○送信したニュースレター2019年(No.135〜154)


ニュースレターNo.154(2019年12月23日送信)

地域学による地域観光振興戦略の質的高度化〜「絶対的優位性を有する観光資源」の発掘・活用による地域課題の解決を目指して〜

【はじめに】
○観光客のニーズの多様化により、地域にとってはありふれたモノ
(有形・無形)であっても、観光資源化が可能な場合が多々ある状況下
で、地域が、観光地としての優位性・独創性を確保し、安定的・将来的
な発展を実現するためには、「絶対的優位性を有する観光資源」を核と
した、中長期的視点に立った観光振興戦略を策定・実施化することが決
め手となると考え、その「絶対的優位性を有する観光資源」の論理的な
発掘・活用手法を見出そうと努めてきたが、未だにその「解」を得るこ
とができていない。
※参照:ニュースレターNo.7(2013年6月16日送信「観光振興戦略につ
いての一考察〜絶対的優位性を有する観光資源の活用〜」)

※「絶対的優位性を有する観光資源」の定義:ここでは、他地域がどん
なに努力しても絶対に獲得することができない唯一無二の観光資源のこ
とと定義する。イメージとして、筆者の身近なところでは、世界で唯一
と言われる山ノ内町の温泉につかる猿(スノーモンキー)、小布施町の
葛飾北斎の天井画などを挙げることができるだろう。
 逆に、絶対的優位性のない観光資源の身近な例としては、高原の夏の
涼しさ(避暑等)や冬の雪(スキー等)、飲食物としてのそば(そば打
ち体験等)や日本酒(蔵めぐり、試飲等)などを挙げることができるだ
ろう。

○そのような状況下、日本学術会議公開シンポジウム「第2期を迎えた
地方創生と地域学のパースペクティブ」に参加する機会に恵まれ、地域
学についての認識を若干深めることができた。
 地域学は、新たな地域資源(地域の文化や歴史、産業、自然環境等)
の発掘・活用によって、地域が直面する課題を解決し、地域生活の質的
向上と安全安心な地域社会の実現を目指す、学術性と実践性を備えた学
問であることから、地域学が、その「解」を得る道筋を提示してくれる
ことを期待して、今回のテーマを設定した次第である。

【「絶対的優位性を有する観光資源」を核とした観光振興戦略の意義】
○観光資源自体の価値において、他の観光地に対する絶対的な優位性を
確保できれば、類似の観光資源を有する観光地同士が、PR活動の差別化
でしのぎを削るような「消耗戦」を省くことができ、中長期的展望に立
って、より投資効率の高い、より本質的な観光振興事業の企画・実施化
に集中することが可能となるのである。
 ここに「絶対的優位性を有する観光資源」を核とした観光振興戦略の
意義があるのである。

○「絶対的優位性を有する観光資源」を核とする観光振興戦略について
は、以下の4つの基本的戦略要素で構成することになるだろう。
@「第1の要素」:「絶対的優位性を有する観光資源」を発掘し、その
価値・評価を高める戦略
A「第2の要素」:その「絶対的優位性を有する観光資源」の存在を広
く知らしめる効果的周知方策等を含むPR戦略
B「第3の要素」:その「絶対的優位性を有する観光資源」の活用によっ
て解決すべき、地域の経済的あるいは社会的な課題の特定と解決のため
の戦略
C「第4の要素」:その「絶対的優位性を有する観光資源」が存在する
場所を訪れる人々を「心地よくする」ことに資する、インフラの整備や
付帯サービスの提供などを実施化する戦略

○長野県観光戦略2018(2018年〜2022年)は、実現を「目指す姿」とし
て「そこに暮らす人も訪れる人も『しあわせ』を感じられる世界水準の
山岳高原リゾート」を掲げてはいるが、長野県が目指すべき「世界水準
の山岳高原リゾート」とは、具体的にどのような優位性のあるリゾート
なのか。

○同戦略では、「信州の山里に育まれた健康でしあわせなライフスタイ
ルや未来への知恵を、世界の人々とともに享受することのできる新たな
リゾートの形を提案します」とするだけで、県民が共有すべき、新たな
リゾートの具体像を分かりやすく描けていないことから、「目指す姿」
具現化へのシナリオ・プログラムの論理的な提示もなされていない。

○また、同戦略が提示する「信州の優れた観光資源」についても、「ア
ウトドア、癒し、食、歴史・文化、インフラ資産など」というような、
内外の観光地に共通的な観光資源(分類)の例示に止まり、長野県なら
ではの新たな「絶対的優位性を有する観光資源」の発掘・活用のヒント
になるような記載はどこにも見当たらない。

【「絶対的優位性を有する観光資源」の発掘・活用の地域学による戦略的高度化】
○長野県においては、既に県内外で認知されている「絶対的優位性を有
する観光資源」の活用を戦略的に更に高度化すべきことは当然である。
 すなわち、従来からの活用方法に安心せず、当該資源の人文科学的、
社会科学的、自然科学的な価値の再評価や、再評価の成果のアピールを
中核に据えた、新たな観光振興戦略の策定・実施化等に更に積極的に取
組むべきであるということである。
 さもなければ、いわば「宝の持ち腐れ」になってしまう(例えば、当
該観光資源の活用方法の改善による、観光関連産業の更なる発展の機会
を逸失するリスク等がある)ということである。

○そのような取組みと並行して、新たな「絶対的優位性を有する観光資
源」になりうる地域資源を探索・発掘する取組みが、観光関連産業の持
続的・拡大的発展のためには不可欠となる。
 そこで、新たな「絶対的優位性を有する観光資源」になりうる地域資
源の発掘と、絶対的優位性の客観的評価・確認のための作業の論理的な
企画・実施化には、地域学の活用が有効となることから、地域学の地域
観光振興への応用に関する専門的・学術的な知識を有し、具体的な発掘・
活用計画の策定・実施化を主導できる産学官民連携体制の整備を提案し
たいのである。

【地域学による「絶対的優位性を有する観光資源」の発掘・活用へのアプローチ手法】
○長野県や市町村が発掘・活用を目指すべき「絶対的優位性を有する観
光資源」は、最初から一般の人々が全て高い関心を持つようなものであ
る必要はない。
 例えば、歴史学の専門家が、県内で発掘された歴史的資産の学問上の
価値や希少性を高く評価し、それを県内外に広く発信すれば、歴史的資
産分野に関心のある人に、他県等には存在しないその歴史的資産(観光
資源)を見るために県内を訪れることを動機づけることができるだろう。

○例え訪れる人の数は少なくても、特定の趣味・嗜好分野の人が集まる、
知る人ぞ知る「メッカ」を地域に形成できれば、前述した観光振興戦略
の「第2の要素」であるPR戦略や、「第4の要素」であるインフラ整備・
付帯サービス提供等によって、集まる人の趣味・嗜好分野や人数を順次
拡大させていくことは、比較的容易な課題と言えるだろう。

○内外の特定の趣味・嗜好分野の人が訪れてくれる「メッカ」を、地域
学の論理によって形成していく戦略の策定においては、観光振興戦略の
「第3の要素」である、「メッカ」形成によって解決すべき地域の経済的・
社会的課題とその解決への道筋を如何に提示するかが、戦略の実効性を
確保する上での重要事項となるのである。
 すなわち、観光振興戦略において、ただ漠然と観光客の増加を目指す
のではなく、観光客の増加によって実現を目指す地域の姿を具体化・明
確化し、その実現のために解決すべき課題とその解決への道筋を提示す
ることによって、関係の産学官民の戦略遂行の意思・意欲をより強固な
ものにできるということである。

○以上のことから、「メッカ」形成を目指す、地域学を核とした産学官
民連携活動を如何にして活性化させるかが、観光振興における今後の重
要課題になると言えるのである。
 以下に、「メッカ」形成に資する地域学による「絶対的優位性を有す
る観光資源」の発掘・活用へのアプローチ手法の一例を提示してみたい。

[発掘・活用作業の主体の整備]
 地域学に基づく「絶対的優位性を有する観光資源」の発掘・活用に必
要な専門的・学術的な知識を有し、具体的な発掘・活用計画の策定・実
施化を主導できる「調査研究のための産学官民連携体制」(地域の観光
振興組織のコーディネータ、地域の観光振興に関心の高い一般住民や企
業経営者、当該資源分野の学術的専門家、関係自治体の観光振興担当職
員などで構成)を整備する。

[発掘・活用作業の手順]
1 観光資源の発掘・評価作業
@人文科学、社会科学、自然科学の視点から価値のある地域固有の資源
の探索
※「調査研究のための産学官民連携体制」による、郷土史研究家など地
域資源について学際的視点から把握している専門家等へのヒアリングを
含むフィールドワーク(現地調査)を実施。

A探索された地域固有の資源の学術的・普遍的価値の見出し・評価
※「調査研究のための産学官民連携体制」による、学術的・普遍的価値
の特定・提示のための調査研究の実施。広く専門的な意見等を取り込み、
価値をオーソライズするためのシンポジウム等も実施。

B観光資源化が可能な地域固有の資源の抽出
※人文科学的、社会科学的、自然科学的に価値のある地域固有の資源に
ついて、不特定多数の人を対象として、分かりやすく公開、あるいは容
易に体験できるかなど、観光資源としての活用の可能性等について検討。

C観光資源化が可能な地域固有の資源の、観光振興に資する価値につい
ての地域内での共通認識化
※例えば、地域住民が、地域固有の資源の価値についての認識を共有し、
観光資源としての活用の意義を理解することに資する学習会・講演会等
の開催など。
 このような取組みによって、地域固有の資源の観光資源としての活用
に関して、地域住民と観光客の間での「対立」の発生を防ぎ、地域住民
の協力を得られるようにする必要がある。

D当該観光資源を目当てに当該地域を訪れてくれそうな産学官民の各層
への当該資源の価値の伝達
※様々な情報伝達媒体を活用し、当該資源の価値・魅力を県内外に広く
発信。当該資源に関心を有する産学官民の各層を対象とした、当該資源
の価値・魅力について学べるイベントの開催等の、「メッカ」形成に必
要な各種事業の継続的な企画・実施化。

E観光客が当該資源の価値・魅力を常時見聞き・体験できる場(ソフト・
ハード)の設営

2 観光資源の有効活用作業
@地域固有の資源の観光資源化によって解決すべき観光関連産業(各種
のサービス産業、ものづくり産業、農林水産業等)や住民生活に係る課
題の抽出・提示

A当該観光資源の活用による、当該課題の解決へのシナリオと、その推
進に必要な各種プログラムの検討・策定

B各種プログラムの具体的な企画・実施化体制の整備とプログラムの効
果的推進

【むすびに】
○地域において、観光によって経済的豊かさを確保しようとする場合に、
手っ取り早く収入増(観光客の人数や消費額の増)を実現できる方策を
優先しようとすることは当然のことである。
 しかし、他地域でも類似の対応ができるようなレベルの、例えば、地
域の観光資源の固有性を活用・アピールできない、その時々の全国的な
流行に迎合したイベントの開催等に頼り、類似イベント等で競合する他
の観光地に対する誘客力不足を、過度のPR活動等で補完しようとするよ
うな「消耗戦」的な観光振興戦略では、観光地としての安定的・将来的
な発展は期待しにくい。

○そこで、観光地としての真の優位性を高め、安定的・将来的な発展を
確保するためには、「絶対的優位性を有する観光資源」を核とした、中
長期的視点に立った観光振興戦略を策定し、それを着実に実施化してい
くことが、観光振興の重要な方策の一つになること、その「絶対的優位
性を有する観光資源」の発掘・活用には、地域課題の解決という視点を
組み込んだ地域学の応用が有効であることを提案させていただいた。

○今後、県や市町村の観光振興戦略が、「絶対的優位性を有する観光資
源」の発掘・活用等の新たな戦略的仕掛けを組み込み、他県等に比して
優位性・独創性を有する質的に高度なものとなることを目指す、地域学
を核とする学際的な議論が活発化することに期待したい。


ニュースレターNo.153(2019年11月28日送信)

インバウンド(訪日外国人旅行)の拡大による地域活性化
〜地域の経済的・社会的課題の解決という視点を組み込んだインバウンド戦略の必要性〜

【はじめに】
〇訪日外国人旅行者数は、日本政府観光局の資料によると、2013年に初
めて1,000万人を超えると、2018年には3,100万人を超えるというように、
ここ数年大きく伸びて来ている。それに伴い、少子高齢化等で経済的・
社会的活力が低下してきている地域の活性化方策としてのインバウンド
への注目度が高まっている。

〇しかし、インバウンドによる経済効果は、爆買いやゴールデンルート
による観光などの場である大都市圏に偏りがちで、地方圏を訪れるイン
バウンド客数は限られているのが現状である。
※経済効果:2018年の訪日外国人旅行消費額は、4兆5,189億円、一人当
たり旅行支出は、15.3万円。費目別には、買物代34.7%と最も多く、次
いで宿泊費(29.3%)、飲食費(21.7%)の順で多い。
(参考:政府観光局資料)
※ゴールデンルート:訪日外国人旅行者にとっての定番旅行ルート(メ
ジャーで人気のある観光スポットを回る旅行行程)のこと。最も人気が
高いのは、東京・箱根・富士山・名古屋・京都・大阪を周遊するルート
と言われる。

〇そこで、訪日外国人旅行者数の増加を地域活性化に結びつけるために
は、従来の大都市圏型の外国人旅行者を地方に呼び込む、地域ならでは
のインバウンド戦略が必要となる。より具体的には、各地域が、その地
域ならではの観光商品の開発・提供などを含む、他地域に対する優位性・
独創性を有するインバウンド戦略を策定・実施化することが必要になる
ということである。

【地域ならではのインバウンド戦略策定における「一般論的な留意ポイント」】
〇「どの国の観光客」に、「どのようなサービス」を、「どのような方
法」で提供すべきか、という視点から、まずは、インバウンド戦略策定
における「一般論的な留意ポイント」を以下に整理して提示する。
(参考:日本総合研究所資料)

1 その地域の個性に適合した「どの国の観光客」を誘致対象にすべきか。
@旅行シーズン(長期休暇の取得時期等)や旅行スタイル(個人、少人
数、家族等)、好みの訪問先や土産品の分野といったインバウンド客の
「お国柄」を把握し、当該地域の観光資源と相性の良い(地域の個性に
適合した)誘致対象を選定し、そこへの働きかけを強化する。

A国別のインバウンド客の旅行ニーズと当該地域の観光資源との相性を
チェックする手法については、政府観光局、自治体国際協会、JETRO等が
提供している各国の趣味嗜好のトレンド、日本の観光資源のイメージ調
査等に関する情報や、実際に日本を訪れた各国の旅行者のSNSでの発信・
口コミ等の様々な情報を分析して、当該地域と相性の良い誘致対象国を
抽出する作業が重要となる。

Bインバウンド客が本当に「体験したい日本」と、地域が「売り込みた
い日本」とを的確にマッチングできる「仕掛け」を有することが、その
地域のインバウンド戦略が、誘致対象国を論理的に抽出し、インバウン
ド客の増加へのシナリオ・プログラムを策定・実施化することにおける
優位性・独創性を確保できることに繋がるのである。

2 誘致対象に対して「どのようなサービス」を提供すべきか。
@インバウンド客の実際の行動を想定した詳細な観光情報(例えば、訪
問意欲を刺激するイベント・風景等の観光資源の映像や、当該地域へ赴
く際のハードルを軽減する主要都市からのアクセス方法を含むモデルル
ート等)の提供機能を強化する。

A地域が大都市圏との差別化を図る上で重要ポイントとなるのは、その
地域固有の観光資源である。当該地域の従来からの一般的な観光資源を、
誘致対象国からの観光客の嗜好や目線に合わせて再編成・ブラシュアッ
プし、新たな個性的な観光商品として提供できるようにする。
※従来からの一般的な観光資源:ここでは、山海、滝、森林、湖沼等の
景勝地、花、紅葉等の季節の景観、食、温泉、祭礼等の行事、神社仏閣等
の文化・歴史遺産など、全国の各地域が何らかの形で保有する共通的な
観光資源の分野を言う。

3 「どのような方法」で、その地域ならではのサービスを提供すべきか。
@インバウンド客の多種多様なニーズにダイレクトに応えることに注力
し過ぎて、地域の個性、地域らしさを毀損しないように注意する。イン
バウンド客のニーズ全てに十分に応えることは不可能なことから、イン
バウンド客が強く要望するニーズとそれ以外を区別し、優先順位をつけ
て対応する。

Aインバウンド客のストレス軽減と利便性向上を重視し、積極的に観光
関連のソフト・ハード両面の改善を図るが、外国人に不慣れな地域住民
に負荷がかかり過ぎないよう十分なケア(外国人に係る誤解や不安を取
り除き、外国人観光客受入れの意義への理解を深めることへの支援等)
が必要となる。

【インバウンド戦略策定における「一般論的な留意ポイント」を超える新たな留意ポイント
〜地域がインバウンドによって解決を目指す具体的課題とその解決へのシナリオの提示〜】
〇少子高齢化等で経済的・社会的活力が低下してきている地域の、どの
ような課題を、インバウンド拡大と関連づけた、どのようなシナリオ
(道筋)・プログラム(シナリオの推進に必要な効果的な各種の施策・
事業等)によって解決を目指すのかを明確に提示する。

〇例えば、インバウンドによる雇用の創出・拡大によって、地域の定住
人口を増やすという課題(目指す姿)の解決(実現)への一つのシナリ
オとしては、インバウンド客の当該地域での支出が、当該地域の企業に
より多く回る(地域内経済循環の)仕掛けを構築し、新規創業や既存企
業の従業員規模拡大を目指すことを提示できるだろう。
 そして、この一つのシナリオの着実な推進のためのプログラムの事例
としては、以下のような事項を提示できるだろう。
@当該地域の製造業の雇用創出・拡大を地域内経済循環によって図ろう
とする場合には、インバウンド客が、当該地域において、大都市圏等で
製造されるナショナルブランドの物品よりも、当該地域で、当該地域固
有の原材料、技術等によって製造される当該地域ならではの物品への購
入意欲を高めることに資するプロジェクトの企画・実施化が必要となる。

A当該地域の宿泊業の雇用創出・拡大を地域内経済循環によって図ろう
とする場合には、地域内の異業種との連携による、インバウンド客の当
該地域での宿泊(長時間の滞在)を必然的に伴う、インバウンド客にと
って魅力的な観光コンテンツの開発・提供に資するプロジェクトの企画・
実施化が必要となる。

B当該地域の農業従事者を地域内経済循環によって増やそうとする場合
には、同地域内の農産物加工業者等との連携によって、インバウンド客
の嗜好に合う、当該地域ならではの安心・安全・健康志向の農産物加工
品(新食品)の開発・提供に資するプロジェクトの企画・実施化が必要
となる。

【長野県のインバウンド戦略の骨格とその課題】
〇長野県の「信州の観光新時代を拓く長野県観光戦略2018(対象期間2018
〜2022年度)」に提示されている「世界から観光客を呼び込むインバウ
ンド戦略」の骨格は以下のような二つの戦術によって構成されている。

[戦術1 インバウンド誘客の推進・受入環境の整備]
1 信州のポテンシャル(夏の涼しさ、首都圏からのアクセスの利便性等)
を活かした海外からの誘客ルートの確立
2 海外から選ばれる体験型観光の発掘・磨き上げ
3 官民挙げての受入環境整備(民間主導による環境整備に係る相談・
支援体制等)

[戦術2 国別戦略による効果的なプロモーション]
1 誘客の重点地域(東アジア・東南アジア、欧米)の特性に応じた戦
略的誘客
2 長野オリンピックレガシー(オリンピック施設、ボランティア文化
等)の活用
3 友好協定締結国・都市との連携による東アジア・東南アジア・欧米
からの誘客促進

〇長野県のインバウンド戦略の根本的な課題は、本来の戦略としての体
系・構成となっていないことである。すなわち、戦略(ビジョン、目指
す姿等)、作戦(シナリオ、目指す姿の実現への道筋等)、戦術(プロ
グラム、シナリオの着実な推進のための各種施策等)と言うような、論
理的な体系・構成になっておらず、戦術のみがただ列挙されていること
である。
 個々の戦術の目的、すなわち、その戦術の実施化によるインバウンド
客の増大によって、具体的に何を実現したいのかが、明示されていない
ということである。

〇その戦術の実施化によって、どのような長野県の課題を解決しようし
ているのかが明示されておらず、ただ漠然と、インバウンド客の増大に
取り組もうと呼び掛けているのである。インバウンド客の増大が、どの
ようにして長野県のどのような地域産業の発展に繋がり、どのようにし
て県民生活の質的高度化に繋がっていくのかを提示すべきなのである。
 列挙されている個々の戦術によって、あるいは、関連する複数の戦術
の連携によって、実現を目指す姿(具体的な経済的・社会的成果)が提
示されていないのである。

〇実際に、各戦術に取り組む産学官民の方々が、自らの活動が、自らの
属する地域(県、市町村)が抱える、どのような経済的あるいは社会的
な課題の解決に、どのような道筋で貢献できるのかを明確に自覚できる
(自らの活動への動機づけを論理的に確認できる)ようにすることが、
当該地域が一体となって、戦術をより積極的に推進できるようにするた
めに非常に重要なことなのであるが、長野県のインバウンド戦略の体系・
構成においては、それができていないのである。

〇新たにインバウンド戦略の策定(見直しを含む。)・実施化に取り組
もうとする市町村等においては、インバウンド戦略の体系・構成を戦略
(ビジョン)・作戦(シナリオ)・戦術(プログラム)というような、
それを活用する関係者のインバウンド拡大への動機づけの明確化や強化
に資するものとすることに留意していただきたいのである。

【むすびに】
〇増加が著しいインバウンド客の誘致に取り組むことは重要な地域活性
化方策になりうるが、その市場規模は、国内観光客の約1割と言われて
いる。したがって、地域にとっては、インバウンド客の増加に資する戦
略の策定・実施化と、日本人観光客の増加に資する戦略の策定・実施化
とを整合(効果的にリンク)させることが必要となる。

〇また、地域において、インバウンド戦略に取り組むことが、地域全体
の意思として明確化されたとしても、多くの地域にとっては、それに実
際に取り組むために必要なヒト・モノ・カネを調達し、それらを効果的
に連動させていくことについては、解決の困難性が非常に高い様々な課
題への対応が伴うことになる。
 特に、多くの地域においては、インバウンド市場開拓のためのマーケ
ティング業務や、各種事業の企画・実施化に係るマネジメント業務等を
担当できる人材の確保や組織体制の整備の困難性に、まず直面すること
になるだろう。

〇このように、長野県や市町村等の今後のインバウンド戦略の効果的な
策定・実施化については、避けては通れない、様々な厳しい課題が存在
していると言えるだろう。
 したがって、インバウンドを含む「観光」による長野県全体の発展の
ために、関係の産学官の皆様には、それぞれの専門的なお立場から、県
や市町村等の観光戦略に係る顕在的・潜在的な課題の提示と、その解決
方策についての提言等を、県や市町村等の担当部署等に対して、積極的
に発信していただくことをお願いしたいのである。

ニュースレターNo.152(2019年11月6日送信)

長野県議会が制定を目指す「環境政策推進条例(仮称)」のたたき台から推測できる課題とその解決方策について(No.2)
〜新たな付加価値・ビジネス創出システムとしてのプラスチック資源循環システムの形成に焦点を絞って〜

【はじめに】
〇長野県議会は、長野県が全世界に向けて発信した「持続可能な社会づ
くりのための協働に関する長野宣言」(2019年6月14日 提唱者 長野県
知事 阿部守一、ICLEI日本理事長 浜中裕徳)を踏まえた環境政策を
推進するための、「環境政策推進条例(仮称)」の制定に向けて、その
条例のたたき台を提示し、2020年1月14日まで、条例に関する県民の意見
等を募集している。(応募できるのは県内在住の人に限定されている。)

〇同条例を、「長野宣言」の提唱者としての長野県の責務の遂行に資す
るものとすることの重要性については、ニュースレターNo.151(2019.10.
18送信「長野県議会が制定を目指す『環境政策推進条例(仮称)』のた
たき台から推測できる課題とその解決方策について」)で指摘させてい
ただいた。

〇今回は、「長野宣言」を踏まえた環境政策の推進を、長野県の地域産
業の市場競争力の強化(新たな付加価値・ビジネスの創出の活性化等)
のための新たな「起爆剤」とするという視点から、「環境政策推進条例
(仮称)」のたたき台から推測できる課題とその解決方策について、
具体的に検討することにしたい。

〇たたき台(補足説明を含む。)では、「3 分野別に取り組む事業」
において、「(3)環境に資する産業イノベーションへの支援」を提示
し、現在使用している製品について、環境に資する素材や製品に転換す
る「リプレイス」の推進に力を入れる旨を強調しているが、その「リプ
レイス」による本県産業の市場競争力の強化への道筋(長野県ならでは
の道筋)の提示は全くなされていない。
※「環境に資する」という表現については、その意味が曖昧なため、条
例等に使用する場合には、きっちり定義をするなど、明確化に配慮する
必要がある。

