○送信したニュースレター2024年(No.210〜  )

ニュースレターNo.214(2024年4月25日送信)

長野県内の産業集積の優位性を活かした地域産業振興戦略の策定の必要性〜産業集積の外部経済効果の戦略的活用の重要性の再確認〜

【はじめに】
○長野県の地域産業政策の変遷を概観すると、大都市圏の工場集積
地域等からの工場誘致による「外発的発展」を目指す各種施策のみ
ならず、県内各地域に形成されてきた、技術的優位性を有する産業
集積を地域資源として活用して「内発的発展」を目指す、長野県な
らではの地域産業振興戦略の策定・実施化にも積極的に取り組まれ
てきていることが理解できる。

〇その「内発的発展」を目指す地域産業振興戦略においては、産業
集積の技術的優位性の中核に、いわゆる製品の軽薄短小化に不可欠
な、多種多様な超精密加工技術が位置づけられ、この技術群の更な
る高度化や新産業分野への活用によって、地域産業の更なる発展と
地域住民生活の質的向上の両立を目指してきているのである。

〇このように、歴史的に県内に集積されてきている、長野県ならで
はの産業や技術の優位性を地域資源として、従来産業の改善・改革
や新規産業の創出を目指す地域産業振興戦略の有用性・重要性につ
いては、地域産業政策に関与する産学官の方々の間では、経験的に
広く認識されてきていると推測できる。

〇しかしながら、近年は、地球温暖化ガス排出削減に係る非常に困
難性の高い目標の達成や、少子高齢化の急激な進展の下での地域産
業の持続的発展の確保などの、地域産業が直面している重要課題の
解決方策の開発・実装(事業化)のための取組みにおいては、長野
県内の産業集積を優位性ある地域資源として活用するという従来か
らの政策的観点が、不鮮明化・弱体化してきていることが窺える。

〇このような状況に鑑み、地域産業が直面している重要課題の解決
方策の開発・実装(事業化)によって、地域の持続的な経済的・社
会的発展を可能とするためには、産業集積の有する外部経済効果に
ついて改めて論理的に確認し、それを最大限に活用できる仕組みを
内包する、新たな地域産業振興戦略を策定し、それを効果的に実施
化することの重要性について再確認することの意義は小さくないと
考え、今回のテーマを選定した次第である。
※外部経済効果:ある経済主体の経済活動が、市場を介さずに、他
の経済主体の経済活動に及ぼす影響を外部効果といい、それが良い
効果の場合は、外部経済といい、望ましくない効果である場合は、
外部不経済という。外部不経済の典型としては公害をあげることが
できる。

〇以下では、産業集積の外部経済効果が、地域産業の振興に大きく
資する理由について具体的かつ論理的に整理し、それを活用する新
たな地域産業振興戦略の策定・実施化の在り方について、一定の方
向性を提示してみたい。
※参考文献:「産業集積がもたらす外部経済効果を支えるもの〜産
地の企業事例が示す企業間関係を調整する「ルール」の重要性〜」
中小企業総合研究 第9号(2008年6月)中小企業金融公庫総合研究
所 産業・地域・政策研究グループ

  【産業集積が立地企業にもたらす4つの外部経済効果】
〇産業集積が、そこに立地する企業にもたらす外部経済効果につい
ては、一般的に以下の様な整理がなされている。

[1 情報獲得や技術開発面での外部経済効果]
・産業集積内には、同業種や関連業種の従業者が多いので、関係す
る技術分野の発明・ノウハウなど最新の技術情報が波及しやすい。
・したがって、発明や技術改善に必要な技術情報が低コストで入手
でき、企業が単独で、あるいは連携して、効果的・継続的に発明や
技術改善に取り組みやすい環境が、産業集積内に形成されている。
・その結果、より効率的な生産が可能となる。

[2 原材料など調達面での外部経済効果]
・ある産業の発展が、産業集積内への関連産業(原材料や中間財の
供給者、物流業者など)の立地を促進する。
・これにより、原材料や中間財の調達面での利便性が高まる。
・その結果、より効率的な生産が可能となる。

[3 生産面での外部経済効果]
・ある産業分野や企業の生産規模が大きくなれば、その生産の細分
化された工程ごとの仕事量が多くなる。
・これにより、細分化された各工程を担う企業(協力企業)は、そ
の工程に高度に特化した生産性の高い機械の導入が可能となる。
・その結果、より効率的な生産が可能となる。

[4 人材の確保・育成面での外部経済効果]
・産業集積内の業種分野で必要な人材が、質的・量的に高度に集積
していることによって、人材の探索費用や育成費用が抑えられる。
・同業種や関連業種の間での、日常的な人的交流等を通して、必要
な技術情報に関する様々な学習の機会が形成されやすい。
・その結果、より効率的な生産が可能となる。

【産業集積が外部経済効果を活用・強化しつつ存続できる二つの理由】
〇産業集積が、外部経済効果を活用・強化しつつ存続できる理由に
ついては、以下のような二つの事項に整理することができるだろう。

[第一の理由:産業集積にとっての需要搬入企業が存在していること]
・需要搬入企業とは、産業集積に仕事を持ち込み、その仕事のある
部分を集積内企業に発注する企業のことである。
・需要搬入企業によって産業集積内に持ち込まれた新たな仕事の受
注を通して、集積内企業は収益力や技術力の拡充強化が可能となり、
当該産業集積全体としての持続的発展(拡大再生産)に結び付くこ
とになる。
・その結果、その産業集積の外部経済効果は、更に強化されること
になる。

[第二の理由:産業集積が柔軟性を持っていること]
・需要搬入企業が産業集積に持ち込む多様な仕事に対して、産業集
積は、集積内の既存の技術や既存の分業単位の組合せにより、機敏
に対応できる。
・需要搬入企業が産業集積に持ち込む、技術的困難性の高い新たな
技術分野の仕事に対して、産業集積は、集積内の既存の分業単位の
組合せや、既存企業の技術改善や新分野進出などによる新たな分業
単位によって対応できる。
・近隣に存在する産業支援機関の支援メニューの効果的活用等によ
って、需要搬入企業の需要開拓力や、集積内企業の需要搬入企業か
らの新規受注対応力などの強化が促進され、当該産業集積全体とし
ての持続的発展(拡大再生産)が可能となる。
・その結果、その産業集積の外部経済効果は、更に強化されること
になる。

