○送信したニュースレター2022年(No.185〜197)

ニュースレターNo.197(2022年12月11日送信)

「長野県の美しい伝統的工芸品を未来につなぐ条例(仮称)」骨子(案)の課題について

【はじめに】
○長野県議会事務局では、県内の伝統的工芸品産業の振興を目的とする「長野
県の美しい伝統的工芸品を未来につなぐ条例(仮称)」の制定に向けて、令和
4年12月9日から令和5年1月10日まで、条例の骨子(案)についての意見募集を
行っている。
 皆様方にも、この条例が真に県内の伝統的工芸品産業の振興に資するものと
なるよう、この意見募集にできるだけご参加いただきたく、参考までに、条例
の骨子(案)に関する課題について、私なりに整理・提示することを、今回の
テーマとした次第である。

○なお、このニュースレターのエッセンスについては、私の意見として、長野
県議会事務局へ既に提出している。議会事務局が誠意をもって対応してくれる
ことを期待したい。

【条例の骨子(案)の課題について】
○条例の骨子(案)については、以下のような構成になっている。
1 前文(条例制定の背景、条例の目指す方向等)
2 目的(条例制定の目的)
3 定義(伝統的工芸品の定義)
4 基本理念(条例の目的を達成するための基本理念)
5 責務・役割(条例の目的を達成するための、県の責務や県民・事業者の役割、市町村との連携等)
6 基本的施策
(1)伝統的工芸品の知事による指定
(2)伝統的工芸品の価値・魅力の周知による需要拡大
(3)伝統的技術等の保存・承継のための人材確保・育成等に対する支援
(4)伝統的工芸品産業の新たなものづくりの推進
(5)伝統的工芸品の使用・活用の促進
7 審議会(伝統的工芸品産業の振興に関する審議を行う審議会)
8 その他

○以下では、以上の構成要素の内、特に「1 前文」と「4 基本理念」に注
目し、この条例を真に県内の伝統的工芸品産業の振興に資するものとするため
に解決すべき課題について整理してみたい。

[課題1 条例の前文について]
○条例の前文では、近年の伝統的工芸品産業の衰退の理由として、生活様式の
変化や安価な大量生産品の普及を挙げているが、伝統的工芸品産業のその衰退
からの力強い復活の可能性や在り方等を含む、関係者を元気づけるような、同
産業の「目指すべき姿」(ビジョン)をまず提示すべきではないだろうか。

○伝統的工芸品産業の関係者が、同産業の将来に夢や希望を抱けるように、消
費者が、安価な大量生産品ではなく、より高価な日用品としての伝統的工芸品
を選択するようになる可能性が十分あることや、その可能性の具現化への道筋
(シナリオ)を提示すべきではないだろうか。

○消費者に訴えたい伝統的工芸品の「価値・魅力」とは何なのか。前文におい
て、その提示がないと、県民等に伝統的工芸品の積極的使用を働きかける条例
にはなりえないのではないだろうか。
 骨子(案)の中で、この「価値・魅力」という言葉を安易に多用しているが、
これが何なのかを県民等に対して明示できなければ、伝統的工芸品産業の振興
に資する、効果的・具体的なビジョン・シナリオ・プログラムを策定・実施化
することは困難となる。
 「価値・魅力」とは何なのかを、前文に明示すべきではないだろうか。

○前文の中では、「伝統的工芸品を未来につなぐ環境」をつくることが求めら
れているとしている。要するに伝統的工芸品産業の振興に資する、地域エコシ
ステムを形成する必要性を提示しているとも言えるのである。
 しかし、その地域エコシステム形成のプレーヤーとしては、県、市町村、事
業者(伝統的工芸品産業に関わる者をいう。)、県民だけを提示しているが、
それだけで良いのだろうか。
 例えば、伝統的工芸品を使用する飲食・宿泊業者、伝統的工芸品の「価値・
魅力」を深く理解し、その普及・市場開拓に携わろうとする流通業者(地域商
社を含む。)等、伝統的工芸品産業の振興に重要な役割を担うべき、多種多様
な事業者が参画すべきことを提示する必要があるのではないだろうか。

[課題2 条例の基本理念について]
○基本理念の第1として、伝統的工芸品の価値・魅力を周知することにより、
需要拡大を目指すとされているが、伝統的工芸品に共通する価値・魅力とは
何なのか。具体的にイメージできるような説明はなされていない。
 また、従来からアピールされてきた価値・魅力の再確認だけではなく、従
来からの価値・魅力の更なる磨き上げや、新たな価値・魅力の創出など、新
たな取組みの必要性を提示すべきではないだろうか。それなくして、安価で
高品質・高機能の大量生産品との競争に負けて衰退する、伝統的工芸品産業
の復活はありえないのではないだろうか。

○基本理念の第2として、伝統的な技術の保存・承継を目指すとされている
が、安価で高品質・高機能の大量生産品との競争に負けないようにするため
には、伝統的な製造技術の保存・承継だけではなく、伝統的工芸品としての
指定要件を逸脱しない範囲で、品質管理、生産管理、原価管理等の工業分野
で通常活用されている各種の経営手法等を取り入れることなどによる、経営・
生産体制の抜本的改善が必要であることを提示すべきではないだろうか。も
ちろんDXの活用は不可欠となろう。

○基本理念の第3として、伝統的な技術の新分野への活用等による、伝統的
工芸品産業の新たなものづくりを推進するとされているが、この新たなもの
づくりは、伝統的工芸品としての指定要件(伝統的な技術・技法や原材料に
よって製造されることなど)を逸脱するものづくり分野をも含んでいるのか
否か、不明確になっている。
 もし、収益増大等のために、伝統的工芸品の指定要件を逸脱して、市場ニ
ーズに応える新製品の開発・販売に傾注する事業者が増大すれば、この条例
が目指す伝統的工芸品の振興は不可能となる。
 指定要件から逸脱した伝統的工芸品は、知事指定を解除され、この条例に
よる支援の対象外になってしまうことなどから、この「新たなものづくり」
については、伝統的工芸品の指定要件と関連づけした「定義」が必要になる
のでないだろうか。

○なお、この条例では、伝統的工芸品に関わる様々な事業者が、一定の地理
的範囲に集積する、伝統的工芸品産業の産地(伝統的工芸品産業クラスター
とも言えるかもしれない。)の形成の必要性・重要性については全く触れら
れていない。
 伝統的工芸品産業の集積による集客力の増大等が、地域の経済・産業に大
きな波及効果をもたらすことも重視し、集積地(産地)形成に係る事項を基
本理念に追加すべきではないだろうか。

【むすびに】
○以上で指摘してきた、条例の前文や基本理念に関する課題を解決できない
と、基本理念に基づき実施する旨を条例に規定する「基本的施策」について、
真に効果のある施策として具体的に策定・実施化することが困難となるだろう。

○消費者が、大量生産された安価で高品質・高機能な日用品ではなく、高価
であっても伝統的工芸品の方を選択する決め手となるのは、その工芸品なら
ではの形や色等からなるデザイン(意匠)と言えるのではないだろうか。
 したがって、伝統的工芸品の価値・魅力は、大量生産品のありふれたデザ
インではなく、手工業的製造工程が生み出す、特殊で希少性の高いデザイン
の中に見出すことができるのではないだろうか。

○そこで、例えば、かつて岐阜提灯が、イサム・ノグチとのコラボレーショ
ンによって、斬新なデザインの和紙照明器具を開発したような、訴求力のあ
るデザインによる新製品の開発活動の活性化に力点を置いた、新たな伝統的
工芸品産業振興戦略を策定・実施化していただくことを期待したいのである。


ニュースレターNo.196(2022年11月20日送信)

長野県の新たなものづくり産業振興戦略の質的高度化のために
〜目指す姿(ビジョン)実現に不可欠な地域イノベーション・エコシステムの構築・運営へのシナリオの提示の必要性〜

【はじめに】
○地域イノベーション・エコシステムについては、地域の企業、大学、金融
機関、住民、行政機関等の多様なステークホルダーが、それぞれの役割を担
って連携して、地域イノベーションの創出(地域における新たな価値の創出
や、地域課題の解決等を通して、地域の経済・産業の持続的発展を実現する
こと)を促進する非常に重要なシステムとして注目されている。

○長野県内での地域イノベーション・エコシステムの構築・運営の在り方に
ついて調査研究している中で、その構築・運営に大学を拠点として成功して
いる、山形県鶴岡市と三重県南部地域(5市8町)の事例を紹介する下記の文
献に出会った。
 山形県鶴岡市は、慶應義塾大学先端生命科学研究所(以下、慶應先端研と
いう。)を拠点とし、三重県南部地域は、三重大学大学院・地域イノベーシ
ョン学研究科を拠点としている。大学を拠点とする地域インベーション・エ
コシステム形成への国等の助成制度もある中、独自の取組手法によって成果
を上げてきている、非常に注目すべき事例の紹介と言える。
※参考文献:日本総研Research Focus.No.2022.029「動き始めた地域発のエコシステム〜地方におけるイノベーション創出の事例研究〜」
調査部 副主任研究員 星貴子

○長野県においては、「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」(計画期間
:2018年度〜2022年度)に基づき、県内各地域で、当該地域の産学官金の様々
な機関で構成されたチームによって、例えば、佐久地域の「プレメディカル
ケア産業の集積形成」、長野地域の「未利用バイオマス新規活用産業の集積
形成」、南信州地域の「航空機システム産業の集積形成」等の、16の産業イ
ノベーションの創出を目指すプロジェクトが進められており、現状では、
2023年度からの新たなものづくり産業振興戦略の策定作業の中で、同プロジ
ェクトの成果や、それに基づく今後のプロジェクトの展開の在り方等につい
て、詳細に検討されていることと思われる。
※産業イノベーション創出の定義:長野県中小企業振興条例第3条(基本理念)
において、「新たな製品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を生み出
し、経済社会の大きな変化を創出することをいう。」と定義されている。

○その16の産業イノベーション創出プロジェクトにおいては、それぞれの目
指す姿(ビジョン)の実現に資する、最適な産学官金からなるチームを編成し、
研究開発等に取り組むことになっているが、ビジョン実現のために必要な、
「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」の計画期間を超える、長期間にわ
たる持続的・効果的な研究開発等の活動をも可能とすることに資する仕掛け
としての、地域イノベーション・エコシステムの形成までは想定されていな
かった。

○そこで、現在策定作業中の長野県の新たなものづくり産業振興戦略の中に
は、目指す姿(ビジョン)実現のために不可欠な、地域イノベーション・エ
コシステムの構築・運営へのシナリオを組み込んでいただくことに少しでも
資することを目的として、今回のテーマを選定した次第である。

  ○以下では、特に、山形県鶴岡市の地域イノベーション・エコシステム形成
の成功要因を整理し、長野県の新たなものづくり産業振興戦略の中に、どの
ようなエコシステムの形成を組み込むべきかについて議論してみたい。

【山形県鶴岡市の地域イノベーション・エコシステムの成功要因】
○山形県鶴岡市の場合は、慶應先端研から創出される、様々な先進的なバイ
オ関係の研究成果(技術シーズ)を、スタートアップや既存企業との産学連
携による事業化を通して、地域イノベーションの創出を目指すものである。

○山形県鶴岡市の取組みで最も注目すべきことは、目指す姿(ビジョン)実
現のために、慶應先端研が開設された2001年から今日に至るまで、非常に
長期間にわたって取組みを継続できていることである。

○今日まで全国で実施されてきた多種多様な地域イノベーション創出プロジ
ェクトについては、前掲の参考文献でも指摘されているように、国等の助成
期間の終了とともに、その活動が衰退してしまうことなどにより、当初のビ
ジョンの実現、すなわち、地域の経済・産業の振興に顕著な影響をもたらす
ことに成功した事例を見出すことは、極めて困難なのである。

○山形県鶴岡市の場合には、中核拠点である慶應先端研の2001年の開設から
今日まで、地域の産学官の連携によるイノベーション創出活動が継続している。
山形銀行の調査によると、慶應先端研やそことの連携を求めて進出してきた
企業・研究機関等が、地域にもたらした経済波及効果は、2015年〜2017年
では、年平均約30億円、2023年には46億円、2028年には65億円に達すると見
込まれている

。 ○全国の多くの地域における、大学の研究成果(技術シーズ)の活用を中核
に据えた地域イノベーション創出活動が、地域の経済・産業の面で顕著な成
果を上げることができていない状況下で、山形県鶴岡市は、なぜ成功してい
る(より厳密には言えば、成功へのエコシステムが稼働し始めている)との
評価を得ることができているのだろうか。
 その理由等については、前掲の参考文献に基づき、以下のような整理がで
きるだろう。

@ 行政や企業等の影響を受けにくい中立的組織である大学が中核拠点とな
り、研究分野や地域貢献活動は大学の専決事項となっている。自治体は、大
学や企業が研究開発活動に集中できる環境の整備に特化して支援している。

A 学術機関である大学ゆえに、目先の成果にとらわれない長期的視座で論
理的に、地域経済の活性化の方針や、目指すべき姿(ビジョン)とその実現
へのシナリオを提示できている。

B そのビジョン・シナリオを地域内の様々なステークホルダーと共有し、
大学を拠点とする地域の経済・産業振興の重要性に対する地域住民の理解を
深めることに大学が積極的に努めている。

C 長期間にわたって、経済環境や社会情勢の変化に柔軟に対応し、地域活
性化を趣旨とするビジョンの具現化に、ぶれることなく取り組むことを大学
が主導している。

D イノベーションの担い手として企業経営者ばかりでなく、地域住民まで
をも巻き込むとともに、様々な産業分野や年齢層等から、次世代を担うリー
ダー人材を発掘・育成することにも、大学が、他の人材育成機関等との連携
の下に主導してきている。

○以上を参考にして、長野県の新たなものづくり産業振興戦略の中に組み込
むべき、地域イノベーション・エコシステムの構築・運営へのシナリオにつ
いて、以下で整理してみたい。

【長野県の新たなものづくり産業振興戦略の中に組み込むべき地域イノベーション・エコシステムの構築・運営へのシナリオ】
○山形県鶴岡市の慶應先端研を拠点とする地域イノベーションの創出活動が、
長期間にわたり活動でき、地域の産業・経済に大きな波及効果をもたらすよ
うになってきていることについては、山形県と鶴岡市による資金的支援が非
常に重要な要因となっていることが指摘されている。
 実際、山形県と鶴岡市は、当初から資金的支援を実施してきており、2022
年度の補助額は山形県3.5億円、鶴岡市3.5億円の計7億円となっている。

○慶應先端研を拠点とする地域イノベーション創出活動が、地域住民(市議
会など地域振興に係る意思決定に関与する組織等を含む。)の理解を得て、
長期間にわたり資金的支援を含む様々な支援の下に、地域の経済・産業の発
展に実際に繋がることができたのは、以下のような特徴を有する地域イノベ
ーション・エコシステムを構築・運営できていることによると整理できるだ
ろう。

@ 慶應先端研が、地域の企業、大学、金融機関、住民、行政機関等の多様
なステークホルダーが、慶應先端研を拠点とする地域イノベーション創出活
動の経済・産業的な価値を高く評価できるような活動を企画・実施化してい
ること。

A 山形県や鶴岡市等が主導して、慶應先端研と地域企業等の連携活動の円
滑な推進に資するソフト・ハードの環境整備に努めていること。

B 慶應先端研を拠点とする地域イノベーション創出活動の評価をステーク
ホルダーが定期的に実施し、地域としての支援の在り方等について検討・決
定する仕組みを構築できていること。

○長野県の新たなものづくり産業振興戦略の策定においては、前記@〜Bの
地域イノベーション創出活動の長期間継続による成功の要因等を参考にして、
同戦略に以下の事項を、地域イノベーション・エコシステムの構築・運営へ
のシナリオの構成要素として組み込むことを提案したい。