〇そこで、「環境政策推進条例(仮称)」が、長野県の地域産業の市場
競争力強化への、長野県ならではの新たな道筋を提示することに資する
ため、たたき台が提示する「(3)環境に資する産業イノベーションへ
の支援」の在り方等について、「3 分野別に取り組む事業」に「(2)
プラスチック廃棄物対策の推進」が提示されていることに鑑み、プラス
チック資源循環(プラスチック廃棄物の減量化・資源化)に焦点を絞っ
て、具体的に検討・提案することにした次第である。

※参考(NEDO資料。2017年の日本のプラスチック資源循環の状況):日
本国内における輸入品を除くプラスチック供給量は1,128万tで、899万t
が廃棄(一般廃棄物407万t、産業廃棄物492万t)されている。この内、
最もC02削減に貢献する資源循環であるマテリアルリサイクル(製品原
料としての再使用)については53万tと極めて少ない。この他の資源循環
の状況は、発電281万t、固形燃料等156万t、熱利用79万t、コークス炉・
ガス化36万t、単純焼却80万t、埋立60万tなどとなっている。

【新たな付加価値・ビジネス創出に資するプラスチック資源循環システムの具体像】
〇ニュースレターNo.148(2019.9.4送信「長野県議会が制定を目指す
『長野県環境政策推進条例(仮称)』の在り方」)においては、「長野
宣言」の提案者に相応しい「環境政策推進条例(仮称)」の制定と同条
例に基づく「長野宣言」具現化のための事業の企画・実施化に資するた
め、プラスチック資源循環に焦点を絞って、「プラスチック資源循環を
構成する多種多様な工程が、それぞれに期待される役割を十分に果たす
ことができるようにするとともに、それぞれの工程が必要に応じて、他
の工程と合理的に連携できるようにすること」に資する「政策的仕掛け」
を構築することなど、総合的な政策対応が必要となることを指摘した。

〇この「プラスチック資源循環を構成する多種多様な工程が、それぞれ
に期待される役割を十分に果たすことができるようにするとともに、そ
れぞれの工程が必要に応じて、他の工程と合理的に連携できるようにす
ること」が、新たな付加価値・ビジネスの創出に資する、プラスチック
資源循環システムの中核部分になるのである。
 以下で、そのプラスチック資源循環システムの具体的な形成手法につ
いて検討したい。

【新たなプラスチック資源循環システムの具体的な形成手法】
〇「循環型社会形成推進基本法」や国の「プラスチック資源循環戦略」
を参考にすると、プラスチック資源循環の工程の基本的構成については、
以下のように段階的な整理ができるだろう。

[プラスチック資源循環の工程の基本的構成]

@ワンウェイ容器包装・製品等の回避可能なプラスチック製品の使用を
合理化し、無駄に使われる資源を徹底的に減らすこと(reduce)。

A再使用できるプラスチック製品については、徹底的に再使用すること
(reuse)。

B再使用できなくても原料として再利用できるプラスチック製品につい
ては、徹底的に再利用すること(recycle)。

C再使用も再利用もできないプラスチック製品で、熱回収できるものに
ついては、徹底的に熱回収すること(サーマルリサイクルとも言う。)。

D再使用、再利用、熱回収ができないプラスチック製品については、環
境負荷の少ない適正な処理(焼却、埋立等)をすること。

E熱回収や焼却処理をせざるを得ないプラスチック製品については、カ
ーボンニュートラル(CO2の排出量と吸収量が同じこと)であるバイオ
マスプラスチック(バイオマスを原料とするプラスチックで生分解性と
非生分解性がある。)を最大限使用すること。

F石油系資源利用量削減のため、プラスチック製品の原料を再生材や再
生可能資源(バイオマス等renewable resource)に切り替えること。

※参考:国の「プラスチック資源循環戦略」では、基本原則を3R+Renewable
としている。長野県は、現在使用している素材・製品をできるだけ環境
に優しい素材・製品に転換すべきとして、3R+Replaceの4Rを提示している。

〇長野県のプラスチック資源循環システムを、新たな付加価値を生み出
す新ビジネス創出システムとするためには、工程毎に、あるいは関連す
る工程間での連携によって、以下の@〜Bの課題を、プラスチック廃棄
物に係る静脈産業のみならず、動脈産業や大学等も参画する、広域的な
産学官連携体制の下に解決できるシステムを整備することが必要となる。

@プラスチック資源循環を構成するそれぞれの工程が、新たな付加価値
を生み出すことができる新技術の開発に取り組み、それを実用化できる
ことが必要となる。

Aプラスチック資源循環は、様々な工程の連携(ネットワーク化)によ
って成り立っていることから、新技術の開発・事業化には、必要に応じ
て効果的な工程間連携を具現化できる仕組みが必要となる。

B新技術の開発・実用化は、プラスチック資源循環に係る各種の法令に
よる規制をクリアできるものでなければならないことから、関係法令を
遵守した、適正かつ効果的な新技術の開発・事業化への支援体制の整備
が必要となる。

【プラスチック資源循環の各工程で必要となる要素技術】
〇プラスチック資源循環の各工程や工程間連携によって、新たな付加価
値・ビジネスを創出するために必要となる要素技術については、以下の
ように整理できる。
 この要素技術の分野における、大学等が有する高度先端的な新技術と、
各工程が抱える困難性の高い技術的課題の解決とのマッチングによって、
新たな付加価値・ビジネスの創出が可能となる。
 したがって、産学官連携による要素技術の改善・高度化とその実用化
への取組みの活性化に資する政策的支援が不可欠となる。

[プラスチック資源循環の主な工程で必要となる要素技術の体系]
@前処理(原料として必要な部分を分離)
 解体・破砕・選別技術

Aマテリアルリサイクル(廃棄物を製品原料として再使用)
 不純物除去技術(添加剤・染料等の不純物の除去)
 重合・解重合技術(プラスチックの重合度の制御)

Bケミカルリサイクル(廃棄物を化学反応で組成変更して使用)
 熱・化学分解技術(熱・化学反応を用いた有用物への分解)
分離・精製技術(有用物の分離・精製)

Cサーマルリサイクル
 熱回収技術(熱交換器等による熱の回収、電気等への変換)

Dコンパウンド
 成分調整技術(製品に求められる性能となるよう素材成分を調整)

Eその他
 各工程でのカーボンニュートラルの維持や、不法投棄等による環境負
荷の低減化のために必要なバイオマスプラスチックの利用については、
利用拡大の前提となるコストダウンを実現できる、大量生産技術の開発
が必要となる。

※参考文献:NEDO TSC Foresight Vol.35(2019.11月)

【長野県による新たな付加価値・ビジネス創出活動への支援の在り方】
〇長野県が特に支援すべき、プラスチック資源循環に係る新たな付加価
値・ビジネス創出活動の選定手法については、静脈産業や動脈産業から
の提案を待つ(受動的支援システム)だけでなく、以下のような手法に
よって、政策的に選定・提案・実施化支援すること(能動的支援システ
ム)も必要となる。

@前述の「プラスチック資源循環の工程の基本的構成」の中のそれぞれ
の工程に関して、長野県の各種事業者等が抱える技術的・経済的課題に
ついて調査する。
 特に、プラスチック廃棄物の収集運搬・処理・処分等に携わる静脈産
業の事業者や、再利用が技術的・経済的に困難なプラスチック廃棄物を
排出する動脈産業の事業者等を重点的に調査することで、本県のプラス
チック資源循環における様々な技術的・経済的課題を効率的に抽出する
ことができるだろう。
 県の環境行政担当部署は、法令に基づき、各種事業所等(動脈産業で
あっても静脈産業であっても)への廃棄物に係る立入検査等によって、
プラスチック資源循環に係る様々な現場の技術的・経済的課題を詳細に
把握できる立場にある。

A上記の調査によって、技術的・経済的な理由から解決が遅れている、
地域環境あるいは地球環境への負荷が大きい課題、解決できれば県内の
静脈産業(動脈産業も含む。)の市場競争力強化に大きく資する課題等
が内在する工程を選定し、その選定された課題の解決へのシナリオ・プ
ログラムを策定・実施化する。

Bこのシナリオ・プログラムの策定・実施化においては、前述の要素技
術の分野の、大学等が有する高度先端的な新技術と、各工程が抱える困
難性の高い技術的・経済的課題の解決とのマッチングに資する支援体制
を産学官連携によって整備することが必要となる。
 更に、この支援体制については、プラスチック資源循環に関係する様々
な法令と要素技術の両方に精通し、適正かつ効果的な新技術の開発・事
業化の推進をコーディネートできる機能を組み込むことが重要となる。

【むすびに】
〇「長野宣言」を踏まえた環境政策の推進の中に、長野県の地域産業の
市場競争力の強化という視点を組み込むことは、「廃棄物政策」が「資
源循環政策」へ転換しつつある国際的な動向に整合するものである。
 この国際的な動向の中で、長野県を中核拠点として、国際的に優位性
を有するどのようなプラスチック資源循環システムをどのように形成す
べきかについての議論が、今回の「環境政策推進条例(仮称)」の制定
活動を契機として活発化することを期待したい。

〇この国際的優位性を有するプラスチック資源循環システムの形成には、
県域を超える広域的な産学官の英知の結集が必要となる。したがって、
プラスチック資源循環システム形成への政策的道筋を提示すべき「環境
政策推進条例(仮称)」の制定作業においても、県域を超える広域的な
産学官の英知の結集が必要なはずである。

〇今回の長野県議会による「環境政策推進条例(仮称)」への意見等の
募集においては、県内外の産学官の英知の結集という広域的視点は全く
排除されている。
 しかしながら、長野県の「環境政策推進条例(仮称)」が、全世界に
向けて発信された「長野宣言」の提唱者としての責務が十分に果たされ
ていると内外から高く評価され、県民としても誇れるものとなるよう、
関係の産学官の皆様におかれては、今回の意見等の募集に応募できるで
きないにかかわらず、それぞれの専門的なお立場から、県議会の条例制
定担当部署等に対して積極的に提言等をしていただくことをお願いした
いのである。


ニュースレターNo.151(2019年10月18日送信)

長野県議会が制定を目指す「環境政策推進条例(仮称)」のたたき台から推測できる課題とその解決方策について
〜全世界に向けて発信された「長野宣言」の提唱者に相応しい条例になることを願って〜

【はじめに】
〇長野県議会は、10月15日のプレスリリースで、「持続可能な社会づ
くりのための協働に関する長野宣言」(2019年6月14日 提唱者 長野
県知事 阿部守一、ICLEI日本理事長 浜中裕徳)を踏まえた環境政策
を推進するための、「環境政策推進条例(仮称)」の制定に向けて、
その条例のたたき台を提示し、2020年1月14日まで、条例に関する県民
の意見等を募集することを発表した。
 そのたたき台については、以下に示す。

〇県議会のプレスリリースによると、条例制定の趣旨は、長野県知事が
提唱者である「長野宣言」を踏まえた環境政策の推進のためであると説
明されているが、「長野宣言」に記載された、長野県を含む国内外の地
方政府(日本の場合は都道府県及び市町村)が協働して取り組むべき6
項目の推進を、提唱者としての自覚と誇りを持って、長野県が主導する
という意思の明確な表明まではなされていない。

〇長野県は、「長野宣言」に記載された6項目の推進を、提唱者として
の自覚と誇りを持って主導するのか、それとも、一地方政府として実施
しやすいところから取り組むだけなのか。最初に、その立場(姿勢)を
明確にしなければ、条例の体系・構成等に関する論理的な議論を始める
ことはできない。

〇もし、長野県が、「長野宣言」の提唱者としての自覚と誇りを持って、
その具現化を主導することを条例制定の目的の中に明確に位置づけるこ
とになれば、その具現化主導のためのバイブルとも言えるレベルの「環
境政策推進条例(仮称)」が制定されることを期待したい。
 そのレベルの視点からは、たたき台は、条例制定に係る非常に重大な
課題が存在していることを示している。

[プレスリリースされた環境政策推進条例(仮称)のたたき台]
1 目的
 健全な環境、低炭素、循環型かつ強靭な社会の実現を図ること。
2 基本理念
 目的達成のため「長野宣言」に盛り込まれた項目を具体化し、地域循
環共生圏の実現を目指す。
3 分野別に取り組む事業
(1)エネルギー自立地域の確立
(2)プラスチック廃棄物対策の推進
(3)環境に資する産業イノベーション支援
4 上記3を推進する横断的考え方
(1)SDGsの理念
(2)県民のライフスタイルの変容〜エシカル消費の理念〜
(3)県内市町村との協働
(4)大都市圏・海外の都市との連携

■地域循環共生圏の概念
 各地域がその特性を活かした強みを発揮
 ⇒地域資源を活かし、自立・分散型社会を形成
 ⇒地域の特性に応じて補完し、支え合う

〇以下で、このたたき台から推測できる、条例制定に係る重大な課題と
その解決方策について議論を深めてみたい。

【課題1:長野県は「長野宣言」の提唱者として、同宣言の具現化を主導
するのか。主導できるのか。】
〇県議会のプレスリリースによると、条例制定の趣旨は、「長野宣言」
を踏まえた環境政策の推進のためであると説明されているが、長野県
知事が提唱者である「長野宣言」に記載された、長野県を含む国内外
の地方政府が協働して取り組むべき6項目の推進を、提唱者としての自
覚と誇りを持って長野県が主導するという明確な意思表示まではなされ
ていない。

〇「長野宣言」に記載された6項目の推進を提唱者として主導するのか、
主導するという立場ではなく、一つの地方政府として実施しやすいと
ころから取り組むだけなのか。最初に、その立場(姿勢)を明確にし
なければ、条例の体系・構成等に関する論理的な議論を始めることは
できない。

〇「長野宣言」の提唱者には、「言いっ放し」では済まされない、宣言
の具現化に誰よりも汗をかかなければならないという、重大な責務が課
されているはずである。
 したがって、長野県議会には、そのことをしっかりと認識していただ
いて、その責務を的確に果たすことに資する条例の制定になるよう配慮
していただきたいのである。

〇グローバルな規模での地方政府間の協働(相互補完等)によって、グ
ローバルな規模の環境問題の解決への、地方政府ならではの取組みを強
力に主導できるようにするための条例を制定することができれば、長野
県ならではの、他県等に対する先進性や優位性を有する画期的な「環境
政策推進条例(仮称)」として、県民は誇りを持って高らかに内外にア
ピールできることになろう。

【課題2:長野県は「長野宣言」の提唱者として、長野県域を超えるグロ
ーバルな規模での「健全な環境、低炭素、循環型かつ強靭な社会」の実
現を目指すのか。目指すことができるのか。】
〇たたき台が提示する条例制定の目的「健全な環境、低炭素、循環型か
つ強靭な社会の実現を図ること」の中の「社会」とは、長野県内に特定
されるのか、あるいは、長野県域を超える国内外を含むグローバルな社
会を意味するのか。それをまず明確にしなければ、条例の体系・構成等
に関する論理的な議論を始めることはできない。

〇「長野宣言」は、国内外の地方政府の協働による持続可能な社会づく
りを目指すことから、当然、この「社会」は、国内外の様々な地域社会
を含む、グローバルな社会ということになろう。それを明確にし、その
認識を「環境政策推進条例(仮称)」の制定に参画する人々が共有でき
なければ、条例制定作業を円滑かつ論理的に進めることは不可能となる
のである。
※「長野宣言」は、国内外の地方政府が協働して取り組むべき6項目を
提示し、それによって「健全な環境、低炭素、循環型かつ強靭な社会」
の実現を目指す旨を明記している。

〇いずれにしても、この「社会」の「環境政策推進条例(仮称)」にお
ける定義を最初に明確にしておかないと、たたき台に提示されている
「基本理念」や「分野別に取り組む事業」等が、条例制定の「目的」の
具現化との整合性がとれなくなり、条例全体の体系・構成等が論理性を
欠くことになってしまう恐れがあるのである。

【課題3:長野県は「長野宣言」の提唱者として、グローバルな規模での
「地域循環共生圏」の形成と連携を目指すのか。目指すことができるのか。】
〇たたき台では、「健全な環境、低炭素、循環型かつ強靭な社会」の実
現を、「地域循環共生圏」の実現によって目指すことを「基本理念」に
記載している。
 この「地域循環共生圏」については、環境省の定義では、道府県や市
町村の各地域において、固有の地域資源の循環(都市圏等の地域外にわ
たる広域的な循環を含む。)によって形成される自立・分散型の社会と
している。
 たたき台においても、全く同じ定義をし、県内を拠点とする「地域循
環共生圏」の形成のみに焦点を絞っているように見えるが、それでは
「長野宣言」の提唱者としての責務を果たすことはできないであろう。

〇したがって、「環境政策推進条例(仮称)」が、グローバルな規模で
の「健全な環境、低炭素、循環型かつ強靭な社会」の実現を、グローバ
ルな規模での「地域循環共生圏」の実現によって目指すのであれば、同
条例が定義する「地域循環共生圏」の形成は、県内に限らず、広く国内
外での「地域循環共生圏」の形成も含むことを明確にしておくことが必
要となる。

〇たたき台の補足説明においても、「長野宣言」に賛同を得た国内外の
都市等との連携・交流によって、「地域循環共生圏」の実現を目指すと
しているが、この主旨は、県内における「地域循環共生圏」の実現のみ
を目指すのではなく、県域外(国内外)の地域における「地域循環共生
圏」の実現にも、長野県は積極的に関与することであることを明確にす
ることによって、「環境政策推進条例(仮称)」の体系・構成をより論
理的なものにできるのである。

〇国内外での「地域循環共生圏」の形成と連携(相互補完等)によって、
グローバルな規模での「健全な環境、低炭素、循環型かつ強靭な社会」
の実現を促進する「政策的仕掛け」を環境政策に組み込むべきことを
「環境政策推進条例(仮称)」に明記することによって、同条例を他県
等に比して先進性と優位性を有する画期的なものとすることができるの
である。

【むすびに】
〇今回の長野県議会の「環境政策推進条例(仮称)」に係る意見等の募
集は、全く条例の体を成さない「たたき台」を提示するだけで、一般県
民に条例に関する意見等を募集するという、非常に乱暴とも言える手法
(寄せられた個別の意見等には一切回答しない。受理した旨の通知につ
いての記載もない。氏名・住所の記載は不要としている。)である。

〇このようなことから、県議会に寄せられた多種多様な意見等を、だれ
がどのように整理し、どのように条例案に反映するのか、県民が苦労し
て作成・応募した意見等が誠意を持って丁寧に扱ってもらえるのかなど、
様々な疑問や不安を感じる人も多いことと思われる。

〇しかしながら、関係の産学官の皆様方には、「環境政策推進条例(仮
称)」が、全世界に向けて発信された「長野宣言」の提唱者としての責
務が十分に果たされていると内外の地方政府から高く評価され、県民と
しても誇れるものとなるよう、今回の意見等の募集に対応するか否かは
別にして、それぞれの専門的なお立場から、県議会の条例制定担当部署
等に対して積極的に提言等をしていただくことをお願いしたい。


ニュースレターNo.150(2019年10月8日送信)

長野県の「産業生産性向上のためのAI・IoT、ロボット等利活用戦略」の質的高度化のために〜「IoTとブロックチェーンの融合」による本県産業の優位性
の確保〜

【はじめに】
〇次世代産業創出の「インフラ」としてインターネットを超えるインパ
クトを与えるとまで言われている、ブロックチェーンの今後の在り方に
ついて議論する、経済産業研究所(RIETI)主催のシンポジウム「ネクス
ト・ブロックチェーン:次世代産業創成のエコシステム」に参加する機
会に恵まれた。
 ブロックチェーンに関する様々な講演を聞く中で、長野県が、「県内
産業の徹底した省力化の推進と新たな付加価値の創出」を政策的に主導
するために、本年3月に策定した「産業生産性向上のためのAI・IoT、ロ
ボット等利活用戦略」の効果的で優位性のある推進のためには、特にIoT
との融合が有望なブロックチェーンの利活用への県内産業の取組みの活
性化に資する、新たな施策展開が不可欠であることを強く認識させられ
たのである。

※ブロックチェーン:分散型台帳技術とも言われる。分散型ネットワー
クを構成する複数のコンピュータに、暗号技術を組み合わせ、データを
同期して記録する手法。ネットワーク内で発生したデータ(情報)を1つ
の塊(ブロック)として時系列でチェーンのようにつなぐ。一定時間ご
とに情報を暗号化してブロック(N)にする際、その情報を含んだハッ
シュ値(ハッシュ関数により計算された値)を次のブロック(N+1)に
格納する。各ブロック内のデータは相互に関連づけられており、データ
の書き換えは不可能となる。データを収集管理する大規模コンピュータ
を必要とせず、コンピュータの分散型ネットワークで構成できるため、
低コストでの運用が期待できる。

〇ブロックチェーンは、2008年に生まれてから今日までに、暗号通貨
(ビットコイン等)のための技術であった「ブロックチェーン1.0」か
ら、フィンテック(金融サービス+情報技術)への活用が可能な2.0、そ
して、フィンテック以外の様々な産業分野における次世代産業創出シス
テムとしての活用が可能な3.0のレベルに至っている。技術革新によっ
てブロックチェーン上でアプリケーションを動作できるようになったこ
とで、活用の幅は飛躍的に広がっている。

〇以下では、本県産業の競争力強化の重要なツールとなるブロックチェ
ーンについて、本県産業への効果的で優位性のある導入・活用に資する
ため、ブロックチェーンの本領発揮に最も有効と言われる「IoTとブロッ
クチェーンの融合」の視点から論じていくことにしたい。

【ブロックチェーンの特徴】
〇ブロックチェーンは分散型台帳技術であり、以下のような優れた特徴
を有している。
@トレーサビリティ(履歴追跡)
 全てのデータが時系列でブロックとして格納されているので、その内
容を過去に遡って確認できる。
A耐改ざん性
 ある時点のブロック内データの改ざんを試みると、後続の全てのブロ
ックを修正しなければならないことから、改ざんは不可能となる。
B透明性
 ブロックチェーンネットワークの参加者全員が、同じデータを同期・
共有しているため、「誰がどのようなやり取りをしているのか」を隠す
ことはできない。

〇ブロックチェーンは管理者の有無等によって、以下のように分類できる。
@パブリック型(管理者無し)
 この典型はビットコイン。参加は自由。データは全て公開で透明性が
高い。参加者が多いため、ルールを勝手に変えることは困難。
Aコンソーシアム型(複数企業による管理)
 参加は許可制。一定数以上の参加者がいるため、ルール変更はプライ
ベート型より困難で、透明性も高い。例えば、異なる企業間でのデータ
連携が必要となるサプライチェーンでの応用が想定できる。
Bプライベート型(単一企業による管理)
 参加は許可制。パブリック型に比して公共性・透明性が低く、中央集
権的要素が含まれる。

〇以上のようなブロックチェーンの特徴を、どのようにして本県産業の
優位性確保に結びつけるべきなのか。
 ブロックチェーンの特徴(履歴追跡可能、改ざん不可能、参加者全員
での情報共有という透明性等)を効果的に活用できる分野の事例として
は、製品流通におけるトレーサビリティ(製品の生産履歴)を第一に挙
げることができるだろう。

〇製品の生産履歴をブロックチェーンに記録することで、従来の履歴追
跡システムでは難しかった、全工程(例えば、複数企業が関与する、原
料から製造、流通、消費まで)の履歴追跡(部品単位の履歴追跡を含む。)
が可能となる。
 実際の生産現場での実証実験の分かりやすい事例としては、ワインボ
トルをスキャンするだけで、ブドウ畑、醸造所、倉庫、輸送車両等にお
ける様々な作業工程に係る履歴にアクセスでき、例えば、原料ブドウの
品質保証、醸造工程での基準順守状況、輸送時の温度管理状況等の、消
費者(ユーザー)が知りたい具体的データを瞬時に確認できるようにす
る取組みを挙げることができる。

〇ブロックチェーンを活用するトレーサビリティにおいて最も肝心なこ
とは、入力されるデータが公正なものでなければならないということで
ある。ブロックチェーンに入力されるデータ自体が改ざんされたもので
あれば、ブロックチェーンの耐改ざん性は担保され得ないことになる。
このデータ自体の公正性(耐改ざん性)を担保できるのがIoTなのである。

〇データ入力をIoTにすれば、データは人手を介さず自動的に収集・入力
され、データ自体の改ざんは無くなるということである。もちろん、デ
ータとそのデータを収集・送信したIoTデバイスとの一対一の対応を検証
(証明)できるシステムの存在が前提となる。(ブロックチェーンにお
いては、それぞれのIoTデバイスにIDを付与できるようになっている。)
 ここに、「IoTとブロックチェーンの融合」の真の意義を見い出すこと
ができるのである。

