○送信したニュースレター2020年(No.155〜172)


ニュースレターNo.172(2020年12月6日送信)

2050年ゼロカーボン達成への長野県のシナリオ・プログラム策定において認識すべき「前提」について
〜長野県脱炭素社会づくり条例に基づく論理性・実効性のある行動計画の策定に資するために〜

【はじめに】
○長野県は、全国初の脱炭素社会づくり条例に基づき、2050年ゼロカーボ
ン達成へのシナリオ・プログラムを組み込む行動計画の策定に取り組んで
いる。

○2050年ゼロカーボン達成は、地球規模の温暖化抑制対策として、世界中
の国・地方政府等が一丸となって取り組むべき課題である。その地球規模
の課題の解決に、日本の一つの地方自治体に過ぎない長野県が、どのよう
にしたら、同条例が定める「国際社会の先導役」としての果たすべき役割
を明確化し、県民や県内事業者等が一丸となって、その役割を果たすこと
に取り組めるようにできるのか。その「解」を提示するのが、同条例に基
づく2050年ゼロカーボン達成への行動計画であるはずである。

○この長野県の行動計画が、地球規模での2050年ゼロカーボン達成に真に
貢献できる、論理性・実効性のあるものとして策定されることに少しでも
資することを目的として、その策定作業において「前提」として認識して
おくべき事項について、まず整理した上で、行動計画に組み込むべき不可
欠の構成要素について、以下で論じてみたい。

【2050年ゼロカーボン達成への行動計画の策定に係る「前提」の整理】
○長野県脱炭素社会づくり条例が定める「国際社会の先導役」として、世
界中の全ての国や地方政府等が一丸となって取り組むべき2050年ゼロカー
ボン達成のために、日本の一つの地方自治体に過ぎない長野県が、先導的
に推進すべきシナリオ・プログラムの在り方について検討する際に、その
「前提」として、グローバルな視点から認識しておくべき事項については、
既に送信してある、地球温暖化防止対策関連テーマを扱ったニュースレタ
ー(No.141、142、161、162、171)等を参考にして、以下のような整理が
できるだろう。

[@地球温暖化の問題は非常に複雑かつ大規模であるため、地球規模でのゼロカーボンの取組みへの、
長野県の貢献度の確認・評価は非常に困難になること]
○CO2の発生源は多種多様に地球上に広く分散し、それぞれの発生源から
の発生量を把握し、それぞれの発生源に必要な発生抑制を課すことは非常
に困難となる。
 すなわち、通常の大気汚染物質(SOX、NOX等)の排出規制手法の適用が、
非常に困難になるのである。

○人々の日常生活に注目してみても、人々が生きていく上で必要な多種多
様な活動からCO2が直接的あるいは間接的に排出され、どの活動からの排
出量をどの程度どのように抑制すれば良いのか、生活の質の維持・向上と
CO2排出抑制とを、どのように調和させれば良いのか、などについて具体
的対策を提示することは非常に困難なのである。

○また、温暖化による気候変動の問題は、地球規模の問題であり、個人個
人のCO2排出抑制の努力が、どの程度、温暖化の抑制に貢献できるのか、
異常気象による災害発生の抑制に貢献できるのか、を認識(見える化)し
にくいことから、温暖化の抑制に資する人々の行動への意義づけ・動機づ
けが困難となるのである。

○例えば、日本のCO2排出量は、世界全体の排出量の3〜4%を占めるに過
ぎない。そして、長野県は、その日本の排出量の1〜2%を占めるに過ぎな
いのである。
 したがって、長野県が、ゼロカーボンを実現できたとしても、そのCO2
排出削減量は、世界全体で必要となる排出削減量に比して、あまりに
「微量」であることから、地球温暖化による気候変動の抑制に対して、
実際にどの程度貢献できたのかを確認・評価することは、ほとんど不可能
に近いと言えるのである。

[Aゼロカーボンへの取組みが、生活水準や産業活動の低下に結びつくと考えられやすいこと]
○日常生活や産業活動からのCO2排出量の直接的・間接的な抑制は、生活
水準や生産活動の低下に直結すると考えられやすいため、自らの生活水準
や生産活動を低下させることへの抵抗感などから、様々なセクションでの
CO2排出抑制への自発的な取組みを活性化することは非常に困難となる。

○また、先進国と発展途上国との間での、生活水準や産業の生産性の格差
の縮小という視点から、関係国間でのCO2排出抑制における役割分担(排
出抑制量の分担等)の調整という、非常に解決困難な国際問題への対応も
必要となるのである。

[B人々がどの程度ゼロカーボンに貢献できているのか実感できない行動への意義づけ・動機づけが必要になること]
○一般の人々が、構造的複雑性を有する地球温暖化問題の解決に向けて積
極的に行動できるようにするためには、同行動への動機づけを如何に分か
りやすく行うことができるかが最大の課題になる。
 長野県の行動計画の中に、この動機づけ(動機づけとなる政策的仕掛け)
を組み込むことが不可欠となるのである。

〇この動機づけを説得力あるものとするためには、長野県が、達成が非常
に困難であるにもかかわらず、地球規模の温暖化抑制への貢献度(温暖化
抑制に必要なCO2排出削減量に占める長野県の削減量の割合)の視点から
は「微量」と言わざるを得ない目標値を掲げ、その実現に敢えて先導的に
取り組もうとすることの真の意義(価値)について、自然科学的あるいは
社会科学的な視点から、論理的に説明できるようにしておくことが必要と
なる。

〇なぜならば、地球上の人間一人ひとりが、地球温暖化の被害者であると
ともに原因者でもあり、かつ、地球温暖化抑制の責任主体でもあること
(一人ひとりの地球温暖化抑制への地道な努力の積み重ねが重要であるこ
と)は認識できたとしても、その認識だけでは、技術的にも経済的にも非
常に困難性の高いゼロカーボンの達成に、県民一丸となって、国内外の地
方政府等と共に真剣に取り組めるようにすることへの十分な動機づけとは
ならないと考えられるからである。
 そこで、その動機づけの強化には、長野県の取組みについての論理的で
強固な意義づけが不可欠となるのである。

[Cゼロカーボン達成と整合する真に豊かな県民生活や活力ある地域産業の姿を提示する必要があること]
〇地球温暖化という途轍もなく巨大で複雑な問題の解決に、長野県が先導
的に取り組めるようにするためには、化石燃料由来のエネルギー使用量の
削減(再生可能エネルギーの活用拡大を含む。)によるCO2排出量の削減と
いうような、狭い意味での温暖化抑制戦略の検討だけではなく、長野県に
係る他の社会・産業・経済の振興戦略とどのように整合させていくべきか、
更には、長野県の将来の社会・産業・経済をどのような方向に発展させる
べきかを合わせて検討・提示しなければならないはずである。

〇なぜならば、その長野県の発展方向が、県民生活を真に豊かなものとし、
県内産業を優位性のある高付加価値型のものとし、県の温暖化抑制対策
(化石燃料由来のエネルギー使用量の削減対策)の方向とも一致するもの
となれば、県内の産学官民は、県が主導する温暖化抑制対策への取組みを
強く動機づけられ、従来に比して格段に真剣に取り組むようになることが
期待できるからである。

[Dゼロカーボン達成に資する技術的対策のみならず経済的対策(コスト負担)の在り方も重要課題に位置づけるべきこと]
○2020年4月1日付けの「長野県気候危機突破方針」におけるゼロカーボン
達成シナリオにおいては、最終エネルギー消費量(産業活動や交通機関、
家庭など需要サイドで消費されるエネルギーの総量)を2050年までに75%
削減することを目指している。
 その具体的方法として、2050年までに以下のような事項を県内におい
て実現するとしている。
@自動車は、全てEV(電気自動車)、FCV(燃料電池自動車)にする。
A新築住宅は、全て高断熱・高気密化する。
B既存住宅は、全て省エネ基準に適合するリフォームを実施する。
C業務用建物は、全て省エネ・創エネによって消費エネルギーを正味
ゼロにする。
D産業ボイラーは、全てヒートポンプへ代替する。
E大企業は、消費エネルギーを全て再生可能エネルギーで賄う。

○前述の@からEを2050年までに100%達成し、それを維持し続けるため
には、膨大な費用が必要になるが、それを、家庭、産業等のそれぞれの
セクションが、どのようにしたら調達できるのか、という肝心要のとこ
ろが、長野県の現状のゼロカーボン達成シナリオには全く提示されてい
ないのである。
 県内の全ての家庭や事業所等が、自らその費用を全て調達することは
当然不可能であり、県等からの大規模な助成が当然必要になるのである。
すなわち、県の財源確保の見込み等を含む、経済的視点からのゼロカー
ボン達成へのシナリオの提示が不可欠となるのである。

[E「国際社会の先導役」としての役割を果たすためには、先導役の役割とは何かを具体的に明確化し、その役割としての活動の
推進体制(国内外の地方政府等との連携拠点など)の整備・運営が必要になること]
〇長野県が、条例に規定する「国際社会の先導役」としての役割を果た
せるようにするためには、まず先導役の役割とは何かを具体的に明確化
しなければならない。その明確化の作業を通して、県内でのゼロカーボ
ンの達成のみならず、国内外の地方政府でのゼロカーボンの達成にも貢
献できる、長野県ならではの取組みのシナリオを策定・提示することが
不可欠となる。
 このシナリオの提示が、長野県のゼロカーボンへの取組みの真の意義
(価値)を、内外に論理的に説明することに繋がるのである。

〇例えば、長野県が「国際社会の先導役」として、内外の地方政府レベ
ルでのゼロカーボン達成活動を活性化することに資する連携活動(情報
交換・交流、事業の共同化等を含む。)のシナリオを提示し、それを着
実に推進するために必要な各種プログラムの企画・実施化を先導するこ
とが、長野県には求められ、その先導的活動の実施拠点(国内外の地方
政府等との連携拠点など)の設置・運営が必要になるのである。

【「前提」を認識した上での行動計画の不可欠の構成要素=「国際社会の先導役」としての具体的役割】
○前述の「前提」から明らかなように、長野県単独でのゼロカーボンへ
の取組みの、地球規模でのゼロカーボン達成への貢献度を評価・提示す
ることが困難な中で、長野県の取組みの、意義づけ・動機づけの決め手
となるのは、国内外の地方政府等との連携を通した「国際社会の先導役」
としての具体的役割の提示であろう。県民として誇れる役割の提示を、
行動計画の不可欠の構成要素としていただきたいのである。

○「国際社会の先導役」としての具体的役割を、長野県の行動計画に位
置づけることによって、長野県が、地球規模での2050年ゼロカーボン達
成の先導役としての役割を果たすことに係る、本気度や能力を有してい
ることを、単なるスローガンとしてではなく、論理的根拠と実効性を有
する環境戦略として、国内外の地方政府等に対してアピールできるよう
になるとともに、連携活動の企画・実施化への参画を働きかけることも
できるようになるのである。

【むすびに】
○地球規模で取り組む2050年ゼロカーボン達成への活動について、長野
県が「国際社会の先導役」としての役割を果たすためには、具体的に何
をなさなければならないのか。そのなすべきことを着実に実施できるよ
うにするために必要な「仕掛け」として、どのような機能を有する、ど
のような体制を県内に整備すれば良いのか。

○以上のような課題を含む、地球規模での温暖化抑制への長野県ならで
はの貢献の在り方に関する産学官の議論が活発化・深化し、産学官の英
知を結集して、県民として誇れるような、国内外の地方政府等に対する
先導性・優位性・独創性を有する、2050年ゼロカーボンへのシナリオ・
プログラムを組み込んだ行動計画が策定されることを期待したいのである。


ニュースレターNo.171(2020年11月28日送信)

技術的・経済的視点から論理的で実効性のある2050年ゼロカーボン達成シナリオの提示の重要性
〜全国初のゼロカーボン達成を目指す条例で「国際社会の先導役」となることを宣言した長野県への期待を込めて〜

【はじめに】
○2020年11月18日の信濃毎日新聞は、長野県が、2050年までにCO2排出量
を実質ゼロにすること(CO2の人為的発生源による排出量と吸収源による
除去量の均衡を達成すること。ゼロカーボン、カーボンニュートラルと
も言われる。)を基本理念とする、全国初の脱炭素社会づくり条例に基
づき、脱炭素行動計画を今年度中に策定する旨を伝えていた。

○2020年4月1日付けの「長野県気候危機突破方針」におけるゼロカーボ
ン達成シナリオにおいては、最終エネルギー消費量(産業活動や交通機
関、家庭など需要サイドで消費されるエネルギーの総量)を2050年まで
に75%削減することを目指している。
 その具体的方法として、2050年までに以下のような事項を実現すると
している。
@自動車は、全てEV(電気自動車)、FCV(燃料電池自動車)にする。
A新築住宅は、全て高断熱・高気密化する。
B既存住宅は、全て省エネ基準に適合するリフォームを実施する。
C業務用建物は、全てZEB化する。
D産業ボイラーは、全てヒートポンプへ代替する。
E大企業は、全てRE100を達成する。
※ZEB(Net Zero Energy Building):省エネによって使用する一次エネ
ルギーを減らし、使うエネルギーを創エネ(再生可能エネルギー)で代替
することによって、エネルギー消費量を正味でゼロにする建物のこと。
※RE100(Renewable Energy 100%):使用電力の全てを再生可能エネル
ギーで賄うことを目指す国際的な企業連合のこと。

【現状の長野県のゼロカーボン達成シナリオについての疑問】
○長野県のゼロカーボン達成シナリオを見て、直ぐに思い浮かぶ疑問は、
前述の@からEを2050年までに達成し、それを維持し続けるためには、
膨大な費用が必要になるが、それを、家庭、産業等のそれぞれのセクシ
ョンが、どのようにしたら調達できるのか、ということである。

○それぞれのセクションに求められるゼロカーボンへの取組みに必要な
費用を、それぞれのセクションは、どのようにして調達すべきなのか。
その肝心要のところが、「長野県気候危機突破方針」には提示されてい
ないのである。
 県内の全ての家庭や事業所等が、自らその費用を全て調達することは
当然不可能であり、県等からの大規模な助成が当然必要になるのである。

○ゼロカーボンの費用について分かりやすく解説している論文(2020.
11.17「2050年C02ゼロのコストは国家予算に匹敵する」キャノングロー
バル戦略研究所 研究主幹 丸山大志)によると、日本に先立って2050
年ゼロカーボンを宣言した英国の場合、@風力発電の大量導入等によっ
て発電に伴うCO2をゼロにする、A住宅での省エネ改築を実施する、とい
う2つの項目だけで、1世帯当たりのコストは1,000万円を超えるという。
この他に、自動車などの運輸部門、工場などの産業部門、病院などの業
務部門でのコストが計上されれば、ゼロカーボン達成のためのコストは
更に膨大なものになるという。

○この事例からも類推できるように、長野県でゼロカーボンを達成する
ために必要な費用は膨大となる。したがって、例えば、県内の各世帯に
よるEVやFCVの購入(必要なインフラの整備を含む。)や、各事業所によ
るZEB化などに対して、県による助成が不可欠となり、その助成額の総額
は膨大なものになるだろう。
 県は、助成に必要な財源をどのように調達しようと考えているのだろ
うか。当然、他の都道府県も同様に、その財源確保が必要になる。
 コロナ禍で大きなダメージを受けた国の財政に、その財源確保への全
面的な支援を期待することは困難であろう。
 したがって、県内における@からEの100%の実現は、経済的視点から
不可能に近いと言っても過言ではないのである。

○このような2050年ゼロカーボンに係る、経済的視点からの悲観的な推
測の根拠などについて、前述の論文や、経済産業省の外郭団体である
(公財)地球環境産業技術研究機構(RITE)の資料(2020.11.11「脱炭
素社会に向けた対策の考え方」、2016.3.2「2℃目標と我が国の2050年
排出削減目標との関係」)等を参考にして、以下で議論を進めたい。

【長野県のゼロカーボン達成シナリオについての疑問の根拠】
○日本における2050年ゼロカーボン達成に必要な、新規対策技術の開発
テーマとしては、以下のようなものが挙げられている。全て大規模な装
置化を前提とするものであり、その効果に大きな期待が寄せられている
が、現状では、せいぜい実験プラントレベルで、いずれもまだ実用化に
は至っていない。
 いつまでに必要な性能を発揮できる装置が設置・稼動できるのか。そ
して、その装置は、2050年ゼロカーボンにどの程度貢献できるのか。不
確定要素が非常に多いのである。
@CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage):発電所や
工場等から排出されるCO2を回収・利用し、地中に埋める。
A合成メタン:CO2と水素からメタンを合成し燃料として用いる。
B合成石油:CO2と水素から石油を合成し燃料として用いる。
C水素:石炭ではなく水素を用いて製鉄する。
DDAC(Direct Air Capture):大気中からCO2を回収し地中に埋める。

○日本は、脱炭素社会を実現するために、2050年までに温室効果ガスの
80%を削減することを目指している。上記の全ての技術が大規模に利用
可能となったとして、全体のコストはどのくらいかかるのか、RITEが2016
年に試算している。
 それによると、2050年におけるコストは、年間43兆円から72兆円と試
算されている。コストに30兆円もの幅がでるのは、原子力発電比率の見
積の差によるものである。
 なお、このコストを参考にして比例計算すれば、温室効果ガスの削減
率を100%とした場合には、コストは、年間54兆円から90兆円になるので
ある。

○日本の国家予算が100兆円程度であることから、このような巨額を、温
暖化対策のみのために使うことについて、国民の合意を得ることは非常
に困難であろう。
 2050年までに80%削減というような、時点と削減率を決め打ちしたよ
うな目標設定は、望ましい気候変動リスク対応戦略とは言えないと、前
述の論文は結論付けているのである。

【長野県による実現可能なゼロカーボン達成シナリオの提示への期待】
○2050年ゼロカーボンが、非常に困難と推測できるのであれば、2050年
を超える、より長期的な視点から目標時点を設定し、その間での大幅な
CO2排出量削減・除去量増大を実現していく方法を採用することなど、
より工夫を凝らすべきことになる。その工夫においても、利用可能な技
術と利用形態・規模等を算出根拠とする、技術的にも経済的にも実現可
能な排出削減・除去量について、時間軸に沿って目標を設定していくこ
とが重要とされているのである。

○長野県が、技術的・経済的な裏付けが不十分なままに、2050年ゼロカ
ーボン達成を宣言することの政策的意義については、評価が分かれると
ころだろう。
 一般的に、2050年までにゼロカーボンを達成することは、技術的・経
済的制約から不可能に近いと推測できたとしても、どうせ挑戦するなら
目標レベルはできるだけ高く設定し、たとえ100%達成できなくとも出来
るところまで頑張れれば良い、というような考え方を、自治体の環境政
策において採用することについては、必ずしも否定すべきではないだろう。

○しかしながら、2050年ゼロカーボン達成を、法的拘束力のある条例と
して宣言した長野県においては、行政計画等のような、法的規範以外の
ツールで宣言した他県等に比して、その宣言にともなう行政の責任は、
ずっと重いものとなるだろう。しかも、長野県は、その条例の前文にお
いて、ゼロカーボンに係る「国際社会の先導役」となる旨を宣言してい
るのである。

○したがって、長野県には、2050年ゼロカーボン達成へのシナリオにつ
いては、他県等よりはるかに真剣に、産学官の英知を可能な限り結集し、
他県等(海外の地方政府を含む。)の取組みの「指針」となるようなレ
ベルのもの策定し、それを条例に基づく脱炭素行動計画の中に組み込ん
でいただくことを期待したいのである。

【むすびに】
○2050年ゼロカーボンに係る具体的で実現可能なシナリオを提示できな
いままに、環境省の誘導もあって、長野県を含む多くの自治体が、2050
年ゼロカーボン達成を宣言している。
 しかし、多くの人々は、2050年ゼロカーボン達成については、論理的
には可能であっても、その実施化には膨大なコストがかかるため、劇的
なコストダウンに資する、現時点では想定ができないほどの「イノベー
ション」が起こらない限り、その実現性は極めて低いことに気付いてし
まっているのではないだろうか。
※2050年ゼロカーボンを宣言した自治体(環境省HP):24都道府県、95
市、2特別区、44町、10村。長野県の市町村では、小諸市、佐久市、
軽井沢町、池田町、立科町、白馬村、小谷村、南箕輪村。

○国や自治体が、2050年ゼロカーボンを「実現します」と宣言してから、
その実現へのシナリオとその着実な推進に必要な各種のプログラムを考
えるという、なんとも頼りない政策推進スタイルとなってしまっている。
しかし、自治体による宣言の重みは大きい。特に、条例化までした長野
県の宣言の重みは、他県等よりずっと大きいのである。

○長野県には、このことを十分に理解していただき、例え非常に困難で
あっても、「国際社会の先導役」である長野県ならではの、2050年ゼロ
カーボン達成へのシナリオの策定とその脱炭素行動計画への組込みに、
他県等より明らかに真剣・本気であると高く評価されるような、強力な
産学官連携による推進体制で取り組んでいただくことを期待したいので
ある。


  ニュースレターNo.170(2020年11月18日送信)

ポストコロナの地域産業振興戦略の在り方について(No.2)〜輪島漆器産地の発展を支えた文化媒介型商人「塗師屋」の役割を参考にして〜

【はじめに】
〇第11回北陸地域政策研究フォーラム(2020.11.8)の「輪島漆器からみる
伝統産業の衰退と発展」(安嶋是晴 富山大学准教授)をオンライン聴講し、
輪島漆器産地の発展に大きな役割を果たしてきている「塗師屋」(ぬしや)
の存在を初めて知り、この産地形成・発展の歴史的仕組みは、現在の地域
産業クラスター形成戦略に応用すべきものであることを認識させられた。

〇輪島漆器産地の発展に大きな役割を果たしてきている「塗師屋」は、漆
器の生産から販売に一貫して関わるプロデューサー的存在であり、生産者
と消費者をつなぐコーディネーター的存在でもあると言える。

〇すなわち、「塗師屋」は、文化媒介型商人(漆器とそれに係る文化をセ
ットで普及)として、分業制・家内制手工業である職人集団と、学習型消
費者(漆器に係る文化享受能力の向上を志向)とを結びつけることによっ
て、販路開拓・維持に努め、産地の発展を支えてきているのである。更に、
全国各地には、高価な輪島漆器を割賦で購入できるようにするための「仕
掛け」として、「塗師屋」の主導によって「椀講」(頼母子講)まででき
ていたのである。
 以上のような、輪島漆器の生産から販売、使用等に至る全体を「塗師屋
文化」とも表現されているのである。

【輪島漆器産地の振興に係る「塗師屋」の役割・機能の課題】
〇同フォーラムの質疑応答において、以下のような主旨の意見が出された。
 「塗師屋」は、いわゆるサプライサイドからの市場開拓・維持戦略の推
進者と言え、デマンドサイドからの取組みの面では弱点を有しているので
はないか。
 例えば、デマンドサイドからの取組みの強化のために、消費者の輪島漆
器への顕在的・潜在的なニーズを把握・活用することに資する「仕掛け」
を構築できていれば、産地の発展により効果的に取り組めていたのではな
いか。

〇この意見にある「塗師屋」のデマンドサイドの弱点を解決するための一
つの方策として、「椀講」という、輪島漆器の文化的価値を高く評価して
いる、各地域の人的集まりを、単に頼母子講という資金繰りシステムとし
てだけではなく、輪島漆器の品質・機能やブランド力等の向上による、他
産地の漆器に対する優位性の確保に資する提案等を産地にフィードバック
する「仕掛け」として高度化させることができていれば、輪島漆器産地は、
消費者ニーズの変化に的確に対応し、より大きな発展を遂げることができ
ていたのではないだろうか。

【「塗師屋」の役割・機能の課題を参考にした、従来の地域産業クラスター形成戦略の課題の提示〜デマンドサイドからのクラスター形成シナリオの不足〜】
〇前述のようなことから、輪島漆器を使用する豊かな生活様式(輪島漆器
文化)の伝道師と言える「塗師屋」は、いわゆる製品コンセプトデザイン
の具現化推進者とも言えるのである。
※製品コンセプトデザイン:どのような消費者に、どのような価値を、ど
のようにして提供しようとするのかを明確化するものであり、いわば、想
定される消費者にとっての購買理由を明示するものである「製品コンセプ
ト」を、関係者に理解しやすいように「設計」すること。
 廃プラスチック類の高付加価値型の再生・再利用のビジネス化における、
社会的価値と経済的価値の整合の実現に果たす、製品コンセプトデザイン
の重要性については、ニュースレターNo.138(2019.3.16送信「製品コン
セプトデザインの優位性確保による地域産業の市場競争力の強化」)で提
言している。

〇また、輪島漆器の生産から販売、使用等に至る全工程をマネージメント
する「塗師屋」は、漆器関連産業の集積地という地域産業クラスターのク
ラスターマネージャーの役割も担ってきたとも言えるのである。
※クラスターマネージャー:クラスター形成活動全体の戦略づくりやクラ
スター中核機関の経営マネージメントへの参画、クラスター形成活動に参
画する企業・機関のネットワークマネジメント、活動に必要な資金調達な
どを任務としている。クラスター形成活動に参画する企業・機関のネット
ワークのマネージメントを主要任務とするクラスターコーディネーターと
は区別される。

