○送信したニュースレター2016年(No.75〜98)


ニュースレターNo.98(2016年12月23日送信)

「長野県航空機産業振興ビジョン」に内在する論理的脆弱性(No.5)
〜「航空機部品マーケティング支援センター」設置の重要性〜

【はじめに】
○航空機産業分野に新規参入しようとする県内企業は、航空機メーカーの生産計画の
下に、当該メーカーから一次下請、二次下請等へと重層的に発注される部品の製造に
係る情報を的確に収集・把握し、その部品製造に何らかの形で携われるようにするこ
とが重要な「ビジネス戦略」になる。

○そこで、県内企業が、その「ビジネス戦略」を効果的に策定・実施化することに資
する、支援施策を総合的・体系的・効果的に企画・運営できる「拠点組織」が必要と
なるが、現状においては、それは県内のどこにも存在していない。
 以下で、そのことへの対応を含め、航空機産業分野への県内企業の新規参入を支援
する場合に焦点を絞って、支援施策の在り方等について議論を深めてみたい。

【県内企業の航空機産業分野への参入プロセス】
○まず、県内企業が、新たに航空機産業分野に参入(航空機部品の製造を受注)でき
るようになる典型的なプロセスは、一般的には以下の「受動的プロセス」と「能動的
プロセス」の二つに大きく分類できるだろう。

[受動的プロセス=航空機部品製造企業に見出してもらうのを待つ]
@不特定多数の航空機部品製造企業が集まる展示会等で、自社の得意技術をアピール
する。

Aある特定の航空機部品製造企業が、その得意技術に目を留め、当該企業の航空機部
品製造(現在製造中or将来製造)に活用するためにそれを選定する。

B航空機部品製造企業が求める製造・管理体制(技術・設備、認証取得等)を整備し、
製造・供給を開始する。

[能動的プロセス=航空機部品製造企業を訪問し自社技術の活用を直接売込む]
@ある特定の航空機部品製造企業の部品製造内容・計画に係る情報を入手し、その部
品の質的高度化やコストダウン等に資する自社技術(部品等)の活用を当該企業に提
案する。

A当該企業が、その提案技術(部品等)を当該企業の航空機部品製造(現在製造中or
将来製造)に活用するために選定する。

B航空機部品製造企業が求める製造・管理体制(技術・設備、認証取得等)を整備し、
製造・供給を開始する。

【航空機産業分野への新規参入に資する支援施策の骨格】
○「受動的プロセス」の効果的展開への支援施策の骨格については、以下のように整
理できるだろう。
@国内外の航空機部品製造企業が多数集まる展示会等への県内企業の出展支援
A受発注開拓支援を専門とする産業支援機関が、県内外の航空機部品製造企業を訪問・
調査し、外注希望案件に係る情報を収集、県内企業の受注に結び付くようマッチング
支援
B県内企業の航空機部品受注に必要な生産技術力の高度化、認証取得等に個別具体的
に支援(技術支援機関の紹介、認証取得のための研修受講・取得手続等への支援etc.)

○「能動的プロセス」の効果的展開への支援施策の骨格については、以下のように整
理できるだろう。
@国内外の航空機部品製造企業と県内企業との情報交換機会の提供
 (航空機部品製造企業の部品製造・外注計画等に関する講演会等の開催etc.)
A受発注開拓支援を専門とする産業支援機関が、国内外の航空機部品製造企業を訪問・
調査し、製造上の技術課題、今後の製造(外注)計画等に関する情報を収集し、技術
課題の解決に貢献できる県内企業、今後の部品製造に協力できる県内企業等とのマッ
チング支援。必要に応じて、マッチングの可能性の高い県内企業が、航空機部品製造
企業に直接自社技術をアピールできる場を設営
B技術課題解決方策の提案に新技術の研究開発が必要な場合には、産学官連携支援
機関が、研究開発体制の構築や、必要な資金確保等への支援を実施

○いずれにしても、「航空機部品製造企業からの受注」が基本的ビジネスモデルとな
ることから、航空機産業分野へ新規参入を目指す県内企業の準備的取組み(技術・設
備の導入、認証取得、技術課題解決のための研究開発等)については、全て、当該企
業に部品製造を発注してくれる航空機部品製造企業の具体的要求(ニーズ)に基づく
べきことになる。受注に結びつく見込みも無いままの準備的取組みは、資金の無駄遣
いとなるのである。

○したがって、研究開発を支援する産学官連携支援機関においても、個別の県内企業
の航空機部品に関する研究開発計画の策定・実施化を支援する場合には、その研究開
発成果が、特定の航空機部品製造企業に採用される可能性を高めるため、当初から、
当該航空機部品製造企業を研究開発体制に組込む等の工夫をすべきことになるのである。

【「航空機部品マーケティング支援センター」設置の重要性】
○前述のような、県内企業の航空機産業分野への参入支援施策を、総合的・体系的・
効果的に企画・実施化できる支援拠点は、現状では県内のどこにも設置されていない。
 長野県中小企業振興センターには、県内企業の受発注活動を総合的に支援する「マー
ケティング支援センター」がある。しかし、そこは現在、理由は分からないが、「長
野県航空機産業振興ビジョン」の具現化(飯田下伊那地域での航空機産業クラスター
の形成)に焦点を当てたマーケティング支援活動は実施していない。中小企業振興セ
ンターが実施しないのであれば、新たに航空機産業クラスター形成のための「航空機
部品マーケティング支援センター」を設置しなければならないのである。

○その場合、飯田下伊那地域での航空機産業クラスターの形成(航空機部品関連企業
の集積拡大等)を加速するという視点に立てば、当然、「航空機部品マーケティング
支援センター」は、航空機産業クラスター形成活動の拠点機関(現状では南信州・飯
田産業センターになるだろう。)の中に設置すべきということになる。
 そのマーケティング支援センターが、相当の成果を上げるようになれば、航空機部
品関連企業の飯田下伊那地域への進出加速に大きく貢献できることになる。

○いずれにしても、「航空機部品マーケティング支援センター」の体制整備や事業計
画策定等については、長年にわたって、県内企業の受発注活動への支援ノウ・ハウを
蓄積してきている、長野県中小企業振興センターが全面的に協力・支援すべきことは
当然のことである。

【むすびに】
○飯田下伊那地域における、国際競争力を有する航空機産業クラスターの形成活動は、
長野県が現在、最も力を入れている地域産業振興プロジェクトであると言える。しか
し、そのプロジェクトの極めて重要なプレーヤーである長野県中小企業振興センター
の果たすべき役割の重要性が、全くクローズアップされていないことがずっと気にな
っているのである。

○航空機産業クラスター形成のためには、受発注支援の専門機関が、国内外の航空機
部品製造企業の外注動向を把握し、飯田下伊那地域の企業(そこで受けきれない仕事
は県内他地域の企業)の受注に結び付ける、マッチング支援活動を活性化・高度化す
べきことは前述の通りである。

○長野県の強力なリーダーシップの下に、飯田下伊那地域における航空機産業クラス
ター形成の拠点機関(現状では南信州・飯田産業センターになるだろう。)が、航空
機部品に係る国際的なマーケティング支援機能を大幅に拡充強化できるよう、長野県
中小企業振興センターの全面的なバックアップを含む、クラスター形成へのシナリオ・
プログラムの再構築を期待したい。

【参考】
○長野県中小企業振興センターのパンフレットから「マーケティング支援」に係る部
分を以下に抜粋する。
1 総合支援
@マーケティングコーディネート支援
 「特別顧問」2名を配置し、マーケティングの重要性の浸透を図るため、マーケティ
ングセミナーのコーディネートや相談助言をする。
A中小企業海外・国内販路開拓助成事業
 自社の技術や製品をPRするため、海外又は県外で開催される製造業関連の展示会
に共同出展する団体又は単独で出展する中小企業に対して、出展費用の一部を助成する。
B取引適正化相談
 取引上の悩みの相談を「下請かけこみ寺」で受付・対応する。

2 生産財販路開拓支援
@県内地域における受発注取引推進
 上小、諏訪、上伊那、松本、長野に「受発注取引推進員」を配置し、県内で生産財
を製造している企業を訪問し、受発注取引、販路開拓等の相談を行う。
A県外地域における発注開拓
 東京、名古屋、大阪に「発注開拓推進員」を配置し、企業訪問による発注開拓等を
行い、県内で生産財を製造する企業とのマッチングを図る。
B技術提案商談会事業
 県内中小企業が、自社の新技術・新工法を直接県内外のメーカー等に提案する商談
会を開催する。
Cながの微細・精密加工技術展開催事業
 県内中小企業が保有する微細・精密加工技術や自社製品の新規取引先開拓のため、
関東圏及び中京圏で、メーカー・商社等を対象とする展示商談会を開催する。
D専門展示会・成長市場分野展示会出展支援
 県内企業の強みである「精密加工技術」をPRできる専門展示会ならびに「健康・
医療」等の成長期待分野の展示会への出展支援を行い、新規取引先の拡大を支援する。
E ものづくりマーケティングスキル向上セミナー
提案力、交渉力、プレゼンテーション力の向上のためのセミナーを開催する。

3 海外展開支援
@海外展開相談・支援
 県内中小企業の海外展開を支援するため、県海外駐在員及び関係支援機関等と連携
を取りながら相談に応ずる。
A海外展示会出展支援・商談会等の開催
 新興国市場等への販路開拓や海外企業との技術連携等の海外展開を支援するため、
グローバル展開推進員を3名配置し、海外展示会への出展支援及び海外調達ニーズの
ある日系企業等への提案型商談会を実施し、新たな販路開拓を支援する。
B中小企業海外展開支援事業
 上海市の「上海事務所」に駐在員1名を配置し、中国等海外市場情報を収集すると
ともに、県内企業の海外展開を支援する。

4 専門家派遣事業
  中小企業が抱える様々な問題を解決するため、当センター登録専門家を派遣し、
切な診断・助言を行う。

5 地域中小企業育成プロジェクト事業
  意欲ある中小企業等に対し、専門チームによる集中的な支援やフォローアップを
 行い、次世代の地域経済を牽引する企業を育成する。


ニュースレターNo.97(2016年12月10日送信)

「長野県航空機産業振興ビジョン」に内在する論理的脆弱性(No.4)
〜同ビジョン具現化の1ツールに過ぎない「航空機システム実証試験拠点」より、
必要な各種ツールを総動員できる「戦略的統括拠点」の整備を急ぐべきこと〜

【はじめに】
○ニュースレターNo.94(平成28年11月7日送信)で述べた通り、「長野県航空機
産業振興ビジョン」の体系・構成を可能な限り簡潔に整理すれば、以下のように
なる。

@目指す姿(ビジョン)
 国際的優位性を有する「アジアの航空機システム拠点」(航空機産業クラスター)
の飯田下伊那地域での形成
Aビジョン実現への道筋(シナリオ)
 国内にはまだない実証試験設備を有する「航空機システム実証試験拠点」の飯
田下伊那地域での整備による、関連企業・研究機関等の誘致・集積拡大
Bシナリオの効果的推進に必要な諸施策(プログラム)
 飯田下伊那地域での「知の拠点」の整備(旧飯田工業高校跡地の活用、信州大
学航空システム共同研究講座の開設、県工業技術総合センター支所の設置、国の
関係機関等の誘致 etc.)

○長野県は、この「航空機システム実証試験拠点」を、飯田下伊那地域における
「アジアの航空機システム拠点」(航空機産業クラスター)形成を推進する重要
機関として位置づけ、その機能(試験機能、研究開発機能、人材育成機能)の速
やかな整備に国等の支援を確保することを目的とする「長野県航空機産業推進会議」
を、12月5日に知事も出席し東京で開催した。
 確かに、この「航空機システム実証試験拠点」は、飯田下伊那地域に航空機産
業クラスターを形成するために、国内外から関連企業・研究機関等を誘致し、そ
の集積を拡大していく「仕掛け」として、非常に重要なものである。これ無くして
飯田下伊那地域での航空機産業クラスター形成は不可能と言えるだろう。

【飯田下伊那地域における「戦略的統括拠点」整備の必要性】
○ここで忘れてはいけないことは、「航空機システム実証試験拠点」はあくまで
航空機産業クラスター形成の1つのツールに過ぎないということである。
 この「航空機システム実証試験拠点」を最重要ツールとし、更に他の各種ツール
も総動員して、航空機産業クラスター形成を促進・具現化する活動を主導できる、
「戦略的統括拠点」を、飯田下伊那地域に速やかに設置しなければならないのである。
 飯田下伊那地域の「意思」を尊重・反映しながら、航空機産業クラスター形成を
推進できるようにするためには、当然、「戦略的統括拠点」は飯田下伊那地域にな
ければならないのである。飯田下伊那地域でのクラスター形成活動が、今後、自立
していくためにも、このことが肝心なのである。

○現状の県の活動を見ていると、最終的目標は、「アジアの航空機システム拠点」
(航空機産業クラスター)形成であるという大局的な視点に立つことを忘れ、その
ツールである「航空機システム実証試験拠点」という、特殊な実証試験に係る(利
用者が非常に限定される)支援体制の整備にのみエネルギーを注ぎ込むあまり、そ
れ以外の有効な支援メニューを含む、航空機産業クラスター形成促進の新規ツール
(ソフト・ハード)についての総合的な検討が、手抜きになっている傾向がみられ
ることが心配なのである。

○現時点で、飯田下伊那地域における航空機産業クラスター形成活動を実質的に主
導しているのは、当該地域での航空機産業振興に当初から取組んでいる、当該地域
の中核的産業支援機関である「南信州・飯田産業センター」と言えるだろう。
 過日、同センターの幹部職員の方の話を聞いたが、当面の最重要課題は、「飯田
下伊那地域の企業が、航空機部品に係る国際的に非常に厳しい価格競争に如何にし
て勝利できるか。」であると強調されていた。このような個別具体的な受注案件へ
の対応に四苦八苦している同センターに、航空機産業クラスター形成のために必要
な新規ツール(ソフト・ハード)の総合的な企画・運営までを担わせることは非常
に困難であろう。

○「アジアの航空機システム拠点」(航空機産業クラスター)形成を促進・具現化
するためには、@個別具体的なビジネス案件への支援体制と、A国際競争力を有す
る航空機産業クラスターの形成に必要な新規ツール(ソフト・ハード)の企画・運
営に政策的視点から取組める体制、との両方を飯田下伊那地域に整備することが必
要なのである。

○Aの体制の整備が、正に「戦略的統括拠点」の整備なのである。現状は、その整
備がなされないままに、県主導で、航空機産業クラスター形成に資すると思われる
既存施策が様々に選択・提示されているのである。
 航空機産業クラスター具現化に至る全過程を俯瞰的にとらえた上で、必要な新規
ツール(ソフト・ハード)を総合的に企画・運営する「戦略的統括拠点」が不在の
ため、県が提示する各種施策には、以下で示すような様々な問題が顕在化している
のである。

【県の航空機産業振興施策の具体的問題点の例示】
 以下は、去る11月17日に開催された、「長野県航空機産業推進会議」の準備会議
の場で指摘させていただいた主な事項ある。
○グローバルな産学官連携ネットワーク形成の必要性について
 県が提示する航空機産業振興施策に位置づけられているネットワーク形成には、
県内企業間でのネットワーク形成しか想定されていない。ネットワーク形成という
視点に立てば、「アジアの航空機システム拠点」形成を目指すので、当然、県内に
こだわらず、国内外の企業等とのネットワーク形成を目指すべきである。
 飯田下伊那地域が「グローバルな産学官連携ネットワークの拠点」となるような
「仕掛け」を整備すべきなのである。内外から飯田下伊那地域に関連企業や人材が
集まる、ソフト・ハードの「仕掛け」がなければ、国際競争力を有する航空機産業
クラスターの形成はできない。

○愛知地域の航空機関連企業等とのネットワーク形成の必要性について
 そもそも県内企業は、国際戦略総合特区「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形
成特区」の広域的クラスターの一員として、愛知地域の航空機関連企業等と連携し、
一体的な活動を展開すべき立場にある。したがって、愛知地域の航空機関連企業等
とのネットワーク形成は、最も身近でビジネスチャンスを得やすいネットワークと
して、施策に明確に位置づけるべきことは当然なのである。県内企業間でのネット
ワーク形成のみにこだわっているのはおかしい。

○グローバルな活動の必要性について
 国際的競争力を有する「アジアの航空機システム拠点」(航空機産業クラスター)
の形成を目指すのであれば、グローバルなネットワーク形成も含めて、関連企業・
研究機関等の集積拡大に有効なグローバルな規模での誘致活動など、様々な国際的
活動を施策に加えるべきである。国際的活動が全く提示されていないのはおかしい。

○飯田下伊那地域の「人材育成・研究開発・実証試験拠点」と他の産業支援機関と
の役割分担の根拠の明確化について
 「人材育成・研究開発・実証試験拠点」に整備する支援メニューと、当該拠点以
外の場所を拠点として産業支援機関が実施する支援メニューとの棲み分けについて
は、どのような考え方の下になされているのか。棲み分けの根拠を明確に示すべき
である。そうでないと、他の産業支援機関との役割分担や連携が円滑になされにく
くなる。

○「人材育成・研究開発・実証試験拠点に係る施策」の拡充強化の必要性について
 「人材育成・研究開発・実証試験拠点に係る施策」には、「航空機産業振興施策
の全体像」に提示されている「企業の経営・技術力保証の強化」、「販路開拓支援」、
「企業誘致等」が含まれていないのはなぜか。
 「人材育成・研究開発・実証試験拠点」がこれらに関して、何も実施しないとい
うのでは、国際競争力を有する航空機産業クラスター形成を推進する拠点としては、
特に、飯田下伊那地域への進出を検討している企業等に対して、支援機能の弱い消
極的な拠点という印象を与え、進出の意思決定の妨げになるのではないのか。企業
が、進出のメリットとして高く評価する「人材育成・研究開発・実証試験拠点」と
なるよう支援メニューをもっと拡充強化すべきである。

○「人材育成・研究開発・実証試験拠点」の人材育成コースの充実について
 「人材育成・研究開発・実証試験拠点」で実施する人材育成コースについては、
信州大学の共同研究講座しか提示されていない。例えば、航空機システム分野に参
入を目指す企業が、事前に修得すべき知識・技術(業界動向、参入障壁、取得が必
要な規格等)に関する人材育成コースの実施は非常に有益である。これを含め、企
業のニーズの高い他の人材育成コースも提示し、人材育成拠点としての優位性を確
保すべきである。

○「人材育成・研究開発・実証試験拠点」の「コーディネート支援」機能の高度化
について
 「人材育成・研究開発・実証試験拠点」の「コーディネート支援」については、
航空機関連企業と新規参入企業とを受発注で結びつけるためだけの支援のように提
示されている。しかし、産学官共同研究開発等に係る「コーディネート支援」も想
定しているのであれば、それも明示し、拠点の「コーディネート支援」機能の高度
化を図るべきである。

【むすびに】
○「長野県航空機産業振興ビジョン」の具現化への、今までの県の取組みを概観す
ると、とにかく飯田下伊那地域に「航空機システム実証試験拠点」の看板を掲げる
ことに拘りすぎて、飯田下伊那地域に「アジアの航空機システム拠点」(航空機産
業クラスター)を形成するという大目的からすれば、「航空機システム実証試験拠
点」は、その大目的具現化の1つのツールに過ぎないこと、グローバルな視点から
もっと企画・実施化すべき新規ツール(ハード・ソフト)があること、を忘れてし
まっているように思われてならない。

○「航空機システム実証試験拠点」の整備のみならず、航空機産業クラスター形成
に必要な様々な新規ツールについて、総合的かつ効果的に企画・実施化することを
主導できる「戦略的統括拠点」の不在が、このような事態になってしまっている主
要因と思われる。
 県内外の産学官の英知を結集して、その「戦略的統括拠点」を飯田下伊那地域に
速やかに整備することを関係の皆様に強くお願いしたいのである。


ニュースレターNo.96(2016年11月26日送信)

長野県の「グローバルNAGANO戦略プラン」(国際戦略プラン)の課題
   〜同プランの製造業の振興に係る部分に焦点を絞って〜

【はじめに】
○長野県は、本年度から5年間、「長野県産業の国際展開・国際競争力の強化と世
界への貢献、NAGANOブランドの構築を行い、海外の活力の取込みを図る。」ことを
目的とする「グローバルNAGANO戦略プラン」(国際戦略プラン)を10月に策定した。
サブタイトルとして「世界の力をNAGANOへ、NAGANOの誇りを世界の力に」が掲げら
れている。

○この「グローバルNAGANO戦略プラン」の体系・構成は、同プランによって実現を
図る「目指す姿」、その実現のための「基本戦略」、その具体的推進に必要な各種
の「施策の展開方向」からなるが、製造業、農林業、観光業等、広範な産業分野を
対象にしているため、当該産業の関係者にさえも非常に分かりづらい複雑なまとめ
方になってしまっているのである。
 そこで、ここでは、製造業に焦点を絞り、より分かりやすくするため、その振興
に係る部分の体系・構成について、できるだけ簡潔に整理・提示してみたい。

○また、「グローバルNAGANO戦略プラン」の策定趣旨には、同プランが、国際展開
に県民、企業、団体、行政がオールNAGANOで取組むための「旗印」として策定され
ている旨が明示されている。「旗印」とは、一般的には、行動の目標として掲げる
主義・主張のことを意味することから、本プランは、例えば、現在策定作業が進め
られている、次期ものづくり産業振興戦略の中の、グローバルな活動に関する部分
の「上位戦略」として位置付けられるべきものとも言えるのである。

○そのことからも、「グローバルNAGANO戦略プラン」の製造業に係る部分が、どの
ような「目指す姿」を掲げ、それを実現するための「基本戦略」、その具体的推進
に必要な「施策の展開方向」として何を提示しているのかを分かり易く整理してお
くことは、次期ものづくり産業振興戦略の策定作業を論理的に進める上でも、意義
のあることと言えるだろう。
 以下で、製造業に係る部分の体系・構成について整理した上で、その課題につい
ても検討してみたい。

【「グローバルNAGANO戦略プラン」の製造業に係る部分の体系・構成】
○「グローバルNAGANO戦略プラン」の製造業に係る部分の体系・構成については、
可能な限り簡潔に整理すれば、以下の様になるだろう。
「目指す姿」
 =世界から選ばれ続ける製品を提供する製造業
「目指す姿」を実現するための「基本戦略」
 =世界で輝くものづくり産業となるための国際競争力の強化
「基本戦略」の推進に必要な「施策の展開方向」
 =@ものづくり企業の輸出及び技術連携の促進
   これまで技術交流を進めてきた欧州、アジア、中米・北米等をターゲット地
  域とし、「健康・医療」、「環境・エネルギー」、「次世代交通」、「ナノテ
  ク・材料等」の分野での受注、技術交流を促進する。
  A加工食品の輸出促進
   日本食が浸透し、成長著しいアジア諸国を重点地域として、長野県の長寿世
  界一を支える発酵食品の輸出を促進する。
  B海外からの投資促進
   「長野県航空機産業振興ビジョン」に基づき、航空機分野のR&D拠点等の誘
  致を促進する。
   医療、食品等の発展期待分野の企業の誘致に取組む。

〇以上の様に、この体系・構成を見る限り、政策的には何の新鮮味も感じられない。
「世界から選ばれ続ける製品を提供」するためには、産業イノベーション(新たな
社会的価値と経済的価値の創造)が必要となるが、そのための新たな施策の必要性
さえも提起されていない。「目指す姿」を実現するためのシナリオ(道筋)の提示
に関しては、非常に不完全・不親切な「旗印」となってしまっているのである。

※(参考)長野県中小企業振興条例における産業イノベーションの定義
 新たな製品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を生み出し、経済社会の大
きな変化を創出することをいう。

○しかし、製造業のグローバル展開促進のための従来からの支援施策については、
「それで基本的にOKである。」とオーソライズしたことの意義は決して小さくない。
関係機関が自信を持って、引続き既定路線で、関連事業の拡充強化に取組んでいく
べきことが確認できるのである。その点に限って言えば、正に「旗印」としての使
命は果たしているのである。

【「グローバルNAGANO戦略プラン」の「推進体制」の課題】
○「グローバルNAGANO戦略プラン」は、その実現のために、同プランの推進、進捗
管理、フォローアップを実施する中核組織として、県の担当課長、有識者、経済界
等関係分野の実務責任者からなる「グローバルNAGANO戦略実行会議(仮称)」を設
置すると定めている。

〇「グローバルNAGANO戦略プラン」が、県が取組むべき産業振興のための国際戦略
の「旗印」の域を脱しておらず、産業分野毎の具体的なビジョン・シナリオ・プロ
グラムの策定・実施化については、各担当部署に任せていることから、この「グロ
ーバルNAGANO戦略実行会議(仮称)」が、各担当部署の施策について実質的に進捗
管理し、問題点を抽出・評価・改善等することは不可能であろう。
 すなわち、同会議が、「グローバルNAGANO戦略プラン」の統括的な推進拠点とし
て、リーダーシップを発揮し、同プランの具現化を強力に主導することを期待する
ことはできないということである。各担当部署の国際戦略に係る取組状況に関する、
単なる情報交換・共有の場にとどまることが予測できるのである。

【「旗印」としての役割・位置付けが県組織内で徹底していないことの一事例】
○「グローバルNAGANO戦略プラン」の「施策の展開方向」の中に、「長野県航空機
産業振興ビジョンにより、海外から航空機分野のR&D拠点等の誘致を促進する。」と
いう旨の記載がある。しかし、同ビジョンの具現化への事業計画(案)の中に、グ
ローバルな活動が全く提示されていないこと、すなわち、同プランと同ビジョンの
間には明らかな不整合が生じていることの理由をどう理解したら良いのだろうか。

〇「グローバルNAGANO戦略プラン」が、製造業の国際展開に県民、企業、団体、行
政がオールNAGANOで取組むための「旗印」として策定されたものであること、すな
わち、航空機産業振興に係る国際的活動に関しては、同プランが、「長野県航空機
産業振興ビジョン」の具現化のための各種施策の上位に位置づけられていることを、
同ビジョンの担当部署は十分に理解していないことが推測できるのである。要する
に、同プランの役割・位置付けについては、県組織内で、実質的にはまだオーソラ
イズされていないのである。

○このように県組織においては、「グローバルNAGANO戦略プラン」の担当部署と、
「長野県航空機産業振興ビジョン」の担当部署との間での、航空機産業振興に関す
るベクトル合わせが十分にはなされていないことが、外部の関係者の前(航空機産
業振興に関する会議等の場)で明らかになってしまうことの背景には、知事が重視
する組織横断型の取組みのための「長野県産業イノベーション推進本部」が、未だ
に十分には機能していないことがあるのではないだろうか。

【むすびに】
○「グローバルNAGANO戦略プラン」の策定趣旨である、「長野県産業の国際展開・
国際競争力の強化と世界への貢献、NAGANOブランドの構築を行い、海外の活力の取
込みを図る。」については、特に「世界への貢献」に鑑みて、「長野県産業が、グ
ローバルな規模で新たな社会的価値と経済的価値の創造活動に積極的に取組むよう
になることを目指す。」とも言い換えることができるのである。

○県内産業、特に製造業が、グローバルな規模で新たな社会的価値と経済的価値の
創造に取組むこと、すなわち、グローバルな産業イノベーションに取組むことを活
性化するためには、県として、従来型の個別企業の経営課題の解決への支援施策の
提示の域を超えて、企業の産業イノベーション活動の様々な段階を効果的に支援で
きる、新たな施策メニューの策定・提示が求められていることを認識していただき、
それを次期ものづくり産業振興戦略の策定作業等に活かしていただくことを期待し
たいのである。


ニュースレターNo.95(2016年11月10日送信)

「長野県航空機産業振興ビジョン」に内在する論理的脆弱性(No.3)
    〜同ビジョンの具現化推進拠点が整備すべき魅力ある支援機能〜

【はじめに】
○ニュースレターNo.94(平成28年11月7日送信)で述べた通り、「長野県航空機産業
振興ビジョン」の体系を可能な限り簡潔に整理すれば、以下のようになる。この体系
は、同ビジョンの具現化に関する議論の際には、常に念頭に置いておくべき重要事項
なのである。
 飯田下伊那地域における航空機産業クラスターの形成という大命題を忘れた、県内
企業を対象とした従来型の支援メニューに関する議論だけが横行している現状に危機
感を覚えるのである。

@目指す姿(ビジョン)
 =国際的優位性を有する「アジアの航空機システム拠点」(航空機産業クラスター)
 の飯田下伊那地域での形成
Aビジョン実現への道筋(シナリオ)
 =国内にはまだない実証試験設備を有する「航空機システム実証試験拠点」(以下、
 「航空機試験拠点」という。)の整備による、関連企業・研究機関等の誘致・
 集積拡大
Bシナリオの効果的推進に必要な諸施策(プログラム)
 =知の拠点の整備(旧飯田工業高校跡地の活用、信州大学航空システム共同研究講
 座の開設、県工業技術総合センター支所の設置、国の関係機関等の誘致 etc.)

