○送信したニュースレター2025年(No.223〜  )

ニュースレターNo.227(2025年4月30日送信)

長野県の食品産業の新たな振興戦略の在り方(No.2)〜食品の健康機能を活用した新たな成長領域の創出への具体的道筋〜

【はじめに】
〇ニュースレターNo.226(2025.4.12送信)では、長野県産業振興プラン
(2023〜2027年度)や長野県食品製造業振興ビジョン2.0(2023〜2027年
度)において、信州型フードテックの活用の重要性は唱えているが、信州
型フードテックの活用による、長野県の食品産業の新たな成長領域の創出
への具体的道筋が提示されていなことを問題点として指摘させていただいた。

〇長野県の食品産業の新たな成長領域の創出のためには、長野県の企業が
生産する特定の食品分野において、他県等の当該食品分野に対する優位性
の確保や差別化を図ることが不可欠となり、その具現化への取組みの在り
方が重要な政策課題となるのである。

〇そこで今回は、改めて食品の健康機能による優位性の確保や差別化に注
目し、既存の食品や新規の食品の中に、その優位性や差別化をどのように
組み込んでいくべきかについての、県内の産学官の方々による議論の活発
化に資することを目的として、下記の文献を参考に、先ずは、従来から健
康に良いとされてきている食品について、生鮮食品、発酵食品、サプリメ
ント等の製品形態別に、その健康機能を更に向上させる具体的な道筋につ
いて整理してみようと考えた次第である。

※参考文献:東京大学未来ビジョン研究センター「食の健康機能と利活用
を阻害する諸要因と是正の方向性」小田島文彦、白取耕一郎、木村廣道

【食品の健康機能の区分】
〇健康増進に資する新食品を開発しようとする場合には、食品の様々な健
康機能の中から、どのような機能にフォーカスし、その向上をどのように
目指すのかを明確化しておくことが必要になる。
 そのためには、最初に、食品の健康機能とは何かについて十分に理解し
ておくことが必要となる。その健康機能については、一般的に以下の3つ
の区分に整理されている。
@一次機能(栄養素としての働き):食品は、生命活動を営むために必要
不可欠な、エネルギー源や生体構成成分を供給する。
A二次機能(嗜好面での働き):食品は、味、におい、色、触覚(舌触り
など)、形、大きさなど、食品を摂取する際の嗜好に影響を及ぼす因子を
含有する。
B三次機能(生体機能を調節する働き):食品は、人体の免疫系、神経系、
内分泌系などの高次調節機構に作用する。三次機能を有する成分を機能性
成分という。

〇一次機能(栄養素)と三次機能(生体機能調節)は、食品成分が体内で
健康に直接的に影響を及ぼす機能であるが、二次機能(嗜好性)は、何を
どれくらい食べるかに影響を与える因子であり、一次・三次機能成分の摂
取を介して、健康に間接的に影響を及ぼす機能として捉えられている。
しかし、間接的とはいえ、二次機能(嗜好性)は、飲食による一次・三
次機能の生体内での発現に大きく影響を及ぼす重要な機能と言える。

〇前記の参考文献では、食(食品そのもの+食品を食べる行為)の健康機
能として、一次・二次・三次機能に加えて、以下の2つの機能を追加して
いる。
@精神的機能:食は、幸福な気分にさせてくれたり、精神的緊張を解き
ほぐしてくれたりする。また、気持ちを奮い立たせたりもしてくれる。
A社会的機能:人々が一緒に食事をすることは、コミュニケーションを
促してくれたり、社会的な関係の維持向上に役立ったりする。

【健康に良いとされる食品の製品形態別の健康機能の更なる向上への道筋】
〇従来から健康に良いとされてきている食品の、製品形態別の健康機能
の更なる向上への道筋については、以下のような5つの区分で整理がで
きるだろう。

@「健康に資する成分を多く含む生鮮食品」に関して
 既に機能性表示食品になっている生鮮食品も多い。例えば、農産物で
は、ビルベリー(アントシアニン)、メロン(GABA)、大麦(β-グルカ
ン)、りんご(プロシア二ジン)など多数あり、水産物では、イワシ・
マグロ・ブリ(EPA・DHA)などがある。また、畜産物では、卵(EPA・
DHA)、はかた地鶏(アンセリン、カルノシン)などがある。
[健康機能の更なる向上への道筋]
 更なる市場拡大が期待できる、健康に資する成分を多く含む農産物、
水産物、畜産物を選定し、その機能性成分の含有量を更に増加させる
ための、農産物の品種改良、養殖魚や家畜の肉質の改良等の研究開発・
製品化に取り組む。この場合、品種改良や肉質の改良等の手法としては、
消費者に不安を与えない安全性の高い技術の開発・活用に配慮すること
が必要になる。

A「健康に資する成分を発酵により増やした食品」に関して
 食品を発酵させることで、その食品の機能性成分を増加させたり、栄
養素を体に吸収されやすくさせたりできることが分かっている。そのよ
うな発酵食品は、味噌、醤油、漬物、納豆、清酒などをはじめ、国内外
に多種多様に存在している。
[健康機能の更なる向上への道筋]
 更なる市場拡大が期待できる、発酵食品の分野を選定し、その発酵工
程の改善(発酵条件の最適化、新たに利用する微生物の選抜等)によっ
て、機能性成分の含有量を更に増大させるための研究開発・製品化に取
り組む。また、発酵させる農産物等の原料の最適な選択・組合せ・混合
方法等による、健康機能に優れた新規発酵食品の研究開発・製品化に取
り組む。

B「健康に資する成分を配合した食品」に関して
 特定保健用食品、機能性表示食品、栄養機能食品などの中に、様々な
食品形態の製品がある。例えば、シリアル類(ビタミンB群、全粒穀物
など)、ヨーグルト(乳酸菌等)、牛乳・清涼飲料類(成分強化)など
がある。
[健康機能の更なる向上への道筋]
 更なる市場拡大が期待できる、機能性成分配合食品の分野を選定し、
その機能性を更に向上させるための配合成分の組み合わせの見直し、配
合工程の改善等による、機能性と嗜好性の両方に優れた新製品の研究開
発・製品化に取り組む。