【「IoTとブロックチェーの融合」による本県産業の優位性確保】
〇前述のように、ブロックチェーンのトレーサビリティ機能は、IoTと融
合することによって、その本領を発揮できるようになるのである。
 例えば、保管状態がその品質に大きな影響を及ぼす食品の輸送において
は、IoTは、各種のセンサーによって、輸送中の食品に係る外部変数(保
管場所の温・湿度、雰囲気ガス等)と内部変数(食品のPH、温度、成分
濃度等)を、人間が手を加えない公正なデジタルデータとして検出・送信・
蓄積することを可能とするのである。
 米国のウォルマートは、食品の安全性、透明性を担保するための取組み
として、IBMと連携し、サプライチェーン全体の情報にアクセスしトレー
ス可能なプラットフォームを実用化している。

〇この「IoTとブロックチェーンの融合」によるトレーサビリティについ
ては、食品分野だけでなく、様々な機械部品分野にも適用できるものである。
 例えば、自動車部品等のサプライチェーンの各階層における、「どこに」
「何が」「どのくらい」あるのかだけでなく、「だれが」「どのように」
管理していたのかについての情報が把握できるシステムの構築も可能となる。

〇「IoTとブロックチェーンの融合」は、データの信ぴょう性や透明性を
客観的に担保する仕組みを構築できる。ブロックチェーン上に適正なデー
タを公開することは、高品質の製品・部品を提供する企業であること、健
全な経営体制を有する企業であることなどをアピールでき、本県産業の優
位性の確保やブランド力の強化に大きく資することになるのである。

〇したがって、県の地域産業政策、特に、「産業生産性向上のためのAI・
IoT、ロボット等利活用戦略」の実施化においては、トレーサビリティは
もちろん、更に広い産業・技術分野での「IoTとブロックチェーンの融合」
の活用への取組みが活性化するよう、他県等に比してより充実した政策的
配慮を行うことが、本県産業の市場競争力の強化に大きく資することにな
るのである。

【IoTデータマーケットプレイスの必要性】
〇IoTは、データ収集・ビッグデータ化を通して、社会・産業の様々な重
要課題の解決(イノベーションの創出)に大きく貢献できる可能性を有
している。しかし、現状のIoTによって収集・ビッグデータ化された情報
については、各産業分野や企業・組織の中に閉じ込められた形で留まって
おり、ブロックチェーンが有する自律分散、相互接続というようなメリッ
トを活かした、ビッグデータ活用型の次世代産業創出に資する革新的な
システムとしての利用レベルには至っていない。

〇そこで、「ネクスト・ブロックチェーン:次世代産業創成のエコシステ
ム」シンポジウムでは、次世代産業創出システムとしてのブロックチェー
ンの完成度を高めるためには、種々のIoTデバイスの仕様等に依存しない、
自立分散型の相互接続、データ保有者のオーナーシップ、価値配分、プラ
イバシー、公平性等を確保し、スケーラビリティ(拡張性)のあるデータ
流通交換システム「IoTデータマーケットプレイス」が必要とし、その在
り方等についても議論された。
 長野県の地域産業振興戦略における「IoTデータマーケットプレイス」
の位置づけの在り方等については、更に調査研究を重ねることとしたい。

【むすびに】
〇次世代産業創出システムとして、今後、本県産業に非常に大きなイン
パクトを与えるであろうブロックチェーンについて、主に、IoTとの融合
による産業導入という視点から論じてきた。
 本県産業における「IoTとブロックチェーンの融合」の活用を促進する
ために、産業政策の面からどのような施策を企画・実施化すべきなのか。

〇それについては、県の「産業生産性向上のためのAI・IoT、ロボット等
利活用戦略」が、施策の進め方として提示している、「1 技術を知る
(専門家等による相談・助言、先進・優良事例の普及、導入試行)」、
「2 技術を導入し使いこなす(人材育成・確保、導入・活用支援、財
政・金融支援)」という段階的なアプローチ手法の中に、「IoTとブロッ
クチェーンの融合」という項目を加えることで十分に対応できると思わ
れる。

〇既に国内外の様々な産業分野で、市場競争力の強化の最重要ツールと
して「IoTとブロックチェーンの融合」の活用に取り組まれている。
 本県産業が、その動きに遅れをとることがないよう、まずは、県内企
業が、ブロックチェーンの可能性を正しく理解し、どのように自社ビジ
ネスに適用させるべきかについて、論理的に検討できるようにすること
に資する、各種事業の企画・実施化に期待したい。

〇関係の産学官の皆様には、県による、IoT等の先端技術の利活用促進
のための施策展開において、「IoTとブロックチェーンの融合」が重要
テーマとして的確に位置づけられるよう、県に対して適切なアドバイ
ス等をしていただくことをお願いしたいのである。


ニュースレターNo.149(2019年9月15日送信)

「信州ITバレー構想」が長野県産業の全体的・変革的発展に資するものとなるために〜「IT産業を振興すること」と「地域産業のIT化を振興すること」
とを整合できる「政策的仕掛け」を内包する構想へ〜

【はじめに】
〇新聞報道によると、長野県が現在策定中の「信州ITバレー構想」につ
いては、県内のIT事業所数を、2025年に現在の1.5倍の700か所にするこ
とを目標とし、その実現のために「人材の育成・誘致」と「ITビジネス
の創出」への支援に取り組むことが大筋で決定したという。

〇「信州ITバレー構想」については、ニュースレターNo.143(2019.6.23
送信「『信州ITバレー構想』のビジョン・シナリオ・プログラムの在り
方について」)において、以下のような提案をしている。
 「信州ITバレー構想」の策定作業においては、長野県の産学官の英知
を結集し、まずは、実現を目指すべき、県内外の優れたIT企業や技術者
等を引き付ける魅力あるIT産業クラスターの姿(ビジョン)を描くこと
に注力し、その上で、その魅力あるビジョン実現へのシナリオ・プログ
ラムに関する議論に進んでいただきたいのである。産学官のリーダーが
語るべきは、まずはビジョンなのである。

〇しかし、そのビジョンについては、前述のように、「IT事業所数700
か所の達成」に決まったということである。
※参考:新聞報道によると他の数値目標の追加も検討されているという。

 既に全国各地域で多くの自治体等によって、IT産業の集積(クラスタ
ー)形成に積極的に取り組まれて来ている中、長野県として今、如何に
して、他県等に比して優位性や独創性を有し、県内外の優れたIT企業や
IT技術者等が参画したくなるような、魅力あるIT産業の集積形成へのビ
ジョン・シナリオ・プログラムを描くことができるのかが、「信州ITバ
レー構想」策定に係る最重要課題となると認識している立場からは、こ
の数値目標だけでは不十分(量的拡大より質的高度化が重要)であると
指摘せざるを得ないのである。

〇そこで、長野県ならではの優位性のある「信州ITバレー構想」とする
一つの政策的手法として、IT産業とIT産業が提供するサービスのユーザ
ーとなる県内産業が、緊密な連携の下に共存共栄の形で発展している姿
を、同構想の目指すべき姿(ビジョン)とすることを提案したい。この
ことについて、以下で詳しく論じてみたい。

【「IT産業を振興すること」と「地域産業のIT化を振興すること」との整合】
〇長野県内の様々な産業が、全体的かつ変革的に発展できるようにする
(他県等の産業に比して優位性を有するようにする)ためには、それぞ
れの産業分野において、市場調査、研究開発、生産、流通、広告等の様々
な産業工程へのIT(AI、IoT、ビッグデータを含む。)の導入によって、
新規かつ独創的なビジネスモデルの創出(従来のビジネスモデルの高付
加価値型への変革)をすることが必要になる。

〇県内産業を構成するほとんどの企業等にとっては、ITを活用した、従
来のビジネスモデルの高付加価値型への変革に必要な人的体制を全て自
前で整備することは、人材確保や資金調達等の面から非常に困難なこと
と言えるだろう。

〇そこで、従来のビジネスモデルの高付加価値型への変革に必要なITに
係る専門的知識・技術は、アウトソーシング(IT企業との連携等)によ
って確保することが合理的手法となる。

〇このような県内企業が求めるITに係る専門的知識・技術を提供するIT
企業には、県内企業と緊密に連携して、市場調査、研究開発、生産、流
通、広告等の様々な産業工程でのITの活用によって可能となる、新規か
つ独創的なビジネスモデルについて提案できる能力(顧客からの受託業
務だけでなく、顧客のビジネスモデル変革に資する提案をできる能力)
が求められる。

〇この県内企業とIT企業の緊密な連携(共同事業体の編成等)による、
新規かつ独創的なビジネスモデルの創出活動の活性化を促進する「政策
的仕掛け」を構築することを、「長野県ITバレー構想」の中に組み込む
ことによって、既存の県内産業の振興とIT産業の振興とを整合できる、
他県等に比して優位性を有する、長野県ならではの「信州ITバレー構想」
とすることができるのである。

【むすびに】
〇「IT産業を振興すること」と「地域産業のIT化を振興すること」との
整合の促進のためには、以下の@からBに係る各種支援プログラムの企
画・実施化が必要となる。
@IT産業サイドにおいては、顧客からの受託業務だけでなく、顧客のビ
ジネスモデル変革活動に当初から参画し、事業パートナーとして、必要
なITに係る専門的知識・技術を提供できる能力を蓄積することが必要と
なること。
A地域産業サイドにおいては、ビジネスモデルの高付加価値型への変革
には、市場調査、研究開発、生産、流通、広告等の様々な産業工程での
ITの高度活用が不可欠であり、その高度活用にはIT企業との連携等のア
ウトソーシングが合理的であること。
Bビジネスモデル変革のためにIT企業との連携を模索する地域企業と、
地域企業のビジネスモデル変革に参画したいIT企業との出会いの場(連
携の機会づくりに資する場)を提供することが必要となること。

〇そして、@からBに係る各種支援プログラムによって立ち上げられた、
特定の業種分野の地域企業とIT企業が共同で取り組む「ビジネスモデル
変革プロジェクト」については、立上げの段階から事業化に至るまでの
間に必要となる、様々な人的・資金的支援を提供できるようにすること
も重要な支援プログラムとなるのである。


ニュースレターNo.148(2019年9月4日送信)

長野県議会が制定を目指す「長野県環境政策推進条例(仮称)」の在り方〜プラスチック資源循環の整備の在り方に焦点を絞って〜

【はじめに】
〇新聞報道によると、長野県議会では、「健全な環境、低炭素、循環型
かつ強靭な社会の実現を図る。」ことを目的とする「長野県環境政策推
進条例(仮称)」(以下、環境政策条例という。)を議員提案条例とし
て制定する取組みが進められている。
 そして、環境政策条例の中には、海洋プラスチック問題(各種の大量
のプラスチックごみの流出による深刻な海洋汚染)が世界的に非常に注
目されていることなどから、プラスチックごみの削減や再利用等(プラ
スチック資源循環)の促進を重要な柱として位置づけることにしている。

〇プラスチック資源循環については、プラスチック製品の製造、流通、
使用、再利用、廃棄等の様々な工程からなり、また、個々の工程は相互
に深く関わり合っている。したがって、プラスチック製品の製造、流通
等を担う動脈産業と、廃棄物(ごみ)となったプラスチックの流通、利
用、処分等を担う静脈産業のそれぞれの健全な発展と高度な連携が必要
となる。
 このことに関しては、様々な循環資源の循環的な利用・処分の基本原
則として「循環型社会形成推進基本法」に規定されているほか、国の
「プラスチック資源循環戦略」(令和元年5月31日策定)に、より具体的
に提示されている。

〇このようなことから、長野県として、理想的なプラスチック資源循環
を具現化するためには、資源循環を構成する多種多様な工程が、それぞ
れに期待される役割を十分に果たせるように政策的に支援するとともに、
それぞれの工程が必要に応じて、他の工程と合理的に連携できるように
することに資する「政策的仕掛け」を構築することなど、総合的な政策
対応が必要となる。
 プラスチック資源循環に係る様々な工程の合理的な連携は、長野県内
だけで完結できるものではない。したがって、他県等のプラスチック関
連の動脈産業や静脈産業との広域連携の創出・活性化にも政策的に配慮
することが必要となる。

〇また、海洋プラスチック問題等の地球規模での環境問題の解決方策と
してのプラスチック資源循環の取組みは、当然、地球規模で展開される
べきものである。世界各国でもプラスチック資源循環に効果的に取り組
めるようにするために、各国に対して日本の強みを活かして貢献する戦
略が、「プラスチック資源循環戦略」の中に、「オーダーメイドで我が
国のソフト・ハードの経験・技術・ノウハウをパッケージ輸出し、世界
の資源制約・廃棄物問題、気候変動問題等の同時解決や、持続可能な経
済発展に最大限貢献」などとして提示されている。
 すなわち、日本におけるプラスチック資源循環の高度化への取組みを、
関連産業の発展を通じた経済成長・雇用創出など、新たな成長の源泉と
することを目指しているのである。

〇このような背景を有するプラスチック資源循環を、長野県内を拠点と
する地域発の先進的循環モデルとして具現化できるようにするために、
長野県は条例化という政策的手法によって、どのような役割を果たすべ
きなのか。その議論が、関係の産学官の方々の中で活発化することに少
しでも資することを目的として、環境政策条例におけるプラスチック資
源循環の整備の位置づけの在り方に焦点を絞って以下で論ずることにし
たい。

【海洋プラスチック問題の解決方策としてのプラスチック資源循環への基本的アプローチ手法】
  〇「循環型社会形成推進基本法」や「プラスチック資源循環戦略」を参
考にすると、プラスチックごみの減量化・資源化(プラスチック資源循
環)への基本的アプローチ手法については、以下のような段階的な整理
ができるだろう。
@ワンウェイ容器包装・製品等の回避可能なプラスチック製品の使用を
合理化し、無駄に使われる資源を徹底的に減らす(reduce)こと。
A再使用(reuse)できるプラスチック製品については、徹底的に再使用
すること。
B再使用できなくても原料として再利用(recycle)できるプラスチック
製品については、徹底的に再利用すること。
C再使用も再利用もできないプラスチック製品で、熱回収できるものに
ついては、徹底的に熱回収すること。
D再使用、再利用、熱回収ができないプラスチック製品については、環
境負荷の少ない適正な処理(焼却、埋立等)をすること。
E熱回収や焼却処理せざるを得ないプラスチック製品については、カー
ボンニュートラルであるバイオマスプラスチックを最大限使用すること。
Fプラスチック製品の原料を再生材や再生可能資源(紙、バイオマスプ
ラスチック等renewable resource)に切り替えること。
※参考:「プラスチック資源循環戦略」では、基本原則を3R+Renewable
としている。長野県は、石油由来製品を環境に優しい素材や製品に転換
すべきとして、3R+Replaceの4Rを提示している。

〇海洋プラスチック問題への基本的対策についても、以下のように整理
できるだろう。
@プラスチック資源循環を徹底すること。
Aプラスチックごみの適正処理を義務づける関係法令の遵守を徹底する
こと。
(不法投棄等の環境負荷の大きい不適正処理の撲滅を徹底すること。)
B化粧品等に含まれるマイクロビーズの削減等、マイクロプラスチック
の海洋流出を抑制すること。
C海洋で完全に分解される素材(紙、生分解性プラスチック等)の開発・
利用を促進すること。

〇このような、海洋プラスチック問題の解決方策としての、長野県とし
てのプラスチック資源循環の仕組みを具現化しようとする場合には、長
野県を中核拠点として、県内外の多種多様な関係主体(都道府県、市町
村、事業者、団体等)の効果的連携を創出・活性化する、政策的仕掛け
を整備することが必要になる。

【長野県が重視すべきプラスチック資源循環へのアプローチ手法の選定と具現化の在り方】
〇前述のように、プラスチック資源循環へのアプローチ手法(@からF)
は、プラスチックごみの発生削減、再使用、再利用や、プラスチック製
品原料の再生可能資源への切り替えなど多種多様であり、更に、それぞ
れが相互に深く関連しあっていることなどから、長野県としては、どの
ようなアプローチ手法を重視すべきなのかを見定めないと、長野県なら
ではの(他県等に比して優位性を有する)プラスチック資源循環の具現
化へのシナリオ(道筋)、プログラム(シナリオの着実な推進に必要な
各種施策)についての議論を深めることはできない。

〇長野県が、特に重視すべきプラスチック資源循環へのアプローチ手法
を見定める方法の一つとして、以下のような手順を提案できる。
[1]前述のプラスチック資源循環への基本的アプローチ手法(@からF)
のそれぞれに関して、長野県の各種事業者等が抱える課題(アプローチ
手法の進展状況、進展しない原因等)について調査する。
 特に、産業由来や生活由来の廃プラスチック類の収集運搬・処理・処
分等に携わる静脈産業系の事業者等を重点的に調査することで、本県の
廃プラスチック類に係るプラスチック資源循環における様々な課題を効
率的に抽出することができるだろう。
 県の環境行政担当部署は、法令に基づき、各種事業所等(動脈産業で
あっても静脈産業であっても)への廃棄物に係る立入検査等によって、
プラスチック資源循環に係る様々な現場の技術的・経済的課題を詳細に
把握できる立場にある。

[2]上記の調査によって、技術的・経済的な理由から解決が遅れている、
地域への環境負荷が大きい課題、解決できれば県内の静脈産業(動脈産
業も含む。)の競争力強化に大きく資する課題等が内在するアプローチ
手法を選定し、その選定されたアプローチ手法毎の課題解決へのシナリ
オ・プログラムを検討・策定する。

〇この検討・策定されたシナリオ・プログラムの的確な推進によって、
長野県が抱えるプラスチック資源循環に係る課題が総合的に解決でき、
他県等では具現化が困難な長野県ならではの(他県等に比して優位性を
有する)プラスチック資源循環の具現化の加速が可能となるのである。

〇また、長野県ならではのプラスチック資源循環の具現化の過程で蓄積
された技術的・経済的ノウハウ等は、長野県産業の基盤的強みとして、
長野県産業の市場競争力の強化に大きく貢献することになるのである。

【むすびに】
〇かつて私が県組織の環境行政担当部署にいた頃、廃プラスチック類
(汚泥や野菜くず等にまみれた農業用プラスチックシートや梱包用発泡
スチロール等)を洗浄し、再生プラスチック原料として製品化する装置
の研究開発に非常に熱心な小規模企業経営者が何人もいた。しかし、主
に技術的問題によって、目的とする再生原料品質の確保や、製造工程か
ら発生する汚水や悪臭への対策ができないことなどから、事業化に至ら
なかった事例をいくつも見てきている。
 当時は、まだ大学サイドに産学連携に係る窓口も無く、研究開発に熱
心な小規模企業経営者は、必要な技術シーズの探索に非常に苦労されて
いたことだろう。

〇また、廃プラスチック類を原料とする製品の製造は、廃棄物処理法に
規定する廃棄物の中間処理に該当する場合が多く、中間処理業に係る許
認可の取得条件(例えば、原料となる廃プラの適正な調達ルートや、廃
プラ処理工程由来の廃棄物の適正な処理ルートの確保、廃プラ処理工程
からの排水・排ガス、騒音、悪臭等に係る各種規制への適合等)をどう
してもクリアできずに、事業化をあきらめざるを得なかった事例がいく
つもあったと記憶している。

〇このようなことから、環境負荷が少なく、地域産業の発展に資するプ
ラスチック資源循環を具現化するための政策的支援においては、技術的・
経済的側面からの支援はもちろんのこと、関係法令遵守への効果的支援
(許認可取得へのハンズオン型支援等)の仕組みの整備についても配慮
いただくことをお願いしたい。


ニュースレターNo.147(2019年8月24日送信)

国土形成計画(中部圏広域地方計画)における長野県の立ち位置と新たな産業振興戦略の在り方〜飯田地域と長野地域を中核拠点とする
「ツイン・エンジン方式」による産業振興戦略の提案〜

【はじめに】
〇国土交通省所管の国土形成計画(国土の利用、整備、保全を推進す
るための総合的かつ基本的な計画)の中の広域地方計画(8つのブロッ
ク毎に、国と都道府県等が適切な役割分担の下、相互に連携・協力し
て策定された計画)においては、長野県は、岐阜県、静岡県、愛知県、
三重県とともに中部圏に位置づけられている。

〇そして、中部圏ブロックの将来像としては、「リニア効果を最大化
し、スーパー・メガリージョンのセンターを担い、首都圏、近畿圏、
北陸圏と連携し、世界最強・最先端のものづくり産業・技術のグロー
バル・ハブを形成、観光産業を育成、圏域の強靭化を図る。」ことが
提示されている。
 すなわち、リニア中央新幹線の開業により、中部圏外の地域との時
間距離が大幅に短縮されることを踏まえ、中部圏外の地域のものづく
り産業との連携拡大の可能性と、それを踏まえた中部圏の今後のもの
づくり産業の発展シナリオを策定し、リニア開業がもたらす地域振興
効果の最大化を目指すというものである。

〇中部圏ブロックの将来像(目指す姿)の実現に向けた具体的な取組
みとして、10個の広域連携プロジェクトが実施されており、その第1に、
以下のような、ものづくり関連のプロジェクトが位置づけられている。
[基本戦略・目標]
世界最強・最先端のものづくりの進化

[広域連携プロジェクト]
ものづくり中部・世界最強化プロジェクト
@ものづくり中枢圏形成
 このプロジェクトは、中部圏のものづくりが引き続き競争力を高め、
我が国経済を力強く牽引していけるようにするため、世界最強、最先
端のものづくりへの進化を図り、国内外から、ヒト、モノ、カネ、情
報が集まり対流する熱源となり、世界最強のものづくり中枢圏に発展
させていくことを目的としている。
※参考:国土形成計画の基本理念は「交流・連携が新しい価値を生み
出す」であり、それを今の時代に体現するのが「対流」であるとされ
ている。

A環太平洋・環日本海に拓く一大産業拠点形成(中部・北陸広域連携)
 このプロジェクトは、中部圏、北陸圏それぞれの産業が有する強み
を活かした連携・補完を推進することで、環太平洋・環日本海に跨が
る新たな産業拠点の形成・発展を図るとともに、戦略的な広域物流ネ
ットワーク構築を推進し、国際競争力の向上を図ることを目的として
いる。

【中部圏広域地方計画が内包する長野県にとっての課題を長野県が自ら解決することの必要性】
〇中部圏広域地方計画に係る長野県の課題を整理すると以下のように
なるだろう。
@長野県は、中部圏に属するが、実体的には、中部圏、北陸圏の縁辺
地域となり、両圏域のものづくり産業振興に係る主要プロジェクトの
企画・実施化を主導することは困難な状況にある。

A首都圏・中京圏・関西圏の三大都市圏と、長野県駅(飯田市)を含
む複数の中間駅の周辺地域が連結されることによって形成される、1つ
の巨大な都市コリドーである「スーパー・メガリージョン」において
も、長野地域等の県北部地域は、縁辺地域となっていることから、リ
ニア中央新幹線による長野県全域の産業振興の具現化のためには、長
野県ならではの「スーパー・メガリージョン」との戦略的連携へのシ
ナリオの提示が必要になっている。

B飯田地域は、スーパー・メガリージョンにおける長野県唯一の玄関
口となるが、この玄関口が、長野県全域のものづくり産業のグローバ
ルな規模での発展に大きく貢献できる機能を整備・稼動できるように
するために必要な、玄関口(窓口)機能整備に係るビジョン・シナリ
オ・プログラムについての、県主導による議論は未だなされていない。

C長野地域等については、「スーパー・メガリージョン」と「スマー
ト・リージョン北陸」の谷間に埋没せず、両リージョンの縁辺地域で
あることを優位性として活かせる戦略、例えば、両リージョン等との
戦略的連携の下に、長野地域を中核拠点とする「新たなリージョン(広
域連携)の姿」とその具現化へのシナリオ・プログラムを、長野県が自
ら提示・実施化することが必要になっている。
※参考:「スマート・リージョン北陸」(「北陸近未来ビジョン」で
の定義)
 東京〜大阪間が北陸新幹線、東海道新幹線、リニア中央新幹線の3軸
で重層的に繋がる強固な「ゴールデンループ」の完成の下に、AI、IoT
等の先端技術が普及し、あらゆる分野での「デジタル革新」が進展し
て形成される、一体感のある北陸3県の姿(One Hokuriku)のことである。

【スーパー・メガリージョン縁辺地域である北陸圏の産業振興戦略を認識した上で長野県が策定・実施化すべき戦略の在り方】
〇2019年8月23日に金沢市で開催された、(公財)中部圏社会経済研究
所の研究報告・定例講演会の資料によると、スーパー・メガリージョ
ンの縁辺地域である北陸圏の同リージョンとの連携については、前述
の中部圏広域地方計画に基づく、中部・北陸広域連携による「広域連
携プロジェクト(環太平洋・環日本海に拓く一大産業拠点形成)」を
中核に据えていることが理解できる。より具体的に言えば、中部圏の
中の東海圏(リニア中央新幹線の駅が設置される岐阜、愛知、三重の
3県)との広域連携によって、太平洋側と日本海側に跨る新たな産業
拠点の形成を目指すものである。

〇太平洋側と日本海側の広域連携については、国土形成計画における
当初からの重要課題であり、日本海側の産業集積の「優等生」である
北陸圏と、東海圏との広域連携によって具現化されるべきことは、従
来から様々に議論されてきているとのことである。

