○送信したニュースレター2021年(No.173〜NO.184)


ニュースレターNo.184(2021年12月11日送信)

2050年カーボンニュートラル実現へのシナリオに関する疑問点の解消
〜カーボンニュートラル型エネルギーシステムへの転換の経済波及効果を長野県の地域産業が取り込めるようにするために〜

【はじめに】
○世界の多くの国々と同様に、日本も最重要課題として真剣に取り組ん
でいる、2050年カーボンニュートラルの実現については、以下の@Aの
ような疑問を抱いている方が、地球環境問題に関する専門知識に乏しい
私を含め、少なからずおられるのではないだろうか。

@エネルギー消費を抑制しつつ経済成長を確保すること(デカップリン
グ)が困難な発展途上国も多い中、2050年までという30年にも満たない
期間に、どのようなシナリオによって、全地球的に、化石燃料中心のエ
ネルギーシステムから、非化石燃料中心のカーボンニュートラル型の新
エネルギーシステムへ転換することが可能となるのか。

A2050年までの、既存のエネルギーシステムから新エネルギーシステム
への急激な転換の遂行のための、産業界や一般家庭等のコスト負担の増
大による、経済的ダメージを如何にして克服し、国際的に優位性を有す
る日本産業・経済・社会を築いていけるのか。

○以上の疑問の「解」の究明に非常に参考となる、以下で紹介する論文
を目にする機会に恵まれた。

※参考文献:一橋大学イノベーション研究センター「カーボンニュート
ラル実現に向けたイノベーションの可能性〜エネルギーシステム変革の
歴史・構造を踏まえたグリーンイノベーション政策の方向〜」市川類
(2021.11.17公開)

○今回は、この論文を参考として、構築を目指すべき新エネルギーシス
テムについての理解を深めるとともに、カーボンニュートラルの経済波
及効果に注目し、その効果を長野県の地域産業が戦略的に取り込めるよ
うにするために必要な、今後の地域産業政策(より具体的には、ものづ
くり産業振興戦略)の在り方にまで言及することを目指すことにした次
第である。

【カーボンニュートラル型エネルギーシステム実現の困難性】
○現在の主力エネルギー源である、石炭、石油、天然ガスについては、
世界全体のエネルギー需要の増大に伴って、近年においても、引き続き
増加傾向にある。今後カーボンニュートラルを世界全体で実現していく
ために、これらの化石燃料エネルギー源を可能な限りゼロに近づけてい
くことが世界的に求められている。

○これまでの化石燃料の消費量の増大傾向を踏まえると、世界的にかな
り急激な化石燃料消費に係る抑制政策への転換が求められることになる。
具体的には、稼動中の化石燃料関連施設・設備の廃棄や新設の禁止など、
非常に厳しい政策的措置が必要になることから、2050年カーボンニュー
トラル実現の困難性は非常に高いとされている。

○IEA(国際エネルギー機関)の「Net Zero by 2050 Roadmap for the
Global Energy Sector」(2021.5月)でも、2050年カーボンニュートラ
ルに向けたマイルストーンとして、現時点での石炭火力発電新設の禁止、
油田・ガス田・炭鉱の新規開発の禁止が求められ、2035年までに、電力
分野でのカーボン・ネットゼロの達成、内燃機関自動車の新規販売の禁
止、トラック販売の60%EV化など、非常に厳しい条件が提示されている。

【カーボンニュートラル型エネルギーシステムの基本的構造】
○カーボンニュートラル実現については、今までの化石燃料中心のエネ
ルギーシステムの延長による取組みでは全く対応できず、再生可能エネ
ルギー(非化石エネルギー)を中心とする、全く新たなカーボンニュー
トラル型エネルギーシステムを構築することが必要と言われている。
 すなわち、カーボンニュートラルとは、原則として、化石燃料を使用
しないということ(CO2吸収をセットとする場合を除く。)を意味してい
ると言えるのである。

○「火力発電を含む化石燃料利用システム」を中心とするエネルギーシ
ステムから、「再生可能エネルギー発電による電力システム」を中心と
するエネルギーシステムへの転換の具体的方向性については、以下のよ
うに整理される。

@電力部門の再生可能エネルギー化と電力消費サイドの省エネルギー化
 電力は、原則的に全て再生可能エネルギーを中心とする、非化石エネ
ルギーでの供給を目指すことになる。その際、再生可能エネルギーでは、
需要に応じての発電ができないため、蓄電を含む新たな電力供給ネット
ワークを構築することが前提となる。
 また、エネルギー消費における電力の割合が高まるにつれ、デカップ
リング達成の観点からも、電力消費サイドにおける省エネ(省電力)の
重要度が高まることになる。

A非電力部門の非化石エネルギー化
 従来、ガソリン、天然ガス、石炭などをエネルギー源としていた産業
分野では、可能な範囲で電力化を推進することになる。どうしても電力
化できない動力(航空機、船舶等)や熱源(特定の産業用途等)につい
ては、非化石エネルギーでの電力を利用して製造した水素そのものの燃
焼による動力化に加え、その水素を利用して製造するアンモニア等の燃
料化も選択肢となる。もちろんバイオマスエネルギーの活用は、非常に
重要な選択肢となる。

B化石燃料利用とセットでのCO2吸収
 以上の技術等で対応できない電力部門や非電力部門は、引き続き化石
燃料を利用することになるが、当然、CO2吸収(CO2回収・利用・貯留や
森林吸収等)とセットで進めることになる。

【日本型カーボンニュートラル型エネルギーシステムの構造的特徴】
○IEAは、カーボンニュートラルにおける電源構成について、90%を再生
可能エネルギーでの発電で見込むが、日本のグリーン成長戦略では
「2050年に、再生可能エネルギーが発電量の50〜60%、水素・アンモニ
ア発電が約10%、原子力・火力発電(CO2回収前提)が30〜40%を占める。」
としている。

○日本の場合、電源構成に係る世界全体の目標と比較して、原子力はも
とより、火力発電が多いことに加え、日本が技術的強みを有する水素・
アンモニア発電を利用していこうとしていることが特徴的と言われている。

○火力発電の前提となるCO2回収については、日本ではCO2を貯留できる
地層が少ないことから、カーボンリサイクルとして活用する方向で、グ
リーン成長戦略において、「カーボンリサイクル・マテリアル産業」を
成長戦略の14の対象分野の一つとして位置づけていることも特徴的と言
える。

○このような日本型の新エネルギーシステムの構築に係る特徴について
は、全く新規のエネルギーシステムへの大転換ではなく、既存のエネル
ギーシステムをできる限り活用するという、いわば、現実的で低リスク
型のエネルギーシステムの構築として評価することもできるだろう。し
かし、日本型新エネルギーシステムの実現のためには、排出されるCO2を
マテリアル利用できる新規技術を開発・産業化することが、前提条件に
なっていることを忘れてはならない。

【カーボンニュートラル型エネルギーシステムへの転換の経済波及効果】
○今後、多種多様なイノベーションによって、カーボンニュートラル型
エネルギーシステムが構築された場合、この新エネルギーシステムは、
当然のことながら、旧エネルギーシステムに比して、地球環境保全とい
う観点からは、世界にとって非常に望ましいものとなる。

○そして、その構築に当たってなされる多くの投資には、短期的なGDP牽
引効果があり、これらの投資によって構築された新エネルギーシステム
により、2050年には、非常に大きな市場規模を有する新産業構造が形成
されるなどの大きな経済効果が期待されている。

○しかしながら、この新エネルギーシステムに係る産業構造は、旧エネ
ルギーシステムに基づく産業構造の「代替」として位置づけられるもの
と言える。
 したがって、仮に、新エネルギーシステムが、旧エネルギーシステム
に比して、全く同じ機能・価格のエネルギーの供給・利用を提供するだ
けであれば(石炭から石油、石油から電力のような、エネルギーの供給・
利用形態に革新性がもたらされなければ)、そのエネルギーシステムの
活用によって、新たな付加価値を創出する産業・社会へ転換していくこ
とは困難となる。新システムへの投資も、旧システムの更新投資のよう
な意味しか持ち得ないことになるのである。

○それでは、このようなカーボンニュートラル型エネルギーシステムの
構築への取組みを、真の経済成長につなげるにはどうすれば良いのか。
経済成長への波及効果の増大のために解決すべき課題については、以下
のような整理の仕方が提示されている。

@新エネルギーシステムが供給するエネルギーに新たな機能等を付与すること
 過去において、薪から石炭、石炭から石油、石油から電力へというよ
うな、エネルギーシステムの転換によって、エネルギー利用者は、「新
たな付加価値」を有するエネルギー利用が可能となり、様々な産業分野
で、多種多様な高付加価値型のイノベーションが波及的に創出された。
 したがって、新エネルギーシステムについては、従来とは異なる機能・
価格等に係る「新たな付加価値」を有する新エネルギーを供給できるか
否かが、非常に重要な課題となるのである。

A新エネルギーシステム構築に必要な新技術の開発・実用化を加速すること
 新エネルギーシステムが供給するエネルギー自体には革新性が乏しく
とも、新エネルギーシステム構築に向けた、「電力部門の再生可能エネ
ルギー化と電力消費サイドの省エネルギー化」、「非電力部門の非化石
エネルギー化」、「化石燃料利用とセットでのCO2吸収」等の取組みに
よって創出される新技術は、幅広い産業分野に大きな技術的・経済的波
及効果をもたらすことが見込まれている。
 したがって、30年にも満たない限られた期間の中での、新エネルギー
システムの構築に必要な新技術の開発・実用化の加速に資する「政策的
仕掛け」を構築することが、非常に重要な課題となるのである。

B経済成長とエネルギー消費のデカップリングの拡大に資する省エネ技術の開発・普及を加速すること
 経済成長とエネルギー消費のデカップリングを世界的に進展させなけ
ればならない状況下、デジタル技術を活用した、経済・社会システム全
体の大幅な省エネ化が求められることになる。そして、その省エネ化の
実現のために必要なイノベーション創出活動に、幅広い産業分野が、様々
な角度から積極的に取り組むことによって、カーボンニュートラルに整
合した経済成長の可能性を高めることができる。
 したがって、そのデカップリングの拡大(効果の大きい省エネ技術の
開発・普及)に必要なイノベーション創出活動の活性化に資する「政策
的仕掛け」を構築することが、非常に重要な課題となるのである。

【むすびに〜新エネルギーシステムへの転換の経済波及効果を地域産業に取り込むために〜】
○新エネルギーシステムへの転換の経済波及効果を、長野県の地域産業
(主にものづくり産業)が取り込めるようにするためには、地域産業が、
「電力部門の再生可能エネルギー化と電力消費サイドの省エネルギー化」、
「非電力部門の非化石エネルギー化」、「化石燃料利用とセットでのCO2
吸収」などの実現に必要な新技術の開発・事業化に取り組む、国内外の
企業等が抱える技術的課題(技術ニーズ)を把握し、その解決方法(技
術シーズの提供等)を提案し、当該企業等と連携して事業化していく活
動を、効果的に実施できるようにすることが中核的な戦略となろう。

○したがって、今後策定される長野県の新たな地域産業振興戦略におい
ては、以下のような「政策的仕掛け」を組み込むことが期待されること
になる。

@新エネルギーシステムの構築に取り組む国内外の企業等が抱える技術
的課題(技術ニーズ)を把握し、その解決方法(技術的アイディアや技
術シーズの提供等)を提案できる機会や場を整備・運営すること。

Aその提案の実用化に向けて、産学官連携によって、必要な新技術等の
共同研究開発プロジェクト等を企画・実施化できるように、ハンズオン
型で支援できる体制を整備・運営すること。

Bそのプロジェクト等の研究開発成果について、事業化や新規市場開拓
等ができるように、新エネルギーシステム構築に必要な技術等を求める、
国内外の企業等に対して、様々な手法によって営業活動を展開できる仕
組みを整備・運営すること。

○すなわち、新エネルギーシステムの構築活動に、県内企業に蓄積され
て来ている優位性ある超精密加工・組立技術等を活用してもらえるよう
に、新エネルギーシステム構築活動への県内企業の参画の「入口」から
「出口」までを、総合的に支援できる拠点(機関)の整備・運営が必要
になるということである。

○このことは、長野県産業の活動を、世界的に取り組まれている2050年
カーボンニュートラル実現への活動に、大きく貢献できるようにする仕
組みを県内に構築することを意味するのである。また、このことは、長
野県の地域産業政策を地球環境保全政策と整合するものへ転換すること
を意味するとも言えるのである。

○関係の産学官の皆様には、如何にしたら、長野県の地域産業振興戦略
を、2050年カーボンニュートラル実現に大きく貢献できるものへ、抜本
的に改革することができるのかについての議論を、活発に展開していた
だくことをお願いしたいのである。


ニュースレターNo.183(2021年11月25日送信)

食品廃棄物アップサイクルによる新たな食品産業クラスター形成戦略
〜新規アップサイクル製品の開発・市場開拓のための「イメージ戦略」を「科学的戦略」に転換することの重要性〜