C「健康に資する成分を主成分とするサプリメント」に関して
 特定保健用食品、機能性表示食品、栄養機能食品などの中に、様々な
サプリメント形状(カプセル、錠剤、顆粒等)の製品がある。配合され
ている主な成分の例としては、オメガ3脂肪酸、GABA、グルコサミン、
コンドロイチンなど多数ある。
[健康機能の更なる向上への道筋]
 更なる市場拡大が期待できる、サプリメントの製品分野を選定し、そ
の機能性を更に向上させるための配合成分の見直し、サプリメント形状
等の製剤学的視点からの改善等による、新製品の研究開発・製品化に取
り組む。

D「過剰摂取すれば健康に悪影響を及ぼす成分を減らした、または使用
しない食品」に関して
 減塩食品、減糖質食品、減脂食品、低タンパク質食品、アレルゲン除
去食品など様々な食品がある。
[健康機能の更なる向上への道筋]
 更なる市場拡大が期待できる、悪影響成分を低減あるいは除去すべき
食品分野を選定し、その嗜好性を低下させることなく悪影響成分を効率
的に低減・除去できる技術の活用による、新製品の研究開発・製品化に
取り組む。

〇長野県の食品製造関係の中小企業等が、前述の製品形態の中から、他
県等の既存の特定の食品に対して健康機能面で優位性を有する、長野県
ならではの新食品を構想し、その研究開発・製品化に効果的に取り組め
るようにする、行政サイドの支援策の在り方について以下で検討したい。

【健康機能を活用した新食品の研究開発・製品化への支援策の在り方】
〇長野県の食品製造関係の中小企業等が、健康機能を活用した新食品の
研究開発・製品化に取り組む場合に、自社のみでは解決できない技術課
題の解決方策等について気軽に相談できる身近な支援機関としては、長
野県工業技術総合センター・食品技術部門を第一に挙げることができる
だろう。

〇食品製造関係の中小企業等は、下請型の部品製造が多い電気・機械系
の中小企業等とは大きく異なり、ほとんどが最終製品としての食品を製
造している。したがって、工業技術総合センター・食品技術部門におい
ては、製造工程に係る個別の技術課題の解決への支援であっても、その
課題解決の先にある、最終製品としての「売れる食品」の完成した姿を、
当該中小企業等と的確に共有しつつ、その実現に結び付けることを前提
として実施すべきことになる。

〇したがって、工業技術総合センター・食品技術部門における、健康機
能を活用した新食品の研究開発・製品化への中小企業等の取組みへの支
援体制としては、食品製造工程を構成する様々な要素技術に係る技術分
野別の支援体制だけではなく、中小企業等が製品化を目指す最終製品と
しての「売れる食品」について、その完成までを一貫して伴走型で技術
支援できる体制(他機関との連携支援を含む)を整備することをもっと
重要視すべきではないだろうか。

〇いずれにしても、長野県内の食品製造関係の中小企業等にとって、無
くてはならない重要な技術支援拠点である、工業技術総合センター・食
品技術部門が、他県等で製造される食品に比して、健康機能の面で優位
性を有する、長野県ならではの新食品の開発・製品化への中小企業等の
取組みを活性化し、その事業化に大きく貢献できる真の中核拠点となる
ことを目指し、関係の産学官の方々の英知を結集し、支援機能の更なる
改善・高度化に取り組んでいただくことを期待したいのである。

【むすびに】
〇長野県においては、2017年策定の最初の食品製造業振興ビジョンから
今日に至るまで、知事による「発酵・長寿県宣言」にみられるように、
長野県の様々な伝統的な発酵食品が、全国トップレベルの平均寿命を維
持していることの大きな要因であるかのようなストーリーを、「NAGANO
の食」のブランド化に活かすことに拘ってきており、他県等の類似の伝
統的な発酵食品に対して、特定の健康機能の面での優位性を有する、長
野県ならではの新規の発酵食品の開発や既存の発酵食品の改善等への、
県主導の科学的・戦略的な取組み(産学官連携による研究開発プロジェ
クトの企画・実施化等)は、十分には実施されてこなかったと言えるの
ではないだろうか。
※参考:「発酵食品」で人々の「健康長寿」を目指す決意表明としての、
長野県知事による発酵・長寿県宣言(2018年11月16日)には、「・・・
全国トップレベルの長寿県である長野県は、発酵食品産業の振興を通じ
て健康長寿を目指す・・・」と記載されている。
(長野県庁のホームページ参照)

〇そもそも健康長寿を延伸させる「3つの柱」は、@栄養(食、口腔機
能など)、A身体活動(運動、社会活動など)、B社会参加(就労、余
暇活動、ボランティアなど)、と言われていることからも明らかなよう
に、長野県が長寿県であることの要因を、ことさらに一つの食品分野に
過ぎない味噌等の伝統的な発酵食品に結び付けようとすることには無理
があるのである。

〇他県等においても、その風土や食文化に育まれた、味噌等の伝統的な
発酵食品が多種多様に存在している。そのような状況下で、長野県の味
噌等の発酵食品が、他県等の類似の発酵食品に比して、長寿に資する健
康機能において特に優位性を有していることを科学的に立証し、その結
果を「NAGANOの食」のブランド化に活用しようとすることは、極めて
困難と言わざるを得ないのである。
〇したがって、長野県民の長寿と伝統的発酵食品との因果関係に拘り続
けることより、他県等の多種多様な伝統的な発酵食品に対して、特定の
健康機能の面で優位性を有する、長野県ならではの新規の発酵食品の開
発や、発酵食品以外の製品分野の新規の高機能性食品の開発等に取り組
むことの方が、長野県の食品製造業の振興戦略の方向性として合理的で
あると言えるのではないだろうか。


ニュースレターNo.226(2025年4月12日送信)

長野県の食品産業の新たな振興戦略の在り方〜フードテックによる県内食品産業の新たな成長領域の創出促進に向けて〜

【はじめに】
〇食品産業が、食品に関連する様々な社会的課題の解決の必要性や、食
品に対する様々な消費者ニーズの顕在化などに的確に対応しつつ、持続
的に発展できるようにするために、フードテックを活用しようという動
きが、産学官の連携の下に活発化し、中小企業等による先進的な事業化
事例も種々見られるようになってきている。

※食品産業:ここでは、農林水産業、食品やその生産機械等に係る
製造業、流通業等の食に関連する広範な産業を含む広義の食品産業
を意味する。

〇フードテックとは、食品原料の生産から加工、流通、消費等へとつな
がる広範な食関連のバリューチェーンにおける、新技術やその新技術を
活用したビジネスモデルのことである。そして多くの場合、既存の業種
の事業とAI、IoT等の先進技術とを結びつけて生まれる新技術・新製品
等を指す、いわゆるクロステック(X-Tec)の性格を有している。

