○送信したニュースレター2013年(NO.1〜NO.20)

ニュースレターNO.20(2013年12月13日送信)

長野県のアンテナショップ戦略

【はじめに】
○新聞報道(平成25年11月13日 信濃毎日新聞)によると、長野県は2014
年の夏に、東京・銀座に長野県情報発信拠点(信州ブランド食品のアンテナショップ、
共用オフィス、イベント会場等。名称は「しあわせ信州シェアスペース(仮称)」。
以下、「信州SS」という)を設置するため、初期費用(内装設計など)の約1.4
億円を11月補正予算に計上した。

○「信州SS」の月々の賃料は、約700万円であり、この他の経費を加えて年間
の運営費は約1.3億円になるという。新規事業であり、県単独事業としては高額
になるため、この事業は、今後、様々な視点から費用対効果が問われる注目事業に
なるだろう。
 長野県議会・11月定例会の観光委員会においても、費用対効果等について集中
審議がされている。

○「信州SS」は、長野県と首都圏在住者とのつながり作りに活用するとして、ア
ンテナショップ機能の他に、観光PR機能、県内への移住・就職支援機能、県内企
業・団体が商談などに使えるスペース提供機能など、多様な機能を整備することに
している。
 この多様な機能を銀座の一つの建物の中に、一括集中させることのメリット・デ
メリットについての検討も必要になるだろう。

○長野県のホームページで公表されている資料によると、大都市圏における「信州
ブランドショップ」について、昨年度、信州ブランド戦略を検討する信州ブランド
研究会の場で、多くの時間をかけて検討されている。しかし、昨年度策定された「信
州ブランド戦略〜コンセプト編〜」には、このことについては全く記載されていない。
 今年度策定される「信州ブランド戦略〜行動計画編〜」の中で、信州ブランド戦
略における「信州ブランドショップ」の役割・機能等が明確にされるのだろうが、
今回の補正予算による「信州SS」の役割・機能等との関連性・整合性等について
は、今のところ明らかにされていない。信州ブランド戦略の拠点としての「信州ブ
ランドショップ」が持つべき機能と、前述のような「信州SS」の機能とは、一対
一で整合するとは考えにくいのである。

○新聞報道によると、ある企業経営者は「なぜ銀座で、誰をターゲットにどんなこ
とをして、どのような効果があるのかという具体的内容が良く分からない」と指摘
している。同様の疑問を持っている業界関係者は多いと思われる。
 「信州ブランド戦略〜行動計画編〜」において、前述の疑問等を解消できるよう、
「信州SS」の必要性・役割・機能等について、論理的に説明がなされることを期
待したい。

○いずれにしても、ここでは「信州SS」の中核的機能になると思われる、アンテ
ナショップ機能に焦点を当てて検討してみたい。
 更に、アンテナショップ機能などの「特定の機能に特化した情報発信拠点」と、
「信州SS」が目指している多様な機能を同一拠点に盛り込んだ「総合的な情報発
信拠点」とを比較した場合の、費用対効果の問題などにも踏み込めればと考えている。

【地方自治体のアンテナショップの特性】
○アンテナショップとは、本来、新製品などを試験的に販売する店のことである。
消費者の反応を調査して、より売れる製品づくりに役立てることを目的としている。
 様々な地方自治体が、アンテナショップと称して、東京、大阪など大都市圏に
地元の特産品を販売する店を出し、大消費地での消費者ニーズを把握し、より売
れる製品づくりに活かそうとしている。それと同時に、祭などのイベント情報も
同所で発信し、当該地方自治体への誘客の促進に資する多様な活動も展開している。

○このようなことから、地方自治体のアンテナショップについては、多くの場合、
当該地方自治体の総合的なPR拠点としての役割を担っていると言える。
 したがって、新製品の試験的販売をするというより、当該地方自治体のイメージ
アップや広告宣伝に資することを重視し、当該アンテナショップの集客増大のため
に、知名度を有する特産品・名産品を重点的に並べることを優先しているように思
われる。
 このようなことは、新幹線乗車の時間調整などで立ち寄りやすい、東京八重洲の
「北海道フーディスト八重洲店」、「京都館」や、ブランドショップが立ち並ぶ東
京表参道の一画にある「新潟館ネスパス」など、いくつかの自治体アンテナショッ
プを見れば確認できるだろう。

○長野県の場合も、アンテナショップと言いながら、アンテナショップの本来的機
能以外の機能の方に、より大きな期待を寄せる関係者が多いことが、アンテナショ
ップに係る施策の企画・実施化において、関係者の間で様々な誤解や摩擦が生ずる
原因となっているのではないだろうか。

【長野県のアンテナショップ戦略の課題】
○長野県も平成22年度から、都内のコンビニ(ナチュラルローソン東劇ビル店)の
一角を借用し、アンテナショップを開設した。狭い店の中の更に狭いスペースで、
県内産の加工食品から工芸品まで可能な限り並べ、消費者ニーズを探る活動を開始
した。
 しかし、これについては、県のトップ層等から、「あの規模と内容では、長野県
をPRする拠点として見栄えがしない。PR効果が少ない」というような批判が出
て、わずか2年で閉鎖に追い込まれた。
 同様に、名古屋駅近くの長野県アンテナショップ(ローソンMIDLAND STATION店内)
も2年で終了している。
 このことによって、長野県のアンテナショップ機能の高度化に資する、ローソン
とのより効果的な連携のチャンスを失ったとも言えるのである。

○なぜ、このような結末となったのか。当初から、このアンテナショップに持たせ
る機能・役割についての認識が、関係者の間で一致していなかったことが最大の要
因であろう。
 長野県のブランド力のある特産品をPRし、長野県の魅力を広く情報発信し誘客
等につなげるための拠点であれば、大都市圏のたった1軒のコンビニの一角で良い
はずがないことは、だれの目にも明らかである。

○しかし、長野県内で開発された新製品に対する大消費地の消費者の評価等を探る
拠点としては、24時間、年齢層、性別を問わず多くの来客のあるコンビニは最適
である。しかも、コンビニ側の協力を得れば、「信州SS」のような「総合的な情
報発信拠点」の場合に比して、極めて安価でアンテナショップ機能を構築できるの
である。「信州SS」では必要になる内装設計・工事費等の初期投資も、ほとんど
必要が無いのである。

○コンビニ利用のアンテナショップ機能の構築は安価といっても、コンビニ側に賃
料を支払わなければならないし、商品の納品等の管理業務は民間の卸業者に委託し
なければならないだろう。
 また、コンビニのPOSシステムによる情報等を利用させてもらう場合には、更
に料金を支払わなければならないだろう。
 しかし、それらを含む年間の必要経費は、いくら多く見積もっても、「信州SS」
の1か月分の必要経費以下に抑えることができるだろう。

〇コンビニ利用は、「信州SS」の場合に比して、来客数の多さなどから(県議会
の観光委員会では、「信州SS」が設置される銀座すずらん通りは、人通りが少な
いとの指摘もされている)、低コストで格段に多くの消費者ニーズ等のデータを収
集し、合理的にデータ解析することを可能とするだろう。
 この本来的なアンテナショップ機能に特化した場合の経費の有意性(費用対効果を
含む)をどう評価するかは、地域資源を活用した新製品開発に対する政策的支援の
重要性に関する、政策策定に関与する人々やその政策を活用する立場にある人々に
よる、様々な視点からの議論から導き出されるべきものであろう。

【新製品評価ツールとしてのアンテナショップの在り方】
○県内企業が開発した新製品に対する、大都市圏の消費者の評価に関する調査つい
ては、効果的・客観的に実施するという視点からは、安易に「信州SS」での実施
をベストとすべきではない。
 なぜなら、「信州SS」に来る客については、最初から長野県の特産品等に好意
的な感情を有する人(長野県の既成イメージと関連付けできる物を望み、それを高
評価する人)が多いので、当該新製品の基本価値や感性価値に対して、客観的で厳
しい評価をしてくれることを期待しにくいのである。
 また、コンビニ等に比して、短期間に統計的分析に必要な人数(若者から高齢者
に至る様々な年齢層での必要な人数)を確保することも期待しにくいだろう。特に
食品の場合には、賞味期限(保存期限)があることから、できるだけ短期間で必要
なデータ収集ができることが求められるのである。

○コンビニにくる客は、長野県産の物を買いに来るのではない。不特定多数の客が
24時間来店するコンビニでは、客観的で合理的な消費者ニーズ調査が可能なので
ある。
 このように、大都市圏のコンビニは、アンテナショップとして高い優位性を有し
ているが、大都市圏には、コンビニ以外にも、アンテナショップとして活用できる
物件はあるだろう。最適な物件の選定には、専門家を交えて慎重に対応する必要が
あるだろう。
 例えば、素人である私でも、人通りの多い人気商店街の空き店舗や賃貸スペース
等を活用することなど、経費をかなり低く抑えられる方法を提案することができる。

○「信州SS」に本来的なアンテナショップ機能を整備しようとする場合において
は、長野県に関心があり、「信州SS」に足を運んでくれる人のみの評価を得られ
れば良いのか、長野県に特に関心がない人(「信州SS」に足を運んでくれない人)
の評価はどのようにして得るのか、というようなアンテナショップ機能の在り方に
関して、費用対効果などを含めて、様々な角度から十分に検討した上で、具体的整
備内容を決定していただくことを期待したい。

【アンテナショップによる新製品開発の戦略的展開】
○長野県の農林水産物等の優れた地域資源を活用した新製品開発については、長野
県工業技術総合センターの「地域資源製品開発支援センター」が強力に支援してお
り、数々の新製品が生まれている。
 それらも含めて、県内で開発されている様々な新製品のテスト販売・PR拠点と
しての、大都市圏でのアンテナショップの必要性は高い。多くの人々による評価を
得て、新製品のブラシュアップは効果的に進められ、売れる高付加価値製品への転
換が加速されることになる。

○例えば、中小企業等が開発した新製品について、その基本価値や感性価値を評価
するコンテストを行い、入賞者の新製品は、無償で首都圏での試験販売を実施する
というような支援策は、市場競争力を有する新製品の開発活動や新市場開拓の活性
化に大きく貢献するものと考えられる。
 「信州SS」が設置されれば、このような試験販売の拠点として、容易に活用で
きることになる。しかし、首都圏の消費者ニーズを客観的かつ合理的に把握するの
に「信州SS」で良いのか。長野県への関心度の高低に係わらず、不特定多数の消
費者ニーズを、客観的に把握できる場所での試験販売の方が良いのではないか。高
度専門的な検討が必要になるところである。

○アンテナショップの活用によっては、「長野県という所は、消費者にアピールす
る新製品が次々と開発される、非常に創造的で活力のある所だ」というような新た
なイメージ(努力することによって初めて獲得できる「動的イメージ」)、すなわ
ち、従来からの「自然豊かな信州」というような既成イメージ(特に努力すること
無しに獲得できる「静的イメージ」)を超えた、全く新たなイメージの形成を促進
できるのである。
 そのイメージを新たなPRポイントとして広めることは、長野県への誘客・移住
等にも非常に大きな好影響をもたらすことになるのではないだろうか。

【おわりに】
○長野県のアンテナショップとしての本来的活動の目的・目標を達成するためには、
県が独自に運営する「信州SS」を拠点にした方が良いのか。アンテナショップに
関する専門的ノウ・ハウを蓄積している流通業者等と連携(あるいは流通業者等に
委託)した方が良いのか。同じコストをかけるのであれば、一か所ではなく、複数
の異なる立地環境の場所に機能を分散した方が良いのか。
 「信州SS」の計画策定に当たって、どのような議論がされたのかは分からない
が、様々な視点からの議論が必要なのである。

〇いずれにしても、「信州SS」の今後の具体的な機能整備に当たっては、大都市
圏における、長野県産業の発展に資する支援機能の全てを、一か所に集中すること
がベストではないこと、長野県というブランド以外の集客装置(例えば、同じ建物
内に非常に知名度の高い店が入居していることによって、その建物自体が非常に高
い集客力を有していることなど)を有していないと、常時不特定多数の客を集める
ことは困難であることなどを認識した上で、他県等に比して優位性を有する、「信州
SS」を拠点とする支援事業の企画・実施化、相当の支援効果の獲得が可能となる
よう、専門的知見も取入れて十分に議論されることを期待したい。


ニュースレターNO.19(2013年11月29日送信)

新たに設置された長野県政策研究所への期待
――地域産業政策の策定機能に係る課題解決への可能性――

【はじめに】
○新聞報道等によると、長野県は、長野県自治研修所に、新たに政策研究機能を加
え、政策研究所を設置し、平成25年4月5日に開所式を実施した。

〇今なぜ政策研究所の設置が必要なのか。いわゆる「自治体内設置型」の政策研究
所によって、長野県組織が抱えるどのような課題を、どのように解決しようとして
いるのか。その課題の解決方策として、なぜ、政策研究所の設置がベストなのか。
 このような根本的事項に関する議論は、政策研究所にどのような機能・体制を整
備すべきかを決定するためには不可欠であるが、その経過は、新聞報道等でも明ら
かにされていない。

〇本来的には、政策研究所の必要性を議論する前に、政策研究所を必要としている
長野県組織が抱える課題について、職員は、どのように認識し、その解決のために
どのような行動を起こそうとしているのか、が重要なことなのである。
 今回のニュースレターでは、このことにまで踏み込んだ議論はせずに、政策研究
所の在り方に関する事項に焦点を当てて議論することにしたい。

【長野県政策研究所の新設の意義――地域産業政策策定機能の視点から】
〇長野県が関与する政策とは、非常に広範な行政分野に及ぶことになるが、ここで
は、この新たな政策研究所が、長野県の地域産業政策の策定機能の高度化に貢献し
てくれることを期待して、この政策研究所が担当すべき政策分野の中から、「地域
産業政策」を選定し、そこに焦点を絞り込んで、議論を進めたい。

○長野県の比較優位性を有する地域産業政策の策定機能を高度化するために解決す
べき課題としては、既にニュースレター等で述べてきているように、以下の3つの
「不在」の解消を挙げることができる。
 @地域産業政策の策定に必要な高度専門性を有する組織の不在
 A長野県の地域産業政策に関する研究者・評論家等の不在
 B長野県の地域産業政策に関する政策論的視点からのオープンな議論の場の
  不在
 この課題の解決のためには、まず第一に、長野県組織から独立した地域産業政策
研究所が必要であることを、ニュースレターNO.1で提言した。この理想的な地
域産業政策研究所が設立されるまでの間、この新たな「自治体内設置型」の政策研
究所が大きな役割を果たしてくれることを期待したい。

○一般的に「自治体内設置型」の政策研究所の機能としては、「政策策定支援機能」
と「人材育成機能」の2つに大別できるだろう。長野県政策研究所は、「高度な知
識と理論に裏打ちされた『政策力』を修得できる政策研究を実施」することを主目
的にしている。すなわち、政策研究を体験させることを通して、政策力を有する人
材を育成することを目指しているのである。
 したがって、この政策研究所の機能は、「人材育成機能」に特化していると見る
ことができるだろう。

○前述の政策研究所の目的達成のために、政策研究所は、約30の職員グループに
よる、様々な地域課題に関する政策研究を始めている。しかし、その政策研究のテ
ーマは、職員が自由に選択していることもあってか、地域産業の振興に関する分野
(国際競争力を有する地域クラスター形成に関連するテーマなど)の政策研究につ
いては、全く取組まれていない。
 したがって、現状のままの政策研究所の活動では、長野県の地域産業政策の策定
機能の高度化は、ほとんど期待できない状況になっているのである。

〇このような政策研究所の現状の活動上の問題点は別として、基本的スキームとし
ては、地域産業政策に関与する県職員の育成を通して、県組織の地域産業政策策定
機能を高度化し、比較優位性を有する地域産業政策の策定・実施化が可能となるよ
うになっていることは間違いのないことだろう。
 しかし、この基本的スキームの現状の運用では、長野県の地域産業政策策定機能
の高度化を、職員の基礎的能力の向上という、間接的で即効性のないアプローチ手
法で達成しようとしていること、また、現状の政策研究所の活動内容(政策研究テ
ーマを職員に自由に選択させていることなど)から判断して、地域産業政策の策定
という高度専門的知識が必要な分野での、職員能力の向上(地域産業政策に関する
専門的知識を有する職員の育成)という視点はなく、どちらかというと総論的、一
般教養的な能力向上プログラムになっているように見えることから、地域産業政策
策定機能の速やかな向上を願っている者からすれば、政策研究所の活動方針・内容
等は、かなり物足りないレベになっていると思われるのである。

○それでも、「高度な知識と理論に裏打ちされた」というキャッチフレーズに期待
して、職員の政策策定能力を向上させるという政策研究所の設置目的・機能が真に
発揮されることを願い、政策研究所の活動を通して、職員の地域産業政策策定能力
の向上と、比較優位性を有する地域産業政策策定の促進が、同時並行で推進される
ことに資する事業の在り方等について、若干の提言をしてみたい。

【「人材育成プログラム」としての地域産業政策論のメッカ形成】
○職員の地域産業政策策定能力を向上させる一つの方策として、内外の先進的地域
クラスターの形成に貢献している地域産業政策について、その策定・実施化を担当
している機関の職員から、直接説明を受ける機会を設けることが非常に有益である
ことは、多くの人々に理解していただけるだろう。

○具体的には、内外の先進的地域クラスターの形成に関する地域産業政策を策定・
実施化している機関の担当者が、長野県内で一堂に会して、それぞれの地域産業の
現状の課題、その課題を解決するための地域産業政策、その今後の展開方向等につ
いて発表しあい、意見交換するイベントを実施することを提案したい。
 このイベントを通して、地理的に離れた地域クラスターが互いの弱点を補完し合
い、共存共栄の連携関係を構築するきっかけが生まれることも期待できるのである。
正に、地域クラスターの共存共栄への具体的方策を探る作業が、政策研究所が目指
す「高度な知識と理論に裏打ちされた『政策力』を修得できる政策研究」に相当す
ると言えるのである。

〇したがって、このイベントを企画・実施化することが、長野県職員の地域産業政
策策定能力の向上に資することはもちろん、県内市町村、他県等の職員の地域産業
政策策定能力の向上にも、また、互いの地域クラスターの共存共栄のための補完関
係の構築にも、多大の貢献ができることになる。
 全国各地域の地域産業政策策定能力の向上と、地域クラスターの発展に資する、
「自治体内設置型」の政策研究所の全く新しい試みとして、全国的に誇れる、やり
がいのあるイベントになるのである。

○このイベントを長野県政策研究所の事業として企画・実施化していただくことを
期待したい。長野県知事が良く用いるキャッチフレーズ「日本で一番」をここでも
用いるとすれば、長野県は、その職員が、「日本で一番」の地域産業政策策定能力
を有するようにするために、「日本で一番」の地域産業政策策定能力育成プログラ
ムを企画・実施化するのである。
 そのプログラムとして「地域産業政策論のメッカ形成」に、地方自治体として日
本で最初に取り組むことは、正に「日本で一番」のキャッチフレーズにふさわしい、
新規性・優位性を有するものと言えるのではないだろうか。

【「人材育成プログラム」としての現状の政策の見直し作業】
○長野県は、その行政・財政改革方針(2012年3月)の中で、県組織の使命・
目的として、「最高品質の行政サービスを提供し、ふるさと長野県の発展と県民の
幸福の実現に貢献します。」と高らかに宣言している。最高品質の行政サービスを
提供するためには、個別・具体的な行政サービスの提供について企画し実施化する
際のバイブルとなる、様々な行政分野の政策自体が最高品質(比較優位性)を有する
ことが必要になる。

〇しかしながら、既にニュースレターで議論してきたように、現状の長野県の様々
な行政分野の政策ついては、前記のような視点から策定され、実施化されていると
は思われない。
 そこで、長野県政策研究所が主導して、現状の政策の見直し作業(政策目的と政
策目標は、地域課題が解決された理想的な地域社会像・ビジョンの具現化のために
適切か。政策の実施化のための具体的なプログラムは、政策目的・目標の達成に有
効か。などの視点からの見直し作業)に取り組んでいただくことも期待したい。こ
の政策見直し作業が、職員の政策策定能力の向上と比較優位性のある政策策定・実
施化に、非常に有効な手法となることが期待されるからである。

【おわりに】
○長野県政策研究所が、現在公表されている、チーフアドバイザー1人のみの研究
体制のままでは、「高度な知識と理論に裏打ちされた『政策力』を修得できる政策
研究を実施」することは不可能であり、真に政策策定に係る「人材育成機能」を発
揮するためには、政策策定に関する高度専門的知識を有する大学等との緊密な連携
と、それを具体的に推進できる体制の整備が不可欠であることは、誰の目にも明ら
かであろう。
 長野県政策研究所が、合目的的な研究体制の下で、合目的的な事業を企画・実施
化されることを期待したい。


ニュースレターNO.18(2013年11月15日送信)

特定の大学に属さない産学官連携支援コーディネータの重要性
―――産学官連携による質的に高度な地域産業振興の加速のために―――

【コーディネータが特定の大学に属さないことの意義】
○先端技術産業分野での産学官連携による新技術・新製品の研究開発を効率的に進
め、その成果の早期事業化を可能にするためには、地域企業の技術ニーズに適合す
る技術シーズを、企業の利益を最重要視して、特定の大学の枠に捉われずに、自由
に幅広く探索しマッチング活動ができる産学官連携支援コーディネータ(以下「コ
ーディネータ」という。)の存在が重要になる。
 このようなコーディネータは、当然、特定の大学に属さない、独立した産学官連
携支援機関のコーディネータということになる。

○上記の主旨について、以下のような具体的な事例により、もう少し分かり易く説
明したい。
 A社の技術者が、自社での新製品開発に必要な技術シーズを入手するために、Y
大学の産学連携支援室を訪ねたとしよう。その産学連携支援室のコーディネータは、
A社が求める技術シーズに関連する分野を研究しているY大学内の研究者を探し、
うまく見つかれば、A社の技術者とY大学の研究者との接触の場を設定するなどの
支援から着手することになろう。
 しかし、ここで問題になるのは、Y大学のコーディネータは、いわばY大学が有
する技術シーズのセールスマンであるということである。Y大学の研究者と企業と
の共同研究契約の成約件数などが、そのコーディネータの業績評価に大きく影響す
るということである。
 したがって、この場合、例えば、他の大学に同様な技術シーズを有する研究者が
いることを承知していて、もしかしたらその研究者の方が適役と思ったとしても、
自らの職務に忠実に(自らの業績を上げるために)、A社の技術者に対してY大学
の研究者との連携を勧めることになろう。すなわち、A社のメリットを最重要視す
るコーディネート活動ではなく、Y大学のメリットを最重要視するコーディネート
活動になる可能性が高いということである。
 特定の大学に属さない、独立した産学官連携支援機関のコーディネータであれば、
特定の大学の技術シーズのセールスマンではないので、A社のメリットを最重要視
するコーディネート活動が可能になるのである。

○このように、大学の技術シーズの真に効果的な探索・マッチング活動の活性化の
ためには、すなわち、我が国における産学官連携による質的に高度な地域産業振興
の加速のためには、特定の大学に属さない、独立した産学官連携支援機関のコーデ
ィネート活動が極めて重要なのである。
 しかしながら、産学官連携を効果的に推進する(大学の研究成果を産業発展に効
果的に役立てる)ためのコ―ディネータは、大学にさえ配置すれば足りると考えて
いる人は非常に多いように思われる。
 このことは、文部科学省等の産学官連携促進を目的とする施策の中に、大学から
独立した、地域の産学官連携支援機関の役割の重要性が明確に位置づけられていな
いこと、すなわち、大学から独立した産学官連携支援機関の機能を強化するための、
具体的な政策的対応が十分にはなされていなことからも推測できる。

【特定の大学に属するコーディネータの重要性】
○真に企業のための産学官連携支援コーディネートには、特定の大学に属さないコ
ーディネータの役割が重要であると述べてきたが、特定の大学に属するコーディネ
ータの存在が、産学官連携支援コーディネート活動の効率化に非常に大きな役割を
果たしていることも事実なのである。

○大学にコーディネータが配置されていなかった頃には、産業支援機関のコーディ
ネータは、企業が求める技術シーズを見つけるために、様々な資料を活用し、ある
程度狙いを絞り込んだ上で、大学の研究室を一つ一つ訪ね歩かなければならなかった。
 しかし、各大学にコーディネータが配置されている現在、産業支援機関のコーデ
ィネータは、大学のコーディネータに、求めている技術シーズの有無を照会するだ
けで、その大学のどの研究室で対応できそうかというような貴重な情報を簡単に入
手することができるようになったのである。
 このようなコーディネート活動の効率化が、産学官連携プロジェクトの企画・実
施化の活性化に好影響を与えているのではないかと推測される。

