○送信したニュースレター2024年(No.210〜222)

ニュースレターNo.222(2024年12月16日送信)

「信州F・パワープロジェクト」への県関与の問題点の解明について〜長野県による今後の破綻原因の検証とプロジェクトの再生に資するために〜

【はじめに】
〇2024年12月14日の信濃毎日新聞の第2面に、「『信州F・パワー』2社
破綻 県対応 反省点整理へ 知事『県政の教訓にしたい』」という見出し
で、長野県が約23億円もの補助金を交付し支援した「信州F・パワープロジ
ェクト」の破綻への、県のこれからの対応姿勢についての記事が掲載され
ていた。

〇「信州F・パワープロジェクト」の木質バイオマス発電事業の破綻の原因
は、必要な質・量の燃料(木質バイオマス)の調達ができなかったこと、
要するに、燃料調達システムの仕組みの脆弱性にあったことが、新聞紙上等
で繰り返し指摘されてきている。より具体的に言えば、燃料調達という極
めて重要な役割を一つの企業に担わせ、そこから十分に調達できなかった
場合は、どこから、どのようにして不足分を調達するのかという課題に対
応できる、危機管理のできた安定的な燃料調達システムを構築できないま
まに、事業をスタートさせてしまったことが破綻の主原因であったという
ことなのである。

〇12月14日の記事によると、阿部知事は、12月13日の記者会見で「県の対
応には改善すべき点や反省点があるのではないか。そうした部分を明確に
して、これからの県政に教訓として役立てたい。」と述べている。
 「信州F・パワープロジェクト」における県の対応の問題点について、
県によって今後詳細に検証されていくものと考えられるが、その検証にお
いては、以下のような視点からも取り組むことが必要になるのではないだ
ろうか。

[第1の視点(プロジェクトの選定手続きの問題点)]
 一企業の事業提案に基づく「信州F・パワープロジェクト」を、長野県
が人的にも資金的にも大々的に支援する、いわば公的な特別プロジェクト
として選定した、県の手続きに問題はなかったのか。

[第2の視点(プロジェクトの事前検討・評価の問題点)]
「信州F・パワープロジェクト」のビジネスモデルが、木質バイオマス
発電事業に不可欠な、質的にも量的にも安定した燃料調達システムを有す
る、実現可能性の高いものであるのか否かについての、事前検討・評価が
十分であったのか。
 ビジネスモデルの事前検討・評価を的確に実施できる、高度な専門性を
有する産学官の方々で構成された人的体制は整備できていたのか。

[第3の視点(プロジェクトの進捗管理の問題点)]
 木質バイオマス発電事業が始まり、燃料調達が予想通りいかないことが
ある程度明らかになった時点で、長野県は、改善策の検討・実施化のため
に、必要な専門知識を有するメンバーによる、改善策の構築チームの編成
を主導するなど、県として実施すべき、補助事業の進捗管理ができていた
のか。

〇以上の3つの視点について、以下でより具体的に検討してみたい。

【第1の視点(プロジェクトの選定手続きの問題点)について】
〇県や市町村が、政策的視点から民間企業による木質バイオマス発電事業
の促進を図ろうとする場合に、当該事業の企画・実施化への補助金交付を
含む、種々の支援メニューを創設することは、一般的な政策的手法として
認められることである。

〇なお、補助金交付制度の創設・実施化においては、通常、公平性の観点等
から、広く事業計画の公募を行い、計画内容の実現可能性等を厳格に評価
し、一定の水準に達しているものを採択し補助金交付を決定するというよ
うな手順を踏んでいる。

〇「信州・Fパワープロジェクト」の場合、長野県の補助金交付の対象とし
て選定したプロセスは、どのようなものだったのか。県内には、他にも民間
企業による木質バイオマス発電の新設・増設等の計画はあったと思われるが、
なぜ、「F・パワープロジェクト」だけが、多額の補助金交付を受けられる
ようになったのか。
 本プロジェクト選定の手続きは適正であったのか、という視点からの検証
が、まず最初に必要になるだろう。

【第2の視点(プロジェクトの事前検討・評価の問題点)について】
〇新聞報道によると、当初から、必要量の燃料調達の実現性への疑問・不安
が、関係者から提起されていたということであるが、長野県は、県が開催し
た産学官の関係者による会議の場では、そのような疑問・不安が提起された
ことは全く無かったと説明しているとのことである。

〇いずれにしても、これだけの大規模事業であるので、県としては、会議の
場だけではなく、県内の関係者へのヒアリングや、成功している先進事例に
おける燃料調達システムの調査などを当然実施していたはずである。それに
も関わらず、なぜ県は、当該プロジェクトの燃料調達システムの脆弱性とい
う重要な課題を指摘し、必要な改善支援等をすることができなかったのだろ
うか。

〇必要な質・量の燃料を安定的に調達できるシステムを構築することができ
るか否かが、その発電事業の成否を決することになるということを、県は十
分に認識できていなかったと言えるのではないだろか。成功している事例に
おいては、第一の燃料調達先から十分な質・量の燃料を確保できない場合に
は、第二の燃料調達先から不足分を確保できるというような、リスク管理の
できた安定的な燃料調達システムが構築されているのである。

【第3の視点(プロジェクトの進捗管理の問題点)について】
〇木質バイオマス発電事業の開始以降、燃料調達が予想通りいかない事態に
なっていることについては、県として補助事業の通常の進捗管理をしていれ
ば、速やかにその事実を把握できていたはずである。そして、その事実を把
握できた段階で、燃料調達システムの改善・実施化に向けた、関係者や専門
家で構成される対策会議等の設置・運営を主導できたはずである。

〇そして、その対策会議等において、先進事例の燃料調達システムを参考に
し、関係の産学官の方々の英知を結集して、長野県ならではの優位性ある安
定的な燃料調達システムへの改善策を提示することができたはずである。

〇なぜ、県が、県の補助事業の燃料調達システムの問題点を把握した時点で、
その改善策の検討・実施化に直ちに取り組むという、通常の進捗管理ができ
なかったのだろうか。その理由を速やかに明らかにし、その結果を燃料調達
システムの改善による「信州F・パワープロジェクト」の再生に活かすべき
ではないだろうか。

【むすびに】
〇「信州F・パワープロジェクト」は、長野県の木質バイオマスの有効活用
による、脱炭素型の発電事業であり、林業・木材産業の振興や環境の保全に
資するものであることから、県として政策的に支援することを検討すべき案
件であったことは間違いないだろう。

〇しかしながら、そのプロジェクトが破綻した現状においては、県によるプ
ロジェクトの選定手続き、その事業計画の事前検討・評価、補助事業の進捗
管理などにおける、県の取組みにどのような問題点があったのかを、県が主
体的に調査・分析することは、当然必要なことである。

〇そして、県には、注ぎ込んだ補助金等を無駄にしないためにも、その調査・
分析結果を基に、現状の燃料調達システムの改善等による、同プロジェクト
の再生の早期実現に努めていただきたいのである。


ニュースレターNo.221(2024年11月9日送信)

木質バイオマス発電における燃料の安定的調達システムの在り方〜「信州F・パワープロジェクト」の発電事業の再生に資するために〜

【はじめに】
〇信濃毎日新聞(2024.11.2,11.6)は、長野県が、約25億円の補助金を交付
し、燃料用の木質バイオマスチップの需給調整にも関与してきた「信州F・
パワープロジェクト」の木質バイオマス発電事業(事業主体:ソヤノウッド
パワー)が破綻したことを大きく報道していた。プロジェクトの企画段階か
ら深く関与し、多額の補助金も交付している県の責任の重大性にまで言及し
ているのである。

〇そもそも破綻の原因は、燃料となる木質バイオマスチップの必要量を確保
できなかったことである。したがって、この木質バイオマス発電事業を引き
継ぐ新会社(綿半ウッドパワー)が、本事業を、収益性を有し地域産業への
経済的波及効果を発揮できるものに改善できるようにするためには、県が主
導し、量・質の確保や需給調整という要件をクリアできる、新たな安定的な
燃料調達システムの構築を具現化することが不可欠となる。

〇そこで今回は、岡山県真庭市の真庭バイオマス発電事業(真庭バイオマス
発電(株)、2015年4月稼働、燃料消費量は約14万t/年で「信州F・パワー
プロジェクト」とほぼ同じ規模)を参考事例として、質と需給調整を担保し
た燃料チップの量の安定的な確保を可能とする、「信州F・パワープロジェ
クト」の今後の燃料調達システムの在り方について検討してみたい。

※参考文献:「木質バイオマス発電事業における燃料材調達システムの実現条件分析〜岡山県真庭市の真庭バイオマス発電事業の事例に基づいて〜」
地域経済学研究 第47号 2024年 白石智宙(広島修道大学)

【質と需給調整を担保した燃料材の量の安定的な確保を可能とする調達システムの実現方策】
〇前述の参考文献は、質と需給調整を担保した燃料材の量の安定的な確保を
可能とする調達システムの実現方策について、以下の@〜Bの項目に分けて
整理している。
@燃料材の量の確保
A燃料材の質の確保
B燃料材の需給調整

〇@〜Bのそれぞれの実現方策について、真庭バイオマス発電所を事例とし
て、より具体的に整理すれば以下のようになる。
[@燃料材の量の確保]
〇真庭バイオマス発電所への燃料材供給のための伐採・搬出や在庫等の情報
を一元管理するために、「木質資源安定供給協議会」(以下、協議会)が設
立され、発電所に対する燃料材の供給は、この協議会を通じて、「真庭バイ
オマス発電事業燃料供給安定取引協定」(以下、協定)に基づいて行われて
いる。
 この協議会の設立と、燃料材供給事業者との協定の締結という仕組みが、
燃料材の量の安定的確保に大きく貢献していると評価されている。

〇具体的な仕組みとしては、協議会が、各年度初めに協定を締結している事
業者から、当該年度の供給計画量を集約する。そして、発電所が毎月必要な
燃料材の納入量を決定し、それを協議会が協定締結事業者の供給計画量の比
率で按分して発注するのである。

〇長野県においても、県は月1回のペースで「需給調整会議」を開き、県森
林組合連合会などで作る「サプライチェーンセンター」と木質バイオマス
発電サイドとの話し合いを促したが、需給調整機能を発揮できなかった。県
としては、需給調整は民間事業者同士の取引であり、介入できないという姿
勢を取り続けたのである。

〇そうであるならば、長野県としては、民間事業者同士の取引が、必要な量
の燃料の安定的調達を可能とする、真庭バイオマス発電事業のような、長野
県方式の「仕組み」を構築することに尽力すべきだったと言えるのではない
だろうか。

[A燃料材の質の確保]
〇燃料材の含水率が高いほど、燃焼時の熱効率は低下し、より多くの燃焼材
が必要となる。そこで、真庭市の事例においては、納入する燃料材の含水率
を低下させるインセンティブを協定締結事業者に付与できるように、燃料材
の買取価格を含水率が低いほど高額になるように段階的に設定しているので
ある。

〇また、含水率が高く燃料材として価格化することが困難であった、製材工
程から排出される樹皮等については、乾燥用サイロの建設や乾燥促進に資す
る保管方法など、含水率を低下させるノウハウを蓄積し、燃料化を促進して
きている。

〇要するに、真庭市においては、含水率が高いために燃料材に適さないとし
て廃棄物同然に扱われていたような様々な木質バイオマスについて、燃料材
として価値化することに取り組むことを、木質バイオマス発電の燃料材の安
定的調達システムの中に位置づけてきているのである。

[B燃料材の需給調整]
〇真庭バイオマス発電所と真庭木材事業協同組合が経営する真庭バイオマス
集積基地(以下、集積基地)が、燃料材の需給調整の役割を担っている。す
なわち、真庭バイオマス発電所の月毎の需要量と協定締結事業者の供給量と
の差は、集積基地が補填する仕組みを整備しているのである。

〇集積基地は、真庭バイオマス発電所の年間需要量の30〜40%を供給してい
る。また、集積基地は、真庭バイオマス発電所以外にも燃料材等の販路を開
拓し、自立した経営に必要な収益の確保に努めているのである。

【燃料材調達システムの地域経済への影響】
〇真庭バイオマス発電所の燃料材調達システムは、地域の林業や木材産業に
係る事業者の幅広い参画を促すとともに、特に未利用の木質バイオマス資源
の利活用促進を目指している。そして、それによって地域経済に以下のよう
な波及効果をもたらしている。

〇2020年度の実績値では、発電所の燃料材費として約14億7,100万円が、燃
料材供給事業者に支払われており、その内、市内の事業者への支払いが約10
億円であり、それらの事業者による原材料としての各種木質バイオマス資源
への支払総額は約1億円であった。
更に、集積基地による発電所以外へのチップ等の販売額は総額約8億円とな
っている。その原材料費として約5億7,500万円が、木質バイオマス資源供給
事業者に支払われており、その内、市内に対しては約2憶4,200万円となって
いる。

〇「信州F・パワープロジェクト」においても、その企画段階で、目標とす
る地域への技術的・経済的な波及効果を、関係の事業者等に対して提示し、
その参画意欲を高めることをもっと重要視すべきだったのではないだろうか。

〇信濃毎日新聞の記事は、当初から、燃料材の確保見込み量があまりに過大
であるとする関係者の助言等が、発電所経営サイドによって無視されていた
ことを指摘している。プロジェクトを支える重要なプレイヤーである関係者
の、プロジェクトへの参画意欲を高めるような、説得力ある魅力的なビジネ
スモデルを描くことの重要性を、発電所経営サイドが十分に認識できていな
かったことが、今日の惨状を招いたと大きな要因になったと言えるのではな
いだろうか。

〇長野県としては、当初から「信州F・パワープロジェクト」を、県内の林業
と木材産業のみならず、より多くの産業分野に技術的・経済的波及効果をも
たらすことを目指す産学官連携プロジェクトとして位置づけ、広く産学官の
英知を結集する体制で取り組んでいれば、安定的な燃料材の調達システムの
構築に係る様々な課題の、効果的な解決方策も見出すことができていたので
はないだろうか。

【むすびに】
〇信濃毎日新聞の記事は、長野県に対して、「信州F・パワープロジェクト」
の木質バイオマス発電事業が破綻した原因をしっかり検証し、再生のための
改善を実施すべきことを強く求めている。
この信濃毎日新聞の指摘を待つまでもなく、本プロジェクトには、補助金の
みならず多額の公的資金が投入されていることからも、県の責任として、
「検証と改善」に率先して取り組むべきことは当然のことと言えるだろう。