○長野県は、この「航空機試験拠点」の機能として、試験機能、研究開発機能、人材
育成機能を挙げている。しかし、県は、この3つの機能をキーワードとして掲げている
だけで、飯田下伊那地域における航空機産業クラスター形成を推進する拠点、すなわ
ち、県内外の航空機システム関連企業等が訪れてみたいと強く思う(訪問を動機づけ
る)ような、魅力ある支援機能を有する拠点としての「具体像」をまだ提示していない。

○しかし、近日中に県主催で開催される、航空機産業クラスター形成推進のプレーヤー
として想定される産学官の関係機関で構成される会議の場で、県からやっとその「航
空機試験拠点」の理想的「具体像」が提示されることになった。
 その会議に出席する者として、県が提示する「具体像」が、より魅力的な機能を有
するものに改善・高度化されることに資する提案等ができるよう、ここで「具体像」
の在り方について議論しておくことにした次第である。

○いずれにしても、「航空機試験拠点」の支援機能は、遠方の県外の航空機システム
関連企業が、長時間をかけてでも訪れてみたいと強く思う(訪問を動機づける)よう
な、他県等の支援機能に比して優位性のある魅力的なものでなければならない。
 そして、その魅力ある支援機能の在り方についてここで議論するに当たっては、
議論を論理的に進めるために、「新たに航空機システム分野に参入したい企業にとっ
て魅力ある支援機能」と「航空機システム分野に参入済みの企業にとって魅力ある支
援機能」とに区分することにしたい。

【新たに航空機システム分野に参入したい企業にとって魅力ある支援機能T=一般的支援機能】
○新たに航空機システム分野に参入したい企業への支援機能の議論においては、議論
をより具体的に進めるために、各企業に共通的な課題の解決への「一般的支援機能」
と、個別企業の課題の解決への「個別企業対応型支援機能」との2つに区分すること
にしたい。

○まず「一般的支援機能」としては、以下のような支援機能が考えられる。
@航空機システム分野に参入したい企業が保有すべき基礎知識の修得支援
 市場動向、業界慣行、参入障壁、取得すべき規格・資格等に関する研修会・見学
会等の開催 etc.
A航空機システム企業との情報交流機会の提供
 内外の先進的航空機システム企業が求める連携企業像等をテーマとしたセミナー・
交流会等の開催
 内外の航空機システム企業が集まる展示会等での技術プレゼンテーションの機会の
提供 etc.

【新たに航空機システム分野に参入したい企業にとって魅力ある支援機能U=個別企業対応型支援機能】
○個別企業の支援ニーズに対応できる「個別企業対応型支援機能」については、以下
のような支援体系が適すると考えられる。
@技術・経営相談
 航空機システム分野参入に必要な技術課題の解決方策の探索支援(最適な支援機関
等との繋ぎのためのコーディネート活動を含む。)
航空機システム分野参入に必要な社内管理体制の整備等への支援 etc.
A依頼試験・機器使用
 航空機システム分野参入に必要な技術課題解決のための試験(分析・測定・評価等)
の受託、必要な試験機器の貸付等のサービスの提供
国内ではここでしか受けられない特殊な試験サービスの企画・提供 etc.
B研究開発の企画・実施化支援
 航空機システム分野参入に必要な技術課題解決のための産学官共同研究開発の企画・
実施化、その成果の早期事業化への総合的支援
提案公募制度等を活用した研究開発に必要な資金の調達支援 etc.
C海外市場での参入支援
海外の主要な航空機産業クラスターの中核的産業支援機関等との連携による参入支援 etc.

【航空機システム分野に参入済みの企業にとって魅力ある支援機能T=一般的支援機能】
○「一般的支援機能」としては、以下のような支援機能が考えられる。
@航空機システム企業に共通的な技術・経営課題の解決支援
 課題解決策の探索に資する研究会、セミナー等の開催
 内外の先進的航空機システム企業等の視察 etc.
A新規取引先の開拓支援
 内外の航空機システム企業等との情報交流機会の提供(内外の関連展示会への出展・
情報収集支援等)
 先進的航空機システム企業の技術ニーズ情報を得るためのセミナー等の開催 etc.

【航空機システム分野に参入済みの企業にとって魅力ある支援機能U=個別企業対応型支援機能】
○「個別企業対応型支援機能」については、以下のような支援体系が適すると考えら
れる。
@技術・経営相談
 技術課題の解決方策の探索支援(最適な支援機関等との繋ぎのためのコーディネー
ト活動を含む。)
 受注体制強化のための他企業との連携体制の構築等への支援 etc.
A依頼試験・機器使用
 技術課題の解決に必要な試験(分析・測定・評価等)の受託、必要な試験機器の貸
付等のサービスの提供
 国内ではここでしか受けられない特殊な試験サービスの企画・提供 etc.
B研究開発の企画・実施化支援
 技術課題の解決に必要な産学官共同研究開発の企画・実施化、その成果の早期事業
化への総合的支援
 提案公募制度等を活用した研究開発に必要な資金の調達支援 etc.
C海外市場での新規取引先の開拓支援
 海外の主要な航空機産業クラスターの中核的産業支援機関等との連携による新規取
引先の開拓支援 etc.

【むすびに】
○長野県主催で近日中に開催される、「航空機試験拠点」の活動に参画することにな
る、産学官の関係者で構成される会議の場で、県から、県が理想的と考える「航空機
試験拠点」の「具体像」が提示されることになっている。

○その会議の場で、県が提示する「具体像」を質的により優位性のあるものに改善・
高度化することに資する提言等ができるよう、今回、独自の「具体像」(案)をテー
マとしたが、会議の開催日が迫っているため、十分に練った「具体像」(案)をここ
に提示することはできなかった。
 したがって、皆様方には大変失礼なお願いになってしまうが、私の提案する優位性
や独創性に欠けた「具体像」(案)が、県内外の関連企業が是非訪れてみたいと思う
ようなものにグレードアップできるよう、追加すべき支援機能等についてアドバイス
をいただければ幸いである。

○なお、まだ残る大きな課題は、この「航空機試験拠点」の運営主体については、未
だ明らかにされていないことである。県内外の産学官の関係機関との連携によって、
理想的な「航空機試験拠点」の機能を整備し、それを維持・高度化しいくことができ
る運営主体を配置できなければ、航空機産業クラスターの形成は不可能になると言っ
ても過言ではないのである。


ニュースレターNo.94(2016年11月7日送信)

「長野県航空機産業振興ビジョン」に内在する論理的脆弱性(No.2)
    〜同ビジョンの具現化方策に関する議論の論理性の欠如〜

【はじめに】
○中部5県(愛知県、岐阜県、三重県、静岡県、長野県)で取組む国際戦略総合
特区「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」の長野県の中核拠点である
飯田下伊那地域に、航空機システム関連企業や研究開発支援機能が集積する「ア
ジアの航空機システム拠点」を形成することと、長野県内に「航空機産業に取り
組む企業を100社」集積させることを「目指す姿」とし、その実現への取組方針
を定めた「長野県航空機産業振興ビジョン」(以下、「県航空機産業ビジョン」
という。)の論理的脆弱性については、既にニュースレターNo.84(平成28年5月
12日送信)で指摘済みである。
※「県航空機産業ビジョン」においては、航空機システムとは、航空機の機体
構造(胴体、翼など)及びエンジン本体を除いた装置類の総称と定義している。

○「県航空機産業ビジョン」の体系を可能な限り簡潔に整理すれば、以下のよう
になるだろう。

@目指す姿(ビジョン)
 =国際的優位性を有する「アジアの航空機システム拠点」(航空機産業クラ
 スター)の形成

Aビジョン実現への道筋(シナリオ)
 =国内にはまだない実証試験設備を有する「航空機システム実証試験拠点」
 の整備による、関連企業・研究機関等の誘致・集積拡大

Bシナリオの効果的推進に必要な諸施策(プログラム)
 =知の拠点の整備(旧飯田工業高校跡地の活用、信州大学航空システム共同
 研究講座の開設、県工業技術総合センター支所の設置、国の関係機関等の誘致 etc.)

○「県航空機産業ビジョン」の論理的脆弱性とは、簡単に整理すれば、以下の
2点に絞り込むことができる。

@ビジョン実現へのシナリオの脆弱性
 =航空機産業クラスター形成の牽引拠点(クラスター形成エンジン)とな
 る「航空機システム実証試験拠点」の具体像(整備すべきソフト・ハード
 の支援機能)が全く提示されていない。

Aシナリオの効果的かつ着実な推進に必要なプログラムの脆弱性
 =シナリオの根幹をなす「航空機システム実証試験拠点」の具体像が提示
 されていないため、シナリオの推進に必要なプログラムについての論理的
 な議論が全くなされていない。

【シナリオの効果的な推進に関する具体的議論の進め方】
○「県航空機産業ビジョン」が実現を目指す「アジアの航空機システム拠点」
(航空機産業クラスター)具現化への道筋(シナリオ)を、効果的かつ着実
に推進するために必要な諸施策(プログラム)に関する議論が、同ビジョン
公表から半年を経て、産学官の関係機関で構成される会議の場で、やっと開
始されようとしている。

○県が、開催準備を進めている同会議の場での議論の進め方は、「県航空機
産業ビジョン」具現化へのシナリオの推進に参加すべき産学官の関係機関が、
同シナリオの効果的推進に必要な諸施策(プログラム)の内、どのようなプロ
グラムを各々担うべきか、というような役割分担を調整・決定しようという
ものである。一見して、オーソドックスな議論のプロセスのように思われる
かもしれないが、ここに「県航空機産業ビジョン」の論理的脆弱性が顕在化
しているのである。

○「県航空機産業ビジョン」具現化のために、産学官の関係機関が果たすべ
き役割(役割分担)を議論する場合には、本来的には、以下のような進め方
によるべきなのである。

@航空機産業クラスター形成の牽引拠点(クラスター形成エンジン)となる
「航空機システム実証試験拠点」の具体像(整備すべき理想的なソフト・ハ
ードの支援機能)を明らかにする。この理想的な支援機能を「A」とする。
 ↓
A「航空機システム実証試験拠点」自体で整備できる支援機能を明らかにす
る。この支援機能を「a」とする。
 ↓
B「航空機システム実証試験拠点」自体では整備できず、他の支援機関(大
学、その他の関係機関等)との連携による補填で整備すべき支援機能を明ら
かにする。この支援機能を「b」とする。

 すなわち、「航空機システム実証試験拠点」の支援機能A=a+bとなる
のである。

○したがって、県が開催準備を進めている、産学官の関係機関での「県航空
機産業ビジョン」具現化のシナリオ・プログラムに関する会議においては、
まず、「A」と「a」を県として提示することが、議論の前提となるはずな
のである。すなわち、「航空機システム実証試験拠点」自体では整備できな
い支援機能を関係機関で補填して欲しいが、各々の機関ではどのような支援
機能を分担していただけるか、というのが常識的かつ論理的な会議の進め方
なのである。
 しかし、聞こえてくる同会議の進め方は、「A」と「a」の提示なしに、
産学官の関係機関が担うべき役割についての議論をするというものなのであ
る。全く無謀としか言えない議論の進め方なのである。

〇このような状況から、県では、「A」についてさえも検討・決定されてい
なことが推測できる。もしそうであれば、まずその会議では、「A」の在り
方についての議論から始めなければならないのである。
 そうなれば、「県航空機産業ビジョン」が論理性を欠如した形で策定され
たことを、県内外の関係機関等に対して明らかにしてしまうことになるため、
県としては非常に恥かしいことになる。しかし、真に「アジアの航空機シス
テム拠点」(航空機産業クラスター)の形成を目指すのであれば、修正すべ
きは修正し、着実な手法で取り組んでいかなければならないのである。

【むすびに】
〇今回、長野県が開催を予定している、「県航空機産業ビジョン」具現化へ
のシナリオの具体的推進における、産学官の関係機関の役割分担に関する会
議の進め方を聞き、その内容から、県においては、「県航空機産業ビジョン」
の論理的脆弱性を具体的に裏付ける深刻な事態に陥っていることが推測でき、
関係者の一人として、同ビジョン具現化の先行きに危機感を募らせている。

○このままでは、「アジアの航空機システム拠点」(航空機産業クラスター)
形成戦略を、県内における地域クラスター形成戦略の「ベストな模範」として、
県内他地域でも優位性ある地域クラスター形成戦略を策定し、それを、次期
ものづくり産業振興戦略プランの中に位置づけるという、県の「構想」も頓挫
しかねないと危惧しているのである。
 「ベストな模範」ではないことは、既に明らかであるが、「ワーストな模範」
にしないよう、関係の皆様のご支援・ご協力をお願いしたい。


ニュースレターNo.93(2016年10月6日送信)

「第10次長野県職業能力開発計画(案)」への意見に対する県の回答について

【はじめに】
○長野県職業能力開発審議会答申(案)としての「第10次長野県職業能力開発計
画(案)」の課題については、答申(案)のパブリックコメントへの提出意見と、
ニュースレターNo.87「第10次長野県職業能力開発計画(案)の課題」(平成28年
6月18日送信)において様々に指摘してきた。
 そして、その指摘に対する県の回答が、職業能力開発審議会(平成28年7月26日)
での審議を経た後、平成28年9月26日に、「審議会の考え方」として公表された。
今後の地域産業政策研究の有益な資料とするため、その回答について評価・整理
しておくことにした次第である。

○長野県の場合、パブリックコメントに寄せられた意見への県の回答については、
通常は、回答(案)について検討する会議終了後直ちに、県のホームページにアッ
プされてきた。しかし、今回は、回答(案)を検討した審議会(7月26日)の議事
録によると、審議会長が、県の回答(案)には修正すべき事項があることを指摘し、
責任を持って修正すると明言した。
 そして、それを受けて、当該審議会の開催日から2か月も経過した後の公表とい
うこと(知事への答申が9月6日で、答申(案)への意見に対する県の回答の公表
が9月26日と、手続を逆転させてまで回答の作成に力を入れていること)になった。
 そのため、審議会で検討された回答(案)が内包する根本的課題が解決され、
質的にかなり改善された最終回答になっていることを期待したが、全くその期待
は裏切られてしまったのである。
 以下で詳しく解説・検討していきたい。

【私の提出意見1(要旨)と県の回答(案)、最終回答(全文)】
○提出意見1の要旨
 本計画の「第1部 はじめに」等の最初の部分には、本計画の策定趣旨をきちっ
と「項目建て」して明確に記載すべきではないのか。

 「第1部 はじめに」には、長野県からの答申に基づき、県が進める職業能力
開発の基本施策の方向性がどうあるべきかという観点から、本計画について審議
した旨を、職業能力開発審議会長の挨拶として記載されているが、計画の策定趣旨
の「項目建て」はなされていないし、策定趣旨に相当する事項も明確には記載さ
れていない。
 県の計画としては、最初に計画の策定趣旨を提示するなど、我々一般県民が理
解しやすい体系・構成・内容で策定するように工夫すべきである。また、計画と
しての常識的な体系・構成としても、最初に、計画の策定趣旨を提示すべきこと
になる。

 計画の最初の部分にきちっと「項目建て」した上で、長野県における産学官に
よる職業能力開発(産業人材育成)活動の高度化(他県等に対する優位性の確保
など)のために、この計画がどのような役割を果たすのかなど、地方創生のトッ
プランナーを目指す長野県にふさわしい策定趣旨を、簡単明瞭な形式・内容で提
示することをお願いしたい。

○県の回答(案)の全文(審議会の考え方 H28.7.26 第6回審議会の資料)
 明確に記載すべきとのご指摘の趣旨を踏まえて、今後策定する計画の中で、策定
趣旨の記載について検討してまいります。
※回答(案)の問題点
 本計画の策定趣旨の明確な記載の必要性を認めているが、その策定趣旨に、長野
県の産業人材育成活動の優位性の確保に本計画がどのような役割を果たすのか、な
どを含ませるべきという指摘については、全く触れられていない(触れようとして
いない)。

○前記回答(案)を修正したパブリックコメントにおける最終的な「県の考え方」
 明確に記載すべきとのご指摘の趣旨を踏まえて、今後県が策定する計画の中で、
策定趣旨の記載について検討すべきと考えます。

○修正内容の問題点
 ほとんど修正されず、前述の「回答(案)の問題点」で指摘した事項を全く理解
できない(理解しようとしない)ままの「県の考え方」になってしまっている。

【私の提出意見2(要旨)と県の回答(案)、最終回答(全文)】
○提出意見2の要旨
 県は、国の職業能力開発基本計画に基づき、本計画を策定しなければならないと
しても、地方創生のトップランナーを目指す長野県としては、計画の最初に、県と
して育成すべき人材像(人材育成ビジョン)を提示するなど、その計画の体系・構
成・内容については、県としての新規性、独創性や戦略性等、長野県らしさを出す
べきではないのか。
 国の基本計画に基づくとは、国の基本計画の例えば「職業能力開発の基本的施策」
の体系・構成・内容に単純に準じるのではなく、国の基本計画を基に、長野県の新
規性、独創性、戦略性等を組み込んだ、他県等に比して優位性を有する計画を策定
することを国も期待しているはずである。

 人材育成に係る計画であれば、以下のような論理的な体系・構成にすることが、
一般県民が理解しやすいものとすることに大きく資すると考えるがいかがか。
1 長野県が育成すべき人材像の提示(人材育成の目指す姿(ビジョン)の提示)
  産業ニーズ等から、どのような技術・技能を有する人材の育成を強化すべきな
 のかを明示する。

2 その目指す人材像を具現化するための道筋の提示(目指す姿の具現化へのシナ
 リオの提示)
  具現化を目指す人材像と整合する人材を実際に育成できるようにするために、
 解決しなけれ ばならない現状の人材育成システムの課題を抽出・特定し、その
 課題の解決方策の創出・実施化 への道筋を明示する。

3 シナリオを着実に推進するために必要な各種施策の提示
  目指す姿の具現化へのシナリオを着実に推進できるようにするために必要な各種
 施策を明示する。

○県の回答(案)の全文(審議会の考え方 H28.7.26 第6回審議会の資料)
 計画の体系・構成・内容について、その冒頭部分に長野県としての新規性、独創性、
戦略性等を記載すべきとの趣旨を踏まえて、今後策定する計画において検討してまい
ります。
※回答(案)の問題点
 最初に「育成すべき人材像」を提示すべきとしているのであって、最初に、長野県
としての新規性、独創性、戦略性等を記載すべきとしているのではない。また、それ
を含めて、全体として、論理的な体系・構成にすべき旨を指摘し、体系・構成の例ま
で提示しているにもかかわらず、それを全く理解できていない(理解しようとしてい
ない)。
 体系・構成を根本的に修正すべきか否かという議論を避けるために、理想的な体系・
構成に関する私の指摘を敢えて曲解しているとも推測できるのである。

○前記回答(案)を修正したパブリックコメントにおける最終的な「県の考え方」
 計画の体系・構成・内容について、その冒頭部分に長野県としての新規性、独創性、
戦略性等を記載すべきとの趣旨を踏まえ、今後県が策定する計画において検討すべき
と考えます。

○修正内容の問題点
 ほとんど修正されず、前述の「回答(案)の問題点」で指摘した事項を全く理解で
きない(理解しようとしない)ままの「県の考え方」になっている。

【私の提出意見3−1(全文)と県の回答(案)、最終回答(全文)】
○提出意見3−1の全文
 生産性向上に向けた人材育成の強化に取り組むことにしているが、生産性の向上に
は、生産額(量)の向上と付加価値の向上との両方が含まれる。地域産業が国際競争
力を有し、持続的に発展していけるようにするためには、付加価値の向上(新たな価
値の創造)が特に必要になる。その点を強調、明確化すべきではないのか。

 国の基本計画においては、「第1部 総説 1 計画のねらい」で、最初にこの点
について「・・・一人一人の働く者の付加価値創出力を高めることによる生産性向上
が不可欠であり、・・・」と明確にしている。県が、国の基本計画に基づき策定する
のであれば、県は、この点を「長野県らしく、より具体的に明確化」するべきではな
いのか。

○県の回答(案)の全文(審議会の考え方 H28.7.26 第6回審議会の資料)
 ご意見をいただきました事項については、答申案の「第3部1(2)労働者の主体的な
キャリア形成の推進」に記載のように、「企業・業界における人材育成の強化ととも
に、個々の労働者が自らのキャリアについて主体的に考え、定期的に自身の能力開発
の目標や身に付けるべき知識・能力・スキルを確認する機会を整備することが重要」
という考え方を基本としています。
※回答(案)の問題点
 働く者の付加価値創出力(新たな価値創造力)を高めることを重視し、それを具現
化できる人材を育成すべき、という意見の主旨を全く理解できていない(理解しよう
としない)、本来回答すぺきポイントから全く外れた回答(案)になっている。

○前記回答(案)を修正したパブリックコメントにおける最終的な「県の考え方」
 ご意見をいただきました事項については、答申案の「第3部1(2)労働者の主体的な
キャリア形成の推進」に記載のように、「企業・業界における人材育成の強化ととも
に、個々の労働者が自らのキャリアについて主体的に考え、定期的に自身の能力開発
の目標や身に付けるべき知識・能力・スキルを確認する機会を整備することが重要」
という考え方を基本としています。

○修正内容の問題点
 全く修正されず、前述の「回答(案)の問題点」で指摘した事項を全く理解できな
い(理解しようとしない)ままの「県の考え方」になっている。

【私の提出意見3−2(全文)と県の回答(案)、最終回答(全文)】
○提出意見3−2の全文
 生産性向上に資するIT分野の人材育成を強化すべき旨は明示されているが、IT
分野以外で、長野県産業の特性やニーズに応じて、人材育成を強化すべき技術・技能
分野等も提示する必要があるのではないのか。
 育成すべき人材像を明確にしなければ、人材育成のための具体的事業を企画・実施化
することはできない。長野県として、どのような技術・技能分野の人材育成を強化す
べきなのかを明示しなければ、長野県としての実行性と実効性のある計画にはなりえない。

○県の回答(案)の全文(審議会の考え方 H28.7.26 第6回審議会の資料)
 ご意見をいただきました「IT分野以外で人材育成を強化すべき技術・技能分野」に
ついては、答申案の「第3部4(1)雇用のセーフティネットとしての公共職業訓練の充実」
に述べられているとおり、「成長期待分野・人材不足分野」であると考えています。
また、安定的な就業につながる訓練コースの設置や就職支援体制についても強化してい
く必要があるとしています。さらに、「第4部1工科短期大学校のあり方」の中でも、
「健康・医療」、「環境・エネルギー」、「次世代交通」の3分野への展開を進めると
ともに、当該分野に対応できる高度な人材の育成も重点プロジェクトとして位置付け
ています。」と記載しています。
※回答(案)の問題点
 今後実施すべき人材育成プログラムの企画・実施化に活用できるレベルにまで、
具体的に「どのような技術・技能分野の人材育成を強化すべきなのか」を提示すべき
という意見の主旨を全く理解できていない(理解しようとしない)、本来回答すぺき
ポイントから全く外れた回答(案)になっている。

○前記回答(案)を修正したパブリックコメントにおける最終的な「県の考え方」
 ご意見をいただきました「IT分野以外で人材育成を強化すべき技術・技能分野」に
ついては、答申案の「第3部4(1)雇用のセーフティネットとしての公共職業訓練の充実」
に述べられているとおり、「成長期待分野・人材不足分野」であると考えています。
また、安定的な就業につながる訓練コースの設置や就職支援体制についても強化して
いく必要があるとしています。さらに、「第4部1工科短期大学校のあり方」の中でも、
「健康・医療」、「環境・エネルギー」、「次世代交通」の3分野への展開を進めると
ともに、当該分野に対応できる高度な人材の育成も重点プロジェクトとして位置付け
ています。」と記載しています。

○修正内容の問題点
 全く修正されず、前述の「回答(案)の問題点」で指摘した事項を全く理解できな
い(理解しようとしない)ままの「県の考え方」になっている。

【私の提出意見3−3及び3−4(全文)と県の回答(案)、最終回答(全文)】
○提出意見3−3の全文
 IT人材育成を強化・加速化するとしているが、県は、IT(情報技術)の中の
どのような技術・技能を有する人材の育成を強化・加速化するのか明示すべきでは
ないのか。
 その点が明確にならないと、長野県版のIT人材育成プログラムを具体的に企画・
実施化できないことになる。国の基本計画を基に、長野県としては、もっと具体化さ
れた計画にすべきではないのか。

○提出意見3−4の全文
 「ITの持つ潜在力を発揮させることができる人材」とは、どのような人材なの
か。国の基本計画の表現をそのまま用いただけでは、一般県民には理解が困難。長
野県では、他県等とは異なる「ITの持つ潜在力の発揮」のさせ方もあるはず。長
野県らしい用語・表現を用いるべきではないのか。国の表現よりも踏み込んだ具体
的で理解しやすい表現が必要ではないのか。

 長野県の地域産業ニーズ等を反映させて、長野県として目指すべき「ITの持つ
潜在力の発揮」のさせ方を明確にしないと、長野県として取り組むべき、IT人材
育成のための具体的なプログラムを企画・実施化することはできない。

○県の回答(案)の全文(審議会の考え方 H28.7.26 第6回審議会の資料)
 ご意見をいただきました事項については、IT教育の裾野の拡大及び企業のIT化に
向けた在職者のスキルの向上が必要であるという考え方に基づき、答申案の「第3部
(3)生産性向上に資するIT人材育成の強化・加速」の部分に「小・中学生を対象とし
たIT教育により裾野の拡大を図るとともに、在職者向けの職業訓練や企業における
研修支援等を通じ、IT人材の育成を図っていくことが必要です」と記載しています。
※回答(案)の問題点
 県は、IT(情報技術)の中のどのような技術・技能を有する人材の育成を強化・
加速化するのか、を具体的に明示すべきという意見の主旨を全く理解できていない
(理解しようとしていない)、本来回答すべきポイントから全く外れた回答(案)
になっている。
 また、「ITの持つ潜在力を発揮させることができる人材」とは、長野県にとっ
ては、どのような人材なのかを明確にすべきという意見の主旨を全く理解できてい
ない(理解しようとしていない)、本来回答すべきポイントから全く外れた回答(案)
になっている。

○前記回答(案)を修正したパブリックコメントにおける最終的な「県の考え方」
 ご意見をいただきました事項については、IT教育の裾野の拡大及び企業のIT化に
向けた在職者のスキルの向上が必要であるという考え方に基づき、答申案の「第3部
(3)生産性向上に資するIT人材育成の強化・加速」の部分に「小・中学生を対象とし
たIT教育により裾野の拡大を図るとともに、在職者向けの職業訓練や企業における
研修支援等を通じ、IT人材の育成を図っていくことが必要です」と記載しています。

○修正内容の問題点
 全く修正されず、前述の「回答(案)の問題点」で指摘した事項を全く理解でき
ない(理解しようとしない)ままの「県の考え方」になっている。

【私の提出意見4−1(全文)と県の回答(案)、最終回答(全文)】
○提出意見4−1の全文
 「県では、成長が期待される『健康・医療』、『環境・エネルギー』、『次世代
交通』の3分野に対応できる高度な人材の育成を重点プロジェクトとして位置づけ
ている。」旨の記載があるが、どのようなプロジェクトなのか。本計画を読む一般
県民が理解できるように記載・説明すべきではないのか。

 「健康・医療」、「環境・エネルギー」、「次世代交通」の3分野に対応できる
高度な人材の育成が県の重点プロジェクトであるとしながら、何の説明もなされて
いない。人材育成に携わる方々の間では、よく理解されていることかもしれないが、
このままでは、本計画を読む一般県民に非常に不親切なことになる。本計画の中で、
その重点プロジェクトの概要を分かりやすく説明すべきではないのか。

○県の回答(案)の全文(審議会の考え方 H28.7.26 第6回審議会の資料)
 重点プロジェクトの内容については、「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」
に詳細に記載されています。なお、今後策定する計画において、参考資料として同
プランの該当部分を添付します。また、ご指摘の趣旨を踏まえて、答申案の「第4部
1(1)教育と研究の質の向上について」の本文中「成長が期待される「健康・医療」、
「環境・エネルギー」、「次世代交通」の3分野」の前に「長野県ものづくり産業
振興戦略プランにおいて」という文言を加えました。
※回答(案)の問題点
 長野県ものづくり産業振興戦略プランの重点プロジェクトには、「健康・医療」、
「環境・エネルギー」、「次世代交通」の3分野に対応できる高度な人材の育成に
ついて、具体的なビジョン・シナリオ・プログラムは全く提示されていないことを
確認せず、不正確な記述(虚偽記載とも言える内容)を放置している。

○前記回答(案)を修正したパブリックコメントにおける最終的な「県の考え方」
 重点プロジェクトの内容については、「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」
に詳細に記載されています。なお、今後策定する計画において、参考資料として同
プランの該当部分を添付することが望ましいと考えます。また、ご指摘の趣旨を踏
まえ、答申案の「第4部1(1)教育と研究の質の向上について」の本文中「成長が期待
される「健康・医療」、「環境・エネルギー」、「次世代交通」の3分野」の前に
「長野県ものづくり産業振興戦略プランにおいて」という文言を加えました。

○修正内容の問題点
 ほとんど修正されず、前述の「回答(案)の問題点」で指摘した事項を全く理解
できない(理解しようとしない)ままの「県の考え方」になっている。
 特に問題なのは、長野県ものづくり産業振興戦略プランの重点プロジェクトには、
「健康・医療」、「環境・エネルギー」、「次世代交通」の3分野に対応できる高度
な人材の育成については、「詳細」どころか全く記載されていなことを、ここに
至ってもまだ確認・認識していない(確認・認識しようとしていない)ことである。

【私の提出意見4−2(要旨)及び4−3(全文)と県の回答(案)、最終回答(全文)】
○提出意見4−2の要旨
 県の重点プロジェクトである「健康・医療」、「環境・エネルギー」、「次世代
交通」の3分野に対応できる高度な人材の育成は、工科短期大学校の人材育成を含
む本計画の中にどのように位置づけられているのか。重点プロジェクトであるがゆ
えに明確に位置づけ説明すべきではないのか。

 本計画の中で、工科短期大学校のカリキュラム等と、「健康・医療」、「環境・
エネルギー」、「次世代交通」の3分野に対応できる高度な人材の育成との関係に
ついて明確に説明すべき。県としての産業人材育成計画に相当するものは、本計画
しかないので、人材育成の重点プロジェクトは、当然、本計画の中に明確に位置づ
けられるべきではないのか。

○提出意見4−3の全文
 工科短期大学校は、「健康・医療」、「環境・エネルギー」、「次世代交通」の
3分野に対応できる高度な人材の中のどのような技術・技能を有する人材の育成を
目指すのか、明示すべきではないのか。

 当該3分野に対応できる高度人材とは、あまりに広範な技術・技能分野の人材に
なってしまうことから、工科短期大学校が、当該3分野の高度人材の育成に実際に
取り組む場合には、具体的にどのような人材像の具現化を目指すのかの絞り込みが
必要になる。どうするのか。その基本方針だけでも提示すべきではないのか。

