○送信したニュースレター2023年(No.198〜209)

ニュースレターNo.209(2023年12月18日送信)

長野県における光触媒型グリーン水素関連産業クラスター形成戦略の在り方〜秋田県における洋上風力発電関連産業クラスター形成戦略を参考として〜

【はじめに】
〇信州大学が、飯田市の産業振興拠点(エス・バード)一帯を候補地として、太陽光
による光触媒型のグリーン水素製造プラント(実証タウン)を設置する計画を進めている
ことが報道されていた。

〇この光触媒型グリーン水素製造の実証タウン設置の産業政策的な意義を明確化し、
県内への経済的・技術的波及効果を高めるための、一つの有力な政策的手法として、
他地域の再生可能エネルギー関連産業クラスター形成への取組みを参考にして、長野県
ならではの光触媒型グリーン水素関連産業クラスターの形成に取り組むことを挙げること
ができるだろう。

〇そこで今回は、論理的検討に基づく、秋田県における洋上風力発電関連産業クラスター
形成戦略を参考として、産業クラスターの強さの核をなす技術的優位性の確保を担う
信州大学と、その技術の地域産業化を担う企業や関連機関等からなる、光触媒型
グリーン水素関連産業クラスターの形成戦略の在り方についての、県・市等の行政サイド
の主導による産学官の議論の深化に、少しでも資することを目的としてテーマを選定した
次第である。
※グリーン水素:再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力等)の活用によって水を
電気分解して得られる水素のこと。製造時にCO2を排出しない水素ということになる。
※参考文献:「秋田県沖洋上風力開発を起点とする産業クラスターの形成に向けて」
ほくとう総研NETT No.122 2023 Autumn

【秋田県における洋上風力発電関連産業クラスター形成戦略の要点】
〇産業クラスターとは、一般的に「ある特定の分野における、相互に結び付いた企業群
と関連する諸機関からなる地理的に近接したグループ」のことであり、関連産業・関連
機関等が緊密に連携して、地域内にサプライチェーンを構築することが、産業クラスター
形成戦略の本質であると言われている。

〇国内で有数の風力発電適地である秋田県において、洋上風力発電関連産業クラスター
の形成に取り組むことの産業政策的意義については、以下のような整理がされている。
@洋上風力発電設備については、構成機器・部品点数が多い(1〜2万点)
ことから、ものづくり関係分野のサプライチェーンの裾野が広く、多くの地域企業の参入
を期待できる。

Aものづくり関係分野以外も含む風力発電事業全体、すなわち、調査・開発、機器製造、
組立・設置、運用・保守から撤去等に至るまでの、幅広い事業分野に関連する地域産業
への大きな経済的・技術的波及効果が期待できる。

Bしかし、現状では、風力発電設備における基幹機器・部品については、欧米企業が
世界的シェアを占め、日本国内では製造されていないことから、当面は、風力発電拠点
の構築に係る、調査、設備の設置・運用・保守、保守関連部品の製造・供給などの限
られた分野を中心に、地域企業の参入を図ることによって、風力発電事業の地域経済へ
の波及効果を最大化する戦略を優先することになる。

C将来的には、秋田県内の地域企業にとっては、欧米の風力発電設備製造企業等の
グローバルなサプライチェーンへの参入という、大きなビジネスチャンスが広がっており、その
ビジネスチャンスの具現化によって、風力発電事業による地域経済への波及効果は、
更に拡大することが期待できる。

〇第2期秋田県新エネルギー産業戦略(改訂版2022.3)では、洋上風力発電に係る
経済波及効果は、総計(2020年累計)で、総合効果が3,551億円(直接効果
2,497億円、間接効果1,054億円)と試算されている。
 これは、洋上風力発電に係る「建設工事」、「運用・保守」及び「撤去」の各段階に
分けて試算されており、直接効果については、ヒアリング調査結果等から、県内調達率
を、「建設工事」段階で12%、「運用・保守」段階で17%、「撤去」段階で17%と推計
している。

〇更なる関係者へのヒアリング、他地域の事例調査等から、秋田県においては、県内
調達率を、「建設工事」段階で30%、「運用・保守」段階で30%、「撤去」段階で50%
まで増加できるポテンシャルを有するという評価がなされ、この調達率を実現するためには、
個々の地域企業の努力だけでは限界があるため、地域の産学官が一体となったサプライ
チェーンの構築、すなわち、産業クラスターの形成に取り組むべきとの方向性が導き出され
ている。

〇そして、産業クラスターの形成によって、それぞれの調達率を高めるために、以下のような
事業に取り組むことが提示されている。
@風力発電事業者サイドと地域企業を繋ぐ仕組みづくり
風力発電設備メーカー等が求める部品・製品と地域企業の技術力のマッチング方法の
開発・実施化など。

A地域における共通インフラの整備
不足する運転・保守業務に従事する技術者の育成や、部品等の製造技術習得支援
のための施設・制度の整備など。

B地域企業の先行投資負担を支える金融支援制度の創設
地域中小企業の様々なニーズに適合したが融資メニューの整備など。

【長野県における光触媒型グリーン水素関連産業クラスター形成戦略の在り方】
〇飯田地域に設置が計画されている、太陽光による光触媒型のグリーン水素製造プラント
(実証タウン)を起点とする、グリーン水素関連産業クラスター形成に取り組むことの産業
政策的意義を評価するためには、秋田県における洋上風力発電関連産業クラスター形成
の産業政策的意義の評価手法を参考にして、以下のような事項について調査・分析する
ことが必要となろう。
@太陽光による光触媒型グリーン水素製造プラントについては、それを構成する機器・部品
の点数等から、地域のものづくり関係中小企業等の参入を期待できるほどに、十分な
規模のサプライチェーンの広がりを有しているか。

A地域のものづくり関係中小企業等は、そのサプライチェーンへの参入に必要な技術力を
顕在的あるいは潜在的に有し、かつ、参入意欲を有しているか。

Bものづくり関係分野以外も含む事業全体、すなわち、プラント設置に係る調査・開発、
機器製造、組立・設置、運用・保守から撤去等に至るまでの、幅広い技術・サービス分野
において、地域の中小企業等の全体で、どの程度の調達率を確保でき、金額的にどの
程度の経済波及効果が期待できるか。

C今回設置が計画されている光触媒型のグリーン水素製造プラントを起点として、将来的
に地域全体で、どの程度の規模のプラント増設(グリーン水素製造能力の拡大)が
期待できるか。

D製造されるグリーン水素を活用する、どのような関連産業の集積(地域内でのグリーン
水素循環の構築)を目指すのか。それによる地域への経済波及効果はどのくらいの規模
になるのか。それは、地域中小企業等に関連産業クラスター形成への参加を動機づける
のに十分な規模になるか。

E既に内外で広く取り組まれている、洋上風力発電や太陽光発電等の活用によるグリーン
水素製造プロジェクトに対する、飯田地域における光触媒型グリーン水素製造プロジェクト
の優位性はどのような点にあるのか。

Fその優位性によって、どのような技術的・経済的に競争力を有する関連産業クラスターを、
飯田地域を拠点として形成できるのか。 など

〇前述のような視点からの、光触媒型グリーン水素関連産業クラスター形成の産業
政策的意義についての評価作業等を通して、産業クラスター形成への地域の産学官
による一定の合意(ベクトル合わせ)がなされた場合には、その評価作業等の成果を
論理的に整理・体系化し、産業クラスター形成戦略として策定することになる。この戦略
が、産業クラスター形成に参加する産学官の方々の活動の「バイブル」となるのである。

〇その産業クラスター形成戦略の基本的な骨格については、まず、どのような優位性
のある産業クラスターの実現を目指すのか(ビジョン)を明示し、そのビジョン実現への
道筋(シナリオ)と、そのシナリオの着実な推進に必要な具体的施策(プログラム)
で構成されることになろう。

〇いずれにしても、飯田地域におけるグリーン水素の年間製造能力など、定量的な
目標等をある程度提示できないと、地域で水素を活用する産業の業種・業態等の
検討もできず、形成を目指すべき産業クラスターの姿(ビジョン)を具体的に描くこと
が困難となるのである。

【むすびに】
〇JETROの調査報告書(「ドイツにおける水素戦略と企業ビジネス動向」2021年
4月)で、ドイツの地方自治体等による、グリーン水素の製造、流通、活用等から
なる、地域水素循環の構築を中核に据えた実証実験の動向が紹介されている。

〇これらの実証実験は、グリーン水素の年間製造量を明確化し、単にグリーン水素
の製造工程の生産性向上等を目指すのではなく、製造されたグリーン水素の地域内
での具体的な活用方法まで特定し、関係業種の企業等の参画の下に推進する
もので、正に地域内でのグリーン水素関連産業クラスターの形成を目指すものと言える。

〇現在、飯田地域を対象に進められている光触媒型グリーン水素製造の実証タウン
の計画については、報道の内容等から、ドイツの地方自治体等の実証実験の事例
ほどには熟度が高まっていない段階にあることが推測できる。
 したがって、まずは、長野県における光触媒型グリーン水素関連産業クラスター
形成戦略の策定の必要性・重要性やその在り方など、幅広い観点からの産学官
の議論が、県・市等の行政サイドの主導によって、活発になされるようになることを
期待したい。


ニュースレターNo.208(2023年12月1日送信)

工業振興による経済力強化のための地域産業政策の在り方〜優れた地域産業政策がGDPで日本を追い抜くドイツの原動力であること〜

【はじめに】
〇IMFが2023年10月に発表した各国のGDP予測では、かつては世界第2位の経済
大国であった日本が、ドイツにも追い抜かれ、世界第4位に転落するという。人口、
企業数、年間労働時間が日本の2/3であるドイツが、GDPで日本を追い越すには、
国民1人当たり、日本人の1.5倍以上を稼がなければならないことになる。

〇休日にも商店を開け、残業も常態化している日本人が、なぜドイツ人の2/3しか
稼げないのか。その原因を分析し、日本が再びドイツに負けない力強い経済力を
確保するためには、日本の地方政府(県・市町村等)が、ドイツの地方政府
(州・市町村等)のような、大都市圏に負けない経済パフォーマンスを確保できる
ようにする、地域産業政策を策定・実施化することが必要であることを提言する、
非常に興味深い以下の論文に出会った。
※参考文献:「なぜドイツ人にできることが日本人にできないのか」
 RIETIリサーチアソシエイト 岩本晃一 2023.11.27

〇この論文を参考にして、ドイツの地域産業政策との比較の下に、長野県の地域
産業政策の在り方等について、以下で改めて検討してみたい。

【ドイツの高い経済パフォーマンスの原動力は製造業の輸出力】
〇ドイツは、日本と同様、製造業によって支えられている国である。ドイツの高い経済
パフォーマンスの原動力は、製造業の輸出である。ドイツは、EU外へも多く輸出してお
り、その輸出額は、日本の輸出額より多い。ドイツは、積極的に外国に出かけ新規
市場開拓を行っているのである。
 かつては貿易立国を標榜し、多額の貿易黒字を確保していた日本であるが、現状
では輸出力の低下に悩まされている。

〇1989年の東西ドイツ統一時、西ドイツに比べて労働生産性が1/3の東ドイツ
の国民約2千万人を抱え込み、ドイツ経済は「欧州の病人(Sickman of Europe)」
とまで呼ばれたが、ドイツ製造業の輸出力の強化によって、十数年で「独り勝ち」と
言われるほどの強力な経済力を有するに至った。

【日本経済の衰退は「made in Japan」へのこだわりを捨てたこと】
〇日本は、1990年からのバブル経済崩壊の後、生産性が高く国際競争力に優れ
る業種・企業から海外進出し、海外生産比率を高め、日本企業のグローバル化が
急速に進展した。そして日本国内では、海外投資が活発化した1990年代前半頃
を起点に、労働生産性の伸びが鈍化してきているのである。

〇ドイツ経済が、「欧州の病人」と言われるほどに弱体化した際にも、多くのドイツ
企業は、陸路わずか1〜2時間の距離にある、生産コストがはるかに低い旧東欧圏
に進出することより、「made in Germany」ブランドにこだわり、ドイツから世界に輸出
する経営戦略を選択した。このことが、日本とドイツの経済成長の分水嶺になったと
指摘されている。

〇言い方を換えれば、多くの日本企業が「価格競争を行い薄利多売で勝負する
経営戦略」を選択し、多くのドイツ企業が「他社製品との差別化で高価格・高付加
価値の製品分野で勝負する経営戦略」を選択したとも言えるのである。

【日本経済の衰退は、地方の経済力の弱体化を放置してきたこと〜経済力の差は、地方政府の地域産業政策の策定・実施化力の差〜】
〇日本の大都市圏(東京、名古屋、大阪、福岡など)は高い経済成長を示し
ている。しかし、それを除く地方圏が、日本経済の成長の足を引っ張っていると言える。
 一方、ドイツにおいては、大都市圏を除く地方圏にも、強い経済力を有する地域
が広がっている。全体的に経済状況が厳しい旧東独圏の中にも、強い経済力を有
する地域が点在している。

〇ドイツ各州の製造業輸出比率(製造業輸出額/製造業付加価値額)は、
日本のいずれの都道府県の輸出比率より高い。日本の都道府県の中で輸出比率
が最大なのは広島県であるが、その輸出比率は、ドイツ各州の中で輸出比率が
最小の旧東独のチューリンゲン州よりも低いのである。

〇一国の経済力は、全国各地域の経済力の合計であることから、日本とドイツの
経済力の差は、大都市圏を除く地方圏の経済力の差と言えるのである。

〇ドイツの経済力の強い地方都市の事例として、バイエルン州レーゲンスブルグ市が
挙げられている。この市は、人口はわずか15万人(上田市と同じで長野市の40%)
であるが、国際的競争力のある工業都市・輸出基地であり、製造品の約60%を
輸出し、1人当たりGDPは、ドイツ国内6位(バイエルン州内1位)となっている。
 同市は、賃金が40〜50%低いチェコまで陸路約1時間であり、東欧への企業
移転圧力が強い。しかし、同市は、安い東欧製品との差別化のため、大学をイノ
ベーション創出拠点として、同市でしか製造できない高付加価値製品を開発・輸出
することを産業振興戦略の中核に据えて、東欧への企業移転圧力を抑え、優位性
のある工業都市・輸出基地の実現に成功したのである。

〇2011年、ドイツは、製造工程の生産性向上を目指して「インダストリー4.0構想」
を発表し、@フラウンホーファー研究所、工科大学等による新製品開発支援、
Aデジタル化による製造工程の生産性向上、B商工会議所、経済振興公社等
による海外販路開拓支援、という、工業振興に係る前工程、中工程、後工程の
全行程に対する地方政府の支援体制が拡充強化された。新製品が継続的に市場
に輩出され、地域企業の売上・収益が伸びて、地方の経済的・社会的成長を促す、
いわば「地域イノベーション・サイクル・システム」が形成されたのである。
※参考:「インダストリー4.0構想」の概要は、@生産現場へのデジタル技術導入
による生産性向上、A製品にデジタル技術を実装し、新たな付加価値を付けた
競争力のある製品の製造・販売、Bデジタル技術を用いた、製品販売後のメンテ
ナンス市場を、販売市場に次ぐ巨大市場として創出、であると整理できる。

〇ドイツの地方政府は、ドイツ国内での生産コストは、東欧等での生産コストに比し
て高くつくが、それを上回る利益を稼ぐことに資するビジネス環境を整備・提供すれば、
地域企業は移転せず残ってくれるという信念に基づき、各種施策を展開し成果を
上げてきているのである。

〇歴史的に工業の集積度の高い長野県が、レーゲンスブルグ市のように、競争力
のある工業県として経済力を高めていくためには、どのような地域産業政策を策定・
実施化していくべきなのか、について以下で検討してみたい。

【工業振興による経済力強化のための地域産業政策の在り方】
〇長野県も、ドイツの地方政府と同様、長年にわたり、大学等を拠点とし、先端的
技術分野に焦点を当てて、既存産業の高度化、新産業の集積等を目指す、いわゆる
地域産業クラスター形成戦略を中核に据えた、地域産業政策の策定・実施化に取
り組んで来ている。

〇その地域産業政策の策定・実施化の、長野県の産業・経済振興への貢献度に
ついては、当初描いたビジョン(目指す姿)としての、新産業集積の形成等のシン
ボリックで目に見えるような成果を得ることができたとは言い難いとしても、その地域
産業政策に係る具体的な各種施策に関わった中小企業等が、有形・無形の恩恵
を少なからず受けていることは間違いのないことであろう。
 製造品出荷額も、2008年のリーマンショックによる下落から、少しずつではあるが
持ち直しの傾向を示している。

〇しかし、長野県の地域産業政策においては、県内中小企業等が長野県内に留
まり、あるいは県外中小企業等が県内に引き寄せられ、県内に主要な製造拠点
を有して、国内外に売り込んでいくという、「made in Nagano型」のビジネス戦略
を選択することを動機づけるために、長野県が整備すべき、長野県ならではの、他県
等に比して優位性を有するビジネス環境(立地環境)の姿の提示についてはほと
んどなされていないように見える。
 本年3月に策定された「長野県産業振興プラン」のパブリックコメントにおいても、
優位性のあるビジネス環境(立地環境)の整備の必要性・重要性について提示
すべき旨を指摘したが、残念ながら、同プランの中に位置づける必要性・重要性に
ついてご理解いただけなかったのである。

〇リニア中央新幹線の長野県駅(飯田)も間もなくできる。ドイツの事例等を
参考にして、長野県が目指すべきビジネス環境(立地環境)の整備の在り方に
ついての、関係の産学官の方々による議論を深め、その具現化への戦略を組み込
んだ地域産業政策を策定・実施化することが、今後の人口減少の中でも、県民
生活の質的・物的豊かさを確保できるようにするための「最善の策」となることを改
めて提言したい。

【むすびに】
〇多額の資金(国費、県費等)を注ぎ込んできた長野県の地域産業政策の、
当初描いたビジョン(目指す姿)である、先端技術による新規産業の創出や
関連産業の集積形成等を具現化できなかったことの原因について、政策の策定・
実施化の在り方の視点から深く議論し、その結果を次の政策の策定・実施化に
反映するという取組みを忘れてはならないだろう。

〇このことが、ドイツに形成されている「地域イノベーション・サイクル・システム」を、県内
において具現化するための前提条件となるはずである。関係の産学官の方々の英知
を結集して、長野県の経済力を高めることに真に資する(「目指す姿」を具現化できる)
地域産業政策を策定・実施化していただくことを期待したい。
 たとえ困難が伴おうとも、ドイツの地方政府ができることを、長野県ができないはず
はないのである。


ニュースレターNo.207(2023年1月11日送信)

「長野県食品製造業振興ビジョン2.0」が内包する課題の解決に向けて
〜策定趣旨「食品製造業者の取組指針」に整合した内容とするために必要なこと〜

【はじめに】
〇長野県は、2023年3月に「長野県食品製造業振興ビジョン2.0(計画期間
5年)」(以下、「食品ビジョン2.0」という。)を策定した。
 策定趣旨については、世界市場の潮流をにらんだグローカルな視点で、社会的
ニーズにしなやかに対応する長寿県「NAGANOの食」の創出・提供を推進するため、
食品製造業者の取組指針として策定するものと記載されている。

〇しかし、「食品ビジョン2.0」が、策定趣旨の通りに、社会的ニーズに対応した新
たな食品の創出・提供に取り組む県内食品製造業者の指針としての機能を十分
に発揮できるようにするためには、「食品ビジョン2.0」が内包している、以下のような
課題を解決することが必要となる。

 課題@:食品に対する社会的ニーズを含む、食品製造業を取り巻く国内外の
環境の動向についての具体的説明が不足している。

 課題A:その食品製造業を取り巻く環境の動向に対応するためのツールとして
の、フードテックについての具体的説明が不足している。

 課題B:食品製造業者による、長野県ならではのフードテックの開発・事業化へ
の道筋(シナリオ)と、そのシナリオの着実な推進に必要な各種施策(プログラム)
の提示が不足している。

※フードテック:「Food(食品)」と「Technology(技術)」を組み合わせた
造語で、食品に関連する最先端技術を活用して、食品に関する様々な課題の
解決や食品の新たな可能性の拡大を図ることに資するツールとなるもの。

〇「食品ビジョン2.0」が、食品製造業者の取組指針として、実際に現場で活用
できるものへレベルアップできるようにするための議論の端緒となることを目的として、
まず以下で、食品製造業を取り巻く国内外の環境の動向(フードテックの技術
動向を含む。)について整理してみたい。
※参考文献:東北活性研Vol.53(2023秋季号)「東北圏における食ビジネスの新展開」
調査研究部 専任部長 信太克哉

【食品製造業を取り巻く国内外の環境の動向(フードテックの技術動向を含む。)】
[1 世界的な人口増加による食料不足と温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas)の排出削減への対応の必要性]
〇食料不足への対応の必要性:アフリカ大陸を中心に人口増加が見込まれ、
農林水産省の予測によれば、世界の食料需要は、2050年には2010年比で
1.7倍になると想定されている。こうした人口増加に伴い、特に、動物性のタンパク
質の供給が不足する「プロテイン・クライシス」が懸念されている。そのため、新たな
たんぱく資源の確保が急務となっている。

〇GHG排出削減への対応の必要性:地球環境保全のためのGHG排出削減へ
の関心が高まる中、食品関連産業にとっても、GHG排出削減は喫緊の課題と
なっている。食品原料を提供する農業分野からのGHG排出についても、燃料燃焼
による二酸化炭素排出に加え、水田、家畜の消化管内発酵や排せつ物処理
からのメタン排出が増加している。牛1頭から1日当たり200〜600?のメタンが
ゲップとして排出され、全世界で排出される全GHGの約4%(CO2換算)を占め
ると言われている。

[2 ベジタリアン・ヴィーガンの増加への対応の必要性]
〇宗教、動物愛護、環境保護、健康志向等の様々な背景・目的から、ベジ
タリアンやヴィーガンが増加し、肉や魚、乳製品・卵の摂取に抵抗感を有する
消費者に受け入れられる新食品の市場拡大が期待されている。
※ベジタリアン(菜食主義者):肉や魚介類等の動物性食品を食べず、植物
性食品を食べる人のこと。乳製品や卵製品を食べるか否かは、本人の判断に任
されている。
※ヴィーガン(完全菜食主義者):肉や魚介類、乳製品や卵製品、蜂蜜を
含めた動物性食品を一切口にしない人のこと。

[3 拡大するハラール・コーシャ市場への対応の必要性]
〇ハラール市場への対応の必要性:イスラム教徒(ムスリム)が食する物につい
ては、イスラム教で「許されたもの」を意味する「ハラール」と「許されないもの」を意味
する「ハラーム」に厳格に区分されている。豚(豚が含まれた餌を食べた家畜や、
輸送・保管中に豚に触れた食品を含む。)、アルコール、イスラム法に依らない方法
で屠畜された動物の肉等は「ハラーム」とされ、口にすることは固く禁じられている。
イスラム教で許された「ハラール」の食品市場については、JETROでは、2020年の
1.96兆ドルから2028年には3.27兆ドルまで拡大すると予測している。

〇コーシャ市場への対応の必要性:ユダヤ教でも、ヘブライ語で「適正」を意味す
る「コーシャ」という言葉で、食して良いものといけないものを定めている。
 蹄が分かれた反芻動物(牛、羊等)の肉類、ヒレやウロコの無い魚や貝、
カニ、エビ等を口にすることが禁じられている。

〇このような宗教上の厳しい制約に、精神的に過度に束縛されることなく、人々が
宗教的に安心で健康的な食生活を楽しめることに資する新食品の開発・提供の
実現も、フードテックに期待されている分野と言えるだろう。

[4 急速に発展するフードテック市場への対応の必要性]
〇ここまで述べてきた、食品に関する様々な課題をフードテックが解決することが期待
されている。日本では、2020年10月に、食品企業、ベンチャー企業、研究機関、
関係省庁等をメンバーとする「フードテック官民協議会」が設立され、ロードマップに
基づき、協調領域の課題解決と新市場の開拓に向けた活動が展開されている。

〇具体的に形成されつつあるフードテック市場の動向について、@培養肉、
A植物性代替肉、B昆虫食を代表事例として以下に提示したい。

@培養肉:牛等の動物由来のGHG排出量削減、動物愛護、世界的人口増に
伴う食料不足の解決等の方策としての期待から、牛、豚、魚等から採取した
筋肉細胞を培養して作る「培養肉」への注目度が高まっている。米国では、
2040年には、世界の食肉市場1.8兆ドルの35%が培養肉で代替される可能性
があるというレポートも出ている。日本では、まだ、産学官連携による研究開発の段階
であるが、「国内外の食市場をリードする食品製造業の実現」を目指す長野県として
も、参入戦略について検討すべき分野と言えるのではないだろうか。