【はじめに】
○国連食糧農業機関(FAO)の2011年のレポートで、世界の食品生産・
流通過程で発生する食品廃棄物(Food Loss & Waste)が、食料生産全
体(40億トン)の1/3に当たる13億トンであることが報告され、その
減量化の重要性等から、2015年の国連サミットで採択されたSDGsの目
標の一つ「つくる責任・つかう責任」のターゲットの中に「2030年ま
でに小売・消費レベルにおける世界全体の一人当りの食料廃棄を半減
させ、生産・サプライチェーンにおける食料の損失を減少させる」こ
とが掲げられた。

○日本では、SDGs採択のずっと前から、資源の有効活用の視点から、
様々な地域で、特に食品製造工程から排出される動物・植物系廃棄物
のリサイクルについて、様々な取組みが進められて来ている。
 そして、そのリサイクルの取組みにおいては、ほとんどの場合、発
酵等の一定の技術的処理を加え、肥料化や飼料化をするなど、元の食
品以下の付加価値の製品を製造する「ダウンサイクル」になっている。
 その「ダウンサイクル」においては、多くの場合、技術的困難性が
高い高付加価値の新規製品の開発よりも、大量の廃棄物を低コストで
容易に再利用できることを優先していると言えるのではないだろうか。

○しかし、近年は、米国において、2019年に「アップサイクルフード
協会」が設立され、アップサイクルフードの認証制度も創設されるな
ど、世界的に、技術的困難性が高くても、元の食品より付加価値の高
い、食品廃棄物再利用製品の開発を目指す「アップサイクル」の重要
性への認識が深まり、様々な取組みが進められているのである。

※参考文献:日経研月報2021.11「食品廃棄物のアップサイクルと地域
の可能性」(株)日本経済研究所 研究員 保坂祐紀、主任研究員
  倉本賢士

○このような食品廃棄物の「アップサイクル」の取組みの在り方につ
いては、多くの場合、高付加価値型の新たな廃棄物有効活用技術の開
発・事業化の視点から論じられることはあっても、地域の様々な食品
製造企業とそこから排出される廃棄物のアップサイクル企業との連携
をベースとした、新たな優位性ある食品産業クラスターの内発的形成
の視点から論じられることは、あまり無かったようである。

○そこで、今回は、地域の様々な食品製造企業(農業も含めて)から
排出される多種多様な廃棄物を地域の産学官連携によって「アップサ
イクル」し、高付加価値型の新製品を開発・供給する企業集積の拡充
強化を促進することによって、当該地域を、他地域に比して優位性あ
る食品産業クラスターへ内発的に発展させる戦略の在り方について議
論しようと考えた次第である。

  【優位性確保戦略の視点からの現状の「アップサイクル」の課題とその解決方策】
○県内外で取り組まれている、食品製造工程からの廃棄物の「アップ
サイクル」製品の事例については、上掲の参考文献では、ブドウの種・
皮を利用した化粧品、ホタテ貝殻を利用した歯磨き・洗剤、廃棄野菜・
果実を利用したクレヨン、籾殻を利用した健康補助食品などが紹介さ
れているが、従来からの新聞報道、食品関連展示会等でも、非常に多
種多様な「アップサイクル」製品が紹介されて来ている。
 すなわち、食品廃棄物が含有する特徴的な有用物質を成分分析によ
って明らかにし、その有用成分を含むことを「売り」にする製品を製
造・販売することは、既に一般的なビジネス手法になっているのである。

○そこで、これらの食品廃棄物の「アップサイクル」が、食品関連企
業の集積の拡充強化の促進による、優位性ある食品産業クラスター形
成の具現化に結びつくようにするためには、「アップサイクル」製品
の開発・市場開拓戦略を、科学的根拠に乏しい「イメージ戦略」のレ
ベルを超えた「科学的戦略」へ転換することが重要であることを、以
下で事例を挙げて論じてみたい。

○例えば、ある果実の加工食品製造工程から排出される、その果実の
皮・種の中に、人の健康維持に有用な成分が一定量含まれていること
を成分分析によって明らかにできた場合、その皮・種そのものや、有
用成分の抽出物を添加した新規食品を開発・供給しようという取組み
は、既に、県内外の様々な地域で多種多様に実施されてきている。

○そして、その多くの場合、その新規食品の通常量の摂取で、実際に
健康維持効果が発揮されることについては、科学的に十分には証明で
きていない場合にあっても、消費者に対して「健康維持に有用な成分
が含まれているのだから、多分、体によい食品なのだろう」と思わせ
購買意欲を高めるというような、いわば「イメージ戦略」をベースに
開発・市場開拓がなされているようである。
 しかし、このような新規食品では、製造の技術的困難性が高いとは
言えず、同業他社にとっての参入障壁も低いことから、それを製造・
販売する企業にとっては、市場において優位な地位を維持していくこ
とは困難となろう。

○したがって、たとえ技術的困難性が高くても、真に健康維持に顕著
な効果を発揮できるような、高付加価値型の新規食品の開発・市場開
拓を目指す「科学的戦略」の策定・実施化に、地域の食品関連企業等
が取り組むことを動機づけ、支援する「政策的仕掛け」を整備するこ
とが、食品廃棄物の「アップサイクル」によって、他地域に比して技
術的優位性を有する食品産業クラスターを形成するためには不可欠と
なるのである。

〇その「政策的仕掛け」の具体的姿としては、例えば、地域の食品関
連企業が、原料果実の皮・種に含まれる有用成分の効果的な抽出・濃
縮技術を開発し、その有用成分を含有し健康増進効果を発揮できる新
規食品を開発しようとした場合に、その新規食品の開発・市場開拓戦
略を「イメージ戦略」を超えた、「科学的戦略」に基づくものにする
ことに資する、技術面や許認可面など様々な分野にわたる支援をワン
ストップで提供できる、地域の産学官の各種機関の緊密な連携の下に
構成された支援体制(プラットフォーム)を提案できるだろう。

〇なお、このプラットフォームが、実際に効果的に機能できるように
するためには、このプラットフォームの活動を統括的にマネジメント
できる中核的機関の強力なリーダーシップが不可欠となることを忘れ
てはならないだろう。
 したがって、長野県内に、この強力なリーダーシップを発揮できる
機能を有する機関が存在するか否かが、今後の政策的重要課題となる
だろう。

【むすびに】
○長野県においては、食品製造業振興ビジョン(計画期間:2017年〜
2022年)に基づき整備した「『食』と『健康』ラボ」を拠点として、
研究開発・商品開発等への一貫支援を実施している。
 この「『食』と『健康』ラボ」が、前述の食品廃棄物の「アップサ
イクル」への科学的取組みを支援する「政策的仕掛け」としての機能
を更に強化・発揮できるようになることを期待したい。

○また、食品製造業振興ビジョンの計画期間が2022年で終了すること
から、関係の産学官の皆様方には、食品製造工程(農業を含めて)か
らの食品廃棄物の科学的「アップサイクル」が、優位性ある食品産業
クラスターの内発的形成への重要なシナリオになりうるか否かの評価
も含めて、次期ビジョンの質的高度化のために、様々な視点から、そ
の策定に積極的に関与していただくことをお願いしたいのである。


ニュースレターNo.182(2021年10月23日送信)

地域産業クラスターの形成・持続的発展を可能とする「政策的仕掛け」の在り方について
〜EUの地域産業クラスター形成に係るスマート・スペシャリゼーション戦略が内包する課題とそれへの対応策を参考にして〜

【はじめに】
○ニュースレターNo.180及びNo.181においては、ポストコロナ(当然ウ
イズコロナ的要素が含まれる。)の新たなものづくり産業振興戦略の策
定の際に、関係の産学官の方々に議論を深めていただきたい、以下の二
つの重要課題を提示し、主に重要課題@について論じ、重要課題Aにつ
いては、関係者による今後の議論の進展に委ねる形になっていた。

 [重要課題@]
 長野県内の中小企業等による、ポストコロナの社会・経済の変化に対
応した新たな需要創造・顧客価値最大化活動の活性化に資する、地域の
エコシステムの形成を、県の新たな地域産業政策、より具体的には、新
たなものづくり産業振興戦略に組み込むべきこと。

 [重要課題A]
 長野県を取り巻く社会的・経済的環境の変化や、長野県の従来の地域
産業政策の成果(例えば、国等からの多額の助成を得た大型の産学官連
携プロジェクトの研究開発成果)の新たな地域産業振興戦略への有効活
用・反映の在り方等について常に考察し、県の地域産業政策を他県等に
比して優位性・革新性のあるものへ、持続的かつ的確にブラシュアップ
していくことのできる「政策的仕掛け」の構築・運営が不可欠であること。

○その「政策的仕掛け」の在り方について調査研究している過程で、長
年にわたり先進的に地域産業クラスター政策に取組んで来ているEUにお
いても、前述の「重要課題A」と同様の課題の重要性を認識し、その解
決に取り組んでいることを、以下の文献とその著者への照会等で確認す
ることができた。

※参考文献:「EUに見る地域主導のイノベーション・エコシステムの構築
―スマート・スペシャリゼーション戦略の成果と課題―」JRI(日本総研)
レビュー2021  Vol.9.No.93 主任研究員 野村敦子

○そこで、今回は、EUにおける地域産業クラスターの質的高度化への取
組を参考にして、長野県として、地域産業政策のブラシュアップに資す
る、優位性ある「政策的仕掛け」の構築・運営に向けて、どのような取
組から着手すべきかについて論じようと考えた次第である。

【EUの地域産業クラスター形成への先進的な取組「スマート・スペシャリゼーション戦略(S3)」が内包する課題】
○EUが2010年代から取り組んでいる「スマート・スペシャリゼーション
戦略(S3)」は、長年にわたる地域産業クラスター政策の反省点を踏ま
えて策定されたものである。その「主な特徴」として、@単なる産業振
興・産業集積ではなく知的基盤型経済の構築による地域経済・社会の構
造改革を目的としていること、Aイノベーションの範囲には、科学技術
関連ばかりでなく、デザインやクリエイティブ、サービスといった分野、
ビジネスモデル、社会的課題の解決なども含まれていること、B国のト
ップダウンによる政策決定ではなく、地域の多様なステークホルダーの
関与による戦略策定・遂行を求めていること、C地理的、組織的、分野
的な境界を越えた連携を奨励していること、D特定の分野に固定されな
いように不断の見直しを行い、変化に機敏に対応可能な体制の必要性を
示していること、などが挙げられている。

○「スマート・スペシャリゼーション戦略(S3)」では、地域が主体と
なって取り組む、地域の背景やイノベーションの潜在力の分析、戦略の
策定から成果の評価等に至るまでの六つのステップが示されている。
 そして、その六つのステップに係る「特に重要な要素」として、@方
法論として「起業家的発展プロセス(EDP:Entrepreneurial Discovery
Process)」によるボトムアップの取組を基本としていること、A従来
の産学官連携(トリプル・ヘリックス)から地域のすべての関係者が参
加する「クアドラル・ヘリックス(産学官民連携)」への発展を重視し
ていること、Bモニタリングと評価、そのフィードバックにより計画の
改善を重ねる循環モデルを志向していること、C各国の様々な地域産業
クラスターに対する、戦略の形成やブラシュアップ等に係る支援体制と
して「S3プラットフォーム」が整備されていること、が指摘されている。

○上記の「スマート・スペシャリゼーション戦略(S3)」の「主な特徴」
のDの「特定の分野に固定されないように不断の見直しを行い、変化に
機敏に対応可能な体制」や、同戦略の六つのステップの「特に重要な要
素」の中の、Bの各地域産業クラスターが取り組む「モニタリングと評
価、そのフィードバックにより計画の改善を重ねる循環モデル」の、具
体的な実施体制やシステムが、私が探究している「長野県を取り巻く社
会的・経済的環境の変化や、長野県の従来の地域産業政策の成果(例え
ば、国等からの多額の助成を得た大型の産学官連携プロジェクトの研究
開発成果)の新たな地域産業振興戦略への有効活用・反映の在り方等に
ついて常に考察し、県の地域産業政策を他県等に比して優位性・革新性
のあるものへ、持続的かつ的確にブラシュアップしていくことのできる
『政策的仕掛け』」に相当するものと考え、参考文献の著者に、EU各国
の地域産業クラスターにおける、その「政策的仕掛け」に相当する取組
み体制、システム等に関する参考資料等について照会した。

○著者からは、以下のような主旨の回答を頂いている。
 「スマート・スペシャリゼーション戦略(S3)」では、各地域産業ク
ラスターの優位性確保に資する背景や資源等を抽出・特定し、注力すべ
き技術・産業分野を絞り込むことに主眼が置かれていて、モニタリング
や評価体制については、S3の六つのステップの中でも一番難しいものと
され、未だに画一的・定型化されたモデルは提示されていない。各地域
がそれぞれの事情を踏まえ構築すべきものとされる段階に止まっている。
 その各地域の取組を支援するため、活用できるツールや人材の開発な
ど、様々な支援メニューを各地域に提供する「S3プラットフォーム」は
整備されているが、理想的かつ具体的なモニタリングや評価体制の姿を
提示できる段階には至っていない。

○要するに、長野県の地域産業政策を他県等に比して優位性・革新性の
あるものへ、持続的かつ的確にブラシュアップしていくことのできる
「政策的仕掛け」の構築・運営のバイブルとなるような、論理的かつ具
体的な方法論は、未だ確立されていないということなのである。