@ 先端的な研究成果(技術シーズ)を地域に還元するための、地域イノベ
ーション創出プロジェクトの企画・実施化を中核機関として主導する強い使
命感を有する大学等を、今日までの産学官連携活動の蓄積の中から選定し、
同プロジェクトの目指す姿(ビジョン)、ビジョン実現への道筋(シナリオ)、
シナリオの着実な推進のための各種施策(プログラム)を同戦略に位置づける。
 なお、その大学等については、必ずしも県内にある必要はない。中核機関
としてプロジェクトを主導する強い使命感の存在は、遠隔の地にあることに
伴い発生する課題の解決を容易化することに大いに資することになるだろう。

A @のプロジェクト毎に、その実施意義を的確に評価し、その円滑な推進
に必要なソフト・ハードの環境整備を担うことができる、産学官連携体制の
構築・運営の在り方を提示する。

B @の各プロジェクトのビジョンの早期実現のための実施計画の効果的改
善等を支援する場としての、各プロジェクトの中核機関や支援機関等で構成
される、プロジェクト推進に係る情報交流の「場」の構築・運営の在り方を
提示する。
 その「場」については、プロジェクトの経済・産業への波及効果の最大化
を最終目的として、各プロジェクトが抱える課題を共有し、その解決方策等
(プロジェクト同士の連携・一体化等を含む。)の検討がなされ、地域にお
ける人的・資金的投資の効率化等が図られることになれば、ビジョン実現ま
での長期間にわたる活動の継続を支えるという、重要な機能の発揮を期待で
きるだろう。

○新たなものづくり産業振興戦略の策定作業においては、スタートアップ・
エコシステムの組込みも重要な課題となるはずである。その課題への対応に
おいては、地域のスタートアップ・エコシステムについては、単に多くのス
タートアップの創出・成長を目指すだけのものではなく、その創出・成長に
よって地域イノベーションの活性化・拡大化を目指すものであることから、
地域イノベーション・エコシステムの中に位置づけられうるものとして整理
することができるだろう。

【むすびに】
○2023年度以降の期間を対象とする、長野県の新たなものづくり産業振興戦
略の策定作業においては、新たな産業イノベーション創出プロジェクトの目
指す姿(ビジョン)の実現のためには、山形県鶴岡市のように長期間にわた
る継続的活動が必要となることを認識していただき、その長期的活動を可能
とする仕掛けとしての、地域イノベーション・エコシステムの重要性や構築・
運営の在り方等について深く議論していただき、その議論の成果を、同戦略
の中に効果的に組み込んでいただくことをお願いしたいのである。


ニュースレターNo.195(2022年10月26日送信)

観光振興による「地域産業の活性化」と「地域社会の質的高度化」
〜「絶対的価値を有する観光資源」の発掘・磨き上げの戦略的重要性〜

【はじめに】
○長野県内の市町村の観光振興戦略については、地域の観光関連産業の振
興を目指すのか、観光を手段として地域住民のwell-being(住みやすさへ
の満足度等)の確保など、地域社会の全体的な維持・発展を目指すのか、
などその観光振興戦略に期待する政策的役割、戦略の策定趣旨等は様々で
あろう。

○例えば、観光客(交流人口)の増加を、関係人口や定住人口の増加によ
る、地域社会の維持・発展に結び付けることを主目的として、地域の観光
関連産業の振興(これからは、コロナ禍の経験等からレジリエントな観光
関連産業への転換促進等を含むことになる。)のための「政策的仕掛け」
の構築等にはほとんど触れていない観光振興戦略を策定している市町村の
事例もある。

○このようなことから、市町村の観光振興戦略の策定趣旨については、以
下の@からBのように大きく分類・整理することもできるだろう。

@観光振興による地域産業の活性化(地域産業振興重視型)
 観光振興によって、観光関連産業の拡大と成長を図る。より具体的には、
地域の様々な業種業態の企業等のネットワーク化、連携活動等によって、
観光関連の新製品・新サービスの開発・生産・供給の活性化等を通して、
観光振興に関与する企業等の創出・拡大・集積の促進を図ることと言える。

A観光振興を手段とする地域社会の維持・発展の確保(地域住民のwell-being向上重視型)
 観光振興に資するソフト・ハードの整備を通して、地域住民のwell-being
の向上を図る。例えば、観光客の移動を円滑化するための道路網等の整備
による交通環境の改善や、観光客(交流人口)の関係人口・定住人口への
転換を加速する「政策的仕掛け」の整備による、地域に不足する人的資源
の拡充などは、地域住民のwell-beingの向上にも繋がることになる。

B観光振興による地域産業の活性化と地域社会の持続・発展の確保の整合(@とAの相乗効果重視型)
 @とAの政策的な相乗効果の増大を目指し、観光関連政策の一体的推進
を図る。より具体的には、観光振興による地域産業の活性化に取り組むこと
が、論理的に地域住民のwell-beingの向上に結び付くことに資する「政策
的仕掛け」を組み込んだ、新たな観光振興戦略を策定・実施化することと
言える。

○以下では、前述のBの視点から、観光振興によって、「地域産業の活性化」
と、地域住民のwell-beingの向上を中心とする「地域産業の質的高度化」
とを整合させるための観光振興戦略の策定・実施化においては、「絶対的
価値を有する観光資源」の発掘・磨き上げとその活用を、戦略の中核に据え
ることが如何に重要かについて論じてみたい。

【優位性ある観光振興戦略の策定・実施化の継続に不可欠な「絶対的価値を有する観光資源」】
○観光振興によって、「地域産業の活性化」と「地域社会の質的高度化」
の整合を具現化していくためには、それに必要な優位性ある観光振興戦略
の、長期間にわたる継続的な策定・実施化が必要となる。
そして、継続的に優位性ある観光振興戦略の策定・実施化を可能とする
ためには、他地域がどんなに努力しても取得が困難で、価値が目減りせず
に価値の積み上げが可能な「絶対的価値を有する観光資源」の活用をその
戦略の中核に据えることが重要となる。

○言い方を換えれば、時間(年月)の経過、社会情勢や人々の嗜好の変化
等によって観光資源としての価値が目減りすることがあるような、価値が
不安定あるいは短命な観光資源の活用を中核に据えた観光振興戦略であっ
ては、その実施化のための人的・資金的投資が、無駄になってしまうリス
クが高くなるということである。
 長期的・継続的に取り組むべき観光振興戦略においては、「絶対的価値
を有する観光資源」の活用を中核に据えることが、戦略の具現化のために
投入する人的・資金的資源の、投入効果の最大化に資する合理的な手法に
なると言えるのではないだろうか。

※参考文献
@2016年度日本建築学会大会(九州)研究懇談会資料「『地域観光プラニ
ング』試論〜地域の総合力で進める地域観光とそのための計画技術〜」
首都大学東京 教授 川原 晋
A地域産業振興戦略研究所ニュースレターNo.7(2013.6.16送信「観光振興
戦略の一考察〜絶対的優位性を有する観光資源の活用〜」)

【「絶対的価値を有する観光資源」の発掘・磨き上げ】
○ここで言う「絶対的価値を有する観光資源」とは、他地域がどんなに努
力しても絶対に獲得することができない、その地域固有の観光資源のこと
であり、メジャーな事例としては、長野県の場合、オーソドックスなとこ
ろとして、長野市の国宝・善光寺、松本市の国宝・松本城など、ユニーク
なところとして、世界で唯一と言われる、山ノ内町の温泉につかる猿(ス
ノーモンキー)などを挙げることができるだろう。
 一方、例えば、郷土史等の中から、現時点ではメジャーとは言えなくて
も、やがてメジャーな観光資源になりうる、絶対的価値(authenticity、
真正性、信憑性等)を有する歴史的資産(ソフト・ハード)等を、既に発
掘・特定している市町村も数多くあるはずである。

○このように、「絶対的価値を有する観光資源」については、現状におけ
る知名度や集客力が小さくとも、その価値を磨き上げ、積み上げていくこ
とが可能となることからも、長期間、継続的に策定・実施化していかなけ
ればならない観光振興戦略の中核に、その活用を据えることの政策意義を
見出すことができるのである。

○長野県において、既に県内外で認知されている「絶対的価値を有する観
光資源」の活用を更に活性化(従来の活用手法の改善、新規活用手法の創
出等)すべきことは当然のことであるが、現状の「絶対的価値」の評価に
安心せず、更に磨きをかけること(例えば、体験方法の多様化による魅力
度の向上等)に継続的に取組むことが重要なのである。さもなければ、い
わば「宝の持ち腐れ」になってしまい、更なる地域発展の機会を逸失する
ことに繋がってしまうことにもなりかねないのである。

○更に、「絶対的価値を有する観光資源」になりうる新たな地域資源を発掘・
特定する取組みも、観光関連産業の持続的発展のためには不可欠なのである。
そして、その地域資源が絶対的価値を有するかどうかを客観的に評価・
確認するためには、関係分野の専門的・学術的な知識が必要になる。観光
振興分野での産学官連携の重要性の一つは、その専門性・学術性の確保に
あると言ってもいいだろう。

○例えば、歴史学の専門家が、長野県内のある地域で発掘された歴史的資
産の学術的価値を高く評価すれば、当該分野の歴史に関心のある人は、他
地域には存在しないその観光資源を見るために、当該地域を訪れることに
なるだろう。たとえ少人数であっても、特定の分野の人が集まる「メッカ」
を形成できれば、PR戦略、インフラ整備・付帯サービス提供等によって、
そこに集まる人の規模や属性等を拡大していくことは、比較的容易な政策
課題になると言えるだろう。

【「地域産業の活性化」と「地域社会の質的高度化」を整合できる観光振興戦略の策定手法】
○「絶対的価値を有する観光資源」を中核に据えた、「地域産業の活性化」
と「地域社会の質的高度化」を整合できる観光振興戦略の一つの策定手法
としては、まず、戦略を以下の5つの基本的戦略要素で構成されるものと
して整理し、それぞれの戦略要素に優位性を確保し、全体を体系化・統合
化する手法を提示することができるだろう。

@「絶対的価値を有する観光資源」の発掘・磨き上げ戦略
(既に一定の評価を得ている「絶対的価値を有する観光資源」の価値
の更なる磨き上げ戦略を含む。)
Aその観光資源を広く知らしめる効果的周知方策等のPR戦略
Bその観光資源の活用手法・分野の拡大・高度化の具現化策としての、
地域の産学官の英知を結集した新製品・新サービスの開発・提供戦略
Cその観光資源を訪れる人々を「心地よくする」ことに資するインフラ
(ソフト・ハード)の整備・運営戦略
D観光振興に資するソフト・ハードの整備・運営における、地域経営に
関係する様々な組織・機関の連携による、地域住民のwell-beingの
向上戦略

【むすびに】
○他地域がどんなに努力しても取得できない、その地域固有の地域資源で
あれば、たとえ現状では、観光資源としての知名度が低く、集客力もほと
んど期待できないものであっても、絶対的価値の主要な構成要素を特定・
確認し、その価値を磨き上げ、積み上げて、メジャーな観光資源とするこ
とが期待できるのである。

○我が町には、観光客を呼べるようなメジャーな観光資源は無いからと、
観光振興に夢や希望を見出せずに、新たな観光振興戦略の策定・実施化に
積極的になれないでいる方々には、その地域に必ず存在するはずの「絶対
的価値を有する観光資源」の発掘・磨き上げ・活用を組み込んだ観光振興
戦略が、地域の持続的・全体的な発展のためには非常に重要であることに
気付いていただきたいのである。

○「長野県観光戦略2018」(対象期間:2018〜2022年度)が改訂時期を迎
えていることもあり、県内での新たな観光振興戦略の在り方に関する産学
官の議論の活性化に少しでも貢献できればと考え、今回のテーマを選定し
た次第である。


ニュースレターNo.194(2022年9月24日送信)

長野県が目指すべき「スタートアップ・エコシステムの全体像」の提示の必要性(No.2)
〜スタートアップの起業から事業化・成長段階への飛躍を可能とする、長野県ならではのスタートアップ・エコシステムの形成〜

【はじめに】
○長野県において現在策定作業中の、新たなものづくり産業振興戦略に、
長野県ならではの優位性あるスタートアップ・エコシステム(SES)を組
み込んでいただくことを期待して、ニュースレターNO.192(2022.7.29
送信)において、長野県が目指すべき「SESの全体像」をまず提示する
ことの、政策的重要性について提言させていただいた。

○そのニュースレターでは、SESを構成するスタートアップへの支援機能
を整理・提示した上で、「SESの全体像」を描く手法について、以下の@
〜Bのように、大まかな道筋を整理・提示させていただいた。

@ 県内のものづくり系のスタートアップの起業・成長の現状・課題と、
各種産業支援機関(教育・研究機関を含む。)のスタートアップの起業・
成長に対する支援機能の整備状況を把握し、更に拡充強化が必要な支援
機能(長野県に不足している支援機能)を明らかにする。

A @を参考にして、県内の各種の産業支援機関が集まり、各産業支援
機関が拡充強化すべき支援機能を確認し合うとともに、必要な新規支援
機能の整備を含む、各産業支援機関の役割分担や、支援機関相互の連携
活動が相乗効果を発揮できるようにするシステムの整備等が組み込まれ
た、SESを担う「産業支援機関の総合的ネットワークの全体像」を中核
に据えた、「SESの全体像」を描く。

B 長野県ならではの「SESの全体像」の優位性については、主に、SES
に係る産業支援機関のそれぞれの機能強化と、機能強化された産業支援
機関の間での効果的連携活動の具現化等の中で、その確保を目指すべき
ことになる。

○そこで、今回のニュースレターでは、スタートアップの創出数には優
れていても、多くのスタートアップが、事業の成長段階にまでは到達で
きていないという、厳しい状況に直面している仙台市のSESの課題に関
する以下の文献を参考にして、長野県が整備を目指すべき、スタート
アップの起業から事業化・成長への飛躍に資する、長野県ならではの優
位性ある「SESの全体像」を描く手法について、より具体的・実践的に
議論することにした次第である。

  ※参考文献:東北活性研Vol,48(2022夏季号)「ベンチャー・スタートアップ企業の成長による地域活性化」
(公財)東北活性化研究センター調査研究部 専任部長 矢萩 義人

【仙台市のSESの課題とその課題の解決方策】
○(公財)東北活性化研究センターの調査(前掲の参考文献)では、仙
台市においては、震災後11年間のSESの進化によって、プレシードから
アーリーの段階のスタートアップの数は増えていても、ミドルからレイ
ターの段階にまで達して、顕著な成長を遂げたスタートアップは非常に
少ないという厳しい現状について、@ ヒト、Aモノ、Bカネ、C情報
の4つの分野の支援機能・体制の整備レベルの視点から、スタートアップ
推進都市として他の自治体のロールモデルとなっている福岡市との比較
を通して、以下のように具体的に分析している。
※スタートアップのプレシードからレイターに至る成長段階の区分については、以下の「※参考」を参照。

@ ヒト(起業人材、支援人材等)に関する分野での比較
 福岡市の場合:首都圏人材の流入、首都圏の支援機関・人材との広域連
携が進展しているだけでなく、地域の民間企業に所属する民間支援者の
層も厚くなっている。
 仙台市の場合:スタートアップ、支援者の両分野に係る専門人材が、
 福岡市に比して圧倒的に不足している。ロールモデルとなる相談相手も
不足している。

A モノ(起業拠点、イベント等)に関する分野での比較
 福岡市の場合:起業家と支援者が集う、官民協働型のスタートアップ
一大拠点「Fukuoka Growth Next(fgn.)」が存在し、伴走支援やマッチ
ングなどを通じた継続的な支援を実現している。
 仙台市の場合:民間中心の小規模なコワーキングスペースは増加して
いるが、起業関係者のプラットフォームとなるような一大拠点はない。
また、ビジネスコンテストがイベント化しており、開催後のフォローが
手薄で継続的な支援につながっていない。

