ニュースレターNo.241(2026年6月13日送信)
県内中小企業の成長産業分野への転換に資する「政策的仕掛け」の在り方
〜グローバルバリューチェーン(GVC)研究のアップグレードの概念の導入による検討〜
【はじめに】
○ニュースレターNo.237(2026.2.19送信)においては、地域社会の経済的・社会的
な持続・発展への貢献という、非常に重要かつ多面的な役割を果たして来ている、
地域中小企業(主に製造業分野の中小企業)の新技術・新製品の開発・事業化に係る、
実効性のある事業計画の策定・実施化を促進することに資する「政策的仕掛け」の
在り方について、新技術・新製品の開発・事業化を3つのパターンに分類・整理し、
そのパターン毎に検討することに取り組んだ。
※新技術・新製品の開発・事業化の3つのパターン
[パターンT]:既存の技術・製品を新規の顧客に買ってもらう。
(既存技術・製品)×(新規顧客)
[パターンU]:新規に技術・製品を開発し既存の顧客に買ってもらう。
(新規技術・製品)×(既存顧客)
[パターンV]:新規に技術・製品を開発し新規の顧客に買ってもらう。
(新規技術・製品)×(新規顧客)
○今回は、グローバルバリューチェーン(GVC)研究のアップグレードの概念を
導入して、地域中小企業が地域経済を支え続けるために不可欠な、新技術・新製品
の開発・事業化による、成長産業分野への転換の道筋(過程)を明確化して、県内
中小企業が、その過程を一歩一歩着実に進んでいくことに資する、「政策的仕掛け」
の在り方に関する産学官の議論の更なる深化に少しでも貢献できればと考え、テー
マを選定した次第である。
※参考文献:立命館経済学 第74巻第4号 2026年3月「地場産業から先端産業への転換〜製造業企業の部門間アップグレードの実態〜」
【GVC研究におけるアップグレードの概念】
○GVC研究におけるアップグレードについては、以下の@〜Cように分類されている。
@工程アップグレード:生産システムの再編・改善等によって生産効率を高めるこ
となど。
A製品アップグレード:より洗練された製品を製造し高付加価値化することなど。
B機能アップグレード:設計や販売などGVC内の新たな機能(役割分担)へ移行
することなど。
C部門間アップグレード:@〜Bで蓄積された技術力を基に、より付加価値が高く
成長性のある産業分野のGVCへ移行することなど。
※グローバルバリューチェーン(GVC):製品やサービスが消費者に届くまでの
過程で、国際的に分業・協力しながら行われる、価値を創造する一連の活動を指す
概念。
※アップグレード:GVCの中で、技術的・経済的により有利で強力なポジション
を得ること。
※なお、ここでは、地域中小企業のアップグレードについては、GVCのみならず、
国内で形成されるバリューチェーンにおけるアップグレードも含めて論ずることに
する。
○新たな成長産業分野への転換を意味する部門間アップグレードは、単発的に起き
る事象ではなく、工程・製品・機能アップグレードの蓄積を前提としており、企業
内部の技術基盤や顧客基盤の拡張を通じ、一定の期間を経て具現化されるものであ
ることが、事例研究等から明らかになっている。
○歴史的に地域に根差し、地域の需要に応えることからスタートした、いわゆる
地場産業に属する中小企業が、先端産業への転換(部門間アップグレード)に成功
することができた事例についての研究においては、工程・製品・機能アップグレー
ドといった企業内部の技術力の蓄積を基盤として、企業外部の人的ネットワークと
の「接点」を持つことによって、新たな成長性の高い需要に接続されたことが、部
門間アップグレードの契機となっていることが明らかにされているのである。
○そして、企業外部の人的ネットワークとの「接点」を持つことによる、部門間
アップグレードへの契機とは、例えば、取引関係にある商社からの提案、顧客企業
からの新規案件の受注、地元金融機関からの助言など、既存の取引関係・信頼関係
の延長線上で誘発・形成されるものであることが明らかになっているのである。
【アップグレードの促進に資する「政策的仕掛け」の在り方】
○県内中小企業においては、工程・製品・機能・部門間のアップグレードへの取組
みは、同時進行的に発生し、相互に影響し合いながら展開されていることが推測で
きる。そして、それぞれの中小企業は、各種のアップグレードの実現のために解決
すべきではあるが、その企業の独力では解決が困難な様々な技術的課題に直面して
いることも推測できるのである。
○したがって、県内中小企業の新たな成長産業分野への転換(部門間アップグレー
ド)を促進することに資する「政策的仕掛け」の在り方については、大きく以下の
ような骨格に整理することができるだろう。
@部門間アップグレードを実現しえた中小企業の、アップグレードへの道筋(過程)
等に関する事例、アップグレード成功に必要な知識等について、論理的・体系的に
学ぶことができる機会を提供する。
A県内中小企業が直面している、各種アップグレードの実現のために解決すべき
技術的課題の解決方策について、気軽に相談できる窓口を整備する。
目指すアップグレードの道筋の、どこにどのような課題が存在しているのかなど、
課題の抽出・分析等への支援も必要になる。
B解決すべき課題が明確になった場合、その解決の促進に有効な技術的・資金的な
支援メニューを整備・提供する。
○要するに、新たな成長産業分野への転換を目指す県内中小企業が、必要な活動の
指針となる事業計画を論理的・戦略的に策定し、それを実施化できるように、的確
に支援できる「政策的仕掛け」を整備することが必要になるのである。
○より具体的には、部門間アップグレード促進のための「政策的仕掛け」の中に組
み込むべき、特に有効な施策として、ニュースレターNo.237で提示したパターンV
(新規に技術・製品を開発し新規顧客に買ってもらう。)に取り組もうとする中小
企業が、以下のような基本的事項を備えた、実効性の高い事業計画を策定・実施化
できるようになることに資する施策を、第一に提案することができるのである。
[実効性の高い事業計画が備えるべき基本的事項]
@進出を目指す事業分野については、今後の成長が見込めることが事前調査等で
具体的に確認できていること。
A開発・事業化を目指す新規製品の仕様など「製品像」を具体化できていること。