〇「塗師屋」、製品コンセプトデザインの具現化推進者、クラスターマネ
ージャーのいずれも、サプライサイドからの地域産業クラスター形成推進
者と言える。したがって、これらは、デマンドサイドからの地域産業クラ
スター形成への取組みの面では弱点を有していると言えるのである。

〇従来の地域産業クラスター形成戦略においても、「長野県ものづくり産
業振興戦略プラン」のように、デマンドサイドからの取組みの重要性を認
識し、当該クラスターの地理的範囲での産業面や生活面での地域課題の解
決方策(新技術・新製品)をビジネス化し、類似の課題に悩む他地域にも
広く波及させること(外貨獲得)で、当該地域産業クラスターの発展を加
速することを中核的シナリオの中に位置づけている事例を見出すことはで
きる。
 しかし、この従来のシナリオは、あくまで当該クラスター内でのサプラ
イサイドとデマンドサイドの連携という、限られた空間における地域産業
クラスター形成シナリオであり、当該クラスターの技術的・産業的な特性
により適合する課題解決ニーズとのマッチングに資する、より広域的・効
率的なデマンドサイドからの地域産業クラスター形成シナリオが不足して
いるのである。

【グローバルな規模でのサプライサイドとデマンドサイドの連携による地域産業クラスター形成戦略〜Web活用による連携促進プラットフォームの構築〜】
〇輪島漆器に係るデマンドサイドからの市場開拓・維持戦略の推進者とし
ての役割・機能、すなわち、「椀講」等の各地の、輪島漆器の顧客の集積
を活用し、その顧客の輪島漆器への顕在的・潜在的ニーズを把握し、それ
を産地にフィードバックし、漆器関連の新たな製品・サービス、新たな漆
器関連産業の創出を促進する役割・機能も「塗師屋」が有していれば、生
活様式の変化の中での輪島漆器の需要減少等に対して、新たな方策を講じ
て産地の衰退を防ぎ、産地の新たな発展の方向性を提示し誘導することが
できていたかもしれない。

〇言い方を換えれば、「塗師屋」が、デマンドサイドからの産地振興の
「仕掛け」を有していれば、輪島漆器産地にその伝統を超えるイノベーシ
ョンを起こし、産地の新たな発展に大きく貢献できていたかもしれないの
である。
 したがって、このデマンドサイドからの産地振興の「仕掛け」は、他の
多くの伝統工芸品産地のみならず、今後の新たな地域産業クラスターの形
成の場合においても、持続的発展のためには必要不可欠なものと言えるの
である。

〇国内のみならず海外の地域産業クラスターの中から、当該クラスターの
地理的範囲での産業面や生活面での地域課題の解決方策(新技術・新製品)
をビジネス化し、類似の課題に悩む他地域にも波及させること(外貨獲得)
で、当該地域産業クラスターの発展を加速することを、クラスター形成戦
略の主要シナリオとして位置づけているところを見出すことは、それほど
困難なことではないだろう。

〇その国内外の地域産業クラスターにおける地域課題の把握とその解決方
策の開発・事業化への取組みに、長野県内の地域産業クラスター(「長野
県ものづくり産業振興戦略プラン」に基づくものだけで16クラスター)が
参画することを支援する、Webを活用した「仕掛け」を県主導で整備する
ことが、各地域産業クラスターの地理的範囲を越える広域的なデマンドサ
イドからのクラスター形成促進機能の強化に、大きく資することになるは
ずである。

〇コロナ禍前は、海外の地域産業クラスターとの産学官連携による新技術・
新製品の研究開発を企画・実施化しようとする場合には、研究者・技術者
の相互派遣を長期間繰り返すことが通常の手法となるため、その実施には、
資金的・時間的制約等の様々な困難性が伴った。しかし、現状では、オン
ラインによる研究開発の推進が通常の手法となっている。すなわち、コロ
ナ禍前に比して、国際的な共同研究開発は、リアルとデジタルの融合の最
適化に向けた技術的進歩等もあって、従来の様々な制約から解放され、非
常に企画・実施化しやすいものになっているのである。

〇そこで、国内外の地域産業クラスターの中核機関と本県の地域産業クラ
スターの中核機関とが、双方のデマンドサイドからのクラスター形成促進
機能の強化に資する、具体的活動(双方の地域課題の情報提供、その解決
方策の開発・事業化のための共同プロジェクトの企画・実施化に必要な協
議やセミナーの開催等)をWeb上で実施できる体制を整備することを、本県
のウイズコロナ・アフターコロナの地域産業振興戦略の中に位置づけるこ
とを提案したいのである。

〇例えば、具体的手法の一つとしては、長野県の外郭団体等が、既に技術
交流等を実施している、EU等の地域産業クラスターの中核機関と、Web上
で、前述のデマンドサイドからの具体的活動を連携して実施できる仕組み
を構築し、その仕組みを県内各地域の地域産業クラスターの中核機関が、
そのクラスターの技術的・産業的特性に適合する課題解決ニーズとのマッ
チングをベースとした、様々な活動に活用できるようなプラットフォーム
を構築・運営することなどが考えられるのである。

【むすびに】
〇いずれにしても、長野県における、ウイズコロナ・アフターコロナの地
域産業の振興(コロナ禍からの復興)のためには、コロナ禍での厳しい行
動制限等によって大きく弱体化した、グローバルな規模での産学官連携活
動を、コロナ禍前にも増して活性化することが必要となる。

〇その活性化の手法として、今や、リアルとデジタルの融合の最適化を前
提とした、Webの活用が常識となっている。グローバルな規模でのWebを活
用した、国内外の地域産業クラスター間での、コロナ禍からの復興に資す
る、地域課題の解決志向の連携事業を企画・実施化することを活発化する
「仕掛け」(プラットフォーム)の構築・運営の具現化のために、関係の
産学官の皆様の英知を結集していただくことをお願いしたいのである。


  ニュースレターNo.169(2020年10月17日送信)

ポストコロナの地域産業振興戦略の在り方について〜コロナ禍で質的に変容した企業・消費者行動への対応の必要性〜

【はじめに】
〇コロナ禍で質的に変容した企業・消費者行動に適合した、ポストコロナ
における地域産業振興戦略の在り方を調査研究テーマとして、文献調査等
を実施していた中で、ポストコロナの新たな経済社会形成の方向性につい
て、分かりやすく解説する文献(三菱総合研究所マンスリーレビュー2020
年9月号特集「レジリエントで持続可能な社会に向けて―ポストコロナの
世界と日本」)(以下、「文献A」という。)に出会うことができた。
※文献Aでのポストコロナの定義:新たなワクチン・治療薬の実用化など
により、予防・治療方法が確立し、コロナウイルス感染が終息した後の時
期のこと。

〇そこで、文献Aを参考にして、「ポストコロナの経済社会形成の方向性
(『レジリエントで持続可能な経済社会』の具体的姿)」、「『レジリエ
ントで持続可能な経済社会』の形成のシナリオ」を整理し、そのシナリオ
を新たな優位性のある地域産業集積(地域産業クラスター)形成の「仕掛
け」として、ポストコロナの地域産業振興戦略の中にどのように組み込む
べきかについて、以下で議論を展開したい。

【「ポストコロナの経済社会形成の方向性(『レジリエントで持続可能な経済社会』の具体的姿)」について】
〇文献Aを参考にすれば、「ポストコロナの経済社会形成の方向性」につ
いては、以下のような3点の「重視すべきこと」によって規定されること
になるだろう。

@持続可能性を重視すべきこと。
 コロナ禍を経験し、企業は事業継続方策の立案・実施化の重要性を、一
般市民は健康的・文化的な生活の維持の重要性を改めて強く認識した。

A集中から多極・分散化への転換を重視すべきこと。
 企業も一般市民も、経済的合理性に基づく一極集中に伴う経済的・社会
的リスクの大きさを実体験し、企業の生産体制(サプライチェーン)や一
般市民のライフスタイルにおける、集中から分散への転換の重要性を改め
て強く認識した。

Bデジタル化の加速とリアルとの融合を重視すべきこと。
 感染防止(3密防止)のための、オンラインによる経済活動の急激な拡大
など、デジタル化が加速するとともに、コロナ禍でその享受を制限された
リアルの価値の大きさも再認識され、デジタルとリアルの使い分けや融合
の重要性が改めて強く認識された。

〇以上の@〜Bで規定される「ポストコロナの経済社会形成の方向性」か
ら導き出せる、これから実現を目指すべき「レジリエントで持続可能な経
済社会」の具体的姿について、文献Aでは、「パンデミック等の急激なシ
ョックにも柔軟に持ち応えられるとともに、地球環境の維持、経済の豊か
さ、個人のウェルビーイング(身体的だけでなく、精神的・社会的にも良
好な状態)を持続的に実現できる経済社会のことである。」というような
整理がされている。

〇この「レジリエントで持続可能な経済社会」とは、長野県の地域産業振
興戦略(ものづくり産業振興戦略プラン、科学技術振興指針等)の視点か
らは、「パンデミック等の急激なショックの下でも、高付加価値型の地域
産業集積(地域産業クラスター)の形成と、住民生活の質的高度化との整
合に向けて、産学官が柔軟に活動できる強靭な『仕掛け』を内包する地域
経済社会のことである。」と言い換えることができるだろう。

【「『レジリエントで持続可能な経済社会』の形成のシナリオ」(産業面からのアプローチ)について】
〇「『レジリエントで持続可能な経済社会』の形成のシナリオ」について
は、産業面からのアプローチの視点で述べれば、ポストコロナにおいても
企業・消費者行動の質的変容は継続することから、従来と同じ製品・サー
ビスを提供するだけでは、需要をコロナ以前の水準にまで戻すことは困難
なため、「戻らない需要」に代わる新たな需要の創造活動を活性化するシ
ナリオでなければならないことになる。

〇その新たな需要については、企業や消費者の製品・サービスへのニーズ
が、コロナ禍での辛い体験に大きく規定されるであろうことから、以下の
ような製品・サービスへの需要として整理できるだろう。

@企業のレジリエントで高付加価値型の生産体制の構築に必要な製品・サ
ービス
A消費者のレジリエントで物的・質的に豊かなライフスタイルの構築に必
要な製品・サービス

〇そして、その新たな需要の創造活動を活性化するシナリオは、以下の二
つのシナリオで構成されるべきことになる。

@第1のシナリオ
 個別企業の新たな需要創造活動に係るシナリオ(個別企業が策定・実施
化するシナリオ)
A第2のシナリオ
 個別企業の新たな需要創造活動に係るシナリオの効果的な策定・実施化
に資する「政策的仕掛け」(新需要創造のエコシステムと言っても良いか
もしれない。)の構築へのシナリオ(行政サイドの主導で策定・実施化す
るシナリオ)

〇まず、「第1のシナリオ」について、文献Aを参考にして検討してみたい。
コロナ禍で3密防止のため、デジタルの活用の重要性が改めて認識されたこ
とから、企業における新たな需要創造活動のシナリオは、顧客(産業界、
一般市民等)ニーズを起点とし、リアルとデジタルの融合を有効な手段と
する、以下のような4つのフェーズからなる「リアルとデジタルの価値創出
サイクル」として整理できるだろう。

@第1フェーズ:デジタル代替
 従来の製品・サービスの課題をデジタルで解決すること。オンラインで
の教育や診療など、サービスの一部をデジタルで代替することの3密防止上
のメリットは大きい。

A第2フェーズ:デジタル完結
 デジタル代替を更に発展させ、一連の経済活動をデジタル空間で完結で
きるようにすること。例えば、米国での自動車の完全オンライン販売では、
顧客が店舗に足を運ぶ手間を省くことができ、ローンなどの手続きもスム
ーズに行うことができる。

B第3フェーズ:リアル代替
 デジタルでは体験できない重要なリアル要素を顕在化させること。完全
デジタル化へ進めば、リアル空間への揺れ戻しが起こる。例えば、完全ネ
ット通販を行う衣料品製造企業が、試着・採寸のためだけの実店舗も併せ
て展開することなど。

C第4フェーズ:リアル完結
 リアルに特別の価値を見出す洗練された製品・サービスに昇華させるこ
と。この製品・サービスについても、リアルのみで成立するのではなく、
デジタルの補完があってはじめて完成する。

〇各企業が、第1から第4のフェーズまでを循環させる「リアルとデジタル
の価値創出サイクル」を稼動させることで、ポストコロナの顧客満足度の
高い様々な製品・サービスの開発・提供活動を、リアルとデジタルの融合
をキーワードとして、持続的に高度化(高付加価値化)していくことが可
能となるのである。

〇そして、前述の個別企業の需要創造活動を活性化し、地域産業集積(地
域産業クラスター)としての優位性確保を促進することに資する「第2の
シナリオ」については、ポストコロナの地域産業振興戦略の中に、以下の
ような二つの「仕掛け」(新需要創造のエコシステム)として組み込まれ
ることになるだろう。

@個別企業の中での「リアルとデジタルの価値創出サイクル」の稼働に係
る課題解決ニーズへの支援体制(ソフト・ハード)の整備

A個別企業の域を超えた、産学官連携(オープンイノベーション)による
「リアルとデジタルの価値創出サイクル」に係る取組みの活性化・高度化
に資する「政策的仕掛け」(個別企業に不足する技術的・経営的資源の産
学官連携による補完システム等)の構築

〇特に、Aの「政策的仕掛け」については、「レジリエントで持続可能な
経済社会」の形成への産業活動面からの貢献の活性化の一つの方策として、
非常に重要であることから、ポストコロナの地域産業振興戦略の中にどの
ように組み込むべきかについて、以下で議論を深めることにしたい。

【「ポストコロナの地域産業振興戦略の在り方」について〜長野県の優位性ある「政策的仕掛け」の組込みの在り方〜】
〇ポストコロナの地域産業振興戦略においては、地域産業の高付加価値化
と地域住民生活の質的高度化との整合のために解決すべき地域課題の抽出
から、その課題の解決方策の開発・事業化に至るまでの一連の活動におい
て、「リアルとデジタルの価値創出サイクル」を効果的に稼働させ、レジ
リエントな課題解決方策(企業のレジリエントな生産体制や、住民のレジ
リエントなライフスタイルの構築に必要な新製品・新サービス)として社
会実装できるようにすることに資する、長野県としての優位性のある「政
策的仕掛け」を組み込むことが重要となる。

〇「リアルとデジタルの価値創出サイクル」の各フェーズでの、地域企業
による、地域産業・地域住民生活の課題解決方策(新製品・新サービス)
の開発・事業化においては、既存の類似の製品・サービスに対する優位性
確保(差別化)が不可欠となる。
 その優位性確保(差別化)を可能とするのが、地域産業集積の中に蓄積
されてきた様々な優れた要素技術(ソフト・ハード)や、大学・試験研究
機関等に蓄積されてきた新規かつ高度な科学的知見などの地域資源の活用
である。

〇その地域資源をより広く探索・抽出し、より効果的に活用できるように
するのが、産学官連携(オープンイノベーション)による研究開発・事業
化への取組みであることは、アフターコロナにおいても何ら変わりはない
だろう。
 しかし、産学官連携の効果的推進に不可欠な「face to face のリアル
な知的交流」が、コロナ禍での3密防止、内外の連携機関への訪問の規制
等によって、強く制限されてしまっている。
 ポストコロナにおいても、この制限等は、一定程度の緩和はあっても、
全く無くなることはないであろうことから、このままでは、産学官連携に
期待される効能は、ビフォーコロナより著しく低下したまま継続すること
が推測できるのである。

〇そこで、正にリアルとデジタルの融合の最適化によって、内外にわたる
広域的な産学官連携(新製品・新サービスの企画、その実現に必要な技術
ニーズ・シーズのマッチング、研究開発体制・計画の整備・実施化から事
業化に至る一連の活動)が、ビフォーコロナより効果的に稼働できる「新
たな形態」を、レジリエントな「政策的仕掛け」として、地域産業振興戦
略の中に組み込むことが必要になるのである。

【むすびに】
〇ポストコロナに向けた、長野県の観光振興戦略の見直しの必要性につい
ては、ニュースレターNo.165(2020.7.19送信「ポストコロナの新たな観光
振興戦略の在り方〜観光地の宿泊業の持続的発展に資する『コンパクト地
域クラスター』形成戦略の必要性〜」)で既に論じている。
 今回は、やっと、長野県のものづくり産業を中心とする地域産業の発展
のビジョン・シナリオ・プログラムを提示する地域産業振興戦略の見直し
の方向性について考えるヒントを得ることができたため、それをニュース
レターのテーマとして論じることにした次第である。

〇他県等においては、既にポストコロナを展望し、各種の地域産業振興戦
略の見直しに着手していることが推測できる。
 長野県においても、関係の産学官の皆様の間での、レジリエントな産学
官連携による研究開発・事業化への取組みの「新たな形態」を含む、ポス
トコロナの地域産業振興戦略の在り方に関する議論が、更に活発化するこ
とに少しでもお役に立てれば幸いである。


ニュースレターNo.168(2020年9月30日送信)

「規模の経済」の視点から地域中小企業の再編(大規模化)を促す産業政策の危うさについて
〜地域中小企業の地方創生に果たす役割の重要性の視点から〜

【はじめに】
〇菅政権は、「規模の経済」の視点から、中小企業の生産性向上のため、中
小企業の再編(大規模化)を強力に促すため、中小企業基本法の改正(支援
対象とする企業規模の変更等)を含む、中小企業への支援の在り方の見直し
に着手したことが報道されている。

※「規模の経済」:企業で生産される製品の製造コスト(製品1個当りの固
定費と変動費)は、生産個数が増えるほど減少(利益が増大)するということ。

※中小企業の大規模化:具体的には、中小企業の大企業との合併や中小企業
同士の合併、あるいは、複数の中小企業等が持ち株会社を新設し、その100%
子会社として傘下に入る統合など様々な手法が想定できる。

〇一般的に企業規模(従業員数、資本金等)が増大するほど、生産性、収益
性が高まり、賃金が増え、福利厚生も充実することなどから、その企業は優
秀な人材を雇用でき、企業の成長戦略の具現化を加速できるようになるとい
う観点から、中小企業の大規模化を促すという政策的方向性に一定の合理性
があることは理解できる。

〇しかし、中小企業の大規模化を強引に促す政策的対応については、地方創
生に不可欠な、優位性をある地域産業集積(地域産業クラスター)形成の促
進という視点からは、様々な問題点が内包されていることを指摘できる。
 地域における今後の新たな中小企業振興施策の策定・実施化に資すること
を目的として、その問題点や対応策等について、以下で議論を展開したい。

【地域中小企業の存在意義〜優位性ある地域産業クラスター形成の中核的プレーヤーとしての役割〜】
〇多くの地域中小企業は、オーナー企業(創業者やその親族等が経営の実権
を握っている企業)であるため、長期にわたり、地域に根差し、地域と共に
生きてきたことを深く認識している企業である。
 したがって、地域中小企業は、地域の発展(地域産業の発展、住民生活の
質的向上等)への貢献意識が高いという特長を有しているのである。

〇地域中小企業の経営者は、地域貢献意識が高いことから、地域産業の発展
(優位性ある地域産業クラスターの形成)のためのプロジェクト等にも積極
的に参画する。すなわち、地域中小企業は、地域の異業種企業等との共存共
栄の重要性を認識し、優位性ある地域産業クラスターの形成・発展を目指す
活動の中心的なプレーヤーであり、当該地域を中核とするバリューチェーン
の形成・拡大(地域外からの「外貨獲得」など)に貢献するという、非常に
重要な役割を果たしているのである。

〇しかし、地域中小企業の地域外の企業との合併・統合等によって、多くの
地域中小企業の経営実権が地域外に散逸してしまうようなことになれば、地
域に醸成されてきた、地域中小企業経営者の地域産業クラスター形成への貢
献意識も弱体化し、地域産業クラスター形成活動の衰退が懸念されることに
なる。
 このことは、地方創生に不可欠の、地域の経済基盤の形成のための様々な
活動にとって、非常に大きな痛手となるのである。

【地域中小企業の大規模化への政策的誘導の在るべき姿】
〇地域産業クラスター形成活動において、当該クラスターの優位性確保のた
めに導入すべき新規技術や高付加価値型ビジネスモデルを有する、地域外の
企業等と緊密な連携体制を構築することは重要な地域産業振興戦略となる。
 そして、その連携体制の深化(成熟化)が、企業同士の合併等に結実する
ことは、歓迎すべきことと言えるだろう。しかし、この場合に忘れてはいけ
ないことは、合併等の後の企業の経営実権が、その地域内に留まる形とする
ことなのである。

〇地域中小企業の経営者は、確固たる地域貢献型の経営理念(「矜持」とも
言えるかもしれない。)を有していることから、他地域の企業との合併等に
おいても、自社が所在してきた地域の更なる発展に資する形での合併等を選
択しようとするはずである。

〇したがって、地域にとって真に必要な中小企業振興施策とは、地域中小企
業の地域貢献型の経営理念がより高度化(地域貢献型の経営理念を有する経
営者が次々と輩出されることを含む。)され、その具現化のための活動の活
性化に資する様々なプログラムで構成されるべきものなのである。そして、
そのプログラムの一つとして、地域貢献型の経営理念の具現化のための他企
業との合併・統合等への支援策を組み込むべきなのである。

【むすびに】
〇国内企業の99.7%を占め、雇用の約7割を担う中小企業は、大企業の不可
欠のパートナーとして、日本産業の維持・発展を支えており、中小企業の発
展なくして日本産業の発展はないということは明らかである。
 そしてまた、地域の経済基盤を支える地域中小企業の発展なくして、真の
地方創生などありえないことも明らかなのである。

〇「規模の経済」の視点から安易に地域中小企業の再編(大規模化)を促す
のではなく、中小企業経営者の地域貢献型の経営理念のさらなる高度化と、
その具現化の促進に資する、中小企業支援施策を拡充強化することが極めて
重要であることについて、関係の産学官民の皆様に関心を持っていただき、
新たな地域中小企業振興の在り方について、国・県等に対して積極的にご提
言等をしていただくことに少しでもお役に立てればと考え、今回のテーマを
選定した次第である。


ニュースレターNo.167(2020年9月6日送信)

地域産業振興戦略における企業誘致の新たな役割について
〜「雇用の場の創出」を超えて「イノベーション・エコシステムの形成」のための重要施策としての企業誘致の在り方について〜

【はじめに】
〇2020年9月1日付の日本経済新聞で、長野県が、2021年度から従来の企業
誘致方針を転換し、新規雇用を助成等の要件にしないことや、県外企業の
立地については健康・医療、航空・宇宙、食品等の、付加価値の高い特定
業種のみを助成等の対象にすることなどを検討していることが報道されて
いた。

〇また、この方針転換の真の意義を端的に示す、「単体としての企業誘致
ではなく、地域にイノベーションが起きるエコシステム(生態系)をどう
つくるかという発想が要る。そのためにどういう企業や産業が必要なのか、
という発想が重視されなければならない。」という阿部知事の発言が紹介
されていた。

〇阿部知事のこの発言は、長野県ものづくり産業振興戦略プランの「目指
すべき姿」である、「産業イノベーションの創出に向けて、積極果敢にチ
ャレンジするものづくり産業の集積」、言い換えれば、「イノベーション・
エコシステムを有するものづくり産業の集積」を実現するための施策(プ
ログラム)の中に、企業誘致が位置づけられてはいるが、「イノベーショ
ン・エコシステム形成に結びつく企業誘致とはどのようなものなのか」に
ついて、現状では明確に提示できていないことを問題点として指摘してい
るとも言えるのである。
※イノベーション・エコシステム:地域の産・学・官の様々な活動が効果
的に繋がり、自律的かつ連続的にイノベーションが創出されるシステム

〇長野県の企業誘致戦略の課題については、2013.7.27送信のNo.10と2016.
4.9送信のNo.81のニュースレターで、「長野県の企業誘致戦略は、県が目
指す新たな産業集積の姿(ビジョン)を提示して、その実現のために必要
な企業や研究所等を県内外から誘致するというような、ビジョン提示型の
企業誘致戦略になっていない。いわば、『理念なき企業誘致戦略』と言え
るのである。」という主旨の指摘をさせていただいた。

〇そこで、これからの長野県の新たな企業誘致戦略の策定に資するため、
ものづくり産業分野と、関連するサービス産業分野等も含めた、企業誘致
による「イノベーション・エコシステムを有する産業の集積」の形成にフ
ォーカスし、以下で議論を展開することとしたい。

【企業誘致の目的としては、「雇用の場の創出」以外に何があるのか。】
〇企業誘致の主目的は、従来から「雇用の場の創出」であるとされてきた。
しかし、少子高齢化による地域経済の規模(市場、労働力等)の縮小傾向
の中では、地域産業の体質を「量」より「質」へ、すなわち、より高付加
価値型に転換することが必要であり、そのためには、地域産業集積の中に
イノベーション・エコシステムを形成・高度化することが重要であること
への認識が急速に高まってきたのである。
 そこで、地域でのイノベーション・エコシステムの形成・高度化に不足
する技術的・経営的資源は、当該資源を有する地域外の企業を誘致するこ
とによって(誘致できなくても広域的連携によって)調達すべきという、
政策的選択肢の重みが増してきているのである。