B カネ(資金調達環境等)に関する分野での比較
 福岡市の場合:地銀系に加え、地元の独立系ベンチャーキャピタル、
地元の事業会社によるコーポレートベンチャーキャピタルも一定数存在
し、資金面での支援の厚みを増している。
 仙台市の場合:地元のベンチャーキャピタルが少なく、首都圏への依
存度が極めて高い。また、スタートアップと地元企業とのオープンイノ
ベーションの実績が少ない状況にある。

C 情報(情報発信等)に関する分野での比較
 福岡市の場合:市長のトップセールスやメディアを巻き込んだ情報発
信などによって、スタートアップ推進都市のロールモデルとしての地位
(ブランド)を確立している。
 仙台市の場合:社会起業家の聖地としてのブランド力はあるが、成長
を志向するスタートアップの拠点というブランドの確立への戦略が弱い。

※参考:スタートアップの成功に至る成長段階の区分
@プレシード:製品・サービスの概念実証段階。
Aシード:創業前後の段階。製品・サービスの構想は決まっている。
Bアーリー:事業化の段階。製品・サービスの正式版をリリース。最低限の人的体制。
Cミドル:成長初期。製品・サービスに一定の顧客を獲得。バックオフィスの体制づくり。
Dレイター:成長後期。持続的な収益。内部管理体制構築。

○(公財)東北活性化研究センターの調査(前掲の参考文献)では、仙
台市のSESの課題(今後整備すべき支援機能等)について、福岡市との
比較によって具体的に整理・提示しているが、残念ながら、仙台市とし
てその課題をどのように解決し、どのようなSESの整備を目指すのかにつ
いての記載はない。すなわち、仙台市が整備を目指すべき、仙台市なら
ではの優位性ある「SESの全体像」についての提示はなされていないの
である。

○しかし、スタートアップの事業化・成長を可能とする、SESが整備す
べき支援機能についての、仙台市と福岡市の具体的な比較・評価を参考
にして、長野県が目指すべき、スタートアップの起業から事業化・成長
への飛躍に資する、長野県ならではの優位性ある「SESの全体像」を描
く手法について、より具体的・実践的に以下で議論することにしたい。

【長野県ならではの優位性ある「SESの全体像」を描く具体的手法】
○スタートアップの事業化・成長を可能とする、SESが整備すべき支援
機能についての、仙台市と福岡市の具体的な比較・評価を参考にして、
長野県ならではの優位性ある「SESの全体像」を描く手法については、
以下のように整理できるだろう。
 いずれにしても、県や市町村等の様々な産業支援機関の相互補完体制
の構築(役割分担体制の構築)が不可欠となることから、「SESの全体像」
を描く作業は、県主導の下に、市町村等の産業支援機関、教育・研究機
関等の緊密な連携(例えば、各機関の代表者からなる連絡会議の設置等)
の下に実施されることが必要となるだろう。

[県主導の下に「SESの全体像」を描く具体的手法]
@県内のスタートアップの起業・成長の現状と課題を、プレシードから
レイターに至る成長段階毎に把握する。
 仙台市の場合と同様に、工学、農学、医学など様々な科学技術分野で
高度な実績を有する信州大学をはじめとする教育・研究機関が存在する
長野県においては、先端技術を活用したスタートアップの起業後の事業
化・成長の具現化へのヒト、モノ、カネ、情報の分野における支援内容
の更なる質的充実へのニーズは高いと推測できる。プレシードからレイ
ターに至る各成長段階のスタートアップの支援ニーズ調査の実施が必要
となる。

A県内の各種産業支援機関(教育・研究機関を含む。)のスタートアッ
プの起業・成長に対する支援機能の整備状況を把握し、@の支援ニーズ
を参考にして、更に拡充強化すべき支援機能を明らかにする。
 そして、それを参考にして、各産業支援機関が、スタートアップのプ
レシードからレイターに至る成長段階に適応する、ヒト、モノ、カネ、
情報等の分野における、整備すべき支援機能を特定化(得意な支援機能
の蓄積・高度化)できるようにする。その際には、B及びCに提示する
産業支援機関の役割分担(相互補完、連携による相乗効果の発揮)を前
提にすることになる。

Bなお、県内の産業支援機関では整備困難な支援機能については、首都
圏等(必要に応じて海外)の産業支援機関との広域連携体制を構築する
ことによって整備すべきことになる。

C各産業支援機関が担当する支援機能(支援の役割分担)を互いに確認
し合うとともに、産業支援機関相互の連携活動が相乗効果を発揮できる
ようにするシステムの整備等が組み込まれた、SESを担う「産業支援機関
の総合的ネットワークの姿」を中核に据えた、長野県ならではの「SESの
全体像」を描く。

C-1長野県ならではの「SESの全体像」を描く際には、いかにしてその
「SESの全体像」に、他県等に対して独創性・優位性を確保すべきかに
ついての、関係の産学官による議論を深め、長野県としての独創性・優
位性とは何かを、戦略の中に具体的に提示できるようにする。

C-2「SESの全体像」の独創性・優位性の確保については、それぞれの
産業支援機関の特化型の支援機能の強化(得意な支援機能の蓄積・高度
化)はもちろんのこと、特化型の支援機能が強化された産業支援機関同
志での、効果的連携活動の内容とその実施体制の整備等に重点を置いて
取り組むくことにする。

C-3県内で整備困難な支援機能の整備については、国内外の様々な産業
支援機関との連携体制を構築してきている(公財)長野県産業振興機構
が、グローバルなスタートアップ支援体制の中核拠点(窓口)としての
役割を果たすことが期待できる。

【むすびに】
○長野県においては、この4月から、スタートアップの成長段階の主に
プレシードからアーリーまでの支援(産学官連携による研究開発支援等)
を得意とする(公財)長野県テクノ財団と、主にアーリーからレイター
までの支援(マーケティング等)を得意とする(公財)長野県中小企業
振興センターが、(公財)長野県産業振興機構として一体化した。

○特に長野県テクノ財団は、国内はもとより、EUをはじめ海外の各種産
業支援機関との国際的な連携活動を長年にわたって実施してきているの
で、その活動を引き継ぐ長野県産業振興機構には、長野県では整備困難
なスタートアップ支援機能を、今まで築いてきたグローバルなネットワ
ークを活用することによって補完する中核拠点(窓口)としての役割を
果たすことが期待できる。

○すなわち、長野県においては、どのような成長段階の、どのような支
援ニーズを有するスタートアップに対しても、更なる成長を可能とする
きめ細やかな伴走型の支援ができる体制整備の可能性が、従来に比して
格段に高まっているのである。

○現在進行中の、長野県の新たなものづくり産業振興戦略の策定作業の
中で、長野県産業の今後の力強い発展に資する、長野県ならではのSESの
整備に向けた議論が深化し、その成果が、新たな戦略の中に位置づけら
れることを期待したい。


ニュースレターNo.193(2022年8月21日送信)

ポストコロナ・ウイズコロナを見据えた、飯田・下伊那地域を拠点とする航空機産業クラスター形成の新たな優位性確保戦略の必要性
〜長野県が形成を目指す「アジアの航空機システム拠点」の優位性ある具体像の提示の必要性〜

【はじめに】
○中小企業でも参入が可能な航空機装備品の産業集積を目指している、国
内各地域の航空機産業クラスター形成への取組みについては、コロナ禍に
よる航空需要の激減の影響を受け、非常に厳しい状況にある。
 しかし、「長野県における航空機産業振興の当面の対応方針(2020.11.
24)」にも提示されている通り、数年後のポストコロナ・ウイズコロナの
需要回復期を見据えた、航空機産業クラスター形成に必要な、人材育成や
研究開発などに継続的に取り組むことが重要とされている。

○長野県においては、「長野県航空機産業振興ビジョン(2016.5.11)」
によって、飯田・下伊那地域を「アジアの航空機システム拠点」、すなわ
ち、国際的優位性を有する航空機装備品産業クラスターとすることを宣言
し、その実現に向けて様々な取組みを実施してきている。
 しかし、どのような優位性の確保によって、アジアで中核的な航空機装
備品産業クラスターの具現化を目指すのか、その具体的姿(ビジョン)を
提示できていない状況が今日まで続いている。
 したがって、そのビジョン実現のための効果的な道筋(シナリオ)と、
シナリオの着実な推進のための各種施策(プログラム)の論理的な提示が
できていないという、根本的な課題を抱えた状況が継続しているのである。

○飯田・下伊那地域に優位性ある航空機装備品産業クラスターを形成する
ために不可欠の、優位性あるビジョン・シナリオ・プログラムが、策定・
提示できていないという根本的課題については、過去のニュースレターに
おいて、繰り返し指摘してきている。

○このような状況下にあって、いわゆる産業クラスター理論に基づき、飯
田・下伊那地域の航空機装備品産業クラスター形成の可能性について、社
会科学的にポジティブに評価する下記の参考文献に出会い、改めて優位性
あるクラスター形成に不可欠の、優位性あるビジョン・シナリオ・プログ
ラムの策定・実施化の必要性について提言しようと考えた次第である。

※参考文献:「大規模産業クラスターの成長力を活かした地域産業クラスターの創出〜飯田・下伊那地域を事例として〜」
専修大学社会科学研究所 社会科学年報 第56号 2022年3月 河藤 佳彦

○しかし、その参考文献においても、飯田・下伊那地域における航空機装
備品産業クラスターの実現可能性について、社会科学的視点からの一般的
な評価はなされているが、残念ながら、他地域の航空機装備品産業クラス
ターに対して、どのような優位性あるクラスターを形成すべきか、すなわ
ち、形成を目指すべきクラスターの具体的姿(ビジョン)への言及はなさ
れていないのである。
 したがって、そのビジョンの実現へのシナリオ・プログラムへの言及も
なされていないのである。

○優位性あるビジョン・シナリオ・プログラムからなる、航空機装備品産
業クラスター形成戦略なくして、優位性ある同クラスターの形成は極めて
困難なのである。この単純な論理について、ニュースレターで繰り返し主
張してきたが、なかなか理解していただけない状況が続いている。

○そこで、前述のような、長野県の航空機装備品産業クラスター形成活動
が抱える根本的な課題の解決の糸口を、新たなものづくり産業振興戦略の
策定作業を通して見出していただくことを期待して、今回のテーマを選定
した次第である。

【飯田・下伊那地域の航空機装備品産業クラスターの優位性ある目指す姿(ビジョン)の提示の在り方】
○最終製品である航空機のメーカーを有さない航空機装備品産業クラスタ
ーの形成については、航空機のメーカーや関連製品・部品の供給や機体整
備等を担う多くの大手企業などが集積し、航空機装備品をその集積外にも
発注してくれる、大規模な航空機産業クラスターとの「連携」によるクラ
スター形成・成長戦略を採るべきことになる。

○飯田・下伊那地域の航空機装備品産業クラスターの形成・成長を加速す
るその「連携」の仕組みの中に、当該クラスターならではの優位性を組み
込むことができている状態を、目指すべき姿の重要な構成要素として位置
づけるべきではないだろうか。

○飯田・下伊那地域の航空機装備品産業クラスターにとっての、第一の
「連携」相手としての大規模航空機産業クラスターとは、地理的に近い中
京圏の日本最大の大規模航空機産業クラスターと言うことになるだろう。
 そして、その大規模クラスターとの「連携」の中核的分野については、
飯田・下伊那地域のクラスターの形成・発展に資するという視点から、以
下のような分類・整理ができるだろう。

@大規模クラスターとの受発注関係の持続的発展に資するサプライチェーンの構築
A大規模クラスターからの新規受注の量的・質的高度化に資する(大規模
クラスターのニーズを反映した)、飯田・下伊那地域における、
 A-1 研究開発体制の整備
 A-2 必要な人材の育成・確保体制の整備 など

○中京圏の大規模クラスターとの前述のような「連携」を具現化していく
ためには、それぞれのクラスターに参画している産学官の中核的プレイヤ
ー間での情報交流や信頼関係の構築に資する「場」の形成から着手し、具
体的な「連携」の企画・実施化に繋げていくことが必要になるだろう。

○中京圏の大規模クラスターの中核的プレイヤーについては、以下のよう
な分類・整理ができるだろう。
@大規模クラスターの総合的・統括的なマネジメント組織
A航空機産業に関する研究開発や人材育成への支援組織
B航空機産業に関連する中核的企業や企業団体 など

○これに相当する飯田・下伊那地域の中核的プレイヤーとしては、以下の
ような例示ができるだろう。
@総合的・統括的なマネジメント組織:南信州・飯田産業センターなど
A研究開発や人材育成への支援組織:信州大学、長野県工業技術総合セン
ター、長野県産業振興機構など
B中核的企業や企業団体:多摩川精機及びその関連企業、エアロスペース
飯田など

○以上のような、両クラスターの中核的プレイヤーの交流等から具現化で
きる、飯田・下伊那地域ならではの「連携」の質的・量的な到達目標が、
一つの具体的な目指す姿の重要な構成要素として整理・提示できるのでは
ないだろうか。

○また、このような、大規模クラスターとの「連携」によって実現を目指
す、優位性ある姿を描く手法を、グローバルな視点から選定した、海外の
大規模航空機産業クラスターに適用することによって、長野県が実現を目
指す「アジアの航空機システム拠点」の未だ不明確な具体像を、明確かつ
論理的に描くことができるようになるのではないだろうか。

【むすびに】
○前述の参考文献においては、飯田・下伊那地域の航空機装備品産業クラ
スターが、広く他業種も含む当該地域のより大きな産業クラスターの形成・
成長の先導役を果たす可能性についても言及している。

○すなわち、飯田・下伊那地域の航空機装備品産業クラスター形成への取
組みの技術的・経済的波及効果によって、当該地域の産業集積全体を、持
続的発展が可能で優位性のある、より規模の大きな地域産業クラスターに
転換できるという視点も組み込んだ、飯田・下伊那地域としての地域産業
振興戦略の策定・実施化の重要性を認識すべきということなのである。

○飯田・下伊那地域の地域産業振興戦略の策定・実施化に関与されている
産学官の方々による議論の成果が、現在策定中の長野県の新たなものづく
り産業振興戦略の中に、効果的に組み込まれることに期待したいのである。


ニュースレターNo.192(2022年7月29日送信)

長野県が目指すべき「スタートアップ・エコシステムの全体像」の提示の必要性
〜シリコンバレー型の成功事例の単なる模倣からの脱却を目指して〜

【はじめに】
○長野県を含む多くの地方自治体においては、地域産業振興の効果的ツー
ルとしてのスタートアップ・エコシステム(SES)に注目し、シリコン
バレー等のベストプラクティス(最良の成功事例)をモデルとしてその整
備に取り組んでいる。
 しかし、シリコンバレー等のベストプラクティスの単なる模倣は止め、
無いものねだりではない、当該地域の文化的・経済的特性等を反映した、
当該地域ならではの持続的発展が可能なエコシステムを形成すべきという、
政策の策定サイドが尊重すべき主張もなされている。

※参考文献:東京大学未来ビジョン研究センターWorking Paper「スタート
アップ・エコシステム研究の潮流と今後のリサーチ・アジェンダ〜地域の
特徴に基づいたエコシステムの構築に向けて〜」2022.7月 金間大介

○長野県においては、現状の「長野県医療機器産業振興ビジョン(2019年
3月策定)」が、医療機器分野でのシリコンバレーになることを漠然と目
指しているように、長野県として形成を目指すべき優位性ある「SESの全
体像」を提示することなしに、ベストプラクティスのSESの支援機能の構
成要素の中から、整備しやすそうな構成要素をアットランダムに選択する
というような、戦略性を欠いた取組みの段階に止まっているように推測さ
れる。

○ベストプラクティスのSESにおいては、支援機能の様々な構成要素が相
互に連携・影響し合うことによって、スタートアップの起業・成長に、
より大きな相乗効果が効率的に発揮できるようになっていることが、そ
のSESの持続的発展の大きな要因となっていると言われている。