〇木質バイオマス発電の燃料の安定的な調達に不可欠な、量・質の確保や需
給調整という要件をクリアする、燃料調達システムを構築している、真庭市
の真庭バイオマス発電事業などの様々な先進事例を参考にして、「信州F・
パワープロジェクト」の燃料調達システムの抜本的な改善に向けた、関係の
産学官の方々の英知を結集した取組みが、県主導によって速やかに実施化さ
れることを期待したいのである。


ニュースレターNo.220(2024年10月22日送信)

長野県の新たな「ものづくり中小企業振興戦略」の策定・実施化へのモーメンタムの賦活化に資するために
〜ものづくり中小企業の「両利き経営」の具現化に資することを政策的視点として〜

【はじめに】
〇対外的に技術的優位性を有する超精密加工・組立技術によって、長野県の
主要産業である製造業の発展を支えてきている、地域のものづくり中小企業
の持続的成長を促進するための、県等が主導する新たな中小企業振興戦略の
策定・実施化への産学官連携活動のモーメンタム(活動の量や勢いなど)が、
特に近年、縮小しているように見えることがずっと気がかりとなっている。

〇そのモーメンタムの賦活化に資するために、長野県の新たな「ものづくり
中小企業振興戦略」の策定の政策的視点をどのように提起すべきかについて
思い悩んでいる時に、これからのものづくり中小企業の経営戦略としては、
いわゆる「両利き経営」を重要視すべきことや、経営資源に乏しい中小企業
の「両利き経営」の具現化を支援する「政策的仕掛け」の構築のヒントなど
を提起する以下の文献に出会った。

※参考文献:「モノづくり中小企業における『両利き経営』の特質〜事例調査
に基づく多角的考察〜」2024年6月(一社)機械振興協会・経済研究所
※「両利き経営」:「主力事業の絶え間ない改善(知の深化)」のための経営と、
「新規事業に向けた実験と行動(知の探索)」のための経営とを両立させるこ
との重要性を唱える経営論のこと。

〇そこで今回は、上記の文献を参考にして、「両利き経営」を構成する「主力
事業の絶え間ない改善(知の深化)」のための経営と、「新規事業に向けた実
験と行動(知の探索)」のための経営の両立の具現化に資するという政策的視
点から、新たな「ものづくり中小企業振興戦略」の在り方について検討する
ことにした次第である。

【ものづくり中小企業の「両利き経営」の具現化に資する「政策的仕掛け」の在り方に関する議論の活発化】
〇前述の参考文献においては、現代社会は、いわゆるVUCA―Volatility(変
動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)
―を特徴とする時代であるため、大企業のみならず中小企業にとっても、これ
まで以上に既存事業と新規事業を両立させることの必要性が高まっていること
が指摘されている。

〇すなわち、今回フォーカスする、長野県の主力産業である製造業を支える、
地域のものづくり中小企業にとっては、持続的成長のために、ものづくり中小
企業ならではの「両利き経営」を具現化することが必要であり、県・市町村等
の地域産業政策の策定サイドとしては、それを効果的に支援する「政策的仕掛
け」の構築(既存の仕掛けの高度化と新規仕掛けの創設)に取り組むことが必
要になるのである。

〇そして、その「政策的仕掛け」の在り方についての、産学官による議論をよ
り活発化するためには、「両利き経営」の具現化に必要な経営資源に乏しい中
小企業への、「両利き経営」を構成する「主力事業の絶え間ない改善(知の深
化)」のための経営と、「新規事業に向けた実験と行動(知の探索)」のための
経営のそれぞれの高度化に資する、「政策的支援のポイント」について明らか
にすることがまず必要となろう。

【「主力事業の絶え間ない改善(知の深化)」にフォーカスした「政策的支援のポイント」】
〇ものづくり中小企業における「主力事業の絶え間ない改善(知の深化)」に
ついては、より具体的に言えば、継続的に仕事を発注してくれる企業からの技
術的要望に的確に応え、受注量と収益性の持続的拡大を確保できるようにする
取組みが中心になると言えるだろう。

〇その取組みについては、発注企業からの技術的困難性の高い要望に応えるた
めに解決しなければならない技術的課題を明確化し、その課題の解決方策を開
発することが中心になると言えるだろう。
 その技術的課題としては、技術的困難性の高い新規の受注に必要な、コスト
ダウン、品質確保、精度達成、納期厳守などに関することが中心になると言え
るだろう。

〇そして、経営資源が不足しがちな中小企業が、その技術的課題の解決方策の
開発に効果的に取り組めるようにするためには、その開発の遂行に必要な各種
の技術(各種の試験・分析機器等を含む)や知識(関連の技術動向情報等を含
む)の提供を任務とする支援機関(公設試験研究機関、各種の公的産業支援機
関等)が、十分な支援機能を発揮できるようにすることが、県・市町村等の地
域産業政策策定サイドの重要な役割となる。

〇また、自社に不足する経営資源の補完に協力してくれる連携企業を、近隣の
地域(自らが属する産業集積等)から発掘できるようにすることに資する、異
業種企業交流事業等を含む「企業連携プラットフォーム」を整備・運営するこ
とも、県・市町村等の地域産業政策策定サイドの重要な役割となる。

〇受注量を拡大し収益性を高めるために必要となる技術改善(新規設備の導入
を含む)においては、必要な資金の確保手段としての各種の助成金制度の活用
が非常に重要となる。したがって、最適な助成金制度の選択、助成金の交付申
請から執行管理に至る、関連業務の推進全般への支援を任務とする、各種の公
的産業支援機関等が、的確な支援機能を発揮できるようにすることも、地域産
業政策策定サイドの重要な政策課題となるのである。

【「新規事業に向けた実験と行動(知の探索)」にフォーカスした「政策的支援のポイント」】
〇ものづくり中小企業における「新規事業に向けた実験と行動(知の探索)」
については、より具体的に言えば、従来からの受注型事業を継続しつつも、
「脱下請け」を指向して新製品の開発・事業化に取り組むことが中心になる
と言えるだろう。

〇この取組みにおいても、公設試験研究機関や各種の公的産業支援機関の支
援メニューや国等の助成金制度等の効果的活用が重要となる。
そして、特に、「新規事業に向けた実験と行動(知の探索)」への支援機能
の強化においては、開発を目指す新製品に関する、以下の@からBの事項へ
の十分な支援機能を公的産業支援機関等が発揮できるように配慮することが
必要になる。
@一定規模の市場(出荷額等)を確保することが見込める新製品分野の選定
A新規性・市場競争力の確保に資する優位性ある技術シーズの発掘
B収益性が見込める、新製品の販売戦略を含むビジネスモデルの設計

〇@については、自社の事業に直接関係する製品分野のみならず、周辺事業
に係る製品分野をも含む、豊富な市場ニーズ情報を蓄積している大企業との
情報交流(新製品開発・事業化に係る連携活動のきっかけづくり)の場を設
営することが、効果的な政策的支援になると考えられる。
前述の「『主力事業の絶え間ない改善(知の深化)』にフォーカスした『政
策的支援のポイント』」において提案した、「企業連携プラットフォーム」を
活用することも有効であろう。
大企業サイドとして、自ら事業化するほどの市場規模は期待できなくとも、
地域の社会的・経済的課題の解決への貢献が期待できる新製品について、特
殊な技術力を有する中小企業が、それを活かして開発に取り組み、当該大企
業が開発された新製品の事業化(社会実装)に協力するというビジネスモデ
ルに、一定の社会的意義や経済的メリットを見出すことは十分に期待できる。

〇Aについては、地域の中小企業が、県内外の大学等が有する利用可能な技
術シーズ情報に触れる機会を設営することが、効果的な政策的支援になると
考えられる。技術シーズの目利きへの支援については、大学等と中小企業と
の間で中立的な立場で活動できる、公的産業支援機関のコーディネーター等
がその役割を担うことが期待される。
 大学等の先端的技術シーズを活用した新製品の開発・事業化については、
市場ニーズ調査から、開発すべき新製品の具体的「仕様」を設定し、その
「仕様」の具現化に資する技術シーズを選択するという、いわゆるニーズ・
オリエンテッドな技術シーズ選択をすることが、その成功のキーポイントに
なることは、過去の事例等から明らかである。
それにもかかわらず、地域中小企業による、大学等の先端的技術シーズの
ニーズ・オリエンテッドな活用を促進する「政策的仕掛け」の整備が遅れて
いるのである。

〇Bについては、開発された新製品の収益性ある事業化(販路確保)の手法・
計画等を含むビジネスモデルについて、例えば、スタートアップ向けの投資
ファンドの担当者が、投資したくなるようなレベルにまで、厳しいブラシュ
アップを支援できる体制を整備することが、開発された新製品の事業化成功
への効果的な政策的支援になることは明らかである。
しかしながら、その実効性のある支援体制の整備が遅れているのである。

【むすびに】
〇長野県の主要産業である製造業の発展を歴史的に支えてきている、地域の
ものづくり中小企業の持続的成長を可能とすることに大きく資する「政策的
仕掛け」の整備のポイント(速やかに整備すべきであるが、整備が遅れてい
る事項への対応等)については、産学官連携による地域産業振興活動に長年
にわたって携わってきている、県・市町村等の地域産業政策策定サイドにお
いては、既にかなり具体的に把握できているはずである。

〇そこで、県・市町村等の地域産業政策策定サイドの方々には、VUCA時代に
適合した「政策的仕掛け」を組み込んだ、長野県ならではの他県等に比して
優位性を有する「ものづくり中小企業振興戦略」を策定・実施化することの、
今日的な政策的意義を改めて確認していただき、それに取り組む産学官連携
活動のモーメンタムを大きく賦活化することに取り組んでいただくことを期
待したいのである。


ニュースレターNo.219(2024年9月22日送信)

長野県内の特定地域における新たな木質バイオマス産業クラスター形成戦略の策定・実施化の在り方について
〜日本総合研究所等が取り組む山形県や宮城県でのモデル事業を参考にして〜

【はじめに】
〇ニュースレターNo.218(2024.8.17送信)では、木質バイオマス由来の化学
品製造(石油由来の化学品から木質バイオマス由来の化学品への転換)等の
新規事業分野を含む木質バイオマス産業クラスターを形成することが、森林
県長野の地域産業の振興に資する地域産業政策の重要課題となることを提示
した上で、その実現への取組みについては、以下のような留意すべき事項が
あることも同時に提示した。

〇すなわち、その産業クラスターの形成に必要な産学官のプレイヤーの全て
を長野県内で整備することは非常に困難と考えられることから、県内の特定
地域を重要拠点として位置づける、県内外の産学官の英知の最適な結集によ
る、県境を越える広域的なサプライチェーンの形成に取り組むことが、より
現実的な手法になる旨を提示したのである。

〇しかしながら、木質バイオマスを含む多様なバイオマスを、CCU技術とバ
イオリファイナリー技術の組み合わせによって活用し、新技術・新製品を創
出する新たな地域産業クラスターを、山形県酒田・庄内エリアと宮城県石巻・
岩沼エリアという一つの県の中の特定地域を拠点として形成することに取り
組むという非常に挑戦的なプロジェクトの存在を知った。

※CCU技術:CCUとは「Carbon dioxide Capture and Utilization(CO2の分離回
収と有効利用)」の略であり、発電所や化学工場等から排出されたCO2を、他の
気体から分離して集め、新たな製品の製造に利用する技術のことを言う。CCU
技術も、CO2を利用する過程でCO2を排出することになるが、CO2の排出を抑制
できる技術として評価されている。
 また、CCUは、「直接利用」と「間接利用」とに大別される。
 CO2の「直接利用」の事例としては、産業ガスとして、溶接のシールドガス
としての利用、炭酸水としての飲料・食品分野での利用、ドライアイスにして
生鮮食品の冷温保管・輸送での利用などがある。
「間接利用」の事例としては、メタン、メタノール、エタノール等に変換させ
て燃料や化学品としての利用、炭酸カルシウムに変換させてセメントの原料と
しての利用など、用途は多岐にわたっている。

※バイオリファイナリー技術:バイオマスを原料として、石油由来の燃料や化
学品に代替できる、燃料や化学品を生産する技術のことを言う。石油から燃料
や化学品を製造する技術のことはオイルリファイナリー技術という。
 バイオリファイナリー技術の骨格は、バイオマスの糖化によってできた糖類
を様々な変換プロセスによって、エネルギー製品(エタノール、ブタノール、
ジェット燃料、水素等)や、化学製品(有機酸、芳香族化合物、PET、ポリエ
ステル、合成ゴムなど)を製造するものである。

〇そこで、今後の長野県における木質バイオマス産業クラスターを構成するサ
プライチェーンの最適な形成の在り方や、大学等の先端技術を地域産業に根付
かせ新産業創出に結びつける道筋などを含む、産業クラスター形成戦略に関す
る関係の産学官の方々による議論の活発化に少しでも資することを目的として、
今回のテーマを選定した次第である。

【CCU技術とバイオリファイナリー技術による新たなバイオマス産業クラスター
形成のモデル事業の概要】
〇2024年9月18日の日本総合研究所のニュースリリース(ホームページ)に、
京都大学等と共同で「地産地消の『カーボンサイクル素材産業モデル』構築を
開始〜山形県酒田・庄内エリア、宮城県石巻・岩沼エリアでの実装を目指す〜」
という記事が掲載されていた。

〇具体的には、CCU技術とバイオリファイナリー技術の組み合わせによって、
山形県酒田・庄内エリアと宮城県石巻・岩沼エリアという、一つの県の中の特
定地域に、当該地域の農林水産業から供給されるバイオマスと、当該地域のバ
イオマス活用産業から排出されるCO2を原料とする、石油由来の燃料や化学品
に代替する「カーボンサイクル素材」を製造するサプライチェーン(バイオマ
ス産業クラスター)のモデルの構築を目指すプロジェクトに本年から取り組む
のである。そして、将来的には、本モデルを日本各地の農林水産業地帯へも展
開させることを目指しているのである。

【CCU技術とバイオリファイナリー技術による新たなバイオマス産業クラスター
形成について既に検討されていると推測される留意事項】
〇CCU技術とバイオリファイナリー技術によって、山形県内や宮城県内の特定
エリアに新たなバイオマス産業クラスターを形成するモデル事業において、そ
のエリアや近隣地域の中小企業等の積極的な参画を確保できるようにするため
には、創出を目指す「産業の姿」と、その姿の実現のために「活用する新技術」
を特定し、それを具体的に提示することが、まず最初に必要になることである。

〇創出を目指す「産業の姿」とその実現のために「活用する新技術」の選定に
おいては、当該地域の産業集積の業種的特性や蓄積されてきた技術の優位性等
を、どのように活用すべきかについて具体的に検討し、当該エリアや近隣地域
の中小企業等に、そのプロジェクトへの参画を動機づけることに資する、新産
業創出の方向性を明確化することが必要となるのである。

