開発計画策定の支援に携わる者にとては、既に常識と
なっている。

〇しかし、最適な企業間連携をより効果的に形成できるようにするための、「ク
ラスターランド」の各種支援プログラム(会員企業情報の様々な提供手法等)
の高度な整備状況を目の当たりにして、改めて地域産業振興戦略における企業
間連携の重要性を認識させられた次第である。

【むすびに】
〇今から40年ほど前に、長野県庁の工業振興担当部署の大先輩たちが、地域の
製造企業の経営力や技術力の高度化を促進するために、それぞれの企業の製造
現場や経営手法を公開して勉強し合う、「異業種企業交流研究会」という事業
を全国に先立って始めたことを思い出した。
 この事業は、研究会メンバー企業の技術や経営のノウハウを勉強し合うとい
う、当時としては全く新しい発想に基づくものであったが、そのノウハウを相
互に補完・活用し合って、共同研究開発や共同事業にまで繋げるというような
発想までには至っていなかった。もし、「異業種企業交流研究会」がそこまで
の活動レベルにまで展開できていたら、長野県は、「クラスターランド」の手
本になれる、世界的な企業間連携先進県になっていたかもしれない。

〇近年は、大学等の知見の活用を重視した産学官連携が、地域産業政策の主要
な政策理念となり、それに比して、企業間連携の政策的重要性は軽視される傾
向にあったのは事実かもしれない。
 企業間連携を新技術・新製品研究開発成功のための最重要手法として位置づ
けている「クラスターランド」の活動を見て、地域産業政策においては、地域
内のみならず、グローバルな規模での企業の「技術・経営力」の相互補完・活
用をもっと重要視すべきことを強く認識させられた次第である。


ニュースレターNo.51(2015年2月11日送信)

長野県版「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の策定の在り方(第3報)
―――長野県の「人口定着・確かな暮らしの実現に向けた
           施策展開の方向性(中間取りまとめ)」の課題―――

【はじめに】
○長野県版「まち・ひと・しごと創生総合戦略」、長野県では「長野県人口定
着・確かな暮らし実現総合戦略」という名称にするようだが、この長野県版総
合戦略の骨格を定めた「人口定着・確かな暮らしの実現に向けた施策展開の方
向性(中間取りまとめ)」(以下、「施策展開の中間取りまとめ」という。)
が、県ホームページで公開されている。
 これを読んで、論理的にあるいは政策論的に、非常に分かりにくいと感じた
人は私だけではないだろう。

○「施策展開の中間取りまとめ」は、長野県版総合戦略の策定の在り方を規定
することになる重要文書である。今後の長野県版総合戦略の策定に関する議論
に資することを目的として、以下でその課題等について少し整理してみたい。

【「施策構築の基本的視点」の前提となるビジョンの不明確性】
○長野県の「人口ビジョン」には、長野県が実現を目指す「理想的な人口状態
(規模や構成等)」の提示はまだなされていない。また、長野県版総合戦略の
名称通り、「確かな暮らし」の実現を目指すのであれば、「確かな暮らし」と
は、どのような暮らしなのか、その具体的内容等の明確な提示があって然るべ
きであるが、それもなされていない。
 すなわち、長野県版総合戦略が実現を目指すべきビジョンの提示が具体的に
なされていないのである。
 実現すべきビジョンを不明確なままにして、ビジョンを実現するために策定
すべき施策の構築等について、その基本的視点を定めるということは、通常の
政策の構成や策定作業においては考えられないことである。

〇「施策構築の基本的視点」の後から出てくる4つの戦略(「みんなで支える
子育て安心戦略」、「未来を担う人材定着戦略」、「経済自立戦略」、「確か
な暮らし実現戦略」)の中の「確かな暮らし実現戦略」においては、「確かな
暮らし」とは、「高齢になっても安心して暮らせること」であるというような、
かなり狭い意味にとらえているが、長野県版総合戦略が目指す「確かな暮らし」
とは、そのような意味だけであって良いはずはないだろう。例えば、「確かな
暮らし」とは、しっかりした経済的基盤を有する暮らしでなければならないこ
とは、だれの目にも明らかなことである。
 しかし、「確かな暮らし実現戦略」においては、その点には全く触れられて
いない。精神的豊かさだけでは「確かな暮らし」は築けないのである。

〇この現状の「施策展開の中間取りまとめ」における「確かな暮らし」とは、
「施策構築の基本的視点」に提示された「人生を楽しむことができる県づくり」、
「多様な人材が活躍できる県づくり」、「地域資源を徹底的に活用する県づく
り」、「大都市と共創する県づくり」、「世界とともに発展する県づくり」の
全てを実現することによって得られる、理想的な暮らしのことであるというこ
とになるだろう。
 しかし、その理想的な暮らしを、長野県版総合戦略における目指す姿(ビジ
ョン)として、イメージしやすい具体的な表現で提示するためには、更なる議
論が必要であろう。

〇このように、戦略の最後に位置付けられている「確かな暮らし実現戦略」は、
長野県が目指す「確かな暮らし」全体の実現を目指す戦略にはなっていないの
で、その名称は不適当(政策論的に問題がある)ということになる。もし、こ
の名称を使用するのであれば、その戦略は、全戦略の総括的位置づけといえる
内容で、特別に構成されなければならないということである。