【産業支援機関のコーディネータに求められる能力】
○前述のように、大学が有する技術シーズの探索が容易になると、産業支援機関の
コーディネータが、自らの足で稼いだ情報を基に、技術シーズの目利きをすること
の重要性への認識(自らの探索・目利き力を高めようとする意識)が低くなる危険
性が高まるという側面もある。
 その技術シーズの新規性・有用性・優位性等について、自ら苦労して客観的に目
利きすることを忘れ、大学の研究者やコーディネータによる評価を、自らの評価で
あるかのように錯覚してしまうことが起こり易くなっているのである。
 このようなことを、ある産学官共同研究開発プロジェクト助成制度の助成対象プ
ロジェクトを選考するための検討会議の場での、あるコーディネータの審査対象プ
ロジェクトの説明内容や質疑応答への対応の中から実感したことがあった。
 このコーディネータの方には、誠に申し訳ないが、ここでの議論をより有意義な
ものにするために、もうしばらく、問題のあるBコーディネータとして、お付き合
い頂くことにしたい。

○提案公募制度に研究開発プロジェクトを提案していく場合には、提案書の中に、
以下のような事項(@〜B)は、当然、記載することを求められる。また、そのヒ
アリングの際には、その記載事項について説明できるように十分に準備しておくべ
きことは、説明者にとっては、基本中の基本事項なのである。
 しかし、その選考検討会議でのBコーディネータは、通常のコーディネータが準
備すべきことを認識すらしていなかったようなのである。

[コーディネータが目利きすべき事項とBコーディネータの問題ある対応]
@研究開発によって創出する製品の新規性、あるいは類似機能の既存製品に対する
優位性
 →Bコーディネータの問題点:類似機能の既存製品の存在の有無についてさえ調
査していなかった。

Aその製品の創出に不可欠の技術シーズの新規性や優位性
 →Bコーディネータの問題点:新規性や優位性についての質問に対しては、「○○
先生が新規性や優位性があると言っているので大丈夫。」というような対応で、自
ら特許情報等の調査(先生の発言の裏を取る調査)を全く行っていなかった。更に、
技術シーズの内容についても十分に把握していなかった。その技術シーズで○○を
作製できると説明するが、どのようにすれば、○○が作製できるようになるのか、
という質問にも応えられなかった。

Bその製品の事業化がもたらす地域経済への波及効果(ビジネスとしての成立可能
性等)
 →Bコーディネータの問題点:その製品の市場規模(製品価格や販売可能数等)、
ビジネスとしての成立可能性(ビジネスモデル等)などについては、全く関心がな
く、独創的で高品質のものができるという思い込みだけが強かった。

【コーディネータをマネジメントすることの困難性】
○技術革新(新技術・新製品開発)による地域産業振興をミッションとする産業支
援機関の支援機能を大きく決定づけるのは、産学官共同研究開発の企画・実施化を
任務とするコーディネータの能力である。
 したがって、その産業支援機関に所属するコーディネータがBコーディネータの
ようでは、その産業支援機関は、そのミッションを十分に果たすことができないこ
とになる。

○Bコーディネータが、自ら調査・目利きしておくべき基本事項について、他者の
話を鵜呑みにしてしまうような、問題あるコーディネート活動を、自ら気づくこと
なく、長年にわたって継続していたとすれば、Bコーディネータが所属する産業支
援機関の、コーディネータをマネジメントする機能に問題があると言わざるを得な
いことになる。

〇コーディネータは、例えば、企業の新製品研究開発ニーズに応じて、適切な産学
官研究開発推進体制を構築し、具体的な研究開発計画を策定・実施化することへの
支援などに関して、非常に広範囲な自由裁量権を与えられている。
 したがって、コーディネータをマネジメントすべき職にある者にとって、所属す
るコーディネータの活動状況を的確に把握することは非常に困難になる。困難であ
るが故に、コーディネート手法等に問題がある場合に、その改善方法等について適
切にアドバイスできるマネジメント体制を整備できるか否かが、技術革新(新技術・
新製品開発)による地域産業振興をミッションとする産業支援機関の支援機能を維
持・向上できるか否かを大きく左右するのである。

○しかし、コーディネータの活動をマネジメントできる人材とは、どのような能力
を有する人材で、そのような能力を有する人材は、どのようにして育成あるいは確
保できるのか、どのようなマネジメントシステムを構築すればよいのか、など産業
支援機関にとっては頭の痛い課題が存在し、機動性を有するコーディネート体制の
維持・向上は、簡単には実現できないのである。

【プロジェクト立上げに果たすコーディネート能力の重要性(事例)】
○コーディネート能力に問題のあるBコーディネータは、特定の新規技術シーズを
応用した、新技術・新製品の研究開発プロジェクトの立上げを目指す、産学官の研
究者・技術者で構成される研究会の企画・運営においても、当然のことながら、当
初の目的(研究開発プロジェクトの立上げ)の達成に向けたリーダーシップを発揮
することはできない。

○例えば、新しい再生可能エネルギーの開発、新しい機能性食品の開発、新しい農
作業自動化機械の開発など、社会的ニーズの高いテーマを設定して研究会をスター
トしても、企業が応用できる新規性・優位性を有する技術シーズを選定し、それを
応用した新規性・優位性を有する製品の事業化までを見通して、それを具現化する
ための調査研究をする研究会とすることができないことから、何年たっても、参画
企業が本気になって具体的な新技術・新製品の開発を目指す産学官連携プロジェク
トを立ち上げることができないということになってしまう。
 したがって、その研究会は、新規性・優位性を有する新技術・新製品の開発を目
指すというよりは、関係する既存技術・産業の動向に関する情報を収集するための
勉強会のレベルに留まってしまうのである。

〇このようなことからも、研究開発プロジェクトの立上げを目指す研究会を企画・
運営する役割を担うコーディネータの、新規性・優位性を求める(新規性・優位性
にこだわる)基本的姿勢・認識のレベルの高低が、コーディネート活動への投資効
果、更には、当該産業支援機関が実施する事業の新産業創出への貢献度を大きく左
右することになるのである。

【おわりに】
○地域の産業支援機関のコーディネータ育成のための、国レベルの政策的対応のみ
ならず、事業の企画・運営に広い自由裁量権を有するが故にマネジメントが非常に
困難になるコーディネータに対する、産業支援機関のマネジメント機能(マネジメ
ント人材やマネジメントシステムを含む。)の向上に資する、国レベルの政策的対
応も必要になろう。
 コーディネータの育成については、既に様々な大学等で教育プログラムが実施さ
れている。産業支援機関における、コーディネータをマネジメントする機能を向上
させるための教育プログラムへの潜在的ニーズも高いのではないだろうか。


ニュースレターNO.17(2013年11月1日送信)

長野県産業イノベーション推進本部の課題について
―――日本経済新聞「長野経済」面での報道等に寄せて―――

【はじめに】
〇長野県は、「しあわせ信州創造プラン(長野県総合5か年計画)」の中の、「貢
献」と「自立」の経済構造への転換を進める3つのプロジェクト(「次世代産業創
出プロジェクト」、「農山村産業クラスター形成プロジェクト」、「環境・エネル
ギー自立地域創造プロジェクト」)を推進するため、知事を本部長とする組織横断
的な「長野県産業イノベーション推進本部」(以下、「イノベーション推進本部」
という。)を設置している。

○このイノベーション推進本部の活動状況について、日本経済新聞(平成25年
10月17日)が「長野経済」面で、国家戦略特区への提案や来年度事業の企画等
への取組みの手際の悪さ等に関連させて「県の経済特区、視界不良」、「部局横断
の新組織 迷走」などとして報道している。
 そこで、その報道の真偽を確認すべく、長野県のホームページで公開されている、
過去のイノベーション推進本部会議の関係資料(第1回[平成25年6月11日]〜
第4回[平成25年10月9日])をチェックしてみた。その結果、イノベーション
推進本部が、「長野県産業イノベーション推進本部設置要綱」第1条(目的)に記
載されている「総合的・横断的な施策を迅速かつ効果的に実施する」ことに的確に
取組んでいるとは考えにくいこと(後で詳しく説明)などから、この日本経済新聞
の報道内容は、大筋として肯定せざるを得ないという個人的見解に至った。

○また、このことは、私が、長野県の県組織の地域産業政策策定能力に対して持ち
続けてきている危機意識・不安が、現実的な事象として表面化してしまったのでは
ないかと危惧しているところである。
 今までニュースレターを通して議論してきている、長野県の地域産業政策の策定・
実施化に係る様々な課題が、イノベーション推進本部という一組織に留まらず、そ
の背後に控える巨大な県組織に内在していることを示唆する事象の発生が、新聞報
道によって明らかにされてしまったとも言えるのかもしれない。

○そこで、このような状況に至った原因等について改めて整理し、その原因の排除
方策等について、以下で詳細に議論してみたい。

【長野県産業イノベーション推進本部の根本的な課題】
○「長野県産業イノベーション推進本部設置要綱」によると、イノベーション推進
本部は、「貢献」と「自立」の経済構造への転換に向けた、県の施策の総合的・横
断的な「調整」と効果的な「推進」を所掌する組織であって、総合的・横断的に関
連する政策や施策の「策定」を主導する組織ではないことになっている。
 しかしながら、知事は、第2回(平成25年7月17日)の会議で、自ら署名入
りで提出したメモ「産業イノベーション推進本部の進め方」において、「産業界の
商品・サービス開発を、供給者視点から需要者視点に転換する」こと(これこそが、
しあわせ信州創造プランのいう「貢献」の経済構造であるとしている。)を促進す
る「政策」を検討することが、イノベーション推進本部の主たる役割であるとして
いる。
 すなわち、イノベーション推進本部の参加者の間で、その所掌事務についての認
識にズレが生じている状況となっているのである。ここに、知事がイノベーション
推進本部やその個々の構成メンバーの活動内容に、不満を表明していると報道され
る根本的原因があると言えるのかもしれない。

○「長野県産業イノベーション推進本部設置要綱」において、イノベーション推進
本部のミッションを、関係施策の「調整」と「推進」としているのは、一面におい
て県幹部の有能さの現れとも言えるだろう。すなわち、「現状の県組織の中に、組
織横断的な産業政策の策定を主導する機能を設置し、実際に産業政策を策定するこ
となど不可能に近い。せいぜい各部で策定した施策の推進の円滑化に必要な調整を
図ることぐらいしかできないであろう。」というような、現状の県組織の「政策」
策定能力の限界に関する、県幹部の的確な自己評価に基づく賢明な判断によるもの
と言えるからである。

○もし、知事が言うように「政策」を検討することをイノベーション推進本部の所
掌事務とするのであれば、ニュースレターで幾度となく議論してきたように、いか
にしたら他県等に比して優位性を有する「政策」策定に必要な高度専門性を確保で
きるのか、といような政策策定体制・機能に係る根本的課題への対応が必要になる。
 その前に、「政策」(それを構成するビジョン・シナリオ・プログラム、政策目
的と政策目標など)とはいかなるものなのか、どのように策定・実施化すべきもの
なのか、などに関する、イノベーション推進本部を構成する県幹部の認識について
のレベル合わせ、ベクトル合わせに取組むことが、まず必要になるだろう。

【知事署名メモ「産業イノベーション推進本部の進め方」に関する課題】
○知事は、「産業界の商品・サービス開発を、供給者視点から需要者視点に転換す
る」ことを促進するためには、地域や世界の課題の解決に貢献する商品・サービス
の開発に資する「課題の洗い出し」に取り組まなければならないとしている。

○しかし、世界の課題は別として、そもそも長野県の各行政分野の行政計画は、当
該行政分野の地域課題の解決を目指す計画になっているはずである。新たに「課題
の洗い出し」に努める必要があるとすれば、現状の行政計画が、当該行政分野の地
域課題を的確に捉えていないということを知事が認識・指摘しているということに
なる。
 本来ならば、各種の行政計画で解決すべきとしている課題の解決に、民間企業の
商品・サービスを活用するビジネスモデルを構築する方策を検討するということで
対応できるはずなのである。
 知事の認識・指摘が、地域課題すなわち行政課題を把握することからやり直せと
いうことを意味しているとすれば、それは、各種の行政計画を作り直せと言ってい
ることに等しいことになるのである。
※送信済みのニュースレターにおいても、長野県の各種行政計画が、地域課題の把
握、その解決方策の提示等に関して、様々な問題を抱えていることを提起してきて
いる。

○いずれにしても、知事が、地域課題の解決に民間企業の商品・サービスを活用す
るビジネスモデルの開発と普及を目指すという意思を表明していることから、県組
織として、早急に解決すべき課題を提示して、その解決に資するビジネスモデルの
開発・実施化を促進する施策を立案しなければならないことになる。しかし、公表
されている、知事が「課題の洗い出し」等の具体的指示を出した第2回以降の第3回
(平成25年8月28日)、第4回(平成25年10月9日)のイノベーション推進
本部会議の関係資料等を見る限り、そのことに関する検討が、イノベーション推進
本部でなされているようには思われない。
 「知事は言いっぱなし、県幹部は聞きっぱなし」となっているなど、正に、報道
された「迷走」という表現が、的確な表現であることになってしまう状況なのである。

【地域課題の把握、その解決方策の創出への一つのアプローチ】
○前述のような知事の意思を具現化するための一つの論理的な手法として、長野県
の各部が所管する各種行政計画について、ビジョン・シナリオ・プログラム(理想
とする地域社会を形成するために、どのような行政課題をどのように解決していく
のかについての道筋)が、どのように具体的に記載されているのか、その行政計画
の目的と目標が的確に記載されているのか、などについて改めてチェックすること
から着手すべきであろう。

○そして、行政計画のビジョン・シナリオ・プログラムが的確に定まっていれば、
そのビジョンを具現化するためのプログラムの一つとして、民間企業の商品・サー
ビスを活用するビジネスモデルの構築を検討すれば良いのである。
 もし、ビジョン・シナリオ・プログラムが不明確な行政計画があれば、それをど
のように修正すべきかについて、組織横断的に検討すれば良いのである。

○以上のような検討の過程からは、当然、現状の行政計画では対応できていない、
新たな地域課題の存在が明らかになることも考えられる。その場合においては、そ
の地域課題が解決された理想的な地域社会のビジョンの設定と、その具現化のため
のシナリオ・プログラムの策定が必要になる。
 このことが、地域社会の質的・物的豊かさを更に高度化することに大きく貢献で
きる、行政としての活動となるのである。

【地域産業政策における国への特区申請などの論理的位置付け】
○公開資料からは、国への特区申請など、全国共通的に取組まれている(注目され
ている)地域産業振興「ツール」については、その活用等の検討に非常に多くのエ
ネルギーを費やしていることが解る。しかし、そのような産業振興「ツール」を使
って、長野県内において、どのような産業を創出・集積すべきなのかを具体的に示
す「ビジョン」を、県民に対して提起しようという活動には、あまりエネルギーを
費やしているようには見えない。
 思考の順番が逆なのではないだろうか。「ビジョン」を具現化するために必要な
「ツール」の中に、特区申請などがあるはずなのである。
 「ビジョン」が無いままでは、「ビジョン」具現化のための「ツール」の使い方
についての議論はできないはずなのに、「ツール」の使い方の議論を無理に進めよ
うとしているところに「迷走」の源があるのではないだろうか。

○長野県の産業振興に係る「ビジョン」を具現化するためには、どのような支援施
策が必要か、その中で長野県の県組織として何ができるのか、県組織では対応でき
ないことは、大学や産業支援機関等、県組織以外とどのような連携によって対応す
べきなのか、県の支援施策でカバーできないところに国の施策をどのように活用す
べきか、国の施策の問題点を改善してもらうためにどのような要請等をすべきか、
というような極めてオーソドックスな思考過程をたどれば良いのに、なぜかそうな
っていない。
 イノベーション推進本部が、論理的に議論を展開できない理由が理解しにくいの
である。

【おわりに】
○今回の日本経済新聞の報道によって、県民に県の産業政策策定能力に不安を覚え
させるような事態が発生した。このようなことが、今後起こらないようにするため
には、特に難しい対応をする必要はない。イノベーション推進本部をはじめ県組織
において、極めてオーソドックスな産業政策の策定・実施化手法を用いさえすれば
良いのである。

○イノベーション推進本部の活動を含め、県の産業政策策定・実施化への取り組み
の全体が、より高度な論理性を有する方向に軌道修正されていくよう、必要な対策
が講じられることを期待したい。


ニュースレターNO.16(2013年10月19日送信)

新規高付加価値食品の地域先導型研究開発プロジェクトの企画・実施化

【新規高付加価値食品の地域先導型研究開発プロジェクトが不活発な現状】
○長野県は、様々な高品質の農産物を品種改良によって創出し、大量に生産・供給
するとともに、山野にも様々な有用な植物が自生するというように、食品素材の潜
在的・顕在的提供機能の高い県と言える。
 しかし、その長野県において、それらの食品素材を活用した新規高付加価値食品
(機能性食品 etc.)の創出を目指す産学官連携研究開発プロジェクトの企画・実
施化が、電気・機械系分野の産学官連携研究開発プロジェクトの企画・実施化に比
して、非常に不活発な状況にあるのはなぜだろうか。

※なお、ここでの議論において、新規高付加価値食品に関する産学官連携研究開発
プロジェクトの企画・実施化が不活発とするのは、あくまで、国等の提案公募制度
を活用した研究開発プロジェクトなど、公表されたプロジェクト情報を参考にした
判断である。個別企業等の研究開発活動状況を含めた判断ではない。

○長野県の食品工業は、工業出荷額の10%以上を占める重要産業であり、歴史的
にも様々な優れた食品製造技術を蓄積してきており、新規食品の研究開発・事業化
に関しては、高い潜在的能力を有していると思われる。
 それなのになぜ、本県においては、以下に記載するような様々な分野での研究開
発・事業化への展開が可能で経済的波及効果も期待できる、産学官連携による地域
先導型の新規高付加価値食品の研究開発プロジェクトの企画・実施化への取組みが、
他県等に比して著しく不活発な状況になっているのだろうか。

 研究開発・事業化の展開可能分野
 @ 優れた機能性成分を有する農林水産物等の探索・選定
 A その機能性成分の分析・特定と医学的効能等の検証
 B その機能性成分の抽出・分離技術の開発
 C その機能性成分の新規食品への応用技術の開発
 D その新規食品の製造装置の開発
 E その機能性成分の超高速・超高精度で迅速な検出技術・装置の開発
 F その機能性成分の含有量を増加させる品種改良 etc.

【新規高付加価値食品の研究開発姿勢の課題】
○長野県内でも「機能性食品」をキーワードに、長野県工業技術総合センター等を
拠点とし、あるいは公的助成制度を活用して、新規食品に関する研究開発は実施さ
れている。
 しかし、これら県内で実施されている新規食品の研究開発においては、その食品
に期待される効能を決定づける機能性成分の分離・特定や、その医学的効能(実際
に人間の通常の飲食量で効能が発現するのかなど)の検証というような、この分野
の研究開発においては、極めて基本的な研究開発手法を用いるレベルまでに達して
いないものがほとんどのようである。

〇すなわち、機能性食品の研究開発といっても、ほとんどの場合は、ある食品(食品
素材を含む。)の中に、健康に良いと言われる何らかの機能性成分が含まれている
ことの確認(例えば、その食品の抽出物の機能性の確認などであって純物質レベル
での確認ではない。)ができたら、機能性発現の原因物質の特定や効能の医学的検証
までは目指さない。
 機能性成分が含まれていること、すなわち、人間の健康に良さそうというイメージ
を売りにする製品の開発に留まるような、科学技術的には「詰めが甘い手法」と言わ
れても仕方がないレベルの案件がほとんどなのである。

○しかし、このような「詰めが甘い手法」に基づくビジネス戦略も、早期に利益を
獲得することが期待できることから、決して否定されるべきものではない。
 例えば、ある野菜の通常捨てられている部分に、血圧を下げる効果を有する機能
性成分が含まれていることが確認された場合に、実際に人間でその効果を発現する
ためには、その野菜部分を毎日10Kg以上(摂取不可能な量)食べ続けなければな
らないような微量しかその機能性成分が含まれていないような場合であっても、血
圧を下げる効果のある機能性成分が含まれているというだけで(すなわち、健康に
良さそうというイメージだけで)、その野菜部分を原料の一部に利用した食品の付加
価値が高まると考える人は多いのである。

〇ただ、長野県の食品産業の振興に関与する産学官の関係者の中においては、その
ような意識レベルが、常態とはならないことを期待したい。
 他県等の食品産業に対して、技術的に追随を許さない優位性を確保するための、
新規高付加価値食品の研究開発の取組み姿勢の在り方としては、更に科学技術的に
高度な領域を目指すべきであろう。
 実際、多くの県等では、次に例示するように、国等の提案公募制度を活用した、長
野県の場合とは反対に、科学技術的に「詰めが厳しい」ことを指向した、大型の新規
機能性食品研究開発プロジェクトが活発に展開されている。

【他県等の地域先導型の産学官連携研究開発プロジェクトの事例】
○ここで、長野県の食品産業に係る産学官の関係者が、食品関係の地域先導型の産
学官連携研究開発プロジェクトとはどのようなものかをイメージしやすくすること
を目的として、他県等のプロジェクトの事例を以下に列挙する。
 これらは、文部科学省の補助事業である「都市エリア産学官連携促進事業」で数
年前まで実施されていたプロジェクトの「実施エリア」と「プロジェクト名」であ
る。プロジェクトの詳細については、文部科学省ホームページ等で確認していただ
かなければならないが、それを見ていただければ、多くの食品産業関係者が、この
ようなプロジェクトが、なぜ長野県では企画・実施化できなかったのかと疑問を感
じるものと思われる。
 その疑問に対する一つの「解」について、以下で議論してみたい。

@ 鶴岡庄内エリア:機能性評価システムの構築と地域農産物を活用した高機能食
産業クラスターの形成
A 石川県央・北部エリア:地域伝統発酵食品に学ぶ先進的発酵システム構築と新
規高機能食品開発
B 和歌山県紀北紀中エリア:和歌山県の特産果実と独自技術を活用した新機能性
食品・素材の開発
C 十勝エリア:食の機能性・安全性に関する高度な技術開発とその事業化による
アグリ・バイオクラスターの形成
D みやざき臨界エリア:健康・安全な長寿社会を支援する水産資源活用技術の創出
E 沖縄沿岸海域エリア:沖縄地域の多様な亜熱帯海洋生物資源を活用したマリン
バイオ産業の創出と沖縄産海藻のブランド化
F 高松エリア:特徴ある糖質の機能を活かした健康バイオ産業の創出
G 弘前エリア:QOLの向上に貢献するプロテオグリカンの応用研究と製品開発
H 秋田県央エリア:中・高齢者の身心両面を支える米等を利用した食品の開発と
食品産業クラスターの形成
I 米子・境港エリア:染色体工学技術等による生活習慣病予防食品評価システム
の構築と食品等の開発
J 静岡中部エリア:身心ストレスに起因する生活習慣病の克服を目指したフーズ
サイエンスビジネスの創出
K 久留米エリア:テーラーメイド型医薬・診断薬及び疾病予防機能性食品の開発
L 大分県央:食の安全と健康を守り、高齢者福祉の質を高める技術・製品の開発
M 鹿児島市エリア:地域農畜産物の機能性検証と安全・健康を目指す食品への応用

【新規高付加価値食品の地域先導型研究開発が不活発な理由】
○長野県での、新規高付加価値食品の地域先導型研究開発への取組みが、今まで不
活発だった理由としては、まず、以下の3つの点を挙げることができるのではない
だろうか。

〇(理由1 長野県の食品産業関係者の意識の高まり不足)
 長野県の食品産業の市場競争力の強化や高付加価値化を実現するためには、他県
等の同業他社の追随を許さないような高度な技術革新が必要であり、その技術革新
のためには、先端的科学技術の導入が不可欠であるという認識と、その先端的科学
技術をツールとして技術革新を具現化しようという熱意が、食品産業に係る産学官
の関係者の中で強く共有されることが無かったためと言うことができるのではない
だろう。
 個別企業が、それぞれ強い技術革新指向を有していても、その技術革新指向の具
現化のためには、個別企業の枠を超えた(オープンイノベーション的な)、地域の
産学官連携による取組みが不可欠と言う意識への高まりに欠けていたのではないだ
ろうか。
 ある食品業界では、業界独自の研究機関を有しているが、そのような業界からも、
産学官連携による新技術・新製品の研究開発プロジェクトを実施すべきというよう
な提案はなされて来なかったのである。

○(理由2 長野県の政策的対応の遅れ)
 長野県の地域産業政策が、食品産業振興のためのプログラムとして、産学官連携
による地域先導型研究開発を実施すべき旨をずっと提起できなかったことも、食品
産業に係る産学官の中で、食品産業における技術革新の必要性が強く認識されない
状況が続いてきた理由として挙げなければならない。残念ながら、地域産業の発展
方向を示すべき地域産業政策が、地域食品産業については、新たな展開への先導的
役割を果たすことができなかったのである。
 そのことが、長野県工業技術総合センターや長野県テクノ財団等の産業支援機関
が、食品産業の技術革新を担うべき人々の意識の中に、技術革新の必要性(オープ
ンイノベーションの必要性)についての共通認識を論理的に醸成することに資する、
効果的かつ具体的な事業を企画・実施化することができなかったことに繋がるのだ
ろう。
 実際に産業支援機関が、どのような事業を企画・実施化すればよいのか、非常に
難しい課題ではあるが、地域産業政策の策定・実施化に関与する者が真剣に取り組
まなければならない課題なのである。