○いずれにしても以上のことから、長野県内の航空機、医療機器、食品
等に係る地域産業クラスター形成活動が、国際的優位性を確保し、高度
な雇用機会の県民への提供等を通して、物質的にも精神的にも真に豊か
な地域社会の形成に貢献できるようにするためには、地域産業政策の策
定・ブラシュアップに資する、優位性ある「政策的仕掛け」の構築・運
営が極めて重要な役割を担うことは、EUの事例からも明らかなのである。

○そこで、EU各国の地域産業クラスターに比して、人的・資金的資源が
必ずしも豊かであるとは言えない長野県において、優位性ある地域産業
政策の策定・ブラシュアップに資する、優位性ある「政策的仕掛け」の
構築・運営に取り組む場合には、まずは、どのようなことから着手すべ
きなのか、すなわち、現実的な対応の在り方について、以下で若干の提
言をしてみたい。

【EUの地域産業クラスター質的高度化への取組を参考にして、長野県が着手すべき事項〜地域産業政策論のメッカの形成〜】
○前回のニュースレターNo.181で記載した通り、地域産業政策の優位性
確保に資する「政策的仕掛け」の在り方については、40年以上前からの、
私の地域産業政策の研究の最重要テーマとして位置づけてきたものである。
 ニュースレターNo.1(2013.4.3送信「地域産業政策研究所の必要性」)
では、この「政策的仕掛け」の具体形を「地域産業政策研究所」として、
その必要性、在り方等について提言している。

○地域産業政策の策定・実施化に係る人的・資金的資源が必ずしも豊か
とは言えない長野県において、直ちに、必要なハード・ソフトが整い、
十分な活動資金も確保できる「地域産業政策研究所」を整備することは
困難であろう。

○そこで、まず取り組むべき事項として、長野県に「地域産業政策論の
メッカ」を形成することを提案したい。このことはニュースレターNo.1
でも触れている。
 いずれにしても、国際的優位性を有する地域産業クラスターを形成す
るためには、その地域産業クラスター実現へのシナリオを提示する地域
産業政策自体が国際的優位性を持たなければならない。

○国際的優位性を有する地域産業政策の策定・実施化を主導する、国際
的優位性を有する「地域産業政策研究所」を整備する前段として、まず
は、長野県を、今後の地域産業政策の在り方に関する議論のために、国
内外から多くの関係者が集う(地域産業政策に関する内外の英知が結集
する)「地域産業政策論のメッカ」にすることから取り組むことが現実
的手法と言えるだろう。

○その手始めとして、まずは、国内の様々な地域産業クラスターの関係
者(産学官民)が、今後の地域産業クラスター形成戦略の在り方につい
て、自由活発に議論できる場を提供するイベント(優位性ある戦略の策
定・実施化のために解決すべき課題とその解決方策についての、テーマ
別の講演会、パネルディスカッション等)の企画・実施化から着手する
ことを提案したい。

○このイベントの企画・実施化に、地域産業政策に関連する学会、シン
クタンク、大学等の協力を得て、開催場所を軽井沢等の知名度の高い観
光地とするなど、参加者を確保・増大する「仕掛け」を構築することが
できれば、このイベントを、長野県の新たな優位性ある「産業観光資源」
として位置づけることも可能となり、産業観光振興戦略の質的高度化に
大いに貢献することもできるだろう。

【むすびに】
○長野県内の従来からの航空機、医療機器、食品等に係る地域産業クラ
スター形成活動を、地域の社会的・経済的発展の真の「原動力」にする
ためには、その地域を取り巻く社会的・経済的環境の変化や、従来から
の地域産業クラスター形成活動の成果の新たな活動への有効活用・反映
の在り方等について常に考察し、その活動の優位性確保に向けて、持続
的かつ的確な戦略のブラシュアップを可能とする「政策的仕掛け」の構
築・運営が不可欠であることは明らかであろう。

○県内の地域産業クラスター形成活動に関与されている産学官の方々に
は、EU各国・各地域の地域産業クラスター形成戦略の質的高度化への取
組み事例等を参考にして、「地域産業政策論のメッカ」の形成を含めて、
その「政策的仕掛け」の構築・運営の在り方に関する、具体的な議論の
活発化に取り組んでいただくことをお願いしたいのである。


ニュースレターNo.181(2021年9月24日送信)

長野県のポストコロナの新たなものづくり産業振興戦略の在り方について
〜中小企業等による新たな需要創造・顧客価値最大化に資する「地域エコシステム」の形成・運営の在り方を中心として〜

【はじめに】
〇前回のニュースレターNo.180(2021.8.23送信「ポストコロナの社会
経済の変化に対応した新たな需要創造の活性化方策」)においては、
長野県内の中小企業等による、ポストコロナ(当然ウイズコロナ的要素
が含まれる。)の社会経済の変化に対応した新たな需要創造・顧客価値
最大化活動の活性化に資する、地域のエコシステムの形成を、県の地域
産業政策、より具体的には新たに策定される、ものづくり産業振興戦略
に組み込むべきことの重要性を指摘はしたものの、そのエコシステムの
形成・運営の在り方についての具体的議論までには至らなかった。

〇そこで今回は、そのエコシステムに係る以下の2点について具体的に
議論し、長野県の新たなものづくり産業振興戦略の策定に係る、産学官
の皆様の議論の深化に少しでも貢献できればと考えた次第である。

@県内の中小企業等による新たな需要創造・顧客価値最大化活動の活性
化に資する、地域のエコシステム(以下、「地域エコシステム」という。)
とは、どのようなものなのか。

A「地域エコシステム」を効果的に形成・運営するために、県の新たな
ものづくり産業振興戦略に組み込むべき「政策的仕掛け」とは、どうあ
るべきなのか。

【形成・運営すべき「地域エコシステム」とは、どのようなものなのか。】
○地域中小企業等の振興のために形成・運営すべき「地域エコシステム」
の在り方について論理的に議論を進めるために、まずはここで改めて以
下のような定義をしておきたい。

 [「地域エコシステム」の定義]
 地域の産学官に属する様々な個人、法人、団体等の自律的活動が、地
域中小企業等の事業活動(製品開発・製造・市場開拓・販売等)の質的
高度化に効果的に貢献できるよう、中核的機関の主導の下に、合目的的
にネットワーク化・システム化されている状態のこと。

○「地域エコシステム」を構成する地域の主体等について、より具体的
に整理すると以下のようになるだろう。それぞれの主体が有する経営力・
技術力・情報力等の優位性が、「地域エコシステム」の優位性を決定づ
けることになるのである。

@「地域エコシステム」を構成する主体としては、地域中小企業等、地
域中小企業等に科学的知見を提供する大学・研究機関、地域中小企業等
に不足する経営力・技術力・情報力等を補完する各種支援機関、地域中
小企業等に製品開発ニーズ(地域の経済的・社会的課題等)情報を提供
する業界団体・地域住民組織・行政機関などを想定できる。

Aまた、@には、必ず「地域エコシステム」の形成・運営を主導する中
核的機関が含まれる。中核的機関については、参画する主体の間で中立
的立場を貫くことができるようにするために、公的機関がその役割を担
う場合が多い。

B「地域エコシステム」は、地域中小企業等の事業活動の質的高度化に
必要であっても、地域内では十分に調達できない支援機能を確保するた
めに、地域外(海外も含む。)の産学官の各種支援機関等との広域的連
携体制も構築する。

○「地域エコシステム」を構成する主体の間での相互作用(ネットワー
ク化・システム化)のメカニズムについては、以下のような地域中小企
業等の段階的かつサイクリックな取組みに対する、中核的機関に整備す
べき支援機能(コーディネート&プロデュース)の体系化によって、よ
り具体的に説明することができるだろう。
 なぜならば、そのメカニズムの効果的な構築・稼動を円滑化・活性化
するのが、中核的機関の支援機能になるからである。

@特定の地域中小企業等(単独or連携体)の製品開発構想(アイディア)
の提示
 同アイディアの事業化に係る技術的・経営的課題の解決に最適な「地
域エコシステム」構成主体の連携体の形成
 ↓
Aその連携体による、製品の共同開発計画の策定
 ↓
B共同開発計画のブラシュアップ・遂行に必要な、人的・技術的・資金
的資源の地域内外からの調達(補完)
 ↓
C共同開発計画の遂行による開発製品の具現化
 ↓
D「地域エコシステム」構成主体や地域外の各種支援機関も含む広域的
連携による、開発製品の製造・市場開拓・販売・利潤の確保
 ↓
E確保した利潤を活用した、新たな製品開発構想(アイディア)の提示

○「地域エコシステム」構成主体間での相互作用(ネットワーク化・シ
ステム化)を活用する取組み経験の積み重ねによって、その「地域エコ
システム」のイノベーション・エコシステムとしての機能が質的に高度
化し、他地域の「地域エコシステム」に対する優位性を益々高めること
が可能となる。
 この「地域エコシステム」の優位性が高い地域ほど、企業誘致力やス
タートアップ創出力においても優位性を有することになるのである。

○いずれにしても、「地域エコシステム」の他地域に対する優位性は、
@「地域エコシステム」構成主体の技術的・経営的優位性と、A「地域
エコシステム」の中核的機関の支援機能の優位性によって決定づけられ
ることになるのである。

【「地域エコシステム」の形成・運営に資する「政策的仕掛け」とは、どうあるべきなのか。】
○「地域エコシステム」の形成・運営に資する「政策的仕掛け」とは、
「地域エコシステム」の他地域に対する優位性が、@「地域エコシステ
ム」の構成主体の技術的・経営的優位性と、A「地域エコシステム」の
中核的機関の支援機能の優位性によって決定づけられることから、@と
Aの両方の優位性を高めることに資する「政策的仕掛け」ということに
なる。

○ここでは、特に「地域エコシステム」の形成・運営の在り方に注目す
ることから、その形成・運営を主導する、中核的機関の支援機能の優位
性の更なる高度化のために必要な「政策的仕掛け」の在り方にフォーカ
スすることにしたい。

○中核的機関が有すべき支援機能とは、「地域エコシステム」の構成主
体間での相互作用(ネットワーク化・システム化)のメカニズムのとこ
ろで述べた、構成主体の段階的かつサイクリックな取組みの円滑な推進
に必要な、様々な支援サービスを企画・提供できる機能ということになる。

○その支援サービスの企画・提供においては、前述した、地域中小企業
等の段階的かつサイクリックな活動の円滑な推進に必要な「コーディネ
ートレベル」(構成主体間の調整レベル)の支援メニューのみならず、
成果の高付加価値化を目指す各段階の活動の企画・実施化に主体的に深
く関与する、「プロデュースレベル」(ハンズオン型支援レベル)にま
でレベルアップした支援メニューを提供できるようにすることが、非常
に重要となるのである。

○長野県の地域中小企業等による、ポストコロナの社会経済の変化に対
応した新たな需要創造・顧客価値最大化の活動の活性化に資する、優位
性のある新たなものづくり産業振興戦略を策定するためには、優位性の
ある「地域エコシステム」の形成・運営を実現できる、中核的機関の設
置とそこを拠点とする各種の支援サービスの企画・実施化を可能とする
「政策的仕掛け」を、その戦略の中に組み込むことが不可欠となるので
ある。

【むすびに】
○前回のニュースレターNo.180では、長野県のポストコロナの新たなも
のづくり産業振興戦略の策定に際しては、「長野県を取り巻く社会的・
経済的環境の変化や、長野県の従来の地域産業政策の成果等について常
に考察し、県の地域産業政策を他県等に比して優位性・革新性のあるも
のへ、持続的かつ的確にブラシュアップしていくことのできる『政策的
仕掛け』の構築・運営」についても、産学官の議論の深化が必要な重要
課題になるとして提示している。

○この地域産業政策の優位性・革新性の確保のための「政策的仕掛け」
なくして、長野県の地域産業政策の策定・実施化に係る、限られた人的・
資金的資源の質的強化・有効活用の具現化はあり得ないのである。当然、
この「政策的仕掛け」の中には、地域産業政策の策定に係る人材の育成
や人的体制の整備が含まれることになる。

○この「政策的仕掛け」の在り方については、40年以上前からの、私の
地域産業政策の研究の重要テーマとして位置づけてきたものである。
 ニュースレターNo.1(2013.4.3送信「地域産業政策研究所の必要性」)
でも、この「政策的仕掛け」の具体形を「地域産業政策研究所」として、
その必要性、在り方等について提言している。

○しかしながら、今日に至っても、如何にしたら、県内の多くの産学官
の方々に、長野県の経済的・社会的発展に大きく資する地域産業政策の
重要性に関心を持っていただき、優位性のある地域産業政策とするため
の調査研究・提言活動等に積極的に参加していただけるようになるのか、
というような「入口段階の課題」さえも解決できていない現状の打破の
ために、更なる努力が必要であることを改めて認識させられている次第
である。


ニュースレターNo.180(2021年8月23日送信)

ポストコロナの社会経済の変化に対応した新たな需要創造の活性化方策
〜長野県のポストコロナの新たなものづくり産業振興戦略の在り方について〜

【はじめに】
〇過日目にした、三菱総合研究所NEWS RELEASE「ポストコロナにおける
日本企業の針路―デジタル・リアル融合による付加価値創出に向けて―」
(2021.8.12)では、日本企業が、ポストコロナに向けて、社会経済の新
常態に対応した新たな需要創造を実現する手法について論理的に提言して
おり、ポストコロナの地域産業政策の策定において参考にすべき重要な
視点を提示している。