〇長野県産業振興プラン(計画期間:2023〜2027年度)や長野県食品製
造業振興ビジョン2.0(2023〜2027年度)においては、フードテックに
ついて食品製造業の重要な振興ツールというような限定的な位置づけを
しており、長野県の食品製造業が密接に関わる、原料供給から消費等に
亘る広範なバリューチェーンの総合的・持続的発展のための活用という
ような俯瞰的な視点には立てていない。

〇そこで今回は、長野県の食品産業のフードテックを活用した新たな振
興戦略の在り方についての、関係の産学官の方々による議論の活発化に
資することを目的として、食品産業が解決を求められている課題や、フ
ードテックによるその課題の解決への道筋等について整理してみたい。

※参考文献:@日本政策金融公庫論集 第64号(2024年8月)「食に変
革をもたらす中小企業のフードテック」日本政策金融公庫総合研究所
主任研究員 篠崎 和也
A「フードテックをめぐる状況」(2025年1月)大臣官房 新事業・
食品産業部

【食品産業が解決を求められている課題の分類】
〇食品産業が解決を求められている課題の分類については、以下のよ
うな整理ができるだろう。

[課題1−@] 持続可能な食料供給の実現(新たなたんぱく質源の活
用等) 我が国では人口が減少しているが、世界の人口は増加傾向に
ある。農林水産省においては、世界の食料需要は、2050年には2010年
の1.7倍になり、増大するたんぱく質源等への需要に食品産業が対応
する必要性を提起している。

[課題1−A] 持続可能な食料供給の実現(フードロスの削減)
 企業による食品の作りすぎ(無駄)が指摘されている。ニーズの多
様化に合わせて商品も益々多様化する中で、全ての商品を欠品なく供
給しようとすることなどから、過剰生産に陥りやすく、大量の売れ残
りが発生しやすくなる。限りある食資源の有効活用のために、企業に
おけるフードロス(食品廃棄物)の削減や、発生してしまったフード
ロスの有効活用は重要課題となっている。

[課題2−@] 食品産業の生産性向上(食品産業の省人化)
 我が国では、高齢化が進み、生産年齢人口が減っていく中で、食品
産業の担い手の減少が顕著になって来ている。担い手の不足をロボッ
ト等の新技術の開発・活用によって補うとともに、他産業に比して生
産性の低い状況の改善に取り組むことが重要課題となっている。

[課題2−A] 食品産業の生産性向上(農業・水産業のスマート化)
 農林水産業の労働生産性は、2022年のデータで、就業者1人当たり
1,500円/Hrで、全産業の4,923円/Hrに比して極めて低い。農林水産
物の生産は、気候等の自然環境の影響を大きく受けて、供給の安定化
は難しい状況にある。また、その品質についても、工業製品のような
規格の一定化は困難となる。これらの課題への対応には、IT・デジタ
ル、ロボティクス・メカトロニクス等の新技術の活用による、生産工
程のスマート化(自律的な自動化等)が必要になる。

[課題3] 多様なニーズを満たす豊かで健康的な食生活の実現
 健康に良い、美味しい、コストパフォーマンスが高い等の従来から
の食品に対するニーズに加えて、「もっと料理を楽しみたい」、「もっ
と自分の体調・体質に合った料理を食べたい」、「フードロスを無く
したい」など、ニーズの多様化が進んでいる。これらの食に対するニ
ーズの多様化に対応するためには、これまで食とは縁遠かった異分野
の技術の食分野との融合等による、新たなイノベーションの創出が必
要になっている。

〇以上のような「食品産業が解決を求められている課題」の、フード
テックによる解決への道筋について、以下で、各論的道筋と総論的道
筋とに区分して整理してみたい。

【「食品産業が解決を求められている課題」の解決への各論的道筋】
〇前述の「食品産業が解決を求められている課題の分類」についての、
分類毎の課題解決への道筋を、各論的道筋として、以下のような整
理ができるだろう。

[課題1−@]持続可能な食料供給の実現(新たなたんぱく質源の活用等)への道筋
 例えば、植物性の原料から、味、風味、食感を肉に近づけた、植物
性肉の開発・事業化によって、世界で増大するたんぱく質需要への対
応を目指す。また、植物性肉は、健康や宗教上の理由等から肉を食べ
られない人の、料理の選択の幅を広げることに資することになる。大
豆やエンドウ豆等によるハンバーグを商品化するなど、特定の分野で
既に事業化している種々の企業がある。
※フードテック活用のビジネス事例については、前掲の参考文献に分
野別に分かりやすく掲載されている。以下同様。

[課題1−A]持続可能な食料供給の実現(フードロスの削減)への道筋
 例えば、規格外や生産余剰、残渣として廃棄されている農作物等を
パウダー化し、新たな食品原料とする技術の開発・事業化によって、
フードロスの削減を目指す。精米時に排出される米ぬかを、加水分解
技術によってパウダー化した飲料など、特定の分野で既に事業化して
いる種々の企業がある。

[課題2−@]食品産業の生産性向上(食品産業の省人化)への道筋
 例えば、食品産業の様々な生産工程の中には、単純で過酷な作業が
存在している。そのことが、生産年齢人口の減少下における担い手確
保の困難性を更に高める大きな要因になっている。肉体的・精神的に
厳しい作業をロボットで代替し、作業環境を改善することで、担い手
不足の要因を取り除くとともに、生産性向上を目指す。食材の準備、
調理、盛り付け等までの一連の作業工程の自動化など、特定の分野で
既に事業化している種々の企業がある。

[課題2−A]食品産業の生産性向上(農業・水産業のスマート化)への道筋
 例えば、ロボティクス・メカトロニクスの活用による、水田・畑の
農薬散布用ドローンの開発や、AI・IoTの活用による、魚養殖の全自動
給餌装置の開発など、農業・水産業分野で特に手間のかかる作業のス
マート化(自律的な自動化等)によって生産性の向上を目指す。この
ような技術分野のほか、作物の自動収穫ロボット、水替え不要の陸上
養殖システムなど、特定の分野で既に事業化している種々の企業がある。