〇したがって、県内各地域の産業集積が、産業支援機関等との連携
を通して、需要搬入企業の需要開拓力の量的・質的拡大を可能とす
るとともに、集積内企業が、需用搬入企業からの技術的困難性の高
い仕事を受注するのに必要な、技術的・経営的機能を整備すること
を可能とする新たな「仕組み」を構築することができれば、「産業
集積が存続できる二つの理由」を更に拡充強化することができ、そ
の産業集積の外部経済効果も高まり、その産業集積の持続的発展と
いう好循環(拡大再生産)が可能となるのである。

〇産業集積内の企業は、当該地域を管轄する産業支援機関等からの、
新規受注開拓、技術力の高度化、社内人材の育成等に係る様々な支
援を受けることができるようになっており、産業集積が、その外部
経済効果を強化しつつ存続していくことを可能とする「仕組み」に
ついては、外形的には既にかなり整備されていると言えるだろう。
しかし、産業集積サイドが、その「仕組み」をどのように改善・強
化したら、より効果的に活用でき、実際に集積内企業の収益力の向
上に結び付けることができるのか、という重要課題が残されている
のである。その重要課題の解決への道筋を提示する、県や市町村に
よる地域産業振興戦略の策定・実施化が必要となるのである。

【産業集積の優位性を活かした地域産業振興戦略の策定・実施化の方向性】
〇地球温暖化ガス排出削減に係る非常に困難性の高い目標の達成や、
少子高齢化の急激な進展の下での地域産業の持続的発展の確保など、
地域産業が直面している重要課題の解決方策の開発・実装(事業化)
によって収益を確保できるようにするためには、開発活動に着手す
る前に、収益を確保できる仕組み(ビジネスモデル)を具体的に描
いておくことが必要となる。

〇そのビジネスモデルの検討においては、産業集積内の需要搬入企
業を含む、開発・実装(事業化)に参画する集積内企業等の役割分
担を明確化し、収益が集積内に蓄積・循環する仕組みを具体的に提
示することが重要となる。収益のほとんどが、その産業集積の外
(県外等)に吸収されるようなビジネスモデルの事業については、
地域産業振興という政策的な観点からは、実施する意義が乏しいと
いうことになるのである。

〇したがって、例えば、県や市町村が、大学等の最先端の技術シー
す産学官連携プロジェクトを企画するような場合においては、以下
ズを活用して、新製品・新産業の創出による地域産業の振興を目指
のような基準に基づいて、その実施意義について事前に十分に検討
し判断することが必要になるだろう。

@そのプロジェクトにおける研究開発については、その研究開発の
遂行に必要な技術的蓄積を有する、当該地域の産業集積内の複数の
企業が参画するようになっているか。
Aそのプロジェクトの成果の事業化においては、その事業化に必要
な技術力・経営力を有する、当該地域の産業集積内の複数の企業が
参画するようになっているか。
Bそのプロジェクトの成果の事業化による収益については、当該地
域の産業集積内の企業の役割分担に応じて、納得できる配分がなさ
れるようになっているか。
Cそのプロジェクトの企画・実施化や事業化の効果的推進のために、
参画する企業が属する産業集積が有する外部経済効果のどのような
優位性を、どのように活用するのかについて明確になっているか。
Dそのプロジェクトの成果として、参画する企業が属する産業集積
の外部経済効果の優位性が、更に高まることが見込まれているか。

〇以上のような判断基準を満たす、産学官連携プロジェクトを組み
込んだ地域産業振興戦略については、その具現化によって得られる
収益の、産業集積に係る地域内での経済循環、開発される新技術の
産業集積内での速やかな波及、産業集積の外部経済効果の強化等に
資することになるため、県や市町村による策定・実施化の政策的意
義は高まることになるのである。

【むすびに】
〇地球温暖化ガス排出削減に係る非常に困難性の高い目標の達成や、
少子高齢化の急激な進展の下での地域産業の持続的発展の確保など、
長野県内の地域産業が直面している重要課題の解決方策の開発・実
装(事業化)を目指す産学官連携プロジェクトが組み込まれた地域
産業振興戦略の策定・実施化に関与する産学官の方々には、プロジ
ェクトの効果的推進と技術的・経済的成果の地域内循環の最大化の
観点から、プロジェクトの活動の場としての、県内各地域に形成さ
れている産業集積の有用性・重要性についても論理的に議論し、そ
の結果を地域産業振興戦略の中に反映していただくことを期待した
いのである。


ニュースレターNo.213(2024年3月24日送信)

長野県の伝統的工芸品産業振興戦略における「価値」の明確化の重要性
〜加賀友禅の「価値」の「価格」への反映手法を参考にして〜

【はじめに】
○長野県内の伝統的工芸品産業の振興を目的とする「長野県の美し
い伝統的工芸品を未来につなぐ条例」(令和5年4月1日施行)の制定
過程で実施された、条例(案)についての意見募集においては、ニ
ュースレターNo.197(2022年12月11日送信「『長野県の美しい伝統
的工芸品を未来につなぐ条例(仮称)』骨子(案)の課題について」)
で指摘した、その骨子(案)の課題のエッセンスを意見として提出
させていただいた。

〇その提出意見の中では、条例の基本理念の第1の中で、「県内の
伝統的工芸品の価値・魅力を周知することにより、需要拡大を目指す」
旨が提示されているにも関わらず、長野県ならではの伝統的工芸品の
価値・魅力とは何なのか、一般県民が具体的にイメージできるような
説明はなされていない旨を指摘させていただいた。

〇しかし、県の回答は、「伝統的工芸品の価値・魅力とは、美しさ、
実用性だけでなく、歴史や文化的な背景等様々なものがあると考えて
おります。」というもので、県として重視しアピールしたい価値・
魅力についての、具体的かつ説得力ある説明はなされず、制定された
条例の中においても、結局、何も特定・例示されなかったのである。