〇地域産業に不足している、誘致企業が有する技術的・経営的資源として
は、先端的な技術力、高付加価値型のビジネスモデル、受発注や研究開発
に係る優位性・独創性を有する広域的ネットワークなどを例示することが
できるだろう。

〇誘致企業が有する技術的・経営的資源が、受発注等の取引や共同研究開
発・事業化等のビジネスの機会を通して、あるいは、研修会、交流会等の
情報交換の機会を通して、既存の地域企業に自律的・効果的に波及するよ
うになること、すなわち、イノベーション・エコシステムが形成・高度化
されることによって、地域産業の高付加価値型への転換が加速されること
になるのである。

〇要するに、誘致企業が有する技術的・経営的資源が、地域の他企業に効
果的に波及する「政策的仕掛け」を構築することが、その地域産業集積の
中にイノベーション・エコシステムを形成・高度化することに大きく資す
ることになるのである。
 言い方を換えれば、この「政策的仕掛け」を企業誘致戦略の中に効果的
に組み込むことができれば、長野県の同戦略は、他県等に比して優位性を
有するものとなれるのである。

【企業誘致による新規の技術的・経営的資源の確保戦略の在り方】
〇企業誘致による新規の技術的・経営的資源の確保戦略の在り方について
議論する場合には、以下のような、@からBへと段階的に進めることを提
案できるだろう。

@誘致候補企業の選定の在り方(イノベーション・エコシステム形成に資
する技術的・経営的資源を有する誘致候補企業をどのように選定すべきか。)

 長野県が、県内各地域に形成を目指す、健康・医療、航空・宇宙、食品
等の産業分野の地域産業クラスターが、それぞれイノベーション・エコシ
ステムを形成・高度化することに資する技術的・経営的資源を有する企業
を、誘致候補企業として選定することになる。
 より具体的に言えば、その企業が、当該地域産業クラスターの優位性確
保のために必要な、どのような技術的・経営的資源を有しているのかを調
査することは当然として、その企業が進出した場合に形成・高度化できる
イノベーション・エコシステムの姿を企業に提示し、そのイノベーション・
エコシステムの形成・高度化に貢献するとともに、その恩恵を享受できる
ことに、その企業が経営戦略上の価値を見出すことができた場合に、その
企業は、有力な誘致候補企業になるのである。

 また、誘致候補企業と県内企業・大学等との連携による、新技術・新製
品の研究開発・事業化プロジェクトを企画・実施化することを通して、誘
致候補企業の有する技術的・経営的資源の、県内でのイノベーション・エ
コシステム形成・高度化への貢献度を評価することが可能となる。
 言い方を換えれば、既に実施してきている広域的な産学官連携研究開発・
事業化プロジェクトの県外参画企業の中で、誘致候補企業を探索すること
は、合理的な手法になるということである。

A誘致候補企業へのアプローチの在り方(誘致候補企業に対して、どのよ
うな県内進出メリットをアピールすべきか。誘致候補企業と県内企業・産
業の市場競争力強化に係る顕在的・潜在的ニーズのマッチングをどのよう
にすべきか。)

 誘致候補企業に対して、長野県内への進出が、その企業の経営戦略の推
進・具現化に大きなメリットをもたらすことをアピールすべきことになる。
 県内に進出した場合に活用できる、地域に形成・蓄積されてきた技術的・
経営的資源の優位性をアピールするだけでなく、その企業が進出した場合
に新たに形成・高度化されるイノベーション・エコシステムの優位性につ
いてもアピールするなど、進出することのメリットの大きさを様々な角度
から具体的に提示すべきことになる。

B誘致企業と県内企業等との連携促進の在り方(誘致企業と県内企業等と
の、製品開発・販路開拓等に係る連携プロジェクトの企画・実施化機能を
どのように強化すべきか。)

 進出企業が、誘致活動段階で提示された進出のメリットを実感できるよ
うに、個別の技術的・経営的課題の解決支援のほか、進出企業の経営戦略
の推進・具現化に資する各種プロジェクトへの参画を勧めるなど、県等に
よる継続的なアプローチが必要となる。そのことが、進出企業の定着をよ
り強固なものとし、地域産業への貢献度を高めることに大きく資するので
ある。

〇以上の@からBまでの議論の成果について、「イノベーション・エコシ
ステムを有する産業の集積」の実現のための企業誘致のシナリオ・プログ
ラムというような、論理的な体系・構成で取りまとめたものが、新たな企
業誘致戦略になるのである。

【むすびに】
〇長野県の企業誘致活動は、イノベーション・エコシステムの形成等を含
む県内産業の更なる発展のために「県の論理」で実施されるものであり、
県外企業の県内進出は、その企業の経営戦略の具現化のために「企業の論
理」で実施されるものである。
 したがって、企業誘致活動においては、企業誘致に係る「県の論理」と
企業進出に係る「企業の論理」とのマッチングの在り方が重要となる。

〇この「県の論理」と「企業の論理」とのマッチングの成否は、進出企業
の技術的・経営的資源の提供によるイノベーション・エコシステムの形成・
高度化と、そのエコシステムの活用による進出企業の更なる発展とを結び
つけることができる、「政策的仕掛け」を内包する企業誘致戦略を、県が
策定し誘致候補企業に提示できるか否かにかかっていると言える。

〇関係の産学官の皆様の英知を結集し、企業誘致に係る「県の論理」と企
業進出に係る「企業の論理」とのマッチングに資する、他県等に対して優
位性を有する、長野県ならではの企業誘致戦略が策定・実施化されること
を期待したい。


ニュースレターNo.166(2020年8月19日送信)

地域産業クラスター形成戦略の早期具現化のための新たな方法論

【はじめに】
〇「長野県ものづくり産業振興戦略プラン(2018〜2022年度)」において
は、「産業イノベーションの創出に向けて、積極果敢にチャレンジするも
のづくり産業の集積」の実現のため、@「産業イノベーションの創出に向
けた活動に取り組む企業の増加」と、A「県内各地域における、国際競争
力を有する高付加価値型の次世代産業の集積形成(地域産業クラスターの
形成)」を目指している。

〇@への支援については、産業イノベーション創出の入口から出口までの
各段階をワンストップ・ハンズオン型で支援できる体制を整備し、業種横
断型の支援を効果的に実施することにしている。

※産業イノベーション創出の入口から出口までの各段階とは、以下のよう
に整理されている。

 経済的・社会的ニーズの把握・選定
  ↓
 ニーズに対応するためのアイディアの検討・選定
  ↓
 ビジネス化の可能性の評価
  ↓
 研究開発、試作・評価・改良
  ↓
 販売・販路拡大
  ↓
 産業イノベーションの創出(新たな価値の創出、経済社会の変化の創出)

〇Aへの支援については、県内各地域(10の地域振興局管内)の16の地域産
業クラスター形成プロジェクト(健康・医療分野11、環境・エネルギー分
野4、航空機分野1)を認定し、全プロジェクトの進捗状況を俯瞰し、各プ
ロジェクトの課題解決や連携・相互補完等への支援など、戦略的なマネジ
メントを実施することにしている。県内各地域のクラスター形成活動の間
での競争と連携を図ることを重視する、クラスター形成特化型支援を実施
することにしているのである。

〇前述の16の地域産業クラスター形成プロジェクトについては、長野県も
のづくり産業振興戦略プランに記載されている通り、それぞれのクラスタ
ー形成活動の中核的推進機関に対する、県が新たに整備する統括的推進拠
点による戦略的なクラスター・マネジメントによって、順調に進められて
いるものと推測するが、そのクラスター・マネジメントをより効果的なも
のとすることに資するため、EU、特にいわゆる「隠れたチャンピオン」を
多数輩出しているドイツの地域産業クラスター形成活動を参考にして、以
下のような新たな方法論を提示したい。

※参考文献:「地方の中小企業を伸ばす産学連携の新しいかたち〜『コー
ディネート中心型』から『創造的マネジメント型』へ〜」
  野村総合研究所 妹尾 昌俊、八亀 彰吾

※隠れたチャンピオン(hidden champion):企業規模は小さく、知名度
も低いが、特定の技術分野において、非常に優れた技術力を有し、国際的
に高い市場シェアを確保している中小企業。ドイツの地域のものづくり企
業の集積の特長とされる。

【「コーディネート中心型」から「創造的マネジメント型」のクラスター形成活動への転換】
〇ドイツ国内の各地域で取り組まれている地域産業クラスター形成活動に
関しては、欧州委員会、国、国内の地方政府等からの各種の補助金のみに
依存し過ぎず、必要な活動資金を自ら確保しようとする、自立的な事業運
営をすることが重要視(欧州委員会等から高く評価)されている。

〇補助金以外の収入源(多くの場合、活動資金全体の1/2程度)としては、
その地域産業クラスターに参画する企業、大学・研究機関等からの会費や、
地域産業クラスターの中核機関が提供する各種サービスの料金等が一般的
である。
 あるドイツの地域産業クラスターの中核機関のクラスター・マネージャ
ーから、同機関に附属する試験・研究所のサービス(依頼試験、機器使用
等)の利用者を増やし、必要な収入額(一定のノルマを課せられている。)
を確保するために、国内外に広く営業活動することが自分の最重要任務で
ある、という話を聞いたことがある。

〇このようなことから、ドイツの地域産業クラスターの中核機関に属する
クラスター・マネージャーには、その中核機関の活動に必要な資金調達を
含めた、クラスター内外に存在する様々な人的・資金的資源を活用する、
クラスター形成戦略を策定し、中小企業等の参画者に資する具体的事業を
企画・実施化する、創造力、実行力、主導力が求められている。それゆえ
に、「コーディネーター」ではなく、「マネージャー」と呼ばれるのであ
る。

〇ドイツのクラスター・マネージャーと日本のクラスター・コーディネー
ターの比較については、以下のような大まかな整理ができるだろう。

@ドイツのクラスター・マネージャー
 経歴:企業の経営者、フラウンホーファー等の研究機関の企業との共同
    研究経験者、コンサルティングファームのコンサルタント等
 役割:クラスター形成活動全体の戦略づくりやクラスター中核機関の経
    営マネジメントへの参画、クラスター形成活動に参画する企業・
    機関のネットワークマネジメント、活動に必要な資金調達(公的
    資金のみならず民間資金の調達も重要視)等

A日本のクラスター・コーディネーター
 経歴:企業の技術・研究者、大学の工学系教員、公設試験研究機関の研
    究者等
 役割:クラスター形成活動に参画する企業・機関のネットワークマネジ
    メント、活動に必要な資金調達(主に公的資金)等

〇以上のことから、長野県ものづくり産業振興戦略プランに提示された、
県内各地域の16の地域産業クラスター形成プロジェクトの、自立的・持続
的活動に基づく、プロジェクト目標の早期実現に必要不可欠な新たな方法
論として、クラスター形成活動の中核的推進機関の機能を「コーディネー
ト中心型」から「創造的マネジメント型」へ脱皮することを提言したいの
である。

〇より具体的に言えば、地域産業クラスター形成活動の中核的推進機関に
おいては、クラスター形成活動に参画する企業、大学・研究機関等の間の
連絡・調整を主要な任務とする従来型のコーディネート活動(「コーディ
ネート中心型」の支援機能)から脱皮し、クラスターの目指す姿の早期実
現に資する、参画企業・機関等のネットワーク力の高度化、研究開発成果
の社会実装を加速するビジネスモデルの提起、必要な活動資金(民間資金
にも重点)の調達等、クラスター形成の早期具現化に資する様々なシナリ
オ・プログラムの企画・実施化について、総合的に主導できる戦略的なマ
ネジメント力(「創造的マネジメント型」の支援機能)の整備・強化を速
やかに図るべきであるということである。

【むすびに】
〇長野県ものづくり産業振興戦略プランの16の地域産業クラスターの中核
的推進機関毎に、前述のような有能なクラスター・マネージャーを配置す
ることは、現状においては、人的にも資金的にも困難性が高く現実的とは
言えないだろう。

〇そこで、長野県ものづくり産業振興戦略プランに、「全プロジェクトの
進捗状況を俯瞰し、各プロジェクトの課題解決や連携・相互補完等への支
援など、戦略的なマネジメントを実施する」と記載されていることからも、
この役割を果たす複数人の人材をクラスター・マネージャーとして、県が
指定・整備することになっている統括的推進拠点に速やかに配置していた
だくことを、是非お願いしたいのである。

ニュースレターNo.165(2020年7月19日送信)

ポストコロナの新たな観光振興戦略の在り方〜観光地の宿泊業の持続的発展に資する「コンパクト地域クラスター」形成戦略の必要性〜

【はじめに】
〇新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、世界的に人々の移動が制
限され、我が国においては、県境を越える広域的移動や近隣への不要不急
の外出の自粛、それに呼応した関連施設の営業自粛の徹底などによって、
地域の観光地を訪れる旅行者数は激減し、観光消費に大きく依存する地域
の産業は、経営の危機的状況に直面している。特に、外国人旅行者(イン
バウンド)への依存度が高い観光地ほど、厳しい状況にあるのである。

※日本政府観光局の推計によると、2020年4月の訪日外国人旅行者数は、前
年同月比99.9%減の2,900人に、5月は更に下回って1,700人、6月は2,600人
となるなど、記録的な落ち込みとなっている。

〇効果の高い治療薬やワクチンの開発等によって、いずれ感染者数は一定
レベル以下に減少し、地球規模での人々の自由な移動が可能となる時期が
来るだろう。
 しかし、地域の観光地にとっては、完璧な「3密」防止対策を講じたと
しても、様々な国・地域から多くの旅行者が当該観光地に集中することに
よる感染リスクの高まりへの、旅行者自身あるいは観光地の住民等の不安
の解消には相当程度の期間を要するであろうことから、従前と同様の観光
客数や観光消費額の確保を期待することは、なかなか困難なことであろう。

〇特に、地域の観光地の重要なインフラとも言える宿泊業(旅館・ホテル
等)の経営については、今後長期間にわたる、観光客数(特に遠方からの
連泊を期待できる観光客数)の低迷や、施設内での「3密」防止のための
各種の設備投資や受入れ客数の制限等から、厳しい経営状況が続くことが
推測できる。

〇そこで、ポストコロナ(感染拡大は収束しても感染リスクは存在してい
る状態)における本県の観光の早期回復と持続的発展のためには、県主導
によって、関係の産学官の英知を結集して、ポストコロナ(ニューノーマ
ル)における観光ニーズの変化を詳細に把握し、それに的確に対応できる
「観光地の再生」に資する、新たな観光振興戦略の策定・実施化に速やか
に取り組むべきことは明らかであろう。
 そして、その観光振興戦略の策定においては、宿泊業の経営の維持や持
続的発展を如何にして可能とすることができるかが、最重要の政策課題の
一つになるのである。

〇新型コロナウイルスの地球規模での感染拡大という逆風の中で、アフタ
ーコロナを展望した、地域の観光地の宿泊業の様々な生き残り戦略につい
ての報道等がなされている。その生き残り戦略に共通している重要なキー
ワードは、サービス提供における「3密」防止であることは当然のことと
して、それ以外では、地域のビジネス上の関連異業種(例えば、食材を供
給する農家や農産物加工業者、土産品や什器・備品を供給する工芸品製造
業者など)との連携を挙げることができるだろう。
 以下で、観光地の宿泊業の従来からの関連異業種との連携のみならず、
その域を超えた新たな連携の在り方についての議論も展開したい。

【観光地の宿泊業の従来からのビジネス関連異業種との連携の高度化】
〇報道等で、地域の観光地の宿泊業の経営者が、宿泊客の急激な減少の中
で経営を維持するための一つの方策として、コロナ禍で人手不足となった
観光地周辺地域の関連異業種に、自社の従業員を派遣し、地域の異業種の
経営維持に貢献するとともに、自社の従業員の雇用を継続し、更には、そ
の従業員の異業種での経験を、自社の新たなサービスメニューの開発・提
供にフィードバックさせようとする取組み等が紹介されていた。(例えば、
農家へのホテル従業員の派遣を契機とする、宿泊客の農業体験メニューの
企画など)

〇このようなコロナ禍を契機とする、観光地周辺地域の異業種間でのビジ
ネス連携は、観光地の宿泊業やその関連異業種の、それぞれで異なる繁忙
期と閑散期における人材の相互補完・融通というような、従来からの雇用
面での経営課題への一つの新たな解決方策の提供に繋がるとともに、従業
員が関連異業種のことを学び、それを自分の仕事の質的高度化に役立てる
というような、人材育成事業としての位置づけも可能となるのである。

〇そして、更には、異業種間での人的交流の深化・高度化は、産業人材育
成の域を超えて、それぞれの業種が抱える様々な課題を、地域の異業種連
携によって把握・解決する「地域システム」を形成し、当該地域の観光関
連産業全体の付加価値生産性の向上を加速するという、大きな成果を生み
出す可能性を有しているのである。

【観光地の宿泊業の従来からのビジネス関連異業種の域を超えた新たな連携の必要性】
〇観光地の宿泊業が、新たなサービスメニューを開発しようとする場合、
従来からのビジネス上の関連異業種の域を超えて、新たな異業種との連携
にも取り組むことが、その開発の可能性を高めることは明らかであろう。
 例えば、温泉旅館が、周辺地域に存在するスポーツ関連施設や医学系・
体育系大学等と連携して、入浴とスポーツや食事等を組み合わせた健康改
善メニュー(科学的根拠に基づく新たな湯治メニュー)を開発・提供する
ことなどがイメージとして例示できるだろう。

〇観光地の宿泊業が、周辺地域に存在するビジネス上の関連異業種や、従
来は宿泊業に直接的には関係なかった異業種との新たな連携の深化を通し
て、新サービスメニューの開発等を含む、経営の高付加価値化に取り組め
るようにするためには、地域の異業種同士が互いに良く知り合うことから
始まり、互いの課題の解決について相談できる段階に至るまでを誘導・支
援する、いわゆる異業種交流事業の手法を取り入れることが必要となる。
 すなわち、この異業種交流事業の企画・実施化を主導できる機能を観光
地の中に整備することが必要となるのである。

〇観光地の宿泊業と、その観光地や周辺地域に存在する、宿泊業とビジネ
ス上で関連する異業種や、現状では関連が無いが将来的に関連の可能性が
ある異業種の産業集積を、観光関連産業の「コンパクト地域クラスター」
という概念として整理し、その概念の新たな観光振興戦略への組込みの在
り方について、以下で議論を進めたい。

※参考:ニュースレターNo.13(2013.9.8送信「『顧客』を内包する『コ
ンパクト地域クラスター』の形成戦略――伝統工芸品産地の新たな生き残
り戦略への適用――」)を参照。
 観光地(その周辺地域を含む。)における宿泊業やその関連異業種の集
積は、通常の製造業を中心とする地域クラスターに比して、その地理的範
囲や事業所の数等がかなり小規模になることが想定できるため、「コンパ
クト」という形容詞を用いることにした。

【観光関連産業の「コンパクト地域クラスター」形成戦略の在り方】
〇地域の観光を支える重要なインフラと言える宿泊業の経営危機を打開し、
持続的発展を可能とするためには、その宿泊業とビジネス上で関係の深い
地域の関連異業種(今後関連することになる異業種を含む。)との共存共
栄(観光地およびその周辺地域の全体としてのバリューチェーンや、コロ
ナ禍のような経済的衝撃を異業種連携によって吸収できるメカニズムの形
成など)への道筋を提示する、新たな観光振興戦略の策定が必要になる。

〇この新たな観光振興戦略の策定においては、観光関連産業の「コンパク
ト地域クラスター」形成戦略を、観光振興戦略の中核プロジェクトとして
位置づけるべきことを提案したいのである。
 そして、その「コンパクト地域クラスター」形成戦略においては、当該
観光地の宿泊業のみならず、その宿泊業に関連する異業種の課題の解決に
必要な新製品・新サービスの開発・供給に、地域の異業種連携で取り組め
るようにする「仕掛け」(異業種交流事業を企画・実施化する「プロデュ
ース機能」)を如何にして整備するかが、重要課題となるのである。

○その「プロデュース機能」とは、例えば、宿泊業のサービス向上に資す
る新製品の開発を、クラスター内の異業種に対して企画・提案し、それを
実際にクラスター内での異業種連携で開発・生産し、当該宿泊業に供給し、
当該宿泊業と連携異業種の業績が上がるようになるまで(必要に応じて供
給製品の改善等のフォローアップも実施)の一連の工程を一気通貫で支援
できる機能のことである。

〇アフターコロナにおける宿泊客数の伸びが厳しい状況下においては、こ
の「プロデュース機能」には、前述のように、宿泊業と周辺地域の異業種
の間での従業員の交流による雇用調整・人材育成支援機能も含めることが
必要になる。
 この雇用調整・人材育成支援機能によって、地域クラスター内での雇用
の維持を確保するだけでなく、地域の産業人材の知識・技術の重層化・多
様化等を通して、地域クラスター全体としての、観光関連サービスの質的
高度化・高付加価値化が加速されることが期待できるのである。

〇更に、この「プロデュース機能」については、コロナ禍のような経済的
衝撃が「コンパクト地域クラスター」を襲った場合に、クラスターを構成
する多種多様な業種・業態の異業種の間での連携(相互補完)による、そ
の衝撃のショックアブソーバーとして作動できる異業種連携事業(前述の
雇用調整・人材育成事業のような、コロナ禍に対して速効性を有する事業
など)を企画・実施化できる機能が含まれることは当然のことである。

【むすびに】
○新たな観光振興戦略への観光関連産業の「コンパクト地域クラスター」
形成戦略の組込みにおいては、前述の「プロデュース機能」の整備の必要
性を明確に位置づけ、その整備への具体的道筋までを提示することが、観
光振興戦略の優位性の確保、すなわち、県内観光地が他県等の観光地に対
して、ポストコロナにおける優位性を早期に確保できるようにすることに
繋がるのである。

○また、その「プロデュース機能」については、当然、「コンパクト地域
クラスター」形成のための各種事業の企画・実施化を担う中核的推進拠点
の中に整備すべきことになる。そして、その中核的推進拠点は、当然、当
該観光地を所管する商工団体や産業支援機関等の中に整備すべきことにな
るだろう。

〇この中核的推進拠点の整備のほかにも、優位性のある「観光地の再生」
に資する様々な独創的なシナリオ・プログラムを含む新たな観光振興戦略
が、地域で観光振興に携わる多くの人々にとって、ポストコロナ(ニュー
ノーマル)における「観光地再生のバイブル」として効果的に活用できる
ものとなるよう、関係の産学官の皆様の積極的な活動をお願いしたいので
ある。


ニュースレターNo.164(2020年6月13日送信)

「長野県航空機産業振興ビジョン」の見直しに寄せて〜航空機産業クラスター形成戦略の優位性確保の真の意義〜

【はじめに】
〇信濃毎日新聞(2020.6.11)によると、新型コロナウイルス感染症の拡大
による航空需要の落ち込みが、県内の航空機部品産業の受注量の大幅減少
をもたらし、回復には数年かかるとの見方もあることなどから、長野県は、
「長野県航空機産業振興ビジョン」(2016年5月策定)(以下「県航空機ビ
ジョン」という。)の見直しをするとのことである。

〇「県航空機ビジョン」は、飯田地域に「アジアの航空機システム拠点」
を形成し、そこを中核として、県内に広く航空機産業の集積(目標100社)
を図るという戦略を提示している。しかし、その戦略には、論理的脆弱性
が内在していると分析し、その点に関して、同ビジョン公表直後のニュー
スレターNo.84(2016.5.12送信「『長野県航空機産業振興ビジョン』に内
在する論理的脆弱性」)から、No.155(2020.1.1送信「飯田地域を中心と
する航空機産業クラスター形成戦略の質的高度化と具現化促進を願って」)
に至るまで、複数回にわたって論じてきている。
※航空機システム:「県航空機ビジョン」においては、航空機の機体構造
(胴体、翼など)及びエンジン本体を除いた装置類の総称と定義している。

〇そこで今回は、今後の県による同ビジョンの見直し作業に資することを
目的として、「県航空機ビジョン」に内在する論理的脆弱性を含む、見直
しにおいて考慮すべき重要課題(核心的論点)について、送信済みのニュ
ースレターの中から、以下のように抜粋・整理・提示することにした次第
である。

・総論的課題 国際的優位性を有する「アジアの航空機システム拠点」形
      成シナリオが内包する大きなリスク
  ※ニュースレターNo.84(2016.5.12)参照

・各論的課題1 国内初の「航空機システム実証試験拠点」の具体像の
       未提示
  ※ニュースレターNo.94(2016.11.7)参照

・各論的課題2 航空機産業クラスター形成のための「戦略的統括拠点」
       の未整備
  ※ニュースレターNo.97(2016.12.10)、No.128(2018.7.7)参照

・各論的課題3 「航空機部品マーケティング支援センター」(仮称)
       の未整備
  ※ニュースレターNo.98(2016.12.23)参照

・各論的課題4 飯田地域を中核とする航空機産業クラスター形成戦略の
       優位性の内外へのアピール不足
  ※ニュースレターNo.155(2020.1.1)参照