[課題3]多様なニーズを満たす豊かで健康的な食生活の実現への道筋
 健康増進やアレルギーへの対応等、様々なニーズに的確に応える食
品やサービス等を提供することが求められていることに対して、例え
ば、機能性成分含有量の多い作物、各個人の体調・体質に最適な食事
メニューの提案や食物アレルギー事故防止システム等に係る新技術の
開発・事業化を目指す。食品の原材料ラベルをスマートフォンで撮影
することで、原材料に含まれるアレルゲンを表示してくれる「アレル
ゲン管理サービス」など、特定の分野で既に事業化している種々の企
業がある。

【「食品産業が解決を求められている課題」の解決への総論的道筋】
〇「食品産業が解決を求められている課題」の解決への総論的道筋に
ついては、前述の各論的道筋を、地域の中小企業等が着実に推進する
ことに資する「政策的仕掛け」の在り方という視点から整理してみたい。

〇具体的には、食品産業に関連する、あるいは関心がある中小企業等
が、「食品産業が解決を求められている課題」の解決方策の事業化に
取り組んでいく各工程の効果的推進に資する「政策的仕掛け」の在り
方という形で整理してみたい。

〇まず、「食品産業が解決を求められている課題」の解決方策の事業
化に、中小企業等が取り組んでいく工程の、重要な構成要素を簡単に
整理すると、以下のようになるだろう。

[第1工程] 食品産業に関連する、あるいは関心がある中小企業等が、
「食品産業が解決を求められている課題」の中から、その解決方策を
自社で事業化することを目指して、具体的に解決に取り組む課題を抽
出・特定する。取り組む課題の抽出・特定においては、経営者自身の
原体験や他者の経験談への共鳴等に基づく場合が多いと言われている。

[第2工程] 解決方策を事業化するために必要な技術の中で、他社等
との連携によって導入・補完すべき技術を抽出・特定する。自社技術
のみで事業化することに拘らず、技術的にも経済的にも最適な解決方
策を開発・事業化するという視点から、他社等との連携によって事業
化に成功している中小企業が種々存在している。

[第3工程] 解決方策を収益性のある事業とするためのビジネスモデ
ルを検討・構築する。自社が開発・事業化を目指す新技術・新製品を、
社会に円滑に実装できる「仕掛け」を構想し実施化できる能力が必要
とされる。多くの中小企業にあっては、技術力に優れていても、新市
場開拓等に必要な企画力・営業力が不足している場合が多い。新規販
売ルートの形成等を含むビジネスモデルの検討・構築に不足する能力
の補完に、他社等との連携を活用して事業化に成功している中小企業
が種々存在している。

〇以上のような、「食品産業が解決を求められている課題」の解決方
策を事業化していく3段階の工程に、地域の中小企業等が効果的に取
り組み、事業化に結び付けることに資する「政策的仕掛け」の整備・
運営を主導することが、地域の行政サイドに求められているのである。

〇長野県の産業振興プランや食品製造業振興ビジョン2.0においても、
信州型フードテックの活用の重要性は唱えているが、信州型フードテ
ックの活用による、長野県の食品産業の新たな成長領域の創出への具
体的道筋についての提示はなされていない。

〇県内中小企業等のフードテック活用による新事業分野創出活動の活
性化のためには、食品製造業の域を超えて、より多角的に食品産業の
振興を支援できるよう、各種の産業支援機関の支援機能の拡充強化や
連携等を含む、新たな食品産業振興戦略の策定・実施化が求められて
いるのではないだろうか。

【むすびに】
〇フードテックは、@消費者、A食品産業、B社会、という各階層に、
以下のような食に係る便益をもたらすと言われている。
@消費者への便益:利便性の向上、豊かさの実現、健康の維持・増進
A食品産業への便益:生産性の向上、新たな成長領域の創出、事業の
持続可能性の向上
B社会への便益:食の安全保障の確立、新たな食文化の形成、環境の
持続可能性の向上

〇フードテックがもたらす、消費者、食品産業、社会という各階層へ
の様々な便益を、新たなビジネスの創出を通して実際に享受できるよ
うにすることに、県内の中小企業等が挑戦しやすくする「政策的仕掛
け」の在り方に関する、産学官の方々による議論が活発化することを
期待したいのである。


ニュースレターNo.225(2025年3月20日送信)

中小企業による「デザイン経営」の実践に資する「場」の整備〜長野県の地域産業振興戦略の新たな構成要素としての提案〜

【はじめに】
〇「デザイン経営」という言葉が、日本で広く知られるようになったの
は、経済産業省と特許庁が、2018年に「産業競争力とデザインを考える
研究会」の報告書として『「デザイン経営」宣言』(政策提言)を発表
したことが発端となったと言われている。

〇「デザイン経営」とは、デザインを企業価値向上のための重要な経営
資源として活用する経営のことである。
したがって、ここでのデザインとは、製品の意匠というような狭義の
意味ではなく、企業が大切にしている価値観や、それを製品等に具現化
しようとする意志を表現する営みのことであり、他の企業では代替でき
ないと顧客が思うブランド価値とイノベーションを実現する原動力とな
るものというような、広義の意味でのデザインのことである。

〇「産業競争力とデザインを考える研究会」においては、多くの欧米企
業が、明確な企業理念に裏打ちされた自社独自の強みや技術、イメージ
をブランド・アイデンティティとしてデザインによって表現し、製品の
価値を高め、世界的な市場拡大に結び付けているにもかかわらず、多く
の日本企業は、デザインを活用した経営手法に係る能力において大きく
劣り、その国際競争力が更に低下するのではないかという危機意識の下
に、デザインによる日本企業の競争力強化に向けた課題の整理とその解
決方策について検討がなされたのである。

〇その研究会の報告書としての『「デザイン経営」宣言』においては、
「デザイン経営」を実践するための要件を以下の2つに整理している。
(1)経営層(意思決定機関)の中にデザイン責任者がいること。
(2)事業戦略の最上流からデザインが関与していること。

〇この要件を満たすことによって、企業組織内のデザイナーが、デザ
インの狭義な意味(主に製品の意匠に関する業務等)の職域を超えて、
経営中枢の意思決定に参画し、顧客基点での具体的な商品・サービス
の立案や、硬直的な意思決定システムの改善及び企業活動全体の創造
性の向上等に貢献できるようになることが期待されているのである。

〇(1)と(2)の要件を満たすことに必要な人的資源を有する企業とは、
ほとんどが大企業になると言えるだろう。一般的な中小企業にとって
は、(1)と(2)の要件を満たせる人的体制を整備することは困難である
と推測できる。