〇それ以来、私としても伝統的工芸品の「価値」やその「価値」を
高める方法等についての考え方を整理したいと思い、調査研究を進め
ていた中で、非常に参考になる下記の論文に出会った。
 今回は、その論文で提示されている加賀友禅の事例を参考にして、
長野県の伝統的工芸品産業の振興戦略の中核に位置づけられるべき、
伝統的工芸品の「価値」の内容、その「価値」を拡大し「価格」に
反映させる手法などについて整理してみたい。
※参考文献:加賀友禅における制度的装置〜伝統の価値づけシステムの機能と硬直性〜
地域経済学研究 第43号 2022年 荒木由希(金沢大学)

【伝統的工芸品の価値〜着物(加賀友禅)を事例として〜】
〇そもそも着物のような現代的用途に向かない伝統的衣装の生産が、
全国各地で産業として成り立っているのは、着物については、機能
的消費だけではなく、文化的消費が行われており、衣装の背景にあ
る伝統や文化を享受する消費者ニーズが存在するからと言えるので
ある。
 したがって、伝統的工芸品産業においては、文化的要素、特に
「伝統」の要素によって付加価値がつけられていると言えるのである。

〇伝統的工芸品の文化的消費における価値づけにおいては、有名ブ
ランド商品などの場合と同様に、社会的に評価が高いものに高い価
格がつけられる。人々が、その伝統的工芸品自体や、その使用方法
(使用シーン)の中に、どのような物語性を読み取るかという主観
的な価値判断の基準の背後には、社会的バックグラウンドがあり、
価値に係る制度的な秩序が存在しているのである。
 このことについて、以下でより具体的に検討・整理してみたい。

【伝統的工芸品の価値づけ〜着物(加賀友禅)を事例として〜】
〇伝統的工芸品の「価値」とは、主観のみならず社会的な背景をも
含むものであることから、社会的な制度により「価値」が高いか低
いかのランキング(位置づけ)がなされ、そのランキングを反映し
て、経済的・象徴的な「価値」が構築される。
 こうした「価値」の構築に係る活動が「価値づけ」と言われるの
である。

〇前掲の参考文献では、伝統的工芸品ゆえに「価値」があると認知
させる仕組みを「伝統を価値化する制度的装置」として定義している。
 そして、加賀友禅の「伝統を価値化する制度的装置」は、以下の
ような(1)から(3)の3つの要素で構成されると説明している。

(1)伝統的工芸品として価値づける仕組み
@伝統証紙制度
伝統証紙は、経済産業大臣が指定する伝統的工芸品であることを証
するために、(一財)伝統的工芸品産業振興協会が発行するもので、
この証紙が貼られた工芸品は、伝統と歴史を今に受け継いできた
「本物」であることが証明され、そのことが大きな付加価値となる
のである。

  A加賀友禅証紙制度
加賀友禅証紙は、類似品防止と品質保持を目的に、加賀染振興協会
が独自に貼付する産地商標であり、一品物、本物、大量生産でない
物であることをアピールするものである。

B落款制度
加賀友禅作家が制作した着物の衽(おくみ)には、作家の「落款」
が記される。ランクの高い作家の落款のある着物ほど、価値が高く
なるのである。

(2)芸術作家のランキングシステム
@伝統工芸士の称号
認定試験に合格した作家に対して経済産業大臣が認定する称号で、
消費者にとっては、その着物の作家が、その称号を有するか否かが、
価値の重要な判断材料となる。

A徒弟制度
加賀友禅には、親方が弟子を育成するという徒弟制度があり、加賀
友禅を他の商品と差別化する根幹とされ、ブランド価値や高度な技
術力を維持する制度的仕組みとされる。

B展示会入選・受賞によるはく付け
各種展示会(日展、日本伝統工芸展、石川県現代美術展等)で入選
や受賞することで、作家の名前にはくが付き、作品としての着物に
ブランド的な価値が付き、価格を高くすることに資することになる。

(3)消費者への高価格インプットシステム
@流通過程における価格上昇の仕組み
@−1 室町問屋の機能:加賀友禅のみならず、全国の産地から着
物が集まり、それがまた全国の地方問屋や小売へ卸される流通シス
テムの頂点に位置するのが室町問屋(京都の室町通り周辺に店を構
える呉服商(商社))で、流通過程における価格上昇の仕組みの主
役と言える。室町問屋は、地方問屋や小売へ卸す時に、加賀友禅の
伝統の価値をアピールし、価格を増幅させる機能を担っている。

@−2 産元問屋の機能:全国の問屋等からの注文を元請けし、自
ら原材料を手配し産地内に発注する役割を担う。春と秋に京都で開
催される展示会で、室町問屋から注文を受けると、加賀友禅作家に
発注する。作家の芸術的ランキングを利用し作品の価格をより高く
設定する。また、産元問屋は、加賀友禅は希少なものだと室町問屋
にインプットし、数量をコントロールするなど、高級路線を維持す
ることを最優先している。

@−3 小売(呉服屋)の機能:各地の呉服屋の機能で重要なのは、
消費者への働きかけである。着物を着て出かける各種イベントを
企画・開催し、それを通して、如何に加賀友禅が格式高いランクづ
けがされているかなど、伝統、文化、格式の価値を消費者に意識づ
け、消費者ニーズを産地の意向に沿った方向へ修正する機能を担っ
ている。

A着用シーンにおける格式の形成
着物には素材や模様によって種類と格があり、それぞれの着用シー
ン毎に文化的消費がなされている。その中で、加賀友禅は格式の高
い着物であるという位置づけを保つことによって、高価格を維持し
てきている。室町問屋も、カジュアルな紬など他の産地のアイテム
とは路線を別にし、他の産地の商品と競合しないように配慮してき
ている。
 また、小売(呉服屋)も、消費者が、加賀友禅が高価格であるこ
とを納得することに資する各種イベントを企画・開催している。