B新規製品の開発・事業化のために解決すべき技術的課題が明確化され、その
解決方策には合理性があり、かつ特許性等の革新性が見込めること。
C新規製品の顧客確保をかなりの確度で実現できる、具体的な新規顧客確保戦略
を策定し、それを着実に実施化できる体制が整備できていること。
D新規製品の開発・事業化や顧客確保のために必要な経営資源の不足分を十分に
補完できる、産学官連携による事業推進体制が整備できていること。
【むすびに】
○急激な少子高齢化・人口減少など、非常に厳しい状況下にあっても、県内各地
域に集積している中小企業に、その生産活動を通して、地域社会の経済的・社会
的な持続・発展を牽引するという、非常に重要な役割を引き続き担っていただく
ためには、新たな成長産業分野への転換の促進に資する「政策的仕掛け」を、
地域産業政策の中に効果的に組み込むことがどうしても必要となる。
○地域中小企業の新たな成長産業分野への転換の道筋(過程)と、それに適合し
た支援施策の在り方について、GVC研究のアップグレードの概念の導入によっ
て、新たな視点から整理・提示しようとした今回の取組みが、県内産業の持続的
成長に有効な、長野県ならではの「政策的仕掛け」の在り方に関する、関係の産
学官の方々による議論の更なる深化に少しでも貢献できれば幸いである。
ニュースレターNo.240(2026年5月10日送信)
地域産業政策としての「地域産業クラスター計画」の策定手法の在り方について
〜地域産業政策に係る国の制度的枠組みの下で、県等は如何にしたら優位性のある独創的な地域産業政策を策定・実施化できるのか〜
【はじめに】
○ニュースレターNo.238(2026.3.16送信)で取り上げたように、国は現在、新
たな地方創生のシナリオとして「地域未来戦略」の策定・実施化に取り組んで
いる。
「地域未来戦略」は、国が主導する「戦略産業クラスター計画」と、知事が
主導する「地域産業成長プラン」(「地域産業クラスター計画」と「地場産業
成長プラン」)で構成されている。
○知事が主導する「地域産業成長プラン」の中の「地域産業クラスター計画」
のような、国による制度的枠組みの下に、国内各地域での地域産業クラスター
(新産業創出拠点)の形成を目指す県等(外郭団体、大学等の関係機関を含む。)
の取組みについては、経済産業省所管の「産業クラスター計画(2001年〜全国
19ブロック)」と文部科学省所管の「知的クラスター創成事業(2002年〜全国
18地域)」を代表例として、既に長年にわたって各種の事業が実施されてきて
いるのである。
○なお、長野県は、「産業クラスター計画」や「知的クラスター創成事業」な
どの大規模プロジェクトでの地域指定を得て、地域産業クラスター形成に先進
的に取り組んできたという実績を有しているのである。
○このように、2000年代に入ってからの国主導の地域産業政策における中核的
事業として、地域産業クラスターの形成に繰り返し取り組まれてきた状況下に
あって、今回改めて、高市政権の主要事業として、国主導と知事主導という両
輪体制で産業クラスター形成に取り組むことについては、国の制度的枠組みの
下に取り組んできた、従来の地域産業クラスター形成活動が、指定地域が目指
す新産業創出拠点の形成にうまく結びつかなかったことへの反省を活かした、
新たな制度的枠組み(新戦略・新制度)として提示されたものと言えるだろう。
○すなわち、国においては、地域産業クラスター形成に係る、過去の地域産業
政策の失敗を繰り返さないようにするために、「地域産業クラスター計画」の
策定に関しては、同計画の早期の具現化を担保するような、非常に厳しい要件
を知事に求めているのである。
その要件が、地域産業クラスターが本来的に具備すべき機能の整備に真に資
するものとなっているのか否かなどを含め、今回新たに策定を目指す「地域産
業クラスター計画」の策定手法が内包する課題等について、以下でより詳細に
検討してみたい。
※参考:地域産業政策については、「地域における産業集積を促進して雇用と
所得を拡大し、地域経済社会の発展を促進する政策」、「主に地方自治体が行
う、特定の地理的範囲の産業や企業を対象にした、振興、保護、育成、調整な
どを促進する政策」などの定義がなされている。
地域産業クラスターの「クラスター」の概念については、「特定の産業分野
における関連企業、専門性の高い供給業者、サービス提供者、関連業界に属す
る企業、関連機関(大学、研究機関、規格団体、業界団体等)が、一定の地理
的範囲に集積し、競争しつつ同時に協力しあっている状態」とされている。
したがって、地域産業クラスターとは、特定の地理的範囲において、相互に
関連する多様な産業分野の企業・機関等が集積し、産学官連携を図りながら、
競争と協力の相乗効果を生み出し、新製品・新サービスの創出等を通じて、当
該地域の産業全体の競争力を持続的に高めていく「仕組み」を内包するものと
言える。すなわち、地域産業クラスターとは、優位性のある独創的な新製品・
新サービスの創出を含むイノベーションの創出に資する「エコシステム」を有
する産業集積のことなのである。
※参考文献:「地域産業政策の展開とその到達点」、地域経済学研究 第27号
2014年 大貝健二、池島祥文
【過去の地域産業クラスター形成政策の失敗を繰り返さないために、国が今回の「地域産業クラスター計画」の策定に関して知事に求めている要件】
○知事主導の「地域産業クラスター計画」の策定については、10年以内の実現
を目標とする5年計画とすることとし、満たすべき要件(対象産業、波及効果
等)や記載項目などについて、国によって具体的かつ厳密に定められている。
○地域産業政策としての「地域産業クラスター計画」の策定の在り方について
の、関係の産学官の方々による議論の深化に資するため、ニュースレターNo.238
(2016.3.16送信)で整理した内容を以下に再掲する。
※参考資料:「戦略産業クラスター計画」及び「地域産業成長プラン」の要件等
内閣官房・地域未来戦略本部事務局 2026年3月
○対象産業に係る要件については、@有望度、A実現可能性、B外部依存性、
C費用対効果、に関して以下のように具体的に定められている。
@有望度
・実現する製品・サービスが明確で、市場ニーズを特定しているものである
こと。
・実現する製品・サービスが海外輸出で外貨を稼げるもの又は国内で上位シェア