【「施策構築の基本的視点」の課題】
○それでは、「施策展開の中間取りまとめ」においては、「確かな暮らし」の
明確な定義をすること無しに、「施策構築の基本的視点」の中から、「確かな
暮らし」のイメージを把握することが期待されているのだろうか。
 「施策構築の基本的視点」の中では、長野県が政策的に実施する事項と、長
野県ではなく、一般県民や県内企業等が実施できるようになることを期待して
いる事項とが混然とし、きちっと整理されていない。
 一般県民や県内企業等が実施できるようになることを期待している事項につ
いては、実現すべきビジョンの解説の一部と解釈することもできるのである。

〇「施策構築の基本的視点」の後に続く4つの戦略の中では、いくつもの各論
的ビジョン(目指す地域の姿)が提示されている。なぜ「施策構築の基本的視
点」の前に、その基本的視点に立つことによって実現すべきビジョン(例えば、
各論的ビジョンの総括に相当するビジョン)を明確に提示しておかないのだろ
うか。本来的には、前提となるビジョンなくして、ビジョンを実現するための
施策構築のための基本的視点を提示できるはずがないのである。

【地域課題の抽出・特定の重要性】
○「施策構築の基本的視点」の第1の「人生を楽しむことができる県づくり〜
暮らす人、訪れる人が充実したときを過ごす〜」とは、実現すべき長野県の一
つの姿(ビジョン)を提示しているとも考えられる。そうだとすれば、以下に
続く「・・・信州ならではのライフスタイルをつくること」、「・・・住みた
いところで安心して暮らし続けられる環境をつくること」等は、ビジョン実現
のためのシナリオと言える。しかし、そのシナリオを効果的に推進するのに必
要な個別具体的な施策(プログラム)を策定するためには、まず、シナリオ推
進上の障害になる、解決しなければならない地域課題を抽出・特定しなければ
ならない。

〇その抽出・特定した地域課題を解決するための施策を策定するという、通常
の施策策定手法を採用することの重要性を忘れると、長野県の悪い政策策定パ
ターンの繰り返しとなり、「・・・信州ならではのライフスタイルをつくるこ
と」や「・・・住みたいところで安心して暮らし続けられる環境をつくること」
等に、少しでもイメージ的に関係しそうな施策をただ列挙するだけの、ビジョ
ン実現への直接的実効性の乏しい長野県版総合戦略になってしまうのである。

【「経済自立戦略〜仕事と収入の確保〜」の課題】
○「経済自立戦略」の第1の柱は「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」
である。そして、その政策理念に基づき、「グローバルな課題に応える高い付
加価値の製品・サービスを生み国内外に貢献するとともに、『稼ぐ力』で県民
の暮らしを支えるダイナミックな地域を目指します。」として、実現を目指す
地域の姿(第1の各論的ビジョン)を提示している。

〇第1の各論的ビジョンの実現のために解決すべき地域課題の抽出・特定がな
されていないという、長野県特有の重要課題については別途議論することとし
て、ビジョン実現のために取組むことの中に、フロントランナーに相応しい政
策的新規性は全く提示されていないということも重要課題となる。しかもそれ
だけではなく、知事自らその署名入り資料「産業イノベーション推進本部の進
め方」によって、まず最初に取組むべきであると県幹部に直接指示した、「グ
ローバルな課題の把握」の政策的位置づけ等に関する記載も全く無いのである。
 このままでは、県内企業によるグローバルな課題に応える高付加価値製品・
サービスの開発へ効果的に支援できる、新規性や優位性を有する支援施策を策
定することは、非常に困難になるだろう。

○また、「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」の政策理念の下に実現を
目指す第2の各論的ビジョンとして、「地域資源を活用した製品・サービスを
供給することにより、地域内で経済が循環し、域外需要の持続的な取り込みが
できる地域」も提示している。
 地域内での経済循環を重視するのか、地域外まで含めた広域的な経済循環の
形成・高度化を目指すのか、どちらをどのように重視したいのか、政策的視点
が非常に分かりにくい曖昧なビジョンになっている。
 提示されている取組事例も、農林業の生産性向上、6次産業化、海外展開、
分散型エネルギーの活用、観光業の振興、ヘルスケア産業の振興など、種々雑
多に記載され、戦略的に整理されておらず、具体的施策策定の方向性は全く見
えない。

【「施策展開の中間取りまとめ」の抜本的見直しの必要性】
○いずれにしても、「施策構築の基本的視点」に記載された取組事例が、4つ
の戦略の中に、ただ縦横無尽に分散しているだけでは、4つの戦略の前にわざ
わざ「施策構築の基本的視点」を置いた意義がよく分からなくなってしまう。
 最初に、長野県として実現を目指すビジョンの提示があり、次に、それを実
現するために解決しなければならない地域課題を特定し、その地域課題を解決
し、ビジョンを実現するまでの道筋(シナリオ)と、シナリオ推進のために必
要な個別具体的な施策(プログラム)を内包する戦略の提示があるという構成
の方が、ずっと分かりやすいということである。