○(理由3 長野県の技術シーズ提供機能を含む推進機能・体制上の課題)
 長野県内の大学等においては、新規高付加価値食品の研究開発に資する先端的技
術シーズの蓄積が決して多いとは言えないことも、食品産業分野での技術革新への
挑戦が不活発であったことの、一つの大きな要因となっているのではないだろうか。
 例えば、農学系分野を見渡しても、農林水産物の品種改良や成分分析・機能性評
価等の分野においては優位性を有していると言えるかもしれないが、農林水産物を
利用する食品製造技術に直接関係する分野の先端的技術シーズの蓄積はあまり多く
ないのではないだろうか。また、工学系分野においても、ある特定の限られた技術
分野を除けば、食品製造に関する技術シーズの蓄積は決して多いとは言えないので
はないだろうか。
 食品関係の産学官連携研究開発プロジェクトの企画・実施化を活性化するために
は、理想的には、大学等から県内の食品関係企業に対して、企業が応用したいと思
うような魅力ある新規技術シーズの提案が、次々となされるような環境が整備され
ていることが求められるのである。

○ここで、議論を更に深めていくために、食品産業における技術革新のイメージを
もう少し具体化しておきたい。一般的なイメージとすれば、以下のようになるだろう。
 今まで利用されていなかった新たな食品素材を発掘し、その食品素材としての優
位性を確認する。そして、その食品素材にふさわしい新食品をデザインし、それを
具現化するための製造技術を確立するというような一連の工程に、従来(既存)技
術では対応できない非常に高い困難性がある場合、その困難性の克服のために新た
な研究開発に取組むことが、すなわち、技術革新に取組むことになるのである。
 もっと単純かつ具体的には、例えば、長野県の味噌業界が、先端的科学技術の応
用によって、従来の味噌醸造に要する時間を大幅に短縮し、同時に含有される機能
性成分の濃度を高めることができる新醸造技術(装置)を開発し、他県等の同業他
社の半分の醸造時間で、より機能性の高い味噌を提供できるようになったら、味噌
業界に革命を起こすことになるというようなことも、技術革新のイメージの一例と
することができるだろう。

【信州大学の最近の「食」関連プロジェクトへの期待】
〇信州大学では、最近、「食」に関連する二つの大規模なプロジェクトを立ち上げ
ている。一つは、工学部を中心とする「食・農産業の先端学際研究会」であり、も
う一つは、農学部を中心とする「伊那谷アグリイノベーション機構」である。両方
ともに、「食」に関する様々な産学官連携プロジェクトを主導することを目指して
いる。

〇これらのプロジェクトには、長野県で今まで実施されて来なかった、地域食品産
業を先導する、そして、通常の知識を有する人々から、科学技術的に「詰めが甘い」
というような評価を得ることが決して無いようなレベルの、新規高付加価値食品の
研究開発の企画・実施化に取組んでいただくことを特に期待したい。
 新規高付加価値食品の創出を目指す、産学官連携研究開発の論理的な企画・実施
化手法を、地域食品産業の関係者の中に定着させることに資する指導的能力を有す
る機関としては、長野県内においては、信州大学が最有力であることから、これら
のプロジェクトには特に大きな期待を寄せているのである。

〇また、これらのプロジェクトには、今まで長野県内の産業支援機関が成しえなか
った、地域食品産業の技術革新を担うべき人々の意識の中に、技術革新の必要性(オ
ープンイノベーションの必要性)についての共通認識を論理的に醸成することに資
する、具体的な事業を企画・実施化していただくことも期待したい。

【地域食品産業分野での技術革新促進方策の在り方】
○県内中小企業の技術支援拠点である長野県工業技術総合センターは、食品技術部
門を有しているが、分析・評価機関としての役割が中心となるため、事業化まで見
通した新規高付加価値食品の産学官連携研究開発プロジェクトの企画・実施化を主
導することまでは期待しにくい。
 産学官共同研究開発については、長野県テクノ財団が、企画・実施化を支援する
拠点機関であるが、その活動も、食品産業の振興に関しては、活発とは言えない状
況が続いてきている。

○食品関係の産学官連携研究開発プロジェクトの企画・実施化を活性化するために
は、「新規高付加価値食品の地域先導型研究開発が不活発な理由」の所で述べたよ
うに、信州大学等の、県内の食品関係企業の身近な研究機関から、食品関係企業に
対して、企業が応用したいと思うような魅力ある新規技術シーズの提案が、次々と
なされるように、産学官が連携して、食品関係の技術シーズ提供機能の強化に取組
んでいくことが必要になる。

〇そこで、地域産業政策の策定・実施化を主導すべき長野県としては、県内食品産
業の発展に資する、県内企業への技術シーズ提供機能を拡充強化するために、信州
大学等に対して、どのような支援・連携等を実施すべきか、などについて、食品産
業振興に関与する産学官の関係機関の協力を得て、本格的に議論することに速やか
に着手すべきであろう。

【当面の現実的な地域食品産業振興への取組みの在り方】
〇信州大学等における、食品関係技術シーズ提供機能の拡充強化には長期間を要す
るだろうし、信州大学等が、食品関係技術シーズ提供機能に関してオールマイティ
になることも期待できないだろう。
 そこで、本県の産学官連携支援拠点である長野県テクノ財団等を中心とする、食
品製造技術関係の技術シーズの蓄積の多い、県外あるいは海外の工学・農学・薬学
系大学等まで視野に入れた、産学官連携コーディネート機能の強化が必要になる。
 どのような人的体制や組織間連携によって、どのような具体的活動を展開すべき
か、などが今後の重要な検討課題となる。

〇長野県テクノ財団においては、昨年度から、県内の多くの食品関係企業に関係す
る基盤的技術の中から、微生物応用技術に焦点を当て、県外大学等の研究者を招き、
県内企業で応用できそうな新規技術シーズを紹介する研究会を開催している。
 すなわち、長野県テクノ財団においては、食品産業に係る産学官の技術革新への
取組み意欲を高め、具体的研究開発活動へ展開させるための手法として、一気に多
くの産業・技術分野の産学官の関係者に働きかけるという、いわば「総論的なアプ
ローチ」ではなく、微生物応用技術という特定の技術分野に関心を持つ、産学官の
一部の産業・技術分野の関係者の具体的研究開発活動を活性化させることを起爆剤
にして、県内食品産業全体における技術革新への挑戦的活動の活性化を誘発しよう
という、いわば「各論的なアプローチ」を選択しているのである。
 この手法は、冷静沈着な(盛り上がりにくい気質とも言える)県民性に適した着
実な手法と言えるかもしれない。

〇いずれにしても、長野県の地域産業政策の策定・実施化を主導する県組織を中心に、
関係する産学官の関係者の英知を結集して、長野県工業技術総合センターや長野県
テクノ財団等の産業支援機関の地域食品産業振興活動のバイブルとなる、新たな地
域食品産業振興戦略(地域食品産業の集積ビジョンとその具現化のためのプログラム)
の策定について、本格的な議論が展開されることを期待したい。


ニュースレターNO.15(2013年10月5日送信)

優位性ある「学」なくして優位性ある地域産業政策なし
――イントロダクションとしての検討課題の提示――

【はじめに】
○長野県が、他県等に比して優位性を有する地域産業政策(長野県が目指す地域も
のづくり産業の集積ビジョンと、それを具現化するために必要になる様々なプログ
ラムで構成)を策定し、それを効果的に実施化していくためには、大学が有する高
度専門的な知見等を活用すること(従来の概念を超えたより緊密で一体的な大学と
の連携)が必要となっている。
 なぜならば、既にニュースレターNo.1やそれ以降のニュースレターでも述べ
てきたように、長野県の県組織のみに、他県等に比して優位性を有する地域産業政
策を策定し実施化することを期待することは、従来から非常に困難な状況にあるか
らである。そして、そのような状況を打開する最良の方法が、地域産業政策の策定・
実施化に資する高度専門的な知見等を豊富に有する大学との連携であると考えられ
るからである。

〇試みに、長野県の地域産業政策が目指す地域ものづくり産業の集積ビジョンを具
現化するために必要になるプログラムの中で、県内企業による、国際競争力を有す
る新技術・新製品の開発活動の活性化や、その開発成果の早期事業化への支援プロ
グラムについて考えてみると、その支援プログラムを他県等に比して優位性のある
ものとするためには、長野県の県組織が有する従来からの支援機能を高度化するだ
けでは足りないことが容易に理解できる。

○例えば、県内企業に対して、新製品開発に応用できる、国際的優位性や新規性を
有する技術シーズを提供することについては、県組織である工業技術総合センター
が、企業からの依頼に基づき分析評価等を行う試験機関であって、新規性を有する
科学技術の創出を目指す研究機関ではないことから、その役割を果たすことができ
ず、大学等の研究機関に依存せざるをえない状況にある。(私としては、この役割
分担が極めて合理的と考えている。)
 すなわち、従来からの県組織の支援機能では、県内企業の支援ニーズに十分に応
えられない分野があり、その分野での新たな支援機能を確保するためには、大学等
の他の専門機関と県組織との合目的的な連携が不可欠となっているのである。

○そこで、今回のニュースレターでは特に大学に注目し、長野県において、「従来
の概念を超えたより緊密で一体的な大学との連携」によって、優位性を有する地域
産業政策の策定と、その効果的な実施化を実際に推進できるようにするために、解
決しなければならない政策的課題をまず「イントロダクション」として整理し、次
回以降のニュースレターで、今回提示する政策的課題の具体的解決方策等について、
「各論」として議論を進めていくこととしたい。

【信州大学との連携の重要性】
○長野県の地域産業政策の策定とその効果的な実施化に必要な知見等を十分に提供
できる大学とは、地域産業政策の性格から、必然的に自然科学系(特に工学系が重
要になる。)や社会科学系の分野を広く含む総合大学ということになる。
 また、その大学には、長野県の産業振興に関して、長野県と緊密で一体的な連携
活動に円滑に取組むことが求められるため、長野県の産業振興に貢献することを、
その大学のミッションの中に位置付けている大学が理想的となる。
 そして、そのような総合大学は、長野県内では信州大学のみであることから、長
野県が、第一義的に連携を想定すべき大学は、信州大学になることに誰も異論を唱
えないであろう。

○地域産業政策の策定とその実施化において、信州大学との連携によって他県等に
対する優位性を確保するためには、その連携方法(具体的な連携事業を含む。)が、
他県等が実施している連携方法に比して、より高度な相乗効果を発揮できるものに
することが必要になる。そのような連携方法を具現化するキーワードが、前述した
「従来の概念を超えたより緊密で一体的な大学との連携」なのである。

〇信州大学は、その「理念と目標」の中に地域貢献を位置づけ、長野県の地域産業
の振興に貢献する旨を宣言している。
 しかしながら、地域産業政策の策定・実施化を主導すべき長野県としては、信州
大学が自らの意思によって、長野県の地域産業政策に整合する活動を展開してくれ
ることを、ただ待っているわけにはいかない。信州大学との連携による、長野県が
描く理想的な地域産業政策の策定・実施化の実現に向けて、長野県サイドからの信
州大学サイドへのアクションがまず必要になるのである。

○長野県としては、「学問の自由」、「大学の自治」の下で、広範な分野で研究や
教育に取組んでいる信州大学が、地域産業の振興に関する、長野県との緊密で一体
的な連携の意義を真に理解し、その連携への意欲を更に高めることに資するレベル
の論理性を持って、理想的な連携の実現への道筋を、信州大学に対して明確に説明
できることが、長野県が主導すべき地域産業政策の策定・実施化への信州大学参画
の動機づけ、前提条件となるのである。

【信州大学との連携によって長野県が得られる優位性】
〇長野県の地域産業政策の策定とその実施化について、長野県が信州大学と連携す
ることには、大きな優位性が内在している。
 その第一の優位性は、信州大学が県内唯一の総合大学であるということである。
自然科学系や社会科学系の分野を広く含む総合大学との連携を必要とする地域産業
政策の策定・実施化において、長野県は、迷うことなく速やかに信州大学を連携先
に位置づけ、信州大学との連携に集中して、必要な諸活動に着手できるという大き
なメリットを有している。

○すなわち、長野県は、地域産業政策の策定・実施化において、他県等では実現し
にくい、一つの特定の地元大学との極めて緊密で一体的な連携体制を構築できると
いう優位性を有しているのである。
 複数の総合大学や大規模な工学系大学を有する県等においては、各大学との関係
に配慮したバランスある連携活動の在り方等の検討が先に立ち、一つの特定の大学
との特別に緊密な連携による活動の企画・実施化が、スピーディにできない場面も
多々あるであろうことは想定できる。

〇その第二の優位性は、信州大学との連携によって、経済的合理性の下に(最少の
県費負担、すなわち、県が独自で機能を整備する場合に要する県費に比して極めて
少額の県費負担で)、地域産業政策の策定・実施化に必要となる、例えば、新技術・
新製品の研究開発支援、研究開発型人材の育成・供給支援等に関する、通常の県組
織では整備不可能な(他県等に比して優位性を有する)、高度専門的な支援プログ
ラムの提供機能を保有することができるということである。

  【連携で得られる地域産業政策策定への支援とそれに伴う課題】
〇長野県の地域産業政策の策定に係る県組織の専門性や論理性の不足部分を補完す
るために、信州大学との連携が必要不可欠となることは前述の通りである。
 長野県が策定すべき地域産業政策の、地域産業振興理論からみた構成・体系の在
り方等の基本的事項から、ビジョン具現化に不可欠な優位性ある各種プログラムを
企画する際に必要になる高度専門的知識に至るまでの様々な分野で、信州大学から
多くの支援を得られることが期待できる。

○信州大学との連携が実現してもなお残る、非常に大きく深刻な課題は、信州大学
との連携によって得られる様々な専門的知見等を活用し、実際に地域産業政策とい
う形にまとめ上げる専門的能力(いわば地域産業政策を監修できる能力)は、政策
策定・実施化の責任者である県組織自身が保有しなければならないということである。

【連携で得られる新たな産業支援機能とそれに伴う課題】
〇例えば、県の工業技術総合センターの分析評価支援機能ではカバーできない、国
際的優位性や新規性を有する技術シーズの提供機能については、信州大学との連携
によって最少の県費負担で確保できる。
 工業技術総合センターは、県内企業一社一社では整備できない高価な分析評価機
器と、その機器による分析評価の専門家(県職員)を配置し、企業の分析評価室と
しての機能を果たすことを主要な役割としている。すなわち、新規性のある最先端
の科学技術(企業が新技術・新製品を開発するために応用できる新規性のある技術
シーズ)を創出するための研究開発を行うことは任務としていないのである。(実
はこのことに、大学では肩代わりできない工業技術総合センターの大きな存在意義
があると私は考えている。)

○この点に関しては、長野県の産業構造や、県内企業の潜在的・顕在的技術ニーズ
に適合した技術シーズを如何にしたら効果的に提供できるのか、ということが課題
となる。
 当然のことながら、信州大学は、長野県の地域産業の振興のためだけに研究活動
をしている訳ではない。それぞれの専門分野の研究者が、それぞれ自由に真理の探
究に取組んでいる。「学問の自由」、「大学の自治」は、他者に侵されてはならな
いものなのである。
 したがって、この技術シーズの提供を含め、長野県の地域産業政策の策定・実施
化に資する分野の信州大学の機能を、特に強化してもらうためには、長野県として
の信州大学に対する特別の政策的対応が必要になる。

【信州大学の「学」としての優位性がもたらす効果】
〇長野県の地域産業政策を他県等に比して優位性を有するものとし、それを実施化
する推進力にも優位性を確保するためには、地域産業政策の策定・実施化に係る学
術的支援機関としての信州大学が、どのような優位性を有しているかが重要となる。
 信州大学が、地域産業政策の策定・実施化に必要になる高度専門的な知見等にお
いて、他県等の大学に対する優位性を有することが、長野県の地域産業政策の策定・
実施化に、以下に記載するような他県等に対する優位性を与えることに繋がるので
ある。

〇例えば、信州大学が、県内企業の技術ニーズにマッチする、国際的優位性や新規
性を有する技術シーズを豊富に有し、県内企業がそれを応用することができれば、
県内企業が国際的優位性や新規性を有する新技術・新製品の研究開発を実施化でき、
国際市場における競争力を高めることができるのである。

〇また、信州大学が継続的に、国際的優位性を有する大型の産学官共同研究開発プ
ロジェクトの拠点となり、世界中から多くの大学の研究者や企業の技術者が集まる
ようになれば、信州大学の周りに研究機関や研究開発型企業の集積が促進され、い
わゆる国際的優位性を有するキャンパスシティが形成されることにも繋がるのである。

【信州大学の「学」としての優位性確保に長野県がなすべきこと】
〇優位性のある地域産業政策の策定・実施化のために、信州大学のある特定の分野
の機能を強化することが必要になる場合には、長野県が信州大学に協力・支援し、
その必要な機能の強化を図るべきことは当然のことである。

〇信州大学は、「学問の自由」、「大学の自治」の下で、長野県の地域産業政策の
策定・実施化に対して自由に批評や提言等ができる、いわば「能動的支援機能」を
有している。また、長野県の要請に応えて、長野県の地域産業政策の策定・実施化
に関して不足している能力を補完するなど、長野県の政策策定・実施化機能を高度
化できる、いわば「受動的支援機能」も有している。

〇信州大学が有するこの二つの機能が、より優位性のあるものになることに資する、
長野県による協力・支援が、長野県の地域産業政策の策定・実施化に優位性を与え
る「従来の概念を超えたより緊密で一体的な大学との連携」の具現化に繋がるので
ある。
 したがって、この信州大学に対する協力・支援の在り方が、地域産業政策上の重
要な検討課題となるのである。

【信州大学との連携でも得られない支援機能の確保】
〇長野県の信州大学に対する協力・支援によっても、前述してきたような県が保有
すべき、地域産業への支援機能を整備できない場合があることは当然想定できる。
 そこで、そのような場合の補完方策として、必要な支援機能を提供してくれる、
県外、海外の大学との連携方策についても、地域産業政策の中に位置づけておくこ
とが必要になる。

○すなわち、優位性を有する地域産業政策の策定・実施化のために不可欠の、優位
性のある「学」については、信州大学とともに、県外、海外の大学も選定し、随時
稼働できる緊密な連携体制を構築しておくことが必要になるということである。
 ニュースレターNo.9「長野県の国際戦略」の中でも若干議論したように、県
内企業による県外・海外の大学との連携も支援できる、いわゆるグローバルな産学
官連携コーディネート機能の整備(拠点機関の整備を含む。)や連携事業の在り方等
が課題となるのである。

【おわりに】
○長野県が、他県等に比して優位性を有する地域産業政策を策定し、それを効果的
に実施化していくためには、県内唯一の総合大学である信州大学との新たな連携構
築が、非常に重要な役割を果たしてくれることや、それを具現化するためには、解
決しなければならない様々な課題があることについて述べてきた。

○次回以降のニュースレターにおいて、その解決すべき課題等への対応の在り方を
含め、優位性のある「学」としての、信州大学や県外・海外の大学との連携による、
優位性のある地域産業政策の策定・実施化の推進について、個別具体的に議論して
いく予定である。


ニュースレターNO.14(2013年9月21日送信)

ものづくり分野の創業支援戦略

【はじめに】
○今回のテーマ設定は、長野県の現状の創業支援戦略とその具現化のための創業支
援プログラム(両方を合わせて、以下では「創業支援システム」と言う。)が抱え
る課題を指摘し、長野県が目指す「日本一創業しやすい環境づくり」にふさわしい、
他県等に比して優位性を有する創業支援システムの構築に向けた議論が、産学官の
関係者の間で活発化することに資することを目的としている。

○なぜ、産学官による、創業支援システムに関する議論の活発化が必要なのか。そ
れは、長野県の現状の創業支援システムが、県関係組織として容易に実施できる
(思いつく)レベルの創業支援プログラムだけを、各創業ステージに当てはめると
いうような、不完全な形のものになってしまっているからである。

○本来的には、長野県内での創業活動を活性化するために必要な創業支援システム
とは、どのようなものであるべきなのか、に関する論理的な議論によって、構築す
べき理想的な創業支援システム像(創業支援システムのビジョン)を把握すること
が、まず必要になるはずである。
 しかし、長野県の現状の創業支援システムは、理想的な創業支援システム像を明
確化し、その構築の実現を目指し、産学官の関係者が連携する作業の中から生まれ
たとは考えにくいものになってしまっているのである。

〇長野県が、創業に関するワンストップ相談窓口として位置付けている、長野県中
小企業振興センター「ながの創業サポートオフィス」への相談件数は、年間延べ110
件(平成24年度)と非常に少ない上に、ものづくり産業(製造業)に関する相談
は、その内の20パーセント程度と更に低調な状況にある。

○実際に、長野県内で創業に結びつく案件のほとんどは、飲食業、理美容業等のサー
ビス産業に属するものと聞いている。本県経済発展の最大の牽引力であるものづく
り産業の創業は、その持続的発展に不可欠であるにもかかわらず、高度な技術力や
多額の設備資金が必要なことなど参入障壁が高いことから、極めて少ない状況にあ
ると言われている。
 ここに、ものづくり産業分野に係る、長野県の創業支援システムの課題について
議論し、その解決方策を見出していくことの意義が存在するのである。

【長野県の創業支援の現状と課題】
○長野県は「日本一創業しやすい環境づくり」を推進することを掲げ、「長野県もの
づくり産業振興戦略プラン(平成24年度〜28年度)」の重点プロジェクト「創業
サポートの強化」において、創業ステージ(創生期→種蒔期→創業→萌芽期→自立期)
に応じた効果的な支援策を講ずることにしている。

○「創生期」とは、創業しようとする人を生み出し、その数を増やす段階であり、
「種蒔期」とは、創業しようとする人がビジネスプランを策定する段階としている。
そして、創業した後、事業を軌道に乗せるまでの段階を「萌芽期」とし、事業が軌
道に乗って更に拡大を狙う段階を「自立期」としている。
 この創業ステージの分類の良し悪しは別として、以下では、この分類に基づき議
論を展開する。

○「日本一創業しやすい環境づくり」を目指すということは、他県等の創業支援シ
ステムに比して優位性を有することを目指すこと、と言い換えることができるだろ
う。しかし、「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」の中で取組もうという内容は、
「創業に関する相談・助言のワンストップ化」、「創業支援融資」、「創業用事業所
の紹介」、「創業に必要な知識等を提供するセミナーの開催」、「創業後3年間の法
人事業税の課税免除」等であって、各創業ステージにおける活動を活性化・円滑化す
るプログラムとして、量的にも質的にも不十分で、創生期から自立期までを切れ目
なく支援することの重要性を認識したプログラム構成にはなっていない。
 他県等に比して優位性や独創性を有するものとしてアピールできる(「日本一創業
しやすい環境づくり」の決め手になるような)、創業支援プログラムは残念ながら
提起されていないのである。

〇「日本一創業しやすい環境づくり」を実現するためには、長野県の創業支援シス
テムが、創生期から自立期までをステップアップしていく創業希望者の活動を、切
れ目なく一貫して効果的に支援できるプログラムを有することが必要になる。そして、
それらの各創業ステージを対象とする支援プログラムが、質的にも量的にも、他県
等に比して優位性を有することも必要なのである。
 以下で、「日本一創業しやすい環境づくり」に資する、他県等に比して優位性や
独創性を有する創業支援プログラムの在り方等について議論してみたい。

【創業支援プログラムの在り方―特に「創生期〜種蒔期」における課題―】
○「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」においては、「創生期」の創業者育成
プログラムとして、学生の創業意識喚起に取組むことにしている。
 しかし、創業意識を喚起しただけでは、成功する確率の高い学生創業を活性化す
ることはできない。ビジネスプランの策定から、創業後の経営手法まで、創業を目
指す学生が学ばなければならないことは山ほどある。それらをどのように体系的・
実践的・効率的に学ぶことができるようにするのか、全く不透明で不完全な産業振
興戦略プランに留まっていると言わざるを得ない。

〇創業への熱い思いはあっても、創業を実現するために必要な基礎的知識を十分に
持たない学生を増大させることは、学生の創業の失敗例を増大させ、学生の創業へ
の意欲を低下させる結果に繋がるだけである。
 したがって、大学等の協力を得て(大学等と連携して)一定期間をかけて創業に
必要な知識を体系的・実践的・効率的に習得できる創業支援プログラムが必要にな
る。

○学生の創業、すなわち大学発ベンチャーの創出促進のための人材育成システムに
ついては、私が聴講した、法政大学国際シンポジウム「イノベーションと起業イン
フラの国際比較」(2012年3月)で紹介された、スウェーデン・ヨーテボリの
チャルマース工科大学の2年制の起業家育成プログラム(修士課程)が非常に参考
になる。
 そのカリキュラムを大雑把に見てみると、1年目には、同大学の技術シーズ等を
基にしてビジネスアイディアの検討や事業のシミュレーション等を行い、2年目に
は、実際にベンチャー企業の創設に取組む。そして、一定の評価を得たビジネスプ
ランは、卒業後、その学生によって事業化できるという仕組みである。当然、優れ
たビジネスプランにはギャップファンドが用意されている。そして、起業されたベ
ンチャー企業の数年後の「生存率」は、80%という非常に高いレベルに達してい
るとの紹介もあった。