〇しかし、大企業に比して人的にも資金的にも経営資源に乏しい中小
企業だからこそ、広義の意味でのデザインを経営資源として活用すべ
きであるという考え方が提唱されている。
すなわち、中小企業においても、工夫次第で、「デザイン経営」に
よって企業活動全体に付加価値を付けることができ、高い売上成長率
と組織風土の活性化が期待できるからである。また、「デザイン経営」
によるブランド力の強化は、従業員のロイヤルティ向上にも効果があ
り、自社への愛着や誇りに繋がり離職率の低下にも資することになる
のである。

〇そこで今回は、以下の文献を参考にして、長野県内の中小企業によ
る「デザイン経営」の実践を活発化する方策について検討することに
した次第である。

※参考文献:法政大学地域研究センター紀要「地域イノベーション
vol.16(2023)」「地域の中小企業のデザイン経営に寄与する場に関す
る考察〜奈良県奈良市、兵庫県宝塚市、兵庫県神戸市を事例として〜」
法政大学 福井洋子

【中小企業による「デザイン経営」実践への課題】
〇中小企業による「デザイン経営」実践への課題としては、@企業サ
イドのデザインリテラシーの向上、A外部のデザイナーとのマッチン
グ、B企業ニーズに合わせた伴走型支援の必要性、の3点が挙げられ
ている。

〇「@企業サイドのデザインリテラシーの向上」におけるデザインリ
テラシーとは、企業経営におけるデザインの活用の意義や方法等に関
する理解・評価や、デザイナーとの関わり方などに関する能力のこと
と定義されている。
 このデザインリテラシーを向上させ、経営層が、外部のデザイナー
と共通言語で話せるようになることが、中小企業による「デザイン経営」
実践の第一歩と言われている。

  〇「A外部のデザイナーとのマッチング」とは、自社内にデザイナー
を有しない中小企業が、地域に所在するデザイナーとの協働によって、
デザインを重要な経営資源として活用できるようにする一つの方策の
ことである。しかし、そのマッチングの前に、企業サイドにおいて、
外部のデザイナーとの協働によって、デザインをどのように経営の中
に組込み・活用するかについて具体的に検討し明確化するという、「デ
ザイン経営」実践のための「下地作り」から取り組むことが必要と言
われている。
 しかし、デザインリテラシーが不十分な中小企業にとっては、その
「下地作り」を自社単独で実施することは困難となる。したがって、
「下地作り」の段階から、地域のデザイナーとの協働が必要になるの
である。
 また、その「下地作り」に合わせて、社員のデザインリテラシーの
向上に取り組むことが不可欠となる。

〇「B企業ニーズに合わせた伴走型支援の必要性」における伴走型支
援とは、企業の課題解決の途中での一時的な支援ではなく、課題が完
全に解決できるまでの、ある程度の長期間に亘って、支援する側(デ
ザイナー等)と支援される側(企業)のパートナーシップによって解
決策を見出す取組みのことである。
 「デザイン経営」の実践のためには、デザインによって解決すべき
課題の抽出・特定から課題解決方策の整備・実践等に至るまでの各工
程における、様々な課題をある程度の長期間をかけて解決していくこ
とが必要になる。したがって、その取組みへの支援方策としては、地
域における伴走型支援体制の整備が効果的と考えられるのである。

〇地域の中小企業が、@からBの課題を解決し、円滑に「デザイン経
営」を実践できるようにするためには、県や市町村等による政策的支
援が必要になる。
 以下では、その政策的支援の中でも特に重要な位置を占める、中小
企業による「デザイン経営」実践に係る課題の解決を支援する「場」
の在り方等について検討したい。

【中小企業による「デザイン経営」実践に資する「場」の整備】
〇自社にデザイナーを有しないなど、「デザイン経営」実践に必要な
人的資源が不足する中小企業に対しては、前述の「デザイン経営」
を実践するための2つの要件((1)経営層(意思決定機関)にデザイ
ン責任者がいること、(2)事業戦略の最上流からデザインが関与して
いること)を満たせるように、県や市町村等が、企業外部のデザイ
ナーとの協働等を伴走型で支援できる機能を有する「場」を、地域
産業振興戦略の重要な構成要素として位置づけ、具現化することが
必要になる。

〇その「場」が整備すべき支援機能については、以下のように整理
することができるだろう。
[支援機能@]
地域の中小企業が、地域に所在するデザイナーと直接会って、気
軽に「デザイン経営」に関して相談・依頼等ができる場所や機会を
提供できる。

[支援機能A]
 相談する側(中小企業)とされる側(デザイナー)に対して、中
立的立場を維持できる運営形態とする。その中立的立場から、地域
のデザイナーによる、地域の中小企業の「デザイン経営」実践への
伴走型支援をコーディネートできる。

[支援機能B]
 「デザイン経営」に関心のある、地域の中小企業とデザイナー等
の間での交流を深めることに資する、様々な支援メニューを企画・
実施化できる。

[支援機能C]
 地域の中小企業のデザインリテラシーの向上に資する、様々な支
援メニューを企画・実施化できる。

[支援機能D]
 地域のデザイナーが、地域の中小企業の「デザイン経営」の実践
に、どのような貢献ができのるかを、自由にアピールできる場所や
機会を提供できる。

【むすびに】
〇長野県内の各地域の中小企業の企業活動全体の高付加価値化を促
進するために、県や市町村等が、その地域産業振興戦略の中に、前
述のような支援機能を有する、「デザイン経営」実践に資する「場」
の整備を、新たな構成要素として位置づけることを提案したいので
ある。

〇県内の地域産業振興に関わられている産学官の方々には、中小企
業にとっての「デザイン経営」の重要性や、その実践に資する「場」
の整備を含む政策的支援の在り方等について論理的に議論を深め、
県や市町村等の取組みを先導していただくことを期待したいのである。


ニュースレターNo.224(2025年2月24日送信)

県等が策定する地域産業振興戦略のビジョン実現の確率を高める手法 〜工業技術と人文・社会科学の連携を促進する「政策的仕掛け」の構築〜

【はじめに】
〇今日の社会が直面している様々な課題を解決し、持続可能な社会を
実現するためには、科学技術(自然科学)のみならず人文・社会科学
を含む、様々な分野の知見を活用して取り組むことが非常に重要であ
ることが、国や外郭団体等の報告書等で提案されてきている。
※人文科学:歴史学、心理学、哲学、地理学など
※社会科学:法律学、政治学、経済学、経営学など
※参考文献の事例:「自然科学と人文・社会科学との連携を具体化す
るために〜連携方策と先行事例〜」2018年10月 科学技術振興機構・
研究開発戦略センター