〇要するに、「施策展開の中間取りまとめ」の「総合戦略」に係る部分が、ビ
ジョン、シナリオ、プログラムという、分かりやすい骨格によって構成されて
いないために、一般県民にとって非常に理解しにくい文書になってしまってい
るのである。
 本気で、地方創生におけるフロントランナーに相応しい長野県版総合戦略を
策定しようとするのであれば、「施策展開の中間取りまとめ」を抜本的に見直
し、だれの目にもフロントランナーに相応しい戦略であることが容易に分かる
ような、骨格・構成にすることに挑戦していただきたい。

【むすびに】
○前回のニュースレターNo.50で述べた通り、従来の地域振興戦略とは「一味
もふた味も違う」長野県版総合戦略が策定され、実施化されることを心から期
待している。
 長野県が、独自の新たな戦略策定理論を有していない場合には、オーソドッ
クスで論理的な戦略策定手法(ビジョン、シナリオ、プログラムで構成等)を
採用することがベストと言えるのではないだろうか。まず、このことを検討・
確認した上で、具体的な戦略策定作業に着手していただきたい。


ニュースレターNo.50(2015年2月7日送信)

長野県版「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の策定の在り方(第2報)
―――前哨戦としての長野県科学技術産業振興指針見直し作業の重要性―――

【はじめに】
○前回のニュースレターでは、以下の@からBの事項が、長野県が今後策定す
る長野県版「まち・ひと・しごと創生総合戦略(長野県版総合戦略)」を、他
県等に比してより高度な独創性や優位性を有するものにすることに資する理由
を説明した。
@「長野県総合5か年計画」の政策推進基本方針「『貢献』と『自立』の経済構
造への転換」が、地方創生に不可欠の「地域イノベーションの推進」を加速する
優れた政策理念となっていること
A「長野県中小企業振興条例」が、長野県における「産業イノベーション」を
明確に定義(「地域イノベーション」の定義に相当)し、中小企業が「産業イ
ノベーション」を推進することに資する施策を策定・実施化することを、「県
の責務」として県に法的に義務付けていること
B科学技術の活用によって、「県民生活の質的向上」と「県内産業の振興」と
の整合を効果的に具現化できるようにするため、「長野県科学技術産業振興指
針」の見直し作業に既に着手していること

〇長野県が、このような既に具備している政策的優位性をうまく活かして、実
際に、他県等に比して独創性や優位性を有し、実効性のある「長野県版総合戦
略」を策定することができるか否か、これから試されようとしているのである。

○ここ30年間くらいを振り返ると、長野県は、長野県テクノハイランド構想を
はじめ、様々な地域産業集積(地域クラスター)形成のための戦略の策定・実
施化に産学官連携で取組み、地域に新産業を創出し雇用機会を増大させること
に積極的に挑戦してきている。しかし、現実的には、工業出荷額、工場数や従
業員数の大幅な減少を改善できないなど、戦略の効果が十分に発揮できない状
況が続いてきている。
 したがって、政府が提唱している「地方創生」を真に実現するためには、今
までの県の産業振興に係る戦略では不可能であった、産業振興効果を顕著に発
揮できる、県民に夢と希望を抱かせる「長野県版総合戦略」を策定・実施化す
ることが必要になるのである。

○前回のニュースレターにおいても指摘したが、「長野県版総合戦略」の策定
に取組まなければならないという状況は、長野県の現状の地域産業政策が抱え
る様々な重要課題を把握・解決し、他県等に比して真に優位性を有し、新産業
創出、雇用機会増大等に資する、新たな地域産業政策の策定に挑戦できる、絶
好のチャンスを与えてくれる歓迎すべき状況と言えるのである。
 そこで、以下では、如何にしたら、従来とは異なる実効性の高い地域産業政
策を内包する「長野県版総合戦略」を策定できるのか、について議論を展開し
てみたい。

【戦略策定に係る長野県の課題@:基本的な戦略策定手法を使えないこと】
○従来とは異なる実効性の高い「長野県版総合戦略」を策定するために、どの
ような手法を用いるべきか。よく分からず迷う場合には、原点回帰ということ
で、地域振興(産業振興、環境保全、健康増進等)に係る戦略を策定する場合
に採用すべき「基本的手法」に立ち戻ることが有効であろう。

○その戦略策定の「基本的手法」とは、戦略をビジョン、シナリオ、プログラ
ムで構成し、策定作業もその順序で進めるというものである。このようなこと
は、戦略策定の在り方に関して通常の知識を有する人にとっては、イロハのイ
に相当する程度のことなのであるが、重要なことなので改めて説明したい。

○戦略をビジョン、シナリオ、プログラムで構成することについて、もう少し
詳しく説明すると以下のようになる。
@ 長野県が目指す地域社会の姿(ビジョン)を提示する。
A そのビジョンを実現するために解決しなければならない地域課題を抽出・
特定する。
B その地域課題の解決方策を創出し、それを普及(社会実装)し、実際に地
域課題を解決し、ビジョンを実現するまでの道筋(シナリオ)を提示する。
C シナリオの効果的推進に必要な各種施策(プログラム)を提示する。