○県の回答(案)の全文(審議会の考え方 H28.7.26 第6回審議会の資料)
 重点プロジェクトである「健康・医療」、「環境・エネルギー」、「次世代交通」
の3分野に対応できる高度な人材の育成については、「長野県ものづくり産業振興
戦略プラン」の「第X章 重点プロジェクト10高度人材の育成、キャリア形成の支援」
に詳細に記載されています。なお、今後策定する計画において、参考資料として同
プランの該当部分を添付します。
※回答(案)の問題点
 「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」の「第X章 重点プロジェクト10高度
人材の育成、キャリア形成の支援」には、「健康・医療」、「環境・エネルギー」、
「次世代交通」の3分野に対応できる高度な人材の育成については全く記載されて
いない。「健康・医療」、「環境・エネルギー」、「次世代交通」という用語さえ
全く使われていない。「虚偽記載」になってしまっている。
 この「虚偽記載」については、平成28年8月29日に長野県産業労働部人材育成課へ、
8月30日に長野県職業能力開発審議会長へメールで伝えた。9月1日に人材育成課長
から、同メールによる指摘を「県の考え方」に反映する旨のメールが届いた。

○前記回答(案)を修正したパブリックコメントにおける最終的な「県の考え方」
 「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」では、第V章において、目指す分野と
して「健康・医療」、「環境・エネルギー」、「次世代交通」の3分野を掲げており、
これを受けて「第W章 基本戦略」や「第X章 重点プロジェクト」で工科短期
大学校や技術専門校の人材育成について記載しています。
 今後県が策定する計画では、「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」との関連
性に触れるとともに、参考資料として同プランの概要がわかるものを添付すること
が望ましいと考えます。

○修正内容の問題点
 「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」の「第X章 重点プロジェクト」には、
「健康・医療」、「環境・エネルギー」、「次世代交通」の3分野に対応できる高度
な人材の育成については全く記載されていないという指摘については、やっと確認・
理解できたようである。
 しかし、それを受けて、工科短期大学校や技術専門校が、どのようにして、「健康・
医療」、「環境・エネルギー」、「次世代交通」の3分野に対応できる高度な人材
の育成に取組むのか、その基本方針さえも提示できない状況であることが確認・理解
できてしまうのである。

【私の提出意見5(全文)と県の回答(案)、最終回答(全文)】
○提出意見5の全文
   「第3部 職業能力開発の基本的施策」の「1の(3)生産性向上に資するIT
人材育成の強化・加速化」において、長野県としてIT人材の育成の強化・加速化が
必要なことは既に明記していることから、その具体的施策が記載されるべき「第4部
 工科短期大学校及び技術専門校の今後の方向」の「3−(4)生産性向上に資する
IT人材育成の強化・加速化について」では、ITの持つ潜在力を発揮」させられる
ような人材を育成するために、情報技術科のカリキュラムをどのように拡充強化する
のかなど、具体的な施策の拡充強化策(少なくとも方向性)等について提示すべきで
はないのか。

 本計画のままでは、どのようにカリキュラム等を拡充強化すべきなのかなど、人材
育成(訓練)の改善の方向性さえも提示されておらず、工科短期大学校等の現場で、
長野県の産業界が求める、「ITの持つ潜在力を発揮」させられるような人材の育成
(訓練)が「強化・加速化」されることを期待できないのではないのか。

○県の回答(案)の全文(審議会の考え方 H28.7.26 第6回審議会の資料)
 ご意見をいただきました具体的な施策の方向性については、答申案の「第4部3(4)
生産性向上に資するIT人材育成の強化・加速化について」の部分に「従来から工科短期
大学校の情報技術科で実施している新規学卒者向けの訓練に加え、技術専門校におい
てスキルアップ講座や離転職者向けの職業訓練等を活用するなど、取組を強化してい
く必要があります」と記載しています。
※回答(案)の問題点
 IT人材の育成の強化・加速化をするために、例えば「ITの持つ潜在力を発揮」さ
せられる人材の育成に向けて、どのようなカリキュラムを企画・実施化すべきかなど、
具体的なIT人材育成プログラムの在り方等を提示すべきという意見の主旨が全く理解
できていない(理解しようとしない)、回答すべきポイントから外れた回答(案)に
なっている。

○前記回答(案)を修正したパブリックコメントにおける最終的な「県の考え方」
 ご意見をいただきました具体的な施策の方向性については、答申案の「第4部3(4)
生産性向上に資するIT人材育成の強化・加速化について」の部分に「従来から工科
短期大学校の情報技術科で実施している新規学卒者向けの訓練に加え、技術専門校に
おいてスキルアップ講座や離転職者向けの職業訓練等を活用するなど、取組を強化し
ていく必要があります」と記載しています。

○修正内容の問題点
 全く修正されず、前述の「回答(案)の問題点」で指摘した事項を全く理解でき
ない(理解しようとしない)ままの「県の考え方」になっている。

【私の提出意見6(全文)と県の回答(案)、最終回答(全文)】
〇提出意見6の全文
 「図−19 産業人材育成支援センター」によると、同センターは、人材育成に
係るコーディネート機能、サポート機能、リサーチ機能を有することが明示されて
いる。この各機能が、本計画の目指す人材育成にどのように貢献するのか、その
仕組み等を分かりやすく説明し、同センターの存在意義(活用方法・効果等を含む。)
をより具体的に提示すべきではないのか。

 長野県産業人材育成支援センターが、県内の様々な産業人材育成関係機関との
連携の下に、同関係機関が、本県産業ニーズに応える人材育成プログラムを効果的
に企画・実施化していくことに資する、コーディネート機能、サポート機能、リサー
チ機能を有している旨が明示されている。
 もし、これらの機能が不十分であるなら、その機能を強化すべきことを本計画に
盛り込むべきである。
 関係機関が活用できる機能をセンターが有しているのなら、その機能をより
効果的に関係機関が活用し、本県の人材育成プログラムを質的・量的に高度化し
ていく道筋(仕組み)を、本計画の中に提示すべきである。

○県の回答(案)の全文(審議会の考え方 H28.7.26 第6回審議会の資料)
 ご指摘の趣旨を踏まえ、「第3部1(1)企業・業界における人材育成の強化」の部分
について、産業人材育成支援センターの機能を追記しました。
※回答(案)の問題点
 その追記部分には、「県や各種団体等が実施している研修情報を収集・提供する
『長野県産業人材育成支援センター』の『研修情報サイト』について、掲載内容の
充実と企業・県民への周知を図るとともに、同センターのコーディネート機能等を
活かし、経済団体、労働団体、教育機関、行政機関等で構成する『長野県産業人材
育成支援ネットワーク』において情報交換・意見交換を行って、それぞれの推進主体
がその役割を適切に果たしながら、県内における産業人材の育成を推進することが
重要です。」となっている。
 すなわち、同センターは、研修等に関する情報提供・交換を主目的とする、いわ
ゆる調整機関であって、リサーチ機能によって、長野県の産学官が実施すべき産業
人材育成事業の在り方や基本的方向性等を探索する活動を主導するような、いわゆ
るシンクタンク的な役割を担うことは想定されていない。これでは、長野県の産業
人材育成の高度化を主導する主体はどこにも存在しないことになってしまう。少な
くとも、同センターがその主導機能を整備すべきことくらいは提示すべきである。

○前記回答(案)を修正したパブリックコメントにおける最終的な「県の考え方」
 ご指摘の趣旨を踏まえ、「第3部1(1)企業・業界における人材育成の強化」の部分
について、産業人材育成支援センターの機能を追記しました。

○修正内容の問題点
 全く修正されていない。長野県の産学官が連携して、全体としての産業人材育成
事業をより高度化していくための活動拠点の必要性に言及し、その活動拠点を「長野
県産業人材育成支援センター」とすることなどの具体策を提示しなければ、「第10次
長野県職業能力開発計画」は司令塔機能を有さない机上の空論となる可能性が高まる
のである。

【むすびに】
○パブリックコメントに寄せられた意見の主旨を良く理解できない場合には、意見
提出者に確認するなどの対応をすべきことは当然である。良く理解できないままに、
勝手な解釈、あるいは不完全な解釈によって、間違った見当はずれの回答をするこ
とは、意見提出者に礼を欠くだけでなく、パブリックコメントの真の趣旨を理解し
ていない(パブリックコメントを真に役立てようとしていない)行為として非難さ
れるべきことでもある。

〇また、県事務局等が、間違った見当はずれの回答をしているかもしれないと認識
しながら、それで「良し」とする「いい加減さ」を容認しているとしたら、それは
「最高品質の行政サービスの提供」をすることを高らかに宣言している県組織全体
に対する背信行為となる。

○更に、私が県事務局等に指摘したような、パブリックコメントでの県の回答の中
で「□□については、△△に詳細に記載されています。」と明記しながら、実際に
は全くそれが記載されていないというような、虚偽記載と責められても仕方がない
ようなことがなぜ起こり得るのか。私が今までのニュースレターで指摘してきた
事例も含めて、県の公文書作成・チェック体制には、深刻な問題が内在していると
言わざるを得ない。


ニュースレターNo.92(2016年9月13日送信)

長野県による「長野県テクノ財団への出捐金返還要請」に関する県以外の出捐者への対応の在り方等について

【はじめに】
〇地域産業振興戦略研究所は、長野県の地域産業振興戦略の優位性確保に貢献する
ことを目的として、所属や職域を超えて「オープンでフリーなディスカッション」
を実施する場である。そこで、今回は、私から皆様に対して、「オープンでフリー
なディスカッション」をお願いしたいテーマを提示させていただきたい。
 長野県の地域産業振興のために、県の他に、42の市町村、2,042の企業等が出捐
して約30年前にその前身が設立された、現在私が業務執行理事を務めている、産学
官連携支援拠点である(公財)長野県テクノ財団の経営への、出捐者の関与の在り
方に関連するテーマである。

〇具体的には、長野県による「長野県テクノ財団への出捐金返還要請」に関するテ
ーマである。その経緯等については、以下で詳しく述べるが、長野県は、テクノ財
団に出捐した出捐金の内、国庫補助金を充当した4.5億円の返還を同財団に要請して
いるのである。
 県は、国(経済産業省)からの強力な要請に屈し、同補助金を国に返還する旨を約
束してしまったが、県独自での財源措置ができないことをその理由としている。

〇テクノ財団としては、県に出捐金を返還する場合においては、「テクノ財団は、
県と共謀して、他の出捐者等関係者に隠れて、本来的には返還義務のない出捐金を、
うやむやの内に県のみにこっそり返還した。」というような批判を決して受けるこ
とがないよう、出捐金返還の必要性・正当性等について全ての出捐者等関係者に説
明することなど、関連の手続等の全てをできる限りオープンにして実施していくべ
き、という基本認識(問題意識)の下にある。

〇テクノ財団の業務執行理事としては、その基本認識の下で、県からの出捐金返還
要請に対して、如何にして、法的・道義的責任を十分に果たせる対処の仕方(財団
経営史上における「汚点」とすることのない対処の仕方)を見い出し実行していく
べきか、という非常に困難性の高い実務上の課題に直面させられているのである。

〇このような状況に鑑み、地域産業振興戦略研究所としては、テクノ財団における
出捐金返還問題ついては、その解決への道筋に様々な課題が内在しているが故に、
かえって、公益財団法人経営と出捐者の関係に係る貴重なケーススタディを完成で
きる絶好のチャンスとなり得ると考え、オープンな議論に基づく調査研究をするこ
とにした次第である。

【ディスカッションテーマ提示の背景・経緯】
○長野県は、国(経済産業省)からの強力な要請に屈し、テクノ財団への出捐(国
庫補助金充当分4.5億円)に係る事業は、平成28年度末をもって終了すると国に報告
し、平成28年度中に同補助金4.5億円を国に返還する旨を約束した。
(テクノ財団の了承なし)

※県が終了したと国に報告した事業には、県内市町村や企業等の出捐金の運用益も
投入されており、県の報告が事実(県の論理が正当)だとすると、テクノ財団は、
出捐した市町村や企業等に対して、事業終了を理由として出捐金を返還しなければ
ならないことになる。
 ↓
○長野県は、テクノ財団に対して、同補助金の返還のための財源措置ができないと
して、出捐金4.5億円の返還を口頭で要請してきた。
 ↓
○テクノ財団は、長野県に対して、出捐金の返還には基本財産の処分(取崩し)が
必要で、基本財産の処分は、定款で「やむを得ない理由」(財団経営に非常に重大
な支障が生ずることなど)がある場合に限り、評議員会で決議できることが規定さ
れているので、その「やむを得ない理由」を提示する「知事名の出捐金返還要請書」
を受理した後に、定款に基づく手続に着手する旨を伝えた。(県は了承)
 ↓
○テクノ財団は、「県は、地方自治法等によって、県の出捐金の返還を当財団に求
めることはできないのではないのか。」という疑義を県に伝えた。

※そもそも県のテクノ財団への出捐には、地方自治法第237条第2項の規定により、
議会の議決が必要で、県は、議会の議決を経て財団に出捐している。そして、出捐
は寄付であるので、寄付という出捐の趣旨に基づき、出捐後は、県は、その出捐金
に何の影響力も行使すべきでないため、地方自治法施行規則第16条の2の規定によっ
て、財産台帳に記載し記録・保存のみし、その返還を求めることはできないという
のが、一般的な法解釈である。テクノ財団には、県内42市町村が出捐し、その市町村
も、地方自治法に基づき、同様の手続をしており、テクノ財団に出捐金の返還を求
めることは地方自治法上できないと考え、それをしてこなかった経緯がある。
 ↓
○長野県は、法務関係部署に相談の結果、地方自治法等に抵触することは一切無い
し、出捐の趣旨を考慮しても何ら問題ないとして、当初の方針を変更せず、知事名
の出捐金返還要請書をテクノ財団に提出するための準備作業を継続すると回答した。
 ↓
○テクノ財団は、他の出捐者からの返還要請の誘発を抑えることを目的として、今回
県に返還することになっても、それは特例(返還義務は無いが、やむを得ない理由
から返還すること)であって、他の出捐者には返還できないことを了承していただ
くための、出捐者を含む産学官の関係者への説明会(オープン形式)の開催準備に
着手した。
 ↓
○長野県は、テクノ財団に対して、知事名の出捐金返還要請書を提示した。同要請
書には、テクノ財団が出捐金を返還しない場合には、財源確保のため、同財団に対
する県からの現状の人的・資金的支援を縮小せざるを得ないという主旨の記載(定款
で定める基本財産処分決議の「やむを得ない理由」に相当する記載)があったので、
同財団は同要請書を受理し、必要な手続に着手した。

【皆様からご意見・ご助言等をいただきたい事項】
@今回の長野県からのテクノ財団への出捐金返還要請については、地方自治法等関
係法令上の問題点があるのか。問題点があるとすれば、それはどのようなことか。

A今回の県からの返還要請への対応において、テクノ財団として、あるいは業務執
行理事として、他の出捐者(市町村、企業等)から同様の返還要請を受けないよう
にするために、特に留意すべきこと(やっておくべきこと)は何か。

B県の返還要請のみに応じ、他の出捐者(市町村、企業等)の返還要請を拒否でき
る論理的根拠を構築できるのか。構築できるとすれば、それはどのような論理的根
拠なのか。

C関係法令には、理事等が、法令又は定款の規定に違反して基金の返還をした場合
には、懲役刑・罰金刑に処せられる旨が定められている。法令等の違反とならない
ようにするために、業務執行理事が特に留意すべきことは何か。

【むすびに】
〇前述のように、テクノ財団としては、今回の県による出捐金返還要請への対応に
際しては、他の多くの出捐者の理解を十分に得て、他の出捐者による出捐金返還要
請の嵐に巻き込まれるようなことが決して起こらないよう、あらゆる手段を講じて
いくことが肝心と考えている。

〇また、多くの識者の方々から、テクノ財団としての、あるいは業務執行理事とし
ての対応(手続)の在り方について、アドバイス等をいただこうと努めることは、
財団経営の的確性・安定性の確保に大きく資するものとも考えている。

〇しかし、県によるテクノ財団への出捐金返還要請の事実や、それに対するテクノ
財団の対応等が広く知れ渡れば、出捐した市町村(議会を含めて)においては、県
と同様に返還要請すべきか否か(要請できるのか、できないのか)について、一応
は検討せざるを得ない状況になることは予想できる。出捐企業等においても同様で
あろう。

〇このように、非常に多くの人々を巻き込まざるを得ない厳しい状況ではあるが、
公益財団法人経営と出捐者の関係に係る貴重なケーススタディを完成し、広く公益
財団法人の安定経営マニュアルの高度化に資する絶好のチャンスとも言える。

○この「ディスカッションテーマ」について、多くのご意見・ご助言等を賜ること
をお願いしたい。また、お知り合いに地方自治法等関係法令に強い方がおられたら、
その方のコメント等もいただければ幸いである。
 一連の対応(手続)等が終了した時点で、その経過とそれに関する考察等につい
て、改めてニュースレターとしてまとめ、皆様にお知らせしたいと考えている。


  ニュースレターNo.91(2016年9月4日送信)

産学官連携支援拠点である(公財)長野県テクノ財団の基本財産に対する危険な考え方

【はじめに】
〇(公財)長野県テクノ財団の長期安定的で主体的な経営に責任を有する私(業務
執行理事)にとって、財団の長期的展望に立った自主独立的経営に大いなる危機をも
たらすと思われる危険な考え方が、県内の産学官の中に少しずつ広がりつつあるらし
いことを近頃知り、愕然とさせられた。

〇そのテクノ財団にとっての非常に危険な考え方とは、分かりやすく少し誇張して
言えば、以下のように説明できるだろう。
 テクノ財団の基本財産は、現在約58億円である。その運用は、国債や地方債等で
行っており、超低金利の中、運用益は約1億円であり、今後は、9千万円程度をやっ
と維持できる状況となる。それなら、例えば、県等が今後毎年、テクノ財団に4.5
千万円程度の補助金を出すことにして、基本財産の約29億円を取崩し、ここで集中的
に、地域産業振興のためのハード・ソフトに投資してしまおうというような考え方で
ある。テクノ財団には、約29億円の運用益相当分の補助金を出せば、テクノ財団の
事業規模は維持されるから良いではないかというような考え方である。

〇一見まともと思われそうな、この考え方の危険な側面について、主に公益財団
法人という組織形態の存在意義という視点から、以下で議論を展開してみたい。

【危険な側面のT=公益財団法人経営の自主独立性維持への危機】
〇公益財団法人は、厳格に保全された基本財産の、長期安定的な運用によって事業
予算を調達でき、しかも、理事会、評議員会という議決機関のコントロールの下で、
自主独立的に経営することができるよう、法令や定款によって保証されている。

〇もし、基本財産が減少し、その分が県等からの補助金に代わっていく事態になれ
ば、見た目の事業費の全体額は変わらなくても、毎年繰り返される、県等の補助金
交付要綱の改定や、予算編成過程での補助金額の査定などによって、県等の意向が
財団経営に直接的に反映されやすくなり、その意向に常に振り回されることになる
ことなどから、公益財団法人の自主独立性(公益財団法人の本来の存在意義)は蝕
まれていくことになる。
 すなわち、テクノ財団の長期安定的で自主的な経営の下で得られる、同財団の
独創性や機動性が失われていくのである。

【危険な側面のU=地域産業政策の質的向上への危機】
〇県等の地域産業政策の策定・実施化能力は必ずしも十分ではない。県等が見落と
している政策分野を、県等からは独立して、県等の意向に法令・定款上は全く従う
必要のない第三者的機関が、主体性と独創性を持って補完できる仕組みが、県全体
での地域産業政策の質的向上、優位性確保には不可欠なのである。
 地域産業政策の質的向上(地域産業政策の策定・実施化における健全性の維持な
どを含む。)に関して、県等と良い意味での緊張関係にある第三者的機関の存在が
不可欠なのである。

〇私は従来から、県等は、自らの政策策定・実施化能力の限界を自覚し、県等から
一定の距離を置いて、県等と連携して地域産業の振興を目指す、県等の政策の補完
機能に優れた独立機関の存在意義、存在の重要性を十分に認識しているものと確信
していた。
 しかし、今や、その確信が大きく揺らぐ状況になってきているのである。県等が、
その認識を失うことは、県等が自ら、県全体での地域産業政策の策定・実施化機能
を低下させる筋書きを描き、それを具現化していくことに等しいことを、強く指摘
しておきたいのである。

【むすびに】
〇前述の(公財)長野県テクノ財団の基本財産に対する危険な考え方、すなわち、
公益財団法人という組織形態の存在意義に対する危険な考え方については、まだ、
その存在とそれへの対応策を講ずることの重要性を認識し、その対応策等について
の調査研究に着手しただけでの状況である。
 しかし、この調査研究に速やかに取組むことの重要性を直感し、早く皆様方と
調査研究課題を共有したいという思いから、今回のニュースレターのテーマとさせ
ていただいた次第である。

〇テクノ財団の基本財産は、その定款によって、やむを得ない理由(財団経営上に
非常に重大な支障が生ずることなど)がある場合にのみ、処分(取崩し)を評議員会
で決議できることになっている。したがって、第三者、あるいは、財団の理事や
評議員の一部が、勝手に処分(取崩し)し活用することはできない仕組みになって
いる。

〇しかし、評議員会に提出する議案を決議する理事会の理事、基本財産の処分を
決議できる評議員会の評議員の中の、過半数の理事や評議員が、この「危険な考え方」
に同調するような事態になれば、前述の「危険な考え方」の具現化は可能になるか
もしれない。

〇いずれにしても、皆様方にも、この「危険な考え方」に関心を持っていただき、
地域産業政策の質的向上の視点から、様々なご意見・ご助言等をいただければ幸い
である。
 今後、財団経営上の他の課題への対応の在り方も含めて、より議論を深めていく
ことにしたいと考えている。


ニュースレターNo.90(2016年8月10日送信)

長野県の地域産業政策におけるSociety5.0の位置づけ
  〜長野県版Society5.0形成への議論活性化の「仕掛け」づくりの重要性〜

【はじめに】
○7月下旬に、国の第5期科学技術基本計画(平成28年度〜32年度)において形成を
目指すSociety5.0への具体的取組みの在り方について、産学官の有識者が議論する
フォーラム(主催:産業競争力懇談会)に参加した。
 Society5.0とは、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く、今後日本が
形成を目指すべき新たな経済社会のことで、以下の様に定義されている。

@「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合」させることにより、
A地域、年齢、性別、言語等による格差なく、多様なニーズ、潜在的なニーズにき
め細やかに対応したモノやサービスを提供することで、「経済的発展と社会的課題
の解決を両立」し、
B人々が「快適で活力に満ちた質の高い生活」を送ることのできる人間中心の社会

○このSociety5.0という目指す姿の実現への活動は、正に、長野県の地域産業振興
に係る活動と整合するものである。なぜならば、長野県の地域産業振興に係る中心
的な政策理念は、Society5.0が目指す「経済発展と社会的課題の解決の両立」と同義
の、「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」(長野県総合5か年計画)であり、
「『質的に豊かな県民生活』と『市場競争力を有する地域産業』の実現」(長野県
科学技術振興指針)であるからである。

○また、長野県の中小企業振興条例では、産業イノベーションの創出を「新たな製
品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を生み出し、経済社会の大きな変化を
創出すること」と定義し、産業イノベーションの創出に資する施策の策定・実施を
県の責務として規定しているのである。この産業イノベーション創出の定義も、
Society5.0が目指す「経済発展と社会的課題の解決の両立」と同義と言えるのである。

○この長野県の先進的な政策理念を如何にしたら、現在策定作業中の「次期ものづ
くり産業振興計画」(以下、「次期計画」という。)において、優位性ある具体的
施策として提示していくことができるのだろうか。以下で議論をしてみたい。

【県内における地域産業クラスター形成戦略に関する議論の活性化の必要性】
○私は、従来から、長野県の地域産業政策が、知事が標榜するトップランナーに相
応しい、独創性や優位性を有するものになかなかなり得ない理由として、以下の様
な事項を指摘してきている。すなわち、長野県の場合、行政機関が主導して策定す
る地域産業政策の優位性確保(質的高度化)のために、外部から供給されるべき
知的・専門的パワー(特に、政策論的視点からの助言等が重要)が不足しているの
である。

@長野県の地域産業政策に対する批評・提言等を積極的に行っている、大学の研究
者等は皆無に近いと言ってもよい状況にある。
A長野県内の産業振興を目的とした、産学官の関係者による政策論的視点からの
オープンなディスカッションの場も全く無いと言ってもよい状況にある。
Bしたがって、現状においては、地域産業政策の策定を主導すべき主体の錯誤等に
よって、本県地域産業の潜在的発展可能性の具現化の速度を低下させるような事態
に陥るリスクが存在していると言える。

○このような長野県の地域産業政策の策定環境の弱点を補う政策的手法としては、
今回の次期計画の策定作業を契機として、県内各地域における、当該地域を拠点と
する地域産業クラスター形成戦略に関する産学官関係者による議論を活性化する
「仕掛け」を構築することが有効となる。その「仕掛け」の構築・運営を主導する
のは、必然的に来年度新設される地域振興局(現状では地方事務所)ということに
なろう。

○なぜならば、去る8月4日にまとめられた長野県行政機構審議会の「現地機関の
組織体制を中心とした県の行政機構のあり方について」の答申案では、県の現地機
関が連携して取り組む横断的課題を統括し、解決に向けてリーダーシップを発揮で
きるように機能や権限を強化した現地機関として、地域振興局を設置する旨が明記
されているからである。

○地域振興局には、県の現地機関のみならず、県内外の大学、産業支援機関等とも
緊密に連携して、地域産業の維持・発展という組織横断的に取組むべき重要課題の
解決に向け、オープンなディスカッションによって戦略をブラシュアップできる
「仕掛け」を構築し、地域産業クラスター形成戦略の策定・実施化を効果的に主導
していただくことを期待したい。

【次期計画の重点プロジェクト(地域産業クラスター形成戦略)=長野県版Society5.0形成プロジェクト】
○地域振興局を拠点とし、外部専門家も交えて、地域の産学官で議論し練り上げた、
当該地域の地域産業クラスター形成戦略を、次期計画の重点プロジェクトとして位
置づけるべきことは、ニュースレターNo.76、No.85、No.88で、「長野県の新たな
『ものづくり産業振興戦略』のビジョン・シナリオ・プログラムの在り方」として
提案してきている。

○長野県が策定を主導する、各地域の地域産業クラスター形成戦略は、中小企業振
興条例を遵守することによって、経済的価値の創造と社会的価値の創造が両立する、
産業イノベーションの創出を目指すものになり、Society5.0形成戦略とも整合する
ものになるのである。
 すなわち、県内各地域の地域産業クラスター形成戦略は、重点プロジェクトとし
て、また、長野県版のSociety5.0形成プロジェクトに相当するものとして、次期計
画の中に、一般県民に分かり易い形で提示されるうることになるのである。

【むすびに】
○Society5.0の定義で述べられる「サイバー空間とフィジカル空間の高度な融合」
は、「経済的発展と社会的課題の解決を両立」し、人々が「快適で活力に満ちた質
の高い生活」を送ることのできる、人間中心社会を形成するための、総合的な手段
に位置づけられているものである。しかしながら、現在の科学技術や工業技術に
よって提供されるモノやサービスは、最近注目されている人工知能技術やビッグ
データ解析技術等を直接的に活用しなくても、既にICT等によって、多かれ少なか
れ「サイバー空間とフィジカル空間の高度な融合」に係るものになっているのである。

○したがって、長野県においては、具体的にどのような長野県版Society5.0の形成
を目指すのか(ビジョン)をまず明確にして、それを、長野県の産学官が得意とす
る先端技術を活用して(当然、不足する技術は県外の産学官との広域連携によって
補完して)、どのように具現化していくのか(シナリオ・プログラム)を構想すれ
ば良いのである。
 すなわち、中小企業振興条例を遵守し、同条例が定義する産業イノベーションの
創出を目指す次期計画(ビジョン・シナリオ・プログラム)を策定・実施化するこ
とが、必然的に、長野県版Society5.0の形成への取組みに相当することになるのである。


ニュースレターNo.89(2016年7月10日送信)

長野県の「現地機関の見直しの方向性(案)」への提出意見に関する県の回答について
  〜提出意見に関する専門的検討がなされないままの回答に失望〜

【はじめに】
○長野県「現地機関の見直しの方向性(案)」の課題については、パブリックコメン
トへの提出意見と、ニュースレターNo.83「長野県『現地機関の見直しの方向性(案)』
の地域産業政策の視点からの課題〜新設する地域振興局が新たに整備すべき「機能」が
全く提示されていないこと〜」(平成28年5月3日送信)において様々に指摘していた。
そして、その指摘に対する県の回答が、行政機構審議会での審議を経た後に公表され
たので、今後の地域産業政策研究の資料とするため、その回答について整理・評価し
ておくことにした次第である。

○残念ながら、その県の回答の整理・評価を通じて、県においては、地域振興局はど
のような課題を扱うべきかについては大筋の検討はできているが、その課題の解決の
ためには、地域振興局にどのような新規の「機能」を整備すべきなのか、という視点
からの検討の必要性・重要性については、全く理解できていないことが良く分かって
しまったのである。

【私の提出意見1(要旨)と県の回答(全文)】
○提出意見1の要旨
 「現地機関の見直しの方向性(案)」では、地域振興局の「『横断的な課題』に対
する主体性・総合性の発揮」を実現するために、必要な予算、人員、権限等を確保す
ることは示されているが、「『横断的な課題』に対する主体性・総合性の発揮」のた
めに必要な政策策定・実施化機能等、新たに整備しなければならない具体的機能
(「専門性」を含む)のあり方が全く提示されていないのである。
 地域振興局に新たに整備すべき「機能」をまず明らかにし、その整備に必要な
(適した)予算、人員等を手当てするというのが、論理的方向性ではないのか。