○チャルマース工科大学の起業家育成プログラムの紹介の中で、非常に関心を持っ
た事項がある。それは、同プログラムに進学する学生の半数以上は、当初は、起業
のプロセス等について学びたい(企業に就職してからの仕事に活かす知識として学
びたい)という意思を有していても、卒業後直ちに自ら起業したいとは考えていな
いにもかかわらず、卒業までには、100%に近い学生が起業を目指すようになっ
ているということである。
 どのような教育プログラムが、そのような意識改革(動機づけ)に貢献している
のか。その意識改革の仕掛けを、学生の創業意識喚起に取組むとしている、長野県
の「創成期」の支援プログラムに応用することが、創業を志す学生を着実に増大さ
せ、その結果として、より多くの創業を着実に実現することに繋がるのである。

〇以上のことから、長野県の創業支援システムの第一の課題は、如何にしたら、県
内の学生が、チャルマース工科大学の起業家育成プログラムのような創業支援プロ
グラムの提供を受けることができるようになるのかということである。そして、第
二の課題は、学生だけではなく既に企業の従業員になっている創業希望者に対して
も、如何にしたら、同様の創業支援プログラムを提供できるようになるのかという
ことである。

【「創業速度」を律速する「創生期〜種蒔期」の支援プログラムの重要性】
〇創業を成功させるためには、創生期から自立期に至る各創業ステージを着実にス
テップアップしていくことが必要になる。そして、特に、創生期から種蒔期に至る
最初の創業ステージが、その後の創業・自立化に至るまでの「創業速度」を律速す
る最も重要なステージとなるのである。
 したがって、この最初の創業ステージにおける支援プログラムの善し悪しが、長
野県の創業支援システム全体の善し悪しを決定づけるのである。

○それにもかかわらず、「日本一創業しやすい環境づくり」を目指す長野県の、最
初の創業ステージの支援プログラムの内容が、総合的相談窓口の設置の他には、若
者向けの啓発的なセミナーしか実施しないレベルに留まっていることが、長野県の
創業支援システムの脆弱性を際立たせてしまっているのである。

【産学官連携による新たな創業支援プログラムの企画・整備の必要性】
〇創業希望者が創業ステージをステップアップしていくためには、特に、創生期〜
種蒔期に至る初期段階での支援が重要で、その支援を効果的に企画・実施化してい
くためには、大学との連携や大学からの支援が不可欠なことは明らかである。
 しかし、本県においては、優位性を有する創業支援プログラムの企画・整備につ
いて、大学が担うべき機能・役割分担、更にはその具現化のための方策等にまで踏
み込んだ議論は全くなされていないようである。

〇「日本一創業しやすい環境づくり」を実現するために必要なことは、創生期から
自立期までを一気通貫で切れ目なく支援できる、産学官連携による新たな創業支援
システムの構築なのである。
 大学は、前述の通り、学生の創業意識の醸成から、創業に必要な知識や技術の教
育、創業後の経営や研究開発・商品化への支援など、オールラウンドな支援機能を
有しているのである。
 このようなことは、誰の目にも明らかであるにもかかわらず、なぜ、長野県の創
業支援システムの検討の成果として提示された、「長野県ものづくり産業振興戦略
プラン」の重点プロジェクト「創業サポートの強化」に、産学官連携による創業支
援プログラムが提示されなかったのか不思議でならない。

【創業支援プログラムの企画・整備・提供の「拠点機関」設置の必要性】
〇創業ステージ毎に、産学官連携によって他県等に比して優位性を有する支援プロ
グラムを整備しようということになると、経営、技術、資金など様々な分野や視点
からの検討が不可欠となり、大学のみならず、様々な産業支援機関の参画が必要に
なる。
 そこで、創業支援プログラムの企画・整備から、そのプログラムの実際の運営に
至るまでの様々な作業を産学官連携の下で、円滑かつ効果的に推進するためには、
どうしても創業支援に関して産学官が連携する拠り所となる「拠点機関」が必要に
なるのである。

〇例えば、創業希望者が、その「拠点機関」を訪れれば、その創業希望者の位置す
る創業ステージに適した、具体的な創業支援プログラムを提案してもらえ、そのプ
ログラムを受けられるように手配もしてもらえるというような、的確なサービスを
受けられる環境を作ることが、「日本一創業しやすい環境づくり」になるのではな
いだろうか。

〇現状においても、長野県中小企業振興センター「ながの創業サポートオフィス」が、
創業に関する総合的相談窓口として位置づけられ、専門相談員も配置されている。
そして、個別の創業に関する相談には親切に対応している。
 しかし、そこには、新たな産学官連携による創業支援戦略を策定し、その具現化
に必要な個別具体的な創業支援プログラムを企画し「日本一創業しやすい環境づくり」
を実現していくことを主導する機能(シンクタンク的機能など)は整備されていな
いし、そこまでの役割を果たすことを期待されてもいない。
 前述のような創業支援に関する総合的な機能を有する「拠点機関」が必要である
との認識すら、どこにも提起されていないのが現状なのである。

【企業集積(誘致)戦略としての創業支援戦略】
〇長野県が宣言している「日本一創業しやすい環境づくり」が実現し、日本国内で
は長野県で、最高の創業支援サービスが受けられるとなれば、当然、創業を目指す、
学生や社会人が長野県に集まり、その結果、創業活動が活性化し、企業集積も加速
されることになる。「日本一創業しやすい環境づくり」実現の経済波及効果は、極
めて大きいということである。

○「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」で提示された各創業ステージに対応し
た現状の支援プログラムは、残念ながら、「日本一創業しやすい環境づくり」を宣
言した責任とその具現化の経済波及効果の大きさを、十分に認識した上で提示され
ているとは考えられないレベルのものである。
 すなわち、創業活動を活性化するために必要な、ソフト・ハード両面の創業支援
インフラ(仕掛け)を徹底的に追究し、他県等に比して優位性を有するものにしよ
うという(真剣に「日本一創業しやすい環境づくり」を実現しようという)強い意
思を持って企画されたものにはなっていないということである。

〇また、「日本一創業しやすい環境づくり」のためには、「総合的で切れ目のない
創業支援システム」を構築することが必要であるにもかかわらず、そのことに十分
に配慮した支援プログラムの構成になっていないことも問題になる。

○いずれにしても、他県等に比して優位性を有する「総合的で切れ目のない創業支
援システム」を構築することについては、長野県の県関係組織だけでは対応できな
いことは当然である。
 信州大学、各種の産業支援機関等を含む産学官連携によって、理想的な創業支援
システムの構築について論理的に調査・研究し、創業支援に関する具体的なビジョ
ン・シナリオ・プログラムを策定することに改めて挑戦すべきであろう。

【おわりに】
○ニュースレターNo.1「地域産業政策研究所の必要性」でも述べたように、創業
支援システムに関する専門的知識を十分には有していない県関係組織だけに、本来的
にあるべき創業支援システム像(創業支援システムのビジョン)を描いてくれること
を期待するのは困難である。
 したがって、関係する産学官の皆様には、長野県の「日本一創業しやすい環境づくり」
への取組みが着実に推進されるよう、どのような創業支援システムが必要になってい
るのか、どのようにしたら理想的な創業支援システムを構築できるのか、などに関す
る積極的な提言等をお願いしたい。


ニュースレターNO.13(2013年9月8日送信)

「顧客」を内包する「コンパクト地域クラスター」の形成戦略
―――伝統工芸品産地の新たな生き残り戦略への適用―――

【はじめに】
○日本国内の各地域には、伝統工芸品産業(漆器、陶磁器、織物、紙製品など)や食品
加工産業(清酒、味噌・醤油、漬物など)のように、それぞれの地域において、長年に
わたって、その地域に特徴的な最終製品を生産・供給し続けている歴史的な地域産業集
積がある。
 ここでは、そのような地域産業集積の新たな振興戦略を構想する場合に、「コンパク
ト地域クラスター」という概念を適用することについて具体的に議論するために、全国
的に存続の危機に直面している産地も多くある、伝統工芸品産業を題材にすることとし
たい。

○長野県内にも、多くの伝統工芸品産業(木曽漆器、飯山仏壇、内山紙、信州紬、信州
打ち刃物など国指定7産地、県指定14産地、その他の産地)がある。しかし、生活様
式の変化や海外からの安価な類似製品の普及などによって、生産量や事業所数は減少傾
向にあるなど、各産地は非常に厳しい経営状況に追い込まれている。

○このような長野県内の伝統工芸品産地の中には、その業界団体等が、独特の産地形態
など、その産業の歴史的特長等から特別に保護すべき産業であると主張して、市場開拓
や後継者育成等への財政的支援を、行政機関に対して強く訴え続けてきている事例も見
られる。
 しかし、行政機関が、いくら伝統工芸品産業を保護することに努めたとしても、消費
者が自由な嗜好の下で、当該産地の製品を選択・購入するようにならない限り、その産
地の衰退を止めることはできない。
 すなわち、当該産地が自ら、市場ニーズの変化に的確に対応して、新たな産地振興戦
略を策定し(産地の持続・発展の道筋を描き)、その具現化に資する具体的なプロジェ
クトを企画・実施化していかないかぎり、産地として生き残ることはできないと言って
も良い状況なのである。

【産地振興戦略策定に資する戦略のパターンや構成要素の提案】
○伝統工芸品産地の振興戦略策定作業に取組む際に、どのような視点から検討したら、
より効果を期待できる戦略を効率的に策定することができるのか。この課題の「解」を
探ることに資することを目的として、まず、産地振興戦略のパターンや構成要素につい
て提案してみたい。

○「外需型戦略」と「内需型戦略」
 人口減少、市場縮小等の中、産地として他県等の類似の伝統工芸品との市場競争に勝
ち、国内外の市場を広く獲得することを重視する戦略(「外需型戦略」)を採用するの
か。あるいは、当該地域の中での関連産業との新たなバリューチェーンの構築によって
生き残ることを重視する戦略(「内需型戦略」)を採用するのか。
 それぞれの産地の製品企画・生産能力等の状況などに基づく、当該産地が採用すべき
(採用可能な)産地振興戦略の在り方等に関する、産地関係者の考え方・判断によって、
前述の2つの戦略の中からどちらを採用すべきか、あるいは、両方の混合型の戦略を採
用すべきか、をまず決定し、戦略策定作業を進めることが合理的手法と言えるだろう。

○「製品としての優位性」と「産地としての優位性」
 どのような産地振興戦略を採用するにしても、戦略によって獲得を目指すべき「優位性」
の分野としては、次の2つの分野に集約できるだろう。
 その第一は、他産地の類似製品に比して、機能性、デザイン性等で優位性を有する製
品を企画・供給できるようになることである。すなわち「製品としての優位性」の確保
である。
 「内需型戦略」を採用し、重点市場を地域内に絞り込んだとしても、地域内の人々が、
他産地の類似製品の方を購入するようになってしまえば、「内需型戦略」は、全く意味
をなさないことになることから、「製品としての優位性」は、どのような戦略を採用す
る場合であっても、基本的かつ不可欠の戦略構成要素になるのである。

○そして、第二は、産地に集積する店舗・作業場の歴史的景観等の特有の観光資源(でき
れば絶対的優位性を有する観光資源)の発掘・整備・活用により、類似製品分野の他産
地より多くの観光客を集める、集客力のある産地を形成することである。すなわち「産地
としての優位性」の確保である。
 生産する伝統工芸品のみならず、産地の観光地としての魅力が高まれば、産地を訪れ
る観光客の数は増え、伝統工芸品の売上増大のみならず、他の商品・サービスの提供等
を通して、産地を含む地域全体への経済的波及効果が高まるのである。

【「内需型戦略」としての「顧客」を内包する「コンパクト地域クラスター」】
○それでは、ある伝統工芸品産地が産地再生のために、実際に前述の振興戦略のパター
ン・構成要素の中から、産地の実情に合わせて「内需型戦略」を選択し、「製品として
の優位性」確保を目指して、新たな産地振興戦略を策定・実施化していく場合に参考に
していただきたい、「コンパクト地域クラスター」の形成という考え方を提案したい。

○ある伝統工芸品産地が、その周辺に集積する温泉旅館、飲食店等のサービス産業企業
群を新たな「顧客」(連携先)として位置づけ、それらを含む一定の地理的範囲の中で、
新製品の企画・提供をはじめとする新事業を展開(新たなバリューチェーンを形成)で
きるようにするための「内需型戦略」を、「コンパクト地域クラスター」形成戦略と定
義することにする。

○そして、当該サービス産業企業群の優位性ある事業展開に資する、すなわち、当該サー
ビス産業企業群の潜在的・顕在的ニーズに応える新製品(例えば、当該企業群がサービス
の差別化・向上のために業務上で使用する、衣料、食器、家具、装飾品、土産品etc.)の
企画・開発から製造・流通までを担当できる、当該企業群の周辺に位置する伝統工芸品
産地の企業等からなる企業連携システムを構築(バリューチェーンを形成)することが
できれば、それが伝統工芸品産地を核とする「コンパクト地域クラスター」の成長エン
ジンになるのである。

○そのバリューチェーンをうまく稼働させるためには、そのサービス産業企業群のニー
ズに応える、当該企業群の優位性ある事業展開に資する新製品を企画・供給できる、す
なわち「製品としての優位性」を確保できる、新たな産地体制(機能)を整備すること
が、最重要課題となる。

○この産地が新たに整備すべき体制(機能)として、最も重要なものが「プロデュース
機能」である。すなわち、「顧客」となるサービス産業企業群の事業展開に資する、伝統
工芸品産地の技術を活用する新製品を当該企業群に対して企画・提案し、それを実際に
産地で生産し、当該企業群に供給し、それを当該企業群が活用することによって、その
業績を向上できるようになるまで(必要に応じて供給製品の改善等のフォローアップも
実施)の一連の工程を一気通貫で主導できる産地体制(機能)の整備が必要になるので
ある。

【「コンパクト地域クラスター」形成戦略の策定の在り方】
○内部に独創的な企業連携による新たなバリューチェーン(その具現化に資する「プロデ
ュース機能」)を有する「コンパクト地域クラスター」を形成するという考え方について
は、伝統工芸品産業の場合のみならず、地域で低迷している他の産業の新たな生き残り
戦略を策定する場合においても活用できる。そして、地域の産業振興に関係する産学官
の英知を結集して、その策定と実施化に挑戦することは、地域産業振興を担当する行政
機関にとって、従来からの地域産業政策に新たなベクトルを与えるものになるだろう。

○新たなバリューチェーンの形成・稼働のためには、「製品としての優位性」を確保で
きる産地体制(機能)の整備が必要であり、その体制(機能)整備の核となるのが、「プロ
デュ―ス機能」の整備であることは、前述した通りである。しかし、ほとんどの伝統工芸
品産地は、「プロデュース機能」を産地内に有していない。したがって、この「プロデュ
ース機能」を有する産地が、今後の産地間での生存競争において、極めて有利に産地活動
を展開できるのである。

○すなわち、「コンパクト地域クラスター」形成戦略の策定においては、この「プロデュ
ース機能」の構築方策を戦略の中に的確に位置づけ、その整備を実行する道筋までを提示
することができるか否かが、「コンパクト地域クラスター」形成戦略の優位性の確保、す
なわち、当該産地の他産地に対する優位性の確保を実現できるか否かを大きく左右する
ことになるのである。

【おわりに】
○伝統工芸品産地の「プロデュース機能」の整備については、その機能をどこに整備すべ
きか、その機能の整備に要する経費はどのように調達すべきか、が大きな課題として産
地に重くのしかかることになる。
 「プロデュース機能」については、当然、当該「コンパクト地域クラスター」内に設置
する必要があることから、産地組合や商工会等の産業支援機関に設置することが効果的
であろう。
 また、その「プロデュース機能」を果たせる高度専門的人材の雇用とその人材の活動に
必要な経費の調達については、現在様々に実施されている国等の産業支援制度(補助金等)
を積極的に活用することが望まれる。そして、産業支援制度を産地にとってより活用し
やすいものにするためには、その見直し・改善等による、新たな支援メニューの創設等
を国等に継続的に働きかけていくことが必要であろう。

○各地の伝統工芸品産地が、ある程度の政策的支援さえ受ければ、自ら産地振興戦略を
策定・実施化できる「余力」を残している間に、関係行政機関においては、「コンパクト
地域クラスター」形成戦略の策定支援など、従来からの伝統工芸品産地振興施策の枠を
超えた、新たな政策ベクトルの中に位置づけられるような、効果的な新規支援施策を展
開されることを期待したい。


ニュースレターNO.12(2013年8月24日送信)

科学技術による地域環境課題の解決と地域産業振興との整合

【はじめに】
○地域の解決すべき潜在的あるいは顕在的な環境課題を明確に特定・提示し、その解決
手段を科学技術の活用によって(推進体制としては産学官連携によって)開発・事業化
することを目指す行政計画が、地域の環境課題の解決と地域産業の振興とを整合させる、
すなわち、経済的合理性(市場原理)の下で、地域の環境課題を解決し、新たな環境産
業を創出することを主導する行政計画になるのである。
 そして、実際に長野県内で、そのような行政計画が策定され、効果的に実施化される
ことを願い、以下で議論を展開したい。

【長野県環境基本計画の課題@―科学技術の活用―】
○「第二次長野県環境基本計画(平成20年度〜24年度)」の長期戦略プロジェクト
「活力ある資源循環型社会形成プロジェクト」においては、「産学官の連携により、レ
アメタル等の有用資源の回収技術や、バイオマスの利活用など、リサイクルを推進する
ための技術の高度化を促進するとともに、その普及を推進します。」と記載されている。
 このプロジェクトの内容は、一般的な(全国共通的な)環境課題の解決方策の提示で
あり、長野県が直面し速やかな解決が必要な環境課題を特定し、その具体的解決方策の
創出を目指すものとはなっていない。しかし、ここで重要かつ有意義なことは、科学技
術を活用した環境課題の解決に、県が、主体的かつ積極的に取組む姿勢を明示している
ことなのである。

○この環境基本計画の期間5年間に、長野県は、「活力ある資源循環型社会形成プロジ
ェクト」において、どのようなリサイクル技術の高度化を促進し、その普及をどのよう
に推進してきたのか。その具体的成果がどうであったのかを問うことは別として、その
「環境課題の解決に科学技術を活用するという姿勢」は、長野県の環境課題の解決を目
指す各種の計画において、計画の目的の実現を促進する効果的な政策的「仕掛け」とし
て、更にブラシュアップされるべき「計画の重要な構成要素」なのである。

○しかし、最新の「第三次長野県環境基本計画(平成25年度〜29年度)」において
は、資源循環型社会の形成に関する記載箇所のどこにも、「第二次長野県環境基本計画」
に記載されていたような、科学技術を活用した課題解決への取組みについては記載され
ていない。
 資源循環型社会を形成するための方策としては、資源の再利用等に関する啓発活動や、
廃棄物の処理・処分に関する行政指導などを掲げているにすぎない。
 これだけでは、道徳的あるいは法律的に適正な廃棄物の処理・処分は促進されても、廃
棄物を有用資源として更に高度に循環させる、自発的で合理的な民間企業等の活動を活
性化する道筋は見えてこない。

【長野県環境基本計画の課題A―地域環境課題の特定の重要性―】
○科学技術の活用によって地域の環境課題を解決することを、環境基本計画等の行政計
画の目的の実現手段に位置づける場合には、例えば、実際に地域で適正処理に困ってい
る廃棄物(ゴミ焼却施設からの焼却灰、下水処理場からの脱水汚泥、農産物加工工場か
らの植物性残渣等)の再利用など、特定の環境課題を選定し、その解決の実現方策に焦
点を当てることが必要になる。

○例えば、新聞報道によると、県内のいくつかの自治体のゴミ焼却施設からの焼却灰に
ついては、県内の民間の最終処分場が近々満杯になることから、来年度から県外に新た
な処分委託先を見つけなければならないという、切羽詰まった状況に追込まれていると
のことである。
 すなわち、環境基本計画等の行政計画において、一般的な(全国共通的な)環境課題
やその解決方策を提示しておくだけでは、前述のような実際に地域が困っている環境課
題の解決のために、地域の英知を結集して(例えば、産学官連携によって)、その合理
的な解決方策を創出・実施化していくような活動を活性化することは困難ということで
ある。

○長野県内の焼却灰等の最終処分場が満杯になる時期は、1日当りの埋立て量と埋立て
可能量(計画埋立て量)が分かれば、誰でも計算・予測できることである。また、長野
県内において最終処分場に依存し続けることには、処分場の適地探索・選定の困難性(特
に浸出水処理を伴う処分場は困難性が高い)等から限界があることも、誰でも理解でき
ることであろう。
 したがって、最終処分の困難性の高い廃棄物から順次、最終処分場に依存しない処理(
理想的には100%再利用)システムを科学技術によって実現していかなければ、他県等
に最終処分を押しつけ続けることしか、長野県の環境保全を維持する方策はないという
ことになる。
 そのことを地域の差し迫った環境課題として特定し、その解決策を科学技術によって
見出そうとする具体的な提案が、行政計画においてなされていないことに不安を覚える
のである。
 「資源循環型社会の形成」という一般論を繰り返し掲げているだけでは、誰も、地域
が直面している現実の環境課題について、資源循環型の解決をしてくれないのである。

【長野県環境基本計画の課題B―地域環境課題を解決する政策的「仕掛け」―】
○例えば、焼却灰の埋立て量の削減に資する、焼却灰の再利用技術の開発とその開発成
果の事業化を、企業等に期待する旨を県や市町村等が明確に意思表示すれば、企業等に
とってはビジネスチャンスとして、その技術開発と事業化に取組む強力な動機づけにな
るのである。企業等だけで対応できなければ、大学等の先端的科学技術を活用するため
の産学官連携体も構成されるだろう。
 その場合、県や市町村等は、企業等の技術開発・事業化等への適切な支援制度を用意
しておくべきであることは当然のことである。

○焼却灰の再利用技術については、既に様々な技術が提案され実用化されたものもある。
しかし、コストや安全性等の問題から普及が進まず、多くの場合、永久に浸出水を処理
し続けなければならないような処分場に、埋立てることに頼らざるを得ない現状から抜
け出せないでいるのだろう。
 既存の焼却灰の再利用技術の改善を含め、長野県内のゴミ焼却施設等で導入しやすい
再利用技術の研究開発・事業化に、産学官連携で挑戦したことはあったのだろうか。

○県や市町村等は、解決すべき地域環境課題(現在直面している課題だけではなく将来
直面することになる課題を含む。)を的確に把握・特定し、その戦略的な解決を関係者
との連携によって目指すという強い意思を表明できるのか。そして、その課題解決のた
めの政策的「仕掛け」として、前述のような支援制度等を提供することができるのか。
 県や市町村等が、このような政策的ブレイクスルーに挑戦できるか否かが、地域にお
いて「資源循環型社会の形成」を、経済的合理性(市場原理)の下で実現できるか否か
に大きく影響するのである。

【長野県環境基本計画の課題C―環境保全に関する各種行政計画の課題―】
○廃棄物の再利用等による資源循環型社会の形成に関する計画については、「長野県環
境基本計画」の各論的計画とも言える、「長野県廃棄物処理計画(平成23年度〜27
年度)」というものがある。
 しかし、この計画においても、科学技術による資源循環型社会形成促進への取組みに
ついては、「循環型社会の形成のための長期的取組」のところに、廃棄物処理に関する
技術開発の必要性を一般論的に記載しているのみで、長野県が直面し、速やかに取組む
べき廃棄物処理に係る課題を特定し、その課題の解決策として、どのような研究開発に
取組むべきなのか、などまで踏み込んだ具体的な提示はなされていない。

○また、行政組織横断的な取組みによって策定された「長野県科学技術産業振興指針(
平成22年3月策定)」の「基本的な施策方針」には、「豊かな環境の保全」の項目が
設けられている。しかし、環境保全に資する一般的な研究開発課題の提示はされている
が、長野県がその解決の必要性に迫られている環境課題を特定し、その課題を解決する
ために実施すべき研究開発テーマを提示するレベルまでには至っていない。

○地域の解決すべき潜在的あるいは顕在的な環境課題を明確に特定・提示し、その解決
手段を科学技術の活用によって開発・事業化することを目指す政策立案等は、環境保全
に関する各種の行政計画の隙間に埋もれてしまっていると言えるのかもしれない。

【地域産業振興と整合する廃棄物再利用技術の研究開発の活性化】
○科学技術による地域環境課題の解決と地域産業振興との整合について、更に具体的に
議論を展開するため、様々な地域環境課題の中から廃棄物の再利用に関する課題に引続
き焦点を当てることにしたい。
 前述した焼却灰のように、県内の特定の地域や産業分野で処理方法に悩んでいる廃棄
物について、その再利用技術の研究開発によって、再利用の産業化が実現できれば、地
域の廃棄物処理問題が、埋立処分に依存せずに市場原理の下で解決できる、新たなビジ
ネスモデルが創出できたことになる。
 当然、同様の課題を抱える他県あるいは他国の地域社会や産業界は、そのビジネスモ
デルを導入したいということになり、そこに本県産業にとっての新規ビジネスチャンス
が生まれることになる。

