2007.2.19 長野市もんぜんぷら座“絵本ワールドinながの2007” 「わくわくおはなしの広場」に参加・・・「臥竜山物語」上演終えて ・マスヤン一座の皆さん、十八日の長野公演、お疲れさまでした。直前のリハーサルまで、どうなることかとちょっとばかり心配でしたが、さすが本番に強い!、と定評のある一座だけあって、ばっちりでした。子どもたちが真剣に観てくれたので、心をとらえることができた、と思います。舞台も舞台を支えるスタッフも、日ごろの?、精進が実りました!。やはり、うちの一座は凄いなあ、と自画自賛しています。
・この日は、T.G君がバングラデシュから新生病院に滞在中の整形外科医、Jさんを連れてきてくれ、彼も観劇しました。日本語はまったくできないのですが、ストーリーを完ぺきに把握されていたので、驚きました(後で分かったのですが、Y君が少し解説したみたいですが)。T.G君の国際色豊かな語学力もたいしたものだと思いました。これを機に、うちの一座も、一段と国際舞台に飛び出しましょう!。
・さて、今年は一座結成以来、何と、五周年を迎えました。初めは、T.G君と二人だけでぼそぼそと話していたことなのに、お母さん、お父さん、そして、元気な子どもたちが参加してくれたおかげで、たくさんのエネルギーが結集し、ここまでやってこれました。メンバーの皆さん、そして、いつも応援し、支えて下さっているご家族のみなさんにも、深く感謝申し上げます。素晴らしいかわら版を出して下さっているおかげで、一座のコミュニケーションが倍加したと思います。もし、またみなさんに、チャレンジ精神があるのであれば、今年は五周年記念公演、ぜひとも実現したいと思います。といっても、そんなに肩ひじを張らずに、できる範囲で、でも、ちょっとだけ背伸びして。
・先日、作家の志茂田景樹さんがNHKの「課外授業」に出ておられました。志茂田さんは、奇抜なファッションで知られていますが、実はもう九年間も子どもたちに読み聞かせの活動をし、童話も書いていらっしゃいます。なかなか優れた作品です。志茂田さんは直木賞を受賞した後、感激がなくなり、いい作品が描けなくなったそうです。ですが、子どもたちに読み聞かせをするようになったときに、子どもたちのきらきらした表情に接して、あらためて新鮮な思いを呼び起こされたと言います。そして、その活動の中で、小学校低学年くらいまでは「喜怒哀楽」の感情を正直に出す子どもたちが、高学年になると抑えるようになることに気付いたというのです。それで、志茂田さんの課外授業は、高学年の子どもたちに「喜怒哀楽」の感情を面に正直に出すことに向けられるのです。とくに、「哀」の感情です。哀の感情を正直に面に出して涙を流せば、また新しいエネルギーが湧いてくるのだ、と。素晴らしいことですね。感情を抑えるのが「大人」なのかもしれません。簡単には哀の感情を出すのは難しいのも事実でしょう。ですが、日ごろから自分を飼いならし過ぎると、世界の風景がどんよりとしてしまいます。空の青さや人生の素晴らしさや切なさに、心を震わせることは、とても大切なことです。
・ここに人形劇の出番があります。人形劇には、感情が詰まっています。人形はいつも同じ表情なのに、なぜ、泣き、笑い、怒るのでしょうか。それは使い手の感情が人形に伝わるからです。あるいは、舞台を支えているスタッフの作品に対する思いが表現されるからです。人形劇は、奥底に眠っている人間の感情を引き出し、川の流れのように、流してくれるのです。そのことによって、涙を流し、笑い、怒り、新しいエネルギーを得ることができるのです。
・ですから、人形劇に向かうときに、あるいは童話などを読み聞かせするときには、自分がなりきること、物語の世界に浸ることがまず大事です。「共感力」ということでしょうか。そして、次に、どう伝えるか、どう伝えたら、子どもたちに届くか、つまりは「表現力」です。「共感力」と「表現力」が、その人の人生を豊かにします。いまの政治家は苦しんでいる人たちに対する共感力がないから、当然、表現も陳腐です。学校の先生だって、つまづいている子に対する共感力があれば、もっといい教育ができるはずです。それは、どんな立場の人でも同じでしょうが。共感すれば、なんとかしたい、なんとか伝えたい、と思うでしょう。いじめだって同じです。子どもに共感力が育てば、いじめに対して、黙っていられなくなるのです。夢想と言われているかもしれませんが、物語にはそうした共感力と表現力を養う力が宿っていると、信じています。