〇長野県の伝統的工芸品産業の振興戦略の策定・実施化の在り方に
ついて検討する際には、前述の加賀友禅の「伝統を価値化する制度
的装置」を参考にして、その伝統的工芸品産業ならではの、重視・
アピールすべき「価値」の内容を明確化し、その「価値」を拡大し
「価格」に反映する仕組みの構築に、関係の産学官の方々が一体と
なって英知を結集し取り組むべきことを提言したい。

【むすびに】
〇今回は、伝統的工芸品の「価値」とは何か、その「価値」はどの
ようにして拡大し「価格」に反映することができるのか、などにつ
いての考え方を整理することにフォーカスしたため、前掲の論文が
指摘している加賀友禅が直面している重要課題、すなわち、高級品
としての伝統(「伝統を価値化する制度的装置」)を維持すること
に拘ることで、消費者ニーズの変化に的確に応えうる産地組織や流
通工程への変革ができない状態が続いて来てしまっていることにつ
いては触れなかった。

〇いずれにしても、長野県内の伝統的工芸品産業の振興のためには、
まず、それぞれの工芸品の本来の「価値」、アピールすべき「価値」
を確認し、その「価値」を拡大し「価格」に反映できる、生産から
消費に至る全工程が関与する手法・仕組み等の構築の在り方につい
て、産学官の英知を結集して検討・整理した上で、新たな伝統的工
芸品産業振興戦略の策定・実施化に取り組んでいただくことを期待
したい。


ニュースレターNo.212(2024年2月26日送信)

 信州ブランド戦略の改定の在り方について
〜信州ブランドの明確な定義なくして信州ブランドの優位性確保に資する指針とはなり得ないこと〜

【はじめに】
〇2013年3月に策定された長野県の「信州ブランド戦略(コンセプ
ト編)」と、その後に策定された「信州ブランド戦略(行動編)」
を一体的に改定するため、「信州ブランド戦略(改定骨子案)」
についてのパブリックコメントが、3月22日まで実施されている。

〇「信州ブランド戦略(コンセプト編)」が公表された際には、同
戦略が信州ブランドの明確な定義をせず、「県内の工業製品、伝統
工芸品、農産物、文化財、地域そのものなど」ありとあらゆる地域
資源等のブランド力の向上を目指すことにしたため、「行動編」に
おいて、地域資源等の特性に応じたブランド力向上方策を提示でき
ず、県内各地域の産学官民の方々による、その地域ならではのブラ
ンド力向上のための施策の企画・実施化に資することが困難になる
ことなどの問題点を、ニュースレターNo.4(2013.5.3送信「比較優
位性を有する信州ブランド戦略の策定」)で指摘させていただいた。

〇今回の「信州ブランド戦略(改定骨子案)」においても、信州ブ
ランドの明確な定義をせず、「信州ブランドの4つのコアな構成要
素(案)」として、他県等の多くの地域にも当てはまる、「恵み多
き豊かな自然」、「勤勉で長寿な人々」、「個性際立つ多彩な風土」、
「新たな価値を導く交流」を提示するのみで、地域の特性を活かし
た「商品・サービス」が、構成要素として含まれていないことから
も、信州ブランド戦略の策定において、最初に信州ブランドの定義
を明確化しておくことの重要性が、未だに認識されていないことが
推測できる。

〇また、この「信州ブランドの4つのコアな構成要素(案)」は、
他県等の多くの地域にも共通するものであることから、信州ブラン
ドの確立のためには、その構成要素が有する長野県ならではの優位
性、独創性等の確保へのシナリオの提示が不可欠になるが、その提
示もなされていないのである。

〇そもそも、「信州ブランド戦略(改定骨子案)」においては、4
つのコアな構成要素の中から、既に一定のブランド力を有するもの
を選定し、さらなるブランド力強化を目指すのか、それとも、4つ
のコアな構成要素の分野から新たにブランド化すべきものを抽出し、
そのブランド力の育成・強化を目指すのか、戦略の方向性が非常に
曖昧なのである。

〇これから策定される改定版の「信州ブランド戦略」が、信州ブラ
ンドの優位性確保(競争力強化)に取り組もうとする、県内各地域
の産学官民の方々にとって、具体的な地域ブランド力の向上施策を
企画・実施化する際に、有用で使い勝手の良い指針として機能でき
るようになることを願い、今回のテーマを選定した次第である。

【「信州ブランド戦略(コンセプト編)」に内包されていた課題】
〇「信州ブランド戦略(コンセプト編)」に内包されていた、信州
ブランドの定義に係る課題については、ニュースレターNo.4(2013.
5.3送信)で以下のように整理させていただいた。

〇まず、信州ブランドの定義については、「信州ブランドとは、い
わば『宝石箱』のブランドのことで、その『宝石箱』の中には、県
内各地の優れた地域資源等、それぞれブランド力を有する『宝石』
が沢山入っている。」というように整理させていただいた。

〇したがって、信州ブランド戦略においては、大きく二つの戦略が
必要になるということである。
 その第一は、新たな「宝石」候補を発掘し、優れたブランド力を
有する「宝石」にすることや、既存の「宝石」のブランド力に更に
磨きをかけることに資する戦略である。
 第二は、優れた「宝石」が沢山入っている「宝石箱」のイメージ
アップ・差別化をし、「宝石箱」のイメージアップ・差別化が、そ
れぞれの「宝石」のイメージアップ・差別化につながるという「好
循環」を形成することに資する戦略である。

○このことから明らかなように、「宝石」が他県等に対して優位性
を持たない地域資源等であっては、「宝石箱」の魅力・価値は下がっ
てしまう。また、そんな「宝石箱」では、県民の誇りや愛着を育め
ない。
 したがって、他県等に比して優位性を有する「宝石」を創出する
「仕掛け」を内包する信州ブランド戦略が必要になるのである。

〇そして、その「仕掛け」を構築する前提として、信州ブランド戦
略における「宝石」とは、どのような地域資源等を対象とするのか
について明確に定義づけることが重要になるのである。なぜならば、
例えば、「宝石」が工業製品の場合と歴史的景観の場合とでは、そ
の発掘・創出やブラシュアップの「仕掛け」が大幅に異なることに
なるからである。