〇また、創出を目指す「産業の姿」の検討においては、当該地域で生産する、
石油由来の化学品の代替品としての新製品の内容と、その地域内での消費形態
や消費量等のほか、エリア外(県内外)への販売戦略などに基づく、収益性の
高いバイオマス産業クラスターの「ビジネスモデル」を事前に十分に検討し明
確に提示することも重要となる。

〇その「ビジネスモデル」の構築のために導入・活用するCCU技術とバイオリ
ファイナリー技術については、当然、プロジェクトメンバーの京都大学等が有
する先端的技術シーズが中核を占めることになるだろう。
 しかし、その導入・活用する先端的技術シーズが、地域産業の中に根付き、
産業技術として自律的に高度化し、収益性のある新産業の創出に結び付くよう
にするためには、当該先端的技術シーズによる新製品の製造・販売プロセスに
おいて、当該エリアの中小企業等がどのような役割を担うことが期待されてい
るのかについても、関係の産学官によって十分に検討し、その実現性等につい
てコンセンサスを得ておくことが非常に重要となる。

〇本プロジェクトを推進する中核機関である、日本総合研究所や京都大学等に
おいては、当然のことながら、前述の留意事項を含む、事前検討の視点(適地
として選定するための評価基準を含む。)から、山形県酒田・庄内エリアと宮
城県石巻・岩沼エリアを、CCU技術とバイオリファイナリー技術による新たな
バイオマス産業クラスター形成の適地として選定したはずである。

〇適地として選定した理由、実現を目指す産業集積の姿、その姿の実現のため
に活用するCCU技術やバイオリファイナリー技術、製造する新製品などに関す
る具体的内容の中には、現時点では機密にすべき事項が多々含まれていること
は想定できる。
 しかし、プロジェクトの進捗状況にあわせて、順次成果が公表されるものと
考えられる。その成果を、長野県の木質バイオマス産業クラスターの形成戦略
の策定・実施化に効果的に活用していただくことを期待したいのである。

※2024.9.19に日本総合研究所の問い合わせ先に、山形県酒田・庄内エリアと
宮城県石巻・岩沼エリアをプロジェクトの適地として選定した理由や、目指す
産業集積の形成に活用する技術の内容など、より詳細・具体的な公表資料の提
供を依頼したが、検討を開始したばかりのため提供できる資料は無いとの回答
であった。
 なお、山形・宮城両県の特定エリアの選定理由については、@原料を供給す
る農林水産業があること、Aバイオマス由来の素材産業の素地があること、
B自治体がこうした活動に前向きであること、という回答は添えられていた。

【むすびに】
〇長野県は、県土面積135.6万haの約8割に当たる105.7万haが 森林で覆われ
ており、森林面積、森林率ともに都道府県ごとの順位で第3位の森林県である。
 その豊かな森林から生産される木質バイオマスを活用し、石油由来の化学
品から木質バイオマス由来の化学品への転換に資する、新規事業分野を含む
木質バイオマス産業クラスターを形成することが、長野県の地域産業の振興
に資する地域産業政策の重要課題となることは明らかである。

〇今回紹介した、日本総合研究所等による、山形県内や宮城県内での新規バ
イオマス産業創出に係るモデル事業が当初の目的を達成することについては、
活用する中核技術であるCCU技術とバイオリファイナリー技術を、県内の
対象エリアの既存産業の中にどのように定着させるのかが重要課題となる。
当該技術を産業活用できる県外企業を誘致することを、安易に「前提」とす
ることは避けるべきなのである。

〇大学等の先端的技術シーズを、長野県内の地域産業の中に産業技術として
定着させ新産業を創出することの困難性については、多くの産学官の方々が
既に経験してきたことである。
 今回紹介したプロジェクトの進捗を一つの参考事例として、大学等の先端
的技術シーズを効果的に活用する、新たな木質バイオマス産業クラスターの
形成戦略の策定・実施化が、長野県において着実に推進されることを期待し
たいのである。


ニュースレターNo.218(2024年8月17日送信)

長野県における木質バイオマスの活用を中核に据えた新たな地域産業政策の必要性
〜地域の森林の保全・活用の在り方を、地域が目指すべき環境的・社会的・経済的な将来像の実現への道筋の中に位置づけるべきこと〜No.2

【はじめに】
〇2024年7月11日送信のニュースレターNo.217において、「長野県における
木質バイオマスの活用を中核に据えた新たな地域産業政策の必要性〜地域
の森林の保全・活用の在り方を、地域が目指すべき環境的・社会的・経済
的な将来像の実現への道筋の中に位置づけるべきこと〜」を提言させてい
ただいた。

〇その後の8月6日の信濃毎日新聞において、「林業の人材育成・技術革新
へ 木曽谷・伊那谷各機関連携」という見出しで、長野県が、森林や林業
に関する教育機関や試験研究機関(県林業大学校、県上松技術専門校、信
州大学農学部、県林業総合センター等の7機関を提示)が集積している木曽
谷・伊那谷の複数市町村からなるエリアを、「木曽谷・伊那谷フォレスト
バレー」と名付けて、以下のような機能を有する拠点地域の形成を目指し
ていることが紹介されていた。
@木や森に関する学びや人材育成の拠点地域
A森林資源を活かしたイノベーションと雇用が生まれる地域
Bこれらが地域ブランドとして確立し、国内外の交流が生まれる地域

〇しかしながら、この形成を目指す拠点地域の具体的姿(ビジョン)や、
その実現へのシナリオ(ビジョン実現への道筋)・プログラム(シナリオ
の着実な推進に必要な各種施策)については、今後の検討課題とされている。

〇そこで、他県等に比して、木質バイオマスの活用に関して技術的にも経
済的にも優位性を有する、長野県ならではの「木曽谷・伊那谷フォレスト
バレー」のビジョン・シナリオ・プログラムの策定・実施化に資するため
には、ニュースレターNo.217において提示した、長野県内の特定の地域が、
そこで産出される木質バイオマスの活用に係る、既存の林業・木材産業の
活性化や、新規高付加価値産業の創出等に取り組む際に必要となる、新た
な地域産業政策に組み込むべき事項の「大枠」について、もっと具体的に
提示することが必要と考えた次第である。

〇以下で、「木質バイオマスの活用形態に適した地理的範囲でのサプライ
チェーンの形成」や「木質バイオマス活用に係る各工程の高付加価値化や
新技術・新製品の開発・事業化」等の推進に必要な政策的視点から、その
「大枠」の内容について、より具体的に検討・提示することにしたい。

【木質バイオマスの活用形態に適した地理的範囲でのサプライチェーンの形成T(市町村内の特定地域の範囲)】
〇木質バイオマスは、基本的に重量物で製材工程等から排出される廃棄物
も多い(原材料としての歩留りが悪い)ことなどから、それを利用する製
材業等の産業は、森林の隣接地での立地によって生産性に係る優位性を確
保することができる。

〇この森林の隣接地という優位性を活かした取組み事例として、既に多く
の市町村が、化石燃料による熱・電気エネルギー供給事業の代替策として
の、木質バイオマスによる地域の熱・電気エネルギー供給事業に取り組ん
でおり、今後もこの事業への取組みが中心的な地位を占めると考えられる。

〇なお、ニュースレターNo.211(2024.2.21送信)で提示したように、市
町村内の特定地域というような規模の地理的範囲においては、熱エネル
ギー供給事業の方が、電気エネルギー供給事業に比して、以下のような
優位性を有することから、熱エネルギー供給事業を選択する市町村の方
が、圧倒的に多い状態が継続するものと考えられる。

  [木質バイオマスの熱利用の優位性]
@エネルギー効率の観点からの優位性
木質バイオマスのエネルギー利用法については、主に発電と熱利用があ
る。再生可能エネルギーの中で、風力や水力は回転エネルギーを利用す
るため発電に向いているが、木質バイオマスは燃焼によってエネルギー
を生み出すため、そのエネルギーを電気に変換する発電よりも、エネル
ギーをそのまま利用すること(熱利用)に向いている。エネルギー効率
では、発電の場合は20%程度であるが、熱利用の場合は80%以上になる
のである。

A事業化の難易度の観点からの優位性
木質バイオマス発電の事業化には、費用対効果の観点から一定の規模以
上の発電設備が必要となり、その燃料としての木質バイオマスも相当量
が必要になる。したがって、未利用の木質バイオマス(林地残材、木質
廃棄物等)を主な燃料とする場合、広域的で効率的な燃料調達体制の整
備が不可欠となることから、発電設備の設置の適地は、市町村の境を越
えてより広域的な観点から選定されるべきことになる。
 しかし、熱利用の場合には、様々な規模・機能(燃料の形態や必要量、
供給する温水の温度・量等)の設備の導入が可能となるので、各市町村
の実情に合わせた取組み方を自由に選択することができるのである。

B地域の経済循環の観点からの優位性
国内で、森林整備等により、年間2,000万m3(推計値)が発生している
未利用間伐材等が、燃料として価値を持つことができれば、地域の森林
経営に寄与し、森林整備の促進にも繋がることになる。この未利用の木
質バイオマスの収集・運搬、熱エネルギーの供給施設や利用施設の管理・
運営などの分野で、新たな産業と雇用が創出され、特に山村地域の活性
化への貢献が期待できるのである。

〇いずれにしても、市町村内の特定地域というような地理的範囲での木
質バイオマスの活用の高度化においては、伐採した木材のカスケード利
用を基本とし、地域内の経済循環を高めることを重要視して、従来から
の需要分野の拡大や新規需要分野の開拓に取り組むことが必要になるの
である。
※カスケード利用とは、伐採された木材全体を、その部分毎に、建材用、
合板用、製紙用、燃料用、化学品製造用など、無駄なく有効活用するこ
と。

【木質バイオマスの活用形態に適した地理的範囲でのサプライチェーンの形成U(市町村や県の境を越える広域的範囲)】
〇木質バイオマス由来の化学品製造(石油由来の化学品から木質バイオ
マス由来の化学品への転換)等の新規事業分野を含む木質バイオマス産
業クラスターを形成することが、長野県の地域産業政策の重要課題とな
ることは明らかであるが、その産業クラスターの形成に必要な産学官の
プレイヤーの全てを長野県内で調達することは不可能である。

〇したがって、長野県内の特定地域を拠点地域としつつも、県境を越え
る広域的な産学官の英知の最適な結集による、長野県の従来からの林業・
木材産業等の生産性向上の域を超えた、新規事業分野の創出等に資する、
新たな木質バイオマス産業の広域的なサプライチェーンの形成に取り組
むことが必要になるのである。

〇いずれにしても、市町村内の特定地域という比較的狭い地理的範囲で
の取組みに適した木質バイオマスの活用形態と、市町村や県の境を越え
た広域的な産学官連携が不可欠となる木質バイオマスの活用形態とを、
効果的に融合化した新たな地域産業振興方策を組み込んだ地域産業政策
の策定・実施化が必要となるのである。

〇言い方を換えれば、木質バイオマスの活用に係る地域産業政策におい
ては、前述のような、政策策定主体が所管する地理的範囲に適した、木
質バイオマスの活用形態の振興を重要視する立場と、所管する地理的範
囲に拘らない、広域的な産学官連携に基づく、地域の木質バイオマス活
用産業の生産性の向上や新規事業分野の開拓に資する方策を重要視する
立場の最適な組合せが必要になるということである。
 以下で、木質バイオマス活用に係る各工程の高付加価値化や新技術・
新製品の開発・事業化に資する地域産業政策の在り方について具体的に
検討したい。

【木質バイオマスの活用に係る各工程の高付加価値化】
〇森林の育成・管理、伐採・搬出から加工・流通・利用等に至る各工程
の高付加価値化を実現するためには、各工程に適した形での自動化技術
や情報技術等の導入に取り組むこと(いわば林業・木材産業と工業等異
業種との連携)が必要なる。
 また、木質バイオマスの活用に係る各工程間の最適な需給調整を実現
するためには、情報技術等の応用による、工程間の需給情報の共有等を
含む最適な需給調整システムの開発等が必要となる。
※参考:山形県は、2017年から、林業、木材産業、工業、建築関係等の
事業者や、関係分野の大学・研究機関、金融機関、行政機関等が相互に
連携しながら、森林資源を起点とした新技術・新製品の開発を目指す
「山形県林工連携コンソーシア」を実施している。

〇例えば、国内各地域における、以下のような具体的な取組み事例を提
示することができるだろう。
@森林の育成・管理工程におけるドローンによるレーザー計測やICTを
活用した森林情報の効率的把握・活用
A伐採・搬出・加工工程における使用機器類の効率化・自動化・遠隔操
作化
Bサプライチェーン全体の効率化を実現するための、ICTを活用した、
関係者間での需給情報の共有・活用システムの構築 など
※林野庁が指定した「林業成長産業化モデル地域」の取組み事例からの
抜粋

【木質バイオマスの活用による新技術・新製品の開発・事業化】
〇伐採した木材のカスケード利用を基本として、先端技術を活用した高
付加価値型の新技術・新製品の開発・事業化を図ることが必要となる。
 その中では、石油由来化学品の木質バイオマス由来化学品への転換技
術の開発・事業化が中心的な位置を占めることになるだろう。なぜなら
ば、木質バイオマス由来の化学品を出発物質とする、様々な最終製品へ
の展開、すなわち、様々な分野の新産業の創出を通して地球温暖化防止
に大きく貢献することが可能となるからである。

〇例えば、以下のような具体的な取組み事例を提示することができるだ
ろう。
@木質バイオマスのセルロースの糖化・発酵によるエタノールを経由し
たバイオ燃料の製造
A木質バイオマスの熱分解・油化によるバイオ燃料の製造
B木質バイオマスのガス化によるメタノール、エチレン等を経由した各
種バイオプラスチックの製造
C木質バイオマスの超臨界分解によるフェノール類を経由した各種バイ
オプラスチックの製造 など
※参考文献:バイオマス化学の技術動向と課題 2023.8.1
  日揮ホールディングス梶@執行役員・CTO 水口能宏

〇これらの化学品製造の生産性の向上(製造コストの低減)等のための
製造装置類の改善等には、長野県の製造業に蓄積されてきている超精密
加工・組立技術等が大いに資することが期待できるのである。
 このような林業・木材産業と工業等の異業種との連携の視点を、長野
県の木質バイオマスの活用に係る地域産業政策の策定・実施化に組み込
むことが、長野県ならではの優位性ある木質バイオマス産業クラスター
の形成に大きく貢献することになると言えるのではないだろうか。

【むすびに】
〇長野県が形成を目指す「木曽谷・伊那谷フォレストバレー」は、如何
にしたら、木質バイオマスの活用によって、環境的・社会的・経済的に
真に豊かなエリアとなることができるのだろうか。この課題について、
関係の産学官の方々の英知を結集して議論を深めていただくことを期待
したい。