○県の回答の全文
 現地機関が連携して取り組む「横断的な課題」を統括し、解決に向けてリーダーシッ
プを発揮できるよう、地域振興局(仮称)には必要な予算、人員、権限などを持たせる
ことを考えております。
 地域振興局が中心となって取り組む「横断的な課題」については、しあわせ信州創
造プラン「地域編」や信州創生戦略など今までに提起されている課題を踏まえつつ、
各地域において市町村や県民の皆様のご意見も伺いながら具体化することを想定して
います。

○県の回答の問題点
 「横断的な課題」の解決のために、地域振興局に新たに整備すべき「機能」をまず
明らかにしないと、必要な予算、人員、権限などを特定できないということ、すなわ
ち、道具を揃える前に、その道具で何を新たに実施するのかをまず明確にするという、
論理的な「思考順序」を踏まなければ、目的を達成できる地域振興局を実際に整備す
ることなどできないという、極めて基本的なことを、県の担当部局は理解できていな
いことが分かるのである。もしかしたら、理解してしまうと「現地機関の見直しの方
向性(案)」の大幅な修正が必要になるため、敢えて理解できないふりをしているの
かもしれない。

 このような不完全・不適切な県の回答でも、意見を提出した県民の理解を得られる
と判断した、行政機構審議会における専門的議論とはどのようなものなのか、疑問を
持たざるを得ない。パブリックコメントの結果として公表する「県の回答」は、担当
部局を含む関係者の見識等が評価される「場」でもあることを、担当部局にはもっと
認識していただきたいのである。
 このことは、以下でお示しする全ての県の回答について、共通的に言えることである。

【私の提出意見2(要旨)と県の回答(全文)】
○提出意見2の要旨
 知事が、平成27年6月に長野県行政機構審議会へ諮問した「現地機関の組織体制を
中心とした県の行政機構のあり方」には、県の試験研究機関のあり方も含まれていた。
したがって、当然、平成28年9月に予定されている答申には、試験研究機関も含まれる
ことになると思われる。
 しかし、今回の「現地機関の見直しの方向性(案)」には、試験研究機関が含まれ
ていないのはなぜか。本来的には含まれるべきと考えるが、いかがか。

○県の回答の全文
 ご指摘のとおり、平成27年6月の長野県行政機構審議会への諮問には試験研究機関
についても含まれているところです。
 試験研究機関については、改めて県民の皆様のご意見を伺いたいと考えております。

○県の回答の問題点
 なぜ、試験研究機関については答申に含めないことにしたのか、という意見の本質
については全く説明されていない。意見提出者に対する県の誠意が全く感じられない。
 また、県の試験研究機関のあり方については、今後、検討・取りまとめし、パブリッ
クコメントにかける旨を回答しながら、審議会では、「試験研究機関の機能・連携強
化の方向性(案)について」という資料を提出し、試験研究機関のあり方のほんの
一部分を不完全な形でわざわざ説明・議論している。

 その資料では、試験研究機関の現在の課題とその解決の方向性として、以下の4点
を提示している。
@課題=地域課題を解決する試験研究機関の相互連携、外部広報
 解決の方向性=部局の枠を超えた情報共有、相互補完、戦略的・効果的な広報の実施
A課題=県の目指す産業振興の方向性と研究課題の整合、創造
 解決の方向性=産業振興の方向性を的確に把握し、研究機関毎の先端研究テーマ等
        具現化
B課題=世界に評価、貢献できる付加価値の高い研究(他に負けない分野)の創出
 解決の方向性=個別試験研究機関では解決できない地域課題に対し、各研究機関連携、
        また、外部研究機関連携(資金、人材)共同研究によるレベルアップ
C課題=次代を担う研究人材の育成、確保
 解決の方向性=研修参加や留学などにより研究員の技術力育成、更新、外部研究員の
          登用

 そして、課題解決の実行手段として、以下のファーストステップとセカンドステッ
プを提示している。
 ファーストステップ=各研究機関に「連携担当窓口」を配置
           知事も出席する「長野県試験研究方針選定会合(仮)」を開催
 セカンドステップ=次期総合計画策定に向け抜本的な試験研究機関のあり方、方向性
          を議論

 行政機構審議会への諮問に含まれていた試験研究機関のあり方については、同審議会
としては、本格的な検討・取りまとめは先送りにする(答申には含めない)としながら、
なぜ、「試験研究機関の機能・連携強化の方向性(案)について」という資料をわざわ
ざ提出・議論したのかよく理解できない。
 しかも、その資料は、どこでも言われている、ありふれた事項を列挙しただけでのも
のであり、表記上の的確性も欠いていることから、専門的視点からは、論理的に整理さ
れた資料として評価されることなど全くあり得ないレベルのものである。
 確かに、この資料は、諮問に含まれていた試験研究機関のあり方についての結論は、
答申には含めず、次期総合計画策定時まで先送りすることを書面で明らかにする、とい
う役割だけは立派に果たしていると言えるだろう。

【私の提出意見3(要旨)と県の回答(全文)】
○提出意見3の要旨
 地域振興局が中心となって取り組む「横断的な課題」(例)に、「地域特有の課題」
と「全県的な課題」の例示がなされているが、この分類の基準(基本的考え方が)不明
確で、分類に論理性や的確性を欠いている。この分類が論理的かつ的確にできないよう
では、地域振興局に整備すべき「機能」を論理的かつ的確に特定できないことになる。
 例えば、「地域特有の課題」に掲げられている「専門人材確保に係る人材バンク」の
必要性は、今や「全県的な課題」としてとらえるべきものであるし、「全県的な課題」
に掲げられている「観光振興」は、地域特有の観光資源を活用する、地域特有の観光
振興戦略の策定・実施化が必要なことから、「地域特有の課題」に位置付けられるべき
側面が大きいものである。

○県の回答の全文
 「地域特有の課題」と「全県的な課題」には相互に関連する内容が含まれていると
認識しております。
 いずれの課題についても、地域の特性や実情に応じて、地域の横断的な課題として
捉え、地域振興局が中心となって取り組んでいくものと考えております。
 両課題の分類の考え方については、ご指摘のとおり整理が必要であることから、更
に検討してまいります。

○県の回答の問題点
 私が、「地域特有の課題」と「全県的な課題」の分類方法にこだわるのは、地域振
興局が扱う課題分野が明確にならないと、その課題解決を主導する地域振興局が整備
すべき「機能」が特定されないからである。「更に検討してまいります。」などとい
うのんびりした姿勢では、来年度からスタートする地域振興局の具体的な整備に間に
合わないのである。
 この県の回答からは、担当部局においては、地域振興局が整備すべき「機能」の
中味を明確化・具体化することの重要性が、どうしても良く理解できないでいること
が、明らかになってしまうのである。

【私の提出意見4及び5(要旨)と県の回答(全文)】
○提出意見4の要旨
 地域振興局の機能整備の方向性に、地域の重要な雇用の場である工業の振興戦略の
策定・実施化機能を含めるべきである。その中でも特に、地域振興局単位で、飯田下
伊那地域における航空機産業クラスター形成への取組みのような、それぞれ優位性の
ある地域クラスター形成戦略を策定・実施化できる機能を整備することを、「現地機関
の見直しの方向性(案)」の中に明確に提示すべきである。

○提出意見5の要旨
 地域振興局の機能整備の方向性に、当該地域の産業(第1次〜第3次産業)の振興
のために、海外の地域産業との連携等、国際的な視点からの地域産業政策の策定・実施
化機能が含まれることを、「現地機関の見直しの方向性(案)」の中に明確に提示す
べきである。
 地域産業の振興のためには、海外の地域産業等とのWin-Winの連携によって、技術力、
経営力を高度化し、市場をグローバルに拡大していくことに資する地域産業政策を策定・
実施化することが、地域振興局には求められることになる。このことは、「長野県国際
戦略」に提示されている政策理念にも整合することにもなる。したがって、地域振興局
については、そのような政策的ニーズに十分に応えることができる、高度な専門的機能
を有することが必要となる。しかし、「現地機関の見直しの方向性(案)」を見ても、
そのようなことを想定しているのか確認できない。

○提出意見4及び5の県の回答の全文
 地域の工業振興や国際的な視点からの産業振興についても、地域の重要な課題の一つ
です。
 地域振興局が中心となって取り組む「横断的な課題」については、しあわせ信州創造
プラン「地域編」や信州創生戦略など今までに提起されている課題を踏まえつつ、各地域
において市町村や県民の皆様のご意見も伺いながら具体化することを想定しています。

○県の回答の問題点
 県の回答のポイントは、地域振興局が扱う課題は、今までに提起された課題の中から
市町村等から特に要望のあるものを選定するということで、地域振興局がグローバルな
視点から政策的に主導し(例えば、当該地域にとっては、特に国際連携による工業振興
が必要というような、県の主体的かつ政策的な判断に基づき)、解決すべき新たな課題
を積極的に提示し、その解決に地域全体で取組めるようにリーダーシップを発揮すると
いうような、困難性の高い案件への対応については、地域振興局に期待しないで欲しい
ということになってしまっているのである。
 この県の回答では、地域振興局は、単なる調整機関であって、政策の策定・実施化を
独創的に主導できる機関ではないことを、県が明言していることになるのである。
 例えば、地域産業政策に関して通常の知識を有する人であれば、当然、地域振興局に
整備を期待する、国際的な産学官連携活動の企画・実施化への支援機能についても、
担当部局としては、全く想定できないでいることが確認できるのである。国際的な視点
を持つことは常識であって、国際的に活動できるか否かが問われていることを理解でき
ていないのである。

【むすびに】
○非常に残念なことだが、県としては、地域振興局をグローバルな視点からの地域産業
政策の策定・実施化の主導機関として位置づけるまでの認識は全く持っていない(持て
ないでいる)ことが、パブリックコメントにおける県の回答から確認できてしまったの
である。

○すなわち、新たに整備される地域振興局の主導によって、県内各地域での、国際競争
力を有する地域産業クラスターの形成戦略策定・実施化活動(現在策定中の次期「もの
づくり産業振興戦略」の重点プロジェクトとして位置づけられるべきもの)が活性化し、
県内ものづくり産業の高付加価値化による国際競争力の強化が、大幅に加速していくと
いう、私が描くシナリオについては、具体的に推進されることはありそうもないという
ことになってしまったのである。


ニュースレターNo.88(2016年7月3日送信)

長野県の新たな「ものづくり産業振興戦略」のビジョン・シナリオ・プログラムの在り方(No.3)
  〜高知県産業振興計画の「地域産業クラスタープロジェクト」を参考にして〜

【はじめに】
○長野県では、平成28年度で計画期間を終了する、地域製造業の振興施策の策定・
実施化のバイブルと言える「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」に代わる、次
期の「ものづくり産業振興戦略」の策定作業に着手している。
 今後の策定作業においては、まず、戦略の体系・構成に関する形式論的議論がな
されると思われる。そこで、ニュースレターNo.76(2016年1月20日送信)で、その
体系・構成の在り方について、政策理念的視点から提言させていただいた。

○そして、その後、ニュースレターNo.85(2016年6月4日送信)では、飯田下伊那地
域での航空機産業クラスター形成戦略のような、特定技術・産業に係るいくつかの
地域産業クラスター形成戦略を「重点プロジェクト」(戦略の縦糸)として位置づ
け、その「重点プロジェクト」以外の産業・技術分野での、地域産業クラスターと
いう地理的概念にとらわれない、不特定多数の中小企業等による多種多様な「産業
イノベーション」創出活動の活性化に資する、総合的な支援施策の整備を「基盤プ
ロジェクト」(戦略の横糸)として位置づける、戦略の具体的な体系・構成につい
て論理的に考察し、若干の提言をさせていただいた。

○今回のニュースレターでは、既に、航空機産業クラスター形成戦略を策定し、そ
の具現化に着手している飯田下伊那地域のように、他の県内地域も、その地域特有
の産業資源を活用し国際競争力を有する新規な地域産業クラスターの形成戦略策定・
実施化に、自主的かつ積極的に取組むようになることに資する、政策的「仕掛け」
について議論することにしたい。
 そして、その議論においては、たまたま目にした「第3期高知県産業振興計画」
(計画期間:平成28年度〜31年度)の中に位置づけられている、「地域産業クラス
タープロジェクト」を参考にして、議論をより深めることにしたい。

【地域産業クラスターを「意図的に」生み出そうとする高知県の「仕掛け」】
○私が、高知県産業振興計画の中の「第一次産業を核にした地域産業クラスタープ
ロジェクト」に特に興味を持ち、長野県の次期の「ものづくり産業振興戦略」の策
定・実施化の参考にしようと考えたのは、主に以下の3つの理由による。

@高知県は、第一次産業を核として、他産業等との連携(いわゆる六次産業的連携)
によって、その「拡大再生産」を目指すという、地域産業クラスター形成戦略の本
来的趣旨の具現化に真正面から挑戦していること。

A高知県内の各地域の事業者、関係団体、市町村等の連携体による、自主的で地域
主導型の地域産業クラスター形成戦略の策定・実施化を前提としていること。

Bわざわざ「意図的に」という表現まで使い、政策的に、地域主導型の新規地域産
業クラスター形成を実現するための具体的「仕掛け」まで提示していること。

○その「仕掛け」とは、以下のような骨格からなる。
 これは、第一産業(農林水産業)の産地での「拡大再生産」を主目的とするもの
であるため、長野県のような高度な工業技術の蓄積をベースとする地域産業クラス
ター形成戦略の策定・実施化には、そのまま適用はしにくいが、政策的な「仕掛け」
として非常に参考になるものである。

◇ステップ1:情報の集約
 川上(第一次産業の産地)と川下(第二次・第三次産業の市場)のニーズについ
ての広範囲な情報収集・マッチング
 クラスター化に関するワンストップ相談窓口(県組織)の設置
 ↓
◇ステップ2:クラスター形成活動に参画する事業者、関係団体、市町村等の募集
 県庁内の「クラスター情報共有会議」において、実現性の高いクラスター化案件
を抽出
 その案件への参画意欲がある事業者、関係団体、市町村等を募集
 工程表や展開図を作成し、参画事業者等関係者間で情報共有
 ↓
◇ステップ3:具体的なビジネスプラン(クラスタープラン)の策定
 クラスター育成チーム(県関係組織、関係団体、専門コーディネータ)による策
定支援
 クラスタープラン=ターゲット商品の絞込み、商品づくりへの第二次・第三次産
業の参画、産地(生産者)・参画事業者の拡大 etc.
 クラスタープラン策定経費への助成
 ↓
◇ステップ4:協定の締結
 クラスタープラン参画事業者等(連携体)と県の協定締結
 事業開始(各種の助成制度を活用)
 ↓
◇ステップ5:官民協働による参画事業者の活動への支援
 県の支援分野=商品開発・付加価値の向上、産地の形成、販路開拓・市場の拡大、
事業の拡大
   新たな基幹産業(第一次、第二次、第三次産業の新たなネットワーク)の創出

【長野県による地域産業クラスター形成戦略策定・実施化活動の活性化への「仕掛け」】
○ニュースレターNo.85では、飯田下伊那地域の航空機産業クラスター形成戦略の
ビジョン・シナリオ・プログラムを参考にして、他地域での地域産業クラスター形
成戦略のイメージとして、以下の2つを例示した。

@メディカル機器産業クラスター形成戦略
戦略のビジョン:県内A地域に、国際競争力を有する超精密技術を応用した「超小型・
       高感度臨床検査システム創出拠点」を形成すること。

A資源循環型地域クラスター形成戦略
戦略のビジョン:県内B地域に、未利用木質バイオマスを活用した「木質バイオマス
       高付加価値型産業創出拠点」を形成すること。

 そして、その戦略のビジョンを実現するためのシナリオと、シナリオの着実な推進
のためのプログラムも具体的に例示した。

○しかし、地域の産学官の関係者による自主的な戦略策定・実施化活動を動機づけ、
活性化する、具体的な政策的「仕掛け」については提示するところまで至らなかった。
そこで、今回は、高知県産業振興計画における地域産業クラスター形成活動の活性化
の「仕掛け」を参考にして、長野県のものづくり産業振興において採用すべき、具体
的な政策的「仕掛け」を検討してみたい。

○私が提案する、長野県における地域産業クラスター形成戦略策定・実施化活動の活
性化への政策的「仕掛け」の骨格は、以下の通りである。

◇ステップ1:県による地域産業クラスター形成戦略の公募
 県内各地域の事業者、関係団体、大学、市町村等の連携体が策定する、新たな地域
産業クラスター形成戦略(ビジョン・シナリオ・プログラム)を公募
 戦略の策定へは県(平成29年4月設置予定の地域振興局を中心として)、産業支援機
関等が支援
 クラスター形成活動の参画者には、早期事業化に必要な県外や海外の事業者等も含む。
 採択された戦略の具現化への取組み(プログラムの実施化)には、県が人的・資金的
に支援(資金的支援の期間は3〜5年程度)
 ↓
◇ステップ2:県による地域産業クラスター形成戦略の採択
 国際競争力を有する新規地域産業クラスター形成の実現可能性が高い戦略を採択
 採択した戦略毎に、クラスター形成支援チーム(地域振興局を中心とする県関係組織、
大学、産業支援機関等)を設置するなど、支援体制を明確に整備
 ↓
◇ステップ3:連携体による戦略の実施化
県の人的・資金的支援を活用し、連携体は戦略に位置づけられたプログラムを実施化
 ↓
◇ステップ4:県による地域クラスター形成戦略の進捗管理
 クラスター形成支援チームは、少なくとも四半期毎に、連携体とその活動の進捗状況
に関する情報交換を実施し、課題把握と課題解決へ支援
 必要に応じて人的・資金的支援を拡充強化
 ↓
◇ステップ5:県による資金的支援終了後の自立化
 参画者は、資金的支援期間中に構築した県内外(海外を含む)の産業支援機関等との
連携の下に、他の提案公募制度等も活用して戦略の具現化活動を継続

【むすびに】
○長野県では、平成29年4月から、人口減少を踏まえた地域社会の維持・活性化等のた
めに、地域が抱える様々な課題への主体的かつ総合的な取組みが今まで以上に求められ
ていること(新たな行政ニーズ)に鑑みて、県内10地域に設置されている地方事務所を
改組し、その新たな行政ニーズに応えられる、新たな「機能」を有する地域振興局を設
置することにしている。

○今回テーマとした、県内各地域による地域産業クラスター形成戦略の策定・実施化の
活性化のための政策的「仕掛け」においては、正にその地域振興局が重要な役割を果た
すことが期待される。その期待に応えられるように、各地域振興局の「機能」が整備さ
れ、その政策的「仕掛け」が、効果的に構築・運営されていくことを望む。


ニュースレターNo.87(2016年6月18日送信)

第10次長野県職業能力開発計画(案)の課題

【はじめに】
○長野県では、6月10日から7月10日まで、「第10次長野県職業能力開発計画」
(案)(計画期間:平成28年度から32年度)(以下、「計画(案)」という。)
への意見募集(パブリックコメント)を実施している。職業能力開発計画は、産
業人材育成計画とも言えるものである。長野県には、現状では、産業人材育成計
画に相当するものとしては、この職業能力開発計画しか存在していない。

○長野県内の産業人材の質的・量的高度化は、長野県産業の持続的成長に不可欠
なことは明らかである。そして、他県等に対して優位性を有する職業能力開発計
画(産業人材育成計画)を有することが、市場競争力のある地域産業集積の具現
化においても、他県等に対する優位性を確保できることに繋がるのである。
 それほど重要な計画(案)であるにもかかわらず、その体系・構成・内容に、
独創性や優位性、あるいは、戦略性を内包させようという、県の積極性(本気度)
が非常に見えにくいものになってしまっているのである。
 地方創生のフロントランナー長野に相応しい、職業能力開発計画へ改善される
ことに資することを目的として、以下で議論を進めたい。

【形式論的課題T:国の基本計画の模倣を止め、独自性・独創性を打ち出すべき
こと】
○長野県が、この職業能力開発計画を10次にもわたって策定し続けているのは、
職業能力開発促進法第7条で、都道府県は、国の職業能力開発基本計画に基づき、
その職業能力開発計画の策定に努めるべき旨が規定されていることによる。

○しかし、計画(案)を一読すると、長野県が、「国の基本計画に基づく」の本
来の趣旨をよく理解できていないことに気づく。すなわち、本来的には、長野県
は、国の基本計画に基づき(国の基本計画との整合を図りつつ)、長野県の実態
に合わせて、独自性や独創性を有する自主的な計画を策定すべきなのである。し
かし、この計画(案)は、できるだけ国の基本計画の体系・構成・内容を模倣
(今風に言えば、コピペ)しようという姿勢が前面に表れ過ぎてしまっているの
である。
 例えば、計画(案)は、その重要部分である「職業能力開発の基本的施策」の
項目建てが、国の基本計画の「職業能力開発の基本的施策」と全く同じと言える
のである。

○これとは正反対に、長野県の独自性や独創性を強力に発揮している政策的取組
みを紹介しよう。
 長野県は、科学技術基本法第4条の「地方公共団体は、科学技術振興に関し、国
の施策(科学技術基本計画を含む。)に準じて、自主的な施策を策定・実施する
責務を有する」という主旨の規定に基づき、県の科学技術振興指針を策定している。
 そして、その体系・構成・内容は、国の科学技術基本計画等との整合を図りつ
つも、長野県独自のビジョン・シナリオ・プログラムからなる、長野県の独創性
や主体性を強力に主張する、地方創生のフロントランナー長野に相応しいものと
なっているのである。

○ここで、計画(案)における、国の基本計画の体系・構成を模倣することによ
って生じた悪い事例の1つを紹介しておきたい。それは、計画(案)には、本来あ
るべき計画の策定趣旨が、「項目建て」もされず、どこにも明確に記載されてい
ないことである。

※例えば、既に策定されている「第10次愛知県職業能力開発計画」では、
「第1章 計画の趣旨」として、「1 計画のねらい」、「2 計画の位置づけ」、
「3 計画の期間」を明記している。

○長野県の計画としては、最初に計画の策定趣旨を提示するなど、一般県民が理解
しやすい体系・構成・内容になるように工夫すべきことは当然である。また、行政
計画としての常識的な体系・構成としても、最初に、計画の策定趣旨を提示すべき
ことになるのである。
 したがって、計画の最初の部分にきちっと「項目建て」した上で、長野県におけ
る産学官による職業能力開発(産業人材育成)活動の高度化(他県等に対する優位
性の確保など)のために、この計画がどのような役割を果たすのかなど、地方創生
のトップランナー長野に相応しい策定趣旨を、簡単明瞭な形式・内容で提示するこ
とをお願いしたいのである。

【形式論的課題U:分かり易く活用し易い論理的な体系・構成・内容にすべきこと】
○地方創生のトップランナー長野としては、国の職業能力開発基本計画に基づき、
県の計画を策定しなければならないとしても、まずは、県として育成すべき人材像
(人材育成ビジョン)を提示するなど、その計画の体系・構成・内容については、
県としての新規性、独創性や戦略性等、長野県らしさを明確に打ち出すべきことに
なる。

○行政計画策定手法等について通常の知識を有する者であれば、産業人材育成に係
る行政計画については、以下のような体系・構成にすることを選択するだろう。

@長野県が育成すべき人材像の提示(人材育成の目指す姿(ビジョン)の提示)
 地域産業ニーズ等から、どのような技術・技能を有する人材の育成を強化すべき
なのかを明示する。

Aその目指す人材像を具現化するための道筋の提示(目指す姿の具現化へのシナリ
オの提示)
 具現化を目指す人材像と整合する人材を実際に育成できるようにするために、解
決しなければならない現状の人材育成システムの課題を抽出・特定し、その課題の
解決方策の創出・実施化への道筋を明示する。

Bシナリオを着実に推進するために必要な各種施策(プログラム)の提示
 目指す姿の具現化へのシナリオを着実に推進できるようにするために、必要な各
種施策を明示する。

※例えば、「第10次神奈川県職業能力開発計画」では、まず、「基本理念(目指す姿)」
を提示し、その実現へのシナリオとして、「今後の取組の視点」と「実施目標」、
シナリオの着実な推進のためのプログラムとして、「施策の基本となるべき事項」
(施策体系)を提示している。

○県の職業能力開発計画を、このような論理的な体系・構成にすることによっては
じめて、産業人材育成の現場にいる人々が、本計画を、各種の人材育成プログラム
の企画・実施化の「バイブル」として活用できるようになるのである。
 長野県は、国の基本計画に基づき、長野県特有の人材育成ニーズに応えるべく、
独創的で優位性を有する人材育成事業を企画・実施化する「現場」である。したがっ
て、長野県の策定する計画は、国の基本計画の体系・構成・内容に単純に合わせよ
うとすると、かえって長野県の人材育成における自主性や独創性等を発揮すること
ができず、実行性や実効性に劣る計画となってしまうのである。

【本質論的課題T:長野県産業に必要な生産性向上の意味を具体的に提示すべきこと】
○計画(案)では、生産性向上に向けた人材育成の強化に取り組むことにしている
が、生産性向上には、生産額(量)の向上と付加価値の向上との両方が含まれる。
地域産業が国際競争力を有し、持続的に発展していけるようにするためには、付加
価値の向上(新たな価値の創造)が特に必要になる。
 計画(案)に基づく生産性向上を目的とする産業人材育成プログラムを効果的な
ものとするためには、生産性向上の長野県としての意味を具体的に解説し、関係者
間での共通認識としておくことが必要となる。

○国の基本計画においては、「第1部 総説」、「1 計画のねらい」で、最初に
この点について「・・・一人一人の働く者の付加価値創出力を高めることによる生
産性向上が不可欠であり、・・・」と、「付加価値創出力」がキーポイントである
ことを明確にしている。
 県が、国の基本計画に基づき、計画(案)を策定するのであれば、県は、この点
こそ、まず最初に、「長野県らしく、より具体的に明確化」しておくべきではない
のだろうか。

【本質論的課題U:強化すべき人材育成分野(技術・技能分野)を明確化すべきこと】
○計画(案)においては、生産性向上に資するIT分野の人材育成を強化すべき旨は
明示されているが、IT分野以外で、長野県産業の特性やニーズに応じて、人材育成
を強化すべき技術・技能分野は具体的に提示されていない。

○育成すべき人材像を明確にしなければ、人材育成のための具体的事業を企画・実
施化することはできない。長野県として、どのような技術・技能分野の人材育成を
これから強化すべきなのかを明示しなければ、長野県としての実行性と実効性のあ
る計画にはなりえないのである。

【本質論的課題V:長野県産業が必要とするIT人材が保有すべき技術・技能を特定
すべきこと】
○計画(案)では、IT人材育成を強化・加速化するとしているが、県は、IT(情報
技術)の中のどのような技術・技能を有する人材の育成を強化・加速化するのかを
特定していない。その点が明確にならないと、長野県版のIT人材育成の強化・加速
化プログラムを具体的に企画・実施化できないことになる。

○計画(案)に記載されている「ITの持つ潜在力を発揮させることができる人材」
とは、どのような人材なのかも不明である。国の基本計画の中の表現をそのまま用
いているようだが、一般県民には理解が困難な表現である。もっとかみ砕いた、長
野県らしい表現をしないと、実際の産業人材育成プログラムの企画・実施化に反映
できないことになる。

○また、長野県では、他県等とは異なる「ITの持つ潜在力の発揮」のさせ方へのニ
ーズもあるはずである。長野県の地域産業ニーズ等を反映させて、長野県として目
指すべき「ITの持つ潜在力の発揮」のさせ方を明確にしないと、長野県として取り
組むべき、IT人材育成のための具体的なプログラムを企画・実施化することはでき
ない。

【本質論的課題W:県の高度人材育成の重点プロジェクトを計画(案)に明確に位
置づけるべきこと】
○計画(案)には、「県では、成長が期待される『健康・医療』、『環境・エネル
ギー』、『次世代交通』の3分野に対応できる高度な人材の育成を重点プロジェクト
として位置づけている。」旨の記載があるが、どのようなプロジェクトなのか。ど
こにもその概要の説明がなされていない。一般県民や産業支援機関の方々の計画(案)
への理解を促すためにも、計画(案)の中で、そのプロジェクトの概要について分
かり易く記載・説明すべきことになる。

○県の重点プロジェクトに位置づけられているほど重要視すべき、「健康・医療」、
「環境・エネルギー」、「次世代交通」の3分野に対応できる高度な人材の育成は、
工科短期大学校の人材育成を含む計画(案)の中では、どのように位置づけられて
いるのか。
 産業人材育成に係る県の重点プロジェクトであれば、本県の唯一の産業人材育成
計画である計画(案)の中では、当然、当該重点プロジェクトと計画(案)での人
材育成事業との関連性、役割分担等が明確に位置づけられるべきことになる。

○計画(案)の中では、工科短期大学校は、「健康・医療」、「環境・エネルギー」、
「次世代交通」の3分野に対応できる高度な人材の育成に取組むとされているが、
同校のカリキュラム等と重点プロジェクトの関係について明確に説明されていない。
 工科短期大学校は、当該3分野に対応できる高度な人材の中の、どのような技術・
技能を有する人材の育成を目指すのか。当該3分野に対応できる高度人材とは、あ
まりに広範な技術・技能分野の人材になってしまうことから、工科短期大学校が、
当該3分野の高度人材の育成に実際に取組む場合には、具体的にどのような人材像
の具現化を目指すのかの絞り込みが必要になる。

【本質論的課題X:計画の推進拠点「長野県産業人材育成支援センター」の機能強
化を組込むべきこと】
○計画(案)の中では、既設の「長野県産業人材育成支援センター」が、人材育成
に係るコーディネート機能、サポート機能、リサーチ機能を有することが明示され
ている。この各機能が、計画(案)の目指す産業人材育成にどのように貢献するの
か、その仕組み等を分かりやすく説明し、同センターの存在意義(活用方法・効果等
を含む。)をより具体的に提示すべきである。