○すなわち、「宝石」の明確な定義づけを怠ることによって、「宝
石」になりうる地域資源等(「宝石」候補)の発掘・ブラシュアッ
プに資する各種施策について検討する際に、どのような発掘手法で、
どのようなブラッシュアップ手法を提供すれば、「宝石」候補のブ
ランド化(「宝石」化)を効果的に実現できるのか、という極めて
基本的な課題についての議論さえまともにできないことになるので
ある。

【経済産業省の地域ブランドの定義を援用した場合の信州ブランドの定義】
〇経済産業省の地域ブランドの定義を援用した場合の信州ブランド
の定義は、以下のように整理することができるだろう。
@信州ブランドとは、「信州に対する消費者からの高い評価」のこ
とであり、信州が有する無形資産のひとつである。
A信州ブランドは、信州の特長を活かした商品のブランド(PB=Products
Brand)と、信州のイメージを構成する信州そのもののブランド
(RB=Regional Brand)とからなる。
B信州ブランド戦略とは、これら二つのブランドを同時に高めるこ
とにより、地域活性化を実現する活動戦略のことである。
※参考:前述の「宝石」のブランドが、商品のブランド(PB)に相
当し、「宝石箱」のブランドが、信州そのもののブランド(RB)に
相当することになるのである。

〇したがって、信州のブランド化とは、@信州発の商品のブランド
化と、A信州のイメージのブランド化を結び付け、好循環を生み出
し、県外の資金・人を呼び込み、持続的な地域経済の活性化を図る
ことと言えるのである。
 このような基本的考え方に基づき、以下で信州ブランド戦略の優
位性確保の在り方について検討したい。

【信州ブランド戦略の優位性確保の在り方】
〇前述の信州ブランドの定義に基づくと、信州ブランド戦略とは、
信州発の商品を「売るために何をすべきか」という視点だけではな
く、「消費者からの評判を高めて支持されるようにするには何をす
べきか」という視点を重視して、商品の開発やマーケティングに取
り組み、地域の活性化を推進する戦略のこととなる。

〇優位性のある信州ブランド戦略を策定するためには、ブランド化
の対象商品を以下のように四つに分類し、それぞれに相応しいブラ
ンド戦略を策定することが効果的となる。
※参考文献:中小企業基盤整備機構 地域ブランドマニュアル(2005年6月)

@売れ行きも評判も良い商品の場合
この商品は、既に強いブランド力を有していることになる。したがっ
て、その強さを維持するための「ブランドの管理」が重要となる。
また、その強さを活かした新商品やサブブランドを開発する「ブラ
ンドの拡張」も取り組むべき課題となる。

A売れているが評判は特に良くない商品の場合
この商品は、売れることが、そのブランドの評価を高めることに繋
がっていない。場合によっては、その商品のために、その地域その
もののブランドの評価を下げてしまう可能性もある。あるいは、そ
の商品が、他の商品の売り上げ増を妨げている可能性もある。した
がって、そのブランドの評価を下げている要因を見つけ出し、それ
を排除する取組みが重要となる。

B評判は良いがあまり売れていない商品の場合
これは、評判は良く、その地域のイメージ向上にも貢献しているが、
なかなか売り上げ増に繋がらない商品のことである。このような商
品については、そのブランドの知名度や評判をうまく製品開発や販
売戦略に反映する取組みの強化が重要となる。

C売れ行きも評判も特によくない商品の場合
この商品については、まず、商品自体の、消費者ニーズを反映した
質的向上を目指すことが重要となる。その上で、そのブランドの評
価を高めるための情報発信等に取り組むことが必要となる。

〇以上は、信州の特長を活かした商品のブランド(PB)の形成の取
組みの在り方に関する事項である。PBの形成については、それを開
発・提供する民間事業者の活動を行政サイドが支援するという形で
の推進が一般的となろう。
 しかし、多種多様なPBを包括し象徴化される信州そのもののブラ
ンド(RB)の形成については、民間事業者の業種・業態を超えた広
範な連携活動が必要となることから、行政サイドが主導することが
重要となる。すなわち、行政サイド主導による、産学官民からなる
信州ブランドの形成推進体制の整備・運営が、重要な政策課題とな
るのである。

【むすびに】
〇信州ブランドの形成は、企業における一社一組織での取組みとは
異なり、県内の産学官民が一体となって取り組むことが求められる。
そして、信州ブランドの形成は、公益性という観点からの推進も必
要になるのである。

〇したがって、「信州ブランド戦略(改定骨子案)」の中では、長
野県主導による、信州ブランドの形成推進体制の整備と、その推進
活動計画の策定・実施化の在り方についての方向性が提示されるこ
とが重要となるのである。
 新たな信州ブランド戦略の策定の目的が、信州のブランド力向上
による地域の経済的・社会的振興であるならば、改定骨子案には、
それに必要な信州ブランドの形成に関与すべき産学官民の取組みの
在り方について提示することが求められるのである。

〇今回の「信州ブランド戦略(改定骨子案)」においては、信州ブ
ランドの情報発信については重要視しているが、産学官民連携体制
による新たな信州ブランドの形成の必要性やその在り方についての
言及が全くなされていない。
 改定版の「信州ブランド戦略」の策定過程においては、関係の産
学官民の方々の間で、信州ブランドの定義や、信州ブランド形成推
進体制の在り方についての議論が活発になされることを期待したい。


ニュースレターNo.211(2024年2月21日送信)

 地域振興に資する木質バイオマスの熱利用戦略の在り方
〜「長野県ゼロカーボン戦略」と県内の地域振興戦略との整合に資するために〜

【はじめに】
〇地球温暖化防止対策の世界的取組みを先導するEUの「欧州グリ
ーンディール」(EGD)は、EUを、2050年には温室効果ガスの正味排
出量が無く、経済成長が資源使用の拡大から切り離された、資源
効率が高く競争力のある経済と公正によって繁栄する社会へ変革
していくことを目指した新たな「成長戦略」である。

〇すなわち、EGDは、気候変動問題の解決のみを目指した戦略では
なく、他の社会的課題等の解決方策との整合を前提とした「成長
戦略」として、温室効果ガス排出量の削減に留まらない、社会全
体の抜本的改革のための様々な取組みを行うことを目指している
のである。