○これらのことから、長野県におけるSESの整備に当たっては、その支援
機能の構成要素の現状と課題を俯瞰的に把握し、その課題の解決方策と、
構成要素相互の連携システムの整備等を組み込んだ、目指すべき「SESの
全体像」をまず提示することが、政策的に非常に重要となるのである。

○そこで、現在進行中の、長野県の新たなものづくり産業振興戦略の策
定作業における、長野県ならではの優位性ある「SESの全体像」に関す
る議論の深化に、少しでも資するため、今回のテーマを選定した次第で
ある。

※ここで論ずるスタートアップとは、社会的課題の解決のための解決手
法としての新技術・新サービスや新ビジネスモデルを開発・提供するこ
と、すなわちイノベーションを創出することを目指す、革新的で成長志
向の強い企業を想定する。
※ここで論ずるSESとは、リスクの高いスタアートアップの起業・成長
に対し、人的・資金的支援、支援インフラの整備(メンター、アクセラ
レーター、インキュベーター等)を含む様々なソフト面・ハード面での
支援を行う地域内の連携体として定義する。

○長野県ならではの「SESの全体像」を描くためには、まず、SESが整備
すべき支援機能の構成要素の一般的な体系・構成を把握することが必要
となる。その上で、長野県として特に整備すべき(整備可能な)構成要
素を明確化し、その構成要素が相互に効果的に連携・影響し合う仕掛け
を内包する、長野県ならではの優位性ある「SESの全体像」の在り方に関
する議論に進むことが必要となる。
 そこで、以下では、まずSESの支援機能の一般的な構成要素について、
論理的に整理することから着手したい。

【SESの支援機能の構成要素の整理の仕方】
○SESの支援機能の構成要素の整理の仕方として、文化的構成要素、社会
的構成要素、物理的構成要素の3区分に分類する方法が、前掲の参考文献
では紹介されている。
 長野県における、この構成要素の整備状況、拡充強化すべき構成要素、
新規に整備すべき構成要素、その拡充強化・新規整備の具現化方策など
について調査研究することによって、長野県が目指すべき、長野県なら
ではの優位性ある「SESの全体像」を具体的に描くことが可能となるので
ある。

○文化的構成要素とは、地域における起業に対する基本的な信念、評価
等を意味する。この構成要素がポジティブな地域は、起業家や他のアク
ターがハイリスクな事業活動に取り組む意欲を高める一方で、この構成
要素がネガティブな地域は、安定した雇用を離れて起業家になることへ
の障壁を生み出しやすくなる。

○社会的構成要素とは、起業家が新規事業を立ち上げ、拡大していくた
めに必要となる、リスクマネーの提供者、優秀な人材、経験豊富なメン
ター等の資源を意味する。これらの資源は、社会的ネットワークを介し
て利用されるため、社会的構成要素と言われる。地域における強い社会
的ネットワークは、新しい技術や知識を獲得するための導線としても機
能する。

○物理的構成要素には、以下のような事例が含まれる。
@技術シーズや人材を供給する大学等の高等教育機関や試験研究機関
Aスタートアップの起業・成長段階に応じた、各種の支援メニューを提
供する専門的な施設・組織
B税制上の優遇、公的資金の投入、規制の緩和などの、起業・成長を後
押しする各種の施策
C地理的に近接した、新製品・新サービスや新ビジネスモデルのテスト
が可能なオープンな市場の存在

【長野県ならではの優位性ある「SESの全体像」を描く具体的手法】
○SESの支援機能の構成要素の内、文化的構成要素については別途検討
することとして、ここでは、社会的構成要素と物理的構成要素の視点か
ら、ものづくり系のスタートアップに係る、長野県ならではの優位性あ
る「SESの全体像」を描く具体的手法について提示したい。

○まず、県内のものづくり系のスタートアップの起業・成長の現状・課
題と、各種産業支援機関(教育・研究機関を含む。)のスタートアップ
の起業・成長に対する支援機能の整備状況を把握し、更に拡充強化が必
要な支援機能を明らかにする。

○そして、各産業支援機関の拡充強化すべき支援機能を明らかにすると
ともに、必要な新規機能の整備を含む各産業支援機関の役割分担や、支
援機関相互の連携活動が相乗効果を発揮できるようにするシステムの整
備等が組み込まれた、SESを担う「産業支援機関の総合的ネットワーク
の姿」を中核に据えた、「SESの全体像」を描くのである。

○長野県ならではの「SESの全体像」の優位性については、主に、SESに
係る産業支援機関のそれぞれの機能強化と、機能強化された産業支援機
関間の効果的連携活動の具現化等における独創性等の中で、その確保を
目指すべきことになる。

【むすびに】
○SESに関する定性的なケーススタディは豊富に存在するが、SESの多様
な構成要素がどのように関連して、どのような効果を発揮できているの
かについて、定量的に実証した研究は皆無に近いと言われている。

○このような状況下にあっては、シリコンバレー等のSESのベストプラ
クティスを単に模倣し、独自の優位性を有するSESの形成という困難性
の高い取組みへの着手に躊躇している、政策策定主体の姿勢もある程度
は仕方がないことと理解できる。
しかし、どこかのベストプラクティスのSESをそのまま模倣し、長野県
内に形成することは、極めて困難であるという現実から目をそらすこと
はできない。

○そうであるならば、県内の産学官の英知を結集して、無いものねだり
ではない、長野県の社会的・経済的特性等を反映した、持続的発展が可
能な、長野県ならではの優位性あるSESの形成へのビジョン・シナリオ・
プログラムを、新たなものづくり産業振興戦略の中に明確に提示するこ
とを目指すべきではないだろうか。


ニュースレターNo.191(2022年6月25日送信)

ものづくり中小企業における「サステナビリティ経営」への転換について
〜「サステナビリティ経営」への転換の円滑化に資する「政策的仕掛け」の必要性〜

【はじめに】
○「サステナビリティ経営」とは、一般的に「環境・社会・経済の持続
可能性への配慮により、長期的な事業継続を目指す経営」というような
定義がなされている。
 近年、気候変動問題を初めとする、様々な環境・社会問題への、企業
を取り巻くステークホルダー(直接的・間接的な利害関係者)の関心が
高まる中で、「サステナビリティ経営」については、「企業の評価・評
判」を高める新たな経営手法として、その導入の必要性への認識が高ま
って来ている。

○そこで、現在進行中の、長野県の新たなものづくり産業振興戦略の策
定作業の場で、ものづくり中小企業の「サステナビリティ経営」への転
換促進のための、どのような施策を、どのように組み込むべきかについ
ての議論が、活発になされることに少しでも貢献できればと考え、今回
のテーマを選定した次第である。

※参考文献:「サステナビリティ経営(SX)とその構造に係る考察〜イノベーションの役割とステークホルダー資本主義の未来〜」2022.5.12
一橋大学イノベーション研究センター 市川類

【「サステナビリティ経営」の重要性・必要性を認識するに至る経緯・過程】
○「サステナビリティ経営」の重要性・必要性が認識されるに至る経緯・
過程については、一般的に、大きく以下のような三段階に整理できると
されている。
@第1段階(CSR(Corporate Social Responsibility)の段階):環境・
社会問題は、経済成長にとって足かせとなるものであるが、企業の社会
的責任として「自主的」に対応すべきものと認識される段階。

A第2段階(CSV(Creating Shared Value)の段階):環境・社会問題の
一部は、経営に取り込むことによって、ビジネスとして成り立つとして
認識される段階。
※CSV:環境・社会的価値と経済的価値を同時に実現する共通価値を創出
すること。

B第3段階(ESG(Environment, Social and Governance)〜サステナビ
リティ経営の段階):環境・社会問題は、その解決に取り組まないこと
が、むしろ経営リスクになると認識される段階。

【「サステナビリティ経営」の内部構造】
○企業経営の目的は、一義的には、事業の運営・継続である。その取組
みは、大きく「オペレーション」と「イノベーション」という二つの分
野に分けることができるとされる。より具体的には、以下のように整理
できると言われる。

@「オペレーション」とは、主に短期的な事業継続の観点からの取組み
である。例えば、需要の変化に応じて、営業を行うとともに、従業員を
雇用し、生産設備を整備し、手順・プロセスの標準化を行うなどの取組
みである。この中には、製品・サービスや事業プロセスの継続的な改善
も含まれる。

A「イノベーション」とは、企業が、自らを取り巻く環境・社会の変化
に対応すべく、主に長期的な観点から様々な課題に取り組むことである。
例えば、市場・顧客のニーズの変化や技術の進展を踏まえて、新たな製
品・サービスの開発やビジネスモデルの構築、生産・流通工程の抜本的
な見直しなどを行う取組みである。

○長野県内の大半のものづくり中小企業については、通常は「オペレー
ション」に中心的に取り組みつつ、必要に応じて「イノベーション」に
も取り組むというような経営形態なっていると推測できる。
 そのようなものづくり中小企業においては、人的・資金的な制約の中
で、マネジメント手法が異なる両者に、如何にしたら、バランスよく効
果的に取り組むことができるのかが、経営上の重要課題となるのである。

○したがって、新たなものづくり産業振興戦略の策定においては、もの
づくり中小企業が、不足する人的・資金的資源を補完しつつ、「オペレ
ーション」と「イノベーション」の両分野に、バランスよく効果的に取
り組めるように支援できる、「政策的仕掛け」を組み込むことに配慮す
べきことになる。

【ものづくり中小企業の「サステナビリティ経営」の具現化手法(総論)】
○前述のように、「サステナビリティ経営」の本質は、従来からの「オ
ペレーション」では対応できなかった、環境・社会的課題について、環
境・社会的価値と経済的価値を同時に実現する共通価値の創出を目指す
「イノベーション」に戦略的に取り組むことによって、その解決を目指
すことである。
 しかし、多くのものづくり中小企業の場合は、事業活動のほとんどが
「オペレーション」で占められており、「イノベーション」に必要な人
的・資金的資源は不足がちであるのが実情であろう。

○したがって、このようなものづくり中小企業における「サステナビリ
ティ経営」への転換においては、如何にしたら、その経営の中に、共通
価値の創出のための「イノベーション」体制(ソフト・ハード)を、
「オペレーション」体制との最適バランスの下に、効果的に構築・運営
できるのかが、最重要課題となるのである。
 そして、その最重要課題の解決手法としては、ニュースレターNo.189
(2022.4.28送信)で提言した、「コレクティブインパクト」の事業化
プロセスの活用が特に効果的と考えられることから、その活用を促進す
ることに資する産業支援機関の支援機能の拡充強化が不可欠となるので
ある。

○ものづくり中小企業が、「サステナビリティ経営」の具現化のために
取り組むべき「コレクティブインパクト」とは、特定の環境・社会的課
題の解決方策(新製品・新サービス)の創出・社会実装について、自社
の力だけで実現しようとするのではなく、何らかの形で関連する、行政、
他企業、NPO、金融機関、住民などの幅広い参画者が、それぞれの垣根
を超えて、互いに強みやノウハウを持ち寄って一体的に取り組む手法の
ことである。
 したがって、「コレクティブインパクト」は、ものづくり中小企業に
不足する「サステナビリティ経営」の実践に必要な人的・資金的資源を
補完してくれる経営手法と言えるのである。

○企業による「コレクティブインパクト」への取組みや、その取組みの
活性化に資する産業支援機関の支援の在り方などの詳細については、ニ
ュースレターNo.189(2022.4.28送信)を参照していただきたい。

【ものづくり中小企業の「サステナビリティ経営」の具現化手法(各論)】
○ものづくり中小企業による、環境・社会的課題の解決方策の創出(イ
ノベーション)を組み込んだ、「サステナビリティ経営」への具体的ア
プローチ手法については、現状の組織・体制のままでも取り組みやすい
という観点から、以下のような二つの形に分類・整理することができる
だろう。

@自社の製造・流通工程に由来する環境・社会的課題への対応
 自社の製造・流通工程に由来する環境・社会的課題の解決方策を創出
し、自社の社会的責任を果たすとともに、類似の課題に悩む企業等を対
象として、その解決方策としての新技術・新製品のビジネス化による共
通価値の確保(収益の確保)を図る。

A自社の技術的蓄積を活用した、他社の環境・社会的課題解決方策(製品・サービス)の改善への参画
 他社で開発中、あるいは実用化されている、特定の環境・社会的課題
の解決方策としての製品・サービスの機能等の改善(コストダウンを含
む。)に資する、自社の技術的蓄積を活用した、新技術や新装置・新シ
ステム等の提案・開発・供給(サプライチェーンへの参画)を図る。

○ものづくり中小企業による、@とAの取組みの活性化に必要な「政策
的仕掛け」については、以下のような整理ができるだろう。

[@の活性化のための「政策的仕掛け」]
 過去において、環境・社会的課題の解決に果敢に挑戦した、長野県内
のものづくり中小企業の血がにじむような努力が、実際には、共通価値
の創出、すなわち収益性を有するビジネスとして結実できなかった大き
な理由は、その中小企業が、自社の弱みを自覚し、その補強・補完をし
てくれる他の産学官などの組織との連携を具現化することができなかっ
たこと、すなわち、「コレクティブインパクト」的な取組みができなか
ったことが大きな要因と言えることから、中小企業が「コレクティブイ
ンパクト」に取り組みやすくする「政策的仕掛け」の整備が重要となる。
 そして、その「政策的仕掛け」は、県内の産業支援機関の支援機能の
拡充強化の中で具現化すべきことになるだろう。

[Aの活性化のための「政策的仕掛け」]
 他社で開発中、あるいは実用化されている、特定の環境・社会課的題
の解決方策としての製品・サービスの改善点等についての情報収集活動
(展示会での製品・サービス情報の収集・分析など)や、収集された情
報に基づく当該製品・サービスの改善のための共同研究開発プロジェク
トの立上げ・運営などへの、効果的な支援を提供できる「政策的仕掛け」
の整備が重要となる。
 そして、この「政策的仕掛け」も、県内の産業支援機関の、技術情報
収集・分析、異業種交流や産学官連携などへの、支援機能の質的高度化
の中で具現化すべきことになるだろう。

【むすびに】
○企業を取り巻く様々なステークホルダー(直接的・間接的な利害関係
者)の環境・社会問題への関心の高まりの当然の帰結として、環境・社
会問題に対応する「サステナビリティ経営」を実践しているか否かが、
受注開拓、投資・融資や人材の確保などの企業活動の成否を左右する、
「企業の評価・評判」に大きく影響するような状況になってきている。
 そこで今回は、長野県内のものづくり中小企業の「サステナビリティ
経営」への転換に資する「政策的仕掛け」の在り方について、様々な視
点から検討してみた。

○現在進行中の、長野県の新たなものづくり産業振興戦略の策定作業の
場において、ものづくり中小企業の「サステナビリティ経営」への転換
の必要性、その転換促進のための「政策的仕掛け」の在り方等について
も十分な議論がなされ、そのエッセンスが、その戦略の中に効果的に組
み込まれることを期待したい。


ニュースレターNo.190(2022年5月29日送信)

次世代産業クラスター形成メカニズムの組込みによる地域産業振興戦略の高度化
〜長野県の新たなものづくり産業振興戦略の策定に資するために〜

【はじめに】
○長野県内の各地域においては、ものづくり産業振興のバイブルとも言
える「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」(2018〜2022年度)に基
づき、「健康・医療分野」、「環境・エネルギー分野」、「次世代交通
分野(航空機システム分野)」の16の産学官連携プロジェクトにより、
「次世代産業クラスターの形成」を目指す取組みが進められている。