【総論的課題:国際的優位性を有する「アジアの航空機システム拠点」形成シナリオが内包する大きなリスク】
〇「県航空機ビジョン」においては、飯田地域を、国際的優位性を有する
「アジアの航空機システム拠点」とすることを目指し、単に航空機産業分
野への参入企業を増やすことを目指すのではなく、まだ日本国内には存在
しない「航空機システムの実証試験設備」を有する、国内初の「航空機シ
ステム実証試験拠点」を整備するという、非常に新規性が高く意欲的・挑
戦的な「目指す姿」を提示し、その具現化のための、いくつかのプログラ
ムへの取組みを明示している。

〇しかし、「県航空機ビジョン」は、前述のように、他県等のビジョンに
比して非常に意欲的・挑戦的であるが故に、かえって実行性や実現性にお
いては、大きく劣る(大きなリスクを抱えている)という評価もできるの
である。

〇「県航空機ビジョン」が目指す「アジアの航空機システム拠点」実現へ
の「シナリオ」を可能な限り単純化すれば、以下のような骨格になるだろう。

@飯田地域において、国内にはまだ無い「航空機システムの実証試験設備」
を有する、国内初の「航空機システム実証試験拠点」を整備・運営する。
 ↓
Aその実証試験拠点を利用するために、県外の航空機システム関連企業等
が、飯田地域を頻繁に訪れるようになる。
 ↓
B実証試験拠点の継続的活用のための、県外の航空機システム関連企業等
の、飯田地域への進出が活発化し、航空機システム関連企業等が国内他地
域に比して多く集積するようになり、「アジアの航空機システム拠点」と
言える集積レベルに到達する。

○この「アジアの航空機システム拠点」実現への「シナリオ」には致命的
と言える脆弱性が内在している。すなわち、日本初の優位性を有する「航
空機システム実証試験拠点」を、何らかの理由で整備・運営できなければ、
あるいは、整備・運営が遅れれば、「アジアの航空機システム拠点」実現
への「シナリオ」は、全く機能しなくなってしまうということである。
 その何らかの理由が発生した場合を想定して準備しておくべき、「アジ
アの航空機システム拠点」実現への他の「シナリオ」(プランB)の提示
が全くなされていないことも大きなリスクとなるのである。

【各論的課題1:整備を目指す「航空機システム実証試験拠点」の具体像の未提示】
○「県航空機ビジョン」においては、飯田地域を中核とする航空機産業ク
ラスター形成の牽引拠点(クラスター形成エンジン)となる「航空機シス
テム実証試験拠点」の具体像(整備すべき理想的なソフト・ハードの支援
機能)が全く提示されていない。

○その「航空機システム実証試験拠点」の具体像を明らかにするためには、
以下のような思考・作業手順を踏むべきであるが、当初はそれが全くでき
ていなかったのである。

[思考・作業手順]
@「航空機システム実証試験拠点」が整備すべき理想的な支援機能の全体
像「A」をまず明らかにする。
 ↓
A「A」の中で、「航空機システム実証試験拠点」自体で整備できる支援
機能「a」を明らかにする。
 ↓
B次に、「航空機システム実証試験拠点」自体では整備できず、他の支援
機関(大学、その他の関係機関等)との連携による補填で整備すべき支援
機能「b」を明らかにする。

 「航空機システム実証試験拠点」の理想的な支援機能は、A=a+b
  となるのである。 しかし、この「A」については、未だに提示されていな
いのである。

〇この「航空機システム実証試験拠点」整備については、飯田地域にとっ
て、多額の資金の確保や国内トップクラスの機器整備・運用の将来にわた
る継続等の、非常に重い課題を背負うことになることから、非常にチャレ
ンジングなものと高く評価はできるが、非常にリスクの高いものとなっ
ているのである。そのため、その具体像を描くことも、その具体像を実現
するための体制整備等も、飯田地域のみに依存することが、人的・資金的
な面から困難であることは明らかである。

【各論的課題2:航空機産業クラスター形成のための「戦略的統括拠点」の未整備】
○県は、この「航空機システム実証試験拠点」を、飯田地域における「ア
ジアの航空機システム拠点」(航空機産業クラスター)形成を推進する重
要機関として位置づけ、その機能(試験機能、研究開発機能、人材育成機
能)の速やかな整備に国等の支援を確保することを目的とする「長野県航
空機産業推進会議」を、2016年12月5日に知事も出席し東京で開催した。
 確かに、この「航空機システム実証試験拠点」は、飯田地域に航空機産
業クラスターを形成するために、国内外から関連企業・研究機関等を誘致
し、その集積を拡大していく「仕掛け」として、非常に重要なものである。
これ無くして飯田地域での、国際的優位性を有する航空機産業クラスター
形成は非常に困難と言えるだろう。

○しかし、ここで忘れてはいけないことは、「航空機システム実証試験拠
点」はあくまで航空機産業クラスター形成の1つのツールに過ぎないという
ことである。
 この「航空機システム実証試験拠点」を最重要ツールとし、更に他の各
種ツールも総動員して、航空機産業クラスター形成を促進・具現化する活
動を主導できる、「戦略的統括拠点」を、飯田地域に速やかに設置しなけ
ればならないのである。

〇飯田地域の「意思」を尊重・反映しながら、航空機産業クラスター形成
を推進できるようにするためには、当然、「戦略的統括拠点」は飯田地域
になければならないのである。飯田地域でのクラスター形成活動が、今後、
長期的に自立していけるようにするためにも、このことが肝心なのである。

○現時点で、飯田地域における航空機産業クラスター形成活動を実質的に
主導してきているのは、当該地域での航空機産業振興に当初から取り組ん
でいる、当該地域の中核的産業支援機関である「南信州・飯田産業センタ
ー」である。
 過日、同センターの幹部職員の方の話を聞いたが、当面の最重要課題は、
「飯田地域の企業が、航空機部品に係る国際的に非常に厳しい価格競争に
如何にして勝利できるか。」であると強調されていた。このような個別具
体的な受注案件への対応に四苦八苦している同センターに、航空機産業ク
ラスター形成のために必要な新規ツール(ソフト・ハード)の総合的な企
画・実施化までを担わせることは非常に困難であろう。

○「アジアの航空機システム拠点」(航空機産業クラスター)形成を促進・
具現化するためには、@個別具体的なビジネス案件への支援体制と、A国
際競争力を有する航空機産業クラスターの形成に必要な新規ツール(ソフ
ト・ハード)の企画・実施化に政策的視点から取り組める体制、の両方を
飯田地域に整備することが必要なのである。
 Aの体制の整備が、正に「戦略的統括拠点」の整備なのである。現状は、
その整備がなされないままに、県主導で、航空機産業クラスター形成に資
すると思われる施策がアットランダムに選択・実施化されているのである。
 なお、@の体制の整備については、「各論的課題3:『航空機部品マー
ケティング支援センター」(仮称)の未整備』」の所で論じてみたい。

〇「県航空機ビジョン」の策定主体である県が、同ビジョンに従い、飯田
地域に国際競争力を有する航空機産業クラスター(アジアの航空機システ
ム拠点)の形成を真に目指すのであれば、県としては、そのクラスター形
成活動の中核的推進機関(南信州・飯田産業センター)が、「戦略的統括
拠点」として、グローバルな視点から、クラスター形成に資する各種事業
を自ら企画・実施化・進捗管理し、国内外から多くの関係企業・研究機関
等を同地域に呼び込むことができるように、その機能強化を最優先すべき
なのである。

〇なお、ここでの航空機産業クラスター形成に資する各種事業とは、クラ
スター内での、航空機システムに関する知識の移転・創造や知的交流の場
の提供、クラスター内外にわたる知的ネットワークの形成・活用、研究開
発やその成果の早期事業化のためのグローバルな規模での産学官連携コー
ディネートなどを目的とする個別具体的な事業であって、その新規性・独
創性等から、クラスター外の企業等の参加も動機づけることができる魅力
ある事業のことである。

【各論的課題3:「航空機部品マーケティング支援センター」(仮称)の未整備】
〇県内企業が、新たに航空機産業分野に参入(航空機部品の製造を受注)
できるようになる典型的なプロセスは、一般的には以下の「受動的プロセ
ス」と「能動的プロセス」の二つに大きく分類できるだろう。
@受動的プロセス=航空機部品製造企業に見出してもらうのを待つ
A能動的プロセス=航空機部品製造企業を訪問し自社技術の活用を直接売込む

○いずれにしても、「航空機部品製造企業からの受注」が基本的ビジネス
モデルとなることから、航空機産業分野へ新規参入を目指す県内企業の準
備的取組み(技術・設備の導入、認証取得、技術課題解決のための研究開
発等)については、全て、当該企業に部品製造を発注してくれる航空機部
品製造企業の具体的要求(ニーズ)に基づくべきことになる。受注に結び
つく見込みも無いままの準備的取組みは、資金の無駄遣いとなるのである。

○県内企業の航空機産業分野への参入支援施策を、総合的・体系的・効果
的に企画・実施化できる支援拠点は、現状では県内のどこにも設置されて
いない。長野県中小企業振興センターには、県内企業の受発注活動を総合
的に支援する「マーケティング支援センター」がある。しかし、同センタ
ーは、「県航空機ビジョン」の具現化(飯田地域での航空機産業クラスタ
ーの形成)に焦点を当てたマーケティング支援活動は実施していない。同
センターが実施しないのであれば、新たに航空機産業クラスター形成のた
めの「航空機部品マーケティング支援センター」(仮称)を設置しなけれ
ばならないのである。

○その場合、飯田地域での航空機産業クラスターの形成(航空機部品関連
企業の集積拡大等)を加速するという視点に立てば、当然、「航空機部品
マーケティング支援センター」(仮称)は、航空機産業クラスター形成活
動の拠点機関(南信州・飯田産業センター)の中に設置すべきことになる。

【各論的課題4:飯田地域を中核とする航空機産業クラスター形成戦略の優位性の内外へのアピール不足】
○飯田地域においては、県が「県航空機ビジョン」を策定するずっと以前
から、航空機産業クラスター形成に積極的に取り組んで来ており、経済産
業省も地域独自の先進的な取組みとして注目し、様々な支援策を講じて来
ている。
 例えば、既に2009年には、経済産業省の仲介で、南信州・飯田産業セン
ターの担当者が、ベルギーのブリュッセルで開催された「OPEN DAYS」(EU
各国の地方政府・団体等が毎年集まり、地域産業政策等について議論する
大規模なイベント。6000人以上の参加者、100以上のワークショップの実施)
の一つのワークショップで、飯田地域の航空機産業クラスター形成への取
組みを、日本の地方都市の先進的事例として発表しているのである。

○このあたりで、関係の産学官の方々が、10年以上にわたる、飯田地域を
中心とする航空機産業クラスター形成活動の経済的・技術的な意義等につ
いて、学術的な視点も加えて、より論理的に再評価し、その実現への道筋
やその着実な推進のための各種事業の在り方等について、より多角的な視
点からじっくり議論・確認し、同地域のクラスター形成戦略の優位性・有
望性等を、改めて内外に強くアピールすることが、今後の効果的なクラス
ター形成活動にとって非常に有益であることを提言したい。

○飯田地域を中心とする航空機産業クラスター形成の具現化を加速するた
めには、飯田地域として10年を超える活動を振り返り、ここで改めて、
@どのような国際的優位性(競争力)を有する航空機産業クラスターの形
成を目指すのか。その具体的(定性的・定量的・地理的)な姿を提示し、
Aその目指す姿の実現へのシナリオ(ロードマップを含む。)と、Bその
シナリオの着実な推進に必要な各種プログラムについて、学術的な視点も
加えて、航空機産業に関する曖昧な印象や思い込みを排除した、厳密かつ
論理的でオープンな議論を実施し、同地域のクラスター形成戦略への内外
の産学官の関係者の賛同と参画を促すことに努めることが、非常に重要な
クラスター形成方策となることを提案させていただきたいのである。

○この厳密かつ論理的でオープンな議論については、中核的推進機関であ
る南信州・飯田産業センターが、外部の英知も広く結集・活用し主導して
いただくことを期待したい。
 なぜならば、同センター主導の議論を通して、改めて、飯田地域の航空
機産業クラスター形成戦略のビジョン・シナリオ・プログラムの優位性・
有望性等が、学術的な視点も含めて論理的に高く評価・確認されれば、飯
田地域の航空機産業クラスター形成への様々な形の投資の促進に大きく資
することになり、クラスター形成の具現化が加速されることになるからで
ある。

○また、この議論の企画・実施化を同センターが的確に主導することによ
って、同センターのクラスター形成推進力に対する、内外の信頼・評価は
一段と高まり、その信頼・評価の高まりも、同センター・地域への様々な
形の投資の増大に結びつくことになるはずである。

【むすびに】
〇「県航空機ビジョン」の見直し作業においては、関係の産学官の皆様の
積極的な参画を得て、10年以上の長きにわたる、飯田地域を中核とする航
空機産業クラスター形成活動の経済的・技術的な意義等について、学術的
な視点も加えて、より論理的に再評価し、その実現への道筋やその着実な
推進のための各種事業の在り方等について、より多角的な視点からじっく
り議論・確認することを実施していただくことをお願いしたい。

〇飯田地域を中核とする航空機産業クラスター形成戦略の優位性・有望性
等をブラシュアップし、その優れた戦略を内外に強くアピールすることが、
今後の効果的なクラスター形成活動にとって非常に有益であること(戦略
自体の優位性確保の真の意義)をご理解いただき、より多くの産学官の皆
様が、それぞれの専門的なお立場から、「県航空機ビジョン」の見直し、
すなわち、より優位性のある新たな「県航空機ビジョン」の策定に積極的
に関与されることをお願いしたいのである。


ニュースレターNo.163(2020年5月30日送信)

新型コロナウイルスとの共存下での地域振興戦略の在り方
〜「長野県新型コロナウイルス感染症等対策条例(仮称)」は「病気の克服(感染抑制)」と「経済活動」の両立を目指すべき〜

【はじめに】
〇新型コロナウイルス感染症の拡大防止のための緊急事態宣言が全面的
に解除され、これからは、人々や産業界等は、新型コロナウイルスとの
共存(ウイズコロナ)を前提とした、新たな活動スタイルへ移行してい
くことになる。
 今回の「コロナ危機」では、前代未聞の大規模かつ急激な社会的・経
済的活動の縮小によって、爆発的な感染拡大は抑えられたが、今後は、
一定規模の感染者との共存を前提とした、三密(密閉、密集、密接)を
避けることを基本とする、「コロナ危機」以前とは異なる社会的・経済
的活動をすることが当たり前(ニューノーマル)になるのである。

〇今回の「コロナ危機」は、生産・消費といった経済活動自体が感染を
拡大するという、「病気の克服(感染抑制)」と「経済活動」のトレー
ドオフという特異性を有する。
 したがって、ウイズコロナを前提とした場合には、第2波以降の感染
拡大抑制のために、従来の自然災害からの復旧・復興の手法(需要拡大
策等)を、そのまま第1波からの復旧・復興の手法として活用すること
は困難となる。
 そこで、創意工夫によって、「病気の克服(感染抑制)」と「経済活
動」の両立、すなわち、受容しやすい三密防止システム等を組み込んだ、
優れた感染症対策を内包する強靭な経済・産業体制の構築を実現するこ
とに資する、新たな政策的仕掛けを案出・実施化することが、国・県等
の政策策定主体に求められることになるのである。

〇人々が、健康で文化的な生活を維持するためには、「病気の克服(感
染抑制)」と衣食住の確保のための「経済活動」の両方が不可欠となる。
しかしながら、今回の「コロナ危機」における国・県等の取組みは、
「病気の克服(感染抑制)」を圧倒的に優先しており、人々や産業界等
の正常な「経済活動」への復帰のシナリオの明確な提示は未だになされ
ていない。
 したがって、今後のコロナ対策においては、「病気の克服(感染抑制)」
と「経済活動」の両立(優れた感染症対策を内包する強靭な経済・産業
体制の構築を含む。)が、非常に重要な政策課題となるのである。

〇また、今回は、「病気の克服(感染抑制)」への国民の最大限の協力
(外出や営業の自粛等)を得るために必要な膨大な財源を、国債発行等
に頼るという後世代への負担転嫁で調達しており、第2波以降において
は、財政破綻を避ける上でも、安易に同様な財政出動を繰り返すことは
困難になると考えられる。
 このようなことからも、ウイズコロナの下での、「病気の克服(感染
抑制)」と「経済活動」の両立(優れた感染症対策を内包する強靭な経
済・産業体制の構築を含む。)は、避けて通れない重要な政策課題とな
るのである。

【「長野県新型コロナウイルス感染症等対策条例(仮称)」の制定の在り方】
〇このような状況下で、第2波以降に間に合うように急いで制定されよ
うとしている「長野県新型コロナウイルス感染症等対策条例(仮称)」
は、もっぱら「病気の克服(感染抑制)」によって県民の安全・安心な
生活を維持することを目的とするもので、今回の「コロナ危機」での県
の取組みを体系的に整理するレベルのものに過ぎないと言える。

〇このことは、県のパブコメ用資料「長野県新型コロナウイルス感染症
等対策条例(仮称)」骨子の中の、条例の目的の所に、「この条例は・
・・これまで実施してきた県の感染症対策(感染拡大防止策、支援等)
について整理し、基本的な考え方や手続について定めるものです。」と
明示されており、敢えて条例として定めることの意義について、信濃毎
日新聞(2020.5.29)の社説でも疑問が投げかけられている。

〇今回の「コロナ危機」での、県としての経験をベースとして、今後の
第2波以降の感染拡大という脅威に対して、公衆衛生的にも経済的にも
的確に対応できるようにすることが不可欠であると認識できるのであれ
ば、条例の中で、「病気の克服(感染抑制)」のみに重点を置くのでは
なく、「経済活動」との両立による県民の安全・安心な生活の維持を目
指すことの重要性を明示し、その具現化への道筋を提示することが必要
となるはずである。
 すなわち、条例には、県民の健康で文化的な生活を維持するために不
可欠な、優れた感染症対策を内包する強靭な経済・産業体制の構築に資
する、新たな政策的仕掛けを組み込むことが求められるのである。

【「コロナ危機」への対応の在り方に関して内外に学ぶ姿勢の重要性】
〇長野県の「しあわせ信州創造プラン2.0」では、「学びと自治の力で
拓く新時代」を掲げている。ウイズコロナの下での新時代を、学びと自
治の力で切り拓いていただきたいのである。
 例えば、長野県が、ゼロカーボンへの取組み等で構築してきている内
外の自治体(地方政府)等との知的ネットワークを活用し、「病気の克
服(感染抑制)」と「経済活動」の両立へのシナリオについて、グロー
バルな規模で相互に学び合い、そのシナリオを自治の力で推進していた
だきたいのである。

〇そこで、新型コロナウイルス感染症拡大防止のための、長野県ならで
はの効果的かつ先導的な取組みを案出・実施化できるようにするために、
「病気の克服(感染抑制)」と「経済活動」の両立へのシナリオに関す
る「学び」の重要性、その「学び」の具体的推進方法等についても、
「長野県新型コロナウイルス感染症等対策条例(仮称)」の中に位置づ
けていただきたいのである。

【むすびに】
〇今回の「コロナ危機」によって、@生活、教育、産業活動等でのデジ
タル技術の高度活用、Aテレワーク等の新たな働き方による業務改善、
B異業種へのビジネス展開を加速する規制改革、C脆弱性を有する産業
分野の顕在化と新陳代謝の促進、D消費行動・分野に係る消費者の選択
基準の変化、など、今後の新たな地域振興に資すると思われる、様々な
「材料」も明らかにされてきている。

〇以上のようなことも含めて、ポストコロナ(第2波以降)への国・県
等の政策対応の重要性が様々に論じられている状況下、県が制定を目指
す「長野県新型コロナウイルス感染症等対策条例(仮称)」については、
単に今回実施済みの対応策の整理のレベルに止めるのではなく、今回取
り組むことができなかった、「病気の克服(感染抑制)」と「経済活動」
の両立(優れた感染症対策を内包する強靭な経済・産業体制の構築を含
む。)による、県民の真に安心・安全な生活の確保に資する、新たな政
策的仕掛けを組み込んだ、質的により高度な条例となるよう配慮してい
ただきたいのである。6月県議会における審議の深化に期待したい。


ニュースレターNo.162(2020年5月17日送信)

長野県のゼロカーボンがもたらす「真に豊かな県民生活」と「優位性のある高付加価値型の地域産業」の姿の提示の必要性
〜ゼロカーボンへの取組みを県民等に広く強く動機づけるために〜

【はじめに】
〇長野県は、2019年12月6日、地球温暖化による気候変動の抑制対策と
して、2050年までに、県の二酸化炭素排出量を実質ゼロ(ゼロカーボ
ン)にすることを決意し、「気候非常事態宣言-2050ゼロカーボンへの
決意-」を発信した。
 そして、2020年4月1日、同宣言を具現化するための、長野県として
の気候変動対策の基本方針である「長野県気候危機突破方針〜県民の
知恵と行動で『持続可能な社会』を創る〜」を公表した。

※参考:ゼロカーボンとは、人為的な発生源からの二酸化炭素の排出
量と、森林等の吸収源や自然エネルギーの導入等による二酸化炭素の
除去量との間の均衡を達成すること。いわゆるカーボン・ニュートラ
ルをさす。

〇日本国内の、長野県を含む地方自治体のゼロカーボンへの取組みに
ついては、環境省のホームページで以下のような説明がなされている。
 地球温暖化対策の推進に関する法律では、都道府県及び市町村は、
その区域の自然的社会的条件に応じて、温室効果ガスの排出の抑制等
のための総合的かつ計画的な施策を策定し、及び実施するように努め
るものとするとされている。こうした制度も踏まえつつ、昨今、脱炭
素社会に向けて、2050年二酸化炭素排出実質ゼロに取り組むことを表
明した地方公共団体が増えつつある。
 2020年4月1日現在、2050年に温室効果ガスの排出量実質ゼロを目指
す「ゼロカーボン」を表明した地方自治体は89(17都道府県、39市、
1特別区、24町、8村)となった。表明自治体の人口は合計約6255万人、
GDPは約306兆円となり、日本の総人口の過半数に迫る広がりを見せて
いる。

〇同ホームページでは、表明自治体の取組み概要を一覧表にして公表
しているが、その中で、長野県については、「県議会の『気候非常事
態宣言に関する決議』を受けて、同日知事が『気候非常事態宣言』を
行い、この中で『2050年二酸化炭素排出量実質ゼロ』を宣言。2021年
度を初年度とする新たな環境エネルギー戦略(第四次長野県地球温暖
化防止県民計画)において、『2050年二酸化炭素排出量実質ゼロ』を
目指す中長期的な取組を策定」と紹介されている。

〇このように、長野県の「気候非常事態宣言」の具現化のための「長
野県気候危機突破方針」は、多くの地方自治体のゼロカーボンへの取
組みの中でのワンノブゼムにしか過ぎないとの評価もできるが、長野
県は、内外の地方自治体(地方政府)の取組みを先導する旨の意思を
表明している。そのような長野県の積極的かつ挑戦的な政策姿勢(高
邁な政策理念とも言える。)を県民として誇らしく思い、その具現化
に少しでも資することを目的として、長野県ならではのゼロカーボン
先導の在り方に関する議論を以下で展開することにしたい。

※参考:長野県の「気候非常事態宣言」においては、「気候変動に対
する地方政府や非政府組織の役割の重要性が世界的に強調されている
なかで、本県は国際社会の中で先導役となることが期待されている。」
と記載している。また、「長野県気候危機突破方針」においては、
「G20関係閣僚会合における『長野宣言』を踏まえ、国内外の地方政府
や非政府組織、NPO等と連携・協力し、世界の脱炭素化に貢献します。」、
「我が国の気候変動対策をリードする『気候危機突破プロジェクト』
を推進します。」と記載し、県境を越えたグローバルな視点でゼロカ
ーボンに先導的に取り組む意思を表明している。

〇長野県の次期環境エネルギー戦略については、既に、長野県環境審
議会で検討が始まっており、計画期間は2021年度から2030年度までの
10年間とし、基本目標を「経済を成長させつつ、温室効果ガス排出量
を抑制する脱炭素地域づくり」とすることや、基本目標実現のための
個別目標(温室効果ガス排出量、電力消費量、再生可能エネルギー電
力生産量等の数値目標等)、個別目標達成のための主要施策などにつ
いての議論が始まっている。
 次期環境エネルギー戦略の中には、どのようにして、内外の地方政
府等と連携し、ゼロカーボンの先導役を果たすのか、その戦略につい
て明確に提示していただくことを期待したい。

〇ゼロカーボンへの先導的な取組みの在り方に関して議論する前に、
ゼロカーボンが、他の環境問題への対策に比して、格段に困難である
ことの理由について整理しておくことが有用となろう。

【温暖化対策(ゼロカーボン)が非常に困難な理由】
〇人間一人ひとりが、温暖化の被害者であるとともに原因者でもあり、
その原因者一人ひとりの温暖化抑制への地道な努力の積み重ねが重要
であることは認識できたとしても、その認識だけでは、温暖化対策
(ゼロカーボン)の活動を活性化する動機づけとしては不十分である
こと、すなわち、温暖化問題が他の環境問題とは大きく異なる特有の
解決困難性を有していることについては、以下のように整理できるだ
ろう。