〇このようにして、リニア中央新幹線によって形成されるスーパー・
メガリージョンの縁辺地域である北陸圏は、東海圏との広域連携によ
って、太平洋側と日本海側に跨り、東京経由ではない世界とのネット
ワークを有する「新たなメガリージョン」を形成する戦略を有してい
るのである。
 残念ながら、北陸圏が主導し形成を目指す「新たなメガリージョン」
には、長野県は、リニア中央新幹線の中間駅(飯田市)を有するにも
かかわらず含まれていないのである。

〇このような状況下で、長野県が、「スーパー・メガリージョン」と
の連携によって、県全域の産業振興を加速するためにとるべき戦略に
ついては、以下のような2つの発展の方向性を提案することができる。
[第1の発展の方向性:長野県の南の玄関口(飯田地域)を中核拠点]
 リニア中央新幹線の中間駅(長野県駅)が設置され、「スーパー・
メガリージョン」の構成都市であり、「長野県の南の玄関口」・「三
遠南信地域の北の玄関口」となる飯田市及び周辺地域(飯田地域)を
中核拠点とする地域産業振興戦略の策定・実施化である。
 その地域産業振興戦略については、飯田地域を中核拠点とする地域
産業の発展の経済的・社会的効果を長野県全域に円滑に波及させるこ
とができる「政策的仕掛け(ハード・ソフト)」の整備を組み込むこ
とが必要になる。

[第2の発展の方向性:長野県の北の玄関口(長野地域)を中核拠点]
 「スーパー・メガリージョン」縁辺地域の県内の代表の長野市及び
周辺地域(長野地域)を中核拠点とし、長野県主導の下に、同リージ
ョンや他県等との広域連携によって、世界的優位性を有する新たな産
業集積を目指す地域産業振興戦略を策定・実施化することである。
 その地域産業振興戦略の策定については、北陸圏や、東北圏に含ま
れる新潟県、首都圏に含まれる山梨県や群馬県等の近隣県等をベース
に、戦略的編成によって新たなリージョンの姿を提示し、その具現化
へのシナリオ・プログラムの策定を長野県が主導することが必要となる。

〇前述の地域産業振興戦略の策定においては、飯田地域を中核拠点と
する「第1の発展の方向性」と、長野地域を中核拠点とする「第2の発
展の方向性」の相乗効果や相互補完効果を発揮できるようにするとい
う、いわゆる「ツイン・エンジン方式」を長野県ならではの政策的優
位性・独創性として組み込むことを提案したいのである。

【むすびに】
〇現状の国主導の国土形成計画と広域地方計画(スーパー・メガリー
ジョン構想等を含む。)では、長野県が属する中部圏や、隣接する北
陸圏、東北圏、首都圏等における、国際競争力を有する新たな産業振
興に果たすべき、長野県の役割が明確には提示されていない。長野県
産業の有する高度な潜在的・顕在的能力に相応しい役割を果たすこと
を政策的には期待されていないとも言えるのではないだろうか。

〇そうであるならば、リニア中央新幹線時代における長野県の南の玄
関口(飯田地域)と北の玄関口(長野地域)を中核拠点とする「ツイ
ン・エンジン方式」による長野県の新たな産業振興戦略を国に提案し、
広域地方計画に位置づけ、広域連携プロジェクトとして国等の支援を
得て実施化できるように努めるべきではないだろうか。
 リニア中央新幹線時代に長野県が策定・実施化すべき産業振興戦略
の在り方に関して、関係の産学官の皆様方による議論が活発化するこ
とを期待したい。


ニュースレターNo.146(2019年7月31日送信)

リニア中央新幹線によって実現する新たな地域社会の姿の提示・共有の必要性〜信濃毎日新聞・建設標「リニア中央新幹線への疑問」に寄せて〜

【はじめに】
〇リニア中央新幹線による地域産業振興のための新たな戦略の必要
性等に関するニュースレター(No.145、「スーパー・メガリージョ
ン構想」に係る長野県の立ち位置の在り方)送信の二日後(2019年
7月27日)、信濃毎日新聞の建設標に、「リニア中央新幹線への疑問」
(投稿者は飯田市在住の人)が掲載された。そこでは、以下の@〜
Dの様なリニア中央新幹線の建設に係る疑問点から、「リニア中央
新幹線は何のために造るのだろうか。」、「この新鉄道建設は、本
当に国民のためになるのだろうか。」と、非常に悲観的な主張が繰
り返し展開されているのである。
 [疑問点の要旨]
@東京〜名古屋間は80%以上がトンネル。ただ速いというだけで、
車窓からの景色を楽しむこともできない超高速列車に人々は何を期
待するのだろうか。
A東京〜大阪間の建設費は9兆円。国から3兆円の財政投融資が入る
という。JR東海の全額負担のはずではなかったか。
B南アルプスは年に4〜6o隆起しているとの指摘もあり、地震によ
り山全体が崩壊する危険性があるのではないか。
C大井川源流部のトンネル工事によって、大井川の水量が減少し、
下流域62万人の生活に深刻な影響が出るのではないか。
D長野県内でも、残土処理など様々な問題が発生している。

〇リニア中央新幹線の建設工事においては、自然災害等の誘発リス
クへの対処を怠ることは絶対に許されないことは当然として、私が
最も衝撃を受けたことは、県内で唯一の中間駅(長野県駅)が設置
され、リニア中央新幹線の恩恵を県内で最も多く受けることが想定
される飯田市に在住の人(建設標に掲載される、地域の論客とも言
える人)から、「ほとんどがトンネルのため、ただ速いというだけ
で、車窓からの景色を楽しむこともできない超高速列車に人々は何
を期待するのだろうか。」というあまりに素朴な疑問の提示があっ
たこと(時速500km、東京〜大阪間67分という「速さ」の経済的・
社会的価値を全く評価していないこと)である。
 本来であれば、リニア中央新幹によって実現できる、従来の時間・
場所の制約から解放された、真に豊かな地域社会の形成という大き
な夢についても語ることができる人が、リニア中央新幹線の建設に
係る悲観的側面(様々なリスク等)にのみ関心を寄せてしまってい
ることが、不思議であり、また、残念でならないのである。

〇飯田市には、今回の建設標への投稿内容のような、リニア中央新
幹線の建設に係る様々な疑問を持っている人が多々いるものと推測
できる。中間駅が設置される飯田市以外の地域では、飯田市民に比
して享受できる恩恵が少ないことなどを背景として、更に多くの人
が、リニア中央新幹線の建設の意義に懐疑的になっているのではな
いだろうか。
 そこで長野県には、リニア中央新幹線の建設に伴う様々なリスク
と、計画されているリスク回避策の提示はもちろんのこと、飯田市
等と一体になって、目指すべき、リニア中央新幹線の全線開通によ
って実現できる、真に豊かな地域社会の姿を県民に対して広く提示
することをお願いしたいのである。
 その真に豊かな地域社会の姿を多くの県民が共有できるようにし
て欲しいということである。それが、県民の力の結集によって、リ
ニア中央新幹線の建設の真の意義を具現化することへの近道になる
と考えるからである。

【長野県民が、リニア中央新幹線の全線開通によって実現できる夢を共有できるようにするために】
〇リニア中央新幹線の全線開通が、首都圏・中京圏・関西圏の三大
都市圏と飯田地域等の中間駅地域で形成される「スーパー・メガリ
ージョン」における時間・場所の制約からの解放をもたらし、多様
な人々の対流とそれによる新たな価値創造の活発化を通して、少子
高齢化・人口減少に打ち勝つ新たな成長を実現できることが、リニ
ア中央新幹線建設の真の意義であることが、リニア中央新幹線の恩
恵を最も受ける、飯田地域の住民の方でさえ良く理解されていない
という実情に対し、これで良いのだろうかという危機感を強く覚え
たのである。

〇ニュースレターNo.145に記載した通り、国の「スーパー・メガリ
ージョン構想」においても、飯田市の「リニア推進ロードマップ」
においても、飯田市に設置されるリニア中央新幹線の中間駅が、
「長野県の南の玄関口」と「三遠南信地域の北の玄関口」としての
機能を有し、飯田地域については、多様な人材が活発に行き交い、
クリエイティブな交流が生まれる、三大都市圏とは異なる新しい知
的交流拠点となる可能性が高いとされている。
 そして、その可能性を具現化するための具体的施策としては、航
空宇宙産業等の新産業の創出や地域産業の高付加価値化を目指し、
「産業振興と人材育成の拠点(エス・バード)」の機能強化等に取
り組むことなどが提示されているのである。

〇しかし、国の「スーパー・メガリージョン構想」や飯田市の「リ
ニア推進ロードマップ」に記載されている、リニア中央新幹線建設
の経済的・社会的意義についての理解が、飯田地域の状況に鑑みて、
県内全域で進んでいないことが推測できるのである。
 そこで、国はもちろんとして、中間駅が設置される飯田市と長野
県には一体となって、様々なリスクを内包する国家的大事業である
リニア中央新幹線建設の真の意義、より具体的には、リニア中央新
幹線全線開通によって、飯田地域を拠点(窓口)として県内全域へ
の波及が期待できる、経済的・社会的メリットの中味をより分かり
やすく、県民に対して説明していただくことをお願いしたいのである。

〇そして、その説明において特に留意していただきたいことは、
「スーパー・メガリージョン」の周辺あるいは外側にある地域、例
えば、長野地域が、飯田地域を窓口とする、「スーパー・メガリー
ジョン」との緊密な戦略的連携を通して、県全体が少子高齢化・人
口減少に打ち勝つ新たな成長を確保することに大きく貢献できるよ
うにする、「政策的仕掛け」を内包する地域産業振興戦略を提示し
ていただくことが重要事項になるということである。

※参考:長野県は、2014年3月に、リニア中央新幹線の整備効果を
県内に波及させることを趣旨とする「長野県リニア活用基本構想」
を策定している。しかし、同構想は、長野県駅(飯田市)の駅勢圏
(鉄道駅を中心としてその駅を利用する人が存在する範囲)である
「伊那谷交流圏」、長野県駅・山梨県駅・岐阜県駅の駅勢圏である
「リニア3駅活用交流圏」、長野県全域を対象とする「本州中央部
広域交流圏」という3つの重層的な交流圏を設定しているだけで、
その3つの交流圏の活用や「スーパー・メガリージョン」との戦略
的連携等によって形成を目指すべき、少子高齢化・人口減少に打ち
勝ち成長し続けることのできる、新たな理想的な長野県の姿の提示
はなされていない。

【むすびに】
〇飯田地域は、県内唯一の中間駅の設置によって、リニア中央新幹
線による経済的・社会的恩恵を県内で最も多く受けることができる。
しかし、県内には、長野地域のように、「スーパー・メガリージョ
ン」の外側に位置することから、その恩恵を受けにくい地域も存在
する。そして、そのような地域の中には、リニア中央新幹線の建設
によってもたらされる、経済的・社会的メリットを具体的にイメー
ジできていないところも多いことだろう。

〇そこで、県の主導によって、県内の産学官の英知を結集して、
「長野県の南の玄関口」と「三遠南信地域の北の玄関口」となる飯
田地域を窓口として、リニア中央新幹線で形成される「スーパー・
メガリージョン」との緊密な戦略的連携によって、新たな経済的・
社会的成長を目指す、新たな地域産業振興戦略(ビジョン・シナリ
オ・プログラム)を策定・提示し、県民全体のリニア中央新幹線へ
の期待や夢が大きく膨らむようにしていただくことをお願いしたい
のである。


ニュースレターNo.145(2019年7月25日送信)

「スーパー・メガリージョン構想」に係る長野県の立ち位置の在り方
〜「スーパー・メガリージョン」の辺縁地域を有する長野県が主導すべき「新たなリージョン(広域連携)の姿」の提示とその具現化の必要性〜

【はじめに】
〇2019年5月、リニア中央新幹線の開通(東京〜名古屋間2027年、
東京〜大阪間2037年)によって、首都圏・中京圏・関西圏の三大
都市圏と、長野県駅(飯田市)を含む複数の中間駅の周辺地域が
連結されることによって形成される、1つの巨大な都市コリドー
である「スーパー・メガリージョン」の在るべき発展方向を示す
「スーパー・メガリージョン構想」(人口減少に打ち勝つスーパ
ー・メガリージョンの形成に向けて〜時間と場所からの解放によ
る新たな価値創造〜)が、国土交通省から公表された。

〇また、2019年6月、飛躍的な経済的・社会的発展が期待される
「スーパー・メガリージョン」の辺縁地域と言える、北陸地域
(富山、石川、福井の3県)が目指すべき姿として、「スマート・
リージョン北陸」(society5.0の実現によりSDGsを達成〜少子高
齢化・人口減少社会を克服し、人々が豊かで幸せに暮らす北陸〜)
を掲げる「北陸近未来ビジョン〜2030年代中頃の北陸のありたい
姿〜」が、北陸経済連合会から公表された。

〇以下で、「スーパー・メガリージョン構想」と「北陸近未来ビ
ジョン」における長野県の立ち位置を確認し、長野県としての両
構想への係わりの在り方や、長野県主導による「新たなリージョ
ン(広域連携)の姿」の提示の必要性等について検討したい。

【「スーパー・メガリージョン構想」における長野県の立ち位置】
〇リニア中央新幹線の中間駅の1つである「長野県駅」は、飯田
市に設置され、「長野県の南の玄関口」、「三遠南信地域の北の
玄関口」としての機能を期待されている。飯田市及び周辺地域に
ついては、多様な人材が活発に行き交い、クリエイティブな交流
が生まれる、三大都市圏とは異なる新しい知的交流拠点となる可
能性が高いとされている。
 その可能性を具現化するための具体的施策としては、航空宇宙
産業等の新産業の創出や地域産業の高付加価値化を目指し、「産
業振興と人材育成の拠点(エス・バード)」の機能強化等に取り
組むことなどが提示されている。
※参考文献:「リニア推進ロードマップ〜リニア中央新幹線を見
据えたまちづくり〜」(飯田市2019年度版)

〇飯田市及び周辺地域は、「スーパー・メガリージョン」の構成
都市(リニア中央新幹線の駅を連結することで形成される都市コ
リドーに含まれる都市)としての恩恵を直接的に享受できる。
 しかし、「スーパー・メガリージョン」(都市コリドー)の外
にある地域(辺縁地域)は、「スーパー・メガリージョン」との
緊密なアクセスを維持することにより、連携パートナーとして生
き残るか、それとは一線を画し、アピール性のある独自の創造的
地域を形成していくか、のいずれかの戦略を選択しなければなら
ない。
※参考文献:「ポスト・アーバン社会〜スーパー・メガリージョ
ンへの視点〜」(土木学会 小林潔司会長情報発信プロジェクト
2019.4月版)

〇例えば、「スーパー・メガリージョン」の辺縁地域と言える長
野市及び周辺地域は、前述の2つの戦略の内、どちらの戦略を選択
すべきなのか。長野市及び周辺地域が選択すべき戦略に関する議
論は、どこでどのようになされているのだろうか。

〇長野県内の「スーパー・メガリージョン」辺縁地域の今後の在
るべき地域産業振興戦略に係る議論においては、長野市及び周辺
地域「スーパー・メガリージョン」と「スマート・リージョン北
陸」への近接性等から、両リージョンとの緊密な戦略的連携を中
核に据えた地域産業振興戦略とすることが合理的と言えるだろう。

【「北陸近未来ビジョン」(スマート・リージョン北陸)における長野県の立ち位置】
〇「北陸近未来ビジョン」においては、「スマート・リージョン
北陸」とは、東京―大阪間が北陸新幹線、東海道新幹線、リニア
中央新幹線の3軸で重層的に繋がる強固な「ゴールデンループ」の
完成の下に、AI、IoT等の先端技術が普及し、あらゆる分野での
「デジタル革新」が進展して形成される、一体感のある北陸3県
の姿(One Hokuriku)のことであると定義している。

〇長野市及び周辺地域は、「ゴールデンループ」を構成する北陸
新幹線によって形成される都市コリドーの中には位置づけられる
が、「スーパー・メガリージョン」と「スマート・リージョン北
陸」の両方の辺縁地域、すなわち谷間に位置することになる。

〇このようなことから、長野市及び周辺地域は、県と一体となっ
て、「スーパー・メガリージョン」と「スマート・リージョン北
陸」からの経済的・産業的波及効果に期待するというような消極
的・受動的な姿勢ではなく、「スーパー・メガリージョン」と
「スマート・リージョン北陸」との戦略的連携の下に、特定の分
野においては、両リージョンに対する優位性を有する立ち位置の
確保を目指す、「新たなリージョン(広域連携)の姿」の提示とそ
の具現化へのシナリオ・プログラムの策定・実施化の必要性等に
ついての議論を活発化させるなど、積極的・戦略的な姿勢に転じ
るべきではないだろうか。

【長野県主導による「新たなリージョン(広域連携)の姿」の提示と具現化】
〇「スマート・リージョン北陸」の形成を目指す「北陸近未来ビ
ジョン」においては、その辺縁地域(隣接の他県等)との戦略的
連携に関する具体的なシナリオ・プログラムは提示されていない。
 また、産業分野における「One Hokuriku」としての「スマート・
リージョン北陸」の形成を加速する、新規かつ独創的な「政策的
仕掛け」も未だ提示されていない。
※例えば、北陸3県の産学官の広域連携による新規高付加価値産業
の創出プロジェクトの企画・実施化を活性化する、新規かつ独創
的な「政策的仕掛け」を提示していただければ、それを長野県が
目指すべき「新たなリージョン(広域連携)の姿」具現化へのシナ
リオ・プログラムの策定の参考にさせていただきたい。

〇したがって、長野市及び周辺地域が、「スーパー・メガリージ
ョン」と「スマート・リージョン北陸」の谷間に埋没せず、両リ
ージョンの辺縁地域であることを優位性として活かせる戦略を、
長野県サイドが自ら策定・実施化することが必要となるのである。

〇長野県サイドが策定・実施化すべき戦略については、長野市及
び周辺地域を核とする「新たなリージョン(広域連携)の姿」とそ
の具現化へのシナリオ・プログラムで構成されることになろう。
 長野県サイドが提示すべき「新たなリージョン(広域連携)の姿」
については、「スーパー・メガリージョン」と「スマート・リー
ジョン北陸」の辺縁地域である新潟県等の他県を含むものとする
のか、あるいは、長野県内の辺縁地域のみに絞り込むのか、につ
いての議論から始めることが必要になる。
※(公財)長野県テクノ財団においては、20年以上前に、新潟県
と長野県の産学官連携活動の活性化を目指し、「信越コリドー」
という概念を新たに提唱し、一定の期間、各種の交流事業を実施
していたことがある。

〇いずれにしても、長野県サイドが提示する「新たなリージョン
(広域連携)の姿」の具現化へのシナリオ・プログラムの策定にお
いては、当該リージョン内の産学官と、「スーパー・メガリージ
ョン」・「スマート・リージョン北陸」内の産学官との具体的か
つ戦略的な連携の在り方や、その連携の効果的推進を可能とする
「政策的仕掛け」について、長野県が主導して、調査研究し取り
まとめることが必要になるのである。

【むすびに】
〇リニア中央新幹線の開通によって形成される「スーパー・メガ
リージョン」が、長野県の産業全体の発展に効果的に資するよう
にするためには、「スーパー・メガリージョン」の構成都市であ
り、「長野県の南の玄関口」・「三遠南信地域の北の玄関口」と
なる飯田市及び周辺地域を核とする地域産業振興戦略(「リニア
推進ロードマップ(飯田市)」等)と、県内の辺縁地域の代表の
長野市及び周辺地域を核とする地域産業振興戦略(今後策定され
るべき「新たなリージョン(広域連携)の姿」等の新戦略)との
効果的連携(相乗効果、相互補完効果の発揮等)が必要となる。

〇その効果的連携の在り方等に関する議論においては、「スーパ
ー・メガリージョン構想」や、「北陸近未来ビジョン」のような
隣接県等の戦略に係る長野県の立ち位置(目指すべき姿)をまず
明確にして、その具現化へのシナリオ・プログラムを策定すると
いうような、論理的な段取りに沿った議論が、関係の産学官の方々
によって活発化することを期待したいのである。

〇いずれにしても、長野県には、「北陸近未来ビジョン」のよう
な、県境を越える広域的な産業振興戦略の策定・実施化を主導で
きるような政策的力量を、高度な産学官連携によって整備・発揮
していただくことを期待したいのである。


ニュースレターNo.144(2019年7月14日送信)

長野県の地域産業振興戦略の具現化の「起爆剤」としての「デザイン駆動型イノベーション」の重要性とその活性化のための
「政策的仕掛け」の在り方について

【はじめに】
〇長野県の地域産業振興戦略は、総論としての「ものづくり産業振
興戦略プラン」を頂点として、各論としての「航空機産業振興ビジ
ョン」、「食品製造業振興ビジョン」、「医療機器産業振興ビジョ
ン」等で構成されており、現在、「信州ITバレー構想」が策定中と
いうような状況にある。

〇これらの様々な地域産業振興戦略の具現化、すなわち、それぞれ
の地域産業振興戦略が描く、国際競争力を有する地域産業の集積
(地域クラスター)の姿を実現できるか否かは、当該産業分野の新
市場形成を加速するイノベーションを創出し続けることができるか
否かにかかっているのである。

〇なお、ここでのイノベーションの定義は、長野県中小企業振興条
例の「産業イノベーション」の定義を準用することとする。
 同条例では、「産業イノベーション」の定義を「新たな製品又は
サービスの開発等を通じて新たな価値を生み出し、経済社会の大き
な変化を創出すること」としている。すなわち、市場ニーズ等に応
える新製品・新サービスを生み出すだけではイノベーションとはな
らず、実際にその新製品・新サービスが活用され、世の中(特定の
産業分野や地域社会の場合も含む。)に一定規模の変化をもたらす
ことができた場合に、初めてイノベーションとなるのである。この
イノベーションの姿が、長野県の地域産業振興戦略が理想として目
指しているものなのである。

【地域産業振興戦略の効果的策定・実施化のためのイノベーション
の分類】
〇長野県が、その条例によって定義し、目指すべきとしているイノ
ベーションについては、そのアプローチの仕方やプロセス等から、
以下のように大きく3つの型に分類できるだろう。

@技術プッシュ型
 大学等の研究機関や企業が有する技術を出発点として展開される
イノベーション。技術の急進的な発展によってもたらされる製品性
能等の目覚ましい進歩を指す。先進的な技術研究によってもたらさ
れるイノベーションで、既存産業に破壊的な衝撃を与え、長期的な
競争優位の源泉になることもある。
A市場プル型
 市場ニーズ(地域の産業や社会の課題解決ニーズも含む。)に基
づいて展開されるイノベーション。技術の急進的な改善を必ずしも
必要としない、ユーザーのニーズを分析することによってもたらさ
れる、ユーザー中心、市場牽引型のイノベーションである。従来の
社会文化的モデルを大きく変化させることなく、むしろ強化するも
ので、漸進的なイノベーションをもたらす傾向が強い。
Bデザイン駆動型
 製品やサービスの持つ「意味」を変化させる、もしくは抜本的に
新しい「意味」を提案することによって実現されるイノベーション。
「意味」を付与することがデザインの本質であることから、デザイ
ン駆動型のイノベーションという概念が生まれた。
 このイノベーションは、市場ニーズに応える(明らかにされた特
定の課題を解決する)というものではなく、人々に新しい「意味」
(「より良い性能のもの」ではなく「より良い意味のあるもの」)
を提案し、急進的変化を促すものである。
 言い方を換えれば、@技術プッシュ型とA市場プル型のイノベー
ションは、消費者志向によって既存のものの改良すべき点等を考え
ることに重きを置くが、Bデザイン駆動型のイノベーションは、消
費者志向にとらわれず、これまでに無かった、これからの社会にと
って良いもの、在るべきものを提案することを目指すものである。

 ニュースレターNo.138(2019.3.16送信「製品コンセプトデザイン
の優位性確保による地域産業の市場競争力の強化」)で提示した製
品コンセプトデザイン(どのような消費者に、どのような利益を、
どのようにして提供しようとするのかを明確化するものであり、い
わば、想定される消費者にとっての購買理由を明示するものである
「製品コンセプト」を、関係者に理解しやすいように「設計」する
こと)は、デザイン駆動型イノベーション創出手法の重要な構成要
素となるだろう。
※参考文献1:「イノベーションをデザインする―デザイン・ドリ
ブン・イノベーションの意義と展開―」
(2017年東京大学・立命館大学での講演会報告書)

〇以上の分類から、長野県の地域産業振興戦略の策定・実施化にお
いては、その戦略が目指す姿の実現へのシナリオ・プログラムとし
て必要なイノベーションの「型」を明確化し、そのイノベーション
が持続的に創出される「政策的仕掛け」としてのイノベーション・
エコシステムを、他県等に比して優位性を有するものとして構築・
稼動できるようにすることが極めて重要になるのである。

