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拓真を探せ!

「ただいま〜………って、あれ?」

ゼミの飲み会から帰ってきて、真っ先に出迎えてくれたのは真っ暗な玄関。
電気のついた部屋と拓真が出迎えてくれると思っていたもんだから、
思いっきり拍子抜けしてしまった。
酔いでふわふわしていた頭も一気に冷めた気がした。
…気がしただけで、実際はまったく冷めていないんだけど。
この時間だったら、いつもは拓真が起きていてくれて、ちゃんと出迎えてくれるのに。
靴があるから、帰ってきてはいるはずなのに。
…灯りもつけないで、何してるんだろ。
変だな、と思ったけど、とりあえずは通り道の灯りをつけてリビングへと向かう。

「…たくま〜?」

手探りでスイッチをつけ、真っ暗だったリビングを明るくする。
室内が一気に明るくなったため、暗さに慣れた目が少し痛かった。

細めた目でリビング内を見回すが、やっぱり拓真の姿はない。
拓真の定位置になっているソファーに乗っているのは拓真の上着だけ。
上着だけが乗っているソファーって、何も乗っていないソファーより淋しい。
…どこいったんだ?

台所、トイレ、風呂。それから、クローゼット、押入れの中。
リビングの近くから探してみるが、やはり居ない。
玄関に靴はあるけど、本人が部屋の中にいない。
一通り回ってから再びリビングまで戻ってくる。
そして、中央で腕組みをして考えてみる。
玄関に残された靴。
上着はソファーに置きっぱなし。
でも、拓真がいる気配がない。

何か匂うぞ。犯罪の匂いがする。
これはミステリーだ。密室トリックだ。
オレの嗅覚がそう感じ取っている。
よし、この事件はオレが必ず解決してみせる。
神主のじっちゃんの名にかけて!
拳を作り、天井に向かって固く決意する。

「……あ。そういえば、まだ寝室見てなかったっけ」

玄関とは反対方向に位置する寝室へと目をやる。
リビングの近くから確認していったため、寝室はまだ見ていなかった。
固く決意した後だったからか、妙に拍子抜けしてしまった。
ポリポリ頭を掻いてみる。

「やっぱ、全部見ておかないとな」

誰に言うわけでもないけど、声に出していうと少し救われた気分になる。
よし、と大きく深呼吸して気合を入れると、
最後の部屋、寝室へゆっくりと歩みを進めた。
戸に耳を引っ付けて中の様子を窺ってみるが、
物音一つない。
やはり誰も居ないのだろうか。
それでも一応は確認する為、オレは意を決して寝室のドアを開けた。

リビングからの光が細く寝室内を照らした。
遮光カーテンがひいてあるため、中の様子は暗くてよく分からない。
戸の隙間からそろりと体を滑り込ませる。
そして、薄闇の中に身を置き、しばし目を慣らす。

「拓真〜?」

様子を窺いつつ、小さな声で探し人を呼んでみる。

すると…

「…う〜……ん……」

吐息をたっぷり含んだ、だるそうな声が聞こえた。
吐息って言うか…寝息?
声が聞こえたと思ったら、目の前のベッドで何かがモゾモゾと動いた。
動いたって言うか…寝返り?

「…ぐ〜……」

そして、あからさまなイビキが聞こえた。
オレは思わず壁に片手をつき、ガックリと項垂れた。

そうか、寝ていたのか。
暗い室内に、残された遺留品。
確かにすべてのモノがこの真実を示している。
明らかに示しているんだけど…何だかムカついた。

「こっ…んの、バカ拓!居ないから心配してやったっていうのに、
寝てるってどーいうことだよ!」

肘を曲げ、そのままベッドの膨らみへとダイビング。
固い感触にぶつかった途端、布団の下の物体が「ぐへっ!」と潰れた声を上げた。
そのまま肘でグリグリと攻撃を加えていると、
下の物体が布団から抜け出ようともがき始めた。

「…ン〜!…痛ぇーな!…っ、重いから、どけっつーの!!」

布団の下でくぐもった苦しそうな声が聞こえた。
もごもごと動く布団の上にいると、自分も揺れてちょっと楽しい。
それに、布団の上って結構気持ち良いんだよな。
オレは下の物体を下敷きにしたまま、頬擦りするように布団になついた。

「どけって言ってるだろ!バカ辛!!」

ぐぐぐぐっと体が上がったと思ったら、体ごと布団を持ち上げられた。
バランスを崩したオレは、そのまま布団の上を転がる。

「人が気持ちよく寝てるところに、なんなんだよ、お前は!」

頭だけを上げて見てみると、先ほどまで寝ていた拓真が上半身を起こして、
こちらを睨みつけていた。
…うわ〜…。ものすごーく怖いぞ。
寝起きだから、余計に目が据わっている。
でも、ここで引いてしまったら後がもっと怖い。
オレは意を決して、臨戦態勢をとる。
といっても、ただ体を起こしただけだが。

「帰ってきてみれば部屋も真っ暗だし…。お前が寝てるからいけないんだろ〜!」
「あのな〜…。人間、寝ないと生きてけねーの。寝るのが当たり前。
なのに、お前は俺に寝るなっつーのか!?ああ?」
「寝るな、なんて言ってねーだろ!?お前が先に寝てるのがいけねーって言ってるの!
先に寝たんだったら、何されても文句言えねーぞ!」
「けっ。修学旅行の夜じゃあるまいし…」

拓真は文句を言い捨てて、ふいっと横を向いてしまった。
…なんてヤツだ。
同居人がまだ帰ってきてねーんだったら、待っててくれたって良いじゃん。

「……良いよ。…ずっと寝てろ、バーカ!」

拓真が起き上がって折れた状態になっている布団で拓真を叩く。
自分も布団に乗っているものだから、あまり勢いはなかった。
だから、拓真にも易々と防がれてしまった。
布団の攻撃を手で受け止めた拓真はじーっとオレのほうを半眼に細めた目で見ていた。
そして、肩を大げさに落とし、大きくため息を吐いた。

「…なんで、俺が寝てたから淋しい…って言えねーかな〜…」

淋しい?
発された言葉の中に意外な単語が聞こえ、目を瞬かせる。
オレが……淋しい?
帰ってきたら拓真が居なかったから、淋しかった?

「…違げーよ!誰が、お前が寝てて淋しいかよ!自惚れんな、バカ拓!!」
「あー……、もう。騒がなくても分かったっつーの」

拓真は煩そうに眉を寄せて顔を背けた。
そして、掛けてある布団を捲り上げる。

「ほれ。酒飲んできて回ってるんだろ?お前もとっとと寝ろ」

拓真はもう一人潜り込めるだけの空間を作り、空いている手でオレを手招きした。

「…だ、だから!別に淋しいわけじゃ…」
「はいはい。淋しくねーのな。…何でも良いから、とにかく入れ。
こうやって布団捲くってるの、さみーんだよ」

早くも痺れを切らしたか、拓真の手がオレに伸びてきた。
そして、強引に布団の中に引っ張り込まれた。
シーツは、拓真の体温でとても温かかった。

「…明日、1限からだろ?とっとと寝ねえと起きられねーぞ」

最後まで言うか言わないかで、大きな欠伸が聞こえた。
拓真は小さく「おやすみ」と言うと、再び静かになってしまった。

オレは拓真の言動がどうにも腑に落ちなくて、寝返りを打って拓真に背を向けた。
拓真と騒いでいたときはそれほど眠気を感じなかったけど、
横になって静かにしていたら…少し眠くなってきたかも…。

まあ…、確かに拓真が側に居るとホッとするけど…。
でも!淋しい…ってのは、違うからな!

END