の確保を目指せるものであること。
A実現可能性
・地元の既存企業であるか誘致する企業であるかを問わず、計画推進の核と
なる企業が存在していること。
・国内で初めて実現する製品・サービスを対象とする場合には、有望な先進性
の高い技術を実装するものであること。
B外部依存性
・実現する製品・サービスを構成するバリューチェーン上で、必須あるいは
付加価値の大部分を占める部品・技術・製造工程を、当該地域又は国内で調達・
提供することを目指せること。
C費用対効果
・計画の実現により、業種内比較及び当該地域比較において、高い付加価値
創出が目指せるものであること。
○波及効果に係る要件については、@現地化、A域内への波及、に関して
以下のように具体的に定められている。
@現地化
・域外企業の誘致の場合、労働・技術の現地化のロードマップ及び収益の
再投資方針を示し、立地する地域に裨益するものとなっていること。
A域内への波及
・域内への波及効果として、域内取引額、売上額、持続可能な労働環境の整備
(雇用の創出、賃上げ等)に関する目標値を設定できていること。
○計画記載項目については、@売上目標/付加価値目標、A個別企業リスト、
B投資計画、に関して以下のように定められている。
@売上目標/付加価値目標
・計画にて創出する売上額/付加価値額の目標を記載する。(規模感の提示)
A個別企業リスト
・クラスターを構成する主要企業を掲載する。
※当該企業が補助金の優先採択等、国の企業支援の対象となる。
B投資計画
・(企業名を念頭に置きつつ、企業名は非公開で)投資規模、スケジュールを
記載する。
【地域産業政策としての「地域産業クラスター計画」の策定手法に係る重要課題】
○地域産業政策とは、県や市町村の特定の地域における産業集積を促進して
雇用や所得を拡大し、地域経済社会の発展を促進するために、特定の地理的
範囲の産業や企業を対象にした振興、保護、育成、調整等を効果的に実施化
するためのものである。
○したがって、地域産業政策とは、本来的に策定・実施化主体は、県や市町
村となる。しかし、日本においては、地域産業の振興のために、今回の「地
域産業クラスター計画」のように、国が新たな地域産業政策の基本的枠組み
を制度化し、多額の委託料や補助金等による資金的支援で政策の具現化の促
進を図るというような、いわばトップダウン型の政策手法が用いられてきて
いるのである。
○このような国の政策手法においては、今回の「地域産業クラスター計画」
の策定に係る要件にみられるように、県や市町村の地域産業政策の策定・実
施化に対して、国の意向に基づき一定の制約が課せられることになる。
しかしながら、国による制度化によって、県や市町村の独力では調達不可
能な多額の金銭的支援を受けることが可能になることなどから、県や市町村
にとっては、その制度をうまく活用(制約を戦略的・論理的にクリア)し、
地域の意思を効果的に反映できる地域産業政策を策定・実施化する能力を有
することが、長年にわたる政策的重要課題になっていると言えるのである。
○したがって、如何にしたら、県や市町村の地域産業政策の策定能力を、国
の制度的枠組みを地域の実情に合わせて、戦略的・論理的に使いこなせるよ
うなレベルにまで高めることができるのかについても、関係の産学官の方々
による議論の深化を期待したいのである。
○既にニュースレターNo.238で指摘したように、このままでは、国の定める
要件(例えば、重点支援すべき企業の特定、実現する製品・サービスとその
市場の明確化、核となる企業の存在)等に合致する、知事が策定主体となる
「地域産業クラスター計画」とは、既に実施化直前までに熟度が高められ、
事業化の可能性(成功の可能性)が非常に高い、県内企業の新製品・新サー
ビス開発・事業化計画の集合体(リスト)と言えるようなものにならざるを
えないだろう。
○地域産業政策の策定主体としての長野県が、本来的、優先的に取り組むべ
きことは、完成度の高い新製品・新サービス開発・事業化計画を既に有して
いる企業を見出し、プッシュ型で資金的支援等を実施するようなことではな
く、国が提示する「地域産業クラスター計画」の要件等に合致するような、
熟度の高い(成功確率の高い)新製品・新サービス開発・事業化計画を自ら
策定・実施化できる能力を有する企業の数を、他県等に比してより多く増や
すことなどに資する「政策的仕掛け」(エコシステム)を、地域産業クラス
ターの形成を通して整備することなのではないだろうか。
【むすびに】
○知事主導の「地域産業クラスター計画」の策定作業においては、単に、事
業化(成功)の可能性の高い、県内企業の新製品・新サービス開発・事業化
計画の選定・とりまとめに注力するのではなく、事業化の可能性の高い新製
品・新サービス開発・事業化計画の策定に係る県内企業の能力を高め、地域
が経済的・技術的・社会的に持続・成長していくことに資するエコシステム
を有する地域産業クラスターの具体的姿を描き、その形成へのシナリオとし
ての「地域産業クラスター計画」の策定を目指すべきなのではないだろうか。
○「地域産業クラスター計画」の策定に係る、国による様々な制約の下でも、
長野県の産業振興にとって真に有益な「地域産業クラスター計画」を如何に
して策定・実施化すべきなのかについて、関係の産学官の方々の英知を結集
して議論し、その「解」を見出していただくことを期待したいのである。
ニュースレターNo.239(2026年4月13日送信)
リニア中央新幹線開通によって実現を目指すべき新たな長野県産業の振興戦略の在り方
【はじめに】
○長野県(建設部)のプレスリリース(2026年4月7日)で、リニア中央新幹線
の中間駅が設置される4県(神奈川県、山梨県、長野県及び岐阜県)が共同
申請した地域再生計画が、3月31日に国に認定された旨が公表された。
地域再生計画は、地域再生法や地域再生基本方針等に基づき地方公共団体が
自主的に作成するもので、内閣総理大臣の認定を受けることにより、各種の
交付金の交付や手続の特例等、様々な支援措置を受けることができるように
なっている。
○今回認定された計画では、リニア中央新幹線が、東京・名古屋・大阪の三大
都市圏と複数の中間駅が連結されることによって形成される、一つの巨大な都
市回廊である「日本中央回廊」(スーパー・メガリージョン)の核となる、新
たな広域圏の形成を目指す4県連携事業を、国からの交付金を活用して実施す