〇前述のイノベーションの3つの分類から明らかなように、イノベ
ーションには「技術的革新」と「意味的革新」という2つの意味合
いがあるという整理をすることもできる。従来の国・県等の地域産
業振興戦略に係るイノベーションについては、主に「技術的革新」
の意味合いに大きく注目してきている。
 しかし、今までの生活価値・ライフスタイルを大きく変え、大き
な新規需要を生み出す「破壊的イノベーション」を創出するために
は、「意味的革新」が不可欠となる。そこに、デザイン駆動型イノ
ベーション創出活性化の「政策的仕掛け」を地域産業振興戦略の中
に組み込むことの意義があるのである。
※参考文献2:「我々はいかにして成熟期の経済を乗り越えていく
のか〜改めてイノベーション=意味的革新の必要性を問う!〜」
(長野経済研究所・経済月報2016.2 理事長 中村 博)

【デザイン駆動型イノベーションの地域産業振興戦略への組込みの
手法】
〇国や県の現状の地域産業振興戦略におけるイノベーションは、技
術プッシュ型と市場プル型のイノベーションによって、地域の経済
的課題と社会的課題の解決方策を具現化(事業化)し、地域に経済
的価値と社会的価値をもたらし、地方創生を実現できるというシナ
リオの中に位置づけられてきている。まだ、デザイン駆動型のイノ
ベーションという概念や、その産業政策的意義等についての提示は
なされていない。
 EU諸国では、デザイン駆動型イノベーションが、通常のイノベー
ション政策の中に既に位置づけられているが、その詳細については
今後の調査研究課題としたい。
※参考文献3:「地域科学技術イノベーションの新たな推進方策に
ついて〜地方創生に不可欠な「起爆剤」としての科学技術イノベー
ション〜」(平成31年2月、科学技術・学術審議会)

〇「技術的革新」によって課題解決を目指す技術プッシュ型と市場
プル型のイノベーションと「意味的革新」を目指すデザイン駆動型
のイノベーションとの違いを改めて整理すると以下のようになるだ
ろう。
※市場プル型イノベーションは、必ずしも「技術的革新」を伴うも
のではないが、特定された課題の解決を目指すという視点からは、
技術プッシュ型イノベーションと同じ分類に位置づけることができる。
 [第1の違い]
 課題解決を目指すイノベーションは、あくまでユーザーを中心に
据え、ユーザーが満足することを志向するイノベーションプロセス
を有する。すなわち、どのようにしてユーザーが今使いたいものを
抽出・特定し、提供することができるのかを検討し実施化するプロ
セスである。
 これに対して、「意味的革新」を目指すデザイン駆動型イノベー
ションは、ユーザーを直ちに満足させることよりも、人間が生きる
世界にとって良いもの(その良いものを使用する新たな理由)を提
案し、理解を得ようとするイノベーションプロセスを中核とするも
のである。すなわち、人々がものを使用するための新しい理由を提
案(「より良い性能のもの」ではなくて「より良い意味のあるもの」
を提案)するプロセスである。より具体的には、「より良い意味の
あるもの」を使用する新たな生活価値・ライフスタイルの姿(ビジ
ョン)を提案し、理解を得ようとするプロセスとも言えるのである。
 課題解決を目指すイノベーションでは、ユーザーのものの見方に
囚われ過ぎてしまい、根本的に意味を変化させること、あるいは、
新しい意味を生成することが困難となるのである。

 [第2の違い]
 課題解決を目指すイノベーションは、外部から得られる課題解決
アイディアを必要とする。これに対して、「意味的革新」を目指す
イノベーションは、課題解決アイディアを広く外部に探索すること
ではなく、自分自身(内部)から「より良い意味のあるもの」に係
るビジョンを広く外部へ発信することが必要となる。そこには、そ
のビジョンが他の人々にとっても共通的に意味のあるもの(共感を
得られるもの)なのかを確かめるプロセスが伴うことになる。

〇「意味的革新」を目指すイノベーションの事例が前掲の参考文献
1と2の中にいくつか提示されている。その1つ、ヤンキーキャンドル
社の香り付き高級ロウソクの事例を紹介したい。
 同社は、「ロウソクの香りによる心地よい生活」という新たな生
活価値・ライフスタイル(ビジョン)を人々に提案し、従来の単な
る「光源としてのロウソク」の意味を、「香り空間を創造するロウ
ソク」という意味へ変化させ、150種類以上の様々な香りのある、
分厚い瓶入り(外から炎はほとんど見えない)ロウソクを開発・供
給し、大きな市場(2012年の市場シェア44%、売上高8.44億ドル)
を獲得した。

〇過日聴講した名古屋大学協力会主催の「未来を創るイノベーショ
ン」講演会(2019.7.13)で提示された、「意味的革新」を目指す
イノベーションの事例の1つを以下に示す。
 自動改札機を開発したオムロン(株)は、駅は単なる列車の乗降
場所ではなく、「駅は街への入口」という新たなビジョンを提案し、
「改札業務の省力化ツールとしての自動改札機」という意味を、
「街と人とのコミュニケーションツールとしての自動改札機」とい
う意味へ大きく変化させ、個々の乗降客が持つ自動改札機用パスと
の様々な情報(データ)のやり取りをベースとして、駅を起点に安
心安全で快適な街づくりに資する多種多様なビジネスの立上げを計
画している。

〇これからの地域産業振興戦略の策定・実施化においては、デザイ
ン駆動型イノベーション活性化のための「政策的仕掛け」の組込み
が重要となることから、今後、その「政策的仕掛け」の在り方等に
ついて、以下のような視点から関係の産学官の方々の中で議論して
いただくことが必要になるだろう。
@デザイン駆動型イノベーションの有用性・必要性等への産学官の
理解の深化

Aデザイン駆動型イノベーションの組織的推進をマネジメントでき
る人材の産学官における育成(「より良い意味のあるもの」に係る
ビジョンの提案・伝達・共有に係る手法の修得等を含む。)

Bデザイン駆動型イノベーションへの産学官連携による具体的取組
みの活性化(「意味的革新」を中核に据えた、産学官連携による新
製品・新サービス創出プロジェクトの企画・実施化への支援システ
ムの創設などデザイン駆動型イノベーション・エコシステムの形成)

【むすびに】
〇参考文献1においては、企業が「意味的革新」に取り組むことの重
要性を以下のような例え話によって説明している。
 良き父親とは、ただ単に子供が欲しがるものを与えるのではなく、
子供にとってより良い意味のあるものを与える存在である。父親が
子供に対して責任を持つように、企業が製品を顧客に提案する場合
にも、市場の要求にただ単に従うのではなく、その顧客にとって本
当に必要だと思う製品に係る新たなビジョンを提案できるようにす
ることが求められているのである。

〇長野県の各種の地域産業振興戦略の策定・実施化においては、関
係の産学官の皆様方のご支援・ご協力によって、他県等に先んじて、
デザイン駆動型イノベーションが戦略的に組み込まれ、地域産業振
興戦略の効果的具現化が加速されることを期待したいのである。

ニュースレターNo.143(2019年6月23日送信)

「信州ITバレー構想」のビジョン・シナリオ・プログラムの在り方について

【はじめに】
〇信濃毎日新聞や日本経済新聞の一連の報道によると、長野県経営
者協会の山浦会長、長野県立大学の安藤理事長が提唱した、東北信
地域にIT産業クラスターを形成することを目指す「信州ITバレー構
想」を、長野県が、特にクラスター形成地域を特定しない(全県を
対象とし、複数個所のクラスター形成を想定するような)構想とし
て、今秋までに策定するという。

〇「信州ITバレー構想」に関する新聞報道の、当初から現在までの
変更ポイントを整理すると以下のようになる。
@当初は、県経営者協会の山浦会長、県立大学の安藤理事長が「信
州ITバレー構想」を提唱し、県は、その実施化に協力するというよ
うな関係であったが、県が、県の構想として「信州ITバレー構想」
を策定することになった。
A当初の「信州ITバレー構想」は、長野市を中核として、東北信地
域に、IT産業クラスターを形成することを目指していたが、県が策
定する同構想においては、クラスター形成地域を特定しないで、全
県を対象とし、広くIT産業の振興(複数個所のクラスター形成を含
む。)に取り組むことになった。

〇当初の「信州ITバレー構想」は、いわば産と学による提唱であっ
て、産学官の提唱にはなっていなかった。東北信地域にIT産業クラ
スターを形成しようという構想であれば、当然、クラスター形成地
域の市町村が主体的に参画すべきことになる。なぜ、提唱者に関係
市町村長が名を連ねることができなかったのだろうか。

〇また、「信州ITバレー構想」が、県内複数個所でのIT産業クラス
ターの形成を目指すことになれば、当該クラスター形成に係る自治
体間での競争と連携、県による支援の分散化と効率性の確保など、
政策的に困難な課題への対応策を同構想の中に組み込まなければな
らなくなる。

〇関係自治体の参画の在り方に関しては、飯田・下伊那地域での航
空機産業クラスター形成への飯田・下伊那地域の自治体の主体的・
戦略的な取組みを参考にすべきことになるし、上田市を中心とする
9市町村が、「東信州次世代産業振興協議会」を設立し、「次世代自
立支援機器・産業機器製造業の集積形成」に取り組んでいることも
参考事例になるだろう。

〇なお、新聞報道によると、6月18日開催の長野県産業イノベーショ
ン推進本部会議において、以下の3点が「信州ITバレー構想」の骨子
として既に決定されている。
@多様なIT人材の育成・誘致
A革新的なITビジネスの創出・誘発
BIT産業クラスターを目指したプロモーションの展開
※平成29年度以前は、県産業イノベーション推進本部会議が開催され
ると、会議資料(議事録は後日公表)が県のホームページに速やかに
公表されていたが、平成30年度以降は、その公表がなされていないた
め、新聞報道のみを参考にせざるを得ない状況にある。

〇この骨子3点は、同構想の基本的体系・構成となるべき、@ビジョ
ン(目指すべきIT産業集積の姿)、Aシナリオ(ビジョン実現への
道筋)、Bプログラム(シナリオの着実な推進に必要な各種施策)の
中の、Aシナリオに相当するものである。まだ、肝心の@ビジョン
(他地域に比して優位性を有する長野県のIT産業の集積の姿)の提示
がなされていないようである。
 県民に夢と希望を与える、どのような魅力的なビジョンを描くのか
が、今後の大きな課題となる。ビジョン無くして、シナリオ・プログ
ラムに関する論理的な議論はできないのである。

〇21世紀に入って、全国各地域で多くの自治体等によって、IT産業の
集積(クラスター)形成に積極的に取り組まれて来ている中、長野県
として今、如何にして、他県等に比して優位性や独創性を有するIT産
業の集積形成へのビジョン・シナリオ・プログラムを描くことができ
るのかが、「信州ITバレー構想」策定に係る最重要課題となる。

〇他県等に比して優位性を有するIT産業の効果的な集積形成活動のバ
イブルとなる「信州ITバレー構想」の、ビジョン・シナリオ・プログ
ラムの在り方に関する今後の関係の皆様方の議論に少しでも資するこ
とを目的として、「第二期秋田県情報産業振興基本戦略(2018.3月策
定)」(以下、秋田基本戦略という。)のビジョン・シナリオ・プロ
グラムや、オープンソース・ソフトウェア(OSS)のプログラミング言
語Rubyを「地域資源」としてIT産業の高度集積を目指し、顕著な成果
を上げている松江市の「Ruby City MATSUE プロジェクト」(2006年度
スタート)等を参考にして、「信州ITバレー構想」のビジョン・シナ
リオ・プログラムの在り方について若干の提案をしてみたい。

〇秋田基本戦略は、秋田県ならではの独創性や優位性を有していると
評価できるレベルのものとは言い難いが、「信州ITバレー構想」の体
系・構成の検討の際の参考資料としての活用価値は高いと言えるだろ
う。そこで、まずは、秋田基本戦略のビジョン・シナリオ・プログラ
ムを以下に整理・提示してみたい。

【秋田基本戦略が対象とする情報産業】
〇秋田基本戦略が振興の対象とするのは、情報関連産業とし、日本標
準産業分類に基づき、以下のように整理している。
 [主に対象とする業種]
 情報サービス業(ソフトウェア業、情報処理・提供サービス業など)
 インターネット付随サービス業
 [各企業のICT利活用に係る業態に応じて対象とする業種]
 映像・音声・文字情報制作業(映像情報制作・配給業)
 専門サービス業(デザイン業、著述・芸術家業)
 広告業

〇「各企業のICT利活用に係る業態に応じて対象とする業種」には、製
造業も含まれている。製造業においては、今や組込みソフトウェアが不
可欠となっており、社内に当該部門を抱えている企業が多いことから対
象業種としているのである。

【秋田基本戦略のビジョン(実現を目指す情報産業の姿)】
〇秋田基本戦略の目指す姿については、総論として「秋田の産業を牽引
する付加価値の高い情報関連産業の確立」を提示し、各論としては、以
下の3つの姿を掲げている。
 [目指す姿@]
 ニーズの高い技術分野への対応、付加価値の高い商品開発及び新たな
市場の開拓により、大都市圏等からの受注が拡大し、売上高が増大する
とともに、生産性と従事者数も向上している。
 [目指す姿A]
 新規立地や既存企業の事業拡大により県内にICT企業が集積し、教育
機関と連携することで、若者の県内定着や技術者の育成が進展している。
 [目指す姿B]
 AI、IoT技術等の普及が加速し、県内企業の生産性及び付加価値が向
上するとともに、医療・福祉など地域課題の解決が図られている。

〇県内外の優れた情報関連の企業や技術者に、その実現に参画・貢献し
たいと思わせるような、魅力とインパクトのある「目指す姿」は提示さ
れていない。全国共通と言えるような「目指す姿」になってしまっている。
 他地域に比して優位性や独創性を有する魅力ある「目指す姿」を戦略
の冒頭に明示できるか否かが、戦略の具現化に参画する産学官の意識の
効果的なベクトル合わせに基づく、戦略具現化への様々な連携活動の成
果を大きく左右することになると言っても過言ではないのである。

【秋田基本戦略のビジョン実現へのシナリオと、シナリオの着実な推進
に必要なプログラム】
〇[目指す姿@]の実現へのシナリオとしては、「県内及び大都市圏等か
らの受注の拡大」を掲げ、その着実な推進に必要なプログラムとして、
以下の4施策を提示している。
@新しい商品開発及びビジネスモデル確立を支援する。
A県内情報関連企業の競争力強化を支援する。
B販路の新規開拓を支援する。
C県内マーケットにおける受注拡大を支援する。

〇[目指す姿A]の実現へのシナリオとしては、「産業集積の促進と優秀
な人材の確保及び育成」を掲げ、その着実な推進に必要なプログラムと
して、以下の3施策を提示している。
@県内での新規立地及び事業拡大を支援する。
A優秀な人材の確保・定着を支援する。
B最先端分野の技術習得を支援する。

〇[目指す姿B]の実現へのシナリオとしては、「県内産業の生産性向上
と地域課題解決」を掲げ、その着実な推進に必要なプログラムとして、
以下の2施策を提示している。
@製造業をはじめとする県内産業の次世代技術導入を支援する。
A地域課題解決のためのICT導入を支援する。

〇秋田基本戦略は、県内特定地域を中核とする情報産業クラスターの形
成を目指す戦略を有していない。また、ビジョン・シナリオ・プログラ
ムという論理的な体系・構成にはなっているが、現状の秋田県の情報関
連産業が有する技術的・経営的課題の解決という通常の目標設定から一
歩抜け出し、他県等に比して優位性や独創性を有する、国内トップレベ
ルの競争力を有する情報産業クラスターの形成を目指すというような、
先進的・独創的でチャレンジングな戦略と言えるものは含まれていない
のである。

〇「信州ITバレー構想」には、長野県のIT産業が通常レベル以上の技術
力・経営力を有し、市場競争の中で生き残っていけるようにすることを
戦略の中核に据えるだけではなく、他県等に比して優位性や独創性を有
する、国内トップレベルの競争力を有するIT産業クラスターの形成を目
指す、県民に夢と希望を抱かせてくれるような、長野県ならではの先進
的でチャレンジングな戦略を提示していただきたいのである。

【優位性ある「信州ITバレー構想」策定のために事前に検討すべき課題】
〇「信州ITバレー構想」の策定においては、如何にして、先行している
他県等に比して優位性や独創性を有し、県内外の優れたIT企業や技術者
等を引き付ける、どのような魅力のあるIT産業クラスターの形成を目指
すのか、すなわち、ビジョン(目指す姿)の在り方の議論から着手する
ことが極めて重要となる。

〇そのビジョン(目指す姿)の議論に当たっては、新聞報道から明らか
になっている、現状の「信州ITバレー構想」の骨子等が内包する、以下
の課題をまず最初に議論のテーマとし、整理しておくことが必要となる。
@県内の特定一地域においてIT産業クラスターの形成を目指すのではな
く、全県一律にIT産業振興(複数個所でのクラスター形成を含む。)を
目指すべきなのか。
A県内の特定一地域に他県等に比して優位性・独創性を有するIT産業ク
ラスターを形成し、そこを拠点として県内他地域へ技術的・経済的波及
効果を及ぼすという戦略の意義について議論する必要はないのか。
※@Aの議論においては、IT産業クラスター形成に合理的な地理的範囲
とはどのようなものかについての事前の確認が必要になる。
B県内でのIT産業クラスターの形成を目指す場合、そのクラスターが確
保すべき優位性とは何か。すなわち、実現を目指すIT産業クラスターの
姿とはどのようなものなのか。複数のクラスター形成を目指す場合には、
競争と連携を前提とし、差別性を有する複数の目指す姿を設定すること
が必要となる。
C集積を目指すIT産業の中に製造業を加えるべきか否か。今やITを活用
しない製造業はあり得ない。例えば、ITを高度に活用し、それを一つの
ビジネス部門として確立することを目指す製造業の集積を、目指す姿に
加えなくても良いのか。
D県内での複数のIT産業クラスター形成を想定する場合、クラスター形
成に係る自治体の主体的取組み(自治体間での競争と連携を含む。)を
如何にして活性化すべきなのか。

【市が県の協力を得て主導したIT産業クラスター形成戦略の先進事例】
※参考文献:産学官連携ジャーナル(2015年7月号)「島根県と松江市の
IT産業振興と人材育成 ― 産学官による取り組みとその課題 ―」
〇島根県松江市は、オープンソース・ソフトウェア(OSS)のプログラ
ミング言語Rubyの開発者が市内在住であり、Rubyのプログラマー・エン
ジニアが一定程度集積していることなどを地域の地理的・技術的強みと
して位置づけ、地域のIT産業の競争力を高め、IT企業の市場拡大、更に
は地域経済全体の成長を目指す「Ruby City MATSUE プロジェクト」を
2006年度から開始した。

〇島根大学もRuby・OSSを活用したソフトウェアの研究開発と人材育成
の面から同プロジェクトを支援した。2008年度からは、IT産業振興に乗
り出した島根県も支援に参画し、いわゆる産学官連携による支援体制が
整えられた。

〇技術開発や人材育成への支援による市場競争力強化、販路拡大、IT企
業誘致等の面での政策的効果もあり、「Ruby City MATSUE プロジェクト」
開始以降、島根県内のIT企業は、2007年度から2013年度にかけて、売上
高を44%(120億6000万円から215億円6200万円)伸ばす成果を上げた。
また、2008年度から2014年度までに島根県に進出したIT企業は28社、特
に2014年度は11社と急増している。

〇IT市場、特にソフトウェア市場の拡大を背景に、高度なソフトウェア
人材の不足が深刻化している中、地域におけるIT産業クラスター形成に
係る最大の課題は、ソフトウェア開発に係る高度人材の育成・確保とな
っている。
 地方の大学等が育成した優秀なソフトウェア技術者の都会(特に東京
圏)への流出は、どこの地方も抱える課題であるが、優秀な技術者の流
出は、それ自体はその地域の技術レベルが高いことの証明でもあるので、
一概に否定することはできない。

〇そのようなことから、地域における競争力のあるIT産業クラスター形
成の成否を決するのは、その地域ならではの優位性・独創性(松山市の
場合は、Rubyに係る先進性とその活用の他地域より高い発展可能性等)
を有する魅力あるIT産業クラスターの具体像(ビジョン)を描き、その
ビジョン実現への効果的なシナリオ・プログラムを広く県内外に提示し、
県内外の優れたIT企業や技術者等に、そのクラスター形成に是非参画し
てみたいという熱い思いを抱かせることができるようなIT産業クラスタ
ー形成戦略(長野県の場合には「信州ITバレー構想」)を策定・実施化
できるのか否かということになるのである。

【むすびに】
〇「信州ITバレー構想」の策定作業においては、長野県の産学官の英知
を結集し、まずは、実現を目指すべき、県内外の優れたIT企業や技術者
等を引き付ける魅力あるIT産業クラスターの姿(ビジョン)を描くこと
に注力し、その上で、その魅力あるビジョン実現へのシナリオ・プログ
ラムに関する議論に進んでいただきたいのである。産学官のリーダーが
語るべきは、まずはビジョンなのである。

〇ITは、今や全ての産業に不可欠のものである。また、地域課題の解決
ツールとしても不可欠のものである。すなわち、ITは、地域産業の振興
と地域住民の生活の質的向上とを整合させるための不可欠のツールとも
言えるのである。
 このような視点から、長野県ならではの、高尚な「理念」と挑戦的な
「戦略」を盛り込んだ「信州ITバレー構想」となることを期待したいの
である。


ニュースレターNo.142(2019年6月7日送信)

「持続可能な社会づくりのための協働に関する長野宣言」の提唱者・長野県が実施・発信すべき気候変動対策の在り方

【はじめに】
〇2019年6月1日の信濃毎日新聞の第1面に、5月31日に長野県が、気候
変動対策等に、国内外の自治体(地方政府)が協働して取り組むよう
に呼び掛ける「持続可能な社会づくりのための協働に関する長野宣言」
(以下、「長野宣言」という。)を発表し、6月に軽井沢町で開催され
る「20か国・地域(G20)エネルギー・環境関係閣僚会合」に合わせ、
6月14日に原田環境相に「長野宣言」を手渡す旨が大きく掲載されていた。

〇そして、同じく第1面では、「問われる県の実践と発信」(解説)と
いう署名記事で、長野県は、「長野宣言」によって、環境関係閣僚会
合の地元県として、国内外の「環境先進自治体」を先導するという積
極的姿勢を示してはいるが、単に声掛けだけに終わらせることなく、
長野県自身が、宣言の内容を実践し、それを世界に発信し続けること
が重要である旨を強く訴えているのである。

〇この信濃毎日新聞の署名記事に大いに賛同する者として、「長野宣
言」の提唱者である長野県が、同宣言に基づき実施・発信すべき気候
変動対策の在り方について提案してみたい。

【「長野宣言」の「地方政府が協働して取り組む6つの事項」における
気候変動対策の位置づけ】
〇「長野宣言」は、その冒頭で、「気候変動を緩和するための緊急の
呼びかけ」を行い、「気候変動適応策の実施は喫緊の課題」とした上
で、国内外の「地方政府が協働して取り組む6つの事項」と「G20各国
政府に呼び掛ける9つの事項」という二つのパーツから成り立っている。

〇ここでは、「長野宣言」の提唱者である長野県が先導すべき「地方
政府が協働して取り組む6つの事項」の中で、特に、長野県としての具
体的な気候変動対策の実施・発信の在り方について検討する前段として、
同宣言の中で非常に重要とされる気候変動対策が、どのように位置づけ
られているのかについて整理しておきたい。

〇「地方政府が協働して取り組む6つの事項」の中で、気候変動対策に
直接的に係る取組み事項については、第1、第3、第4に記載されている。

第1 地域(都道府県)及び市町村における官民の枠を越えた活動を通
じて、気候変動対策に取り組み、地域循環共生圏の実現を追求する。
※地域循環共生圏:地域で循環可能な資源はなるべく地域で循環させ、
それが困難なものについては、それが循環する環を広域化させていき、
重層的な地域循環を構築していこうという考え方(環境省資料からの抜粋)

第3 地域(都道府県)及び市町村が国の気候変動政策と協働すること
により、相互に補完し合う地方レベルの政策を策定する力を向上させる。

第4 国の援助に応え、地域が相互に支援しあいながら、地域の気候変
動対策と行動計画を進化させるとともに、他の自治体に普及するため
発信する。

〇「長野宣言」の「地方政府が協働して取り組む6つの事項」において、
地域レベルにおいても、地球規模の環境問題である気候変動対策に積極
的に取り組み、その先進的取組みを普及するため、広く発信するという、
長野県の強い意思を具体的かつ果敢に内外に広くアピールすることの意
義は大きい。長野県民として誇らしいことである。