〇2021年の「第6期科学技術・イノベーション基本計画」でも、自然
科学と人文・社会科学の融合による「総合知」で社会課題の解決に取
り組む方向性が打ち出されている。また、欧州連合(EU)では、研究
開発資金提供プログラムが、人文・社会科学の領域を組み込んだ形で
設計されるなど、既にその方向での実践が進んでいる。EUに比して、
日本の取組みはかなり遅れていると言えるのではないだろうか。

〇そのような状況下、地域中小企業による、地域課題の解決方策とし
ての新技術・新製品の開発・社会実装(事業化)の成功確率を高める
ためにも、県等は、工業技術と人文・社会科学の連携の促進を図るべ
きではないだろうか。
 まだまだ県等が策定する地域産業振興戦略の中には、その連携が効
果的に組み込まれているとは言えない状況にあるのである。

〇地域産業振興戦略における重要なプレイヤーである工業系の地域中
小企業が、地域内外の社会的・経済的課題の解決に資する新技術・新
製品の開発・事業化を目指す場合には、大雑把に表せば、
@解決すべき課題の探索・設定
A設定した課題の解決方策としての新技術・新製品の企画・開発
B開発した新技術・新製品の社会実装(事業化)
というような3つの工程を踏むことになる。

〇高度な専門的な技術力を有する地域中小企業が、地域内外の社会的・
経済的課題の解決に資する新技術・新製品の開発に取り組む事例を数
多く目にしてきた。しかし、開発成果を実際に社会実装し、課題解決
に顕著に貢献する、収益性のある事業として確立できた事例には、残
念ながらあまり出会えていない。

〇数多くの地域中小企業が、地域課題の解決方策としての新技術・新
製品の開発・社会実装(事業化)に成功できなかった理由としては、
前述の@〜Bの各工程について、当該地域中小企業が、自ら蓄積して
きた専門的な工業技術の領域を超えて、他分野の産業技術や人文・社
会科学を含む、広範な領域の知見で構成される、多角的な視点から検
討・実施化することができなかったこと、すなわち、ある意味「独り
よがり」の取組みになってしまい、事業化できない決定的理由の存在
に気づける論理的・客観的視点を持てなかったことを挙げることがで
きるのではないだろうか。

〇そこで、以下では、前述の@〜Bの各工程において、工業技術と人
文・社会科学の知見をどのように効果的に連携させるべきか、地域中
小企業がその連携に取り組みやすくするためには、どのような「政策
的仕掛け」を構築することが必要になるのか、などについて具体的に
検討してみたい。

【第1工程「@解決すべき課題の探索・設定」に必要な工業技術と人文・社会科学の連携促進の在り方】

〇「@解決すべき課題の探索・設定」という第1工程においては、

・その課題の解決によって、地域がどのようなインパクトのある質的・
量的な恩恵を享受できるようになるのか
・その課題の解決方策としての新技術・新製品は、当該地域中小企業
の事業としてどのような発展性(類似技術・製品に対する優位性、確
保できる市場占有率、それらに基づく収益性等)を有しているのか

などについて論理的・客観的に検討することが必要になる。

〇そして、その論理的・客観的な検討を実施できるようにするために
は、当該地域中小企業の有する工業技術に関する専門的な知見の領域
を超えた、他分野の産業技術のみならず人文・社会科学分野の幅広い
知見が必要になるはずである。

〇また、当該地域中小企業は、その新技術・新製品の開発・事業化に
必要な、産業技術や人文・社会科学の知見を有する企業、大学、研究
機関、支援機関等からの協力を得やすくするために、その新技術・新
製品の社会的・経済的な開発意義を明確にアピールできるようにする
ことが求められる。
 すなわち、その新技術・新製品の社会実装によって実現される、真
に豊かな地域社会の姿(ビジョン)を、論理的に提示できるようにす
ることがまず求められるのである。

〇多様な価値観を有する地域住民・企業等に対して、目指すべき地域
社会のビジョンを、説得力を持って提示し共感を得られるようにする
ためには、当然のことながら、工業技術分野のみならず、広く他分野
の産業技術や人文・社会科学分野の知見をも活用した取組みが必要に
なるのである。

〇地域中小企業が、そのような新たな取組みの必要性を認識し、その
実践に必要となる知見を有する企業・機関等と協働で取組むことを支
援できる「政策的仕掛け」を、当該地域の中小企業支援システムの中
に組み込むことが、地域産業振興戦略に強く求められているのである。

〇その「政策的仕掛け」の詳細については、今後検討することとして
も、その骨格は、基本的には広域的な産学官連携体制によって構築さ
れ、その拠点(事務局)は、産学官連携のコーディネートを職務とす
る、地域の中核的な産業支援機関の中に設置すべきことは明らかであ
ろう。

【第2工程「A設定した課題の解決方策としての新技術・新製品の企画・開発」に必要な工業技術と人文・社会科学の知見との連携促進の在り方】
〇「A設定した課題の解決方策としての新技術・新製品の企画・開発」
という第2工程においては、

・当該地域中小企業が必要となる工業技術を十分には持ち合わせてい
ない場合への対応
・社会実装の際にクリアしなければならない法規制等に対応できるよ
うに企画・開発しなければならないこと
・開発した新技術・新製品が地域社会に広く受け入れられやすくする、
制度面での改善や地域住民等への働きかけなど様々な「工夫」が必要
になること

など当該地域中小企業の有する専門的な工業技術や、その属する事業
分野の法規制や市場特性等に関する知見の領域を超えた、より広い他
分野の産業技術や人文・社会科学の知見をも必要とする事態が想定さ
れるのである。

〇したがって、前述のような、第2工程の新技術・新製品の企画・開
発において実施すべき事項に落ちが無いように多角的にチェックし、
十分な対策を講じることができるよう支援する「政策的仕掛け」が必
要になるのである。

〇その「政策的仕掛け」の詳細についても、第1工程への支援の在り
方とあせて、今後検討することとしても、その骨格は、基本的には広
域的な産学官連携体制によって構築され、その拠点(事務局)は、産
学官連携のコーディネートを職務とする、地域の中核的な産業支援機
関の中に設置すべきことは明らかであろう。