る旨が提示されている。
○しかしながら、公表された本計画については、@リニア中央新幹線開通に
よって実現を目指す長野県の地域再生の具体的姿(ビジョン)、Aそのビジョ
ン実現への道筋(シナリオ)、Bそのシナリオの着実な推進に必要な各種施策
(プログラム)、というような、実効性のある論理的な体系・構成からなる計
画とはなっていないのである。
○また、本計画には、リニア中央新幹線時代における、長野県が属する中部圏
や、隣接する北陸圏、東北圏、首都圏等で取り組まれる、国際競争力を有する
新たな産業集積の形成活動と連動して果たすべき、長野県産業の役割(立ち
位置等)についても明確な提示はなされていないのである。
○今回国に認定された地域再生計画の策定の長野県の担当部署は建設部である
にも関わらず、国土交通省が2019年5月に策定した「スーパー・メガリージョン
構想」において、「長野県駅」が設置される飯田地域については、多様な人材
が行きかい、クリエイティブな交流が生まれる、三大都市圏とは異なる新しい
知的交流拠点となる可能性が高いとされていることの具現化への「具体的施策」
についても、全く提示されていないのである。
○その高い可能性を具現化するための「具体的施策」としては、航空宇宙産業等
の新産業の創出や地域産業の高付加価値化を目指し、「産業振興と人材育成の
拠点(エス・バード)」の機能強化等に取り組むことが、2019年に飯田市が策定
した、リニア中央新幹線開通を見据えた、まちづくりのロードマップにも提示
されているのである。
※参考:リニア中央新幹線の開通によって首都圏・中京圏・関西圏の三大都市圏
と、長野県駅(飯田市)を含む複数の中間駅の周辺地域が連結されることによっ
て形成される、一つの巨大な都市コリドーである「スーパー・メガリージョン」
の在るべき発展方向を示す「スーパー・メガリージョン構想」(人口減少に打ち
勝つスーパー・メガリージョンの形成に向けて〜時間と場所からの解放による新
たな価値創造〜)が、2019年5月に国土交通省から公表されている。
○そこで今回は、リニア中央新幹線時代に向けて、長野県が策定・実施化すべき
新たな産業振興戦略の在り方に関して、関係の産学官の方々による議論の更なる
活発化に資することを目的として、改めてこのテーマを選定した次第である。
【リニア中央新幹線時代に向けた長野県の新たな産業振興戦略の在り方】
○リニア中央新幹線の開通によって形成される「スーパー・メガリージョン」が、
長野県の産業全体の発展に効果的に資するようにするためには、長野県の中間駅
の設置地域となる飯田市とその周辺地域(長野県の南の玄関口)を核とする産業
振興戦略と、リニア中央新幹線の県内辺縁地域の代表格である長野市とその周辺
地域(長野県の北の玄関口)を核とする産業振興戦略との効果的連携が必要と
なることを従来から主張してきている。
※参考:ニュースレターNo.145「『スーパー・メガリージョン構想』に係る長野
県の立ち位置の在り方〜『スーパー・メガリージョン』の辺縁地域を有する長野
県が主導すべき『新たなリージョン(広域連携)の姿』の提示とその具現化の必
要性〜」2019.7.25送信
ニュースレターNo.146「リニア中央新幹線によって実現する新たな地域社会の姿
の提示・共有の必要性〜信濃毎日新聞・建設標『リニア中央新幹線への疑問』に
寄せて〜」2019.7.31送信
ニュースレターNo.147「国土形成計画(中部圏広域地方計画)における長野県の
立ち位置と新たな産業振興戦略の在り方〜飯田地域と長野地域を中核拠点とする
『ツイン・エンジン方式』による産業振興戦略の提案〜」2019.8.24送信
○長野県が、「スーパー・メガリージョン」との連携によって、県全域の産業
振興を加速するために策定・実施化すべき具体的戦略については、以下のような
2つの発展の方向性を提案することができるのである。
[第1の発展の方向性:長野県の南の玄関口(飯田地域)を中核拠点として]
リニア中央新幹線の中間駅(長野県駅)が設置され、「スーパー・メガリー
ジョン」の構成都市であり、「長野県の南の玄関口」・「三遠南信地域の北の
玄関口」となる飯田市及びその周辺地域(飯田地域)を中核拠点とする産業振興
戦略の策定・実施化をすることである。
その産業振興戦略については、飯田地域を中核拠点とする地域産業の発展の
経済的・社会的効果を長野県全域に円滑に波及させることに資する「政策的仕
掛け(ハード・ソフト)」の整備を組み込むことが必要になる。
[第2の発展の方向性:長野県の北の玄関口(長野地域)を中核拠点として]
「スーパー・メガリージョン」縁辺地域の県内の代表格の長野市及びその周辺
地域(長野地域)は、北陸新幹線の主要駅を有する「長野県の北の玄関口」と言
える。そこを中核拠点とし、同リージョンや他県等との広域連携によって、世界
的優位性を有する新たな産業集積の形成を目指す、産業振興戦略の策定・実施化
をすることである。
その産業振興戦略については、北陸圏や、東北圏に含まれる新潟県、首都圏に
含まれる山梨県や群馬県等の近隣県等をベースに、それらの戦略的編成による新
たなリージョンの姿(ビジョン)を提示し、その具現化へのシナリオ・プログラ
ムの策定・実施化を長野県が主導することが必要となる。
〇前述の産業振興戦略の策定・実施化においては、飯田地域を中核拠点とする
「第1の発展の方向性」と、長野地域を中核拠点とする「第2の発展の方向性」
の相乗効果や相互補完効果を発揮できるようにするという、いわゆる「ツイン・
エンジン方式」を、長野県ならではの産業政策の優位性・独創性として組み込
むことを特に提案したいのである。
【むすびに】
○北陸地域(富山、石川、福井の3県)は、リニア中央新幹線によって形成され
るスーパー・メガリージョンの辺縁地域となってしまうことに危機感を持ち、
東京・大阪間が、北陸新幹線、東海道新幹線、リニア中央新幹線の3軸で重層的
に繋がる「ゴールデンループ」の完成の下に、AI、IoT等の先端技術が普及し、
あらゆる分野での「デジタル革命」が進展して形成される、一体感のある北陸
地域の姿を「スマート・リージョン北陸」として、その具現化に取り組むこと
を、北陸近未来ビジョン(2019年6月)で公表している。
○したがって、このままでは、「長野県の北の玄関口」である長野地域は、