【「長野宣言」の提唱者として、長野県が先導すべき気候変動対策の在
り方】
〇長野県が先導すべき気候変動対策の在り方に関しては、ニュースレタ
ーNo.141(2019.5.17送信「地域企業による気候変動リスク対策を地域産
業振興戦略の中にどのように位置づけるべきか」)で取り上げ、気候変動
対策を、気候変動の原因物質である温室効果ガスの排出を抑制する「緩和」
(mitigation)と、気候変動の影響を予測・分析し、回避・軽減する
「適応」(adaptation)とに区分・整理し、「緩和」と「適応」の両面か
らの取組みが必要であることを強調した。

〇「長野宣言」においても、冒頭で、「気候変動が我々の時代の最も差し
迫った課題のひとつであることに疑いはない。それゆえに、我々は、COP24
の成果に賛同し、不可逆的な結果を伴う気候変動を緩和するための緊急の
呼びかけを行う。異常気象などの気候変動の影響がかつてなく顕著になり
つつあることを考慮すると、気候変動適応策の実施は喫緊の課題である。
2017 年のG20ハンブルクサミットを契機に始まった適応の取組等にならい、
地域の優れた事例を共有・普及していくことが重要である。」と記載し、
「緩和」と「適応」の両面からの取組みが重要であることを述べている。

〇ニュースレターNo.141で、県内企業が取り組む「緩和」と「適応」へ
の政策的支援においては、企業価値の向上と市場競争力の強化に資する
新たな技術・ビジネスモデルの産学官連携による創出活動の活性化を重
視すべき旨を提示させていただいた。

〇今回は、去る6月6日に開催された「日本学術会議公開シンポジウム
長期の温室効果ガス大幅排出削減に向けたイノベーションの役割と課題」
で得た情報を参考にして、地域企業の気候変動対策への政策支援の組込
みによる、地域産業振興戦略の高度化に関する議論を更に深化させたい
と考えている。

【温室効果ガス大幅排出削減に向けたイノベーションの役割と活用の
シナリオ】
〇「日本学術会議公開シンポジウム 長期の温室効果ガス大幅排出削減
に向けたイノベーションの役割と課題」は、地球規模での温室効果ガス
排出の大規模削減に向けて、イノベーションが果たす具体的な役割、限
界、そして関連政策の在り方等について議論し、大幅排出削減に向けた
具体的なシナリオを、従来より明確化することを目的としていた。

〇「長野宣言」の提唱者・長野県が実施・発信すべき気候変動対策の在
り方に関する、関係の産学官の皆様方の今後の議論に資することを目的
として、その公開シンポジウムで得た情報等について、以下の@〜Bの
ように整理・提示したい。

[@温室効果ガスの大幅排出削減の動向と議論の方向性]
〇国の「エネルギー・環境イノベーション戦略」(2016年策定)による
と、2030年の世界における温室効果ガスの排出総量は約570億トンの見込
み。COP21で言及された「2℃目標」(全地球平均気温上昇を産業革命前比
で2℃未満に抑えること)を達成するためには、300億トン超の追加的削減
が必要。これには、世界全体で抜本的な排出削減に係るイノベーション
を進めることが不可欠となる。

〇県等においても、「Society5.0」(超スマート社会)の実現によって、
エネルギーの需要・供給システム全体が最適化されることを前提に、2050
年を見据え、削減ポテンシャル・インパクトが大きい有望な技術開発の
推進戦略の在り方について議論し、それを策定・実施化することが必要
となる。

[A温室効果ガスの大幅排出削減に係るイノベーション(AI.IoT等の活用
を含む。)の役割]
〇温室効果ガスの大幅排出削減に係るイノベーションは、削減ポテンシ
ャル・インパクトが大きい革新的技術の創出のみを意味するものではな
い。例えば、人々のライフスタイルを温室効果ガスの大幅排出削減を可
能とするものへ革新的に転換することも含まれる。

〇ライフスタイルの革新的転換の事例としては、自動運転・カーシェア・
ライドシェアを挙げることができる。AI・IoT・AV技術の融合によって自
動運転・カーシェア・ライドシェアを実現すれば、現在の乗用車の稼働
率(4%)を40%以上に向上でき、乗用車の生産、走行、駐車・走行等の
ためのインフラ整備等から直接的・間接的に排出される温室効果ガスの
大幅な削減が期待できるのである。

[B温室効果ガスの大幅排出削減へのイノベーション活用シナリオの在り方]
〇製造部門だけでなく、製品・サービスの市場展開等も含む、グローバ
ル・バリューチェーン(製品・サービスのライフサイクル)全体の温室効
果ガス排出削減を図る必要がある。
 より具体的に表現すれば、無駄に作った製品・サービスを消費者が無駄
に消費している現状のライフスタイル(食品ロスの大量発生等を含む。)
を変革し、製品・サービスの生産から消費、廃棄に至る全体での温室効果
ガスの排出削減を実現できるシナリオが必要となる。

〇ライフスタイルの温室効果ガスの低排出型への転換においては、50年、
100年先の人々のために地球環境を保全するという理由で、現在の自分の
欲求を抑えることが求められる場合も多々あることになる。
 したがって、如何にしたら人々にライフスタイル転換への強い動機づけ
を与えることができるのかも重要課題となる。

【むすびに】
〇信濃毎日新聞によると、長野県の阿部知事は、5月31日の「長野宣言」
に係る記者会見において、「中央政府には、地方政府が同宣言に基づき実
施する気候変動対策等の活動に対して支援してもらいたい。」という主旨
の発言をしたという。
 阿部知事がそのような発言をしたのであれば、長野県には、同宣言の
「地方政府が協働して取り組む6つの事項」の実施化に向けたシナリオ・
プログラムを、中央政府がそれを支援したいと思う様な質的に高度なレベ
ルなものとして取りまとめ、それを中央政府に積極的に提案していく活動
を主導することが求められることになる。

〇「長野宣言」の提唱者である長野県の、同宣言の実施化の活動が、より
効果的で戦略的なものとなるよう、関係の産学官の皆様方には、長野県に
対して、積極的にご意見・ご提言等を提供していただくことをお願いしたい。

〇「長野宣言」において、「気候変動を緩和するための緊急の呼びかけ」
を行い、「気候変動適応策の実施は喫緊の課題」として提示した長野県に
は、既にニュースレターNo.141で提言したように、気候変動適応法で県等
の努力義務として位置づけられた「地域気候変動適応計画」の策定を、他
県等を先導するレベルのものとなるよう速やかに実施し、内外に広く発信
していただくことをお願いしたい。


ニュースレターNo.141(2019年5月17日送信)

地域企業による気候変動リスク対策を地域産業振興戦略の中にどのように位置づけるべきか

【はじめに】
〇地域企業にとって、地域の社会的・経済的課題の解決に取り組むことが、
企業価値の向上、市場競争力の強化、新事業分野への展開促進に資するこ
とから、長野県においては、「長野県SDGs推進企業登録制度」を創設し、
SDGsの企業経営への戦略的な取込み・位置づけを支援している。
※SDGs:Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)
 2015年9月の国連サミットで採択された2030年までの国際目標。持続可能
な世界を実現するために、17のゴールと169のターゲットを掲げている。
開発途上国だけでなく、日本を含む先進国の在り方を問い、その取組みの
過程で「誰一人取り残さない(no one will be left behind)」ことを誓っ
ているのが特徴。

〇この地域企業によるSDGsの戦略的な取込み・位置づけは、どのようにし
たら地域産業集積(地域クラスター)の持続的発展に論理的に結びつける
ことができるのか。この課題の解決に資する何らかのヒントを得ることを
目的として、5月8日開催の「日経SDGsフォーラム・シンポジウム」に参加
した。

〇そのシンポジウムにおいては、SDGsへの取組みの中でも最大級の問題が、
気候変動(地球温暖化)リスクであるとして、SDGsへの取組みの在り方に
係るほとんど全ての講演の中で、かなりの時間を割いて、気候変動は確実
に進む地球環境の変化であることを前提として、そのリスクの現状と対応
に係る課題等についてのコメントがなされた。

〇そして、気候変動リスク対策を、気候変動の原因物質である温室効果ガ
スの排出を抑制する「緩和」と、気候変動の影響を予測・分析し、回避・
軽減する「適応」とに区分・整理し、「緩和」と「適応」の両面からの取
組みが必要であることが強調された。

〇その「適応」への国、都道府県、市町村、事業者等の関係者一丸となっ
ての取組みを強力に推進するために制定された気候変動適応法(2018.6.13
公布)においては、都道府県及び市町村の努力義務として「地域気候変動
適応計画」の策定と「地域気候変動適応センター」の設置が規定され、長
野県においては、その内、「地域気候変動適応センター」として「信州気
候変動適応センター」が4月1日に設置された。
 そこを拠点として、「基盤情報の整備」、「情報の発信」、「適応策の
創出支援」、「適応策の計画的な取組とその進捗管理」に重点的に取り組
むことになっているが、同センターが取り組む「適応策の創出支援」、
「適応策の計画的な取組とその進捗管理」等のバイブルとなる「長野県気
候変動適応計画」は未だ策定されていないのである。

〇以下では、地域産業振興戦略の中に、気候変動リスク対策をどのように
位置づけるべきかについて議論してみたい。

【「緩和」への取組みによる企業価値の向上、市場競争力の強化】
〇地球温暖化対策の国際ルール「パリ協定」(2015年採択)では、世界の
平均気温上昇を産業革命前と比較して、2℃未満に抑えることが掲げられ、
特に1.5℃以内に抑える必要性に言及された。また、そのため、できるか
ぎり早く世界の温室効果ガス排出量をピークアウトし、21世紀後半には、
温室効果ガス排出量と森林などによる吸収量のバランスをとるという目標
が掲げられた。

〇パリ協定に2℃目標が盛り込まれ、炭素投入量(温室効果ガス排出量)
を大幅に削減しなければならない中で、一定の経済成長を続けていくため
には、少ない炭素投入量で高い付加価値を生み出し、炭素生産性(炭素投
入量当たりの付加価値)を大幅に向上させなければならない。より具体的
に言えば、生産の量的拡大に伴う炭素投入量の増大を相対的に低く押させ
ることができる、新たな技術やビジネスモデルの創出が必要になるという
ことである。
※[炭素生産性]=[付加価値]/[炭素投入量(温室効果ガス排出量)]
 現状の長野県の地域産業振興戦略においては、日本の人口減少の中でも、
県民生活の質的向上を確保できるようにするために、労働者一人当りの付
加価値生産額(付加価値生産性)を高めること(量より質で稼ぐ産業構造
への転換等)に焦点を絞っているが、気候変動リスクへの的確な対応が、
付加価値生産性向上の前提条件となっているのである。

〇企業による炭素生産性向上への取組みは、気候変動の「緩和」への貢献
としてESG投資の視点からの企業評価を高めるだけでなく、新たな高付加
価値型の技術・ビジネスモデルの開発・事業化の機会に結び付くことにな
る。
※ESG投資:企業への投資において、環境(environment)、社会(society)、
企業統治(governance)に配慮している企業を重視・選別して行う投資の
こと。従来の投資が、売上高や利益など過去の実績を表す財務指標を重視
したのに対し、ESG投資は、環境、社会、企業統治を重視することが結局は
企業の持続的成長や中長期的収益につながり、財務指標からは見えにくい
リスクを排除できるとの発想に基づいている。欧米の機関投資家を中心に
注目されている。

〇ESG投資等に関連して、ある大企業が、そのサプライチェーン全体での
温室効果ガス排出量削減に対する取組みの開示を求められる場合において、
そのサプライチェーンを構成する地域の中小企業が、炭素生産性向上(温
室効果ガスの排出量削減)に取り組んでいることを開示できれば、その大
企業の取組みへの評価を高めることに貢献できる。その結果として、その
大企業の当該中小企業に対する評価も高まり、ビジネスチャンスの拡大に
繋がるのである。

〇以上のことから、県内企業による、気候変動の原因物質である温室効果
ガスの排出を抑制する「緩和」に資する、新たな技術・ビジネスモデルの
産学官連携による開発・事業化を政策的に活性化することは、今後の地域
産業振興戦略の重要な構成要素(政策的優位性確保の重点)になるのである。

【「適応」への取組みによる企業価値の向上、市場競争力の強化】
〇気候変動の影響を予測・分析し、回避・軽減する「適応」に関しては、
企業の取組みという視点からは、以下のように大きく二つの取組みに分類
できる。
@自社の事業活動において、気候変動の悪影響を回避・軽減させる「気候
リスク管理」。例えば、生産・販売・サービス拠点やサプライチェーンの
自然災害の被災防止対策などがある。
A「適応」をビジネスチャンスと捉え、他企業等の「適応」を支援する製
品・サービスを提供する「適応ビジネス」。これには、災害の予測システ
ム、防災技術・製品、高温耐性農作物の開発、渇水対策としての節水・雨
水利用技術など、既に多種多様な実践事例がある。

〇国、都道府県、市町村、事業者等が一丸となって、気候変動適応を強力
に推進することを目的として、気候変動適応法が制定(2018.6.13公布)
された。その法律では、都道府県と市町村の努力義務として、「地域気候
変動適応計画」の策定と「地域気候変動適応センター」の設置を規定して
おり、長野県では、「地域気候変動適応センター」として「信州気候変動
適応センター」を4月1日に、県環境保全研究所と県環境部環境エネルギー
課に設置した。
※関東1都10県においては、茨城、埼玉、神奈川、新潟、静岡、長野の6県
に同センターが設置されている。また、同計画については、静岡県が「地
域気候変動適応計画」として今年3月に新規策定し、茨城、千葉、神奈川の
3県が、既存計画を「地域気候変動適応計画」として位置づけている。

〇これから策定されることになる「長野県気候変動適応計画」においては、
国の気候変動適応計画(2018.11.27閣議決定)を参考に、様々な分野(農
林水産業、自然災害、水環境・水資源、自然生態系、健康、産業・経済活
動、国民生活・都市生活等)における、産学官連携による、「気候リスク
管理」の高度化と「適応ビジネス」の創出を組み込んだ、長野県ならでは
の優位性・独創性を有する、気候変動適応推進シナリオを提示していただ
くことを期待したい。

〇県内企業による、気候変動リスク対策に係る「気候リスク管理」の高度
化と「適応ビジネス」の創出に資する、新たな技術・ビジネスモデルの産
学官連携による開発・事業化を政策的に活性化することは、今後の地域産
業振興戦略の重要な構成要素(政策的優位性確保の重点)になるのである。

【むすびに】
〇都道府県、市町村においては、「適応」に関連した内容を含む、既存の
地球温暖化対策計画等を「地域気候変動適応計画」として位置づける事例
が非常に多いが、長野県には、「適応」に関連する記載が僅かにあること
を拠り所として、安易に「長野県環境エネルギー戦略〜第三次長野県地球
温暖化防止県民計画〜」(平成25年2月策定)を「地域気候変動適応計画」
として位置づけるようなことは避けていただきたい。

〇気候変動リスク対策には、「緩和」と「適応」の両面が必要であり、車
の両輪に例えられることからも、産学官連携によって科学的知見を活用し、
「緩和」と「適応」の両面からの、先進的な気候変動リスク対策を組み込
む、長野県ならではの優位性・独創性を有する「長野県気候変動適応計画」
を新規に策定していただくことをお願いしたいのである。

ニュースレターNo.140(2019年5月2日送信)

長野県が取り組む「起業・スタートアップ支援機能とオープンイノベーション機能を有するイノベーションハブ(仮称)の整備」に資するために
〜国の「スタートアップ・エコシステムの拠点都市整備への支援施策」の活用への果敢な挑戦に期待して〜

【はじめに】
〇日本経済新聞(2019.4.29「スタートアップ『拠点都市』で育成」)に
よると、シリコンバレーのみならず、ニューヨーク、北京、ソウル、ス
トックホルム等の都市でのスタートアップ・エコシステムの拠点形成が
進んでいるにもかかわらず、日本は周回遅れの状況になっているという。
 その結果を反映してか、ユニコーン企業(企業価値10億ドル超の未上
場企業)の数も、米国企業151社、中国企業82社であるにもかかわらず、
日本企業は1社のみという状況になっている。(2018年2月末現在。政府資料)
※以下では、スタートアップとベンチャー企業(和製英語)は同義語と
して、特に区別しないで使用する。

〇そこで、政府は、この現状を打開すべく、年内にスタートアップ拠点
都市形成に取り組む市区町村を公募し、来年度に2〜3か所を選定すると
いう。選定された自治体は、国から様々な資金的・制度的支援を受けら
れ、拠点形成を加速することが可能となるのである。

〇長野県は従来から、「日本一創業しやすい県」づくりを地域産業政策
の重点施策として掲げてきている。そして、長野県ものづくり産業振興
戦略プラン(以下、「ものプラン」という。)においては、「産業イノ
ベーション創出活動促進のための重点施策」の中で、「起業・スタート
アップ支援機能とオープンイノベーション機能を有するイノベーション
ハブ(仮称)の整備」を以下のスケジュールで実施することを提示して
いる。
[イノベーションハブ(仮称)の整備スケジュール]
 2018年度 機能・体制検討  2019年度 設計・施設整備
 2020年度〜2022年度 設置

〇国内には既に、先進的な「起業・スタートアップ支援機能とオープン
イノベーション機能を有するイノベーションハブ」がいくつも存在して
いる。長野県は、「日本一創業しやすい県」づくりを長年にわたって地
域産業政策のアピールポイントとして掲げながら、イノベーションハブ
の整備においては、かなり遅れていると言わざるを得ない「恥ずかしい
状況」にあるのである。

〇長野県が、本当に「日本一創業しやすい県」づくりに取り組む強い意
思を有しているのであれば、既存の他県等のイノベーションハブに対し
て、長野県ならではの優位性のあるスタートアップ支援機能を完備する
イノベーションハブの姿を描き、それを広く内外に提示し、たとえ採択
数2〜3件と採択の困難性が非常に高くても、国の「スタートアップ・エ
コシステムの拠点都市整備への支援施策」の活用によって、それを具現
化することに、果敢に挑戦すべきことになるのである。

〇困難性が非常に高くても(不採択という結果に終わろうとも)、競争
的支援制度の活用によって(完成度の高い提案書の作成に関係の産学官
が真剣に取組むことを通して)、長野県としてのイノベーションハブの
理想像の具現化に果敢に挑戦することが、長野県のイノベーションハブ
の質的高度化に大いに資することになることを認識すべきなのである。

〇なお、制度的要件によって、国への提案者が県ではなく、市町村に限
定されるような場合においては、長野県のイノベーションハブを整備す
る場所を管轄する市町村との連携による提案を模索すれば良いのである。
いずれにしても、県との緊密な連携なくして、県内の市町村が単独で、
他県等に比して優位性を有するイノベーションハブを整備することは不
可能と言えるだろう。

〇以下で、如何にして、長野県ならではの優位性のあるイノベーション
ハブの理想像を描くべきかについて議論してみたい。

【長野県ならではの優位性のあるイノベーションハブの整備への視点】
〇平成30年10月27日に、ものプランの「産業イノベーション創出活動促
進のための重点施策」の中に位置づけられている、「起業・スタートア
ップ支援機能とオープンイノベーション機能を有するイノベーションハ
ブ(仮称)の整備」の進捗状況について、そのイノベーションハブの的
確かつ効果的な整備に資することを目的として、県民ホットラインで質
問させていただいた。
(2018.10.27号外15、2018.11.6号外17を参照願いたい。)

〇その第1の質問の「長野県として、『日本一創業しやすい県』とは、
どのような県をイメージしているのか。長野県として実現を目指す具体
像について、できるだけ分かりやすく説明願いたい。」に対して、県の
回答は、「実現を目指す具体像については、行政や支援機関だけでなく
大学や企業、地域など多くの主体が関わり創業を支援するベンチャー・
エコシステムの形成であると考えております。」というものだった。

〇すなわち、長野県として、長野県ならではの優位性のあるベンチャー
(スタートアップ)・エコシステムを形成すること、そして、イノベー
ションハブがそのエコシステムの拠点になることが、「日本一創業しや
すい県」づくりに繋がるということを認識していることが明らかにされ
たのである。

〇長野県ならではの優位性のあるスタートアップ・エコシステムの構成
要素となる、様々なスタートアップ支援メニューの体系・骨格について
は、やはり、以下に提示する、ユニコーン企業を多数輩出している「シ
リコンバレーのスタートアップ・エコシステムの制度的基盤」を参考に
すべきだろう。

[シリコンバレーのスタートアップ・エコシステムの制度的基盤]
@高リスクのスタートアップに資金を提供する金融システム(資金とガ
バナンスの両方を提供するベンチャーキャピタル等)
A質が高く、多様で、流動性の高い人材を供給する人的資本の市場(企
業の成長段階の全てに対応する優秀かつ多様な人材の供給等)
B革新的なアイディア、製品、ビジネスを絶え間なく創出する産学官の
共同(既存大企業とスタートアップが共存共栄する産業組織、オープン
イノベーションと秘密保持のバランス、基礎科学と新技術の発展に対す
る政府の支援等)
C起業家精神を活性化する社会規範(失敗を許容する文化等)
Dスタートアップの設立と成長を支える専門家群(スタートアップ支援
に優れた法律事務所、会計事務所、メンターの存在等)
※参考文献 NIRAオピニオンペーパーno.19/2016.1「日本型イノベー
ション政策の検証」

〇今年3月に策定された「長野県医療機器産業振興ビジョン 医療機器
分野でのシリコンバレーを目指して〜世界の医療機器産業の発展に貢献
する長野県〜」においては、「シリコンバレーの様な医療機器開発・事
業化エコシステムの実現に向け、ベンチャーが生まれやすい土壌づくり
を推進する。」とし、15年間程度でシリコンバレーレベルの医療機器開
発・事業化エコシステムを県内に形成する計画を提示しているが、これ
が極めて困難であることは、だれの目にも明らかであろう。

〇それでは、どのようにして、長野県内における、シリコンバレーレベ
ルのスタートアップ・エコシステムの形成を目指すべきなのか。
 その一つの解は、国内外の先進的なイノベーションハブ等の優れたス
タートアップ支援機能を活用できる「仕掛け」を県内に構築することで
ある。そして、この「仕掛け」の中に、長野県ならではの優位性を組み
込むことによって、長野県のスタートアップ・エコシステム(「仕掛け」)
の中核拠点としてのイノベーションハブに、長野県ならではの優位性を
確保できるようになることを認識していただきたいのである。

【長野県ならではの優位性のあるイノベーションハブの姿の早期提示へ
の期待】
〇平成30年10月27日の県民ホットラインによる「起業・スタートアップ
支援機能とオープンイノベーション機能を有するイノベーションハブ
(仮称)の整備」の進捗状況についての質問の中での、イノベーション
ハブが有すべき長野県ならではの優位性のある支援機能の在り方等に関
する8つの質問についての県の回答は、全て「現在検討中のため、後日、
改めて回答させていただきます。」というものであった。しかしながら、
私としては、このような回答の先送りは、私の質問に誠実に回答しよう
という真摯な姿勢の表われとして評価しているのである。

〇その8つの質問への回答を論理的に検討・作成することが、長野県な
らではの優位性のあるスタートアップ・エコシステムの中核拠点として
のイノベーションハブの理想像を具体的に描くことに繋がることから、
以下にその質問を改めて整理・提示したい。
 県が、できるだけ早期に回答を的確にまとめ上げ、優位性のあるイノ
ベーションハブの整備を加速できるよう、関係の産学官の皆様方による、
県への積極的な助言等をお願いしたい。

[質問@]長野県のベンチャー・エコシステムを、日本一創業に効果のあ
るもの、すなわち、他県等に比して優位性・独創性等を有するものとす
るためには、どのような施策の企画・実施化に最も力を入れるべきと考
えているのか。イノベーションハブに整備すべき支援機能と関連づけて
説明願いたい。

[質問A] 整備すべきイノベーションハブの機能・体制の検討作業にお
いては、イノベーションハブの経営(運営)主体、設置場所、支援機能、
実施事業、人的体制、予算措置等について、現時点で、どのような方向
付けがなされているのか。できるだけ具体的に説明願いたい。

[質問B] そのイノベーションハブの支援機能の中に、他県等のイノベー
ションハブに対する、どのような優位性・独創性(長野県ならではの支
援機能)等を確保しようと考えているのか。できるだけ具体的に説明願
いたい。

[質問C] ものプランの中に位置づけられたイノベーションハブである
ことから、当然、ものづくり産業分野での創業活性化を目指す支援機能
の整備に力を入れることになる。ものづくり産業の特性等を踏まえて、
特に整備・強化すべき支援機能としては、どのようなものを考えている
のか。

[質問D]「高い付加価値の創出につながるイノベーティブな創業・起業」
の促進が必要としているが、ものづくり産業分野における、そのような
創業・起業を活性化するためには、イノベーションハブには、特に、ど
のような支援機能を整備すべきと考えているのか。

[質問E] イノベーションハブの支援機能については、ものプランに多く
の支援機能を提示しているが、イノベーションハブ自体が整備すべき支
援機能と、他の支援機関の支援機能の活用で対応する支援機能とについ
て、どのような整理をしているのか。

[質問F] イノベーションハブ自体が整備すべき支援機能の中で、特に、
ものづくり産業分野でのイノベーティブな創業・起業の活性化に資する
支援機能としては、どのようなものを考えているのか。