A植物性代替肉:植物性代替肉についても、培養肉と同様の背景の下に、市場
の拡大が期待されている。現在、米国を中心とする市場で大きなシェアを占めるのが、
ビヨンドミート(エンドウ豆から抽出されたタンパク質)とインポッシブルフーズ(大豆
から抽出されたタンパク質)である。日本でも、大豆を原料とする代替肉製品が開発・
販売され始めている。しかし、肉としての満足感を得られにくいなど、品質的な課題が
残されている。県内食品製造業が、フードテックによって、肉に劣らない満足感(繰り
返し食べたくなる味・食感、栄養的価値等)の得られる製品の開発・供給を実現し、
代替肉市場における優位性を確保することが期待される。

B昆虫食:日本では昔から、蜂の子やイナゴの佃煮が食されてきたが、近年、昆虫
食は、代替タンパク源として大きく注目されている。昆虫は、他の家畜と比べて、タン
パク質を生産するのに必要な餌や水の量が圧倒的に少なく、単位体重当たりのGHG
排出量も少ないため、環境負荷の少ないたんぱく源と言われる。日本のベンチャー企業
が食用コオロギのパウダーの使用製品の市場開拓に取り組んでいる。昆虫食に馴染み
の深い長野県での、フードテックによる、昆虫を活用した新食品の開発・供給活動の
活性化が期待される。

【長野県ならではのフードテックの開発・事業化へのビジョン・シナリオ・プログラムの在り方〜「食品ビジョン2.0」が内包する根本的課題への対応の必要性〜】
〇「食品ビジョン2.0」は、「グローカルな視点で社会的ニーズに対応した長寿県『NAGANO
の食』の創出・提供により国内外の食市場をリードする食品製造業の実現」を目指す
ことを、その「表紙」においてアピールしている。しかし、国内外の食市場をリードするため
に創出・提供すべき長寿県「NAGANOの食」とは、どのような食なのか、その食の中に
長野県ならではのどのような優位性を組み込むのかなど、その実現すべき具体的姿
(ビジョン)を提示できていないのである。

〇その結果、その創出・提供すべき長寿県「NAGANOの食」を実現するために解決すべ
き技術的課題と、その課題の優位性のある解決方策も整理・提示できていないので
ある。すなわち、どのようなフードテックを開発し、それをどのように活用して食品として
具現化すべきかなど、新たな長寿県「NAGANOの食」の実現への戦略的な道筋(シナリオ)
の提示もできない状態になってしまっているのである。

〇したがって、その道筋を着実に辿るために必要な具体的な各種施策(プログラム)
の整理・提示もできないことから、新食品の開発・生産・供給等に有効と考えられる、
ありとあらゆる施策を列挙する段階に止まらざるを得ない状態に陥ってしまっているので
はないだろうか。

【むすびに】
〇今回のテーマは、「食品ビジョン2.0」が、その策定趣旨の通りに、食品製造業者
の取組指針として、実際に現場で活用できるものへ質的にレベルアップできるように
するための、関係の産学官の方々による議論の端緒となることを目的として設定した
ものである。

〇長野県内の食品製造企業、食品関連のベンチャー企業、大学等の研究機関、
産業支援機関、関係行政機関等による活発な議論を通じて、「食品ビジョン2.0」
の拡充強化を含む、長野県の新たな食品製造業振興戦略の策定・実施化に向
けた活動が、拡大・強化されていくことを期待したい。


ニュースレターNo.206(2023年10月21日送信)

長野県ならではの優位性のある伝統的工芸品産業振興戦略の在り方
〜伝統的工芸品産地のイノベーション創出活動を活性化する道筋の提示〜

【はじめに】
〇長野県内には、国(経済産業省)指定の伝統的工芸品が7品目、県指定の
伝統的工芸品が21品目ある。そして、その伝統的工芸品産業の振興に向けて関係
者が一体となって、実効性のある施策を強力に推進できるようにするために、「長野
県の美しい伝統的工芸品を未来につなぐ条例」が本年4月1日から施行されている。
また、現在、県内の伝統的工芸品の知名度向上や新商品開発等に取り組む事業
者に補助金を交付する事業の公募も実施されている。

〇この条例の施行のずっと前から、長野県内の伝統的工芸品産業の振興のための
実効性のある諸施策を組み込んだ、長野県ならではの優位性のある伝統的工芸品
産業振興戦略の在り方について調査研究して来ている中で、輪島塗の江戸期の
繁栄の背景と今日の衰退からの脱出の方向性を探る論文に出会った。

〇今回は、この論文を参考にして、長野県の新たな伝統的工芸品産業振興戦略の
在り方について検討することにしたい。
※参考文献:「伝統産業における競争力要因の変化に関する研究〜輪島塗を事例に〜」
法政大学地域研究センター「地域イノベーション」No.11(2019年3月)

【輪島塗の競争力の源泉】
〇輪島塗は、今日でもブランド力を有する日本の代表的な漆器である。かつて江戸
期の輪島は、輪島塗の産地として、多くのイノベーションを創出し、他産地に対する
強い競争力を有していた。
 しかし、明治以降、生産額の減少が続き、今日に至るまで、イノベーションの創出と
言えるものは無かったことが、文献調査等から明らかにされている。
 なお、ここでのイノベーションとは、シュンペーターがいう「新製品を開発し、消費者に
提供する。新しい生産方式の導入や、新しい販路の開拓を実施する。原材料の新
しい供給源を確保する。新組織を作り上げる」ことなどを意味している。

〇江戸期の輪島塗のイノベーションとしての、@新製品の開発、A新しい生産方式
の導入、B新しい販路の開拓、については、以下のような例示がなされている。

@新製品の開発:輪島特有の珪藻土の「地の粉」の使用と布着などで、堅牢な
漆器を生産することができた。また、蒔絵など華やかな装飾技法を導入した新製品
を開発することができた。

A新しい生産方式の導入:「大黒講」という同業者組合を結成し、標準工法の
規定や原材料管理を行うほか、工程別に専門の職人が分業で生産する体制の
「六職」を創設した。これによって、量産体制を構築できた。

B新しい販路の開拓:輪島は地理的条件が不利で、既に別の産地の漆器が出
回っている大消費地への進出が難しいことから、全国各地のエンドユーザーに直接
訪問販売を実施した。また、高価な漆器を購入しやすくするための講の形式をとった
分割払いの販売方法である「椀講」を創設した。更に、廻船による全国各地への
海上流通網を整備した。
 現在においても、エンドユーザーへの直接訪問販売は実施されており、これが輪島
塗の販売手法の大きな特徴となっている。

〇イノベーションの創出を促進するためには、イノベーション創出活動を活性化する場
(環境)と、イノベーション創出活動を主導するキーパーソンの存在が不可欠となる。
江戸期の輪島塗には、このイノベーション創出に不可欠な場(環境)とキーパーソン
が存在していたのである。

【輪島塗のイノベーション創出促進の場(環境)の構成要素】
〇江戸期の輪島塗のイノベーション創出促進の場(環境)の構成要素としては、
以下の3項目が重要なものとして提示されている。
@ソーシャルキャピタル:産地内における、人的ネットワーク、規範(互助精神)、
信頼関係などによって、漆器の製造販売に関する活動の効率化や活性化がもたら
された。

A人材育成:産地内に蓄積された技術の維持・向上のための、徒弟制度による
充実した人材育成システムが、ブランドへの信頼を裏切らない高品質の漆器を供給
し続けることに貢献した。現在の研修制度では、一人前の職人を育成することは
困難と言われている。

B産地(生産構造と空間):輪島塗に携わる様々に専門化・分業化された産地
関係者の集積が形成された。近接性のある産地の中では、産地関係者の様々な
知識の高度な相乗効果が、イノベーションの創出を促進した。

【輪島塗のイノベーション創出を主導するキーパーソンの機能】
〇輪島塗のイノベーション創出活動を主導するキーパーソンは塗師屋(ぬしや)と
言える。塗師屋の具体的役割は、以下のような整理がされている。したがって、塗師屋
は、漆器の総合プロデューサーとも言われるのである。
@漆器製造の責任者
A訪問販売(行商)や流通の実行者
B原材料管理を行う「大黒講」と、専門的分業体制の「六職」の統括者
Cエンドユーザーのニーズを反映した製品の企画立案者
Dマーケティングの責任者
E町の文化人でありリーダー

〇塗師屋のようなキーパーソン(総合プロデューサー)の存在は輪島独特のものであり、
他の伝統的工芸品の産地には、同様の機能を発揮できるキーパーソンの存在は認め
られないと言われている。

【輪島塗の衰退から復興への道筋】
〇現在の漆器関係者の数は、最盛期である江戸期の1/3〜1/10と言われるほど
に縮小している。したがって、イノベーション創出促進の場(環境)の構成要素である
ソーシャルキャピタル、人材育成システムは弱体化し、産地としての集積度も大幅に
縮小して、産地関係者が有する知識の相乗効果も期待しにくい状況となっている。

〇また、塗師屋の機能についても、江戸期には関わりのなかった卸問屋が、流通過
程に関与するようになったため、販売や企画を主導する機能が低下するなど、その
総合プロデューサー的な役割は弱体化してきている。

〇このようなことから、輪島塗の復興への道筋については、第一に、産地におけるイノ
ベーション創出促進の場(環境)の再生が必要となる。そのための具体的方策の一つ
として、輪島塗の復興という共通目標を掲げる、地縁組織、職縁組織、NPOなどの
社会組織の整備とその活動の活性化が提示されている。

〇また、日本文化に関心が強く裕福な外国人観光客を輪島に招致し、製造現場
を自分の目で見て納得した上で輪島塗を購入してもらう、新たな観光戦略の必要性
も提示されている。その観光戦略の策定・実施化ためには、他の漆器産地とは異なる
輪島塗の魅力(輪島を訪れる価値)を明確にアピールし、その魅力を輪島に来て初
めて実体験できる観光メニューを、地域の産学官の英知を結集して企画・提供できる
ようにすることが必要となる。

〇国内の消費者をターゲットとする場合には、どのようにしたら、消費者に100円ショップ
で売られている低価格の汎用漆器ではなく、国指定の伝統的工芸品としての高価な
輪島塗を選択させることができるのか、という重要課題の「解」を見出すことが必要となる。
 すなわち、輪島塗を生活の中で使うことに、大きな文化的価値を見出す消費者層
の掘り起こし等、エンドユーザーへの直接訪問販売の改善を含む、新たなマーケティング
手法の確立が必要になるのである。

【長野県の伝統的工芸品産業の復興への道筋】
〇長野県の伝統的工芸品産業の復興への道筋についても、輪島塗の場合と同様に、
産地におけるイノベーション創出促進の場(環境)の整備が必要となる。
 しかし、長野県の各産地における職人等の関係者の集積度からみて、産地ごとに
単独でイノベーション創出促進の場(環境)を整備することは不可能と言えるだろう。

〇したがって、長野県ならではの優位性のあるイノベーション創出促進の場(環境)
の整備の在り方としては、何らかの関連性(例えば、地理的、業種的、技術的な
近接性など)のある複数の産地が連携して、その異業種連携ゆえに可能となる優位
性、独創性等のある場(環境)の整備に取り組むべきことを提言したい。

〇例えば、新製品開発については、異なる伝統的工芸品の組合せや技術的融合等
によって初めて生み出される、新規性のある製品の企画に取組む場(環境)を整備
することが考えられる。
 また、人材育成についても、個々の伝統的工芸品の製造技術の承継・高度化を
目指すだけでなく、異なる伝統的工芸品の組合せや技術的融合等によって新製品を
創出できるデザイン力の育成もできる「仕掛け」を、複数の産地が連携して整備すること
も有効ではないだろうか。

〇このような複数の異なる伝統的工芸品の産地が連携して、イノベーション創出促進
の場(環境)を整備し、新製品開発や必要な人材の育成等に取り組むという、産
地復興に向けた活動の企画・実施化を主導できる、輪島塗の塗師屋のようなキーパー
ソン(当該伝統的工芸品の総合プロデューサー)を、如何にして見出し必要な場所
に配置できるのかが、非常に重要な課題となるのである。

【むすびに】
〇長野県では、現在、伝統的工芸品の知名度向上や新商品開発等に取り組む
事業者に補助金を交付する事業の公募を行っている。
 この補助金の交付対象の事業が、革新性を有する成果を創出し、伝統的工芸品
産業の振興に真に資する事業となるようするためには、まずは、産地におけるイノベーシ
ョン創出促進の場(環境)の整備など、産地を拠点とするイノベーション創出活動
が活性化する「仕掛け」を構築することに取り組むべきではないだろうか。

〇産地を拠点とするイノベーション創出活動の中から、産地の発展に真に資する様々
なチャレンジングな取組みが生まれ、それらが国や県の支援(補助金等)の対象事
業となり、効果的に実施化されることを期待したい。

〇長野県ならではの優位性・独創性のある、伝統工芸品産地のイノベーション創出
力の形成への「仕掛け」を組み込んだ、伝統的工芸品産業振興戦略の在り方に関
する、関係の産学官の方々による議論が、更に深化することを期待したい。


ニュースレターNo.205(2023年9月21日送信)

長野県ならではの優位性のある発酵食品産業振興戦略の在り方について

【はじめに】
〇長野県では、この11月に、長野県の発酵食品のすばらしさを国内外に発信するた
めに、県内の発酵食品団体(5団体)と発酵食品製造事業者(3事業者)が、
「発酵バレーNAGANO」というコンソーシアム(共同事業体)を設立し、県の協力を得
て活動していくことが報道されていた。

〇全国各地域には、清酒、味噌、醤油、漬物等の長野県と類似の発酵食品が
多種多様に存在していることから、発酵食品産業については、業種間で程度の差は
あったとしても、明らかに、全国的な規模での産地間競争の状態にあると言えるの
である。

〇このような発酵食品の産地間競争に勝つためには、勝つための戦略が必要となる。
優れた戦略を策定し着実に実施化することが、競争の勝者となることへの近道とな
るのである。
 したがって、長野県の主導によって、他県等に対する優位性を有する、長野県なら
ではの発酵食品産業振興戦略を策定し着実に実施化できるようにすることが、重要
な政策課題となるのである。
 そして、その戦略の策定過程においては、他県等に対する、戦略自体の形式的
あるいは本質的な優位性を確保する手法を見出し、それによって、戦略を論理的に
組み立てていくことが非常に重要な作業となるのである。

〇そこで、今回のニュースレターのテーマについては、この重要な政策課題について、
関係の産学官の方々に関心を深めていただき、県内の発酵食品産業の振興戦略
の優位性の確保など、その質的高度化に資する、ご助言をいただくことなど、できる
限りの貢献をしていただくことを期待して選定した次第である。

【地域の発酵食品産業の振興へのアプローチ手法の在り方】
〇地域の発酵食品産業の振興へのアプローチ手法については、従来からの各地域の
様々な取組みを参考にし、更に、同産業の将来の在り方も展望して、以下のように
大きく2つに分類・整理することができるだろう。

[アプローチ手法@=伝統的発酵食品の活用型のアプローチ]
 その地域で長年にわたって生産されてきた伝統食品としての発酵食品の優位性に
ついて、自然科学的、社会科学的、あるいは人文科学的にその根拠を明らかにし、
新たな付加価値を確保するとともに、更なる品質の向上やアレンジ食品の開発等に
より、市場拡大に取り組む。

[アプローチ手法A=新規発酵食品の開発型のアプローチ]
 その地域の特徴的な気候風土や農林水産物等を活用し、その地域の伝統的な
発酵技術のみならず、新たな発酵関連技術も導入し、消費者ニーズに応える、新規性
を有する高付加価値の発酵食品を開発し、新たな市場の開拓に取り組む。

〇いずれのアプローチ手法を選択するにしても、発酵食品の事業化(収益性の高い
事業としての確立等)の確度を高めるためには、以下のようなビジョン・シナリオ・プロ
グラムからなる、論理的な戦略の策定とその実施化が必要となるのである。

@ビジョンの提示:他地域の類似発酵食品に対して、どのような優位性を有する発酵
食品の開発・生産を目指すのか。目指す発酵食品の具体的姿の提示。

Aシナリオの提示:目指す発酵食品を具現化するために解決すべき課題は何か。その
課題を明らかにし、その課題の解決の道筋(解決の取組みの方向性)を提示。

Bプログラムの提示:その課題解決の道筋を着実にたどれるようにするためには、どの
ような取組みを実施しなければならないのか。その実施すべき各種取組みの具体的
内容の提示。

〇ここで特に確認しておきたいことは、他地域の類似発酵食品に対する優位性を有する
発酵食品(ビジョン)の具現化への取組みにおける、その具現化への道筋(シナリオ)
の検討においては、「科学的根拠の乏しい単なるイメージ」を「売り」にする安易な方向性
ではなく、自然科学的、社会科学的、あるいは人文科学的に立証された事実を「売り」
にする困難性の高い方向性を選択し、その方向性を具現化するために解決すべき課題と、
その解決方策について、関係者の英知を結集して整理・提示することが非常に重要に
なるということである。
 そして、その課題の解決の困難性が高ければ高いほど、他県等の類似の発酵食品
産業に対する、より高い優位性の確保が可能となるのである。
 このような、科学的根拠に基づく発酵食品産業振興戦略の策定・実施化の必要性
について、以下で更に検討を深めたい。

【科学的根拠に基づく発酵食品産業振興戦略の策定・実施化の必要性】
〇地域の伝統食品のブランド戦略においては、その伝統食品の付加価値の根拠を、その
希少性・物語性・機能性等に求める場合が多い。そしてまた、多くの場合、その希少性・
物語性・機能性等についての、自然科学的、社会科学的、あるいは人文科学的な根拠
に基づく、オーセンティシティ(authenticity、真正性、信憑性)の確保に取り組むこと
をせずに、安易に「科学的根拠の乏しい単なるイメージ」を「売り」にした取組みのレベルで
とどまっているように見えるのである。

〇伝統食品の希少性・物語性・機能性等の、オーセンティシティに裏付けられた魅力や
付加価値は、真に意味のある商品を購入しようとする、いわゆる賢い消費者の購入の
意思決定に大きく影響すると考えられる。
 したがって、伝統食品の希少性・物語性・機能性等についてのオーセンティシティの確保
には、通常、多くの困難性を伴うことになるが、その困難性の克服に果敢に挑戦し、その
オーセンティシティを確保できた場合には、賢い消費者からの支持やその波及効果の拡大
を通して、他の類似の伝統食品に対する、明確な優位性を確保することが期待できるの
である。

〇地域の発酵食品産業の従来からの振興戦略においても同様に、多くの場合、「健康
長寿に良い効果がありそう」というような、「科学的根拠の乏しい単なるイメージ」を「売り」
にして、市場開拓に取り組んで来ているように見える。それは、「健康長寿に良い効果が
ありそう」を「健康長寿に良い効果がある」と、科学的根拠に基づき言い切れるようにする
ためには、困難性の高い、多くの課題を解決しなければならないからである。

〇困難性が高くとも、例えば、発酵食品の機能性に関する取組みとして、ある地域の
発酵食品が含有する、通常の摂取量で「健康長寿に良い効果がある」有用成分を新た
に特定し、他地域の類似発酵食品に比して、その成分をより多く含むことを明らかにできれ
ば、非常に強力な、科学的根拠に基づく「売り」になるはずである。
 更に、発酵工程の改善によって、その有用成分の含有量を顕著に増加させることがで
きれば、その結果生み出される発酵食品そのものや、その製造技術については、特許化等
によって、他の類似の発酵食品産業に対する圧倒的な優位性を確保することに大きく資
することになるのである。

〇すなわち、発酵食品産業振興戦略の策定・実施化においては、「科学的根拠の乏しい
単なるイメージ」によって確保できる「脆弱な優位性」を「売り」にする姿勢から脱却し、自然
科学分野のみならず、社会科学や人文科学の分野も含む「科学的根拠に基づく事実」
によって確保できる「強靭な優位性」を「売り」にする方向に転換すべきということなのである。

【むすびに】
〇何事においても、競争に勝つためには、相手より優れた戦略を策定し、それを着実に
実施化することが有用であることは、一つの経験則とも言えるだろう。
 その経験則からも、長野県内の発酵食品産業が、県外他地域の類似の発酵食品
産業との地域間競争に勝つために、その県外他地域に比して優位性を有する、長野県
ならではの発酵食品産業振興戦略の策定・実施化に取り組むことについては、明確な
政策的意義を見出すことができるのではないだろうか。

〇長野県ならではの優位性のある発酵食品産業振興戦略の策定・実施化には、政策
的意義があり、それに取り組むことが重要な政策課題であるという基本認識の下に、
長野県ならではのビジョン・シナリオ・プログラムによって論理的に構成された、同戦略の
策定・実施化に向けて、「発酵バレーNAGANO」をはじめ、関係の産学官の方々の英知が
効果的に結集される「仕掛け」が構築・運営されることを期待したいのである。


ニュースレターNo.204(2023年8月26日送信)

循環資源にフォーカスした持続可能な地域循環共生圏の形成〜革新性のある循環資源の新規活用事業の創出の重要性〜

【はじめに】
〇「長野県廃棄物処理計画(第5次)」(2021年度〜2025年度)の第6章
第2節には、長野県が地域循環共生圏の形成に取り組む旨が提示されている。
その計画では、地域循環共生圏について、地域資源を持続可能な形で最大限
活用しつつ、地域間で補完し支え合うことで、人口減少や少子高齢化の下で
も、環境・経済・社会の統合的向上を図りつつ、新たな成長につなげようと
する概念であると定義している。

〇この概念は、環境・経済・社会の分野で様々な課題に直面している多くの
地域にとっては、その課題の解決のために新たに策定すべき、実効性のある
地域振興戦略に組み込むべき重要な「政策的仕掛け」として期待できるもの
と言えるだろう。

〇「長野県廃棄物処理計画(第5次)」では、その計画の性格上、地域循環
共生圏が対象とする地域資源については、循環資源(廃棄される物の中で、
資源として再利用できる可能性を有する物)にフォーカスしている。
 そして、その循環資源の事例として、家畜糞尿、食品廃棄物、下水汚泥、
プラスチック、金属等を提示し、循環資源については、技術的・経済的に可
能な範囲で環境負荷の低減を最大限考慮し、狭い地域で循環させることが適
切なものは、なるべく狭い地域で循環させ、広域で循環させることが適切な
ものについては、循環の「環」を広域化させるなど、各地域・各資源に応じ
た最適な規模で循環させるべきことが提示されている。

  〇しかし、その循環の「環」を収益性のある事業として確立し、環境・経済・
社会の面から統合的・持続的に地域振興に貢献できるようにすることの重要
性、すなわち、新たな循環資源の活用の「環」の形成事業には、他地域の既
存の類似事業に対する、技術面あるいはビジネスモデル面での革新性を確保
できるようにすることが、非常に重要であることについては全く触れられて
いないのである。

〇循環資源の活用の「環」の形成における革新性の確保の重要性を含め、そ
もそも同計画では、県がどのように主導して、どのような地域にどのような
循環資源にフォーカスした地域循環共生圏の形成に取り組もうとしているの
か、など具体的な方向性や実現への道筋等については全く触れられていない
のである。

〇そこで、今回は、循環資源にフォーカスした、長野県における地域循環共
生圏の形成を組み込んだ地域振興戦略の策定の在り方等に関する、関係の産
学官の方々の議論の活発化に少しでも資することを目的として、その循環の
「環」を収益性のある持続可能な事業とするために必要な、事業の革新性
(既存の類似事業に対する優位性・独創性、市場競争力等)を確保する具体
的方策について検討することとした次第である。

【循環資源の活用の「環」に事業としての革新性を確保する方策(総論)】
〇循環資源の活用の「環」に、事業としての革新性を確保する方策について
検討する際に、検討すべき内容等を具体的にイメージしやすくするために、
まず、以下のような仮想の「循環資源による新規事業創出モデル」を設定し
たい。

[循環資源による新規事業創出モデル]
 県内の食品製造業A社は、原料の農産物の加工工程から大量に排出される
有機性廃棄物の処理を、専門の産業廃棄物処理業B社に委託しているが、そ
の排出量が年々増加し、その処理委託料の増大が大きな経営課題となっている。
 また、有機性廃棄物の保管中に腐敗による悪臭が発生し、近隣住民から苦
情が寄せられ、腐敗前の早期搬出・処理ルートの確立も重要課題となっている。