○長野県内の産業界において、前述のような廃棄物の再利用技術の研究開発とその成果
の早期事業化への取組みが活性化するためには、県や市町村等による、廃棄物処理に関
する顕在的・潜在的課題の提示や、その課題の解決に資する産学官共同研究開発プロジ
ェクトの企画・実施化を支援する制度の創設等、環境課題の解決を促進する政策的「仕
掛け」が必要になる。
 本来的には、そのような政策的「仕掛け」は、環境保全行政サイドと産業振興行政サ
イドが連携して策定する行政計画、例えば前述の長野県が組織横断的取組みによって策
定した「長野県科学技術産業振興指針」の中に位置づけられるべきであるが、残念なが
ら、この指針は、そのレベルまでには至っていない。

○このような政策面での遅れはあるものの、長野県内においては既に、様々な産業分野
の企業が、廃棄物処理に係る課題解決をビジネス化するために、新たな高付加価値化を
伴う廃棄物の再利用技術の研究開発に取組んでいる。
 例えば、農産物加工工場からの加工残渣に含まれる有用成分を、新たな高付加価値製
品に応用することを目指すプロジェクトなどが進められている。
 県や市町村等にとっては、行政ニーズに適合する新たな廃棄物再利用技術の研究開発
プロジェクトの立上げを目指すことと並行して、前述のように既に着手されている個別
の取組みの中から、行政計画の目的の実現に資する有望案件を発掘して、技術的・資金
的に支援することは、資源循環型社会形成の加速化のための政策的「仕掛け」として、
効果的に機能することは間違いないことだろう。

【おわりに】
○いずれにしても、行政サイドが、地域の廃棄物処理に係る重要課題を特定し、その解
決が、地域の環境保全のみならず地域産業の発展に結びつくというストーリーを提起す
ることなど、地域の環境課題の解決に資する研究開発・事業化への取組みに対する、強
力な動機づけを関係者に提供できるようになることが重要なのである。
 この動機づけが、地域の環境課題の解決に資する、他県等では実現できないほどに困
難性が高い、廃棄物再利用技術に関する研究開発・事業化への取組みを活性化するので
ある。

○行政サイドにおいては、このような動機づけを含め、環境保全行政と産業振興行政と
の合理的連携によって初めて実現できる効果的な政策的「仕掛け」が、二つの行政部門
の狭間に埋没しないように創意工夫することが求められている。


ニュースレターNO.11(2013年8月10日送信)

住民健康増進計画と地域産業振興戦略との整合

【住民健康増進計画の課題@―健康長寿の要因の調査・分析―】
○県や市町村には、住民の健康増進のための施策を展開する指針となるような、いわば
住民健康増進計画のようなものがある。
 例えば、長野県には、「健康長寿」の実現を目指す保健医療に関する総合計画である
「信州保健医療総合計画(平成25年度〜平成29年度)」というものがある。この計
画は、従来別々に策定されていた、それぞれ目的・目標の異なる7つの保健医療に関す
る計画を、「健康長寿」をキーワードとして、一つにまとめて編纂されたものである。
 ここでの議論においては、その中の従来、長野県健康増進計画「健康グレードアップ
長野21」に位置づけられていた部分を主に参考にする。

○「信州保健医療総合計画」の第3編「目指すべき姿」の最初に、「健康長寿世界一の
信州を目指す」ことを高らかに宣言し、「健康長寿を実現してきた長野県の地域特性や
要因について科学的知見に基づく調査・分析を加え、その結果を反映した健康づくり施
策を展開する」と記載している。
 今まで誰もなしえなかった「長野県の健康長寿の要因についての科学的知見に基づく
調査・分析」を、長野県として実施することを明確に宣言したことに、「健康づくり」
に携わる多くの人々は、大きな期待を寄せている反面、その調査・分析の可能性に懐疑
的になっていることも事実であろう。
 私も、過去、幾人かの専門家の方から、この調査・分析の「解」を得ることは、あま
りにも様々な要因が複雑に絡むことから、極めて困難であるとの話を聞いている。
 しかし、一旦やると宣言した以上は、長野県民のみならず世界の人々の健康長寿ため
に、長野県らしい知的で独創的な手法によって、科学的知見に基づく調査・分析が効果
的に遂行されることを期待したい。

【住民健康増進計画の課題A―科学技術の活用―】
○「信州保健医療総合計画」に「科学的知見に基づく」との記載があるように、計画が
目指す健康長寿世界一を達成するためには、その手段としては、当然、健康増進に資す
る科学的知見の活用が不可欠となる。
 そして、科学的知見を活用する実際の健康増進活動においては、健康増進に資する科
学的知見を住民が活用し易い「形」にしたものが必要になる。
 すなわち、その「形」が科学技術であり、より一層の住民の健康増進のためには、よ
り一層の科学技術の高度化と、その成果の住民への効果的提供を如何に実現していくの
かが重要課題となるのである。

○健康増進に資する高度な科学技術の恩恵を、住民が経済的合理性の下に広く享受でき
るようにするためには、新たなビジネスモデルの構築など、計画策定サイドと関連産業
・大学等との連携した活動が不可欠となるにもかかわらず、「信州保健医療総合計画」の
「施策の展開」に関するどこの箇所を探しても、科学技術の活用や関連産業・大学等と
の連携等に関する記載はない。

○長野県が、県民の健康増進に資する科学技術の活用によって、健康増進に係る行政計
画の目標を達成しようとする場合において、具体的な科学技術の研究開発については、
本来的には、科学技術による県民の福祉向上を目指す「長野県科学技術産業振興指針(平
成22年度〜平成31年度)」に記載されるべきなのかもしれない。
 しかしながら、そこにも、「健康グレードアップ長野21」の目的・目標を達成する
ための、あるいは、「健康グレードアップ長野21」と連携したプロジェクト等は全く
提示されていない状況である。
 科学技術を活用した健康増進という視点は、長野県の様々な行政計画の隙間に埋もれ
てしまっていると言えるのではないだろうか。

【住民健康増進計画の課題B―計画目的を実現するための目標の在り方―】
○「信州保健医療総合計画」の健康長寿実現のための目標一覧には、平均寿命の延伸、
平均寿命の延伸を上回る健康寿命の延伸、死亡率の減少、平均在院日数の減少など、そ
れぞれが非常に大きな漠然とした目標項目が掲げられている。
 これらの目標をどのように具体的に達成していくのだろうか。計画においては、健康
長寿実現のための基本方針として、生活習慣病の予防等の一般的事項が列挙されている
のみである。それぞれの目標項目との関連についての説明はない。また、毎年度、目標
項目の達成状況を確認・評価するとしているが、具体的にどのように実施するのだろうか。

○住民健康増進計画の目的とは、言うまでもなく、住民の健康増進を実現することであ
る。そして、目標とは、計画目的である住民の健康増進を実現するために政策的に取組
むべき様々なプロジェクト等の達成レベルを具体的に提示するものであるはずである。
したがって、計画期間に政策的努力によって、一定レベルの達成が期待でき、かつ、達
成状況を確認できる事項を目標にしなければ、その目標は、単なる「旗印」や「スローガ
ン」に過ぎないことになってしまう。
 前記の「信州保健医療総合計画」の目標項目が、「旗印」的な目標の事例になってし
まうようなことがないよう期待したい。

○いずれにしても、調査・分析によって「長野県の健康長寿の要因」が明らかになれば、
どのような要因を更に伸ばし、どのような障害を排除すべきかが、明らかになる。した
がって、政策的努力の方向・内容が具体化でき、計画の目標についても、それにふさわ
しい項目立てができるようになるだろう。

【住民健康増進計画の課題C―計画目標達成に対する取組み姿勢―】
○「信州保健医療総合計画」の中を見回しても、計画の目標達成のための施策として、
本県の独自性を発揮した、他県等に比して新規性・優位性を有する施策であるとアピー
ルできそうなものを見出すことはできない。言い方を替えれば、新規性・優位性を有す
る健康増進メニュー等の企画・実施化に、積極的に取組もうという姿勢はなかなか見え
て来ないということである。
 この新規性・優位性については、かつて、健康増進施策の企画・実施化を主導する立
場にある人が、「新規性・優位性のある健康増進メニューを実施しようとすることには、
安全面のリスクが伴う。住民のためには、既に広く全国で実施されているメニューだけ
を用いることが、最良の方策なのである。」という主旨の発言をされ、新たな科学技術
の探索や研究開発による住民サービスの向上には、全く関心を示さなかったことが印象
に残っている。

○例えば、長野県の健康増進計画策定サイドによる「長野県が、県民の皆様に提供する
健康増進メニューは、全国的にみて平均レベルに達しているものです。」という説明に
対して、ほとんどの県民は一応納得するかもしれない。
 しかし、長野県は、「長野県行政・財政改革方針(2012年3月)」の中で、県組
織の使命・目的として「最高品質の行政サービスを提供し、ふるさと長野県の発展と県
民の幸福の実現に貢献します。」と高らかに宣言している。最高品質の行政サービスと
は、全国共通レベルの行政サービスなのか、他県等に対して優位性を有する行政サービ
スなのか。今更ではあるが、最高品質の意味を、県組織において再確認しておくことが
必要な状況になっているのではないだろうか。

○いくつかの先進的な県等においては、その県等の健康増進の障害になっている課題を
特定し、その課題の解決のために、健康増進を担当する部署と科学技術・産業振興を担
当する部署とが連携して、必要な科学技術の研究開発と、その成果の効果的な住民への
提供システムの構築等に、産学官連携プロジェクトを企画し積極的に取組んでいる。
 以下で、長野県が、健康長寿という計画目的の実現のために設定した様々な計画目標
の達成を目指して、新規性・優位性のある取組みをしようとする場合に、参考にしてい
ただきたい基本的方策の骨格を提案してみたい。

【計画目標達成に資する科学技術の探索・創出】
○住民の健康増進のために、健康増進に資する科学技術(例えば、運動器具等のハード
や運動・食事メニュー等のソフト)を住民に提供する施策を企画・実施化する場合を想
定してみよう。
 その場合には、まず、費用対効果にも留意しつつ、健康増進に特定の効果を期待でき
るツールとして活用できる科学技術(既存のソフト・ハード、すなわち、使おうと思え
ば、今すぐ手に入るもの)にはどのようなものがあるのかを探索することになる。そし
て、ニーズに適合する科学技術があれば、その導入・活用・普及方法を検討するという
のが、最初に採用すべきアプローチ手法であろう。

○計画策定サイドが、必要とする科学技術を自ら見つけ出すことができない場合には、
当然、計画目標達成に資する科学技術の提案を広く公募する手法をとることが考えられ
るだろう。
 健康増進担当部署は、そこが有する高度な専門性から、公募に際して、必要な科学技
術についての仕様を精密に提示できるだろう。このことが、その仕様に示されるような
科学技術に関連する地域産業に対する、極めて重要なニーズ情報の提供となるのである。
また、健康増進分野に新規に進出しようとしている地域企業にとっては、具体的な新市
場進出戦略策定に係る重要な参考資料の提供となるのである。

○計画目標達成の可能性の高い提案については、計画策定サイドとして当然、実証試
験等の機会(場)を提供するというようなサービス(提案への動機づけ、提案することのメ
リット)の付与等を準備しておく必要があろう。

○計画策定サイドの前記のような探索努力にもかかわらず、ニーズに適合する既存のソ
フト・ハードが全くない場合、あるいは、機能面や価格面で不満足なものしかない場合
には、計画策定サイドは、そこで諦めることなく、関連産業に対してニーズを再度提案
し、新たに開発・製造・供給してくれることを期待する手法(仕様を満たすソフト・ハード
の研究開発や研究開発成果の普及等への支援制度等)をとるべきであろう。それが、
住民の健康増進を真に願う者がとるべき合理的手法と言えるのではないだろうか。

【計画目標達成に資する科学技術の普及】
○健康増進に資する科学技術の探索の結果、ニーズに適合しそうなものが見つかった場
合、計画策定サイドは、導入・活用・普及させようと判断する前に、当該科学技術の効
果等を科学的に検証しておくことが必要になる。
 当然、その検証方法は、健康増進に関する多くの専門家によって、「その検証方法で
効果が確認されたのであれば問題なし」と評価されるような、すなわち、学会等でもオ
ーソライズされたものでなければならない。

○このようなことから、計画策定サイドの科学的な効果検証の実施化能力が問われる場
面も想定できる。計画策定サイドの能力が不足する場合には、その能力を補完するため
の、産学官連携による効果検証の推進体制を構築することが、重要な方策となろう。
 計画策定サイドに「県民に最高レベルの行政サービスを提供したい。」という情熱さ
えあれば、自らの能力の限界にとらわれ、挑戦的活動への取組みに躊躇するようなこと
も無くなり、新たな産学官連携による取組みの企画・実施化に踏み出すことができるだ
ろう。

○広くオーソライズされている方法での、健康増進に資する科学技術か否かの検証結果
については、効果があるとされた場合には、当該科学技術を製品として提供する企業の
事業の市場競争力を高めることになる。また、ある製品については効果が無いとされた
場合にあっても、その事実は、当該製品を扱う企業の事業の改善に有効に活用されるだ
ろう。その結果として、住民の健康増進を市場原理の下で実現するプロセスが、自律的
に高度化していくことになるのである。

○要するに、住民健康増進計画の策定サイド(県、市町村等)が、計画目的の実現のた
めの目標を具体的かつ的確に設定し、その目標を達成するために、科学的知見や科学技
術を合理的に活用するという視点に立って、目標実現に資する施策を企画・実施化する
努力を継続しさえすれば、当該地域に、住民健康増進計画と地域産業振興戦略との整合
という理想的な政策推進体制が構築されうるのである。
 そして、その結果として、当該地域においては、住民の健康増進に資する地域社会貢
献型の産業が、地域内で自律的に創出され発展していくシステムが形成されることにな
るのである。


ニュースレターNO.10(2013年7月28日送信)

地域住民に夢と希望を抱かせる企業誘致戦略

【長野県の企業誘致戦略の課題】
○長野県の企業誘致戦略の概要を手っ取り早く理解していただくためには、「長野県
ものづくり産業振興戦略プラン(概要版)」の「次世代産業集積戦略」のところを見てい
ただくのが良いだろう。
 その「重点プロジェクト」においては、「オンリーワン企業誘致プロジェクト」を実施する。
誘致対象をいわゆるオンリーワン企業(市場シェアの高い企業、独自技術力が高くブラン
ド力を有する企業等)とし、その立地に対しては様々な優遇措置を講ずることにしている。
 また、「県内企業応援プロジェクト」も実施することとし、県内企業の県外への流失を
抑制するために、県内企業の県内投資への優遇措置も整備することにしている。

○長野県の立地関係投資に対する優遇措置が、他県等の類似の優遇措置に対して、
金額面等で明確な優位性を有しているわけではないことや、重点プロジェクトの中に、
企業に県内への投資を促す「動機づけ」を提供する、他県等に比して優位性を有する
政策的「仕掛け」が位置付けられているわけでもないことは、多くの関係者が認識し
ているところであろう。

【産業集積像(ビジョン)を描いた企業誘致戦略の不在】
○県内各地域においては、他県等と同様に、企業立地促進法によって、工場立地等に
対して国の優遇措置を受ける前提条件を確保しておくために、当該地域毎に、当該地
域の市町村が主体となって、今後の優遇措置を受ける可能性のある業種を集積業種と
してもれなく盛り込んだ、産業集積に関する基本計画を策定している。
 しかし、その基本計画については、集積業種が、例えば、高度ものづくり基盤技術
産業、地域資源活用型食品加工産業(以上、諏訪地域)というように、便宜上、非常
に広範な業種を包含しているため、具体的な産業集積ビジョンを提示しているとは言
えない状況にある。

○1980年代に、いわゆるテクノポリス法に基づく全国的な高度技術集積都市形成
への動きに連動して、県内5圏域それぞれに、特長・優位性を有する地域クラスター
を形成することを目指して、県主導で策定された、本格的な地域開発計画である長野
県テクノハイランド構想においてさえ、当該圏域が、どのような技術や業種に特化し、
どのような比較優位性を有する地域クラスターの形成を目指していくのか、について
具体的なビジョンを提示するところまでには至っていなかった。企業立地促進法の基
本計画の場合と同様、各圏域の特徴を踏まえてはいるものの、複数の幅広い産業分野
の提示に留まっている。

○いずれにしても、県が主導して、県全体を見渡し、各地域の産業・技術の強さ・弱
さ等を分析した上で、県内各地域に形成すべき国際的競争力を有する産業集積(地域
クラスター)像(ビジョン)を提示し、それを具現化するために誘致すべき業種・企
業、整備すべき誘致企業支援機能などを明確にし、具体的な誘致・支援機能の整備方
策までを盛り込んだ、本来的で本格的な企業誘致戦略は、現在に至るまで本県には無
かったと言っても良い状況にある。

【地域住民に夢を抱かせる企業誘致戦略=理念なき企業誘致活動からの脱却】
○長野県が主導するとしている企業誘致戦略は、現時点では、県内市町村の企業誘致
活動の連絡調整や、進出企業に対する金銭的支援を中心とするようなレベルに留まっ
ており、特定の県内地域への企業誘致によって、当該地域に国際的競争力を有する地
域クラスターを形成しようという強い意思を県内外に向けて表明するような(地域産
業の将来展望を示し、地域住民に夢を抱かせてくれるような)ビジョン提示型の企業
誘致戦略とはなっていない。

○企業誘致の担当者が、「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」の趣旨に沿って、
ある県外のオンリーワン企業に狙いを定めて県内立地を勧める場合に、当該企業を選
び、県内立地を勧める理由をどのように説明するのだろうか。その理由等を効果的に
説明できるような「企業誘致営業ツール」を持たされているのだろうか。

○企業誘致の担当者が携行すべき「企業誘致営業ツール」においては、減税・補助金
等の優遇措置を説明する前に説明すべき上位概念的事項である「本県の企業誘致理念」、
すなわち、「御社に是非来ていただきたい」と勧める根拠、来ていただくことによっ
て形成が促進される国際競争力を有する地域クラスターの姿(ビジョン)、その地域
クラスターに活動拠点を置くことによって、他地域に活動拠点を置いた場合に比して
優位に研究開発や生産活動を展開できる理由等について、相手に対して明確に説明で
きるようになっていることが求められるのである。理念なき企業誘致活動からの脱却
が必要なのである。

【企業誘致戦略における産業集積像(ビジョン)提示の重要性】
○私の提言したい企業誘致戦略の概念をイメージしやすくするために、EU等の先進
的地域クラスター等で展開されている、産学官の機能別のゾーニングを含むような本
格的・理想的な企業誘致戦略ではないが、分かりやすい事例として、徳島県の「LE
Dバレイ構想」を簡単に紹介したい。
 この構想は、徳島県には、青色、白色LEDの商品化を世界で初めて行い、LED
の売上では圧倒的なシェアを占めるLEDメーカーが存在し、かつ、地元大学、研究
機関等においても光工学分野の研究開発体制が充実していることなどから、徳島県が
平成17年に地域産業集積高度化のために策定したもので、「LED関連産業の集積」
という明確なビジョンを掲げて、平成22年度末までにLEDを利用する企業を100
社集積させるという目標を半年早く実現しているものである。

○長野県においては、「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」が、健康・医療、環
境・エネルギー、次世代交通のような幅広い産業分野での産業集積を目指すこととし、
徳島県のLEDのような具体的な産業集積像(ビジョン)を描くことはしていない。
 本県においては、徳島県のような特定の業種(技術)分野に絞り込んだ産業集積形
成戦略の策定・実施化に取組んだ経験はなかったことなどから、そこまでの発想がで
きなかったのではないだろうか。
 結果として、本県の産業政策においては、従来から、特定の業種に絞り込むことの
政策的リスクを回避するとともに、進出すべき市場分野や立地場所等については、企
業経営者の自由な判断に任せることを最優先にして来たと総括できるのかもしれない。

○本県のように、企業経営者の自由な判断に任せる(強力な政策的リーダーシップを
発揮することを避ける)ことを最優先にする産業政策の域から踏み出せないでいる地
域と、徳島県のように、企業経営者の自由な判断に任せる産業政策を原則としつつも、
政策主導の特定分野に特化した産業集積戦略も敢行できる地域の両方がある。
 本県においても、産業振興を加速する成長エンジンの駆動力を増大するために、他
地域に比して優位性を有する特定業種(技術)に絞り込んだ、産業集積像(ビジョン)
を内外に提示し、その具現化に資する企業誘致プロジェクトを含む、様々な産学官連
携プロジェクトの企画・実施化に、関係者が一丸となって取組むことには大きな意義
があるのではないだろうか。

【具体的産業集積像(ビジョン)の提示・具現化への挑戦】
○本県が目指すべき具体的産業集積像(優位性を有する技術・製品群に係る産業集積
ビジョン)の提示については、地域産業の中に蓄積されてきた高度加工技術の中から、
あるいはその延長線上から見出そうとする従来型の戦略(連続的戦略)のみにとらわ
れずに、以下で述べるような先端的な産学官共同研究開発の取組み事例の中から、将
来的市場ニーズの高い新技術・新製品分野を選定する戦略(非連続的戦略)も重視す
べきと考える。
 非連続的戦略の方が、リスクは高いものの革新的でより大規模な産業的飛躍の具現
化を期待できるのではないだろうか。

○このような非連続的戦略については、飛躍的に成長した地域産業の具体的姿(ビジ
ョン)を提示する作業に大きな困難性が伴うこと、当該ビジョン実現には大きなリス
クが伴うことなど、政策策定主体に着手を躊躇させる様々な要因が存在する。
 しかし、政策策定主体には、その困難性やリスクへのおそれを乗り越え、新たな政
策的手法によって新産業創出へチャレンジするフロンティア精神が求められる。それ
が無ければ、益々国際競争が激しくなっていく中、本県の地域産業集積の他地域に対
する優位性を維持・強化していくことは困難になるだろう。

【国際的研究開発拠点を核とした企業誘致戦略】
○信州大学のカーボン科学研究所においては、科学技術振興機構(JST)の支援を
得て、国際的に優れた研究者を招聘し「ドリームチーム」を編成して、新しいナノカ
ーボンの創成と応用に関する研究を展開している。
 更に、信州大学では、文部科学省から64億円の補助金を得て、ナノカーボン等の
技術シーズを応用して、世界の水問題の解決に貢献する「国際科学イノベーション拠
点」も設置することにしている。

○これらの取組みは、正に「長野県科学技術産業振興指針」の基本的な施策方針の「世
界トップレベルの研究拠点機能(COE)の形成」の具現化に相当するものである。
このCOEを拠点として、そのまわりに当該拠点で実施されるナノカーボンや水問題
の解決等の分野の研究開発に関連した産業集積を形成することを目指して、研究開発
型企業や研究機関等の誘致に、戦略的かつ積極的に取組むことは、その困難性やリス
クを超えて挑戦に値することであろう。いや挑戦しなければならないことであろう。

【地域産業政策の策定主体への期待】
○信州大学等の国際的研究開発拠点を核として、国際的産学官連携によって形成でき
る、本県製造業の明るい将来展望(ビジョン)を地域住民に提示し、それを実現する
ためのシナリオやプログラムの策定と、その効果的な実施化を主導することが、地域
産業政策の策定主体に期待されている。
 地域産業政策策定主体には、企業誘致戦略が、そのビジョン実現のための極めて重
要なツールであることを再認識していただき、他の産業振興シナリオ・プログラムと
の連携の下に、総合的・体系的な視点に立った企業誘致戦略を策定・実施化していた
だくことをお願いしたい。

○そして、企業誘致の担当者が、「本県に立地する優位性」について、「豊かな自然」
のような決まり文句のレベルを超えて、立地地域の地域クラスターの発展と立地企業
の発展とが整合していくビジョンをベースに、自信を持って、企業誘致理念として論
理的かつ明確に語れるようになることを期待したい。


ニュースレターNO.9(2013年7月13日送信)

長野県の国際戦略
― 互恵的・継続的国際連携による次世代リーディング産業の創出 ―

【長野県の国際戦略の意義】
○本県の産業振興に関する国際戦略については、1次産業から3次産業までのあらゆる
産業分野の国際戦略を総合的に定めた「長野県国際戦略(平成24年4月策定)」とい
うものがある。
 策定の趣旨は、産業分野横断的な連携により相乗効果を発揮すること、経済成長が見
込まれる特定の国・地域との短・中・長期的展望に立った関係づくりを実現すること、
県としての方向性を示し関係機関が一体となった取組みを推進するための旗印とするこ
と、の3点とされている。

○そして、より具体的には、集中的に行政資源を投入すべき特定の国・地域(重点地域)
を定め、その重点地域との間で、互恵的(Win−Winの関係性)・継続的な経済交流を実
現するために、多様な産業分野が連携して様々なプロジェクトを展開し、相乗効果を発
揮することを意図している。

○このように、長野県の初めての国際戦略において、産業分野の壁を取り払い、更に、
本県産業の振興(市場拡大等)に資するという一方的な視点を超えて、交流相手の国・
地域の産業振興にも貢献する意図を明確にして、互恵的関係を中長期的展望に立って構
築していくという、より高い視点からの高邁なビジョンを有する国際戦略としたことの
意義は非常に大きい。