[質問G] 「ながの創業サポートオフィス」、「信州創業応援プラット
フォーム」、「ものプランに基づき整備されるワンストップ・ハンズオ
ン型の支援体制」とイノベーションハブとは、支援機能について、どの
ような棲み分けや役割分担を考えているのか。できるだけ分かりやすく
説明願いたい。

〇なお、県からは、イノベーションハブの機能、運営体制、設置スケジ
ュールなどが決定したところで、それを公表する予定である旨の回答を
頂いてる。

【むすびに】
〇前述の通り、県内において、シリコンバレーと同様のスタートアップ・
エコシステムを整備することは極めて困難であることは明らかである。
 したがって、長野県における、シリコンバレーと同レベルのスタート
アップ・エコシステムの形成への現実的(実施可能)な道筋等について
は、以下の2点に整理することができるだろう。

@他県等の先進的なスタートアップ・エコシステムの中核拠点(イノベ
ーションハブ等)の支援機能を精査し、それらに対して、長野県として
どのような優位性の確保を目指すべきかを検討し、長野県として整備す
べきイノベーションハブの理想像と、その具現化への道筋を提示すること。

A長野県として整備すべきイノベーションハブの理想像の具現化への道
筋の検討においては、他県等の先進的なイノベーションハブ(可能な限
り海外の先進的なイノベーションハブを含む。)との連携(相互補完)
による、スタートアップ・エコシステムの質的高度化を重視すること
(グローバルな規模での連携の「仕掛け」の中に、長野県ならではの優
位性を組み込むこと)。

〇関係の産学官の皆様方には、ものプランに基づく「起業・スタートア
ップ支援機能とオープンイノベーション機能を有するイノベーションハ
ブ(仮称)の整備」が、既定のスケジュール通りに効果的に進められる
よう、県に対する積極的なご支援・ご指導等を改めてお願いしたい。


ニュースレターNo.139(2019年4月5日送信)

長野県の「AI・IoT、ロボット等利活用戦略」の課題
〜新たな付加価値の創出へのシナリオを提示できなかったこと〜

【はじめに】
〇長野県は、本県の「人口減少下における徹底した省力化の推進と新た
な付加価値の創出」を目指して、平成31年3月に、「AI・IoT、ロボット
等利活用戦略」(以下、「県IoT等利活用戦略」という。)を策定した。
※「県IoT等利活用戦略」によると、長野県の生産年齢人口(15〜64歳
人口)については、2015年の約120万人が、2060年には約84万人に減少
すると見込まれている。

〇「県IoT等利活用戦略」は、生産年齢人口が大きく減少する状況下でも、
地域経済が持続的に成長していけるようにするためには、人口減少によ
る本県経済へのマイナスの影響を打ち消し、更にプラスの影響をもたら
す、1人当たりの所得水準の上昇が必要と指摘している。

〇日本経済新聞の経済教室(2019年4月1日、「成長の源泉はどこに、
新しいモノ・サービスが主導」吉川洋 立正大学長)においては、国の
経済成長に、人口減少がマイナスの影響を与えることは間違いないが、
1人当たりのGDPの伸びの方が、はるかに大きな役割を果たすことについ
て、中国経済の10%成長の中味が、人口増加率1%、1人当たりGDP伸び
率9%であることを事例とするなど分かりやすく解説されている。

〇「県IoT等利活用戦略」は、長野県経済の持続的発展のために、産業の
「省力化の推進」と「新たな付加価値の創出」に効果的に取り組めるよ
うにすることを同戦略の策定目的として明確に掲げており、論理的な体
系・構成にしようという強い意思を有していることは良く理解できる。
※「県IoT等利活用戦略」におけるIoT等利活用への支援の体系・構成に
ついては、以下のような3段階に整理されている。
@支援第1段階
 技術を知る〜デジタル技術利活用の気運醸成と導入メリットを学ぶ〜
 @-1専門家等による相談、助言、@-2先進・優良事例の普及、
 @-3導入試行
A支援第2段階
 技術を導入し、使いこなす〜デジタル技術導入による徹底した省力化等
により生産性向上を目指す〜
 A-1人材育成・確保、A-2技術導入・活用支援、A-3財政・金融支援
B支援第3段階
 先端技術活用のための環境を整備する〜将来に向けてデジタル技術利
活用の促進・拡大を図る〜
 B-1デジタル技術を利活用しやすい環境整備と、関連企業の誘致、
 B-2次世代を担う子どもたちの育成、B-3規制改革

〇しかしながら、その体系・構成は、以下のような2つの大きな課題を抱
えているのである。
@課題1
 中小企業等が、AI・IoTとは何かを知る段階から、実際にAI・IoTを利活
用し省力化や新たな付加価値の創出を具現化する段階に至るまでの各工程
を効果的に支援する仕組みが提示できていない。AI・IoTに関する基礎的
技術・知識の修得への支援という入口段階への支援のみが中心となってい
るのである。
A課題2
 中小企業等による新たな付加価値の創出に不可欠な、地域の社会や産業
が抱える課題を解決できる、新たなモノ・サービスの開発・供給活動(社
会や産業にインパクトのある新たなモノ・サービスの開発・供給活動)の
活性化へのシナリオが提示されていない。
 以下で、この2つの課題の解決の在り方等について議論してみたい。

【AI・IoT利活用の出口(最終目標)の設定・具現化への支援の重要性】
〇AI・IoT利活用への支援については、ニュースレターNo.121(2018.2.25
送信「優位性のある『長野県IoT利活用戦略』の在り方について」)におい
て、以下のようなAI・IoT利活用段階に応じた支援をすべきことを提言して
いる。
@AI・IoTとは何かを知る(先進的な利活用事例から応用の方向性・可能性
を知る)。
A実際に(場合によっては試行的に)AI・IoTの導入を試みる。
BAI・IoTを利活用して既存事業の高度化や新規事業の立上げを実現する。
CそのAI・IoT利活用事業を通して産業イノベーションの創出(社会貢献と
利益確保の両立)を実現する。

〇すなわち、本来的には、「県IoT等利活用戦略」は、AI・IoTとは何かを
知る段階から、実際にAI・IoTを利活用し省力化や新たな付加価値の創出を
具現化する段階に至るまでの各工程を効果的に支援する仕組みを総合的に
提示すべきであるが、それができていないのである。

〇AI・IoTに関する基礎的あるいは基盤的な技術・知識の修得への支援と
いう入口段階への支援のみが中心となっている。すなわち、AI・IoTとい
う「ツール」を使えるようになることに重きを置き過ぎて、その「ツール」
によって何をなすべきかを見い出す手法の修得支援の重要性を忘れてしま
っているのである。
 「AI・IoTの利活用によって、どのような課題をどのように解決したい
のか」を自ら特定できることが最も重要なことなのである。その特定があ
って、初めて利活用すべきAI・IoTの仕様の詳細も特定できるのである。

〇この点については、ニュースレターNo.129(2018.8.8送信「AI・IoT導
入による地域産業の競争力強化への支援の在り方」)において、経済産業
研究所(RIETI)の「IoTによる中堅・中小企業の競争力強化に関する研究
会」の活動報告を参考にして、IoT導入の成功への重要ポイントとして以下
の2点を提示している。
@IoT導入を目指す中小企業が、当該企業が抱える競争力強化のために解
決すべき「課題」を自ら抽出・特定できること
AIoT導入を目指す中小企業が、抽出・特定した「課題」の「解決方策」
を自ら見い出すことができること

〇この2つの重要ポイントは、長野県が目指す、幅広い産業分野でのAI・
IoT導入促進のための新規支援事業の企画・実施化において重要視されな
ければならないものである。しかし、「県IoT等利活用戦略」には、この
2つの重要ポイントに留意した支援メニューは何も位置づけられていない
のである。
 長野県の地域産業が、AI・IoT等の利活用によって、他県等の産業に比
して優位性のある「省力化」と「新たな付加価値の創出」を具現化できる
ようにするためには、上記@とAに係る長野県ならではの優位性のある
支援メニューを速やかに企画・実施化することが必要なのである。

〇より具体的に言えば、自社のみならず自社の周りの地域社会や地域産業
に係る「課題解決ニーズの把握」、「課題解決アイディアの検討」、「課
題解決方策の構築・ビジネスモデル化の検討」等の初期工程から、必要な
研究開発、研究開発成果の早期事業化・社会実装という最終工程に至るま
での各工程の円滑なステップアップの促進に資する、各工程毎の支援メニ
ューをワンストップ・ハンズオン型で提供できる支援拠点(窓口)の整備
が不可欠となるのである。
 長野県中小企業振興センターに新設される「AI・IoT等先端技術活用支援
拠点」における、長野県ならではの優位性のある総合的な支援メニューの
企画・実施化に期待したい。

【新たなモノ・サービス(インパクトのあるモノ・サービス)の創出活動
活性化へのシナリオ提示の重要性】
〇「県IoT等利活用戦略」は、長野県経済の持続的発展のためには、地域
産業の「省力化の推進」と「新たな付加価値の創出」に取り組むべきこと
を明示している。「省力化の推進」は、賃金上昇への対応策として歴史的
に取り組まれてきたものであるが、人口減少下の長野県においては、「新
たな付加価値の創出」によって、人口減少による本県経済へのマイナスの
影響を打ち消し、更にプラスの影響をもたらして、1人当たりの所得水準の
上昇を可能とするような、新たなモノ・サービスの開発・供給がより重要
となるのである。

〇しかしながら、「県IoT等利活用戦略」には、地域社会や地域産業が抱
える課題を解決できる、新たなモノ・サービスの開発・供給による、新た
な付加価値の創出活動(インパクトのある新たなモノ・サービスの創出活
動)の活性化へのシナリオが明示されていないのである。
 更に踏み込んで言えば、本来的には、そのシナリオの着実な推進に資す
る、AI・IoT等利活用による新たなモノ・サービスの創出エコシステム
(イノベーション創出エコシステム)の形成を、「県IoT等利活用戦略」
の中に位置付けなければならないのである。

〇「県IoT等利活用戦略」には、AI・IoT等利活用によるイノベーション創
出エコシステムの形成は位置付けられていない。
 しかし、長野県中小企業振興条例が、中小企業振興戦略の策定において
は、産業イノベーションの創出(新たな製品又はサービスの開発等を通じ
て新たな価値を生み出し経済社会の大きな変化を創出すること)に留意す
べきことを「県の責務」として規定していることから、同条例を遵守して
策定された、ものづくり産業振興戦略プランや科学技術振興指針等におい
ては、地域の産業・経済・社会の課題の探索・特定の重要性を十分に認識
し、必要な支援メニュー等を提示している。
 したがって、「県IoT等利活用戦略」の実施化に当たっては、「ツール」
としてのAI・IoT等の出口を見据えた利活用(社会実装)の在り方について
の検討において、ものづくり産業振興戦略プランや科学技術振興指針等を
しっかり参考にしていただくことをお願いしたい。

【むすびに】
〇今回参考にさせていただいた日本経済新聞の経済教室(2019年4月1日)
と同じ紙面の「私見卓見」には、「AI、中小企業こそ積極導入を」(石角
友愛 パロアルトインサイト最高経営責任者)が掲載されている。その最
終部分に「日本の大企業が新しいムーブメントを作り出すのが難しくなり
つつある今、日本を救うのは意思決定が速いベンチャー企業を含む中小企
業。新しいサービスモデルや技術革新はそこから生まれると確信している。」
と記載されている。

〇石角友愛氏は、シリコンバレーを拠点として日本企業のAI導入を指南し
ていることから、ベンチャー企業が中心プレーヤーとして様々な分野での
イノベーション創出(新たなモノ・サービスの創出)の前半部分を主導し、
その事業化・社会実装という後半部分は大企業が引き継ぐというような、
シリコンバレー型のイノベーション創出エコシステムが日本でも形成され
ることを前提にして、日本のベンチャー企業を含む中小企業への期待を述
べているのだろう。

〇長野県における「県IoT等利活用戦略」の実施化においては、県内外の
大企業等との戦略的な連携を含む、長野県ならではの優位性のある、AI・
IoT等の利活用に係るイノベーション創出エコシステムの形成の重要性に
十分に留意していただくことを期待したい。


ニュースレターNo.138(2019年3月16日送信)

製品コンセプトデザインの優位性確保による地域産業の市場競争力の強化
〜海洋プラスチック問題等の解決のための廃プラスチック類の資源循環を事例として〜

【はじめに】
〇過日、東北大学主催のシンポジウム「持続可能な社会を支える『資源循
環』と『ものづくり』」に参加する機会に恵まれた。そのシンポジウムで
は、不法投棄等によって海洋に流出する廃プラスチック類(海洋プラスチッ
ク)による、生態系を含めた海洋環境への甚大な悪影響を低減化するため
に、如何にして経済的価値のみならず社会的価値をも創出できる、市場原
理に基づく廃プラスチック類再生・再利用システムを具現化できるのかに
ついて、様々な視点から提言がなされた。

〇それらの提言においては、廃プラスチック類の再生・再利用システムの
具現化、より普遍的に表現すれば、社会的価値と経済的価値の整合の実現
においては、製品コンセプトデザインが極めて重要な役割を果たすことが
指摘された。
 そのことから、地域産業の市場競争力の強化へのシナリオの一つとして、
「製品コンセプトデザインの優位性確保による新たな価値創造と市場競争
力の強化」を、これから県等が策定する地域産業振興戦略の中に位置づけ
るべきであるとの考えに至ったのである。
※製品コンセプトデザインの定義
 どのような消費者に、どのような利益を、どのようにして提供しようと
するのかを明確化するものであり、いわば、想定される消費者にとっての
購買理由を明示するものである「製品コンセプト」を、関係者に理解しや
すいように「設計」すること。

【地域企業にとっての製品コンセプトデザインの重要性】
〇私が特に関心を持ったのは、製品コンセプトデザインによって、バージ
ンプラスチック(virgin plastics)製品よりはるかに高価格の再生プラス
チック(recycled plastics)製品の方を消費者に選択させることができる
ようになるということである。
 すなわち、消費者の環境意識を高めることができ、その高められた環境
意識によって消費者が選択する、高価格であっても環境負荷低減に資する
製品を、消費者意識・行動と関連付けながら開発・供給していく道筋を提
示する、製品コンセプトデザインができれば、技術的課題等からバージン
プラスチック製品以下の価格までコストダウンできない再生プラスチック
製品であっても、メーカーは、利益確保と市場拡大を通して、海洋プラス
チック問題をはじめとする廃プラスチック類による環境問題の解決に大き
く貢献できるようになるということである。

〇例えば、ドイツのスポーツシューズやスポーツウェア等のメーカーであ
るアディダスは、2017年に海洋環境保護団体と協力し海洋プラスチックの
再生材によって、ランニングシューズを製造・販売した。1足3万円もす
るが、2017年だけで100万足を完売した。アディダスは、2024年までに、
使用するプラスチックは全て再生材にする旨を宣言している。他の多くの
海外メーカーも、アディダスと同様に、再生材の利用増を目指し、その使
用比率と達成年を公表している。

〇このようなことから、地域企業が、持続可能な社会の構築のために解決
すべき様々な課題(SDGsを含む。)の中から、自社が解決に取り組むべき
課題を特定し、その特定課題の解決に貢献できる新製品を開発した場合、
その新製品が、同等の品質や機能を有する類似製品に比して高価格であっ
ても、消費者が、その新製品を選択するようにできる、製品コンセプトデ
ザインをできるのかが、地域企業にとっての重要課題となるのである。
 したがって、地域企業の製品コンセプトデザイン力を高めることが、こ
れからの地域産業政策に関しても重要課題となるのである。

【地域産業振興戦略における製品コンセプトデザインの重要性】
〇地域産業が優位性(市場競争力)確保するためには、市場ニーズ(地域
産業や地域社会の課題解決ニーズ)を的確に把握し、その解決方策を新製
品として開発・供給するという産業イノベーションの創出(経済的価値の
創出と社会的価値の創出との整合)が必要となる。

〇そして、従来の地域産業政策論においては、価格、品質、機能等(製品
固有の要素)の面での優位性を有する新製品の開発・供給の具現化という
視点が重視され、消費者の意識や行動の変化を誘発すること(製品には直
接関係しない要素)によって製品価値を高めることをも意図する、製品コ
ンセプトデザインにおける優位性の確保という視点は、あまり注目されて
こなかったのではないだろうか。

〇地域産業が、産業イノベーション創出が真に意味する、経済的価値の創
出と社会的価値の創出との整合を実現し、市場競争力を確保できるように
するためには、消費者の意識・行動を合目的的な方向へ変化させることも
必要となることから、地域産業の製品コンセプトデザイン力を高度化する
ことが極めて重要となるのである。
 したがって、これから県等が策定する地域産業振興戦略においては、地
域産業における製品コンセプトデザイン力の高度化に資する、シナリオ・
プログラムを提示することも求められているのである。

【むすびに】
〇今回のシンポジウムでは、東北大学が、「持続可能で心豊かな社会」の
創造に向け、社会の深刻な課題の解決に取り組む、7つのテーマに係る30
の分野融合・学際研究プロジェクトを「社会にインパクトある研究」と位
置づけ、SDGsの達成にも貢献していることを盛んにアピールしていた。
 しかしながら、その「社会にインパクトある研究」が具現化を目指す、
東北大学ならではの優位性や独創性のある「インパクト」についての具体
的な説明はなされなかった。

〇その「インパクト」に、東北大学ならではの優位性や独創性を確保する
ためには、正に東北大学が「社会にインパクトある研究」として取り組む
30のプロジェクトそれぞれが創出を目指す新製品(新サービスを含む。)
の製品コンセプトデザインが優位性や独創性のあるものにならなければな
らないはずである。
 ある講演者は、「社会にインパクトある研究」とは、「消費者行動を変
える研究」であると指摘していた。

〇東北大学の「社会にインパクトある研究」の30のプロジェクトそれぞれ
から創出される新製品の開発や社会実装に係る、製品コンセプトデザイン
の優位性や独創性についての解説を、今後、東北大学からお聴きできる機
会に恵まれることを願っている。


ニュースレターNo.137(2019年2月23日送信)

長野県における「広域連携による医療機器開発・事業化エコシステムの形成」の重要性
〜「長野県医療機器産業振興ビジョン」の質的高度化・効果的実施化に資するため〜

【はじめに】
〇過日、文部科学省の「地域イノベーション・エコシステム形成プログラ
ム」に平成30年度に採択された金沢大学が主催した「金沢大学イノベーシ
ョンシンポジウム2019」に参加し、世界トップレベルの医療機器産業クラ
スターであるシリコンバレーが内包する「医療機器に係る地域イノベーシ
ョン・エコシステム」の「優位性の源泉」に関する特別講演を聴講するこ
とができた。
※講演テーマ:「地方から世界へ、地域エコシステムが日本の産業を強く
する〜シリコンバレーの経験より〜」
 講師:池野文昭 氏
 講師略歴:スタンフォード大学循環器科Japan Biodesign(US)Program
      Director
      MedVenture Partners(株)取締役・チーフメディカル
      オフィサー

〇その講演では、世界トップクラスの医療機器産業クラスターとしてのシ
リコンバレーの「優位性の源泉」は、医療機器開発・事業化に係るイノベ
ーション・エコシステムの高度かつフルセット型の形成であることが、多
くの具体例を挙げて解説された。
※参考1
 イノベーションの定義(シュンペーター):それまでのモノ・仕組みな
どに対して全く新しい技術や考え方を取り入れて、新たな価値を生み出し
て社会的に大きな変化を起こすこと
 産業イノベーション創出の定義(長野県中小企業振興条例):新たな製
品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を生み出し経済社会の大きな
変化を創出すること
※参考2
 地域イノベーション・エコシステムの定義:地域における行政、大学、
研究機関、企業、金融機関等の様々なプレーヤーが相互に関与し、絶え間
なくイノベーションが創出される、生態系システムのような環境・状態の
こと
※参考3
 米国の大手医療機器メーカーが保有する特許は、買収企業等の外部に由
来する割合が高く(約50%、日本の場合は約10%)、他州に本社を置く大
手メーカーが、シリコンバレー等のベンチャー企業が開発した技術・製品
を取り込むことで成長するプロセスが、米国医療機器産業の国際競争力の
源泉になっている。
 言い換えると、大手医療機器メーカーに新技術・新製品の製造事業を売
却することを出口戦略とする起業活動が、米国医療機器産業の国際競争力
の源泉になっているのである。(参考文献:日本政策投資銀行「シリコン
バレーにみる医療機器開発エコシステムと日本への示唆」)

〇長野県が今年度中に策定する「長野県医療機器産業振興ビジョン」につ
いては、同ビジョンが、他県等の類似のビジョンに比して優位性を有し、
長野県ならではの市場競争力の高い医療機器産業の集積促進に資するもの
になることに少しでも貢献したいと考え、昨年9月に、県に対して県民ホッ
トラインを通じていくつかの質問・提言をさせていただいた。

〇その中で、同ビジョンにおいては、長野県が目指すべき優位性のある医
療機器産業集積(クラスター)の姿を提示し、その姿の具現化を加速する
ために必要な、県外の支援機能も取り込む「広域連携による医療機器開発・
事業化エコシステの形成」を組み込んでいただけるのかを質問したが、県
から明確な回答を得ることはできなかった。
※その詳細な内容については、ニュースレター号外12(2018.10.3送信)を
参照願いたい。

〇世界トップクラスの医療機器産業クラスターであるシリコンバレーの、
医療機器に係る地域イノベーション・エコシステムの優位性についての講
演を聴講し、長野県内に、他県等に比して優位性を有する医療機器産業ク
ラスターを形成するためには、医療機器に係る地域イノベーション・エコ
システム、より具体的な表現としての医療機器開発・事業化エコシステム
を形成しなければならないことを改めて認識し、優位性のある長野県なら
ではのエコシステムの形成を「長野県医療機器産業振興ビジョン」の中に
位置づけていただくことを再度提言させていただこうと考えた次第である。
 以下では、聴講した講演内容を参考にして、長野県ならではのエコシス
テムをどのように形成すべきかについて議論してみたい。

【シリコンバレーの医療機器開発・事業化エコシステムの優位性のポイン
トと長野県が形成すべきエコシステムのポイント】
〇シリコンバレーの医療機器開発・事業化エコシステムの優位性のポイン
トと、それを参考にして長野県が形成すべき長野県ならではのエコシステ
ムとの関係性については、以下の@からCのように整理することができる
だろう。
@シリコンバレーの優位性:ハイリスク・ハイリターンを狙う徹底した起
業支援システムの形成
 大手医療機器メーカーに買収してもらうことを起業の「出口」として設
定した、独創的アイディアを新規ビジネスモデルによって具現化すること
を目指すチャレンジングな起業を高く評価し徹底的に支援する、ハイリス
ク・ハイリターンを前提とする起業支援システムがエコシステムの中に形
成されている。
 シリコンバレーのインキュベーター、ベンチャー・キャピタル等は、投
資金額の何倍ものリターン獲得のため、新規ビジネスモデルで新市場を狙
い、短期間での急激な成長を目指す、ハイリスク・ハイリターンの医療機
器開発・事業化計画に積極的に投資する。ハイリスク・ハイリターンであ
ることが、投資先への徹底した支援の動機づけになっている。銀行預金利
子程度のリターンでは、起業への徹底支援の動機づけにはならないのである。
 当然、投資先の成功のために必要な技術・知識はどこからでも調達しよ
うとするため、必然的に広域的な医工連携活動が活性化することになるの
である。
 ↓
[長野県が形成すべきエコシステムのポイント1]
〇長野県における医療機器産業の振興戦略においては、従来から起業より
既存の中小企業の医療機器分野への進出を支援することを重視して来てい
る。すなわち、医療機器開発・事業化に係る既存のビジネスモデルを参考
にして、ニッチ分野やマーケティングでの差別化を重視し、日々の安定し
た収益と長期成長を目指す、ローリスク・ローリターンの医療機器産業の
集積を目指すことを施策の中核に据えて来ているのである。
 しかし、今後は、既存の中小企業の医療機器分野への進出支援にあって
も、大手医療機器メーカーへの事業の売却を「出口」とする、新規技術を
新規ビジネスモデルに適用し全く新たな市場を切り開く、イノベーティブ
な医療機器開発・事業化プロジェクトへの支援の仕組みもエコシステムの
中に組み込むべきであろう。

〇既存の中小企業が、独創的なアイディアや技術に基づき、新たに医療機
器分野に進出し、優れた新規医療機器を開発し、それを事業化して国際的
な医療機器ビジネスを展開しようとする場合において、医療機器ビジネス
の経験に乏しい当該中小企業が、必要な臨床試験や許認可取得等を行い、
大量生産し、内外に広く販売していくという最終工程までを一貫して担う
ことは不可能に近い。