@対応すべき問題が複雑すぎること
 人間が意図的に作り出した他の大気汚染物質(フロン、窒素酸化物、
硫黄酸化物等)とは違って、二酸化炭素の排出は、もともと生態系の
中に組み込まれているものであり、有機物の燃焼によって必然的に発
生し、多種多様な経済活動からも直接的あるいは間接的に発生する。
したがって、二酸化炭素の場合には、他の大気汚染物質の場合のよう
な、その生産と排出を直接的に制御しようとする手法は、非常に困難
性が高く、効果も期待しにくいことから、間接的な対策との組み合わ
せが重要となる。
 すなわち、二酸化炭素排出の原因となる経済の在り方(生産、運搬、
消費などの在り方)の改善に取り組まなければならないということで
ある。この経済の在り方を変えるという、非常に複雑で困難な問題の
解決が求められることになるのである。
 人々の日々の生活に注目してみても、人々が生きていく上で必要な
多種多様な活動から二酸化炭素が直接的あるいは間接的に排出され、
どの活動からの排出量をどの程度どのように抑制すれば良いのか、生
活の質の維持・向上とどのように調和させれば良いのか、などについ
て具体的に提示することは非常に困難なのである。

A対応すべき問題が大規模すぎること
 二酸化炭素の発生源は多種多様に地球上に分散し、それぞれの発生
源からの発生量を把握し、それぞれの発生源に必要な発生抑制を課す
ことは非常に困難となる。
 また、温暖化(気候変動)は地球規模の問題であり、個人個人の二
酸化炭素排出抑制の努力がどの程度、温暖化(気候変動)抑制に貢献
できるのかを認識しにくいことから、温暖化(気候変動)抑制への動
機づけが困難となる。
 例えば、世界全体の二酸化炭素排出量は、年間約328億トンで、日本
は、その約3.4%(11.2億トン)を占めるに過ぎない。そして、長野県は、
その日本の二酸化炭素排出量の1〜2%を占めるに過ぎないのである。
 したがって、長野県が、ゼロカーボンを実現できたとしても、その
二酸化炭素排出削減量は、世界全体で必要となる排出削減量に比して、
あまりに「微量」であることから、地球温暖化による気候変動の抑制
に対して、実際にどの程度貢献できたのかを評価することは、ほとん
ど不可能に近いと言えるのである。

※参考:2017年の世界の二酸化炭素排出量は、全体で約328億トン、内
訳は、中国28.2%、アメリカ14.5%、インド6.6%、ロシア4.7%、日本
3.4%、ドイツ2.2%など。(EDMCエネルギー・経済統計要覧2020年版)

B問題解決が生活水準の低下に結びつくと考えられやすいこと(地球
環境の保全と調和する真に豊かな生活の姿の提示が必要となること)
 日常生活からの二酸化炭素排出量の直接的・間接的な抑制は、生活
水準の低下に直結すると考えられやすいため、自らの生活水準を下げ
ることへの抵抗感などから、個人個人の二酸化炭素排出抑制への自発
的な取組みを活性化することは非常に困難となる。
 また、先進国と発展途上国との生活水準の差の縮小と、両国間での
二酸化炭素排出抑制における役割分担(排出抑制量の分担等)との調
整という、非常に解決困難な問題への対応も必要となる。
 以上のような問題の解決のためには、全世界で共有できる、ゼロカ
ーボンの下で成り立つ真に豊かな生活の姿を提示・共有できるように
することが求められることになる。

C問題解決に要する期間が長期的すぎること
 温暖化問題解決の期限(マイルストーン)が明確に定まっていれば、
必要な質・量のヒト・モノ・カネの持続的かつ計画的な投入が可能と
なるが、その問題解決については、いつまでに、どのような資本投入
を行えば、どのような気候変動に係る望ましい変化が顕在化するのか
というような予測をすることが非常に困難な状況にある。ビジョン・
シナリオ・プログラムを提示する通常の戦略的な取組みが困難なので
ある。
 現在の人々と将来の人々との問題解決への責任分担(役割分担)の
在り方に関する議論も、定量的に実施することが困難なのである。

〇以上のように、温暖化対策(ゼロカーボン)推進の困難性は、一言
で言えば、温暖化問題の構造的複雑性に由来するものと言えるだろう。
 一般の人々が、その構造的複雑性を有する温暖化問題の解決に向け
て積極的に活動できるようにするためには、同活動への動機づけを如
何に分かりやすく行うことができるかが最大の課題になるのである。
 長野県の次期環境エネルギー戦略の策定作業においては、この動機
づけ(動機づけとなる政策的仕掛け)の在り方について、関係の産学
官の皆様による論理的な議論をしていただき、同戦略の中に明確に位
置づけていただくことを期待したい。

【温暖化対策(ゼロカーボン)の困難性への対応策〜二酸化炭素排出抑制への動機づけの強化の在り方〜】
〇地球温暖化という途轍もなく巨大で複雑な問題の解決に、長野県が
先導的に取り組めるようにするためには、化石燃料由来のエネルギー
使用量の削減(再生可能エネルギーの活用拡大を含む。)による二酸
化炭素排出量の削減というような、狭い意味での温暖化抑制戦略の検
討だけではなく、長野県に係る他の社会・産業・経済の振興戦略とど
のように整合させていくべきか、更には、長野県の将来の社会・産業・
経済をどのような方向に発展させるべきかを合わせて検討しなければ
ならないことを強調したい。

〇なぜならば、その長野県の発展方向が、県民生活を真に豊かなもの
とし、県内産業を優位性のある高付加価値型のものとし、県の温暖化
抑制対策の方向とも一致するものとなれば、県内の産学官民は、県が
主導する温暖化抑制対策への取組みを強く動機づけられ、従来に比し
て格段に真剣に取り組むようになることが期待できるからである。

〇したがって、長野県においては、ゼロカーボンを実現することだけ
に囚われるのではなく、ゼロカーボンの実現によってもたらされうる、
「真に豊かな県民生活」や「優位性のある高付加価値型の地域産業」
の姿を明確に提示することが、長野県の温暖化抑制への先導的プロジ
ェクトの企画・実施化の前提として不可欠であることを、関係の産学
官民の皆様にはご理解いただき、今後の取組みに活かしていただきた
いのである。

【むすびに】
〇二酸化炭素排出抑制については、長野県を含む多くの地方自治体の
取組み内容から明らかなように、以下のように整理できるだろう。
 すなわち、「エネルギー使用そのものを削減すること」と、「二酸
化炭素を排出しないエネルギー源を使用すること」である。
 さらに、エネルギー使用の削減についても、二つの方法が考えられ
る。つまり、「生産、消費などの経済活動自体を削減すること」と、
「生産、消費などの経済活動の効率を改善すること」の二つである。

〇長野県の次期環境エネルギー戦略の策定作業においては、以上のよ
うな二酸化炭素排出抑制への取組みを、経済活動の縮小・削減に直ち
に直結させるような視点に立つのではなく、地球環境を保全できる、
新たな地域産業発展の方向・姿や質的に豊かな新たな生活様式の提示
によって、未来に希望を抱かせるような視点に立ったものへと転換す
ることの意義に注目していただきたいのである。


ニュースレターNo.161(2020年4月28日送信)

長野県の「気候非常事態宣言」の具現化のための「長野県気候危機突破方針」の真の意義について
〜長野県の先導による地球規模の温暖化抑制への論理的シナリオの提示の必要性〜

【はじめに】
〇長野県は、2019年12月6日、地球温暖化による気候変動の抑制対策と
して、2050年までに、県の二酸化炭素排出量を実質ゼロ(ゼロカーボン)
にすることを決意し、「気候非常事態宣言-2050ゼロカーボンへの決意-」
を発信した。
 そして、2020年4月1日、同宣言を具現化するための、長野県として
の気候変動対策の基本方針である「長野県気候危機突破方針〜県民の
知恵と行動で『持続可能な社会』を創る〜」を公表した。
※参考:ゼロカーボンとは、人為的な発生源からの二酸化炭素の排出
量と、森林等の吸収源や自然エネルギーの導入等による二酸化炭素の
除去量との間の均衡を達成すること。いわゆるカーボン・ニュートラ
ルをさす。

〇世界全体の二酸化炭素排出量は、年間約328億トンで、日本は、その
約3.4%(11.2億トン)を占めるに過ぎない。そして、長野県は、その日
本の二酸化炭素排出量の1〜2%を占めるに過ぎないのである。
 したがって、長野県が、具現化の困難性が非常に高い「長野県気候
危機突破方針」を着実に推進し、ゼロカーボンを実現できたとしても、
その二酸化炭素排出削減量は、世界全体で必要となる排出削減量に比
して、あまりに「微量」であることから、地球温暖化による気候変動
の抑制に対して、実際にどの程度貢献できたのかを評価することは、
ほとんど不可能に近いと言えるのである。
※参考:2017年の世界の二酸化炭素排出量は、全体で約328億トン、内
訳は、中国28.2%、アメリカ14.5%、インド6.6%、ロシア4.7%、日本
3.4%、ドイツ2.2%など。(EDMCエネルギー・経済統計要覧2020年版)

〇2020年4月2日の信濃毎日新聞が、長野県の地球温暖化対策専門委員
会のメンバーで元環境省事務次官の小林正明氏(松本市出身)の「長
野県気候危機突破方針」についてのコメント「これぐらい大きな目標
でないと間に合わない。県の方針はメッセージとして意義がある。」
を紹介している。同方針は、メッセージ性には優れているが、実効性
についてはコメントの仕様がないということなのであろう。

〇しかしながら、長野県が、達成が非常に困難であるにもかかわらず、
地球規模の温暖化抑制への貢献度(温暖化抑制に必要な二酸化炭素排
出削減量に占める長野県の削減量の割合)の視点からは「微量」と言
わざるを得ない目標値を掲げ、その実現に敢えて先導的に取り組もう
とすることの真の意義(価値)については、自然科学的あるいは社会
科学的な視点から明確にしておくことが必要となろう。

〇なぜならば、地球上の人間一人ひとりが、地球温暖化の被害者であ
るとともに原因者でもあり、かつ、地球温暖化抑制の責任主体でもあ
ること(一人ひとりの地球温暖化抑制への地道な努力の積み重ねが重
要であること)は認識できたとしても、その認識だけでは、非常に困
難性の高いゼロカーボンの達成に、県民一丸となって、国内外の地方
自治体(地方政府)と共に真剣に取り組めるようにすることへの動機
づけとしては不十分であり、長野県の取組みについての論理的で強固
な意義づけが、その取組みへの動機づけの強化には不可欠と考えるか
らである。

〇その論理的で強固な意義づけに基づく動機づけの強化によって、長
野県の取組みは、メッセージ性のみならず、実効性においても、「気
候非常事態宣言」で「国際社会から先導役となることが期待されてい
る」とされる、長野県に相応しい高レベルのものとなりうるのである。

【長野県の先導による、地球規模のゼロカーボン達成へのシナリオ提示の必要性】
〇2020年4月2日の信濃毎日新聞の社説でも、「長野県気候危機突破方
針」について、「目標達成に向けてどんな事業をどう進めるのか。工
程表を示して説明し、進み具合を公開しながら効果を検証するように
求めたい。」と厳しい指摘をしている。長野県が、この指摘に真摯に
対応して、県の二酸化炭素排出量削減の進み具合を検証できたとして
も、県の二酸化炭素排出量削減の、地球規模の温暖化の抑制への貢献
度を検証することは、前述の通りほとんど不可能と言えるのである。

〇長野県のみが2050年までにゼロカーボンを達成できたとしても、他
の都道府県、すなわち、日本全体でゼロカーボンを達成し、更に、中
国、アメリカ、インド等の大量排出国をはじめ、世界の多くの国々が
ゼロカーボンを達成しなければ、地球温暖化による気候変動を抑制す
ることはできない。
 ここに、「長野県気候危機突破方針」に基づく取組みが、長野県の
ゼロカーボン達成を目指すのと同時に、地球規模の温暖化の抑制(他
の都道府県や海外の地方政府によるゼロカーボンへの取組み)への貢
献を目指すべきことの重要性を見出すことができるのである。

〇すなわち、長野県のゼロカーボンの達成のみならず、国内外の他地
域でのゼロカーボンの達成にも貢献できるようにする、「国際社会か
ら先導役となることが期待されている」長野県ならではのシナリオを
提示することの重要性を見出すことができるのである。このシナリオ
を提示することが、長野県のゼロカーボンへの取組みの真の意義(価
値)を説明することに繋がるのである。

〇地球規模でのゼロカーボン達成への長野県の貢献シナリオの提示に
ついては、関係の産学官の皆様の今後の議論にお任せすることとして、
ここでは、その議論の深化に少しでも資することを目的として、以下
のようなシナリオの事例を提示してみたい。

@長野県は、「長野県気候危機突破方針」に基づき、内外の産学官の
英知を結集できる仕掛けを構築して、ゼロカーボン実現への取組みを、
先進的モデルとして積極的かつ効果的に推進する。

A長野県の取組みに係る工程表の策定から、それに基づく具体的活動
の企画・実施化、各種活動の進捗の管理等に至る一連の活動、いわゆ
るゼロカーボンへのPDCAサイクルを、他の都道府県、海外の地方政府
等に公開しながら推進する。
(シナリオ推進のための具体的プログラムの事例としては、毎年、取
組み状況を内外に公開し、取組みの在り方への内外の意見等を聴取・
参考にして、その質的高度化を図ることに資する国際シンポジウムの
開催等を提案できる。)

B長野県の取組みの質的高度化のみならず、他の都道府県や海外の地
方政府の取組みの効果的推進に資することも目的として、地方自治体
(地方政府)レベルでのゼロカーボンへの取組みに係る国際的な連携
活動(情報交換・交流、事業の共同化等)を加速できる仕組みを長野
県が構築・運営する。

〇以上のように、長野県を中核拠点とし、内外の地方政府レベルでの
ゼロカーボン達成活動を活性化するシナリオを提示し、それを着実に
推進するために必要な各種プログラムの、内外の英知結集による企画・
実施化を先導することが、「気候非常事態宣言」で「国際社会から先
導役となることが期待されている」長野県が果たすべき役割と言える
のである。
 そのシナリオ・プログラムの在り方に関する、関係の産学官の皆様
の間での議論が、より具体化することに資することを目的として、若
干の提案をしてみたい。

【長野県が果たすべき具体的な役割T:「ゼロカーボン戦略調査研究拠点(仮称)」を設置すべきこと】
〇他の都道府県等(海外の地方政府を含む。)においても、それぞれ
の実情を反映してゼロカーボンへの工程表を策定・実施化すべきこと
になるであろうが、その工程表の策定・実施化の質的高度化・効果的
推進等に資する、都道府県等の間での連携(情報交換・共有、事業の
共同化等)の「場」を、地方政府レベルでのゼロカーボン活動の先導
役となることを自認する長野県に設置することをまず提案したい。
 その「場」の具体的姿として、「ゼロカーボン戦略調査研究拠点
(仮称)」の設置を提案したいのである。

〇「長野県気候危機突破方針」に提示されているゼロカーボンへのシ
ナリオの骨格は、長野県全体(運輸部門、家庭部門、業務部門、産業
部門)での最終エネルギー消費量を2050年までに70%削減し、再生可
能エネルギー導入量を3倍以上にするという非常に困難性の高いもの
である。
 日本に求められる二酸化炭素排出量の削減を実現するためには、他
の都道府県も、長野県と同様、困難性の高い目標設定をし、それを実
現しなければならないことになる。長野県は、他の都道府県の取組み
を先導する役割を担っているのである。

〇しかしながら、ゼロカーボンへの先導役を果たすと宣言している長
野県においてさえも、実現を目指すべき最終エネルギー消費量の削減
量と、再生可能エネルギー導入量を設定し、活用できそうな政策的ツ
ールを例示しただけで、その実現への具体的な工程表さえ提示できて
いない状況にある。

〇今後、他の都道府県等が、実現すべき目標を設定し、具体的な工程
表を策定し、効果的に実施化していく際には、内外の産学官の英知を
広く結集し、必要な情報の交換・共有や、事業の共同化等に取り組む
ことが重要になる。
 したがって、都道府県等のゼロカーボンへの取組みを促進するため
には、様々な課題解決の拠り所(知的連携拠点)である「ゼロカーボ
ン戦略調査研究拠点(仮称)」が必要になるのである。
 それを先導役である長野県が設置・運営することが、日本における
ゼロカーボンの実現に大きく貢献することになり、ひいては、世界各
国のゼロカーボンの実現に貢献することに繋がっていく(「気候非常
事態宣言」の発信の真の趣旨に合致する)のである。

【長野県が果たすべき具体的な役割U:気候変動対策における「緩和」のみならず「適応」においても先導役を果たすべきこと】
〇「気候非常事態宣言」においては、気候変動対策については、気候
変動の原因物質である二酸化炭素の排出を抑制する「緩和」と、気候
変動の影響を予測・分析し回避・軽減する「適応」の二つの側面から
取り組まなければならないとしているにもかかわらず、その具現化方
針である「長野県気候危機突破方針」においては、「緩和」のみに特
化しており、「適応」についてはほとんど触れられていない。

〇「適応」は、地域の中小企業等が、その技術力や経営力によって、
気候変動由来の様々な地域課題の解決と自社事業の振興とを整合でき
る、高付加価値型の新技術・新製品をベースとするビジネスモデルと
しての取組みが可能となることから、地域産業政策に係る議論の重要
テーマとしても位置づけるべきものと言える。

〇気候変動の影響を予測・分析し、回避・軽減する「適応」に関して
は、中小企業等の取組みという視点からは、以下のように大きく二つ
に分類できるだろう。

@自社の事業活動において、気候変動の悪影響を回避・軽減化する
「気候リスク管理」。例えば、生産・販売・サービス拠点やサプライ
チェーンの自然災害の被災防止対策などがある。

A様々な「適応」が必要となっていることをビジネスチャンスと捉え、
他企業等の「適応」を支援する製品・サービスを創出・提供する「適
応ビジネス」。これには、災害発生の予測システム、防災技術・製品、
高温耐性農作物の開発、渇水対策としての節水・雨水利用技術など、
既に多種多様な実践事例がある。

〇県内中小企業等による、気候変動リスク対策に係る「気候リスク管
理」の高度化と「適応ビジネス」の創出に資する、新たな技術・サー
ビス・ビジネスモデルの産学官連携による開発・事業化を政策的に活
性化することは、今後の地域産業政策の重要な構成要素(政策的優位
性確保の重点)になるのである。

【むすびに】
〇地球上の人間一人ひとりが、地球温暖化の被害者であるとともに原
因者でもあり、かつ、地球温暖化抑制の責任主体でもあること(一人
ひとりの地球温暖化抑制への地道な努力の積み重ねが重要であること)
が、県内で広く認識されているとしても、2050年までにゼロカーボン
にするという非常に困難性の高い目標の達成に向けて、県内の産学官
民に一丸となって真剣に取り組んでもらえるようにするためには、そ
の産学官民に対して、更に強いゼロカーボンへの動機づけがなされな
ければならないという思いから、今回のテーマを選定したのである。

〇その動機づけができるか否かは、世界の二酸化炭素排出量の3〜4%
しか占めない日本の中で、日本の二酸化炭素排出量の1〜2%しか占め
ない長野県が、地球規模での温暖化抑制のために、非常にチャレンジ
ングなゼロカーボン達成に先導的に取り組むことを決意し、その決意
を内外に発信したことの真の意義(価値)を論理的に説明できるか否
かにかかっているのである。

〇その真の意義(価値)については、地球規模でのゼロカーボン達成
に向けて「国際社会から先導役となることが期待されている」長野県
が果たすべき役割の在り方に関する、戦略的な議論の深化の中から見
出すことができるだろう。
 関係の産学官民の皆様による議論の活発化に期待したいのである。


ニュースレターNo.160(2020年4月1日送信)

新たな長野県科学技術振興指針の策定に向けて(No.2)〜「科学技術による真に豊かな地域社会の形成」のための議論の「視点・論点」〜

【はじめに】
〇長野県が、科学技術基本法第4条(地方公共団体の責務)に基づき
策定した「長野県科学技術振興指針」の計画期間は、2020年3月末日
(2019年度)をもって終了した。しかしながら、長野県は、ニュース
レターNo.159(2020.3.7送信)で述べた通り、現行の長野県総合5か
年計画「しあわせ信州創造プラン2.0」が、同指針に代替できるもの
と判断し、2020年4月1日以降を計画期間とする、科学技術基本法に
基づく新たな指針は策定しない旨を決定したのである。

〇科学技術基本法に規定されているように、科学技術の振興は、「我
が国の経済社会の発展」と「国民の福祉の向上」に寄与することを
目的としてなされるものである。3月末日を持って終了した「長野県
科学技術振興指針」においては、本県の実情に即し、より具体的に、
科学技術の振興による、「市場競争力を有する地域産業」の実現と、
「質的に豊かな県民生活」の実現との両立(整合)、すなわち、「科
学技術による真に豊かな地域社会の形成」を目指しており、科学技術
基本法の制定趣旨に高度に適合するものであった。

〇「しあわせ信州創造プラン2.0」が、科学技術振興オリエンテッド
な戦略によって、真に豊かな地域社会の形成を目指すべきという、科
学技術基本法に規定された「地方公共団体の責務」を果たす機能を十
分に有しているのか否かについては、大きく疑問が残るところではあ
るが、それに関する議論は、別の機会に譲ることとして、ここでは、
「しあわせ信州創造プラン2.0」の計画期間が終了する2022年度の後
を計画期間として策定されることになるであろう、新たな指針の質的
高度化に資することを目的として、今回のテーマを選定した次第である。
 以下では、「科学技術による真に豊かな地域社会の形成」の実現の
ための、新たな科学技術振興指針の在り方に関する、産学官の皆様に
よる今後の議論の参考にしていただきたく、議論の「視点・論点」に
ついて多角的に整理してみたい。

【視点・論点T:「科学技術による真に豊かな地域社会の形成」への行政の一般的な政策的アプローチ手法】
○「科学技術による地域振興」について語るということは、「科学技
術による真に豊かな地域社会の形成」(「市場競争力を有する地域産
業」の実現と「質的に豊かな県民生活」の実現との整合)について語
るということになる。

○「市場競争力を有する地域産業」の実現と「質的に豊かな県民生活」
の実現との整合を可能とするためには、科学技術による地域課題の解
決方策の研究開発・ビジネス化・社会実装への産学官の効果的取組み
を活性化でき、活動の「拠り所」となる、新たな「長野県科学技術振
興指針」の策定・実施化が必要になる。

〇現状の長野県の行政サイドには、他県等に比して優位性を有する
「長野県科学技術振興指針」を策定・実施化することについて、以下
のような問題点が存在していることが推測できる。
@「科学技術による真に豊かな地域社会の形成」の政策的重要性につ
いての認識が、関係組織の中に十分に浸透しているとは言い難い状況
にある。
A「優位性のある『科学技術振興指針』なくして、優位性のある『地
域産業』と質的に豊かな『県民生活』の具現化なし」というような、
科学技術振興指針の策定の意義やその質的高度化の重要性についての
認識が、関係組織の中に十分に浸透しているとは言い難い状況にある。
B科学技術によって解決すべき、地域社会の課題の抽出・特定、その
課題の解決方策の創出・普及というような、基本的な政策策定・実施
化手法に係る力量が、関係組織の中に十分に備わっているとは言い難
い状況にある。

〇以上のような様々な問題点をクリアできる、「科学技術による真に
豊かな地域社会の形成」への行政の一般的な政策的アプローチ手法
(科学技術振興指針の策定・実施化手法)については、以下のように
整理できるだろう。
@目指す姿(ビジョン)の提示
 環境保全、健康増進、防災等の「県民生活の質に深く関わる分野」
や、長野県の地域経済を支える製造業、農業、林業等の「主要な地域
産業の市場競争力に深く関わる分野」に関する、実現(到達)したい
具体的状態の提示
 ↓
Aビジョン実現への道筋(シナリオ)の提示
 ビジョン実現のために、解決すべき課題の抽出・特定と、その課題
の科学技術による解決方策の検討・提案(産学官連携による課題解決
方策の研究開発、研究開発成果の社会実装のためのビジネスモデル化
の基本的方向性等)
 ↓
Bシナリオの着実な推進に必要な各種施策(プログラム)の提示
 課題解決方策の研究開発・ビジネス化による、地域産業の持続的発
展と県民生活の質的高度化に資する、戦略的な産学官連携プロジェク
トの企画・実施化への支援等

〇以上のような段取りを参考にして、「科学技術による真に豊かな地
域社会の形成」への行政の政策的アプローチ手法の在り方に関する、
産学官での議論に早期に着手することが必要となる。このことが、新
たな科学技術振興指針の体系・構成・内容等を論理的なものとし、そ
の策定作業の効率化にも大いに資することになるのである。