【次世代リーディング産業創出のための長野県国際戦略の課題】
○長野県国際戦略においては、国際的産学官連携による次世代リーディング産業の創出
という視点からは、重点地域を「欧州・北米における先端産業の集積地」と定めている。
 そして、長野県テクノ財団を拠点として、県内企業による、国際競争力を有する新技
術・新製品の研究開発とその成果の早期事業化への活動を活性化するために、重点地域
の優れた研究成果(技術シーズ)を有する大学や、市場競争力を有する企業等との交流
の機会を提供する様々な事業を推進していくことにしている。
 しかも、重点地域については、例えば、ナノテク・材料分野では、それぞれ当該分野
で優れた技術力を有する地域クラスターを形成している、イタリアのベネト州やカナダ
のケベック州とし、その連携事業の企画・実施化の窓口機関として、それぞれベネトナ
ノテクとナノケベックを指定している。
 このように、国際的産学官連携による研究開発を中心とした活動の活性化という視点
からは、互恵的・継続的な交流のための事業についての、極めて具体的な推進体制が提
示されている。

○しかし、以上の内容は、長野県テクノ財団が既に取組んでいる国際的産学官連携活動
の状況を説明したものである。
 長野県としては、長野県テクノ財団の活動だけでは、次世代リーディング産業の創出・
発展を互恵的・継続的に促進するための国際戦略として不足する部分を明確化し、それ
を補い、他県等に比して優位性を有する具体的プロジェクトの企画・実施化体制の構築
や、その体制の下で実施化すべき具体的プロジェクトの骨格等を含む、総合的・体系的
な国際戦略を提示すべきところであるが、そのレベルまでには至っていない。

○その背景については、長野県国際戦略の「推進体制と今後の展開」についての記載箇
所を見れば理解できる。すなわち、そこには、「具体的推進体制のあり方及び立ち上げ
を今後検討」、「重点地域を対象とした具体的展開策の検討と予算への反映」などと記
載されおり、互恵的・継続的な経済交流を目指す国際戦略が本来的に提示すべき、互恵
的・継続的な経済交流の具現化を促進する「仕掛け」の構築については、今後の検討課
題としているのである。

○長野県国際戦略が描く高邁なビジョンの具現化を促進する「仕掛け」を構想することは、
戦略策定関係者に膨大な知的エネルギーを要求する「大仕事」であり、戦略策定作業の
中での「最重要作業」となる。したがって、その「大仕事」へは、知的エネルギーを十分
充電した後に取組むことにせざるをえなかった戦略策定関係者サイドの事情を推し量る
ことはできる。
 しかし、そろそろ十分な充電もできた頃だろう。速やかな「仕掛け」の構想と、その
実際の構築に着手することを期待したい。

【互恵的・継続的経済交流の実現のために最初に必要になること】
○長野県テクノ財団においては、重点地域を対象とする国際的産学官連携によって、次
世代リーディング産業の創出に資する新技術・新製品の研究開発とその成果の早期事業
化を促進するための取組みに力を入れている。
 具体的には、重点地域で開催される展示会などの場で、県内企業の技術シーズの早期
事業化等に資する、重点地域の大学・企業等との技術的連携を模索する活動等に積極的
に取組んでいる。

○しかし、長野県テクノ財団の国際的産学官連携による先端的な研究開発活動の活性化
を目的とする事業だけで、長野県国際戦略が目指す重点地域との互恵的・継続的な経済
交流の実現を効果的に促進することは難しい。
 長野県テクノ財団自身も、地域企業レベルの個別具体的な国際的産学官連携活動(事業)
が、効果的に輩出されるようにするために、更にどのような新規事業を企画・実施化す
べきかについて苦悩しているのが現状である。

○重点地域との互恵的・継続的な経済交流の実現を加速するために必要なプロジェクト
を効果的に企画・実施化していくためには、当該プロジェクトの企画の段階から、重点
地域の国際連携主導機関(窓口機関)と本県の国際連携主導機関(窓口機関)とが緊密
に連携できる体制を整備しておくことがまず必要になる。
 そのためには、少なくとも、国際連携主導機関の担当者同士が日常的に、プロジェク
トの企画等についてコミュニケーションがとれる人的関係の構築や、互いの地域産業に
関する情報を共有できるシステムの整備等が、第一段階として必要となる。

○そして、そのような人的関係の構築や情報共有システムの整備等のためには、例えば、
国際連携主導機関同士で担当職員の交流派遣を実施し、連携事業の効果的な企画・実施
化に必要となる、互いの地域産業や産業支援制度・機関等に関する知識を深め合い、共
通の土俵の上で互恵的産業振興戦略について議論し合えるようにすることへの息の長い
継続的な努力が不可欠となる。
 このような息の長い継続的な努力をする覚悟の無い者には、互恵的・継続的な経済交
流の実現について語る資格は無いと言っても過言ではないだろう。

【国際連携主導機関の在り方】
○現状の長野県国際戦略では「具体的推進体制のあり方及び立ち上げを今後検討」と定
めていることから、当然のことながら、本戦略の推進体制の要となる拠点機関(国際連携
主導機関)の在り方については全く触れられていない。
 本戦略の策定趣旨が、産業分野横断的な連携により相乗効果を発揮することや、成長
が見込まれる特定の国・地域との中長期的展望に立った関係づくりを実現することなど
であることから、その具現化のためには、1次産業から3次産業にまたがる産業分野横
断的な経済交流促進事業を企画・実施化することによって、互恵的・継続的な経済関係
を構築していくことを主導できる国際連携主導機関を設置することが、理想的には当然
必要になる。

○しかしながら、各産業分野それぞれに適した産業振興の在り方に精通した上で、それ
ぞれの産業振興に相乗効果をもたらすような高度かつ独創的な国際的経済交流促進事業
を企画・実施化できるという、非常に理想的な機能を有する国際連携主導機関を新たに
設置することは、本県にとっては、資金的あるいは人的な制約等もあって、実現可能性
が極めて低いことは明らかであろう。
 現実的対応としては、例えば、次世代リーディング産業の創出に関する分野での経済
交流など、ある程度絞り込まれた特定分野毎に国際連携主導機関を整備し、それらの機
関同士の効果的連携の仕組みを構築していくことが合理的方策であろう。
 このような検討の方向付けをすることによって、長野県国際戦略が描く高邁なビジョ
ンの具現化を促進する「仕掛け」の要となる国際連携主導機関の整備について、既存の
産業支援機関の機能強化で対応することなどを含む、現実的方策について検討を開始で
きるようになるのである。

【改定版の長野県国際戦略の早期策定・実施化への期待】
○現状の長野県国際戦略が、他県等に比して優位性を有する真の国際戦略として機能で
きるようにするために、前述のような国際連携主導機関の在り方を含め、国際的経済交
流による長野県産業の発展加速に資する、効果的な政策的「仕掛け」を提示する、改訂版
の国際戦略の策定に速やかに着手することを切に希望する。

○そして、改定版の国際戦略が内包する政策的「仕掛け」に基づき、新たに整備される
拠点機関(国際連携主導機関)が主導して、海外地域との互恵的・継続的な経済交流の
実現という、他県等に対して誇れる高邁なビジョンの具現化に資する、効果的な産学官
連携プロジェクトを企画・実施化する活動が、できるだけ早期に活性化されることを期
待したい。
 初めて策定された現在の長野県国際戦略の意義を無駄にして欲しくないのである。


ニュースレターNO.8(2013年6月29日送信)

優位性を有する産業人材育成戦略
― 優位性を有する戦略策定・実施化のための新たな産学官連携 ―

【産業振興における産業人材育成の重要性】
○他地域に比して優位性を有する地域クラスターを形成していくためには、そのクラス
ターの成長の根源的な成長エンジンとなる産業人材の集積が、質的にも量的にも他地域
に比して優位性を有していることが必要であるということについては、誰もが認めると
ころであろう。
 すなわち、優位性を有する地域クラスター形成戦略とは、優位性を有する産業人材育
成戦略が内包されている戦略であると言えるのである。
 更に言い換えると、本県の産業人材育成戦略は、地域クラスター形成に資するものと
して、他地域に比して優位性を有しているのか、ということが重要課題になるというこ
とでもある。

○長野県産業振興戦略プラン(平成19年度〜23年度)の「基本戦略」においても「人
的資源が成長の原動力」としており、上記のような認識が明示されていた。そのため、現
在の長野県ものづくり産業振興戦略プラン(平成24年度〜平成28年度)においては、
その認識をベースに、よりレベルアップされた具体的な人材育成プロジェクト等が提示
されることが期待されたが、残念ながら、その期待に応える内容にはなっていない。

○地域クラスターの成長エンジンとして機能する本来的な産業人材育成戦略とするため
には、当然、県等の行政組織やその事業の枠にとらわれることなく、県内に存在する最
大・最高の産業人材育成・供給拠点である大学等の役割も明確に位置付けた、総合的な
産業人材育成の仕組みが提示されなければならないはずである。
 しかしながら、現状では、本県の産業人材育成戦略が、県等の行政組織やその事業の
域を脱するレベルに達していなことが、最大の課題と言えるのではないだろうか。

【産業人材育成戦略における優位性についての考え方】
○優位性を有する産業人材育成戦略とは、どのような戦略のことを言うのであろうか。
議論に入る前に考え方を少し整理してみたい。

○地域クラスター形成戦略の具現化に資する産業人材育成プログラム(様々な具体的人
材育成カリキュラムとその体系化を含む。)を企画し実施化する工程には、産業界の顕
在的・潜在的な人材ニーズ(必要とされる人材像)を把握するために調査研究をする段階
から、その人材ニーズの実現を促進する効果的な個別具体的カリキュラムを作成し、実際
に研修会等を開催する段階に至るまでの一連の作業が含まれる。
 したがって、産業人材育成戦略の中で、その一連の作業の実施機能を他地域に比して
優位性を有するものにできる方策(仕掛け)を提示できていれば、その戦略は優位性を
有していると言えるのである。

○本県が、他地域に比して優位性を有する地域クラスターの形成を本気で実現しようと
するのであれば、優位性を有する産業人材育成戦略の策定とその効果的な実施化につい
ての議論を早急に始める必要がある。
 そして、その議論においては、産業人材育成プログラムの企画に必要な調査研究や、
それに基づく個別具体的なカリキュラムの作成・実施化に関して、他地域に比して優位
性を有するレベルの機能を県内に整備する方策について、県等の行政組織やその事業の
域を脱した、より高い視点と広い視野で検討することが求められる。

【産業人材育成戦略の議論を進める視点】
○以下で産業人材育成戦略についての議論を具体的に展開できるようにするために、こ
こでの議論の基本的視点について整理しておきたい。
 まず、第一の視点として、「人材育成の目的」については、工業振興に直接的に資す
る技術・知識の修得とする。
 第二の視点として、「修得内容」については、@工業に関する共通的・基盤的技術・
知識、A特定の産業分野への展開を目指す地域クラスター形成戦略の具現化促進に資す
る技術・知識 の2つに分けて議論する。
 第三の視点として、「人材育成の対象」については、@工業関係企業の従業員になって
いる人、Aこれから工業関係企業の従業員になる人(学生等) の2つに分けて議論する。
 以下で、前記の視点の中のいくつかの視点から議論を展開する。

【第二の視点の@からの産業人材育成に関する検討課題】
○一定の業種分野で従業員として修得しておくべき共通的・基盤的な技術・知識につい
ては、県関係機関や産業支援団体が様々な研修会等を企画・実施化している。また、個
別の企業が、その企業独自の従業員研修等を実施しようとする場合には、必要な専門家
を企業に派遣するなど、様々な支援制度が充実している。

○これら従来から実施している共通的・基盤的技術・知識の修得のための各種研修会等
の事業については、そのカリキュラムの質的高度化や、より受講効果を高めるための、
各事業間での効果的な役割分担や体系化等の課題が指摘されてきている。

○長野県ものづくり産業振興戦略プランにおいては、「長野県産業人材育成支援センター」
(長野県産業振興戦略プランにより平成20年4月設置)が、産学官連携ネットワークを
活用して、効果的なプログラム、仕組みづくりの提案等に取組むことになっていること
から、当該センターが本来的役割を果たせば、多くの課題の解決が期待できる。

○それでも解決できない高度・専門的な課題の解決のためには、研修会等の事業を実施
している機関等が、人材育成の専門的機関である大学・高専等の知的・人的資源を活用
できるような合理的連携の仕組みを構築することが効果的と考えられる。

【第二の視点のAからの産業人材育成に関する検討課題】
○本県において、優位性を有する地域クラスターの形成に取組む際には、当然、その地
域クラスターの優位性を決定づける特定技術分野(長野県ものづくり産業振興戦略プラ
ンが目指す、健康・医療、環境・エネルギー、次世代交通の3分野において、当クラス
ターが優位性確保を目指す個別・具体的技術分野)を明確化し、その技術分野における
新技術・新製品の研究開発とその成果の早期事業化への企業活動の活性化を図ることに
なる。
 したがって、当該技術分野に係る新技術・新製品の研究開発とその成果の早期事業化
を担う企業人材の育成が必要になり、効果的な人材育成プログラムを企画・実施化する
仕掛けを内包する産業人材育成戦略が求められることになる。

○例えば、愛知県を中心とした中部地域では、航空機の素材から設計・組立までの一貫
生産体制を有する国際競争力のある航空宇宙産業クラスターを形成するために、関係業
界が求める様々な技術・技能を有する人材の育成を産学官連携によって支援している。
 具体的には、国・県等の行政機関が中心になって、大学・専門学校等の教育機関や公設
試験研究機関等が、関係業界の人材ニーズ情報を共有できるようにし、それぞれの機関
が効果的なカリキュラムの作成とその実施化に取組んでいる。
 しかしながら、国際競争力のある航空宇宙産業クラスター形成に必要な人材育成のあ
るべき姿の全体を俯瞰・把握し、人材育成支援機関それぞれの役割を調整するなど、人材
育成事業を総合的・体系的に主導できる拠点機関の整備までには至っていない。

○長野県においては、前述の「長野県産業人材育成支援センター」が、産業人材育成に
係る効果的なプログラム、仕組みづくりの提案等に取組むことになっている。
 しかし、職業能力開発促進法に基づく職業能力開発計画を所管する県組織の下に設置
されている現状の「長野県産業人材育成支援センター」に、職業能力開発計画の域を超え、
大学等の県組織以外の機関との連携・役割分担も視野に入れた、他地域に比して優位性
を有する、産業人材育成に関する総合的で高度・専門的な調査研究・企画機能を発揮す
ることを期待することは極めて困難であろう。

○そこで、「長野県産業人材育成支援センター」とは別に、職業能力開発計画の域を超
えて、産業人材育成プログラムの企画やその効果的実施化に必要な調査研究、その調査
研究に基づく具体的な人材育成カリキュラムの作成・実施化などを主導できる、新たな
産業人材育成支援拠点の整備を考えるのが現実的であろう。
 そして、その新たな産業人材育成支援拠点の整備を検討する場合においては、人材育成
に関して高度・専門性を有する大学等との合理的な連携の在り方等が重要な検討課題と
なろう。すなわち、新たな産業人材育成支援拠点は、産学官連携によって組織化すべき
であるということである。

【第三の視点のAからの産業人材育成に関する検討課題】
○地域クラスター形成戦略の具現化のために、本県最大・最高の産業人材育成・供給拠点
である大学等が連携・協力する体制が整備されれば、当該戦略の具現化の速度は大幅に
加速されることは間違いないことである。
 しかしながら、従来からの地域クラスター形成戦略の策定においては、研究機関(技術
シーズの産業界への提供拠点)としての大学等の位置づけはされて来ているが、どういう
わけか、産業人材の育成・供給拠点としての位置づけは、具体的にはされて来なかったよ
うに思われる。

○したがって、地域クラスター形成戦略の策定においては、工業関係企業の従業員になる
人(学生等)の育成の在り方や、その育成に関わる大学等の機能・役割をについて、どの
ように戦略の中に位置づけるべきなのか、が今後の重要な検討課題になる。
 言い換えれば、地域クラスターを形成するための従来からの仕掛けの中に、大学等の高度
な産業人材育成・供給機能をどのように取り込み、位置付けるべきなのか、という観点か
らの議論が必要になるということである。

○地域クラスターを形成するための仕掛けに、大学等の産業人材育成・供給機能を取り込
むための具体的方策としては、例えば、カリキュラムの作成・実施化や学科の創設等を大
学等に委託する方式なども考えられる。
 このような委託方式を含め、地域クラスター形成に資する産業人材育成のための、大学等
の機能の効果的活用の在り方、具体的方法等については、今後更に議論を深めるべき重要
課題と考える。


ニュースレターNO.7(2013年6月16日送信)

観光振興戦略についての一考察
― 絶対的優位性を有する観光資源の活用 ―

【観光振興戦略策定における2つの課題】
○先週、ローマとパリを観光する機会に恵まれた。その歴史的・芸術的観光資源に世界
中から多くの人々が押し寄せ、期待以上の感動を味わっている姿を前にして、やはり、
観光振興戦略とは本来的に「絶対的優位を有する観光資源」を中核に据えるべきもので
あるということを再認識した。そして、本県の観光振興戦略の策定においても、観光資
源の知名度の高低は別として、「絶対的優位性を有する観光資源」の活用の視点を基本
的に重視すべきことを「第1の課題」として提言しようと考えるに至った。

○ここで言う「絶対的優位性を有する観光資源」とは、他地域がどんなに努力しても絶
対に獲得することができない観光資源のことであり、イメージとしては、本県の場合、
オーソドックスなところとしては、長野市の国宝・善光寺、松本市の国宝・松本城など、
ユニークなところとしては、世界で唯一と言われる、山ノ内町の温泉につかる猿などを
挙げることができるだろう。

○また、様々な場での観光振興戦略に関する議論においては、参加者から様々な意見等
が出され、一見活発で有意義な議論がなされているように見えても、論理的視点からの
発言と、個人的感想レベルの発言とが混在し、それらの発言を論理的な戦略構成に基づ
き取捨選択することなしに、無理に戦略策定に活かそうとするために、結果として論理
性や戦略性を欠く観光振興戦略になってしまっている場合が多いのではないだろうか。

○そこで、新たな観光振興の道筋を示すことに資するために、論理的手法によって他地
域に比して優位性を有する観光振興戦略の策定に挑戦すべきことを「第2の課題」とし
て提言したい。そして、観光振興戦略論の専門家の方々には、観光振興戦略策定に関わ
る様々な主体に対して、論理的な観光振興戦略策定手法を広める役割を担っていただく
ことをお願いしたい。
 以下で、議論のきっかけとなることを願い、全くの門外漢ではあるが、観光振興戦略
策定手法の一つの型を私論として提起したい。

【絶対的優位性を有する観光資源を核とした観光振興戦略】
○私論としての観光振興戦略策定手法は、「絶対的優位性を有する観光資源」を中心に
しっかりと据えた3つの基本的戦略要素で構成されるものである。
 それは、「第1の要素」として、「絶対的優位性を有する観光資源」を発掘し磨き上
げる戦略、「第2の要素」として、その観光資源を広く知らしめる効果的周知方策等の
PR戦略、そして、「第3の要素」として、その観光資源を訪れる人々を「心地よくす
る」ことに資するインフラの整備や付帯サービスの提供などを実施化する戦略を位置づ
け、それぞれの要素に比較優位性を持たせることを目指す戦略策定手法である。

【長野県観光振興計画における絶対的優位性を有する観光資源の位置づけ】
○長野県観光振興計画(2013年〜2017年)の重点プロジェクト「山岳高原など
の強みを活かした滞在型観光地の形成」において、「他の都道府県にはない魅力」(こ
こでの絶対的優位性に相当)等を際立たせるとしているが、その魅力とはどのような魅
力なのか、また、その魅力を有する山岳や高原とはどこなのか、を具体的に特定してい
ない。いわば「イメージ」が語られているのみである。雄大な山岳やさわやかな高原は、
他の都道府県にも多数存在しているのである。

○「他の都道府県にはない魅力」(観光振興戦略の「第1の要素」)を明確に特定しな
ければ、その観光資源に適したPR活動(「第2の要素」)、インフラ整備・付帯サー
ビス提供(「第3の要素」)など、当該観光資源を活用するための具体的な戦略の策定
やその実施化に取組めないのである。
 長野県観光振興計画の策定に関わる議論においては、「絶対的優位性を有する観光資
源」の存在をベースとする観光産業振興戦略の策定手法を強く意識した進め方はされな
かったということであろう。

【絶対的優位性を有する観光資源の発掘・活用の一方策】
○本県において、既に県内外で認知されている「絶対的優位性を有する観光資源」の活
用を格段に活性化すべきことは当然である。そして、更に重要なことは、現状の「絶対
的優位性」に安心せず、更に磨きをかけることに継続的に取組むべきであるということ
である。さもなければ、いわば「宝の持ち腐れ」になってしまう(更なる発展の機会を
逸失するリスクがある)ということである。

○例えば、素人の提案ではあるが、長野市の善光寺の本尊に関する歴史上のエピソード
(名だたる戦国武将たちの思惑によって、本尊が全国各地を転々としたことなど)など、
善光寺が有する史実に基づくドラマ性を、説得力あるPR素材として磨き上げ、参拝者、
すなわち長野市を訪れる観光客の増大戦略に効果的に活用することも考えられるだろう。

○そのような取組みと並行して、当該観光資源になりうる新たな資源を探索・発掘する
取組みも、観光産業の持続的・拡大的発展のためには不可欠である。
 そして、その資源が絶対的優位性を有するかどうかを客観的に評価・確認するために
は、関係分野の専門的・学術的な知識が必要になる。観光分野での産学官連携の重要性
の一つは、そこにあると言ってもいいだろう。

○「絶対的優位性を有する観光資源」の発掘・高度化などを基盤とした、他地域に比し
て優位性を有する観光振興戦略の策定を目指す場合には、その論点に絞り込んだ議論が
活発になされるように、合目的的な専門家集団を形成するなど、特別の配慮や仕掛けが
必要になる。

○本県が発掘・高度化を目指す「絶対的優位性を有する観光資源」は、最初から一般の
人々が全て高い関心を持つようなものである必要はない。
 例えば、歴史学の専門家が、県内で発掘された歴史的資産の学問上の価値や希少性を
高く評価すれば、当該分野の歴史に関心のある人は、他県等には存在しないその観光資
源を見るために本県を訪れるだろう。特定の分野の人が集まる「メッカ」を形成できれ
ば、前述した観光振興戦略の「第2の要素」であるPR戦略や、「第3の要素」である
インフラ整備・付帯サービス提供等によって、集まる人の分野を拡大していくことは、
比較的容易な課題と言えるだろう。たとえ人数的規模は小さくても、世界中の特定の分
野の人が、その絶対的価値を認める「メッカ」を形成していくことが重要なのである。

【中長期的視点に立った観光振興戦略の策定・実施化の必要性】
○観光によって生活を成り立たせるためには、手っ取り早く収入を得られる方策を優先
することは当然のことである。
 しかし、他県等でも類似の対応ができるようなレベルの、例えば、「短命な」イベン
トの開催等の観光資源に頼り、観光資源の優位性の不足分は、PR活動等で補完するよ
うな観光振興戦略では、観光地としての安定的・将来的な発展は期待しにくい。

○そこで、観光地としての優位性を高め、安定的・将来的な発展を確保するためには、
「絶対的優位性を有する観光資源」を核とした、中長期的視点に立った観光振興戦略を
策定・実施化することが、観光振興の重要な方策の一つになるのである。
 観光資源自体の価値において、他の観光地に対する優位性を確保できれば、無駄なPR
活動を省くことができ、より投資効率の高い、より効果的な観光事業の展開が可能とな
るのである。

○「誰もが語れる観光振興戦略」、「誰でもなりうる観光専門家」といようなことから
落ち込みやすい誤謬を厳密に避けることができるように、地域の観光振興戦略の策定・
実施化を推進する体制自体が、必要な専門性、学術性、論理性などを確保できるものに
することが、まず最初に解決すべき根本的課題と言えるのではないだろうか。


ニュースレターNO.6(2013年6月1日送信)

農業者の6次産業化と食品産業クラスター形成
― 農業分野の技術・経営革新と産業構造の高度化のために ―

【はじめに】
○農業の6次産業化という言葉が、国の成長戦略など様々な場で語られている。そして、
「農業者が、自ら栽培した野菜を用いるレストランを開業して所得を増大できた」とい
うような事が、6次産業化の大きな成果として取上げられている状況を見て、このよう
な6次産業化が、本当に日本農業の構造的改革をもたらし国際競争力を高めることに貢
献する産業政策と言えるのだろうか、という素朴な疑問が生じたことから、「農業者の
6次産業化」を今回のニュースレターのテーマとすることにした。

【農業者の6次産業化の定義】
○農林水産省は、六次産業化法(地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出
等及び地域の農林水産物の利用促進に関する法律)を制定し、農林漁業者の6次産業化
を支援している。
 6次産業とは、農林水産業の1次産業に製造業の2次産業とサービス業の3次産業を
掛け合わせた(足し合わせた)産業のことである。そして、当然のことながら、農林水
産省が想定している中心的な6次産業ビジネスモデルは、農林漁業者が自ら生産・加工
・流通(販売)を一体化し、所得を増大させるというものである。
 農林漁業者自らが、他業種の経営手法・加工技術等の修得によって、新たな垂直統合
型の事業展開に取組むことを中心的目標としているが、もう少し緩やかな水平統合型と
も言える、他の2次・3次産業の事業者との連携(農商工連携)による新事業展開も想
定しているようである。