・では、一座のみなさん、ことしもよろしくお願いします。楽しんで、共感力と表現力を磨き合いましょう!。 |
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人形劇 マスヤン一座 −人形劇を通じて、目に見えない「物語りの力」を、 子どもたちと一緒に追求しています。− |
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2007.8.7 「リュウの笛」保育園夏祭り公演を終えて・・・「迷惑」ってなんだろう・・
・一座のみなさん!。ことしも恒例の夏の公演、無事に終わり、ほっとしています。メンバーのみなさんの頑張り、ご家族のみなさまの暖かいご支援に、深く感謝申し上げます。それから、公演の準備にいつもかけつけて下さるM.Sさん、そして、顔を見せてくれたM.Tさん…。また、保育園の園長先生はじめ、祭典委員のお母さんたち…。マスヤン一座は、いろいろな方々の支えの上に成り立っていることを、とてもありがたく思っています。 |
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座長あいさつ
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座長あいさつ 2007年(平成19年) これまでに“マスヤン一座かわら版”に寄せられた座長メッセージ |
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2007.7.23 「リュウの笛」保育園夏祭り公演ちらしにPR文
マスヤン一座の公演は「リュウの笛」です。 お楽しみに!
マスヤン一座は2003年に、みつばち保育園のお母さんとお父さんたちと一緒につくった人形劇団です。
人形劇を通じて、目に見えない「物語りの力」を、子どもたちと一緒に追求しています。
それは、なにか、はわかりません。そんなものあるのかしら、と思う人がいるかもしれません。
マスヤン一座は、そんな、なにか、を求めています。よろしかったら、一座のテーマソングを―。
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2007.5.13 平成19年 座長マスヤンの方針 〈サムシング〉 気が付いたら5周年!
・みなさん、マスヤン一座、ことしもスタートです!。統一地方選挙などがあって、船出が遅くなってすみませんでした。みなさんのやる気を感じて、僕もまた頑張ろうという気持ちが満ちてきました。いつも、元気を与えて下さるメンバーのみなさん、それから、子どもたちに、感謝しています!。
・実は、最近ちょっといやなことがあって少しばかり落ち込んでいたときに、ふと人形劇の「スーホと白い馬」のことが浮かんできました。僕たちが演じている人形劇のあの純粋さというのは、なんと素晴らしいことだろう、と思いました。しかし、これは世の中のいろいろな嫌なことからの「逃避」などではありません。人形劇の持っている混じり気のなさというものに触れることで、あるべき方向、目指すべき生き方の方向を、あらためて確認できるのです。
・昔、先輩から「清濁あわせ飲む、ということが大事なんだ」と言われたことがあります。そのときは、なるほど、と思ったものでした。ですが、歳を経るにつれて、清濁あわせ飲むと心に良くない、と思うようになりました。濁なんて、あえてのみ込む必要などないのだ、と。一度濁をのみ込んで、自分の心をごまかすと、次々に悪いものをのみ込んでしまうものです。そうすると、お腹を壊すように、自分の心を悪くしてしまうのです。