 B社は、A社から処理委託されている有機性廃棄物の処理(脱水・乾燥・
焼却・埋立)コストが年々増加しているが、委託料の増額になかなか応じて
もらえない上に、処理工程から排出される汚水や悪臭の対策コストも増加し、
このままでは、関係法令を遵守した適正処理の維持が困難になるという、
深刻な経営課題を抱えている。

 そこで、B社は、産業支援機関から紹介された大学の高速発酵に関する技
術シーズ等を活用し、処理委託される有機性廃棄物について、環境負荷の大
きい廃棄物としての処理(脱水・乾燥・焼却・埋立)をするのではなく、そ
れを肥料原料とする、悪臭・汚水の排出がなく環境負荷の小さい製造工程の
構築によって、収益性の高い高品質の肥料を製造・販売する事業計画を策定
し、国・県等の補助金も活用し、その具現化に取り組むことにした。

〇このB社の取組みを、他地域の既存の類似事業に対して優位性を確保し、
収益性のある事業として具現化するためには、B社が、以下のような事項
(課題)に的確な対応できるようにすることが不可欠となる。

[1 製品としての肥料の革新性]
@開発・製造・販売を目指す肥料の姿(有効成分や有効性を高める形状等)
が具体的に描けているか。
Aその肥料やその製造方法等には、既存の類似肥料や類似製造方法等に対
する革新性があるか。
Bその革新性を確保するために解決すべき課題とその解決方策が提示でき
ているか。
C社外を含む優れた開発・製造体制が整備できているか。

[2 肥料の顧客確保戦略の実現可能性]
@ターゲットにする顧客が明確になっているか。
A社外を含む効果的な顧客確保体制が整備できているか。
B事業化に必要な資金調達計画が整備できているか。

【循環資源の活用の「環」に事業としての革新性を確保する方策(各論)】
[1 製品としての肥料の革新性]
〇「1−@開発・製造・販売を目指す肥料の姿(有効成分や有効性を高める
形状等)が具体的に描けているか。」については、有効成分や有効性を高め
るための形状等を明らかにするとともに、既存の類似肥料に対する効能面等
での優位性等について、関係分野の研究機関等の協力を得て、科学的に説明
できるようにすることが必要となる。

〇「1−Aその肥料やその製造方法等に、既存の類似肥料や類似製造方法等
に対する革新性があるか。」については、大学の先端的技術シーズの活用等
によって、開発を目指す肥料やその製造方法等には、新規性・独創性(特許
性)の確保が十分に見込めることなどを、既存の類似肥料やその製造方法等
についての調査に基づき、具体的に説明できるようにすることが必要になる。

〇「1−Bその革新性を確保するために解決すべき課題とその解決方策が提
示できているか。」については、その肥料の開発・製造の実現のために解決
すべき技術的課題や、その課題の独創性・優位性を有する解決方策等につい
て、具体的に説明できるようにすることが必要となる。
 当然、開発された肥料の、実際の栽培を通した効能評価等の実験計画が組
み込まれることになる。

〇「1−C社外を含む優れた開発・製造体制が整備できているか。」につい
ては、自社のみでは対応できない技術的課題等への取組みには、産業支援機
関、大学、農協、関連企業等を含む外部機関からなる支援体制が整備できて
いることを説明できるようにすることが必要となる。
 また、その支援体制からの助言等を得て、有機性廃棄物の肥料化(廃棄物
処理法上の中間処理)や、肥料の製造・販売についての関係法令を的確に遵
守できることや、肥料の製造に必要な質・量の有機性廃棄物を、安定的に確
保できることなども重要な説明事項となる。

[2 肥料の顧客確保戦略の実現可能性]
〇「2−@ターゲットにする顧客が明確になっているか。」については、事
前の農協等からの情報収集等により、計画通りの肥料が完成すれば購入する
意向を有する、十分な数の顧客候補を確保していることなどを説明できるよ
うにしておくことが必要となる。
 その肥料によって栽培された農産物が、肥料の原料となる有機性廃棄物を
排出する食品製造業A社等に、食品原料として納入されるという循環の「環」
を形成し、優位性のある地域循環共生圏の実現に大きく貢献するビジネスモ
デルとしてブランド化していく戦略についても、具体的に説明できるように
することが必要となる。

〇「2−A社外を含む効果的な顧客確保体制が整備できているか。」につい
ては、農協等の協力を得て、農業資材展への出展、肥料の施肥方法講習会の
開催等により、新規顧客を確保していくというような、具体的な戦略とその
推進体制が整備できていることを説明できるようにすることが必要となる。

〇「2−B事業化に必要な資金調達計画が整備できているか。」については、
自己資金、金融機関からの融資の他に、国・県等の補助金等も活用し、資金
不足で事業が中断することがないことを説明できるようにしておくことが必
要になる。

【むすびに】
〇前述の「循環資源による新規事業創出モデル」の産業廃棄物処理業B社の
ような企業が、地域の循環資源を活用した、新たな事業の創出を目指し、地
域の産業支援機関に助言等を依頼した場合には、その産業支援機関は、速や
かに、必要な産学官の支援体制を整備し、事業化に向けて様々な支援をして
くれるような「仕組み」になっていることは理解している。

〇ただ、その支援においては、その企業の事業計画が、革新性に裏付けられ
た収益性のある持続可能なビジネスモデルとして具現化できるよう、前述の
「循環資源の活用の『環』に事業としての革新性を確保する方策(総論)
(各論)」に記載した事項(課題)ような、根本的で重要なポイントを的確
にクリアできるよう、更に留意していただくことを期待したいのである。

〇より多くの地域企業が、革新性に裏付けられ、十分な収益性を確保できる、
様々な循環資源の活用の「環」の形成事業に積極的に取り組めるよう、産業
支援機関の支援の在り方を含め、必要な「政策的仕掛け」の在り方について
の議論が、地域の環境・経済・社会の分野の統合的向上を願う、多くの産学
官の方々の間で活発になされるようになることを期待したいのである。


ニュースレターNo.203(2023年7月9日送信)

県・市町村の産業振興戦略の中に優位性のあるバイオマス活用方法を組み込む手法

【はじめに】
○全国有数の森林県である長野県は、全世界に向けた地球環境保全に係る「持続可能な社会づくりの
ための協働に関する長野宣言」の提唱者となるなど、地球環境保全活動のフロントランナーであることを目指
してきている。

○このようなことから、送信済みのニュースレターにおいては、再生可能でカーボンニュートラルな資源である木質
バイオマスを原料とする、林業と工業の連携・融合体制の構築を通した、地域産業の持続的発展と、二酸化
炭素の排出抑制への貢献とを整合できる、新たな木質バイオマス活用産業クラスターの形成への挑戦を、県
の新たな産業振興プランのプロジェクト等の中に位置づけるべきことなどについて提言してきている。

○また、県の新たな産業振興プラン策定に係るパブリックコメントにおいては、木質バイオマス活用産業クラ
スターの形成など、木質バイオマスの新たな産業活用については、「今後、事業の実施段階で参考にさせて
いただきます。」との県の回答がなされている。

○このような状況下、県内の多くの産学官の方々からの賛同の得やすい木質バイオマス活用戦略とは、
どのように策定すべきなのかについて、引き続き調査研究している中で、その地域ならではのバイオマス活用
方法の論理的な選定手法について、具体的に解説する以下の文献に出会った。

※参考文献:「地域の経済・環境・社会価値を最大化するバイオマス活用方針の策定手法の提案」JRIレビュー 2023Vol5.No.108

○この文献を参考にして、県や県内市町村が、その地域ならではの優位性があり、広範なステークホルダーの賛同
も得やすい、木質バイオマスを含む様々なバイオマスの活用方法を、いかにして選定すべきかについて、以下で論理的
かつ具体的に検討してみたい。

※バイオマスの定義:バイオマスとは「再生可能な、生物由来の有機性資源で化石資源を除いたもの」と
定義され、以下のような分類がなされている。
@廃棄物系バイオマス(廃棄物として発生しているバイオマス)
A未利用バイオマス(資源として利用されずに廃棄されているバイオマス)
B資源作物(資源として利用するために栽培されているバイオマス)

【都道府県・市町村の現状のバイオマス活用方法が抱える共通的な課題】
○バイオマスの活用は、カーボンニュートラルの実現、枯渇性資源からの脱却、地政学的リスクへの対応など
の面で、様々な有用性を有し、多様な分野での新たな価値創出に貢献するものとして注目されてきている。

○国は、2010年に「バイオマス活用基本計画」を策定し、2025年までに全都道府県および600市町村が
「バイオマス活用推進計画」を策定する目標を設定したが、2023年2月時点で、その計画を策定したのは、
19道府県・74市町村にとどまっている。
 長野県の場合、県は策定しておらず、県内市町村では、長野市と中野市のみが策定しているに過ぎない。

○策定された計画についても、多くの場合、それぞれの地域ならではの優位性のある計画になっていない
という、重要な問題点が内在していることが、前記の参考文献において指摘されている。
 例えば、長野市の計画においても、市内で発生する各種のバイオマスの利用目標・利用方法等を
提示するだけで、他の市町村に対する、長野市ならではの優位性のあるバイオマス活用戦略を策定・

実施化するという視点からの取組みはなされていない。

○多くの「バイオマス活用推進計画」が、他地域に対して優位性を確保できていない理由として、以下の
視点からの検討が不十分であることが指摘されている。
@地域の強みとなる産業(技術)や地域資源を活かす視点
A経済価値(付加価値)の高い用途の選択を重視する視点
B環境・社会の価値創出に繋がる原料や用途を選択する視点
C外部環境の変化を踏まえて、事業化の確度の高い用途を選択する視点

 要するに、その地域におけるバイオマス活用方法を、収益性があり自立・継続可能な事業として具現化
するという、戦略的な姿勢に欠けていることを問題視しているのである。

○そこで、前記の参考文献は、この4つの視点から、地域内で発生するバイオマスの活用を経済・環境・
社会の3つの分野の価値の創出に繋げ、その3つの分野での創出価値をトータルとして最大化できる、
バイオマス(選定すべき原料)と用途(原料の利用分野)の組合せを、当該地域のバイオマス活用
戦略の中核に位置づけることができるようにする、具体的手法を提案しているのである。

※用語の解説:前記の参考文献においては、経済価値、環境価値、社会価値をそれぞれ以下のように
定義している。
@経済価値:バイオマスの活用による収益の確保や地域自立型経済への貢献など。
A環境価値:バイオマスの活用による廃棄量・地域内残存量の削減や、CO2を固定化したバイオマス
の活用によるカーボンニュートラルへの貢献など。
B社会価値:放置されたままでは環境汚染に結び付くバイオマスの活用による生活環境の改善、バイ
オマス活用の新たなサプライチェーン構築による雇用の創出など。

【経済・環境・社会価値をトータルとして最大化するバイオマス活用方法の選定手法】
○基本的には、その地域で発生する様々なバイオマスの、様々な活用方法のそれぞれについて、
「経済価値」×「環境価値」×「社会価値」を数値化(点数化)し、その値が最大となる活用方法を、
政策的に優先度の高いバイオマス活用方法として、産業振興戦略等の中に位置づけるべきということ
である。

○そして、それぞれの価値の数値化のための評価の観点や配点の仕方については、以下のように整理
されている。

1経済価値の数値化のための評価の観点
@そのバイオマスの地域内の発生量が他地域に比して多く、それを活用して生産する製品等の付加
価値が高いこと。
A政策・規制、市場動向等から、市場での高い需要が期待でき、事業化の確度が高いこと。
B地域内に高度に集積している産業との連携(蓄積技術の活用等)の可能性が高いこと。など

 配点の仕方については、例えばBの場合、連携を想定する業種分野の地域産業の集積度が、
全国平均に比してかなり高い場合には3点、ほぼ同等の場合には2点、かなり低い場合には1点と
するなど、評価を「見える化」するのである。

2環境価値の数値化のための評価の観点
@地域内で発生するバイオマスの廃棄費用の削減に大きく貢献できること。
A地域内で発生するバイオマスの放置や廃棄による環境負荷を大きく低減できること。
Bそのバイオマスを原料(代替原料)とすることにより、CO2排出量削減に大きく貢献できること。など

 配点の仕方については、例えば@の場合、廃棄バイオマスの産業活用への転換により、廃棄費用
の削減効果が、非常に大きい場合には3点、それほどでもない場合には2点、あまり期待できない
場合には1点とするなど、評価を「見える化」するのである。

3社会価値の数値化のための評価の観点
@サプライチェーン構築による地域内雇用者の増加に大きく貢献できること。
A製品の購入や関係施設の見学等を通じて、関係人口の増加に結び付くこと。
B環境汚染の原因となるバイオマスの削減などにより、地域の生活環境の改善に大きく貢献でき
ること。など

 配点の仕方については、例えば@の場合、バイオマス活用の産業化による新規雇用人数が50人
以上の場合には3点、49人以下10人以上の場合には2点、9人以下の場合には1点とするなど、
評価を「見える化」するのである。

○この経済・環境・社会価値の数値化のための評価の観点や配点の仕方については、その地域
で発生するバイオマスの質的・量的特性、発生するバイオマスの減量化の緊急性、バイオマス活用
に応用可能な技術・産業の集積状況など、その地域の経済的・環境的・社会的特性に応じて、
それぞれ独自に工夫し設定・構成することが、その地域ならではの、優位性のあるバイオマス活用
戦略の策定とその具現化への近道になると言えるだろう。

○このように、その地域で事業化に取り組むべきバイオマス活用方法の選定において、客観的な
選定手法を用いることによって、以下のような効果を生むことが期待できる。

@広範なステークホルダーが、そのバイオマス活用にメリットを見出し、その事業化に対する地域
の賛同が得やすくなる。
A開発・事業化を目指す製品等の市場における需要動向を捉え、高付加価値な用途を重視
するため、事業規模や収益の拡大が期待できる。
B地域に蓄積された技術・産業の強みが活かせる、原料と用途に焦点を当てるため、独自性・
競争優位性のある事業展開が期待できる。

【むすびに】
○長野県や県内市町村には、経済・環境・社会の各分野における、大きな価値の創出に繋
がる可能性の高い、バイオマスの活用方法(原料と用途の組合せ等)を論理的に選定し、
その事業化方策を産業振興戦略の中に組み込み、その具現化に効果的に取り組んでいただ
くことを期待したい。

○今回述べた、バイオマス活用方法の選定手法については、数多くある論理的選定手法の
中の一つの事例に過ぎないと言えるかもかもしれない。
 そこで、関係の産学官の皆様方には、県や市町村が、真に豊かな地域社会の形成に資
する、バイオマス活用方法を選定し事業化できるよう、それぞれのご専門の視点から、積極的
にご助言等をしていただくことをお願いしたいのである。


ニュースレターNo.202(2023年6月16日送信)

長野県や県内市町村の企業誘致戦略の論理的体系・構成等の在り方〜深谷市の「アグリテック集積戦略」を参考にして〜

【はじめに】
○ニュースレターの号外22(2023.2.2送信)、号外24(2023.2.4送信)そしてNo.200
(2023.4.13送信)で、新たな「長野県産業振興プラン」の企業誘致戦略においては、
企業誘致の理念(ビジョン)とその具現化へのシナリオ・プログラム、特に、誘致対象企業
に適した立地環境(ソフト・ハード)の優位性の確保策の提示が重要であることなどを、県
の意見募集(パブリックコメント)に提言したことを紹介させていただいた。

○残念ながら、私の力量不足から、その提言の政策的重要性等について、県当局には
ご理解いただけなかったという反省から、私の提言の論理的根拠の補強に資する参考文献等
を探している中で、渋沢栄一の「論語と算盤の精神」で産業振興に取り組む深谷市の、
「アグリテック集積戦略〜豊かな農業、儲かる農業都市の実現〜」(2019年3月)に
出会ったのである。

○この深谷市の「アグリテック集積戦略」は、誘致対象業種の選定の根拠から、当該業種
の企業誘致活動のビジョン(目指す姿)、その具現化へのシナリオ(道筋)、誘致対象
企業に進出を動機づけることに資する立地環境の整備を含むプログラム(シナリオの着実な
推進のための各種施策)に至るまで、非常に分かりやすく、かつ論理的な体系・構成で策定
されているのである。

○そこで、以下では、この「アグリテック集積戦略」のエッセンスを紹介しながら、それを長野県
や県内市町村の産業集積(企業誘致)戦略に、どのように活かすべきかについて、議論を
具体的に展開してみたい。

【深谷市のアグリテックの定義とそれを誘致対象として選定した根拠】
○深谷市のアグリテックの定義については、以下のような提示がなされている。

@アグリテック(AgriTech)とは、農業(Agriculture)と技術(Technology)を組み
合わせた造語であって、農業が抱える課題を解決する知識やノウハウ、技術を広く含むものである。

Aそして、その技術(Technology)とは、様々な最先端の情報通信技術等だけではなく、
製造業やサービス業等において、現場の課題を解決するために開発されてきた、多種多様な
技術・製品を広く含むものである。

○そして、そのアグリテック関連企業を新たな誘致対象として深谷市が選定した根拠については、
以下のような説明がなされている。

@深谷市の産業構造を持続可能なものとするためには、従来からの製造業(工場)誘致に
加え、深谷市の様々な産業が抱える課題の解決に資する企業など、誘致対象の選択肢を
広げていく必要があること。

A深谷市の経済への波及効果の大きな業種の企業誘致に取り組むべきと考え、産業連関表
を用いた地域内経済循環分析を実施したところ、農業とその産物を原料とする食料品工業が、
地域内経済循環に大きな役割を果たしていることが分かり、市内の農業が抱えてきている様々
な課題の解決に資する、アグリテック関連企業の誘致・集積が、農業や食料品工業の持続的
発展には不可欠と判断したこと。

○長野県の従来からの産業集積(企業誘致)戦略における、集積(企業誘致)業種の
選定においては、多くの場合、将来的に大きく発展することが見込めることから、その振興に取り
組むことを、政府や関係機関等が推奨・先導する業種を選定してきているように見える。

○この業種選定手法が間違っているとは言えないが、他県等に比して優位性を有する、長野県
ならではの産業集積の形成を目指すのであれば、深谷市の「アグリテック集積戦略」のように、
例えば、県内での地域内経済循環に大きな役割を果たしている業種、あるいは、果たすことが
期待できる業種を選定し、その業種の集積の量的・質的拡大の実現へのシナリオ・プログラムを
提示する、産業集積(企業誘致)戦略の策定・実施化に取り組むことに、大きな政策的意義
を見出すことができるのではないだろうか。

【「アグリテック集積戦略」の理念(ビジョン)】
○深谷市の「アグリテック集積戦略」の理念(ビジョン)として、深谷市発の農業技術の深化・
変革を広く発信し、農業関連の技術革新に資する企業(アグリテック関連企業)の誘致・
集積を実現することにより、全国でも名だたる農業先進都市の形成を目指す旨が提示されている。

○この深谷市の「アグリテック集積戦略」については、国土面積が九州ほどでありながら、先端的
農業技術によって、世界の中で農業大国(農産品の輸出額は世界第2位、一人当たり国民
総生産はドイツより高い)としての地位を確保しているオランダの食品産業クラスター(フードバレー)
形成戦略を模範にしていることが推測できる。

【「アグリテック集積戦略」のシナリオとプログラム】
○「アグリテック集積戦略」のシナリオ(ビジョン実現への道筋)とプログラム(シナリオの着実な
推進のための各種施策)については、以下の様に整理・提示されている。
 これらのシナリオとプログラムは、アグリテック関連企業の深谷市への進出を動機づけることに
資する立地環境(ソフト・ハード)の整備や、その優位性の確保につながるものと言える。

[シナリオ@「アグリテック集積を宣言する」の着実な推進のためのプログラム@]
・記者会見や各種広報活動を通じて、深谷市をアグリテック集積都市とすることを目指し、農業
とアグリテック関連企業のマッチングと製品化・事業化を強力に推進し、儲かる農業実現に向けて
積極的に取り組む「決意」を全国に向けて発信(DEEP VALLEY アグリテック集積宣言)。

[シナリオA「農業現場課題を集める」の着実な推進のためのプログラムA]
・農業者等へのアグリテックの理解促進活動
・農業現場課題の収集
・農業現場課題データバンク(農業現場課題とアグリテックのマッチングインフラ)の創設
・農業団体・商工団体等の関係機関の連携強化
・アグリテック導入に取り組む農業者等の発掘・拡大
・アグリテック実証フィールド候補地の情報共有の推進

[シナリオB「課題を解決する技術を集める」の着実な推進のためのプログラムB]
・アグリテック関連産業(技術・製品・サービス)動向の調査・研究
・一般企業の農業やアグリテックへの理解促進
・アグリテック関連企業の誘致活動の推進
・アグリテックコンテストの実施(優れた提案の製品化・事業化を支援)
・各種媒体を活用した各種支援メニュー等の情報発信の実施
・国内外の大学・研究機関との連携による企業誘致活動の実施
・市長のトップセールスによる誘致活動の実施

[シナリオC「農業現場課題と技術をつなげる」の着実な推進のためのプログラムC]
・アグリテック関連企業と農業現場課題とのマッチング支援
・専門家によるアグリテック関連企業への人的支援
・アグリテック関連企業間のビジネスマッチング支援
・アグリテック関連の人的ネットワークの形成促進
・アグリテック関連の知的財産の戦略的活用への支援
・アグリテック産業集積に必要な資金調達に資するファンド創設

[シナリオD「取組を広げる」の着実な推進のためのプログラムD]
・アグリテックの活用促進(農業者・農業法人等のアグリテックの導入・活用支援制度の創設等)
・「DEEP VALLEY」形成を戦略的に推進するための産学官連携組織の設立
・アグリテック関連企業の事業展開支援(専門家によるアドバイス等)
・アグリテック関連企業の新規立地に必要な社会インフラの整備
・大学・研究機関との連携(アグリテック関連人材育成への協力依頼等)
・アグリテック関連企業の地域定着支援
・アグリテック関連人材の早期からの育成(中高生のアグリテックへの関心を高めるためのプログラム)
・アグリテック関連起業・創業環境の整備(アグリテックスタートアップ用オフィスの整備、資金調達 への支援等を含む。)
・シティプロモーション活動の展開(アグリテック集積戦略事業のPR等)

○実際の「アグリテック集積戦略」には、前述のシナリオ・プログラムについて、更に具体的に分かり
やすく解説されている。深谷市の産業集積(企業誘致)戦略に関心のある産学官民の方々が、
同戦略を一読すれば、アグリテック集積都市の形成に向けて深谷市が取り組もうとしている事業の
内容を、直ちに理解できるように配慮されていると言える。
 したがって、同戦略については、長野県や県内市町村における、新たな産業集積(企業誘致)
戦略の策定の際の有用な「参考書」として推薦できるものと言えるのである。

【むすびに】
○深谷市は、「アグリテック集積戦略」の場合と同様に、市の産業振興においては「地域内経済
循環の向上」に取り組むことの重要性を認識し、以下のような「地域通貨導入戦略」も策定し、
デジタル地域通貨の活用にも積極的に取り組んでいる。

[深谷市の「地域通貨導入戦略」の骨格]
1ビジョン(実現を目指す姿)
@地域通貨が地域の経済活動に浸透し、地域内経済循環が向上
A地域通貨が地域の課題解決手段として活用され、解決できる地域課題が増加

2シナリオ(ビジョン実現への道筋)
@市民・事業者・行政に地域通貨の使用を動機づける、様々な「仕掛け」を整備すること
A地域通貨の運用コストが、手数料収入や削減した行政コストを原資として維持できるようにする
ことなど、地域通貨の持続可能な仕組みを構築すること

3プログラム(シナリオの着実な推進のための各種施策)
@地域通貨の販売、交付、利用等の各場面の円滑化に資する各種施策の提示
A持続可能な地域通貨システムの構築に資する各種施策の提示

○深谷市の「アグリテック集積戦略」や「地域通貨導入戦略」からは、深谷市が、産業振興に
効果的に取り組むためには、単なるキーワードの羅列ではなく、ビジョン実現へのストーリーがきちっと
語られ、現場での事業企画・実施化の「マニュアル」として活用できる、論理的かつ具体的な体系・
構成からなる「戦略」の策定が非常に重要であることを認識していることが良く理解できるのである。

○今回のニュースレターが、長野県や県内市町村の各種の産業振興戦略の策定等に携わって
おられる産学官の方々に、少しでも参考にしていただければ幸いである。


ニュースレターNo.201(2023年5月12日送信)