「ゴールデンループ」を構成する北陸新幹線によって形成される都市コリドー
の中の一都市としては位置づけられるものの、「スーパー・メガリージョン」と
「スマート・リージョン北陸」の両方の辺縁地域、すなわち「谷間」に位置する
ことになってしまうのである。
○このようなことから、長野地域については、「スーパー・メガリージョン」と
「スマート・リージョン北陸」からの経済的・産業的波及効果に期待するという
ような消極的・受動的な姿勢ではなく、県主導による積極的・能動的な姿勢で、
「スーパー・メガリージョン」と「スマート・リージョン北陸」との戦略的連携
の下に、特定の分野においては、両リージョンに対する優位性を有する立ち位置等
の確保を目指す、新たなリージョンの姿(ビジョン)の提示と、その具現化への
シナリオ・プログラムの策定・実施化に取り組むべきではないだろうか。
ニュースレターNo.238(2026年3月16日送信)
国の「地域未来戦略」に基づき知事が策定する「地域産業クラスター計画」の在り方について
〜長野県ならではの優位性ある「地域産業クラスター計画」とするために〜
【はじめに】
○長野県(産業労働部)のプレスリリース(2026年3月12日)で、国の「地域
未来戦略」の動向を踏まえ、成長期待分野において世界と肩を並べる産業クラ
スターの形成を戦略的に推進し、持続的な経済成長と県民の豊かな暮らしを実
現するため、長野県地域未来戦略推進本部を設置する旨が公表された。
○国の「地域未来戦略」は、国が主導する「戦略産業クラスター計画」と、知
事が主導する「地域産業成長プラン」(「地域産業クラスター計画」と「地場
産業成長プラン」)で構成されている。
○そこで今回は、知事が策定主体となり、地域産業に対して技術的・経済的に
より大きな波及効果をもたらすことが期待できる「地域産業クラスター計画」
の策定に向けて、県内の産学官の方々による議論が活発化することに少しでも
資することを目的として、テーマを選定した次第である。
※参考資料:「戦略産業クラスター計画」及び「地域産業成長プラン」の要件等
内閣官房・地域未来戦略本部事務局 2026年3月
【国の「地域未来戦略」の概要】
○国の「地域未来戦略」は、国が主導する「戦略産業クラスター計画」と、知
事が主導する「地域産業成長プラン」(「地域産業クラスター計画」と「地場
産業成長プラン」)で構成されている。
[国主導の「戦略産業クラスター計画」について]
○国は夏頃を目途に「戦略産業クラスター計画」を策定する。同計画については、
日本成長戦略会議が挙げた17の戦略分野を中心に、地域のコミットメントを得
ながら、知事とも連携して策定することになっている。
※17の戦略分野:AI・半導体、デジタル・サイバーセキュリティ、情報通信、
量子、防衛産業、航空・宇宙、海洋、造船、マテリアル、合成生物学・バイオ、
創薬・先端医療、資源・エネルギー安全保障・GX、フュージョンエネルギー
○「戦略産業クラスター」とは、半導体関連の熊本のTSMCや北海道のラピダス
を支えるクラスターのように、17の戦略分野に関連する、企業の大規模投資を
中心に、地域を特定し戦略的に形成されるものである。
○「戦略産業クラスター計画」の素案については、地方経済産業局を中心とし
て、4月中を目途に作成作業が進められている。
[知事主導の「地域産業成長プラン」(「地域産業クラスター計画」と「地場産業成長プラン」)について]
○「地域産業クラスター計画」とは、知事の主導によって、特に力を入れる産
業分野及び重点支援をすべき企業等を特定し、複数自治体の連携促進や中堅企
業支援等の適用など、国の施策の戦略的活用をプッシュ型で提案していくこと
で、その地域のクラスターの形成・拡大を目指すものである。
○「地場産業成長プラン」とは、地方の伸び代である、可能性を秘めた魅力あ
ふれる地域資源(農林水産・食品、観光、伝産品等)を最大限に活用する地場
企業等について、更なる付加価値向上や販路開拓を支援し、地域経済の拡大を
目指すものである。
○なお、「地域産業クラスター計画」及び「地場産業成長プラン」については、
国から計画の記載例等を県等に示すなど、きめ細やかな支援がなされることに
なっている。しかし、国が提示する記載例等にとらわれすぎて、本来備えるべ
き長野県ならではの優位性、独創性、先進性等に乏しい、全国共通型、平均点
型の計画に留まってしまうことが危惧される。
○以下では特に、知事が策定主体となり、地域産業へのより大きな技術的・経
済的波及効果を期待できる、「地域産業クラスター計画」の在り方にフォーカス
して、検討を進めていくことにしたい。
【知事が策定主体となる「地域産業クラスター計画」に国が求める要件等】
○前掲の内閣官房・地域未来戦略本部事務局の参考資料(2026年3月)による
と、「地域産業クラスター計画」の策定については、10年以内の実現を目標と
する5年計画とすることとし、満たすべき要件(対象産業、波及効果等)や
記載項目などについて国によって具体的に定められている。
○対象産業に係る要件については、@有望度、A実現可能性、B外部依存性、
C費用対効果、に関して以下のように具体的に定められている。
@有望度
・実現する製品・サービスが明確で、市場ニーズを特定しているものである
こと。
・実現
する製品・サービスが海外輸出で外貨を稼げるもの又は国内で上位
シェアの確保を目指せるものであること。
A実現可能性
・地元の既存企業あるいは誘致する企業であるかを問わず、計画推進の核と
なる企業が存在していること
。
・国内で初めて実現する製品・サービスを対象とする場合には、有望な先進
性の高い技術を実装するものであること。
B外部依存性
・実現する製品・サービスを構成するバリューチェーン上で、必須あるいは
付加価値の大部分を占める部品・技術・製造工程を、当該地域又は国内で調
達・提供することを目指せること。
C費用対効果
・計画の実現により、業種内比較及び当該地域比較において、高い付加価値
創出が目指せるものであること。
○波及効果に係る要件については、@現地化、A域内への波及、に関して
以下のように具体的に定められている。
@現地化
・域外企業の誘致の場合、労働・技術の現地化のロードマップ及び収益の再
投資方針を示し、立地する地域に裨益するものとなっていること。
A域内への波及
・域内への波及効果として、域内取引額、売上額、持続可能な労働環境の整