○同センターが、県内の様々な産業人材育成関係機関との連携の下に、同関係機関
が、本県産業ニーズに応える産業人材育成プログラムを効果的に企画・実施化して
いくことに資する、コーディネート機能、サポート機能、リサーチ機能を更に高度
に発揮できるようにするために、これらの機能の拡充強化策を計画(案)に盛り込
むべきである。
 また、同センターが、関係機関が活用できる機能を既に有しているのなら、その
機能をより効果的に関係機関が活用し、本県の産業人材育成プログラムを質的・量
的に高度化していく道筋(仕組み)を、計画(案)の中に提示すべきである。

【むすびに】
○計画(案)は、長野県の産業人材育成計画に相当するものでる。したがって、計
画(案)は、本来的には、県内産業の顕在的・潜在的なニーズに応える産業人材育
成のために、工科短期大学校と技術専門校の担当分野を超えた、オール信州での新
たな産学官連携による産業人材育成システムの構築の在り方について提示すべきな
のである。

○第10次を迎えるに当たって、従来からの工科短期大学校・技術専門校中心型の産
業人材育成計画から脱却して、より高度な地域産業ニーズ志向型の産業人材育成シ
ステムの構築のために、信州大学工学部等との新たな緊密な連携を組み込んだ、挑
戦的で独創的なビジョン・シナリオ・プログラムからなる計画(案)となることを
期待したい。


ニュースレターNo.86(2016年6月8日送信)

長野県高等教育振興基本方針の課題

【はじめに】
○長野県は、去る5月27日に、長野県高等教育振興基本方針(以下、「高等教育振
興方針」という。)を定めた旨を公表した。そのプレスリリース資料に記載された
策定趣旨には、「知識基盤社会・人口減少社会の到来など社会の変化が著しい中、
信州創生を実現するためには、高等教育機関の人材育成と知の拠点の役割が不可欠
であり、高等教育振興に関する施策を推進するために必要な基本方針を定めました。」
とあるように、この他の「高等教育振興のための方策」を含めて、今なぜわざわざ
高等教育振興方針を策定しなければならなかったのか、よく理解できない極めて当
たり前の内容しか記載されていないのである。

○高等教育振興方針の本文を見ると、その体系・構成(ビジョン・シナリオ・プ
ログラム)が、大きく論理性を欠いている上に、この振興方針の「推進主体」と
して位置づけられた「信州高等教育支援センター」(平成28年4月1日開所)に実
施不可能な職務を担わせるなど、振興方針の具体的推進にも期待できないと思わ
せるような、根本的課題が内包されていることが分かるのである。

○この高等教育振興方針は、実行性や実効性においては大きく劣るものではある
が、せっかく策定・公表されたものであるので、形式論的に「悪い政策」の事例
としての教材的活用価値はあることに鑑み、以下では、主に形式論的な視点から
の論理性の欠如に焦点を当てて、課題等を整理してみたい。

○長野県の、県立以外の高等教育機関の振興にも積極的に取組もうという姿勢に
は敬意を表したいが、今回の高等教育振興方針に限って言えば、その姿勢が「本
物」ではないことを自ら明らかにしてしまっているように思われるのである。そ
の点についても、以下で論じていきたい。
※高等教育振興方針での高等教育機関の定義
 高等教育機関とは、大学(大学院を含む。)、短期大学、高等専門学校(第4・
第5学年)、専修学校(専門課程を置くものに限る。以下「専門学校」という。)
及び学校教育法以外の法律に基づく学校で高等学校卒業相当者を入学の対象とす
るものをいう。

【高等教育振興方針の形式論的課題:そのビジョン(めざす姿)について】
○まず、高等教育振興方針のビジョン・シナリオ・プログラムについて分析して
みよう。
 高等教育振興方針には、「長野県のめざす姿」と「長野県の高等教育振興のめ
ざす姿」が提示されていることから、ビジョン(めざす姿)・シナリオ(ビジョ
ン実現への道筋)・プログラム(シナリオ推進に必要な各種施策)という形にま
とめようという意思が存在していたことは推測できる。しかし、結果として、政
策策定に係る技量が不足し、そのような論理的な体系・構成にまとめ上げること
ができなかったのであろう。

○いずれにしても、高等教育振興方針では、ビジョン・シナリオ・プログラムに
相当する事項が論理的な体系・構成の下には配置されておらず、振興方針内にア
ットランダムに散在していることから、振興方針を分析・評価するためには、そ
の散在しているビジョン・シナリオ・プログラムに相当する事項を掻き集め、論
理的な体系・構成に再編する作業がまず必要になるのである。

○最初に、高等教育振興方針のビジョンについて取り上げたい。振興方針には、
前述のように2つのビジョン(めざす姿)が提示されている。
 第1のビジョンは、「第1 策定の趣旨」、「1 高等教育振興基本方針策定
の背景」、「(1)長野県のめざす姿」に記載されている。このビジョンにおい
ては、以下の事項を「実現をめざす信州の姿」として提示している。
 @世界をリードする先端産業の構築
 A農林業の競争力強化
 B子育て応援先進県
 C健康長寿世界一
 D一人ひとりの力を引き出す学び

○第2のビジョンは、「第3 高等教育の振興」、「1 長野県の高等教育振興
のめざす姿」、「(1)基本的な考え方」に記載されている。このビジョンは、
前述の第1のビジョン「長野県のめざす姿」を実現するために設定された、各論
的ビジョンと位置づけることもできるだろう。この各論的ビジョンについては、
全く論理的には整理して記載されていないので、非常に理解しにくいが、無理に
整理すれば、県内高等教育機関が、以下の事項を実現することになるだろう。
 @長野県の諸課題の解決、基盤強化に貢献する「知の拠点」となること
 A長野県の諸課題の解決、基盤強化に貢献する「人材育成」をすること

○以下でのビジョン・シナリオ・プログラムに関する議論を、より具体的かつ論
理的に進めることができるようにするために、第1のビジョンの中の「世界をリ
ードする先端産業の構築」を、議論の前提とするビジョンとして位置づけ、その
ビジョン実現のためのシナリオ・プログラムが、どのような体系・構成で提示さ
れているのか、という視点から論じていくことにしたい。

【高等教育振興方針の形式論的課題:そのシナリオについて】
○高等教育振興方針の実行性と実効性を確保するためには、第1のビジョン「世
界をリードする先端産業の構築」を実現するために、解決しなければならない課
題の提示と、その課題の解決方策創出への道筋をシナリオとして提示することが
求められるが、それは振興方針の中のどこにも提示されていない。

○ビジョン実現への課題に関しては、「長野県の高等教育の課題」として、以下
の事項が提示されているが、第1のビジョンや第2のビジョンの実現のために解
決しなければならない課題という視点から抽出・特定されたものではない。
 @大学進学者の県外流出率が高い。
 A大学の収容力が全国最低水準
 B私立高等教育機関に定員割れが生じている。

○「県内の人材育成等の現状・課題と高等教育振興の方向性」という表の中に、
「ものづくり分野」について、以下のような記載もある。
 [県内の人材育成・確保の現状及び課題]
  技術革新が進む中、本県のものづくり産業の強みを発揮できる輸送機械、宇
 宙航空開発などの分野においても、技術系社員が不足する状況
 ・イノベーションに対応できる理工系人材
 ・ものづくりを支える技能者

[今後求められる人材と高等教育振興の方向性]
 ・県内大学については、現状の配置を維持しつつ、県内への就職を促進。併せ
 て県外からのUIJターンを促進
 ・技能労働者については、技術専門校等で対応

○ここでは、本来的には、例えば「イノベーションに対応できる理工系人材」の
不足に対して、どのような「高等教育振興の方向性」にすべきなのかを提示すべ
きであるにもかかわらず、そのことに関しては全く触れられていないのである。
このように、高等教育振興方針においては、全体的に、本来提示されるべき事項
が提示されていないのである。別の言い方をすれば、論理的な文脈になっていな
いのである。

【高等教育振興方針の形式論的課題:そのプログラムについて】
○高等教育振興方針においては、第1のビジョン「世界をリードする先端産業の
構築」、その実現に資する第2のビジョン「長野県の諸課題の解決、基盤強化に
貢献する『知の拠点』と『人材育成』」を実現するために解決しなければならな
い課題、その課題の解決方策創出への道筋、すなわち、ビジョン実現へのシナリ
オが提示されていないため、ビジョン実現に論理的につながるプログラム(各種
施策)を提示することは不可能となっているのである。

○プログラムに相当する事項は、振興方針の中に広く散在しているが、それが、
どのビジョンの実現にどのよう貢献できるのかが、全く不明確なのである。
 例えば、「個人の能力を活かす郷学(信州で学ぶ)・郷就(信州で働く)県づ
くり」というキャッチフレーズをアピールしているが、それがどのようにして「世
界をリードする先端産業の構築」に貢献するのか、論理的な説明は全くなされて
いないのである。

○第2のビジョン「長野県の諸課題の解決、基盤強化に貢献する『知の拠点』と
『人材育成』」の実現のためのプログラムとして提示されていると思われる事項
としては、以下のような言葉と簡単なコメントが列挙されているだけで、それぞ
れが、第2のビジョンあるいは第1のビジョン「世界をリードする先端産業の構
築」の実現のために、具体的にどのように貢献するのかが全く不明確なのである。
 @均衡のとれた高等教育機関の配置
 A学生の資質向上
 B産業施策等との連携
 C初等中等教育におけるキャリア教育との連携
 D高校・大学の連携の充実
 E社会人教育の充実

【高等教育振興方針の本質論的課題:推進主体「信州高等教育支援センター」の任務】
○第1のビジョン「世界をリードする先端産業の構築」と第2のビジョン「長野
県の諸課題の解決、基盤強化に貢献する『知の拠点』と『人材育成』」の実現の
ためのシナリオ・プログラムを論理的に提示できないままに、高等教育振興方針
の「推進主体」として「信州高等教育支援センター」を位置づけたことが、かえ
って、振興方針の具体的推進にはほとんど期待が持てないことを強く印象づけて
しまっているのである。

○第1のビジョン「世界をリードする先端産業の構築」に関連する「信州高等教
育支援センター」の実施事項として、例えば、「産学官の連携促進」が位置づけ
られ、その中の具体的施策の1つに以下の事項が提示されている。
 [地域課題解決や研究・開発等への大学の知の活用]
 大学の知を活用した地域課題の解決を図るため、地域の課題を集約し、大学と
地域の協働を推進します。また、産学官の連携による研究・開発の促進を図りま
す。

○この[地域課題解決や研究・開発等への大学の知の活用]については、産学官連
携の専門的支援機関である、長野県工業技術総合センター、長野県テクノ財団、
その他の様々な県内産業支援機関が、長年にわたって取組んで来ているにもかか
わらず、なかなかうまくいかずに悩んできている重大な懸案事項の1つなのである。
例えば、「地域課題の集約」ひとつとっても、県組織の中の、本来的に、ある行
政分野に係る地域課題を抽出・特定しておくべき部署の協力さえも得られず、非
常に苦労してきている経緯もあるのである。

○そのような懸案事項を内包する様々な産学官連携施策について、この4月1日に
開所されたばかりの「信州高等教育支援センター」が、「推進主体」として(任
務として)主導的に企画・実施化することを期待することには無理があるのであ
る。
 このように、実態を理解できないままに、不可能なことを平気で記載している
ことなどからして、高等教育振興方針の策定作業においては、真に優位性を有す
る新たな高等教育の実現を目指して、戦略的で独創的な政策要素を組込んだもの
にしようというような、確固たる策定意思は、組織的には共有されていなかった
と言わざるを得ないのである。

【むすびに】
○長野県の現在の地域産業政策については、キャッチフレーズ優先で、実行性や
実効性に乏しいと批判する産業人も少なくない。
 高等教育振興方針についても、「郷学(信州で学ぶ)」、「郷就(信州で働く)」
というようなキャッチフレーズで目新しさをアピールしていることは理解できた
が、振興方針における、長野県のめざす姿の1つ「世界をリードする先端産業の構
築」の実現のためのシナリオ・プログラムについては、論理的に、戦略的に、あ
るいは独創的に提示しようというような、長野県の意思の強さや新たな意気込み
を感じることは全くできなかった。

○この高等教育振興方針の形式論的あるいは本質論的な課題を十分に確認し、そ
れを重く受け止めていただきたい。そして、現在策定作業中の次期の「職業能力
開発計画」や「ものづくり産業振興戦略」等が、形式論的視点からは、論理的な
体系・構成・内容からなるものとして、本質論的視点からは、新規性を有する戦
略的で独創的な施策を組込んだものとして、それぞれ策定・公表されることを楽
しみにしたい。


ニュースレターNo.85(2016年6月4日送信)

長野県の新たな「ものづくり産業振興戦略」のビジョン・シナリオ・プログラムの在り方(No.2)
〜次期戦略の体系・構成等に関する形式論的視点からの一考察〜

【はじめに】
○長野県では、平成28年度で計画期間を終了する、地域製造業の振興施策の策定・
実施化のバイブルと言える「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」に代わる、次
期の「ものづくり産業振興戦略」の策定作業に着手している。
 次期の「ものづくり産業振興戦略」の在り方については、既にニュースレター
No.76(2016年1月20日送信)で、「長野県の新たな『ものづくり産業振興戦略』の
ビジョン・シナリオ・プログラムの在り方〜長野県中小企業振興条例を遵守したイ
ノベーション創出志向の強い『ものづくり中小企業振興戦略』としての策定を期待
して〜」というテーマで、法的規範である条例を遵守した、「産業イノベーション」
の創出に焦点を当てた、戦略のビジョン・シナリオ・プログラムの在り方について、
政策理念的視点から提言させていただいている。
※長野県中小企業振興条例の「産業イノベーション」の定義:新たな製品又はサー
ビスの開発等を通じて新たな価値を生み出し、経済社会の大きな変化を創出するこ
とをいう。

○そこで、今回のニュースレターでは、飯田下伊那地域での航空機産業クラスター
形成戦略を次期「ものづくり産業振興戦略」の中に位置づけることが「長野県航空
機産業振興ビジョン」に記載されていることから、航空機産業クラスター形成戦略
とは異なる産業・技術分野(例えば、健康・福祉、環境・エネルギー等)で、県内
の他地域を拠点とする地域クラスター形成戦略も併せて、「重点プロジェクト」と
して位置づけるべきことをまず提言したい。
 そして、その「重点プロジェクト」以外の産業・技術分野での、地域クラスター
というような地理的概念にとらわれない、不特定多数の中小企業等による多種多様
な「産業イノベーション」創出活動の活性化に資する、中小企業等の技術的・経営
的課題の解決への総合的な支援施策の整備を「基盤プロジェクト」として位置づけ、
全体として「重点プロジェクト」(戦略の縦糸)と「基盤プロジェクト」(戦略の
横糸)からなる戦略の体系・構成にすべきことについて、論理的に考察し提言をさ
せていただこうと考えた次第である。

○なお、「重点プロジェクト」については、できれば県下5地域(例えば、長野県
テクノ財団の5地域センターがそれぞれ所管する、善光寺バレー地域、浅間テクノ
ポリス地域、アルプスハイランド地域、諏訪テクノレイクサイド地域、伊那テクノ
バレー地域)それぞれに関して提示され、その具現化に向けて競い合うようになる
ことを期待したい。

【「重点プロジェクト」の体系・構成の在り方】
○特定の産業・技術分野で、特定の地域を拠点として、国際競争力を有する地域ク
ラスターの形成を目指す「重点プロジェクト」の体系・構成については、ビジョン・
シナリオ・プログラムという論理的な整理手法が有効となる。例えば、既に公表さ
れている、長野県における地域クラスター形成戦略の先進的モデルと言える、飯田
下伊那地域(伊那テクノバレー地域と言い換えることもできる。)での航空機産業
クラスター形成戦略(長野県航空機産業振興ビジョン)のビジョン・シナリオ・プ
ログラムを簡潔に整理すれば、その戦略が内包する個々の問題点は別として、形式
論的には以下のような構成になる。
 ビジョン:飯田下伊那地域に、国際的に優位性を有する「アジアの航空機システ
     ム拠点」を形成すること。
 シナリオ:飯田下伊那地域に、国内にはまだ無い「航空機システムの実証試験設
     備」を有する、国内初の「航空機システム実証試験拠点」を整備し、県
     外の航空機システム関連企業等の当該地域への進出活性化、集積増大を
     図ること。
 プログラム:国内初の「航空機システム実証試験拠点」を整備するために、以下
      の施策を展開する。
      @旧飯田工業高校の土地・建物の活用への支援
      A「信州大学航空機システム共同研究講座」開設・運営への支援
      B 長野県工業技術総合センターの駐在機能の整備を含む支援機能の
       強化
      CJAXAなど国の研究機関の誘致

○以上のビジョン・シナリオ・プログラムを参考にして、例えば、健康・福祉や環
境・エネルギー等に係る特定の産業・技術分野での地域クラスター形成に意欲のあ
る、特定の地域(当該地域の市町村、業界団体、大学等の連携組織)と県が緊密に
連携して、当該産業・技術分野での地域クラスター形成戦略を、次期「ものづくり
産業振興戦略」の「重点プロジェクト」として位置づけるのである。
 以下に、「重点プロジェクト」のイメージを例示する。

[プロジェクトイメージT] メディカル機器産業クラスター形成戦略
 ビジョン:県内A地域に、国際競争力を有する超精密技術を応用した「超小型・
     高感度臨床検査システム創出拠点」を形成すること。
 シナリオ:各種臨床検査システムの国内外メーカーの技術課題(小型化、高感度
     化、低価格化など)を探索・抽出し、当該技術課題の解決方策を超精密
     技術によって創出・提案・事業化できる、グローバルな産学官連携体制
     を整備し、その体制の優位性によって、臨床検査システムに係るメーカ
     ー、部品供給企業等の集積増大を図ること。
 プログラム:各種臨床検査システムの超小型化・高感度化等に係る技術課題の把
      握とその課題解決方策の創出に資する、グローバルな産学官連携体制
      の整備・稼働の優位性を確保するために、以下の施策を展開する。
      @臨床検査技術に精通した技術課題調査チーム編成による、内外の臨
      床検査システム展示会等でのメーカーの技術課題等の抽出・特定事業
      A抽出・特定した技術課題の解決方策を研究開発する産学官連携コン
      ソーシアムの形成・運営へのハンズオン型支援事業
      B産学官連携コンソーシアムの成果を早期事業化するための、内外の
      臨床検査システム展示会等でのメーカー等への提案事業 etc.

[プロジェクトイメージU] 資源循環型地域クラスター形成戦略
 ビジョン:県内B地域に、未利用木質バイオマスを活用した「木質バイオマス高
     付加価値型産業創出拠点」を形成すること。
 シナリオ:国内外にわたる広域的産学官連携によって、木質バイオマス高付加価
     値型利用技術(例えば、有用物質の物理化学的あるいは生物化学的な抽
     出・応用技術等)を探索・選定・活用し、未利用木質バイオマス(キノ
     コの廃培地等の木質系廃棄物を含む。)を原料とする高付加価値製品の
     創出・事業化を目指す広域的産学官連携コンソーシアムの輩出・活性化
     を図ること。
 プログラム:広域的産学官連携による木質バイオマス高付加価値型利用技術の探
      索・選定・応用活動を活性化するために、以下の施策を展開する。
      @国内外の大学等の木質バイオマス高付加価値型利用技術の探索・選
      定・プレゼンテーション事業
      A選定した木質バイオマス高付加価値型利用技術の、県内での未利用
      木質バイオマスへの応用についての調査研究会の企画・運営事業
      B調査研究会活動の成果を活用した、新規かつ高付加価値型の未利用
      木質バイオマス活用製品の産学官連携研究開発事業 etc.

【「基盤プロジェクト」の体系・構成の在り方】
○「基盤プロジェクト」においては、「重点プロジェクト」とは異なる産業・技術
分野での、地域クラスターというような地理的概念にとらわれない、不特定多数の
中小企業等による多種多様な「産業イノベーション」が絶え間なく活発に創出され
る状態となることをビジョンとし、そのビジョン実現への道筋をシナリオ、シナリ
オの着実な推進に必要な各種施策をプログラムとして提示すべきことになる。
 以下に、「基盤プロジェクト」のイメージを例示する。

[プロジェクトイメージ] 「産業イノベーション」創出活性化システム形成プロジェクト
 「長野県科学技術振興指針」が提示する、製造業振興に係るビジョン・シナリオ・
プログラムを参考にすると、以下のような整理ができる。
 ビジョン:先進的な科学技術の活用による、市場競争力を有する「産業イノベー
     ション」創出型ものづくり産業を実現すること。
      すなわち、中小企業を主体とする県内ものづくり産業において、様々
     な「産業イノベーション」が絶え間なく活発に創出されている状態を実
     現すること。
 シナリオ:@県内企業が、県民や地域等が抱える課題を把握し、課題解決方策の
      仕様等を検討し、課題解決方策に係る研究開発及びビジネス化に取組
      み易くする仕組み(県民生活の質的向上と県内産業の振興とを整合す
      る仕組み)を構築すること。
      A高付加価値の新製品・新技術創出のためのオープンイノベーション
      (産学官連携)による研究開発活動を活性化すること。
      B斬新な新規アイディアの具現化(製品企画・試作等)を実施しやす
      い仕組みを構築すること。
      C品質・コスト・納期で優位性があり、柔軟性の高い先進的生産シス
      テムの導入・開発を促進すること。etc.
 プログラム:@行政サイドからの、県民や地域等の課題に係る情報の企業等への
       提供の場を構築すること。
       A行政サイドからの、課題解決方策の仕様に関する情報の提供・検
       討の場を構築すること。
       B地域課題の解決のための、産学官連携研究開発の企画から成果の
       ビジネス化までを俯瞰的に一貫して支援できる仕組みを構築すること。
       C県内企業等の技術課題を把握し、その解決方策を他の企業・大学
       等が提案できる、機密保持が確保された新たなマッチングシステム
       を構築すること。
       D県内企業等による 研究開発向け競争的資金獲得への支援機能を強
       化すること。etc.

○当然、この「基盤プロジェクト」は、「重点プロジェクト」に参画する中小企業等
の活動への支援ツールとしての機能も有することになり、「重点プロジェクト」の効
果的推進に大きく貢献することになる。

【むすびに】
○以上のようにして、次期「ものづくり産業振興戦略」の体系・構成については、
それぞれビジョン・シナリオ・プログラムとして論理的に整理された、「戦略の縦
糸」としての「重点プロジェクト」と、「戦略の横糸」としての「基盤プロジェク
ト」からなるべきことを提案してきた。

○「重点プロジェクト」は、国際競争力を有する地域クラスターの形成を目指し、
特定の地域と産業・技術分野で、特定のメンバーによって取組まれる大規模プロジ
ェクトである。
 一方、「基盤プロジェクト」は、地域も産業・技術分野も参画メンバーも特定せ
ず、不特定多数の県内中小企業等が、「産業イノベーション」の創出に自由に効果
的に取組むことができるように支援し、多種多様な成果が次々と創出される状態を
実現することに資する、「産業イノベーション」創出活性化システムの形成を目指
すプロジェクトである。

○いずれにしても、次期「ものづくり産業振興戦略」が、「重点プロジェクト」と
「基盤プロジェクト」の相乗効果によって、非常に厳しい国際競争環境の下での、
県内ものづくり産業の持続的発展に資するものとして、論理的な体系・構成で策定
されることを期待したい。


ニュースレターNo.84(2016年5月12日送信)

「長野県航空機産業振興ビジョン」に内在する論理的脆弱性

【はじめに〜三重県のビジョンに対する優位性と劣位性〜】
○長野県は、中部5県(愛知県、岐阜県、三重県、静岡県、長野県)で取組む国際戦
略総合特区「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」の長野県の中核拠点であ
る飯田下伊那地域に、航空機システム関連企業や研究開発支援機能が集積する「アジ
アの航空機システム拠点」を形成することと、長野県内に「航空機産業に取り組む企
業を100社」集積させることを「目指す姿」とし、その実現への取組方針を定めた「長
野県航空機産業振興ビジョン」(以下、「県航空機産業ビジョン」という。)を公表
した。
※「県航空機産業ビジョン」においては、航空機システムとは、航空機の機体構造
(胴体、翼など)及びエンジン本体を除いた装置類の総称と定義している。

○「県航空機産業ビジョン」を、長野県と共に「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター
形成特区」に参画している三重県の「みえ航空宇宙産業振興ビジョン(平成27年3月)」
と比較すると、その「目指す姿」実現への「シナリオ」に大きな相違点(長野県の積
極性と脆弱性)を見出すことができる。
 具体的には、三重県のビジョンは、三重県の既存の産業集積や大学・産業支援機関
等の強みを最大限に活用し、航空宇宙産業への参入企業数を拡大するために、各種の
既存の支援事業等への参画企業数を増大させることを目指している。すなわち、既存
事業の効果的運用で対応し、新規のハード整備を伴うような大型プロジェクトは提示
されていないのである。新規性やアピール性は弱いが、直ちに実行できる堅実なビジ
ョンと評価することができるのである。

○一方、「県航空機産業ビジョン」においては、飯田下伊那地域を、他県等に比して
優位性を有する「アジアの航空機システム拠点」とすることを目指し、単に航空機産
業分野への参入企業を増やすことを目指すだけではなく、まだ日本国内には存在しな
い「航空機システムの実証試験設備」を有する、国内初の「航空機システム実証試験
拠点」を整備するという、非常に新規性が高く意欲的・挑戦的な「目指す姿」を提示
し、その具現化のための、いくつかのプログラムへの取組みを明示しているのである。
 しかし、「県航空機産業ビジョン」は、三重県のビジョンに比して、非常に意欲的・
挑戦的であるが故に、かえって実行性や実現性においては、大きく劣る(大きなリス
クを抱えている)という評価もできるのである。

【「アジアの航空機システム拠点」実現への「シナリオ」の基本骨格とその脆弱性】
○「県航空機産業ビジョン」が実現を目指す「アジアの航空機システム拠点」実現へ
の「シナリオ」を可能な限り単純化すれば、以下のような基本骨格になる。
@飯田下伊那地域に、国内にはまだ無い「航空機システムの実証試験設備」を有する、
国内初の「航空機システム実証試験拠点」を整備する。
Aその実証試験拠点を利用するために、県外の航空機システム関連企業が、飯田下伊
那地域を頻繁に訪れるようになる。
B現在、飯田下伊那地域には航空機システム関連企業は1社しかないが、実証試験拠
点の本格的活用のための、県外の航空機システム関連企業の、飯田下伊那地域への進
出が活発化し、航空機システム関連企業が国内他地域に比して多く集積するようにな
り、「アジアの航空機システム拠点」と言える集積レベルに到達する。

○後で、詳細に議論するが、この「アジアの航空機システム拠点」実現への「シナリ
オ」には致命的と言える脆弱性が内在している。すなわち、日本初の「航空機システ
ム実証試験拠点」を整備できなければ、あるいは、整備が遅れれば、「アジアの航空
機システム拠点」実現への「シナリオ」は、全く機能しなくなるということである。

○本来であれば、「航空機システム実証試験拠点」の整備に支障が出ても、並行する
他の「シナリオ」(もちろん県外の航空機システム関連企業に飯田下伊那地域への訪
問・進出を動機づけるような、優位性・独創性を有する「シナリオ」)によってカバ
ーし、「アジアの航空機システム拠点」実現への取組みを継続するという戦略である
べきであるが、「県航空機産業ビジョン」に提示された他の「シナリオ」は、他地域
に対する優位性の確保を目指すものとはなっていないのである。

○「アジアの航空機システム拠点」実現の「シナリオ」が、実質的には、日本初の
「航空機システム実証試験拠点」整備のみによって構成されているという脆弱性に加
えて、その「航空機システム実証試験拠点」整備への「シナリオ」にも、致命的な脆
弱性を見出すことができるのである。
 直ちに指摘できる脆弱性の一つは、日本初の「航空機システム実証試験拠点」整備
への「シナリオ」には、タイムスケジュール(一定期間毎の達成目標等)が全く提示
されていないということである。タイムスケジュールを提示できないような「シナリ
オ」では、その着実な推進に必要な「プログラム」を論理的かつ戦略的に企画・実施
化することが不可能になるのである。
 以下では、タイムスケジュール以外の脆弱性について明らかにし、議論を深めてい
きたい。

【日本初の「航空機システム実証試験拠点」整備への「シナリオ」の脆弱性】
○「県航空機産業ビジョン」の、日本初の「航空機システム実証試験拠点」整備への
「シナリオ」については、国が平成27年12月11日に策定した「航空産業ビジョン」に
おいて、装備品(「県航空機産業ビジョン」で定義する航空機システムと同義)に関
して直ちに取り組むべき施策として、「個々の民間事業者では担えない基盤的設備、
装備品分野の実証等のために優先的に整備すべき試験・実証インフラを特定し、早期
に計画に着手する。」と記載されていることから、この整備を飯田下伊那地域で実施
するよう国に提案し誘致するとしている。

○しかしながら、同じ「航空産業ビジョン」においては、研究開発・技術開発に関し
て直ちに取り組むべき施策として、「個々の民間事業者等では整備することが困難な
基盤的設備、大型試験設備等については、JAXA等において整備する。」とされている。
すなわち、長野県が期待する航空機システムの研究開発拠点整備については、既に
JAXA等で実施することが決定しているのである。
※JAXAでは、既に「試験設備等共用制度」を設け、民間企業等では整備しにくい大型
の試験設備等(風洞試験、振動試験、音響試験、電磁気試験、材料疲労試験、宇宙環
境試験など多種多様な試験分野)を、広く民間企業等が利用できるサービスを提供し
ている。そのほとんどの試験設備等は、調布と筑波のセンターで利用できる。