〇その提言においては、日本企業は、@自社の商品・サービスの価値を高
める効用(能動性・カスタマイズ)を見極め、A顧客価値を最大化するエ
コシステム(地域・横・縦)を形成し、Bデジタル・リアル融合サービス
を立案・実装・改善していくことで、社会経済の変化に対応した新たな需
要創造の実現を目指すべきとされている。そして特に、エコシステム形成
の意義は、個社の枠を超えて具現化できる顧客価値の最大化であることが、
強調されているのである。
 この企業活動の針路については、長野県内の中小企業等も大いに参考に
すべきものと言えるだろう。

〇しかしながら、同提言においては、中小企業等の新たな需要創造活動の
活性化に極めて重要な役割を果たす、前述のAの顧客価値を最大化するエ
コシステム(地域・横・縦)の形成の在り方については、具体的に提示さ
れていないのである。

〇そこで、長野県内の中小企業等によるポストコロナの社会経済の変化に
対応した新たな需要創出活動の活性化のためには、新たな長野県の地域産
業政策、より具体的には、新たなものづくり産業振興戦略の策定に当たっ
ては、関係者が、そのエコシステムの形成に資する「政策的仕掛け」を組
み込むことの重要性を認識し、その戦略の中にどのような仕掛けをどのよ
うに組み込むべきかについて、十分に議論することが極めて重要と考え、
今回のテーマを選定した次第である。

※三菱総合研究所の提言における用語の解説
@デジタル・リアル融合:デジタルサービスとリアルな商品・サービスと
を連携させること。これまで、インターネットに代表されるデジタルサー
ビスは、汎用的な商品・サービスを「安価・手軽」に、人気のある物を的
確に「選択」する効用を発揮し、その普及は広く一巡している。新たな需
要創造に向けては、消費者の価値観や社会意識に合致する「能動性」、一
人ひとりの心身状態や行動に対応した「カスタマイズ」の効用を高めるデ
ジタルサービスを提供し、リアル需要に繋げることがポイントとなる。

A商品・サービスの価値を高める効用としての能動性:消費者が自身の価
値観や社会意識に基づき、能動的に商品・サービスを選択できるようにす
ること。

B商品・サービスの価値を高める効用としてのカスタマイズ:消費者が自
身の心身状態や行動にマッチするように設計・製造・提供された商品・サ
ービスを享受できるようにすること。

C地域のエコシステム:同一生活・経済圏域の多業種企業からなるエコシ
ステム。各企業が有する資源の連携・活用によって、地域住民・企業等向
けにローカル・カスタマイズした商品・サービスを提供できる。

D横のエコシステム:同じ業界・業種の企業からなるエコシステム。業界
全体で取組むことで、顧客の高度に特化したニーズに対してカスタマイズ
した商品・サービスを提供できる。また、顧客の能動的選択嗜好にも応え
やすくなる。

E縦のエコシステム:サプライチェーン構成企業からなるエコシステム。
最終ユーザー向けに商品・サービスを、サプライチェーン全体でカスタマ
イズすることで、顧客価値を最大化することに資する。長野県の中小企業
等は、そのエコシステムの中において、それぞれが有する優位性・独創性
のある技術力・経営力を活かした、様々な重要な役割を果たすことが期待
される。

〇長野県の新たなものづくり産業振興戦略においては、「地域のエコシス
テム」の形成を中心に据えて、そこを拠点とする活動の、より広域的な
「横のエコシステム」と「縦のエコシステム」への働きかけ・連携を促進
することに資する「政策的仕掛け」を組み込むことが、戦略の効果的で円
滑な具現化への「近道」になると言えるだろう。

〇なお、「地域のエコシステム」の形成においては、地域住民・企業等の
課題解決ニーズを把握し、その解決方策を効果的に開発・供給できるよう
にするために、地域の関係する産学官民(ステークホルダー)を組み込む
ことも重要となる。

【長野県内の中小企業等による、ポストコロナの新たな需要創出活動の活性化に資する、新たなものづくり産業振興戦略の在り方】
〇同一生活・経済圏域の多業種企業からなる「地域のエコシステム」が、
各企業が有する資源の連携・活用による、地域住民・企業等向けにローカ
ル・カスタマイズされた商品・サービスの開発・提供活動の活性化に資す
るようにするためには、第一に、地域住民・企業等の経済的・社会的課題
解決ニーズを把握・選定するシステムを構築することが必要となる。

〇この地域の経済的・社会的課題解決ニーズの把握・選定工程の重要性に
ついては、現状の「長野県ものづくり産業振興戦略プラン(2018年度〜2022
年度)」においても、県内企業による産業イノベーション創出活動の入口
から出口までの工程の、正に入口の工程として重要であることを提示して
いるが、その工程に係る活動の活性化のための具体的手法(「政策的仕掛
け」を含む。)については提示できていない。

〇同一生活・経済圏域の多業種企業からなる「地域のエコシステム」の形
成については、ニュースレターNo.158「長野県及び県内市町村ならではの
ソーシャルビジネス創出を加速するプラットフォームの形成」(2020.2.20)
において提示した、プラットフォーム(地域の様々なステークホルダーで
構成される、解決すべき地域課題を抽出・特定し、その解決方策の企画・
事業化に導く「場」。設置・運営は自治体が主導)の設置・運営手法が参
考になる。

〇すなわち、その「地域のエコシステム」の形成については、前述のプラ
ットフォームとの効果的な連携あるいは融合化を促進する「政策的仕掛け」
を構築することが、地域の限られた人的・資金的資源の有効活用に資する
ものと考えられるのである。

〇地域企業にとっては、地域の経済的・社会的課題解決ニーズを把握しや
すくなるとともに、地方自治体や地域住民にとっては、課題解決方策を早
期に活用できるようになるというような、地域の様々なステークホルダー
間での「メリットの共有」を可能とする、エコシステムの形成を促進する
「政策的仕掛け」が必要になると言うことなのである。

【むすびに】
〇ポストコロナに向けて、県内の中小企業等が、@自社の商品・サービス
の価値を高める効用(能動性・カスタマイズ)を見極め、A顧客価値を最
大化するエコシステム(地域・横・縦)を形成し、Bデジタル・リアル融
合サービスを立案・実装・改善していくことで、社会経済の変化に対応し
た新たな需要の創造に取り組むべきことの重要性について、多くの産学官
の皆様に認識・共有していただきたい。

〇そして、特に、その新たな需要創造の具現化の促進に有効なエコシステ
ムの形成に資する「政策的仕掛け」が、今後検討・策定されるであろう、
長野県の新たなものづくり産業振興戦略の中に組み込まれるよう、関係の
産学官の皆様には、それぞれの専門的なお立場から、積極的に活動してい
ただくことをお願いしたいのである。

〇また、今回このテーマを深掘りする中で、長野県を取り巻く社会的・経
済的環境の変化や、長野県の従来の地域産業政策の成果等について常に考
察し、県の地域産業政策を他県等に比して優位性・革新性のあるものへ、
持続的かつ的確にブラシュアップしていくことのできる「政策的仕掛け」
の構築・運営の必要性を痛感した。

〇この地域産業政策の優位性・革新性の確保のための「政策的仕掛け」な
くして、県の地域産業政策の策定・実施化に係る、限られた人的・資金的
資源の質的強化・有効活用の具現化はあり得ないのである。当然、この
「政策的仕掛け」の中には、地域産業政策の策定に係る人材の育成や人的
体制の整備が含まれることになる。
 関係の産学官の皆様には、この重要な「政策的仕掛け」の構築・運営に
も、積極的に関与していただくことをお願いしたいのである。


ニュースレターNo.179(2021年7月11日送信)

2050年カーボンニュートラル実現への国・県等の戦略が内包する課題
〜「長野県ゼロカーボン戦略」が、県民生活・県内産業の振興に不可欠な政策的要素を欠いていること〜

【はじめに】
○2050年カーボンニュートラル(ゼロカーボン)実現への国・県等の戦
略については、ニュースレターNo.172(2020.12.6)等においても、地域
の人々や企業等に対して多額の経済的負担を求める施策を含んでいるに
もかかわらず、カーボンニュートラル実現によって得られる、質的に豊
かな生活や優位性ある企業・産業の具体的姿を提示できていないこと、
すなわち、カーボンニュートラルに取組む十分な動機づけを提供できて
いないことを重要な問題点として指摘してきている。

※参考文献:ニュースレターNo.172(2020.12.6)「2050年ゼロカーボン
達成への長野県のシナリオ・プログラム策定において認識すべき『前提』
について〜長野県脱炭素社会づくり条例に基づく論理性・実効性のある
行動計画の策定に資するために〜」
以下抜粋
[Cゼロカーボン達成と整合する真に豊かな県民生活や活力ある地域産業
の姿を提示する必要があること]
 地球温暖化という途轍もなく巨大で複雑な問題の解決に、長野県が先
導的に取り組めるようにするためには、化石燃料由来のエネルギー使用
量の削減(再生可能エネルギーの活用拡大を含む。)によるCO2排出量の
削減というような、狭い意味での温暖化抑制戦略の検討だけではなく、
長野県に係る他の社会・産業・経済の振興戦略とどのように整合させて
いくべきか、更には、長野県の将来の社会・産業・経済をどのような方
向に発展させるべきかを合わせて検討・提示しなければならないはずで
ある。
 なぜならば、その長野県の発展方向が、県民生活を真に豊かなものと
し、県内産業を優位性のある高付加価値型のものとし、県の温暖化抑制
対策(化石燃料由来のエネルギー使用量の削減対策)の方向とも一致す
るものとなれば、県内の産学官民は、県が主導する温暖化抑制対策への
取組みを強く動機づけられ、従来に比して格段に真剣に取り組むように
なることが期待できるからである。

○このような従来から問題視してきた、カーボンニュートラルに係る国・
県等の戦略が内包する政策的課題について、簡潔かつ論理的に整理され
た下記の論文を参考にし、以下で、「長野県ゼロカーボン戦略」(計画
期間2021年度〜2030年度)の問題点も含めて、議論を深めてみたい。

※参考文献:「2050年カーボン・ニュートラル実現のシナリオ〜経済社
会モデル転換に向けたトランジションで求められるもの〜」(2021.6.2)
日本総研 副理事長 山田 久

【日本そして長野県が2050年カーボンニュートラル実現に取組む真の意義】
○日本が、カーボンニュートラルに取組む真の意義については、世界の
潮流に乗り遅れないためという、受動的・防衛的な面にあるのではなく、
長年先送りされてきた日本経済の低収益・デフレ体質転換の強い推進力
になるという、積極的・能動的な面にあると言われている。

○具体的には、量の経済・経営から質の経済・経営へのシフトに向けて、
「大量生産・大量消費/低価格・低コスト」モデルから「適量生産・適量
消費/適正価格・適正コスト」モデルへ、エネルギー大量消費(CO2大量
排出)経済からエネルギー適量消費(CO2適量排出)経済への転換が求め
られているということである。

○それでは、「長野県ゼロカーボン戦略」は、県内の人々や企業等がゼ
ロカーボン(カーボンニュートラル)に取組むべき真の意義について、
どのように語っているのであろうか。
 同戦略の「(別冊2)信州ゼロカーボンBOOK−県民編−」においては、
ゼロカーボン達成のために県民が実施(努力)すべき事項を提示するだ
けで、その県民のゼロカーボンへの絶大なる努力(経済的負担の増大を
含む。)によって、どのような質的に豊かな県民生活が実現できるのか
を提示できていない。すなわち、県民に対して、非常に困難性の高いゼ
ロカーボンに取組む動機づけを十分に提供できていない。ゼロカーボン
戦略に不可欠な政策的要素が欠落していると言えるのである。

○また、同戦略の「(別冊3)信州ゼロカーボンBOOK−事業者編−」に
おいては、ゼロカーボン達成のために事業者が実施(努力)すべき事項
を提示するだけで、その事業者の絶大なる努力(経済的・技術的負担の
増大を含む。)によって、どのような優位性(市場競争力等)を有する
事業者・産業集積を実現できるのかを提示できていない。すなわち、事
業者に対して、非常に困難性の高いゼロカーボンに取組む動機づけを十
分に提供できていない。ゼロカーボン戦略に不可欠な政策的要素が欠落
していると言えるのである。

○前述の参考文献においても、2050年カーボンニュートラルへの国を挙
げての取組みを、社会経済モデル転換の強力なトリガーとするためには、
その取組みが、人々の生活に不便を強いるのではなく、むしろ生活水準
を大きく引き上げる効果を持つという認識を、国全体で共有することが
必要であるとしているのである。

【2050年カーボンニュートラル実現への具体的シナリオの在り方】
○2050年カーボンニュートラル実現への具体的シナリオとしては、化石
燃料依存脱却(エネルギー供給構造転換)とエネルギー関連産業の構造
転換(エネルギー需要構造転換)の同時実現を目指すべきことになる。