〇EUの人々が、2050年のゼロカーボン達成と引き換えに、真に豊
かな生活を失うことを望んでいないことは当然のことである。EGD
は、このような人々の思いに応えるゼロカーボン戦略になってい
るのである。

〇このようなEGDの新たな「成長戦略」の基本理念ともいうべき
ものを参考にして、「長野県ゼロカーボン戦略」(2021年策定、
2022年改定)についても、2050年ゼロカーボン達成のための戦略
の域を超えて、県内の様々な社会的課題等の解決方策と整合した、
地域全体の抜本的改革を目指す地域振興戦略へと質的に高度化さ
せるための議論が、関係者間で活発化することに資するため、
今回のテーマを選定した次第である。

〇そして、議論の具体的推進の一つの参考にしていただきたく、
「長野県ゼロカーボン戦略」の第2章「再生可能エネルギー普及
拡大」、第1節「地域主導型・協働型の再生可能エネルギーを促進
する」に提示されている、長野県内に豊富に存在する木質バイオ
マスの熱利用(暖房、給湯等)にフォーカスして、2050年ゼロ
カーボンの達成への貢献と地域振興の整合の在り方について、林
野庁のホームページ等の木質バイオマスの利用に関する情報を参
考にして、以下で検討することにしたい。

【木質バイオマスを熱利用するメリット】
〇木質バイオマスは、燃焼によって二酸化炭素を発生するが、こ
の二酸化炭素は、樹木の伐採後に森林が更新されれば、その成長
過程で再び樹木に吸収されることになり、大気中の二酸化炭素濃
度に影響を与えないという、カーボンニュートラルな特性を有し
ている。
 このような木質バイオマスが、化石燃料の代わりに利用される
ことによって、二酸化炭素排出量の削減に貢献できるという基本
的な考え方を前提として、その熱利用のメリットについて以下に
整理する。

@エネルギー効率の観点からのメリット
木質バイオマスのエネルギー利用法については、主に発電と熱利
用がある。再生可能エネルギーの中で、風力や水力は回転エネル
ギーを利用するため発電に向いているが、木質バイオマスは燃焼
によってエネルギーを生み出すため、そのエネルギーを電気に変
換する発電よりも、エネルギーをそのまま利用すること(熱利用)
に向いている。エネルギー効率では、発電の場合は20%程度であ
るが、熱利用の場合は80%以上になるのである。

A事業化の難易度の観点からのメリット
木質バイオマス発電の事業化には、費用対効果の視点から一定の
規模以上の発電設備が必要となり、その燃料としての木質バイオ
マスも相当量が必要になる。したがって、未利用の木質バイオマ
ス(林地残材、木質廃棄物等)を主な燃料とする場合、その効率
的な調達体制の整備等が不可欠となり、発電設備の設置の適地は
限られることになる。
 しかし、熱利用の場合には、地域の実情に合わせて、様々な規
模・機能(燃料の形態や必要量、供給する温水の温度・量等)の
設備の導入が可能となるのである。

B地域の経済循環の観点からのメリット
国内で、森林整備等により、年間2,000万m3(推計値)が発生し
ている未利用間伐材等が、燃料として価値を持つことができれば、
森林経営に寄与し、森林整備の促進にも繋がることになる。この
未利用の木質バイオマスの収集・運搬、熱エネルギーの供給施設
や利用施設の管理・運営などの分野で、新たな産業と雇用が創出
され、特に山村地域の活性化への貢献が期待できるのである。

【木質バイオマスの熱利用と地域振興との整合方策】
〇木質バイオマスの熱利用が、地域の二酸化炭素排出量の削減の
みならず、地域の抱える様々な課題の解決にまで貢献している事
例として、北海道の下川町(人口約3,000人)の取組みの概要を
紹介したい。

@取組みの経緯
林業・林産業を基幹産業として、毎年50haの主伐と植林を繰り返
すことができる町有林の「循環型森林経営」を基本理念に据え、
持続可能な森林共生社会の構築を目指し、地域の未利用森林資源
の熱エネルギー利用に積極的に取り組んで来ている。環境省、林
野庁等の補助事業を活用し、木質バイオマスボイラーの導入を拡
大して来ている。

A取組みの主要目的
・化石燃料から木質バイオマスへのエネルギー変換による二酸化
炭素排出量削減への貢献
・地域の未利用森林資源を活用した林業・林産業の活性化と新規
雇用の創出
・エネルギー購入費を地域内循環させることによる地域経済の活
性化

B取組み概要と成果
・11基の木質バイオマスボイラーを導入し、31の公共施設に熱
(温水)を供給し、公共施設全体の熱エネルギー需要量の68%を
賄っている。
・ボイラー燃料用のチップの製造・供給については、地元の灯油
販売事業者が設立した「下川エネルギー供給協同組合」が、公設
の下川町木質原料製造施設の指定管理者として担っている。その
ための新規雇用者は6人となっている。
・年間約3,800万円の燃料コスト削減と、約3,070t-CO2の排出削
減に貢献している。
・燃料コスト削減効果額の一部を基金化し、ボイラー等の更新費
用に充てるとともに、新たな子育て支援の財源としても活用して
いる。

〇下川町のような高度な木質バイオマスの熱利用体制の整備がで
きなくても、自然とのふれあいや森林整備に関心のある地域住民
(周辺市町村民を含む)等に参加者を募り、参加者がチェーンソ
ウと軽トラによって未利用材を伐採・搬出し、燃料化等を担う事
業体に買い取ってもらうというような「仕組み」を構築すること
で、木質バイオマスの熱利用を推進することが可能となる。

〇未利用材の燃料化事業を市町村の森林整備事業の一環として捉
え、市町村がその事業費を補填することができれば、買取り価格
の下支え等もでき、同事業への地域の住民、事業者、森林所有者
等の参加意欲を高めることが可能となる。