○この国の計画を変更させ、国の財源によって、航空機システム関連企業が1社しか
存在せず、2027年のリニア中央新幹線の開業までは、全国の産業集積地域からの交通
アクセスが非常に不便な飯田下伊那地域に、航空機システム関連の試験研究設備を集
中的に整備(あるいは、JAXAによる試験研究設備の整備と必要な研究スタッフの配置
を飯田下伊那地域で実施)させ、日本唯一の「航空機システム実証試験拠点」実現さ
せることは、利用企業の利便性の観点からも、日本の産業政策的観点からも、非常に
可能性が低いことは、長野県もよく理解できているはずである。

○万が一、長野県が、JAXA等とは別途に飯田下伊那地域に、JAXA等から何年か遅れて
航空機システム実証試験拠点を整備できたとしても、その場合には、既に他の利用し
やすい場所に航空機システム実証試験拠点が存在していることから、「県航空機産業
ビジョン」が期待する、飯田下伊那地域に航空機システム関連企業を集積させる「起
爆剤」としての機能は大きく低下することになるのである。

  【「航空機システム実証試験拠点」整備への「シナリオ」の脆弱性の改善方策】
○いずれにしても、「県航空機産業ビジョン」が形成を目指す、日本初の「航空機シ
ステム実証試験拠点」の具体像を、県内の産学官の関係機関が明確に理解し、それを
共有しなければ、その実現への「シナリオ」と「プログラム」を産学官連携で策定し
実施化することは不可能である。
 そこで、まず、現状の「県航空機産業ビジョン」が目指す、日本初の「航空機シス
テム実証試験拠点」の具体像(ソフト・ハード)について、どのように明確化すべき
かについて議論を進めることにしたい。

○「航空機システム実証試験拠点」の具体像を明確化するためには、航空機システム
分野に参入しようとする全国の企業に対して、研究開発や製造に関してどのような技
術的支援機能(ソフト・ハード)を整備すべきなのか、に関するニーズ調査を実施し、
その必要とされる技術的支援機能の具体的内容を特定し、その整備計画を策定するこ
とが必要になるのである。
 その技術的支援機能の整備計画を国に提案し、国の支援を求めるというのが、「シ
ナリオ」の王道であろう。想定される国の支援の具体的形の一つが、JAXAの技術的支
援機能整備の飯田下伊那地域での実施ということになるのである。

〇いずれにしても、飯田下伊那地域に新たに形成しようとする「航空機システム実証
試験拠点」が、企業ニーズが高いにも関わらず日本国内では提供してもらえない、技
術的支援サービスを提供できる機能を整備することが、その存在意義(新たに整備す
る意義)につながるのである。この存在意義を論理的かつ明確に説明できないと、県
内の産学官の関係機関からの支援・協力は得られないし、当然、国からの助成も得ら
れないことになる。

○このニーズ調査等のプロセスを論理的かつ戦略的に進めておかないと、多額の資金
を投入して新たに「航空機システム実証試験拠点」を整備できたとしても、全国から
航空機システム関連企業を引き付けることができず、飯田下伊那地域を「アジアの航
空機システム拠点」とするための「起爆剤」としての役割を全く果たせないという、
悲劇的な結末となることが想定できるのである。

【「航空機システム実証試験拠点」整備の「シナリオ」のための「プログラム」の課
題と解決方策】
○長野県の飯田下伊那地域における、国際的優位性を有する「アジアの航空機システ
ム拠点」の形成への「シナリオ」として、他県等の関係企業等からも望まれる「航空
機システム実証試験拠点」の整備を提示していることは、「県航空機産業ビジョン」
自体の優位性を高めているとして高く評価されるだろう。

○あとは速やかに、日本初の「航空機システム実証試験拠点」とはどのような機能
(ソフト・ハード)等を有するものにすべきなのかについて、詳しく調査研究し、具
体的に分かりやすく産学官の関係機関に提示できるようにすることである。

  ○目指す「航空機システム実証試験拠点」の具体的姿が提示され、その具現化への「シ
ナリオ」(長野県や関係機関の活動方針(JAXAとの連携活動方針を含む。)の骨格)
が明確になったら、その「シナリオ」を効果的かつ着実に推進することに資する、長
野県や産学官の関係機関の具体的活動内容を「プログラム」として提示することになる。

○現状の「県航空機産業ビジョン」では、「航空機システム実証試験拠点」整備のた
めの長野県が主導する「プログラム」としては、以下のような事項が提示されている
に過ぎない。
@旧飯田工業高校の土地・建物の提供
A「信州大学航空機システム共同研究講座」実現への支援
B長野県工業技術総合センターの駐在機能の整備を含む支援機能の強化
CJAXAなど国の研究機関の誘致

○このように、肝心要の日本初の「航空機システム実証試験拠点」整備のための最重
要プログラムが、国に対する誘致活動(陳情)しかないというような、新規性、独創
性、戦略性、自立性のないものとなってしまっているのである。

○長野県として整備したい「航空機システム実証試験拠点」の具体像を国に提示し、
その整備に国の支援を求める(国と一体となって整備を進める)という形ではなく、
内容はよく分からないが、とにかく国が計画している実証試験拠点整備を飯田下伊那
地域で実施して欲しいと言っているだけとしか見えないのである。長野県としての独
創性、戦略性が全くアピールされていないのである。

○いずれにしても、「航空機システム実証試験拠点」の具体像(ソフト・ハード)を
把握・提示できないために、効果的かつ具体的な「プログラム」を企画・実施できな
い状況から、できるだけ早く脱出できるよう、長野県の強力な政策的リーダーシップ
の発揮を期待したいのである。

【むすびに】
〇以上の議論から、飯田下伊那地域に「アジアの航空機システム拠点」を実現するた
めの最重要手段としての、日本初の「航空機システム実証試験拠点」を整備するとい
う「シナリオ」には、非常に大きな脆弱性があることは明らかである。したがって、
「県航空機産業ビジョン」としては、「航空機システム実証試験拠点」を整備できな
い場合の、すなわち、実証試験拠点の整備なしでも優位性を有する、「アジアの航空
機システム拠点」実現への「シナリオ」(「プランB」)を用意しておかなければな
らないのである。これについては、次回以降に議論したい。

○平成28年度は、長野県内5圏域に高度技術産業の集積(地域クラスターの形成)を
目指した「長野県テクノハイランド構想」に基づき、長野県テクノ財団の前身である
長野県テクノハイランド開発機構が設立されてから30年を迎える。(5圏域の内、浅
間圏域を担当する浅間テクノポリス開発機構については、設立から31年になる。)

○「長野県テクノハイランド構想」の下では、県下5圏域の産学官の関係機関が、各
圏域に高度技術産業集積を形成すべく、独創的な事業の企画・実施化に取組んでいた。
そのような各圏域での自主的で独創的な産業振興への取組が低調になって来ていた中
では、飯田下伊那地域の自主的で積極的な航空機産業クラスター形成への取組は、高
く評価されるべきものと県が判断し、県による「県航空機産業ビジョン」の策定に至
ったものと推測できる。飯田下伊那地域の取組みを、県内他地域が参考にすべき先進
的モデルとなるよう、県には積極的かつ戦略的な支援を期待したい。


ニュースレターNo.83(2016年5月3日送信)

長野県「現地機関の見直しの方向性(案)」の地域産業政策の視点からの課題
 〜新設する地域振興局が新たに整備すべき「機能」が全く提示されていないこと〜

【はじめに】
○長野県では、人口減少を踏まえた地域社会の維持・活性化等のために、地域が抱え
る様々な課題への主体的かつ総合的な取組みが今まで以上に求められていること(新
たな行政ニーズ)に鑑みて、県内10地域に設置されている地方事務所を改組し、その
新たな行政ニーズに応えられる、新たな「機能」を有する地域振興局を設置すること
にしている。そして、その地域振興局の設置を中核とする、長野県の「現地機関の見
直しの方向性(案)」に対するパブリックコメントが、4月28日から5月30日までの間、
実施されている。

〇この「現地機関の見直しの方向性(案)」については、見直しの基本的方向性とし
て、地域振興局の機能強化や専門性向上を目指すとしながら、その機能強化や専門性
向上の内容については全く説明が無く、ただ単に、予算や人員等を確保する旨だけが
提示されているのである。
 このままでは、真に機能する地域振興局を具現化することはできないであろう。以
下で、地域産業政策の視点から、「現地機関の見直しの方向性(案)」の課題を具体
的に指摘し、対応策について議論することにしたい。

【課題1:地域振興局に整備すべき新たな「機能」が提示されていないこと】
〇「現地機関の見直しの方向性(案)」では、地域振興局の「『横断的な課題』に対
する主体性・総合性の発揮」を実現できるようにするために必要な、地域振興局に新
たに整備しなければならない「機能」(「専門性」を含む)が全く提示されていない。
 地域振興局に新たに整備すべき「機能」をまず明らかにし、その整備に必要な(適
した)予算、人員等を手当てするというのが、論理的方向性ではないのか。
※「現地機関の見直しの方向性(案)」では、「横断的な課題」とは、地域振興局が
主導し、他の現地機関と連携して解決を目指す課題のことと定義され、その「横断的
な課題」の解決に取組めるようにすることが、地域振興局新設の意義である旨の説明
がなされている。

〇地域振興局の「『横断的な課題』に対する主体性・総合性の発揮」を実現するため
に、必要な予算、人員、権限等を確保することは提示されているが、「『横断的な課
題』に対する主体性・総合性の発揮」のために必要な政策策定・実施化機能等、新た
に整備しなければならない具体的機能のあり方が全く提示されていないのである。
 地域振興局が、いくら潤沢な予算、人員、権限等を保有できたとしても、それらが、
分野横断的な課題の抽出・特定、その課題の解決方策の創出、その解決方策の社会実
装などに必要な、政策の策定・実施化を主導できる機能(「専門性」を含む)の発揮
のために、活用されうる使い勝手の良い予算、効果的な活動ができる有能な人材、効
果的な活動に資する権限等でなければ、この方向性(案)を実現することはできない。
 いずれにしても、まず、地域振興局に整備しなければならない新たな「機能」の具
体的提示がなければ、確保すべき予算や人員の質・量等についての具体的検討のしよ
うが無いということになるのである。

【課題2:現地機関に含まれる試験研究機関の方向性が提示されていないこと】
〇県の試験研究機関の見直しの方向性についても、「現地機関の見直しの方向性(案)」
の中に提示すべきであるのに、それが全くなされていない。
 知事が、平成27年6月に長野県行政機構審議会へ諮問した「現地機関の組織体制を中
心とした県の行政機構のあり方」には、県の試験研究機関のあり方も含まれていた。し
たがって、当然、平成28年9月に予定されている答申には、試験研究機関も含まれるこ
とになると思われる。しかし、どういう訳か、今回の「現地機関の見直しの方向性(案)」
には、試験研究機関が全く含まれていないのである。

〇試験研究機関は、地域振興局が抽出・特定した地域課題の解決方策の創出について、
科学技術を活用できる立場から、大きく貢献することが期待できる。地域課題の解決拠
点としての試験研究機関という視点から、その機能の見直しや拡充強化が重要な論点と
なるはずである。しかし、今回公表された「現地機関の見直しの方向性(案)」には、
試験研究機関の見直しの方向性については、全く記載されていないのである。
 県は、実際に、地域振興局の機能強化に資する(地域振興局との効果的連携ができる)
試験研究機関への見直しができるのか、「現地機関の見直しの方向性(案)」を見る限
りでは、非常に不安にさせられるのである。

【課題3:地域振興局の使命(担当する地域課題分野)が不明確であること】
〇地域振興局が主導して取り組む「横断的な課題」(例)に、「地域特有の課題」と「全
県的な課題」の例示がなされている。しかし、この分類の基準(基本的考え方)が不明
確で、分類に論理性や的確性を欠いている。この分類が論理的かつ的確にできないよう
では、地域振興局に整備すべき「機能」を論理的かつ的確に特定できないことになる。

〇例えば、「地域特有の課題」に掲げられている「専門人材確保に係る人材バンク」の
必要性は、今や「全県的な課題」としてとらえるべきものであるし、「全県的な課題」
に掲げられている「観光振興」は、地域特有の観光資源を活用する、地域特有の観光振
興戦略の策定・実施化が必要なことから、「地域特有の課題」に位置づけられるべき側面
が大きいものである。

〇各地域振興局が、それぞれが担当する地域が現時点で抱える多種多様な課題の中から、
それぞれの地域振興局がその解決を主導すべき課題(「横断的な課題」等)を、事前に
的確に抽出・特定できないと、地域振興局が保有すべき必要かつ最適な予算、人員、権
限等を合目的的に手当てすることができないことになるのである。

【課題4:地域振興局の機能に地域工業振興戦略の策定・実施化が含まれていないこと】
〇地域振興局の機能整備の方向性に、地域の重要な雇用の場である工業の振興戦略の策
定・実施化機能を含めるべきことは当然である。その機能の中でも特に、地域振興局単
位で、飯田下伊那地域における航空機産業クラスター形成への取組みのような、それぞ
れ優位性のある地域クラスター形成戦略を策定・実施化できる機能を整備することを、
「現地機関の見直しの方向性(案)」の中に明確に提示すべきである。

〇地方創生における「しごとづくり」には、地域の重要な雇用の場である工業の振興が
不可欠である。地域の工業は、技術力や価格等の面で、非常に厳しい国際競争にさらさ
れ、存亡の危機に直面していると言っても過言ではない。その「危機感」が、飯田下伊
那地域での、産学官連携による航空機産業クラスター形成への取組みの「真剣さ」のバッ
クボーンになっているという主旨の話を、ある経営者の方からお聞きしたことがある。

〇このようなことから、地域振興局が、担当地域内の市町村等と連携し、当該地域の工
業が持続的に発展していけるようにすることに資する、地域工業振興戦略(地域クラス
ター形成戦略)を策定し、その効果的な推進ができる高度な専門的機能を有することが
必要となる。しかし、「現地機関の見直しの方向性(案)」では、その点に全く触れら
れていないのである。
 地域振興局の機能整備の方向性に、地域工業振興に係る戦略の策定・実施化機能が、
最重要機能の一つとして含まれることを、「現地機関の見直しの方向性(案)」の中で
明確に提示すべきなのである。

【課題5:地域振興局の機能に国際連携による地域産業政策の策定・実施化機能が含ま
れていないこと】
〇地域振興局の機能整備の方向性に、当該地域の産業(第1次〜第3次産業)の振興の
ために、海外の地域産業との連携等、国際的な視点からの地域産業政策の策定・実施化
機能が含まれるべきことは、いまどき当然であるにもかかわらず、「現地機関の見直し
の方向性(案)」の中では、国際的視点からの政策の策定・実施化機能の整備について
は全く提示されていない。

〇地域振興局が担当する地域の産業振興のためには、海外の地域産業等とのWin-Winの連
携によって、技術力、経営力を高度化し、市場をグローバルに拡大していくことに資す
る地域産業政策を策定・実施化することが、地域振興局には求められることになる。こ
のことは、「長野県国際戦略」に提示されている政策理念にも整合することにもなる。
したがって、地域振興局については、そのような政策的ニーズに十分に応えることがで
きる、高度な専門的機能を有することが必要となる。しかし、「現地機関の見直しの方向
性(案)」を見る限り、そのようなことを認識し検討しているようには全く考えられない
のである。
 地域振興局の機能整備の方向性に、国際連携による地域産業振興に係る政策の策定・
実施化機能が含まれることを、「現地機関の見直しの方向性(案)」の中で明確に提示
すべきなのである。

【むすびに】
〇長野県の行政組織の地域中核拠点となる地域振興局の「機能」の中に、当該地域に係
るグローバルな視点からの産業政策の策定・実施化機能が明確に位置づけられ、それに
必要な予算、人員等が整備されるべきことは、地域産業政策論の観点から当然導き出さ
れる常識的な方向性である。

〇また、地域振興局の「機能」整備の方向性の中で、県内産業界のリーダーの方々に対
して、県内各地域に係る地域産業政策の策定・実施化機能については、他県等に比して
優位性や独創性を有するレベルを確保する方針であることと、その具現化方策等を明確
に提示できれば、当該リーダーの方々の県の政策策定・実施化機能への「信頼」を取り
戻すことに、大きく資することにもなるのである。


ニュースレターNo.82(2016年4月20日送信)

近々公表される「長野県航空機産業振興ビジョン」の政策的優位性等の評価手法

【はじめに】
○新聞報道では、昨年度中に長野県が策定することになっていた、飯田・下伊那地域に
新たな航空機産業クラスターを形成するための「長野県航空機産業振興ビジョン」(以
下、「県航空機産業ビジョン」という。)は、策定作業が少し遅れているようである。

○また、「県航空機産業ビジョン」については、オープンな場での議論(パブリックコ
メントを含む。)に基づく策定作業を経ていないことから、ビジョン公表後、その具現
化のための活動に参画することになる産学官の様々な関係者の間で、ビジョン具現化へ
の道筋等について、改めて議論・確認し、共通認識の下での活動のベクトル合わせ等を
することが必要になるだろう。

○この活動のベクトル合わせ等に資するため、地域産業政策の在り方について調査研究
している者の立場から、「県航空機産業ビジョン」が公表された際には、速やかにその
政策的優位性等について分析・評価できるように、「県航空機産業ビジョン」で提示さ
れるべきビジョン、シナリオ、プログラムのそれぞれについて、どのような視点から提
示されるべきかを事前に検討しておき、実際に公表された「県航空機産業ビジョン」の
政策的優位性等の分析・評価の「尺度」として活用することにした次第である。
※ビジョン:飯田・下伊那地域で新たに実現を目指す航空機産業集積の姿(イメージ)
 シナリオ:ビジョン実現のために解決すべき課題とその解決方策の創出への道筋
 プログラム:シナリオを着実かつ効果的に推進するために必要な各種施策

【ビジョンの在り方】
○「県航空機産業ビジョン」が実現を目指すビジョンとは、飯田・下伊那地域における
国際競争力(国際的優位性)を有する航空機部品(ソフト・ハード)の研究開発・生産
拠点の形成、ということになろう。
 そして、ここで重要となるのが、国際競争力(国際的優位性)を具現化するために、
どのような技術・製品(部品)分野で、どのような優位性の確保を目指すのか、などに
ついて具体的に提示できるのか、ということである。

○実現を目指すビジョンが、目指すべき価値のあるもの(論理的に国際的優位性を確保
できるものであって、地域住民等に夢と希望を抱かせるレベルのもの)であり、かつ、
それが、航空機産業クラスター形成に参画することになる産学官の関係者の間で、賛同・
共有されうる明確で具体的な内容を提示するものでなければならないということである。

○そのビジョンが、実現のための活動に参画する関係者の間で、実現のために相当の人
的・資金的投資をする価値のあるものとして、明確に認識・共有されなければ、当然の
ことながら、その実現のためのシナリオ、プログラムの、関係者間での効果的な連携に
よる策定・実施化の段階へは進めないことになる。

【シナリオの在り方】
○飯田・下伊那地域に形成を目指す航空機部品(ソフト・ハード)の研究開発・生産拠
点の国際競争力(国際的優位性)のイメージ(内容)を明確化した後には、どのような
手段によってその国際競争力(国際的優位性)を確保するのかについて、具体的に明ら
かにすることが必要になる。
 他の航空機産業クラスターには存在しないような、特殊で高度な技術力(技術的蓄積)
で優位性を確保するのか。他には存在しないような、航空機部品(ソフト・ハード)の
効果的な研究開発推進に資する技術的支援インフラ(ソフト・ハード)の整備で優位性
を確保するのか。いずれにしても、国内外の航空機部品関係企業・研究機関等に、飯田・
下伊那地域との連携等を動機づけることができるような具体的提示が必要になる。

○どのような手段によって国際競争力(国際的優位性)の確保を目指すのか、が具体的
に定まったら、その手段を実施できるようにするために解決しなければならない課題を
抽出・特定し、その課題の解決方策の創出への道筋(シナリオ)を策定することになる。
 この場合に重要となるのは、そのシナリオのタイムスケジュールや実行可能性等の検
討である。いつからいつまでに実施するシナリオであるかを明確にできなかったり、コ
スト等から実行可能性が非常に低いようなシナリオであったりしては、「県航空機産業
ビジョン」そのものの存在意義がなくなってしまうのである。
 シナリオに、高度な新規性や独創性を求めるが故に大きなリスクが伴う場合には、い
わゆる「プランB」も用意しておくことが必要なる。

○【ビジョンの在り方】のところで、参画する産学官の関係者間でのビジョンの共有が
不可欠と述べたように、シナリオについても、産学官の関係者がシナリオの内容を明確
に共有し、自らの役割を正確に認識して、その遂行に積極的に取り組めるようにするこ
とが重要となる。

【プログラムの在り方】
○シナリオの着実な推進のために必要な各種施策については、当然、県の単独事業だけ
では対応できない。したがって、シナリオを構成する各要素それぞれに対応し、それに
ふさわしい多くの産学官の関係者による、より多くの施策を総動員し、それぞれを効果
的に連携・連動させて推進できるようにする「仕掛け」の整備が重要となる。

○その「仕掛け」の整備・運営を担当する役割は、「県航空機産業ビジョン」の進捗管
理をする組織・体制の中に位置づけられるべきことになる。

【むすびに】
○繰り返しになるが、「県航空機産業ビジョン」については、オープンな場での議論
(パブリックコメントを含む。)を基にした策定過程を経ていないことから、公表され
てから、ビジョン具現化への産学官の連携活動を効果的に推進できるようにするための、
産学官の関係者間でのオープンな議論を通した価値観の共有や活動のベクトル合わせ等
がどうしても必要になる。

○長野県の地域産業政策の調査研究に取り組んでいる者としては、公表された「県航空
機産業ビジョン」について、できるだけ速やかに、その優位性や劣位性等について分析・
評価をさせていただき、その結果を関係の皆様にニュースレターとして送信し、同ビジ
ョンに関するオープンな議論の活性化や効果的推進に貢献したいと考えている。
 皆様方からも、飯田・下伊那地域の新たな航空機産業クラスターの国際競争力(国際
的優位性)の確保に資する多くのご提案等をいただければ幸いである。


ニュースレターNo.81(2016年4月9日送信)

地域住民に夢と希望を抱かせる企業誘致戦略(No.2)
 〜「長野県産業立地ガイド2016」から見える長野県の企業誘致戦略の根本的課題〜

【はじめに】
○過日、新たに作成された「長野県産業立地ガイド2016」を目にし、長野県の企業誘
致戦略においては、残念ながら、3年前のニュースレターNo.10「地域住民に夢と希望
を抱かせる企業誘致戦略(2013.7.27送信)」で指摘した事項が、全く改善されてい
ないことが確認できてしまった。

○ニュースレターNo.10で指摘した、長野県の企業誘致戦略の根本的課題とは、一言
で言えば、地域住民に夢と希望を抱かせる企業誘致戦略になっていないということで
ある。より具体的に言えば、地域の老若男女がわくわくする、新たな産業集積の姿
(ビジョン)を広く提示して、その実現のために必要な企業や研究所等を県内外から
誘致するというような、ビジョン提示型の企業誘致戦略になっていないということで
ある。
 このことは、長野県の企業誘致戦略は、「理念なき企業誘致戦略」(例えば、来て
くれる企業であれば、どのような業種・業態の企業でも歓迎というような企業誘致戦
略)になってしまっているとも言い換えることもできるのである。
 ニュースレターNo.10の「理念なき企業誘致戦略」に係る部分を以下に抜粋し、議
論を深めていくことにする。

【ニュースレターNo.10の「理念なき企業誘致戦略」に係る部分の抜粋】
○産業集積像(ビジョン)を描いた企業誘致戦略の不在
 県が主導して、県全体を見渡し、各地域の産業・技術の強さ・弱さ等を分析した上
で、県内各地域に形成すべき国際的競争力を有する産業集積(地域クラスター)像
(ビジョン)を提示し、それを具現化するために誘致すべき業種・企業、整備すべき
誘致企業支援機能などを明確にし、具体的な誘致・支援機能の整備方策までを盛り込
んだ、本来的で本格的な企業誘致戦略は、現在に至るまで長野県には無かったと言える。

○地域住民に夢を抱かせる企業誘致戦略=理念なき企業誘致活動からの脱却
 長野県が主導する企業誘致戦略は、現時点では、県内市町村の企業誘致活動の連絡
調整や、進出企業に対する金銭的支援を中心とするようなレベルに留まっており、特
定の県内地域への企業誘致によって、当該地域に国際的競争力を有する地域クラスター
を形成しようという強い意思を県内外に向けて表明するような(地域産業の将来展望
を示し、地域住民に夢と希望を抱かせてくれるような)ビジョン提示型の企業誘致戦
略とはなっていない。

 県の企業誘致担当者が、県外のある企業に狙いを定めて県内立地を勧める場合に、
当該企業を選び、県内立地を勧める理由をどのように説明するのだろうか。その理由等
を効果的に説明できるような「企業誘致営業ツール」を持たされているのだろうか。

 県の企業誘致担当者が携行すべき「企業誘致営業ツール」においては、減税・補助
金等の優遇措置を説明する前に説明すべき上位概念的事項である「本県の企業誘致理
念」、すなわち、「御社に是非来ていただきたい」と勧める根拠、来ていただくこと
によって形成が促進される国際競争力を有する地域クラスターの姿(ビジョン)、そ
の地域クラスターに活動拠点を置くことによって、他地域に活動拠点を置いた場合に
比して優位に研究開発や生産活動を展開できる理由等について、相手に対して明確に
説明できるようになっていることが求められるのである。「理念なき企業誘致活動」
からの脱却が必要なのである。

【「長野県産業立地ガイド2016」の根本的課題】
○「長野県産業立地ガイド2016」を開くと、右下隅に小さく「CONTENTS」として以下
のような掲載項目が紹介されている。
 信州で続けるしあわせ〜海がない、標高が高いのは安心安全の証〜
 信州で感じるしあわせ〜ゆとり、健康、働く、学びの体験〜
 信州で広がるしあわせ〜次世代産業の創出を目指して〜
 立地企業紹介、優遇制度のご案内、県内産業団地紹介、産業団地ご案内、
 長野県総合5か年計画、研究開発・ビジネス支援

○私が、企業誘致戦略の上位概念的事項とすべきとした、長野県が形成を目指す新た
な産業集積像(ビジョン)に関する事項は、本来的には、「CONTENTS」の中の「信州
で広がるしあわせ〜次世代産業の創出を目指して〜」に記載してあって然るべきと考
えチェックしてみた。
 そもそも、次世代産業の創出を目指す県主導の活動が、なぜ、「信州で広がるしあ
わせ」になるのかが論理的に理解できないことは、とりあえず放っておくこととして、
そこでは、健康・医療、食品、環境・エネルギー、次世代交通(航空機)の各分野で
の、県内の産業支援インフラや産学官の研究開発の取組み事例等をいくつか紹介して
いるだけで、各分野での新たな産業集積像(ビジョン)を提示するレベルには全く至っ
ていない。

〇長野県が、航空機産業振興ビジョンまで策定し(平成27年度中に策定との新聞報道
はあったが、策定されたという新聞報道はまだ無いようである。)、飯田下伊那地域
に航空機産業クラスターを形成しようと積極的に取組んでいるにもかかわらず、「航
空機産業クラスターの形成に参画しましょう。」というような、企業誘致のためのア
ピールも全くなされていないのである。
 すなわち、長野県の企業誘致戦略においては、誘致を勧める企業に対して、「一緒
に新たな国際競争力のある産業集積の形成に取組みましょう。」と働きかけることの
重要性(企業誘致の実現性を高める効果)が、未だに認識されていないのである。長
野県の企業誘致戦略は、依然として「理念なき企業誘致戦略」のままなのである。

○企業誘致戦略において、当該地域での新たな産業集積像(ビジョン)を提示し、そ
の具現化への論理的道筋を明確にアピールすることが、如何に企業誘致活動において
重要かを十分に理解し、それを「企業誘致営業ツール」として活用している優れた事
例は、例えば、福岡県で見ることができる。
 具体的には、「福岡県企業立地のご案内2015」が参考になるので、以下でそのポイ
ントを紹介したい。福岡県は、長野県の数倍の経済規模を持つので、「福岡県企業立
地のご案内2015」の体系・構成・内容を、そのまま長野県の産業立地ガイドに適用す
ることは困難であるが、長野県の企業誘致戦略の策定担当部署が、企業誘致戦略の理
論・理念を学ぶための「教科書」としては、非常に大きな価値を有しているのである。

【福岡県の企業誘致戦略の理論・理念の優位性】
○「福岡県企業立地のご案内2015」の「CONTENTS」は、長野県のあまりに感性的で何
をアピールしたいのかよく分からない「CONTENTS」とは異なり、無駄な表現を省き、
「交通アクセス」、「産業支援プロジェクト」、「アフターフォロー」、「人材育成」、
「ビジネス・生活」、「自然環境」、「工業団地の紹介」、「優遇制度」、という極
めて単純明解な項目立てとなっている。

〇福岡県が形成を目指す新たな産業集積像(5分野での先端成長産業の育成・拠点化
を目指すというビジョン)と、その具現化への道筋については、「産業支援プロジェ
クト」の項目の中で、5つの大型の産学官連携プロジェクトによって、「福岡県に立
地することのメリット」として簡潔に説明されている。

○第1のプロジェクトは、「グリーンアジア国際戦略総合特区」である。本特区は、
福岡県における環境問題への長年の取組み、世界的競争力を有する産業集積、アジア
との緊密なネットワークを活用し、アジアから世界に展開する、環境配慮型製品の開
発・生産拠点や、資源リサイクル等に関する次世代産業拠点の形成などを目指している。

○第2のプロジェクトは、「北部九州自動車産業アジア先進拠点プロジェクト」であ
る。本プロジェクトは、アジアをリードする自動車の開発・生産拠点、新たな自動車
社会を提案しアジアに発信する拠点、自動車先端人材集積・交流拠点などの形成によっ
て、地域の競争力を更に高め、次世代自動車を含め、アジアで優位性を有する自動車
の一大生産拠点の構築を目指している。