〇そして、その議論の成果を、木質バイオマスの活用に係る先進的な地
域産業政策として取りまとめ、国内外に広く発信していただくことを期
待したいのである。

〇なぜならば、その先進的な地域産業政策が、木質バイオマス活用の意
義を理解する人々に対して、その政策に基づく活動への参画を動機づけ
ることによって、「木曽谷・伊那谷フォレストバレー」を、地域が取り
組むべき木質バイオマスの先導的な活用方法の創出に関する、国内外の
産学官の英知の交流・結集拠点とすることに大きく資することが期待で
きるからである。


ニュースレターNo.217(2024年7月11日送信)

長野県における木質バイオマスの活用を中核に据えた新たな地域産業政策の必要性
〜地域の森林の保全・活用の在り方を、地域が目指すべき環境的・社会的・経済的な将来像の実現への道筋の中に位置づけるべきこと〜

【はじめに】
〇長野県内の広大な森林については、災害防止を含む地域環境の保全等
に資する環境資源であると同時に、経済的には、製造業や建築業等の原
材料としての木質バイオマス資源であり、また森林の健康的空間として
の医学的用途や森林に係る宗教的行事等の文化的用途等から観光資源と
しての役割も有している。

〇このような森林が担う様々な重要な役割の中から、ここでは主に、製
造業や建築業等の原材料としての木質バイオマスにフォーカスしたい。
 木質バイオマスは、基本的に重量物で製材工程等から排出される廃棄
物も多い(原材料としての歩留りが悪い)ことなどから、それを利用す
る製材業等の産業は、森林の隣接地での立地によって生産性に係る優位
性を確保することができる。

〇木質バイオマスを活用する従来からの地域産業の事業内容については、
製材業を経た建築資材や家具材料等の製造に係る事業や、林地残材を含
む木質系廃棄物等を活用したペレット等の製造と、それを燃料とする発
電・熱供給事業等がほとんどを占める。しかし、木質バイオマスの化石
資源の代替資源としての産業活用の実現可能性の高まりとともに、木質
バイオマス由来の化学品製造等の、従来の林業・木材産業に比して、よ
り技術的に先端的で高付加価値な新規産業分野の創出を促進することが、
森林県の地域産業振興に係る重要な政策課題としても位置づけられるべ
きこととして、広く提起されて来ている。

〇このような状況下、国内で主要な木質バイオマス供給地の一つである
長野県の中に、木質バイオマス由来の化学品製造等の新規事業分野を含
む木質バイオマス産業クラスターを形成することが、地域経済循環の観
点からも取り組むべき重要な地域振興策の一つと言えるのではないだろ
うか。
 しかし、その産業クラスターの形成に必要な産学官のプレイヤーの全
てを、県内で調達することが不可能なことは明らかである。

〇したがって、県境を越える広域的な産学官の英知の最適な結集による、
長野県の現状の林業・木材産業等の既存事業の生産性向上の域を超えた、
新規事業分野の創出等に資する、新たな木質バイオマス産業の広域的な
サプライチェーンの形成に取り組むことについて、その産業政策的な意
義は、既に明確になっていると言えるのではないだろうか。

〇すなわち、長野県内の特定の地域における木質バイオマス関連産業の
集積の在り方や、その産業集積が優位性ある不可欠の存在(拠点)とし
て組み込まれた、県外を含む広域的な木質バイオマス関連産業サプライ
チェーンの形成の在り方などを提示する、新たな地域産業政策の策定に
着手することが必要になっているということである。

〇そこで今回は、木質バイオマスの活用に係る新技術の研究開発等によ
る、関連産業の事業分野の技術的高度化、高付加価値化、多様化等の動
きに関連づけて、長野県内における、木質バイオマスの今後の産業利用
の在り方や、広域的な木質バイオマスに係るサプライチェーンの形成の
在り方などを提示する、新たな地域産業政策の策定に向けた、関係の産
学官の方々による議論の活発化に資することを目的としてテーマを選定
した次第である。

※参考文献:地域経済学研究 第44号 2023年 研究ノート「持続可能な都市の産業政策」槌田洋(元日本福祉大学)

【木質バイオマスの産業活用を中核に据えた新たな地域産業政策に組み込むべき重要事項】
〇木質バイオマスの活用に係る、既存の林業・木材産業の活性化や、新
規高付加価値産業の創出等のための、新たな地域産業政策に組み込むべ
き重要事項については、以下のような整理をすることができるだろう。

[重要事項1:地域の環境・社会・経済の一体的持続に資する森林の保全・活用]
 地域にとって、その森林の保全と活用が、地域社会の文化やアイデン
ティティの基礎として、また地域の経済的発展の原動力として、地域の
環境・社会・経済の一体的な持続可能性の確保に貢献できるようにする
ことに資する「政策的仕掛け」を組み込むべきこと。
 言い方を換えれば、地域産業政策が提示する、地域の森林の保全と活
用の在り方については、その地域が目指すべき将来の環境的・社会的・
経済的複合体としての地域の姿を実現する道筋の中に位置づけるべきで
あるということである。

[重要事項2:森林の理想的な保全と経済的・技術的優位性のある活用との整合]
 自然林を残したエリアや多様な樹種の保全、また選択的な伐採を通じ
た樹齢の混合など、生物多様性の保持等による、森林の多様な役割とレ
ジリエンスを高める森林経営手法を尊重しつつ、地域の快適環境の維持
と木質バイオマスの長期的・安定的な供給を可能とすることと、経済的・
技術的に優位性を有する木質バイオマスの新規活用方法の開発・事業化
とを整合できるようにすることに資する「政策的仕掛け」を組み込むべ
きこと。

[重要事項3:広域的な木質バイオマス関連産業サプライチェーンにおける不可欠な存在(拠点)としての地位の確保]
 木質バイオマスの新規活用分野の創出への産学官の取組みが、国内外
で活発化していることを受けて新たに形成される、木質バイオマス関連
産業の広域的なサプライチェーンの中に、県内の特定地域の産業集積が、
単なる原材料の供給拠点としてではない、そのサプライチェーンにおけ
る不可欠の技術的優位性を有する存在(拠点)としての地位を確保でき
るようにすることに資する「政策的仕掛け」を組み込むべきこと。

【むすびに】
〇長野県の木質バイオマスの活用に係る産業政策については、従来から、
商工業振興の担当部署が策定するものと、林業・木材産業振興の担当部
署が策定するものとの二つの流れがあり、それらを一体化した、より効
果的、戦略的な地域産業政策を策定・実施化しようというような取組み
はなされて来なかったように記憶している。
 しかしながら、森林の保全と活用に係る環境的・社会的・経済的な情
勢の変化は、両担当部署の緊密な連携による、新たな地域産業政策の策
定の必要性を明確化して来ているのである。

〇例えば、木質バイオマスの化石資源の代替資源としての、様々な産業
活用の実現可能性の高まりとともに、木質バイオマス由来の化学品製造
等の、従来の林業・木材産業に比して、より技術的に先端的で高付加価
値な新規産業分野の創出を促進することが、森林県の地域産業振興に係
る重要な政策課題としても位置づけられるべきことが、広く提起されて
来ているのである。

〇そこで、長野県においても、他の森林県等に後れを取ることがないよ
う、従来からの林業・木材産業の生産性向上の域を超えて、環境的・社
会的・経済的複合体としての地域の真の発展に資する、その地域を拠点
とする、新たな木質バイオマス産業の集積や広域的サプライチェーンの
形成を含む、新たな地域産業政策の策定・実施化に向けて、関係の産学
官の方々に、その英知を結集して取り組んでいただくことを期待したい
のである。


ニュースレターNo.216(2024年6月13日送信)

長野県の地域産業振興のために「能登半島地震からの産業復興・再生ビジョン」から学ぶべきこと

【はじめに】
〇北陸経済連合会(富山県、石川県、福井県の一体的・総合的な経済発
展を目指す経済団体)は、能登半島地震による災害からの復旧段階から、
産学官の創造的な活動を促し、能登地域を「スマート・リージョン北陸」
の先進地域とするために、2035年頃を見据えた能登地域のありたい産業
の姿(ビジョン)と、その実現への道筋(シナリオ)を提示する「能登
半島地震からの産業復興・再生ビジョン」(以下、「産業復興・再生ビ
ジョン」という。)を策定(2024.6.5公表)した。

※「スマート・リージョン北陸」:北陸経済連合会では、2035年頃の北
陸のありたい姿「北陸近未来ビジョン」(2019年6月公表)として「スマ
ート・リージョン北陸」を掲げている。東京−大阪間が、北陸新幹線、
東海道新幹線、リニア中央新幹線の3軸で重層的に繋がる強固な「ゴー
ルデンループ」が完成し、AI・IoT等の最先端技術が普及し、あらゆる
分野で「デジタル革新」が進展している社会を想定。

〇能登地域では、半径約40km圏内に、様々な一次産業、二次産業、三次
産業がコンパクトに集積し、多様な地域資源も豊かに存在している。そ
れらの産業と地域資源の従来の概念を超えた創造的結合によって、既存
産業の更なる発展や新産業の創出を持続的に可能とする、高付加価値型
の地域産業クラスターを形成できる能力(強み)を能登地域は従来から
有していたと言えるのである。

〇「産業復興・再生ビジョン」は、この能登地域の能力(強み)を効果
的に活用し、地域産業の通常の復旧・復興のレベルを超えた、「スマー
ト・リージョン北陸」の先進地域の形成の加速化を目指し、2035年頃の
ありたい産業の姿(ビジョン)と、その実現への道筋(シナリオ)を具
体的に提示しているのである。

  〇そのような「産業復興・再生ビジョン」の、長野県の従来からの産業
振興ビジョン等に比しての最大の特徴としては、一次産業から三次産業
にわたる様々な地域産業と地域資源(例えば、観光資源等)の、従来の
概念を超えた創造的結合によって、高付加価値型の新産業の創出を目指
していることと言えるだろう。
 また、地域の様々な産業の潜在的な発展性を顕在化させ、大局的・総
合的に、新たな地域産業の創出・振興に取り組もうとする姿勢について
も、政策的に優位性のある、参考にすべき特徴と言えるだろう。

〇このような新たな地域産業の創出・振興を加速する特徴的な取組みを、
長野県内の特定の圏域に係る、新たな地域産業振興戦略の策定の参考に
していただくことを目的として、以下で、「産業復興・再生ビジョン」
のエッセンスについて整理してみたい。

【「産業復興・再生ビジョン」が提示する3つのビジョン】
〇「産業復興・再生ビジョン」では、能登地域の産業の創造的復興に関
わる人々(特に交流人口に期待)が実感できるウェルビーイング(幸福
感、充実感など)を高め、そのことによって、更なる地域内外の人々の
交流・連携が促進され、地域産業の優位性ある復興・再生が可能となる
ことを目指し、以下の3つのビジョンとその実現へのシナリオを提示し
ている。

[ビジョン1「資源の価値化による稼ぐ観光地『能登』の実現」へのシナリオ]
(主に観光分野をターゲット)
・既存の地域資源の価値化と新しい観光スタイルの提示による、観光地
「能登ブランド」の構築
・復興の道筋の可視化・価値化による「能登の力」の発信
・北陸新幹線開業を契機とした新しい観光客(特にインバウンドや富裕
層)に向けた訴求力の高い観光地づくり

[ビジョン2「高付加価値産業が育つ『能登』の実現」へのシナリオ]
(主に製造業・伝統産業・農林水産業をターゲット)
・先端的研究開発の成果の社会実装の場の提供
・被災地の抱える課題の解決に資する新技術・新サービスの開発、関連
ビジネスの創出
・マーケティングやDX活用等による伝統産業の更なる高付加価値化と伝
統の継承
・6次/10次産業化(@農林水産業+A加工+B流通+C観光)による
農林水産業のブランド化
・高付加価値産業の育成のための既存のプラットフォーム(崖ICH、北
陸未来共創フォーラム、Matching Hub HOKURIKU)の有効活用

※崖ICH:2023年設立。北陸企業の第二創業、大学の高度技術の事業化、
スタートアップの成長等への支援により、北陸地域の産業活性化を図る。
※北陸未来共創フォーラム:2022年設立。地方創生に向けて多種多様な
北陸のプレイヤーが出会い、交流するための「産学官金連携プラットフ
ォーム」。マテリアル、先端エレクトロニクス、ヘルスケア、次世代農
林水産、グリーンイノベーション等の分科会で構成され、オール北陸で
の新産業創出や人材育成に取り組む。
※Matching Hub HOKURIKU:2014年設立。地域の大学・企業等のシーズ
やニーズ、行政や金融機関からの支援等を集約し、最適なマッチングを
することで、新製品・新事業につながるきっかけをつくるシステム。毎
年マッチング・イベントを開催し、熊本、小樽、徳島、長岡など他地域
にも展開しネットワーク化している。

[ビジョン3「脱炭素を起点とした新しい『能登』の実現」へのシナリオ]
(主にエネルギー関連分野をターゲット)
・能登産材を活用した先進的・先駆的な省エネ住宅の開発・建設等
・再生可能エネルギーポテンシャル(洋上風力等)の徹底活用によるエ
ネルギーレジリエンスの向上
・脱炭素等に資する新技術の実証、新ビジネスの創出
・脱炭素を起点とした地域づくりの効果の一次産業や観光への波及

〇以上の3つのビジョンの実現へのシナリオの中から、長野県の新たな
地域産業振興戦略の策定において、特に参考にすべき事項について、以
下に整理してみたい。

[ビジョン1(主に観光分野をターゲット)関係]
・既存の地域資源の価値化と新しい観光スタイルの提示による、観光地
「能登ブランド」の構築
 長野県で現在改定作業中の「信州ブランド戦略」においては、魅力あ
る地域資源の情報発信(PR等)を重要視しているが、情報発信の対象と
なる地域資源の価値化、すなわち価値の発掘・育成・意味づけや、収益
性の高い商品化など、ブランド化対象の創出に関する、長野県ならでは
の優位性のある戦略については、ほとんど言及されていないのである。
 改定版の中に、「地域資源の価値化」の活動を活性化する仕組み等を
提示することによって、改定版を、信州ブランドの構築に現場で日々取
り組んでいる人々にとって、真に役立つ「バイブル」とすることが可能
となるのである。