〇この買取りの支払に地域通貨を導入することで、地域の商店等
での利用など、地域経済との繋がりや地域内経済循環を創出する
こともできる。また、使用する地域通貨をスマートフォン利用に
よるデジタル地域通貨にできれば、未利用材の燃料化事業に参加
する地域の住民、事業者、森林所有者等を繋ぐデジタル情報ネッ
トワークを構築でき、同事業の運営のより一層の効率化を図るこ
とが可能となる。

〇以上のように、それぞれの地域に適した燃料化事業の「仕組み」
を工夫することによって、二酸化炭素排出量削減への貢献と、森
林整備の推進、エネルギー自給の増大、森林整備への住民参加の
拡大、林業・林産業の活性化、資源と経済の地域内循環の増進な
どの複数の政策課題とを関連づけ、課題解決に必要な各種施策を
効果的に連携させることが可能となるのである。
すなわち、木質バイオマスの熱利用と地域振興との整合に資する
効果的事業の企画・実施化が可能となるのである。

【むすびに】
〇現状の「長野県ゼロカーボン戦略」は、2050年ゼロカーボンの
達成のみにフォーカスしている。この戦略の策定過程においては、
県内の産学官民によるゼロカーボン達成のための取組みが、少子
高齢化が深刻化する中で、県民生活を真に豊かなものとすること
や、県内産業を真に競争力のあるものとすることなどに、どのよ
うに関連づけられるのかについての「議論」はなされたのだろうか。

〇このような「議論」の深化とその成果の「長野県ゼロカーボン
戦略」への反映によって、同戦略が、脱炭素の直接的な手段にの
みフォーカスしたものではなく、県内の産学官民の脱炭素の取組
みが、県内の様々な地域課題の解決のための取組みと関連づけら
れ、相乗効果を発揮できるような、長野県ならではの優位性のあ
る「成長戦略」へと質的に高度化されることを期待したいのである。


ニュースレターNo.210(2024年1月21日送信)

少子化・人口減少下における地域の持続的発展戦略の在り方

【はじめに】
〇長野県の総人口の200万人割れが目前となるなど、少子化・
人口減少ペースが急速化する中、県は、1月17日に「少子化・
人口減少対策戦略検討会議」を開催し、少子化・人口減少対策
を進める上で基本となる「戦略方針」の素案を提示し、市町村
や経済団体等と検討を加え、具体的な取組みを盛り込んだ
「戦略」を今秋に正式決定することが報道されていた。

〇少子化・人口減少対策を論理的に検討することについては、
地球温暖化対策の検討手法が参考になる。すなわち、地球温暖
化による気候変動への対策としては、その原因物質である温室
効果ガスの排出量を削減する「緩和」と、気候変動の自然環境
や社会・経済システム等への悪影響を軽減する「適応」の二つ
の視点から検討・構成されているのである。

〇少子化・人口減少対策においても、その根本原因の解消を
目指す「緩和」と、その社会・経済システム等への悪影響を
軽減する「適応」に分けて検討・整理することが必要ではない
だろうか。

〇国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計
人口(令和5年推計)」によると、2050年の総人口が2020年の
半数未満となる市区町村は約20%に達するとされているように、
少子化・人口減少による市町村の社会・経済システム等への
悪影響の顕在化を想定した、現実的な対応をせざるを得ない状
況になっていることから、今回ニュースレターのテーマでは、
その悪影響を軽減する「適応」にフォーカスすることにしたい。

〇長野県が策定する「戦略」に関する関係の皆様方の、「適応」
の視点からの議論の深化に少しでも貢献できればと考え、以下
のような構成によって、そのテーマについて検討を深めること
にしたい。
@策定すべき「戦略」が目指すべき、少子化・人口減少下に
おける地域(市町村等)の持続的発展とはどのような姿になる
のか、について整理する。

A今後の少子化・人口減少の進展によって、地域はどのような
深刻な課題に直面することになるのか、について整理する。

Bその深刻な課題に適切に対応し、地域の持続的発展を確保
するための「戦略」の在り方について整理する。

※参考文献:地域経営研究会報告書「持続する地域を目指して」
2020年4月(公財)はまなす財団、(一財)北海道東北地域経済総合研究所

【少子化・人口減少下における地域(市町村等)の持続的発展の姿】
〇少子化・人口減少下にあっても、地域が持続的に発展して
いくためには、少子化・人口減少の進展による地域の活力の
低下や様々な課題の顕在化を踏まえ、これに適切に対応して
持続的発展が可能な地域社会を形成する「戦略」を、地域が
主体的に策定・実施化することが必要となる。

〇そして、その「戦略」の根幹には、地域振興の原理原則と
も言える「地域資源を活用し、地域の外から稼ぐ力を高める
とともに、地域内での経済循環を高め、地域に富を蓄積する
ことによる地域経営」を位置づけることになろう。
 言い換えれば、少子化・人口減少下における地域の持続的
発展の姿とは、地域がその地域経営を効果的に推進している
姿と言えるのではないだろうか。

〇いずれにしても、今後更に進展する少子化・人口減少で想定
される深刻な税収不足等から、全ての地域が、現状の行政サー
ビスの提供能力を維持しながら、持続的に発展していくことが
困難であることは明らかである。
 したがって、行政コストの大幅な抑制に適応できるよう、
従来からの地域経営の在り方を抜本的に見直すことが必要と
なる。その上で、地域が持続的に発展できる地域経営の在り方
を説明し、その実施化を可能とする「政策的仕掛け」を提示
することが、地域に求められているのである。

【少子化・人口減少の進展によって、地域が直面する深刻な課題】
〇少子化・人口減少によって、地域が直面し対応しなければ
ならない深刻な課題については、以下のような整理ができる
だろう。
@地域財政が立ち行かなくなること
 人口減少に伴い、納税者の減少や産業活動の停滞等により、
国、都道府県、市町村の各レベルで深刻な税収不足が生じる。
地域の税収不足をカバーする地方交付税についても、国が
国全体の社会保障制度の維持を優先した場合には、そのパイ
は減少することになる。

A地域交通の確保が困難になること
 学生や労働力人口の減少が進めば、民間事業者による採算
ベースでの輸送サービスの提供が困難となる。特に高齢者等
の交通弱者のニーズに対応する移動手段の提供が困難となる
ことは、県庁所在地等の規模の都市においても、既に大きな
課題となっている事例もみられる。