○しかし、長野県の現状の各種の戦略(行政計画等を含む。)を見ると、どう
いう訳か、解決すべき地域課題の抽出・特定さえもなされていないことに気付
く。すなわち、「基本的手法」によって策定されていないのである。
 この現状を放置したままで、策定済みの各種戦略をベースとして「長野県版
総合戦略」を策定しても、従来からの政策的課題を引きずったままの、独創性
や優位性の乏しい、実効性の無いものになってしまうだろう。
 したがって、県組織は、現状の各種戦略が地域課題の抽出・特定等に関して
様々な課題を抱えていること、そして、その課題発生の根本的原因が、戦略策
定の「基本的手法」を用いなかったことにあることなどを十分に認識した上で、
同じ過ちを繰り返さないよう、必要な対応策を講じてから、「長野県版総合戦
略」の策定作業に着手すべきであろう。

【戦略策定に係る長野県の課題A:政策理念を県組織内で共有できないこと】
○「長野県版総合戦略」の策定に関する、もう一つの大きな懸念は、現状の県
組織が、県の重要な政策理念を組織全体で正確に共有できるようになっていな
いということである。
 「長野県総合5か年計画」の重要な政策理念であり、「長野県版総合戦略」
の政策理念としても位置づけられるであろう「『貢献』と『自立』の経済構造
への転換」における、「貢献」と「自立」の定義については、「長野県総合5
か年計画」自体の中で定義されていないため、平成25年7月の第2回長野県産
業イノベーション推進本部会議で提出された、知事の署名入り資料「産業イノ
ベーション推進本部の進め方」の中で、初めて説明がされたというような状況
なのである。その説明内容を普通に解釈・整理すれば、以下のような定義にな
るだろう。
 「貢献」:産業界が、産学官民連携によって地域課題の解決方策(新製品・
     新サービス)を創出・供給し、地域課題を解決すること
 「自立」:創出した地域課題の解決方策をビジネスモデル化し、同様の課題
     に悩む県外・海外にも供給して、地域産業が持続的に発展していけ
     るようになること

○しかし、県としては、明確に定義することなしに、総合5か年計画策定から
1年以上経過した、平成26年6月の第8回長野県産業イノベーション推進本部
会議で、その定義について、なぜか再認識すべきとして、産業労働部長が以下
のようにコメントしている。(ホームページで公開されている議事録による。)
 「貢献」:世界、国内外の方に役立つ商品・サービスを提供し、長野県が役
     立つ存在になること
 「自立」:地元産に徹底的にこだわりながら、地域内で最大限の付加価値を
     付けること
 また、平成26年10月10日の長野県サービス産業振興戦略の検討会議で提示さ
れた、戦略の「たたき台」においては、以下のように更に異なる定義がなされ
ている。(ホームページで公開されている「たたき台」による。)
 「貢献」:県内に存在する多様な「価値」を県外に提供し、「外貨」、「外
     需」を獲得すること
 「自立」:県内の資源を地域内で循環させ、地域に活力を与えること
 このように、県の重要な政策理念や政策ベクトルをきちっと理解・共有でき
ないような組織のままでは、行政組織横断型(各種行政計画の連携・融合型)
の「長野県版総合戦略」に、ビジョン・シナリオ・プログラムという基本的構
成に基づき、独創性や優位性が論理的に組込まれることを期待することは困難
であろう。

【長野県の戦略策定機能が試される科学技術産業振興指針の見直し】
○科学技術産業振興指針の見直しのための第1回検討会議の場(平成27年1月
30日)で、事務局である県組織からは、見直し作業の手順等について何も提案
されないということなので、私から、地域産業政策の策定に関して、初歩的な
基礎知識を有する者なら誰でも提案するであろう、以下のような、極めてオー
ソドックスな見直し作業手順を提案させていただき、当然と言えば当然のこと
ながら、全ての委員の賛同を得ることができた。
 事務局が、その提案を参考にして的確に見直し作業を遂行できるか否かを見
極めることによって、県組織が実効性を有する「長野県版総合戦略」を策定で
きるか否かについても、かなりの確度で見極めることができるだろう。

[科学技術産業振興指針の見直し作業手順]
@ 「目指す姿」を明確にすること
A 「目指す姿」を実現するために解決しなければならない地域課題を抽出・
特定すること
B その地域課題を解決するための産学官連携研究開発テーマを設定すること
C その研究開発の推進体制を提示すること
  その研究開発に、県内外の産学官の英知を結集できる仕組も併せて提示す
ること
D その研究開発成果の普及によって地域課題を解決する仕組(社会実装の仕
組)を提示すること
E 研究開発成果の普及をビジネスモデル化する仕組を提示すること(地域社
会の課題解決と地域産業の振興とを整合する仕組を提示すること)
F 振興指針の「目的」と「目標」を論理的に設定し直すこと
  その「目標」の達成状況をチェックする組織や仕組を明確化すること
G 県試験研究機関を科学技術による地域課題解決拠点として位置づけること
によって、振興指針の推進体制を強化できることから、県試験研究機関の取組
については、「目指す姿」を実現するための地域課題解決を直接目的とする事
業を提示すること
H 科学技術人材が、科学技術による地域産業の根源的成長エンジンであるこ
とから、職業能力開発計画の域を脱した、産学官連携による科学術人材の新た
な育成・確保戦略を明確に提示すること