○特に、エネルギー多消費型産業については、その産業構造の大規模な
転換を強いられる過程において、縮小・廃業せざるを得ない事業・産業
分野が多く生まれることから、そこで余剰となる労働力等の生産要素を
成長産業分野へ移転することが必要となる。

○このことは、エネルギー多消費型産業の集積度合いの高い地域ほど、
国を挙げてのカーボンニュートラルの推進によって、より大きな経済的
ダメージを被るリスクが高いということに繋がるのである。

○幸いなことに、長野県は、「県民総生産あたりのCO2排出量(エネルギ
ー消費量)」(単位の例としては、tCO2/百万円)は少ない産業構造に
なっていることから、そのリスクは、他県等に比してそれほど高いとは
言えない。しかし、長野県には、当然のことながら、そのリスクをでき
るだけ軽減するための政策的対応をすること、更には、内外の地方自治
体に対して、先導的な対応事例を提示することが求められることになる。

※参考文献:「カーボンニュートラルは地域経済の破滅計画−忍び寄る
エネルギー貧困の危機−」(2021.6.25)キャノングローバル研究所
研究主幹 大山大志

○それでは、「長野県ゼロカーボン戦略」は、全県を挙げてゼロカーボ
ン(カーボンニュートラル)に取組むことによって、縮小・廃業せざる
を得なくなる事業・産業の発生見込みや、当該事業・産業で余剰となる
労働力等の生産要素の成長産業分野への移転について、どのように語っ
ているのであろうか。
 卑近な事例として、EV化等の進展によって化石燃料の売上が大幅に減
少することへの危機感を抱いている、ガソリンスタンドの経営者に対し
て、どのような将来的な経営戦略の在り方を提示しているのだろうか。

○同戦略の「第6部 政策」においては、事業者のゼロカーボン達成の
ためには、産業イノベーションの創出促進や先端技術の活用が必要であ
ることは提示しているが、ゼロカーボンの推進に伴う地域産業構造の転
換による、産業面や生活面への「負の影響」を論理的に明示し、それに
対する政策的対応を提示することはなされていない。
 すなわち、同戦略については、地域産業の持続的発展の確保のために
不可欠な、政策的要素が欠落していると言えるのである。

【むすびに】
○「長野県ゼロカーボン戦略」は、実現を目指すべき姿(ビジョン)、
そのビジョン実現への道筋(シナリオ)、そのシナリオの着実な推進の
ための各種施策(プログラム)という、戦略の在るべき基本的体系・構
成(形式的要件)は一応満たしているように見える。
 しかし、その提示するビジョンは、県内の人々・企業等が全員一丸と
なってゼロカーボンに取組む動機づけとなるような、全員に夢と希望を
与えるようなものにはなっていないのである。

○また、その戦略においては、県内の人々・企業等が全員一丸となって
ゼロカーボンに取組むことによって顕在化するであろう、人々の生活や
産業に係る「負の側面」についても明示し、その軽減・解消のための政
策的対応を提示することの必要性については、全く触れられていないの
である。

○「長野県ゼロカーボン戦略」が、ゼロカーボンによる県民生活の質的
向上や県内産業の優位性の確保に如何に大きく資するかを分かりやすく
説明し、県内の人々・企業等に、大きな夢と希望を与えるような、真の
「戦略」に生まれ変わることに資する、関係の産学官の皆様による議論
が活発化することを期待したいのである。


ニュースレターNo.178(2021年6月23日送信)

「ものづくり」を基盤とする地域産業の優位性確保戦略の原点
〜親企業と下請企業との取引関係に内包されてきた、下請企業の技術高度化への「学習システム」の再評価の重要性〜

【はじめに】
〇「ものづくり」を基盤とする、近年の地方自治体の地域産業振興戦略
においては、高付加価値型産業への転換を「目指す姿」として提示し、
その具現化手法としては、個々の中小企業等の競争力の源泉となる固有
技術の高度化というよりは、産学官連携等によって、地域の社会的・経
済的課題を抽出し、その解決方策を開発・供給できるような産業への転
換を促進する「政策的仕掛け」の構築を重要視している。

〇社会的・経済的課題の解決方策を開発・供給し、実際に社会・経済を
より良い状態に転換・高度化させることを、「イノベーション」と定義
づけることが一般的となっている。したがって、高付加価値型産業とは、
イノベーション創出型産業とも言えるのである。

〇しかし、全国各地域において、一様に、高付加価値型産業の振興を目
指す中にあって、どのようにして他地域の産業に対する優位性を確保し
ていけば良いのか、についての政策的議論があまりなされていないよう
に思われる。

〇地方自治体の地域産業振興戦略においても、地域課題解決型のスター
トアップやイノベーションの創出に資するエコシステムの形成は組み込
まれていても、他地域に対する当該地域ならではの、産業の優位性確保
戦略の具体的提示の重要性については、あまり認識・アピールされてい
ないようである。

〇その優位性確保への具体的シナリオを提示する地域産業振興戦略を策
定・実施化できる地域が、優位性ある高付加価値型産業の集積を実現で
きる地域となると言えるのである。
 したがって、地方自治体関係の方々には、優位性ある地域産業振興戦
略を策定・実施化できるような、地域産業政策に係る実務能力の質的高
度化が求められていることを改めて認識していただきたいのである。

【長野県の「ものづくり」産業の優位性の根源の再確認】
〇長野県の「ものづくり」産業の優位性については、従来から、県内各
地域に集積している個性的な中小企業等が有する、多種多様な国際競争
力のある超精密加工・組立技術を中核に据えた「軽薄短小化」技術によ
るものと言われてきている。
 したがって、長野県が目指すべき高付加価値型産業が開発・提供する
社会的・経済的課題の解決方策の優位性は、他地域では真似のできない、
独創的な超精密加工・組立技術を中核に据えた「軽薄短小化」技術によ
って確保できると言えるのである。

〇すなわち、長野県の「ものづくり」を基盤とする地域産業の新たな振
興戦略の策定においては、その「軽薄短小化」技術の更なる高度化の重
要性や、その高度化に大きく貢献してきた、親企業(発注企業)と下請
企業(受注企業)との密接な取引関係に内包されてきた、下請企業の技
術高度化への「学習システム」の重要性を再評価し、「軽薄短小化」技
術を、優位性確保の重要要素に据えた、より効果的なシナリオ・プログ
ラムの拡充強化に取り組むべきことを提案したいのである。

〇親企業の国際分業体制(世界最適調達)の進展によって、下請企業の
脱下請化、親企業の分散化(下請分業構造のピラミッド型からネットワ
ーク型への転換)が進んでいる状況下にあっても、この親企業と下請企
業との間の「学習システム」の重要性が失われていないことは、中小企
業等の新技術・新製品の開発に係る国等の補助金の採択状況の中でも確
認できるのである。

〇すなわち、この発注企業と受注企業の間の「学習システム」による、
革新的な新技術・新製品の開発については、受注企業にとって、市場ニ
ーズや市場規模(受注見込額等)が明確で、成功すると直ちに事業化に
結びつき、費用対効果が高い取組と評価されることから、採択の可能性
が高まる傾向にあると言えるのである。

【現行の「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」(2018〜2022年度)
が、もっと重視・強調すべきだった、ものづくり産業振興の原点】
〇長野県には、多種多様なものづくり技術分野で、世界トップレベルの
超精密加工・組立技術を有する中小企業等が多数存在しており、そのこ
とが、本県の「ものづくり」を基盤とする地域産業の、他地域の産業集
積に対する優位性確保に大きく貢献している。

〇その様々な中小企業等が、世界トップレベルの超精密加工・組立技術
力を形成してきた背景には、前述したように、常に技術の高度化を要求
する親企業(発注企業)と、その要求に応えようと必死で努力する下請
企業(受注企業)との密接な取引関係に内包される、下請企業の技術高
度化への「学習システム」が存在していることは、従来から様々に指摘
されて来ている。

〇その受注企業の技術高度化への「学習システム」の再活性化・高度化
を重要視することは、本県ものづくり産業振興戦略の原点に戻ることで
あり、長野県ならではの優位性を有する、地域課題解決型のスタートア
ップやイノベーションの創出に資するエコシステムの形成にも繋がると
言えるのではないだろうか。

〇例えば、従来から、長野県の地域産業振興戦略の中に重要施策として
位置づけられ、県内外で実施されてきた、県内中小企業等の技術展示イ
ベント(長野県は、他県に先駆け40年ほど前に、県内中小企業等の技術
展示イベントを「長野県機械部品展」として東京でスタートさせている。)
は、単に発注開拓(受注量の増加)を目的としていたのではなく、県内
中小企業等の技術力を格段に高度化することに資する、技術的要求レベ
ルの高い発注企業との間での、新たな「学習システム」の構築を目指し
ていたとも言えるのである。

【むすびに】
〇2023年度からの新たな「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」の策
定に向けては、他地域に比して優位性ある高付加価値型産業(イノベー
ション創出型産業)の育成・集積を実現するには、地域の中小企業等そ
れぞれの固有技術の高度化に資する、発注企業と受注企業との取引関係
に内包される「学習システム」の質的高度化の、地域産業政策における
重要性や、その具現化のための「政策的仕掛け」の在り方等についての
議論の深化が必要であることを主張したい。

〇この「学習システム」の質的高度化には、中小企業等の技術的課題解
決の診療所あるいは駆け込み寺とも称される、長野県工業技術総合セン
ターの果たすべき役割が非常に重要になることは、長野県の産業史にお
いて明らかとなっている。例えば、長野県精密工業試験場の、地域中小
企業等の精密加工技術の高度化に果たしてきた歴史的役割の大きさ等に
ついては、様々な媒体で解説されて来ている。

〇したがって、新たな「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」の策定
作業においては、地域中小企業等の固有技術の更なる高度化に係る、長
野県工業技術総合センターの果たすべき役割の再定義、その定義を具現
化するために必要な技術的支援機能の在り方等についても、関係の産学
官の方々によって、論理的かつ戦略的に議論していただくことをお願い
したいのである。


ニュースレターNo.177(2021年5月17日送信)

長野県策定の各種の地域産業振興戦略に共通する基本理念の優位性とその具現化方法の在り方
〜基本理念「地域産業の振興と県民生活の質的高度化の整合」の真の意義についての議論の深化のために〜

【はじめに】
〇長野県策定の各種の地域産業振興戦略に共通する基本理念は、一言で
言えば、「地域産業の振興と県民生活の質的高度化の整合」ということ
になるだろう。
 このことは、例えば、長野県科学技術振興指針(2016年3月〜2020年
3月)の基本理念が、「質的に豊かな県民生活」と「市場競争力を有す
る地域産業」の実現となっていることからも容易に推測できる。

〇長野県が、この地域産業振興戦略の基本理念を設定する論理的根拠の
一つは、その中小企業振興条例(2014年3月20日制定)の基本理念に求
めることができるだろう。
 中小企業振興条例の基本理念は、「中小企業の振興は、産業イノベー
ション創出の促進によって行わなければならない。」というものであり、
産業イノベーション創出については、「新たな製品又はサービスの開発
等を通じて新たな価値を生み出し、経済社会の大きな変化を創出するこ
とをいう。」と定義されている。

〇その産業イノベーション創出の定義をより分かりやすく整理すれば、
以下のようになるだろう。

 新たな製品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を生み出すこと
 =研究開発型かつ高付加価値型の地域産業を振興すること

 経済社会の大きな変化を創出すること
 =地域社会の重大な課題の解決を通して地域社会を質的に高度化すること

〇したがって、長野県が策定する各種の地域産業振興戦略のビジョン・
シナリオ・プログラムが様々に表現されていたとしても、そこに共通的
に内在する基本理念は、「地域産業の振興と県民生活の質的高度化の整
合」になっているはずなのである。

【新たな「企業の価値」を高めるための業態転換への地域産業の対応】
〇「企業の価値」を評価する観点については、従来からの財務面だけで
なく、SDGsやESGへの貢献度や、社会課題の解決へのインパクトなどの
観点が重視されるようになってきている。
 そのような状況下、withコロナ・afterコロナも見据えて、DX等の新
技術・新ビジネスモデルを活用した、「企業の価値」を高めるための業
態転換が急速に進んでいる。

〇このような状況変化に対して、地域産業が的確に対応し持続的に発展
できるようにするために必要な、効果的な政策的支援策を整備した、県・
市町村による新たな地域産業振興戦略の策定・実施化の重要性が高まっ
ている。

〇新たな地域産業振興戦略の策定・実施化において留意しておくべきこ
とは、長野県の各種の地域産業振興戦略に共通する基本理念「地域産業
の振興と県民生活の質的高度化の整合」は、SDGsやESGの具現化に地域
産業が取り組むべき旨を内包するものであり、かつ、法的規範である中
小企業振興条例の基本理念に基づき導き出されているものであることな
どから、一定の不変性を有しているということである。

〇そこで改めて、SDGsやESGの具現化への貢献度等の新たな「企業の価値」
への注目が高まっている中で、長野県策定の各種の地域産業振興戦略に
共通の基本理念が、新たな「企業の価値」に相当する「地域産業(企業)
の価値」の創出に優位性を有することを、より論理的に明確化するとと
もに、その具現化の在り方について議論を深めてみようと考えた次第で
ある。