フードテックによる新たな食品製造業への展開を加速する方策の在り方

【はじめに】
○2023年3月に公表された「長野県産業振興プラン」のプロジェクト@からFの中のC「信州型
サーキュラーフード・フードテックプロジェクト」においては、フードテックの活用等により、主に、環境
にやさしい食品製造業への展開に積極的に取り組む旨が提示されている。
 しかし、その実現への長野県ならではの優位性のある方策(道筋)の提示という、重要
テーマについての具体的な説明はなされていないのである。
 また、残念ながら、信州型のサーキュラーフードやフードテック、プラントベースフードというような、
多くの人々にとって馴染みの薄い用語の意味の説明がなされていないことについても、もう少し
プランの読み手の立場になってほしいと感じたのは、私だけではないだろう。

○「長野県食品製造業振興ビジョン2.0」(2023年度〜2027年度)においても、信州型
フードテックの活用等による、食品製造業の持続的発展を目指す旨の記載はあるが、その
実現への、長野県ならではの優位性ある方策(道筋)についての、具体的な説明はなさ
れていないのである。

○より具体的に言えば、「長野県食品製造業振興ビジョン2.0」においては、県として、国
内外の食市場をリードする食品製造業の実現に資すると考える、多種多様な施策項目の
列挙はなされているが、残念ながら、その施策項目の内容や、各施策項目が、単独で、
あるいは相互に連携して、長野県ならではの優位性ある「政策的仕掛け」として、どのよう
に具体的に機能していくのかについて、明確に理解できるような論理的な説明が、ほとんど
なされていないのである。

○そのようなことから、フードテックによる、新たな食品製造業への展開に係る支援方策の在
り方について、自分なりに調査研究している中で、非常に参考になる、(公財)中国地域
創造研究センターの調査報告書「中国地域におけるフードテック等を活用した食料品製造
業の成長に資する方策検討調査」(2023年3月)を目にする機会に恵まれたのである。

○同調査報告書においては、多くの場合に、「『従来の食品製造技術』×『各種の先端的
技術』」によって生み出される、「先端的食品製造技術」というような意味で使用されている
フードテックという用語の定義について、「食料品製造業の食に関する課題等の解決に貢献
するテクノロジー」とし、先端的技術分野に限定しない広い意味としていることからも、長野県
の食品製造業の新たな振興方策についての、幅広い観点からの検討の参考資料として、
活用しやすいものと判断した次第である。

○同調査報告書では、フードテックの機能について、@生産性の向上への支援機能、
A環境問題の解決への支援機能、B食生活の豊かさ向上への支援機能の3つに区分・
整理している。
 そして、更に、その支援機能を活用して、食品製造業が実現を目指すべき3つの方向
性と、その具現化方策について、具体的に整理しているので、それを参考にして、長野県
における、新たな食品製造業への展開の支援方策の在り方について、以下で検討を進
めていきたい。

【目指すべき方向性@:「様々なリスクや変化に柔軟に対応できるフード・バリューチェーンの強化」について】
○同調査報告書では、目指すべき方向性の@「様々なリスクや変化に柔軟に対応できる
フード・バリューチェーンの強化」の具現化のための方策として、以下のような3つの取組みを
提示している。

@-1 食品製造業の素材流通・情報交流等を促すフードテック・プラットフォームの構築・運営
 県内の全域、あるいは地域単位で、食品製造関係企業向けのWEBプラットフォームを
構築・運営し、例えば、自社の食品残渣や余剰の食材等の情報開示による、その活用
企業の開拓や、自社が必要とするフードテックの概要等の開示による、関連技術情報の
収集などに係る、ニーズとシーズのマッチングを効率化・活性化できれば、フードテック活用
の取組みの拡大に大いに資することになる。
 更に、AIを活用することによって、プラットフォームに開示・蓄積される情報の分析から、
企業間の潜在的な関連性を発掘し、能動的(提案型)・効果的なマッチングを可能
とすることも期待できるのである。

@-2 フードテック活用の拡大のための先進的な活用成果の発信
 WEBプラットフォームへの参加企業を増やし、食品製造企業や異業種企業等からなる、
フードテック活用に向けた連携体制の構築とその活動を拡大していくためには、プラット
フォームによる企業連携の成果(新技術・新製品開発、製造工程改善、新市場開拓等)
の発信が重要な手法となる。
 したがって、その成果情報の、同プラットフォームの潜在的な参加企業向けも含めた、
効果的な発信(広報)システムの構築・運営が重要課題となるのである。

@-3 フードテックによる自律的発展を促すフードテック・エコシステムの形成
 フードテック活用企業の集積が、前述のようなデジタルだけでなく、リアルによる情報交流
や、それに基づく新技術・新製品の研究開発・事業化等の連携活動によって、自律的に
活性化・拡大化していく仕組み(エコシステム)を形成していく、「政策的仕掛け」の整備
も重要課題となる。

○今回のパンデミックの経験を通して、地域中小企業のリスクへの対応、すなわち、レジリ
エンスの確保については、従来から構築・維持してきているバリューチェーン内の様々な企業
との適宜適切な連携によって、そのショックを吸収することが有力な手法となることが確認
されてきている。
 このWEBプラットフォームやフードテック・エコシステムの形成は、フードテックの3つの機能
(食品製造業の生産性の向上、環境問題の解決、食の豊かさ向上)の活用による、
フード・バリューチェーンの新たな強化方策、すなわち、フードテック産業クラスターの形成・
質的高度化方策となることから、長野県においても検討すべき政策課題と言えるのでは
ないだろうか。

【目指すべき方向性A:「生産性向上と環境配慮を兼ね備えた生産ステムの構築」について】
○同調査報告書では、目指すべき方向性のA「生産性向上と環境配慮を兼ね備えた
生産システムの構築」の具現化のための方策として、以下のような3つの取組みを提示し
ている。

A-1 食品廃棄物を利用した高付加価値製品の創出とゴミ処理コストの削減
 一般的に、食品廃棄物の処理方法としては、飼料化・肥料化、食用転用できる廃
棄物を用いた新食品の開発などの収益を生む処理と、活用できない食品廃棄物の収
益を生まないゴミとしての処理がある。
 食品廃棄物の収益を生む新製品への転換については、如何にして付加価値を高め
るかが、食品廃棄物のゴミとしての処理については、如何にして処理コストを削減するかが、
技術的困難性を伴う重要課題となる。
 したがって、まずは、食品廃棄物の処理に関連する、既存の技術・製品が抱える、技術
的困難性を伴う重要課題の解決に取り組むことの中から、新規の技術・製品の開発・
事業化に通じる、大きなビジネスチャンスの芽が生まれることが期待できるのである。

A-2 食品廃棄物の排出抑制に資する食品製造工程の改善
 食品廃棄物の排出抑制(食品原料の歩留り向上、不良品率の低減等)のためには、
現状の食品製造工程の問題点の抽出や、その解決方策の開発等に取り組むことが必要
となる。その際には、同業他社のみならず異業種企業(異業種分野の技術の活用)の
視点からの改善提案等が有益となることから、異業種企業も含む課題抽出・解決チーム
を編成し、更に、アドバイザーとして公設試験研究機関や大学等の専門家の参加にも配慮
することが必要となる。

A-3 環境に配慮した食品への消費者の関心の拡大と需要喚起
 地域の消費者に対して、食品製造企業の環境配慮の取組みをアピールし、消費者の
環境配慮型食品への関心を高め、その需要喚起に資する広報活動を行政主導で活性
化することが必要となる。

○食品廃棄物の高付加価値の新製品への転換(アップサイクル等)が注目されている。
このような状況下においては、既存のアップサイクル製品が抱えている課題を詳細に調査し、
その課題の解決方策を開発・提案する活動からスタートすることが、収益性の高い、環境
配慮型の新ビジネス創出への着実なアプローチ手法として期待できる。
 地域中小企業の新技術・新製品の開発活動については、既存の類似技術・製品に
対する、品質・性能・価格等の面での優位性の、論理的な確保戦略を持つことなしに、
多額の資金を投入するというような、着実性に欠ける事例を数多く目にしてきている。

  【目指すべき方向性B:「新規食品市場の開拓につながる多様な食の需要への対応」について】
○同調査報告書では、目指すべき方向性のB「新規食品市場の開拓につながる多様
な食の需要への対応」の具現化のための方策として。以下のような3つの取組みを提示
している。

B-1 フードテックの活用による新食品に係る消費者の嗜好等の把握のためのマーケティング活動
フードテックの活用によって、食品残渣や未利用資源を原料とする新食品の開発・事業化
を成功に導くためには、開発着手前に、当該新食品に係る消費者の嗜好等について正確
に把握し、事業化の成功見込み等を正確に評価することに資する、マーケティングを実施
することが重要となる。
 しかし、中小食品製造企業においては、十分なマーケティング機能を有していない場合
が多いことが推測できる。
 したがって、地域の産業支援機関等によるマーケティング支援体制の整備が、重要な
政策課題となるのである。

B-2 フードテック活用型スタートアップや公設試験研究機関等との連携
 新食品開発のための人材や機械装置等の経営資源が不十分な中小食品製造
企業が、フードテックを活用して新食品を開発するためには、当該新食品の開発に応用
できる新技術を有する、スタートアップと連携することが有用な手段となる。
 また、必要となる機械装置等については、それらを有する公設試験研究機関や大学
等からの借用等、様々な支援メニューを活用することが合理的手法となるのである。

B-3 小規模・小ロット生産の課題解決に適応できるフードテックに係る技術情報交流の活発化
 現状のフードテック活用事例は、大企業の大規模・大ロット生産に係るものが多い
ため、中小食品製造企業の小規模・小ロット生産にも適応できる、フードテックを提供
できる企業等との技術情報交流の場の設営が、フードテック活用の拡大に資する方策
となる。
 例えば、小規模・小ロット生産向けのフードテックにフォーカスした、「フードテックフェア」
の開催等も効果的な方策と言えるだろう。

○フードテックによって、例えば、食品残渣や未利用資源を活用した、機能性が高く
味も良い新食品を開発できたしても、食品については非常に保守的な面を有する、
一般消費者の購買意欲を高めることは、非常に困難であることが想定できる。
 その困難さをできるだけ縮小する手法として、新食品の開発体制に、消費者サイド
のオピニオンリーダー的な人にも参加してもらい、消費者サイドの希望等を反映した、
新食品開発・製造・販売を効果的に推進できるように配慮することも必要ではないだ
ろうか。

【むすびに】
○(公財)中国地域創造研究センターの調査報告書が提言している、フードテックに
係る食品製造企業間でのシーズ・ニーズのWEBマッチングシステムの構築・運営について
は、システムの運営体制・資金、利用規模や効果、費用対効果等、様々な検討課
題をクリアすることが必要となり、安易に着手することはできないことは当然である。

○しかし、中国地域のように、地域の食品製造業の新たな発展方向と、その具現化
への道筋(シナリオ)を提示し、その道筋に沿った活動の着実な推進に資する、中国
地域ならではの新たな優位性のある「政策的仕掛け」を、産学官の英知を結集して
創出していこうという「政策的姿勢」については、長野県として大いに見習うべきでは
ないだろうか。

○今回のニュースレターが、長野県の食品製造業の新たな展開に関与されている産学
官の方々による、長野県ならではの優位性のある、食品製造業の振興戦略(ビジョン・
シナリオ・プログラム)の在り方に関する、論理的・戦略的な議論の更なる深化に、少
しでも資することができれば幸いである。


ニュースレターNo.200(2023年4月13日送信)

新たな「長野県産業振興プラン」が内包する地域産業政策的視点からの課題〜パブリックコメントへの私の意見等に対する県の対応等に関連づけて〜

【はじめに】
○長野県産業労働部により、2023年1月16日から2月14日までの間実施された、
2023年度からの「長野県産業振興プラン」(案)についての意見募集(パブリック
コメント)の結果報告(県の対応等)が、正式に決定した同プランと一緒に、3月
24日に公表されていた。

○この意見募集については、同プラン(案)が、地域産業の振興を通して、人口減
少・少子高齢化が進む長野県を、社会的にも経済的にも真に豊かな地域として存続
させることに大きく資するものとなるよう、皆様方にも積極的に意見提出等をして
いただくことを願い、私が提出した意見等の概要を「参考」として、ニュースレター
No.198、号外19から号外28でお知らせしてきた。

○その経緯に鑑み、私の提出意見等に対する県の対応等も含めて、新たな「長野県
産業振興プラン」についての、総括的なコメントを今回のニュースレターのテーマ
とすべきと考えた次第である。

○なお、県のホームページのパブリックコメントの同プラン(案)の箇所では、4月
13日現在も、県に寄せられた意見については「現在取りまとめ中」となったままで
あったことなどから、パブリックコメントの結果報告を知るのが遅くなり、ニュース
レターの送信が今日にまでずれ込んでしまったことをお詫びしたい。

○私が提出した意見等に対する県の対応等については、地域産業政策の策定ついて、
一定の経験のある人ならだれでも気づくような、形式的事項の修正はなされたが、同
プランの質的高度化に係る本質的事項についての修正は全くなされなかった。

○以下で、同プランが内包する地域産業政策的視点からの課題に関して、私がパブリ
ックコメントで県に提出した意見等に対する県の対応等に関連づけながら、主要な事
項を整理・提示し、同プランに対する私の総括的コメントとしたい。

【新たな「長野県産業振興プラン」が内包する課題】
○2023年度からの新たな「長野県産業振興プラン」が内包する、地域産業政策的視点
からの課題については、大きく以下のような5つの項目に整理することができるだろう。

[1 プラン自体の長野県ならではの優位性を確保・提示しようとしていないこと]
○プラン(ビジョン・シナリオ・プログラム)自体の他県等に対する、長野県ならでは
の優位性をアピールすることの、産業政策的な重要性を、プラン策定サイドが十分に
認識できていないことが、パブリックコメントの県の対応欄の記載内容からも窺える。

○また、個々の産業振興施策が有する優位性と、様々な産業振興施策の体系化・ネッ
トワーク化等からなるプラン(産業振興施策の集合体)としての優位性との違いも、
プラン策定サイドが良く理解できていないことが、パブリックコメントの県の対応欄
の記載内容からも窺える。

○プラン自体の他県等に対する長野県の優位性をアピールできることが、長野県の地
域産業政策の策定・実施化能力の質的高さの証明となり、他県等に所在する企業やス
タートアップを志す人などを長野県に惹きつける、長野県への進出を動機づける大き
な「力」にもなるのである。

[2 県内各地域の産業集積の「外から稼いだ富」の当該地域内での経済循環を高める産業構造への転換をプランに組み込もうとしていないこと]
○本プランは、世界で稼げる、世界で通用する産業の創出・振興に重点を置いた計画
であるため、「外から稼いだ富」の地域内経済循環の高度化については、プランに組
み込む必要がないという主旨のことが、パブリックコメントの県の対応欄に記載され
ているが、それで良いのだろうか。

○例えば、県内各地域で、それぞれの優れた地域資源を活用して、世界で稼げる産業
クラスターを形成・高度化していく戦略については、正に、当該産業クラスターが所
在する地域内での仕事の受発注等の質的高度化・量的拡大、すなわち、地域内経済循
環の成長によって、地域産業を全体的に発展させることを目指すものと言えるのである。
したがって、地域内経済循環を高める産業構造への転換は、地域産業振興戦略の重
要な構成要素であることから、県の産業振興プランの中に重要な施策として位置づけ
られるべきものなのである。

[3 世界で稼げる産業の創出・振興に資する「地域資源の発掘・磨き上げ・活用システム」の構築・運営をプランに組み込もうとしていないこと]
○県内各地域において、世界で稼げる産業の創出・振興に取り組む際には、当然、そ
のために必要な様々な地域資源を発掘・磨き上げ・活用することが必要になる。
それをどのように効果的に進めるべきかが、県のみならず市町村にとっても重要な
政策課題となる。

○したがって、「地域資源の発掘・磨き上げ・活用システム」の構築・運営の在り方
について、プランの中に組込み・提示することが、県内各地域で産業の創出・振興に
日夜熱心に取り組んでいる、市町村や産業支援機関等の皆様にとって大きな助けとな
るはずである。
 しかし、パブリックコメントの県の対応欄の記載においては、「今後、事業の実施
段階で参考にする」として、その産業政策的重要性を良く認識できていないことが窺
えるのである。

[4 世界で稼げる産業の創出・振興ための優位性ある立地環境の整備戦略をプランに組み込もうとしていないこと]
○世界で稼げる産業の創出・振興のために、県外から本社機能や研究開発拠点等の誘
致を目指しているが、県外企業等の本社機能や研究開発拠点等の長野県内への進出を
動機づけることに資する、長野県ならではの優位性ある立地環境の整備戦略がプラン
に組み込まれていない。

○パブリックコメントの県の対応欄では、本社機能や研究開発拠点等の立地環境の優
位性等については、本プランに記載することが困難なため、「企業立地ガイド」等で
別途発信したい旨の記載がなされている。
 本プランに立地戦略を記載するのであれば、立地戦略を成り立たせる根幹である立
地環境の優位性を提示するのは当然のことと言える。言い方を替えれば、立地環境の
優位性の提示のない立地戦略は、通常ありえないということなのである。

○また、現状の立地環境の優位性のみならず、立地環境の更なる優位性の整備戦略に
ついて、プランに提示すべきことも当然のことである。
リニア中央新幹線の開通(東京〜名古屋間2027年開通、長野県駅の飯田市設置)
による、長野県の産業立地環境の劇的変化の有効活用方針等について、プランにおい
て全く触れようとしていないことも、非常に大きな問題ではないだろうか。

[5 プランで実施する7つのプロジェクトの説明が極めて不十分であること]
○プランでは、長野県の特徴を生かしつつ、世界的に市場の拡大が予想されるDX、
GX、LX分野の技術・製品の創出を重点支援するとして、以下の7つのプロジェクト
の実施を提示しているが、それらは他県等でも既に取り組んでいることが容易に推
測できる技術・製品分野と言える。

○そのプロジェクトの成果によって、世界で稼げるようにするためには、当該技術・
製品分野において、少なくとも他県等の産業に対する、長野県の産業ならではの優
位性を確保することが必要となるはずである。
しかし、どのような優位性をどのように確保していくのか、などその戦略の骨格
についての説明が全くなされていないのである。

○各プロジェクトの説明を数行で済まそうとしていることから、プロジェクトの戦略
的骨格の提示どころか、その実施主体さえも記載できていないのである。
この記載内容のままで、これを読む企業や市町村等の担当者が、各プロジェクトの
内容を理解し、自らの活動に効果的に活かすことができると考えているのだろうか。

○各プロジェクトが、世界で稼げる(優位性ある)産業の創出・振興にどう繋がって
いくのか、その道筋だけでも提示していただきたい。
この7つのプロジェクトによって、世界で稼げる産業を必ず創出するのだという、
プラン策定サイドの熱い思い、真剣さが伝わってこないと感じるのは、私だけなの
だろうか。

  プランに提示された7つのプロジェクト(PJ)
@様々な産業分野×デジタルによる新産業創出PJ
A循環型社会構築に向けた新産業創出PJ
B電動モビリティ関連産業創出PJ
C信州型サーキュラーフード・フードテックPJ
D県民の健康と快適な環境での生活を維持する新製品・サービスの創出PJ
E健康機能や地域資源等を活用した新商品開発支援PJ
F地場産品を通じたプレミアムな価値提供PJ

【むすびに】
○新たな「長野県産業振興プラン」については、地域産業の振興に日夜熱心に取り
組んでいる、県内の市町村や産業支援機関等の皆様の、新規の産業振興事業等の
企画・実施化の「バイブル」として、形式的にも本質的にも相応しいものを策定し
ていただくことを期待していたが、前述のことから明らかなように、そうはなら
なかったことが非常に残念でならない。

○このようなことからも、関係の産学官の方々には、人口減少・少子高齢化が進む
長野県を、社会的にも経済的にも真に豊かな地域として存続させることに資する
地域産業政策が、産学官の緊密な連携の下に策定・実施化されていくことに、今
まで以上に、ご支援・ご協力を賜ることを切にお願いしたいのである。


ニュースレターNo.199(2023年3月13日送信)

長野県の新たな産業立地戦略の在り方について

【はじめに】
○国の第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」(2019年12月策定)の
「目指すべき将来」においては、「将来にわたって『活力ある地域社会』の
実現」という大きな目標の下で、「地域の外から稼ぐ力を高めるとともに、
地域内経済循環を実現する」という地域経済の方向性が提示されている。
 当然のことながら、長野県の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」も、
現在策定作業中の「長野県産業振興プラン」も、基本的に、この方向性に
沿っているものと考えられる。

○地域外から稼ぎ地域経済の成長を牽引する、地域の主要産業(基盤産業)
の在り方を含む、優位性ある産業集積の新たな形成・成長の方向性や、その
具現化の政策的手法等について調査研究している中で、地域経済理論に基
づき、多くの示唆を与えてくれる下記の論文に出会った。

※参考文献@:人口問題研究2021.6「地域産業政策のあり方と地域の未来」
東京大学大学院 松原 宏
参考文献A:九州大学 経済学研究 第88巻4号「進化する産業集積と
イノベーション〜研究・政策動向に関する覚書〜」輿倉 豊

○そこで、今回のニュースレターでは、前記の文献等を参考にして、長野県
の新たな産業立地戦略の在り方について、様々な視点から検討することにし
た次第である。

【地域経済を牽引する基盤産業の在り方】
○地域経済を構成する産業分野については多種多様であるが、大きく基盤
産業と非基盤産業に分類される。
 基盤産業とは、地域外へ生産物を移出し、地域外から所得を得て地域経済
を支える産業をさす。当該地域に特化した農林水産業や工業、他地域からの
観光客の流入により成立している観光業などからなる。
 非基盤産業とは、地域内での所得循環によって成立している産業をさす。
地域住民の消費によって成立している商業・サービス業が主となる。

○地域経済の維持・成長を牽引するのは、地域外から所得を得てくる基盤
産業であり、その基盤産業と非基盤産業との産業連関や消費支出を通じた
地域内所得循環によって地域経済は成り立つことになる。

○地域経済を牽引する基盤産業の在り方については、特定産業(実際の産業
立地戦略においては、技術的関連性の高い複数の産業分野を特定する場合が
多い。)に特化すべきか、それとも技術的関連性の有無等に拘らず、地域産
業の多様化を進めるべきか、という議論がなされてきている。

○国の産業立地(集積)政策の変遷を見ると、1988年からの「テクノポリ
ス法」、1997年からの「地域産業集積活性化法」、2001年からの「産業ク
ラスター計画」、2007年からの「企業立地促進法」までは、特定の地域に
特定の業種の産業の集積を目指すものであった。
しかし、2017年に「企業立地促進法」に代わって制定された「地域未来
投資促進法」では、これまでの集積業種や集積区域の指定をなくし、製造業
のみならずサービス業等の非製造業を含む幅広い事業主体による「地域経済
牽引事業」を支援する方向性が打ち出されている。
※地域経済牽引事業:地域の特性を生かして、高い付加価値を創出し、地域
の事業者に対する相当の経済的効果を及ぼす事業

【地域の産業立地の多様化の在り方】
○地域の産業立地における業種の多様化の在り方については、必要とされる
技術や知識がある程度類似(関連)した業種が多数存在する「関連多様性」
と、多様な業種間での技術的関連性が低い「非関連多様性」という、大きく
二つの方向性に整理できるとされている。

○「関連多様性」が高い産業集積においては、その集積内の企業の間での
緊密な相互作用による、企業間取引の効率化等による生産性の向上やイノ
ベーション創出活動の活性化が見られるという知見が得られている。
しかし、「非関連多様性」が高い(「関連多様性」が低い)産業集積は、
不況等の外的ショックを吸収する能力が高いことなど、「非関連多様性」
の意義に注目した仮説もあり、産業立地において、具体的にどちらがどの
ような優位性を発揮できるのかについては、今後の更なる検証が必要と言
われている。

【基盤産業の多様化を前提とする地域産業政策の在り方〜「関連多様性」が高い産業集積の形成の政策的意義〜】
○長野県の産業立地戦略については、国の産業立地政策に準じて、当該地域
の技術的蓄積等の地域資源の有効活用の視点から、当該地域にとって一定の
優位性の確保を期待できる、技術的関連性が高い複数の業種分野に特化した
産業集積の形成を目指してきている。

○県内各地域の産業集積においては、様々な高度技術力を有する中小企業等
が、地域内のみならず地域外(場合によっては海外)の産学官との連携によ
る、産業クラスター形成活動に参画してきている。
すなわち、地域の中小企業等は、地域外から必要な技術や知識を積極的に
吸収し、「関連多様性」が高い産業集積の更なる高度化に積極的に取り組ん
できているのである。
 このようにして、長野県の地域産業政策の中核には、「関連多様性」が高
い産業集積の形成・高度化という方向性(理念)が明確に位置づけられてき
ていると言えるのである。