・いつも清で行きたいと思います。いつも心のなかに、あるべき方向、それがなんであるかは、それぞれ違っていたとしても、またそれが何であるかを、表現できないものだとしても。仮に、それをサムシングと名付けるとすれば、サムシングをいだいて生きていきたいと思います。これがマスヤン一座のテーマソングの意味です。そして、そのサムシングに一つの形を与えてくれるのが、人形劇なのです。子どもたちは、心の気高さを抱くように育てたいものです。五月の空の彼方のように、そしてまた五月の若緑を渡ってくる風のように。
・現実は、もちろん、紆余曲折があります。だから、これは願いのようなもの、人生の荒野に点滅する北極星のようなものだと思います。手に入れるものではなく、目指すべきもの、と言っていいかもしれません。それはまた、いくつになっても同じではないか、と思うこのごろです。いくつになっても、手に入ることはなく、しかしまた、導いてくれるサムシングなのです。
〈ことしの方針〉
・ことしは、リバイバルで行きます。いろいろ検討した結果、「リュウの笛」にします。「スーホの白い馬」をやりたいのですが、リュウの笛の方が既視感が少なく、新鮮さがあると思います。いま少しストーリーをいじろうかとも思っています(そのままでやるかもしれませんが)。基本は変えません。
・「リュウの笛」のポイントは、勇気です。自然保護のテーマを背景にもっているのですが、核心は「勇気」です。そして、「愛」です。実は、正義、勇気、愛というのは、子どもにとって、(もちろん大人にとっても)最も重要な心の柱です。たっぷりと愛情を注がれて育った子どもは、人を信頼し、愛し、いざというときには、他者のために勇気を発揮できる人になるものです。ユイは亡き父親と母親の愛情をエネルギーに、困難に立ち向かいます。子どものころの親や家族の愛情というのは、やがて大人になって人生という宇宙を旅するときの最も大事な力になるのです。親の愛→子どもの勇気→人を助ける・社会を変える、という力の連鎖があります。「リュウの笛」は、そのことを象徴的に描いています。どうか、みなさん、子どもたちにはシャワーのように無条件に愛情を注いであげて下さい。
・配役は、できるだけ経験しなかった人にやってもらいます。また、二、三回の公演の際に配役を交代します。ですから、だれでもいつでも役をこなせるようにしておいて下さい。
・ことしは、なるべくコラボレーション(共演)というものも考えてみたいと思っています。だれとどうコラボレートするかは未定ですが、例えば、スーホの朗読とリガ・スチントさんとの馬頭琴の公演といった感じで組みあせてみたいと思います。
では、ことしも頑張りましょう!。気が付いたら、五周年ですね! |
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(前文略)・・・ことしは、一座ができて五年目、来年は満五周年になります。ここまでやってこられたのも、メンバーのみなさんとご家族のみなさんのご協力の賜と思って、心から感謝しています。「無理せず」「楽しく」ということでなんとかここまで来ました。子どもたちも日に日に大きくなり、いつのまにか小学生になっていました。学校行事も大変なので、座員のみなさんの負担も大きくなっていることと思います。それでことしはちょっと緩めた感じでやってみました。 (1)12月2日(日曜日)
▽テーマソング「とっても大切なもの」のCD配布(試作品)の配布と来年の打ち合わせ
(2)1月20日(日)須坂市郡役所
▽西澤さんによるテーマソング「とっても大切なもの」のお披露目とミニコンサート兼新年会 (3)2月16日、17日。長野市もんぜんぷら座
▽ことしも人形劇の祭典に招待されたので参加します。 |
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・マスヤン一座は、ちょっぴり「人騒がせ」で、いろいろな人に「迷惑」をかけながら、航海を続ける船のようなものかもしれません。
・最近、子育てについて質問すると、「他人に迷惑をかけない子に育てたい」という言葉がよく返ってきます。僕は、以前からずっとこの言葉に疑問をもってきました。「迷惑」ってなんだろう、と。