B地域コミュニティが崩壊すること
 自治会等の住民組織の担い手不足により、地域を支えてき
た共助システムが機能しにくくなることは、既に一部で顕在化
してきている。今後更に深刻化することが見込まれている。
 地域コミュニティの崩壊は、街並みなど伝統的に守られて
きた地域アイデンティティを喪失することに繋がるほか、観光
資源としての活用が期待される地域のお祭り等の行事を維持
することも困難にさせる。

C電気・水道、医療・教育機関等の基本的なインフラの維持
が困難になること
 例えば、水道管の老朽化対策は喫緊の重要課題になってい
るが、現状のレベルをすべての地域で維持していくことは、
人口減少下では既にオーバースペックと言えるだろう。
 インフラに係る既存の需要に最後の一軒まで応えようとす
ると、今まで以上のコスト負担を地域住民に強いることにな
るのである。

【課題に対応し地域の持続的発展を確保するための「戦略」の在り方】
〇前述の少子化・人口減少がもたらす深刻な課題に適切に
対応し、地域の発展を確保するための「戦略」の根幹には、
地域振興の原理原則とも言える「地域資源を活用し、地域の
外から稼ぐ力を高めるとともに、地域内での経済循環を高め、
地域に富を蓄積することによる地域経営」を位置づけるべき
ことは、「戦略」の在り方に関する様々な議論に通底してい
ることと言えるだろう。

〇その「戦略」の根幹を具現化していくためには、「戦略」
に以下のような具体的なシナリオを組み込むことが必要とな
ろう。
@地域の外から稼ぐ力を高めるシナリオ
 地域の外から稼ぐ力を高めるためには、基本的には、地域
に存在する様々な地域資源の中から、外貨を稼げる地域資源
を発掘し、売り物になるように磨き上げブランド化するシナ
リオの提示が必要になる。
 しかし、外貨を稼げる新たな地域資源を発掘し磨き上げ活用
するには、多くの時間と労力を要することになる。したがって、
既に、他地域に対する一定の優位性を有している地域資源の更
なる活用に取り組むことを優先することが、より現実的な
シナリオとなるのである。
 例えば、地域資源としての高度な工業技術力を有する下請
中小企業の集積を有している地域においては、他地域からの
受注量を更に増大させるシナリオを描くことが重要となる。

Aソーシャルビジネスを育成するシナリオ
地域財政が厳しい状況下では、地域住民が抱える様々な課題
が、市場原理の下に解決されていく仕組みの構築に貢献する、
ソーシャルビジネスの担い手を育成することが重要となる。
 また、地域の課題解決に資する、収益性の高い事業の開発・
実施化を経営理念や経営戦略の中に位置づける地域企業も増加
している。
 そのようなソーシャルビジネスの担い手や地域企業の活動
の活性化に資する「政策的仕掛け」を組み込んだシナリオが
必要となる。

B地域住民と地域企業等(企業、NPO、支援機関等)との協働
を活性化するシナリオ
 地域住民が抱える様々な課題の解決ニーズに応える製品・
サービスを、地域企業が単独で開発・事業化することは困難
であろう。そこで、地域住民との協働によって、地域住民の
ニーズに的確に応える、収益性のある製品・サービスの開発・
事業化の促進に資するプラットフォームの形成など、地域住民
と企業等の協働の活性化へのシナリオが重要となる。

C地域経済の地域内循環を高めるシナリオ
 例えば、地域外からの観光客の、地域内での飲食の食材の
地元産の比率を高めることなど、観光客が落とすお金をでき
るだけ地域内で循環させる産業構造への転換を促進するシナ
リオが必要となる。
 工業分野においては、地域外から受注した部品製造の一部
を地域内の下請中小企業に発注することなど、地域内における
下請中小企業の製造活動の連鎖化を高めるためのシナリオも
必要になる。
 例えば、燕市では、市内の金属加工企業が、金型、プレス、
溶接、研磨等の工程ごとに分担して高品質の洋食器等を製造
している。そして、市内の企業同士の受発注から製造、納品等
に至るまでの工程を、共用のデジタルプラットフォームで管理
する仕組みを構築し、市内での分業体制(経済循環)を更に
拡大することに取り組んでいる。
※参考文献:「まち全体を一つの工場に〜ものづくりのまち
燕市スマートファクトリー化への挑戦〜」NETT No.123 2024 Winter

D人口の規模に見合ったコンパクトなまちの形成へのシナリオ
 地域インフラ全体の崩壊を防ぎ、行政サービスの極端な低下
を招かないためには、行政がケアする範囲を縮めていかなけれ
ばならないことになる。関係住民の理解を得ながら、いわゆる
コンパクトシティを形成していくシナリオが重要となる。

【むすびに】
〇少子化・人口減少下における、地域(市町村等)の持続的
発展を確保するためには、地域が未来に向かって形成を目指
す地域社会の具体的姿(ビジョン)を描き、そのビジョンの
具現化への道筋(「緩和」と「適応」に整理されたシナリオ)
と、そのシナリオの着実な推進に必要な諸施策(「緩和」と
「適応」に整理されたプログラム)から構成される、少子化・
人口減少対策としての「戦略」を、地域が主体的に策定・
実施化することが必要となる。

〇この「戦略」に関する議論を論理的に深化できるようにす
るためには、最初に、地域が形成を目指す地域社会の姿
(ビジョン)をしっかり描くことが必要になる。
 このことなくして、何のためにどのようなシナリオやプロ
グラムが必要になるのかについて、論理的に議論を深めるこ
とは困難となるのである。

〇したがって、長野県の「少子化・人口減少対策戦略検討会議」
においても、まず、少子化・人口減少下において維持・発展
させていくべき、県や市町村の具体的姿を描くことから議論
を始めていただくことを期待したい。
 その上で、関係者の間で同意・共有されたビジョンの具現化
へのシナリオ・プログラムの在り方に関する議論に進むとい
うような、論理的な検討手法を採られることを期待したいの
である。