[ビジョン2(主に製造業・伝統産業・農林水産業をターゲット)関係]
・6次/10次産業化(@農林水産業+A加工+B流通+C観光)による
1次産業のブランド化
 長野県の従来の産業振興戦略等の策定作業においては、例えば、農業、
林業、製造業、観光業等の産業別の振興戦略については様々に検討され
てきているが、それらの特徴的な産業分野の創造的結合による、新たな
高付加価値産業の創出のためのビジョンやシナリオの提示に関する検討
については、十分にはなされて来なかったと言えるのではないだろうか。
 異なる産業分野の従来の概念を超えた創造的結合を中核に据えた、よ
り大局的・総合的な産業振興戦略等が必要になっているのではないだろ
うか。

・高付加価値産業の育成のための既存のプラットフォーム(崖ICH、北
陸未来共創フォーラム、Matching Hub HOKURIKU)の有効活用
 長野県においても、北陸地域のような、高付加価値産業の育成から事
業化(収益性の確保等)までをしっかり見据えた、戦略的な支援メニュ
ー(最先端技術の活用、第二創業、資金調達等への支援)を提供できる
プラットフォームの形成・運営にもっと注力すべきではないだろうか。
 そして、そのプラットフォームの、ニーズ・オリエンテッドな産学官
連携事業の企画・実施化機能を強化することが、その連携事業の成果の
事業化の確度を高めることに繋がるのではないだろうか。

[ビジョン3(主にエネルギー関連分野をターゲット)関係]
・再生可能エネルギーポテンシャルの徹底活用(洋上風力等)によるエ
ネルギーレジリエンスの向上
 森林県長野の最大の再生可能エネルギーポテンシャルの一つは、木質
バイオマスと言えるのではないだろうか。その木質バイオマスの電気的・
熱的活用での最大の経済的・技術的課題が、原料となる木質バイオマス
(林地残材等)の収集・運搬コストの削減であることは、「信州F・POWER
プロジェクト」の事例等からも既に明らかとなっている。
 林業、工業、流通業等の幅広い異業種の英知の結集による、従来の概
念を超えた創造的結合によって、この課題についての、技術的・経済的
優位性を有する、長野県ならではの解決手法を開発・事業化することに、
もっと戦略的に取り組むべきではないだろうか。

【むすびに】
〇能登地域の「産業復興・再生ビジョン」は、交流人口の力によって地
域産業の復旧・復興を促進することを重要視していることから、北陸地
域の産学官と長野県の産学官との、WIN‐WINの連携活動が活性化するこ
とに大いに期待したい。
 この連携活動の活性化は、能登地域の産業の復旧・復興に資するだけ
でなく、長野県の地域産業の事業分野の創出・拡大など、その新たな発
展に大いに資することが期待できるからである。

〇北陸地域が一体となって取り組む、能登地域の「産業復興・再生ビジ
ョン」の推進活動への参画の在り方についての、長野県内の産学官の
方々による戦略的な議論が活発化し、具体的な連携事業として結実する
ことを期待したいのである。


ニュースレターNo.215(2024年5月19日送信)

新たな「信州ブランド戦略」の質的高度化のために〜ブランド化すべき「地域の価値」の「発掘」・「意味づけ」・「商品化」を促進する仕掛けの重要性〜

【はじめに】
〇長野県は、「信州ブランド戦略」の改定作業を進めている。その一環
として実施された、「信州ブランド戦略(改定骨子案)」についてのパ
ブリックコメントにおいては、改定骨子案が、信州ブランドの情報発信
については重要視しているものの、信州ブランドの形成の在り方等の、
戦略として本来的に重要視すべき事項については、ほとんど言及してい
ないことを問題点として指摘させていただいた。

〇地域の自然、歴史、文化、伝統、街並み等の様々な地域資源が有する
「魅力」は、「地域の価値」として、地域振興の原動力の源泉になりう
るものである。そして、その地域資源に係る「地域の価値」については、
@その元になる「本源」的な部分の、A「意味づけ」の過程、B「商品
化」の過程を経て、初めてブランド化の対象となり、地域に経済的効果
(収益)をもたらすものになるのである。
 したがって、実効的な地域産業振興戦略としての役割を十分に果たせ
る「信州ブランド戦略」を策定するためには、この@〜Bの内容を正確
に理解・区別した上で、戦略の体系・構成・内容を定めることが必要と
なるのである。

※参考文献:地域経済学研究 第38号 2020年
「『地域の価値』の地域政策論試論」佐無田 光(金沢大学)

【地域資源に係る「地域の価値」の「発掘」・「意味づけ」・「商品化」の内容の整理】
〇前述の@〜Bの内容については、以下のような整理ができるだろう。
@地域資源に係る「地域の価値」の元になる「本源」的な部分
 その地域の暮らしの中で歴史的に形成されてきた、人々の知恵や共
感の積層であり、「地域らしさ」の源泉となるものである。

A地域資源に係る「地域の価値」の「意味づけ」の過程
 本来的には、個々人が時間をかけて無意識的に積み上げていく、
地域資源に係る「地域の価値」に関する「学習」や「体験」に、意図
的に一定の方向性を与える過程のことである。
 同じ地域資源を見ても、その価値については、人それぞれ感じ方や
理解の程度が異なって当然であるが、「意味づけ」によって、ある種
の共通の感じ方や評価などが生まれやすくするのである。

B地域資源に係る「地域の価値」の「商品化」の過程
 価値について「意味づけ」された地域資源を、消費可能な商品に具
現化する過程のことである。
 「意味づけ」されただけでは、人々に共感や感動を与えることがで
きたとしても、地域に経済的効果(収益)をもたらす地域資源にはな
らないのである。

〇今日、世の中には、様々に「意味づけ」された商品が氾濫している。
その中で、人々に真に共感や感動を与え、稼げる商品としての地位を
確保するためには、その価値の「意味づけ」のストーリーにオーセン
ティシティ(authenticity:真正性)が必要とされる。オーセンティ
シティに関して重要なことは、それが「本源」的な部分に大きく依拠
していることが、広く認知されることである。
このオーセンティシティの確保の在り方についても、「信州ブランド
戦略」の中で提示すべき重要事項と言えるのである。

【地域資源の「発掘」・「意味づけ」・「商品化」に係る地域内分業体制(地域内経済循環)の形成の必要性】
〇「地域の価値」の元になる地域資源は、それ自体が地域にあったと
しても、それを「発掘」して「意味づけ」し「商品化」する工程や、
その工程の推進を統括する部門が、遠く離れた大都市圏にあるような
場合には、「地域の価値」から生まれる経済的効果(収益)の多くの
部分が、大都市圏に吸収されてしまうことになるだろう。


〇地域に経済的効果をもたらすであろう地域資源を「発掘」し、その
価値に「意味づけ」し「商品化」することを担うビジネス分野である、
マスメディア、広告代理店、デザイン、プロモーション、旅行代理店、
情報サービスなどは、圧倒的に大都市圏に集中している。
 地方にいくら魅力的な地域資源があったとしても、こうした「発掘」・
「意味づけ」・「商品化」の工程を安易に大都市圏に委ねていては、
「地域の価値」に係る消費によって収益が得られるようになったとし
ても、その収益の多くの部分が大都市圏に吸収され、当該地域内での
経済循環の拡大は期待しにくいことになる。

〇したがって、有望な地域資源を「発掘」して「意味づけ」し「商品
化」する工程を、当該地域内でできるだけ担えるようにすることに資
する、地域企業の企画力・技術力・経営力の向上や異業種企業連携体
制の形成への支援などを含む、「政策的仕掛け」を構築することが、
当該地域の産業政策の重要課題となるのである。
「信州ブランド戦略」においても、この「政策的仕掛け」を提示すべ
きことは、至極当然のことと言えるのである。

【地域資源の「発掘」・「意味づけ」・「商品化」に係る地域内分業体制(地域内経済循環)の形成に資する「政策的仕掛け」の構成要素】
〇有望な地域資源を「発掘」して、その価値に「意味づけ」し「商品
化」する工程を、当該地域ができるだけ担えるようにする「政策的仕
掛け」を、「信州ブランド戦略」の中に位置づけることが必要になる。
そして、その「政策的仕掛け」の構成要素については、前掲の参考文
献を基に、以下のような整理の仕方を提案することができるだろう。

@地域資源の「本源」的な価値の保全
 歴史的な街並みの景観の保全のための景観条例の制定等の、地域資
源の「本源」的な価値の保全に資する仕掛けの構築が必要となる。
 また、保全すべき「本源」的な価値を有する地域資源の「発掘」を
促進する仕掛けの構築も必要となる。

A文化のクオリティ・コントロール
 例えば、保全すべき歴史的な街並みにおいて、そこに人々が暮らし
ている場合には、過去の遺産としての街並みの保全のみならず、そこ
に暮らす人々による新たな「文化の創造」をどのように許容・育成し、
地域の維持・発展に活かすべきか、という課題への対応が必要となる。

B地域資源の価値の「意味づけ」・「商品化」に係る地域内学習体制の高度化
 地域で感覚的に共有されてきた、その地域に特徴的な地域資源の魅
力等についての、確認・継承のための学習会等は、住民組織等によっ
て数多く実施されてきている。その地域資源を、その地域の維持・発
展に活かせるようにするためには、更に一歩踏み込んで、その地域資
源の価値の「意味づけ」・「商品化」までを目指す学習会等を、必要
なノウハウを有する地域外の専門家や地元の関係企業等の協力を得て
企画・実施化することが必要となる。
 また、その学習会等の成果の事業化を促進するためには、事業化を
目的とする、地域内の関連企業の連携体制(分業体制)の形成促進に
資する、異業種企業の情報交換の場づくり等を含む、各種の支援体制
の整備も必要となる。

C「意味づけ」の客観的評価を高める仕掛けの構築
 地域資源の価値の「意味づけ」については、学術的根拠に基づき十
分に信頼できるオーセンティシティを有していることが、地域内外の
人々によって広く認知されるようにする仕掛けが必要となる。
 例えば、その地域資源の「本源」的な価値や、その「意味づけ」の
意義などについての、一般の人々の関心や理解を深めることに資する、
専門家による講演会等の継続的な実施なども有効な仕掛けになると考
えられる。

D「商品化」の地域内分業体制(地域内経済循環)の形成
 「商品化」の段階においては、その収益のできるだけ多くの部分が
地域内で経済循環するように、商品の企画・製造から販売・流通等に
至るまで、できるだけ多くの工程を地域内企業で担えるような、地域
内分業体制の形成に取り組むことが必要になる。
 その分業体制の形成促進に資する、参画企業の企画力・技術力・経
営力の向上支援、分業体制の構築・運営を主導・統括する部門の新設
などを含む、各種支援制度の創設も必要となる。

【むすびに】
〇改定作業中の「信州ブランド戦略」に、本来的に求められる体系・
構成・内容等に関する、関係の産学官の方々による議論の深化に、少
しでも貢献できればと考え、今回のテーマを選定した次第である。

〇その議論を通して、改定後の「信州ブランド戦略」が、県内各地域
の地域資源に内在する「地域の価値」の「発掘」・「意味づけ」・
「商品化」に必要となる各種の事業(ビジネス)の多くを、地域内の
企業等で担うことができる分業体制(地域内経済循環)の形成に、大
きく貢献できるものとなることを特に期待したいのである。


ニュースレターNo.214(2024年4月25日送信)

長野県内の産業集積の優位性を活かした地域産業振興戦略の策定の必要性〜産業集積の外部経済効果の戦略的活用の重要性の再確認〜

【はじめに】
○長野県の地域産業政策の変遷を概観すると、大都市圏の工場集積
地域等からの工場誘致による「外発的発展」を目指す各種施策のみ
ならず、県内各地域に形成されてきた、技術的優位性を有する産業
集積を地域資源として活用して「内発的発展」を目指す、長野県な
らではの地域産業振興戦略の策定・実施化にも積極的に取り組まれ
てきていることが理解できる。

〇その「内発的発展」を目指す地域産業振興戦略においては、産業
集積の技術的優位性の中核に、いわゆる製品の軽薄短小化に不可欠
な、多種多様な超精密加工技術が位置づけられ、この技術群の更な
る高度化や新産業分野への活用によって、地域産業の更なる発展と
地域住民生活の質的向上の両立を目指してきているのである。

〇このように、歴史的に県内に集積されてきている、長野県ならで
はの産業や技術の優位性を地域資源として、従来産業の改善・改革
や新規産業の創出を目指す地域産業振興戦略の有用性・重要性につ
いては、地域産業政策に関与する産学官の方々の間では、経験的に
広く認識されてきていると推測できる。

〇しかしながら、近年は、地球温暖化ガス排出削減に係る非常に困
難性の高い目標の達成や、少子高齢化の急激な進展の下での地域産
業の持続的発展の確保などの、地域産業が直面している重要課題の
解決方策の開発・実装(事業化)のための取組みにおいては、長野
県内の産業集積を優位性ある地域資源として活用するという従来か
らの政策的観点が、不鮮明化・弱体化してきていることが窺える。

〇このような状況に鑑み、地域産業が直面している重要課題の解決
方策の開発・実装(事業化)によって、地域の持続的な経済的・社
会的発展を可能とするためには、産業集積の有する外部経済効果に
ついて改めて論理的に確認し、それを最大限に活用できる仕組みを
内包する、新たな地域産業振興戦略を策定し、それを効果的に実施
化することの重要性について再確認することの意義は小さくないと
考え、今回のテーマを選定した次第である。
※外部経済効果:ある経済主体の経済活動が、市場を介さずに、他
の経済主体の経済活動に及ぼす影響を外部効果といい、それが良い
効果の場合は、外部経済といい、望ましくない効果である場合は、
外部不経済という。外部不経済の典型としては公害をあげることが
できる。

〇以下では、産業集積の外部経済効果が、地域産業の振興に大きく
資する理由について具体的かつ論理的に整理し、それを活用する新
たな地域産業振興戦略の策定・実施化の在り方について、一定の方
向性を提示してみたい。
※参考文献:「産業集積がもたらす外部経済効果を支えるもの〜産
地の企業事例が示す企業間関係を調整する「ルール」の重要性〜」
中小企業総合研究 第9号(2008年6月)中小企業金融公庫総合研究
所 産業・地域・政策研究グループ

  【産業集積が立地企業にもたらす4つの外部経済効果】
〇産業集積が、そこに立地する企業にもたらす外部経済効果につい
ては、一般的に以下の様な整理がなされている。

[1 情報獲得や技術開発面での外部経済効果]
・産業集積内には、同業種や関連業種の従業者が多いので、関係す
る技術分野の発明・ノウハウなど最新の技術情報が波及しやすい。
・したがって、発明や技術改善に必要な技術情報が低コストで入手
でき、企業が単独で、あるいは連携して、効果的・継続的に発明や
技術改善に取り組みやすい環境が、産業集積内に形成されている。
・その結果、より効率的な生産が可能となる。