・例えば、昔を思い出します。米や味噌などがなくなると、よく近所に借りにいきました。お風呂ももらいにいきました。「もらい風呂」と言います。子どもをちょっと預かってくれる近所のおばさんやおばあさんは、たいていどこにもいました。いまだったら、みんな「迷惑」「ずうずうしい」と言われるかもしれません。
・僕の好きな絵本の一つに「はせがわくんきらいや」(著者・長谷川集平)というのがあります。1976年の作品です。この本の主人公の「ぼく」は、小学生。はせがわ君は、障害のある同級生です。「ぼくはせがわくんきらいや」という小学生らしい文字ではじまる「ぼくの独白」です。はせがわ君には障害があるので、なにかと足手まといになる。遠足に行ってもおんぶしたりしないといけない。それで、「ぼく」は「はせがわくんきらいや」といつも言う。きらいやきらいや、と言いながら、「ぼく」は一生懸命はせがわ君にかかわっていく。そんな内容の絵本です。もう絶版になっていたので、復刻版をアマゾンで入手しました。いま読んでも、やはり、いい本です。
・ここには、人間関係の本質が出ています。「ぼく」にとって、はせがわ君は確かに「迷惑」な存在です。しかし、はせがわ君は「迷惑」をかけるからこそ、「ぼく」は、はせがわ君のことが気になって気になって仕方がない、きらいやきらいや、と言いながら、知らず知らずのうちに、子どもが本来持っている「正義感」や「義?心」や「思いやり」が芽生え、鍛えられていくのです。
・考えてみれば、人は迷惑をかけずに生きることなどできないのです。自分はそんなことないと思っていても、病気になったり、歳をとったらどうでしょう。いや、健康なときだって、人生につまづいたり、悩んだり、するでしょう。そんなときには、思い切って「迷惑」かけた方がいい。子どもが親や先生に発しているSOSは、「迷惑かけたい!」というメッセージなのです。
・一方、「迷惑」をかけらた方はどうか。「迷惑だ」と思えば、それはそれでいいのです。正直に受け応えした方がいい。ですが、「まあ、しょうがないなあ」などと言いながら、かかわっていくことだってあるでしょう。人によっては、そういうときに「まかせとき!」と言うタイプもありますね。「迷惑」をかけられたことによって、人は生きる存在感を持つことができるのです。「迷惑かけてくれて、ありがとう!」って、ことです。かけた方もかけられた方も「ありがとう!」。こういう関係って素晴らしいですね!。
・人間は迷惑を掛け合いながら、生きていく必要があるのです。年金制度だって、若い世代が高齢世代を扶養する制度です。いまかけている年金保険料は、自分のためではなく、いまの高齢者のためにかけているのです。お互いさまって、やつです。かっこいいとこだけで付き合っていると、「お互いさま」がなくなり、寂しい人間関係になってしまいます。居直るわけではありませんが、マスヤン一座は大いに「迷惑を掛け合いましょう!」。
・次の公演は9月1日(土曜日)です。それで、T.G君とも相談したのですが、8月26日(日)にやや長めに特訓したいと思います。十時から、三時くらいまで予定して下さい。できがよければ、早く終わります。ぜひ、フルキャスト参加でお願いします。
・では、次期公演に向けて、さらに頑張りましょう!。
−追伸−
「マスヤン一座」には、自由があり、夢があると思っています。もちろん、紆余(うよ)曲折もあるし、どうなるかわからない、それこそあてどない小さな船の旅のようなものかもしれません。なにしろ、マスヤン一座にいても、一銭の得にもなりません。体力も知力もつくわけじゃない。こんなことに熱中するなんて、いまどき珍しいことかもしれません。ですが、この船には、「海図」があります。何を目指せばいいか、羅針盤はしっかりある、と思っています。それはサムシングだけれど、目指す方向ははっきりとしています。そこを目指して、いけるところまでいってみたい、と思っています。もちろん、船なので、乗組員次第。みんなが上陸すると言えば、航海はそこまでです。だめだっていい。とにかく行ってみたい、いまはそう思っています。いままで何が見えたか、これからは、どんな風景が見えるか。それが航海の楽しみです。みなさんも楽しんで下さいね!。ボン・ヴォヤージュ!。 |
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