【視点・論点U:科学技術による地域課題の解決における行政主導の重要性】
〇科学技術による地域課題の解決において、行政サイドが主導するこ
との重要性については、以下の理由から明らかであろう。
@地域課題の把握・解決は、行政サイドの本来的責務であること
A科学技術によって地域課題を解決する「行政の強い意思」を産業界
に伝えることによって、その解決に産業界の協力を得やすくすること
ができること
B行政主導の課題解決分野(有望産業分野)を明確に提示することに
よって、同分野への産業界のビジネスとしての参入を促進できること
(課題解決方策の社会実装を促進できること)
※行政サイドが、課題解決方策の「仕様」を提示できれば、産業界の
参入を更に加速することができる。

〇しかしながら、ニュースレターNo.159で指摘したように、3月末日
(2019年度)で終了した「長野県科学技術振興指針」の策定過程にお
いて、長野県の行政サイドが地域課題の把握・解決を主導できていな
い、以下のような状況が明らかになっている。
@担当行政分野に係る地域課題の把握・提示機能が十分に発揮できな
いこと
 行政サイドが、実際に地域課題を十分に把握できていないのか、あ
るいは、地域課題を十分に把握はしていても、行政課題として公に提
示すると、その解決までを責務として背負わされるかもしれないこと
を恐れて提示しないのか、その辺りは定かではないが、行政サイドに
担当行政分野に係る具体的な地域課題の積極的提示を期待することは、
非常に困難であることが明らかになっている。

A地域課題の解決方策の検討・提示機能が十分に発揮できないこと
 地域課題の解決方策についても、行政サイドからの様々な提案を期
待し、結果的に解決できないことになってもかまわないので、少しで
も有望と思われる方策を提案して欲しい、あるいは、「提案した部署
=提案の実施責任部署」とはしないので、気楽に自由に提案して欲し
い、というように、提案しやすい環境づくりに努めても、行政サイド
からの積極的な提案を期待することは、非常に困難であることが明ら
かになっている。

【視点・論点V:科学技術を活用した地域課題の解決推進体制の整備】
〇科学技術を活用した地域課題の解決推進体制の整備に関する「視点・
論点」については、以下のように整理できるだろう。
@科学技術を活用して解決すべき地域課題の抽出・提示のための体制
の整備
 防災、環境保全、健康増進等に関する各種の行政計画においては、
科学技術によって解決すべき地域課題の抽出・提示が、根本的に重要
な構成要素となることへの行政サイドの認識を高めることが必要となる。
 行政サイドの認識がある程度高まったとしても、前述のように、地
域課題の抽出・特定や、その解決方策の提案を行政サイドのみに期待
することは非常に困難となることから、ニュースレターNo.159で提案
したように、当該課題分野に関係する組織・団体・企業・個人等で構
成されるプラットフォームの設置・運営による対応が必要になるだろう。

A科学技術を活用した地域課題解決方策の研究開発・普及体制(課題
抽出機能と課題解決方策創出機能とのマッチングシステム等)の整備
 科学技術によって解決すべき地域課題の抽出・提示を主導する行政
セクションと、科学技術を活用した地域課題解決方策の研究開発・普
及(事業化)を主導する行政セクションとの円滑な連携の「要」とし
て、解決すべき地域課題の抽出・特定から、その解決方策の産学官連
携による研究開発、その成果の早期普及・事業化に至る各工程を俯瞰
的に主導・マネジメントできる機能(権限)を有する「地域課題の解
決拠点」が必要になる。

B新規性・優位性のある課題解決方策の県内企業による研究開発等の
活性化推進体制の整備
 科学技術によって解決すべき地域課題の特定から、その解決方策の
創出・普及(事業化)までの各工程での県内企業の活動を、技術面あ
るいは経営面から支援できる専門家、専門的支援機関等が必要になる。
その専門家、専門的支援機関等は、各工程によって異なり、県外の専
門家、専門機関等との広域的連携が必要になることも想定できる。
 そこで、複数の専門家、専門的支援機関等との広域的連携をコーディ
ネート・マネジメントできる中核的支援機関の整備が必要になる。
 特に、産学官連携による課題解決方策の研究開発プロジェクトにお
いては、最適な専門家、専門的支援機関等を広域的に探索・選定し、
それらとの効果的な連携・役割分担等を的確にマネジメントできる中
核的な産学官連携支援機関が必要になるのである。

C科学技術による「地域課題の解決拠点」としての長野県工業技術総
合センターの在り方(工業技術総合センターとしての新たな地域貢献
戦略)
 現行の長野県の行政組織においては、地域課題の把握・解決を担当
する部署毎には、科学技術による地域課題解決方策の創出機能を有し
ていないこと、地域課題の把握・解決を担当する部署と科学技術によ
る地域課題解決方策の創出を担当すべき部署との間での連携が十分で
はないこと、などの問題点がある。
 その問題点の解決方策として、県内中小企業の技術課題の解決支援
拠点である工業技術総合センターの新たな政策的役割の中に、「科学
技術による県内地域課題の解決方策の創出拠点」を加えるべきではな
いだろうか。すなわち、「科学技術による真に豊かな地域社会の形成」
の具現化拠点として位置づけるのである。このことは、前述のAとB
への対応策の一つとしても位置づけることができるのである。
 しかし、そのためには、工業技術総合センターと他の産業支援機関
との支援機能の連携あるいは融合化等を含めた、工業技術総合センタ
ーの新たな「経営」の在り方に関する議論にまで踏み込むことが必要
となるだろう。

【視点・論点W:優位性のある「学」なくして優位性のある「地域産業政策」なし〜県内唯一の総合大学である信州大学との連携の重要性〜】
〇ここでの「連携」とは、日常的に「連携」の窓口が双方で開いてい
て、様々な課題についてタイムリーに相談・対応ができる状態になっ
ていることを意味している。
 信州大学との「連携」(大学の有する地域産業政策の策定・実施化
に資する総合的・専門的知見の活用等)によって得られる、長野県の
行政サイドの優位性については、例えば、以下のような整理ができる
だろう。
@長野県の科学技術振興指針を含む地域産業政策の策定・実施化機能
の質的高度化
 長野県が策定すべき地域産業政策の、地域産業振興理論からみた体
系・構成・内容の在り方等の基本的事項から、政策の具現化に必要な
優位性のある各種プログラムを企画・実施化する際に不可欠となる高
度専門的知識に至るまでの、多種多様な知的支援を得られることになる。

A長野県の産業支援機能のハード・ソフト両面での質的高度化
 県が独自で整備する場合のコストに比して極めて少ないコストで、
地域産業政策の具現化に必要になる、新技術・新製品の研究開発支援、
研究開発型人材の育成・供給支援など、高度専門的支援プログラムの
企画・提供機能の整備が可能になる。

〇県内産業が持続的に発展していくためには、県内産業によるイノベ
ーションの創出が不可欠であり、そのイノベーションのシーズとして、
大学の有する知財に大いに期待することになる。優位性のある知財に
よって、優位性のあるイノベーションが創出できるのである。したが
って、「優位性のある『学』なくして優位性のある『地域産業政策』
なし」ということになるのである。

【視点・論点X:「地域産業政策研究所(仮称)」の必要性〜優位性のある地域産業政策の策定・実施化への根本的対策として〜】
〇長野県の行政サイドにおいて、科学技術振興指針を含む地域産業政
策の策定作業に必要な高度専門性を確保するためには、以下のような
様々な問題点の克服が必要となる。
@地域産業政策の策定主体(県組織)の高度専門性の確保が困難な現状
 県組織における頻繁な人事異動、専門的教育・体験プログラムの未
整備等の問題への対応が必要になる。
A県組織における地域産業政策を監修する能力の強化の必要性
 専門家による委員会を設けても、専門家の意見等を反映し(理解し)、
政策としてまとめ上げるのは職員となる。その職員には高度な政策監
修能力が必要になる。
B優位性のある地域産業政策の策定のための優位性のある専門的組織
の必要性
 他県等に比して優位性のある地域産業政策を策定するためには、他
県等に比して優位性のある地域産業政策の策定機能を有する専門的組
織の整備が必要となる。
 その専門的組織には、前述の@とAの問題点を克服できる、有能な
専任スタッフの継続的配置等が求められることになるのである。

 以上のような問題点を全て克服できる新たな組織としての「地域産
業政策研究所(仮称)」が必要になるのである。

〇科学技術による地域課題の解決方策の提供のビジネスとしての持続
化には、イノベーションの創出による、市場競争力を有する高付加価
値型のビジネスモデルの構築が不可欠となる。そのイノベーション創
出活動の活性化のための「知的中核拠点」としての「地域産業政策研
究所」の機能の整備にも注目する必要がある。
 産学官の関係者がイノベーション創出の必要性を認識しているだけ
ではイノベーション創出は実現しない。どのような技術・産業・社会
分野で、どのようなイノベーションをどのような手法で創出・社会実
装すべきかについて常に構想し、イノベーション創出・社会実装を活
性化する「仕掛け」を案出・駆動することをミッションとする、専門
的組織の整備が必要となるのである。

〇「地域産業政策研究所」の設置と関連づけて、同研究所を拠点(事
務局)とする地域産業政策論の「メッカ」の形成に取り組むべきこと
を提案したい。
 長野県が、地域振興におけるフロントランナーを目指すのであれば、
優位性のある地域産業政策の策定・実施化機能の高度化手法の一つと
して、日本における地域産業政策の調査・研究の「メッカ」(地域産
業政策の調査・研究に係る情報交流・連携拠点)の形成を提案したい。
 このことは、長野県の地域産業政策の策定・実施化機能の優位性確
保への戦略であるとともに、国内各地域における、当該地域ならでは
の地域産業政策の策定と、それに基づく、競争力のある地域産業の集
積形成と質的に豊かな住民生活の実現への貢献にも繋がるのである。

【むすびに】
〇科学技術基本法第4条(地方公共団体の責務)に基づき策定する「長
野県科学技術振興指針」は、「科学技術による真に豊かな地域社会の
形成」に向けて、関係の産学官が効果的に連携して活動するための
「バイブル」として非常に重要なものである。現行の長野県総合5か年
計画「しあわせ信州創造プラン2.0」の中に、関連する事項が一部内包
されていることを理由として、その策定を省略できるようなものでは
ないことは、関係の産学官の皆様にはご理解いただけることだろう。

〇しかしながら、県が一度決定した、2020年度からの「長野県科学技
術振興指針」の策定中止という方針を覆すことは不可能であろう。そ
こで、関係の産学官の皆様には、それぞれの専門的なお立場から、
「しあわせ信州創造プラン2.0」の計画期間が終了する2022年度の後を
計画期間として策定されることになる、新たな指針の質的高度化のた
めに、また、「科学技術による真に豊かな地域社会の形成」への本県
の取組みの停滞防止(2022年度までを、本県における科学技術振興の
空白期間としないこと)のために、今から積極的に提言等を発信して
いただくことをお願いしたいのである。


ニュースレターNo.159(2020年3月7日送信)

新たな長野県科学技術振興指針の策定に向けて〜現行の指針が抱えてきた問題点を解決し、格段に優れた新指針の策定・実施化に資するために〜

【はじめに】
〇現行の長野県科学技術振興指針の計画期間は、2020年3月末日(2019
年度)をもって終了する。
 この指針は、科学技術基本法に規定される「地方公共団体の責務」
に基づき策定されたものであるため、2020年4月1日以降を計画期間と
する新たな指針も同法に基づき長野県の責務として策定されるものと
考え、その策定スケジュールについて、3月3日に県の担当課にメール
で照会した。
 しかしながら、その回答メールは、思いも寄らぬ「指針については、
その内容を包含する『しあわせ信州創造プラン2.0』を策定したこと
から、新たな科学技術振興指針は策定いたしません。」というもので
あった。

〇科学技術基本法は、その第4条(地方公共団体の責務)で「地方公
共団体は、科学技術の振興に関し、国の施策に準じた施策及びその地
方公共団体の区域の特性を生かした自主的な施策を策定し、及びこれ
を実施する責務を有する。」と規定している。長野県総合5か年計画
「しあわせ信州創造プラン2.0」が、本当に科学技術振興に係る「地
方公共団体の責務」を果たす内容となっているのかについての議論は、
別の機会に譲ることとして、ここでは、現行の科学技術振興指針の
策定に深く関与した者として、その指針の役割が終了するに当たり、
その策定過程や実施化の段階等に係る様々な問題点を分析し、「しあ
わせ信州創造プラン2.0」の計画期間が終了する2022年度の後に、長
野県の責務として策定されることになるであろう、新たな指針の質的
高度化に少しでも資することを目的として、今回のテーマを選定した
次第である。

〇現行の科学技術振興指針の計画期間の終了に当たっては、当然、現
行の指針の実施結果について、産学官の関係機関・組織等を交えた場
で検討・評価され、その評価に基づき、新たな指針に代替する「しあ
わせ信州創造プラン2.0」の中で、如何にして科学技術の振興を具現化
していくべきかについての基本的方向性が明確に定められているもの
と思われるが、その辺の状況については、全く公表されていない。

【現行の長野県科学技術振興指針が抱えてきた注目すべき問題点】
〇現行の科学技術振興指針は、科学技術の活用によって、「質的に豊
かな県民生活」の実現と「市場競争力を有する地域産業」の実現との
両立(整合)を目指すもの、すなわち、社会的価値の創出と経済的価
値の創出の両立(整合)による、真に豊かな長野県の形成を目指すも
のである。
 したがって、この現行指針の基本的な方向性は、2023年度以降に策
定されるであろう、新たな指針においても堅持されるべきものと言え
るだろう。

〇また、現行指針に提示された具体的な取組みの体系・構成について
は、「県民生活の質に深く関わる分野」としての、@防災、A健康・
福祉、B環境と、「主要な地域産業に関わる分野」としての、C製造
業、Dサービス産業、E農業、F林業・林産業という、7つの分野別に
「目指す姿」を設定し、その「目指す姿」を実現するために解決すべ
き課題と、科学技術によるその解決方策を提示するという、論理性を
確保した上で、「目指す姿」の実現に向けて、産学官連携によって、
課題の解決方策の具体的実施化に取り組んできているものと推測する。

〇しかしながら、科学技術振興指針に提示されている、課題の解決方
策の具体的実施化の進捗状況や成果について、県からはほとんど情報
発信がなされていないことから、十分な成果を上げたとは言えない状
況にあることが推測できる。現行の指針において、課題解決への取組
みの進捗管理のために設置されることとされていた検討会議も、ほと
んど開催されていなかったようである。

〇以上のように、現行の科学技術振興指針は、体系・構成等の形式論
的な面については、非常に論理的で優れたものとなっているが、独創
的・効果的な取組みの提示・実施化等の実質論的な面については、以
下のような問題点を有していると言える。このことは、当初から明ら
かであったが、指針の策定作業の中で議論を深める時間的余裕が無か
ったことなどから、その問題点をクリアできないままに策定せざるを
えなかったのである。
 2023年度からの新たな指針の策定については、十分な準備期間を確
保できることから、その問題点をしっかりクリアし、現行指針に比し
て、形式論的にも実質論的にも格段に優れた指針として策定していた
だくことを期待したい。

[問題点1 解決すべき課題の探索・選定・提示が不十分であったこと]
 「目指す姿」を実現するために解決すべき課題の提示においては、
前述の@からFの分野を担当する行政サイド(県組織)から、日常業
務の中で把握した、県民生活や地域産業に係る多種多様な課題の提示
がなされることを期待したが、具体的課題の積極的な提示はあまりな
されなかったのである。
 行政サイドが、実際に課題を十分に把握できていなかったのか、あ
るいは、課題を把握はしていても、課題として提示すると、その解決
までを責務として背負わされるかもしれないことを恐れて提示しなか
ったのか、その辺りは定かではないが、行政サイドに担当行政分野に
係る具体的な地域課題の積極的提示を期待することは、非常に困難で
あることが実証される形になってしまったのである。

[問題点2 科学技術による課題の解決方策の探索・選定(開発方針の策定を含む)・提示が不十分であったこと]
 課題毎の科学技術による解決方策についても、行政サイドからの様々
な提案を期待したが、積極的な提案はなされなかった。結果的に解決
できないことになってもかまわないので、少しでも効果があると思わ
れる方策を提案して欲しい、あるいは、「提案した部署=提案の実施
責任部署」とはしないので、楽な気持ちで自由に提案して欲しい、と
いうように、提案しやすい環境づくりに努めたが、行政サイドからの
独創的あるいは挑戦的な提案は非常に少なかったのである。

〇以上のような行政サイドが抱える二つの問題点の存在が、現行の科
学技術振興指針が、体系・構成等の形式論的な面では、非常に優れて
いるが、独創的・効果的な取組みの提示等の実質論的な面においては、
不十分な点を多々有していることの主な理由となっているのである。

【現行の長野県科学技術振興指針の問題点の解決手法の提案〜優れた新指針の策定に活かしていただくために〜】
〇現行の科学技術振興指針の策定において、行政サイドからの課題の
提示や、その解決方策の提案などに期待し過ぎたことの反省の上に立
って、新たな指針の策定においては、「県民生活の質に深く関わる分
野」や「主要な地域産業に関わる分野」等における、「目指す姿」の
設定、「目指す姿」を実現するために解決すべき課題の探索・抽出・
選定、科学技術による課題の解決方策の探索・選定・提供、解決方策
の品質向上・持続的提供(ビジネス化)等について、行政サイドから
の情報提供のみに依存することなく、関係する産学官民が、それぞれ
独自の情報ネットワークを活用し、自由闊達に議論できる場(プラッ
トフォーム)の設置・運営を、その策定作業の中に組み込むことを提
案したい。

〇特に、新たな指針に期待したいのは、現行指針ではほとんど踏み込
むことができなかった、科学技術による課題の解決方策のビジネス化
によって、解決方策の品質向上・持続的提供が経済活動として自立で
きるようにすることに資する「政策的仕掛け」を、指針の中に組み込
んでいただくということである。

〇課題解決方策の提供のビジネスとしての持続化には、イノベーショ
ンの創出による、市場競争力を有する高付加価値型のビジネスモデル
の構築が不可欠となる。したがって、前述の「政策的仕掛け」には、
イノベーション創出活動の活性化に資する各種の施策が含まれるべき
ことになる。
 この「政策的仕掛け」の在り方については、新たな科学技術振興指
針の策定過程に組み込まれるべき、産学官民からなるプラットフォー
ムにおいて、徹底した議論がなされることを期待したい。

〇このプラットフォームについては、その設置・運営の工夫によって、
新たな指針の策定作業の高度化のみならず、新たな指針に基づく各種
の取組みの企画・実施化においても、その成果の最大化に多大な貢献
をすることが期待できるのである。

【科学技術による「質的に豊かな県民生活」の実現と「市場競争力を有する地域産業」の実現とを両立させるためのプラットフォームの設置・運営の一つのモデル】
○県内5圏域それぞれに、「県民生活の質に深く関わる分野」(防災、
健康・福祉、環境保全等)や「主要な地域産業に関わる分野」(製造
業、サービス産業、農業、林業・林産業等)等の分野別に、プラット
フォームを設置し、当該分野別に、実現を「目指す姿」(ビジョン)
の設定、その実現への道筋(シナリオ)や、そのシナリオの着実な推
進に必要な各種施策(プログラム)の提示について徹底的に議論し、
そのプラットフォームとしての取組みの基本的方向性を決定するとい
う一連の活動を活性化することが、実効性のある科学技術振興指針の
策定・実施化への近道となるはずである。
 そのプラットフォームの具体的な設置・運営の在り方については、
以下のような一つのモデルを提示できるだろう。
※参考:ニュースレターNo.158(2020.3.3送信「長野県及び県内市町
村ならではのソーシャルビジネス創出を加速するプラットフォームの
形成」)

[プラットフォームの設置・運営の一つのモデル]
@プラットフォームの運営・管理(事務局)について
 県の科学技術振興指針の策定・実施化への参画を設置趣旨とするこ
とから、原則として県組織(関係市町村・団体等との役割分担も含め
て)が事務局を担当する。そのことによって、県組織の政策的支援の
活用や、県組織への政策的支援の改善要望等も効果的に実施できるこ
とになる。

Aプラットフォームの参画者について
 課題分野に関係する組織・団体・企業等のほか、意欲ある個人も加
え、積極性や実行力のある体制とする。圏域において扱う課題分野の
数に応じて、複数のプラットフォームが設置されることになる。

Bプラットフォームでの議論(調査活動等を含む)の進め方について
B-1地域での課題を抽出・特定し、その課題の科学技術による解決に
よって実現できる理想的な「目指す姿」を検討・提示・共有する。
「目指す姿」の共有によって、プラットフォーム参画者の活動に係る
ベクトル合わせが可能となる。

B-2実現を「目指す姿」(ビジョン)、ビジョン実現への道筋(シナ
リオ)、シナリオの着実な推進に必要な各種施策(プログラム)とい
う論理的な体系・構成で整理し、当該地域課題に係る圏域版の科学技
術振興指針として提示できるよう議論をマネジメントする。

B-3課題の解決方策(シナリオ・プログラムの組合せ)については、
最初に、直ちに活用できる既存の技術・製品・サービス等について探
索する。既存の技術・製品・サービス等の活用で対応できない場合に
は、新たな技術・製品・サービス等の開発(既存技術等の改善を含む)
を目指す。

B-4課題の解決方策の開発・事業化計画(実施主体、連携体制等を含
む)を検討・策定する。新たな技術・製品・サービス等の開発におい
ては、新規性を有し特許等で独占的に利用できる技術シーズを活用し、
事業化における高付加価値化・市場競争力確保に留意する。

B-5課題の解決方策の事業化計画については、社会性と事業性を両立
できる、市場競争力を有する高付加価値型のビジネスモデルの組込み
を目指す。

Cプラットフォーム参画者による課題解決方策の開発・事業化への支援の在り方について
 課題の解決方策の開発・事業化については、実施主体とプラットフ
ォーム参画者の連携プロジェクトとして位置づけ、参画者の合理的役
割分担等に基づく支援によって、開発から事業化までの円滑化を図る。

〇以上のような活動を継続的に実施できる、課題分野別のプラットフ
ォームが県内5圏域に存在すれば、地域産業振興のための科学技術振
興の視点からの戦略論の質的高度化のみならず、その戦略論に基づく
各種取組みの企画・実施化から事業化に至るまでの一連の活動の活発
化が、県内全域で促進されることが期待できることになるだろう。
 すなわち、このプラットフォームが、科学技術による「質的に豊か
な県民生活」の実現と「市場競争力を有する地域産業」の実現との両
立(整合)を加速する、エコシステムの中核的な駆動装置となりえる
のである。

【むすびに】
〇長野県が、現行の科学技術振興指針の成果を明確に説明できない最
大の原因は、指針の進捗管理を的確に実施することができなかったこ
とにあると言えるだろう。
 目に見える成果を上げることの困難性については、指針に提示され
た個別具体的な取組みの実施状況を俯瞰し、進捗管理できる権限・機
能を有する組織を、指針の中で明確に位置づけておくことができなか
ったことから、当初から想定できたことであった。

〇したがって、2023年度以降での、新たな科学技術振興指針の策定に
おいては、準備期間が十分に確保できることから、指針のビジョン・
シナリオ・プグラムについて論理的に議論できるプラットフォームを
設置・運営することと、シナリオ・プログラムの進捗管理を的確に実
施できる権限・機能を有する新組織を整備することに、県内外の産学
官民の英知を広く結集して、じっくり取り組んでいただくことをお願
いしたいのである。


ニュースレターNo.158(2020年2月20日送信)

長野県及び県内市町村ならではのソーシャルビジネス創出を加速するプラットフォームの形成
〜長野県及び県内市町村ならではの地方創生戦略の策定・実施化に資するために〜

【はじめに】
○全国の全ての都道府県・市町村が、それぞれ個別に策定した地方版
総合戦略に基づき取り組んで来ている「地方創生」のための様々な活
動も、その成果について十分な総括もなされないままに、第一期
(2015〜2019年度)を終え、第二期(2020〜2024年度)に移ろ
うとしているようである。

○そのような、今後の「地方創生」への新たな効果的な取組みの在り
方に関して、明快な「解」が提示できていない状況下、住民による住
民のための持続的な地域創生の在り方を提言する(一社)日本経済調
査協議会の調査報告書(2019年10月)「人生100年時代の地方創生」と、
全国の都道府県・市町村の2040年頃の重要課題(危機)を明示し、そ
の解決方策の基本的方向性を提示する「自治体戦略2040構想研究会
第二次報告(総務省2018年7月)」を、遅ればせながら目にする機会に
恵まれた。
 長野県及び県内市町村は、今まで以上に危機意識を強く持って、第
二期の地方版総合戦略の策定・実施化に、より真剣に、かつ、より論
理的に取り組まなければならないことを、改めて強く認識させられた
のである。

○「自治体戦略2040構想研究会 第二次報告」では、高齢者人口がピ
ークを迎える2040年頃の自治体行政の重要課題(危機)として、@若
者を吸収しながら老いていく東京圏と支え手を失う地方圏、A標準的
な人生設計の消滅による雇用・教育の機能不全、Bスポンジ化する都
市と朽ちていくインフラ、の三つを掲げ、これに対応しなければなら
ない自治体行政のOS(Operating System)の書き換えの基本的方向性
として、以下の五つを提示している。