○また、航空機産業、医療機器産業等の特定の新産業の集積を目指す、長野県
の近年の産業振興戦略においても、その新産業と既存産業の間では、それぞれ
の加工・組立技術に高い関連性・類似性が存在していることが、その新産業分
野への技術的参入障壁を低くすることに有利に機能することを前提としている
のである。

○長野県においては、全国に先駆け1970年代には、技術的関連性が高い異業種
の中小企業等の間で、個々の企業の独創的な経営力や技術力に係るノウハウを
相互に提供し学び合い、個別企業の経営的・技術的高度化の域を超えて、地域
産業全体としての発展に資する「異業種企業交流研究会」の活動が始まっている。
異業種企業の連携(知識の交流から実務面での連携等)による企業経営の量的
拡大や質的高度化を目指すという地域産業政策の「根幹」は、現在の県内各地域
における産学官連携による産業クラスター形成戦略等の中に連綿と引き継がれて
来ているのである。

○すなわち、長野県においては、「関連多様性」が高い産業集積の形成・高度化
の政策的意義については、産業立地戦略を含む、様々な産業振興戦略等の見直し
や更新等のたびに、繰り返し確認されてきているのである。

【基盤産業の多様化を前提とする地域産業政策の在り方〜「非関連多様性」が高い産業集積の形成の政策的意義〜】
○前述のように、長野県ならではの各地域での「関連多様性」が高い産業集積
(産業クラスター)の形成が、長野県の地域産業政策の優位性確保の基盤となっ
ていることから、その産業集積をわざわざ「非関連多様性」が高まる方向へ誘導
するようなことには、政策的意義を見出すことは困難となる。

○しかし、既存の産業集積の「非関連多様性」への方向転換を目指すのではなく、
既存の産業集積とは別の地域に、その既存の産業集積とは技術的関連性が低い、
全く新たな技術分野に係る新産業の集積形成を目指すことについては、長野県の
従来からの産業立地戦略の継続(延長線上)では実現困難な、地域社会・経済の
飛躍的な発展の実現を期待できる、すなわち、社会的・経済的インパクトの大き
な「大改革」になることから、挑戦してみる政策的意義はあるのではないだろうか。

○また、このことは、長野県内の各地域の技術的関連性が高い様々な産業集積
(産業クラスター)で構成される、県全体としての「関連多様性」が高い産業
構造の中に、技術的関連性が低い全く新しい産業集積を別途形成することに
よって、既存の産業集積の間での「関連多様性」を維持しつつも、長野県全体
の産業構造の「非関連多様性」を高め、「非関連多様性」のメリット(不況等
の外的ショックの吸収等)も享受できる方向に誘導することになるとも言える
のである。

○このような長野県内の既存の産業集積と技術的関連性が低い新産業の集積形成
という、今まで経験のない極めて挑戦的な取組みの決定的な政策的意義について
は、その新産業の集積形成が、長野県として解決すべき重大な経済的・社会的
課題の解決方策の開発・事業化(地域イノベーションの創出)を促進し、長期間
にわたって、県外から相当額の所得を得ることにも大きく貢献できるようなるこ
との中に見出すことができるのではないだろうか。

○長野県の阿部知事も、長野県のこれからの企業や産業の誘致活動における、
誘致対象の選定においては、県内にイノベーション・エコシステムを構築する
ことに資するか否かが、重要な判断基準となるという主旨の発言をしているの
である。
※参考文献:日本経済新聞(2020.9.1)「企業誘致、雇用要件外す」
「地域にイノベーションを 阿部知事に聞く」

【地域イノベーション・エコシステムの構築のために集積を目指すべき新産業の事例の提示】
○長野県が抱える重大な経済的・社会的課題の解決方策の開発・事業化(地域イ
ノベーションの創出)を促進し、県全体の産業構造としての「非関連多様性」の
メリットの享受にも資する新産業としては、どのような事例を提示することがで
きるだろうか。
その一つの事例としては、木の枝葉から根に至るそれぞれの部分を、その部分
の物理的・化学的特性に応じて無駄なく活用し、社会的価値と経済的価値の両方
を有する、新技術・新製品の開発・事業化を具現化できる、新たな「林産業」を
提示することができるだろう。

○なぜならば、全国有数の森林県と言われる長野県の林業の振興や、地域外から
の「新たな稼ぎ頭」の創出という経済的課題と、工業素材・製品の脱化石燃料化
によるカーボンニュートラル実現や中山間地域の維持・振興等の社会的課題の
両方を同時に解決できる方策として、長野県産の木(枝葉から根に至る木全体)
を木質バイオマスとして無駄なく活用し、化石燃料由来の工業素材・製品の代替
素材・製品を開発・供給できる、新たな「林産業」の集積形成には、大きな政策
的意義が認められるからである。

○長野県の場合、木を育てる林業は盛んであるが、それに比べて、育った木を
木質バイオマスという工業原料として、化学薬品やバイオ燃料等を含む、多種多様
な製品群を製造できる、新たな「林産業」の集積(木質バイオマス活用産業クラ
スター)の形成への政策的な取組みについては、まだまだ活発であるとは言えな
い状況にあるのではないだろうか。

  ○県や市町村等が、新たな「林産業」の集積の形成を目指すことになった場合に
は、最初に、実現を目指す新たな「林産業」の集積の姿(ビジョン)を描き、そ
のビジョン実現への道筋(シナリオ)と、そのシナリオの着実な推進に必要な
各種施策(プログラム)を策定することが必要となる。そして、そのシナリオ・
プログラムの効果的な推進に必要な資金や人材の確保が重要課題となるのである。

【むすびに】
○今後の長野県の産業立地戦略においては、県内各地域の技術的関連性が高い
産業集積の高度化を目指すという、従来からの方向性の延長線上では実現困難な、
地域の社会・経済の振興に大きなインパクトをもたらす、全く新しい業種分野の
産業集積の形成にも挑戦することが必要になるのではないだろうか。

○そして、その新産業の業種分野の選定については、地域が直面している重大な
経済的・社会的課題の解決方策の開発・事業化(地域イノベーションの創出)を
促進し、長期間にわたって地域外から相当額の所得を得ることにも大きく貢献で
きるのか否かが、重要な判断基準になるだろう。

○関係の産学官の方々には、「地域の外から稼ぐ力を高めるとともに、地域内
経済循環を実現する」という、地域経済の基本的方向性の具現化に資する、
長野県ならではの、他県等に対して優位性を有する産業立地戦略の在り方に
ついて、積極的に提言等をしていただくことをお願いしたいのである。


ニュースレター号外28(2023年2月13日送信)

プロジェクトC「フードテック関連産業創出プロジェクト」の中に、食品廃棄物のアップサイクルによる新たな食品産業クラスター形成戦略を組み込むべきこと

【長野県産業労働部への提出意見】
 長野県産業労働部では、県内産業の稼ぐ力の向上に向けた「長野県産業振興
プラン」の策定作業の一環として、令和5年1月16日から2月14日までの間、その
プラン案についての意見募集(パブリックコメント)を行っている。

 皆様方にも、この産業振興プランが、県内産業の振興を通して、人口減少・
少子高齢化が進む長野県を、社会的にも経済的にも真に豊かな地域として存続
させることに大きく資するものとなるよう、この意見募集にできるだけご参加
いただきたく、参考までに、ニュースレターNo.198、号外19から号外27で、
私が県へ提出した意見の概要等をお知らせしてきた。

 その後、近年、国内外で注目を集めている、食品廃棄物のアップサイクル
(元の食品より付加価値の高い食品廃棄物再利用製品の開発を目指すもの)の
重要性に鑑み、プロジェクトC「フードテック関連産業創出プロジェクト」の
中に、食品廃棄物のアップサイクルに取り組むことの必要性や具体的な取組み
内容等を明確に提示していただきたいと考え、以下の意見・提案等を追加提出
した次第である。

 加工食品の原料生産から製造・流通・消費等に至る様々な工程から排出され
る動物・植物系の廃棄物(食品廃棄物)を、元の加工食品より付加価値の高い
製品に再利用することを目指すアップサイクルが、優位性のある新たな食品産
業クラスターを形成するための一つの手法として、非常に重要であると言われ
ている。

 長野県においては、食品製造業振興ビジョン(計画期間:2017〜2022年度)
に基づき整備された「『食』と『健康』ラボ」が、研究開発・商品開発等への
一貫支援を実施していることから、このラボが、県内の食品廃棄物のアップサ
イクルの取組みを活性化してくれることを期待している。

 しかし、同ビジョンの計画期間が2022年度で終了することから、現在策定中
の産業振興プラン(案)において、食品廃棄物のアップサイクル関連企業の
集積促進策等を含む、新たな食品産業クラスター形成戦略を提示していただく
ことを期待して、以下で、プラン(案)のプロジェクトC「フードテック関連
産業創出プロジェクト」について、意見・提案等をさせていただきたい。

※参考:プロジェクトCの中には、「未利用資源等の付加価値化(アップサイ
クル等)」との記載はあるが、食品廃棄物のアップサイクルを明確に提示して
いただきたいという趣旨での意見・提案等の提出である。
 なお、アップサイクルという用語の意味について、最初に分かりやすく説明
しないと、プランを読む人に対して不親切になるのではないか。

1 食品廃棄物のアップサイクルの重要性に鑑み、プラン(案)のプロジェク
トC「フードテック関連産業創出プロジェクト」の中に、食品廃棄物のアップ
サイクルによる新たな食品産業クラスター形成戦略を組み込んでいただきたい。

 国連食糧農業機関(FAO)の2011年のレポートで、世界の食品生産・流通過
程で発生する食品廃棄物(Food Loss & Waste)が、食料生産全体(40億トン)
の1/3に当たる13億トンであることが報告され、その減量化の重要性等から、
2015年の国連サミットで採択されたSDGsの目標の一つ「つくる責任・つかう
責任」のターゲットの中に「2030年までに小売・消費レベルにおける世界全体
の一人当りの食料廃棄を半減させ、生産・サプライチェーンにおける食料の損
失を減少させる」ことが掲げられた。

 日本では(長野県内においても)、SDGs採択のずっと前から、資源の有効活
用の視点から、様々な地域で、特に食品製造工程から排出される動物・植物系
廃棄物のリサイクルについて、様々な取組みが進められて来ている。
そして、そのリサイクルの取組みにおいては、ほとんどの場合、発酵等の一
定の技術的処理を加え、肥料化や飼料化するなど、元の食品以下の付加価値の
製品を製造するダウンサイクルになっているのである。

 しかし、近年は、米国において、2019年に「アップサイクルフード協会」が
設立され、アップサイクルフードの認証制度も創設されるなど、世界的に、技
術的困難性が高くても、元の食品より付加価値の高い、食品廃棄物再利用製品
の開発を目指すアップサイクルの重要性への認識が深まり、様々な取組みが進
められているのである。

 このような食品廃棄物のアップサイクルの取組みの在り方については、多く
の場合、高付加価値型の新たな廃棄物有効活用技術の開発・事業化の視点から
論じられることはあっても、地域の様々な食品製造企業と、そこから排出され
る廃棄物のアップサイクル企業との地理的に緊密な連携をベースとした、新た
な優位性ある食品産業クラスターの形成の視点から論じられることは、あまり
無かったようである。

 そこで、長野県においては、地域の様々な食品製造企業(農林業等も含めて)
から排出される多種多様な廃棄物について、地域の産学官の連携によってアッ
プサイクルする技術を開発し、高付加価値型の新製品を製造・供給する企業集
積の拡充強化を促進することによって、当該地域を、他地域に比して優位性の
ある食品産業クラスターへ発展させる戦略を、プラン(案)のプロジェクトC
「フードテック関連産業創出プロジェクト」の中に組み込むべきことを提案し
たいが、いかがだろうか。

 なお、食品廃棄物のアップサイクルによる食品産業クラスターの形成におい
ては、新規食品のみならず、化粧品や医薬品等、食品以外の新規製品への展開
をも視野に入れて取り組むべきことを提案しておきたい。
 すなわち、フードテック(最先端技術の活用による全く新規の食品製造技術)
以外の先端技術の活用も視野に入れた、食品廃棄物のアップサイクル活性化支
援体制の整備についても、プロジェクトCの中に提示すべきということなので
ある。

2 プロジェクトCの中に、既存の食品廃棄物のアップサイクル製品に対する、
長野県ならではの優位性確保戦略を提示していただきたい。

 県内外で研究開発・事業化に取り組まれている、食品製造工程からの廃棄物
のアップサイクル製品については、例えば、ブドウの種・皮を利用した化粧品、
ホタテ貝殻を利用した歯磨き・洗剤、廃棄野菜・果実を利用したクレヨン、籾
殻を利用した健康補助食品など、非常に多種多様なアップサイクル製品が、既
に新聞報道や展示会等で紹介されて来ている。
 すなわち、食品廃棄物が含有する特徴的な有用物質を成分分析によって明ら
かにし、その有用成分を例え微量なりとも含むことを「売り」にする製品を製
造・販売することは、一般的なビジネス手法として広く普及しているのである。

 このような状況に対して、アップサイクルに係る市場競争力を有する「稼げ
る」食品関連産業の創出のためには、今まで全く注目されていなかった新規の
有用物質の抽出・活用や、今まで技術的に困難と考えられていた、有用物質抽
出技術やその新規応用製品の製造技術の開発などからなる、長野県ならではの
新規性や独創性のある、アップサイクル製品の開発・事業化プロジェクトをプ
ロジェクトCの中に組み込むべきと考えるが、いかがだろうか。
 そのプロジェクトの企画・実施化への道筋だけでも提示していただきたい。

3 新規アップサイクル製品の開発・市場開拓戦略を「イメージ戦略」を超え
た、「科学的戦略」に基づくものにすることに資する、地域の産学官の各種機
関の緊密な連携の下に構成された支援体制(プラットフォーム)の構築・運営
の在り方について、プロジェクトCの中で提示していただきたい。

 既に非常に多くの、食品製造工程からの廃棄物のアップサイクル製品が開発・
事業化されてきているが、そのほとんどのビジネス手法は、前述の通り、食品
廃棄物が含有する特徴的な有用物質を成分分析によって明らかにし、その有用
成分を含むことを「売り」にする、すなわち、実際に有用な効能を発揮するこ
との科学的検証までは実施できていない製品を、イメージの良い製品として製
造・販売するというようなレベルものである。

 そこで、長野県で取り組む食品廃棄物のアップサイクル製品の開発・事業化
が、優位性のある食品産業クラスター形成の具現化に結びつくようにするため
には、アップサイクル製品の開発・市場開拓戦略を、科学的根拠に乏しい「イ
メージ戦略」のレベルを超えた、長野県ならではの「科学的戦略」へ転換する
ことが不可欠となるのである。

 したがって、たとえ技術的困難性が高くても、例えば、真に健康維持に顕著
な効果を発揮できるような、高付加価値型の新規アップサイクル食品の開発・
市場開拓を目指す「科学的戦略」の策定・実施化に、地域の食品関連企業等が
取り組むことを動機づけ、支援する「政策的仕掛け」を整備することが、食品
廃棄物のアップサイクルによって、他地域に比して優位性を有する食品産業ク
ラスターを形成するためには不可欠となるのである。

 その「政策的仕掛け」の具体的姿としては、その新規のアップサイクル製品
の開発・市場開拓戦略を「イメージ戦略」を超えた、「科学的戦略」に基づく
ものにすることに資する、科学・技術面や許認可面など様々な分野にわたる支
援をワンストップで提供できる、地域の産学官の各種機関の緊密な連携の下に
構成された支援体制(プラットフォーム)の構築・運営の全体像として提示す
ることができるだろう。
 この支援体制の構築・運営の全体像の在り方について、プロジェクトCの中
で提示していただきたいのである。

 意見募集(パブリックコメント)の提出期限は迫っており、今回の意見・提
案等の提出を最後としたい。
 御多用中にもかかわらず、今回の意見募集に、意見・提案等を提出していた
だいた方々には、心より感謝申し上げます。


ニュースレター号外27(2023年2月10日送信)

「スマート在宅医療システム」の開発・社会実装を目指すプロジェクトEにおいて、このプロジェクトの社会的実施意義(社会的価値の創出)と経済的実施意義(経済的価値の創出)とを整合する「仕組み」を提示すべきこと

【長野県産業労働部への提出意見】
 長野県産業労働部では、県内産業の稼ぐ力の向上に向けた「長野県産業振興
プラン」の策定作業の一環として、令和5年1月16日から2月14日までの間、その
プラン案についての意見募集(パブリックコメント)を行っている。

 皆様方にも、この産業振興プランが、県内産業の振興を通して、人口減少・
少子高齢化が進む長野県を、社会的にも経済的にも真に豊かな地域として存続
させることに大きく資するものとなるよう、この意見募集にできるだけご参加
いただきたく、参考までに、ニュースレターNo.198、号外19から号外26で、
私が県へ提出した意見の概要等をお知らせしてきた。

 その後、プロジェクトE「誰もが在宅で適切な治療等を受けられる『スマー
ト在宅医療システム』の社会実装プロジェクト」においては、本県の中山間地
等の医療サービスを受けにくい人々の医療サービスへのアクセスの困難性の解
決という、社会的な実施意義については説明されているが、このプロジェクト
が、どのような長野県産業の、どのような稼ぐ力を、どのように高め、結果と
して長野県産業の持続的発展にどう結びつくのかという道筋、すなわち、経済
的な実施意義が説明されていないという、重大な問題点に気づいたため、以下
の意見を追加提出した次第である。

1 プロジェクトEの、長野県産業の振興のためのプロジェクトとしての
重要性・実施意義を明確に説明すべきではないか。

プロジェクトEを、長野県の産業振興に資するプロジェクトとして、産業
振興プランの中に位置づけるためには、社会的価値が創出されることだけで
はなく、経済的価値も創出され、その整合(両立)によって、長野県産業の
発展に大きく資することになる道筋を説明しなければならないのではないか。

 そして、プロジェクトEの産業振興プロジェクトとしての社会的・経済的
な実施意義を説明する場合には、少なくとも、以下の2点からの説明が必要
になるのではないか。

  説明すべき事項1:競合他社(他の事業主体)に対する優位性(競争力)
確保戦略
 長野県で開発・社会実装する「スマート在宅医療システム」を活用した医
療サービスのビジネスモデルが、他県等で開発される(された)在宅医療シ
ステムを活用したビジネスモデルより、高度な医療サービスを提供でき、よ
り高い収益性をも確保できるというような、社会的価値の創出と経済的価値
の創出の両面において優位性を確保できるようにするシナリオ・プログラム
を提示すべきこと。
 すなわち、プロジェクトEで開発する「スマート在宅医療システム」を用
いた、医療サービスビジネスの、競合他社(他の事業主体)に対する優位性
(競争力)の確保戦略についての説得力ある説明が必要になること。

説明すべき事項2:県内企業等への経済的波及効果
他県等で開発される(された)類似の在宅医療システム等に対して優位性を
有する「スマート在宅医療システム」の開発・社会実装(ビジネス化)にお
いては、長野県のどのような企業等(業種・業態)が、どのような役割を
担って参画し、その成果をどのような収益性の高いビジネスとして具現化で
きるようになるのか、など県内企業等の経済的な参画意義(確保が期待でき
る売上・収益等)、すなわち、県内企業等への経済的波及効果について具体
的に説明すべきこと。

2 この「スマート在宅医療システム」を開発・社会実装(ビジネス化)す
るために必要な企業等をどのように選定し、最適な「連携体」をどのように
構成・運営するのか。

 この「スマート在宅医療システム」の開発・社会実装を収益性の高いビジ
ネスとして実現するためには、長野県内の様々な企業等の中から、この「ス
マート在宅医療システム」の開発・社会実装のビジネス化のために必要な
企業等を選定し、効果的な役割分担の下に、最適な「連携体」を構築・運営
することが必要になると考えられるが、どのようにして最適な「連携体」を
構築・運営しようとしているのか。
 この「スマート在宅医療システム」の開発・社会実装の優位性や実現可能
性を説明するためには、その最適な「連携体」のプロジェクト推進能力の整
備の在り方等についての具体的な説明が不可欠ではないか。
 また、この「連携体」の運営主体については、どのような企業等が最適と
考えているのかを提示すべきではないか。

3 この「スマート在宅医療システム」がビジネスとして成功するためには、
市場競争力等の優位性確保が不可欠となるが、その決め手として、どのよう
な優位性ある先端的技術(科学的知見を含む)やビジネスモデルの活用を想
定しているのかを提示すべきではないか。

 この「スマート在宅医療システム」の開発・社会実装をビジネスとして実
現するためには、他県等で開発される(された)類似のビジネスに対して優
位性(高品質のサービスの提供とより高い収益性の確保など)を有すること
が不可欠となる。
 この優位性の確保の決め手となるのは、長野県の「スマート在宅医療シス
テム」を構成する先端的技術(科学的知見を含む)やビジネスモデルの圧倒
的な新規性や独創性である。
 どのような圧倒的な新規性や独創性を有する先端的技術やビジネスモデル
を活用しようとしているのか。その説明がなされなければ、このプロジェク
トのビジネスとしての実現可能性の高さを説明することはできないのではな
いか。
 その実現可能性の高さを説明できなければ、県内企業等に、このプロジェ
クトへの参画を動機づけることが困難になるのではないか。

 皆様方にも、このプロジェクトEが、県民に対する医療サービスの高度化
(社会的価値の創出)と、長野県産業の稼ぐ力の強化(経済的価値の創出)
とを整合できるようにすることに資する、意見・提案等の積極的な提出をお
願いしたい。


ニュースレター号外26(2023年2月9日送信)

「長野県産業振興プラン」(案)のプロジェクトの中に、長野県産業の高度な技術力等を活用した「サーキュラー・エコノミー」構築に資する新技術・新製品の創出プロジェクトを追加すべきこと

【長野県産業労働部への提出意見】
 長野県産業労働部では、県内産業の稼ぐ力の向上に向けた「長野県産業振興
プラン」の策定作業の一環として、令和5年1月16日から2月14日までの間、その
プラン案についての意見募集(パブリックコメント)を行っている。

 皆様方にも、この産業振興プランが、県内産業の振興を通して、人口減少・
少子高齢化が進む長野県を、社会的にも経済的にも真に豊かな地域として存続
させることに大きく資するものとなるよう、この意見募集にできるだけご参加
いただきたく、参考までに、ニュースレターNo.198、号外19から号外25で、
私が県へ提出した意見の概要等をお知らせしてきた。

 その後、プロジェクトA「循環型社会構築に向けた新産業創出プロジェクト」
においては、カーボン・ニュートラル実現という環境対策に資することを主目
的とする、新技術・新製品の開発等に取り組むことにはしているが、環境対策
のみならず、経済活動として稼ぐシステムまでを組み込んだ「サーキュラー・
エコノミー」(循環型経済)への移行に対応した取組みの提示がなされていな
いという、重大な問題点に気づいたため、以下の意見を追加提出した次第である。

 カーボン・ニュートラルの実現に合わせて、EUなどを中心に「サーキュラー
・エコノミー」(循環型経済)の構築が強力に推進されている。当然、日本に
おいても取り組まなければならない重要課題となっている。

 「サーキュラー・エコノミー」とは、従来の廃棄物の処理・リサイクルを中
心とした資源循環の考え方とは異なり、素材選択・製造の在り方、消費の態様
など、製品・サービスのライフサイクル全体を包含する循環システムを導入し
ようとするものである。
 より具体的に言えば、「サーキュラー・エコノミー」とは、できるだけバー
ジン材料を投入しないように、原料調達・製造の段階から、製品・部品・素材
のリサイクル(再利用)を前提とした循環システムの構築を目指すもので、
究極的には廃棄物が発生しない循環システムと言えるものである。
 また、このような製品・サービスのライフサイクル全体での循環システムの
導入は、当然のことながら、環境への炭素負荷を下げる効果を期待でき、カー
ボン・ニュートラルの実現にも大きく資するものである。

 SDGsの浸透などによる人々の価値観の変化や、サステナブル・ファイナンス
(持続可能な未来のために資金を活用する手法)の拡大などを受け、「サーキ
ュラー・エコノミー」実現に資する新技術・新製品を提供できれば、企業のブ
ランド価値だけでなく、企業の財務価値等の向上にも繋がるという認識が広が
りつつある。

 このような動向に長野県産業が遅れることなく効果的に対応できるよう、プ
ロジェクトA「循環型社会構築に向けた新産業創出プロジェクト」の中に、
「サーキュラー・エコノミー」構築に資する、以下のプロジェクトを追加すべ
きことなどを提案したい。