○このものづくり産業振興戦略プランも、本年度が最終年度となり、現
在、長野県では、次年度以降の新たなものづくり産業振興戦略の策定に
取り組んでいる。
 そこで、新たなものづくり産業振興戦略の策定に当たっては、それぞ
れの次世代産業クラスター形成プロジェクトが直面している、同クラス
ターの形成メカニズム(5段階の形成プロセスで構成。以下で説明)の
効果的稼動に係る課題について把握していただき、その課題の解決に資
する「政策的仕掛け」を組み込んでいただくことを期待して、今回のテ
ーマを選定した次第である。

○以下で、「次世代産業クラスターの形成」のメカニズムについて、下
記の教科書的な参考文献を活用して、改めて整理・提示し、そのメカニ
ズムの効果的稼動に資する「政策的仕掛け」を、新たなものづくり産業
振興戦略の中にどのように組み込むべきかについて検討してみたい。

※参考文献:「ハイテク型産業クラスターの形成メカニズム〜フィンランド・オウルICTクラスターにおける歴史的実証〜」
経済経営研究Vol.27 No.2 2006年10月 日本政策投資銀行設備投資研究所

○上記の参考文献は、年代的には古いものと言えるが、産業クラスター
の形成メカニズムに、ズバリ焦点を当て論理的に解説する文献について
は、これ以外に探し出すことができなかったこと、また、この文献が研
究対象とする「ハイテク型産業クラスター」は、「長野県ものづくり産
業振興戦略プラン」が形成を目指す「次世代産業クラスター」と同義語
と言えることなどから、今まさに参考にすべき重要文献と考え、今回活
用することにした次第である。

【ハイテク型産業クラスターの形成プロセスと、形成プロセスの進展を主導する中核的推進機関の必要性】
○ハイテク型産業クラスターの母体となりうるような既存の産業集積が
厚く存在しない地域において、ハイテク型産業クラスターが形成される
場合の形成期間を、創成期と発展期に分けた場合の創成期については、
T.イノベーション環境の改善、U.企業集積の進展、V.アンカー企業の
出現、W.起業環境の改善、X.評判の確立、の5つの形成プロセスの順で
進むこと、それぞれの形成プロセス間には、相互促進的な因果関係が生
まれることが検証されている。

※アンカー企業:産業クラスター内の企業の育成、革新的技術に関する
情報や新規需要の導入などにより、様々な波及効果を産業クラスターに
もたらし、産業クラスター全体の発展に寄与する企業。リンケージ企業
と言われる場合もある。

○そして、この産業クラスター創成期の形成プロセスの進展(形成メカ
ニズムの稼動)のためには、その進展を主導する中核的推進機関の存在
が不可欠であることが確認されている。その主導すべき具体的事項につ
いては、大きく以下の3点に整理することができるだろう。

@当該地域で形成すべき産業クラスターの姿や、その実現への道筋を提
示する戦略を策定し、地域の産学官に属する多くの個人・企業等(アク
ター)の賛同・参画を得ること。
Aその戦略の推進に参画する様々なアクターの活動を合目的的に組織化
するとともに、その活動の効果的推進に資する、様々な支援メニューを
整備・提供すること。
B当該地域の産業クラスター形成メカニズムを稼働させるために、5段階
の産業クラスター形成プロセスの整備・効果的推進を図ること。

【ハイテク型産業クラスター形成プロセスの相互促進的因果関係】
○ハイテク型産業クラスターの形成メカニズムは、前述のT.〜X.の5つ
の形成プロセスの、以下のような相互促進的因果関係で説明できる。

[「T. イノベーション環境の改善」を起点とする相互促進的因果関係]
 大学・公的研究開発拠点等(国家的研究開発プロジェクトを含む)が
整備され、イノベーション環境が改善されると、
@そこから生まれる研究成果や技術人材に対して、域外のハイテク企業
が関心を持ち、新たな立地場所としての関心も高まる。
A既存企業の成長や拠点化が促進され、アンカー企業出現の可能性が高
まる。
Bそこから生まれる革新的技術シーズや技術人材が増えると、ハイテク
スタートアップの創業機会が増える。
C特定の産業分野に関連する研究開発活動が活性化し、当該分野の研究
開発メッカとしての評判が高まる。

[「U.企業集積の進展」を起点とする相互促進的因果関係]
 立地企業の数や多様性が増えると、
@イノベーションの創出には、地域の産学官の様々なアクターが関わる
が、企業の役割が最重要であることから、当然、イノベーションが起こ
りやすくなる。
Aアンカー企業となるまで大きく成長する企業が出現する蓋然性が高まる。
B産業集積の中の価値連鎖である「エコシステム」の厚みが増し、創業
機会が増える。
C産業集積地としての評判が高まる。

[「V.アンカー企業の出現」を起点とする相互促進的因果関係]
 アンカー企業(リンケージ企業)が出現すると、
@その企業集積外からの需要と企業集積内の技術の結合機能により、イ
ノベーションが起こりやすくなる。
A事業機会が増え、域外企業の立地(協力企業としての立地を含む)へ
の関心が高まる。
B事業機会が増え、協力企業としてのハイテク企業の創業も増える。
Cアンカー企業の本拠地としての評判が高まる。

[「W.起業環境の改善」を起点とする相互促進的因果関係]
 起業環境が改善し、新規創業が増えると、
@ハイテクスタートアップによる、抜本的・破壊的イノベーションが起
こりやすくなる。
A企業集積の厚みや多様性が増す。
B新興ハイテク産業集積地としての評判が高まる。

[「X.評判の確立」を起点とする相互促進的因果関係]
 評判が確立すると、
@様々な取引や照会、会議や学会等のルートを通じて、市場・技術情報
が流入しやすくなり、イノベーションが起こりやすくなる。
A他地域のハイテク企業の立地(小規模な拠点の設置を含む)への関心
が高まる。
Bハイテクスタートアップへの支援ビジネス企業等の関心が高まる。

○長野県の新たなものづくり産業振興戦略の策定に当たっては、県内各
地域で取り組まれている「次世代産業クラスターの形成」活動について、
前述の次世代産業クラスター形成メカニズムの稼動状況(どの形成プロ
セスに、どのような課題があるのか、など)という視点から調査・評価
し、次世代産業クラスター形成メカニズムが効果的に稼働するために必
要な「政策的仕掛け」を、次年度以降の新たなものづくり産業振興戦略
に組み込むなどの対応をしていただきたいのである。
 その「政策的仕掛け」の中で重要な位置を占めるのが、次世代産業ク
ラスターの形成プロセスの進展を主導する中核的推進機関の機能の拡充
強化になるのである。

【ハイテク型産業クラスターの形成プロセスの進展を主導する中核的推進機関の在り方】
○前述の参考文献においては、ハイテク型産業クラスター創成期の形成
プロセスの進展(形成メカニズムの稼動)のためには、その進展を主導
する中核的推進機関の存在が不可欠であることが、フィンランドのオウ
ルICTクラスターの形成過程についての研究によって確認されている。

○その主導すべき具体的事項については、前述の通り、大きく以下の3点
に整理することができるが、次年度以降の長野県の新たなものづくり産
業振興戦略の策定において特に配慮していただきたいのが、中核的推進
機関におけるBに係る機能の整備である。
@当該地域で形成すべき産業クラスターの姿や、その実現への道筋を提
示する戦略を策定し、地域の産学官に属する多くのアクターの賛同・参
画を得ること。
Aその戦略の推進に参画するアクターの活動を合目的的に組織化すると
ともに、その活動の効果的推進に資する、様々な支援メニューを整備・
提供すること。
B当該地域の産業クラスター形成メカニズムを稼働させるために、5段階
の産業クラスター形成プロセスの整備・効果的推進を図ること。

○現状の「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」においても、16の次
世代産業クラスター形成プロジェクトの中核的推進機関に、@Aの事項
の主導を期待しているが、Bの事項の主導までは期待していないように
見える。
 したがって、次期のものづくり産業振興戦略の策定に当たっては、各
プロジェクトにおける、クラスター形成メカニズムの稼動状況(どの形
成プロセスに、どのような課題があるのか、など)について評価してい
ただき、稼動状況に何らかの問題があれば、その解決に中核的推進機関
が取り組めるようにする「政策的仕掛け」を、次期のものづくり産業振
興戦略に組み込んでいただくことを期待したいのである。

【むすびに】
○現状の「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」(2018〜2022年度)
は、以下の2つの「目指すべき姿」を提示し、その実現を目指している。
そして、その実現に資する様々な支援メニューを整備・提供している。
@産業イノベーション創出に取り組む企業の増加
A県内各地域における、国際競争力を有する高付加価値型の次世代産業
クラスターの形成

○@については、その取組みの主役は、個々の企業であり、その産業イ
ノベーション創出に係る戦略の策定・実施化は、その企業の意思決定と
責任による。
 したがって、地域産業政策においては、個々の企業の自主的な産業イ
ノベーション創出活動の円滑化・活性化に資する、様々な支援メニュー
の整備・提供が政策課題となる。

○しかし、Aについては、同プランに基づき、県内各地域で、16の次世
代産業クラスター形成プロジェクトが進められており、それぞれの取組
みの主役は、個々の企業のみでなく、地域内外の産学官に属する、多種
多様なアクターによって構成されている。
 したがって、その多種多様なアクターの活動についての、ベクトル合
わせ、連携による相乗効果の発揮、取組み全体の進捗管理など、個々の
アクターでは対応しきれない活動を補完するための「政策仕掛け」が必
要となる。

○現在、長野県では、次年度以降の新たなものづくり産業振興戦略の策
定に取り組んでいることから、次世代産業クラスター形成に必要な「政
策的仕掛け」の検討に当たっては、同クラスターの形成メカニズムの稼
動の重要性に改めて注目していただき、それぞれのプロジェクトが直面
している、その稼動に係る課題について的確に把握し、その課題の解決
に資する「政策的仕掛け」を組み込んでいただくことを期待したいので
ある。


ニュースレターNo.189(2022年4月28日送信)

イノベーション創出による地域産業振興に必要なコレクティブインパクト(No.2)
〜中小企業等のコレクティブインパクトの実践に資する産業支援機関の在り方〜

【はじめに】
○ニュースレターNo.187(2022.3.3送信「イノベーション創出による
地域産業振興に必要なコレクティブインパクト」)において、企業等
のイノベーション創出への取組みが、収益性を有するとともに社会に
も貢献する(経済的価値と社会的価値の両方を有する)新事業として
確立できるようにするためには、開発した新製品・新サービスが社会
実装され、その結果、顧客の生活を含む社会が、より良い方向に変化
していることを顧客が実感できるようにしなければならないというこ
と、そして、その新製品・新サービスの収益性を有する社会実装の実
現のためには、「コレクティブインパクト」による事業化プロセスを
活用することが有益であることを提示した。

○そもそも「コレクティブインパクト」とは、特定の社会的課題に対
して、一つの組織(企業等)の力で解決しようとするのではなく、何
らかの形で関連する、行政、企業、NPO、金融機関、住民などの幅広い
参画者が、それぞれの垣根を超えて、互いに強みやノウハウを持ち寄
って、課題解決や社会変革を目指すアプローチのことである。

○言い方を換えれば、解決すべき社会的課題とは、一般的に複雑かつ
重層的な構造を有するため、一つの組織の力だけでは、解決するのが
困難な場合が多く、「コレクティブインパクト」による、集合的、集
中的なアプローチが有効となるのである。

※参考文献:ETIC.横浜(2014.4.22)「ミニ白書 新しい課題解決手法
『collective impact』の可能性と中間支援組織に期待される役割」

○したがって、例えば、中小企業が単独で、「コレクティブインパク
ト」に係る組織(ネットワーク)の構築からその運営までを主導した
いと考えても、必要な人的・資金的資源の不足等から困難となるので
ある。

○そのため、長野県内の社会貢献志向の中小企業の優れた技術力・経
営力によって開発された、社会的課題の解決方策としての様々な新製
品・新サービスが、実際に社会実装され収益を確保できるようにする
ためには、中小企業等による「コレクティブインパクト」に係る活動
の「入口」から「出口」までを、ハンズオン型で支援できる産業支援
機関の存在が不可欠となるのである。

○社会貢献志向の中小企業にとっては、「コレクティブインパクト」
に係る活動の「入口」から「出口」までを、ハンズオン型で支援でき
る産業支援機関に、支援を要請することが、「コレクティブインパク
ト」の成功への近道になるということなのである。
 しかし、このことは、社会貢献を目指す中小企業が、「コレクティ
ブインパクト」に係る十分な支援機能を有する産業支援機関に巡り合
えなければ、社会貢献の事業化に成功することが困難になるという、
厳しい現実を示唆しているとも言えるのである。

○したがって、県等の地域産業政策の策定・実施化主体にとっては、
「コレクティブインパクト」に係る十分な支援機能を有する産業支援
機関を、管轄地域内にできるだけ多く整備することが、重要な政策課
題になるということなのである。

○長野県内のより多くの産業支援機関が、中小企業等による「コレク
ティブインパクト」の実践への十分な支援機能を、より効果的に整備・
拡充できるようにすることに資することを目的として、その支援機能
の在り方等について、以下で具体的に提示したい。

【「コレクティブインパクト」の構成要件】
○「コレクティブインパクト」が効果的に機能できるようにするため
には、以下の@〜Dの五つの要件を満たすことが求められると言われ
ている。

@ビジョンの共有
 その社会的課題の解決を目指す活動に集まった全ての参画者が、そ
の課題の解決に係る共通のビジョン(実現を目指す理想的な社会の姿
等)を共有していること。
 多くの参画者による取組みであるため、不一致な部分が顕れるのは
当然であるが、「コレクティブインパクト」の実践に係る基本的事項
については、参画者間で同意されている必要があるのである。

A評価システムの共有
 参画者間において、取組み全体と参画者個々の取組みを評価するシ
ステムを共有することが必要不可欠。参画者が、それぞれの活動成果
を定期的に測定・報告しあい、活動が改善されつつ継続できるように
なっていること。

B相互に補強・補完し合う活動
 各参画者が、互いの強みや相違点等を認識し、それぞれの特化した
活動が、互いに補強・補完し合うような関係性が構築できていること。

C持続的コミュニケーション
 参画者間の信頼関係の構築や、モチベーションの維持向上のために、
参画者同士が、持続的・日常的にコミュニケーションできるようにな
っていること。

D活動を支える支援組織の存在
 上記の@〜Cの要件に係る活動の円滑化を担う、専任スタッフがい
る支援組織が存在すること。
 @〜Cの要件を満たす、参画者からなる組織(ネットワーク)を構
築し、その運営を専任的に担う支援組織が必要になるのである。

【中小企業のイノベーション創出に資する「コレクティブインパクト」への産業支援機関の支援機能の在り方】
○中小企業のイノベーション創出に資する「コレクティブインパクト」
の実践の円滑化のために、産業支援機関が整備すべき支援機能につい
ては、前述の「コレクティブインパクト」の構成要件(@〜C)を、
中小企業等からなる組織(ネットワーク)が、実際に満たすことがで
きるように支援する機能ということになる。もちろん、この産業支援
機関とは、構成要件Dの支援組織に相当することになる。
 したがって、産業支援機関が整備すべき支援機能については、以下
のような整理ができるだろう。

[「@ビジョンの共有」に係る支援機能]
@-1例えば、ある中小企業が、特定の社会的課題の解決に貢献しよう
とした場合に、その社会的課題の解決に事業として取り組むべきか否
かの判断材料となる、その取組みの社会的・経済的インパクトの大き
さについての定性的・定量的評価を支援する機能

@-2ある中小企業が、特定の社会的課題の解決に貢献しようとした場
合に、その課題解決方策の開発・事業化に、その中小企業の強みであ
る技術的・経営的資源を効果的に活用することを含む、その中小企業
ならではの優位性のある、社会的課題解決方策(ビジネスモデル)の
創出を目指すビジョン・シナリオ・プログラムの策定・実施化を支援
する機能