〇議論の深化に当たっては、「地域産業(企業)の価値」と「地域社会
の価値」という概念を導入し、より具体的に議論を展開したい。

※参考文献:「SDGs達成に向けた企業が創出する『社会の価値』への期待」
に関する調査研究 (一社)企業活力研究所 2020.5.19

【「地域産業(企業)の価値」と「地域社会の価値」】
〇「地域産業(企業)の価値」とは、地域産業(企業)の経営力・技術
力等に基づく市場競争力等のみならず、地域課題の解決方策の創出と社
会実装への貢献度等によっても評価されるものと言えるだろう。
 また、「地域社会の価値」とは、地域の環境・社会面等の状況が、質
的に高度化されたと、地域の産学官民によって共通的に認識できること
が、どの程度達成できているのかによって評価されるものと言えるだろう。

〇すなわち、「地域産業(企業)の価値」と「地域社会の価値」を創出
することは、「地域産業の振興と県民生活の質的高度化の整合」と同じ
ことを意味しているのである。
 したがって、長野県による各種の地域産業振興戦略の策定のバイブル
とも言える、長野県中小企業振興条例の基本理念には、中小企業振興に
おいては、「地域産業(企業)の価値」と「地域社会の価値」の両方を
創出すべきということが含意されているとも言えるのである。

【長野県の地域産業振興戦略の基本理念の優位性とその具現化の在り方】
〇長野県策定の各種の地域産業振興戦略に内在する(内在すべき)基本
理念の優位性については、既に述べてきている通り、現在、社会的に広
く求められている「地域産業(企業)の価値」と「地域社会の価値」の
創出を重視すべき旨が、その基本理念に含まれていることの中に見出す
ことができる。
 そこで、以下では主に、その優位性ある基本理念の具現化の在り方に
ついて議論してみたい。

〇「地域産業(企業)の価値」と「地域社会の価値」の両方を創出して
いくためには、その創出活動に関与すべき、地域の企業、産業支援組織、
大学、金融機関、自治体、市民組織等の様々な主体(ステークホルダー
とも言えるだろう。)が効果的に参画できるようにする新たな「政策的
仕掛け」が必要になる。

〇しかも、その新たな「政策的仕掛け」においては、以下のような二つ
の機能を組み込むことが重要となるだろう。

@「地域産業(企業)の価値」と「地域社会の価値」の両方の創出を、
ステークホルダーの中の特定の者が主導し、他者はそれに協力するとい
う「リーダー主導型の価値創出活動」を活性化する機能(従来型機能)

Aステークホルダー各々が、価値創出に主体的に取り組み、各々が創出
した価値を戦略的・合理的に重層化することによって、より大きな地域
課題の解決(インパクトの増大)を可能とする「ステークホルダー創出
価値の重層化による価値増大活動」を活性化する機能(新型機能)

〇県・市町村が策定する地域産業振興戦略においては、その「政策的仕
掛け」を組み込むことが必要となり、その「政策的仕掛け」の優劣が、
地域産業振興戦略の優劣をも決定づけることになるのである。
 すなわち、地域産業振興戦略自体の優劣が、「地域産業(企業)の価
値」と「地域社会の価値」の創出活動の活性化や成果の社会実装の達成
度を左右することになるのである。

【むすびに】
〇SDGsやESGの具現化への産業界の貢献に社会的期待が高まっている中で、
withコロナ・afterコロナを見据えて、産業界は様々な業態転換に取り組
んでいる。
 このような状況下、県・市町村が策定する地域産業振興戦略も、地域
産業が、理想的な業態転換等に取り組む際の「バイブル」となれるよう、
大幅な見直し等が必要となっているのではないだろうか。

〇その見直し等においては、長野県策定の各種の地域産業振興戦略に共
通的に内在している、優位性ある基本理念を認識・尊重することが、地
域産業による、新たな「地域産業(企業)の価値」や「地域社会の価値」
の創出活動の活性化の近道になることを改めて確認・提示しておきたい
と考え、今回のテーマを選定した次第である。
 関係の産学官の皆様方には、県・市町村の新たな地域産業振興戦略の
策定に積極的に参画していただくことをお願いしたいのである。


ニュースレターNo.176(2021年4月14日送信)

長野県の観光振興戦略にパンデミック・レジリエンスの具現化方策を組み込むべきこと
〜withコロナ・afterコロナの観光振興にはパンデミック・レジリエンス確保に有効な新たな観光産業クラスター形成戦略が不可欠であること〜

【はじめに】
〇長野県の「Afterコロナ時代を見据えた観光振興方針」(以下、「長野
県観光振興方針」という。)においては、以下の3本柱が提示されている。

@安全・安心な観光地づくり(安全・安心の見える化)
 喫緊の課題である新型コロナウイルス感染症対策に観光地全体で対応
する体制を整備(各施設での感染症対策の実施や地域の医療体制の整備など)

A長期滞在型観光の推進(ライフスタイルと観光の融合)
 地方の開放的な環境でゆったりと寛ぐ時間を提供し新たな気付きで人生
を豊かにする長期滞在型観光を展開

B信州リピーターの獲得(デジタル×観光=信州ファン増)
 旅マエの魅力デジタル発信から旅アトのマーケティング戦略まで観光分
野のDX推進によりコアな信州ファン獲得へ

〇以上のように、「長野県観光振興方針」は、withコロナ・afterコロナに
おいて、コロナ禍によって変容した消費者の観光嗜好に対して、通常の感
染症対策に配慮しつつ、基本的には、従来からの観光振興戦略を継続して
いくものとなっており、パンデミックに対する長野県ならではの観光産業
のレジリエンス(強靭性)確保の具現化方策を含んではいない。

〇要するに、「長野県観光振興方針」は、今回のパンデミックによる観光
需要の消滅、観光関連事業活動の制限などの、個々の経営努力では対応不
可能な状況下にあっても、観光関連事業者が生き残り、雇用を維持できる
ようにする方策については、ほとんど検討・提示できていないのである。
 パンデミックに対応できるよう、観光産業のビジネスモデルの抜本的転
換が求められている状況に対する、政策的対応の抜本的転換についての検
討・提示ができていないのである。

【withコロナ・afterコロナの観光産業の事業ポートフォリオ戦略の重要性】
〇自然災害等の危機的な状況に企業が円滑に対応する手法として、BCP
(Business Continuity Plan:事業継続計画)の策定が推奨されてきたが、
今回のパンデミックでは、BCPが上手く機能した事例はほとんど無かったと
言われ、その要因として、以下の3点が挙げられている。
※参考文献:日本総研 オピニオン 野尻剛
「ウイズコロナのポートフォリオ戦略」2020.8.19

@地震等の自然災害と異なり「底」が分からない。
 自然災害の場合は、発生時点が最も被害の大きい「底」であり、二次被
害等の被害拡大を食い止めた後は、復興へと向かうベクトルは明確である。
しかし、新型コロナウイルスの場合は、感染の規模や収束時期等を予測す
ることが不可能であることから、それに対応するためのBCPの策定は、ほと
んど意味を成さないと言える。

A政府・自治体等からの自粛・休業(時短)要請は企業にとってコントロ
ールできない。
 新型コロナウイルスの感染が拡大しても、自然災害時のような物理的ダ
メージを受けたわけではなく、事業運営は可能な状況であるにもかかわら
ず、政府・自治体等から休業(時短)を要請され、自粛によって消費者が
来ないというような事態については、企業にとって有効な対策を講じるこ
とができず、ほとんどコントロールができないものと言える。

B業種によって明暗が大きく分かれた。
 観光や外食といった業種が壊滅的なダメージを受けている一方で、さほ
ど影響を受けていない業種や追い風を受けている業種(ECなどネット関連
等)もあり、業種によって明暗が大きく分かれた。BCPは「事業単位」で
継続計画を策定するものであるため、今回のような壊滅的なダメージを受
けている業種では、上記@、Aの要因から、BCPはうまく機能できないの
である。

〇つまり、パンデミックに対しては、「事業単位」で策定するBCPという考
え方そのものに限界があると言える。しかし、例えば、外食産業の場合、
「店内」、「テイクアウト」、「デリバリー」、「通販」等の異なる複数
の事業で構成されるビジネスモデルを構築しておき、いわゆる事業ポート
フォリオ戦略型のBCPを策定しておけば、今回のパンデミックにもより円滑
に対応でき、経済的ダメージも小さくできたと言えるのである。

【事業ポートフォリオ戦略を内包する観光産業クラスター形成戦略の必要性】
〇長野県内の観光地を支える重要なインフラとも言える宿泊業(旅館・ホ
テル等)を事例として、まず、観光産業のレジリエンス確保に有効な事業
ポートフォリオ戦略への取組みの在り方から、議論を展開していきたい。

〇県内の観光地の宿泊業がパンデミックに対するレジリエンスを確保する
ためには、宿泊業よりパンデミックのダメージを受けにくい他業種との連
携事業を組み込んだ、事業ポートフォリオ戦略を策定・実施化することが
必要となる。
 しかしながら、県内の観光地で宿泊業を営む個々の事業者にとっては、
従来からの事業領域を超えた、パンデミックに強い新規事業を組み込んだ
ポートフォリオ戦略を独自で策定することは、非常に困難性の高いことと
言えるだろう。

〇より具体的に言えば、宿泊業とその仕入れ等を通じて日頃から取引関係
にある異業種との連携事業は、その異業種のパンデミックによるリスクが
宿泊業と関連して高まる場合が多いことから、事業ポートフォリオ戦略に
組み込むことの有効性は低いことになる。
 しかし、宿泊業を営む個々の事業者にとって、日頃の取引関係を超えた
新たな異業種との連携による、パンデミックによるリスクの低い新規ビジ
ネスモデルを単独で構築することには、経験の乏しさ等から大きな困難性
が伴うことになるだろう。

〇そこで、県等の地方自治体の主導によって、観光地を含む一定の地理的
範囲における、様々な異業種で構成される地域産業集積の中で、宿泊業と
パンデミックダメージを受けにくい他業種による、いわゆる異業種間連携
(相互補完)による事業ポートフォリオ戦略の機能を内包する、新たな観
光産業クラスター形成戦略を策定し、その戦略の具現化活動に宿泊業が参
画するという「仕組み」を構築することが、まず最初に必要になるだろう。

【観光産業のパンデミック・レジリエンスを具現化する観光産業クラスター形成に向けて】
〇観光産業のパンデミック・レジリエンスを具現化する観光産業クラスタ
ー形成戦略の在り方については、以下のような戦略の基本的な体系・構成
に沿って議論を展開することにしたい。

[ビジョン(実現を目指す地域産業集積の姿)]
 観光地の宿泊業と、一定の地理的範囲内の異業種産業との、従来からの
取引関係の延長線の域を超えた、新規のビジネス連携(ビジネスモデル)
の創出活動が活性化することを通して、宿泊業等の観光産業のパンデミッ
クに対するレジリエンスが持続的に向上していく観光産業クラスター

[シナリオ(ビジョン実現への道筋)]
@観光産業クラスター内における、異業種間での新規のビジネス連携(ビ
ジネスモデル)の創出活動を活性化する「仕掛け」としての、産学官連携
システム(日常的に異業種間で情報交換できるプラットフォームを含む。)
を構築する。

Aその産学官連携システムについては、必要な技術・知識をクラスターの
域外からも調達できるよう、広域的な連携(ネットワーク)も目指すもの
とする。

Bその産学官連携システムの構築・運営をマネジメントする拠点(人的体
制)をクラスター内の産業支援機関の中に整備する。
 同拠点の機能強化(人的・資金的弱点の補完・補強)のために、クラス
ター内外の各種の産業支援機関・制度の効果的活用を活発化する。

[プログラム(シナリオの着実な推進のために必要な各種施策)]
 クラスター内の産学官連携システム拠点が主導し、クラスター内外の英
知を結集し、必要な施策を企画・実施化する。

〇宿泊業と異業種産業とによる、パンデミックに対するレジリエンスを有
する新たなビジネス連携とは、どのようなものになるのだろうか。今後の
議論に資するため、そのイメージについて、以下で若干触れてみたい。

〇宿泊業の経営資源(機能)は、一般的に、@宿泊場所の提供、A飲食場
所の提供、Bイベント開催場所の提供、C宿泊・飲食・イベントに係る各
種サービスの企画・実施化に優れる人材の存在、などに整理することがで
きるだろう。

〇パンデミック時において、これらの経営資源を異業種連携によって効果
的に活用し経営(従業員の雇用)を維持できるように、平時から常に、パ
ンデミック・レジリエンスを有する新たな事業展開分野を開拓し、ビジネ
ス化しておくことが必要になるのである。以下に、そのビジネス創出ポイ
ントのイメージ例を、活用する経営資源毎に整理・提示してみたい。

[@宿泊場所の提供]
 地域の情報サービス産業等と連携し、テレワーク場所としてのサービス
の質的高度化を図り、平時はもとより、パンデミック時における、大都市
圏等からの「現代の疎開先」としての優位性を確保しておく。

[A飲食場所の提供]
 地域の食品・栄養系大学・学部、食品加工産業等と連携し、提供する料
理の通常の美味しさを超えた、機能性の向上等の質的高度化・高付加価値
化を図るとともに、通販手法を開発し、平時はもとより、パンデミック時
には、外食を自粛せざるをえない消費者を対象とする、家庭では真似でき
ない「ヘルシーな本格的料理」通販としての優位性を確保しておく。