備(雇用の創出、賃上げ等)に関する目標値を設定できていること。
○計画記載項目については、@売上目標/付加価値目標、A個別企業リスト、
B投資計画、に関して以下のように定められている。
@売上目標/付加価値目標
・計画にて創出する売上額/付加価値額の目標を記載する。(規模感の提示)
A個別企業リスト
・クラスターを構成する主要企業を掲載する。
※当該企業が補助金の優先採択等、国の企業支援の対象となる。
B投資計画
・(企業名を念頭に置きつつ、企業名は非公開で)投資規模、スケジュール
を記載する。
【知事が策定主体となる「地域産業クラスター計画」が内包する重要課題】
○前述から明らかなように、国の定める要件(例えば、重点支援すべき企業
の特定、実現する製品・サービスとその市場の明確化、核となる企業の存在)
等に合致する、知事が策定主体となる「地域産業クラスター計画」とは、既
に実施化直前までに熟度が高められ、事業化の可能性(成功の可能性)が非
常に高い、県内企業の新製品・新サービス開発・事業化計画の集合体(リス
ト)と言えるようなものになってしまうのではないだろうか。
○要するに、今回の「地域産業クラスター計画」の策定趣旨については、国
や県等が、新規施策によって資金的支援等を講じない場合であっても、新製
品・新サービスの事業化の可能性(成功の可能性)が非常に高い、県内企業
の優れた事業計画を抽出・選定し、それに対して更なるプッシュ型の資金的
支援等によって、その事業化を加速することと言えるのではないだろうか。
○長野県が、地域産業政策として、本来的、優先的に取り組むべきことは、
完成度の高い新製品・新サービス開発・事業化計画を既に有している企業を
見出し、プッシュ型で資金的支援等を実施することではなく、国が提示する
「地域産業クラスター計画」の要件等に合致するような、熟度の高い(成功
確率の高い)新製品・新サービス開発・事業化計画を、自ら策定・実施化で
きる能力を有する企業の数を、他県等に比してより多く増やすことに資する
「政策的仕掛け」を整備することなのではないだろうか。
○5年計画というような短期間ではなく、もっと長期的視点で、県内企業の
新製品・新サービス開発・事業化計画の策定・実施化能力を高めることに真
に資する、産業クラスターが本来具備すべきエコシステムの構築・稼働への
政策的手法としての「地域産業クラスター計画」の策定に取り組むべきでは
ないのだろうか。
【むすびに】
○本来の産業クラスターとは、特定地域(理想的には終業後に関係企業の技
術者等が車で集まり議論できる距離的範囲)において、相互に関連する産業
が集積し、産学官連携を図りながら、競争と協力の相乗効果を生み出し、新
製品・新サービスの創出を通じて、当該地域の産業全体の競争力を持続的に
高めていく「仕組み」を内包するものである。すなわち、優位性のある独創
的な新製品・新サービスの創出に資する、いわゆるエコシステムを有する産
業集積のことなのである。
○このような産業クラスターの理想的な距離的範囲の観点からは、長野県内
の5圏域(例えば、上田、長野、松本、諏訪、上下伊那の5圏域)を対象と
して、それぞれの集積産業が蓄積してきている技術的優位性を活かす「地域
産業クラスター計画」を策定することが推奨できるのではないだろうか。
○単に、事業化(成功)の可能性の高い、県内企業の新製品・新サービス開
発・事業化計画の選定活動に尽力するだけではなく、事業化の可能性の高い
新製品・新サービス開発・事業化計画の策定に係る県内企業の能力を高める
ことに資する、エコシステムを有する産業クラスターの形成を目指す「地域
産業クラスター計画」の策定を期待したいのである。
ニュースレターNo.237(2026年2月19日送信)
県内中小企業の新技術・新製品の開発・事業化による収益性向上への政策的支援の在り方
〜新技術・新製品の開発・事業化の取組みを3パターンに分類・整理して〜
【はじめに】
○県内各地域に集積する中小企業(ここでは主に製造業分野の中小企業を対象
とする。)は、その生産活動を通して、地域社会の経済的・社会的な持続・
発展に貢献するという、非常に重要な役割を果たして来ている。
○そして、その中小企業の多くは、急激な少子高齢化・人口減少、原材料・
エネルギーコストの上昇、DX・GXへの対応など、避けて通れない様々な経営
課題に直面するという、非常に厳しい経営環境の中にあっても、経営を持続・
発展させ、雇用機会の提供を含め、地域社会の存続に貢献できるように、新
技術・新製品の開発・事業化による収益性の向上に積極的に取り組んで来て
いる。
○中小企業の新技術・新製品の開発・事業化への取組みについては、多くの
取組み事例を参考にして、以下のような3つのパターンに大きく分類・整理
することができるだろう。
[パターンT]:既存の技術・製品を新規の顧客に買ってもらう。
(既存技術・製品)×(新規顧客)
[パターンU]:新規に技術・製品を開発し既存の顧客に買ってもらう。
(新規技術・製品)×(既存顧客)
[パターンV]:新規に技術・製品を開発し新規の顧客に買ってもらう。
(新規技術・製品)×(新規顧客)
○以下で、それぞれのパターンの取組みが、実際に収益性の向上を実現できる
ようにするためには、どのような政策的支援が必要かについて検討・整理して
みたい。
【[パターンT] (既存技術・製品)×(新規顧客)への政策的支援の在り方】
○このパターンTの事例としては、例えば、自社が従来から事業化してきてい
る、他社に対して優位性を有する精密加工技術や精密部品を、従来とは異なる
業種における製品の機能改善や新製品開発に活用してもらえるようにすること
などを挙げることができるだろう。
○したがって、このパターンTへの政策的支援の在り方としては、優位性の
ある技術・部品を有する中小企業が、その技術・部品の新規ユーザーになり
うる企業に出会える「場」の提供を優先すべきと言えるだろう。
○その「場」については、新規ユーザーになりうる不特定多数の企業の中から、
当該技術・部品の活用方法を見出す企業が現れることを期待する、いわば受動
的なアピールの「場」と、当該技術・部品を有する中小企業が、新規ユーザー
になりうる特定の企業に対して、自らその活用方法を具体的に提案する、いわ
ば能動的なアピールの「場」との両方を組み合わせて、戦略的に設置・運営し