1 プロジェクトA「循環型社会構築に向けた新産業創出プロジェクト」に
おける「循環型社会構築」とは、どのような社会の構築のことなのか。
EU等が強力に推進している「サーキュラー・エコノミー」の構築とは、
どのような関係にあるのか。

1-@最初に、プロジェクトAにおける「循環型社会」の概念(定義)が具体
的かつ明確に提示されないと、その構築のために実施するプロジェクトAの
実施する意義、重要性等について、県民等に対して説得力ある説明ができな
いのではないか。

1-AプロジェクトAの中に「エネルギーや水などの循環に必要な技術」が
提示されているが、どのような技術なのか。あまりに漠然としていて、県民
等にとって分かりにくいのではないか。
 その技術の社会的・経済的必要性、その技術の実用化・社会実装のために
解決すべき技術的課題、その課題の優位性ある(稼げる)解決方策の開発
方針等、県民等に分かりやすい筋立ての説明が必要ではないか。

 いずれにしても、世界的に取組みの強化が迫られている、「サーキュラ
ー・エコノミー」の構築に資するプロジェクトを実施していただきたく、
以下で提案する。

2 金属素材に係る循環型産業構造への転換に対応するために、長野県産業
が解決すべき(解決に貢献できる)課題の特定・解決に資するプロジェクト
を、プロジェクトAの中に追加すべきではないか。

 金属資源に関しては、脱炭素関連技術に必要なレアメタル等の獲得競争の
激化や、採掘・素材製造段階での炭素負荷低減圧力の強化などから、金属廃
棄物や、有用金属を含む使用済み工業製品等に由来する、再生金属素材の経
済的価値が益々高まると言われている。
このように、再生金属素材に係る供給・利用・回収サプライチェーンの重要
性が増し、金属素材関連産業全体が、循環型の産業構造にシフトしていくこ
とを見据えて、長野県のものづくり産業等が解決すべき(解決に貢献できる)
技術的課題を明確化し、その課題の優位性ある(稼げる)解決方策の開発・
実施化に資するプロジェクトを、プロジェクトAに追加すべきではないか。

 例えば、自社が参画する金属素材製品の製造に係るサプライチェーンに組
み込まれる、製品・部品・素材の循環システムを、より完成度の高いものに
するために解決しなければならない技術的課題(例えば、有用金属の分離・
精製工程の生産性の向上等)の、優位性ある(稼げる)解決方策の開発・実
施化を目指すプロジェクトなどを挙げることができるだろう。

3 化石燃料由来のプラスチックからバイオプラスチック等への代替促進の
ために解決すべき課題を特定し、その課題の解決に長野県産業が貢献するこ
とに資するプロジェクトを、プロジェクトAの中に追加すべきではないか。

 プラスチックは、燃焼に伴いCO2を排出することから、カーボン・ニュート
ラルのためにプラスチックの燃焼回避への社会的要請が更に高まることが想
定される。このため、バイオプラスチック等への代替が進むとともに、代替
できない部分については、燃焼回避のためのリサイクルが更に進展すると見
込まれる。
 したがって、様々な産業分野におけるプラスチックの「サーキュラー・エ
コノミー」の完成度を高めるためには、以下のような取組みが必要になるの
ではないか。

@化石燃料由来のプラスチックの他素材(バイオプラスチック等)への転換
促進のために解決すべき技術的課題(例えば、バイオプラスチック製造工程
の生産性の向上等)を明確化し、その課題の優位性ある(稼げる)解決方策
の開発・実施化に資するプロジェクトを、プロジェクトAに追加すべきでは
ないか。

A化石燃料由来のプラスチックのリサイクルの生産性向上のために解決すべ
き技術的課題(例えば、プラスチックの分離・精製工程の生産性の向上等)
を明確化し、その課題の優位性ある(稼げる)解決方策の開発・実施化に資
するプロジェクトを、プロジェクトAに追加すべきではないか。

※参考:バイオプラスチックとは、植物などの再生可能な有機資源を原料と
するバイオマスプラスチックと、微生物等の働きで最終的に二酸化炭素と水
にまで分解する生分解性プラスチックの総称。

4 産業廃棄物処理業者や一般廃棄物処理業者の廃棄物再資源化活動の活性
化に資するプロジェクトを、プロジェクトAの中に追加すべきではないか。

 「サーキュラー・エコノミー」の構築には、動脈産業と静脈産業との緊密
な連携が不可欠となる。その静脈産業の重要なプレーヤーとして、産業廃棄
物処理業者や一般廃棄物処理業者(市町村を含む。)を挙げることができる。
 カーボン・ニュートラルに資する「サーキュラー・エコノミー」を実現す
るためには、産業廃棄物処理業者や一般廃棄物処理業者の事業内容にある、
廃プラスチックの焼却等の炭素負荷の大きな工程や、金属廃棄物の埋立て等
の再資源化に結びつかない工程を、廃棄物の再資源化に資する工程へ転換す
ることが必要と考えられる。

 産業廃棄物処理業者や一般廃棄物処理業者の廃棄物の再資源化に結びつか
ない工程(焼却・埋立て等)を「サーキュラー・エコノミー」構築に資する
工程へ転換するために解決すべき技術的課題について、関係業者の実態調査
等を基に明確化し、廃棄物処理業者等との連携の下に、その課題の優位性あ
る(稼げる)解決方策の開発・実施化(廃棄物処理業者への普及等)に資す
るプロジェクトを、プロジェクトAに追加すべきではないか。

 皆様方にも、様々な産業分野における「サーキュラー・エコノミー」構築
への取組みに、長野県産業の高度な技術力等の優位性ある知的蓄積が、効果
的に活用されるようにするための、シナリオ・プログラム等についての積極
的な意見提出をお願いしたい。


ニュースレター号外25(2023年2月6日送信)

「長野県産業振興プラン」(案)のプロジェクトの中に、長野県のものづくり産業の強みである超精密加工技術等を活用した医療機器産業やヘルスケア産業の創出プロジェクトを追加すべきこと

【長野県産業労働部への提出意見】
 長野県産業労働部では、県内産業の稼ぐ力の向上に向けた「長野県産業
振興プラン」の策定作業の一環として、令和5年1月16日から2月14日まで
の間、そのプラン(案)についての意見募集(パブリックコメント)を行
っている。

 皆様方にも、この産業振興プランが、県内産業の振興を通して、人口減
少・少子高齢化が進む長野県を、社会的にも経済的にも真に豊かな地域と
して存続させることに大きく資するものとなるよう、この意見募集にでき
るだけご参加いただきたく、参考までに、ニュースレターNo.198、号外19、
号外20、号外21、号外22、号外23及び号外24で、私が県へ提出した意見の
概要等をお知らせした。

 その後、「長野県医療機器産業振興ビジョン」(2019年3月策定)で、
「治療系機器」産業の振興をターゲットの中心に据えて取り組むとしなが
ら、プラン(案)のプロジェクトの中に、「治療系機器」の開発・製品化
に係るプロジェクトが含まれていないことや、長野県のものづくり産業の
強みである超精密加工技術や信州大学等に蓄積されている先端的知見等の
活用によって、他県等に比して優位性を有する新規医療機器を創出すると
いうような、長野県ならではの戦略に基づく研究開発プロジェクトが提示
されていないことなど、重大な問題点に気づいたため、以下の意見を追加
提出した次第である。

U 提言内容(長野県産業労働部への提出意見)

1 「長野県医療機器産業振興ビジョン」の上位に位置づけられる、この
プラン(案)として、同ビジョンの策定趣旨である医療機器分野の「シリ
コンバレー」になることへのシナリオ・プログラムの順調な推進に資する
(同ビジョンの着実な推進を支援する)、重点施策やプロジェクトを提示
すべきではないか。

1-@「長野県医療機器産業振興ビジョン」(2019年3月策定)では、敢え
て開発・製品化の困難性の高い「治療系機器」をターゲットの中心に据え
て、医療機器分野の「シリコンバレー」となることを目指している。
 同ビジョン策定から約4年を経過し、「治療系機器」での「シリコンバ
レー」になるシナリオ・プログラムはどの程度進展してきているのか。
 そのシナリオ・プログラムの推進に問題点等があれば、それを修正し、
プラン(案)の重点施策やプログラムの中に、「シリコンバレー」になる
ことへの新たな(改善された)シナリオ・プログラム、すなわち、同ビジ
ョンの着実な推進を支援するシナリオ・プログラムを提示すべきではないか。

1-Aまた、プラン(案)においては、医療機器の開発に関連しそうなプ
ロジェクトとしては、プロジェクトD「県民の健康と快適な環境での生活
を維持する新製品・サービスの創出プロジェクト」で、日常・運動・作業
の動作や生体情報を計測・解析し、身体機能の向上や回復等に資する新製
品・新サービスの研究開発支援体制の強化を提示しているが、「長野県医
療機器産業振興ビジョン」がそのターゲットの中心に据えている、「治療
系機器」の開発・製品化に係るプロジェクトは提示されていないのはなぜ
か。提示すべきではないか。

2 プラン(案)のプロジェクトD「県民の健康と快適な環境での生活を
維持する新製品・サービスの創出プロジェクト」について、県民の健康維
持・増進等のために、なぜ第一にこのプロジェクトを実施することにした
のか、その実施目的・意義について具体的に説明・提示すべきではないか。

 プラン(案)のプロジェクトDでは、日常・運動・作業の動作や生体情
報を計測・解析し、身体機能の向上や回復等に資する新製品・新サービス
の研究開発支援体制の強化を提示しているが、県民の健康維持・増進等に
資する新製品・新サービスであれば、例えば、生活習慣病の発症予防に資
する新製品・新サービスの創出なども非常に重要な課題と考えられる。
 なぜ、第一に、このプロジェクトの実施を選定したのか、その実施目的・
意義を説明する必要があるのではないか。

 県民の健康維持・増進等のために、新製品・新サービスを開発・提供す
ることを目指している中小企業等も多いことと推測できる。その中小企業
等の医療機器関連分野への進出戦略の策定等に資するためにも、県民の健
康維持・増進等に係る新製品・新サービスの創出の在り方に関する県の基
本的な考え方を、プロジェクトや重点施策等の中で明確に提示しておくこ
とが必要ではないか。

3 プロジェクトDが、県民の健康維持・増進等を目指すのであれば、生
活習慣病の発症予防を目的とする、県内に蓄積された技術や先端的知見を
活かせる高性能バイオセンサーの開発・活用等による、新たなヘルスケア
産業の創出を目指すプロジェクトを、プロジェクトDの中に追加すること
を提案したい。

 医科診療費の3分の1以上が、生活習慣病関連であると言われることか
ら、生活習慣病の発症予防は非常に大きな社会的課題となっている。した
がって、生活習慣病の発症予防に資する新製品・新サービスの研究開発支
援の強化も重要と考える。
 そこで、長野県のものづくり産業の国際競争力の源泉である超精密加工
技術や、信州大学等が有する機能材料分野等の先端的知見を活用した、高
性能のバイオセンサーの開発・活用による、生活習慣病の発症予防に資す
る、新たなヘルスケア産業の創出を目指すプロジェクトの追加を提案したい。

※参考:生活習慣病とは、食事・運動・休養・喫煙・飲酒等の生活習慣が、
その発症や進行に関与する非感染性疾患を指し、悪性新生物、高血圧性疾
患、脳血管疾患、心疾患、糖尿病等がある。

※参考:バイオセンサーとは、簡単に言えば、疾病のマーカーとなる血中
等の特定物質を、生物起源の酵素反応や抗原抗体反応等によって高選択性
で捕捉し、その量を電気信号に変換することによって測定する技術を応用
したもの。軽薄短小化、高性能化、低価格化等の可能性が高いという優位
性を有する。
 健康寿命の延伸のためには、生活習慣病の早期発見・早期治療が必要で、
生活習慣病の罹患程度を肉体的・精神的負担の少ない方法で正確に把握で
きるバイオセンサーの中でも、ウェアラブルセンサーへのニーズが増大し
ている。

 生活習慣病の発症予防に資するサービスの創出・提供においては、その
サービスを受ける消費者が、そのサービスの効果を容易にかつ定量的に把
握できる要素を組み込むことが、当該サービスの付加価値向上には不可欠
となる。
 より具体的には、例えば、生活習慣病の罹患の程度の把握に資する、各
種のマーカー(血圧、心拍数、血中の糖・脂質等の成分値など)を自分で
容易に測定・評価できる非侵襲のセンサーの提供等が考えられる。
 そのセンサーが、生活習慣病の予防に取り組む人々に広く普及し、健康
管理に大きく資するようにするためには、センサーの軽薄短小化や低価格
化等によって、ユーザーサイドの肉体的、精神的、経済的な負担を最小限
に止めることが不可欠となる。そこで、センサーの中でも、軽薄短小化、
高性能化、低価格化等において、他のセンサーに比して優位性を有すると
言われる、バイオセンサーへの注目度が高まっているのである。

 新規バイオセンサーの開発・事業化における技術的・経済的課題の解決
については、長野県のものづくり産業は、その優れた超精密加工技術と、
信州大学等に高度に蓄積された機能材料分野等の先端的知見を活用しやす
い立場にあるという優位性を有することから、バイオセンサーの開発・事
業化を、高付加価値型の新規ヘルスケア産業の創出への中核的戦略として、
プラン(案)のプロジェクトに追加することに、長野県ならではの産業振
興戦略的な意義を見出すことができるのではないか。

4 ヘルスケアサービスの健康維持・増進効果の厳密な科学的根拠を提供
することに資する、産学官連携プラットフォームの構築・運営を、県民の
健康維持・増進を目指すプロジェクトの中に提示すべきではないか。

 ヘルスケアサービスの提供企業等が、新規のヘルスケアサービスの創出・
事業化に取り組む場合には、当該サービスが健康維持・増進に資すること
について、厳密に立証された科学的根拠を、ユーザーサイドに提示しなけ
ればならない。
 したがって、ヘルスケアサービスを創出・事業化する企業、必要なセン
サー等の機器を開発・提供できる企業、健康維持・増進効果の厳密な科学
的根拠を提供できる大学等からなる連携体制、すなわち、長野県ならでは
の産学官連携によるプラットフォームの「姿」とその構築・運営の在り方
について、県民の健康維持・増進を目指すプロジェクトの中に提示すべき
ではないか。

 皆様方にも、長野県のものづくり産業の高度な技術力や信州大学等に蓄
積されている先端的知見等を、優位性ある医療機器産業やヘルスケア産業
の創出に活かすというような視点から、実施すべきプロジェクト等につい
ての積極的な意見提出をお願いしたい。


ニュースレター号外24(2023年2月4日送信)

「長野県産業振興プラン」(案)の重点施策3の中に、リニア中央新幹線の開通によって実現できる、長野県の企業立地環境の優位性の確保への戦略を提示すべきこと

【長野県産業労働部への提出意見】
 リニア中央新幹線の開通(東京〜名古屋間2027年、東京〜大阪間2037年)
によって、首都圏・中京圏・関西圏の三大都市圏と、長野県駅(飯田市)を
含む複数の中間駅の周辺地域が連結されることによって形成される、1つの
巨大な都市コリドーである「スーパー・メガリージョン」の在るべき発展方
向を示す「スーパー・メガリージョン構想」(人口減少に打ち勝つスーパー・
メガリージョンの形成に向けて〜時間と場所からの解放による新たな価値創
造〜)が、2019年5月、国土交通省から公表された。

 リニア中央新幹線の中間駅の1つである「長野県駅」は、飯田市に設置さ
れ、「長野県の南の玄関口」、「三遠南信地域の北の玄関口」としての様々
な機能の発揮を期待されている。飯田地域については、多様な人材が活発に
行き交い、クリエイティブな交流が生まれる、三大都市圏とは異なる新しい
知的交流拠点となる可能性が高いとされている。
 その可能性を具現化するための具体的施策としては、航空宇宙産業等の新
産業の創出や地域産業の高付加価値化を目指し、「産業振興と人材育成の拠
点(エス・バード)」の機能強化等に取り組むことなどが提示されている。

 以下で、飯田市へのリニア中央新幹線「長野県駅」の設置を、長野県の企
業立地環境(ハード・ソフト)の更なる優位性の確保に活かすべきという視
点から、プラン(案)の重点施策3の「本社機能や研究開発拠点等の誘致」
について、いくつかの質問をさせていただきたい。

1 本社機能や研究開発拠点等の立地環境としての、長野県の優位性や更な
る優位性の確保の方策等について、重点施策3の中に提示すべきではないか。

 重点施策3の「本社機能や研究開発拠点等の誘致」に関する部分において
は、そもそも県外企業等に対し、本県への進出を動機づける、本県の企業立
地環境の他県等に対する優位性の確保の重要性や、その確保戦略等について
提示すべきと考えられるが、全く提示されていない。
 企業立地環境の優位性確保については、企業誘致促進のための非常に重要
な事項となることから、ここに明確に提示すべきではないか。

 特に「本社機能や研究開発拠点等の誘致」を目指すのであれば、本社機能
や研究開発拠点等が特に必要とする立地環境(要件)についての、長野県の
他県等に対する優位性を具体的に提示しなければならないのではないか。
 もし、現状の優位性を更に高めることを目指すのであれば、その戦略を提
示すべきではないか。

2 リニア中央新幹線の開通(東京〜名古屋間2027年、東京〜大阪間2037
年)によって、「長野県の南の玄関口」・「三遠南信地域の北の玄関口」と
なる飯田地域を、県外企業等に対する強力な吸引力を有する魅力ある「長野
県への企業誘致の南の拠点」とする企業誘致戦略を提示すべきではないか。

2-@飯田地域に「長野県への企業誘致の南の拠点」を形成することによる、
長野県の企業立地環境の優位性の確保
 飯田地域は、「スーパー・メガリージョン」の構成都市(リニア中央新幹
線の駅を連結することで形成される都市コリドーに含まれる都市)としての
恩恵を直接的に享受でき、「長野県の南の玄関口」・「三遠南信地域の北の
玄関口」としての様々な機能の発揮が期待されている。
 飯田地域の「長野県の南の玄関口」・「三遠南信地域の北の玄関口」とし
ての機能の中に、「長野県への企業誘致の南の拠点」としての機能を組み込
むべきと考えるが如何だろうか。
 もし、その機能を組み込むべきことに賛同いただける場合には、進出を検
討している県外企業や新規立地企業等に対するどのような支援機能を有する
「長野県への企業誘致の南の拠点」の形成を目指すのか、そのビジョン・シ
ナリオ・プログラムを重点施策3あるいは他の施策やプロジェクト等の中に
提示していただきたいのである。
 この「長野県への企業誘致の南の拠点」の整備は、長野県の企業立地環境
の優位性の確保に大きく資するものとなるのではないか。

2-A飯田地域を中核拠点とする新たな広域的な産業集積・ネットワークの
形成による、長野県の企業立地環境の優位性の確保
「長野県の南の玄関口」・「三遠南信地域の北の玄関口」となる飯田地域を
中核拠点とし、「スーパー・メガリージョン」内の首都圏・中京圏・関西圏
の地域や、「スーパー・メガリージョン」の辺縁地域と言える北陸圏等との
連携の下に、優位性を有する新たな産業集積や産業ネットワークを形成する
ことは、長野県駅を有する長野県ならではの企業立地環境の優位性を更に高
めることに大きく資することになるのではないか。
 したがって、重点施策3あるいは他の施策やプロジェクトの中に、飯田地
域を中核拠点とする、新たな広域的な産業集積や産業ネットワークの形成に
係るビジョン・シナリオ・プログラムを提示すべきではないか。

※参考:長野県は、2014年3月に、リニア中央新幹線の整備効果を県内に
波及させることを趣旨とする「長野県リニア活用基本構想」を策定している。
しかし、同構想は、長野県駅(飯田市)の駅勢圏(鉄道駅を中心としてその
駅を利用する人が存在する範囲)である「伊那谷交流圏」、長野県駅・山梨
県駅・岐阜県駅の駅勢圏である「リニア3駅活用交流圏」、長野県全域を対
象とする「本州中央部広域交流圏」という3つの重層的な交流圏を設定して
いるだけで、飯田地域を拠点(玄関口)とする、長野県の企業立地環境の優
位性確保戦略(玄関口に求められる機能の整備や、玄関口を中核拠点とする
新たな広域的な産業集積・ネットワークの形成等を含む。)については提示
できていない。

3 「スーパー・メガリージョン」内の飯田地域の企業立地環境の優位性の
向上によって、飯田地域以外の県内各地域(辺縁地域)の企業立地環境の優
位性が相対的に低下することを防ぐだけでなく、飯田地域と県内各地域等と
の新たな連携体制の構築等によって、飯田地域以外の県内各地域の企業立地
環境の優位性をも高めるための方策を提示することが必要ではないか。
 特に「本社機能や研究開発拠点等の誘致」を目指すのであれば、本社機能
や研究開発拠点等の立地に必要な要件の整備に資する、新たな連携体制の構
築等を目指すべきではないか。
 このことが、長野県全体の企業立地環境の優位性の確保に資するのではな
いか。

 飯田地域は、「スーパー・メガリージョン」の構成都市としての恩恵を直
接的に享受できる。しかし、「スーパー・メガリージョン」(都市コリドー)
の外にある地域(辺縁地域)、例えば、長野地域は、東京からの時間的距離
が飯田地域より遠くなることもあり、その企業立地環境の県内外における優
位性は相対的に低下するおそれがある。

 しかし、同じく、「スーパー・メガリージョン」の辺縁地域となる北陸地
域(富山、石川、福井の3県)においては、辺縁地域となることを飛躍的な
経済的・社会的発展の駆動力とするため、2019年、北陸地域が目指すべき姿
として、「スマート・リージョン北陸」(society5.0の実現によりSDGsを
達成〜少子高齢化・人口減少社会を克服し、人々が豊かで幸せに暮らす北陸〜)
を掲げる「北陸近未来ビジョン〜2030年代中頃の北陸のありたい姿〜」を策
定している。

※参考:「スマート・リージョン北陸」とは、東京―大阪間が北陸新幹線、
東海道新幹線、リニア中央新幹線の3軸で重層的に繋がる強固な「ゴール
デンループ」の完成の下に、AI、IoT等の先端技術が普及し、あらゆる分野
での「デジタル革新」が進展して形成される、一体感のある北陸3県の姿
(One Hokuriku)のことであると定義されている。

 長野地域は、「ゴールデンループ」を構成する北陸新幹線によって形成さ
れる都市コリドーの中には位置づけられるが、「スーパー・メガリージョン」
と「スマート・リージョン北陸」の両方の辺縁地域、すなわち両リージョン
の「谷間」に位置することになる。
 したがって、長野地域の企業立地環境の優位性の低下を防ぐためには、
「スーパー・メガリージョン」と「スマート・リージョン北陸」からの経済
的・産業的波及効果に期待するというような消極的・受動的な姿勢ではなく、
「スーパー・メガリージョン」と「スマート・リージョン北陸」との戦略的
連携の下に、特定の分野においては、両リージョンに対する優位性を有する
立ち位置の確保を目指す、「新たなリージョン(広域連携)の姿」(ビジョン)
の提示と、その具現化へのシナリオ・プログラムの策定・実施化が必要にな
るのである。

 したがって、プラン(案)の重点施策3あるいは他の施策・プロジェクト
の中には、長野地域における「新たなリージョン(広域連携)の姿」(ビジョン)
の提示と、その具現化へのシナリオ・プログラムの提示だけではなく、松本
地域、諏訪地域をはじめとする他の県内各地域(辺縁地域)についても、企業、
特に、本社機能や研究開発拠点等の立地環境の優位性を更に高めることに資す
る、新たな産業集積・ネットワークなど「新たなリージョン(広域連携)の姿」
の形成等に係るビジョン・シナリオ・プログラムを提示することが必要なの
ではないか。


ニュースレター号外23(2023年2月2日送信)

「長野県産業振興プラン」(案)の重点施策4の中に、長野県の中小企業等のサステナビリティ経営への円滑な展開に資する、長野県ならではのシナリオ・プログラムを提示すべきこと

【長野県産業労働部への提出意見】
 長野県産業労働部では、県内産業の稼ぐ力の向上に向けた「長野県産業振
興プラン」の策定作業の一環として、令和5年1月16日から2月14日までの間、
そのプラン案についての意見募集(パブリックコメント)を行っている。

 皆様方にも、この産業振興プランが、県内産業の振興を通して、人口減少・
少子高齢化が進む長野県を、社会的にも経済的にも真に豊かな地域として存
続させることに大きく資するものとなるよう、この意見募集にできるだけご
参加いただきたく、参考までに、ニュースレターNo.198、号外19、号外20、
号外21及び号外22で、私が県へ提出した意見の概要等をお知らせした。