[2 原材料など調達面での外部経済効果]
・ある産業の発展が、産業集積内への関連産業(原材料や中間財の
供給者、物流業者など)の立地を促進する。
・これにより、原材料や中間財の調達面での利便性が高まる。
・その結果、より効率的な生産が可能となる。

[3 生産面での外部経済効果]
・ある産業分野や企業の生産規模が大きくなれば、その生産の細分
化された工程ごとの仕事量が多くなる。
・これにより、細分化された各工程を担う企業(協力企業)は、そ
の工程に高度に特化した生産性の高い機械の導入が可能となる。
・その結果、より効率的な生産が可能となる。

[4 人材の確保・育成面での外部経済効果]
・産業集積内の業種分野で必要な人材が、質的・量的に高度に集積
していることによって、人材の探索費用や育成費用が抑えられる。
・同業種や関連業種の間での、日常的な人的交流等を通して、必要
な技術情報に関する様々な学習の機会が形成されやすい。
・その結果、より効率的な生産が可能となる。

【産業集積が外部経済効果を活用・強化しつつ存続できる二つの理由】
〇産業集積が、外部経済効果を活用・強化しつつ存続できる理由に
ついては、以下のような二つの事項に整理することができるだろう。

[第一の理由:産業集積にとっての需要搬入企業が存在していること]
・需要搬入企業とは、産業集積に仕事を持ち込み、その仕事のある
部分を集積内企業に発注する企業のことである。
・需要搬入企業によって産業集積内に持ち込まれた新たな仕事の受
注を通して、集積内企業は収益力や技術力の拡充強化が可能となり、
当該産業集積全体としての持続的発展(拡大再生産)に結び付くこ
とになる。
・その結果、その産業集積の外部経済効果は、更に強化されること
になる。

[第二の理由:産業集積が柔軟性を持っていること]
・需要搬入企業が産業集積に持ち込む多様な仕事に対して、産業集
積は、集積内の既存の技術や既存の分業単位の組合せにより、機敏
に対応できる。
・需要搬入企業が産業集積に持ち込む、技術的困難性の高い新たな
技術分野の仕事に対して、産業集積は、集積内の既存の分業単位の
組合せや、既存企業の技術改善や新分野進出などによる新たな分業
単位によって対応できる。
・近隣に存在する産業支援機関の支援メニューの効果的活用等によ
って、需要搬入企業の需要開拓力や、集積内企業の需要搬入企業か
らの新規受注対応力などの強化が促進され、当該産業集積全体とし
ての持続的発展(拡大再生産)が可能となる。
・その結果、その産業集積の外部経済効果は、更に強化されること
になる。

〇したがって、県内各地域の産業集積が、産業支援機関等との連携
を通して、需要搬入企業の需要開拓力の量的・質的拡大を可能とす
るとともに、集積内企業が、需用搬入企業からの技術的困難性の高
い仕事を受注するのに必要な、技術的・経営的機能を整備すること
を可能とする新たな「仕組み」を構築することができれば、「産業
集積が存続できる二つの理由」を更に拡充強化することができ、そ
の産業集積の外部経済効果も高まり、その産業集積の持続的発展と
いう好循環(拡大再生産)が可能となるのである。

〇産業集積内の企業は、当該地域を管轄する産業支援機関等からの、
新規受注開拓、技術力の高度化、社内人材の育成等に係る様々な支
援を受けることができるようになっており、産業集積が、その外部
経済効果を強化しつつ存続していくことを可能とする「仕組み」に
ついては、外形的には既にかなり整備されていると言えるだろう。
しかし、産業集積サイドが、その「仕組み」をどのように改善・強
化したら、より効果的に活用でき、実際に集積内企業の収益力の向
上に結び付けることができるのか、という重要課題が残されている
のである。その重要課題の解決への道筋を提示する、県や市町村に
よる地域産業振興戦略の策定・実施化が必要となるのである。

【産業集積の優位性を活かした地域産業振興戦略の策定・実施化の方向性】
〇地球温暖化ガス排出削減に係る非常に困難性の高い目標の達成や、
少子高齢化の急激な進展の下での地域産業の持続的発展の確保など、
地域産業が直面している重要課題の解決方策の開発・実装(事業化)
によって収益を確保できるようにするためには、開発活動に着手す
る前に、収益を確保できる仕組み(ビジネスモデル)を具体的に描
いておくことが必要となる。

〇そのビジネスモデルの検討においては、産業集積内の需要搬入企
業を含む、開発・実装(事業化)に参画する集積内企業等の役割分
担を明確化し、収益が集積内に蓄積・循環する仕組みを具体的に提
示することが重要となる。収益のほとんどが、その産業集積の外
(県外等)に吸収されるようなビジネスモデルの事業については、
地域産業振興という政策的な観点からは、実施する意義が乏しいと
いうことになるのである。

〇したがって、例えば、県や市町村が、大学等の最先端の技術シー
す産学官連携プロジェクトを企画するような場合においては、以下
ズを活用して、新製品・新産業の創出による地域産業の振興を目指
のような基準に基づいて、その実施意義について事前に十分に検討
し判断することが必要になるだろう。

@そのプロジェクトにおける研究開発については、その研究開発の
遂行に必要な技術的蓄積を有する、当該地域の産業集積内の複数の
企業が参画するようになっているか。
Aそのプロジェクトの成果の事業化においては、その事業化に必要
な技術力・経営力を有する、当該地域の産業集積内の複数の企業が
参画するようになっているか。
Bそのプロジェクトの成果の事業化による収益については、当該地
域の産業集積内の企業の役割分担に応じて、納得できる配分がなさ
れるようになっているか。
Cそのプロジェクトの企画・実施化や事業化の効果的推進のために、
参画する企業が属する産業集積が有する外部経済効果のどのような
優位性を、どのように活用するのかについて明確になっているか。
Dそのプロジェクトの成果として、参画する企業が属する産業集積
の外部経済効果の優位性が、更に高まることが見込まれているか。

〇以上のような判断基準を満たす、産学官連携プロジェクトを組み
込んだ地域産業振興戦略については、その具現化によって得られる
収益の、産業集積に係る地域内での経済循環、開発される新技術の
産業集積内での速やかな波及、産業集積の外部経済効果の強化等に
資することになるため、県や市町村による策定・実施化の政策的意
義は高まることになるのである。

【むすびに】
〇地球温暖化ガス排出削減に係る非常に困難性の高い目標の達成や、
少子高齢化の急激な進展の下での地域産業の持続的発展の確保など、
長野県内の地域産業が直面している重要課題の解決方策の開発・実
装(事業化)を目指す産学官連携プロジェクトが組み込まれた地域
産業振興戦略の策定・実施化に関与する産学官の方々には、プロジ
ェクトの効果的推進と技術的・経済的成果の地域内循環の最大化の
観点から、プロジェクトの活動の場としての、県内各地域に形成さ
れている産業集積の有用性・重要性についても論理的に議論し、そ
の結果を地域産業振興戦略の中に反映していただくことを期待した
いのである。


ニュースレターNo.213(2024年3月24日送信)

長野県の伝統的工芸品産業振興戦略における「価値」の明確化の重要性
〜加賀友禅の「価値」の「価格」への反映手法を参考にして〜

【はじめに】
○長野県内の伝統的工芸品産業の振興を目的とする「長野県の美し
い伝統的工芸品を未来につなぐ条例」(令和5年4月1日施行)の制定
過程で実施された、条例(案)についての意見募集においては、ニ
ュースレターNo.197(2022年12月11日送信「『長野県の美しい伝統
的工芸品を未来につなぐ条例(仮称)』骨子(案)の課題について」)
で指摘した、その骨子(案)の課題のエッセンスを意見として提出
させていただいた。

〇その提出意見の中では、条例の基本理念の第1の中で、「県内の
伝統的工芸品の価値・魅力を周知することにより、需要拡大を目指す」
旨が提示されているにも関わらず、長野県ならではの伝統的工芸品の
価値・魅力とは何なのか、一般県民が具体的にイメージできるような
説明はなされていない旨を指摘させていただいた。

〇しかし、県の回答は、「伝統的工芸品の価値・魅力とは、美しさ、
実用性だけでなく、歴史や文化的な背景等様々なものがあると考えて
おります。」というもので、県として重視しアピールしたい価値・
魅力についての、具体的かつ説得力ある説明はなされず、制定された
条例の中においても、結局、何も特定・例示されなかったのである。

〇それ以来、私としても伝統的工芸品の「価値」やその「価値」を
高める方法等についての考え方を整理したいと思い、調査研究を進め
ていた中で、非常に参考になる下記の論文に出会った。
 今回は、その論文で提示されている加賀友禅の事例を参考にして、
長野県の伝統的工芸品産業の振興戦略の中核に位置づけられるべき、
伝統的工芸品の「価値」の内容、その「価値」を拡大し「価格」に
反映させる手法などについて整理してみたい。
※参考文献:加賀友禅における制度的装置〜伝統の価値づけシステムの機能と硬直性〜
地域経済学研究 第43号 2022年 荒木由希(金沢大学)

【伝統的工芸品の価値〜着物(加賀友禅)を事例として〜】
〇そもそも着物のような現代的用途に向かない伝統的衣装の生産が、
全国各地で産業として成り立っているのは、着物については、機能
的消費だけではなく、文化的消費が行われており、衣装の背景にあ
る伝統や文化を享受する消費者ニーズが存在するからと言えるので
ある。
 したがって、伝統的工芸品産業においては、文化的要素、特に
「伝統」の要素によって付加価値がつけられていると言えるのである。

〇伝統的工芸品の文化的消費における価値づけにおいては、有名ブ
ランド商品などの場合と同様に、社会的に評価が高いものに高い価
格がつけられる。人々が、その伝統的工芸品自体や、その使用方法
(使用シーン)の中に、どのような物語性を読み取るかという主観
的な価値判断の基準の背後には、社会的バックグラウンドがあり、
価値に係る制度的な秩序が存在しているのである。
 このことについて、以下でより具体的に検討・整理してみたい。

【伝統的工芸品の価値づけ〜着物(加賀友禅)を事例として〜】
〇伝統的工芸品の「価値」とは、主観のみならず社会的な背景をも
含むものであることから、社会的な制度により「価値」が高いか低
いかのランキング(位置づけ)がなされ、そのランキングを反映し
て、経済的・象徴的な「価値」が構築される。
 こうした「価値」の構築に係る活動が「価値づけ」と言われるの
である。

〇前掲の参考文献では、伝統的工芸品ゆえに「価値」があると認知
させる仕組みを「伝統を価値化する制度的装置」として定義している。
 そして、加賀友禅の「伝統を価値化する制度的装置」は、以下の
ような(1)から(3)の3つの要素で構成されると説明している。

(1)伝統的工芸品として価値づける仕組み
@伝統証紙制度
伝統証紙は、経済産業大臣が指定する伝統的工芸品であることを証
するために、(一財)伝統的工芸品産業振興協会が発行するもので、
この証紙が貼られた工芸品は、伝統と歴史を今に受け継いできた
「本物」であることが証明され、そのことが大きな付加価値となる
のである。

  A加賀友禅証紙制度
加賀友禅証紙は、類似品防止と品質保持を目的に、加賀染振興協会
が独自に貼付する産地商標であり、一品物、本物、大量生産でない
物であることをアピールするものである。

B落款制度
加賀友禅作家が制作した着物の衽(おくみ)には、作家の「落款」
が記される。ランクの高い作家の落款のある着物ほど、価値が高く
なるのである。

(2)芸術作家のランキングシステム
@伝統工芸士の称号
認定試験に合格した作家に対して経済産業大臣が認定する称号で、
消費者にとっては、その着物の作家が、その称号を有するか否かが、
価値の重要な判断材料となる。

A徒弟制度
加賀友禅には、親方が弟子を育成するという徒弟制度があり、加賀
友禅を他の商品と差別化する根幹とされ、ブランド価値や高度な技
術力を維持する制度的仕組みとされる。

B展示会入選・受賞によるはく付け
各種展示会(日展、日本伝統工芸展、石川県現代美術展等)で入選
や受賞することで、作家の名前にはくが付き、作品としての着物に
ブランド的な価値が付き、価格を高くすることに資することになる。

(3)消費者への高価格インプットシステム
@流通過程における価格上昇の仕組み
@−1 室町問屋の機能:加賀友禅のみならず、全国の産地から着
物が集まり、それがまた全国の地方問屋や小売へ卸される流通シス
テムの頂点に位置するのが室町問屋(京都の室町通り周辺に店を構
える呉服商(商社))で、流通過程における価格上昇の仕組みの主
役と言える。室町問屋は、地方問屋や小売へ卸す時に、加賀友禅の
伝統の価値をアピールし、価格を増幅させる機能を担っている。

@−2 産元問屋の機能:全国の問屋等からの注文を元請けし、自
ら原材料を手配し産地内に発注する役割を担う。春と秋に京都で開
催される展示会で、室町問屋から注文を受けると、加賀友禅作家に
発注する。作家の芸術的ランキングを利用し作品の価格をより高く
設定する。また、産元問屋は、加賀友禅は希少なものだと室町問屋
にインプットし、数量をコントロールするなど、高級路線を維持す
ることを最優先している。

@−3 小売(呉服屋)の機能:各地の呉服屋の機能で重要なのは、
消費者への働きかけである。着物を着て出かける各種イベントを
企画・開催し、それを通して、如何に加賀友禅が格式高いランクづ
けがされているかなど、伝統、文化、格式の価値を消費者に意識づ
け、消費者ニーズを産地の意向に沿った方向へ修正する機能を担っ
ている。

A着用シーンにおける格式の形成
着物には素材や模様によって種類と格があり、それぞれの着用シー
ン毎に文化的消費がなされている。その中で、加賀友禅は格式の高
い着物であるという位置づけを保つことによって、高価格を維持し
てきている。室町問屋も、カジュアルな紬など他の産地のアイテム
とは路線を別にし、他の産地の商品と競合しないように配慮してき
ている。
 また、小売(呉服屋)も、消費者が、加賀友禅が高価格であるこ
とを納得することに資する各種イベントを企画・開催している。

〇長野県の伝統的工芸品産業の振興戦略の策定・実施化の在り方に
ついて検討する際には、前述の加賀友禅の「伝統を価値化する制度
的装置」を参考にして、その伝統的工芸品産業ならではの、重視・
アピールすべき「価値」の内容を明確化し、その「価値」を拡大し
「価格」に反映する仕組みの構築に、関係の産学官の方々が一体と
なって英知を結集し取り組むべきことを提言したい。