ていくことが効果的と考えられる。
【[パターンU] (新規技術・製品)×(既存顧客)への政策的支援の在り方】
○このパターンUの事例としては、例えば、既存の顧客から、顧客が製造する
製品の機能改善や、全く新規の製品開発に必要な重要部品の開発・供給を依頼
される場合などを挙げることができるだろう。
○このような場合には、開発・供給する重要部品の仕様は明確である場合が多
く、開発課題の解決への既存顧客からの技術的協力も期待できる。また、仕様
通り開発できれば、既存顧客が買い上げてくれることがほぼ確実なため、政策
的支援の在り方とすれば、当該重要部品の開発に係る技術的課題の解決に必要
となる技術や資金の確保への補完的な支援を優先すべきと言えるだろう。
【[パターンV] (新規技術・製品)×(新規顧客)への政策的支援の在り方】
○このパターンVの事例としては、例えば、収益性の向上のために、優位性の
ある自社の技術的蓄積を活用して、従来の事業分野とは全く異なる分野への進
出を目指して、新規製品の開発・事業化に取り組む場合などを挙げることがで
きるだろう。
○このパターンVの新規技術・製品の開発と新規顧客への供給(事業化)の組
合せによる収益確保への道筋には、パターンTとUに比して不確定要素が格段
に多いことから、実効性のある事業計画の策定に係る困難性も格段に高くなる
と言えるだろう。
○その困難性を克服し、実効性のある事業計画を論理的に策定するためには、
その事業の成否を決することに繋がる重要事項について、できるだけ具体的に
事業計画の中に組み込むことが必要になる。その重要事項については、以下の
ような5点に整理することができるだろう。
なお、これらの重要事項については、パターンTとUにおける事業計画の策
定においても、その実効性を高めるために考慮すべき基本的事項と言える。
@進出を目指す事業分野については、今後の成長が見込めることが事前調査等
で具体的に確認できていること。
A開発・事業化を目指す新規製品の仕様など「製品像」を具体化できている
こと。
B新規製品の開発・事業化のために解決すべき技術的課題が明確化され、その
解決方策には合理性があり、かつ特許性等の革新性が見込めること。
C新規製品の顧客確保をかなりの確度で実現できる、具体的な新規顧客確保
戦略を策定し、それを着実に推進できる体制も整備できていること。
D新規製品の開発・事業化や顧客確保のために必要な経営資源の不足分を十分
に補完できる、産学官連携による事業推進体制が整備できていること。
○したがって、このパターンVへの政策的支援の在り方としては、@からDの
重要事項への中小企業の取組みに対して、個別具体的にワンストップで支援す
るなど、実効性のある事業計画の策定とその実施化に係る様々な支援ニーズに、
的確に応えることができる体制の整備・運営を挙げることができるだろう。
既存の支援体制や支援メニューでは不足する点を明確化し、支援機能を拡充
強化していくことが重要となる。
【むすびに】
○県内中小企業の、新技術・新製品の開発・事業化による収益性向上への取組
みの多くは、残念ながら失敗に終わってしまっているのが現実である。その失
敗事例を減らし成功事例を増やしていくためには、失敗原因を分析し、失敗を
避ける方策を見出し、その方策を実際の政策的支援の中に効果的に組み込む
ことが重要となる。
○そこで今回は、新技術・新製品の開発・事業化の着手前に論理的に策定され
るべき事業計画の不備等が、失敗の大きな原因となっている現実に着目し、そ
の改善に資することを目的として、開発・事業化の3つのパターンの視点から
論じてきた次第である。
○県内中小企業の新技術・新製品の開発・事業化による収益性向上への政策的
支援の在り方に関する、産学官の方々による論理的な議論が活発化し、その議
論の成果が、長野県の政策的支援の他県等に対する優位性の確保など質的高度
化に効果的に反映されることに期待したいのである。
ニュースレターNo.236(2026年1月5日送信)
長野県における化粧品産業振興に係る政策的対応の在り方
〜自社ブランド化粧品の事業化に不可欠な製品企画力の具備を如何に支援すべきか〜
【はじめに】
○2026年1月1日の信濃毎日新聞の第1面に「信州発 化粧品を世界に 信大
工学部 研究センター設置へ 人材育成や地場産業化」という見出しで、化粧
品に応用できる複数の基礎研究を積み重ねてきた信州大学工学部が、化粧品の
新たなブランドづくりや、科学的なアプローチからの専門人材の育成、地場産
業化などを進める旨の記事が大きく掲載されていた。
○そこで、今回は、このような信州大学の動きを契機として、長野県に化粧品
産業の集積を促進するためには、地域産業政策の視点から、産学官が連携して
どのような取組みをすべきかについて、検討・提案してみようと考えた次第で
ある。
○長野県が形成を目指すべき化粧品産業の集積の姿については、@優位性のあ
る新規化粧品(自社ブランド品)の企画・開発・製造・販売等の全ての工程を
有する、フルセット型の産業集積を目指すのか、あるいは、A県外の大手化粧
品メーカー等の製造工程の一部(例えば、原料の前処理など)を担ったり、他
社ブランド製品の製造を専門的に受託(OEM:Original Equipment Manufacturing)
したりする、いわゆる協力工場的な産業集積を目指すのか、など様々な姿を提
示することができるだろう。
○以下では、化粧品の企画・開発・製造・販売という、一般的な事業の流れに
沿って、どのような政策的視点から、化粧品産業の集積促進に取り組むべきか
について検討・提案してみたい。
【化粧品の企画・開発・製造・販売という事業の流れと産業構造の特徴】
○最初に、化粧品とは何かを確認しておきたい。化粧品とは、体を清潔にした
り、外見(容姿)を変える目的で、皮膚や髪などに塗布したり散布したりする
もので、人体への作用が緩和なものをいい、その製品の形体や効能は多岐にわ
たる。
また、化粧品は、身体を美化するという従来からの機能を超えて、心(満足
感、自信など)に働きかけ、高齢者も含めて多くの人々のQOLの向上に資する
機能も有していることが確認されている。
○その化粧品の企画・開発・製造から販売(市場開拓)に至る事業の流れにつ
いては、一般的に以下のように整理することができるだろう。
[企画段階]
@事業化する化粧品のコンセプト(製品が提供する価値や特徴等)を決定する。