@-3ある中小企業が、特定の社会的課題の解決に貢献しようとした場
合に、その課題解決方策の社会的・経済的価値を創出できるビジネス
モデルの構築のために必要な、産学官などの分野からの参画者を募る
(多くの参画者の賛同を得る)際に必要となる、その貢献活動への参
画を論理的に動機づける、ビジョン・シナリオ・プログラム(各参画
者の役割分担を含む。)の策定・実施化を支援する機能

[「A評価システムの共有」に係る支援機能]
A-1「コレクティブインパクト」に係る活動全体と参画者個々の取組
みの成果の評価システムの構築・運営を支援する機能

A-2共有されたビジョン実現へのシナリオ・プログラムの進捗状況を
常に把握し、顕在的・潜在的な問題点への適切な対応を支援する機能

[「B相互に補強・補完し合う活動」に係る支援機能]
B-1その社会的課題の解決方策の開発・事業化のために協働すべき企
業・団体等の選定とその参画促進を支援する機能

B-2活動全体の進捗上の課題を把握し、その課題の解決のための、参
画者間での連携による補強・補完や、参画者外との新たな連携による
必要な補強・補完の拡充強化を支援する機能

B-3個々の参画者や参画者の連携による活動に必要な資金確保のため
の、活用可能な提案公募制度等についての情報の、参画者レベルでの
収集・提案等を支援する機能

B-4「コレクティブインパクト」のマネジメントを司る産業支援機関
としての、活動資金の確保のための、活用可能な提案公募制度等につ
いての、情報収集・提案(管理法人)等を実施できる機能

[「C持続的コミュニケーション」に係る支援機能]
C-1参画者間でのコミュニケーションの円滑化に資する、様々な事業
を企画・実施する機能

【むすびに】
○長野県内では、従来から多くの中小企業が、自社の優れた技術力・
経営力によって、地域が直面している、環境保全、健康増進等を含む
社会的課題の解決に貢献することを目指し、様々な新製品・新サービ
スの創出に果敢に挑戦してきた。
 しかし、その新製品・新サービスが、実際に広く社会に普及し、社
会的課題の解決に貢献するとともに、その中小企業の収益の増大にも
大きく貢献したというような成功事例は、残念ながら非常に数が少な
いのではないだろうか。

○社会的課題の解決に果敢に挑戦した、県内の中小企業の血がにじむ
ような努力が、実際には、収益性を有する社会貢献型ビジネスとして
結実できなかった大きな理由は、その中小企業が、自社の弱みを自覚
し、その補強・補完をしてくれる他の産学官などの組織との連携を具
現化することができなかったこと、すなわち、「コレクティブインパ
クト」的な取組みができなかったことが大きな要因と言えるのではな
いだろうか。

○そこで、現在進行中の長野県の新たなものづくり産業振興戦略の策
定作業などの場においては、社会貢献を目指す中小企業等による「コ
レクティブインパクト」の実践に不可欠の、産業支援機関の支援機能
の整備の在り方について、関係の産学官の方々に十分に議論していた
だき、その成果を同戦略の中に組み込んでいただくことをお願いした
いのである。


ニュースレターNo.188(2022年3月29日送信)

地方創生における「関係人口」創出戦略の優位性確保の在り方
〜「交流人口(観光人口)」のみならず「関係人口」の増加までも見据えた新たな地域観光振興戦略の策定に向けて〜

【はじめに】
○日本では、深刻な人口減少が加速する中で、ほとんど一律的に全て
の市町村が、人口減少防止対策を中核に据えた地方創生戦略に取り組
んでいる。しかし、同戦略に取り組む全ての市町村が人口減少を食い
止め、「定住人口」を増やすことができるわけではないことは明らか
であろう。

○例えば、市町村が、「定住人口」を増やすために、「暮らしやすさ」
の重要な評価指標となる行政サービスの、質的・量的な優位性を無制
限に競い合っていくことの、行きつく先は財政破綻であることからも、
「定住人口」を増やすことを最終目標とする地域振興戦略は、多くの
市町村にとって具現化が非常に困難なものとなっているのである。

○そこで注目されているのが、「交流人口(観光人口)」以上「定住
人口」未満の「関係人口」の創出による地域振興戦略なのである。
「関係人口」との連携による地域課題の解決や地域産業の活性化への
期待が高まっているのである。

○「関係人口」の中身については、より具体的には、@過去の居住・
勤務等でその地域と縁があり、その後も継続的に関係性を保っている
人々、A観光で訪れた際にその地域が特に気に入って、再訪する機会
の多い観光リピーター、などに区分・整理ができるだろう。

○以下では、下記の参考文献を一つの道標として、地方創生における
「関係人口」創出戦略の優位性確保の在り方について議論を展開して
みたい。

※参考文献:日本地域経済学会 地域経済学研究 第38号 2020年
「地域の価値」の地域政策論試論 佐無田 光(金沢大学)

【「関係人口」創出による地域振興のイメージ】
○「関係人口」創出による地域振興のイメージとしては、その地域へ
の特別の思いを有する地域外の人々、すなわち「関係人口」の有する
専門的な技術や知見を活用して、地域の社会的課題の解決や、地域産
業の活性化等を実現することと言えるだろう。「関係人口」を地域の
持続的発展の担い手として期待するということなのである。

○このイメージが、実現性を有することは、自然や文化の香り豊かな
「田舎暮らし」へのあこがれなど、いわゆる「ローカル志向」が、大
都市圏の住民を中心に増大してきている現状からも明らかであろう。
そして、今回のコロナ禍によって、「密」の回避を重視したライフス
タイルやリモートワークが、新常態として定着し、「ローカル志向」
は更に増大してきているのである。

○また、人々の「ローカル志向」に関しては、以下のような二つの潮
流があることを指摘できるだろう。
@ローカルに係る需要サイドの潮流
自然環境、生活文化、住民同士のつながりなど、地域独特の「生活の
質」を求める人々が増加しているという潮流。
Aローカルに係る供給サイドの潮流
そのような人々を対象として、「地域の魅力」(「地域の価値」)を
商品化・提供する経済活動に内在する新たな発展性という潮流。

○この二つの潮流を反映して、その地域の「関係人口」を増やすため
の活動や、確保できた「関係人口」との連携による様々な生産活動な
どに由来する、その地域の所得の増大や生活の質の向上などの経済的
効果を、如何にしてより大きなものにすることができるのか。

○その経済的効果の増大の実現に資する、すなわち、ローカルに係る
需要と供給の両方の増大に資する「政策的仕掛け」の優劣が、その地
域が「関係人口」増加による持続的発展を実現できるか否かを決定づ
けることになるのである。

【優位性のある「関係人口」創出戦略に不可欠な、優位性のある「地域の価値」】
○「関係人口」の増加に資する、優位性のある「政策的仕掛け」を整
備するためには、将来「関係人口」となりうる人々を、その地域に継
続的に惹きつける「地域の魅力」、すなわち、「地域の価値」の存在
が不可欠となる。

○その「地域の価値」については、以下の三つの価値に区分して考察
し、それぞれの価値の特性に適合する、価値の創出・維持・増加シス
テムを、「関係人口」創出戦略の「政策的仕掛け」の中に論理的に組
み込むことが必要になる。
@「本源」的な「地域の価値」
 その地域の暮らしの中で形成されてきた人々の知恵や共感の積層で
あり、「地域らしさ」の源泉となるものである。この「地域の価値」
は、その地域に暮らす人が、長期間にわたる経験(学習)を通して獲
得してきたものであって、商品として取引可能なものではない。

A「意味づけ」された「地域の価値」
 「意味づけ」とは、本来は個々の人が時間をかけて無意識的に、そ
の「地域らしさ」を経験(学習)する過程に、一定の方向性を与える
行為のことである。
 同じ事物を見ても、人それぞれ感じ方や理解の程度が違って当然で
あるが、適切な「意味づけ」が行われることで、そこにある種の共通
の価値観や共感が生まれる。
 しかし、「意味づけ」された「地域の価値」は、多くの場合、何ら
かの「ストーリー」によって脚色・単純化されたもので、本来の地域
の暮らしの中に息づく、「本源」的な「地域の価値」そのものではな
いことに注意が必要となる。

B「商品化」された「地域の価値」
 「商品化」とは、その「意味づけ」された「地域の価値」を、何ら
かの消費可能な商品に具体化するプロセスのことである。「商品化」
によって「地域の価値」は、初めて地域の所得を生み出すものへ転身
する可能性を持つことになる。

【「地域の価値」の優位性確保手法の在り方】
○「関係人口」創出戦略の優位性を確保するためには、その戦略に組
み込む、「意味づけ」された「地域の価値」そのものに、優位性を確
保することが必要となる。
 その優位性とは、人々を継続的に、その地域に惹きつける「魅力」
を内包する、地域の「本源」的な「地域の価値」の中から見出すこと
ができるのである。

○「意味づけ」された「地域の価値」に、優位性を確保する重要な手
法の一つとして、その「地域の価値」を構成する、「意味づけ」(脚
色・単純化)された地域の「ストーリー」の、オーセンティシティ
(authenticity、真正性、信憑性)の確保を提示することができる。
 「意味づけ」された地域の「ストーリー」に対する人々の感動や共
鳴が、一時の流行で終わることなく、継続的に増大していけるように
なることには、その「ストーリー」が、社会的に価値づけられたオー
センティシティを有していることが、重要な役割を果たすことになる
のである。

○「意味づけ」された「ストーリー」は、どのようにして社会的に価
値づけられるのか。地域に係る「ストーリー」についての、「価値あ
る本物」だという認識が、個人的次元を超えて社会的次元へ移行する
ことによって、その「ストーリー」は、より高い価値を有するように
なるのである。

○「意味づけ」された「ストーリー」のオーセンティシティにとって
重要なのは、それが「本源」的な部分に、どれだけ依拠しているかと
いうことについての「認知」である。
 その「ストーリー」のオーセンティシティを、その地域を訪れた人
が、「本源」的な部分に関連づけて「認知」できることによって、そ
の人のその地域で得る感動が本物であるという実感がより拡大し、そ
の地域との関係性をより深めること(「交流人口」から「関係人口」
へ転身すること)に大きく資することになるのである。

○したがって、「意味づけ」された「ストーリー」の十分なオーセン
ティシティを築き上げることに資する「政策的仕掛け」(関係者が参
画してオーセンティシティを共創するプロセスなど)を整備すること
が、「地域の価値」の優位性確保の近道となるのである。

○例えば、社会・人文・自然等の特定の知識分野に係る「ストーリー」
のオーセンティシティの構築活動を、当該知識分野に関心の高い、地
域内外の多くの人々が参画するプロジェクトとして実施すれば、その
プロジェクト自体を、「交流人口」を「関係人口」へ転身させること
に資する「政策的仕掛け」の一つとして位置づけることができるので
ある。

【優位性ある「関係人口」創出戦略に不可欠の、「地域の価値」のバリューチェーンの形成】
○「地域の価値」を「商品化」する工程は、「意味づけ」された地域
の「ストーリー」を消費しやすいように、脚色・単純化する作業でも
ある。商品化された「地域の価値」は、多くの場合、分かりやすいシ
ンボルやブランドの形を取り、人々のイメージを固定化させる。
 その固定化されたイメージがいったん広く普及すると、そのイメー
ジを「売り」にする類似商品が次々と市場に投入され、「地域の価値」
の消費は加速されることになる。

○「地域の価値」の「意味づけ」から、様々な形での「商品化」、そ
の商品の市場拡大などに至るバリューチェーンの中で、誰がどの過程
を担うのかが、「商品化」によって、地域内で確保できる所得や雇用
機会の創出などに、大きな影響を及ぼすことになるのである。

○したがって、そのバリューチェーンのできるだけ多くの部分を、地
域内で形成できるようにするためにも、必要な技術・知見を有する
「関係人口」との協働システムの整備・運営の在り方は、地域にとっ
て非常に重要な政策課題となるのである。

○なお、この「関係人口」との協働システムの整備・運営においては、
「関係人口」の当該地域での自己実現(当該地域への特別な思いの維
持・強化)に資する「仕掛け」を組み込むことを忘れてはならないこ
とは当然のことである。

【むすびに】
○地方創生における「関係人口」創出戦略の優位性確保の在り方につ
いて、優位性のある「地域の価値」の特定、その価値の活用による
「関係人口」の増加、増加した「関係人口」との協働による地域経済
の活性化など、様々な視点から議論してきた。

○この議論が、関係の産学官の皆様の、「関係人口」創出戦略への関
心を高め、より多くの市町村の観光振興戦略を含む地域振興戦略の優
位性や実効性の確保に、少しでも貢献できれば幸いである。


ニュースレターNo.187(2022年3月3日送信)

イノベーション創出による地域産業振興に必要なコレクティブインパクト
〜産学官連携による研究開発成果の社会実装促進のための「政策的仕掛け」の必要性〜

【はじめに】
○長野県中小企業振興条例第3条(基本理念)第2項では、中小企業の
振興は、産業イノベーションの創出の促進によって行われなければな
らないことを規定している。そして、産業イノベーションの創出につ
いては、「新たな製品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を生
み出し、経済社会の大きな変化を創出することをいう。」と定義して
いる。
 また、同条例第4条(県の責務)にも、同様に、県は、特に産業イノ
ベーションの創出に留意して中小企業振興施策を総合的に策定・実施
すべき旨が規定されているのである。

○産業イノベーション(以下では、一般的表現として「イノベーショ
ン」を使用する。)の創出に必要な優れた新製品・新サービスの開発
のための産学官連携による研究開発の成果が、実際に地域産業の振興
に資するようになるためには、その研究開発成果が、新たな価値を生
み出し、経済社会に大きな変化を創出すること(研究開発成果の社会
実装による社会課題の解決等)を実現することが必要になるのである。
 単に新製品・新サービスが開発できただけでは、イノベーション創
出とはとても言えないということを中小企業振興条例は規定している
のである。

○言い方を換えれば、企業等のイノベーション創出への取組みが、収
益性を有するとともに社会にも貢献できる(経済的価値と社会的価値
を有する)新事業として確立できるためには、開発した新製品・新サ
ービスが社会実装され、その結果、顧客の生活を含む社会が、より良
い方向に変化していることを顧客が実感できるようにしなければなら
ないということなのである。

○したがって、長野県中小企業振興条例を遵守するのであれば、長野
県が次年度中に策定を予定している、新たなものづくり産業振興戦略
の中には、現状の諸施策では対応が不十分な、産学官連携による研究
開発成果の社会実装による社会課題解決の促進に資する、新たな「政
策的仕掛け」を組み込むことが求められているのである。

○現状の「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」(計画期間:2018
〜2022年度)においては、当然のことながら、中小企業振興条例を遵
守し、イノベーション創出のためには、地域産業や地域住民生活の課
題等を含む社会課題の発掘と、その解決方策の創出・社会実装に取組
むことの重要性は提示している。
 しかし、その課題解決方策の社会実装の具現化に効果的に機能する
「政策的仕掛け」の提示はできていないのである。

○そこで、新たなものづくり産業振興戦略の策定に関与する産学官の
方々による、同戦略のビジョン・シナリオ・プログラムに関する議論
が、中小企業振興条例の基本理念に真に即した形で深化することに少
しでも貢献することを目的として、以下で、その新たな「政策的仕掛
け」の在り方について、若干の提言をしてみたい。

【産学官連携による研究開発成果の社会実装を促進する「政策的仕掛け」の在り方】
○長野県の地域産業が、県内外の産業分野や住民生活分野等に係る、
社会課題を解決するための新製品・新サービスの研究開発の成果を、
効果的に社会実装できるようになるためには、研究開発主体となる産
学官のみならず、その研究開発成果を商品化し生産・供給する企業、
その生産・供給等に係る法規制を所管する行政機関、その商品の利用
による社会課題の解決を支援するNPO等の団体など、様々な形で関係
する幅広い分野の多くのプレーヤーの参画・相互連携が必要となる。

○このように、ある課題の解決のために、様々なプレーヤーが協働し
て取り組むことによって、その取組みの成果を最大化することを目指
すスキームやアプローチについては、「コレクティブインパクト」
(collective impact)という概念によって説明される場合が多くな
っている。