【第3工程「B開発した新技術・新製品の社会実装(事業化)」に必要な工業技術と人文・社会科学の知見との連携促進の在り方】
〇「B開発した新技術・新製品の社会実装(事業化)」という第3工
程においては、社会実装(事業化)を円滑化するために、工業分野以
外の業界の企業等との新たなビジネス連携、各種の法規制等のクリア、
新技術・新製品が地域社会に広く受け入れられやすくする「工夫」な
ど、当該地域中小企業の有する専門的な工業技術や、その属する事業
分野の法規制や市場特性等に関する知見の領域を超えた、他分野の産
業技術のみならず人文・社会科学分野の知見の活用が必要になるはず
である。

〇この第3工程においては、多くの地域中小企業にとって経験が乏し
い、最終製品の販売という、新たな事業分野を含むビジネスモデルの
構築・運営に取り組まなければならないことになる。その経験不足を
補い、その製品の特性に即したビジネスモデルの構築・運営を実現す
るためには、第1・第2工程以上に、工業技術分野以外の人文・社会
科学等の他分野の知見による、多角的な視点からの検討が必要になる
はずである。
 したがって、そのような多角的な視点から、当該地域中小企業が構
築・運営すべきビジネスモデルの実現を効果的に支援できる「政策的
仕掛け」が必要になるのである。

〇その「政策的仕掛け」の詳細については、第1・第2工程への支援
の在り方とあわせて、今後検討することとしても、その骨格は、基本
的に広域的な産学官連携体制によって構築され、その拠点(事務局)
は、産学官連携のコーディネートを職務とする、地域の中核的な産業
支援機関の中に設置すべきことは明らかと言えるだろう。

〇ただし、この「政策的仕掛け」は、新技術・新製品の開発支援のた
めの従来からの仕掛けとは異なり、工業技術の領域を超えた人文・社
会科学分野の知見との緊密な連携の下に、開発した新技術・新製品の
社会実装(事業化)の実現に大きく貢献できるものでなければならない。

〇地域の中核的な産業支援機関等にとっては、経験が乏しいがゆえに、
その「政策的仕掛け」の整備には大きな困難性を伴うことが想定でき
る。しかし、その困難性が大きいほど、当該支援機関にとっては、他
県等の産業支援機関に対する、支援機能に係る圧倒的な優位性を確保
できる絶好の機会と捉えることもできるのである。

【むすびに】
〇地域中小企業が取り組む、地域課題の解決方策としての新技術・新
製品の開発・事業化の実現に必要な、工業技術と人文・社会科学の連
携を促進するためには、その促進を加速する「政策的仕掛け」を、県
等が策定する地域産業振興戦略のビジョン実現へのシナリオ・プログ
ラムの中に、効果的に組み込むことが必要となる。

〇長野県が、他県等に先立って、地域中小企業による工業技術と人文・
社会科学の連携を促進する「政策的仕掛け」を地域産業振興戦略の中
に組み込み、実施化できるよう、まずは、関係の産学官の方々による
議論が活発化することを期待したいのである。

〇今回は、工業系の地域中小企業が中心的プレイヤーとして、地域課
題の解決に取り組む場合を想定したが、農林水産業等の他の産業分野
の事業者が中心的プレイヤーとして、地域課題の解決に取り組む場合
においても、同様の支援策が必要になるのである。


ニュースレターNo.223(2025年1月23日送信)

長野県の木質バイオマス産業クラスター形成戦略の策定・実施化の在り方〜県が主導する「木曽谷・伊那谷フォレストバレー」の形成に向けた産学官の議論の活性化に資するために〜

【はじめに】
〇木質バイオマス(ここでは森林で伐採された木材に由来する各種
の有価物や廃棄物等の全てを含む。)は、カーボンニュートラルで
再生可能な資源であるため、それを原料として、従来の石油由来の
化学製品に代替できる製品を製造することや、建築材等に利用でき
ない低品質の木材や木質廃棄物等を熱・電気エネルギーの石油代替
燃料として活用することなど、様々な取組みが各地で推進されている。

〇このような状況に対応して、長野県としても、他の森林県等に後
れを取ることがないよう、従来からの林業・木材産業の生産性向上
の域を超えて、環境的・社会的・経済的複合体としての地域の真の
発展に資する、その地域を重要拠点とする、新たな木質バイオマス
産業の集積や広域的サプライチェーンの形成を含む、新たな地域産
業政策の策定・実施化に取り組むべきことについて、ニュースレタ
ーNo.217(2024.7.11送信)で提言させていただいた。

〇続くニュースレターNo.218(2024.8.17送信)においては、長野
県が主導する「木曽谷・伊那谷フォレストバレー」の形成について、
その具体的なビジョン(形成を目指す具体的姿)、シナリオ(ビ
ジョン実現への道筋)、プログラム(シナリオの着実な推進に必要
な各種施策)の策定が今後の課題とされていることに対して、速
やかにその策定に着手すべきことを提言させていただいた。

※参考:「木曽谷・伊那谷フォレストバレー」の説明
 長野県は、森林や林業に関する教育機関や試験研究機関(信州
大学農学部、県林業大学校、県上松技術専門校、県林業総合セン
ター等の7機関を提示)が集積している木曽谷・伊那谷の複数の
市町村からなるエリアを、「木曽谷・伊那谷フォレストバレー」
と名付けて、以下のような機能を有する拠点地域の形成を目指し
ている。
@木や森に関する学びや人材育成の拠点地域
A森林資源を活かしたイノベーションと雇用が生まれる地域
Bこれらが地域ブランドとして確立し、国内外との交流が生まれ
る地域

〇そこで今回は、「木曽谷・伊那谷フォレストバレー」を、長野
県ならではの優位性のある木質バイオマス産業クラスターとして
形成するという視点から、その形成戦略の策定・実施化の在り方
をテーマとした次第である。

【木質バイオマス産業クラスター形成の条件】
〇一般的に、産業クラスターとは、通常業務の終了後に、関係者
が集まって情報交換できるような地理的範囲の中に、企業、大学、
研究機関、支援機関等が集積し、相互の連携・競争を通じて、新
たな付加価値(イノベーション)を創出できる状態になっている
ことと言われている。