【むすびに】
○科学技術産業振興指針の第1回検討会議の場での議論からは、先端的科学技
術を活用した新産業創出のためには、以下のような課題への県主導による挑戦
が必要であることも浮上した。
 そして、それらの課題への対応を、振興指針のみならず「長野県版総合戦略」
のビジョン・シナリオ・プログラムの中へ効果的に組込むことによって、指針、
戦略それぞれの独創性や優位性の確保に大いに資することが期待できる。今後
の詳細な議論が必要であろう。
@特産農産物の機能性や、その機能性を強化した高付加価値食品の創出等に注
目した、独創的な農工連携を基盤とする食品工業振興戦略の策定・実施化の必
要性
A先端的科学技術による、長野県の従来からの伝統的な木質バイオマス活用の
概念を超えた、全く新しい木質バイオマス活用産業の創出のための、独創的な
林工連携を基盤とする木質バイオマス産業クラスター形成戦略の策定・実施化
の必要性
B顕在化している地域環境課題(例えば、焼却灰の処分先の確保困難など)の
中から、現状の技術では解決困難として、その解決方策の創出に取組まれてい
ないが、創出できれば環境保全や産業振興への波及効果が極めて大きい課題の
解決方策の創出に、先端的科学技術の活用によって取組む、挑戦的な産学官連
携研究開発プロジェクトの企画・実施化の必要性


ニュースレターNo.49(2015年1月24日送信)

長野県版「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の策定の在り方
―――新事業・新産業を生み出す地域イノベーションの視点から―――

【はじめに】
〇政府においては、日本の人口の現状と将来の姿を示し、今後目指すべき将来
の方向を提示する「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン(長期ビジョン)」
及びこれを実現するため、今後5か年の目標や施策や基本的な方向を提示する
「まち・ひと・しごと創生総合戦略(総合戦略)」がとりまとめられ、平成26
年12月27日に閣議決定された。
 そして、それに基づき、平成27年度中に、都道府県は「都道府県まち・ひと・
しごと創生総合戦略」を、市町村は「市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略」
を、それぞれ独創的で優位性のある戦略として策定し、実行することを求めら
れている。

○今回のニュースレターにおいては、特に、政府の「総合戦略」の「地域産業
の競争力強化」の中の「新事業・新産業と雇用を生み出す地域イノベーション
の推進」に関連付けながら、長野県がこれから策定する長野県版「まち・ひと・
しごと創生総合戦略(長野県版総合戦略)」の在り方について議論してみたい。

【「総合戦略」の「新事業・新産業と雇用を生み出す地域イノベーションの推進」】
○「総合戦略」では、「地方における若年世代の流失・人口減少を食い止める
ためには、地域イノベーション等を通じた、新産業の創出や既存産業の高付加
価値化を行い、働く場の創出、特に『やりがいのある』高付加価値産業を創出
することが重要である。」として、以下の3点に取組むとしている。
@産業界、大学・研究機関、更に両者間で革新的技術シーズを事業化につなげ
る「橋渡し」研究機関といった、イノベーションに係る各主体の役割を明確化
する。
A地域内に閉じがちで域外との連携が不十分だった反省を踏まえ、全国の資源
を総動員して積極的に活用できるようにする。
B大学、研究機関、企業等の間で人材や技術を流動化させる。

○以上の取組みのため、関係省庁が連携して、マーケットを見据えて全国レベ
ルで革新的技術シーズを事業化につなぐ「橋渡し」機能、マッチング機能の強
化等によって、地域イノベーションを促進することにしている。
 しかし、この「橋渡し」機能、マッチング機能の強化に関連付けて、長野県
テクノ財団のような、産学官に対して中立的な立場から、地域企業の新技術・
新製品の研究開発等に必要な産学官連携支援コーディネート活動を担っている、
公益的な産業支援機関の役割の重要性が提示されていなかったことは残念でな
らない。

【「長野県版総合戦略」の「地域イノベーションの推進」の在り方】
○「長野県版総合戦略」の策定における「地域イノベーションの推進」に係る
戦略については、長野県は、以下のような先進的取組みによって、他県等に比
して独創的で優位性を有する戦略を策定できる可能性が非常に高い状況にある。
@「長野県総合5か年計画」の政策推進基本方針の第1「『貢献』と『自立』
の経済構造への転換」が、正に「地域イノベーションの推進」を加速する優れ
た政策理念となっていること
※県は、この1月21日に公表した、「長野県版総合戦略」の策定の軸となる
「施策展開の基本的方向」においても、「『貢献』と『自立』の経済構造への
転換」を経済自立戦略の政策理念として位置づけている。
A「長野県中小企業振興条例」が、長野県における「産業イノベーション」を
明確に定義(後で説明するが、「地域イノベーション」の定義に相当)し、中
小企業が「産業イノベーション」を推進することに資する施策を策定・実施化
することを、「県の責務」として県に法的に義務付けていること
B科学技術の活用によって、「県民生活の質的向上」と「県内産業の振興」と
の整合を効果的に具現化できるようにするため、「長野県科学技術産業振興指
針」の見直し作業に既に着手していること etc.