【むすびに】
〇今回は、伝統的工芸品の「価値」とは何か、その「価値」はどの
ようにして拡大し「価格」に反映することができるのか、などにつ
いての考え方を整理することにフォーカスしたため、前掲の論文が
指摘している加賀友禅が直面している重要課題、すなわち、高級品
としての伝統(「伝統を価値化する制度的装置」)を維持すること
に拘ることで、消費者ニーズの変化に的確に応えうる産地組織や流
通工程への変革ができない状態が続いて来てしまっていることにつ
いては触れなかった。

〇いずれにしても、長野県内の伝統的工芸品産業の振興のためには、
まず、それぞれの工芸品の本来の「価値」、アピールすべき「価値」
を確認し、その「価値」を拡大し「価格」に反映できる、生産から
消費に至る全工程が関与する手法・仕組み等の構築の在り方につい
て、産学官の英知を結集して検討・整理した上で、新たな伝統的工
芸品産業振興戦略の策定・実施化に取り組んでいただくことを期待
したい。


ニュースレターNo.212(2024年2月26日送信)

 信州ブランド戦略の改定の在り方について
〜信州ブランドの明確な定義なくして信州ブランドの優位性確保に資する指針とはなり得ないこと〜

【はじめに】
〇2013年3月に策定された長野県の「信州ブランド戦略(コンセプ
ト編)」と、その後に策定された「信州ブランド戦略(行動編)」
を一体的に改定するため、「信州ブランド戦略(改定骨子案)」
についてのパブリックコメントが、3月22日まで実施されている。

〇「信州ブランド戦略(コンセプト編)」が公表された際には、同
戦略が信州ブランドの明確な定義をせず、「県内の工業製品、伝統
工芸品、農産物、文化財、地域そのものなど」ありとあらゆる地域
資源等のブランド力の向上を目指すことにしたため、「行動編」に
おいて、地域資源等の特性に応じたブランド力向上方策を提示でき
ず、県内各地域の産学官民の方々による、その地域ならではのブラ
ンド力向上のための施策の企画・実施化に資することが困難になる
ことなどの問題点を、ニュースレターNo.4(2013.5.3送信「比較優
位性を有する信州ブランド戦略の策定」)で指摘させていただいた。

〇今回の「信州ブランド戦略(改定骨子案)」においても、信州ブ
ランドの明確な定義をせず、「信州ブランドの4つのコアな構成要
素(案)」として、他県等の多くの地域にも当てはまる、「恵み多
き豊かな自然」、「勤勉で長寿な人々」、「個性際立つ多彩な風土」、
「新たな価値を導く交流」を提示するのみで、地域の特性を活かし
た「商品・サービス」が、構成要素として含まれていないことから
も、信州ブランド戦略の策定において、最初に信州ブランドの定義
を明確化しておくことの重要性が、未だに認識されていないことが
推測できる。

〇また、この「信州ブランドの4つのコアな構成要素(案)」は、
他県等の多くの地域にも共通するものであることから、信州ブラン
ドの確立のためには、その構成要素が有する長野県ならではの優位
性、独創性等の確保へのシナリオの提示が不可欠になるが、その提
示もなされていないのである。

〇そもそも、「信州ブランド戦略(改定骨子案)」においては、4
つのコアな構成要素の中から、既に一定のブランド力を有するもの
を選定し、さらなるブランド力強化を目指すのか、それとも、4つ
のコアな構成要素の分野から新たにブランド化すべきものを抽出し、
そのブランド力の育成・強化を目指すのか、戦略の方向性が非常に
曖昧なのである。

〇これから策定される改定版の「信州ブランド戦略」が、信州ブラ
ンドの優位性確保(競争力強化)に取り組もうとする、県内各地域
の産学官民の方々にとって、具体的な地域ブランド力の向上施策を
企画・実施化する際に、有用で使い勝手の良い指針として機能でき
るようになることを願い、今回のテーマを選定した次第である。

【「信州ブランド戦略(コンセプト編)」に内包されていた課題】
〇「信州ブランド戦略(コンセプト編)」に内包されていた、信州
ブランドの定義に係る課題については、ニュースレターNo.4(2013.
5.3送信)で以下のように整理させていただいた。

〇まず、信州ブランドの定義については、「信州ブランドとは、い
わば『宝石箱』のブランドのことで、その『宝石箱』の中には、県
内各地の優れた地域資源等、それぞれブランド力を有する『宝石』
が沢山入っている。」というように整理させていただいた。

〇したがって、信州ブランド戦略においては、大きく二つの戦略が
必要になるということである。
 その第一は、新たな「宝石」候補を発掘し、優れたブランド力を
有する「宝石」にすることや、既存の「宝石」のブランド力に更に
磨きをかけることに資する戦略である。
 第二は、優れた「宝石」が沢山入っている「宝石箱」のイメージ
アップ・差別化をし、「宝石箱」のイメージアップ・差別化が、そ
れぞれの「宝石」のイメージアップ・差別化につながるという「好
循環」を形成することに資する戦略である。

○このことから明らかなように、「宝石」が他県等に対して優位性
を持たない地域資源等であっては、「宝石箱」の魅力・価値は下がっ
てしまう。また、そんな「宝石箱」では、県民の誇りや愛着を育め
ない。
 したがって、他県等に比して優位性を有する「宝石」を創出する
「仕掛け」を内包する信州ブランド戦略が必要になるのである。

〇そして、その「仕掛け」を構築する前提として、信州ブランド戦
略における「宝石」とは、どのような地域資源等を対象とするのか
について明確に定義づけることが重要になるのである。なぜならば、
例えば、「宝石」が工業製品の場合と歴史的景観の場合とでは、そ
の発掘・創出やブラシュアップの「仕掛け」が大幅に異なることに
なるからである。

○すなわち、「宝石」の明確な定義づけを怠ることによって、「宝
石」になりうる地域資源等(「宝石」候補)の発掘・ブラシュアッ
プに資する各種施策について検討する際に、どのような発掘手法で、
どのようなブラッシュアップ手法を提供すれば、「宝石」候補のブ
ランド化(「宝石」化)を効果的に実現できるのか、という極めて
基本的な課題についての議論さえまともにできないことになるので
ある。

【経済産業省の地域ブランドの定義を援用した場合の信州ブランドの定義】
〇経済産業省の地域ブランドの定義を援用した場合の信州ブランド
の定義は、以下のように整理することができるだろう。
@信州ブランドとは、「信州に対する消費者からの高い評価」のこ
とであり、信州が有する無形資産のひとつである。
A信州ブランドは、信州の特長を活かした商品のブランド(PB=Products
Brand)と、信州のイメージを構成する信州そのもののブランド
(RB=Regional Brand)とからなる。
B信州ブランド戦略とは、これら二つのブランドを同時に高めるこ
とにより、地域活性化を実現する活動戦略のことである。
※参考:前述の「宝石」のブランドが、商品のブランド(PB)に相
当し、「宝石箱」のブランドが、信州そのもののブランド(RB)に
相当することになるのである。

〇したがって、信州のブランド化とは、@信州発の商品のブランド
化と、A信州のイメージのブランド化を結び付け、好循環を生み出
し、県外の資金・人を呼び込み、持続的な地域経済の活性化を図る
ことと言えるのである。
 このような基本的考え方に基づき、以下で信州ブランド戦略の優
位性確保の在り方について検討したい。

【信州ブランド戦略の優位性確保の在り方】
〇前述の信州ブランドの定義に基づくと、信州ブランド戦略とは、
信州発の商品を「売るために何をすべきか」という視点だけではな
く、「消費者からの評判を高めて支持されるようにするには何をす
べきか」という視点を重視して、商品の開発やマーケティングに取
り組み、地域の活性化を推進する戦略のこととなる。

〇優位性のある信州ブランド戦略を策定するためには、ブランド化
の対象商品を以下のように四つに分類し、それぞれに相応しいブラ
ンド戦略を策定することが効果的となる。
※参考文献:中小企業基盤整備機構 地域ブランドマニュアル(2005年6月)

@売れ行きも評判も良い商品の場合
この商品は、既に強いブランド力を有していることになる。したがっ
て、その強さを維持するための「ブランドの管理」が重要となる。
また、その強さを活かした新商品やサブブランドを開発する「ブラ
ンドの拡張」も取り組むべき課題となる。

A売れているが評判は特に良くない商品の場合
この商品は、売れることが、そのブランドの評価を高めることに繋
がっていない。場合によっては、その商品のために、その地域その
もののブランドの評価を下げてしまう可能性もある。あるいは、そ
の商品が、他の商品の売り上げ増を妨げている可能性もある。した
がって、そのブランドの評価を下げている要因を見つけ出し、それ
を排除する取組みが重要となる。

B評判は良いがあまり売れていない商品の場合
これは、評判は良く、その地域のイメージ向上にも貢献しているが、
なかなか売り上げ増に繋がらない商品のことである。このような商
品については、そのブランドの知名度や評判をうまく製品開発や販
売戦略に反映する取組みの強化が重要となる。

C売れ行きも評判も特によくない商品の場合
この商品については、まず、商品自体の、消費者ニーズを反映した
質的向上を目指すことが重要となる。その上で、そのブランドの評
価を高めるための情報発信等に取り組むことが必要となる。

〇以上は、信州の特長を活かした商品のブランド(PB)の形成の取
組みの在り方に関する事項である。PBの形成については、それを開
発・提供する民間事業者の活動を行政サイドが支援するという形で
の推進が一般的となろう。
 しかし、多種多様なPBを包括し象徴化される信州そのもののブラ
ンド(RB)の形成については、民間事業者の業種・業態を超えた広
範な連携活動が必要となることから、行政サイドが主導することが
重要となる。すなわち、行政サイド主導による、産学官民からなる
信州ブランドの形成推進体制の整備・運営が、重要な政策課題とな
るのである。

【むすびに】
〇信州ブランドの形成は、企業における一社一組織での取組みとは
異なり、県内の産学官民が一体となって取り組むことが求められる。
そして、信州ブランドの形成は、公益性という観点からの推進も必
要になるのである。

〇したがって、「信州ブランド戦略(改定骨子案)」の中では、長
野県主導による、信州ブランドの形成推進体制の整備と、その推進
活動計画の策定・実施化の在り方についての方向性が提示されるこ
とが重要となるのである。
 新たな信州ブランド戦略の策定の目的が、信州のブランド力向上
による地域の経済的・社会的振興であるならば、改定骨子案には、
それに必要な信州ブランドの形成に関与すべき産学官民の取組みの
在り方について提示することが求められるのである。

〇今回の「信州ブランド戦略(改定骨子案)」においては、信州ブ
ランドの情報発信については重要視しているが、産学官民連携体制
による新たな信州ブランドの形成の必要性やその在り方についての
言及が全くなされていない。
 改定版の「信州ブランド戦略」の策定過程においては、関係の産
学官民の方々の間で、信州ブランドの定義や、信州ブランド形成推
進体制の在り方についての議論が活発になされることを期待したい。


ニュースレターNo.211(2024年2月21日送信)

 地域振興に資する木質バイオマスの熱利用戦略の在り方
〜「長野県ゼロカーボン戦略」と県内の地域振興戦略との整合に資するために〜

【はじめに】
〇地球温暖化防止対策の世界的取組みを先導するEUの「欧州グリ
ーンディール」(EGD)は、EUを、2050年には温室効果ガスの正味排
出量が無く、経済成長が資源使用の拡大から切り離された、資源
効率が高く競争力のある経済と公正によって繁栄する社会へ変革
していくことを目指した新たな「成長戦略」である。

〇すなわち、EGDは、気候変動問題の解決のみを目指した戦略では
なく、他の社会的課題等の解決方策との整合を前提とした「成長
戦略」として、温室効果ガス排出量の削減に留まらない、社会全
体の抜本的改革のための様々な取組みを行うことを目指している
のである。

〇EUの人々が、2050年のゼロカーボン達成と引き換えに、真に豊
かな生活を失うことを望んでいないことは当然のことである。EGD
は、このような人々の思いに応えるゼロカーボン戦略になってい
るのである。

〇このようなEGDの新たな「成長戦略」の基本理念ともいうべき
ものを参考にして、「長野県ゼロカーボン戦略」(2021年策定、
2022年改定)についても、2050年ゼロカーボン達成のための戦略
の域を超えて、県内の様々な社会的課題等の解決方策と整合した、
地域全体の抜本的改革を目指す地域振興戦略へと質的に高度化さ
せるための議論が、関係者間で活発化することに資するため、
今回のテーマを選定した次第である。

〇そして、議論の具体的推進の一つの参考にしていただきたく、
「長野県ゼロカーボン戦略」の第2章「再生可能エネルギー普及
拡大」、第1節「地域主導型・協働型の再生可能エネルギーを促進
する」に提示されている、長野県内に豊富に存在する木質バイオ
マスの熱利用(暖房、給湯等)にフォーカスして、2050年ゼロ
カーボンの達成への貢献と地域振興の整合の在り方について、林
野庁のホームページ等の木質バイオマスの利用に関する情報を参
考にして、以下で検討することにしたい。

【木質バイオマスを熱利用するメリット】
〇木質バイオマスは、燃焼によって二酸化炭素を発生するが、こ
の二酸化炭素は、樹木の伐採後に森林が更新されれば、その成長
過程で再び樹木に吸収されることになり、大気中の二酸化炭素濃
度に影響を与えないという、カーボンニュートラルな特性を有し
ている。
 このような木質バイオマスが、化石燃料の代わりに利用される
ことによって、二酸化炭素排出量の削減に貢献できるという基本
的な考え方を前提として、その熱利用のメリットについて以下に
整理する。

@エネルギー効率の観点からのメリット
木質バイオマスのエネルギー利用法については、主に発電と熱利
用がある。再生可能エネルギーの中で、風力や水力は回転エネル
ギーを利用するため発電に向いているが、木質バイオマスは燃焼
によってエネルギーを生み出すため、そのエネルギーを電気に変
換する発電よりも、エネルギーをそのまま利用すること(熱利用)
に向いている。エネルギー効率では、発電の場合は20%程度であ
るが、熱利用の場合は80%以上になるのである。

A事業化の難易度の観点からのメリット
木質バイオマス発電の事業化には、費用対効果の視点から一定の
規模以上の発電設備が必要となり、その燃料としての木質バイオ
マスも相当量が必要になる。したがって、未利用の木質バイオマ
ス(林地残材、木質廃棄物等)を主な燃料とする場合、その効率
的な調達体制の整備等が不可欠となり、発電設備の設置の適地は
限られることになる。
 しかし、熱利用の場合には、地域の実情に合わせて、様々な規
模・機能(燃料の形態や必要量、供給する温水の温度・量等)の
設備の導入が可能となるのである。

B地域の経済循環の観点からのメリット
国内で、森林整備等により、年間2,000万m3(推計値)が発生し
ている未利用間伐材等が、燃料として価値を持つことができれば、
森林経営に寄与し、森林整備の促進にも繋がることになる。この
未利用の木質バイオマスの収集・運搬、熱エネルギーの供給施設
や利用施設の管理・運営などの分野で、新たな産業と雇用が創出
され、特に山村地域の活性化への貢献が期待できるのである。