〇産業クラスターの形成の条件については、マイケル・E・ポー
ター教授によって以下のような4つに分類・整理されている。
@要素条件:天然資源、人的資源、技術的資源、資本、ソフト・
ハードのインフラ等、競争するのに必要となるあらゆる要素が存
在していること。
A需要条件:そこから供給される製品・サービスに対する国内・
国外市場の需要や顧客ニーズが相当規模存在していること。
B関連産業・支援組織:原材料、部品、設備等を供給する企業、
及び資金面、人材面、経営面等での支援を行う組織が存在してい
ること。
C企業戦略・競争環境:企業の経営戦略等の策定・実施化と、
企業間の意義のある競争に資する環境が存在していること。

〇「木曽谷・伊那谷フォレストバレー」の形成のためのビジョン・
シナリオ・プログラムについての、関係の産学官による議論の深
化に少しでも資するため、前述の産業クラスター形成の4つの条件
の視点から、「木曽谷・伊那谷フォレストバレー」の木質バイオ
マス産業クラスターとしての実現の可能性や、その可能性を高め
るために必要な「仕掛け」の在り方等について整理してみたい。

[要素条件について]
@産業クラスター内の産業が主原料とする天然資源は、クラス
ター内や近隣地域から供給される木質バイオマスであり、その質・
量の確保については、全国有数の森林県であることから、潜在的
優位性を有している。しかし、クラスターで必要となる質・量の
素材を持続的・安定的に供給できる林業を、如何にして育成して
いくかは、今後の課題となる。
A産業クラスター内の従来からの林業・木材産業の生産性向上の
域を超えた、新たな高付加価値の木質バイオマス活用産業の創出
の促進に資する「仕掛け」を構築・運営することが今後の課題と
なる。
B産業クラスター内での木質バイオマスの新規活用方法の開発・
事業化の促進に必要な技術シーズや人材等は不足しており、その
補完に資する「仕掛け」を構築・運営することが今後の課題となる。
C産業クラスター内には、信州大学農学部、県林業総合センター
等の研究・技術支援機関があるが、不足する研究・技術支援機能
を補完するための、クラスター外の研究・技術支援機関との広域
連携を含む、木質バイオマスを高度に活用する新技術・新製品の
開発ネットワークを構築・運営することが今後の課題となる。
D行政的インフラの整備も重要課題となる。従来の県等の行政組
織においては、森林や林業に係る行政を担当する部署と、木材の
高度加工(工業)に係る行政を担当する部署の縦割りによって、
種苗→育林→素材生産・供給→素材加工・製品化→販路開拓に至
る全工程を一貫して効果的に支援できる政策的「仕掛け」の整備
が遅れている。この課題の解決に資する行政的インフラの整備が
今後の課題となる。

[需要条件について]
@石油由来の化学製品や建築材等に代替できる、木質バイオマス
由来の化学製品や建築材等への国内外の需要の規模は、地球温暖
化防止対策の強化の必要性等から、将来的に更に拡大していくこ
とが期待できる。
A需要サイドの具体的ニーズの中から、産業クラスター内の企業
連携によって、特にどのような分野の製品の開発・製造に特化し
ていくべきかについて、産学官で議論しベクトル合わせをするこ
とが必要になる。そのことによって、産業クラスターの優位性
(強みやブランド等)の確立が可能となるとともに、行政サイド
においても、産業クラスターの形成に資する支援施策を、的を絞
って集中的・効果的に講じることが可能となる。

[関連産業・支援組織について]
@木質バイオマス製品の製造工程の全てを産業クラスター内に完
備しようとすることについては、技術的にも経済的にも困難とな
る場合が多い。したがって、そのような製造工程の整備において
は、その産業クラスターを重要不可欠な製造拠点としつつも、そ
の地理的範囲を越える広域的な企業ネットワーク(サプライチェ
ーン)の形成を促進できる「仕掛け」を構築・運営することが今
後の課題となる。
A従来からの林業・木材産業の域を超えた、新たな木質バイオマ
ス産業を創出していくために必要な産学官のプレイヤーの全てを、
そのクラスター内で確保することは不可能となる。したがって、
そのクラスターを重要拠点としつつも、クラスターの地理的範囲
を越えて、広域的な産学官の英知を効果的に結集できる、産学官
連携の「仕掛け」を構築・運営することが今後の課題となる。

[企業戦略・競争環境について]
@産業クラスター内の企業の経営戦略の高度化や企業間の意義の
ある競争を促進するためには、クラスター内の企業が、共存共栄
を前提として、共通の経営課題の解決方策を見出すために英知を
結集できるような「仕掛け」を構築・運営することが今後の課題
となる。
A木質バイオマス産業クラスターにおいては、種苗→育林→素材
生産・供給→素材加工・製品化→販路開拓に至る工程のどこか1
か所にでも不具合が生ずれば、クラスター活動全体の停滞を招く
リスクを有している。したがって、各工程が常に他の工程の稼働
状況等を把握し、問題が発生すれば全行程が協力して対処できる
ような「仕掛け」の構築・運営が今後の課題となる。
B「信州F・パワープロジェクト」の失敗事例から明らかなよう
に、特に、素材生産・供給工程の不具合は、その後の工程に深刻
なダメージを与えることから、万が一の場合に、通常の素材生産・
供給工程に代替し不足分を補える、素材生産・供給体制(プランB)
を整備しておくことが今後の重要課題となる。

〇「木曽谷・伊那谷フォレストバレー」の形成を主導する長野県
としては、そのフォレストバレーを、長野県ならではの優位性の
ある木質バイオマス産業クラスターとして形成するための条件等
を精査しつつ、その形成に向けたビジョン・シナリオ・プログラ
ムの策定作業に速やかに取り組んでいただくことを期待したいの
である。

【むすびに】
〇いずれにしても、長野県が形成を主導する「木曽谷・伊那谷
フォレストバレー」を構成する産学官に所属する方々に、フォレ
ストバレー形成の意義を十分に理解していただき、その形成への
参画を強く動機づけるためには、また、その形成への取組みに国・
関係機関等からの技術的・経済的支援をより多く得るためには、
実現可能性の高い形成戦略(ビジョン・シナリオ・プログラムで
構成)を策定し、それを広く県内外に発信できるようにすること
がまず必要となるのである。

〇また、国内外で取り組まれている、木質バイオマス産業クラス
ター形成の先進的事例について、その形成戦略をビジョン・シナ
リオ・プログラムという観点から分析・評価し、「木曽谷・伊那
谷フォレストバレー」の形成戦略の策定作業に活かしていただく
ことも期待したいのである。