○いずれにしても、「長野県版総合戦略」の策定において、まず最初に留意す
べきことは、長野県における「地域イノベーション」の定義を明確にしておく
ことである。この定義が明確にならないと、長野県において「地域イノベーシ
ョン」を具現化するための効果的な戦略(具体的には、戦略・作戦・戦術、あ
るいは、ビジョン・シナリオ・プログラム)を的確に策定・実施化することが
できないからである。

○「長野県中小企業振興条例」においては、「産業イノベーション」を「新た
な製品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を生み出し、経済社会の大き
な変化を創出することをいう。」と定義している。この定義をもう少し噛み砕
いて解説すれば、「地域課題を解決できる新製品・新サービスの創出・提供に
よって、地域課題を解決し、地域社会をより豊かな方向に大きく変化させると
ともに、その新製品・新サービスを広く県外にも供給し、地域産業の持続的発
展に結び付けることを言う。」ということになる。

〇したがって、ここでは詳細な説明は省略するが、「産業イノベーション」の
実現とは、「長野県総合5か年計画」の政策推進基本方針「『貢献』と『自立』
の経済構造への転換」の実現に相当するものであり、また、「長野県科学技術
産業振興指針」の策定趣旨である「『県民生活の質的向上』と『県内産業の振
興』の整合」の実現にも相当するものである。
 このようなことから、長野県の場合、「地域イノベーション」の定義につい
ては、長野県の「産業イノベーション」の定義を準用することが適当と言える。
 以下では、「地域イノベーション」の定義については、長野県の「産業イノ
ベーション」の定義を準用し議論を展開することにしたい。

○前述の長野県の先進的取組み、すなわち、@優れた政策理念、A政策理念の
具現化を担保する優れた法的規範、B政策理念の具現化を促進する地域科学技
術・産業政策の策定、などをベースとして、それらを論理的に活用・展開して
いけば、「長野県版総合戦略」における「地域イノベーションの推進」に係る
戦略の策定・実施化については、他県等に比して独創的で優位性を有するもの
とすることが十分に可能になるのである。
 そこで、@〜Bに係る取組みをベースとして、「長野県版総合戦略」におけ
る「地域イノベーションの推進」についての戦略を策定する場合に留意すべき
事項について、以下で議論し整理しておきたい。

【「地域イノベーションの推進」のための「長野県総合5か年計画」に係る留意事項】
○長野県において「地域イノベーション」を実現するということは、「県民生
活の質的向上」と「地域産業の振興」の整合の実現の障害となっている地域課
題を抽出・特定し、その地域課題の解決方策を創出・普及し、実際に地域課題
を解決し、「県民生活の質的向上」を実現(総合5か年計画の「貢献」の主旨)
し、更に、その地域課題の解決方策をビジネスモデル化し、同様の課題に悩む
国内外の地域に供給することによって、「地域産業の振興」との整合を実現
(総合5か年計画の「自立」の主旨)することと言える。

  ○したがって、知事が、平成25年7月17日の長野県産業イノベーション推進本
部会議の場で、県幹部に配布して、「貢献」と「自立」の主旨について説明し
た署名入り資料「産業イノベーション推進本部の進め方」に基づき、先ずは、
地域や世界の課題の抽出・特定に取組むところから始めるべきということになる。
 このように知事が指示した、基本的な政策推進の枠組みを前提にすること無
くしては、「長野県版総合戦略」を策定することはできないのである。

【「地域イノベーションの推進」のための「長野県中小企業振興条例」に係る留意事項】
○「長野県中小企業振興条例」においては、「県の責務」を「県は、特に産業
イノベーションの創出が図られることに留意して、前条に定める基本理念にの
っとり、中小企業の振興に関する施策を総合的に策定し、及び実施するものと
する。」と規定している。
 すなわち、長野県の企業の99パーセント以上が中小企業であることから、県
は、より大きな視点から、「地域イノベーションの推進」のための総合的な地
域産業政策の策定・実施化を法的に義務付けられていると言い換えることもで
きるのである。

○県は、法的規範である条例によって「地域イノベーションの推進」のための
地域産業政策の策定・実施化を義務付けられていることを十分に認識して、単
に産業振興(経済的価値の創造)を目指すだけでなく、産業振興によって地域
社会の課題を解決し、地域社会をより豊かな方向へ大きく変化させること(社
会的価値の創造)に資する政策を「長野県版総合戦略」に組込まなければなら
ないことを十分に認識しておいていだだきたいのである。

【「地域イノベーションの推進」のための「長野県科学技術産業振興指針」に係る留意事項】
○県は、現在、「長野県科学技術産業振興指針」の見直し作業に取組んでいる。
同振興指針の本来的な目的は、科学技術によって「県民生活の質的向上」と「県
内産業の振興」の整合を実現することである。すなわち、同振興指針の目的は、
「地域イノベーション」の具現化であるとも言えるのである。

○したがって、同振興指針を、その本来の策定趣旨である、「県民生活の質的
向上」と「県内産業の振興」との整合を論理的、戦略的に目指すものに見直す
作業は、「長野県版総合戦略」の「地域イノベーションの推進」のエッセンス
をまとめ上げる作業に相当するものなのである。県には、そのような見直し作
業の意義を十分に認識して、作業に取組んでいただきたいのである。