 その後、プラン(案)の重点施策4において、環境・社会問題に対応する、
持続可能な経営(サステナビリティ経営)への展開の重要性を提示している
にも関わらず、サステナビリティ経営への円滑な展開に必要なシナリオ・プ
ログラムの提示が不十分という重大な問題点に気づいたため、以下の意見を
追加提出した次第である。

 企業を取り巻く様々なステークホルダー(直接的・間接的な利害関係者)
の環境・社会問題への関心の高まりの当然の帰結として、環境・社会問題に
対応する「サステナビリティ経営」(持続可能な経営)を実践しているか否
かが、受注開拓、投資・融資や人材の確保などの企業活動の成否を左右する、
「企業の評価・評判」に大きく影響するような状況になってきていることは、
プラン(案)が指摘している通りである。
しかしながら、プラン(案)の重点施策4の持続可能な経営への展開に係る
部分においては、以下に提示するような問題点があるので、その修正等をお
願いしたい。

1 重点施策4においては、中小企業等による「サステナビリティ経営」へ
の具体的アプローチ手法(シナリオ)を提示した上で、そのアプローチの実
施化に必要な支援施策(プログラム)を組み込むべきではないか。
 その方が、中小企業等が「サステナビリティ経営」に取り組みやすくなる
のではないか。

 中小企業等による、環境・社会的課題の解決方策の創出(イノベーション)
を組み込んだ、「サステナビリティ経営」への具体的アプローチ手法につい
ては、現状の組織・体制のままでも取り組みやすいという観点から、例えば、
以下のような二つの形に分類・整理することができるだろう。

@自社の製造・流通工程に由来する環境・社会的課題への対応
 自社の製造・流通工程に由来する環境・社会的課題の解決方策を創出し、
自社の社会的責任を果たすとともに、類似の課題に悩む企業等を対象として、
その解決方策としての新技術・新製品のビジネス化による、環境・社会的価
値と経済的価値を同時に実現する共通価値の確保(収益の確保)を図る。

A自社の技術的蓄積を活用した、他社の環境・社会的課題の解決方策(製品・
サービス)の改善への参画
 他社で開発中、あるいは実用化されている、特定の環境・社会的課題の解
決方策としての製品・サービスの機能等の改善(コストダウンを含む。)に
資する、自社の技術的蓄積を活用した、新技術や新装置・新システム等の提
案・開発・供給(サプライチェーンへの参画)を図る。

 中小企業等による、@とAの取組みの活性化に必要な「政策的仕掛け」を
プラン(案)の重点施策4の中に組み込むべきではないか。
 特に、環境先進県(トップランナー)を目指す長野県としては、長野県な
らではの優位性ある、地球環境保全に係る「サステナビリティ経営」への展
開のシナリオ・プログラムを明確に提示すべきではないか。

2 中小企業等の「サステナビリティ経営」への展開を活性化するためには、
重点施策4の中に、中小企業等が、通常業務的な「オペレーション」と特別
業務的な「イノベーション」の両分野に、バランスよく効果的に取り組める
ようにする支援施策を提示することが必要ではないか。

 「サステナビリティ経営」の本質は、従来からの「オペレーション」では
対応できなかった、環境・社会的課題について、環境・社会的価値と経済的
価値を同時に実現する共通価値の創出を目指す「イノベーション」に戦略的
に取り組むことによって、その解決を目指すことである。

 県内の大半の中小企業等においては、通常は「オペレーション」に中心的
に取り組みつつ、必要に応じて「イノベーション」にも取り組むというよう
な経営形態なっていると推測できる。
 そのような中小企業等においては、人的・資金的な制約の中で、マネジメ
ント手法が異なる両者に、如何にしたら、バランスよく効果的に取り組むこ
とができるのかが、経営上の重要課題となるのである。

 したがって、プラン(案)の重点施策4の中には、中小企業等が、不足す
る人的・資金的資源を補完しつつ、「オペレーション」と「イノベーション」
の両分野に、バランスよく効果的に取り組めるように支援できる、長野県な
らではの「政策的仕掛け」を組み込むことが必要になるのではないか。

※ここでの「オペレーション」の意味:主に短期的な事業継続の観点からの
取組みである。例えば、需要の変化に応じて、営業を行うとともに、従業員
を雇用し、生産設備を整備し、手順・プロセスの標準化を行うなどの取組み
である。この中には、製品・サービスや事業プロセスの継続的な改善も含ま
れる。

※ここでの「イノベーション」の意味:企業が、自らを取り巻く環境・社会
の変化に対応すべく、主に長期的な観点から様々な課題に取り組むことであ
る。例えば、市場・顧客のニーズの変化や技術の進展を踏まえて、新たな製
品・サービスの開発やビジネスモデルの構築、生産・流通工程の抜本的な見
直しなどを行う取組みである。

 皆様方にも、長野県の中小企業等のサステナビリティ経営への円滑な展開
に資するシナリオ・プログラムの在り方等について、積極的な意見提出をお
願いしたい。


ニュースレター号外22(2023年2月2日送信)

「長野県産業振興プラン」(案)の企業誘致に係る重点施策等の中に、新たな「企業誘致の理念」とその具現化へのシナリオ・プログラムを提示すべきこと

【長野県産業労働部への提出意見】
 長野県産業労働部では、県内産業の稼ぐ力の向上に向けた「長野県産業
振興プラン」の策定作業の一環として、令和5年1月16日から2月14日までの
間、そのプラン案についての意見募集(パブリックコメント)を行っている。

 皆様方にも、この産業振興プランが、県内産業の振興を通して、人口減少・
少子高齢化が進む長野県を、社会的にも経済的にも真に豊かな地域として
存続させることに大きく資するものとなるよう、この意見募集にできるだ
けご参加いただきたく、参考までに、ニュースレターNo.198、号外19及、
号外20及び号外21で、私が県へ提出した意見の概要等をお知らせした。

 その後、長野県は、2021年の企業誘致戦略の見直しにおいて、「イノベー
ション・エコシステムの形成に結びつく企業誘致」を重視する方向に転換
していることから、プラン(案)の重点施策等の中に、県の新たな「企業
誘致の理念」とその具現化へのシナリオ・プログラム等を組み込むべきと
考え、以下の意見を追加提出した次第である。

1 長野県が目指すべき「イノベーション・エコシステムの形成に結びつ
く企業誘致」を含む、長野県ならではの「企業誘致の理念」を、重点施策
3の「本社機能や研究開発拠点等の誘致」に係る部分の最初に明確に提示
しておくべきではないか。

 2020年9月1日付の日本経済新聞で、長野県が、2021年度から従来の企業
誘致方針を転換し、新規雇用を助成等の要件にしないことや、県外企業の
立地については健康・医療、航空・宇宙、食品等の、付加価値の高い特定
業種のみを助成等の対象にすることなどを検討していることが報道されて
いた。
 そして、この方針転換の真の意義を端的に示す、「単体としての企業誘
致ではなく、地域にイノベーションが起きるエコシステム(生態系)をど
うつくるかという発想が要る。そのためにどういう企業や産業が必要なの
か、という発想が重視されなければならない。」という阿部知事の発言が
紹介されていた。

 阿部知事のこの発言は、長野県の新たな「企業誘致の理念」を提示する
とともに、現行の「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」(計画期間:
2018〜2022年度)においては、「イノベーション・エコシステムの形成に
結びつく企業誘致とはどのようなものなのか」について、きちっと提示で
きていないという課題を指摘しているとも言えるのである。

 したがって、現在検討中の2023年度からの産業振興プランにおいては、
知事の発言主旨に沿った、長野県の「企業誘致の理念」について、重点施
策3の「本社機能や研究開発拠点等の誘致」に係る部分の最初で、明確か
つ論理的に説明・提示することが必要になるのではないか。
 プラン(案)では、「地域経済に大きな波及効果をもたす企業誘致」と
は提示しているが、「イノベーション・エコシステムの形成に結びつく企
業誘致」には全く触れられていないが、それで良いのか。

2 産業振興プランにおける「企業誘致の理念」の具現化、すなわち、重
点施策3に提示されている「本社機能や研究開発拠点等の誘致」を「イノ
ベーション・エコシステムの形成に結びつく企業誘致」とすることへのシ
ナリオ・プログラムについて、以下の@からBの視点から、重点施策3の
中で明確に説明・提示すべきではないか。
 そうしておかなければ、知事の発言主旨に沿った企業誘致活動に円滑に
着手できないことになるのではないか。

2-@誘致候補企業の選定手法の提示
 長野県が、県内各地域に形成を目指す、健康・医療、航空・宇宙、食品
等の産業分野の地域産業クラスターが、それぞれイノベーション・エコシ
ステムを形成・高度化することに資する技術的・経営的資源を有する企業
を、誘致候補企業として選定することになると思われるが、その選定手法
についての基本的考え方等を重点施策3の中で説明・提示しておくべきで
はないか。
 従来の誘致候補企業の選定手法にはどのような課題があり、それをどの
ように改善するのか。その説明・提示が必要ではないか。

2-A誘致候補企業の参画により形成できる「イノベーション・エコシス
テムの姿」の提示
 誘致候補企業の選定に際しては、その誘致候補企業が、県内のどの地域
産業クラスターに係るイノベーション・エコシステムの形成・高度化に資
する、どのような技術的・経営的資源を有しているのかを調査することが
必要となる。そして、その調査を実施するためには、その誘致候補企業が
実際に進出した場合に形成・高度化できる「イノベーション・エコシステ
ムの姿」を描いておくことが必要となるはずである。
 長野県が形成を目指す地域産業クラスター毎の「イノベーション・エコ
システムの姿」をまず提示できなければ、「イノベーション・エコシステ
ムの形成に結びつく企業誘致」に円滑に着手することはできないのではな
いか。

2-B誘致候補企業へのアプローチ手法の提示
 誘致候補企業へのアプローチ手法(例えば、誘致候補企業に対する県内
進出メリットのアピール手法。そのメリットには、参画するイノベーショ
ン・エコシステムから享受できる恩恵、進出した場合に活用できる、地域
に蓄積されている技術的・経営的資源の優位性などが含まれる。)につい
ての、基本的考え方等を重点施策3の中で説明・提示しておかなければ、
「イノベーション・エコシステムの形成に結びつく企業誘致」に円滑に着
手できないのではないか。
 従来のアプローチ手法の課題を抽出・特定し、その課題を解決できる新
たな手法の提示が必要ではないか。

3 誘致企業が有する優位性ある技術的・経営的資源が、地域の他企業に
効果的に波及する「政策的仕掛け」を構築することが、その地域産業クラ
スターの中にイノベーション・エコシステムを形成・高度化することに大
きく資することになる。
 したがって、誘致企業の技術的・経営的資源の地域企業への波及が、誘
致企業と地域企業にwin-winの恩恵をもたらすことに資する、「政策的仕掛
け」の全体像を、重点施策3の中で説明・提示しておくべきではないか。

4 長野県の企業誘致活動は、イノベーション・エコシステムの形成等を
含む県内産業の更なる発展のために「県の論理」で実施されるものである
が、県外企業の県内進出は、その企業の経営戦略の具現化のために「企業
の論理」で実施されるものである。
 したがって、企業誘致に係る「県の論理」(県サイドのニーズ)と企業
進出に係る「企業の論理」(企業サイドのニーズ)との円滑なマッチング
の重要性に鑑み、他県等に対して優位性を有する、長野県ならではの
「マッチングシステム」を、重点施策3の中に具体的に組み込むべきでは
ないか。

 いずれにしても、長野県の新たな「企業誘致の理念」を具現化するため
には、新たな企業誘致戦略が必要になるはずである。それがどのような企
業誘致戦略であるのか、重点施策3の中にその「姿」を明確に提示してお
くべきではないか。

 皆様方にも、長野県の新たな「企業誘致の理念」や、その具現化手法の
在り方等について、積極的な意見提出をお願いしたい。


ニュースレター号外21(2023年1月31日送信)

「長野県産業振興プラン」(案)が提示するプロジェクト等の中に「木質バイオマス活用産業クラスターの形成」を加えるべきこと

【長野県産業労働部への提出意見】
 長野県産業労働部では、県内産業の稼ぐ力の向上に向けた「長野県産業
振興プラン」の策定作業の一環として、令和5年1月16日から2月14日まで
の間、そのプラン案についての意見募集(パブリックコメント)を行って
いる。

 皆様方にも、この産業振興プランが、県内産業の振興を通して、人口減
少・少子高齢化が進む長野県を、社会的にも経済的にも真に豊かな地域と
して存続させることに大きく資するものとなるよう、この意見募集にでき
るだけご参加いただきたく、参考までに、ニュースレターNo.198、号外19
及び号外20で、私が県へ提出した意見の概要等をお知らせした。

 その後、長野県は、全国有数の森林県であり、また、全世界に向けた地
球環境保全に係る「持続可能な社会づくりのための協働に関する長野宣言」
の提唱者となるなど、地球環境保全活動のフロントランナーを目指してい
ることから、再生可能でカーボンニュートラルな資源である木材を原料と
する、「木質バイオマス活用産業クラスターの形成」を、プラン(案)の
プロジェクト等の中に組み込むべきと考え、以下の意見を追加提出した次
第である。

1 地球環境保全活動のフロントランナーを目指す長野県として、プラン
(案)のプロジェクト等の中に「木質バイオマス活用産業クラスターの形
成」を加えるべきではないか。

 長野県は、全国有数の森林県であり、また、全世界に向けた地球環境保
全に係る「持続可能な社会づくりのための協働に関する長野宣言」の提唱
者となるなど、地球環境保全活動のフロントランナーを目指していること
から、再生可能でカーボンニュートラルな資源である木材を原料とする、
林業と工業の連携・融合体制の構築を通した、地域産業の持続的発展と、
二酸化炭素の排出抑制への貢献とを整合できる、新たな木質バイオマス活
用産業クラスターの形成への挑戦を、産業振興プランのプロジェクト等の
中に位置づけ、県が主導すべきではないか。

2 長野県が優位性を確保できるバイオリファイナリーによる「木質バイ
オマス活用産業クラスターの形成」をプロジェクト等の中に加えるべきで
はないか。

 特に、バイオリファイナリーによる「木質バイオマス活用産業クラスタ
ーの形成」については、長野県が、他県等に対して、以下のような優位性
を確保できることからも、同クラスターの形成を産業振興プランのプロジ
ェクト等の中に位置づけるべきではないか。

[長野県の優位性確保の根拠]
 木質系のバイオリファイナリーにおいては、原料として林地残材等を含
むことになることから、その収集・運搬コストの削減が大きな課題となっ
ている。
 その解決方策としては、当該原料の発生場所の近くにバイオリファイナ
リー装置を設置することが最も合理的となる。その実現のためには、バイ
オリファイナリー装置の小型・軽量化、移設可能化等の工夫が必要となる。
 長野県のものづくり産業は、超精密加工技術、軽薄短小化技術等におい
て世界的競争力を有するとともに、バイオリファイナリー装置の製造に必
要になる、様々な高度加工・組立技術の集積度も高いことなどから、バイ
オリファイナリーは、県内ものづくり産業の有望な新規展開分野となる可
能性が非常に高いと言えるのである。

※バイオリファイナリー:バイオマスを原料として、バイオ燃料(バイオ
エタノール等)や有用化学品(バイオプラスチック原料、糖類等)を製造
する技術のこと。バイオマスの各種成分の応用に係る多種多様な産業群を
創出できる、バイオマス活用産業クラスター形成の基盤的な技術群と言え
るものである。

3 バイオリファイナリーによる「木質バイオマス活用産業クラスターの
形成」においては、改質リグニンの製造・活用を対象とすることを提案し
たい。

 具体的な取組み分野として、以下の理由から、近年注目されている、改
質リグニンを活用した「木質バイオマス活用産業クラスターの形成」に取
り組むことを提案したい。
 少なくとも、改質リグニンを活用した「木質バイオマス活用産業クラス
ターの形成」に取り組むべきか否かの判断に必要な調査研究を、産学官連
携の下に実施することをプロジェクト等の中に組み込むべきではないか。

[改質リグニンの活用に取り組むべき理由]
改質リグニン関連産業からなる産業クラスターについては、具体的には、
@林地残材等の収集・運搬、A改質リグニンの製造、B改質リグニンの工
業原材料への加工・機能化(無機資源とのハイブリッド化等)、C改質リ
グニン由来の工業原材料を活用した最終製品の製造、D各工程から排出さ
れる廃棄物の有効活用(A工程からのセルロースの糖・アルコール原料と
しての活用等)、などの様々な工程からなるサプライチェーンとして構成
されることから、長野県の産業全体への技術的・経済的波及効果が非常に
大きい産業クラスターになりうるのである。

※改質リグニン:日本の固有種であるスギ材から製造される新素材で、ポ
リエチレングリコール(PEG)が結合した形でスギ材から取り出される。
結合するPEGの分子量を変えることにより、熱溶融温度等の物性を制御する
ことができる。
 なお、スギ材のリグニンを用いる理由は以下の通り。
 広葉樹材のリグニンは、分離は容易だが、多様性が高く、樹木の生息
環境や、同じ樹木内でも部位により分子構造が大きく異なり、品質の安定
性を担保するのが難しい。一方、スギ材のリグニンは、地域や部位により、
含有量には差はあるが、性質のバラツキが少なく、常に同一性能を求めら
れる工業原料として適している。更に、スギ材はリグニン量が比較的多く、
材中の含有量も3割を下回ることはほとんどないという優位性を有する。

 皆様方にも、地球環境保全に資する新産業創出等への政策的支援の在り
方等、同プランに組み込むべき事項について、積極的な意見提出をお願い
したい。


ニュースレター号外20(2023年1月29日送信)

「長野県産業振興プラン」(案)が提示する「クロスイノベーションによる新たな価値の創出」の課題

【長野県産業労働部への提出意見】
 長野県産業労働部では、県内産業の稼ぐ力の向上に向けた「長野県産業
振興プラン」の策定作業の一環として、令和5年1月16日から2月14日まで
の間、そのプラン案についての意見募集(パブリックコメント)を行って
いる。

 皆様方にも、この産業振興プランが、県内産業の振興を通して、人口減
少・少子高齢化が進む長野県を、社会的にも経済的にも真に豊かな地域と
して存続させることに大きく資するものとなるよう、この意見募集にでき
るだけご参加いただきたく、参考までに、ニュースレターNo.198と号外19
で、私が県へ提出した意見の概要等をお知らせした。

 その後、「長野県産業振興プラン」(案)の重点施策1の中で提示され
ている、製造業の企業による「クロスイノベーションによる新たな価値の
創出」について、企業は、具体的にどのような取組をし、県等の産業支援
サイドは、どのような支援施策を企画・実施化すべきか、明確に提示でき
ていないという問題点に気づいたため、以下の意見を追加提出した次第で
ある。
※クロスイノベーション(長野県の定義):セグメント、技術、業界、
企業等の既存の枠組みを超えたイノベーション

1 「@クロスイノベーションによる新たな価値の創出」へのシナリオ・
プログラムの提示が必要ではないか。
 重点施策1の取組において、「@クロスイノベーションによる新たな価
値の創出」を製造業の企業の新たなビジネスモデルとして提示しているが、
企業は、具体的にどのような取組をし、県等の産業支援サイドは、どのよ
うな支援施策を企画・実施化すべきか、明確に提示されていない。
 すなわち、「クロスイノベーション」によるビジネスモデルの構築を目
指す、県の取組としての、具体的なシナリオ・プログラムが提示されてい
ない。それを提示・実施化しなければ、産学官の関係者の具体的活動を誘
発・活性化できないのではないか。

2 企業による新たな価値創出手法としての「コレクティブインパクト」
を重点施策1に組み込むべきではないか。
 「クロスイノベーション」によるビジネスモデルの構築を目指す、県の
取組としての、具体的なシナリオ・プログラムとして、以下に提示する
「コレクティブインパクト」という、新たな価値の創出へのアプローチ手
法を組み込むことを提案したい。

 「コレクティブインパクト」とは、特定の社会的課題に対して、一つの
組織(企業等)の力で解決しようとするのではなく、何らかの形で関連す
る、行政、企業、NPO、大学、金融機関、住民などの幅広い参画者が、そ
れぞれの垣根を超えて、互いに強みやノウハウを持ち寄って、課題解決や
社会変革を目指すアプローチのことである。
 言い方を換えれば、解決すべき社会的課題とは、一般的に複雑かつ重
層的な構造を有するため、一つの組織の力だけでは、解決するのが困難な
場合が多く、「コレクティブインパクト」による、集合的、集中的なアプ
ローチが有効となるのである。

 「クロスイノベーション」と類似したアプローチ手法ともいえるが、
社会的課題の解決と収益性の確保の両方を同時に実現する手法として、
「コレクティブインパクト」の方が、具体的に取り組みやすい優れた手
法と言えるのではないか。それを重点施策1に組み込むべきではないか。

3 県内中小企業の新たな価値創出への取組みの現状と課題を調査・把握
した上で、「クロスイノベーション」等の施策の具体的内容を検討・決定
すべきではないか。
 長野県内の技術力・経営力に優れた中小企業が、社会的課題の解決に
果敢に挑戦したにもかかわらず、自社では賄いきれない技術的・経営的
資源を補強・補完してくれる、他の産学官などの組織との連携を具現化
できなかったこと、すなわち、「コレクティブインパクト」的な取組み
ができなかったことが大きな要因となって、その血がにじむような努力
を、収益性を有する社会貢献型ビジネスとして結実できなかった多くの
事例が存在しているのではないか。
 このような、中小企業等の新たな価値の創出活動の現状と課題につい
て十分に調査・把握した上で、課題解決に必要な施策、「クロスイノベ
ーション」の具体的内容を検討・決定すべきではないのか。

4 県内の産業支援機関が、「コレクティブインパクト」への支援機能
を整備・拡充できるような「政策的仕掛け」を重点施策1に組み込むべ
きではないか。
 いずれにしても、「コレクティブインパクト」によって新たな価値の
創出に取組もうとする中小企業が現れた場合、その中小企業が単独で、
「コレクティブインパクト」に係る組織(ネットワーク)の構築からそ
の運営までを主導したいと考えても、必要な人的・資金的資源の不足等
から困難となる。
そのため、長野県内の社会貢献志向の中小企業の優れた技術力・経営
力によって開発された、社会的課題の解決方策としての様々な新製品・
新サービスが、実際に社会実装され収益を確保できるようにするために
は、中小企業等による「コレクティブインパクト」に係る活動の「入口」
から「出口」までを、ハンズオン型で支援できる産業支援機関の存在が
不可欠となる。
 長野県内のより多くの産業支援機関が、中小企業等による「コレクテ
ィブインパクト」の実践への十分な支援機能を、より効果的に整備・拡
充できるような「政策的仕掛け」を重点施策1の中に組み込むべきでは
ないか。

5 「コレクティブインパクト」の構成要件を「クロスイノベーション」
の促進施策に活用すべきではないか。
 参考までに「コレクティブインパクト」の構成要件について、以下に
提示する。
「クロスイノベーション」の促進施策の具体的な企画・実施化において
も参考にしていただきたい。
@ビジョンの共有
 その社会的課題の解決を目指す活動に集まった全ての参画者が、その
課題の解決に係る共通のビジョン(実現を目指す理想的な社会の姿等)
を共有していること。
 多くの参画者による取組みであるため、不一致な部分が顕れるのは当
然であるが、「コレクティブインパクト」の実践に係る基本的事項につ
いては、参画者間で同意されている必要がある。

A評価システムの共有
 参画者間において、取組み全体と参画者個々の取組みを評価するシス
テムを共有することが必要不可欠。参画者が、それぞれの活動成果を定
期的に測定・報告しあい、活動が改善されつつ継続できるようになって
いること。

B相互に補強・補完し合う活動
 各参画者が、互いの強みや相違点等を認識し、それぞれの特化した活
動が、互いに補強・補完し合うような関係性が構築できていること。

C持続的コミュニケーション
  参画者間の信頼関係の構築や、モチベーションの維持向上のために、参
画者同士が、持続的・日常的にコミュニケーションできるようになって
いること。

D活動を支える支援組織の存在
 上記の@〜Cの要件に係る活動の円滑化を担う、専任スタッフがいる
支援組織が存在すること。
 @〜Cの要件を満たす、参画者からなる組織(ネットワーク)を構築
し、その運営を専任的に担う支援組織(産業支援機関)が必要になるの
である。