○なお、ここでの議論をより具体的に進めるために、以下では、農林漁業者の中から農
業者を選定し「農業者の6次産業化」に焦点を絞ることにする。さらに、ここで議論す
る「農業者の6次産業化」については、例えば、農業者自身は、農産物の生産(1次産
業分野)とその加工(2次産業分野)までを担い、流通等の3次産業分野については、
他企業との連携によってビジネスモデルを構築するなど、必ずしも3次産業までを含む
完全形としての6次産業化を前提とするものではないこととする。
 それによって、6次産業化を目指す農業者の経営形態に、リスク分散を含む大きな自
由度(多種多様なビジネスモデルの選択肢)が与えられることになると考えるからであ
る。

【農業者の6次産業化の課題】
○「農業者の6次産業化」への取組みについては、「農業者の本業(基盤的競争力)の
高度化がおろそかになる」、「ハード・ソフト面での投資が必要で大きな金銭的リスク
を伴うことになる」、「新事業創出(起業)に成功できるのは限られた農業者で、農業
者全体への貢献は少ない」など、様々な否定的意見も聞かれる。

○新ビジネスへの展開に意欲ある農業者を支援することは、非常に有意義なことではあ
るが、6次産業化は、新事業経営に適さない人(農業分野で技術力を高め、市場競争力
を得て事業拡大する戦略に適する人)にまで、不要なリスクを負わせかねない「農業振
興施策」と言うこともできる。農業者が既存の農産物加工業者や加工食品の卸・小売り
業者と同様のビジネスに進出するだけでは、限られた食品市場のパイの取り合いになる
だけである。
 しかも、国内食品市場は、人口減少と高齢化により確実に縮小していくため、企業間
競争は将来的に益々厳しくなっていくのは確かなことである。6次産業化の支援施策に
おいては、食品市場に新たな成長分野を創出することに結び付く「仕掛け」が必要にな
っている。

【6次産業化の課題解決方策としての食品産業クラスター形成戦略】
○農林水産省が主導する農業の6次産業化の取組みについては、個々の農業者自身が6
次産業化していくことに主眼を置いており、地域内の農業者と、農業者以外の6次産業
を構成しうる様々な業種の事業者とが共存共栄(新たなバリューチェーンを構築)して
いく食品産業クラスターの形成・高度化(農業の6次産業化を核とする新たな地域産業
集積の形成・高度化)という発想は無いように見受けられる。

○農林水産省でも「食料産業クラスター」というクラスターの概念を政策上で用いてい
るが、経済産業省や文部科学省がその政策上で用いるクラスターの概念とは全く異なっ
ている。
 すなわち、農林水産省の「食料産業クラスター」とは、「コーディネータが中心とな
り、地域の食材、人材、技術、その他の資源を有効に結び付け、新たな製品、販路、地
域ブランド等を創出することを目的とした集団」とされており、経済産業省や文部科学
省の政策上で扱われる、いわば「研究開発プロジェクト(コンソーシアム)」レベルの
ものであり、産学官から成る産業集積の形成(高度産業都市の形成)レベルまでを想定
したものではない。

○そこで、農林水産省の政策にのみ依存することは止めにして、個別の農業者の6次産
業化を目指した活動が、既存の食品関連事業者の事業と直接的に競合するのではなく、
農業の6次産業化を核として、農業者と、関連する他業種の事業者が共存共栄できる食
品産業クラスター形成戦略の策定に、地域独自に取組むことが必要になるのである。
 その戦略においては、当然、既存の食品市場の中に新たな市場分野を創出できるよう
なレベルの新製品・新サービスの研究開発・事業化、すなわち、6次産業化による地域
先導型の農業ビジネスモデルの構築に、農業者と他業種の事業者が大学等の英知を活用
して効果的に取組めるようにする「仕掛け」を整備することが必要になる。

【食品産業クラスター形成戦略の策定・実施化拠点の必要性】
○地域においては、前述の食品産業クラスター形成戦略の策定とその具体的かつ着実な
推進を主導できる産学官連携体制を構築できるか否かが大きな課題となる。
 そして、その産学官連携体制の中でリーダー的役割を果たす「拠点」となる組織の戦
略策定・実施化機能が、他地域の「拠点」に比して優位性を有するレベルになっている
かどうかが、当該地域における優位性ある食品産業クラスターの形成・高度化を実現で
きるかどうかを決定づけるのである。

○その「拠点」とは、どのような組織であるべきであろうか。その組織は、農産物の生
産、その加工から流通に至るまでの様々な業種によって構成される、その地域で実現す
べき食品産業クラスター像(ビジョン)を明確化し、その実現のための優位性ある具体
的シナリオやプログラムを企画・実施化することを主導できる組織である。既存の組織
にその役割を付加するのか、全く新たな組織を創設するのか。産学官の関係者による議
論の深化が必要になる。

【6次産業化の重要なツールである農工連携の根本的課題】
○農業の6次産業化を工業技術の視点から支援することを目指して、信州大学の「食・
農産業の先端学際研究会」が、平成25年4月に発足した。
 工業技術が農業の高度化に貢献する形態としては、@農作業の生産性や農産物自体の
品質の高度化への貢献、A農産物の高度加工等による農産物の高付加価値化への貢献の
二つに大きく区分できる。農業の6次産業化を核として、新たな食品市場分野を創出・
拡大していくためには、@とAの両方が重要となろう。

○農業サイドと工業サイドが連携して、上記@とAに関する研究開発に取組もうとする
際には、根本的な課題にぶつかる。
  それは、工業サイドには、農産物加工・農業機械製造分野等の研究開発に関する人的
・資金的能力を有する企業が多数存在しているが、農業サイドには、工業サイドに匹敵
するような人的・資金的能力を有する民間事業主体がなかなか見つからないということ
である。
 したがって、工業サイドのニーズに応じて農産物の品質や栽培法を改良する研究開発
(受動的研究開発)の企画・実施化に対応できる農業サイドの事業者がなかなか見つか
らない状況にある。ましてや、農業サイドと連携することによって初めて実現可能とな
る新技術・新製品について、農業サイドから工業サイドに提案して実施する研究開発(
能動的研究開発)ができる事業者は更に見つけにくいということになる。

○また、以上のことから当然のことならが、農工連携による研究開発の成果を速やかに
事業化できる人的・資金的能力を有する農業サイドの事業者も極めて少ないということ
になる。

〇農業サイドの事業者の人的・資金的能力を格段に高めることを促す大胆な制度改革等
によって、この根本的課題の解決を促進しないと、自由な経済・産業活動を基盤とする
農工連携によって、農業分野での技術・経営革新や産業構造の高度化を目指す活動を活
性化し、その活動の成果によって、農業の国際競争力を強化していくことは、いつまで
たっても実現できないということになってしまう。

【6次産業化への政策対応の在り方】
〇6次産業化という概念は、農業サイドにおいて「農業者が自ら生産した農産物が、ど
のように加工され流通し、最終的に消費者の口に入るのか。消費者の口に入るまでに、
自ら生産した農産物がどのようにして、どのような付加価値を上乗せされていくのか。」
という極めて基本的な問題意識を持った視点から、農業経営の在り方を再考する機会を
与えてくれていると言える。
 その6次産業化が、農業者が単に他産業(他業種)に進出するという「仕掛け」では
なく、農業者が主導して、新たな市場分野を創出・拡大し、他業種との共存共栄の下に、
農業の国際競争力を強化し持続的に発展していくことができるようにする「仕掛け」と
なるように、必要な制度改革や政策的支援が速やかに実施されることを期待したい。

○すなわち、農業の6次産業化は、「農業者が、自ら栽培した野菜を用いるレストラン
を開業して所得を増大する」というような従来的・短絡的な視点からの取組みの成果に
満足していて良いものではない。本来的には、国際的優位性を有する地域先導型の農業
ビジネスモデルの構築を目指すべきものであるはずである。
 したがって、農業の6次産業化については、必要な制度改革や政策的支援によって、
農業分野に技術・経営革新や産業構造の高度化をもたらし、日本農業の国際競争力の強
化を実現しうる効果的な手法として、その推進についてより戦略的・中長期的な視点か
ら論じられることを期待したい。


ニュースレターNO.5(2013年5月18日送信)

「木の科学技術」による地域産業の振興
― 林業振興の既成概念を超えた木質バイオマス産業クラスター形成戦略の必要性 ―

【木質バイオマスの高度活用に関する地域課題】
○長野県は豊かな森林資源を有する県であり、その保全のための独自税制が県議会で決
議されるほどに、森林の重要性に対する県民意識の高い県である。
 しかしながら、長野県の森林資源(木質バイオマス)の産業面での活用という視点か
ら概観してみると、長野県森林づくりアクションプランにおいて「木を活かした力強い
産業づくり」を目指すとしているにもかかわらず、古くからの建築、燃料、日用品等の
原材料としての利用から脱した、先端的な科学技術を応用した新たな利用分野、高付加
価値分野への挑戦的取組みが、他県に比して不活発・消極的であったと言えるのではな
いだろうか。なぜ、産学官の関係者等が主導して、木質バイオマスによる新産業創出の
ための産学官連携研究開発プロジェクトや、関係分野の研究機関や研究開発型企業の誘
致等までを含めた、総合的な地域産業振興戦略(木質バイオマス産業クラスター形成戦
略)の策定・実施化に挑戦しようというような動きが生まれて来なかったのだろうか。

○木質バイオマスの産業分野への活用について、大学等の研究成果としての先端的技術
シーズを応用するという視点から、当該技術シーズの供給元としてどのような機関があ
るのか県内を見渡した場合、木質バイオマスを育てる側の学問である、いわゆる林学分
野を得意とする大学等はあっても、木質バイオマスを産業利用する側の学問である、い
わゆる林産学分野の先端的研究成果を県内産業界へ積極的に情報発信してくれるような
大学等が無かったことが、産学官連携による先端的科学技術を応用した木質バイオマス
活用プロジェクトへの取組みが活性化して来なかった大きな理由と言えるかもしれない。

〇木質バイオマスを活用して新たな産業の振興を目指そうとするのであれば、当然、木
質バイオマスを高度に活用するために必要な技術シーズを県内で見出せない場合におい
ては、県外の大学等の技術シーズの中から必要な技術シーズを見出すための探索活動を
実施し、それを応用した新技術・新製品の研究開発の活性化を図るべきであろう。

【木質バイオマスの高度活用分野の展望】
○木質バイオマスの産業分野への先端的応用については、一例として以下のように大き
く分類することができるだろう。
 @従来からの建築資材等の分野での利用:他の技術との融合による強度や耐性の高度
 化など
 A化学関連産業分野での利用:木の有用成分の抽出や、それを応用した新規物質の創
 成など(例えば、プラスチック等石油化学製品の代替品の創成)
 B新エネルギー分野での利用:ガス化、バイオエタノール化等による新たなエネルギ
 ー源の創出など

  (参考)FOREST PRODUCTS ASSOCIATION OF CANADA のホームページには、
   木材利用の展開分野の例示として、
 BIOPRODUCTS, SOLID WOOD, PULP AND PAPER, BIO-ENERGY, BIO-PLASTICS,
 TEXTILES,FOOD ADDITIVES, BIO-CHEMICALS, BIO-FUELS が記載されている。

○林学や林産学に関する分野から、本県の林業振興を技術的に支援する県の拠点として
は、長野県林業総合センターがある。木質バイオマスの産業応用という視点から、その
試験研究課題を見てみると、乾燥技術や接着技術など、前記の「@従来からの建築資材
等の分野での利用」レベルに留まっており、「A化学関連産業分野での利用」や「B新
エネルギー分野での利用」などの先端的技術分野への取組みは公表されていない。

○他県の取組み事例を探してみると、秋田県での、文部科学省事業である都市エリア産
学官連携促進事業も利用(平成15〜17年度)した、秋田スギの総合的活用技術の研
究開発プロジェクト(間伐材木炭と地元産ゼオライトを活用した水質浄化濾材の開発な
ど)や、同じく都市エリア事業を利用(平成14〜16年度)した、青森県での木質バ
イオマスを活用した高度エネルギー利用システムの研究開発プロジェクト(高効率木質
バイオマスガス化炉の開発など)などの事例がある。
 さらに、岡山県では、「おかやま木質バイオマス研究開発会議」が、平成16年3月に、
「木質バイオマス先進県おかやま」を実現するための方策(従来からの用途に加え、有
用抽出成分の多分野応用からガス化・液化等の熱化学的応用までを含む総合的利用)を
提言している。
 また、化学産業界においても、国等の支援を受け、脱石油依存で自立型の石油化学原
材料調達システムを、新たな木質バイオマス活用技術の創造によって実現することに取
組んでいる。

○国の取組みとしては、例えば、中国経済産業局が、平成23年2月に「バイオマス・
ファインケミカルズ・リファイナリーシステム構築に係る事業性調査報告書」を出すな
ど、木質バイオマスによる競争力のある新産業の創出と、低炭素・循環型社会システム
の構築を目指す取組みがなされている。

○林野庁においても、木質バイオマスの新たな利活用に向けた技術開発に取組んでおり、
今までに取組んできたテーマとしては、木質バイオマスからのナノカーボン製造システ
ム、木質バイオマスからの新たなエタノール製造システム、バイオオイル化による森林
資源トータル利用システム、水蒸気爆砕法による木質バイオマスからの高機能樹脂等製
造システム、木質バイオマスからのリグノフェノール製造システム などがある。

【研究開発プロジェクトから木質バイオマス産業クラスター形成戦略へ】
○本県においても、木材の集成材製造技術、木材表面の改質による耐候性高度化技術、
燃料としてのチップ化技術、ヒノキチオール等の成分抽出・応用技術など、様々な技術
分野で、木質バイオマスの産業応用への個別企業による個別的取組みがなされてきてい
る。しかし、産学官連携によって、木質バイオマス利用における本県独自の技術的優位
性を創出・確保し、地域産業全体の競争力の強化、雇用機会の創出等につなげようとい
うような、集中的・戦略的な取組みはなされて来なかったのではないだろうか。すなわ
ち、本県には他県には既に存在していた、木質バイオマス産業クラスター形成戦略はな
かったのである。

○カナダ・ケベック州では、1本の木からより多くの価値を引き出すことが、カナダの
林産業に一大転機をもたらすとして、木材からバイオケミカル、バイオエネルギー、バ
イオマテリアル等を抽出し産業応用するため、エネルギー、製薬、自動車、航空宇宙、
プラスチック等、林産業と協同できそうなハイテク企業が参画した大型プロジェクトが
進められている。
 長野県テクノ財団が連携協定を締結しているナノケベックは、ナノテク分野でのイノ
ベーションを支援し、ケベック州の産業振興に貢献することを使命としている産学官連
携支援機関であるが、そのアクションプランの4重点分野の1つに「Forestry(林業)」
を掲げ、木質バイオマスからのナノマテリアルの生産技術や応用技術の開発支援に取組
んでいる。

○森林県である長野県においても、従来から関係者が有していた林業や林産業の振興に
関する既成概念を超えて、本県の豊かな木質バイオマスを高度に活用した、新しい高付
加価値産業クラスターの形成に向け、超精密技術に代表される本県の産業技術と、カナ
ダ等の海外も含めた大学等の先端的林産学の研究成果とを融合化する地域先導型プロジ
ェクトの企画・実施化について、今後の産業振興戦略高度化のための重要課題とし検討
すべきであろう。

○この検討を具体的に進めるためには、林業振興を主導する機関の方々の、木質バイオ
マスの活用に関する研究開発に対する視野を拡大していただくことを大前提として、そ
れらの機関と、工業振興関係機関、大学等からなる新たな産学官連携による取組体制を
整備することがまず必要となろう。


ニュースレターNO.4(2013年5月3日送信)

比較優位性を有する信州ブランド戦略の策定

【信州ブランド戦略に関する基本的考え方】
○2年ほど前に、新商品開発やデザインの分野のある専門家の方が、いわゆる信州ブラ
ンド(統一ブランド)の概念について、「信州ブランドとは、いわば『宝石箱』のブラ
ンドのことで、その『宝石箱』の中には、県内各地の優れた地域資源等、それぞれブラ
ンド力を有する『宝石』が沢山入っている。」という主旨の非常に分かりやすい示唆に
富んだ解説をされるのを聞く機会に恵まれた。

○この信州ブランドの概念を、今後の本県産業の発展に資する信州ブランド戦略の在り
方を考える一つの「基準」(あくまでここでの議論を分かりやすく進めるためのツール
として用いるだけで、これに従うべきということではない。)とすれば、私のようなブ
ランド戦略論については全くの素人であっても、一つの理想型としての信州ブランド戦
略の骨格を思い描くことができる。すなわち、信州ブランド戦略においては、大きく二
つの戦略が必要になるということである。
 その第一は、新たな「宝石」候補を発掘し、優れたブランド力を有する「宝石」にす
ることや、既存の「宝石」のブランド力に更に磨きをかけることに資する戦略である。
 第二は、優れた「宝石」が沢山入っている「宝石箱」のイメージアップ・差別化をし、
「宝石箱」のイメージアップ・差別化が、それぞれの「宝石」のイメージアップ・差別
化につながるという「好循環」を形成することに資する戦略である。

○このことから明らかなように、「宝石」が他県等と大差のない地域資源であっては、
「宝石箱」の魅力・価値は下がってしまう。
 また、そんな「宝石箱」では、県民の誇りや愛着を育めない。したがって、他県等に
比して優位性を有する「宝石」を創出する「仕掛け」を内包する信州ブランド戦略が必
要になるのである。
 そして、その「仕掛け」を構築する前提として、信州ブランド戦略における「宝石」
とは、どのような地域資源を対象とするのかについて明確に定義づけることが重要にな
る。なぜならば、例えば、「宝石」が工業製品の場合と歴史的景観の場合とでは、その
発掘・創出やブラシュアップの「仕掛け」が大幅に異なることになるからである。

【長野県が策定した信州ブランド戦略の優位性や課題】
○長野県が策定した「信州ブランド戦略(コンセプト編)」は、別途定められる「信州
ブランド戦略(行動計画編)」の内容を方向づけるものであり、今後の本県の産学官の
関係者が連携して取組む、本県の様々な地域資源のブランド力を高めるための活動のい
わば「バイブル」とも言える極めて重要なものである。
 したがって、たとえある一つの「基準」に基づく「コンセプト編」の分析・評価であ
っても、所属や職域を超えた多くの人々による、長野県が策定する信州ブランド戦略に
関する議論を活発化することができれば、信州ブランド戦略を高度化し、その戦略が目
指す地域発展の姿(ビジョン)を早期に具現化することに大きく資することになると考
えた次第である。

○「信州ブランド戦略(コンセプト編)」を読んで、まず気になることは、「信州ブラ
ンド」という言葉が頻繁に使われているにもかかわらず、その定義が明確になされてい
ないということである。県内に存在する「個々のブランド」の統一ブランドとして、特
定の呼称・マーク等を設定することを予定しているのか、単に「個々のブランド」の総
体を表現するために代名詞的に使用しているのか、判然としない。
 コンセプト、キャッチフレーズ、スローガンという考え方は出てくるが、統一ブラン
ドに相当するものとして想定しているのか否かは不明である。

○また、「信州ブランド戦略(コンセプト編)」の中で、個々の「宝石」に相当する地
域資源には、どのようなものが含まれるのかについての定義付けも明確になされていな
い。ただ、「長野県の目指すブランド戦略は、県内の工業製品、伝統工芸品、農産物、
文化財、地域そのものなど、・・・・」との記載があり、「宝石」については、工業製
品、伝統工芸品、農産物、文化財、地域そのものを想定していることが窺われる。すな
わち、県内の全ての地域資源を「宝石」の対象としていると解釈でき、他県等の戦略に
比して、規模的には非常に意欲的・挑戦的な戦略ということもできる。

○しかし、「宝石」の対象の明確化・定義付けを怠ることによって、今後の「行動計画
編」の策定過程で、多くの課題に直面することになろう。
 例えば、「宝石」になりうる地域資源(「宝石」候補)の発掘・ブラシュアップへの
具体的な支援体制の構築について検討する際に、「宝石」候補の種類が不明確のままで
は、どのような発掘手法で、どのようなブラッシュアップ手法を提供すれば、「宝石」
候補のブランド化(「宝石」化)を効果的に実現できるのか、という極めて基本的な課
題についての議論さえまともにできないことになる。

○また、ブランド力の向上・維持のために不可欠の、品質の保証(担保)を確保する仕
組みの構築について検討する場合にも、販売される物品と文化財等唯一無二の物の両方
に共通する仕組みはあり得ないだろう。「行動計画編」の策定においては、その品質保
証の仕組みの複雑化への対応の在り方も課題となろう。

○「コンセプト編」においては、 「信州ブランド」と「『信州』というイメージ」とい
う表現が使われているが、特に区別しては使われていない。
 そして、「信州ブランド」が、「宝石」としての「個々のブランド」と、一定地域内
の複数の「個々のブランド」で構成される「地域ブランド」の両方を下支えするという
考え方が示されている。
 すなわち、信州ブランドという統一ブランドが、「個々のブランド」や「地域ブランド」
の入った「宝石箱」のブランドのことであるというような集合論的な考え方(ここで「基
準」としている考え方)はとられていない。

○「個々のブランド」と「地域ブランド」という「宝石」の創出への取組みが、「信州
ブランド」あるいは「『信州』というイメージ」のブランド力を高めることに繋がるこ
とについては記載されている。
 しかし、「信州ブランド」あるいは「『信州』というイメージ」のブランド力を高め
るための戦略や、その戦略との連携の下に、「個々のブランド」や「地域ブランド」と
いう「宝石」の創出やそのブラシュアップを促す戦略(「好循環」を生み出す戦略)に
ついては、具体的に記載されていない。

【信州ブランド戦略の課題を解決するための方策】
○長野県が策定した「信州ブランド戦略(コンセプト編)」が、いわゆる「宝石」候補
を全ての地域資源としていることが、他県等のブランド戦略に対する優位性であると評
価されるようにするためには、「信州ブランド戦略(行動計画編)」の策定作業におい
て、企画する事業毎に、支援対象とする「宝石」候補を明確化し、それに適した合理的
支援体制を整備するなど、高度な戦略的独創性が必要になる。

○新たな「宝石」候補を発掘・創出することや、既存の「宝石」に更に磨きをかけるこ
とへの支援については、「宝石」化の対象が全ての地域資源である以上、とにかく、関
係者が気軽に何でも相談し的確にアドバイスを受けられる「総合相談窓口」を設置する
ことが第一に必要となろう。
 そこが、相談内容に応じて、自らアドバイスできない事項については、適切な支援機
関に繋ぐことなどで対応できれば、なんとか信州ブランド戦略は動きだせるだろう。

○もちろん、ある「宝石」候補分野のブランド化支援機関が国内に存在しない場合には、
全く新たな支援機関の整備を検討するのか、その分野のブランド化支援は実施しないこ
とにするのか、についての判断を迫られることになる。
 とにかく支援対象を明確化しなければ、真に役立つ「信州ブランド戦略(行動計画
編)」の策定を効果的に進めることは困難ということである。

○以上のような議論が、産学官の関係者の間で広く活発になされ、関係者の間であいま
いな事項が一つひとつ明確化されて、他県等に比して優位性を有する「信州ブランド戦
略(行動計画編)」が策定され、その効果的実施化を通して、豊かな地域社会の形成が、
「ブランド力」によって更に加速されることを期待したい。


ニュースレターNO.3(2013年4月27日送信)

健康増進産業クラスターの形成

【はじめに】
〇一般的に、ある特定の技術分野の地域クラスターの形成を目指す場合において、その
特定の技術分野の技術的蓄積(例えば、当該技術分野での優良企業の存在等)が全く無い
地域で、クラスター形成に必要な技術的要素の全てを外部から導入することを前提にし
て、地域クラスター形成戦略を策定しようとすることについては、「無謀」と考える人
が多いだろう。(「無謀」と言われる課題を解決する仕掛けを内包する地域産業政策を
策定し具現化していくことの意義等については、ここでは議論しないことにする。)

〇そこで本県で、最近注目されているメディカル関係の地域クラスターを形成しようと
考えた場合、前記のような批判を受けることがなく、比較的取組みやすいと言えるメデ
ィカル関係の地域クラスターとは、どのようなものを候補にできるのだろうか。
 その問いに対しては、まず第一に、健康増進に資する様々なサービスを提供する様々
な企業群で構成される「健康増進産業クラスター」の形成を提案することができるだろ
う。
 そのクラスター形成を提案する一つの重要な根拠事例としては、本県の温泉地では昔
から、温泉旅館が湯治という健康増進サービスを提供してきているという歴史的事実
(クラスター形成に資する地域資源の蓄積)を提示したい。