【おわりに】
○これまでのニュースレターにおいて、長野県の現状の地域産業政策が抱える
様々な解決すべき重要課題について論じて来た。これから取組む「長野県版総
合戦略」の策定は、それらの課題を解決し、他県等に比して真に優位性を有す
る新たな地域産業政策の策定に挑戦できる、絶好のチャンスを与えてくれてい
るのである。
 政府も「総合戦略」の政策5原則の中で、都道府県や市町村が策定する「地
方版総合戦略」については、これまでの施策の課題を分析した上で、問題とな
っている事象への対症療法的な対応のみならず、問題発生原因の根本的解決に
係る取組みを含んでいなければならない旨を定めている。
 長野県の地域産業政策の策定担当部署の論理的、戦略的な取組みに期待したい。


ニュースレターNo.48(2015年1月6日送信)

年末年始に思い当たった長野県の当面の産業政策的課題

【はじめに】
〇年末年始の休み中に、新聞の特集記事等を読みながら思い当たった、長野県
の今年の地域産業に係る政策的課題の中から、ここでは、以下の4つを提示し
てみたい。
(a)長野県は、飯伊地域を中心に国際競争力を有する航空機部品産業クラスタ
 ーを形成するために、どのような地域産業政策を策定・実施化すべきなのか。

(b)長野県は、国際競争力を有する地域産業集積の形成(新技術・新製品の研
 究開発とその成果の早期事業化への取組みの活性化等)のために、どのよう
 な新たなグローバルな規模での産学官連携戦略(国際戦略)を策定・実施化
 すべきなのか。

(c)長野県は、他県等では既に積極的に取組まれているヘルスケア産業振興に
 おいて、他県等に比して、どのような独創性や優位性を有するヘルスケア産
 業振興戦略を策定・実施化すべきなのか。

(d)長野県政策研究所が主導する職員の政策研究活動を、長野県の地域産業
 政策が抱える課題の解決(例えば、「長野県科学技術産業振興指針」の論理
 的見直し等)に資する活動に如何にしたら転換できるのか。

〇思い当たった上記の産業政策的課題の解決への基本的取組みの在り方等につ
いて、以下で概論的な議論をしてみたい。
 なお、詳細な議論については、今後のニュースレターのテーマに譲ることに
したい。

【(a)長野県の航空機部品産業クラスター形成戦略の策定・実施化の在り方】
〇飯伊地域に航空機部品産業クラスターの形成を目指す、県知事をはじめとす
る、県内製造業、金融機関、県組織等の関係者からなる調査団が、昨年11月に、
米国のシアトルとカナダのモントリオールの航空機産業クラスターを訪問した
ことなどが、1月1日付の信濃毎日新聞に特集記事として大きく掲載されていた。
 その記事の中で、調査団に参加した企業経営者や県幹部等へのインタビュー
の内容が紹介されており、それを見ると、調査団は、そのクラスターの持続・
拡大に係る要因、政策的対応の重要性等について、かなり詳細に把握してきて
いることが窺える。

〇長野県には今年、その調査の成果を活用し、県としての様々な資金的・人的
制約を、創意工夫(例えば、県独自では整備しにくい産業支援機能を広域的な
産学官連携によって補完すること、県の限られた資金的・人的資源を戦略的に
分配・配置し直すことなど)によって乗越え、他県等に比して優位性を有する
航空機部品産業クラスター形成戦略を策定し、効果的に実施化していっていた
だくことを期待したい。
 長野県が、飯伊地域の航空機部品産業クラスターの形成(持続・拡大)を目
指し、政策的に取組むべき方向については、既に明確になっているはずである。
後は、「長野モデル」として実行するのみである。

【(b)長野県のグローバルな産学官連携戦略の策定・実施化の在り方】
〇長野県産業イノベーション推進本部の今年度の活動スケジュール(県ホーム
ページで公表)の中には、県の国際戦略の見直しが位置づけられていた。しか
し、同本部の活動に係る公表資料を注視していても、見直しに取組まれている
様子は未だ全く見えてこない。当初のスケジュール通りに、今年度中(3月末
まで)に見直しが実施されることを期待したい。

〇私が所属する長野県テクノ財団は、県内企業の産学官連携による新技術・新
製品の研究開発と、その成果の早期事業化を支援することを使命としている。
そして、その使命の効果的遂行のためには、グローバルな産学官連携支援コー
ディネート活動が有効であることを十分に認識し、それを如何に戦略的に展開
すべきかについて常に悩みながらも、積極的に国際的産学官連携事業の企画・
実施化に挑戦している。

〇県内企業に対する、グローバルで効果的な産学官連携支援コーディネート活
動を可能とするために、当財団が実施すべき基盤的取組みとして既に明確にな
っていることは、県内企業との技術的連携の可能性の高い大学、研究所、企業
等がより多く所在する、海外の先進的地域クラスターの中核的産業支援機関と
の緊密な(Win-Winの)ネットワークを形成・維持し、県内企業の技術ニーズに
応じて、タイムリーかつ的確にそのネットワークを活用できるようにしておく
ことである。