6 「コレクティブインパクト」に係る支援機能を有する産業支援機関
を整備することを、重点施策1の中に組み込むことを提案したい。
 中小企業のイノベーション創出に資する「コレクティブインパクト」
の実践の円滑化のために、産業支援機関が整備すべき支援機能について
は、前述の「コレクティブインパクト」の構成要件(@〜C)を、中小
企業等からなる組織(ネットワーク)が、実際に満たすことができるよ
うに支援する、以下のような機能ということになる。

  [「@ビジョンの共有」に係る支援機能]
@-1例えば、ある中小企業が、特定の社会的課題の解決に貢献しようと
した場合に、その社会的課題の解決に事業として取り組むべきか否かの
判断材料となる、その取組みの社会的・経済的インパクトの大きさにつ
いての定性的・定量的評価を支援する機能

@-2ある中小企業が、特定の社会的課題の解決に貢献しようとした場合
に、その課題解決方策の開発・事業化に、その中小企業の強みである技
術的・経営的資源を効果的に活用することを含む、その中小企業ならで
はの優位性のある、社会的課題解決方策(ビジネスモデル)の創出を目
指すビジョン・シナリオ・プログラムの策定・実施化を支援する機能

@-3ある中小企業が、特定の社会的課題の解決に貢献しようとした場合
に、その課題解決方策の社会的・経済的価値を創出できるビジネスモデ
ルの構築のために必要な、産学官などの分野からの参画者を募る(多く
の参画者の賛同を得る)際に必要となる、その貢献活動への参画を論理
的に動機づける、ビジョン・シナリオ・プログラム(各参画者の役割分
担を含む。)の策定・実施化を支援する機能

[「A評価システムの共有」に係る支援機能]
A-1「コレクティブインパクト」に係る活動全体と参画者個々の取組み
の成果の評価システムの構築・運営を支援する機能

A-2共有されたビジョン実現へのシナリオ・プログラムの進捗状況を常
に把握し、顕在的・潜在的な問題点への適切な対応を支援する機能

[「B相互に補強・補完し合う活動」に係る支援機能]
B-1その社会的課題の解決方策の開発・事業化のために協働すべき企業・
団体等の選定とその参画促進を支援する機能

B-2活動全体の進捗上の課題を把握し、その課題の解決のための、参画
者間での連携による補強・補完や、参画者外との新たな連携による必要
な補強・補完の拡充強化を支援する機能

C-3個々の参画者や参画者の連携による活動に必要な資金確保のための、
活用可能な提案公募制度等についての情報の、参画者レベルでの収集・
提案等を支援する機能

A-4「コレクティブインパクト」のマネジメントを司る産業支援機関と
しての、活動資金の確保のための、活用可能な提案公募制度等について
の、情報収集・提案(管理法人)等を実施できる機能

[「C持続的コミュニケーション」に係る支援機能]
C-1参画者間でのコミュニケーションの円滑化に資する、様々な事業を
企画・実施する機能

 皆様方にも、長野県産業による「新たな価値の創出」への政策的支援
の在り方等、同プランに組み込むべき事項について、積極的な意見提出
をお願いしたい。


ニュースレター号外19(2023年1月24日送信)

「長野県産業振興プラン」(案)が提示する長野県のスタートアップ・エコシステムの課題

【長野県産業労働部への提出意見】
 長野県産業労働部では、県内産業の稼ぐ力の向上に向けた「長野県産業
振興プラン」の策定作業の一環として、令和5年1月16日から2月14日までの
間、そのプラン案についての意見募集(パブリックコメント)を行っている。

 皆様方にも、この産業振興プランが、県内産業の振興を通して、人口減
少・少子高齢化が進む長野県を、社会的にも経済的にも真に豊かな地域と
して存続させることに大きく資するものとなるよう、この意見募集にでき
るだけご参加いただきたく、参考までに、ニュースレターNo.198で、私が
県へ提出した意見の概要等をお知らせした。

 その後、「長野県産業振興プラン」(案)の重点施策3「本社機能や研
究開発拠点等の誘致とスタートアップの育成」の中で提示された「長野県
におけるスタートアップ・エコシステム」を説明する図が、単に、一般的
なスタートアップの成長過程と、信州スタートアップセンターの支援メニ
ューを提示しているだけという、大きな問題点に気付いたため、以下の意
見を追加提出した次第である。

1 「スタートアップを起業するなら、是非、長野県でやってみたい。」
というように、スタートアップを志す多くの人々を引き寄せることに資す
る、長野県ならではの魅力や優位性を有するスタートアップ・エコシステ
ムの形成を目指すべきであり、したがって、重点施策3には、その目指す
エコシステムの姿(全体像)を提示すべきではないか。
 スタートアップ創出による地域産業の活性化のためには、長野県型スタ
ートアップ・エコシステムという、「ブランドづくり」に取り組むことも
重要な戦略になるのではないか。

2 重点施策3に提示されている「長野県におけるスタートアップ・エコ
システム」の図は、単に、スタートアップの一般的な成長の過程を示した
もので、エコシステムとは言えないのではないか。
 また、この図は、「長野県のスタートアップ・エコシステム=信州スタ
ートアップステーション(SSS)による支援」という誤解を与えてしまう
のではないか。それで良いのか。
 長野県のスタートアップ・エコシステムには、SSS以外の様々な産業支
援機関が参画しているのではないか。また、参画すべきではないのか。

3 スタートアップ・エコシステムであれば、スタートアップの成長を促
す仕掛けや仕組みを含むものでなければならないはずである。
この図を修正し、単にスタートアップの創出数を増やすだけでなく、多く
のスタートアップが、事業の成長段階にまで到達できるようにする、長野
県ならではの魅力や優位性をアピールできる、スタートアップ・エコシス
テムの全体像を提示すべきではないか。

4 長野県ならではの魅力や優位性を有するスタートアップ・エコシステ
ムの全体像を描くためには、まず最初に、県内のスタートアップの起業・
成長の現状と課題を、プレシードからレイターに至る成長段階毎に把握す
ることが必要になるのではないか。
 工学、農学、医学など様々な科学技術分野で高度な実績を有する信州大
学をはじめとする教育・研究機関が存在する長野県においては、先端技術
を活用したスタートアップの起業後の事業化・成長への、ヒト、モノ、カ
ネ、情報の分野における支援内容の更なる質的充実へのニーズは高いもの
と推測できる。
 プレシードからレイターに至る各成長段階のスタートアップの支援ニー
ズ調査の実施が必要と考えられるが、既に実施しているのか。
 もし未実施であれば、重点施策3にその実施を組み込むべきではないか。

※参考:スタートアップの成功に至る成長段階の区分
@プレシード:製品・サービスの概念実証段階。
Aシード:創業前後の段階。製品・サービスの構想は決まっている。
Bアーリー:事業化の段階。製品・サービスの正式版をリリース。最低限の人的体制。
Cミドル:成長初期。製品・サービスに一定の顧客を獲得。バックオフィスの体制づくり。
Dレイター:成長後期。持続的な収益。内部管理体制構築。

5 長野県ならではのスタートアップ・エコシステムの魅力・優位性の確
保については、スタートアップ支援に係る様々な産業支援機関の得意な支
援機能の強化と、その支援機能が強化された産業支援機関の効果的な連携
体制の構築・運営によってなされるべきであり、以下のような課題への対
応が必要となる。

5-@ 県内の各産業支援機関(教育・研究機関を含む。)が、担当する
スタートアップ支援機能(支援の役割分担)を互いに確認し合った上で、
様々な発展段階にあるスタートアップの支援ニーズに応えるために、得意
分野における、更に強化すべき支援機能を特定することが必要となる。
 その上で、支援機能が強化された産業支援機関の間での役割分担を明確
化することが、スタートアップの起業を志す人の、産業支援機関の効果的
活用に大きく資することになる。
 各産業支援機関のスタートアップ支援機能の、効果的役割分担の下での
改善・高度化へのシナリオ・プログラムを重点施策3に組み込むべきでは
ないか。

5-A スタートアップ支援に向けた、産業支援機関相互の連携活動が、
相乗効果を発揮できるようにする「産業支援機関の総合的ネットワークの
姿」が、スタートアップ・エコシステムの全体像の中核的な構成要素にな
ると言えるのではないか。
 この「産業支援機関の総合的ネットワークの姿」を、重点施策3で提示
すべき「長野県におけるスタートアップ・エコシステム」の図の中に組み
込むべきではないか。

5-B いずれにしても、長野県ならではの魅力・優位性を有するスタート
アップ・エコシステムの全体像を描き、それを実際に構築・運営できるよ
うにすることについては、県主導により、様々な産業支援機関の緊密な連
携の下に実施されるべきであり、その緊密な連携のための仕組み(例えば、
各機関の代表者で構成される連絡会議等)の構築・運営について、重点施
策3に組み込むべきではないか。

 皆様方にも、長野県のスタートアップ・エコシステムの在り方等、同プ
ランに組み込むべき事項について、積極的な意見提出をお願いしたい。


ニュースレターNo.198(2023年1月18日送信)

長野県内産業の稼ぐ力の向上に向けた「長野県産業振興プラン」(案)の課題
〜人口減少・少子高齢化が進展する県内各地域の社会的・経済的な持続可能性の確保に真に資する「長野県産業振興プラン」とするために〜

【はじめに】
○日本国内のほとんどの地域(市町村等)については、人口減少・少子
高齢化が進展し、地域財政、地域交通、地域コミュニティ等の地域存立
基盤が崩壊するというような深刻な事態に陥ることが懸念されている。

※参考文献:ほくとう総研「地域経営研究会報告書 持続する地域を目指して」(2020年4月)
@地域財政の崩壊
 人口減少・少子高齢化に伴い、納税者の減少や産業活動の停滞等によ
り深刻な税収不足が生じ、必要不可欠な地域インフラ(ハード・ソフト)
の維持管理等が困難となる。
A地域交通の崩壊
 学生や生産年齢人口の減少が進めば、民間事業者による採算ベースで
の輸送サービスの提供が困難となる。自家用車の運転が不可能な高齢者
等の交通弱者の増加に対応する移動手段の確保が地域経営にとって大き
な課題となる。
B地域コミュニティの崩壊
 自治会等の住民組織の担い手不足により、地域を支えてきた、住民生
活の安心・安全の確保に資する共助システム(自助と公助の間にある中
間的機能)が機能しなくなるおそれがある。

○このような状況下で、「長野県内の各地域は、如何にしたら社会的・
経済的な持続可能性を確保できるようになるのか」が、県主導によって、
県内外の英知を結集して解決に取り組むべき最重要な政策課題となって
いるのである。

○その最重要な政策課題の解決方策については、地域内の様々な地域資
源の中から、地域産業振興への貢献度の高いものを発掘・磨き上げ・活
用し、地域の外から稼ぐ力を高めるとともに、地域内での経済循環を高
め、地域内により多くの富を蓄積する(いわゆる「漏れバケツの穴」を
ふさぐ)ことができる「仕組み」を構築することが不可欠であることは
明らかである。

○したがって、長野県が策定作業中(現在、県民意見の募集中)の「長
野県産業振興プラン」には、県内の様々な産業が、地域資源を戦略的に
活用し、地域外から稼ぐ力を高めるとともに、地域内での経済循環も高
め、地域内により多くの富を蓄積することに、より大きく貢献できるよ
うにする「仕組み」を構築するシナリオ(道筋)を提示することが求め
られることになる。

○このような視点から、現在県民意見募集中の「長野県産業振興プラン」
が抱える課題やその解決方策等について整理・提示することを今回のニ
ュースレターのテーマとした次第である。今回のニュースレターの提言
内容については、私の意見として長野県産業労働部に提出済みである。
同部が、その意見に対して、誠意をもって対応してくれることを期待し
たい。

【「長野県産業振興プラン」の体系・構成(ビジョン・シナリオ・プログラム)に係る課題とその解決方策等について】
○意見募集されているプランの体系・構成については、概ね以下のよう
な内容になっている。
◇目指すべき姿:グローカルな視点で社会の変化に柔軟に対応しながら
産業イノベーションの創出に取組む企業の集積

◇基本方針:従来からの諸施策に加え、DX、GX、LX等を「稼ぐ力」の向
上の原動力として、世界で稼げる・世界で通用する産業の創出・振興を
図る旨を提示

◇取組(重点施策・プロジェクト):県内企業の産業イノベーション創
出活動への総合的な支援施策と、DX、GX、LX分野の新技術・新製品創出
を目指すプロジェクトを実施する旨を提示
※DX:デジタル・トランスフォーメーション
 GX:グリーン・トランスフォーメーション
 LX:ライフサービス・トランスフォーメーション

○このプランの体系・構成に関する課題とその解決方策等について、以
下で具体的に提示していきたい。

[課題1:このプランの振興対象産業が不明確で分かりづらい。]
1-@ このプランは、現プラン「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」
から敢えて「ものづくり」を取り払い、振興対象産業の絞り込みを止め
ている。
 そうすると、例えば、小売業、観光業や農林業等も振興対象にするこ
とになるのだろうか。
 産業分野が異なると、その最適な振興方策も大きく異なってくる。こ
のプランを活用しようとする、様々な産業分野に属する人にとって、効
果的で分かりやすく使い勝手の良い産業振興プランとするためには、最
初に、振興対象産業の明確化(定義づけ)をしておくことが必要になる
のではないだろうか。

[課題2:このプランの体系・構成(ビジョン・シナリオ・プログラム)が、論理性を欠き分かりづらい。]
2-@ ビジョンとは、このプランによって実現を「目指すべき姿」のこ
とである。このプランでは、「産業イノベーションの創出」に取組む企
業の集積を目指しているが、最初に「産業イノベーションの創出」の意
味について、長野県中小企業振興条例による定義に基づき説明・定義づ
けしておくことが、分かりやすいプランとするためには必要ではないだ
ろうか。

 長野県中小企業振興条例第3条(基本理念)では、「産業イノベーショ
ンの創出」とは、「新たな製品又はサービスの開発等を通じて新たな価
値を生み出し、経済社会の大きな変化を創出すること」と定義されてい
る。
 したがって、新たなプランが、最終的に実現を「目指すべき姿」は、
企業による新技術・新製品・新サービスの創出活動の活性化ではなく、
長野県が抱える社会的・経済的課題の解決を通して、人口減少・少子高
齢化の進展の中でも、長野県をより豊かな社会へ大きく変化させること
なのである。
 このような視点から、このプランの「目指すべき姿」の内容を修正す
べきではないだろうか。

 長野県民が、県内産業に真に期待することは、県内産業が産業イノベ
ーション創出に取組むというような、企業の理想的な経営姿勢への転換
だけではなく、地域外から稼いだ富のできるだけ多くを、その地域内で
経済循環させ、県内の各地域が、人口減少・少子高齢化の中でも、全体
として社会的・経済的な持続可能性を確保できるようにすることなので
はないだろうか。

 したがって、このプランが実現を「目指すべき姿」は、「産業イノベ
ーション創出に取組む企業の集積」というよりは、県民の期待を反映し
「人口減少・少子高齢化の中でも地域の社会的・経済的な持続可能性の
確保に大きく貢献する企業・産業構造への転換」というような、企業・
産業の集積がもたらす社会的・経済的な成果に注目した内容にすべきで
はないだろうか。

2-A シナリオとは、このプランのビジョンの実現への道筋のことで
ある。非常に重要なプランの構成要素であるが、このプランでは、長野
県ならではの優位性あるシナリオを提示できていない。
 このプランの「基本方針」にも、全国共通の一般的な支援施策が記載
されているだけで、優位性あるシナリオに相当する事項は記載されてい
ない。
 また、DX、GX、LXを、「稼ぐ力」向上の原動力として特に重視するの
であれば、長野県ならではの優位性あるDX、GX、LXの実現へのシナリオ
も提示すべきではないだろうか。

2-B プログラムとは、シナリオの着実な推進のために必要な各種施
策のことである。このプランの「重点施策」や「プロジェクト」がこれ
に相当する。
 しかし、前述のようにシナリオが不明確で、シナリオとの関連性を説
明できないため、その実施の意義や必要性の説明が不十分となってしま
っているのである。

[課題3:このプランの「プロジェクト」の中に、「農業・林業・観光業等のデジタル技術による新産業創出プロジェクト」
が含まれているが、そのプロジェクトの趣旨や優位性が説明できていない。]
3-@ 観光業も農林業も、長野県の外から稼ぎ、稼いだ富を地域内に
経済循環させることに大いに資する重要な産業であることから、この
プランの振興対象産業とし、その振興のために特別プロジェクトを実施
することには賛成である。
 しかし、どのようにしたら、長野県の各地域の社会的・経済的な持続
可能性の確保に大きく貢献できる、観光業、農林業にすることができる
のか。それぞれの産業における、解決すべき課題とその優位性ある解決
方策の提示をした上で、その優位性ある解決方策の実現のためにデジタ
ル技術をどのように活用するのか、を提示すべきではないだろうか。
 それらを含めた、観光業、農林業の新技術・新製品・新サービスの開
発から新市場開拓・社会実装までを含む、総合的・体系的な「重点施策」
や「プロジェクト」の提示が必要になるのではないだろう。

3-A 県外(特に海外)から多くを稼ぐことができる観光業について
は、今回のコロナ禍で大きなダメージを受けており、今後の再生・発展
のためには、パンデミックへの対応等を含む、地域産業としてのレジリ
エンスの確保戦略が重要となっている。
 優位性のあるレジリエンスの確保戦略の策定・実施化のシナリオ・プ
ログラムについて、観光業以外の産業分野も含めて、このプランの中で
提示すべきではないだろうか。

[課題4:県外からの稼ぐ力の強化のみではなく、県外から稼いだ富の地域経済循環の強化(いわゆる「漏れバケツの穴」をふさぐこと)
への方策もプランに組み込むべきではないか。]
4-@ 県内産業が、人口減少・少子高齢化の中での県内各地域の、社会
的・経済的な持続可能性の確保に大きく貢献できるようにするためには、
地域外から稼ぐ力を強化するだけでなく、その稼いだ富を地域内により
多く蓄積すること(地域内での経済循環)に資する地域産業構造とする
ことが重要となる。
 しかし、このプランには、その実現を目指す、ビジョン・シナリオ・
プログラムというような論理的な体系・構成の提示がなされていない。

4-A 地域外から稼ぐ力で得た富を、できるだけ多く地域内に蓄積する
ためには、例えば、地域外に発注していた仕事を地域内で受注できるよ
うな関連産業の集積、すなわち、産業クラスターの形成が不可欠となる。
 したがって、新たな産業クラスターの形成・高度化の促進に資する
「政策的仕掛け」を、「重点施策」や「プロジェクト」に組み込むべき
ことになる。
 そして、その「政策的仕掛け」については、産業クラスター形成の中
核的推進機関の主導による、「地域イノベーション・エコシステム」の
構築・運営を提案したい。
「地域イノベーション・エコシステム」については、地域の企業、大学、
金融機関、住民、行政機関等の多様なステークホルダーが、それぞれの
役割を担って連携して、地域イノベーションの創出(地域における新た
な価値の創出や、地域課題の解決等を通して、地域の経済・産業の持続
的発展を実現すること)を促進するシステムであることから、地域イノ
ベーションの事業化(ビジネスモデル構築)に係る地域産業の重層化、
すなわち、地域経済循環システムの構築と整合することになるのである。

[課題5:このプランの「重点施策」や「プロジェクト」には、「地域資源の発掘・磨き上げ・活用システム」の構築・運営を組み込むべきではないか。]
5-@ 人口減少・少子高齢化の進展の中で、「長野県内の各地域は、
如何にしたら社会的・経済的な持続可能性を確保できるようになるのか」
という、最重要な政策課題の解決方策については、地域内に存在する様々
な地域資源の中から、地域産業振興への貢献度が高いものを発掘・磨き
上げ・活用し、地域の外から稼ぐ力を高めるとともに、地域内での経済
循環を高め、地域内により多くの富を蓄積することに資するシステムを
構築・運営することが不可欠となる。

5-A そして、その地域資源の中でも特に重要なものはヒト(人材)
と言えるだろう。地域産業の発展を真に豊かな地域社会の形成・維持に
結び付けるためには、収益性の高い新技術・新製品・新サービスの開発・
事業化に貢献できる人材の育成のみならず、地域における経済的価値の
創出と社会的価値の創出の整合(共有価値の創出)を主導できる人材の
発掘・育成が不可欠となる。その人材の発掘・育成システムを、プラン
の重点施策の「デジタル人材・高度人材の育成・確保」等の中に組み込
むべきではないだろうか。

5-B また、人材以外の重要な地域資源として、産業イノベーション
の創出力を内包する、大学等に蓄積された先端的な技術シーズを挙げる
ことができる。
 したがって、その発掘・磨き上げ・活用を中核に据えた、地域の社会
的・経済的な持続可能性の確保に資する、産業イノベーションの創出活
動を活性化するシステム、すなわち、産業イノベーションの創出(共有
価値の創出)を実現できる、先端的技術シーズの発掘・磨き上げ・活用
システムの構築・運営を、プランの「重点施策」や「プロジェクト」の
中に組み込むべきではないだろうか。

5-C また、産業イノベーションの創出活動の最終段階では、その活
動の成果の優位性ある事業化・社会実装方策(ビジネスモデル)の構築
が必要となる。その優位性あるビジネスモデルの構築・運営の可能性の
理論的裏付けとなる、大学等に蓄積された社会科学的あるいは人文科学
的な知見の発掘・磨き上げ・活用システムの構築・運営も、プランの
「重点施策」や「プロジェクト」の中に組み込むべきではないだろうか。

[課題6:県条例の制定によって振興を目指す伝統的工芸品産業に特化した、新規施策・プロジェクトを提示すべきではないか。]
6-@ 条例案が目指す、県内の伝統的工芸品産業の振興を効果的に推
進できるようにするためには、以下のような課題に対応すべきことを既
に県へ提言している。
(ニュースレターNo.197 2022.12.11送信「長野県の美しい伝統的工芸
品を未来につなぐ条例(仮称)」骨子(案)の課題について)
 その課題への対応策について、プランの「重点施策」や「プロジェク
ト」に組み込んでいただきたいのである。

(課題@)消費者に訴えたい長野県の伝統的工芸品の「価値・魅力」と
は何であるのか明確化すべきではないか。その明確化なくして効果的な
市場開拓戦略の策定・実施化は不可能となる。
(課題A)その上で、既存の「価値・魅力」の磨き上げのみならず、新
たな「価値・魅力」の創出にも挑戦することが必要ではないか。
(課題B)伝統的工芸品産業の各産地において、その産業の振興に重要
な役割を担うべき、多種多様な事業者が参画する、その産業の振興に資
する地域エコシステムを構築・運営できるようにすべきではないか。
(課題C)伝統的工芸品としての指定要件(伝統的な技術・技法や原材
料で製造されることなど)を逸脱しない範囲で、
・新たな製品分野の開拓を促進すべきではないか。
・生産管理等の工業的手法の活用等による、生産・経営体制の抜本的
改善を促進すべきではないか。

6-A このプランの「プロジェクト」の中に、「地場産品を通じたプレ
ミアムな価値提供プロジェクト」という、伝統的工芸品を含む、多くの
地場産品を対象とした、一般的な振興事業は提示されているが、その程
度で良いのだろうか。
 特別に条例を制定してまで振興を図ろうとしているのである。伝統的
工芸品産業の振興に特化した、長野県ならではの優位性や独創性のある、
新規の振興戦略の骨格だけでも提示すべきではないだろうか。

【むすびに】
○繰り返しになるが、長野県における産業イノベーションの創出とは、
長野県中小企業振興条例第3条(基本理念)で定義されるように、「新た
な製品又はサービスの開発等を通じて新たな価値を生み出し、経済社会
の大きな変化を創出すること」である。
 したがって、新たな「長野県産業振興プラン」が、産業イノベーショ
ンの創出によって実現を「目指すべき姿」は、企業による新技術・新製
品・新サービスの創出活動の活性化ではない。
 目指すべきは、企業の共有価値の創出活動の拡大等によって、長野県
の社会的・経済的課題が、他県等に対する優位性を持って解決され、人
口減少・少子高齢化の進展の中にあっても、長野県がより豊かな社会へ
大きく転進していく姿なのである。

○このような産業イノベーションの創出についての基本的な認識に基づ
き、「長野県産業振興プラン」の体系・構成(ビジョン・シナリオ・プ
ログラム)が、的確に修正・整備されることを期待したい。

○長野県内外の多くの産学官の方々には、それぞれの専門的知見等から、
同プランの質的高度化のために、長野県産業労働部に対し、積極的にご
意見等を提出していただくことをお願いしたいのである。