〇以下で、本県に従来から存在してきている健康増進に資する様々な地域資源に着目し
た、「健康増進産業クラスター」の形成について検討してみたい。

【健康サービス産業創出への産学官連携活動の状況】
○平成16年、政府の産業政策の指針として策定された「新産業創造戦略」において、
高齢化の進展の中でのニーズの広がりに対応する産業群として、また、地域再生のため
の中核的な産業群の一つとして、「健康・福祉・機器・サービス」が位置づけられ、戦
略的な取組みが求められた。
 このようなことが契機となって、多くの県等では、科学的根拠に基づく健康サービス
産業創出のための研究会や協議会が設置され、そこが拠点となって、国等の支援も受け
ながら、産業創出のための様々な調査研究活動がなされて来ている。

○長野県では、健康・医療関連機器の研究開発については、平成23年度から文部科学
省の支援を得て、長野県テクノ財団メディカル産業支援センターを拠点として積極的に
取り組まれているが、健康サービス産業の創出については、特に活発な動きは無いまま
現在にいたっているようである。

〇最近になって活動を開始した健康サービス産業創出に係る注目すべき事例がある。中
部地域では平成24年度から、中部経済連合会等が中心となって、ヘルスケアに係るサ
ービス産業、製造業等の総体を新ヘルスケア産業と定義づけて、新ヘルスケア産業を中
部地域の成長産業として育成していくための産学官連携プロジェクトである「新ヘルス
ケア産業フォーラム」の活動を展開している。行政機関として、長野県も広域連携を目
指して参画している。この活動の成果に注目したい。

〇健康サービス産業の創出への戦略を策定しようとする場合、関係者の間で確認してお
くべき事項がある。それは、例えば、以下に記載のような取組みやすい産業化レベルを
目指すのか、それとも他地域に比して優位性・新規性を有する参入障壁の高い産業創出
(市場競争力を有する新規ビジネスモデルの構築)を目指すのか、ということである。

取組みやすい産業化レベルの事例
・公的部門が担っていた役割を民間部門が担うようにシステム改革をする。
・既存のサービス提供ツールを活用し、ソフト・ハードの新規技術開発は伴わないビ
ジネスモデルを構築する。
(多くの事業者が、いわゆる買取価格保証制度を活用し、市販の太陽光発電設備の導
 入によって発電事業に参入していくビジネスモデルが参考事例となろう。)

【優位性ある地域資源を活用した、優位性あるサービスメニューの研究開発】
○国が戦略的取組みの必要性を提唱する以前から、長野県内の温泉ホテル等の中には、
宿泊者に健康によい運動メニュー等を提供することを、他の宿泊施設に対する優位性と
して経営展開している事例があった。科学的理論や検証に基づく新しい湯治プランの提
供とも言えるのではないだろうか。

○このように本県には、健康増進に資する資源として、@温泉、山岳、森林等の自然、
A農林水産物、伝統加工食品等の食物、B生体情報センシング機器等を開発できる高度
技術、C健康増進メニューの効果に関する医学的検証をできる学術機関、などが集積し
ている。

○この資源を活用して、産学官連携によって、例えば、本県を訪れ一定期間滞在し、健
康増進プログラムを実施すれば、高血圧、肥満、高脂血症など様々な健康上の問題の改
善が促進されるというようなサービスを開発・提供(当然、他県の類似サービスに対し
て医学的効果・顧客満足度等の面で競争力を有するサービスを提供)できれば、本県を
訪れる観光客は増加するだろう。しかも、観光客一人当りの滞在日数は格段に長期化し、
したがって、観光消費額も格段に増加することになる。当然、多くの県民もこのサービ
スの利用を望むだろう。

○他県の同業他社も、同様のサービスを提供しようとするだろう。それに対しては、よ
り高度な健康増進プログラムを研究開発し続けることが必要になる。例えば、健康増進
プログラムで使用する、新たな機能性食品、運動用機器、健康増進効果センシング・検
証装置などのハードの研究開発、ハードを効果的に活用するソフトの研究開発、そして、
その研究開発成果の早期実用化への取組みが活発になされることが必要になる。

【健康増進産業クラスター形成戦略の策定・具現化への政策的支援】
○新たな健康増進プログラムを創出することを目的とする、温泉宿泊施設、スポーツ施
設、医療機関、健康食品製造企業、健康機器製造企業、関連大学などからなる、合目的
的で多様な産学官研究開発コンソーシアムが次々と形成され、それらが活発に活動する
ことが、「健康増進産業クラスター」の形成・発展の原動力(成長エンジン)となるの
である。

○この「健康増進産業クラスター」の形成を加速するため、新たな健康増進プログラム
用のソフト・ハードの研究開発や、それを活用した効果的なサービス提供方法の研究開
発(ビジネスモデルの構築)への産学官連携による取組みを県・市町村等として政策的
に支援する仕組み作りが求められる。

○その仕組みの中には、このような産学官連携の取組みの企画・実施化を主導できる拠
点(機関)の存在が不可欠になる。その拠点が中心となって、どのようなソフト・ハー
ドを創出すべきか、それを実現するためにはどのような研究成果・技術シーズを活用す
べきか、どのようなビジネスモデルを構築すべきか、などについての調査研究から、具
体的な研究開発プロジェクトへの展開など、様々な主体の様々な活動を活性化していく
のである。(どのような機関・組織が拠点の役割を果たすべきかについては、後で検討
したい。)

○政策的に支援すべき産学官共同研究プロジェクトの事例を挙げてみよう。
 まず、県内の大学・企業等が実施した健康増進に資する新たな研究開発の成果を活用
した、新たな健康増進プログラムの企画とその効果の実証試験を大学、医療機関等の協
力を得て実施するプロジェクトへの支援が考えられる。
 新たな健康増進プログラムを商品化するためには、大学、医療機関等の学術的に権威
のある機関において、その効果が確認されていることが必要になる。それが、提供する
サービスの品質保証、市場競争力の高度化に結び付くからである。

【多分野連携プロジェクトを主導する拠点の必要性】
○前述のような健康サービス産業の振興に重点を置いた「健康増進産業クラスター」の
形成に資する具体的プロジェクトについては、長野県のものづくり産業振興戦略プラン
や科学技術産業振興指針など、産業振興戦略には位置づけられていない。
 しかし、「健康増進産業クラスター」の形成の取組みは、本県の住民の健康増進に大
きく貢献するものであり、住民の健康増進を目的とする各種の行政計画の具現化の重要
なツールとなるものである。
 また、健康サービス産業の活性化は、同産業が提供するサービスの高度化・差別化に
必要なハード・ソフトへのニーズを増大させ、製造業等の関連産業の活性化をも誘発す
る相乗効果・好循環をもたらすのである。

○このような多分野連携プロジェクトを企画・実施化するためには、様々な関連産業分
野の支援機関・団体の連携など組織横断型の取組みが必要になる。
 どのような機関・組織がリーダーシップを発揮してそれを主導すべきなのか。それは、
「健康増進産業クラスター」の形成によって実現すべき「健康的で豊かな地域社会」の
姿(ビジョン)を、医学的、あるいは社会科学的観点から、具体的に提示することがで
きる(提示・具現化することを任務とする)機関・組織であると言えるだろう。

○「健康増進産業クラスター」の形成を具現化するためには、ビジョン・シナリオ・プ
ログラムが必要になる。その中でも、まず最初に達成目標とするビジョンを描けなけれ
ば、ビジョンを具現化するためのシナリオやプログラムは策定できない。
 したがって、ビジョンの策定を担当すべき機関・組織が、この多分野連携プロジェク
トの企画・実施化の要となることが合理的なのである。そのような地域先導的な高い意
識を有する機関・組織は本県の中に存在しているのだろうか。
 関係機関の間で十分に検討し、明確な拠点の選定(設置)の下に効果的な産学官連携
推進体制を構築して、「健康増進産業クラスター」の形成に積極的に取組むことは、本
県を真に豊かな地域とすることに大きく貢献するものと考える。


ニュースレターNO.2(2013年4月11日送信)

科学技術の振興による豊かな地域社会の形成

【地域社会の課題解決と地域産業の振興との整合】
○豊かな地域社会の形成への一つのアプローチとして、目標とする豊かな地域社会像の
実現の障害となっている様々な課題を特定し、その課題を科学技術によって解決してい
くという取組みの重要性は、今や多くの人が認めるところである。
 そして、地域社会の課題の解決に科学技術を有効に活用することと地域産業の振興と
を整合させることが、科学技術による豊かな地域社会の形成を経済的合理性(市場原理)
の下で持続的に可能とするためには不可欠なことであることも理解いただけるだろう。
 したがって、そのことを促進するための政策的対応(政策的仕組み)の在り方が、
重要な検討課題となるのである。

○このことに関する私の基本的考え方は、年報自治体学第10号(1997年3月31
日)の公募論文「新しい地域産業政策の在り方について」の中で詳細に説明している。
 簡単にまとめて言えば、地域社会の課題の解決に科学技術を合理的に活用していくた
めには、第一に、課題とその解決手段となるべき科学技術とを合理的に結び付けるシス
テムの創出が必要であり、第二に、そのシステムによって選択あるいは開発された科学
技術による課題解決方策が、市場原理の下に(ビジネスとして)広く普及していくシス
テムの創出も必要になるということである。

○もっと具体的に説明すると、課題の解決方策を科学技術的観点から検討し、必要な技
術を選択し、無ければ新たに研究開発し、その成果を活用した課題解決方策の市場性に
ついても検討するという、最初でしかも極めて重要な段階については、行政が主導的役
割を果たし、いわゆる産学官連携の下に、その段階を強力に推進するシステムを構築す
ることが必要になるということである。
 必要な技術の研究開発によって、地域社会の課題を解決するという「行政の強い意思」
を産業界が確認できれば、当該研究開発成果の市場性の判断に大きなプラス要因が加わ
り、産業界の取組みはより加速され、地域に新たな産業分野を創出することに大きく貢
献することになろう。

〇地域社会の課題解決と地域産業の振興との整合については、最近、社会的課題を解決
することを「アウトカム」とする「課題解決型」研究開発プロジェクトの取組みが、
「技術に勝って事業に負ける」現状を打開するための効果的方策として注目されている
ことからも、産業政策における「普遍的な課題」と言えるだろう。
 このような我が国の科学技術政策の動向も考慮して、他県等に比して優位性を有する、
科学技術振興による新たな地域産業振興戦略を策定することが、本県産業の新たな方向
への展開を加速することに極めて重要な役割を果たしてくれるのではないだろうか。

【本県における科学技術の振興の位置づけ】
○科学技術による製造業、農業、林業等の産業振興や、環境保全・健康増進等を通して、
豊かな地域社会を形成することに長野県が取組む際のバイブルとなる「長野県科学技術
産業振興指針(平成22年3月制定)」(以下、振興指針という。)というものがある。
県内経済・産業の発展と県民福祉の向上の両方を目的とする点に特徴を有するもので
ある。

○この振興指針は、科学技術基本法第4条(地方公共団体の責務)の規定に基づき策定
されたものである。
 同法の目的は第1条で「・・・科学技術の水準の向上を図り、もって我が国の経済社
会の発展と国民の福祉の向上に寄与するとともに世界の科学技術の進歩と人類社会の持
続的な発展に貢献すること・・・」とされていることからも、本来、本県における科学
技術の振興については、本県の産業振興のためだけになされるべきものではない。広く
地域社会の課題の解決に貢献することが求められている。
 したがって、本県の振興指針が、その名称の通り科学技術による産業振興に重点を置
いている場合にあっても、社会的課題の解決を市場原理(産業振興)によって達成する
という基本理念やその具現化方策を、明確に提示していれば、本県の指針の産業振興重
視の姿勢は、他県等の科学技術振興指針・計画等に対する優位性の根拠としてアピール
できるのである。

【科学技術による「安全・安心な健康長寿社会の実現」のための取組み】
○本県の振興指針では、社会的課題である「安全・安心な健康長寿社会の実現」を基本
目標としているが、「基本的な施策方針」の「安全・安心な健康長寿社会の実現」にお
いては、単に、関係分野の研究開発に取組むという非常に漠然とした記載はあるが、
具体的にどのような課題の解決のために、どのような取組みをどのような体制で行うの
かというような、その基本目標を実現するための方策(仕掛け・仕組みなど)について
の記載は見当たらない。
 したがって、「基本的な施策方針」を具現化するための具体的取組みである「重点的
な取組」の中に、基本目標である「安全・安心な健康長寿社会の実現」のための具体的
な重点プロジェクト等を位置づけることができなかったということであろう。

〇例えば、新北海道科学技術振興戦略(H25〜29年度)では、「基本目標」の一つ
に「安全・安心な生活基盤の創造」を掲げ、「推進研究分野」の一つに「安全・安心な
暮らしづくりに貢献する科学技術」を定め、「健康・医療・福祉に関する研究開発」と
「防災・減災に関する研究開発」に取り組むことにしている。そして、具体的には、
「健康・医療・福祉に関する研究開発」においては、「三大成人病の診断・治療や、生
活習慣病、認知症の予防、高齢者の健康寿命の延伸など、健康・医療に関する研究開発
を推進する」としている。
 また、神奈川県科学技術政策大綱(H24〜28年度)では、県の「重点的な研究活
動の展開」の「重点研究目標」の一つに「超高齢社会に対応した技術やシステムの向上
に資する研究(医療・福祉技術、食の安全性等)」を定め、その施策例の「診断・治療
などの医療技術の革新」の中で、以下に関する研究を実施することにしている。
ガンのオーダーメイド医療
ガンの早期発見のための機器
食品中の発ガン物質の検出法 等

 以上のように、地域科学技術政策の先進県等においては、行政計画の目標達成のため
に、新たな科学技術の研究開発やその成果の活用を行政計画の中に明確に位置づけてい
るのである。

【科学技術による製造業の振興】
○本県の振興指針の中で、製造業の振興については、「世界へ飛躍する力強い製造業」
を目的とし、そのための「基本的な施策方針」として「科学技術産業振興の基盤づく
り」を掲げている。具体的には、まず「産学官連携の強化」として、長野県テクノ財団
を拠点とする産学官共同研究開発により、持続的・発展的イノベーション創出に取組む
ことにしている。
 次に「分野横断・融合化への取組み」として、産学官連携によって分野横断・融合化
技術の研究開発を進め、世界トップレベルの研究開発拠点機能(COE)の形成に取組
むとともに、次代を担う「科学技術人材の育成・確保」等にも取組むことにしている。

〇長野県テクノ財団による、イノベーション創出を目指す産学官共同研究開発について
は、国等の施策も取入れ活発に推進されている。また。世界トップレベルの研究開発拠
点機能の形成についても、例えば、信州大学カーボン科学研究所の国際的研究開発活動
など、内外で高く評価される成果も上がっている。
 そのような優れた成果を基に、平成24年度の文部科学省の補正予算では、60億円
以上をかけて、信州大学工学部に「国際科学イノベーション拠点」が設置されることに
なり、産学官が一つ屋根の下で、世界の水問題の解決に貢献する新技術・新製品を創出
していくことになっている。

○今まで科学技術による地域産業の振興については、県内の地域課題を解決できる科学
技術によるビジネスモデルをまず構築し、それを類似の課題に悩む内外の他地域に順次
展開していく戦略を想定してきた。
 しかし、信州大学に、オールジャパンの産学官連携体制の下で、世界の水問題の解決
に貢献する新技術・新製品の創出を目指す「国際科学イノベーション拠点」の設置が決
定されたことによって、県内の地域課題の解決への貢献を飛び越えて、例えば、アジア
の新興国の地域課題の解決に直接的に貢献するビジネスモデルの構築・展開というよう
な、新たな地域産業振興戦略の道筋を構想できる、あるいは、構想しなければならない
状況も生まれてきている。
 いずれにしても、このビジネスモデルの展開が、県内の既存企業や、このビジネスモ
デルに参画するために県内に進出してくる企業等によって、大規模に推進されることに
なれば、本県の地域産業・経済が大きく発展することが期待できるのである。

【科学技術人材の育成・確保】
○科学技術人材は、科学技術による地域産業振興のための根源的な成長エンジンとも言
えるものであることから、その育成・確保の在り方は、極めて重要な政策課題となる。
したがって、現状の人材育成・確保の課題を十分に把握した上で、如何にして他県等に
対して優位性のある、人材育成・確保に関するビジョン・シナリオ・プログラムを策定
し、効果的に実施化していくべきかについての議論の深化が必要となる。

○このビジョン・シナリオ・プログラムに関する議論については、県が所管する大学、
技術専門校等の枠を超えた、より広域的・多角的な産学官連携の視点から、理想的な人
材育成・確保システムの在り方を高度かつ専門的に議論ができる仕組みづくりから着手
することが必要であろう。(この点に関しては、後日詳しく調査し報告・提案予定)

【地域社会の課題解決のための科学技術振興の推進体制】
○本県の振興指針においては、製造業振興への取組みについては、かなり充実した戦略
的内容となっている。しかし、環境保全や健康増進等の社会的課題を解決するために必
要な科学技術の研究開発や、その成果を活用した課題解決への取組み方針等については、
ほとんど記載されていない。
 このままでは、振興指針を策定したことによって、かえって、地域における科学技術
振興の本来的な意義に関する長野県の取組みの弱さが、際立たされてしまっているので
はないかと若干心配になる。

○豊かな地域社会を形成するために解決しなければならない様々な課題を特定し、その
課題解決への科学技術の応用に関する研究開発を企画・実施化し、その成果を効果的に
県民生活に普及するという、すなわち、科学技術の振興による豊かな地域社会の形成に
至る一連の工程を俯瞰的にマネジメントするという、極めて重要な役割について、どの
機関や組織がそれを担当することになっているのかを明確に説明できるようにすること
が、本県にとってまず必要なことであろう。
 また、このことは、本県における各種の行政計画の策定の在り方(行政計画の目標と
それを達成するための優位性ある「仕掛け」等)にも及ぶ基盤的な課題とも言えるので
ある。(この点に関しても、後日詳しく調査し報告・提案予定)


ニュースレターNO.1(2013年4月3日送信)

地域産業政策研究所の必要性

【はじめに】
○地域産業政策の究極の目標とは、地域産業集積の国際的優位性を確保し、多種多様な
雇用機会の提供等を通した、真に豊かな(物質的にも精神的にも豊かな)地域社会の形成
であると言える。

○国際的優位性のある地域産業集積を促進するためには、国際的優位性のある地域産業
政策が必要となる。より具体的には、地域産業集積の高度化に関する優れた戦略・作戦・
戦術、あるいは、ビジョン・シナリオ・プログラムがなければ、競合他地域との競争には勝て
ないのである。他地域に比して優位性のある地域産業政策があれば当然、国等の競争的
資金の獲得競争においても提案書に高度な競争力を持たせることができ、本県の産業振
興への大型公的資金導入を実現できるのである。すなわち、政策の具現化を加速できる
のである。

【地域産業政策策定作業の高度専門性への対応】
○地域産業政策の策定作業過程においては、地域産業の潜在的・顕在的強みを評価し、
地域産業の発展方向について各論的にあるいは総論的に展望することになる。そして、
この作業には、極めて専門的かつ高度な知識を幅広く有することが政策策定主体に求め
られる。しかし、その政策策定主体(通常は県や市町村等)が、例えば、2〜3年毎に
人事異動で政策立案スタッフが入れ替わり、しかも、そのスタッフが全く産業政策と関
係の無い部署から異動してくることがありうるような組織では、政策上での優位性形成
の主導を期待することは不可能に近い。

○通常、地域産業政策を策定する際には、産学官からそれぞれの分野で専門家といえる
方々を検討会メンバーとして、その意見等を参考にして政策を取りまとめる。専門家の
方々は、それぞれの視点から様々な意見等を述べられるが、それを反映させて政策とい
う形にまとめ上げるのは、事務局の職員である。 地域産業政策策定に関する知識も経験
も少ない職員に対して、「政策自体の優位性が重要であること」を十分認識し、それを
政策策定に具体的に反映することを期待することは、あまりに酷である。

○以上のような問題の存在は、地域産業振興に関連する県等の様々な行政計画の中の
重点施策(例えば、産業立地、創業支援、人材育成、環境保全、健康増進、観光振興等
に関する主要事業等)について、内外の他地域に比して、どのような優位性や独創性を
持たせようとしているのか、というような視点からチェックしていただければ、少なからず
理解していただけるのではないだろうか。(この点に関しては、後日詳しく調査し報告・
提案予定)

○このようなことから、地域産業の発展に資する新規で独創的な仕掛け・仕組みを内包
する地域産業政策を策定し、世界経済の中で比較優位な地域産業を形成していくために
は、有能な専任スタッフからなる高度専門性と学術的バックボーンも有する「地域産業
政策研究所」のような機関が必要と言わざるをえなくなる。優位性ある「地域産業政策
研究所」を有する地域が、新たな地域産業集積形成においても優位性を確保できるので
ある。

【イノベーション創出のための仕掛けとしての地域産業政策】
○国際産業競争が激しい中で、地域産業が持続・発展していくためには、地域産業にお
けるイノベーションが不可欠であることは、その地域産業に係わる産学官の全ての関係
者が認めることであろう。しかし、それらの関係者がイノベーションの必要性を認識し
ているだけでは、イノベーションを実現することはできない。
 どのような技術・産業・社会分野で、どのようなイノベーションをどのような手法で
実現していくのか、についての戦略を策定する「主体」の存在が必要になる。常に様々
な技術・産業・社会分野でイノベーションを起こす仕掛けを考え出し、その仕掛けを稼
働させるという、非常に厳しい作業をミッションとする「主体」の存在の有無が、地域
産業の将来を決定づけるのである。その「主体」の機能が、残念ながら本県には十分に
は備わっていなかったことは、本来なら当然、何年も前に地域先導型の産学官連携プロ
ジェクトとして企画・実施化されていてよかったいくつかの重要テーマが、手つかずの
ままになっている現実からも明らかと言えるだろう。(この点に関しても、後日詳しく
調査し報告・提案予定)
 その重要な「主体」が、「地域産業政策研究所」と言っても良いのである。

【地域産業政策論のメッカの形成】
○優位性ある地域産業政策の立案加速、他地域の地域産業政策との連携・協働による優
位性の確保等の視点から、日本における地域産業政策の調査研究のメッカ(調査研究拠
点、調査研究交流拠点)を県内に形成することに取組むことも非常に意義のあることで
ある。この点については、地域産業政策に関する研究に熱心な大学等の研究者との協働
も重要となる。

○その具体的取組みの事例として、地域産業政策に関わる内外の実務者、研究者等が集
まり、政策の高度化や今後の相互連携等について情報交換する場を設営することが効果
的と考えられる。このような地域産業政策自体の高度化のために、政策担当者が情報交
換し合う取組みの重要性を認識し、大規模に取組んでいるのが、EUである。EU各国
の各地域の地域クラスターの発展のためには、地域クラスター同士の国境を越えた広域
的な連携・補完が不可欠という考え方が、背景にあると思われる。

○EUでの具体的事例として、毎年10月頃、ベルギーのブリュッセルで、EU各国の
各地域で地域産業振興等に取り組んでいる自治体や団体の関係者等が6000人くらい
集まり、100以上のワークショップで、様々な視点から、地域産業振興戦略等につい
て議論する「OPEN DAYS」というイベントが開催されている。たまたま、2009年
のOPEN DAYSに参加でき、如何にして他国・他地域に対して優位性のある地域
産業振興戦略を策定するかという、いわば政策論・戦略論の面からアプローチする活動
の活発さ、熱気に圧倒された。

【長野県行政・財政改革方針の具現化】
○また、他の視点から、政策論・戦略論の重要性を認識できる良い事例として、長野県
行政・財政改革方針がある。その方針には県組織の使命・目的として、「最高品質の行政
サービスを提供し、ふるさと長野県の発展と県民の幸福の実現に貢献します。」と掲げ
られている。このことは、個別具体的な行政サービスの企画・実施化のバイブルとなる、
各種の行政計画自体が「最高品質」でなければならないということを意味している。

○「最高品質」の意味をもう少し具体的に言い換えれば、それは、長野県の行政サービ
スと行政サービスの企画・実施化のバイブルである行政計画が、他地域に比して「優位
性」を有しているということになるだろう。
 したがって、地域産業発展に資する行政サービスに焦点を当てた場合には、その個別
具体的な産業振興支援施策の企画・実施化のバイブルとなる、県の地域産業政策自体に
ついても「最高品質」すなわち「優位性」を目指すということを意味していると言えるので
ある。
 正にここで述べてきた、他地域に比して「優位性」を有する地域産業政策を策定・実施
化することが、県組織の使命を果たし目的を達成するということになるのである。あとは、
実行あるのみである。(この点に関しても、後日詳しく調査し報告・提案予定)

【おわりに】
○日本産業の国際競争力が低下している状況下で、東日本大震災からの復興を促進する
ためにも、日本産業が、国際競争力を復活させ、長期にわたり復興財源を稼ぎ出してい
かなければならない。
 そのための重要な処方箋として、地域に国際競争力を有する地域クラスターを形成す
るという目的を明確化、旗幟鮮明にした地域産業政策の策定と、その効果的な実施化が
必要になることは明らかである。しかしながら、優位性ある地域産業政策の策定の重要
性を認識した産学官の具体的取組みについては、日本はEU等の地域クラスター政策先
進国に大きく遅れをとっていると言わざるを得ない。国と地域の連携によって、活発で
高度な地域産業政策に関する議論をベースにした、地域産業集積の国際競争力の強化に
向けた取組みが更に活性化することを期待したい。