※自治体行政のOSという概念:自治体の各種施策をアプリ(Application
Software)に例えた場合、そのアプリを円滑かつ効果的に稼働させ、
地域課題を解決できるようにするためには、優れたOSを自治体が用意
することが必要になることから、自治体行政のOSという概念を使用し
ている。

[自治体行政(OS)の書き換えの基本的方向性]
@個々の市町村が行政のフルセット主義を排し、圏域単位、あるいは
圏域を越えた都市・地方の自治体間での有機的な連携によって、都市
機能を維持確保する。
A都道府県・市町村の二層制を柔軟化し、それぞれの地域に応じた行
政の共通基盤を構築する。
B東京圏の行政課題の対処には、いわゆる埼玉都民や千葉都民等も含
めた東京圏全体のサービス供給体制の構築が必要になる。
C退職者等を含む様々な人材が多様な働き方(活躍)ができる受け皿
の整備を通して、公・共・私のベストミックスで社会的課題を解決で
きるようにする。
D自治体が個々にカスタマイズしてきた業務プロセスやシステムは、
ICTによって大胆に標準化・共同化する。

○以上の基本的方向性の中から、今回は、地方圏での新産業(新たな
雇用の場)の創出(中小企業の振興や起業の活性化等による新規雇用
機会創出)にも大きく関わる、Cの基本的方向性に焦点を当てて議論
することにしたい。

【人々の暮らしの将来的な維持のための、公・共・私の新たな協働の必要性】
○「自治体戦略2040構想研究会 第二次報告」では、少子高齢化で、
自治体職員の減少、地縁組織の弱体化、家族の扶助機能の低下、民間
事業者の撤退等が生じ、公・共・私それぞれの「暮らしを支える機能」
が低下する中、自治体は、新しい公・共・私相互間の協力関係を構築
する「プラットフォーム・ビルダー」へ転換することが必要としてい
る。そして、自治体の職員は、関係者を巻き込み、まとめる「プロジ
ェクト・マネージャー」になることが必要としている。
 そして、共・私が必要な人材・財源を確保できるように、公による
支援や環境整備が重要としているのである。

※プラットフォーム:ここでは、公・共・私の協働の下に、解決すべ
き地域課題を抽出・特定し、その解決方策の企画・実施化へ導く「場」
のことを意味している。
 その「場」に集う者については、当該課題の関係機関・組織はもち
ろん、地域課題の解決に関心を有する定年後の世代や、一定時間は地
域課題の解決のための役割を担える現役世代の参画に大きな期待を寄
せている。
 日本経済調査協議会の調査報告書「人生100年時代の地方創生」では、
プラットフォームを、様々なバックグラウンドを持つ個人(当事者)
が集い、地域課題の解決に挑む柔軟な組織として定義し、それぞれが
果たせる役割(資金調達を含む。)を分担し、個々の力を集約するこ
とで地域課題を解決できるようにすることを提言している。地域課題
に係る当事者としての住民の個人的力の結集によって課題解決を目指
す点を特徴とする提言となっている。ソーシャルビジネスというより、
より地域性に特化した住民主体のコミュニティビジネスによる地域課
題解決を想定している。

※プラットフォーム・ビルダー:自治体は「プラットフォーム・ビル
ダー」へ転換すべきとは、自治体の各種施策の担い手であり、また、
自主的に地域課題を把握しその解決方策を企画・実施化する主体にも
なりえる共・私を支え、共・私において必要な人材や財源を確保でき
るようにする支援や環境整備を行う役割に、自治体は特化すべきとい
うことを意味する。
 なお、プラットフォームは、地域課題の解決方策を企画・ビジネス
化するという、非常に難易度の高い作業に取り組むことになるため、
「プラットフォーム・ビルダー」としての自治体は、プラットフォー
ムがその作業をこなせるように、プラットフォームの人的体制、調査・
議論の進め方等を含む、基本的な運営方法を関係者に提示することが
必要となる。

○また、「自治体戦略2040構想研究会 第二次報告」では、公的部門、
民間部門いずれも労働力の供給制約を受ける中では、人々の暮らしを
支える(地域課題を解決する)新たな仕組みとして、定年退職者等が、
地域の人々の暮らしを支えるために働ける(活躍できる)新たな「共」
(地域・地縁を基盤とする新たな法人等)の創設が必要になるとして
いる。

○この新たな「共」の創設についての議論においては、ソーシャルビ
ジネスの創出が必ずテーマとなるはずである。
 なぜならば、ソーシャルビジネスは、様々な社会課題の解決を目指
して事業を展開し、補助金等の外部支援に大きく頼るのではなく、ビ
ジネスとして収益を上げることで、事業の継続性を確保することをミ
ッションとすることから、目指すべき理想的な新たな「共」の形と一
致するからである。

○そのソーシャルビジネスが収益を確保するためには、その事業の企
画・実施化の中にイノベーションという概念を組み込むことが必要に
なる。なぜならば、一般的にソーシャルビジネスは、社会性(社会的
貢献度等)は高いが、事業性(収益性等)は低くなる傾向にあり、ビ
ジネスの継続性を確保するためには、社会性と事業性を整合できる革
新的なビジネスモデルの構築が必要になるからである。その革新的な
ビジネスモデル構築の源泉がイノベーションになるわけであるが、
「自治体戦略2040構想研究会 第二次報告」も調査報告書「人生100年
時代の地方創生」も、この点については特に触れていない。
 そこで、以下で、各自治体のプラットフォームにおける、新たなソ
ーシャルビジネスの創出への作業において、如何にしたら、イノベー
ションを伴う、優位性のある高付加価値型のビジネスモデルを組み込
むことができるようになるのか、について議論してみたい。

※参考:ここでは、全国共通のイノベーションの定義に基づき議論す
るため、以下の「日本企業における価値創造マネジメントに関する行
動指針(2019年10月4日、経済産業省 イノベーション100委員会)」
のイノベーションの定義を用いることとする。

[イノベーションの定義]
@社会・顧客の課題解決につながる革新的な手法(技術・アイディア)
で新たな価値(製品・サービス)を創造し
A社会・顧客への普及・浸透を通じて
Bビジネス上の対価(キャッシュ)を獲得する一連の活動のこと

【新たなソーシャルビジネスを生み出すプラットフォームへの高付加価値型のビジネスモデル創出システムの組込みの在り方】
○「日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針」や
「イノベーション・マネジメントシステムの国際規格(ISO56002)」
等においては、既に人的・資金的資源等を有する既存組織におけるイ
ノベーションの創出手法(イノベーション・マネジメントシステム)
を提示してくれている。
 しかしながら、これらのイノベーション・マネジメントシステムに
ついては、自治体のプラットフォームに、そのまま導入・活用するこ
とは困難となる。なぜならば、地域課題解決のビジネス化(ソーシャ
ルビジネスの創出)の検討をするプラットフォームの場合では、その
ビジネスの実施主体(使える人的・資金的資源等を含む。)は当初は
全く決まっていないことが一般的だからである。

○そこで、以下のような、自治体のプラットフォームにおける、地域
課題解決のための新たなソーシャルビジネス創出へのプロセスを、一
つの事例として提案したい。
 なお、以下では、自治体が「プラットフォーム・ビルダー」として、
自治体職員が「プロジェクト・マネージャー」として関与するプラッ
トフォームに焦点を当てて論ずるが、自治体が直接的には関与せず、
地域住民が主体的に立ち上げるプラットフォームに基づく活動の活性
化も非常に重要であることから、その活性化のための政策的支援の在
り方等については、別途論ずることにしたい。

[プロセス1]
@プラットフォームの運営・管理(事務局)は、原則的に公が担当す
る。公の政策的支援の活用や政策的支援の改善要望等が、効果的に実
施できることになる。
Aプラットフォームの構成メンバーについては、その地域課題分野に
関係する組織・団体・企業等のほか、意欲ある個人も加え、実行力の
ある体制とする。
Bプラットフォームでの議論を通じて、地域課題を抽出・特定し、そ
の課題の解決によって実現できる「より住み良い地域社会の具体的姿」
を検討・提示・共有する。
 このことは、プラットフォーム構成メンバーの活動に係るベクトル
合わせに不可欠な作業となる。

[プロセス2]
@その地域課題の解決方策は、社会性と事業性を両立できる、ソーシ
ャルビジネスとして成り立つビジネスモデルとなるよう検討する。
Aビジネスモデルの検討においては、持続的な経営(付加価値創出等
の事業性の確保)を可能とする新規性・優位性を如何に確保するのか
について徹底的に議論する。
 その議論の一つの進め方として、以下の手法を提案できる。
A-1類似の地域課題の解決に既に取り組んでいる、他地域の類似ビジ
ネスの状況を探索する。
A-2既存の類似ビジネスが提供している製品・サービスが、こちらの
課題解決により適合できるように改善するとともに、こちらの方が品
質・価格面で圧倒的な優位性を確保できるようなビジネスモデルを検
討する。
A-3圧倒的な品質向上・低価格化のビジネスモデルの検討においては、
製品・サービスの提供に用いる技術・システム等を、新規性を有し特
許等で独占的に利用できるものの中から選定し、ビジネスモデルに優
位性(競争力)を確保する。
Bビジネスモデルの検討においては、当初から、類似の地域課題に悩
む他地域へも広くビジネス展開することを想定し、それに対応できる
ように工夫しておく。

[プロセス3]
@ビジネスモデルの決定に合わせて、そのビジネスの中核的実施主体
を決定する。
 中核的実施主体については、プラットフォームに参画している、中
小企業やNPO等の新規事業(プラットフォーム参画者の出資による新
法人の設立を含む。)として位置づける手法をとることによって、円
滑かつ速やかな事業化が可能となる。
A中核的実施主体による当該ビジネス具現化への、当該プラットフォ
ーム参画者の支援(役割分担)の在り方を検討・決定する。公・共・
私連携プロジェクトとしての試行から着手することが、円滑な事業化
に資することになる。
B当該役割分担の遂行、中核的実施主体による試行・自立化等に必要
な政策的支援プログラムを検討し、その整備を公に提案する。これに
対して公はできる限り協力する。

【むすびに】
○自治体行政の課題として、国が、都道府県・市町村の二層制の柔軟
化や、個々の市町村の域を超えた圏域化等を実現すべきことを提言す
る一方で、第二期の地方創生において、引き続き、全ての都道府県・
市町村が、個別に総合戦略を策定・実施化することを国が主導するこ
とになれば、国の政策的対応が統一性を欠いているという批判を受け
ることになるのではないだろうか。

○関係の産学官の皆様方には、長野県と県内市町村の総合戦略が、そ
れぞれが直面している重要課題を的確に把握し、県と市町村の二層制
の柔軟化、市町村の域を超えた圏域化、プラットフォームの設置・運
営等を先進的に組み込んだ、実効性のある課題解決方策を提示できる
よう、積極的なご支援・ご協力等をお願いしたいのである。


ニュースレターNo.157(2020年1月26日送信)

二酸化炭素の排出抑制と地域産業の発展とを整合できる木質バイオマス活用産業クラスターの形成
〜改質リグニンに注目した産業クラスター形成戦略の優位性確保の在り方〜

【はじめに】
○長野県は、全国有数の森林県であり、また、全世界に向けた地球環
境保全に係る「持続可能な社会づくりのための協働に関する長野宣言」
の提唱者でもあることから、再生可能でカーボンニュートラルな資源
である木材を扱う林業・林産業の活性化(工業等との連携を含む。)
を通した、地域産業の持続的発展と、二酸化炭素の排出抑制への貢献
とを整合できるようにするための一つの重要な方策として、新たな木
質バイオマス活用産業クラスター形成への挑戦を、県が主導すべきで
はないかとずっと主張し続けてきている。

※参考:ニュースレターNo.5(2013.5.18送信「『木の科学技術』に
よる地域産業の振興」)
 ニュースレターNo.135(2019.1.12送信「バイオリファイナリーに
よる新たなサステナブル地域産業集積の形成〜優位性のある『長野県
バイオマス活用推進計画』の策定に資するため〜」)

※バイオマス:石油等の化石資源を除く再生可能な動植物由来の有機
性資源のこと。木質バイオマスとしては、長野県の場合、林業からの
林地残材、木屑等の他、キノコ栽培からの廃培地(廃おが粉)も、高
付加価値型の有効活用が期待される、長野県特有の事例として挙げる
ことができるだろう。
 農林水産省の資料によると、廃棄物系の製材工場等残材や建設発生
木材においては、90%以上が活用されているが、林地残材の活用は10
%未満になっている。

※バイオリファイナリー:バイオマスを原料として、バイオ燃料(バ
イオエタノール等)や有用化学品(バイオプラスチック原料、糖類等)
を製造する技術のこと。バイオマスの各種成分の応用に係る多種多様
な産業群を創出できる、バイオマス活用産業クラスター形成の基盤的
な技術群と言えるものである。

○過日、森林総合研究所と産業技術総合研究所による公開シンポジウ
ム「地域リグニン資源のニュービジネス〜環境適合性とSDGsへの貢献
〜」に参加し、パリ協定が定めた、今世紀後半の温室効果ガス・ネッ
トゼロエミッション(人為起源の排出量と吸収量の均衡)達成に向け
て、長野県が、木質バイオマス活用産業クラスター形成に取り組むこ
との意義・重要性を改めて強く認識させられた次第である。

※リグニン:木質の細胞壁の主成分は、セルロース(45〜50%)、ヘ
ミセルロース(20〜30%)、リグニン(20〜30%)であり、木質化は
リグニンの細胞壁への沈着による。リグニンは、最も豊富に存在する
天然の芳香族ポリマーで、紙パルプやバイオエタノールの製造工程等
での副産物として得られる。しかし、樹種等によってその性状が大き
く異なり、工業原料に必要な品質の均一性を確保することが困難で利
用は進んでいない。

○ニュースレターNo.135でも述べた通り、バイオマスの活用について
は、「バイオマス活用推進基本法(2009年9月21日施行)」に基づき、
国が「バイオマス活用推進基本計画」を策定し、都道府県及び市町村
が、法的努力義務として「バイオマス活用推進計画」を策定すること
になっているが、長野県は未だに策定しておらず、県内市町村おいて
も、10市町村のみが、同計画に代替できる「バイオマスタウン構想」
を策定しているに過ぎない状況となっている。

○このような状況下、前述の公開シンポジウムにおいて、木質バイオ
マス(主に日本の固有種であるスギ材)を原料とする改質リグニンの
工業原料としての可能性に関する最新情報に触れることができ、地球
環境保全に積極的に取り組むことを内外に強くアピールしている環境
先進県・長野に相応しい、他県等に比して優位性・独創性を有する、
持続可能で高付加価値型の木質バイオマス活用産業クラスターの実現
可能性が一層高まってきていることを確認できたのである。

○そこで、その木質バイオマス活用産業クラスター形成を一つの柱に
据えた、長野県ならではの「バイオマス活用推進計画」の早期策定・
実施化の重要性について、関係の産学官の皆様にご理解を深めていた
だきたく、今回のテーマを選定した次第である。

※改質リグニン:日本の固有種であるスギ材から製造される新素材で、
ポリエチレングリコール(PEG)が結合した形でスギ材から取り出され
る。結合するPEGの分子量を変えることにより、熱溶融温度等の物性を
制御することができる。
 なお、スギ材のリグニンを用いる理由は以下の通り。
 広葉樹材のリグニンは、分離は容易だが、多様性が高く、樹木の生
息環境や、同じ樹木内でも部位により分子構造が大きく異なり、品質
の安定性を担保するのが難しい。一方、スギ材のリグニンは、地域や
部位により、含有量には差はあるが、性質のバラツキが少なく、常に
同一性能を求められる工業原料として適している。更に、スギ材はリ
グニン量が比較的多く、材中の含有量も3割を下回ることはほとんど
ないという優位性を有する。

【バイオリファイナリーによる木質バイオマス活用産業クラスター形成の意義】
○他県等でも既に取り組んでいる、バイオリファイナリーによる木質
バイオマス活用産業クラスターの形成において、長野県が優位性を確
保できる根拠については、以下のように整理できるだろう。

[長野県の優位性確保の根拠]
木質系のバイオリファイナリーにおいては、原料が林地残材等になる
ことから、その収集・運搬コストの削減が大きな課題となっている。
その解決方策としては、当該原料の発生場所の近くにバイオリファイ
ナリー装置を設置することが最も合理的となる。その実現のためには、
バイオリファイナリー装置の小型・軽量化、移設可能化等の工夫が必
要となる。
 長野県のものづくり産業は、超精密加工技術、軽薄短小化技術等に
おいて世界的競争力を有するとともに、バイオリファイナリー装置の
製造に必要になる、様々な高度加工・組立技術の集積度も高いことな
どから、バイオリファイナリーは、県内ものづくり産業の有望な新規
展開分野となる可能性が非常に高いと言えるのである。

○バイオリファイナリーにおいて、その性状の多様性等から、技術的
に非常に困難と言われていた、木材成分の約3割を占めるリグニンの
工業原料としての応用が、森林総合研究所と産業技術総合研究所を中
心とするナショナルプロジェクト(2014〜2018年度)による研究開発
によって可能となったのである。
 より具体的には、木材中のリグニンを、PEGと結合した形で取り出し、
耐熱性、難燃性、熱可塑性、生分解性などの、高機能性を有する工業
原料、すなわち、改質リグニンとする技術が確立されたのである。
 このような改質リグニンの高機能性を応用した、実現可能な工業製
品(主に工業原材料)の事例として、3Dプリンター用フィラメント、
射出成型用プラスチック樹脂、電子基板用フィルム、繊維強化用樹脂、
配管シール材などが挙げられ、既存製品に対する品質面での優位性も
明らかにされてきているのである。

○このように、改質リグニンの製造・応用技術は、中山間地域を拠点
とする高付加価値型の木質バイオマス活用産業クラスター形成の可能
性を格段に高めるものであり、県内工業等への波及効果も大きく期待
できることから、改質リグニンの製造・応用技術を、産業クラスター
形成の中核技術に据えた、長野県ならではの優位性を有する木質バイ
オマス活用産業クラスターの形成戦略の在り方について、以下で議論
を深めてみたい。

【改質リグニンを活用した木質バイオマス活用産業クラスターの形成における優位性確保の在り方】
○改質リグニン関連産業からなる産業クラスターとは、具体的には、
@林地残材等の収集・運搬、A改質リグニンの製造、B改質リグニン
の工業原材料への加工・機能化(無機資源とのハイブリッド化等)、
C改質リグニン由来の工業原材料を活用した最終製品の製造、D各工
程から排出される廃棄物の有効活用(A工程からのセルロースの糖・
アルコール原料としての活用等)、などの様々な工程からなるサプラ
イチェーンとして構成されることになる。

○当然、@〜Dの各工程で使用される様々な機器等の製造・販売等を
含む、多くの関連産業も、当該クラスター内や、当該クラスターの地
理的範囲を越える広域的な産学官連携ネットワーク内に組み込まれる
ことになる。技術的・経済的波及効果が非常に大きい産業クラスター
になりうるのである。

○他県等において既に取り組み始めている、改質リグニンを活用した
ニュービジネスの創出活動に対して、長野県が優位性を確保するため
には、県の主導の下、森林総合研究所や産業技術総合研究所等の協力
を得て、以下の二つの手順によって、できるだけ速やかに、改質リグ
ニンを応用する木質バイオマス活用産業クラスター形成の意義・可能
性等について検討・評価していただき、その結果、意義・可能性等が
認められる場合には、同クラスター形成戦略の策定・実施化に直ちに
着手していただきたいのである。

[手順A:工業サイドへの対応=改質リグニンの製造・応用に関する基
礎的情報の提供、技術的・経済的評価の機会の提供]
@改質リグニンの製造・応用技術等についての情報収集を含む、基礎
的な調査研究を実施し、その結果を県内の産学官に広く周知する。

A改質リグニンの製造・応用等に関心のある産学官による「調査研究
組織」を立ち上げ、県内産業の石油等化石資源を用いた既存製品の、
再生可能資源である改質リグニンを用いた新規代替製品(地球環境に
優しい製品)への転換の可能性や、その具現化方法等について調査研
究し、その成果を産学官で共有する。

B県内産業に大きな技術的・経済的波及効果が期待できる改質リグニ
ン応用製品について、産学官共同研究開発体制によって試作開発・評
価等を実施し、その成果を県内企業等に公表するなど、改質リグニン
の応用についての、個々の企業等による技術的・経済的評価に資する
機会を広く提供する。

C県内の工業サイドにおいて、改質リグニンの製造・応用技術の活用
への意欲が高まってきたところで、林業・林産業サイドと一緒になっ
て、改質リグニンの製造・供給体制の構築を含む、「改質リグニン活
用産業クラスター」の形成に関する議論を開始する。

[手順B:林業・林産業サイド+工業サイドへの対応=「改質リグニン
活用産業クラスター」の形成戦略の在り方等の検討]
@県内工業サイドにおいては、改質リグニンの優れた機能を活用した
地球環境に優しい製品を開発・製造・販売できれば、その改質リグニ
ンやそれを用いた工業原材料が、他県等で製造されたものであっても、
経済的にも社会的にも大きなメリットを得ることができる。
 しかし、県内の林業・林産業の発展の視点からは、県内で改質リグ
ニンを製造できなければ、何のメリットも得ることができない。
 したがって、原料となるスギ材の収集・運搬や改質リグニン製造か
ら、工業原材料への加工・機能化、それを用いた最終製品の製造、セ
ルロース等の副産物の有効活用等に至るまでの、各種工程を県内の特
定地域に集積させること(「改質リグニン活用産業クラスター」の形
成)を政策的にどのように目指すべきかについての議論を、林業・林
産業サイドと工業サイドの産学官の中で、できるだけ速やかに開始す
ることが必要となる。(手順Aの@〜Bと並行させることも考えられる。)

Aその議論においては、林業・林産業サイドと工業サイドの産学官か
らなる「調査研究組織」を立ち上げ、どのような産業群からなる、ど
のような技術的・経済的優位性を有する産業クラスターの姿(ビジョ
ン)の実現を目指すべきか、そのビジョン実現への道筋(シナリオ)
はどうすべきか、そのシナリオの着実な推進のためには、どのような
施策(プログラム)が必要になるのか、というような論理的な議論の
展開に配慮することが重要となる。
 ビジョン実現のためには、県内企業(技術)等のみでは不可能と想
定できることから、当然、シナリオの中には、他県等の企業(技術)
等の参画の促進を位置づけ、それに必要なプログラムを用意すること
になる。

B「改質リグニン活用産業クラスター」形成へのビジョン・シナリオ・
プログラムの在り方に関する産学官の議論が煮詰まったところで、そ
の結果を、単独の「改質リグニン活用産業クラスター形成戦略」とし
て策定・実施化するのか、あるいは、他の木質バイオマスの活用も含
む総合的な「木質バイオマス活用産業クラスター形成戦略」の中に中
核的戦略(中核的プロジェクト)として位置づけるのか、方針を決定
する。

Cいずれにしても、「改質リグニン活用産業クラスター」形成戦略の
中核的推進拠点を、県組織あるいは関係団体等の中に整備し、当該拠
点の主導の下に、同クラスター実現へのシナリオの着実な推進のため
の各種プログラムの企画・実施化に、効果的に取り組めるようにする
ことが必要となる。

【むすびに】
○環境先進県・長野としては、木質バイオマス活用産業クラスター形
成戦略の策定・実施化に取り組むべきであることは明らかであろう。
その戦略の策定作業においては、優れた機能を有する改質リグニンの
製造・応用技術を活用する「改質リグニン活用産業クラスター」の形
成を中核に据えることについて検討すべきことも明らかであろう。

○長野県は、「バイオマス活用推進基本法」に基づく法的努力義務を
果たすため、木質バイオマス以外のバイオマスの活用方策等も含む、
総合的な「バイオマス活用推進計画」を策定することになるだろうが、
その中には、県内の工業サイドに非常に大きな経済的・社会的メリッ
トをもたらしうるバイオリファイナリー、特に、改質リグニンの製造・
応用技術を中核に据えた、木質バイオマス活用産業クラスター形成戦
略を組み込んでいただくことを期待したい。

○関係の産学官の皆様には、本県の林業・林産業の活性化(工業等と
の連携を含む。)を通した地域産業の持続的発展と、二酸化炭素の排
出抑制への貢献とを整合できるようにするための重要戦略である、木
質バイオマス活用産業クラスターの形成を中核に据えた、長野県なら
ではの「バイオマス活用推進計画」が早期に策定・実施化されるよう、
ご支援・ご協力等をお願いしたいのである。


ニュースレターNo.156(2020年1月16日送信)

長野県における新たなヘルスケア産業振興戦略の策定・実施化の必要性
〜県内ものづくり産業の強みである超精密加工技術を新規ヘルスケア産業創出・付加価値向上に結びつけるために〜

【はじめに】
○過日、富山大学大学院主催の「生命融合科学教育部シンポジウム 
ヘルスケアとバイオセンシング〜Society5.0時代を迎えて〜」に参加
する機会に恵まれ、ヘルスケア産業の発展に大いに資するであろう、
様々な先端的バイオセンサーの最新情報に触れることができた。