○第3のプロジェクトは、「シリコンシーベルト福岡」である。本プロジェクトは、
半導体の設計、試作・組立、実証・評価に至るまで、一貫して支援可能な「半導体開
発プラットフォーム」の構築によって、世界最大の半導体生産地域「シリコンシーベ
ルト」(アジアからアフリカに至る広域圏)の中で、技術的にリードできる先端半導
体の開発拠点の形成を目指している。

○第4のプロジェクトは、「福岡バイオバレープロジェクト」である。本プロジェク
トは、久留米市を中心に、創薬、機能性食品、バイオツール(DNA-プロテインチップ、
試薬等)、環境バイオ(環境浄化、バイオマス等)の分野でのベンチャーの創出や既
存企業の新規参入を活性化し、バイオ関連企業・研究機関等からなるバイオ産業クラ
スターの形成を目指している。

○第5のプロジェクトは、「福岡水素戦略(Hy−lifeプロジェクト)」である。環境
に優しい水素エネルギーに関する研究開発、社会実装、人材育成等を総合的に推進し、
水素エネルギー新産業の育成・集積を目指している。

○この他に、航空機産業やロボット産業などの新たな産業集積を目指すプロジェクト
の立ち上げにも取組んでいる。
 このように福岡県は、同県が主導する世界的競争力を有する新たな先端産業クラス
ター形成プロジェクトに、同県内に立地し参画することが企業にとってどのように大
きなメリットがあるのかを、論理的に説明できる「企業誘致営業ツール」を有してい
るのである。

【むすびに】
○「福岡県企業立地のご案内2015」によって、福岡県が、同県内への企業立地を動機
付ける様々な手法(「企業誘致営業ツール」)の中で、福岡県が取組む新たな先端産
業集積戦略(新産業集積に係るビジョン・シナリオ・プログラム)の提示を重要な手
法として位置づけていることが良く理解できる。そこが、長野県の企業誘致戦略との
根本的な違いである。福岡県の企業誘致戦略は、長野県の企業誘致戦略に対して論理
的優位性を有しているのである。

〇福岡県に立地する企業は、同県が主導する新たな先端産業集積戦略に賛同するとと
もに、その福岡県主導の戦略具現化活動が、その企業固有の戦略具現化活動と整合す
ること(新たな先端産業集積の拡大とともに立地企業の事業も拡大していくこと)を
確信することができたから、立地を決定したはずである。

〇「長野県産業立地ガイド2016」には、誘致を勧める企業と一緒になって実現を目指
す、国際競争力を有する新たな先端産業集積像(ビジョン)の提示が全く無いのであ
る。このことが、長野県の企業誘致戦略が他県等の戦略に対して優位性を持てない根
本的課題であることを、どのようにしたら、長野県の企業誘致担当部署に理解しても
らえるのだろうか。皆様方から的確なアドバイス等をいただければ幸いである。

ニュースレターNo.80(2016年3月26日送信)

「長野県廃棄物処理計画(第4期)」のパブリックコメントへの県の対応
 〜その対応から見えてくる長野県の環境行政分野の政策策定能力に係る課題〜

【はじめに】
○「長野県廃棄物処理計画(第4期)」が、パブリックコメントによる修正を経て、
3月25日に、正式に策定された旨がプレスリリースされた。
 その計画に係るパブリックコメント(平成27年11月18日〜12月17日)に意見を提
出したのは、なぜか私1人だけだった。私が、計画を修正すべきとして提出した意
見(「8つの指摘事項」)については、非常に的確に対応していただいた事項と、
指摘した事項の主旨が全く理解されずに、問題点が放置されたままになってしまっ
た事項とがあった。

○「長野県廃棄物処理計画(第4期)」に係る問題点については、パブリックコメ
ントに「8つの指摘事項」として提出しただけでなく、ニュースレターNo.73(平成
27年11月26日送信)でも議論している。
 したがって、その「8つの指摘事項」に対して、県が最終的にどのように対応し
たのかをきちっと整理・記録しておくことは、私の調査研究活動として不可欠であ
るとともに、当然、ニュースレターをお読みいただいている方々に対して、その整
理結果をお知らせすべきであると考えた次第である。

【パブリックコメントでの指摘事項@とそれへの県の対応】
○指摘項目@
 計画の項目である「計画の位置付け」の前後に、「計画の策定趣旨」を項目立て
すべきである。計画素案には、本来あるべき「計画の策定趣旨」がない。他の法律・
計画等との関連性が記載されているのみである。何を実現するために策定されてい
るのか説明されていない。計画を読む人に対して不親切な体系・構成・内容になっ
てしまっている。

※県は、パブリックコメントで寄せられた意見をホームページに掲載する際に、そ
の意見を大きく要約(編集)している。したがって、意見提出者の真の意図が伝わ
らない要約をしてしまうことが多々ある。要約の良否を意見提出者に確認しない場
合には、寄せられた意見の原文を掲載すべきと考える。

 このニュースレターでは、県が公開した私の意見に、私が県に提出した意見の原
文に基づき、若干加筆修正をしている。

○県の対応
 私の指摘を踏まえ、計画の第1章において以下のように項目立てを修正した。こ
れは、議論の余地のない、県としての当然の修正と言える。

 第1章 廃棄物処理計画の基本的考え方(修正前)
 1 計画の位置付け
 2 計画の期間
 3 基本目標
 4 目指す循環型社会の姿
   ↓
 第1章 廃棄物処理計画の基本的考え方(修正後)
 1 計画策定の趣旨
 2 計画の位置付け
 3 計画の期間
 4 基本目標
 5 目指す循環型社会の姿

【パブリックコメントでの指摘事項A、B及びDとそれへの県の対応】
○指摘項目A
 「目指す循環型社会の姿」における「物質を自然の許容する範囲で循環させる」
主体は県となっているが、県は本当にその役割を果たせるのか。実現不可能に近い
事項を含む表現を安易に使うことを止め、修正すべきである。
 「物質を自然の許容する範囲で循環させる」という実態の把握・評価が困難なこ
とに取り組むよりも、住民生活・産業活動・環境保全活動が自律的に高度に調和す
ることにより、持続的に成長・発展する社会を目指すというような各主体の連携活
動を重視すべきである。

   指摘事項B
 「目指す循環型社会の姿」における「自然の許容する範囲」について、わかりや
すく説明すべきである。
 本計画のビジョンを実現させるためには、「自然の許容する範囲」及びそれを超
過する物質や活動を定量的又は定性的に把握・評価できるようにすることが必要で
ある。

 指摘事項D
 「目指す循環型社会の姿」における「物質を自然の許容する範囲で循環させる」
という本計画のビジョンを実現するために解決すべき課題と、その解決方策創出へ
の道筋を示すべきである。
 達成を目指すべき排出抑制量、処理量の値が、「物質を自然の許容する範囲で循
環させる」こととどのように関連付けられて算出されたのか示すべきである。

○県の対応
 私の指摘を踏まえ、実施不可能な「物質を自然の許容する範囲で循環させる」主
体となることは削除し、県は各主体とともに、循環型社会の形成の推進に向けて取
り組んでいく姿勢を示すことに止めて、以下のように修正した。

   「目指す循環型社会の姿」(修正前)
 循環型社会の形成を推進するにあたっては、常に低炭素社会及び自然共生社会に
向けた取組を意識しながら進めることが必要です。
 県は、循環型社会、低炭素社会及び自然共生社会の実現を目指す取組を統合的に
展開し、自然との共生を図りながら、人間社会における炭素を含めた物質を自然の
許容する範囲で循環させることにより、持続的に成長・発展する社会の実現を目指
します。
   ↓
「目指す循環型社会の姿」(修正後)
 目指す循環型社会は、大量生産・大量消費の経済社会から転換し、天然資源の消
費を抑制し、環境への負荷ができる限り低減され、将来にわたって持続的な活動が
行われる社会です。また、循環型社会の形成を推進するにあたっては、常に低炭素
社会及び自然共生社会の取組を意識しながら統合的に進めることが必要です。
 県は、県民、事業者、市町村等の多くの主体とこれらの考えを共有しながら、循
環型社会の形成の推進に向けて取り組んでいきます。

【パブリックコメントでの指摘事項Cとそれへの県の対応】
○指摘事項C
 他県等における、県内から排出される廃棄物の処理について、他県等の環境に負
荷をかけないようにする県の姿勢を明確にすべきである。
 県は、県内で排出された廃棄物は原則県内で全量処理されるように努力する一定
の義務を負うべきである。

○県の対応
 「地域循環圏の形成」という概念の具現化、すなわち、他県等を含む広域的な廃
棄物の循環システムを形成することで、県内から排出される廃棄物によって、他県
等の環境に負荷をかけるような事態は避けられると考え、修正の必要はないとして
いる。

※地域循環圏とは、地域で循環可能な資源はなるべく地域で循環させつつ、広域で
の循環が効率的なものについては地域間での連携を図りつつ、循環の環を広域化さ
せて いくという考え方に基づき、循環の環が重層的に構築された地域のこと
(環境省の「地域循環圏形成推進ガイドライン」より)

〇私の指摘は、資源として循環可能な廃棄物に関するのものではない。資源として
の循環ができないこと(例えば、県内の市町村の廃棄物焼却施設が排出する、有害
物質を含む焼却灰が他県等で埋立て処分されることなど)によって、他県等の自然
環境に負荷をかけるような廃棄物の処理実態に係る指摘である。県は、その点を無
視し、循環可能な廃棄物に関する対応にすり替えてしまっている。問題の本質をし
っかり見据えて対策を講じようとしない、廃棄物行政のプロ意識が欠如した姿勢に
失望している。

【パブリックコメントでの指摘事項E及びFとそれへの県の対応】
○指摘事項E
 産学官が一体となって緊急的かつ優先的に取り組むべき、最重要課題を示すべき
である。一般的な廃棄物対策の羅列的な提示のみになっており、意欲のある産学官
の方々が一致団結して直ちに解決方策の創出に取り組むことを動機付けるような具
体的課題の提示をすべきである。

 指摘事項F
 産学官が一体となって直ちに取り組むべき、重要課題の解決方策の創出を目指す
新たな施策を提示すべきである。

〇県の対応
 長野県工業技術総合センターが、低環境負荷製造技術の研究開発等に取組んでい
くことを述べているだけである。
 この県の対応からは、廃棄物処理行政の担当部署として、産学官が連携し、科学
技術等を活用して解決すべき「廃棄物処理に係る行政課題」を提示する意思が全く
ないことが理解できる。当然、日常業務を通して、県内の様々な「廃棄物処理に係
る行政課題」を把握しているはずであるにもかかわらず、それを提示しようとしな
いのは何故なのだろうか。

〇把握した「廃棄物処理に係る行政課題」の解決方策を産学官連携によって創出す
る取組み(研究開発プロジェクト等)の企画・実施化までを、廃棄物処理行政の担
当部署に求めること適当ではないだろう。研究開発プロジェクト等の企画・実施化
は、正に、工業技術総合センター等の役割となろう。しかし、廃棄物処理行政の担
当部署として、県内の「廃棄物処理に係る行政課題」くらいは提示すべきではない
のか。提示できないということは、非常に恥ずかしいことではないのか。
 このままでは、廃棄物処理行政の担当部署は、県内の様々な「廃棄物処理に係る
行政課題」を抽出・特定・提示する能力が無いと判断されてもしかたがないだろう。

  【パブリックコメントでの指摘事項Gとそれへの県の対応】
〇指摘事項G
 一般県民に理解しやすい計画とするため、「長野県科学技術振興指針」を参考に
  して、目指す姿(ビジョン)、その実現のために解決しなければならない課題とそ
の解決方策創出への道筋(シナリオ)、その道筋を着実に推進するために必要な各
種施策(プログラム)という、ビジョン・シナリオ・プログラムからなる論理的な
体系・構成・内容に修正すべきである。

  〇県の対応
 計画の第2章には数値目標、第4章及び第5章には、現状と課題及び施策につい
て記載しているので、いわゆるビジョン・シナリオ・プログラムに相当する事項は
記載済みであると主張し、修正の必要はないとしている。

〇私が指摘したのは、第2章の数値目標(廃棄物の排出抑制量や処理可能量に関す
る数値目標)を達成することを目指すのであれば、その達成のために解決しなけれ
ばならない課題を抽出・特定し、その課題の解決方策創出への道筋を提示し、その
道筋を着実に推進するために必要な各種施策について、それぞれを明確に関連付け
ながら説明すべきであるということなのである。現状の計画では、ただ単に数値目
標が提示されているだけなのである。

〇計画策定の担当部署は、計画の中のどこかに、相互に何の関連付けもなくても、
ビジョン・シナリオ・プログラムに相当する事項が、「散見できる」というレベル
であっても記載さえされていれば、計画は論理的な体系・構成・内容になっている
と主張できると考えているのだろうか。もしそうだとしたら、担当部署の論理的な
政策策定能力の不十分さが明確化され、長野県の環境行政分野での政策策定能力の
高度化という、非常に大きな課題が残されたことになるのである。

【むすびに】
〇「長野県廃棄物処理計画(第4期)」のパブリックコメントへの県の対応からは、
廃棄物処理行政担当部署の、県民の意見を尊重し真摯に対応するという評価すべき
側面と、県内に顕在的にあるいは潜在的に存在する、廃棄物処理に関する重要な行
政課題を抽出・特定・提示できないという非常に深刻な側面との両方が明確化され
た。

〇環境行政分野の政策策定能力の高度化という課題については、「長野県科学技術
振興指針」の策定担当部署の職員が講師となって、いわゆる行政計画の論理的策定
手法に関する若手職員の勉強会を開催することなどによって、解決されていく可能
性は十分にあると思われる。あとは実践あるのみである。

〇また、「長野県科学技術振興指針」に基づき、廃棄物処理行政担当部署からの行
政課題の提示に対して、科学技術・産業振興行政担当部署が、産学官連携による行
政課題解決プロジェクトを企画・実施化するという分業・連携システムが、活発に
稼働するようになることを期待したい。


ニュースレターNo.79(2016年3月14日送信)

長野県における「地域課題解決型のオープンイノベーションプラットフォーム」の構築

【はじめに】
○過日、情報技術(ICT)の活用等によって、地球規模の課題や地域の課題を解決
する方策のビジネス化を通して、日本経済の成長を促すという、いわゆるイノベー
ション創出の新たな道筋を探ることを趣旨とするフォーラムに出席した。
 そのフォーラムでの10テーマの講演の中で、地域課題の解決と地域経済の活性化
との整合を目指して活発に活動している、横浜市のオープンイノベーションプラッ
トフォームについての講演に非常に啓発され、長野県においても速やかに、横浜市
の事例を参考にし、その上に長野県としての独創性や優位性を加えたプラットフォ
ームを構築すべきと強く認識させられた。

〇ここでの詳細な解説は省略するが、横浜市のオープンイノベーションプラットフ
ォームは、ICTを活用し、以下のような他地域に比して優位性のある「仕掛け」を
内包する総合的システムとして、活発に活動を展開している。
(1)地域課題(市民ニーズ等)の収集と見える化(課題の投稿サイト等)
(2)地域課題の解決方策の合理的ビジネス化のための、
 @産学官の多様な主体のマッチングシステム
 A市のオープンデータ(ビッグデータ)の活用
 B解決方策創出を目指す産学官連携プロジェクトの企画・実施
 Cクラウドファンディングなど新しい地域金融の導入
(3)民間主体のプラットフォーム「ローカルグッドヨコハマ」による課題解決ビジ
ネスの実践(市民ニーズはあるのにサービスが無い案件等のビジネス化等)

〇長野県においても、この3月中には正式に策定される長野県科学技術振興指針の
策定趣旨が、科学技術の活用によって、「質的に豊かな県民生活」と「市場競争力
を有する地域産業」を実現し、「貢献」と「自立」の経済構造への転換(長野県総
合5か年計画の政策推進基本方針)を促進すること、とされているように、正にそ
の政策理念の具現化のためには、横浜市のような「地域課題解決型のオープンイノ
ベーションプラットフォーム」の構築が不可欠となるのである。

※参考
産業イノベーション推進本部の進め方 阿部守一(第2回長野県産業イノベーショ
ン推進本部会議資料H25.7.17)での貢献と自立の定義
貢献:産業界が、産学官民連携によって地域課題の解決方策(新製品・新サービス)
を創出・供給し、地域課題を解決すること
自立:創出した地域課題の解決方策をビジネスモデル化し、同様の課題に悩む県外・
海外にも供給して、地域産業が持続的に発展していけるようになること

〇長野県科学技術振興指針の中でも、「地域課題解決型のオープンイノベーション
プラットフォーム」の構築に取組むという政策的方向は、若干不明瞭ではあるが、
既に提示されている。しかも、長野県の場合には、横浜市には大きく後れをとって
しまっているとはいえ、先進的科学技術を活用して地域課題の解決に取組むという
姿勢を明確にしていることから、横浜市のプラットフォームに比して、技術的には
国際競争力の高い地域課題解決ビジネスを創出できるプラットフォームの構築を期
待できるのである。
 以下で、長野県科学技術振興指針における「地域課題解決型のオープンイノベー
ションプラットフォーム」構築への取組みの政策的方向に関する課題等について議
論を深めてみたい。

【長野県科学技術振興指針におけるオープンイノベーションの位置付け】
〇長野県科学技術振興指針においては、製造業やサービス産業の振興に関して以下
のような記載がなされ、「地域課題解決型のオープンイノベーションプラットフォ
ーム」構築の必要性への認識は明示され、その構築への取組みの政策的方向も示さ
れていると言えるだろう。
 <製造業関連>
 製造業分野の目指す姿
  =先進的な科学技術の活用による市場競争力を有する「『貢献』と『自立』の
   ものづくり産業」の実現
 目指す姿を実現する上での課題
  =@県内企業としては、県民や地域等が抱える課題(行政課題を含む)を把握
   し、それを解決するための技術や製品を開発し、ビジネス化する取組みが必
   要であること
   A行政としては、県民や地域等が抱える課題(行政課題を含む)の解決に、
   産業界の協力が必要であること
 課題を解決するための方向性
  =県民や地域等が抱える課題・課題解決方策の仕様等を県内企業等が把握でき
   る仕組みを構築すること
 施策の展開
  =@県民や地域等の課題に係る情報の把握及び提供の場の構築
   A課題解決方策の仕様(必要な機能等)に関する情報提供や検討の場の構築
   B把握した地域課題の解決方策創出のための、産学官連携による研究開発計
   画の策定から研究開発成果のビジネス化までを俯瞰的に一貫して支援する仕
   組み(拠点、総合窓口)の構築及び制度(資金支援、早期ビジネス化支援等)
   の強化

 <サービス産業関連>
 サービス産業分野の目指す姿
  =競争力(生産性及び付加価値)の高いサービス産業の実現
 目指す姿を実現する上での課題
  =@下請け体質で独自商品が少ないこと
   A人材が不足していること
 課題を解決するための方向性
  =@独自製品の開発活動を活性化すること
   A県内IT人材の資質向上を図ること
 施策の展開
  =住民生活の質的向上や地域産業の生産性向上等の実現のために解決しなけれ
   ばならない具体的課題の把握や、ビジネス手法による解決方策の創出ができ
   る場づくり(コミュニティやネットワーク等)

〇以上のように、長野県は、製造業やサービス産業における「地域課題解決型のオ
ープンイノベーションプラットフォーム」構築の必要性を認識し、施策として取組
もうという姿勢であることは理解できる。しかし、長野県科学技術振興指針におい
ては、そのプラットフォームの構成要素の整備を論じるレベルに止まり、横浜市の
ようなプラットフォームの全体像を具体的に描き、その構築への道筋を論理的に提
示できるレベルには至っていない。

〇長野県科学技術振興指針の策定作業に参画する中で、製造業振興施策の担当行政
セクションが、県内地域の課題解決ニーズのみならず、地球規模の課題解決ニーズ
も把握し、その課題解決方策を産学官連携によって創出・ビジネス化していくこと
に資する仕掛け(プラットフォーム)を構築することを重要視していることが理解
でき、今後の新たな地域製造業の振興戦略(ものづくり産業振興戦略プラン等)の
策定・実施化において、どのような具体的施策として顕在化されるのか、大きな期
待を寄せているところである。

〇しかし、県内サービス産業の振興のために、製造業分野よりも強く、サービスの
生産性と付加価値の向上に資する「地域課題解決型のオープンイノベーションプラ
ットフォーム」構築の必要性を認識すべき担当行政セクションが、長野県科学技術
振興指針の中に、そのプラットフォームが必要な論理的根拠や、プラットフォーム
の全体像とその構築への具体的な道筋等を提示することができなかったことから、
県の現状のサービス産業振興戦略を、より実効性の高いものへ改善するために、速
やかに見直し作業に着手すべきことを強く認識させられた次第である。

【むすびに】
〇長野県科学技術振興指針の中に、先進的科学技術を活用し横浜市に比しても優位
性を有する「地域課題解決型のオープンイノベーションプラットフォーム」の全体
像とその構築への具体的道筋を明確に提示できなかったことについては、長野県科
学技術産業振興検討会議の委員として、振興指針策定に大きく関与できる立場にあ
った私の「不勉強」によるものと非常に反省している。

〇しかし、今後の科学技術振興指針の具体的推進活動の中においては、長野県にお
ける優位性ある「地域課題解決型のオープンイノベーションプラットフォーム」の
構築とその運営に関し、理論と実践の両面から、可能な限り貢献してまいりたいの
で、関係の皆様方のご支援・ご協力をお願いしたい。


ニュースレターNo.78(2016年2月24日送信)

長野県中小企業振興条例を遵守した中小企業振興施策の策定・実施・公表への期待

【はじめに】
○平成28年2月15日開催の長野県中小企業振興審議会の場で、長野県中小企業
振興条例第31条に規定された「知事の責務」としての、長野県の中小企業振興施
策の実施状況の公表がなされた。
 しかし、その公表内容は、残念ながら、長野県中小企業振興条例(以下「振興条
例」という。)の制定趣旨を全く無視したものとなってしまっていた。すなわち、
県が、振興条例の「基本理念」に基づく「県の責務」を十分に果たしていることを
分かりやすく説明するという観点からは、全く外れた公表内容になってしまってい
たのである。
※参考 振興条例第31条(施策の実施状況の公表)
 知事は、毎年、中小企業の振興に関する施策の実施状況について、その概要を
公表するものとする。

○このことは、長野県の中小企業振興施策の策定・実施担当部署が、未だに振興条
例の制定趣旨を的確に把握できず、かつ、振興条例を遵守することの重大性を十分
に認識できないでいることを指し示すものと言えるだろう。
 また、振興条例を遵守し、そこに規定された「県の責務」(「産業イノベーショ
ンの創出」に特に留意した中小企業振興施策の策定・実施)を遂行さえすれば、他
県等に比して優位性を有する中小企業振興施策を策定・実施でき、結果として他県
等に比して優位性を有する地域産業集積を早期に形成できるというチャンスを失っ
てしまっていることにも、同担当部署は気づいていないとも指摘できるのである。

【振興条例の制定趣旨】
○振興条例の制定趣旨は、第1条(目的)で、中小企業振興に関し、「基本理念」
を定め、「県の責務」等を明らかにするとともに、中小企業振興に関する施策の基
本となる事項を定めることであるとされている。

○そして、中小企業振興に関する「基本理念」については、第3条で、第1項から
第6項まで規定されているが、その中で、長野県の条例としての優位性の象徴とな
るのが、以下の第2項の規定である。
 中小企業の振興は、創業並びに次世代産業の創出及び集積が行われることなどに
より産業イノベーションの創出(新たな製品又はサービスの開発等を通じて新たな
価値を生み出し、経済社会の大きな変化を創出することをいう。)が促進されるこ
とにより、行われなければならない。

○この第3条第2項を特に尊重した形で、第4条第1項において「県の責務」が以
下のように規定されている。
 県は、特に産業イノベーションの創出が図られることに留意して、前条に定める
基本理念にのっとり、中小企業の振興に関する施策を総合的に策定し、及び実施す
るものとする。

○県は、中小企業振興施策の策定・実施に関しては、特に、振興条例で定義する
「産業イノベーションの創出」に留意しなければならないにもかかわらず、全くと
言ってよいほどに留意していないことを、ニュースレターで何度も具体的に指摘し
てきている。
 「産業イノベーションの創出」に留意しないこと(条例を遵守しないこと)が、
県が、他県等の地域産業政策に対する優位性を確保することに苦労している大きな
原因となっているのである。

【公表された実施施策の抜粋】
○中小企業振興審議会で、中小企業振興施策の実施状況の公表のために配布された
資料の「長野県の中小企業支援施策の体系」の一部を抜粋すると以下のようになる。
なぜか、振興条例で規定する「中小企業振興施策」という用語を使わず「中小企業
支援施策」の体系になっていた。
主要施策(1):信州をけん引するものづくり産業の振興
その施策の展開方向:@成長産業の創出
          A有望市場の開拓
          B次世代を担う産業の集積
          C人材の育成・確保
          D創業支援・経営体質の強化
主要施策(2):強みを活かした観光の振興
主要施策(3):夢に挑戦する農業
主要施策(4):森林を活かす力強い林業・木材産業づくり
主要施策(5):地域の暮らしを支える産業の振興
その施策の展開方向:@活力ある商業・サービス業の振興
          A創業支援・経営体質の強化(再掲)
          B地域に根ざした建設産業の振興

○この体系(他の配布資料も含めて)については、振興条例において、県が中小企
業振興施策を策定・実施する際には、県の責務として、特に「産業イノベーション
の創出」に留意すべきと規定されていることが、全く反映されていないのである。
なぜ、振興条例が期待する「産業イノベーションの創出」をキーワードとする公表
の形から外れた、このような資料で公表されることになってしまったのだろうか。
このことについては、以下で議論を深めてみたい。

               【条例制定趣旨を反映した中小企業振興施策公表の在り方】
○振興条例の規定による中小企業振興施策の実施状況の公表であるので、当然、そ
の公表内容は、県が、その振興施策の策定・実施において、振興条例の「基本理念」
にのっとり「県の責務」を的確に果たしていることを、広く県民に対して分かりや
すく説明するものとすべきこととなる。すなわち、県が、振興条例を遵守している
ことが、県民にとって分かりやすい形で、知事によって公表されるべきことになる
のである。

  ○したがって、「条例を遵守した公表の在り方」としては、以下のような体系・構
成を提案することができるだろう。
 目指す産業イノベーション(1)
  どのような新製品・新サービスの創出によって、どのような地域産業・地域社
 会の課題を解決し、どのような理想的な地域産業・地域社会を実現するのかにつ
 いての提示
 目指す産業イノベーション(1)を実現するための各種施策
  @ 施策A(進捗状況等を含む。)
  A 施策B(進捗状況等を含む。)
  B 施策C(進捗状況等を含む。)etc.