[開発段階]
Aそのコンセプトに基づき、化粧品の成分や配合(処方)を決定する。
Bその化粧品の有効性・安全性を確認する。
Cそのコンセプトに相応しい容器・パッケージのデザインを決定する。
[製造段階]
D決定した処方に基づき、量産体制を構築・実施化する。
[販売段階]
E事前に検討・決定してあった販売戦略に基づき、市場開拓を展開する。
F販売後の顧客の反応を製品改善にフィードバックする。
○経済産業省の有識者検討会が2021年にまとめた「化粧品産業ビジョン」で
は、日本の化粧品産業の構造的特徴として、資生堂グループ、花王グループ、
コーセーグループ、P&G等の少数の大企業と、多数の中小企業によって市場
を形成している点を挙げている。また、化粧品の製造においては、OEM企業
の役割が大きい点も特徴として挙げられている。
○同ビジョンでは、化粧品市場は、異業種からの参入が盛んである点も特徴
として挙げられている。2005年施行の改正薬事法(薬機法)によって、製造
工程を外部に委託すること(OEM)が可能となり、大規模な設備投資を行わず
に化粧品を製造することが可能となったことで、異業種からの参入が加速さ
れたのである。
※化粧品事業を始めるのに必要な許可:例えば、OEM企業側が、化粧品製造
販売業許可を取得していれば、販売企業は、許可を取得しなくても自社ブラ
ンドとして化粧品を販売できる。
○近年、ナチュラル・オーガニック化粧品(有機栽培された植物から抽出
された成分を主原料とする化粧品)などについては、大手化粧品メーカーの
ものに拘らず、自分の好みに合ったものを選定する消費者が増えてきたこと
などから、小規模な事業者でも、自社ブランド化粧品を販売しやすくなって
いる。
○たとえ小規模であっても、化粧品メーカーとなるためには、化粧品の企画・
開発・製造・販売の流れの中の最初の段階、すなわち、事業化を目指す、優
位性のある新規化粧品を企画する段階をクリアできる能力を有することが不
可欠となる。
すなわち、企画段階以降の開発・製造・販売段階に係る技術力や経営力が
いかに優れていようとも、企画力が無ければ自社ブランド化粧品のメーカー
としての成功はできないということなのである。
○したがって、長野県における地域企業が、地域資源を活かした化粧品の商
品化を短期間に具現化するためには、消費者の潜在的あるいは顕在的な化粧
品ニーズを把握し、それに応える製品コンセプトを具体的に決定するなど
、
新規化粧品の企画力を、社内外の英知を活用して整備し、製造はOEMで対応
し大規模な設備投資を必要としないというような、経費節約型のビジネスモ
デルを選択すべきことを提案できるのではないだろうか。
○要するに、大手化粧品メーカー等の製造工程の一部を担う下請的なビジネ
スではなく、小なりといえども、自社ブランド化粧品のメーカーとなること
を目指すのであれば、優位性のある新規化粧品の企画力を如何にして具備す
るかが、最大の経営課題になるということなのである。
○以上の、化粧品の企画・開発・製造・販売という事業の流れや、産業構造
の特徴に基づくビジネスモデルの在り方などを参考にして、長野県が目指す
べき化粧品産業の集積の姿と、その実現への政策的対応の在り方についての
議論の進め方について、以下で整理してみたい。
【長野県が目指すべき化粧品産業の集積の姿と、その実現への政策的対応の在り方についての議論に資するために】
○長野県における化粧品産業振興に係る政策的対応の在り方について議論す
る際には、以下のような二つの視点に分けることで、議論が論理的に展開で
きるのではないだろうか。
[視点1]自社ブランド化粧品を製造できる地域企業を育成する視点
[視点2]大手化粧品メーカー等にとって技術的に不可欠な協力企業になれる
地域企業を育成する視点
○以下に、その議論に資するために、[視点1]と[視点2]からの政策的対応
の事例について提示してみたい。
【[視点1]からの政策的対応の在り方の事例】
○自社ブランド化粧品を製造できる地域企業を育成する視点から、産学官が
連携して政策的に対応すべき事項の第1は、化粧品分野に参入を目指す地域
企業が、優位性のある新規化粧品の企画力を具備できるよう、必要な人材の
確保・育成を支援することである。
○第2は、社内人材のみでは、優位性のある新規化粧品の企画力を十分に
具備できない地域企業に対しては、社外の産学官との連携によって、不足す
る企画力を補填できるように支援する体制を整備することである。
○第3は、地域企業が、地域資源を活用した新規化粧品を企画するのに有用
な、各種の情報を収集できる場を提供することである。
【[視点2] からの政策的対応の在り方の事例】
○大手化粧品メーカー等にとって技術的に不可欠な協力企業になれる地域企業
を育成する視点から、産学官が連携して政策的に対応すべき事項の第1は、
地域企業が有する様々な高度・専門的技術を、大手化粧品メーカーの製造
工程の改善に活用できるように、化粧品メーカーサイドの技術ニーズと、
地域企業サイドの技術シーズとのマッチングをコーディネートする支援体制
を整備することである。
○第2は、その技術ニーズと技術シーズのマッチング活動を通して、化粧品
メーカーサイドが求めている様々な技術の具体的内容を把握し、それを地域
企業に提示し、地域企業が、化粧品産業分野に参入するのに資する新規技術
の開発・事業化に、効果的に取り組めるよう支援することである。
○第3は、地域企業が開発した、化粧品メーカーの工程改善に資する新規
技術を、化粧品メーカーサイドに提示・提案できる場を提供することである。
【むすびに】
○化粧品は、身体を美化するという従来からの機能を超えて、心(満足感、
自信など)に働きかけ、高齢者も含めて多くの人々のQOLの向上に資する
機能も有していることから、社会的価値の提供という視点からも、化粧品
産業の更なる成長が期待されている。
○信州大学が蓄積してきている、化粧品分野に活用できる技術シーズを、
地域企業による、自社ブランド化粧品の事業化や、大手化粧品メーカー等
の協力企業になることなどに効果的に結び付けることができるか否かは、
長野県の政策的対応の在り方にかかっていると言える。
したがって、まずは、長野県における化粧品産業振興に係る政策的対応
の在り方に関する、産学官による議論が活発化することを期待したいので
ある。