○その講演を聞く中で、長野県においては、県内ものづくり産業の国
際競争力の源泉をなす超精密加工技術や、信州大学等に高度に蓄積さ
れている機能材料分野等の先端的知見を活用した、長野県ならではの
ヘルスケア産業の創出・高付加価値化に資する、センサー等の機器の
開発・事業化に積極的に取り組むべきであるにも関わらず、その産学
官の優位性を活かせる取組みが、現状では活発とは言えない状況にあ
るのではないかという、従来からの「問題意識」が改めて鮮明化させ
られたのである。

※参考1:バイオセンサーとは、簡単に言えば、疾病のマーカーとな
る血中等の特定物質を、生物起源の酵素反応や抗原抗体反応等によっ
て高選択性で分離・捕捉し、その量を電気信号に変換することによっ
て測定する技術を応用したもの。軽薄短小化、高性能化、低価格化等
の可能性が高いという優位性を有する。

※参考2:同シンポジウムでは、様々な研究開発中のバイオセンサー
の事例が紹介された。健康寿命の延伸のためには、生活習慣病の早期
発見・早期治療が必要で、生活習慣病の罹患程度を肉体的・精神的負
担の少ない方法で正確に把握できるバイオセンサーの中でも、ウェア
ラブルセンサーへのニーズが増大している。
 例えば、現在、糖尿病の早期発見のためには血糖値を測定している
が、ウェアラブルかつ非侵襲で血糖値を測定できるようにするために、
血液より採取しやすい涙や唾液の中の糖(血糖値との一定の相関関係
がある)を測定することとし、コンタクトレンズ型やマウスピース型
の血糖値センサーの開発が進められている。
 また、呼気中のアセトン(体内で脂肪がエネルギー源として消費さ
れる時にできる物質)を測定することによって、糖尿病の罹患程度を
把握できるセンサーの開発も進められている。

○そこで、長野県のものづくり産業の国際競争力の源泉である超精密
加工技術や、信州大学等が有する機能材料分野等の先端的知見を活用
した、産学官連携による、ヘルスケアに貢献できる、バイオセンサー
を含む新規センサー等の機器開発・事業化を中核に据えた、新たなヘ
ルスケア産業振興戦略の策定・実施化の必要性について、以下で議論
してみたい。

【我が国におけるヘルスケア産業振興の政策的動向】
○経済産業省は、少子高齢化が進む中、国民の医療費や介護費等の社
会保障費の増大という非常に困難な課題の解決方策の一つとして、日
本の平均寿命と健康寿命の差(日常生活に制限のある「不健康な期間」
で約10年)の短縮化(健康寿命の延伸)による社会保障費の削減のた
め、国民一人ひとりの健康増進を支えるヘルスケア産業の振興(公的
保険外サービスの産業群の育成と公的保険外サービスの活用への個人
投資の活性化)に力を入れている。
※参考資料:生涯現役社会の構築に向けた「アクションプラン2019」
  次世代ヘルスケア産業協議会(2019年4月)

○具体的には、経済産業省は、2013年から官民一体の「次世代ヘルス
ケア産業協議会」を設置し、様々な対応策の検討を進めてきている。
都道府県に対しても、それぞれ「地域版次世代ヘルスケア産業協議会」
を設置し、国と連携して地域におけるヘルスケア産業の振興に取り組
むよう、政策的に誘導してきている。

○このような状況下、長野県においても2015年に、ヘルスケア関連事
業に関心のある企業、団体等で構成する「長野県次世代ヘルスケア産
業協議会」を設置(事務局は長野県経営者協会、信州大学、長野県で
構成)し、その下に実働部隊としての4つの分科会(「健康」+「サー
ビス」、「健康」+「観光」、「健康」+「食」、「健康」+「ものづく
り」)を設置し、産業分野別にヘルスケア産業の振興に取り組んで来
ている。
 すなわち、「長野県次世代ヘルスケア産業協議会」は、産学官連携
(オープンイノベーション)による新規ヘルスケア産業創出活動の、
プラットホームとしての役割を果たすことを期待されているとも言え
るのである。

【健康寿命延伸のための取組みの一つの方向性】
○健康寿命延伸のための取組みについては、医学的視点、社会的視点
等から様々な幅広い取組みの必要性が提唱され、実施されてきている
が、ここでは、議論の拡散を避けるため、生活習慣病の発症予防に焦
点を絞ることにしたい。
※生活習慣病:食事・運動・休養・喫煙・飲酒等の生活習慣が、その
発症や進行に関与する非感染性疾患を指し、悪性新生物、高血圧性疾
患、脳血管疾患、心疾患、糖尿病等がある。
 日本人の健康に大きく影響するものが多く、予後不良のものも多い
ため予防が重要となる。医科診療費の3分の1以上が、生活習慣病関連
となっている。

○また、ヘルスケア産業(公的保険外サービスの産業群)についても、
「健康保持・増進に働きかける産業」と「患者や要支援・要介護者の
生活を支援する産業」に大きく分類できるが、やはりここでは議論の
拡散を避けるため、生活習慣病の予防に資する「健康保持・増進に働
きかける産業」としてのヘルスケア産業に焦点を絞ることにしたい。

○生活習慣病の予防に資するサービスの創出・提供においては、その
サービスを受ける消費者が、そのサービスの効果を容易にかつ定量的
に把握できる要素を組み込むことが、当該サービスの付加価値向上に
は不可欠となる。
 より具体的には、例えば、生活習慣病の罹患の程度の把握に資する、
各種のマーカー(血圧、心拍数、血中の糖・脂質等の成分値など)を
自分で容易に測定・評価できる非侵襲のセンサーの提供等が考えられる。

○そのセンサーが、生活習慣病の予防に取り組む人々に広く普及し、
健康管理に大きく資するようにするためには、センサーの軽薄短小化
や低価格化等によって、ユーザーサイドの肉体的、精神的、経済的な
負担を最小限に止めることが不可欠となる。
 そこで、センサーの中でも、軽薄短小化、高性能化、低価格化等に
おいて、他のセンサーに比して優位性を有するバイオセンサーへの注
目度が高まっているのである。

○新規バイオセンサーの開発・事業化における技術的・経済的課題の
解決については、長野県のものづくり産業は、その優れた超精密加工
技術と、信州大学等に高度に蓄積された機能材料分野等の先端的知見
を活用しやすい立場にあるという優位性を有することから、バイオセ
ンサーの開発・事業化を、高付加価値型の新規ヘルスケア産業の創出
戦略の柱の一つに位置づけることに、戦略的な意義を見出すことがで
きるのである。

○しかしながら、長野県が取りまとめている「長野県ヘルスケア機器
等製品開発事例集」(2019年改訂版)を見てみると、県内企業が開発
したヘルスケア機器については、3年間で10社の13件しか掲載できてお
らず、その中に、生活習慣病の罹患程度の把握に資するセンサー分野
に属するものは一つも見つけられない状況である。すなわち、生活習
慣病の予防に資するセンサー等のヘルスケア機器の開発・事業化活動
が活性化できていない状況にあることが窺えるのである。

【長野県のヘルスケア産業振興戦略の質的高度化〜新規ヘルスケア機器
の開発活動活性化と、その成果の新規高付加価値型ヘルスケアサービス
への早期組込みのための「政策的仕掛け」の必要性〜】
○バイオセンサー等の新規ヘルスケア機器の開発活動の活性化と、開
発されたヘルスケア機器のヘルスケアサービスへの組込み(社会実装)
の促進のためには、「『健康』+『ものづくり』分科会」(以下、「も
のづくり分科会」という。)の構成企業等が、他の3つの分科会の構成
企業等(ヘルスケア機器のユーザー)が創出・事業化を目指す新サー
ビスの付加価値向上に資する新規ヘルスケア機器の開発に、産学官連
携(オープンイノベーション)によって効果的に取り組むことができ
るようにする「政策的仕掛け」を設置することが重要となる。

○より具体的には、「ものづくり分科会」の構成企業等が有する技術
力(ヘルスケアに資するセンサー等の機器開発力)と、他の分科会の
構成企業等のヘルスケアサービスの創出・事業化や高付加価値化に必
要な技術(新規ヘルスケア機器への顕在的・潜在的ニーズ等)とのマッ
チングに資する、「政策的仕掛け」をヘルスケア産業振興戦略の中核
に据えるべきことになるのである。

○そして、もう一つ「政策的仕掛け」に組み込むべき重要な要素は、
「ものづくり分科会」以外の3分科会の構成企業等が、新規のヘルスケ
アサービスの創出・事業化に取り組む場合には、当該サービスが健康
増進に資することについて、厳密に立証された科学的根拠を、必ずユ
ーザーサイドに提示することを義務づけるシステム(「長野県次世代
ヘルスケア産業協議会」の構成企業等の間での取決め)を組み込むこ
とである。このことによって、長野県発のヘルスケアサービスへの信
頼度は高まり、付加価値やブランド力を大きく増大することが可能と
なるのである。

○また、ヘルスケアサービスを創出・事業化する企業等が、その健康
増進効果の厳密な科学的根拠の提示を重視するようになれば、その科
学的根拠となる各種データの収集・分析に用いる各種センサー等の機
器へのニーズは高まることになる。
 ここに、必要なセンサー等の機器を開発・提供できる県内のものづ
くり産業や、厳密な科学的根拠を提供できる大学等と、ヘルスケアサ
ービスを創出・提供する各種サービス産業の連携、すなわち、長野県
ならではの産学官連携(オープンイノベーション)による新規ヘルス
ケア産業創出活動の真の意義(「長野県次世代ヘルスケア産業協議会」
の産学官連携プラットホームとしての存在意義)を見出すことができ
るのである。

○経済産業省の「アクションプラン2019」においても、「地域資源を
活用した新たなヘルスケア産業の創出」として、科学的根拠に基づく
ことを前提とする、以下の三つの事例を提示している。
@地域の農産物・食品の機能性を活用した、食関連の新規ヘルスケア
産業の創出
A温泉の効能等の地域資源を活用した、新たなヘルスツーリズム関連
の新規ヘルスケア産業の創出
B地域が普及に取り組むスポーツの効能に注目した、スポーツツーリ
ズム関連の新規ヘルスケア産業の創出

○以上のことから、「ものづくり分科会」と他の3分科会を構成する
産学官の、新規ヘルスケア産業創出に係るニーズ・シーズのマッチン
グシステムと、構成企業等による新規ヘルスケアサービスの創出・事
業化における効能の科学的証明を義務づけるシステムを内包する「政
策的仕掛け」を設置・稼動できるようにすることが、長野県のヘルス
ケア産業振興戦略の質的高度化(優位性・独創性の確保)に大きく貢
献できることになるのである。

【むすびに】
○国民の医療費や介護費等の社会保障費の増大という、非常に困難な
課題の解決方策として極めて重要なヘルスケア産業の振興への、長野
県の産学官連携(オープンイノベーション)による取組みには、まだ
まだ多くの改善すべき点があることは明らかであろう。

○しかしながら、このことは言い方を換えれば、長野県の地域産業の
国際的な市場競争力の強化と、住民生活の質的豊かさの向上との整合
に大きく貢献できる、長野県ならではの新規ヘルスケア産業の創出の
可能性を格段に高める余地が、まだまだ大きく残されているというこ
とになるのである。

○したがって、関係の産学官の皆様には、「長野県次世代ヘルスケア
産業協議会」の活動の高度化・活性化や、県の新たなヘルスケア産業
振興戦略の策定・実施化に、更に積極的なご支援等を賜ることをお願
いしたいのである。


ニュースレターNo.155(2020年1月1日送信)

飯田地域を中心とする航空機産業クラスター形成戦略の質的高度化と具現化促進を願って
〜「地方都市における航空機産業クラスター形成の困難性」に関する学術論文を参考として〜

【はじめに】
○長野県においては、県の航空機産業振興ビジョン(2016年5月策定)
等に基づき、飯田地域を中心とする国際競争力を有する航空機産業ク
ラスターの形成を目指し、様々な施策が、産学官連携によって強力に
展開(国、県、飯田市、信州大学等が、飯田市の拠点施設に相当の人
的・資金的投入を実施するなど)されて来ている。

※参考:飯田地域においては、県が航空機産業振興ビジョンを策定す
るずっと以前から、航空機産業クラスター形成に積極的に取り組んで
来ており、経済産業省も地域独自の先進的な取組みとして注目し、様々
な支援策を講じて来ている。
 例えば、既に2009年には、経済産業省の仲介で、飯田地域の航空機
産業クラスター形成の中核的推進機関である(公財)南信州・飯田産
業センターの担当者が、ベルギーのブリュッセルで開催された「OPEN
DAYS」(EU各国の地方政府・団体等が毎年集まり、地域産業政策等に
ついて議論する大規模なイベント。6000人以上の参加者、100以上の
ワークショップの実施)の一つのワークショップで、飯田地域の航空
機産業クラスター形成への取組みを、日本の地方都市の先進的事例と
して発表している。

○最近、日本海側の県庁所在地のY市が取り組む、航空機産業クラス
ター形成に関する課題等について論理的に分析した、新潟大学工学部
の小浦方格氏の論文を読む機会に恵まれた。
 そして、その論文が、「地方都市における航空機産業クラスター形
成の困難性」について、航空機産業が内包する特殊性等を根拠として
論理的に解説していることから、その論文が、飯田地域を中心とする
航空機産業クラスター形成の実現を目指す、産学官の今後の取組みの
在り方について検討する(PDCAサイクルを回す)際に、大いに参考に
なるものと考え、今回、その一部を紹介するとともに、その活用等に
ついても言及することにした次第である。

※参考文献:新潟大学自然科学系(工学部)小浦方格「先端産業クラ
スターの形成を通じた地方創生の可能性に関する考察」
 この論文は、各種の公開資料の精査、関係者へのインタビューやア
ンケート等により、Y市における航空機産業クラスター形成における様々
な課題について多角的に検証している。

○飯田地域を中心とする航空機産業クラスター形成に取り組んで来て
いる産学官の方々は、私がここで小浦方論文をわざわざ持ち出さなく
ても、論文が指摘する「地方都市における航空機産業クラスター形成
の困難性」については、今日までの経験等から既に十分に承知されて
いることと思われる。

○しかしながら、このあたりで、関係の産学官の方々が、10年以上に
わたる、飯田地域を中心とする航空機産業クラスター形成活動の経済
的・技術的な意義等について、学術的な視点も加えて、より論理的に
再評価し、その実現への道筋やその着実な推進のための各種事業の在
り方等について、より多角的な視点からじっくり議論・確認し、同地
域のクラスター形成戦略の優位性・有望性等を、改めて内外に強くア
ピールすることの、今後の効果的なクラスター形成活動にとっての有
益性に鑑み、その議論のきっかけ作りになればと考え、今回のテーマ
を選定した次第である。
 以下、小浦方論文に基づき議論を展開することとしたい。

【Y市の航空機産業クラスター形成における課題】
○Y市は、国際空港でもある航空インフラの活用と活性化、近隣他地域
との連携も視野に入れた、市内製造業の高付加価値化と雇用者増を目
指し、2007年に施行された企業立地促進法に基づいた基本計画におい
て、航空機産業を次世代基幹産業の一つとして位置づけ、新たな産業
集積、いわゆる航空機産業クラスターの形成を目指すこととした。

○Y市の航空機産業クラスター形成への取組みにおいては、主に無人
機の開発、中小企業向け共同工場の設立、海外展示会への出展、品質
マネジメント規格認証取得への支援、MRO(maintenance, repair,
overhaul)事業の提案を実施するとされた。
 現在までに国の補助金等を利用し、市内2か所の共同工場の稼働等
の実績を上げている。

○Y市における航空機産業クラスター形成実現への課題については、
以下のような5つの視点から具体的に整理されている。

[1 市場規模の視点から]
○日本の航空機関連生産額は、自動車製造業製品出荷額(53兆円で全
製造業の17.5%)の5%程度に過ぎない。
 航空機産業の世界的な生産内訳は、概ね機体25%、エンジン35%、
その他の装備品40%と言われる。しかし、日本国内に限ると、機体と
エンジンがそれぞれ50%弱、残りの僅かな部分を装備品が占める構成
になっている。比較的品質要求が低く、参入しやすい装備品の製造に
中小企業が集中する構造になっている。

○発注元からのコスト削減要求も厳しく、「付加価値が高い航空機産
業」と一括りに捉えることには注意を要する。以下で述べる高い参入
障壁や品質マネジメント体制の構築・維持に要するコストも考慮すれ
ば、地方都市での航空機産業クラスター形成は、非常に困難な道のり
となる。

[2 高度な技術と品質マネジメントの視点から]
○航空機産業は他産業と同様、完成機メーカーを頂点とする多層に渡
るサプライチェーンを形成している。中小企業が新規に参入する場合、
多くはサプライチェーンの下層において、確実なQCD(quality, cost,
delivery)による実績を積み重ね、上層顧客の信頼を勝ち取らなけれ
ばならない。この場合のコスト低減圧力は、「付加価値が高い航空機
産業」という印象からはほど遠く、利幅と規模の小さい仕事を長期間
継続する企業体力が必須となる。

○技術的難易度の幅が広くても、高度な品質マネジメントは同じよう
に要求される。最低でもJISQ9100、特殊工程の場合には、更にNadcap
と呼ばれる品質マネジメントシステム規格に関する国際認証の取得を
求められる。

○サプライチェーンの上層企業からの、部品の加工工程毎に異なる下
層企業への発注形態(のこぎり型発注)から、下層企業の連携体への
多工程一括発注形態への転換は、厳格な品質マネジメントの観点から
は現実的ではないとの声も強いとされている。

[3 他の産業分野への技術的・経済的波及効果の視点から]
○技術的波及効果については、航空機部品加工に必要な技術は非常に
特異であることから、同じように高度な加工技術を求められる医療機
器部品等の他分野に、そのまま波及させることは非常に困難とのこと
である。

○経済的波及効果については、@航空機部品を製造するためには高度
な品質マネジメントシステムの認証取得が必要であるが、中小企業に
とってはその取得の困難性が高いこと、A一度決定した工程は原則変
更不可能であること、B原材料の入手先も顧客から指定されることが
多いこと、などの理由から、地域内で幅広く多層に渡るサプライチェ
ーンを形成することは困難であり、工程間連携による地域内での経済
的波及効果は自ずと限定的となるとのことである。

[4 航空機産業の収益構造の視点から]
○航空機産業においては、機体及びエンジンの完成品を販売した時点
では赤字で、その後のMRO(maintenance, repair, overhaul)事業を
通して投資を回収する収益構造になっているとのことである。川下企
業であっても、製品単独で黒字化するには上市後7〜8年はかかるとの
ことである。

○航空機の製造には、極めて厳しい型式証明取得プロセスを経なけれ
ばならず、それが決して容易ではないことは、日本のMRJ(現MSJ)の
事例からも明らかである。また、例え上市できたとしても、市場での
不具合によっては、ボーイング737MAXの事例のように、全面飛行停止
から製造停止となることもある。
 したがって、企業にとっては、航空機関連部品に過度に依存・期待
することには慎重であるべきで、全売上高に対する同部品の適正割合
は15%程度と言われている。

[5 航空機産業クラスター形成戦略の具現化の視点から]
○地域として、航空機産業クラスター形成に相当の公的資金を投入し
て、地域産業の活性化を図ろうとするのであれば、当然、明確な目標
と中長期に渡るロードマップ、波及効果への期待を提示し、それにつ
いての十分な理解(リスクを含む。)と合意が、地域において形成さ
れなければならない。

○航空機産業の振興に関する地域での議論において、同産業に係る
「先端」、「高度」、「高付加価値」などの用語を使用する場合には、
その用語の本質的・具体的な意味を地域の関係者の間で理解・共有し
た上で使用し、決して、意味を曖昧にしたままで、クラスター形成戦
略のビジョン・シナリオ・プログラムの在り方等に関する議論を進め
ることが無いよう留意する必要がある。

○Y市の場合、前述のプロセスの実施が、Y市議会の会議録等からも、
大雑把かつ曖昧になされてきた印象が否めない。
 Y市において、従来の取組みの問題点を反省し、航空機産業クラスタ
ー形成の具現化に取り組んでいくためには、航空機産業に関する曖昧
な印象や思い込みを排除した厳密かつ論理的な議論と、様々な産学官
関係者の賛同と参画、広域的で濃密な産学官交流ネットワークの形成
等が極めて重要になる。

【航空機産業クラスター形成における中核的推進機関の果たすべき役割の重要性】
○小浦方論文が指摘する「Y市における航空機産業クラスター形成実現
への課題」を解決するためには、その課題の解決方策について、産学
官連携によって検討・策定・実施化することを主導できる、クラスタ
ー形成活動の中核的推進機関の存在が不可欠となるはずであるが、同
論文においては、その中核的推進機関の存在意義(果たすべき役割の
重要性等)については、ほとんど触れられていない。

○長期間にわたり、山あり谷ありの非常に困難な道のりを進まなけれ
ばならない、地方都市の航空機産業クラスター形成活動の持続的推進
を可能とするためには、クラスター形成への強い意思を持った(確固
たる信念と指導力を持ったリーダーを頂点とする人的体制を整えた)、
クラスター形成活動の全体を常に俯瞰し、PDCAサイクルを回していく
ことを主導できる、中核的推進機関の存在が不可欠となるのである。

○この考え方の正当性については、10年以上にわたり、飯田地域の航
空機産業クラスター形成活動の中核的推進機関の役割を果たしてきた、
飯田地域(市町村)の主導によって設立された(公財)南信州・飯田
産業センターの活動内容が証明していると言えるだろう。
 ここでの詳細な説明は割愛させていただくが、同センターは、クラ
スター形成推進力を高めるため、国、長野県、信州大学等の産学官と
の緊密な連携によって、航空機産業振興に必要なソフト・ハードを、
同センターの中に順次戦略的かつ高度に拡充強化してきているのである。

○しかしながら、その高度に拡充強化されたソフト・ハードによって
具現化すべき、航空機産業クラスターの具体的な姿については、残念
ながら、明確に提示されているとは言えないだろう。
 その具体的な姿については、内外で広く認識・共有されることが理
想的ではあるが、少なくとも、同クラスターの地理的な想定範囲内の
市町村(当然、飯田地域を越える市町村を含むことになるだろう。)
の産学官においては、特にしっかり認識・共有されるべきであろう。

○そこで、飯田地域を中心とする航空機産業クラスター形成の具現化
を加速するためには、Y市が直面する課題とその対応策等も参考にして、
飯田地域として10年を超える活動を振り返り、ここで改めて、@どの
ような国際的優位性(競争力)を有する航空機産業クラスターの形成
を目指すのか。その具体的(定性的・定量的・地理的)な姿を提示し、
Aその目指す姿の実現へのシナリオ(ロードマップを含む。)と、B
そのシナリオの着実な推進に必要な各種プログラムについて、学術的
な視点も加えて、航空機産業に関する曖昧な印象や思い込みを排除し
た、厳密かつ論理的でオープンな議論を実施し、同地域のクラスター
形成戦略への内外の産学官の関係者の賛同と参画を促すことに努める
ことが、非常に重要な方策となることを提案させていただきたいので
ある。

○この厳密かつ論理的でオープンな議論については、中核的推進機関
である南信州・飯田産業センターが、外部の英知も広く結集・活用し
主導していただくことを期待したい。
 同センター主導の議論によって、改めて、飯田地域の航空機産業ク
ラスター形成戦略のビジョン・シナリオ・プログラムの優位性・有望
性等が、学術的な視点も含めて論理的に高く評価・確認されれば、飯
田地域の航空機産業クラスター形成への様々な形の投資の促進に大き
く資することになり、クラスター形成の具現化が加速されることにな
るのである。

○また、この議論の企画・実施化を同センターが的確に主導すること
によって、同センターのクラスター形成推進力に対する、内外の信頼・
評価は一段と高まり、その信頼・評価の高まりも、同センター・地域
への様々な形の投資の増大に結びつくはずである。

【むすびに】
○小浦方論文が指摘する「地方都市における航空機産業クラスター形
成の困難性」という課題の根源的な解決方策の一つとしては、航空機
産業クラスター形成への持続的で強固な意思を持った中核的推進機関
の存在と、その中核的推進機関が、クラスター形成活動の全体を俯瞰
し、PDCAサイクルを持続的に回していける機能を有することを挙げる
ことができるだろう。

○航空機産業クラスター形成への持続的で強固な意思を持った南信州・
飯田産業センターには、航空機産業振興機能(技術高度化、研究開発、
市場開拓、人材育成等への支援機能を含む。)を長期的に維持・高度
化していくことだけでなく、飯田地域を中心とする航空機産業クラス
ター形成戦略の意義や今後の在り方というような、より本質的な課題
に関する議論を、学術的な視点も加えて深化させ、その戦略自体に対
する内外の評価を高めることにも、十分な具体的対応をしていただき
たいのである。

○関係の産学官の皆様方には、それぞれの専門的なお立場から、クラ
スター形成戦略自体の優位性・有望性等を高め維持するための議論の
必要性・重要性にご理解いただき、その議論の企画・実施化が、学術
的な視点も含めて論理的に推進されるよう、ご支援・ご協力等をお願
いしたいのである。