○「コレクティブインパクト」とは、もともとは、社会課題を解決す
るために、複数の異なるセクター(行政、企業、NPO・財団・社団等)
が、協働してインパクト(社会課題の解決による社会状況の顕著な改
善等)を創出することと定義され、主にソーシャルセクター(NPO・
財団・社団等)サイドにおいて認知されてきた考え方である。すなわ
ち、ソーシャルセクターが主導し、企業等の産業サイドは、協力・支
援する役割を担うことを期待されていたのである。

※参考文献:「コレクティブインパクトで切り開く新たな社会課題解決
のあり方〜行政・企業・NPO等の協働によるアプローチ〜」
野村総合研究所パブリックマネジメントレビュー vol.184 November 2018

○しかしながら、企業等の産業サイドにおいても、社会課題の解決に
本格的に取り組むべきという機運が高まるにつれて、企業等の産業サ
イドが主導し、ソーシャルセクターサイドが協力・支援するという形
での取組みも活発化してきているのである。
 そこで、以下では、ものづくり産業の振興という観点から、企業等
の産業サイドが主導する「コレクティブインパクト」を如何にしたら
活性化することができるのか、という課題にフォーカスして議論を展
開したい。

【「コレクティブインパクト」の構成要件と企業等の産業サイドにとってのメリット】
○昨今の社会課題は複雑化しており、その課題に係る企業・団体等が、
個別にその解決方策の開発に取り組み、その成果を社会実装すること
は困難となっている。
 そこで、その社会課題についての危機意識等を共有し、その課題解
決に資する様々な潜在的・顕在的強みを有する企業・団体・行政等の
プレーヤーが、協働して課題解決を目指す「コレクティブインパクト」
というスキーム(アプローチ手法)の有効性が注目されているのである。

○この「コレクティブインパクト」というスキームの効果的な整備・
運営に資する「政策的仕掛け」を、新たなものづくり産業振興戦略の
中に、どのような形で組み込むべきかが、議論すべきテーマとなるの
である。その議論の深化に資するため、以下で、まず「コレクティブ
インパクト」の構成要件と、「コレクティブインパクト」に取り組む
ことの企業等の産業サイドにとってのメリットについて整理しておき
たい。

○「コレクティブインパクト」が効果的に機能できるようにするため
には、以下の5つの要件を満たすことが求められると言われている。
@その社会課題に関係する全てのプレーヤーが参画し、その全てのプ
レーヤーは、その課題の解決に向けた共通のビジョン(実現を目指す
理想的な社会の姿)を共有していること。
A取組みの成果の測定手法をプレーヤー間で共有し、それぞれの成果
を測定・報告し、更なる改善ができるようになっていること。
Bプレーヤーそれぞれの特化した活動が、互いに補強・補完し合うよ
うになっていること。
Cプレーヤー同士が、継続的・恒常的にコミュニケーションしている
こと。
D上記の@〜Cの全ての活動の円滑化を担う、専任スタッフがいる組
織が存在すること。

○「コレクティブインパクト」に参画する企業等の産業サイドのメリ
ットについては、一般的に以下のようにマーケティングと人材開発・
獲得の二つの視点から整理されている。
@プロモーション
 企業の社会的貢献姿勢を明示することで、社会的評価やブランド価
値の向上等に結びつけることができる。
A事業開発
 同業他社、異業種企業、行政、公的団体等の様々なセクターとの連
携によって新市場開拓等のチャンスを掴むことができる。
 従来から競争関係にある同業他社であっても、社会課題の解決等の
社会的貢献を目的に設定すれば、協働が可能となる。その協働によっ
て、イノベーションの創出(収益性を有するとともに社会にも貢献で
きる新事業の創出)のチャンスが生まれる。
B人材開発
 社外の様々なセクターの企業、団体等と連携することの大義名分が
得られ、社外の様々な有能な人材との交流を活発化できることによっ
て、社員の視野の拡大、新たな専門性・スキル・人脈の獲得等が可能
となる。
C人材獲得・流出防止
 一般的に、有能な社員ほど単に業績を上げることよりも、社会にど
う貢献できるかを重視する傾向にある。社会課題の解決の取組みの一
端を担っているという意識が、社員のモチベーションやロイヤルティ
(愛社精神、忠誠心、帰属意識等)の向上や、人材市場での企業の魅
力度の向上に繋がる。

【企業等の産業サイド主導の「コレクティブインパクト」を活性化する「政策的仕掛け」の在り方】
○企業等の産業サイド主導の「コレクティブインパクト」を活性化す
る「政策的仕掛け」の在り方に関する論点については、以下のように
整理できるだろう。

@企業等の産業サイドが、その解決方策の開発・事業化に自社の経営
的・技術的資源を活用できそうな、社会課題を発掘できるように支援
する仕掛け
Aその社会課題の解決に取り組むべきかの企業の判断材料となる、そ
の取組みの社会的インパクトの大きさ等についての定性的・定量的評
価を支援できる仕掛け
Bその社会課題の解決方策の開発・事業化のために協働すべき企業・
団体等の選定を支援できる仕掛け(産業サイドの支援を求めるソーシ
ャルセクターサイドとのマッチング支援を含む。)
Cその社会課題の解決方策の開発・事業化のためにクリアすべき法的
規制への適正な対応を支援できる仕掛け
D「コレクティブインパクト」が効果的に機能するための要件である
「専任スタッフがいる組織」として、4月1日発足の長野県産業振興機
構をはじめとする、県内の公的な産業支援機関が、効果的に活動でき
るようにする仕掛け(先導的な取組み事例を生み出す仕掛け)

【むすびに】
○企業等の産業サイドによる、社会課題の解決方策としての新製品・
新サービスの開発等を、収益性を有するとともに社会にも貢献できる
(経済的価値と社会的価値の両方を有する)新事業の確立に結びつけ
るためには、その新製品・新サービスの社会実装によって、実際に社
会課題が解決され、社会がより良い方向に改善されていることを顧客
が実感できるようにすることが必要となる。
 このことが実現できて、初めてそのイノベーション創出活動が成功
したと言えるのである。
 また、この実現を図ることが、長野県中小企業振興条例が規定する、
中小企業振興の基本理念であり、県の責務でもあるのである。

○そこで、長野県の新たなものづくり産業振興戦略の策定作業におい
ては、企業等の産業サイドによるイノベーション創出過程の中の、特
に社会実装に有効な機能の発揮を期待できる、「コレクティブインパ
クト」の効果的活用に資する「政策的仕掛け」の、同戦略への組込み
の在り方について、関係の産学官の方々に十分に議論していただくこ
とをお願いしたいのである。


ニュースレターNo.186(2022年1月30日送信)

コロナ禍の経験を反映した新たなものづくり産業振興戦略の策定の在り方
〜パンデミックにおいても持続的な価値創造活動を可能とするレジリエンスの確保への道筋の提示の必要性〜

【はじめに】
〇今回のコロナ禍については、パンデミックと称されるように、その
「特徴」を以下のように整理することができるだろう。
@地球上の特定の地域で突発的に発生し、短期間に世界的に大流行し、
社会的・経済的に深刻な影響が長期化している。
Aその深刻な影響によって、通常は数年以上かけて起こる人々の行動
様式や価値観の変化が、短期間かつ強制的に引き起こされている。
Bその影響の深刻度については、全ての人々や産業にとって一様なも
のではない。特に、社会的弱者と言われる人々や、人の輸送や集客に
よって成り立つような特定の産業分野に、極めて深刻な影響をもたら
している。

〇このようなパンデミックを経験した上で、新たなものづくり産業振
興戦略を策定する場合においては、従来の戦略の中核に据えてきた、
地域企業の高付加価値型の加工・組立技術力、製品開発力、市場開拓
力等の高度化に資する「政策的仕掛け」に加えて、地域企業のパンデ
ミックへのレジリエンスの確保に資する、新たな「政策的仕掛け」も
戦略に組み込むべきことは明らかであろう。

〇そこで以下では、前述のようなコロナ禍の「特徴」を前提として、
コロナ禍の地域企業への影響やその影響への対応の在り方について整
理し、新たなものづくり産業振興戦略の中に、パンデミック下でも、
地域企業の持続的な価値創造活動を可能とする、レジリエンスの在り
方やその確保への道筋を提示しておくことが、如何に重要であるかに
ついて論ずることにしたい。

※参考文献:(一社)企業活力研究所 令和2年度CSR研究会報告書
「新型コロナウイルス感染症発生を契機としたこれからのCSRのあり方」(2021年3月)

【今回のコロナ禍の地域企業への影響とそれへの対応の在り方】
〇前掲の参考文献では、社会と企業の持続可能性にもたらした、今回
のパンデミックの影響について、以下のような3つの項目に整理して
いる。

[影響@:パンデミックによる直接的影響]
・今回のパンデミックの産業への直接的影響には、業種・業態によっ
て大きな差がある。すなわち、人の移動が止まったことにより、宿泊
業、飲食業、エンターテイメント産業、旅客交通関連産業等は、特に
深刻な打撃を受けている。一方、情報サービス業、関連機器産業、デ
ジタルコンテンツ産業等では、業務のリモート化等のためのDXの推進
や巣ごもり需要等により市場が拡大している。

・コロナ禍は、産業における非対面化・非接触化の推進のための、業
務のデジタル化(リモート化、オンライン化、省人化等も含む。)を
大きく加速させているのである。

・コロナ禍の世界的かつ急速な広がりにより、サプライチェーンの寸
断、見通し困難な需要の急減・急増等が、様々な製品・サービス分野
で発生し、事業継続、雇用維持等に非常に大きな影響を及ぼしている
のである。

[影響A:社会の中長期的変化の加速とその不可逆性]
・コロナ禍が引き起こした変化は、一時的なものではない。例えば、
デジタル化が一度進展すれば、全てが元に戻ることはないだろう。そ
の結果、デジタル化された作業を担っていた人材の一部は、アフター
コロナでも引き続き不要になり、雇用の消失につながっていく可能性
がある。

・同様に、コロナ禍でのデジタル化の急伸によって、需要が大幅に減
少した製品・サービスについては、アフターコロナになっても、以前
の水準にまで需要が回復することは困難になるとも言えるのである。

[影響B:企業の常態行動(business as usual)が通用しない世界への突入]
・コロナ禍は、人々の行動様式や価値観に大きな変化を引き起こし、
従来の当たり前が通用しない社会を瞬く間に作り出した。常態行動が
通用しない新しい社会の出現を、企業は新たな事業機会として捉えて
対応していくことを求められている。

・そして、今後も今回のパンデミックのような、企業活動に対する深
刻な影響が広範囲で長期化する災害等が発生することを想定し、必要
な対策を講じておくことが、今まで以上に求められているのである。

〇以上の影響@〜Bへの企業の対応の在り方について、前掲の参考文
献では、以下のような3つの取組みに整理している。

[取組1:「企業を取り巻く全てのステークホルダー(利害関係者)との関係性の見直し]
・ステークホルダー(以下の@〜Eに例示)との信頼関係が構築でき
ているかが、非常時における企業の意思決定と対応の「質」を大きく
左右すると言われている。したがって、企業は、ステークホルダーと
対話し、レジリエントな信頼関係の構築に向けて、経営理念・体制や
事業内容等の変革を進めていく必要がある。
 また、経済価値と社会価値との整合を目指す経営理念に対する共感・
共鳴を、ステークホルダーと分かち合うことが、イノベーション創出
の起点になるのである。

・ステークホルダーそれぞれとの関係性の見直しの視点等ついて、以
下のような整理もできるだろう。
@従業員
 企業は、社会の安定性の確保のための雇用維持という観点も持ちつ
つ、従業員との関係性や労働市場の変化に対応した、最適な人事の具
現化に向けて変革を進めていくことが求められる。
A顧客
 企業は、サステナビリティ意識とデジタルリテラシーの高い顧客の
ニーズに、より高度かつ的確に応えるために経営の変革に取り組むこ
とが求められる。それとともに、デジタル化に取り残される可能性の
高い顧客に対する配慮も求められる。「誰一人取り残されない、人に
優しいデジタル社会」の構築への貢献が求められている。
Bサプライチェーン
 サプライヤーの変革を支援することが、新たなビジネスパートナー
の創出や新たなビジネス・エコシステムの形成に繋がることになる。
また、そのことが、サプライチェーン全体としてのパンデミックへの
レジリエンスの質的高度化にも資することになるのである。
C地域・コミュニティ
 地域・コミュニティが直面している課題の解決に向けて、企業が自
社の存在意義や価値観に基づき、どのような立場で、どのような戦略
的対応をしていくのか、社会に向けて明確にすることが求められている。
D将来世代
 将来世代に対する責任も認識し、特に、地球環境保全への取組みが
世界的に加速している中では、企業は、その動きを新たな事業機会と
して捉え、地球環境保全と整合する新規事業を企画・実施化していく
必要がある。
E投資家
 非財務情報(経営戦略・課題、リスクやガバナンスに係る情報等)
の開示にも積極的に取り組み、特に、先進的にESG投資(環境・社会・
企業統治に配慮している企業を重視・選別して行う投資)に取り組む
投資家と対話を重ねることで、新たな価値創造とステークホルダーと
の利益配分の在り方を共に模索していくことが、企業の重要課題の一
つとなっている。

[取組2:企業にとっての「存在意義」と「重要課題」の不断の見直しと経営戦略・ガバナンスへの組込み]
・ステークホルダーが抱える課題の解決と自社の価値観を、「存在意
義」として明確化し、存在意義追求型の経営を実現することが求めら
れている。

・経営の「重要課題」については、固定化せず、長期的あるいは短期
的な社会の要請の変化を敏感に把握し、適時見直していくことが重要
となる。

・「重要課題」については、ビジネスモデルを変革し事業戦略に組み
込み、ステークホルダーと協業し、当該課題に係る社会の認識を高め
ることにも取り組むなど、能動的な事業機会の創出活動が求められて
いる。

[取組3:コレクティブ・アクションの推進と官民連携によるインフラ構築]
・パンデミックのような、社会や企業の持続可能性を脅かすような課
題の解決に向けては、同業種内や異業種間での連携、更には行政や
NGO等に至る様々なセクターとの垣根を越えた協業といった、いわゆる
コレクティブ・アクションが不可欠となる。

・また、戦略的なコレクティブ・アクションの活性化に向けて、適切
な競争と協働のためのインフラ(ここでの「政策的仕掛け」に相当)
を官民一体となって構築することが求められている。

【パンデミック下においても地域産業の持続的な価値創造活動を可能とするレジリエンス確保への道筋】
〇従来のものづくり産業振興戦略においては、地域企業の高付加価値
型の加工・組立技術力、製品開発力、市場開拓力等の高度化に資する
「政策的仕掛け」を組み込むことを中核に据えてきた。しかしながら、
今回のパンデミックの経験を経て、同戦略には、地域企業のパンデミ
ックへのレジリエンスの確保に資する「政策的仕掛け」も新たに組み
込むべきことが明らかになっている。

〇すなわち、コロナ禍の経験を反映した新たなものづくり産業振興戦
略には、今回のコロナ禍の地域産業への影響(前述の影響@〜B)へ
の対応の在り方(前述の取組1〜3)等を参考にして、地域企業が、
自社の技術力や経営力の質的高度化と整合した、パンデミックへのレ
ジリエンス確保対策を講じることを促進する、新たな「政策的仕掛け」
を組み込むことが重要となるのである。