【木質バイオマスの熱利用と地域振興との整合方策】
〇木質バイオマスの熱利用が、地域の二酸化炭素排出量の削減の
みならず、地域の抱える様々な課題の解決にまで貢献している事
例として、北海道の下川町(人口約3,000人)の取組みの概要を
紹介したい。

@取組みの経緯
林業・林産業を基幹産業として、毎年50haの主伐と植林を繰り返
すことができる町有林の「循環型森林経営」を基本理念に据え、
持続可能な森林共生社会の構築を目指し、地域の未利用森林資源
の熱エネルギー利用に積極的に取り組んで来ている。環境省、林
野庁等の補助事業を活用し、木質バイオマスボイラーの導入を拡
大して来ている。

A取組みの主要目的
・化石燃料から木質バイオマスへのエネルギー変換による二酸化
炭素排出量削減への貢献
・地域の未利用森林資源を活用した林業・林産業の活性化と新規
雇用の創出
・エネルギー購入費を地域内循環させることによる地域経済の活
性化

B取組み概要と成果
・11基の木質バイオマスボイラーを導入し、31の公共施設に熱
(温水)を供給し、公共施設全体の熱エネルギー需要量の68%を
賄っている。
・ボイラー燃料用のチップの製造・供給については、地元の灯油
販売事業者が設立した「下川エネルギー供給協同組合」が、公設
の下川町木質原料製造施設の指定管理者として担っている。その
ための新規雇用者は6人となっている。
・年間約3,800万円の燃料コスト削減と、約3,070t-CO2の排出削
減に貢献している。
・燃料コスト削減効果額の一部を基金化し、ボイラー等の更新費
用に充てるとともに、新たな子育て支援の財源としても活用して
いる。

〇下川町のような高度な木質バイオマスの熱利用体制の整備がで
きなくても、自然とのふれあいや森林整備に関心のある地域住民
(周辺市町村民を含む)等に参加者を募り、参加者がチェーンソ
ウと軽トラによって未利用材を伐採・搬出し、燃料化等を担う事
業体に買い取ってもらうというような「仕組み」を構築すること
で、木質バイオマスの熱利用を推進することが可能となる。

〇未利用材の燃料化事業を市町村の森林整備事業の一環として捉
え、市町村がその事業費を補填することができれば、買取り価格
の下支え等もでき、同事業への地域の住民、事業者、森林所有者
等の参加意欲を高めることが可能となる。

〇この買取りの支払に地域通貨を導入することで、地域の商店等
での利用など、地域経済との繋がりや地域内経済循環を創出する
こともできる。また、使用する地域通貨をスマートフォン利用に
よるデジタル地域通貨にできれば、未利用材の燃料化事業に参加
する地域の住民、事業者、森林所有者等を繋ぐデジタル情報ネッ
トワークを構築でき、同事業の運営のより一層の効率化を図るこ
とが可能となる。

〇以上のように、それぞれの地域に適した燃料化事業の「仕組み」
を工夫することによって、二酸化炭素排出量削減への貢献と、森
林整備の推進、エネルギー自給の増大、森林整備への住民参加の
拡大、林業・林産業の活性化、資源と経済の地域内循環の増進な
どの複数の政策課題とを関連づけ、課題解決に必要な各種施策を
効果的に連携させることが可能となるのである。
すなわち、木質バイオマスの熱利用と地域振興との整合に資する
効果的事業の企画・実施化が可能となるのである。

【むすびに】
〇現状の「長野県ゼロカーボン戦略」は、2050年ゼロカーボンの
達成のみにフォーカスしている。この戦略の策定過程においては、
県内の産学官民によるゼロカーボン達成のための取組みが、少子
高齢化が深刻化する中で、県民生活を真に豊かなものとすること
や、県内産業を真に競争力のあるものとすることなどに、どのよ
うに関連づけられるのかについての「議論」はなされたのだろうか。

〇このような「議論」の深化とその成果の「長野県ゼロカーボン
戦略」への反映によって、同戦略が、脱炭素の直接的な手段にの
みフォーカスしたものではなく、県内の産学官民の脱炭素の取組
みが、県内の様々な地域課題の解決のための取組みと関連づけら
れ、相乗効果を発揮できるような、長野県ならではの優位性のあ
る「成長戦略」へと質的に高度化されることを期待したいのである。


ニュースレターNo.210(2024年1月21日送信)

少子化・人口減少下における地域の持続的発展戦略の在り方

【はじめに】
〇長野県の総人口の200万人割れが目前となるなど、少子化・
人口減少ペースが急速化する中、県は、1月17日に「少子化・
人口減少対策戦略検討会議」を開催し、少子化・人口減少対策
を進める上で基本となる「戦略方針」の素案を提示し、市町村
や経済団体等と検討を加え、具体的な取組みを盛り込んだ
「戦略」を今秋に正式決定することが報道されていた。

〇少子化・人口減少対策を論理的に検討することについては、
地球温暖化対策の検討手法が参考になる。すなわち、地球温暖
化による気候変動への対策としては、その原因物質である温室
効果ガスの排出量を削減する「緩和」と、気候変動の自然環境
や社会・経済システム等への悪影響を軽減する「適応」の二つ
の視点から検討・構成されているのである。

〇少子化・人口減少対策においても、その根本原因の解消を
目指す「緩和」と、その社会・経済システム等への悪影響を
軽減する「適応」に分けて検討・整理することが必要ではない
だろうか。

〇国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計
人口(令和5年推計)」によると、2050年の総人口が2020年の
半数未満となる市区町村は約20%に達するとされているように、
少子化・人口減少による市町村の社会・経済システム等への
悪影響の顕在化を想定した、現実的な対応をせざるを得ない状
況になっていることから、今回ニュースレターのテーマでは、
その悪影響を軽減する「適応」にフォーカスすることにしたい。

〇長野県が策定する「戦略」に関する関係の皆様方の、「適応」
の視点からの議論の深化に少しでも貢献できればと考え、以下
のような構成によって、そのテーマについて検討を深めること
にしたい。
@策定すべき「戦略」が目指すべき、少子化・人口減少下に
おける地域(市町村等)の持続的発展とはどのような姿になる
のか、について整理する。

A今後の少子化・人口減少の進展によって、地域はどのような
深刻な課題に直面することになるのか、について整理する。

Bその深刻な課題に適切に対応し、地域の持続的発展を確保
するための「戦略」の在り方について整理する。

※参考文献:地域経営研究会報告書「持続する地域を目指して」
2020年4月(公財)はまなす財団、(一財)北海道東北地域経済総合研究所

【少子化・人口減少下における地域(市町村等)の持続的発展の姿】
〇少子化・人口減少下にあっても、地域が持続的に発展して
いくためには、少子化・人口減少の進展による地域の活力の
低下や様々な課題の顕在化を踏まえ、これに適切に対応して
持続的発展が可能な地域社会を形成する「戦略」を、地域が
主体的に策定・実施化することが必要となる。

〇そして、その「戦略」の根幹には、地域振興の原理原則と
も言える「地域資源を活用し、地域の外から稼ぐ力を高める
とともに、地域内での経済循環を高め、地域に富を蓄積する
ことによる地域経営」を位置づけることになろう。
 言い換えれば、少子化・人口減少下における地域の持続的
発展の姿とは、地域がその地域経営を効果的に推進している
姿と言えるのではないだろうか。

〇いずれにしても、今後更に進展する少子化・人口減少で想定
される深刻な税収不足等から、全ての地域が、現状の行政サー
ビスの提供能力を維持しながら、持続的に発展していくことが
困難であることは明らかである。
 したがって、行政コストの大幅な抑制に適応できるよう、
従来からの地域経営の在り方を抜本的に見直すことが必要と
なる。その上で、地域が持続的に発展できる地域経営の在り方
を説明し、その実施化を可能とする「政策的仕掛け」を提示
することが、地域に求められているのである。

【少子化・人口減少の進展によって、地域が直面する深刻な課題】
〇少子化・人口減少によって、地域が直面し対応しなければ
ならない深刻な課題については、以下のような整理ができる
だろう。
@地域財政が立ち行かなくなること
 人口減少に伴い、納税者の減少や産業活動の停滞等により、
国、都道府県、市町村の各レベルで深刻な税収不足が生じる。
地域の税収不足をカバーする地方交付税についても、国が
国全体の社会保障制度の維持を優先した場合には、そのパイ
は減少することになる。

A地域交通の確保が困難になること
 学生や労働力人口の減少が進めば、民間事業者による採算
ベースでの輸送サービスの提供が困難となる。特に高齢者等
の交通弱者のニーズに対応する移動手段の提供が困難となる
ことは、県庁所在地等の規模の都市においても、既に大きな
課題となっている事例もみられる。

B地域コミュニティが崩壊すること
 自治会等の住民組織の担い手不足により、地域を支えてき
た共助システムが機能しにくくなることは、既に一部で顕在化
してきている。今後更に深刻化することが見込まれている。
 地域コミュニティの崩壊は、街並みなど伝統的に守られて
きた地域アイデンティティを喪失することに繋がるほか、観光
資源としての活用が期待される地域のお祭り等の行事を維持
することも困難にさせる。

C電気・水道、医療・教育機関等の基本的なインフラの維持
が困難になること
 例えば、水道管の老朽化対策は喫緊の重要課題になってい
るが、現状のレベルをすべての地域で維持していくことは、
人口減少下では既にオーバースペックと言えるだろう。
 インフラに係る既存の需要に最後の一軒まで応えようとす
ると、今まで以上のコスト負担を地域住民に強いることにな
るのである。

【課題に対応し地域の持続的発展を確保するための「戦略」の在り方】
〇前述の少子化・人口減少がもたらす深刻な課題に適切に
対応し、地域の発展を確保するための「戦略」の根幹には、
地域振興の原理原則とも言える「地域資源を活用し、地域の
外から稼ぐ力を高めるとともに、地域内での経済循環を高め、
地域に富を蓄積することによる地域経営」を位置づけるべき
ことは、「戦略」の在り方に関する様々な議論に通底してい
ることと言えるだろう。

〇その「戦略」の根幹を具現化していくためには、「戦略」
に以下のような具体的なシナリオを組み込むことが必要とな
ろう。
@地域の外から稼ぐ力を高めるシナリオ
 地域の外から稼ぐ力を高めるためには、基本的には、地域
に存在する様々な地域資源の中から、外貨を稼げる地域資源
を発掘し、売り物になるように磨き上げブランド化するシナ
リオの提示が必要になる。
 しかし、外貨を稼げる新たな地域資源を発掘し磨き上げ活用
するには、多くの時間と労力を要することになる。したがって、
既に、他地域に対する一定の優位性を有している地域資源の更
なる活用に取り組むことを優先することが、より現実的な
シナリオとなるのである。
 例えば、地域資源としての高度な工業技術力を有する下請
中小企業の集積を有している地域においては、他地域からの
受注量を更に増大させるシナリオを描くことが重要となる。

Aソーシャルビジネスを育成するシナリオ
地域財政が厳しい状況下では、地域住民が抱える様々な課題
が、市場原理の下に解決されていく仕組みの構築に貢献する、
ソーシャルビジネスの担い手を育成することが重要となる。
 また、地域の課題解決に資する、収益性の高い事業の開発・
実施化を経営理念や経営戦略の中に位置づける地域企業も増加
している。
 そのようなソーシャルビジネスの担い手や地域企業の活動
の活性化に資する「政策的仕掛け」を組み込んだシナリオが
必要となる。

B地域住民と地域企業等(企業、NPO、支援機関等)との協働
を活性化するシナリオ
 地域住民が抱える様々な課題の解決ニーズに応える製品・
サービスを、地域企業が単独で開発・事業化することは困難
であろう。そこで、地域住民との協働によって、地域住民の
ニーズに的確に応える、収益性のある製品・サービスの開発・
事業化の促進に資するプラットフォームの形成など、地域住民
と企業等の協働の活性化へのシナリオが重要となる。

C地域経済の地域内循環を高めるシナリオ
 例えば、地域外からの観光客の、地域内での飲食の食材の
地元産の比率を高めることなど、観光客が落とすお金をでき
るだけ地域内で循環させる産業構造への転換を促進するシナ
リオが必要となる。
 工業分野においては、地域外から受注した部品製造の一部
を地域内の下請中小企業に発注することなど、地域内における
下請中小企業の製造活動の連鎖化を高めるためのシナリオも
必要になる。
 例えば、燕市では、市内の金属加工企業が、金型、プレス、
溶接、研磨等の工程ごとに分担して高品質の洋食器等を製造
している。そして、市内の企業同士の受発注から製造、納品等
に至るまでの工程を、共用のデジタルプラットフォームで管理
する仕組みを構築し、市内での分業体制(経済循環)を更に
拡大することに取り組んでいる。
※参考文献:「まち全体を一つの工場に〜ものづくりのまち
燕市スマートファクトリー化への挑戦〜」NETT No.123 2024 Winter

D人口の規模に見合ったコンパクトなまちの形成へのシナリオ
 地域インフラ全体の崩壊を防ぎ、行政サービスの極端な低下
を招かないためには、行政がケアする範囲を縮めていかなけれ
ばならないことになる。関係住民の理解を得ながら、いわゆる
コンパクトシティを形成していくシナリオが重要となる。

【むすびに】
〇少子化・人口減少下における、地域(市町村等)の持続的
発展を確保するためには、地域が未来に向かって形成を目指
す地域社会の具体的姿(ビジョン)を描き、そのビジョンの
具現化への道筋(「緩和」と「適応」に整理されたシナリオ)
と、そのシナリオの着実な推進に必要な諸施策(「緩和」と
「適応」に整理されたプログラム)から構成される、少子化・
人口減少対策としての「戦略」を、地域が主体的に策定・
実施化することが必要となる。

〇この「戦略」に関する議論を論理的に深化できるようにす
るためには、最初に、地域が形成を目指す地域社会の姿
(ビジョン)をしっかり描くことが必要になる。
 このことなくして、何のためにどのようなシナリオやプロ
グラムが必要になるのかについて、論理的に議論を深めるこ
とは困難となるのである。

〇したがって、長野県の「少子化・人口減少対策戦略検討会議」
においても、まず、少子化・人口減少下において維持・発展
させていくべき、県や市町村の具体的姿を描くことから議論
を始めていただくことを期待したい。
 その上で、関係者の間で同意・共有されたビジョンの具現化
へのシナリオ・プログラムの在り方に関する議論に進むとい
うような、論理的な検討手法を採られることを期待したいの
である。