 以下、目指す産業イノベーション(2)以降の区分毎に、同様に、その産業イノ
ベーションを実現するために必要な各種施策を提示することになる。

○しかし、今の県は、このような公表形式に簡単には変更できない根本的な課題を
有している。それは、そもそも、県の中小企業振興施策の策定・実施自体が、振興
条例を遵守した形では全くなされていない現実があるからである。
 中小企業振興施策の策定・実施担当部署が、振興条例を遵守していない現実と遵
守しないこと(条例違反)の重大性を速やかに認識し、適切な対応をしていただく
ことを期待するのみである。

【むすびに】
○振興条例の規定に基づく、中小企業振興施策の実施状況に係る知事の公表の在り
方については、前述のように、公表内容の体系・構成を、振興条例の制定趣旨を反
映したものにすべきという課題の他に、公表の時期・媒体等も振興条例の制定趣旨
に適合させるべきであるという課題が残る。この課題についても、中小企業振興施
策の策定・実施担当部署で論理的に検討をし、適正かつ効果的な公表の実施化に結
びつけていただくことを期待したい。

○長野県の中小企業振興条例の他県等に対する優位性を、実際の中小企業振興施策
の策定・実施に戦略的に反映していただくことを切にお願いしたい。
 そのことが、長野県の中小企業振興施策の他県等の施策に対する優位性の確保に
つながり、その優位性のある中小企業振興施策の着実な推進によって、他県等に対
して優位性のある地域産業集積の形成が早期に実現できることになると信じるから
である。


ニュースレターNo.77(2016年2月6日送信)

長野県工業技術総合センターの在り方等に関する一考察

【はじめに】
○長野県工業技術総合センター(工技センター)の果たすべき役割については、長
野県組織規則で「長野県工業技術総合センターは、産業の発展に寄与することを目
的として、工業技術に関する試験研究及び支援を行うところとする。」と規定され
ている。
 そして、工技センターが自ら定めた使命については、「【技術支援を通じて企業・
県民・社会に貢献すること】長野県産業の中核的技術支援拠点として、技術相談、
依頼試験、施設利用、研究開発、人材育成等の事業を通じて、長野県産業の強みと
これまでの技術蓄積を活かし、国際競争力を発揮する次世代産業の創出、基盤技術
の高度化を支援するとともに、長野県の地域資源を活用した高付加価値な地域ブラ
ンドの創出等に努め、地域経済の活性化、雇用の確保、真に豊かな地域社会の形成
に貢献します。」とされている(平成26年度外部評価委員会調書)。「真に豊かな
地域社会の形成に貢献」するという、他県等の公設試験研究機関に誇れる高邁な使
命となっている。

○工技センターの果たすべき役割については、過去のニュースレターで幾度か提言
等をしてきた。まずは、その提言等のレビューから議論を展開したい。

【大学等との役割の差別化、存在意義の明確化(ニュースレターNo.29、No.59)】
〇県内企業の技術課題の解決への支援について、県内外の大学、試験研究機関、産
業支援機関等が様々な形で活動している。そのような中で、工技センターに最適な
役割、工技センターでなければ果たせない役割とは何か、という視点からの議論が
必要になる。
 しかも、工技センターが自ら担いたいと望む役割ではなく、工技センターが、県
内外の産学官から担うことを望まれる役割(他の機関と差別化できる役割、競合し
ない役割など)とは何か、という客観的視点からの議論が求められるのである。
 工技センターの役割や存在意義を、大学や他の試験研究機関等との関係の中で、
明確に認識できるようにするために、以下のような視点から議論することも有効で
あろう。

〇工技センターは、県内中小企業等が、技術シーズを提供してくれる大学や、新技
術の事業化・事業拡大に協力してくれる大企業等と、技術面では対等で効果的な連
携ができるよう、当該中小企業の設備・人材の不足部分を補う補完的役割を担うこ
とを、工技センターの使命の中に明確に位置づけることが必要になる。

○工技センターが、その使命の具現化のために必要な組織・体制を整備し、従来か
らの技術支援メニューの域を超えて、特定の中小企業による技術シーズの探索・選
定から、その技術シーズを応用した新技術・新製品の研究開発・事業化に至るまで
の工程を一貫して、当該企業と一体になって、当該企業の目的達成に貢献するとい
う、新たな技術支援メニューを提供できるようにすることが必要なのである。

〇そのことによって、地域産業振興における工技センターの役割を、大学や他の産
業支援機関等と明確に差別化し、工技センターでなければ担当できない技術支援機
能によって、優位性のある地域クラスターの形成促進に大きく貢献する、不可欠の
技術支援拠点として活躍することが期待できるのである。

【「地域課題の解決拠点」としての位置づけ(ニュースレターNo.31、No.59)】
○長野県の地域産業政策の基本的な政策理念「『貢献』と『自立』の経済構造への
転換」の具現化を推進する上では、科学技術や工業技術を活用した、地域課題の解
決方策の創出に必要な、人材や機器を有する唯一の県組織である工技センターの果
たすべき役割が、非常に重要になる。
 従来からの「地域産業の振興」の拠点としての工技センターの在り方に加え、
「県民生活の質的向上」の拠点としての工技センターの在り方についても議論し、
工技センターの新たな役割や立ち位置を、具体的かつ明確に提示できる地域産業政
策の策定・実施化が求められている。

○科学技術等を活用した地域課題の解決方策の創出・普及には、様々な分野の地域
課題の抽出・特定を担当する行政セクションと、科学技術等による地域課題解決方
策の創出・普及(ビジネスモデル化)を担当する行政セクションとの緊密な連携が
必要になる。
 工技センターを、科学技術等による地域課題の解決方策の研究開発を通した、異
なる行政セクション間の連携の要、すなわち「地域課題の解決拠点」として位置づ
けることが、縦割り行政の弊害を解消し、「『貢献』と『自立』の経済構造への転
換」の具現化に資する、最も現実的で効果的な政策的対応になると思われる。

  ○もちろん、工技センターを組織論的に「地域課題の解決拠点」として位置づける
だけではなく、「地域課題の解決拠点」が持つべき機能を明確化し、現状の工技セ
ンターに不足する機能については拡充強化していく政策的対応が不可欠なのである。

【地域の「技術の診療所・駆込み寺」であり続けること(ニュースレターNo.59)】
○工技センターは、県内中小企業が日常的に直面する技術課題の解決に親身になっ
て支援する、「技術の診療所」あるいは「技術の駆込み寺」として、地域産業の発
展に歴史的に多大の貢献をして来ている。今後もこの機能を維持・高度化すること
に努めなければ、工技センターの存在意義は薄れていくだろう。

〇工技センターは、中小企業独自では手が届かない技術課題解決用の高額な分析・
測定機器や、その的確な操作等のための専門技術者(現状では、工技センターの4
技術部門に約100人)を、効果的に整備・配置することによって、中小企業のため
の、広範な技術分野にわたる技術支援サービスの提供を可能として来ている。

○しかし、高度化する県内企業の技術支援ニーズに的確に応えられるようにするた
めには、工技センターの限りある人的・資金的資源を更に効果的に活用する工夫が
必要になる。具体的には、県の地域産業政策の具現化に必要な業務に特化するなど、
担当する技術支援サービス分野を可能な限り絞り込み、職員それぞれが、担当する
分析・測定分野に係る専門知識・技術・技能を更に深化させることが不可欠となる。

〇このことをもう少し端的に表現すれば、工技センターは、分析・測定機器の操作
やデータ収集・解析に関して、A分析装置、B測定装置、C計測装置のどれでも平
均レベルで操作等ができる職員ではなく、A分析装置しか操作等ができなくても、
超一流レベルで操作等ができる職員を育成・配置すべきということである。超一流
レベルになることが、職員の自己実現に通ずるのである。

〇工技センターが、特定の分析・測定技術分野で超一流レベルの職員を有すること
が、他県の公設試や企業が、工技センターとの広域的連携体制(補完的連携体制)
の構築を望む動機づけともなるのである。
 工技センターが、他県の産学官連携プロジェクトへの補完的参画を望まれるよう
になれば、工技センターを通して、そのプロジェクトへの県内企業の参画の機会も
拡大し、県内企業の広域的産学官連携を通した広域的ビジネス展開に、大いに貢献
できるようになるのである。

【使命「技術支援を通じて企業に貢献すること」の具現化への課題=工技センター
への信頼の根源にある、職員一人ひとりの能力の維持・高度化の取組みの重要性】
○ニュースレターでの提言等のレビューを参考に、工技センターが自ら定めた使命
である「技術支援を通じて企業・県民・社会に貢献すること」の具現化について論
理的に議論するために、ここでは便宜上、この使命を「技術支援を通じて企業に貢
献すること」と「技術支援を通じて県民・社会に貢献すること」の二つに分けるこ
とにする。

〇そして、工技センターの一つの使命である「技術支援を通じて企業に貢献するこ
と」を具現化するためには、「技術の診療所・駆込み寺」であり続けることを、使
命の中に改めて明確に位置づけるべきことを第一に提案したい。なぜならば、「技
術の診療所・駆込み寺」が、大学、産業支援機関等と明確に差別化できる工技セン
ターの役割に係る、非常に分かり易い概念と言えるからである。

○地域の中小企業等に信頼される「技術の診療所・駆込み寺」であり続けるために
は、工技センター職員一人ひとりが、その専門とする分析・測定技術を常に深化さ
せることができる基盤的な「人材育成システム」を、工技センター内にしっかりと
構築しておくことが不可欠となる。
 毎年繰り返される新旧職員の交代の中でも、その高度な分析・測定能力を維持・
発展させ続けてきた、工技センターの優れた「人材育成システム」を、論理的に見
直し更に効果的なシステムに高度化する取組みが必要になるのである。

【使命「技術支援を通じて県民・社会に貢献すること」の具現化への課題=組織規
則で規定された業務について、従来の概念を超えた明確な解釈と取組みの必要性】
○長野県組織規則に規定された工技センター設置の目的である「産業の発展に寄与
すること」とはどういうことなのか、についての基本的な考え方を明確にしておく
ことが、まず必要になる。そのためには、長野県科学技術振興指針(案)に提示さ
れている二つの「政策的アプローチ」(「県内産業の振興からのアプローチ」と
「地域課題の解決からのアプローチ」)が参考になる。

〇すなわち、工技センターの、産業の発展に寄与するための取組みについては、県
内企業の技術的課題の解決への直接的支援によって地域産業の発展に寄与すること
(政策的アプローチ@)と、地域課題の解決方策の創出を主導し、その解決方策の
ビジネスモデル化への支援によって地域産業の発展に寄与すること(政策的アプロ
ーチA)、という二つのアプローチがあるのである。

〇工技センターが自ら定めた使命の一つ「技術支援を通じて県民・社会に貢献する
こと」とは、正に地域課題の解決方策の創出への取組みによる地域産業発展への寄
与のこと(政策的アプローチA)なのである。
 したがって、工技センターが自ら定めた使命である「技術支援を通じて企業・県
民・社会に貢献すること」は、長野県組織規則が定めた工技センターの設置目的に
ぴったり整合していることが確認できるのである。

〇しかしながら、その使命の一つ「技術支援を通じて県民・社会に貢献すること」
(政策的アプローチA)に関する工技センターの活動については、外部評価委員会
調書の中にも具体的には示されていないのである。活動が不足しているということ
になるのである。

【むすびに】
○昨年の夏頃、工技センターの組織・業務等の見直しに関して、工技センター職員
の訪問調査に対応した。
 その際の職員とのやりとりの中で、最も印象に残っていることは、私が、「県内
企業等から信頼される工技センターの分析・測定能力を持続・高度化していくため
には、一人の職員が複数の分析・測定機器を担当したり、年々新たな機器が導入さ
れたりすることからも、個々の職員の分析・測定に関する知識・技術・技能のレベ
ルを維持・高度化していくことができる『人材育成システム』を、工技センター内
にきちっと構築しておくことが最重要課題になるのではないのか。」と質問した際
に、「その点については、それほど気にしなくても、うまく対応できている。」と
いう主旨の回答が返ってきたことである。
 私としては、工技センターの職員自身が気づかない内に、諸先輩が長年かけて築
いてきた合理的な「人材育成システム」が崩壊していくことを恐れたのであるが、
当該職員は、そのような恐れを全く感じていないようであった。

〇学生時代に機器分析化学を学び、県職員時代も数年間ではあるが環境分析に携わ
ってきた者としては、信頼できる分析・測定データを得ることの困難性・重要性に
ついては少なからず理解しているつもりである。
 例えば、環境行政においては、分析・測定データが法令で定められた規制値を超
えれば、事業者に対する行政処分(営業停止等)や刑事罰もあり得るというような
ことから、分析・測定データの信頼性が極めて重要になるのである。

〇工技センターの組織・業務の見直しについては、産業振興における信頼性のある
分析・測定データを提供することの意義・重要性・困難性等を十分に認識した上で、
それが常に確保できるようにするシステムの構築を最優先した、地道な見直しを期
待したいのである。
 信頼性のある分析・測定データを提供できることが、全ての技術支援サービスの
存立基盤となっているのである。


ニュースレターNo.76(2016年1月20日送信)

長野県の新たな「ものづくり産業振興戦略」のビジョン・シナリオ・プログラムの在り方
〜長野県中小企業振興条例を遵守したイノベーション創出志向の強い「ものづくり中小企業振興戦略」としての策定を期待して〜

【はじめに】
〇日本経済の持続的成長のためには、絶え間なくイノベーションが創出される経済・
産業システムを構築することが必要と言われている。したがって、国の成長戦略は、
イノベーション創出型の経済・産業システムの構築を促進する制度的基盤を整える
ことに焦点を当てるべきことになる。
 そして、国は都道府県等と連携して、1983年からのテクノポリス法や、2001年か
らの産業クラスター計画など、いわゆる地域クラスターというイノベーション創出
型の産業集積を地域に形成することを目指す、様々な産業政策に取組んできた。

○しかし、その産業政策がモデルとしたシリコンバレーのような、「イノベーショ
ン創出システム」をフルセットで内包し、自律的に拡大再生産していく地域クラス
ターを形成することは未だにできておらず、日本の今までのイノベーション政策は、
成功したとは言い難い状況にある。

〇長野県においても、国のイノベーション政策に連動し、産学官が連携して様々な
取組みを積極的に展開してきてはいるが、その政策が本来的に形成を目指す「イノ
ベーション創出システム」を高レベルで内包する地域クラスターは、実現できない
ままになっている。しかし、高レベルとは言えないまでも、長野県においても、政
策的努力によって「イノベーション創出システム」が徐々に高度化してきているこ
とは、間違いのない事実である。

〇なお、ここでの議論におけるイノベーションという用語は、長野県中小企業振興
条例が定義する産業イノベーションと同義として使用することにする。
 長野県中小企業振興条例では、以下の様に産業イノベーションを定義している。
 産業イノベーションの創出=新たな製品又はサービスの開発等を通じて、新たな
価値を生み出し、経済社会の大きな変化を創出すること

【シリコンバレーの「イノベーション創出システム」の骨格】
○新たな「ものづくり産業振興戦略」の策定に向けての議論においては、長野県に
おける高レベルの「イノベーション創出システム」の整備が一つの重要なテーマに
なるだろう。したがって、その議論に参加する方々の、高レベルの「イノベーショ
ン創出システム」についての認識の摺り合わせのためにも、イノベーション主導型
の経済・産業成長の成功モデルである、シリコンバレーの「イノベーション創出シ
ステム」の骨格をここで確認しておきたい。

〇シリコンバレーの「イノベーション創出システム」の主な構成要素としては、以
下の6つの機能に整理できる。
 ※参考文献 NIRAオピニオンペーパーNo.19/2016.1
         日本型イノベーション政策の検証
@ 高リスクのベンチャーに資金を提供する金融システム
 ベンチャーキャピタルは、リスクの高いベンチャーに出資するだけでなく、通常、
経営にも深く関与する。経営状況を詳細に監視し、必要な指導・支援をタイムリー
に実施する。
A 質が高く、多様で、流動性の高い人材を供給する人的資本の市場
 大企業と小規模スタートアップ企業が優れた人材をめぐって競争し、様々な企業
間を人材が頻繁に移動する。この仕組は、徹底した成果主義であり、世界中から才
能ある人材を惹きつけている。
B 革新的なアイディア、製品、ビジネスを絶え間なく創出する産学官の共同
 革新的なアイディアの多くは、トップクラスの大学、スタートアップ企業、政府
機関および研究機関の協業によって発展する。産業界での技術発展や新たな課題が、
大学の研究の最前線を刺激し、大学における理論的発展が産業界の技術進歩に貢献
する。政府は新技術を使った製品・サービスの購入者としても貢献している。
C 既存大企業と小規模スタートアップ企業が共に成長する産業組織
 大企業は、通常、研究開発初期段階では、小規模スタートアップ企業、大学、他
の大企業と協業し、商品化段階では極端な秘密主義を貫く。
D 起業家精神を促進する社会規範
 失敗を受入れ、失敗した起業家に再度チャンスを与える「文化」は、@の金融シ
ステムとAの人的資本市場によって支えられている。また、繰返しリスクを取り、
失敗を有意義な経験と見ることを強調する社会規範が存在する。
E スタートアップ企業の設立と成長を支える専門家群
 法律事務所、会計事務所、メンター、インキュベーターなどの専門家群の存在が、
初期のスタートアップ企業が本業以外に時間を費やさないで済むことに大きく貢献
している。

【長野県のイノベーション政策に係る規範的政策理念】
〇長野県の中小企業振興施策の企画・実施に係る法的規範として、長野県中小企業
振興条例がある。長野県が、これから新たに策定する、製造業の振興に焦点を当て
た「ものづくり産業振興戦略」のビジョン・シナリオ・プログラムは、当然、この
中小企業振興条例の規定に適合すべきことになる。

〇中小企業振興条例では、その前文で、「長野県の中小企業は、産業発展の原動力
であり、地域社会を担う重要な存在である。」とし、「中小企業者は、時代の変化
にしなやかに対応し、新たな分野への進出等に果敢に挑戦し、産業イノベーション
を巻き起こすことが期待されている。」とされ、長野県では、中小企業がイノベー
ション創出の主役として位置づけられているのである。

〇そして、条例の第3条(基本理念)で、中小企業の振興は、創業並びに次世代産
業の創出及び集積が行われることなどにより産業イノベーションの創出が促進され
ることによって、行われなければならない旨を規定している。
 更に、第4条(県の責務)では、県は、特に産業イノベーションの創出が図られ
ることに留意して、基本理念にのっとり、中小企業の振興に関する施策を総合的に
策定し、及び実施する旨を規定している。
 すなわち、長野県においては、「中小企業の振興=産業イノベーション創出の促
進」であり、「中小企業振興戦略=産業イノベーション創出戦略」であると言って
も過言ではないのである。

○また、この産業イノベーションの創出は、条例の定義にある通り、経済社会の大
きな変化を創出すること、より具体的に言えば、経済社会が抱える大きな課題を解
決し、より豊かな経済社会を実現することを意味することから、長野県の地域産業
政策の基本的かつ最上位の政策理念である「『貢献』と『自立』の経済構造への転
換」に大いに資することにもなるのである。

○中小企業振興戦略に関して、長野県のように、経済社会の大きな変化を創出する
ことまでを含む、広義のイノベーション(イノベーションの本来の姿)の創出を重
要視している都道府県は珍しいのではないだろうか。長野県は、優位性ある中小企
業振興戦略(中小企業を主体とする「ものづくり産業振興戦略」)を策定しうる法
的根拠(法的優位性)を有しているのである。

〇条例を遵守する立場からは(条例に規定された県の責務を果たすためには)、長
野県の「ものづくり産業振興戦略」においては、中小企業を主体とする長野県のも
のづくり産業が、高度なイノベーション創出力を有するようになることを、目指す
姿(ビジョン)として位置づけ、そのビジョン実現のために解決しなければならな
い課題の抽出・特定とその解決方策の創出の道筋(シナリオ)を提示し、そのシナ
リオを着実に推進するために必要な各種施策(プログラム)を列挙すべきことになる。

【新たな「ものづくり産業振興戦略」の策定作業における留意事項】
〇「ものづくり産業振興戦略」の策定作業で最初に設定すべきビジョンについては、
5年間程度の戦略期間内に実現可能性のある具体的ビジョン(中小企業が高度なイ
ノベーション創出力を有する状態を具体的に説明する、いくつかの各論的ビジョン
になるだろう。)として設定することが必要となる。
 この各論的ビジョンは、長野県のものづくり産業の発展方向(ものづくり産業振
興戦略の政策的対応の方向性)を具体的に提示するものであり、これが定まれば、
あとは、一定の効果が期待でき、実行可能性の高い、各論的ビジョン実現のための
方策(仕掛け)を創出する道筋(シナリオ)を描き、そのシナリオを着実に推進す
るために必要な各種施策(プログラム)の企画に取組めば良いことになる。

○一般的に成長が期待できると言われている、健康・医療分野、環境・エネルギー
分野、次世代交通分野などの産業集積というような、全国共通の抽象的ビジョンの
設定では、長野県としての政策的な独創性や優位性を確保し、他県等の産業集積と
の競争に勝てるイノベーション創出型の産業集積の形成を実現できる「ものづくり
産業振興戦略」は策定できないだろう。
 やはり、長野県のものづくり産業の振興に係る、長野県固有の潜在的あるいは顕
在的な産業政策的ニーズを具体的に反映した、各論的ビジョンの設定が必要になる
のである。

〇各論的ビジョン実現のためのシナリオ・プログラムの中心は、当然、長野県の中
小企業のイノベーション創出力を高めることに関連する事項になるだろう。長野県
の中小企業のイノベーション創出力を高めるためには、理想的には、シリコンバレ
ーの「イノベーション創出システム」と同様なシステム(ソフト・ハードのインフ
ラ)を長野県内に整備することを目指すべきことになる。
 しかし、「ものづくり産業振興戦略」の通常の戦略期間(5年程度)内に、それら
の全てを十分に整備することは不可能である。したがって、シリコンバレーの「イ
ノベーション創出システム」の6つの機能の中のどの機能を、どのように長野県に
相応しい形にカスタマイズして整備すべきかが、シナリオ・プログラムの検討にお
ける重要課題となる。

【地域ものづくり産業の新たなビジネスモデル構築への言及の必要性】
〇長野県のものづくり産業が、これから真正面から取組むべき課題の一つとして、
IoTの活用がある。IoTの活用によって、ハードを提供するものづくり企業が、その
ハードと関連するサービスも提供する高付加価値型のビジネスモデルを構築してい
る先進事例が、様々な文献等でも紹介されている。

〇例えば、世界でたった一つのパーソナルオーダーに対応できるマス・カスタマイ
ゼイション、センサー・データの活用による故障予知、サプライチェーン情報の統
合による生産リードタイムの大幅削減、論理的に最適な仮想生産ラインと現実の生
産ラインの同調化など、IoT活用による新たな「収益源」が様々に創出されているの
である。
 これらの先進事例からは、IoTが、地域の中小企業の生産活動をより高付加価値
化することに多大の貢献をしうるツールであることが分かり、長野県の「ものづく
り産業振興戦略」のビジョン・シナリオ・プログラムの在り方について議論する際
には、IoT活用は、避けることのできない課題となるのである。

〇なお、「ものづくり産業振興戦略」において、IoT活用を扱う場合に注意すべきこ
とは、IoT活用そのものを戦略の「目的」として位置づけてはならないということで
ある。すなわち、IoT活用は、あくまで、長野県のものづくり産業が目指すべき姿
(ビジョン)を実現するための、シナリオ・プログラムの中の一つの「ツール
(手段)」として位置づけられるべきものであるということなのである。

【むすびに】
〇各論的ビジョン実現のためのシナリオ・プログラムを検討する際には、当然、「イ
ノベーション創出システム」の整備における他県等の先進事例を参考にすることにな
るだろう。
 そして、長野県においても、その先進事例と類似の「イノベーション創出システム」
の整備に取組むことも重要ではあるが、少し視点を変えて、既に構築されている他県
等の先進的な「イノベーション創出システム」を長野県の中小企業も活用し、そのイ
ノベーション創出力を高めることができるようにするという、現実的な方策について
も検討する価値は十分にあるだろう。
 すなわち、先進的な「イノベーション創出システム」を有する他県等の地域クラス
ターとの広域連携を、長野県の「イノベーション創出システム」の補完システムとし
て、「ものづくり産業振興戦略」の中に位置付けるべきであるということである。

○長野県の新たな「ものづくり産業振興戦略」が、産学官の関係者の活発な議論の下
に、長野県中小企業振興条例が内包する優れた政策理念を反映した、イノベーション
創出志向の強い「ものづくり中小企業振興戦略」としての役割を兼ね備えた形で策定
されることを期待したい。


ニュースレターNo.75(2016年1月7日送信)

長野県の新たな地域産業政策の策定への基本姿勢の在り方
〜フロントランナー型よりキャッチアップ型の重視を〜

【はじめに】
〇元旦の日本経済新聞の「日本経済 生き残りの条件 新たな時代の『追いつき
追い越せ』へ」という見出しの社説を読み、長野県における今後の地域産業政策
策定への基本姿勢の在り方が、少しではあるが明確になってきたように感じた。
 その社説の主旨は、勝手にまとめさせていただくと以下のようになるだろう。
 日本は、1990年代半ばには、国民1人当たり名目GDPが世界3位を維持していた
のに、2014年には27位(東アジアでは香港に抜かれ4位。その上にはシンガポー
ル、ブルネイが位置する。)に沈んでいる。1人当りGDPからすれば、もはや日本
は中位国でしかない。しかし、日本は、その現実(おのれの姿)を正確に認識で
きずに適切な対策をとれないでいる。日本は、明治、戦後と2度にわたって外に
モデルを求め、内を改め、世界に伍してきた。今また新たな「追いつき追い越せ」
の時代がやってきている。

○長野県は、知事を先頭にして、地方創生関係を含む様々な地域産業政策に係る
説明の場において、よく「長野県は、地方創生のフロントランナーになる。」と
か「長野県は、日本一創業しやすい県になる。」とかアピールしている。この社
説を読んだ時、長野県は、産業界に対してどのような支援施策を整備し、その支
援施策の活用によって産業界がどのような成果を上げれば、地方創生のフロント
ランナー、日本一創業しやすい県であると胸を張って言えるのか、良く理解した
上で発言しているのか心配になったのである。

○長野県工業の製造品出荷額の推移を見ると、1991年には約7兆円あったのが、
2010年代には、生産活動の海外展開の拡大等から5兆円程度にまで減少している。
県内においては、比較的高い賃金を支払える重要な雇用の場(県外で高等教育を
受けた若者が、地元に帰り高度な専門性を活かして働ける場)が失われつつある
という、非常に深刻な状況にあるのである。効果的な対策を速やかかつ的確に講
じなければならない状況になっているのである。

○長野県が、そのような現実の深刻さ(おのれの姿)を十分に認識できずに、地
域産業再生が重要な位置を占める地方創生におけるフロントランナーになりたい
という、単なる願望を語っているだけで、地域産業再生への論理的道筋を提示で
きないままでいれば、地域の産業界等からの、政策策定に責任を有する県組織と
しての能力が不十分であるという批判は、更に高まることになろう。

○先進県の地域産業政策を参考にして、長野県の地域産業政策の他県等に対する
優位性(フロントランナーと言える優位性)は、どこにどのようにあるのか、じ
っくり分析すれば、長野県も、フロントランナーなどと唱える前に、地域産業政
策における、新たな「追いつき追い越せ」の姿勢を求められていることに気付く
のではないだろうか。

○いずれにしても、長野県の地域産業政策に係る現状の最も深刻な問題は、非常
に優れた政策理念(ビジョン)を掲げながら、それを具現化するためのシナリオ・
プログラムを策定し実施化する「パワー」が不足していることを、未だに正確に
認識できないでいることと総括できるだろう。

【長野県の地域産業政策の「政策理念」の優位性】
○長野県の地域産業政策の「政策理念」は、長野県総合5か年計画の政策推進の
基本方針に掲げられている「『貢献』と『自立』の経済構造への転換」である。
 地方自治体の地域産業政策においては、各種の振興施策によって地域産業・経
済の「自立」を目指すことを「政策理念」とすることは当たり前にあっても、地
域産業による住民生活の質的向上への「貢献」と、地域産業・経済の「自立」と
の整合(両立)を目指すことを、「政策理念」として大きく前面に掲げることは
極めて稀と言えるのではないだろうか。

○国際競争力を有する付加価値の高い新技術・新製品を創出・事業化するために
は、地球規模で、地域住民や地域産業の抱える課題を探索・抽出し、その解決方
策を創出・供給し課題の解決に貢献するという、新たなビジネスモデルの確立が
必要であることが、近年、国レベルの科学技術や産業の振興に係る政策の中で強
調されるようになっている。そのような視点からは、長野県は、地域産業政策の
「政策理念」に関するフロントランナーであると言っても過言ではないのである。

○繰り返しになるが、長野県の地域産業政策に係る根本的な問題は、優れた「政
策理念」を有しながら、それを自信を持って内外に広く強くアピールし、地球規
模で同志を募り、その具現化に向けた、新規性や優位性のある具体的プロジェク
トの企画・実施化を主導できる、理論面や戦略面で十分な「パワー」を有する
「拠点」が存在していないことなのである。その「拠点」不在のために、いわば
「宝の持ち腐れ」状態が続いているのである。

【「政策理念」具現化への劣位性の改善方策】
○長野県では、政策的に実現を目指す姿(ビジョン)として「『貢献』と『自立』
の経済構造への転換」を位置付、先進的な科学技術の活用によってそのビジョン
の実現を目指す、「長野県科学技術振興指針(仮称)」の策定作業が大詰めを迎
えている。
 「長野県科学技術振興指針(仮称)」においては、まだ、「案」の段階ではあ
るが、長野県の製造業の目指す姿(各論的ビジョン)として、「先進的な科学技
術の活用による市場競争力を有する『貢献』と『自立』のものづくり産業の実現」
を設定し、そのビジョン実現のために解決しなければならない課題とその解決方
策の創出の道筋(シナリオ)を提示し、そのシナリオの着実な推進に必要な各種
施策(プログラム)を掲げている。

○具体的には、そのビジョン実現のために解決しなければならない課題として、
地域の産業界においては、地域課題を把握しそれを解決するための技術や製品を
開発しビジネス化するという取組みが不活発であることや、行政においては、地
域課題の解決に産業界の協力を求める姿勢が欠如していること、などを提示して
いる。

○そして、その課題の解決方策創出の道筋(シナリオ)として、国内のみならず
海外の地域課題も把握でき、その解決方策の仕様等を検討できる仕組みを構築す
ることなどを提示している。

○更に、そのシナリオの着実な推進のための各種施策(プログラム)としては、
県内企業が、県民や地域等の課題に係る情報を把握できる場や、その課題の解決
方策の仕様(必要な機能等)に係る情報収集や検討ができる場の構築、県内企業
が、海外の地方政府や産業支援機関等との交流・連携等を通じて、海外の地域等
が抱える課題を把握できる仕組みについての調査・検討などが提示されている。

○このように、「長野県科学技術振興指針(仮称)」の中には、地域産業による
住民生活の質的向上への「貢献」と、地域産業・経済の「自立」との整合を実現
するために必要な、新たな「政策的仕掛け」の構築が組込まれているのである。
 この新たな「政策的仕掛け」が効果的に稼働し、長野県の地域産業政策が他県
等に対して優位性を確保できるようになること(長野県は地域産業政策のフロン
トランナーであると胸を張って言えるようになること)を期待したい。

【むすびに】
○ここで取上げた日本経済新聞の社説の外にも、今後の長野県の地域産業政策の
策定への基本姿勢の在り方について、様々に示唆を与えてくれる記事等があった。
 その中で、IoTによる生産性向上に関する記事等が良く見られたが、生産工程
に安価なセンサーや通信機器等を配置さえすれば、容易に各種デ―タを収集でき
ることから、IoTによる生産工程管理システムの構築は、中小企業にとってもそれ
ほど難しいものではないので速やかに取組むべき、というような主旨のコメント
が気になった。

○生産工程からの各種データの収集によって生産工程を管理するためには、集め
られたデータが、理想的な生産状態のデータからどの程度ずれているかを瞬時に
評価し、必要に応じて生産状態を理想的状態へ速やかに戻すことができるシステ
ムの構築が必要となる。この場合、キーになるのは、各生産工程が理想的状態に
あることを示す各種データの蓄積(「データ集」の作成)である。この「データ
集」が無ければ、IoTによる生産工程管理はできない。この「データ集」が生産
に係るノウ・ハウの宝庫であり、競争力の源泉となるのである。そして、その
「データ集」の作成には、理想的な生産条件の抽出・特定とそのデータ化いう、
非常に煩雑で困難性の高い作業が必要になることを誰も指摘していなかったので
ある。

○「長野県科学技術振興指針(仮称)」においては、「県内生産拠点を研究開発
型・中核生産拠点(マザー工場)とする高生産性グローバルネットワークの構築
を促進」するために、「IoTによるスマート工場を核とする、高生産性のサプライ
チェーン構築実現のための調査・検討」に取組むことになっている。この場合、
競争力の源泉を、「IoTによる生産性向上」のみに求めるのではなく、「IoTによ
る付加価値向上」にも求める視点を尊重する調査・検討をしていただくことを期
待したい。