〇長野県の国際戦略の見直し作業においては、県としての戦略目的の具現化の
ためには、当財団のグローバルな産学官連携支援コーディネート機能(県機能の
補完的役割)の更なる強化(例えば、海外の地域クラスターの中核的産業支援機
関との、日常的かつ緊密な技術シーズ・技術ニーズ情報の交換など基盤的機能
の強化)が必要であることを、戦略の中に明確に位置づけていただくことを期
待したい。

【(c)長野県のヘルスケア産業振興戦略の策定・実施化の在り方】
○ヘルスケア産業の定義については、統一されたものはまだ無いようである。
しかし、議論の前提として、参考までに中部経済連合会等が推進している「新
ヘルスケア産業フォーラム」における「新ヘルスケア産業」の定義を以下に提
示しておきたい。
 @医療、介護、高齢者の住まい、疾病予防、未病改善、健康増進並びにスポ
  ーツ等に関するサービス業
 A医療機器、福祉用具、介護用品、医薬品、健康増進に寄与する機器・食品、
  スポーツ用品等の製造業
 Bその他、前記@とAに付帯する業

〇国主導によって、既に全国各地域では、国の支援プログラムも活用して、ヘ
ルスケア産業の振興に活発に取組まれている。
 すなわち、長野県は、既に策定・実施化されている他県等のヘルスケア産業
振興戦略に比して、格段に独創性、優位性のあるヘルスケア産業振興戦略を策
定し、それを速やかに効果的に実施化していかなければ、県内のヘルスケア産
業は、新製品・新サービスの開発・供給等に関して、他県等に遥かに劣る政策
的支援環境に置かれ続けることになってしまうのである。
 長野県には、その遅れを速やかに挽回できるよう、質的にも量的にも圧倒的
優位性を有する政策対応に取組んでいただくことをお願いしたい。

〇そこで、これから長野県が主導して策定するヘルスケア産業振興戦略の在り
方についての議論においては、他県等と類似の金太郎あめ的な支援プログラム
で構成される戦略に満足することなく、科学技術的に、あるいはビジネスモデ
ル的に、独創性、優位性のあるヘルスケア産業の創出に資する戦略とするため
には、県として具体的にどのような新規支援プログラムを戦略の中に組込むべ
きなのか、についての議論に集中特化していただくことを期待したい。

【(d)長野県政策研究所による優位性ある地域産業政策策定への支援の在り方】
〇長野県政策研究所が主導する、職員グループによる政策研究に基づく政策提
言(平成27年度当初予算要求概要とともに公表)の中に、地域産業政策を直接
担当する部署の職員グループによる、地域産業政策の課題の解決や高度化に係
る提言は一つも含まれていなかった。

〇このことは、地域産業政策の担当部署の職員にあっては、県の地域産業政策
が抱える課題についての認識が極めて低いのか、あるいは、地域産業政策が抱
える課題を認識していても、それを改善し高度化しようという意欲が極めて乏
しいのか、のいずれかの状態にあることを推測させるものである。

〇このような担当部署の不作為的状態を改善するためにも、政策研究所におい
ては、「思いつき型」の政策提言の作成作業を主導する前に、長野県の各種政
策が抱える課題や、他県等の政策の長野県の政策に対する優位性等を分析・評
価する手法を学ぶ人材育成プログラムによって、県の政策的課題に常に関心を
持てる(政策的課題を分析・評価できる)職員の育成に力を入れていただくこ
とを期待したい。
 そのことが、職員が、他県等に比して優位性を有する政策を策定できる能力
を身に付ける「近道」になるのではないだろうか。

【むすびに】
〇長野県は、諸般の事情から、ヘルスケア産業の振興に関しては、実現を目指
す「ビジョン」は共通的(「全ての県民が健康長寿を享受できる社会」という
ような主旨)であっても、それぞれ異なる視点から、あるいは、異なる政策的
手法によって、その「ビジョン」実現を目指す地域産業政策の策定に、同時並
行で取組まなければならない状況になっているようである。すなわち、少なく
とも以下の3つの作業が同時並行で進められているようなのである。
@ 国からの助成等を得るためのヘルスケア産業振興戦略の策定
A サービス産業振興戦略の策定作業における、重点分野に位置づけられたヘ
 ルスケア産業の振興方策の組込み
B 科学技術産業振興指針の見直し作業における、同指針が目指す「安心・安
 全な健康長寿社会」の実現手段としてのヘルスケア産業振興方策の組込み

〇しかし、これら3つの作業は、「ヘルスケア」をキーワードとして、内容的
に重複する部分も多いと想定できるにもかかわらず、相互調整の無いままに、
バラバラに進められているようである。3つの作業の全体を仕切る人がいない
ということなのだろうか。

〇このような状況を改善し、長野県の地域産業政策の策定作業を合理的に推進
できるようにするためには、前述のような類似あるいは重複する部分のある政
策の策定作業の全体を俯瞰的にマネジメントし、無駄のない効率的な策定作業
を可能とするとともに、それぞれが論理的、戦略的に連携できる政策としてま
とめ上げることができる機能を、県組織内に整備することが不可欠となるので
ある。