[Bイベント開催場所の提供]
 地域の医学・体育系大学・学部、医療機器製造・販売産業等と連携し、
入浴、運動、食事等の組合せを通した、科学的根拠に裏付けされた体質改
善プログラムを開発・提供し、平時はもとより、パンデミック時における、
行動自粛等で体調管理等に苦労している中高年等にとっての、「現代の湯
治場」としての優位性を確保しておく。

[C宿泊・飲食・イベントに係る各種サービスの企画・実施化に優れる人材の存在]
 地域の異業種産業との各種の知的交流の場を創設し、宿泊業の従業員の
知識・技術の専門分野の更なる広域化・高度化を図るとともに、地域の異
業種産業との人材交流事業を実施し、平時はもとより、パンデミック時に
は、休業(時短)事業分野等の人材の、より効果的な相互活用(マネタイ
ズ化)が可能となるようにしておく。

【むすびに】
〇長野県の観光産業のパンデミック・レジリエンスを高めるために必要な、
新たな観光産業クラスター形成戦略の在り方を提示することは、私にとっ
て非常に難解な課題である。そこで、今回は「イントロダクション」とし
て位置づけ、引き続き、皆様方のご指導を受けながら、より論理的に提言
できるよう、更に深く調査研究を実施していくつもりである。

〇県等の行政サイドには、産学官の英知を結集し、パンデミック・レジリ
エンスを有する観光産業の振興に資する、長野県ならではの異業種間連携
による事業ポートフォリオ戦略を内包する、新たな観光産業クラスター形
成戦略の策定に速やかに着手することをお願いしたいのである。


ニュースレターNo.175(2021年3月4日送信)

環日本海経済圏構想は長野県の産業振興にどのような役割を果たしてきたのか
〜日本海沿岸の産業集積地域との産学官連携活動をグローバルな視点から活性化するために〜

【はじめに】
〇東西冷戦の終焉を背景に、1980年代後半から、中国の東北地域、ロシア
の極東地域、韓国、北朝鮮等と日本の日本海沿岸地域(後背地も含む北東
アジア地域)における経済協力の活性化を目指す環日本海経済圏構想が、
交流の歴史的蓄積をベースとして関係各国において湧き起こった。
 このような状況下、環日本海経済圏構想の具現化に向けて各種事業を企
画・実施化する日本サイドの拠点として、1993年に新潟県の主導によって、
(公財)環日本海経済研究所(ERINA)(基本財産36億円)が新潟市に設立
された。

〇長野県も、このERINAの基本財産として1,000万円を出捐していることか
ら、環日本海経済圏構想を長野県の地域産業政策の中に組み込み活用しよ
うとしていたことが推測できる。例えば、新潟県、富山県等の日本海沿岸
の生産・物流関連産業集積地域の後背地としての機能強化等を通して、対
岸の中国、ロシア、韓国等とのビジネス関係の更なる拡大を構想していた
のではないだろうか。

〇しかしながら、新潟日報の報道(2021.2.13)で、新潟県が、2023年度末
までにERINAを廃止する方針であることが明らかとなった。地方自治体の国
際戦略の多角的な進展から、特定の近隣諸国との経済圏の形成に特化した
地域産業政策の意義が薄れ、新潟県にとっての環日本海経済圏構想の重要
度が低下したとの判断により、行財政改革の一環として廃止されるとのこ
とである。

※参考:新潟県は、ERINAの基本財産の8割を出捐し、毎年の運営費として
1.5億円を補助している。ERINAの出捐自治体は、新潟県、新潟市、青森県、
岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県、群馬県、富山県、石川県、長
野県であり、民間企業も8社となっている。
 ERINAの事業内容は以下のようになっている。
@北東アジア地域の経済に関する調査研究
A国際会議、セミナー、シンポジウム等の開催
B北東アジア地域における国際研究交流
C企業国際交流の促進 など

〇環日本海経済圏構想のシンボル的な国際プロジェクトとして、豆満江地
域開発(中国・ロシア・北朝鮮)が挙げられるが、政治的・経済的理由等
から、当初の計画通りの推進ができていない現状がある。
 しかし、新潟県は、経済成長を遂げた中国や、資源が豊富なロシア全土
にまで視野を広げた経済交流活動については引き続き重要であると考え、
環日本海経済圏の経済動向等の調査研究機能は、県立大学(国際経済学部)
に引き継ぐことにしている。

※豆満江地域開発:中国・ロシア・北朝鮮の3か国に跨る豆満江の河口付近
の延吉〜清津〜ナホトカを結ぶデルタ地帯を多国間協力により開発しよう
とするプロジェクト。1990年に中国代表が構想を発表し、その後、国連開
発計画の支持を得た。

【環日本海経済圏の後背地としての長野県の地域産業振興戦略の在り方】
〇環日本海経済圏構想が注目され、長野県がERINAに出捐した頃から、長野
県の地域産業政策の中に、同経済圏の後背地としての発展へのビジョン・
シナリオ・プログラムが位置づけられたことはあったのだろうか。ERINAへ
の参画(出捐)は、長野県にとってどのような産業政策的意義があったの
だろうか。
 ERINAの廃止に当たり、その評価をしておくことは、今後の長野県の日本
海沿岸地域の産学官との、グローバルな視点からの連携活動の質的高度化
にとって有意義なことになろう。

〇(公財)長野県テクノ財団においては、環日本海経済圏構想との関連づ
けは無かったが、かつて私の大先輩が主導し、隣接県である新潟県との希
薄な産学官連携活動を活性化することを目指す「信越コリドー構想」を提
唱・推進した時期があった。
 その後、同財団によって、新潟県内の大学が有する機能性食品やナノテ
クノロジー等に関する技術シーズを、長野県内企業に紹介する事業等も企
画・実施化された。
 いずれにしても、それらの構想や事業は、環日本海経済圏(北東アジア
地域)へのグローバルな展開を目指すものではなかった。

〇ERINAが廃止されたとしても、新潟県等の日本海沿岸地域においては、
対岸地域とのビジネスの開拓に積極的に取り組む企業・産業支援機関等が
数多く存在する。そのような企業・産業支援機関等との連携によって、長
野県内の企業が、中国、ロシア、韓国等の沿岸地域のみならず、その後背
地も含めた、広域的な新市場開拓に挑戦しやすくする「政策的仕掛け」を
構築することも、新たな地域産業振興戦略の重要な構成要素になることを
提示しておきたい。

※参考:新潟県における環日本海経済圏の国々の公館の開設状況(新潟県HP)
 @在新潟大韓民国総領事館(1978年)
 A在新潟ロシア連邦総領事館(1994年)
 B在新潟モンゴル国名誉領事館(2007年)
 C在新潟中国総領事館(2010年)

【むすびに】
〇長野県の国際戦略「グローバルNAGANO戦略プラン」(2016年〜2020年)
においては、重点的に国際交流を展開する国の中に、環日本海経済圏に属
する国として中国、韓国が含まれている。しかし、環日本海経済圏の日本
サイドの玄関口となる、隣接県の新潟県、富山県等との連携による、新規
の海外市場の開拓戦略(国際的産学官連携を含む。)についての提示はな
されていない。

〇2021年からの新たな「グローバルNAGANO戦略プラン」の策定においては、
長野県のERINAへの参画(出捐)についての産業政策的意義を総括し、そ
の結果をグローバルな産学官連携の活性化のために必要な、新たな「政策
的仕掛け」の構築に活かしていただくことをお願いしたいのである。
 関係の産学官の皆様方には、その「政策的仕掛け」の構築に関して、そ
れぞれの専門的なお立場から、県等に対して積極的にアドバイス等をして
いただくことをお願いしたいのである。


ニュースレターNo.174(2021年2月8日送信)

長野県の飯田地域を拠点とする航空機産業クラスター形成戦略の点検とブラシュアップのために〜長野県航空機産業振興ビジョンが目指す
「アジアの航空機システム拠点」の早期形成に向けて〜

【はじめに】
〇新型コロナウイルスの世界的感染拡大に伴う航空機利用の激減で、航
空機メーカー及び航空機部品メーカーは、経営的に非常に厳しい状況に
追い込まれている。
 長野県においては、この厳しい状況への政策的対応策として、「長野
県における航空機産業振興の当面の対応方針」を定め、航空機部品需要
の回復期を見据えて、飯田地域を拠点とする航空機産業クラスター形成
の中核的推進機関(エス・バード)の機能強化等に取り組むことにして
いる。

※エス・バード:南信州広域連合(飯田市ほか3町10村)、長野県工業
技術総合センター、信州大学、南信州・飯田産業センターなどが同居・
連携し、航空機産業をはじめとする飯田地域の産業の高度化、高付加価
値化を実現するための施設のことであり、その指定管理者は、南信州・
飯田産業センター。旧飯田工業高校の建物を活用。信州大学航空機シス
テム共同研究講座の開講、航空機システムの環境試験設備の整備、技術
相談対応のための県工業技術総合センター航空機産業支援サテライトの
設置などを実施。

〇そこで、withコロナ・afterコロナ期における、飯田地域を拠点とす
る航空機産業クラスター形成戦略の効果的推進・具現化に資することを
目的として、(一財)機械振興協会・経済研究所の報告書「国内航空機
産業クラスターの課題と地域中小企業の役割〜ケベック・モデルから学
ぶこと〜」(2020年3月)を参考にして、従来のニュースレターとは異
なる新たな視点(トリプルヘリックス理論)から、中核的推進機関(エ
ス・バード)の機能強化等の重要課題への取組み方について整理してみ
たい。

〇なお、前述の報告書には、長野県産業労働部産業技術課へのヒアリン
グに基づく「長野県における事例」が詳細に掲載(特に信州大学の貢献
について詳しく記載)されていることから、県の航空機産業振興ビジョ
ンの推進に直接的に携わっている産学官の方々は、「トリプルヘリック
ス理論」に基づく、一般的な航空機産業クラスター形成手法については
既に熟知されていることと思われる。

〇しかしながら、県の航空機産業振興ビジョンが形成を目指す、国際的
優位性を有する「アジアの航空機システム拠点」の早期実現のためには、
県内外のより多くの産学官の方々に、飯田地域を拠点とする航空機産業
クラスターの形成活動に関心を持っていただき、積極的にご提言等をい
ただくことが必要と考え、今回のテーマを選定した次第である。

※参考:「長野県航空機産業振興ビジョン」に内在する論理的脆弱性を
含む、今後の航空機産業クラスター形成戦略の企画・実施化において考
慮すべき重要課題(核心的論点)については、ニュースレターNo.164
(2020.6.13「『長野県航空機産業振興ビジョン』の見直しに寄せて〜
航空機産業クラスター形成戦略の優位性確保の真の意義〜」)を参照願
いたい。

【飯田地域を拠点とする航空機産業クラスター形成戦略の「課題の見える化」に有用な「トリプルヘリックス空間」と「トリプルヘリックス循環」の視点】
〇前述の機械振興協会・経済研究所の報告書は、カナダ・ケベック州の
航空機産業クラスターの優位性について、「トリプルヘリックス空間」
と「トリプルヘリックス循環」の視点から調査・評価している。

〇トリプルヘリックス(三重螺旋)とは、ヘンリー・エツコウィッツが
提唱したイノベーション・モデルで、大学・産業・政府の3つのアクター、
すなわち3つのヘリックスの相互作用(協力)によるイノベーション創出
を目指す仕組みを意味する。
 また、「トリプルヘリックス空間」とは、そのトリプルヘリックスが、
地域の如何なる空間(場)で姿を現してくるかに注目した概念で、「知
識空間」、「コンセンサス空間」、「イノベーション空間」の3つの空間
に分類される。

〇より具体的に3つの空間を説明すると以下のようになる。
@「知識空間」:大学・研究機関(地域の研究基盤)による、イノベー
ション創出に必要な知識生産の共同作業が行われる空間(場)。
A「コンセンサス空間」:その地域に必要なイノベーション創出に関する
アイディアや戦略についての検討・方向づけ(合意形成)のための空間(場)。
B「イノベーション空間」:「知識空間」・「コンセンサス空間」によっ
て提示されたイノベーション創出を目指し具体的に活動する空間(場)。
イノベーション具現化に向けた事業化、社会実装への取組み等が行われる。

〇「トリプルヘリックス循環」とは、トリプルヘリックスを構成する大学・
研究機関、地域産業、政府・自治体の3つのヘリックスの間での人・情報・
製品の循環(マクロの循環)と、1つのヘリックスの内部での人・情報・
製品の循環(ミクロの循環)を含む多様な循環を意味する。

〇ケベック州の航空機産業クラスターにおいては、3つのヘリックスの間と
個々のヘリックス内での人・情報・製品の多様な循環を持続的に発生させ
る「クラスター・エンジン」及び「クラスター・リアクター」の役割を担
う特定の機関が内在し、この機関の存在が、同産業クラスターの国際的優
位性を決定づけている。