〇そのような場合には、県外の大手医療機器メーカーとの連携が合理的な
経営戦略になることは、シリコンバレーの起業の出口戦略を参考にすれば
明らかである。すなわち、研究開発(プロトタイプの製作等)までは県内
中小企業が行い、それ以降の事業化は県外の大手医療機器メーカーが実施
するというようなビジネスモデルの具現化を支援できるシステムも、長野
県の医療機器開発・事業化エコシステムの中に組み込むべきと考えられる
のである。
 医療機器分野に新規参入する中小企業の、県外大手医療機器メーカーと
の戦略的な広域連携ビジネスモデルの構築支援システムについても、医療
機器産業振興ビジョンの中に位置づけることを期待したいのである。

〇医療機器の開発・事業化に係る、県外の大手医療機器メーカー等との広
域連携の中で、県内中小企業はどのようにしたら利益を確保し発展し続け
ることができるようになるのか、というような新たな戦略的ビジネスモデ
ルの構築に係る課題への対応策についても、医療機器産業振興ビジョンの
中に位置づけなければならないと考える。

Aシリコンバレーの優位性:医療現場等の課題解決方策のビジネス化を加
速する課題解決型イノベーション創出システムの形成
 医療現場等の課題の解決方策の早期ビジネス化に資する、課題解決型イ
ノベーション創出システムが、エコシステムの中に組み込まれている。市
場性の高い優れた医療機器のアイディアは、技術シーズから生まれるので
はなく、医療現場等のニーズの把握を出発点として生まれ、その実用化に
は医師とエンジニアが連携・協働するというような、シリコンバレー型の
医工連携システムが形成されているのである。
 ↓
[長野県が形成すべきエコシステムのポイント2]
〇長野県では、多くの場合、従来からシリコンバレーとは逆に、まずは、
地域に蓄積された、医療機器開発に活用できそうな技術シーズを探索・選
定し、その具体的な活用アイディアの抽出・検討を経て、そのアイディア
の実用化のための医療機器開発・事業化へ展開するというような、シーズ
志向型システムを重視した支援施策の策定・実施化に取り組まれて来ている。

〇しかし、長野県中小企業振興条例は、産業イノベーションの創出(新製
品・新サービスによって経済社会の大きな変化を創出すること)に資する
ことを県の責務として規定している。
 したがって、条例を遵守すれば、長野県が形成すべきエコシステムは、
医療機器産業の発展による経済的課題の解決と、人々の健康・長寿増進と
いう社会的課題の解決とを整合できる、長野県ならではの課題解決型イノ
ベーション創出システムを内包すべきことになるのである。

Bシリコンバレーの優位性:スピーディな開発・事業化を可能とするソフ
ト・ハード両面でのフルセット型支援システムの形成
 シリコンバレーの医療機器開発・事業化エコシステムには、生み出され
たアイディアを、市場性のある商品やビジネスとしてスピーディに事業化
できるシステムが内包されている。すなわち、解決すべき課題が把握され、
その解決アイディアが創出されてから、大手医療機器メーカーによる買収
等を経て、優れた製品として市場に投入されるまでの全工程への支援シス
テムが、シリコンバレーという地域の中で、フルセット型で整備されてい
るのである。
 例えば、インキュベーター等は、(@)動物実験ラボ、ICTを含む技術力の
ある企業、知財・許認可関連コンサルタント等のインフラやリソースを起
業家に紹介・提供すること、(A)起業経験のある実業家や医師等をメンタ
ーとして紹介・提供すること、(B)起業の出口となる買収先(大手医療機
器メーカー等)を紹介すること、などにより事業化を入口(現場ニーズの
探索・選定、アイディア検討等)から出口(大手医療機器メーカーによる
買収等)まで一貫して徹底的に支援する。
 ↓
[長野県が形成すべきエコシステムのポイント3]
〇長野県内には、医療機器開発・事業化の入口から出口までを一貫して支
援できる機能を有する支援機関は存在していない。この一貫支援を他県等
の支援機関との連携によってどのように具現化すべきかが大きな課題となる。

〇長野県内で、医療機器の開発・事業化に係る、入口から出口までの各工
程の円滑な推進に必要な支援機能を全て整備すること、すなわち、フルセ
ット型のエコシステムを形成することは不可能となる。そこで、県外の支
援機関・企業等までを含めた形での、県境を越えた広域的なエコシステム
を形成しなければならないことになる。この広域的なエコシステムの形成
については、医療機器産業振興ビジョンの中に位置づけていただくことを、
既に県民ホットライン等でお願いしてきている。

Cシリコンバレーの優位性:経験豊富な優れたメンターによる起業促進シ
ステムの存在
 成功した起業家が、その経験を携えて、再び起業したり、インキュベー
ターやベンチャー・キャピタル等を立ち上げたり、コンサルタントになる
などして、シリコンバレーにおける活発な起業活動を基盤的に支えている。
特に、成功した起業家が、新たな起業をサポートするメンターの役割を果
たしていることが、エコシステムの効果的稼動に大きく貢献している。
 ↓
[長野県が形成すべきエコシステムのポイント4]
〇長野県内には、優れた企業経営経験者はいるが、医療機器分野の起業の
メンターに相応しい、医療機器の起業成功者はほとんどいないと言えるだ
ろう。この不足する医療機器分野のメンター機能をどのようして、エコシ
ステムの中に整備すべきかが大きな課題となる。

〇医療機器分野に進出を目指す個々の中小企業が、大手医療機器メーカー
での医療機器開発・事業化経験者や、医療機器ベンチャー企業経営経験者
等を広く探索し、自社の医療機器開発・事業化プロジェクトに相応しい人
を抽出し、メンターとして採用するといような手順を踏むことは非常に困
難である。そこで、県が主導し、医療機器分野のメンター機能を有する県
外の産業支援機関等を探索・抽出し、県内中小企業がそこから支援を受け
られるシステムを組み込んだ、エコシステムの形成に取り組むことが合理
的となるのである。

【むすびに】
〇長野県が目指すべき「医療機器産業の集積の姿」については、単に優れ
た医療機器の「開発・供給拠点」という姿ではなく、県民の更なる健康・
長寿に資する医療機器の開発・活用による、新たな健康・長寿増進ビジネ
スモデルを創出し、それを内外に広く展開する「健康・長寿推進拠点」と
いう姿を目指すべきではないだろうか。
 そのことによって、医療機器産業の発展による経済的課題の解決と、人々
の健康・長寿増進という社会的課題の解決とを整合できる、長野県ならで
はの先進的で社会貢献型の医療機器産業の集積(クラスター)の形成が可
能となるのである。

〇長野県医療機器産業振興ビジョンについては、パブリックコメントは実
施されないと聞いている。同ビジョンが、論理的な体系・構成によって、
長野県ならではの、他県等に誇れる政策的優位性を提示できることを期待
し、正式発表の日を皆様と共に待ちたいと思う。


ニュースレターNo.136(2019年2月9日送信)

スタートアップによる地域課題の解決と地域経済の活性化との整合について〜長野県がこれから設置する
「先端技術活用推進課」や「イノベーションハブ」の施策策定・実施化機能の強化に資するために〜

※参考
 スタートアップとは、先端技術を活用した新規ビジネスモデル等によっ
て、短期間のうちに急激な成長と巨額の対価を狙う企業や事業を指す。ベ
ンチャー企業やスモールビジネスであっても長期成長や安定した収益を目
指すものとは、この点で性格が異なる。

【はじめに】
〇長野県ものづくり産業振興戦略プランでは、長野県を「日本一創業しや
すい県」にするために必要な創業支援機能、すなわち、起業・スタートア
ップ支援機能とオープンイノベーション機能を有する「イノベーションハ
ブ」の全体像を今年度中に描き、2022年度までにそれを具現化(設置)す
ることにしている。

〇そこで、ニュースレターNo.134(2018.12.21送信。長野県の地域産業政
策に係る2019年の調査研究の具体的方向性等について)において、創業支
援機能強化のために長野県が新設する「イノベーションハブ」の機能・体
制等の全体像の提示・具現化に資するために、以下の調査研究に取り組む
旨を提示した。
@ものづくり産業分野における「高い付加価値の創出につながるイノベー
ティブな創業・起業」の活性化を主導している中核的産業支援機関を探索
し、その活動内容(イノベーティブな創業・起業エコシステムを含む。)
の調査研究
A他県等から広く創業・起業希望者を引きつけることができる、優位性・
独創性を有する新規事業を企画・運営している先進的イノベーションハブ
を探索し、その活動内容の調査研究

〇上記の調査研究の一環として、過日、スタートアップ都市推進協議会
(会長:福岡市。副会長:広島県、浜松市。監査役:三重県。会員:青森
市、つくば市、千葉市、日南市)が主催した、スタートアップによるイノ
ベーションの社会実装の在り方や、スタートアップの誘致・育成のための
地域の取組みの優位性確保方策等について、福岡市長、つくば市長、青森
市長、日南市長等が活発にディスカッションやアピールをするイベントに
参加した。

〇そのイベントでの情報収集を通して、前述の4市長が主導するスタート
アップ育成基本戦略や個別・具体的な支援施策等については、長野県が
2022年度までに設置する「イノベーションハブ」のみならず、この4
月に設置する「先端技術活用推進課」の施策策定・実施化機能の強化のた
めに参考にすべきという考えに至った次第である。

〇実際にイベントに出展していた、スタートアップ都市推進協議会構成地
方自治体が支援しているスタートアップ24社の多くが、AI・IoT、
AR(拡張現実)・VR(仮想現実)、ドローン、クラウドコンピューテ
ィング等の先端技術の活用による、地域課題の解決方策のビジネス化に取
り組んでいたのである。

〇スタートアップ都市推進協議会(2013年12月23日設立)の設立
趣旨については、以下のように記載されている。
 起業や新たな事業などの「スタートアップ」は、経済成長を実現し、大
きな雇用創出効果をもたらすとともに、暮らしの中に新たな価値を創造す
るものであり、日本の再興には不可欠なものです。日本再興への期待が高
まりつつある今、スタートアップ都市づくりに先進的に取り組む自治体が、
地域の個性を活かしロールモデルとなり、経済関係団体と連携し、日本全
体をチャレンジが評価される国に変えていくことを目指して協議会を設立
しました。

〇トークセッションで登壇した、4人の市長(福岡市長、つくば市長、青
森市長、日南市長)は、スタートアップによる質的に豊かな都市づくりへ
のシナリオとして最も重要視していることが、各市における内発的なスタ
ートアップの育成戦略ではなく、全国(特に東京等の大都市圏)から有望
なスタートアップを呼び込み育成するという、いわば外発的なスタートア
ップの誘致・育成戦略であることを強調していた。
 長野県職員在職中には、長年にわたって、内発的な産業振興事業を地域
産業政策の中核に据えることを常としてきた身には、地域産業政策策定の
新たな視点として、非常に新鮮に感じられたのである。
※現在の長野県において、外発的な地域産業振興戦略に最も積極的に取り
組んでいる(取り組まなければならない)のは、飯田・下伊那地域におけ
る航空機産業クラスター形成活動と言えるだろう。

【福岡市長、つくば市長、青森市長、日南市長が異口同音に主張したスタ
ートアップ誘致・育成支援の優位性確保のポイント】
〇4人の市長が、異口同音に主張したスタートアップ誘致・育成支援の優
位性確保のポイントは、以下のように整理できる。
@如何に優れた社会貢献型のビジネスモデルであっても、社会実装されな
ければ、その効果は社会的にも経済的にも具現化されえないことから、社
会実装の前段としての、ビジネスモデルの実験・評価を実施する「実験場」
(市民を含む実験参加者・機関の集合)の確保が非常に重要となる。
 そして、その「実験場」の確保への支援においては、利害関係者や法規
制との調整等が不可欠となることから、支援主体としては市(市役所)が
最も適していると言える。

Aしたがって、市としては、全国各地の有望でやる気のあるスタートアッ
プに、自らの市を新規ビジネスモデルの「実験場」として選択してもらう
ことの決め手となる、「実験場」の確保から、実験の企画・実施、早期事
業化に至るまでの各工程の円滑なステップアップに資する様々なサービス
の提供における、優位性や独創性を戦略的に発信できるようにすることが
不可欠となる。

B市長自らが、スタートアップと市の組織(職員)との緊密な連携活動の
企画・実施の円滑化を主導するという、スタートアップ誘致・育成支援へ
の市長の直接的関与によって、他の地方自治体より、新規ビジネスモデル
の早期の事業化・自立化に大きく貢献できることになる。したがって、市
長のスタートアップ支援における強力なリーダーシップ・熱意が、市外の
スタートアップに、その市への進出を動機づける決め手となると言えるの
である。

C市によるスタートアップ誘致・育成支援の手法としては、それぞれのス
タートアップに必要な支援メニューを、市長のリーダーシップの下に、市
職員(特定の担当職員)による「伴走型」の支援体制によって、「フルセ
ット型」(市以外の支援機関との連携を含む。)で提供できるようするこ
とが、非常に効果的となる。

【長野県が新設する「先端技術活用推進課」の先端技術の社会実装機能強
化方策】
〇信濃毎日新聞によると、長野県は4月に企画振興部に「先端技術活用推
進課」を新設し、ドローン、自動運転、人工知能(AI)等の先端技術を
県民生活や企業活動に活かす施策を本格展開するという。
 その本格展開する施策の具体的中味の、他県等に対する新規性、優位性、
独創性等に注目していきたい。

〇先端技術を県民生活や企業活動に実際に効果的に活かす(社会実装する)
ためには、県民生活や企業活動が抱える課題を把握し、その解決方策とし
て先端技術を活用することをビジネス化しようという強い意思を有し、ビ
ジネス化への的確な道筋を提示できる企業や新事業が、県内で次々と生ま
れることが不可欠となる。

〇したがって、新設される「先端技術活用推進課」による、県民生活や企
業活動が抱える課題の解決と地域経済の活性化とを整合できる、新規ビジ
ネスの創出を加速する施策の効果的な策定・実施化が必要となる。
 この施策の効果的な策定・実施化を確保するための重要な方策として、
前述のような先端技術活用型のスタートアップの誘致・育成支援を取り入
れることを提案したいのである。

〇スタートアップによる地域課題の早期解決のためには、当然、その地域
課題の解決方策をビジネス化するスタートアップの早期事業化・自立化を
図らねばならないことになる。したがって、内発的なスタートアップ育成
に拘らず、有望なスタートアップを広く県外からも誘致し育成することに、
より大きな人的・資金的コストを費やさなければならないことになる。

〇長野県(「先端技術活用推進課」)は、スタートアップ都市推進協議会
の構成地方自治体のスタートアップ誘致・育成支援施策を参考にして、県
内外の優れたスタートアップが、長野県内を拠点として、新規ビジネスモ
デルの実験や、その成果の早期事業化に取り組むことを選択するよう、長
野県ならではの、他県等に比して優位性や独創性を有する支援施策(スタ
ートアップ育成エコシステムの構築を含む。)を、今後の施策の本格展開
の中に組み込むことが必要となるのである。

【むすびに】
〇つくば市長によると、同市(人口23万人)には、150の国・民間等
の研究機関があり、研究者も2万人が住んでいる。同市は、日本一の科学
技術的英知の集積地と言えるにもかかわらず、同市ならではの科学技術的
英知の恩恵を受けていると実感している市民は、半数にも満たないとの調
査結果が出ているという。

〇そこで、つくば市としては、つくば市の主要産業を、科学技術的英知の
「社会実装産業」とすることを掲げ、AI、IoT、ビッグデータ解析技
術等の先端技術を活用し、市民生活の質的高度化(より住みやすい市にす
ることなど)に資する新規事業に取り組むスタートアップの、同市を「実
験場」とするトライアルに様々な支援メニューを積極的に提供している。

〇当然、つくば市のスタートアップ誘致・育成支援における最大の強みは、
市のコーディネートによって、市内に集積している150の研究機関によ
る、ソフト面(高度な技術シーズの提供や最適な研究者との協働等による
支援)、ハード面(研究機関に設置された多種多様な高度な研究用機器の
提供等による支援)での様々な支援プログラムを提供できることである。

〇今回のイベントだけでは、スタートアップ都市推進協議会の構成地方自
治体の個別・具体的なスタートアップ誘致・育成支援施策を十分に把握す
ることまではできなかった。
 4月に設置される長野県の「先端技術活用推進課」には、同協議会の構
成地方自治体のスタートアップ誘致・育成支援事業を詳細に調査し参考に
した上で、長野県ならではの優位性、独創性等を有する、「先端技術活用
推進戦略」を策定・実施化していただくことを期待したい。


ニュースレターNo.135(2019年1月12日送信)

バイオリファイナリーによる新たなサステナブル地域産業集積の形成〜優位性のある「長野県バイオマス活用推進計画」の策定に資するため〜

【はじめに】
〇環境負荷の少ない持続可能な社会を形成するためには、バイオマス(化
石資源以外の再生可能な動植物由来の有機性資源)の活用の拡大が必要で
あることから、「バイオマス活用推進基本法(平成21年9月21日施行)」
に基づき、国が「バイオマス活用推進基本計画」を策定し、都道府県及び
市町村が「バイオマス活用推進計画」を策定することになっている。
※広域関東圏(1都10県)で「バイオマス活用推進計画」を策定している
県は、茨城、群馬、埼玉、千葉、新潟、静岡の6県のみで、長野県は未だ
に策定していない。県内市町村では、「バイオマス活用推進計画」に代替
できる「バイオマスタウン構想」として、三郷村(現安曇野市)、千曲市、
長谷村(現伊那市)、佐久市、上田市、飯田市、中野市、長野市、筑北村、
松本市の10市町村が策定済みとなっている。(農林水産省調べ)

〇平成28年度に改定された国の基本計画では、地域に存在するバイオマス
の活用が、「売電」に偏り過ぎていることを反省し、地域が主体となった
持続可能な、「売電」以外の新規事業を創出し、そこから生み出される経
済的価値を農林水産業の振興や地域の活性化に活かしていくことに重点を
置いている。

〇そこで、今回は、地域が主体となった持続可能な事業の創出にバイオリ
ファイナリー(再生可能なバイオマスから燃料や化学製品等を製造するプ
ラントや技術のこと)を活用することによって、如何にして優位性を有す
る新規木質バイオマス産業クラスターを長野県内に形成すべきかをテーマ
としたい。

【長野県科学技術振興指針(H28.3月策定)における木質バイオマスの
バイオリファイナリーの位置づけ】
〇科学技術の振興によって、「質的に豊かな県民生活」と「市場競争力を
有する地域産業」を実現するために策定された「長野県科学技術振興指針」
における、木質バイオマスのバイオリファイナリーに係る部分は以下のよ
うになっている。(P66-67の抜粋)

[林業・林産業分野の目指す姿(林業・林産業の4つの目指す姿の内の1つ)]
木質バイオマスの活用による地域経済の活性化と循環型社会の実現

[目指す姿を実現する上での課題]
木質バイオマスのマテリアル利用等の新たな取組みが進んでいないこと
現状:木質系素材のプラスチック代替など、木材の新たなマテリアル利用
に向けた調査・研究については、全国レベルでの取組は進んでいるが、地
域レベルでは新たな取組が進んでいないことが課題となっている。

[課題を解決するための方向性]
木質バイオマスのマテリアル利用を促進するため、産学官が連携した研究
開発を活性化すること

[施策の展開]
大学や試験研究機関等を拠点とする産学官連携による調査・研究

〇以上のように、長野県における木質バイオマスのマテリアル利用(バイ
オリファイナリー)の活性化への道筋は、科学技術振興指針に一応は提示
されているが、大学等に一方的に頼る形で、県主導による具体的かつ積極
的な取組姿勢は明示されていない。

〇私は、科学技術振興指針の策定を主導した検討会議の委員の一人として、
木質バイオマスのマテリアル利用による新規産業創出の、林業・林産業と
製造業のWIN-WINの発展という視点からの重要性を訴え、同指針の中に大き
く位置づけることを主張したが、残念ながら、林業・林産業振興担当部署
と製造業振興担当部署の両方から理解を得られず、前述のような不十分な
記載内容に止まってしまったのである。

〇国の「バイオマス活用推進基本計画」における木質バイオマスについて
は、主に林地残材(森林外へ搬出されず林地に放置される枝葉等の残材)
の活用増大に焦点が当てられている。
※廃棄物系の製材工場等残材や建設発生木材においては、既に90%以上が
活用されているが、林地残材の活用は10%未満となっている。
(農林水産省調べ)

〇長野県においては、長野県テクノ財団を中心とする産学官連携チームが、
キノコ廃培地(廃オガ粉等)を原料として、希少糖を製造する技術の研究
開発・事業化に取り組んでいるが、林地残材のバイオリファイナリーに関
する研究開発・事業化プロジェクトに関する情報は全く得られていない。

〇産業活動から排出される木くず等の木質バイオマスの現状の活用におい
ては、燃料用チップの製造や自然発酵による堆肥化など、新規かつ先端的
な工業技術との融合をあまり必要としない分野が多い。しかし、バイオリ
ファイナリーは、高品質で低コストの製品の製造工程の装置化が不可欠と
なるため、工業技術が果たすべき役割が非常に大きくなる。

〇また、原料となる木質バイオマスの収集・運搬コストの削減が、解決す
べき大きな課題となっていることから、その解決方策として、当該木質バ
イオマスの発生場所にバイオリファイナリー装置を設置することが最も合
理的となる。
 そのためには、バイオリファイナリー装置の小型・軽量化、移設可能化
等の工夫が必要となる。
 このようなことから、バイオリファイナリーは、長野県に蓄積されてき
ている高度な工業技術の新規展開分野となる可能性も非常に大きいのである。

【バイオリファイナリーによる新産業創出への取組の先進事例(三重県)】
〇三重県(雇用経済部)は、「次世代型産業コンビナートの創出」の実現
のため、非可食バイオマスを原料とする、以下の5分野のバイオリファイナ
リー製品に係る技術動向・市場調査、研究開発から事業化に至るまでのロ
ードマップを策定している。
※参考資料:「バイオリファイナリー・ロードマップ策定業務委託」委託
報告書(平成27年3月)(一財)エネルギー総合工学研究所

@バイオマテリアル製造技術によるセルロースナノファイバーの製造
Aバイオマスのカスケード利用(バイオマスを多段階で有効に使い尽くす
こと)による医薬品等の高付加価値製品の製造
B前処理、糖化工程を経て、発酵法によるバイオプラスチック原料及びバ
イオプラスチックの製造
C前処理、糖化工程のコストダウンを図った上でのバイオエタノールの製

D熱分解やガス化技術による重油代替のバイオオイルの製造

〇三重県では、このロードマップを、必要な研究開発・事業化プロジェク
トの立上げに係る、産学官の関係者による合意形成のツールとして活用す
ることにしている。
 既に、環境・エネルギー・食糧問題等の社会的問題を根底から解決する
プロジェクトの検討のため、高度部材・素材を強みとする四日市コンビナ
ート企業等を中心とする「みえバイオリファイナリー研究会」を設立し、
具体的な研究開発プロジェクトの企画等に取り組んでいる。

〇このロードマップにおいては、バイオリファイナリー製品毎の検討課題
についても整理・提示している。全体的には、原料や製造に係るコスト削
減が中核的な課題となっており、その解決には、コンビナート企業以外の
技術分野の製造業を含む産学官からの貢献が期待されている。

〇三重県では、県内各地域における「地域創生」の主要手段として、地域
で生産される主要農産物のカスケード利用による高付加価値型の産業創出
に取り組んでいる。当該地域ならではの農産物による、当該地域ならでは
のバイオリファイナリー製品によって市場競争力を確保しようという戦略
である。
 例えば、三重県のある地域で通年生産される柑橘類の皮から脂溶性リモ
ネン類(用途:香料、溶剤等)を抽出し、その抽出残渣を糖化しバイオ燃
料を製造するなどの取組がなされている。
 このような三重県の地域特化型のバイオリファイナリー戦略は、長野県
における、バイオリファイナリーによる新規木質バイオマス産業クラスタ
ーの形成にも大いに参考になるものと言える。

【むすびに】
〇長野県のものづくり産業には、三重県で大きな課題となっている、新規
バイオリファイナリー製品の製造コスト削減の実現に資する、優れた技術
が蓄積されている。例えば、製造装置の高機能化(生産性、品質の向上等)
や小型・軽量化、移設可能化等による製造コスト削減の実現には、県内に
蓄積されてきている様々な超精密技術、軽薄短小化技術等が大いに貢献で
きるはずである。

〇長野県の優れた農林水産物の生産技術と、長野県のものづくり産業が有
する各種の高度技術の融合によって、長野県ならではの高付加価値型で価
格競争力も有するバイオリファイナリー製品の具現化が可能となるはずで
ある。

〇長野県が今後策定する「バイオマス活用推進計画」においては、長野県
ならではの推進計画とするため、長野県が有する、バイオリファイナリー
関連技術に係る顕在的・潜在的な優位性、独創性等を効果的に組み込むこ
とをお願いしたいのである。

〇また、県内各市町村が「バイオマス活用推進計画」を策定する場合にお
いては、当該市町村ならではの優位性、独創性を有し、形式論的にも実質
論的にも優れた計画となるように、県による適宜的確な連携・支援等をお
願いしたいのである。