〇その「政策的仕掛け」とは、より具体的に整理すると、前述の取組
1〜3の中からエッセンスとして抽出できる、以下の@〜Bの項目に、
地域企業が戦略的に取り組めるようにするために、新たに構築すべき
「支援システム」のことと言い換えることができるだろう。
@パンデミックに対応できるBCP(事業継続計画)等を含む社内危機管理体制の改善・高度化
Aステークホルダーとのレジリエントな信頼関係の構築のための、
A-1ステークホルダーの具体的ニーズの把握と経営理念や事業計画への反映
A-2非財務情報のステークホルダーへの丁寧な開示
Bパンデミックによる社会・産業の急激な変化への戦略的対応のための、
B-1コレクティブ・アクション(業種・業態の垣根を超えた協業等)による能動的な事業機会の創出
B-2今回のパンデミックによるメガトレンドへの対応の在り方の変化を踏まえた、自社が取り組むESGに係る課題の特定と経営の中長期的方針への反映

※メガトレンド:社会に大きな課題を突き付ける巨大な潮流。具体的
には、気候変動と資源不足、急速な都市化、人口構造の変化、世界の
経済力のシフト、テクノロジーの進歩などが挙げられるだろう。

【むすびに】
〇次期計画検討部会を含め、関係の産学官の皆様による、次期計画の
ビジョン・シナリオ・プログラムに関する議論の深化に少しでもお役
に立てればと考え、今回のテーマを選定した次第である。

〇なおここで改めて強調しておきたいことは、地域企業によるパンデ
ミックへのレジリエンス確保の取組みが、パンデミックの有無に関わ
らず、地域企業の経営力の総合的な質的高度化に大いに資することに
なることから、その確保を支援する「政策的仕掛け」を新たに整備す
ることは、長野県のものづくり産業振興戦略策定の新機軸になるとい
うことである。

〇したがって、長野県の新たなものづくり産業振興戦略の策定作業に
おいては、従来のように、地域企業の加工・組立技術力、製品開発力、
市場開拓力等の向上にのみフォーカスするのではなく、パンデミック
においても、地域企業が、持続的に価値創造活動に取り組んでいける
ようにする、パンデミックに対するレジリエンスの確保の促進に資す
る、新たな「政策的仕掛け」の在り方についても議論を深めていただ
ければ幸いである。


ニュースレターNo.185(2022年1月2日送信)

世界的な「デジタル化」と「脱炭素化」の動きを反映した、長野県の新たな地域産業政策の策定の在り方について

【はじめに】
○コロナ禍によって、経済社会における潜在的な「不確実性」への認
識が高まる中で、以下のような重要課題の解決に向けて、様々な取組
みが急速に展開されるなど、経済社会の通常の姿が世界的に大きく変
化しようとしている。

@デジタル化(リアルとデジタルの最適融合)
A脱炭素化(カーボンニュートラルのための化石燃料からの脱却)
Bグローバルなサプライチェーンの効率化・強靭化(経済安全保障)

○そのような状況下、長野県の今後の地域産業政策、より具体的には、
主要産業であり、かつ、前述の@〜Bに直接的・間接的に大きく影響
される、ものづくり産業の振興戦略についても、当然、見直し・改善
が必要になることから、その見直し・改善に関与すべき産学官の方々
による、議論の活発化・深化に少しでも貢献できればと考え、今回の
テーマを選定した次第である。

○経済産業構造審議会が発表した「経済産業政策の新機軸」(2021.6.
28)では、その新機軸のエッセンスについて、「従来からの経済産業
政策の目的である、『特定産業の保護・育成』や『規制緩和による構
造改革』などとは異なり、多様化する中長期の社会的・経済的課題の
解決に向けて、必要な技術や物資の確保などに着目する『ミッション
志向』を、新たな経済産業政策の重要要素として位置づけることであ
る。」というような主旨の説明がなされている。

○このような国主導の政策的対応の在り方に関する以下の文献や、既
に送信済みのニュースレターの関連部分等を参考にして、経済産業政
策の「ミッション志向」、更には、ミッションの遂行によって実現す
べき経済産業の姿(ビジョン)の提示・実現を目指す「ビジョン志向」
を重要とする考え方に沿って、特に、今日の産業政策の二大アジェン
ダとも言われる、「デジタル化」と「脱炭素化」に焦点を絞り、今後
の国レベル・地域レベルの産業政策の在り方について具体的に考察す
ることにしたい。

※参考文献:@産業政策論の新機軸 経済産業研究所 コンサルティングフェロー 安橋正人(2021.12.22)
      A岸田内閣が取り組むべき重点政策課題 日本総研 副理事長 山田久(2021.11.11)

【「デジタル化」・「脱炭素化」に向けた日本の産業政策の在り方】
○ポスト・コロナにおける日本経済の成長戦略に係る二大アジェンダ
として、「デジタル化」と「脱炭素化」が提示されている。
 しかし、「デジタル化」も「脱炭素化」もプラットフォーム(経済
社会を構築していくために必要な基盤(ソフト・ハード))に過ぎず、
真に重要なのは、そのプラットフォームによって、どのような理想的
な経済社会を構築すべきなのかというビジョン(実現を目指すべき姿)
を提示することなのである。

○国民に広く支持されるビジョンが明らかになることによって、「デ
ジタル化」・「脱炭素化」に関係する情報通信産業やエネルギー産業
以外の幅広い産業分野においても、ソフト・ハード両面での多様で裾
野の広い投資が行われるようになるのである。

○そこで、国には、以下の@〜Bの取組みが求められることになる。

@国民的議論に基づき、「デジタル化」と「脱炭素化」によって、ど
のような姿の経済社会の構築を目指すのか、そのビジョンを描き、広
く国民に分かりやすく提示・説明すること。

Aそのビジョン実現のために、「デジタル化」と「脱炭素化」を、ど
のように進めるのか、その道筋(シナリオ)について、産学官民が共
通認識(共通の価値観を含む。)を持てるようにすること。

Bそのシナリオの着実な推進に資する、産学官民連携による様々な施
策(プログラム)の企画・実施化を、国レベルのみならず地域レベル
でも活性化できる「政策的仕掛け」を構築すること。

○国主導の@〜Bの取組みによって、ビジョンの実現、すなわち、目
指すべき産業構造・活動やライフスタイル等への、合目的的な大転換
を加速する環境整備がなされれば、その下で、個々の企業等の市場原
理に基づく自律的活動が、日本産業の国際競争力の強化や国民生活の
質的向上に資する、新事業・新産業を持続的に、かつ多種多様に創出
することに、着実に結びつくようになるのである。

○したがって、国による@〜Bの取組みが、今後の最重要課題となる
わけであるが、以下では、国に一方的に依存するだけでなく、国に対
して、地域産業政策の立場から、地域産業の「デジタル化」と「脱炭
素化」に係るビジョン・シナリオ・プログラムの在り方について提案
し、その具現化への、国による最大限の支援を確保するというスタン
スから考察を展開することにしたい。

【長野県の新たな地域産業政策の在り方〜「デジタル化」(技術の修得から活用までの全工程を俯瞰した総合的支援体制の必要性)〜】
○ポスト・コロナにおいても、パンデミックの厳しい経験から、パン
デミックに対するレジリエンスの確保のための主要手段として、オン
ラインによる産業活動の維持・拡大等(産業活動のデジタル化の推進、
リアルとデジタルの最適融合等)の重要性は、企業経営等にとって普
遍的なものとなるだろう。

〇長野県は、パンデミックへの対応を前提とするものではないが、2019
年3月に、「人口減少下における徹底した省力化の推進と新たな付加
価値の創出」を目指して、「AI・IoT、ロボット等利活用戦略」(以
下、「県IoT等利活用戦略」という。)を策定している。

※参考文献:ニュースレターNo.139(2019.4.5送信「長野県の『AI・IoT、ロボット等利活用戦略』の課題
〜新たな付加価値の創出へのシナリオを提示できなかったこと〜」)

〇「県IoT等利活用戦略」は、長野県経済の持続的発展のために、産
業の「省力化の推進」と「新たな付加価値の創出」に効果的に取り組
めるようにすることを同戦略の策定目的として明確に掲げているが、
その体系・構成については、以下のような2つの問題点を指摘できる。

@問題点1(入口から出口までの総合的支援体制が提示できていないこと)
 中小企業等が、AI・IoTとは何かを知る段階から、実際にAI・IoT
を利活用し省力化や新たな付加価値の創出を具現化する段階に至るま
での、各工程を効果的に支援する仕組みが提示できていない。
 AI・IoTに関する基礎的技術・知識の修得への支援という、入口段
階への支援のみが中心となっているのである。

A問題点2(新規付加価値創出活動への支援体制が提示できていないこと)
 中小企業等による新たな付加価値の創出に不可欠な、地域の社会
や産業が抱える課題を解決できる、新たなモノ・サービスの開発・
供給活動(社会や産業にインパクトのある新たなモノ・サービスの
開発・供給活動)の活性化へのシナリオが提示できていないのである。

〇このように、「県IoT等利活用戦略」は、AI・IoTに関する基礎的
あるいは基盤的な技術・知識の修得への支援という入口段階への支
援のみが中心となっている。
 すなわち、AI・IoTという「ツール」を使えるようになることに
重きを置き過ぎて、その「ツール」によって何をなすべきかを見出
す手法の修得支援の重要性を忘れてしまっているのである。

〇長野県の地域産業が、AI・IoT等のデジタル技術の利活用によって、
他県等の産業に比して優位性のある「省力化」と「新たな付加価値
の創出」(当然、パンデミックへのレジリエンスの確保を含むこと
になる。)を具現化できるようにするためには、自社のみならず自
社の周りの地域社会や地域産業における「課題解決ニーズの把握」、
「課題解決アイディアの検討」、「課題解決方策の構築・ビジネス
モデル化の検討」のような初期工程のみならず、必要な研究開発、
研究開発成果の早期事業化・社会実装というような、最終工程に至
るまでの各工程の円滑なステップアップの促進に資する、工程毎の
支援メニューをワンストップ・ハンズオン型で提供できる支援拠点
(窓口)の整備が不可欠となるのである。

○したがって、新たなものづくり産業振興戦略の策定作業において
は、以上の問題点への対応の在り方、すなわち、地域産業に係る
「デジタル化」の具現化促進の在り方について、論理的かつ総合的
に議論していただくことをお願いしたいのである。

【長野県の新たな地域産業政策の在り方〜「脱炭素化」@(ビジョン提示の重要性)〜】
○長野県が内外に向けてその実施を宣言している、地球温暖化とい
う途轍もなく巨大で複雑な問題の解決に「先導的に取り組むこと」
を可能とするためには、化石燃料由来のエネルギー使用量の削減
(再生可能エネルギーの活用拡大)によって二酸化炭素排出量を削
減することのみを目指す温暖化抑制戦略の検討だけではなく、長野
県に係る他の社会・産業・経済分野の振興戦略とどのように整合さ
せていくべきか、更には、長野県の将来の社会・産業・経済をどの
ような方向(姿)へ発展させるべきかを合わせて検討しなければな
らない。すなわち、「ビジョン志向」の温暖化抑制戦略が必要にな
るのである。

○なぜならば、その長野県の発展方向(実現を目指す姿)が、県民
生活を真に豊かなものとし、県内産業を優位性のある高付加価値型
のものとし、県の温暖化抑制対策の方向とも一致するものとなれば、
県内の産学官民は、県が主導する温暖化抑制対策への取組みを強く
動機づけられ、従来に比して、必要なコスト負担に賛同するなど、
格段に真剣に取り組むようになることが期待できるからである。

○したがって、関係の産学官民の皆様には、長野県に課される量の
  ゼロカーボンの達成にのみとらわれるのではなく、ゼロカーボン実
現への取組みによってもたらされうる、真に豊かな県民生活や優位
性のある高付加価値型の地域産業の姿(ビジョン)を明確に提示す
ることが、長野県の温暖化抑制への先導的プロジェクトの企画・実
施化・社会実装のための前提として不可欠であることをご理解いた
だき、今後の取組みに活かしていただきたいのである。

※参考文献:ニュースレターNo.162(2020.5.17送信「長野県のゼロ
カーボンがもたらす「真に豊かな県民生活」と「優位性のある高付
加価値型の地域産業」の姿の提示の必要性〜ゼロカーボンへの取組
みを県民等に広く強く動機づけるために〜」)

【長野県の新たな地域産業政策の在り方〜「脱炭素化」A(地域のものづくり産業振興との整合の重要性)〜】
○カーボンニュートラル型エネルギーシステム(新エネルギーシス
テム)への転換の経済波及効果を、長野県の地域産業(主にものづ
くり産業)が取り込めるようにするためには、地域産業が、「電力
部門の再生可能エネルギー化と電力消費サイドの省エネルギー化」、
「非電力部門の非化石エネルギー化」、「化石燃料利用とセットで
のCO2吸収」などの実現に必要な新技術の開発・事業化に取り組む、
国内外の企業等が抱える技術的課題(技術ニーズ)を把握し、その
解決方法(技術シーズの提供等)を提案し、当該企業等と連携して
事業化していく活動を、効果的に実施できるようにすることを中核
的な戦略とすることが必要となろう。

○したがって、今後策定される長野県の新たなものづくり産業振興
戦略においては、以下のような「政策的仕掛け」を組み込むことが
期待されることになる。

@新エネルギーシステムの構築に取り組む国内外の企業等が抱える
技術的課題(技術ニーズ)を把握し、その解決方法(技術的アイデ
ィアや技術シーズの提供等)を提案できる機会や場を整備・運営す
ること。

Aその提案の実用化に向けて、産学官連携によって、必要な新技術
等の共同研究開発プロジェクト等を企画・実施化できるように、ハ
ンズオン型で支援できる体制を整備・運営すること。

Bそのプロジェクト等の研究開発成果について、事業化や新規市場
開拓等ができるように、新エネルギーシステム構築に必要な技術等
を求める、国内外の企業等に対して、様々な手法によって営業活動
を展開できる仕組みを整備・運営すること。

○すなわち、新エネルギーシステムの構築活動に、県内企業に蓄積
されて来ている優位性ある超精密加工・組立技術等を活用してもら
えるように、新エネルギーシステム構築活動への県内企業の参画の
「入口」から「出口」までを、総合的に支援できる拠点(機関)の
整備・運営が必要になるということである。

○このことは、長野県産業の活動を、世界的に取り組まれている2050
年カーボンニュートラル実現への活動に、大きく貢献できるように
する仕組みを県内に構築することを意味するものである。また、こ
のことは、長野県の地域産業政策を地球環境保全政策と整合するも
のへ転換することを意味するものとも言えるのである。

○関係の産学官の皆様には、如何にしたら、長野県の地域産業振興
戦略を、2050年カーボンニュートラル実現に大きく貢献できるもの
へ、抜本的に改革することができるのかについての議論を、活発に
展開していただくことをお願いしたいのである。

※参考文献:ニュースレターNo.184(2021.12.11送信「2050年カーボンニュートラル実現へのシナリオに関する疑問点の解消
〜カーボンニュートラル型エネルギーシステムへの転換の経済波及効果を長野県の地域産業が取り込めるようにするために〜」)

【むすびに】
○ポスト・コロナの、長野県の新たなものづくり産業振興戦略の策
定においては、パンデミックへのレジリエンス確保対策としても非
常に重要な「デジタル化」と、気候変動への危機感から膨大な人的・
資金的投資が行われている「脱炭素化」の動きを、如何にして長野
県のものづくり産業の優位性(市場競争力)確保に結びつけるのか
が、最大の論点の一つとなるだろう。

○すなわち、長野県の新たなものづくり産業振興戦略の新機軸につ
いては、長野県ならではの、地域産業の「デジタル化」と「脱炭素
化」に係るビジョン・シナリオ・プログラムを、同戦略に論理的か
つ総合的に組み込むことで提示できると言えるだろう。

○今回のニュースレターが、本年4月1日設立予定の(公財)長野県
産業振興機構の新規重点事業の企画(例えば、地域産業振興と地球
環境保全との整合に資する事業等)を含む、今後の新たなものづく
り産業振興戦略の策定に関与することになる産学官の方々による、
同戦略の在り方に関する議論や県への提言等に少しでもお役に立て
れば幸いである。