〇すなわち、同産業クラスターにおいては、その「知識空間」と「コンセ
ンサス空間」の担い手としての産業支援機関(シンクタンク機能も有し、
クラスターに参画する34機関が役員を派遣)が、「クラスター・エンジン」
の役割を担い、「イノベーション空間」の担い手としての産学官共同研究
推進機関(イノベーション創出のための産学官連携研究開発の企画・実施
化のためのコンソーシアム)が、「クラスター・リアクター」の役割を担
っているのである。

〇したがって、飯田地域を拠点とする航空機産業クラスター形成の中核的
推進機関(エス・バード)の、現状の「クラスター・エンジン」及び「ク
ラスター・リアクター」に関する機能を、ケベック・モデルを参考にして
分析・評価することが、クラスター形成戦略の「課題の見える化」の効果
的手法になると言えるのである。

〇大規模なケベック・モデルをそのまま模倣して、飯田地域に導入するこ
とは不可能であることは明らかであるが、同モデルの優位性確保の論理的
基盤となっている「トリプルヘリックス理論」の視点から、飯田地域の中
核的推進機関(エス・バード)のクラスター形成推進機能を分析・評価し、
可能な範囲で必要な対応策を講じていくことが重要なのである。

【飯田地域を拠点とする航空機産業クラスター形成中核的推進機関の機能強化の在り方】
〇従来のニュースレターにおいて、飯田地域を拠点とする航空機産業クラ
スター形成の成否は、そのクラスター形成の中核的推進機関(エス・バー
ド)の機能を、県主導によって如何に強化できるかにかかっている旨を繰
り返し主張してきている。
 そして、更に今回は、その機能強化のために、従来とは異なる「トリプ
ルヘリックス理論」の視点から、エス・バードが、飯田地域を拠点とする
航空機産業クラスターを、国際的優位性を有する「アジアの航空機システ
ム拠点」とするために必要な「知的空間」、「コンセンサス空間」、「イ
ノベーション空間」を形成し、それを効果的に運用できる機能を有してい
るのか、について県主導(飯田地域との緊密な連携が不可欠)によって分
析・評価し、不足する機能の整備等の対応策を講じていくことを提案した
いのである。

〇言い方を換えれば、エス・バードの現状の「クラスター・エンジン」及
び「クラスター・リアクター」としての機能は、国際的優位性を有する
「アジアの航空機システム拠点」を形成できるレベルのものであるのか、
という視点からの分析・評価がまず必要になるのである。
 より具体的には、国内外の航空機産業関係者が、エス・バードの各種支
援機能を利用してみたいと望むような、優位性のある質的に高度なサービ
スを提供できるレベルに到達しているのか、という視点も一つの分析・評
価の尺度になるのである。

〇そして、その分析・評価結果に基づく、エス・バードに不足する機能
(新たに整備すべき機能、拡充強化すべき機能)の整備計画の策定・実施
化については、飯田地域を拠点とする航空機産業クラスター形成を目指す
航空機産業振興ビジョンの策定主体である長野県が、飯田地域の意思を尊
重しつつ主導していくべきことは当然のことであろう。

〇なお、エス・バードの「クラスター・エンジン」及び「クラスター・リ
アクター」としての機能の強化においては、以下のような視点から取り組
むことも有用となろう。
@同居する大学、産業支援機関等の個々の本来的機能の強化
A同居のメリットを活かした、各機関等の機能の連携による相乗効果の発揮
B目指す機能強化の姿の実現に必要な、同居の産業支援機関等の追加
C国内外の大学・産業支援機関等との連携による、不足する機能の補完

【むすびに】
〇従来から、関係の産学官の皆様の議論に資するため、以下のように、長
野県の航空機産業クラスター形成戦略が内包する重要課題(核心的論点)
について繰り返し指摘してきている。
・総論的課題:国際的優位性を有する「アジアの航空機システム拠点」形成シナリオが内包する重大なリスク
※ニュースレターNo.84(2016.5.12)参照
・各論的課題1:国内初の「航空機システム実証試験拠点」の具体像の未提示
※ニュースレターNo.94(2016.11.7)参照
・各論的課題2:航空機産業クラスター形成のための「戦略的統括拠点」の未整備
※ニュースレターNo.97(2016.12.10)、No.128(2018.7.7)参照
・各論的課題3:「航空機部品マーケティング支援センター」(仮称)の未整備
※ニュースレターNo.98(2016.12.23)参照
・各論的課題4:飯田地域を中核とする航空機産業クラスター形成戦略の優位性の内外へのアピール不足
※ニュースレターNo.155(2020.1.1)、No.164(2020.6.13)参照

〇飯田地域を拠点とする優位性・独創性のある航空機産業クラスター形成
活動が、withコロナ・afterコロナ期の航空機産業の動向に的確に対応し、
持続的に企画・実施化されていくために必要な政策的対応の在り方等につ
いての、関係の産学官の皆様の間での議論の更なる活発化に、少しでも貢
献できれば幸いである。


ニュースレターNo.173(2021年1月4日送信)

2030年「脱ガソリン車」の地域産業へのインパクト〜長野県の地域産業の技術的蓄積・優位性の新規展開方向の探索の必要性〜

【はじめに】
○日本政府は、2050年ゼロカーボンを達成するため、2030年代半ばまでに
ガソリン車の新車販売をなくす(新車の全てを電動化する)方針を打ち出
した。また、東京都は、2030年までにそれを実現するという、更に早い目
標達成時期を設定している。

○この当面の日本における電動化には、HV(ガソリンエンジンと電気モー
ターの両方で駆動)が含まれている。しかし、ゼロカーボン達成の2050年
までには、全ての自動車を、ガソリンを全く使用しないEVやFCVにするこ
とが必要になるのである。このことから、HVは、完全な自動車電動化への
「つなぎの存在」とも言えるのである。

○参考までに、海外での脱ガソリン車への先進的取組事例のいくつかを以
下に提示する。
 これらの先進的取組においては、HVの完全電動化への「つなぎの存在」
としての寿命が、日本の場合より、かなり短く設定されていることに留意
する必要がある。
 アメリカ・カリフォルニア州:2035年までにHVを含むガソリン車の販売
を禁止。
 イギリス:2030年までにガソリン車の販売を禁止。2035年までにはHVの
販売も禁止。
 ノルウェー:2025年までにHVを含む全てのガソリン車の販売を禁止。
 中国:2035年までに新車販売を全て環境対応車(EV・FCVで50%、HVで
50%)とすることを検討中。

※参考文献:「ハイブリッド技術に強い日本勢の難しい立ち位置」
  東洋経済記者 木皮透庸

○EVについては、充電インフラの整備、航続可能距離の拡大、バッテリー
等の寒冷地対策、車両の低価格化など、多くの技術的・経済的課題を抱え
ていることから、本格的なEV時代の到来までには長期間を要し、しばらく
はHVが電動車の主役の状態が続くと見込まれている。世界市場に占めるHV
の構成比は、2019年の5%から、2030年には36%にまで高まるとの米系の
著名なコンサルタント会社の予測もある。

○日本の自動車メーカーは、HVに世界的優位性を有し、日系3社だけで世
界のHV市場の8割弱を占めていると言われる。したがって、昨今の世界的
な自動車の電動化(脱ガソリン)への活発な動きは、日本の自動車メーカ
ーにとっては、非常に有利に働いていると言えるのである。
 このように、少なくとも2030年代までは、日本の自動車産業の国際的優
位性は維持できるという、楽観的な見通しのせいもあってか、「脱ガソリ
ン車」の地域産業へのインパクトや、それに対する政策的対応策を組み込
んだ、新たな地域産業振興戦略の策定に関する産学官での議論は、まだ、
長野県内では活発化していないように見えるのである。

【「脱ガソリン車」の地域産業へのインパクト】
○EVは、ガソリン車に比べて構造がシンプルで、部品点数が、1/3程度に
減ると言われている。バッテリーやモーターが主役になり、モジュール化、
コモディティ化し、高度な「すり合わせ技術」が不可欠のガソリン車に比
して、参入障壁が格段に低くなり、新規参入メーカーの増大が見込まれて
いる。
 日本の電機産業が、国際競争力を失った大きな要因が、電気製品の急速
なモジュール化による、新規参入メーカーの増加、価格競争の激化等であ
ったことから、日本の自動車産業が、電機産業と同じ轍を踏むことになる
のではないかと危惧する識者も多いのである。

○EVでは、ガソリン車固有のエンジン、吸排気系、燃料タンク・配管、ト
ランスミッション、冷却・空調系などの多くの部品が不要となる(自動車
の総部品点数が約3万点から約1万点に減少すると言われている。)こと、
その不要となる自動車部品に係る高度な生産技術(ソフト・ハード)をそ
のまま活用して、新たに受注できる部品分野を探索・確保することには多
くの困難が伴うことなどから、EV化の自動車部品関連産業へのインパクト
は非常に大きいと言えるのである。

○2030年代以降の新車生産における、HVを除く完全なEV化の世界的拡大に
よる、自動車関連産業の大規模な構造変化を見据えて、当然のことながら、
自動車部品関連の多くの地域中小企業は、既にその対応に着手しているも
のと推測できる。
 しかしながら、長野県内の自動車部品関連産業や産業支援機関等におい
ては、日本が優位性を確保しているHVを経由しての、長期間を要するゆっ
くりとした完全EV化という流れを想定しているせいか、県内の自動車部品
関連産業が目指すべき優位性確保可能な方向性や、その具現化方策などを
提示する、新たな地域産業振興戦略の策定・実施化に関する議論が、未だ
に顕在化して来ていないことに、大きな不安を覚えるのである。

○充電インフラの整備、航続可能距離の拡大、バッテリー等の寒冷地対策、
車両の低価格化など、多くの技術的・経済的課題の解決については、様々
な困難性が伴い、かなり長期間を要すると見込まれているが、今後、予期
していなかった急速な技術革新等によって、EVの部品総コストの約4割を占
めるバッテリーの大幅なコストダウンの早期実現などの事態が発生すれば、
想定よりずっと早くHVがEVに主役の座を奪われることになるのである。

○そのような事態になって慌てることがないよう、長野県においては、
「脱ガソリン車」の地域産業へのインパクトへの政策的対応策を組み込ん
だ、新たな地域産業振興戦略の策定に関する議論が、関係の産学官の方々
の中で早期に活発することに少しでも資することを目的として、以下で若
干の提言をしてみたい。

【「脱ガソリン車」のインパクトへの政策的対応策を組み込んだ、新たな
地域産業振興戦略の在り方】
○自動車部品関連の中小企業のEV化への対応状況に関する調査研究報告等
からは、多くの中小企業が、独力で、取引先からの情報収集等に基づき、
EV関連部品の受注や、医療機器、航空機などの他産業の部品の受注の確保
に取り組んでいる様子が窺える。そして、その中小企業による、情報収集
からガソリン車以外の分野での新規部品受注の確保等に至るまでの、様々
な工程において、自社のみの力では解決困難な多種多様な技術的・経済的
課題に直面していることも明らかにされている。

○それらの課題の解決促進のために、新たな地域産業振興戦略を策定する
場合に、同戦略に組み込むべき政策的仕掛けについては、以下のような整
理ができるだろう。

[地域中小企業のEV化への対応の円滑化に必要な政策的仕掛けの構成例]
@今後のEV化の動向(部品の構成・内容等を含む。)に関する具体的情報
収集・分析への支援
AEV関連分野における新規受注可能な部品の探索・受注確保への支援
BEV以外の分野における新規受注可能な部品の探索・受注確保への支援
C新規受注部品の生産に必要な技術力(ソフト・ハード)の整備への支援
DEV等の新規受注分野への対応に必要な社内人材の育成・確保への支援

○いずれにしても、長野県や産業支援機関等の主導によって、県内の自動
車部品関連産業のEV化への対応状況(解決すべき課題を含む。)を把握し、
中小企業の円滑なEV化対応に資する各種の支援施策を講ずることに必要な
調査研究を速やかに企画・実施化し、それに基づき、新たな地域産業振興
戦略の策定作業に早期に着手できるようにすることが必要なのである。

○今後のEV化の進展は、県内の従来の自動車部品関連産業のみならず、電
気・電子部品関連産業等にとっても、新たな受注拡大の好機となるため、
同戦略については、業種横断的な視点から、自動車部品関連産業を幅広に
捉えた上での、技術的・経済的高度化戦略を組み込むことに留意すること
が不可欠となるのである。

【むすびに】
○日本政府は、ここにきてやっと海外の自動車電動化の先進国と肩を並べ、
2050年ゼロカーボンを達成するため、2030年代半ばまでにガソリン車の新
車販売をなくす(新車の全てを電動化する)方針を打ち出した。

○しかしながら、長野県内の自動車部品関連産業や産業支援機関等におい
ては、日本が国際的優位性を確保しているHVを経由しての、長期間を要す
るゆっくりとした電動化という流れを前提にしてきたせいか、将来的なHV
を除く完全電動化という自動車部品関連産業の大規模な構造変化に備えて、
新たな政策的対応策を可及的速やかに策定・実施化すべきことの必要性・
重要性への認識が若干不足しているように見える。

○そこで、県内の地域産業政策に係る産学官の方々には、県内の自動車部
品関連産業が目指すべき、優位性確保が見込める方向性や、その具現化方
策などを提示する、新たな地域産業振興戦略の策定・実施化に関する議論
を先導していただくことをお願いしたいのである。